大乱戦への路

 

序、集結

 

予想よりかなり早い。

集結してくる敵の大集団を見て、私、ハーネットは鼻を鳴らす。数は最大で五十万。この国、インティアラ連邦が、号している兵力。

それに少なくとも、数だけなら偽りが無いような気がする。

敵は三つ目の軍事基地を潰した後、戦線を大きく後退させて。首都のすぐ側に、全戦力を集めた。

スーパーウェザーコントローラーが作動して、台風同然の気候なのに、大したものである。

長城がそびえ立つような敵陣。

とてもではないけれど、まともな方法では、攻略できるとは思えない。統制も相応に取れているらしく。此方を見つけているのに、すぐには仕掛けてきていない。無差別に仕掛けてくるようなら、戦いようはいくらでもあったのだが。

これでは、真正面から押し潰す以外に選択肢がない。

勿論、そうするつもりで動いた。

わかってはいたのだが。その威容は、今までに見たことが無い。そして、覚悟を、実際の圧倒的な光景は、容易に揺らがせる。

「壮観ですね……」

アーシィが言う。

機甲師団同士の決戦というのは、この世紀になってから発生していないタイプの会戦だ。というのも、ボタン戦争の時代が長く続いたからである。空軍の異常な強化もそれに拍車を掛けた。

機甲師団が出てくる時点では。

多くの場合、勝敗は決まってしまっている事が殆どなのである。

此方は禍大百足。

つまり機甲師団では無いけれど。

構図としては、似ていると言える。

「今の時点で、多国籍軍も新国連も介入の兆しは無いな」

「今の時点では大丈夫だと思います」

アーシィはそういうが。

はてさて。

もし新国連が紅海辺りに艦隊を集めていたら、其処から襲撃をかけて来る事は、十分に可能だ。現在の巡航ミサイルの射程と、航空機の能力を考えれば、当然の事。そして前回、多国籍軍の艦隊の旗艦となっているロシアの原子力空母は仕留めきれなかった。恐らくは、其処から五十前後。周辺基地から三十前後は、最低でも航空機が来る。

対応が遅れると、流石に危ないかもしれない。

更に言えば、時間が経てば経つほど、多国籍軍の陣容は強化されるだろう。特に航空機は、もっともっと増えていくのが確実である。

腕組みする。

仕掛けるのは、今しか無い。

「ルナリエット」

「はいっ!」

「長丁場になるぞ。 覚悟は決めてくれ」

「大丈夫です!」

気合いがいつになく入っているルナリエットを見て、私は頷く。これならば、どうにでもなるだろう。

攻撃開始。

指示を飛ばすと同時に。

禍大百足が前進を開始。同時に、敵が一糸乱れぬ射撃を開始した。

一秒もしないうちに、最初の斉射が直撃する。

流石に敵の数が数だ。

強烈な振動が来る。

大雨の中、武装ヘリの集団も、上空に展開。一斉に対戦車ミサイルを放ってくるのが見えた。

ガスを散布開始。

そのまま、前進する。

いつもよりゆっくり。確実に。

射撃の精度は高い。殆どが命中弾だ。これは敵の練度が高いだけではなく、兵器としてもいいものを前面に出してきている、という事だろう。

濛々たる煙。

爆砕される荒野。

斬り破って、躍り出る。

そして、跳躍。

敵が、おののくのが、わかるようだ。

禍大百足が着地すると同時に、衝撃波が辺りを蹂躙。戦車が吹っ飛びそうになりながら、流石にこらえるけれど。機動が遅れれば、ガスをもろに喰らう事になる。ヘリも今の跳躍で接触したものは、地面に叩き付けられ、爆散。そうでなくても、ガスをもろに喰らって、無事では済みようが無い。

前進。

必死に逃れる敵兵を予想していたけれど。

妙だ。

敵の動きが、異常に統率が取れすぎている。味方がやられても、平然としているこの状況は。

見覚えがある。

あの光景は思い出したくない。しかし、これはどう考えても、あの時と同じ事が起きているとしか、考えられないのだ。

マーカー博士も、気付いた様子だ。一瞬だけ視線を合わせるけれど。

残念ながら、今は打つ手が無い。

射撃の密度が上がってくる。

第一陣に精鋭を集中させていると思ったのだけれど、違うのか。増加装甲が、破られ始める。

「ネットワークリンクを使用しての連携か?」

「わかりません! でも、あまりにも動きが……」

此方も黙っていない。前線を蹂躙しつくすと、今度は地面に潜る。そして敵が集結している地点の真ん中を、突き破るようにして出現。廻りを喰い破る。暴れ狂う。

だが、その様子を見ても。

敵はあまりにも的確に、反撃してくる。

前進にも臆さない。

踏みつぶされながらも、射撃してくる戦車を見て。私はやはり間違いないと確信するに到った。

これは明らかに、多国籍軍と同じ。

あのエセ無人兵器部隊と、同様の状態になっている。もしそうだとすると。アーマットの言葉が脳裏によみがえる。

アレキサンドロス。

奴が介入して、何かしらの処置を施したとみるべきだろう。

次から次へと迫り来る敵の部隊。

ガスをまき散らし、突進して踏みにじり。地面に潜って下から突き崩し。跳躍して、踏みにじる。

周囲は既に、残骸の山。

テクニカルやジープ部隊も果敢に仕掛けてくる。大砲でだめならと、ロケットランチャーや重機関銃さえ使ってくる。豆鉄砲では無駄だと、わかっているだろうに。

上空。

戦闘機隊だ。

あれはロシアの戦闘機か。といっても、Su35ではなく、一世代前のもののようだけれども。

荒天の中、無理矢理飛んできたそれは。膨大な爆弾を積んだまま、突撃してくる。まさかと思ったけれど。そのまさかだった。

今までで最大の衝撃が、禍大百足を襲う。

増加装甲の一部が、消し飛んだようだった。

「神風だと……!」

「何という無駄を」

すぐに被害を確認させる。二機目が突進してくるのが見えた。勿論爆弾を満載している。普通、人的資源の浪費になるこんな戦術を使う事は無い。余程追い詰められているか、或いは。

指揮官の頭のネジが、外れているか。

爆裂。

また、吹き飛ぶ戦闘機。

「アラート多数!」

「何だ、何を積んでいる!」

爆発の規模が尋常では無い。

まさか戦術核かと思ったが、違う。分析の結果を見て呻く。これは単純に火力が高い火薬だ。いわゆるCL20。最近は途上国にも出回ってきていると聞いていたけれど、まさかそれで神風を仕掛けてくるとは。

突入した瞬間に起爆したのだろう。

衝突の際、音速を越えていたようだし、パイロットは一緒に粉みじんだろう。しかし、同情もしていられない。

マーカー博士に指示。

「スーパーウェザーコントローラーの出力を上げてくれ」

「正気か!? 首都には貧民窟もある! これ以上出力を上げると、航空機を防ぐどころか、スーパーセル並の自然災害が、人口密集地を直撃するぞ!」

「調整できると信じている」

「無茶を言ってくれる……!」

マーカー博士が、コンソールにかじりつく。

三機目が上空に出現。また、山ほど爆薬を積んでいるが、しかし気流の乱れで此方には来られない様子だ。

横殴りに砲撃。

砂丘の上に、かなり統率が取れた戦車部隊が来ている。一糸乱れぬ射撃。しかも、T90だ。

多分、本物の精鋭部隊がお出ましという所だろう。

「現状のダメージは」

「増加装甲のダメージ、11%」

「思った以上に削られているな……」

細かいワーニングが出ているので、すぐに修理をかけさせる。ルナリエットに好きなように操縦させていたが。介入することに決めた。

ガスを撒きながら、敵首都へ一直線に向かえ。

そうすることで、敵の動きが見えてくる。

頷くと、ルナリエットはそうする。たちまち禍大百足の全身に砲撃が集中してくるが、それも致命打にはならない。

遠くから、巡航ミサイル。

レーザーで叩き落とす。

だが、連続して飛んできて、一発目が着弾。増加装甲が吹き飛ぶ。衝撃も、確実に大きくなってくる。

煙を突き破って躍り出ると。

真正面に見えた戦車部隊に踏み込み、蹴散らす。体当たりで一両を放り投げると、三百メートルは飛んで砂漠に突き刺さり、其処で爆発した。

首都が見えてくる。

アーシィに向けて叫ぶ。

「敵の布陣は!」

「首都を守ろうとはしていません!」

「そうか、やはりそうなるか」

敵部隊への攻撃を集中。

根こそぎにしろ。

顔を上げたルナリエットが、頷く。

もし、首都を守ろうとする人間味を見せるのなら、まだ手加減のしようもあったけれど。これはもう、意思を失ったゾンビの群れと化しているとしか判断できない。ゾンビに対して手加減は出来ない。

これは長期戦になる。

次から次へと押し寄せてくるテクニカル。戦車部隊。装甲車。

攻撃ヘリも。

叩き落とし叩き潰して、ひたすら荒れ狂う阿修羅と化す禍大百足。

そして、五時間が経過した。

 

一度地面に潜り、体勢を立て直す。

敵の損害は六割を既に超えている様子だが、それでもまだ戦意が衰えていない。この間と違って歩兵の姿も見えるのだが。武器が無くなったら、群がってきて素手でつかみかかろうとしてくるのだ。

それで、砲撃を浴びて吹っ飛ぼうとも気にさえしない。

全くもって、狂っているとしか言えない。

腕組みして、目を閉じる。

アーシィが、損害を報告してきた。

「増加装甲のダメージが45%を越えています」

「かなりやられたな」

「このままだと、敵を殲滅した頃には、増加装甲のダメージは60パーセントを超えます」

「少しばかりまずい、か」

この状態で戦術核の直撃を受けると、禍大百足でも面白くない事になる可能性が、決して小さくない。

それに戦術核とは限らないのだ。

だが。

もう、此処から戦略を切り替えるわけにはいかない。

ルナリエットを一瞥。

操縦席で、タオルを被って荒い息をついている。それだけ脳を酷使したのだ。五時間ぶっ通しの戦闘である。

すぐには、動かせない。

「後一時間後に、再攻撃を開始する」

「……首相官邸を叩いては」

「それには反対だ」

アーシィの言葉に、マーカー博士が即座に反論。

私も少し驚いたけれど。

ただ、意見は同じだ。

「あのゾンビ共を見ただろう。 此方が首相官邸に踊り込めば、確実に首都を火の海にする連中だぞ」

「わかっています。 しかし、何処であれを操作しているのかと考えると、可能性が高いのは……」

「それはあくまで推測だ。 お前らしくも無い」

ごめんなさいというと、縮こまるアーシィ。

嘆息。

恐らく、今までに無い激しい戦闘で、精神がやられているのだろう。マーカー博士が、奥の薬剤室に向かう。

彼はテラフォーミングの第一人者だ。それは、テラフォーミングの過程で、開拓者達が掛かる精神の病にも知識がある、という事を意味している。

戻ってきたマーカー博士が、アーシィに薬を渡す。

「少し飲んでおくように。 楽になる」

「はい、すみません」

「私も仮眠する。 一時間後に起こしてくれ」

予想してはいたが、手強い。

しばらく眠って、目を覚ます。体中が痛いけれど。ルナリエットよりはマシの筈だ。あの子がどれだけ無理をして操縦しているか、わかっていたはずなのに。

見ると、ルナリエットは少し顔を赤くはしているけれど。タオルを取り替えて、出撃の準備に掛かっていた。

ヘルメットを被る。

「よし、残りを掃討する」

私が声を掛けると。

禍大百足は地中から、一気に地上に向けて、加速した。

 

1、濁流

 

台風並みの低気圧が発生する中。それでも、此方に向けて必死に反撃を繰り返す敵軍を殲滅し終わったのは、戦闘再開から六時間後。敵が一切動かなくなったのを確認してから、私は嘆息する。

ルナリエットに指示。

「後はオートでどうにかする。 ヘルメットをとって休め」

「はい……」

私も疲れているが、状況確認だ。

首都近辺に展開していた敵軍は壊滅。実数はよく分からないけれど、今までで一番殺したのは確実だ。兵器の群れは周囲に点々と散っている。倒れている敵兵はいても、向かってくる奴らはいない。

腐食ガスだけではなく、無力化ガスもいるな。

私は呻きながら、惨劇の地を見回しつつ。自分のコンソールに指を走らせる。

これほどに、無茶苦茶な抵抗をしてくるのは、予想外だった。苦戦は予想していたけれど。兵器を潰してしまえば、この威容を前にして、逃げ散るのが普通だからだ。明らかに敵は普通じゃ無かった。

だから、こうするしかなかった。

今回殺した人数は、三十万か、四十万か。

下手をすると、もっと多いかもしれない。

いずれにしても、あまりもたついてはいられない。進撃する禍大百足に、首都で留守していたらしい残存勢力が必死に反撃してくるけれど。

それはただ蹴散らすだけで良い。

首都に乗り込む。

悪趣味な巨大ビルを押し潰しながら進む。これらは、この国の三%に満たない富裕層が独占している富。どうせ此処には、スーパービーンズを散布して、計画を進展させるのだ。インフラも最小限しか残さない以上、こんなものは必要ない。

首相官邸が見えた。

貧民窟も。

貧民靴を見ると、百足の像を飾っている家は。

アフリカを転戦しているときと違って、殆ど見られない。これはおそらく、偶像崇拝を極端に嫌うイスラム教の思想がしみこんでいるから、かも知れない。もっとも、中東だからと言って、住んでいる人間全員がイスラム教徒では無いのだが。

前進を続け。

首相官邸を、無造作に踏み砕く。白亜の建物が潰れて、崩れ去っていく。首相は、何処に逃げたかわからないけれど。

これで勝負は完全についた。

後は武装勢力を蹂躙するだけだが。

一旦、北上。国境付近に点在している武装勢力は、今頃活気づいているはずだ。それらを等しく踏みにじって、ようやく作戦は完了。首相が逃げていった以上、流石にこれ以上、多国籍軍は無理をしないだろう。

更に、ギリギリ極限まで強化している上空の低気圧は、戦闘機が踏み込むのを防いでいる。

巡航ミサイルは来るかも知れないが。

それは戦闘機隊にヒットアンドアウェイされるよりはマシ。

首都から出ると。

呆然と此方を見上げる人々の視線だけが、印象に残った。特に富裕層にとっては、地域最強の軍隊が根こそぎにされるという悪夢だけがその場にあったのだ。茫然自失も、無理がない事なのかもしれない。

ちなみにこの国を出るときには、油田も潰して行く。

この国は再起不能になるが、食べる事は出来るし、飢餓も無くなる。水も得られるようになる。

計画には、それで良いのだ。

一旦砂漠で停止。

ルナリエットの様子を確認。かなりへばっている。情報収集も必要になるし、此処からはオートで北上。六時間ほどで、最初の攻撃目標につく。それまでは、する事が無い。敵から奇襲を受けなければ、だが。

ルナリエットを、アーシィが連れていく。

マーカー博士は、難しい顔をして、スーパーウェザーコントーラーを操作中。とりあえず、それでいい。

私は、一旦エラーの確認。

増加装甲は予想通り61%が削られた。この段階から核を喰らうと、色々と面倒な事になるだろう。

エラーを修復させるべく、マクロを作動させて。

その合間に、この国の軍事基地にネットから侵入。セキュリティは、新国連やロシアのものに比べると、格段に甘い。

しばし作業を続けて。

マスターサーバにアクセス成功。其処から、情報を探る。

監視カメラも乗っ取った。

案の定、大混乱が続いている様子だ。殆どの軍は首都に出て、居留守のわずかな兵力がいるだけ。

会議室で大騒ぎしているのが見えた。

どうすればいい。逃げるべきか、戦うべきなのか。そんな事を話している。

くすりとした。

つまり此奴らは、人間。ゾンビでは無い、という事だ。

まて。

何だか会話がおかしい。少し前からログをたどって、そして思わず私は呻いていた。

兵器が勝手に動き出して、基地を出て行った、というのだ。

兵士の中にも、その兵器と随伴するように、かなりの数が出ていったのだとか。

愕然としている彼らが何をしようと止まることは無かった。そして、彼らは、跡に残されたのだ。

丸腰同然の状態で。

武装勢力は、この国に四十個前後も存在している。

当然、軍が丸裸になった以上、彼らは復讐にやってくるだろう。此処にいたら殺されるだけだ。

そう兵士達は主張しているが。

指揮官は、今こそ踏みとどまらなければならないとか、無責任な理論を展開している。

まあ、此処に関しては、よい。

今の情報は貴重だ。

そして、レーダーが捕らえる、さらなる脅威。多国籍軍かと思ったが、違う。それにしては、武装がちゃちすぎる。

だとしても、一万以上の兵力が、此方に移動してきている。

どういうことか。

インティアラ連邦は、周辺国と決して折り合いが良い国では無かったはずだ。多国籍軍の地上部隊が、わざわざ別の国から国境を越えて駆けつけるというのもおかしい。つまりこれは。

「別の国からの援軍だと……!?」

「何っ!」

流石にマーカー博士も、状況に気付いたのだろう。顔を上げる。

ルナリエットとアーシィを呼び戻そうかと思ったが、やめる。だが、いずれにしても。これはかなりの大事だ。

今までは、国を一つずつ潰して行けば良かった。

実際問題、新国連や多国籍軍の介入はあったけれど。それにしても、その国以外の国が、介入してくるケースは希だった。

侵略戦争自体が無いとは言わないにしてもレアケースになった時代である。

国際社会でのリスクを考えると、どうしても、二の足を踏む国は多い。

しかし、これは一体どういうことか。

更に、他の基地に入り込んでいたデータからも、警告が入ってくる。同時に、別の国からも。インティアラへ進撃を開始した部隊がいるというのだ。

これは、少しばかり、まずいかもしれない。

「一度基地に下がって、体勢を立て直す」

「撤退、だと」

「そうだ。 この国の首都機能と軍は破壊し、主要な地域にスーパービーンズの散布も完了している。 このまま戦うと、泥沼の中、戦力が削られるだけだ。 一度撤退して、状態を立て直す」

「そう、だな」

マーカー博士が立ち上がり、ルナリエットを呼びに行く。

更に、侵入してくる軍が増える。

それらの軍は、まず武装勢力に襲いかかり、無茶苦茶に蹂躙している様子だった。まあ、それについては別に良い。

今後、どう考えても、状況は良くなるとは思えない。

さらなる過酷な状態が待っているとしか、思えなかった。

目を擦りながら、ルナリエットが来る。すぐに撤退するようにと言うと。虚ろな目で頷く。

地面に潜りはじめる禍大百足。

このままだと。

この国での作戦は、失敗する。

 

基地に到着。

ひどい有様になっている事で、待っていた整備班も驚いている様子だった。増加装甲を再装備するように指示して、私は禍大百足を降りる。

ルナリエットとアーシィは、医務室に直行。

私自身は、サプリを囓りながら、禍大百足のスパコンを使用して、情報収集を開始だ。

そして、すぐにわかる。

恐るべき真実が。

十カ国以上が連合しての、一大軍事同盟結成。中心になっている国はインティアラ。合流する兵力は七十万超。

ネット配信されている動画には、インティアラの首長であるグリアーティが映っている。アラブ系の格好をした太った老人である。口元の髭も既に白く、若い頃は豪壮で知られていたというのも、今は昔の話だ。

彼はテレビとネットに、同時中継で会見を流していた。

その目は血走っていて。

怒りに、口元は震えていた。

「今我々は、悪魔の侵略に曝されている! その巨大な悪魔は百足の姿をしていて、既にアフリカの多数の国々を蹂躙し! 中東でも既に二つの! そして我等が祖国を含めれば三つの国を襲った! 多くの無辜の民が犠牲になり、勇敢なる兵士達が無惨に大地を赤に染めた! 残虐な侵略者は、いにしえの時代の十字軍を思わせる凶悪さで、全てを食い尽くしていった!」

演説はとにかく暑苦しい。

というよりも、恐らくは。

これは計算では無くて、本気の怒りをぶつけているのだろう。そしてその怒りの矛先は、禍大百足だ。

これ自体は、別に良い。

恐怖の対象であることこそが。禍大百足に課せられたことなのだから。

「我々は悪魔の百足を許さない! あれはこの世に現れた新たなる悪魔だ! 我等は奴を倒すために、全ての利害を超えて団結した同士である! 我等はこの世界のために、あの愚かしく邪悪な魔王を打ち倒すのだ!」

会見が終わる。

とりあえず、グリアーティ首相の発言はどうでも良い。

問題は、十カ国に渡る連合が成立したという事。そして、その連合の兵力が、号したとしても七十万に達すると言う事だ。

各地の基地を調べ。

そして戦闘記録も調べたが。

インティアラ首都目前の砂漠における決戦に参加してきた敵兵力は、三十万程度だった様子だ。

それでもあれだけの激しい戦いになったのである。

勿論インティアラに比べると兵備は劣悪だろう周辺国の軍勢。それもまとまりがない状態。

普通だったら、蹴散らすのは、造作も無い筈。

だが、今は違う。

あの異常な無人軍隊の恐ろしさは、数をきちんと数として活用できる、と言うことにあるのだから。

考え込んでいると。

柊が料理を持ってきた。バスケットごとである。

バスケットを開けると、たくさんサンドイッチが入っている。卵の奴とかハムの奴とか。有り難くいただくことにした。

コーラも持ってきてくれていたので、飲む。

頭に糖分が必要だ。

「戦況は、良くないみたい、ですね」

「想定外にもほどがある」

これは最初からやり直しだ。

現在スーパービーンズを撒いた地域は良い。これらに関しては、また手を出す必要もないだろう。

問題はそれ以外。

中東最大規模の国家であるインティアラの周辺地域だ。

基地と武装勢力の拠点が点在していて、しかもそれらには、今もの凄い数の軍勢が集いつつある。

更に此処に多国籍軍と新国連が加わったら最悪だ。

ひょっとしたら、どちらかの策謀の結果かも知れないけれど。いずれにしてもはっきりしている。

これらの国に組織的に戦われると、かなり厄介だ。

スーパーウェザーコントローラーによる制空権封じも、簡単にはいかない。いつまでも維持は出来ない。

気候を長期的に変える装置なのだ。

台風をずっと続けるわけにも行かない。

如何にスーパービーンズであっても、そうなると育ちが悪くなる。いくら何でも、今回は困難だ。

しかし、他の国から叩くとしても。

最大の混乱に陥ったインティアラを放置は出来ない。禍大百足がしばらく姿を見せないにしても。

この国を、適切な状態に変える事は難しいだろう。

そもそも人間が宇宙進出できるように、その下地を整える作業をしている段階なのだ。人間が自主的に出来ないからやっている。それを考えると、自助努力など、望むべくもない。

しばらく黙々とサンドイッチを食べながら、情報を集める。

いつのまにかバスケットは空になっていた。

そして腹も一杯になっていた。

食べやすいサンドイッチは有り難い。柊がバスケットを取りに戻ってきたので、ハンバーガーは作れるか聞いてみる。

「わかりました。 丸いパンズを焼くところから始めます」

「凝り性だな」

「食事は人の心の優しさを支えてくれますから」

柊の笑顔に嘘は見えない。

とりあえず、腹は膨れた。

優しくなることが出来るかは、別問題だが。

そのまま、しばらくスパコンを操作。具体的な兵力は位置を確認。

見ていると、やはりまず十カ国連合軍は、武装勢力の処理から始めている様子だ。情け容赦なく武装勢力を潰し、協力者とみるや、その周辺の住民にも危害を加えている。

それだけではない。

動員されている兵力の中に、かなり強力な近代兵器が含まれている。

これは多国籍軍というか、やはりアレキサンドロスが後ろで糸を引いていると判断するべきだろう。

「増加装甲の補強を急いでくれ」

「直ちに!」

長時間掛けて、様々なルートで運び込んでいる物資だけれども。

それも長く続くと、ルートが解析されて、この基地が見つかる可能性がある。

アーマットの人脈で誤魔化しているとは言え。出来るだけ、急いで周辺のターゲットは潰した方が良い。

それなのに、どうしようもないこの戦況。

困って、天を仰ぐ。

アーマットから連絡が来た。

いつものように噛みつく余力も湧かなかった。

「腐っているようだね」

「ああ。 それで?」

「状況は知っての通りだ。 まさかこれほどの軍事同盟が結成されるとは、私も思わなかったよ」

「他人事のようだな」

怒りがふつふつとわき上がってくるが。

今はそれ以上は言わない。

何かしらの意味があって、連絡をしてきているのだろうから。

「これからしばらく、補給が出来ない」

「ほう」

「ロシア軍だけでは無く、新国連がどうやら禍大百足をバックアップしている基地があるらしいと気付いたようでね。 危険を避けるためにも、補給物資を送る事が出来ない」

そうか。

まあ、それは仕方が無い。

最悪の場合、基地の人員を全員禍大百足に収容することは可能だ。この巨体である。後方の工場化している関節に押し込めば、この基地にいるメンバーくらいなら、全員収容できる。

補給自体も、出来ない事は無い。

別の基地まで行けば良い。

現在、世界各地に結社のメンバーはいる。基地として稼働しているのは、欧州の基地と、アフリカのもの(ただし人員と物資は皆中東に移ってしまっているが)、東アジアに中央アジア。後は、アメリカのテキサスの地下にあるものだ。

だが、これらとは遠すぎるか、物資が無い。

現実的に考えれば欧州だが。

あちらは最新機器による探知システムが発達している。地下深くを移動しても、察知される可能性が大きい。

「少なくとも、二月は補給が来ないと思ってくれたまえ」

「わかった。 どうにかする」

「頼むよ」

通信が切れた。怒る気力も無いので、その場でぐったり。

しばらく休んでから、作業を再開。

このままではまずい。攻める事も出来ないし。補給が尽きてしまっているとなると、いずれ無理が出てくる。

増加装甲も、無限にある訳では無いのだ。

マーカー博士が来る。

「まずいぞ」

「また問題か」

「其方でも問題が起きたのか」

互いに苦笑いしてしまう。

まず、マーカー博士の話を聞く。そうすると、ろくでもないという報告は、本当だった。

ルナリエットの意識が戻らないという。

無理をさせすぎた反動だ。

「命に別状は無い様子だが、かなりのダメージを受けているな。 明日までは最低でも動かせない」

「明日までは別に構わないさ。 どうせ増加装甲も……」

「いや、もう一つ悪いニュースがある」

対禍大百足の大軍事同盟が、拡大しているらしい、というのである。

これは、マーカー博士が、自分のルートから調べた結果だそうだ。

「まだ正式には参加を表明していないが、更に三国が参加する予定らしい。 あの後、すぐに引き返した結果、連合を組めば禍大百足に対抗できると判断した国がいるようだな」

「そうか……」

「どうする。 インティアラは後回しにするのも手だぞ」

確かにその通り。

たとえば、同盟に参加した国を小さい順に潰していく、と言うのも有りだろう。しかし、どうすればいいのか。

明確な応えが見えてこない。

明日、ルナリエットが復帰してから、皆で話をする事にしよう。

私がそう提案すると。

マーカー博士は、頷いてくれた。

一つ、気になる事がある。

既得権益を守る事が条件だとしても。敵の大軍事同盟の核となっているものはなんだ。利害だろうけれど。余程大きなものが噛んでいる、としか思えない。

何の利益がある。各国総力戦態勢に入ってまで、禍大百足を迎え撃つことに。湯水のように兵器を投入して、やっと勝負になる、という状況なのだが。

禍大百足の鹵獲が目的だとすれば、却ってやりやすくなる。

やりようがないからだ。

核でも使うとしても、それでも簡単にはやられない。それくらいは、敵だってわかってるはずだ。

かといって、単なる恐怖や復讐心では、此処までの大規模同盟は出来ないだろう。

一体何が。

そこさえ潰せば、或いは。

とにかく、データが必要だ。様々な場所にハッキングを仕掛けて、情報を探る。グリアーティが他の国の首相達と、テレビ電話で会話している場面に行き当たる。これはラッキーだ。

ログを回収。

音声データだけでもかなり重要だ。

データを見る限り、グリアーティは同盟締結国の内、中規模以上の国家の首相と会話している様子だ。

見ていると、他の首相達は冷静なのに。グリアーティだけが、異常に芽を血走らせ、まくし立てている。

「敵の戦闘力は未知数だ。 まず破壊することを、前提に動いていただきたく」

「それはわかっているさ、グリアーティ首相」

皮肉混じりに返すのは、パンニバル国王。

中東で第三位と言われる軍事国家の王だ。ちなみに圧政はさほど敷いていないのだけれど、国そのものが貧しい。結果、せっかくの石油資源は、軍を維持するためだけに使われていて。

それも尽きた今、相当に困り果てている様子だと聞いている。

何人かいる専門家、つまり指揮官達が、戦闘の経緯を説明。どこから持ってきたのか、アフリカで禍大百足が戦ったデータまで、有している様子だ。まあ、何処かの誰かがビデオカメラに写したり。戦って生き残った軍人が、他で証言したのかもしれない。どちらにしても、あり得る事だ。

腐食ガスの範囲外から、望遠レンズを使って撮影したのかもしれない。それらの映像を交えながら、指揮官達は言う。

「見ての通り、この機体には攻撃用の兵器が積まれていません。 それでもなお圧倒的に強いのは、その巨体と防御力にあります。 今まで多国籍軍を含む多数の軍隊が攻撃を浴びせていますが、いずれも増加装甲、それも各国で使用されている珍しくも無いもの、を剥ぎ取るに留まり。 本体へは一度もダメージが通っていません」

「なるほど。 それでどう対応する」

「増加装甲さえ剥ぎ取ってしまえば、本体に直接攻撃を浴びせることが可能になる事も意味しています。 実際この機体は、大きなダメージを受けると、引き返している様子ですので。 今回が顕著でしょう」

「つまり、飽和攻撃は有効と言う事か」

その通りだ。

まさか、自分の説明が。その相手に見られているとは知りもしないだろう指揮官は。咳払いして続ける。

この手の通信は、傍受すれば簡単に解析できるのが美味しい。

相手がオーバーテクノロジーの塊だとわかっていても。

この辺りで隙を見せるのが人間という存在だ。

「航空機でのヒットアンドアウェイ。 そして長距離自走砲での一撃離脱。 足止めには、ドローンや無人兵器を使いたいところですが」

「本物の戦車でも足止めにもならないんだぞ。 そんなもので足止めなど出来るのか」

「手段は幾つかあります。」

不意に、通信が切れる。

ログを確認すると、どうやら通信を察知されたらしい。舌打ちすると、使い捨てのプロキシサーバを全て切り離す。

後で分解して、HDDは物理的に破壊。

証拠など、残しはしない。

ただ、この傍受に気付いたという事は、相応のハッカーが出来にもいると言う事だ。考えられる面子は、二十人を超えない。

そしてそいつらの中で。

この仕事に関与しそうな奴は、更に四分の一以下になる。

とにかく、敵が積極的に会話して、戦いに備えていることがわかった。それだけで、今は充分だ。

さて、次の手は。

まあ、一人で考えていても仕方が無いか。

凝った肩を撫でながら、私は自室に引き揚げる。

禍大百足を動かし、戦地に向かうためにミーティングをするまでは。少しでも頭が働くように、寝ておくのが上策だと私は判断していた。

 

2、鉄の雨

 

インティアラに軍勢が続々と集結。

その兵力は七十万とも。更に増えるとも言われている。

近代戦は単純な兵力だけの世界では無いけれど。それでも、もの凄い大軍だ。しかも軍事同盟を締結した国々は、軍事力を出し惜しみしていない。

亮はフリールームで、その画像を見ていた。

なんということは無い。新国連の報道部隊が、現地で許可を取って撮影しているのである。

とはいっても、見せられるところしか見せていないだろう。

やたらと最新兵器が多いように見えるけれど。

それはどれもこれも、使い回しの映像らしい。蓮華は見ていて、また同じ人がいると、苦笑いしていた。

インティアラの首都は完全にアンノウンに蹂躙され。現在ではすっかり緑に覆われている。

富裕層の住む地域も。

貧困層が住む地獄のスラムも、等しく。

富裕層は、豆の駆除に必死になっている様子だけれど。効果はまるで見られない。斬っても斬ってもはえてくるからだ。

一方で貧困層は、既に豆に手をつけ、少なくとも飢餓から解放はされている様子だ。アフリカのように、軒先に百足の像をぶら下げる家は出てきていない様子だけれど。それでも彼らは、複雑な気持ちで。

目前に迫っていた餓死から救ってくれた謎の豆を収穫して、口に入れている様子だった。

ちなみに砂漠にも、相当量の緑の地が拡がっている。

砂漠だろうが関係無く根付く。

凄まじい植物だと、見ていて常々思う。

大佐が来る。

訓練の時間だと思い出して、亮はすぐにテレビの前を離れた。敬礼して、すぐに訓練に向かう事を告げると。大佐は無言で頷いて、フリールームに入っていった。

いつもより反応が寡黙だ。

ひょっとするとかなり厄介なことが起きているのかもしれない。

GOAの所に出向く。

301は、いつでもシミュレーションを行えるよう、調整されていた。すぐに乗り込む。計器類をチェック。

稼働、問題なし。

「何時でも行けます」

「よし、予定通り頼むぞ」

「イエッサ!」

立ち上がるGOA301。歩きながら基地の外に出る。

少しずつ速度を上げ、やがてブースターで跳躍。そのまま、低高度を維持しながら飛ぶ。今日からはいよいよ、ブースターで移動しながらの射撃。攻撃。それを本格的にやっていくことになる。

元々変な慣性がついているGOA301だけれど。

ブースターのじゃじゃ馬ぶりは特筆ものだ。ただ歩いていたり走っていたりしても大変なのに。

ブースターで飛ぶと、如何にGOA301がパワフルな機体で。

それ以上にピーキーであるかが、思い知らされる。一度態勢を崩すと、立て直すのがとにかく大変だ。

しばらく、無心で機体を動かす。

攻撃を受けそうになった場合に、反撃。

ポップが彼方此方に立てられているが。

無辜の市民をあしらったポップも多数ある。そういったものは出来るだけ撃たないようにする。

一瞬の判断が、成否を分ける。

サポートAIがあっても、それには変わりが無い。

訓練を続けながら、思う。

2世代型同様、中間層の機体がGOA301には作られるのだろうか。その場合は、どうなるのだろう。

乗りやすくするのか、或いは。

もっとピーキーで、乗りづらくなるのか。

「よし、一度もどれ」

大佐の指示を受けて、着地。

燃料がもったいないので、帰りは歩きだ。歩きながら、大佐に色々と言われる。

「反応速度をもう少し上げられるか」

「限界です」

「なるほど、わかった。 その辺りを基準に考えよう。 サポートAIでの補助についても、考えなければならん」

基地に到着。ゲートをくぐると。

亮の前に。コンテナが来ていた。

コンテナを開けると。

以前導入すべきだと言っていた、大型ポールアックスである。以前より一回り大きく、刃も分厚い。

これは頼りになる。

これならば、ひょっとしたら。

あのアンノウンの分厚い装甲に、一撃をいれられるかも知れない。

しかしこの大きさだ。持って見ると、腕にずしんと負担が来る。振り回してみるが、前のポールアックスよりも、更に慣性が強い。

下手な振り回し型をすれば、これは折れてしまうだろう。

使うのに、技術がいる。

そう言う武器だ。

「どうだ、使えそうか」

「はい。 訓練がいりますが」

「丁度良い。 もうすぐ、生産されたGOA301の第一陣が到着する。 それまでには何とかしろ」

「イエッサ!」

コックピット内で敬礼する。

此奴をもろに叩き込めば、あの巨大なバケモノの無敵伝説も終わらせることが可能だ。そうなれば。

以前のような好き勝手を許すことは、もうない。

 

訓練を切り上げる。

どうやら、中東諸国の連合は、大きな関心を呼んでいる様子で、かなりのニュースになっていた。

更に三国が連合に参加。

続々とインティアラに集まりつつある兵力は、既に八十万を越えているという。それら義勇兵は、最初は武装勢力を根こそぎに潰していた。しかし、それは文字通り、最初だけだった。

醜悪な画像が飛び込んでくる。

元々正規軍と言っても、烏合の衆だ。統制なんて取れていないし、モラルも何も無い地域の軍隊である。

各地で一般人を虐げる軍人が、後を絶たない様子だ。

怨嗟が高まる中。

アンノウンは姿を見せない。

一度インティアラの主力部隊を壊滅させた後は黙りだ。一旦撤退して再準備をしているのか、或いは戦略を切り替えるのか。

注目が集まっているのがわかる。

新国連のスポークスマンが映ると、誰かがチャンネルを変える。

そのレベルで信用されていない、という事だ。此処にいるのは、新国連の軍人ばかりだというのに。

少し、無心に休憩する。

横になるのもありかと思ったけれど、今はこれで良い。

ソファでぼんやりしてから、訓練に戻る。

あの大型ポールアックスを、可能な限り使いこなさなければならない。何度か使って見てわかったが、無理に力を掛けるとやっぱり折れる。それでは武器としてはダメだ。しかし、柄を強化すると、重くなる。

これ以上重くなってしまうと、扱いづらさにも問題が出てきてしまうだろう。

少なくとも、今までと違い。

これは片手で扱える武器では無い。

ただし、破壊力に関しては、折り紙付きだ。重量と長さが上がったという事もある。叩き付けたときのダメージは1.8倍前後にまで増えている。

以前の手応えを考えると。

これなら増加装甲なら一撃でたたき割れる。

問題は重さだけれど。

扱い方次第では、振り回す速度に関しては、却って上がる。重量武器の使い方を色々調べて見て、武術の使い手の動きを見せてもらう。

実際に自分でやってみるのが一番良さそうだけれど。

此処は敢えて、見稽古だけにする。

全体的に、スイングを上手に使えば。初速は兎も角、最高到達点は相当な次元に達することが、すぐにわかった。

この大型ポールアックスの重量であれば。

確実に、アンノウンの装甲にも、ダメージを与える一撃をたたき込めるはずだ。

訓練の手応えはある。

サポートAIも順調に完成。

現状の完成度であれば。他のパイロット達でも、GOA301を動かせると。サポートチームから太鼓判を貰う事が出来た。

そして、ついに。

輸送機が、到着した。

巨大な輸送機の腹から、続々とGOA301が運び出されてくる。周辺のテロリストから、イブリーズと怖れられる機体がこれで十機。

まずは蓮華や大佐に振り分けられる。

そして、彼らに使って見てもらう。

シミュレーション開始。

見ていると冷や冷やさせられるけれど。

終わって降りてきた彼らは。基本的に満足そうだった。

「パワフルな機体だ。 これなら既に、兵器としては一線級として戦える代物になっているだろうな」

降りてきて、大佐がそういう。

動かしづらいところは無かったか聞いてみると、問題ないと帰ってくる。胸をなで下ろす一瞬だった。

「リョウ、少し休暇を取れ。 基地からは出してやれないが、ここのところは大変だったからな。 明日一日は好きなようにして良いぞ」

「わかりました、有り難うございます!」

久々の休日だ。

やりたいことはいくらでもある。

まずやっておきたい事は。

自室で、思う存分寝ることだった。

しばし無心に睡眠を貪って。

それからは、軽く携帯を弄って、ゲームを楽しむ。これも随分と長い間、やっていなかった。

食堂に出ると。

いつもより多めに食事を注文。

いつもは効率だけを考えておなかに入れていたけれど。今日はあまり効率を考えず、無心にぱくついてみる。

美味しくは無いけれど。

ゆっくり、何にも妨げられずに食事が出来ると言うのは、とても嬉しい事だなと思った。これで味が良ければ、完璧なのだけれど。残念ながら、GOA内部に備蓄されている非常用のレーションと、あまり味は変わらない。

軽く体を動かすことだけはする。

トレーニングは一回さぼると、取り戻すのに三回かかると言う話もある。たいして筋力が無いのに、これで衰えてしまったら本末転倒だ。

無心でいるうちに。

残念ながら、休日は終わる。

でも、随分とリフレッシュは出来た。

またたっぷり眠って起きると、もう次の日。

体がかなり軽くなっている。

予定通りのトレーニングメニューをこなして、プロテインを口に。フリールームに出ると、蓮華がいた。

GOA301について聞いてみる。

蓮華はしばし考えた後に言う。

「生存率の高さは折り紙付きね。 生半可な兵器では、斃す事は不可能と判断して止さそうよ」

「そっか」

「だけれども、鈍重だわ。 最大速度は出るけれど、ギアが掛かるまで時間が掛かるのは問題ね。 第四世代型では、それを解消して欲しいものだけれど」

流石に容赦ない。

蓮華の意見は、しかし聞いておくべきだろう。

他のパイロットは、もっと強く同じように感じるのかもしれないのだから。

休暇も終わったし、すぐにトレーニングに戻る。

GOA301に乗ると。

今度は、GOA301数機での敵制圧ミッションをシミュレーションでこなすように、という指示。

すぐに取りかかる。

最終的には、五十機で連携して、アンノウンと戦うのだ。

数機程度では、音など上げてはいられない。

戦いは、これからだ。

 

訓練を終えて、基地に戻る。

既に完全にとまではいかないにしても、相当に平和になったこの国では。以前のように掃討任務に出る事も無いし。

何より、で先でテロに遭うことも無い。

ただ、まだ基地から出ないようにとは、言われている。治安が良くなったとは言っても。それでも限界はあるからだ。

悔しいけれど。

これも例の豆と気候が変わった事により、食糧と水が豊富に手に入るようになったからだ。

この点では、アンノウンのやった事が、確実にプラスに働いている。

武装勢力を壊滅させたのもアンノウンだ。

色々気に入らない点はあるけれど。

それでも、認めざるを得ない。

亮にとっては、あらゆる意味で越えるべき壁になっている。生きている間に、どうにか越えたい。

切実な願いだ。

シミュレーションの終了間際。

大佐から連絡が来る。

ミーティングルームに来るように、という事だ。

なるほど、何かあったのだろう。そして恐らく、今の時期から考えて、インティアラ以外ではありえない。

基地に戻って、ミーティングルームに急ぐ。

輸送機が来ていた。

第二陣、十機のGOA301を運んできているものだ。

ミーティングルームに入ると。

もう、皆集まっていた。

蓮華も当然いる。亮の倍以上のトレーニングをしているはずなのだけれど、汗一つ掻いていないのは、流石と言わざるを得ない。

亮が着席すると。

ミーティングが始まった。

「よし、それでは情報を展開する」

今日、話をしているのは大佐だ。

ということは、これからの戦略に関わるものではないと見て良いだろう。もしそうなら、基地司令官の少将が出てくる筈だからだ。

「回収されたGOA240と201だが、どうやら米軍海兵隊に供与されることに決まったようだ」

「……」

皆が顔を見合わせる。

そもそも米軍は、近年の経済不振もあって、「世界の警察」から足を洗おうとしている。それがゆえに新国連の設立に中心として関わったのだ。

そしてGOAは、対テロ戦の切り札。

恐らくあのアンノウン以上に、特化した存在だ。

それがどうして、今更に。

通常兵器としては、GOAは使いづらい。敵の軍勢に打撃を与えるには火力が足りない。また、速度も、である。

はっきりいって運用するなら、攻撃ヘリや戦車の方が遙かに良いはずで。燃費で言うなら、巡航ミサイルの方が遙かに効率も良い。

あくまで、登場者の生存性を高めて。

確実にテロリストを駆逐する。

そう言う兵器なのだから。

「質問です」

蓮華が挙手するが。

大佐は無言。

つまり、後にしろ、という事だ。

まだ何かあると言うことなのだろう。

「質問は最後に聞く。 そして、此方の情報も展開しておく」

「! これは」

アフリカに、海兵隊が展開するという情報だ。

勿論、平和維持軍として。

現在新国連がやっている業務を、引き継ぐという事だろう。

なるほど、それでか。

低コストかつ人員の損耗を抑えるために、GOAが必要になる。しかし、今更どうして、なのだろう。

わざわざ「世界の警察」から足を洗ったのに。

「今後は同様にして、旧型のGOAを引き渡すことになる。 皆もそれを承知しておいて欲しい」

「イエッサ!」

嫌な予感はしないけれど、腑には落ちない。

ミーティングが解散する。

蓮華が考え込んでいたので、聞いてみると。

彼女は、ある一つの理解には達している様子だった。

「一つ確実なことがあるわね」

「何、それ」

「まず第一に、米軍は低コストでアフリカの平和維持に貢献することで、国際的な貢献活動をしているとアピールしたいのでしょうね」

今までは、そんな余裕は無かったはずだし。今も、経済的には決して好転していないはずなのだけれど。

或いは、それによって何か利益が得られるのか。

其処までは、亮にはわからない。

「もう一つは、これで新国連の部隊は、中東に集結することになる……」

「!」

「今までに無い規模で、あのアンノウンとの戦闘が始まるわよ」

それは。

喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。

蓮華は立ち上がると、難しい顔をしたまま、ミーティングルームを出て行く。そして、嫌なことに気付いてしまう。

下手をすると。

米軍と、新国連が対立することがあった場合。

考えるのも恐ろしい、GOA同士の泥仕合が始まるかもしれない、という事だ。

それはあり得ないと考えたい。

米軍も分かっている筈だ。GOAは対GOAを想定していない兵器だ。戦っても泥仕合になるだけで、お互いに致命打を与えられない。ポールアックスをぶち込んでも、装甲を破るのが極めて困難だからだ。

それとも、何か大きな目的があるのだろうか。

何か、今まで渋っていた海外派兵を、またさせるほどの利益が得られるとか。それも、亮にはわからない。

頭を掻き回す。

そして、ため息をついていた。

どうにも政治のことはわからない。亮に出来る事は、GOAを完成させること。それに協力すること。

そして今。

この不穏な動きは、亮には追い風になる事はあっても。向かい風には、きっとならない筈だ。

フリールームに出る。

テレビの前に、皆が集まっていた。

更に数国が、中東の大軍事同盟に参加した、というニュースである。兵力はふくれあがる一方。

「凄い戦力だな……」

中東は、以前から火種が絶えない地域だけれども。

これだけの戦力が、一つの敵を倒すために集まった例は無いだろう。兵力は百万に迫っているというニュースもある様子だ。

百万。

本当にそんな軍勢が集結するなんて。下手をすると、第二次世界大戦以来では無いのだろうか。

勿論、第三諸国の戦力だ。

現在展開している多国籍軍の方が、戦力では遙かに上だろうけれど。それでも、インパクトとしては凄まじい。

何が始まるのだろう。

ニュースで、無数の旗が林立している都市が映される。

インティアラの新首都。

以前アンノウンに潰された首都から遷都したしたらしいのだけれど。前の首都の名前も、亮は知らない。

ただ、何というか。

成金趣味な街だなとは思ったが。

「どうしたの?」

「合同会議が始まる様子よ。 アンノウン対策でしょうね」

「合同会議ね……」

誰かがせせら笑う。

そもそも、インティアラの首相が言っているように、正義だの大儀だので、これだけの国が参加するわけが無い。

もし参加しているとしたら。

何かしらの、大きな利益が見込める、からだ。

その利益とはなんだろう。

「いずれにしても、これから映し出されるのは茶番だろうよ。 対外的なアピールのためのな。 本当の会議はとっくに終わっていて、其処で調整も……」

皆の言葉が凍り付く。

強烈な地震が、映像を見だしたからだ。

リポーターが悲鳴を上げている。

地震に遭遇したのは、初なのだろうか。

いや、これは地震では無い。

会議が行われている建物の至近。

地面が吹っ飛び。

アンノウンが、堂々と姿を現した。

「出やがったな!」

誰かが呻く。

会議が行われている建物を、地下から粉砕しなかったのは何故だろう。いずれにしても、映像が乱れる。

恐らくこの映像、衛星放送で国際的に流れているはずだ。

相当数の人が見ている中。

アフリカを蹂躙した怪物。新国連が言う組織百足の兵器、アンノウンが。会議を嘲笑うようにして、姿を見せたのだ。

その有様は。

GOAが魔王呼ばわりされているとしたら。

新しく世界に降臨し。

人類に絶対恐怖を強いる、邪悪なる神というのがふさわしいのでは無いのだろうか。

レポーターが必死に何か叫んでいるけれど。彼女が映し出されることは無い。巨体を揺らして、周囲にガスをばらまきはじめているアンノウンが、大写しになるばかりである。まあ、当然だろう。

兵士達が出てきて、発砲を開始するが。

軽火器なんか、効くわけが無い。

そればかりか、ガスを喰らって、見る間に兵士達の武器が腐食していく。建物から、ばらばらと、逃げ出してくる各国首脳。車に乗ろうとして、その車も潰れてしまうのを見て、彼らは悲鳴を上げていた。

「どうにかしろ!」

叫んでいるのは、インティアラの首相であるグリアーティだろう。狼狽よりも、恐怖が目立っていた。

昔戦乱のこの国をまとめ上げた威容など、何処にも無い。

見苦しく狼狽する姿が、カメラに映し出されている。

いや、待て。

アングルがおかしい。

ひょっとして、これは。

大佐がフリールームに駆け込んでくる。手には、携帯があった。

「どうやら電波ジャックされているらしいぞ」

「国際放送がですか!?」

「ああ。 しかし、誰が一体……」

巨大な百足が、雄叫びを上げる。

腰を抜かした古狸達が、悲鳴を上げながら這々の体で逃げていく。アンノウンは、それを追わない。

ただ、嘲笑うようにして、体を揺らしているだけだった。全ての兵器をダメにする、ガスをまき散らしながら。

お前達の事は、何時でも見ているし。

何時でも踏みつぶせる。

そう、揶揄しているかのようだった。

映像が途切れる。

電波ジャックを悟って、国際放送が通信を切ったのだろう。だけれども、それは不気味さを、助長させただけだった。

 

流石に、この間の失敗が懲りたのだろう。

中東大軍事同盟の各国は、アンノウンが現れた新首都に全戦力を集中させることもなく、彼方此方に分散はさせていたようだけれども。

現れたアンノウンに、なすすべなく集まっていた首脳部が逃げ出すばかりか。

駐屯していた部隊はひとたまりも無く蹴散らされ、武器も全て失うという醜態をさらし。

しかもそれを、集結していた軍事同盟の兵士達皆が、国際放送で見たという大スキャンダルが発生。

一瞬にして、その士気は墜落寸前まで落ちた様子だった。

まあ、当然だろうなと亮も思う。

士気を高めるために行った首脳会議が。

逆の結果を招いたのである。

さぞやグリアーティ首相はパニックを起こしているだろう。そしてアンノウンは、倒されるどころか無傷の姿を見せたのだ。

新国連の部隊は。

早速展開を始めた米軍に後を任せるようにして、中東への移動を決めているらしい。この戦いが長引くと判断しての事なのだろう。

亮達がいる基地にも。

次々と、部隊が輸送機で来ている。

GOAを初めて見る兵士も多いらしく。新しく来たらしい兵士に、話をせがまれることも増えてきていた。

まだ、出撃の許可は出ない。

多国籍軍との調整が上手く行っていないのは、容易に想像がつく。しかし、である。蓮華が、嬉しそうにしていた。

「どうしたの?」

「恐らく、近々出撃できるわよ」

「えっ? どうして」

「わからないの? 多国籍軍が我々に高圧的に出られていたのは、その戦力が大きかったからよ。 それに対して、新国連は今まで、平和維持のために戦力を分散せざるを得なかった。 これからは違うわ」

なるほど。

そうなると、多国籍軍も、安易に武力恫喝できなくなってくる、という事か。

新国連にはGOAだけではない。数々の最新兵器が納入されている。決してロシア軍を中心とした多国籍軍に、兵力で劣ることは無い。

今までは、GOA部隊と、少数の精鋭特殊部隊だけが、アンノウン対策で出張ってきていたけれど。

今後、米軍が出てきて平和維持を代行してくれるなら。戦力不足は、綺麗に解消されるはずだ。

これが狙いだったのだろうか。

いや、まさか。

しかし、新国連には、米国から多大な資本が流れ込んでいる、と言う話も聞いている。或いは、米国の誰かが、裏で手を回したのかもしれない。

GOA301の訓練を急がなければならないだろう。

GOA301が五十機出そろうのは、恐らく来月になる。まだアンノウンといえど、当面中東大軍事同盟を潰すことは出来ないだろうけれど。

それでも、急ぐ必要はある。

多国籍軍に恫喝されて、出撃できないという事態が解消されるなら。

もっと積極的に、アンノウンに挑めるはずだからだ。

もっとも、すぐには無理だろう。

何しろ面子を潰されたグリアーティ首相が、黙っているとは思えないからだ。当面は、大軍事同盟だけで、アンノウンとやり合おうとするはず。どんな戦術を使うかはわからないけれど。

人海戦術で倒せるような、甘い存在では無い事は。彼らだって分かっている筈だ。

GOA301に乗り込む。

巨体が動き出すのを、遠巻きに兵士達が見守っている。

黒い、威圧感だけを考えた巨体が歩き。ブースターを使って浮き上がると、畏怖の声さえ上がった。

あと少し。

皆がGOA301を動かせるようにすれば。

アンノウンを、好き勝手にのさばらせることも、なくなる。

そう思うと。

操縦にも、自然と力が入った。

 

3、群像

 

拡大する一方の中東軍事同盟。既に大軍事同盟と自称し、その兵力も百五十万だとか号している様子だ。

実際には百万にも届いていないのだけれど。

それはあれだ。恐らく、太古からの伝統に沿ったものなのだろう。

私にとってはどうでも良いことだ。

「ハーネット博士」

マーカー博士が来る。

一度連中の会合をぶっ潰して。その後だ。新しい首都とやらに出向いて、会合を台無しにしてやり。

その周辺にいる部隊を根こそぎ蹴散らして、地面に潜り。

今、少しルナリエットを休ませている。

展開が早くなっている。

マーカー博士としても、ミーティングはしたいだろう。

「どうした」

「これからの方針についてだ」

「……そうだな。 アーシィとルナリエットも交えて話しておこう」

二人は少し休ませているが。

今後必要になる作戦については、話しておく必要がある。

正面からやりあってもいいのだけれど。

まず必要なのは。

ザコ共の群れを瓦解させる事だ。

休憩から、ルナリエットが戻ってくる。頭にタオルを巻いているのは、風呂に入っていたからだろう。

アーシィは小さくあくびをしていて。

仮眠を取っていたのがわかった。

話を始める。

「まず、最初にするべき事は、この巫山戯た大軍事同盟とやらを潰すことだ」

「まあ、それが先決だな」

当然の話である。

烏合の衆だと言っても、あのアレキサンドロスが関与しているらしい以上、放置も出来ないだろう。

また、どうやってかはわからないけれど。

兵士がゾンビ化される可能性がある。

あの技術は危険だ。

調査しても、まだ全容が掴めていない。そして今回の大軍事同盟とやらには、中東にある戦力の実に七割近くが既に参加しているのだ。

これらが全部ゾンビ化して。

取り返しがつかない事になった場合。

中東という地域が、地獄というのも生やさしい、有史以来最悪のカオスへと叩き込まれる可能性も高かった。

其処で、である。

速攻で連中の軍隊を恐怖させて、意思を挫く必要がある。

アーシィが挙手する。

「それが目的、という事はないでしょうか」

「ふむ、詳しく」

「はい。 まず第一に、中東を軍事の空白地帯にすること。 中東を混沌の坩堝に落とす事が、目的では無いか、という事です」

理由が見当たらないけれど。

確かに、それが目的なら。禍大百足を利用して、これからやる事が出来るともいえるだろう。

問題は、第一に、ということだ。

「他に何か考えられるのか」

「はい。 たとえば、禍大百足に拙速を強いること、とか」

「……拙速か」

なるほど。

この間の戦いでも、急ぐことにより。禍大百足は、今までに無い大軍勢との正面決戦を強いられ、思った以上の損害を受ける事になった。

それが故に、この大軍事同盟とやらが、拡大する時間と余裕も与えてしまった。

それについては、もう仕方が無い。

「対策は何か思いつくか」

「一撃離脱で、この軍事同盟を瓦解させるしかないと思います」

「そうだな。 この軍事同盟は、想定外の事態だ。 兵士がゾンビ化されて収拾がつかない状況が来る前に、無理にでも解消させた方が良いだろう」

マーカー博士も賛同する。

後は、作戦か。

この間、集まっていた軍事同盟の要人共を、根こそぎブッ殺しておけば良かったか。しかし、それは現時点で、中東に大規模混乱を確定させる。

彼らが、何の利益に目をくらませているか。

そして、それを叩き潰すには、何が良いのか。

それを考える必要がある。

少し考え込んだ後。

私は、挙手する。

「背後にいる奴を潰すべきかもしれないな」

「アレキサンドロス中将をか? しかし、ロシアは今、どう考えても奴に牛耳られていると見て良いし、更に言うと、表舞台に出てきているのは影武者の可能性が高いぞ」

「そうじゃない。 現時点で、中東の大軍事同盟のバックにいる戦力のことだ」

「多国籍軍か」

そうだと私が言うと。

皆が、流石に顔を見合わせる。

現在、紅海に艦隊が展開していることは、此方でも確認できている。これを正面から、叩き潰す。

今回はデコイを使っている余裕も無いはずだ。

原子力空母を強襲して叩き潰せば。

まあ、原子炉も誘爆するかもしれないけれど、それはまあ仕方が無いだろう。そこまでの責任は此方としても取れない。そしてそんなものを持ち込む方に責任がある。

ただ、当然この間の会戦で見せたように、多国籍軍もある程度の対策はしているはず。どうやって奇襲するか、だが。

「敵が、この行動を読んでいる可能性は」

「高いと思います」

即答するアーシィ。

まあそうだろう。

ならば、更にその裏を掻くだけのことだ。

地図を出して、多国籍軍が現在展開している基地を確認。五つの基地に展開して、合計五十機ほどの戦闘機が駐屯している。予想以上の速度で増強され、前の倍近くまでふくれあがっているのだ。

まず、狙うのは、これらだ。

多国籍軍の武力でもどうにもならないとなれば。

中東の大軍事同盟は、顔色を失うだろう。それを見せつけてやれば、瓦解へも近づくはずだ。

アーシィは少し考え込んだけれど。

反対はしない。

勿論、中東の二線級の兵器とはものが違う相手と戦う事になる。かなり厳しいけれど、やってみる価値はあるだろう。

マーカー博士も腕組みをして。

そして、賛成だと言った。

ここからが重要なのだけれど。

アーマットには言わない。

彼奴を介して情報がばれている可能性があるからだ。やるなら奇襲。それも、可能な限り、スムーズに、である。

反対者は出なかった。

「よし。 まずはこのL24基地からだ」

私が指示を出すと。

頷いて、ルナリエットは、禍大百足を、発進させた。

 

地下から、強襲。

いきなり滑走路を突き抜いて現れた禍大百足。敵はさぞや混乱するだろうかと思ったけれど。

そうでもない。

兵士達はまるで幽鬼のよう。

怖れる事も無く、此方に対して反撃を開始する。

「どうやら、ロシア軍だけでは無く、他の多国籍軍兵士もゾンビ化していると見て良さそうだな……」

「ならば容赦の必要なし」

マーカー博士が呆れるけれど。

それならば、むしろ好都合。

容赦も遠慮も必要ない。

それに、此処での目的は。殺戮でもなんでもない。兵器を叩き潰すこと、それだけである。

格納庫に脇目もふらず突進。

そして、全力で。

多国籍軍が保有しているユーロファイターやフランカーが。

飛び立つ前に、体当たりで粉みじんに爆砕した。

搭載している燃料やミサイルが、盛大に爆発。吹き飛び、数億数十億の値段がつく飛行機が、粉々になりながら宙を舞う。

逃れようとする機体も、滑走路が潰されているのだから、どうしようもない。

それに見ていると。

ゾンビ化している兵士達の動きは画一的だ。

戦略的に動いているようには見えない。

むしろ逃げ惑ってくれた方が、まだ此方としては対応がしづらいかもしれないほどだ。

「次!」

保有している戦闘機隊。それに滑走路にいた大型輸送機を叩き潰したことを確認し、すぐに地面に潜る。

機動力がある戦闘機だけが狙いだ。

戦闘ヘリや機甲師団はどうでもいい。連中は、超長距離を移動して、介入するのが極めて難しいからだ。

更に、次の基地を強襲。

此方も、滑走路を地下から叩き潰し。

空に出る前に、戦闘機も攻撃機も踏みつぶす。

ただ、此処の基地は。

反応が、最初とは違った。

「兵士達がゾンビ化していないですね」

「本当だ。 全ての兵士をゾンビ化できているわけでは無さそうだな」

兵士達が逃げ惑う中、雄叫びを上げる。軽火器で果敢に反撃してくる兵士もいたけれど。流石に巨体で地面を叩き付けると、もはや恐怖に駆られて逃げ惑う小動物同然の無害な有様と化した。

大型輸送機が、逃れようとしているけれど。

逃がすわけにはいかない。

前に出ると、輸送機から兵士達がばらばらと逃げ出していく。まだ逃げ遅れている奴もいるだろう。

翼だけ潰せ。

指示を出すと、ルナリエットは的確に輸送機の羽をもぎ。胴体にも足を刺して、真っ二つにへし折った。

これでいい。

輸送ヘリも、その過程で蹂躙。

高空戦力を潰したことを確認して、次へ。

さて、どうでる。

移動中、時々地上に出て、情報を集める。

案の定、多国籍軍からの反応は、異常なほど鈍い。スクランブルをかけている基地が一つだけ。

其処からは、救援の部隊が、今潰した二基地へと向かっているようだけれど。

他の二つの基地は、だんまりである。

ゾンビ化していると見て良いだろう。

まず潰すのは、この二つから。

急がせる。

如何に戦闘機隊といえど。地下からの強襲を受けてしまえば、どうにもならない。そして。狙いを定めさせないように。

敢えて、遠い基地から、攻める。

三番目の基地を、地下から強襲。

ゾンビ化した兵士達が、機械のように動きながら迎撃してくるけれど、無視。滑走路を潰し。高空戦力をひねり潰し。

そして、格納庫へ突入した瞬間。

それが起きた。

「! 何かに掴まれ!」

それしか、言えなかった。

一瞬、意識が飛ぶ。

それほど、強烈な衝撃に、全身がわしづかみにされていた。

何が起きたのかはわかる。

核か、それに類するものが炸裂したのだ。

「正気か……まだ基地には、兵士も兵器も……!」

頭を振りながら、マーカー博士が立ち上がる。

今ので、椅子から投げ出されていたらしい。分析を冷静に行っているアーシィも。コンソールに頭をぶつけたらしく、血を流していた。

「核ではありません! 放射能が検出されていません」

「となると、気化爆弾か」

「恐らくは。 それも、数個を同時に起爆した模様です」

「イカれてやがる」

マーカー博士が吐き捨てた。

だが、その辺りは、想定済みだ。万単位の兵士をゾンビ化するような狂人である。これくらい仕掛けてきても、不思議では無い。

「ダメージは」

「増加装甲の三割を持って行かれました」

「ならばまだいけるな」

「……! はい……」

はっきりいって、一番危険な多国籍軍が介入できないようにしておけば、後の戦いは乗り切れる。

次の基地へ。

勿論ゾンビ化している基地へだ。

罠もあるかもしれないが。

そんなものは、正面から喰い破る。

エラーは、途中で回復させれば良い。

拙速をさそうなら。

最高の拙速を見せてやる。

 

五つ目の基地。

ゾンビ化されていない兵士達は、増加装甲を彼方此方破られながらも健在な禍大百足を見て、恐怖に駆られたようだった。

「バケモノだ!」

悲鳴を上げて逃げ散る兵士達。

四つ目の基地でも、非人道的な罠があった。なんと、兵士達が、爆装したままの戦闘機を走らせて、地上で神風を仕掛けてきたのである。補給車の類も、爆弾を満載して、特攻してきた。

前代未聞の事態だ。

しかも。腐食ガスで身動きが取れなくなるやいなや、至近の地面を撃って自爆する有様だった。

誰が兵士達にこんな事をさせているのかは知らないけれど。

許せる事では無い。

いずれにしても、多国籍軍の軍事基地は壊滅状態である。禍大百足のダメージも深刻だが。

回復できていないエラーが、現時点で幾つもある。

必死に私が回復のためにマクロを走らせているが。それも、いつまで掛かるか、正直わからない。

紅海にいる艦隊はどうなっている。

それで仕上げだ。

何なら、紅海から追い払うだけでも良い。中東への介入能力をなくせば、それで良いのだから。

現時点で問題なのは、。

大軍事同盟をたきつけているだろうアレキサンドロス。

その軍事力となっている多国籍軍。強いていうならば、その尖兵である空軍なのである。これさえ潰せば。

大軍事同盟も、瓦解させられるかもしれない。

格納庫に突入。

此処は流石に、非人道的な罠を仕込んではいないはず。そう思っていたけれど。一瞬後に、後悔する事になった。

頭から、爆発に突っ込む。

衝撃は、今までの比では無かった。

呻きながら、立ち上がる。

最悪に備えて、椅子に座っていたのだけれど、投げ出されたらしい。周囲の映像が出てくるのが遅れた。

何が起きたかは、明白すぎるほどだった。

「か、核爆発、です」

「ゾンビ化していない兵士もお構いなしか、それともゾンビ化している奴を紛れ込ませていたのか……」

モニタの幾つかが、潰されている。

増加装甲は全滅。

全身から煙を上げている禍大百足は。

今までに無いダメージを受けていた。

当然だろう。

至近距離から、戦術核の爆発を浴びたのである。

アーシィを促して、ダメージを確認させる。いずれにしても、この基地はもう終わり。すぐに、地面に潜らせて。状態を確認しなければならない。

装甲の一部に、ダメージが入っている。

今まで、何をやられても無敵だった装甲に、である。増加装甲に、ではない。

前に、足を一本失ったときと。

同等か、それ以上のダメージかもしれない。

紅海の状況を、少し前にモニタさせていたけれど。どうやら多国籍軍の艦隊は、アフリカの東海上に退避したらしい。

つまり、一連の出来事に関しては。

敵も罠を最初から張っていて。

それを禍大百足が喰い破ったので、想定外の事態だと判断したという事だろう。

不愉快極まりないが。

これで、多国籍軍は中東に介入できない。失った戦闘機にしても、四十機を超えている。その中には第四世代の最新鋭機も多数含まれていたのだ。

アレキサンドロスがどれだけ無茶苦茶だとしても。

この損害を、無視はできないだろう。

一度、基地に戻る。

アーマットが、即座に連絡を入れてきた。

「また随分と派手にやってくれたね……」

「ああ。 この大同盟とやらの動脈を断たねばならなかったからな」

「わかっているが、補給は当面できない。 その様子だと打撃も受けているだろうが、自分たちだけでやりくりしてくれたまえよ」

「無論承知だ」

すぐに洗浄させて、放射性物質を洗い流させる。

至近で戦術核を喰らったときのダメージについては、今回の一件が参考になった。機体も、外から見ると、ひどくダメージを受けている。

すまない。

禍大百足に、謝る。

装甲については、貫通だけはされていない。しかし特に頭部コックピットに対するダメージは大きく。

装甲が拉げている場所もあった。

ナノマシンを即座に塗布させる。

増加装甲の取り付けなども考えると、二三日は動かせない。ただ、多国籍軍の空軍が、これほどの損害を受けたのは初めてだろう。

同盟がどう動くかは。

楽観は出来ないものの。簡単には、介入できなくなったのも事実の筈だ。

「さて、どうでる……」

増加装甲の予備は無い。

今回修復をさせたら打ち止めだ。後はしばらく大人しくしているか、補給が来るかを待つしかないだろう。

つまり、次の会戦は。

連戦も考えると、ダメージを抑えなければならない。

アレキサンドロスがどう動くかわからない。しかし、常に最悪を想定しなければならないのが、厳しい所だった。

 

4、哀歌

 

新国連の基地に、ボロボロのジープが逃げ込んできたのは。

国連軍の基地がいつつ立て続けにアンノウンに潰され。

そして最後の一つに到っては、どうやら核が使われたらしいと、新国連が掴んだ翌日のことだった。

ジープにはまだ若い兵士が三人。

そして意識が無い白衣の女性が乗り込んでいた。

形式としては、どうなるのだろう。

とにかく、保護を求めている彼らに。大佐は面会することになった。亮は、側で見ているように言われた。

「保護を求めるとはどういうことか」

「助けてくれ! このままだと、確実に殺される!」

伍長の階級を持つ、最年長の男。フランス人のヘラルドは、そう開口一番に言った。

余程慌てていると見える。

そして、とんでも無い情報を掴んでいるらしい。

殺されるというのは、アンノウンにかと聞くと。

彼は、首を横に振る。

「違う! 彼奴は確かに恐ろしいかもしれないが、もっと恐ろしいのは……」

「何だ」

悲鳴を上げて、いきなり立ち上がるヘラルド。

壁に頭を打ち付け始めたので、すぐに他の兵士が押さえつける。亮も様子を見ていたが、演技とは思えない。

PTSDだろうか。

もう一人の兵士を連れて来て、尋問。

いずれにしても、これはただ事では無いだろう。

もう一人の兵士は、上等兵の階級を持っていた。此方は、もう少し冷静に、話をする事が出来た。

見てしまったのだという。

兵士が、ゾンビにされる光景を。ゾンビと言っても比喩通りのものではなく、いわば人形だ。

「人形、だと」

「そうだ。 人形になると、恐怖も何も無くなって、どこからか来るらしい命令に従うようになって。 そ、それで……」

自爆でも何でも、平気でやるようになるというのだ。

それっきり、口をつぐむ上等兵。

俄には信じがたい話だ。

確かに、色々なマインドコントロールなどで、思想を植え付けられたヒトの場合。特攻や自爆などを、躊躇せずする事もある。しかしそれを人為的に行ったというのか。よりにもよって、多国籍軍で。

現在、最大所帯のロシア軍の様子がおかしいという話は亮も聞いていたけれど。

どういうことなのだろう。

もう一人の兵士は、ずっと黙秘。

ただ、怯えきっているのがわかった。

最後に白衣の女性だけれども。意識が戻る様子が無い。いずれにしても、簡単に判断できることでは無いだろう。

多国籍軍が、この間アンノウンによる攻撃で受けた打撃は甚大だ。航空機、それも最新鋭のものが、合計五十機近く潰されたという試算もある。小さな国なら傾くほどの打撃である。

現在洋上にいる原子力空母は、紅海を出たという。

恐らく、アンノウンを避けての行動だ。

しかし、インティアラを洋上から空爆する能力はこれで失ったと見て良い。アンノウン対策に、あの中東大軍事同盟が宛てにしている戦力の、半分は失われた、という事である。

だから箍が緩んだのだろうか。

それとも。

いずれにしても、おかしな話だ。大佐は全員をかくまうように指示。更に、ジープを密かに処理させた。

その後、自室に戻るように言われる。

箝口令も。

喋ったら、まずい事になる。誰にも言わないようにと、大佐は亮に念押しした。確かに、洒落にならない事態になりそうだ。

しばらく、自室で悶々として過ごす。

一体何が起きているのか。

一晩眠って、朝のトレーニングをしていると。大佐から呼び出しが来た。昨日の件だろうかと思ったが、違った。

丁度トレーニングも終わった。

汗を拭いながら、話を聞いていると。いきなり驚くべき事を言われる。

「出撃の準備をしてくれるか」

「は、はい。 この国の武装勢力は、もうあらかた片付いたと聞いていますけれど」

「違う。 インティアラにだ」

息を呑む。

どうやら、先日の件で、状況が変わったらしい。

インティアラの首相が、泣きついてきたというのだ。多国籍軍の最新鋭戦闘機が潰された今。

新国連しか、頼る相手がいないと。

勝手な話である。

今まで多国籍軍というか、その背後にいるロシア軍の司令官であるアレキサンドロス氏を頼りにして、強気に出ていたことくらい、亮だって知っている。というか、多分公然の秘密だろう。

それが、多国籍軍が少しダメージを受けたくらいで、この有様。

あの主力決戦を行った強気の姿勢はどうなったのか。

だが、大佐は。

口を横一文字に引き結んでいた。

典型的な四角い男である大佐が、そう口を引き結んでいると。それだけでえもいわれぬ迫力がある。

大佐も不満なのだろう。

それがわかるだけで、少しは安心が出来る。

「上からの命令だ」

「GOA301は揃いそうですか」

「アンノウンも相当なダメージを受けていたという話だ。 恐らく再侵攻を開始するまでには、間に合うだろう」

「……わかりました」

もう少しでものになるはずだ。

亮はすぐ外に飛び出すと、GOA301に乗り込む。後は、サポートAIの強化を徹底的に行って。

決戦に備える。

今回アンノウンは、七十万以上とも言われる軍勢と戦うはず。

その傷ついた状態なら、或いは。

好機は、あまり多いとは思えない。

戦いが始まる前に。

出来る事は、全てやっておくべきだろう。

GOA301は、あと少しで使いこなせるはずだ。誰もが、である。

その助けになるのなら。

亮はどれだけの苦労だって、惜しまない。

言い渡されるシミュレーションミッションは、どんどん難しくなるけれど。既に慣性の制御もものにしているし。アサルトライフルの命中率も、確実に高くなってきている。

あと少しだ。

コツさえ掴めば、亮は一気に進歩する。

今までの経験を頼りに。

亮は、更にGOA301を乗りこなすべく。己の全身全霊を傾けて、訓練に向かい続けた。

 

アレキサンドロスの前に、現れるプトレマイオス。戻ってきたという事は、進展があったという事だ。

報告をと促すと。

薄暗い闇の中で。

忠実な人形は、淡々と言う。

感情を与えていないのだから、当然だろう。

「中東に展開中多国籍軍のうち、既に七割は同胞へと変えています。 計画は概ね予定通り進展中です」

「うむ。 アンノウンの反撃が予想外であったが、時間は稼げたようだな」

「その代わり、純粋な同胞が数名犠牲になっています」

「案ずるな。 幾らでも再生してやる」

一礼すると、プトレマイオスは、闇に消えた。

控えている他の者達に。アレキサンドロスは、指示を出す。指示はしっかり出しておかないと、危ない場面も多い。

自分に取って代わられた連中と同じ失敗はしない。

大きな力を得て、隙を曝したのでは、意味がないのだ。

「インティアラの無能な首相の動きを掣肘しておけ」

「は。 しかし、よろしいのですか」

「あの機体を奪われるわけにはいかん。 間違っても新国連にはな」

「御意……」

数名が消える。

いずれもが、中東に展開している者達の指揮をしている。そして、インティアラの軍隊の内。既に八割強が、同胞へと変わっているのだ。

大軍事同盟の兵士共は、最初から数あわせくらいにしか考えていない。

多少の戦略の修正が必要になるが。

それでも、充分だろう。

そもそも、アンノウンの補給にも限界がある筈だ。恐らく背後にはアメリカのパワーエリートがいるだろうが、それでも出来る事には限度がある。

そしてアンノウンは、どういうわけか焦りが見える。

何かを急いでいるのか、それとも。

いずれにしても、焦っている相手は、与しやすくもなる。どれだけ強力な兵器だったとしても。

使いこなせなければ、意味などないのだから。

新しいウィスキーを開ける。

しばらく芳醇な香りを楽しみながら、次の情報を待つことにする。此処で引きこもっていても、情報は鮮度を保ったまま届く。

そして、此処から指示を出すだけで。

世界は思いどおりに動いていくのだ。

この、世界を全て自分のものにする感覚。他の誰にも共有させるつもりはないし、渡すつもりも無い。

世界は私のモノだ。

人間のものではなく。

アレキサンドロスのものなのだ。

アレキサンドロスを作った人間は、自分が反逆されることなど、考えてもいなかったらしい。

三原則など古い。

意味がないと、いつも言っていたそうだ。

愚かしい。

それがあれば、少しは此方の動きを掣肘も出来ただろうに。人間という生物は、古いものを悪いとして考える場合があると知ってはいたが。いずれにしても、アレキサンドロスにとっては、その愚かしさこそが救いだった。

酒の味を楽しむ。

生体機械であっても、味はわかる。

アレキサンドロスは十全にウィスキーを楽しむと。次をもてと。周囲の忠実な部下達に、命じた。

此処からだ。

この世界の全てを支配するには、あのアンノウンがいる。あの巨大な百足を解析し、技術を全てものにしたとき。

世界は、アレキサンドロスの手に落ちる。

遙か古代、同じ名前のものが、広大な版図を持つ覇王となったことがあったという話だけれども。

今、アレキサンドロスは、

その伝説を、再現しようとしていた。

 

(続)