竜巻と台風

 

序、大軍

 

あるだけの増加装甲を追加して。基地を出て。

途中、砂漠の一角に禍大百足の顔を出して、情報収集。私がさっと情報を漁っている間。

遠くには、無数の明かりが瞬いている。

街の光では無い。

砂漠に展開している、大軍勢の光だ。

最終的に十八国が参加した、対禍大百足の大軍事同盟。参加兵力は二百万とか広報しているようだけれど。実際には八十五万前後という調査が出ていた。よくある、号して、と言う奴である。

それにしても、尋常な戦力では無いし。

中東に存在する国の殆どが、この同盟に参加。更に言えば、中東全体の七割以上の兵力が、インティアラに集結していることになる。

その中には、武装勢力の者や。

出自が怪しい人間も、多数混じっている様子だ。

この手の人間が出ていると言うことは、余程の好条件で釣ったのだろう。恐らく大半は、今までインティアラが蓄えてきた金を放出することで雇ったのだろうが。それにしても、少しばかり数が多すぎる。

大半はろくでもない装備を有しているようだけれど。問題は、そこでは無い。どうやら新国連が派兵の要請を受けたらしいという事だ。

GOAと、機甲師団が介入してくると面倒。

しかも、これだけの大軍。真正面から相手にしていると。流石に危ないかもしれない。

いや、普通だったら蹴散らすことは難しくない。何しろ、文字通りの烏合の衆だから、だ。

問題は、普通では無い場合。

そしてその普通では無い場合が。ここのところ、立て続けに起きているのだ。

ルナリエットは負担も考えて、眠らせている。メインパイロットとして、この禍大百足を動かす事が、どれだけの負担を脳に強いるのかはよく分かっている。改善用のプログラムも組んでいるのだけれど。

少しはマシになった、程度でしか無い。

一度地面に潜って、最終調整をする。

今得たデータで、敵がどれくらいの兵力で、何処に布陣しているかは、大体はわかった。問題はどうやって戦うかだ。

アーシィはいつものように、慎重な意見を述べる。

「何も、敵の大軍の中に飛び込むことは無いかと思いますけれど」

「そうだな。 だが此処で叩いておくと、後が楽になる」

「それはそうですけれど……気が進みません」

不安そうにするアーシィ。

わかってはいる。

だが、時間がない。

モタモタしていると、この星は終わる。それだけは、避けなければならないことなのだ。ただでさえ、ここのところ、予想外の苦戦で時間のロスが多くなりすぎている。もたついている余裕など、ないのだ。

地図を出す。

この間、攻撃できなかった地域から、順番に回っていく。

その過程で、布陣している敵を蹂躙していけば良い。現在も、スーパーウェザーコントローラーで、インティアラの気候は雨がちの状態。しばらくは、雨が降り続けることだろう。

敵の空軍は、今の時点で気にしなくても良いだろう。

新国連はまだ空軍の本隊が到着していない様子だし、多国籍軍は今かなり距離を取って体勢を立て直している。

問題は、核。

そして、それを使うことを躊躇わない、異常な状態になっている敵兵達だ。一カ所に留まっての長期戦は避けたい。

「狙うなら、何処だと思う」

「案があります」

アーシィが挙手。

そして彼女が指したのは。

インティアラ南部の一角。丁度今。衛星写真を確認した所、著しく軽装備の部隊が集まっている場所だ。

各国の軍勢はインティアラの主要都市を守るように布陣しているけれど。

此処は油田。

今は昔ほどの価値は無いと言うことで、明らかに大軍事同盟の中でも、練度が著しく落ちる部隊。

要するに、武装勢力やら、テロリストやらの中から、金で集められた部隊がかき集められて、警備している様子だ。

勿論これは、軍として、の練度だ。

人殺しの技には当然長けている彼らだけれど。

人殺しの技が通用しない相手と直面した場合、どうなるか。

それは火を見るよりも明らか。

実際アフリカでも。禍大百足や。それに後から調べた結果、GOA部隊に対しても、彼らは手も足も出ない。

犯罪組織は、どこの国でも、弱い者いじめに最大の実力を発揮するもので。

武装勢力も、それに代わりは無いのだ。

「弱いところから、順番に、徹底的に蹂躙していくべきかと思います」

「そうだな。 ルートとしては」

「こんな感じでどうでしょう」

まず、三カ所。

こういう、弱点と呼べる地点を強襲する。

その後、武器庫がある軍事基地へ乗り込む。弱から強への急激な転換。問題は、この辺りからだ。

新国連の偵察機が出てきている。

下手をすると、地中移動している位置を察知されて、バンカーバスターを叩き込まれるかもしれない。

新国連は流石に核を使ってくることは無いだろうが。

それでも、油断していると危ない。

GOAも第三世代型が配備されていると言うし。

恐らく、緒戦は簡単でも。問題は其処からだ。

つけいる隙があるとすれば、大軍事同盟の兵士達の指揮が、著しく低いという事だけれど。

それも背後にいるアレキサンドロスのことを考えると油断できない。

「確実にやっていく。 このルートで行くぞ。 だが、場合によっては、対処を変えなければならんかもしれん」

「わかりました」

「上手く行けば良いのだがな……」

マーカー博士がぼやく。皆、不平不満が多くなってきているのが、目に見えてわかる。

しかしながら。

今回からは。今までの経験もあって、次の武装を解禁することにする。

ニュークリアジャマーの使用については、戦闘の経緯を見ながら考える。もし使用するとなると、敵の大半がゾンビ化していて、しかも使わないと状況打開が困難な場合だけだろうが。

今回解禁するのは。

ガスである。

今までの腐食ガスに加えて、無力化ガスを散布する。

内容としては、くしゃみと咳が出て、身動きが取れなくなるもの。

市販の護身用スプレーなどを、更に強化したものだと考えれば分かり易いだろう。これを使用するのは、当然ゾンビ兵対策だ。

ただ気になっているのは。

最初多国籍軍とやり合ったとき。ゾンビ兵の姿が見えなかったこと。

それに対して、インティアラの軍には、明らかに異常行動をするゾンビ兵がいたし。その後、多国籍軍の空軍基地を襲撃したときにも。同じくゾンビ兵の姿が見られた。

これがわからない。

サンプルの解析も進めているけれど、まだ結果が出ていない状況だ。

一旦試してみる、という程度でしか。この無力化ガスは使用しないけれど。実際に使用すると、殆どの人間は身動きできなくなる。ゾンビ兵だって、呼吸さえしていれば、同じだ。

地中を掘り進み。

そして、最初の攻撃対象の近くの砂漠で、頭を出す。

まずは、相手を観察。

アレキサンドロスのことだ。

いきなり核でお出迎え、という事もあり得る。二度もそれに近い事をされたのである。流石に慎重になる。

見た感じ、警備しているのは、練度が低い連中ばかり。

暗視カメラで確認する限り、雑談したり、大麻を噛んだりで、まるでやる気が無い様子だ。

此処に禍大百足が来る訳も無いと考えているのだろうか。

それにしても、見た感じ、まだ大人になっていないような兵士もいる。これだから武装勢力は。

蹂躙するのは気が咎めるけれど。

これが最善手だ。

潜る。

そして、油田を。

地下から、木っ端みじんに突き上げ、破壊した。

膨大な原油を浴び。

更に燃え上がりながらも、平然としている禍大百足を見て、悲鳴を上げながら逃げ散っていく兵士達に。腐食ガスを浴びせる。

彼らの武器が腐食して使い物にならなくなる。

更に体を振り回して、滅茶苦茶に油田を破壊。爆発。引火して、何度も爆発が巻き起こるけれど。

放置。

そのまま地面に潜り、火を消すと。

次の攻撃地点に向かう。

「増加装甲のダメージは」

「零です」

「よし。 まずはさい先良し、と」

続いて、軍事基地を強襲。

今度は地下からでは無い。近くの地下から姿を見せて、地上を堂々と進みながら、である。

まさか姿を見せるとは思っていなかったのか。

パニックになる、軍事同盟参加国の兵士達。真っ正面から向かい。まばらで、狙いもいい加減な攻撃を真正面から踏みにじりながら進む。

戦車隊が逃げ惑っているのが見える。

何だこの軍隊は。

戦車砲が直撃。

だが、痛くもかゆくも無い。

地雷原に踏み込む。

傷つくことも無い。

どうした。

インティアラの主力部隊は、増加装甲を六割は削ったぞ。例え操られていたとしても、だ。

操縦席で、私は呻く。

アフリカで武装組織を蹂躙していたときより容易い。

基地に突入。

武器庫を踏みにじり、爆発させる。勿論、痛くもかゆくも無い。

そして爆発を見ると、もういっそ潔いほどに、兵士達は逃げ出す。ジープで先に逃げ出した士官が、対戦車地雷を踏んで空高く吹っ飛んだ。

殆ど武装解除されたも同然の兵士達が、地雷原に押し込まれて。或いは地雷を踏んだり。或いは慌てて発砲して友軍の背中を撃ったり。

ガスがしっかり武装を腐食させる前に逃げ出すからだ。

情けない奴ら。

私は、思わず頭を抱えたくなっていた。

基地はすっかり抵抗が止む。此処には一万を越える兵士がいたはずなのだけれど。受けたダメージは武器庫を踏みにじったときに受けた爆発くらい。それでも、増加装甲さえ禿げていない。

「次行くぞ」

「はいっ!」

「ルナリエット、移動はオートで」

「わかりました」

今の時点は、何ら問題は無い。

襲撃は当然インティアラ側にも伝わっているはずだ。本来は、烏合の衆など、こうやって蹴散らせるはずで。何ら問題は無いのだけれど。

嫌な予感が消えない。

やはり、何かしらの計略か。

少し前に調べたのだけれど。弱い兵士を最初にぶつけて相手を油断させ、そしていきなり精鋭で不意打ちするという戦法があるらしい。

しかし、此方の攻撃ルートを相手が読んでいなければ使えないはず。

少し考え込んだ後。

私は言う。

「アーシィ、攻撃ルートを変える」

「罠を警戒して、敢えて不合理なルートで行くんですか?」

「そうだ」

アレキサンドロスがどう出るかわからない。

新国連の部隊も、何処で迎え撃ってくるか、予想が出来ない状態だ。

ちなみに今まで蹂躙した地点には、しっかりスーパービーンズも撒いているし。スーパーウェザーコントローラーも再起動して、既に周囲は大雨である。

油田の汚染も。

そう時間を掛けず、スーパービーンズが解消してくれるだろう。

再び、砂漠に潜る。

次は、本来だったら二万人規模の兵力が駐屯している基地を襲うつもりだったのだけれど。いきなり、この国第三の都市を襲撃する。

十五万ほどの兵力が周辺に展開しているはずで。

インティアラの生き残り部隊もいるはず。

此処で、インティアラの軍がおかしな動きを見せるようなら。即座に無力化ガスを投入する。

さて、どう出る。

地下を掘り進んでいる間。

私は、相手がどう出るかを。考え続けていた。

 

1、女郎蜘蛛の網

 

砂丘をぶち抜いて、冗談のように巨大な姿が現れる。

警戒に当たっていた兵士達が、悲鳴を上げて逃げ散る。軽火器をぶっ放しながら、逃げ惑う姿は、どこか滑稽ですらあった。

映像を中継しているコペルニクスに、指示。

「もう少し寄れるか」

「ご随意に」

地下からでも。

今は、リアルタイムで、世界の状況が見られる。そう言う時代だ。そう言う時代だからこそ、アレキサンドロスは。此処から一歩も出ずに、世界征服という人類がなしえなかった偉業に着手できる。

攻撃を開始するインティアラの部隊。

連携は取れていないけれど。

大軍事連合の雑兵達も、反撃を開始。

それに対して、砂から出てきた巨大な百足は。ガスを容赦なく撒きはじめる。コペルニクスが、警告を発した。

「どうやらガスの成分が変わっています。 同胞に変えた兵士達が、コントロールを喪失しているようです」

「ほう?」

「恐らく成分は無力化ガスでしょう。 呼吸をしている以上、同胞に変えたとしても、兵士達は無力化されます」

動けなくなった戦車を踏み砕き。

墜落した戦闘ヘリを一瞥し。

必死の反撃をする兵士達を嘲笑うようにして、バケモノが進み始める。あの巨大な百足は、グリアーティが称したように。悪魔と呼ぶに相応しい存在になりつつある様子だ。一切喋ることもなく。時々凄まじい咆哮を上げるだけ。

それがそのカリスマを、却って高めている。

なるほど。

これが、支配の形か。

却って興味がそそられてしまう。人間を如何に効率よく管理するかと言う点では、或いは同胞に変えるよりも、この方が良いかもしれない。

膨大な豆のカプセルを撒きながら、百足が前進。何度かの抵抗を力尽くで踏みにじりながら、インティアラ第三の都市ファーブスに突入。ビルをなぎ倒しながら進んでいく。

もはや、周囲に展開している戦力は、半壊状態だった。

市街戦に持ち込もうとする者達もいたけれど。

それも、踏みにじられてしまうだけ。

建物に隠れて狙撃とか。

そういった、人間に対して使える戦術が、悉く意味を成さないのだ。如何に人間を殺すことに習熟していても。

何の役にも立たない。

間もなく、町中に腐食ガスが行き渡り。この街の都市機能は死んだ。

砂丘の上から一部始終を録画していたコペルニクスが、淡々と言う。

「如何なさいますか」

「好きにさせておけ」

「御意……」

あの百足に乗っている人間は馬鹿では無い。恐らくは、此方が核を用いていることを警戒していると見て良い。

敢えて行動に乱数をいれることで、動きを読みづらくしているのだ。

しかし、アレキサンドロスも、同胞を多数の都市に潜伏させている。今映像を採取させたコペルニクスのように。

此奴らは、アレキサンドロスの手足も同じ。

此奴らがいる限り。

何処にあのバケモノ百足が現れても。即座に対応することが可能なのだ。

さて、次の手だ。

グリアーティから、悲鳴混じりの電話が掛かってくる。複雑な転送経路を経て、アレキサンドロスの所に来る。

勿論、そんな事は、悟らせない。

人間の処理速度では出来ない事だ。

「アレキサンドロス中将! 多国籍軍はどうなっている!」

悲鳴混じりの声。

既に正常な判断力を失っている豚は、電話の向こうで見苦しく喚き散らしているのが確実だった。

「新国連の部隊は、ようやく来てくれたが、それでも安心できん! 核を使って、あのバケモノを吹き飛ばしてくれ!」

「どうかご冷静に」

「これが冷静でいられるかっ!」

「今、我が軍の精鋭も、出撃を準備しています。 ただ、流石に核を何度も用いてきたからか、一部のSNSに情報が拡散しているようでしてね。 今、火消しをしている最中なのですよ」

ちなみに大嘘だ。

実際問題、国際世論などと言うものは、ゴミも同然だ。

金さえあれば、何をしても良い。

それが資本主義社会の国際論理。軍事力で押し潰しても、何もない。批判など、何のメシの種にもならない。

実際、国際社会が批判したとして、止んだ侵略があったか。

侵略を止めたのは、大体採算が合わないという事実だ。

それをアレキサンドロスは。

ここ数十年のデータを洗うことで、学習してきた。

「ただでさえ石油価格が底を割っている状況です。 これ以上スキャンダルが起きるのは好ましくありますまい?」

「……っ」

「しばらくお待ちを」

電話を切る。

ちなみに、対応をすることそのものは本当だ。

いずれにしても、あの百足は必ず手に入れるつもりなのである。

すぐに、同胞達に連絡。

対応を伝える。

核を使うのは、最後の最後。

そして使うタイミングについても。既に、精査は住んでいる。新国連の部隊も、GOA301と呼ばれる大型パワードスーツが五十機、既に展開を済ませているようだけれども。これについても、問題は無い。

後は、タイミングを待つだけだ。

 

百足がまた姿を見せる。

かなり距離が離れた、国境近くの軍事基地だ。

インティアラ第三の都市を襲撃した後、いきなり戦略的価値が落ちる国境近くの基地を襲撃するというのも、またよく分からない。

行動に乱数をいれすぎだろうとも思うのだけれど。

しかし、これはこれで面白い。

此処に控えさせておいたハイデガーにも、既に撮影は開始させている。敵の性能は、徹底的に解析しておくべきだろう。

既にその全長。

外観。

実際のスペック。

そして搭載している兵器などは、ほぼ完全なものがデータとして収められたと判断しているけれど。

それでも、機体内部には、まだ未知の部分が多い。

ハッキングしてみたいとも思うのだけれども。どうやら内部に、世界レベルの凄腕ハッカーがいるらしく、何度やっても刃が立たなかった。向こうはと言うと、相応にハッキングを仕掛けてくるのだから、少しばかり不愉快ではある。人間のくせに、このアレキサンドロスの性能を凌ぐことなど、断じて許してはならないのだ。

あの百足は回収するとしても。

中に乗っている人間は皆殺し。

その背後にいる奴らもだ。

最終的には、人間は全部この世から処理してしまうつもりなのだし、それで問題などない。

基地が蹂躙され始める。

しかしこの基地には。

既に同胞化させた兵士が、多数潜んでいる。そいつらを操作して、迫ってくる百足に対し、特攻を仕掛けさせる。

爆弾を大量に搭載させた補給車が、発進。

百足に向けて、突入していくのだが。

しかし。突入の瞬間。

不意に、百足が動いた。

凄まじい勢いで体を持ち上げると、地面に叩き付けたのである。

震度7クラスの地震が、周囲を蹂躙する。勿論、補給車はその場で横転。そして、爆発した。

同じ手は、通用しない。

猛火の中体を揺らす百足は、そう言っているかのように見えた。

ガスが拡がり始める。

ハイデガーは下がって、撮影を続ける。最悪の場合、撮影機器も、ハイデガー自身も壊れてしまっても構わない。

再生など何度でも出来る。

それに、同胞などと言っても。必要なのは、アレキサンドロスだけ。後は、必要に応じて。必要なだけ、使うだけだ。

百足が基地を蹂躙していく。

やがて、中央監視塔が破壊されて、基地の機能は壊滅。その頃には周囲にガスが完全に回っていて。同胞化していない兵士はとっくに逃げ出していたし。同胞化した兵士は、手持ち無沙汰に立ち尽くしているだけだった。

それも、無力化ガスを浴びて、ばたばたと倒れていく。

「ふむ、やるではないか」

既にハイデガーからの通信は途絶えている。

腐食ガスで撮影機器をやられ。

自身は無力化ガスで沈黙したのだろう。まあ、永遠に無力化されるわけでもないだろうし、復旧したら連絡をしてくるに違いない。連絡をしてこなかったら、「回線を切る」だけ。

そうなれば、同胞に待っている運命は、死だ。

別に、それも構わない。

用済みの端末など処理するのが普通の対応であるし。

何より、証拠も隠滅しておかなければならないのだから。

数時間の間を開けて。

またしても、百足が現れる。

今度は、また国境近くの基地。三万程度の兵士がいるが、此処には同胞化した兵士は殆どいない。

しかし、インティアラ軍も、覚悟を決めたのだろう。

大嵐の中。

必死の反撃を開始する。戦車隊も、最後まで踏みとどまって、あらがうつもりになった様子だ。

撮影を開始する同胞。

情報だけ得られれば良い。精々敵の勢力を削って、それで死ね。

アレキサンドロスは、ほくそ笑みながら。

闇の中で、そう思った。

基地が蹂躙されつくすまで、二時間ほども掛からない。しかし、今までの戦いで、一番頑張ったと言えるだろう。

百足の増加装甲が、それなりに削り落とされている。

敵に必死に食らいついて、砲撃を続けた戦車隊と。途中から連絡を受けて駆けつけ、距離を保ちながら射撃を続けた自走砲の戦果だ。

どちらも最終的には踏みにじられてしまったけれど。

それでも、十分な健闘を見せたと言える。

闇の中で、拍手。

無駄な努力ではあったけれど。それでも、あの百足の装甲をそれなりに削れたことだけは立派だ。

百足が地面に潜っていく。

今回の戦いで、距離を取ったからか、同胞は無事だ。

「他の同胞と合流します」

「そうせよ」

「はい」

通信を一度切る。

さて、次はどう出る。

あの百足の動きが、面白くなってきている。勿論、手駒が潰される怒りはあるけれど。それ以上に、面白さが上回り始めているのだ。

少し、時間が空く。

ひょっとすると、地下で作戦会議でもしているのかもしれない。人間の処理速度では、そうしないと、戦闘ではスムーズに動けないからだ。まあ、あり得ることだ。

作戦でも何でも考えてくるが良い。

今回の戦いで、あの百足を捕縛する。

そうアレキサンドロスは決めているし。そのための準備もしてある。恐らく、トラブルさえ起きなければ。

作戦は、成功するはずだ。

 

電話が掛かってくる。

舌打ちして出る。やはり、グリアーティだ。余程に慌てている様子で、何を言っているか、自分でもわかっていない様子だった。

「早くしてくれ! 何をしている!」

「落ち着きなさい。 貴方は一国の首相でしょう」

「関係あるか! あの百足に、国境が蹂躙されている! このままでは、我が国は悪魔の手に落ちてしまうでは無いか! お前もあの悪魔に荷担するつもりか! そうか、そういうことだったんだな!」

わめき散らす人間。

そういえば、人間はパニックに陥ると、こういう無意味な言動を繰り返すことがままあったことを思い出す。

拷問というのを試してみたときも。

恐怖に屈して、べらべら喋る奴だけではなく。色々な情報を垂れ流すどころか、必死に喚きながら、噛みついてくる者もいた。

此奴は後者なのだろう。

パニックになると、相手が象だろうが熊だろうが襲いかかって。体中を無茶苦茶に引き裂かれたとしても、相手に銃弾を叩き込み、倒れるまでやめない輩だ。

この辺りは、傑物の残滓と言えるのか。

アレキサンドロスには、よく分からないが。

解剖して脳を調べて見たいと一瞬思ったけれど。どうせKGBを掌握したときに、その手のデータは腐るほど集めたのだ。

今更、こんな老いて衰えきった男の脳なんぞ調べたところで、何になるだろうか。そう思うと、意欲もうせ果てた。

「不安なら、大軍事同盟の戦力を集めなさい。 各地の基地に分散させていても、各個撃破されるだけ。 士気も下がる一方でしょう」

「しかし、国内の有力者が!」

「そんなものは放っておきなさい」

「何を……」

今更、何が国内の有力者だ。

インティアラは主力を失い、この大軍事同盟を組んだ時点で、既に滅亡が確定しているとも言える。

例えあの百足を追い払ったとしても。

その先に待っているのは、絶望と衰退。破滅だけだ。

何しろ、今回の軍事同盟を締結するのに、裏で動いた金は。一番安定している通貨である日本円に換算して、50兆円を超えている。

これは、インティアラが出せる金額では無い。

アレキサンドロスが彼方此方に手を回して、金を借りられるようにしてやったのだ。

そしてその負債は。

残っているインティアラの資源を、根こそぎ食い潰すことで埋め合わされる。

どのみちこの国は詰んでいる。

あのバケモノが現れなくても、もう数年もすれば瓦解が始まっていただろうけれども。いずれにしても、崩壊の未来は変えられない。

「今はあの悪魔を斃す事、そうでしょう」

「そ、そうだ」

「ならば集められるだけの兵力を集結させて、決戦を挑むのです。 このままだと、全てが各個撃破されて、敵を喜ばせるだけですよ」

「……そうだな。 わかった」

電話を切る。

さて。これでどれだけ愚鈍になり果てていても。昔インティアラを統一した英傑だ。少しはマシに動けはするだろう。

それにしても、人間という奴の衰えは本当に見苦しい。

外部ストレージにデータを保存できるようにするべきだろうに。それが出来ていない時点で、生命体はダメだ。

いずれにしても、最終的には、私もこの体から、生体部品を全て排除してしまいたいのだけれども。

それはまだ先。

まだ、技術を進歩させる必要がある。現時点では、生体パーツは必要だ。

通信が入る。

同胞の一人、ハイデガーだ。生きていたらしい。

まあ、どうでも良いが。

「ハイデガーです。 今、各地の部隊が、インティアラの第二位都市、ファマスへ向かっているのを確認しました。 最終的に合流すると、兵力は七十万を越える予定です」

「大した兵力だな」

「近くに行って、情報を収集します」

「そうしろ」

通信を切る。

さて、どうでるか。あの百足からすれば、一気に集結した兵力を叩きたいはずだが。しかし、あの百足は。

あのような豆をまいて、何がしたいのか。

それだけは、理解できない。

弱者は死ぬだけ。

それがアレキサンドロスの知っている、この世の理だ。あの豆は、明らかに弱者を生かすためにまかれている。

分析もした。

しかし、正体は未だ判然としない。ただ異常に増えて。人間の生存を約束する。それだけしかわからなかった。

同胞達も。基地を捨てた部隊に随伴して、首都に集まり行く。

あのインフラ破壊兵器を使ってくるかも知れない。

まあ、その時はその時。

どうでるか。

やはり、面白さの方が、上回り始めている。あの百足と戦う事が、アレキサンドロスには、娯楽になりつつあった。

待つのが面倒くさい。

時間を圧縮してしまいたいと思ったほどだ。

そして、六時間ほど経過したとき。

不意に、通信が入る。

無人化した基地からの通報である。警報装置が、作動したのだ。

百足が現れたというのである。

そして、物資や兵器を悉く蹂躙し、例の豆をまいて去っていたと、監視カメラの画像が告げていた。

続けて、他の基地も襲撃される。

それだけではない。

基地の近くにある街も。

次から次へと、叩かれていく。逃げ惑う人間共に見せびらかすように。あの巨大な百足は、その威容を誇示しながら。

兵器を腐食させるガスを撒き。

あの巫山戯た豆をまきながら、前進。

そして、蹂躙の限りを尽くすと、消える。

呻いたのは。

インティアラが。砂漠に覆われた中東の大国が。衛星写真で確認すると、緑を帯び始めている、という事だ。

何という醜悪な色か。

街も油田の後も軍事基地も。既に潰された首都も。何もかもが、雲を通して確認すると。繁茂したあの豆に覆われつつある。

水も行き渡っている様子だ。

せっかく楽しくなってきていたのに。

理解不能な行動ばかりされると、それも不快感が上回る。あの百足は、何を目的として、動いている。

お前の行動は不合理だ。

弱者など皆殺しにすれば良いではないか。実際私は、支配した地域で、そうしてきている。

そうすることにより、より効率的に支配を出来る筈だ。

わからない。

人間のように体を動かす事が出来れば、壁を殴ったり、床に唾を吐いていたかもしれない。

それさえ出来ないこの身が煩わしい。

もう良い。

お前は分解して。中に乗っている人間は、これ以上も無いほど悲惨な拷問を加えて殺してやる。

KGBのデータは全て収めている。あらゆる拷問のデータが、記憶には刻み込まれている。

この私を怒らせたことを後悔させる。

その事実に。

何ら変更は無い。

 

2、決戦の砂

 

砂漠から、顔を出す。

そして確認した先には。どうやらもはや決戦以外の選択肢を捨てたらしい、インティアラと。大軍事同盟の部隊がいた。

数は予想通り七十万超。

基地を捨てて集結を開始したから、そうだろうとは思っていたが。此処までなりふり構わない行動に出るとは驚きだ。

此奴らは、補給ももうままならない。

周辺基地は全て潰した。

そして、今回の作戦でも。

まず、補給を断つ。

街の周辺にある送電線は、全て潰し済み。発電施設は潰していないが、それは今後展開次第では潰す。

補給路も、今までの時点で全て断った。

基地を悉く捨てて、兵力を集中させたのだ。そうなることは、当然想定済みだろう。此処で撃破した後、兵士達は必死に逃げて。そして、途中で力尽きる。

その逃走路には、既にスーパービーンズを散布済み。

それで、餓死することは無いだろう。

ちなみに、アフリカの方に行っている同士も、既にデータは回収済み。理想的な状況が作られつつある。

向こうでは、宗教は多神教が普通。だから、家の軒先に百足の木像をぶら下げている家は、本当に多くなってきている。

そして治安は安定。

スーパービーンズの効果も、しっかり出ていると、報告があった。

それでいい。

中東と東欧、東南アジア。

そして中帝の一部を叩き潰せば、充分な繁殖地も確保できる。それで、作戦は概ねうまく回る。

この大軍勢さえ処理すれば。

後は、中東はところてんで行けるはずだ。

「GOA部隊確認!」

「何処にいる」

「首都のすぐ側です。 最後の守りになるつもりなんでしょうね」

アーシィの言葉に頷く。

ちなみに、新国連の機甲師団はいない。特殊部隊は少数いるようだけれど、恐らくは避難誘導の要員だろう。

攻撃開始。

私が指示を出すと、ルナリエットがヘルメットを被る。

戦闘開始だ。

現れる禍大百足を見て、露骨に敵に動揺が走る。そして、膨大な数の砲弾が、出迎えてきた。

これでも、相応の練度はあると褒めてやりたいところだけれど。

着弾した弾は、三割も無い。

相当に慌てているのだ。

今までに蹂躙された部隊から、禍大百足の恐怖を聞かされているのだろう。恐怖に歪んだ顔で、必死に射撃してくるけれど。

物量があっても、そもそもこの程度の命中率しか無いのでは、禍大百足を止めることなど、出来はしない。

突入。

敵陣に割り込むと、腐食ガスを流し込む。

そのまま、敵陣の中で、一気に上半身を持ち上げた。何をするか悟った敵兵が、ばらばらと逃げ出す。

それでいい。

体を、砂漠に叩き付ける。

雨がずっと降っていて、湿っている砂漠で。

一瞬、膨大な水玉が。地面を離れて、浮き上がる。

強烈な揺れが周囲を蹂躙。

尻に帆掛けて逃げる敵兵は無視。ガスをばらまきながら、周囲の蹂躙を続行。敵の陣が、露骨に乱れるが。

しかし。

ある一点で。不意に、敵が動きを先鋭化させた。

来たなと思った瞬間。

膨大な数の砲弾が、タイミングを完璧にあわせて着弾する。揺れが大きい。アーシィが、報告してくる。

「増加装甲にダメージ! かなり大きいです!」

「今までの蓄積ダメージもある。 仕方が無い」

「どうする、多分ゾンビ兵だぞ」

「わかっている!」

無力化ガス放出。指示を出しつつ、前進。明らかに連携がおかしい部隊に向けて、突入。腐食ガスを撒きながら、激しい反撃に耐える。すぐに戦車は使い物にならなくなり。周囲に、兵士達がばたばたと倒れていく。だが、それでも動く戦車がいる。

あの、液状化していた何かよく分からない金属光沢を思い出す。

それも、戦車が完全に動かなくなれば終わりだ。

敵陣を喰い破りながら、次へ。

時々、敵に妙に動きが良いのが混ざっているが、それがずっと注意をしなければならない要因になる。

神経を削られる。

舌打ちすると、私は。

アーシィに叫ぶ。

「敵の残存戦力は」

「まだ七割方が無事です! ただ、戦意は相当に落ちてきているようですが……」

「そろそろ指揮車両を狙っていくか」

ルナリエットが頷く。

とは言っても、前線まで出て指揮をしている将官が、この状況でどれだけいるかは疑問だが。

でも、出来る事は。

一つでも、やっておきたい。

 

戦闘開始から十時間。

ルナリエットが限界を迎えたため、一度地下に潜る。とはいっても、この段階で、既に周囲は機械の残骸で死屍累々。

ちなみに、まだGOA部隊は出てきていない。

ファマスに近づいていないから、だろうか。

実際、インティアラ第二の都市であるファマスには、まだ踏み込んでいない。今回ばかりは敵が多すぎて、下手に動くと危ないからだ。

地下深くで、ようやく一息つける。

この深度なら、バンカーバスターも届かない。

ルナリエットを休ませる。かなり熱を出している様子だ。ひっきりなしに続く戦闘中、ずっと操縦し続けたのだから無理もない。

マーカー博士がルナリエットを連れていくのを横目に。

アーシィに聞く。

「現状は」

「敵の損害は既に五割を超えています。 普通だったらとっくに潰走を開始している被害なのですが……」

「此方は」

「増加装甲は残り六割という所です」

まずいな。

思わず呻く。

これからGOA部隊との交戦もある。敵が全滅しても、GOA部隊はほぼ確実に出てくるだろう。

それに、この敵の動き。

士気が低い割りには、潰走に結びついていない。という事は、恐らく。インティアラの兵が大半ゾンビ化していて。

それがしっかり大地に根を張っているから、潰走せずにいる、とみるべきだ。

当然、叩き潰さないと、戦いは終わらない。

更に、核が投入される可能性もある。

現状でのダメージは、決して少ないとは言えない。その上、此方は補給が当面は来ないのである。

さて、どうする。

ニュークリアジャマーを使うべきか。

使うのは手の一つとして検討するべきだろう。これから敵がどう出てくるか、全く読めないのだから。

そして、ゾンビ兵に対して効果覿面であったことも事実としてある。

実際、最初にゾンビ兵と交戦したときは、これがあったからこそ、一撃で勝負が決まった。

周辺のインフラも全滅するが、まあそれは仕方が無い。

電子ネットワークが潰れることはあっても、電力供給までは潰れない。これに関しては、以前に実証済みだ。

マーカー博士が戻ってくる。

ルナリエットのことを聞くと、首を横に振った。

「ひどい熱だ。 解熱剤をいれてきたが、しばらくは動かせない」

「今のうちに、出来る事をしておくか」

「そうだな……」

早速マクロを動かして、エラーを修復。

大した障害は出ていないが、それでもやっておくことに越したことは無い。

そして、その間に。

アーシィには作戦を考えて貰う。

無力化ガスでちまちま行くか。それともニュークリアジャマーで一撃必殺と行くか。どちらが効率的だろうか。

いずれにしても。

これ以上の損害は、許容できないのも事実。

これから、十以上の国を蹂躙しなければならないし。その間、補給は一切期待出来ないのだから。

しばし、時間が流れる。

私が仮眠を終えると、七時間ほど経過していた。

地上はどうなっているだろう。もう少し地上に近づかないと、流石にネットワークにもつながらない。

ルナリエットは。

監視ツールで確認すると。バイタル関連は安定しているけれど、深く眠り込んでいる様子だ。

脳へのダメージが尋常では無いのだろう。

強化クローンであるルナリエットは、脳の修復機能も持っているけれど、それでも追いついていないという事だ。

クラーク博士も。此処までの激戦になる事は、想定できなかったのだろうか。

少し時間があるので、クラーク博士の残したデータを確認する。そして、深部へと潜っていく。

私も専門外のことに関しては、囓った程度の知識しか無い。

だから、専門外であるバイオ工学の論文は、読むのに苦労する。ましてやクラーク博士の場合、晩年の論文は学会にも発表していなかったのだ。此処にある論文は、文字通り手つかずのもの。

マーカー博士は目を通しているかもしれない。研究分野にかぶりがあったから、理解も容易いだろうから。

しかし私の場合は、どちらかと言えば機械系工学が中心だから、これらは本当に読むのに苦労する。

専門用語を翻訳しながら確認していくと。

あまり、穏やかでは無い内容が出てくる。

時に激しい面を見せる事もあったクラーク博士。

私もそれは知っているけれど。

この論文は。徹底的なまでに。現実的かつ、冷酷なまでの視点で書かれていた。

宇宙に人類が出た後、どうするべきか。

自主進化など、数万年は最低でも掛かる。突然変異が生まれたとしても、すぐには受け入れられることもなく。そのせっかく変じた偉大なる力も、闇に葬り去られる可能性が高い。

其処で、誰も知らないうちに。

人間の全てを強制的に進化させる。

なるほど、それでつながる。内容を確認して、私は頷いていた。スーパービーンズの効果には、其処までのものはないけれど。それの前段階は、此処で準備されている、という事だ。

クラーク博士は、老獪だった。

そしてその老獪さに、今も私は助けられている。

その研究の一助は、ルナリエットとアーシィに引き継がれ。そして私やマーカー博士が倒れた場合も。

記憶は、新しい肉体の力になる。

アーシィも、このような激しさを秘めているのだろうか。

一瞥だけするけれど。

あどけない寝顔で、椅子にもたれて眠っている。起こすのは、気が引けるし。そうする意味もなかった。

ルナリエットが目覚める。

自動で栄養剤などが投入されて。半身を起こした彼女は、しばしぼんやりとしている様子だ。

だけれども。

部屋を出て、コックピットに来る。

マーカー博士もモニタリングは見ていたらしい。心配そうに、ルナリエットを見た。

「大丈夫か、ルナリエット」

「平気です。 後一押し、ですね」

「ああ」

敵の軍勢は半壊。

多国籍軍からの増援は望めず。

新国連はGOA部隊だけを展開している。

後、一押しだ。

アーシィを起こして、ブリーフィングを行う。どうするべきかと意見を募ると、アーシィが最初に言う。

「ニュークリアジャマーを使いましょう」

「無力化ガスではなく、ニュークリアジャマーをか」

「此処から、敵は核兵器を投入してくる可能性が高くなると思います」

まあ、それについては同意だ。

確かに、敵の指揮系統を潰しておくことに、損は無い。それに、上手く行けば、GOA部隊もこれで全滅させられるかもしれない。

しばし悩んだ末に。

私は決断した。

「よし。 使うぞ」

使用後、少しの間動けなくなる最終兵器だが。此処では使う価値があると、皆が判断したという事だ。

移動する。

街から少し離れて、敵を全部巻き込む位置へ。

戦車などが組み込んでいる自動リンクシステムも、これで全て潰すことが出来る。敵がパニックになっている間に、勝負を決める。

所定位置に移動完了。

攻撃開始。

一気に地上へと上がり始める禍大百足。砂丘を吹き飛ばしながら、地上に出る。至近に、敵の部隊。

恐らく、大軍事同盟の一国の部隊だろう。

突如現れた禍大百足に、泡を食って逃げ出す様子が、ありありと見えた。

腐食ガスを浴びせてやった後、地上にて、ニュークリアジャマーの発動準備に掛かる。だが、その瞬間。

多数の巡航ミサイルが、此方に飛んでくるのが見えた。

「核弾頭搭載型です!」

「迎撃!」

アーシィが、慌てて切り替えを行う。そして、核弾頭を搭載しているミサイルのみを、叩き落とす。

これは、多国籍軍か。

しかし、どうやって。ひょっとして、禍大百足が地上に出てくるタイミングと。出てくる場所を、予想していたというのか。

次々に着弾する巡航ミサイル。

核弾頭型は、迎撃レーザーで潰すが。それ以外はどうしようも無い。数が多すぎるのだ。増加装甲が、更に削られていく。

完全に裏を掻かれた。

それにしても、此処まで完璧に裏を掻くとは。もしこの攻撃を主導しているのがアレキサンドロスだとすると、奴を侮っていたかもしれない。冷酷なだけでは無く、戦闘での判断能力と分析能力は、尋常では無い。

百を超えたミサイルが止むと。

禍大百足は、再びニュークリアジャマー発動の準備に掛かるけれど。アーシィが、待ったを掛けた。

「作戦を変更するべきです」

「硬直の瞬間を狙われる、か?」

「私ならそうします。 わざと弾幕を途切れさせて、一瞬おいて核弾頭つきの巡航ミサイルを放ちます」

「……そう、だな」

仕方が無い、作戦変更だ。

進撃開始。

わっと敵が群がってくる。殆どがゾンビ兵と見て良い。巡航ミサイルは、もう飛んでこない。此方の様子をうかがっているのだろう。

忌々しいやり方だが。

悔しいが、戦術面では、敵の方が一枚上手だ。

ならば、今後は単純なパワーで勝負していくしか無い。

まだ解放していない装備は幾つかあるけれど、使うべきだと判断したものがある。今回は、出し惜しみはしていられない。

「ブースターを使うぞ」

「そうか、とうとう使うか」

「アーシィ、タイミングは任せる」

「はい……」

ブースター。

各関節にある動力を、一時的に最大以上の出力で動かす。よくある仕組みである。ものによってはそれで壊れてしまう動力もあるが、禍大百足に搭載されている動力は、その程度で壊れるほど柔ではない。

これにより、禍大百足は。

地上で時速百五十キロまで出す事が出来る。

大概の戦車を軽々追い抜くほか。

GOAにしても、全く勝負にならない加速を出す事が可能だ。

敵陣が見えてくる。

真正面から突入。

動きからして、ゾンビ兵だ。無力化ガスをぶち込んで黙らせながら、ゾンビ兵から潰して行く。

間近で見た禍大百足の威容。

圧倒的恐怖。

兵士が逃げ出す。

腐食ガスだけ浴びせて、逃がしてやる。敵にしても、もう補給は無い筈で。其処までの長時間、戦い続けるのは不可能なはずだ。

念のため、スーパーウェザーコントローラーは、最大出力に。

さきの巡航ミサイルを見る限り、多国籍軍は介入する気満々だ。艦隊も、アフリカの東海上から、紅海に戻ってきているのかもしれない。

だから、その隙を与えず、一気に潰す。

死闘が続く中。

見えてきたものがある。

ファマスを守るようにして布陣している、GOA部隊。驚いたことに、全てが第三世代機に更改されている様子だ。

「他の敵は」

「敗走を開始しました」

「やっとか」

まず、片付けるのは、そいつらからだ。

ブースター起動。

最も敵が多い敗走ルートを、加速して駆け抜ける。そして、逃げ散る敵の頭上から、腐食ガスをぶちまける。

戦車も装甲車も自走砲も、悉く擱座していく。

逃げ惑う兵士が、神に祈りを捧げているのが見えた。

どうでもいい。

敵の最前列にまで追いつく。そして、ガスを散布完了。

方向転換。

別の敵に向けて突進。逃げるところを背後から追いつくとガスをぶちまけていった。

これで、一段落だ。

丸腰で逃げていく敵は放置。

また、移動中にスーパービーンズの散布も完了。後は、ファマスシティを叩くだけである。

GOA部隊がいるが、今の状況なら、まだ何とかなるだろう。

増加装甲はかなり心許ないが。

それでも、余力はまだある。

通信が入る。

インティアラの首相、グリアーティからだ。色々な周波数に、垂れ流している様子だ。

「どんな内容だ」

「降伏を申し入れています」

「放置で」

冷たく言い捨てると、私は禍大百足を進ませる。

そして、GOA部隊が、動き出した。ファマスに向かう禍大百足を阻むように。綺麗な陣形を組んで、飛んでくる。

「ブースター起動までは」

「後三十分です!」

「よし、その間、遊んでやれ」

ルナリエットは無言で頷く。

私が作り上げた禍大百足に。私が基礎部分を造り、今や別物ともなったGOAが挑んでくる。

何とも、不思議な因縁だ。

先頭にいる機体の動きが良い。前に、ポールアックスをうち込んできた機だろう。ジグザグに飛びながら、大口径のアサルトライフルで射撃。そして至近で、前よりもサイズが大きいポールアックスを、叩き込んでくる。

棒立ちでは、受けない。

インパクトの瞬間。わずかに角度をずらす。

はじき返す。

他の機体も攻撃を果敢に仕掛けてくる。非常に士気が高い部隊だ。動きも連携も悪くない。

だが。

力の絶対的な差が、どれだけ残虐か、見せつけてやる。

踏み込み、そして跳躍。

慌てて離れる他の機体と違って。

先頭にいるエース機らしいGOAは、直撃を最小限の機動でかわしつつ、またポールアックスを振るう。

増加装甲が持って行かれる。

前進しつつ、回転。

ヤスデのように、頭を一番内側に、まるまる。

GOA部隊は周囲を囲みながら、横滑りに射撃を浴びせてくる。ポールアックスを叩き込んでくる。

だが、次の瞬間、である。

超高速でバックしながら、円形防御姿勢を解除。

つまりそれは、尾をしならせながらの、全方位攻撃に等しい。

蛇もオオトカゲも、尻尾を武器として使う種は珍しくない。

ましてや、この巨体。

禍大百足に、同じ事が出来ないとでも思ったか。

数機のGOAが直撃をくらい、砂漠に放り出される。爆発はしないが、最低でも中の人間は気絶だろう。

掠っただけで、大ダメージ確定だ。

直撃を避けても、掠るだけで中破。

瞬時に半減したGOA部隊。

だが、エース機はそれでも果敢に攻めてくる。

砂漠を利用して、禍大百足は上昇するようにして跳躍。

一気に、全身を地面に叩き付ける。

衝撃波が周囲を蹂躙。

数機のGOAが、バランスを崩し、砂漠に叩き付けられる。腕組みしてその様子を見ていた私は、悟る。

まだこの機体、未完成だ。

恐らく、相当にピーキーな改造をし、なおかつサポートAIで無理矢理動かしていると見て良い。

だが、そうなると、あのエース機は何者だ。

アキラ博士と同等か、それに近い実力を持つとみた。もう少し遊んでやりたいところだが、しかし。

残念ながら、時間だ。

「ブースター、再起動可能です!」

「よし、全力で起動! ファマスを蹂躙し、作戦の仕上げとする!」

全力でダッシュ。

GOA部隊は必死に追いすがってくるが、追いつけない。

増加装甲は。

聞いてみるが。アーシィは、首を横に振るばかり。

「今のGOA部隊に、残り全てを持って行かれました」

「まあいい」

ファマスに乗り込むと、腐食ガスとスーパービーンズを撒き。そして、臨時指揮所になっている、高層ビルに突入。

通信を解析。

どうやら、グリアーティは、絶望して、拳銃自殺を遂げたようだった。

無言で、高層ビルを真正面からぶっ潰す。

砂の城のように崩れていく高層ビルはどうでもいい。腐食ガスを、全市に。そして、スーパービーンズも。

GOA部隊が追いついてくるが、ブースター起動中だ。追いつけるはずも無い。

そのまま、ファマスを突き抜ける。

しかし、全市をまだ蹂躙は出来ていない。

一度Uターンして、またガスとスーパービーンズの散布を開始する。

途中、すれ違うようにして、エース機が、ポールアックスでの一撃を叩き込もうとしてくるけれど。

ルナリエットが、珍しく、冷え切った声を出した。

「しつこいですよ」

足の一本を器用に動かして、払い落とす。

払われたエース機は、バランスを崩し。もろに高層ビルの一つに突っ込んで、貫通して向こう側に抜け、動かなくなったようだった。

まあ、頑強なGOAだ。

パイロットはしなないだろう。

全市の蹂躙が完了。

現時点までで、この国での作戦行動は完了。更に、この巫山戯た軍事同盟に参加した国は、どこも軍事力という点で、致命傷を受けている。今後の作戦行動は、著しくはかどることだろう。

そうでなければ、困る。

砂漠を北上する。

そのまま、インティアラの北にあるゲゼルビアを攻略に向かう。

此処も独裁国家で、多数の武装勢力が存在し。国民から徹底的に搾取し、少数の富裕層だけが好き勝手をしている国だ。潰すことには、何ら問題は無い。

補給は出来ないし、必要ない。

それに、既に巡航ミサイルの精密攻撃範囲からは逃れているはずだ。もし攻撃があったとしても、地面に潜ってしまえば問題ない。

ミサイル発見から、着弾まで。それだけ時間がある位置にまで来ている、という事である。

移動を続ける。

その間、ルナリエットを休ませる。

到着まで、五時間半という所か。

私には、少しやる事があるが。他のメンバーには、休憩を取って貰うべきだろうと判断した。

「皆、しばらく休んでくれ」

「此方は構わないが、いいのか」

「ああ。 アレキサンドロスの動きが気になる。 恐らく、まだ何か仕掛けてくると見て良いだろう。 今度こそ、先手を打ちたい」

「……わかった。 何かあったら呼んでくれ」

マーカー博士が、アーシィを促して、コックピットを出て行く。

私はため息をつくと。

自分の肩を揉みながら、コンソールに向かった。

今まで、休憩中にちまちまと調べていた。そして、一つ気付いたことがある。

奴は少なくとも、もはやロシアに痕跡は残していない。

しかし、たとえば、インティアラ経由ならどうか。

グリアーティが、最後に送ってきていた、悲鳴混じりの降伏宣言。此処を逆にたどって、インティアラの軍事データベースに侵入。前に基地の軍事データベースに侵入したときわかったのだけれど、中枢部と周辺で、この国はネットワークを別にしている。恐らく、治安が悪くて、部下が反逆したときのことを、常に考えなければならなかったのが原因だろう。

侵入成功。

まだデータベースは生きている。

首脳部はぶっ潰したし、腐食ガスはまき散らしてきたけれど。恐らく地下か何かにマスターサーバがあって、其処にでもデータベースサーバが併設されていたか、内包されていたとみるべきだろう。

其処から、ログを回収。

そうすると、見つけることができた。アレキサンドロスとの、会話データだ。勿論マスターデータは消されていたが、修復は十分に可能だった。

すぐに修復を掛けて、確認。

アレキサンドロスの肉声。

会話の内容から考えて、グリアーティとの駆け引きの内容だろう。既にインティアラが崩壊した今、このサーバの守りはゴミも同然。恐らく、偽装する暇は無かったはずだ。

声の分析を掛ける。

思ったほど、年老いていない。というか、かなり若い声だ。

経歴不明の、謎の男。

アレキサンドロスという人物については、分からない事があまりにも多かったのだけれど。

肉声を入手できたと言うだけで。少し意味がある。

分析をしていくと。

幾つか、分かってきたことがある。

声だけでも、人間というものは、わかるのだ。

この声から分析出来ることは、一つ。おもしろがっている、という事だ。

精神は極めて幼稚。

それでいながら、圧倒的な力というオモチャを与えられてしまっている。精神が育つことなく大人になり。権力を得て、それで遊んでいるという、最悪のケースと見て良いだろう。

だが、それだけではない。

何とも妙だ。

「これ、合成音声じゃ無いのか……?」

分析を見て、私は腕組みする。

合成音声ならば、その精神分析についてもチャラになってしまうのだろうか。いや、どうだろう。

本格的に分析するべきだろう。

他にも拾い上げられたデータは幾つかある。インティアラに対して、アレキサンドロスは背後からかなり干渉してきている。

念のためデータを拾い終えた後は、禍大百足内のネットワークを全てスタンドアロン化。

とはいっても、この内部ネットワークは、四つに分けられていて。その全てが、接続していない時はスタンドアロン化されている。

いずれも私のデザインだ。

つまり、一つや二つ侵入されたくらいで、慌てることもない。

隔離した区画を作って、分析を続けていると。

おかしな事が、幾つもわかってくる。

そもそもアレキサンドロスという男なのだけれど。声の波長が毎回変わっている。これはセキュリティの問題なのだろうか。合成音声にしても、おかしな点が多すぎるし、何だか変だ。

その上、グリアーティとの会話を漁ってみると。

どうも、グリアーティは、毎回声を聞くだけで、アレキサンドロスと話していると、きちんと認識出来ているようなのだ。

どういうことだ、これは。

合成音声で有りながら、そうとは思えず。分析してみて、やっとそうだとわかる。

声の波長は毎回違い。それで有りながら、同じ存在の声だと認識出来る。

自分でも聞いてみる。

確かに、同じ人間の声のように聞こえる。

訳が分からない。

頭を抱えたくなる。

勿論、情報から、データの経路も確認。

どうやら途中に使い捨てのプロキシサーバが入っていたらしく、追跡は途切れてしまった。

この手は私もよく使う。

だからこそに、その先の追跡が出来ない事はわかっている。プロキシサーバが残っていれば、乗っ取って内部のログを洗うくらいは楽勝なのだけれど。

しかも、である。

ログの消し方が、恐ろしく鮮やかだ。

私でも、ログを解析するのに、随分手間取ってしまった。消されたログを確認する限り、面倒くさい経路でつないできていることはわかったけれど。それにしても、厄介なことこの上ない。

アレキサンドロスの側に、私に匹敵するハッカーがいるか。

それともアレキサンドロス自身が、超級のハッカーなのか。

どちらかはわからないが。

どちらにしても、生半可な敵ではないと判断できる。

数時間経過して。

私はあくびをした。

流石に疲れが溜まってきているという事だ。マーカー博士が仮眠から戻ってきたので、後は任せて眠ることにする。

この件は長引く。

アレキサンドロスという男は、予想以上の化け物だと認識出来ただけで。今回の戦いは、上出来だったかもしれない。

 

3、黎明の刻

 

覚えている。

予想以上のスピードと機動力で動き回るアンノウンに、亮はコテンパンに負けたのだ。最後、アンノウンは、うるさがるようにして、GOAを払った。つまり、その程度の相手としか、認識されていなかった、という事だ。

口惜しいけれど。

どうにも出来ない。もう、戦闘には、負けたのだ。

どうして勝てると、一瞬でも思ったのか。前に戦った時、一太刀を受けられたからか。その時、直撃が入ったとして。

本当に、相手に打撃を与えられたのか。

天井が、はっきりしてくる。

目が覚めてきた。

意識が戻ったことで、気付く。

此処はインティアラじゃない。恐らくは、新国連の基地だ。GOA部隊は、どうなったのだろう。

かなりの数がやられたはず。再建は、出来るのだろうか。

体を起こそうとして、失敗。

呼吸補助機がつけられていないし、そこまでひどい状態ではなかったのだろう。戦いの経緯も思い出す。

そういえば、亮の前にも、何機かやられていたはずだ。

パイロット達は無事だろうか。

大佐の隊長機は、そういえばやられていなかった気がする。大佐が無事なら、きっとどうにかなるはず。

看護師が来た。

診察を手早く済ませていく。

どうなったかと聞いてみるが。応えてくれない。それはそうだろう。彼は戦闘の専門家では無いのだから。

ひょっとすると、細かい経緯は聞かされていないかも知れない。

しばらくして。

大佐が来た。

無事だったので、ほっとする。まあ、GOAもやられていなかったのだし、当然だろう。

「気分はどうだ、リョウ」

「複雑です。 その、全機生還できましたか?」

「大破が四機、中破が二十一機。 ただし、パイロットは全員生還した」

「そうですか。 良かった……」

胸をなで下ろす。

そういえば、アンノウンが周囲全体を薙ぎ払ったとき、もろに蓮華の機体も巻き込まれていた記憶がある。

無事だったのなら、いい。

「インティアラは」

「グリアーティ首相は拳銃自殺したそうだ。 大軍事同盟は、同時に瓦解。 アンノウンは既に三つの国に侵攻し、蹂躙。 体勢を立て直す前に、徹底的に叩き潰すつもりなのだろうな」

「……その、出撃は」

「無理だ」

即答される。

今は休むようにと言われて、うなだれるしか無かった。

口惜しいけれど、わかる。

アンノウンがまき散らす腐食ガスを散々喰らった上に、あのダメージである。亮のGOA301なんて、無事であるわけがない。

翌日から、リハビリが始まる。

どうやら、戦いから一週間ほど眠っていたらしい。

まず、立ち上がる所から始めて。

少しずつ、情報も入手しながら。

戦う力を、取り戻していく。

亮のGOA301も見に行った。最後に払われて、大破した機体は。回収されて、現在は修復過程にある。

あと一週間もあれば復旧出来るという事だけれど。

その間にアンノウンは、幾つの国を蹂躙するのだろう。

トレーニングルームで蓮華に会う。

蓮華は、左腕を吊っていた。

戦闘時に、骨折したのだろう。

口惜しい。

五十機の第三世代GOAで、まるで刃が立たなかったのだ。本当に今後、戦っていけるのだろうか。

シミュレーターは用意されていたので、使う。

新しくインプットされたデータを元にしたアンノウンと戦って見る。

強いなんてもんじゃ無い。

特にあの動き。

今までの倍以上の速度で、実に機敏に。あの巨体が走り回るのである。どう考えても、時速百五十キロは出ていた。

現在、最新鋭のMBTでもその半分程度しか出ない。

どれほど桁外れな存在なのか。

少なくとも、今のGOAでは、逆立ちしても勝てない。何しろブースターをフルに噴かしても、その半分の速度も出ないのだ。

勿論、長時間連続で、あの速度を出せるとは思えないけれど。

はっきりした。

第三世代機では、勝てない。

例え相手が連戦で傷つき、弱っていたとしても、である。

しかし、もう一つ分かったこともある。

あのアンノウンは、恐らくまだ手札を隠しているにしても。今までと違って、本気でGOA部隊と戦った。

つまりあのスペックのアンノウンをシミュレーションでも撃滅できれば。

恐らく、本番でも太刀打ちが出来る筈だ。

焦る心を落ち着かせて、リハビリを続ける。

蓮華は回復力も高く。

亮がどうにかまともに動けるようになった頃には、ギプスも外していた。

GOAの修復も、目が覚めてから一週間で完成。

しかし、この時点では。惨敗した時と、同じ状態だ。

回復を待って、大佐に呼ばれる。

一緒に、新国連のえらい人と話すのだという。

まあ、そうだろう。

負けたのだ。怒られるのは、当たり前。大佐はひょっとすると、解任されるかもしれない。

覚悟を決めて、出向く。

ミーティングルームには、既にテレビ会議の準備が整っていた。

映像の向こうには、何度か見た、新国連のお偉いさん達がいる。

大佐と一緒に敬礼。

その後は、大佐が戦闘の経緯について、説明をしてくれた。亮としても、特に補足する点は無い。棒立ちで、聞いているだけで良かった。

やがて、画面の向こうにいる、美しい女性が口を開く。アンジェラさんという方の筈だ。

「それで、アンノウンを撃破するには、どうすれば良いかと考えますか」

「防御力は、現時点のGOA301で大丈夫でしょう。 後必要なのは、機動力かと思われます」

「火力は平気なのですか」

「戦闘で、アンノウンの増加装甲は、全て引きはがしています。 長期戦になれば恐らく、本体にもダメージを通せたでしょう。 アンノウンが予期せぬ機動力を発揮するまでは、良い勝負を挑めていたように思います。 その機動力も、ブースターか何かによるものと分析出来ます」

大佐は冷静だ。

少なくとも新型ポールアックスが有用で、アンノウンの増加装甲を全て引きはがすのに成功していたことにも気付いていた。

アンノウンの巨体による攻撃で。GOA部隊が全機生還したことも、防御力は充分と判断する理由なのだろう。

「ブースターの強化と、機動力の向上が重要です。 カスタム機の作成をお願いいたします。 そのカスタム機でデータを集めて、第四世代機を作成するべきでしょう」

「ふむ。 なるほど。 善処しよう」

「引き続き、治安維持活動をしてくれ」

「わかりました」

画面が灰色になる。

敬礼をして、終了。

亮は結局、意見を求められなかった。

「怒られるのかと思っていました」

「我々は治安維持活動で、どの特殊部隊でも真似できない実力を発揮して成果を上げているからな、一度アンノウンにやられたくらいで、解任されるようなことはないさ。 もっとも、これで私の昇進はかなり遅れるようだが」

「ごめんなさい、僕がもっとしっかりしていれば」

「お前は全機の中で一番良い動きをした。 最後にアンノウンに併せて一撃をいれる可能性があったのはお前だけだ。 今はカスタム機が来るまで、現有のサポートAIの性能を上げるべく、シミュレーションに取り組めば良い」

肩を叩かれる。

大佐は敗北を気にもしていない。

第四世代機からが本番だと思っているのかも知れない。

それも、そうだ。

そもそも、最初から、そう言う話だったのだから。非常にピーキーな機体であるGOA301を乗りこなすことで、亮が調子に乗っていただけなのか。

少しばかり、恥ずかしくなった。

 

翌日から、本格的にトレーニングとシミュレーションを再開する。

フリールームで他のパイロットにも会うけれど。彼らが亮を責める事は無かった。みんな悔しいのだと、わかった。

そして、負けたことの責任を、大佐や亮に押しつける気も無い様子だった。

トレーニングを終えて、フリールームでテレビを見る。

アンノウンは相変わらず、凄まじい勢いで暴れている。

各地で武装勢力を片っ端からひねり潰して、あの豆をまいている様子だ。幾つかの原理主義勢力が、アンノウンを必ず破壊すると息巻いていたけれど。その翌日には、踏みにじられて全滅してしまう。

大軍事同盟が壊滅した事で、中東は軍事の巨大空白地帯とかして。

アンノウンはそれを徹底的に叩いているのだ。

まあ、あれだけの大軍と、正面決戦をしたのだ。

体勢を立て直す前に、可能な限り叩きたいというのは、亮としてもわかる。

アンノウンに蹂躙された国の首相が、テレビに出演していた。顔を歪めて、あしざまに罵っている。

アレは悪魔だ鬼畜だと。

しかし、負け犬の遠吠え以外の何物でも無い。

彼が罵ったところで、アンノウンにはダメージなど何一つ与えられはしないのだろうから。

GOA部隊は、既に全機が戦闘可能な状態まで復帰。

最初に命じられたのは、インティアラの治安維持任務だった。

小隊単位で出撃して、武装勢力の残党を片付けに行く。そして、インティアラが様変わりしているので、驚いた。

砂漠を覆う緑の絨毯。アンノウンが撒いていったあの謎の豆が、繁茂しているのだ。

元々、この国の97%の住民は、餓死寸前の貧民だった。それくらいは、亮だって知っている。

餓鬼のようにやせ細っていた貧民達は。

砂漠さえ覆う緑の絨毯に飛びついて。葉でも茎でも食べられる豆に、群がっている様子だった。

ヒステリックに喚きながら、辞めろだとか、それを喰うなだとか、叫んでいるのは富裕層の人間だろう。

しかし、言うことを聞く者などいない。

富裕層の人間達も。インフラを破壊された上に、そもそも言う事を誰も聞かなくなるのでは。その地位など維持できる訳がない。

わずかに武器を残していた軍人達が、豆の絨毯に群がる貧民を脅していたりもする。

それらを、制圧するのが、GOA部隊の役割だ。

悔しいけれど。

戦いに負けたのだ。こうやって、治安維持をして行くしか無い。

武装勢力は軍事同盟に潰されて、殆ど消滅してしまっているようだけれども。ただ、同盟参加国も、金を取り立てるどころではなく。それぞれ、侵攻してきたアンノウンに踏みにじられていて。もはやなすすべが無いと言うのは、皮肉と言うほか無さそうだ。

亮は大佐と一緒に、都市部を見て回る。

ガソリンを掛けて必死に緑の絨毯を焼こうとしている富豪がいる。

流石にガソリンを掛ければ燃えるけれど。

その数日後には、また生えてくるのだ。

どうせやるなら、土を全て地下数メートルまで掘り返して、その全てにまんべんなくガソリンを掛けて、焼く。

それくらいのことをしなければならないだろうけれど。

もはや貧困層の人間が言う事を聞かなくなっている状況、そのような事、出来るはずもない。

最初の内は使用人を使ってやっていたのだろうけれど。

その使用人達も、瞬く間に離散。

この国の通貨がゴミと化し。

しかも、そこら中に、食べれば美味しく、栄養価も有り、幾らでも生えてくる豆があり。なおかつ水も既に豊富に供給されている状況だ。誰が鞭で殴られたり、暴力を振るわれたりしながら、恨み重なる相手に使役されるだろうか。

最初の内は、従っている者も散見されたようなのだけれど。

一人が逃げ出すと。

後はもう、どうしようもない。

そして、この国の金銭価値が紙くず以下になったことで。

富裕層と呼ばれた人達は。

もはやその実態もなく。

見切りをつけた海外の企業も、続々とインティアラを出て行った様子である。

たまにある武器を使っての暴虐を掣肘。

そうするだけで、良い状態だった。

この国の制圧に、アンノウンは今までに無いほどの時間を掛けた。大軍事同盟が最大の要因だけれども。

その分徹底的に蹂躙もした。

だからもはや、この国に武装蜂起する余裕など無いだろう。そもそも周辺国からして、武器を輸出するどころではない状況なのだから。

他の部隊からも、通信が入ってくる。

武装勢力が跋扈していたような地域も。

既に沈静化しているという。

餓鬼のようにやせ細っていた人々は、豆のおかげでみるみる健康になっているそうだ。口惜しいけれど、これだけは認めざるを得ない。

アンノウンが現れる事で。

少なくとも人間の生存に最低限必要な水と食糧は。

誰にも、行き渡っている。

独占しようと四苦八苦している富豪もいるようだけれど。

そもそも何処にでも幾らでも生えてくる豆だ。

どれだけ刈り取っても、なくならない。

独占しようとするだけ無駄。

その現実が、富裕層には、容赦なく叩き付けられる。そして、その事実が明らかになる度に。

今まで搾取されて、餓死寸前だった貧民は、言うことを聞かなくなっていく。

こうなると、立場が逆転して、リンチが起きるのでは無いのかと、不安もあるのだけれど。

意外なほど状態は静かだという。

それもまた、おかしな話だ。

この国では、貧困層はどれだけ富裕層を憎んでいても足りないだろうに。

GOAで移動するが。

何処までもが、緑の沃野になっている。

砂漠に住む生物たちも、困惑している様子だ。ただ、環境が改善して、まんざらでも無い様子の生物も、それなりに見受けられた。

しばらく治安維持任務を行う。

特殊部隊の面々も、治安維持に動いているようだけれど。

ほとんど、何もやる事が無い様子だった。

補給が切れたので、一旦基地に戻る。

そうこうしているうちに、アンノウンは他の国も蹂躙しているのだろうけれど。手を出しに行く余裕も時間もない。

何より戦力がない。

悔しいけれど。何も出来ない。

 

基地に戻ると、情報が新しくなっていた。

結局合計十一の国を蹂躙したアンノウンは、其処で一旦進撃を停止。地下に潜って、姿を消したという。

これら十一の国は、いずれもが大軍事同盟に参加していた国家ばかりである。いずれもが主力決戦で蹴散らされて兵力を喪失。もはやアンノウンには抵抗するすべも無く、ひとたまりもなく蹴散らされてしまった、というのが実情の様子だ。

いきなり拡大しすぎた、ほぼ政府が存在し得ない地域。

勿論本来だったら地獄なのだろうが。

アンノウンが武器という武器を奪い。

食糧と水を撒いていった結果。

意外に、落ち着いた状況が来ている様子だった。

まだ、軍事同盟に参加した国々は残っているようだけれど。いずれもが、吹けば飛ぶような小国ばかり。

残しておくと厄介な国から、アンノウンが叩いたのは、目に見えている。

そして以前の戦争とは違い。

兵士を首になった連中が、そのまま武装勢力に鞍替えするようなこともない。

何しろ、丸腰で、国に帰らざるを得なかったのだ。

武器庫も全て潰され。

家などに出回っていた武器も、全てが腐食して、使い物にならない状況になっていた。そのような有様で、どう武装勢力になるというのか。

武器を買う金なども、当然あるはずがなかった。

中東の軍事組織は、大体オイルメジャーなどの、強烈な資金源が背後にあって成り立っていた部分がある。

それに加えて、流れ込んでいた、オモチャ同然の価格の膨大な武器。

しかし今や、その両方がない。

基地に戻ってきてから、話を聞かされるのだけれど。

アンノウンが通った地域に出かけて行っている治安維持部隊もいるそうだけれど。何処も、今までの地獄のような治安維持活動とはまるで話が別だとか。

完全に大人しくなっている住民。

悪さをしようとする人間もごく一部いて。それを抑えるだけで良い。

場所によっては、地元の警察だけで、どうにかなってしまう。

そんな有様であるらしい。

亮も出かけていくけれど。

どこの国もそう言う状況だ。アンノウンのやり方は徹底的に容赦がない。そして残されるのは、牙が無くなった者達だ。

ため息が零れる。

このままで、良いのだろうか。

アンノウンを歓迎する空気は、中東には最初無かった。しかし、それも時間とともに、変わりつつある。

イスラム教徒の中にも。

あれは邪神では無くて、アラーが遣わした天使では無いかと言う話が、出始めているというのだ。

あんなおぞましい姿の天使がいるのかと亮は思ったけれど。

話に聞いてみると、古い時代の天使はいずれも例外なくおぞましい姿をしていたものなのだという。

むしろその方が、古い時代の信仰を守ろうとする人達には、受け入れやすいのかもしれない。

時間は容赦なく過ぎて。

アンノウンに破れて、一月が経過しようとしていた。

亮は、大佐と一緒にまた呼び出される。

何だろうと思ってミーティングルームに出向くと。

以前ここに来た、アリスという白衣の女性だけが映っていた。

「試作品を突貫工事で作ったので、其方で送ります」

「試作品?」

「新型ブースターです」

そう来たか。

勿論、試作品。三つの種類を作ったので、その全てを試して欲しい、というのだ。

いずれもが、元のブースターより、一回り以上大きい。どれも、エネルギーをバカ食いして、アフターバーナーに近い推力を出す事が出来るという。

目標は、時速百五十キロ。

しかし、現時点では、アフターバーナー状態で、百キロが限界だとか。

まあ当然だろう。

いきなり其処まで速度は向上できないだろうし。出来たところで、絶対に無理が出るに決まっている。

「データをみながら、改良します。 第四世代機には、百五十キロ以上の瞬間速度と機動力を出せるブースターと動力炉を搭載します。 そのための下準備として、データ取りをお願いします」

ぺこりと、妙に可愛らしい動作で、アリスさんは頭を下げる。

通信が切れると、大佐は咳払いした。

「具体的には、四日後に三つの試作品が届く。 亮、いつものように試運転を頼むぞ」

「はい。 少なくとも今のままでは、アンノウンには勝てません。 頑張ります」

「ああ」

亮の肩を叩くと、大佐はミーティングルームを出て行った。

また、責任重大だ。

だけれども、心地よい責任重大でもある。これで皆の仇を討つことが出来る。死んだわけでは無いけれど。

それに、アンノウンは一旦泊まったとは言え、また暴れ出すのが明白すぎる位だ。停止しているうちに、可能な限りの準備をしておかなければならないだろう。

いずれにしても。

立ち止まっている余裕など無い。

インティアラにおける一連の戦いでは、二十一世紀始まって以来の戦死者が出る悲惨な結果になった。

これを見過ごすわけには、行かないのだ。

リハビリを終えた頃には。

例の試作品大出力ブースターが来て、すぐに取り付けが開始された。

どれかがものになるかもしれないし。全く使い物にならないかも知れない。まず、試してみなければならないだろう。

そしてその先に、勝利がある筈。

試行錯誤は、全ての勝利への路なのだから。

 

4、憤激

 

苛立ちが収まらない。

アレキサンドロスは、何ともうめき声を漏らしていた。

人間だったら、机を叩いていたかもしれない。

そのような事、なしえぬこの身が疎ましい。

結局アンノウンを取り逃がしたばかりか。手駒にしていたインティアラと大軍事同盟は、脆すぎるほどの壊滅を遂げてしまった。

作戦を授けていたのだ。

アンノウンは、確実に首都ファマスに入り込んでくると。

だからファマスの一角、火力発電所に与えておいた原爆を仕掛けて、側を通りかかった瞬間に消し飛ばせと。

原爆でアンノウンが消滅しないのは、既にわかりきっていた。つまり原爆を浴びせても、少なくともも外殻や中身の一部は回収できる。

そして、前回の件で。

増加装甲無しのアンノウンなら、原爆。

それも今回貸し与えた、強力な戦術核ならば、確実に黙らせることも出来ると試算は出ていたのだ。

それなのに。

あの腐れ老人グリアーティは、最後の最後で躊躇した。今まで国民を散々弾圧してきたくせに。

一部の富裕層のためだけに、国を私物化してきたくせに。

どうしてだろう。

たかだが第二の都市ごときを消し飛ばす事を、あのヘタレは躊躇したのだ。死ぬとしても、せいぜい数十万。それも社会になんら寄与しないゴミ共だろうに。

わからない。

何故、拳銃自殺などと言う。意味がわからない終わり型を選んだのか。

人間のデータは、あらゆる方面から収集してきた。

それでも、不確定要素が多すぎる。

アンノウンにしてもそうだ。

今回の戦いでは、予想外の動きをあまりにも多くされて、対応しきれなかった。あのブースターを用いたらしい超加速や、ダメージが残っているにもかかわらずの、徹底的な追撃。

既に多国籍軍の再編成は始めているけれど。

新国連が引き揚げている今。

効果的に奴を足止めできる戦力は、中東にはいない。損害が大きすぎて、多国籍軍の参加国も、兵を出すのを渋っている有様だ。

使えない奴らだ。

あしざまな罵りが、どうしても湧きだしてくる。

人間がゴミだと言う事は前からわかっていたが。

こうも此方の予定を妨げるばかりか。

少しは予想以上の行動を見せてみれば良いものを。どいつもこいつも、最低限のスペック通りの動きをすることさえ出来ていない。

こんなゴミが、どうして世界を支配している。

まあいい。

いずれ、世界はアレキサンドロスが支配するのだ。

このような生物に、いつまでも明け渡しておくつもりはない。

コペルニクスが来る。

「どうした。 百足が現れたか」

「いえ、新国連からです」

「傀儡に対応させろ」

「それが……」

コペルニクスが、困惑している。

傀儡というのは、同胞化した人間だ。この国の新しい首相、閣僚全員。そして影武者として使っている、成形したアレキサンドロスの人形だ。対外的な対応は、全て同胞化した此奴らに任せきっている。

それがわざわざコペルニクスが言ってきたという事は、ただ事では無い。

「此処に直接回線がつながっています」

「何だと……!?」

「如何なさいますか」

「少し待て」

通信回線を解析。

使い捨ての複数のプロキシサーバを介して、普段外と連絡を取り合うのだ。逆探知など、されるはずが無い。

だが、確実に、新国連の事務所と此処が、通信でつながっている。どういうことだというのだ、これは。

電話に出る。

新国連のスポークスマン、アンジェラだった。

「初めまして、アレキサンドロス中将」

「いや、何度も会っているはずだがね、アンジェラ広報官」

「嘘仰い。 今まで会ったのは、全て貴方の分身でしょうに」

「……」

舌打ちしそうになる。

クズの集まりだと思っていたのだが。

意外にやる奴がいる、ということか。

「核を好き放題使うばかりか、アンノウンが敢えて壊さなかった発電所にまで仕掛けていたようね。 どういうつもりかしら」

「何のことかわからんな」

「既についていけないと判断した多国籍軍の兵士が、多数彼方此方に脱走して、救助を求めている状態よ」

「……」

脱走兵がいると言う事はわかっていたが。

そんな連中に、機密を掴ませはしていないはずだ。大体戯言など、真に受けるとも思えない。

誰だ。

此奴に知恵を吹き込んだのは。

「更に、兵士達に独自の洗脳を施しているようね。 インティアラ軍の兵士の異常な動きや、カミカゼ同然の攻撃について、目撃証言が出ているわよ。 無論、多国籍軍に関してもね」

「知らぬし存ぜぬ」

「白を切るのはどこまで出来るかしらね」

どこまででもやってやるさ。

既にロシアと中京の上層部は、完全に掌握しているのだ。流石に人数だけなら世界でも最大規模のロシア軍と中京軍に関しては、全てを同胞化は出来ていないが。それでも、中核戦力は、同胞化出来ている。

戦争だったら、受けて立つ。

あの不格好なGOAの五十や六十ていど、真正面からひねり潰すことが可能な戦力だって、揃っているのだ。

「それに私は栄光あるロシア軍の中将だ。 如何にパワーエリート出身の人間とは言え、このような無礼が許されるとは思うなよ」

「貴方が本当にアレキサンドロス中将ならそうでしょうね」

「……」

まて。

妙だ。

アンジェラという女については、情報が幾つもある。此処まで頭が良い奴だったとは聞いていない。

一言一言ごとに、確信に近づいている。

言葉の裏にあるもの。

言葉そのもの。

それらから、真実を確実に読み取っている感触だ。

まて。

すぐに逆探知を掛ける。新国連の事務所から来ているのは確実。新国連の事務所は、生半可なハッカー程度ではとうてい入り込めない、圧倒的に強力なセキュリティが掛かっている。

其処から通信が来ていると、確実に告げられてはいるのだけれど。

どういうことだろう。

この違和感は。

「どうしたの、黙りこくって」

「貴様、本当に新国連の人間か?」

「その発言、国際組織の要人に対するものとは思えないわね。 多国籍軍についてもおかしな所があるし、その気になれば全世界を巻き込んで、ロシアと中京を巻き込んだ経済制裁が可能なのだけれど?」

違和感が爆発する。

どういうことだ。

中京まで手中に収めていると、どうして知っている。やはり此奴、何かがおかしい。

「意味がわからんな」

「意味がわからないのは、首相官邸の大深度地下で、引きこもっている貴方なのではないかしら」

通信を切る。

かなり乱暴に。そして、苛立ちながら、コペルニクスに命じる。

解析しろと。

 

私、ハーネットは、通信装置を置く。側には変声機。それに、禍大百足に搭載している、最高ランクのスパコン。

それに、基地にある全てのスパコン。

これらを並列稼働させ。

そして自分の能力をフル活動させ。

インティアラで掴んだ糸をたぐって。そして、情報を集めに集めたのだ。そして、ついに辿り着いた。

偽装工作も完璧。

そして、複数個噛ませていたプロキシサーバも、今全て電源を落とした。後でHDDは全て物理破壊する。コネクタ類も破壊した方が良さそうだ。

どうやら、敵の正体が見えてきた。

不安そうに側で見ているマーカー。

ルナリエットとアーシィは、既に休ませている。

そして、ハーネットも。

フルパワーで脳を活動させ続けたからか。ひどい頭痛がしていた。

「成果は」

「わかった。 どうやらこの世界には、寄生虫が住み着いたらしい。 まずはそれを潰すことを優先するべきだろうな」

次の目的地は。

ロシアだ。

首相官邸の地下。それも、大深度地下。

核戦争に備えて作られた其処に。アレキサンドロスの本体がいる事が、わかった。そして恐らくは。

奴は其処から、動く事が出来ない。

正体については、調べて見ないとわからない。だが、何となくはわかってきた。

そしてそいつは知らない。

この世で最も恐ろしい生物こそ。

人間だと言う事を。

「増加装甲は」

「残念だが、もうないな」

敗残兵ばかりとはいえ、連戦に次ぐ連戦で、かなり禍大百足にも細かいダメージが蓄積している。

増加装甲はどうにもならないとしても。

ある程度のオーバーホールはしたい。

ただ、今はその時間さえ惜しい。

私の読みが正しければ、アレキサンドロスは移動できないはずだけれども。余計な事は、幾らでも出来る筈だ。

「すぐに出立する」

「わかった。 ルナリエットとアーシィを呼んでくる」

「急いでくれ。 それと、他の結社メンバーも全員だ」

念のため、基地のメンバーにも、禍大百足に乗り込んで貰う。全ての物資を回収し。書類の一つも残さない。

掃除は、まあしなくてもいいだろう。

此処がばれて、特殊部隊が乗り込んできたとき、おちょくる意味では良いかもしれないが。

まず東欧にある基地に一度移動。其処で人員を降ろす。

その後は、アレキサンドロスとか言うドブネズミをこの世から消す。ああ、ドブネズミにそれでは失礼だ。

強いていうなら、回虫の出来損ないだ。

八時間で準備完了。

何も残さず、基地を出る。そして、そのまま、地下を時速八十キロで掘り進む。少しくらい探知されても構わない。今は、時間が全てに優先するのだ。

時速八十キロを維持すれば、アレキサンドロスが潜んでいる場所へは、恐らく十日かからずたどり着ける。

その前に、決着を付ける。

アーマットには言わない。

ただ、新国連には、念のために情報を一部撒いて置く。失敗したときの備えだ。

さて、さんざん舐めたことをしてくれた礼はたっぷりとかえさせてもらう。

いずれにしても、アレキサンドロスとか言う害虫の駆除が、全てに優先する。核の直撃を喰らった今。奴が何をしでかしても不思議では無いと判断できるからだ。

禍大百足が、基地を出る。

そして、敵に向けて。

一直線に、地中を掘り進み始めた。

 

(続)