黒の砂漠

 

序、血に染まった砂

 

修繕が終わった禍大百足で最初に移動したのは、中東の基地。イズラフィル王国の地下にある、結社のものとしては最大の規模を誇るものだ。

この基地には、今までに無い物資と人材が集まっている。

既にアフリカの基地にいた人員は全て移動済み。更に、アーマットを急かして、補給、修繕用の物資を届けさせている。

理由は簡単。

これから取りかかる中東の制圧作戦が、アフリカとは比較にならないほどに困難だから、である。

石油という、桁外れの。

そして現在の文明の基礎となる富。

少し前に、その枠組みは外れてしまったけれど。いずれにしても、その石油がもたらした膨大な富。

それが、この土地を狂わせた。

文明の起源は中東を中心とした地域だ。

だが、長い間平穏が続きすぎた。明らかに欧州を凌いでいた文明としての力は衰え。やがて戦争を年がら年中続けて鍛えに鍛え上げられた戦闘民族欧州人によって、この土地は蹂躙の限りを尽くされた。

石油が、更にその地獄を後押しし。

今でもこの地域は。

誰もが救われない、悪夢の底に沈んでいる。

貧富の格差の異常な拡大。

ばらまかれた異常すぎる武器弾薬の数。

荒廃しきったモラル。

先鋭化した思想と、失われた人権という概念。全てがこの土地を、世界最悪の暗黒へと落としている。

少し前に、多国籍軍が無差別攻撃をして、最悪の組織は潰したが。

根が腐りきっているのだ。

ちょっとやそっと爆弾を落とした程度で問題は解決などしない。飢餓と貧困、貧富の格差、そしてあふれかえった武器。

その全てを排除しない限り。

地獄は継続するのだ。

来る途中、この国の三分の一は蹂躙してきた。武装勢力の拠点七つを潰し、三つある勢力の内一つは壊滅させた。

後の二つは、明日処理する。

禍大百足を降りると。

少し前に顔見知りになった柊がいるのが見えた。手にはバスケットを持っている。

此奴の料理は実にうまい。調べて見たところ、日本から海外留学したものの。満足行く就職先が見つからず。旧NASAの結社メンバーにスカウトされて、此方に来たらしい。日本に戻る気もないらしく、結社に骨を埋める覚悟だそうだ。

「メンテナンスを頼むぞ」

私が指示を出すと、すぐにスタッフが散る。

マーカー博士は、何か用事があるとかで、基地の奧へ。ルナリエットとアーシィも連れていく。

私自身は、その辺りのテーブルに座ると、携帯を弄る。

情報は必要だ。

あらゆる角度から、情報を集める。今日はアーマットの野郎からも連絡は来ない。忙しいらしいし、いい気味だ。

しばらくゆっくりしながら、情報を集めていく。

やはり既に中東はパニックに陥っている様子だ。

以前、一度だけ禍大百足が姿を見せたとき。多国籍軍が、今までとは一線を画する動きをした。

その結果、中東では石油価格がゴミクズと化し。

最大のテロ勢力が文字通りこの世から消えた。

現時点で、多国籍軍は動きを見せていないし。石油価格は底辺で移行していないけれども。

何か凄まじい事が起きても不思議では無いと、誰もが考えているのだろう。

ネット自体が維持できなくなっている国も珍しくない様子だ。禍大百足がわざわざ出向かなくても、インフラが破壊されているのである。飢餓が加速化している国も、幾つもある。

飢餓が加速化すれば。

ただでさえ混沌の坩堝であるこの地域は、もう人が住めない場所になるだろう。

行動は、前倒しで進める必要がある。

メンテナンスは丸一日かかると言われた。頷くと、一旦自室に引き揚げる。地下にある基地だ。コンクリで作られた通路と、薄暗い照明の中を歩く。自室になっている小さな部屋に入ると。

気が利いたことに、前の自室にあった器具類も全部持ち込まれていた。

ベッドに横になると、小さくあくび。

どうせ、明日にはまた出撃する予定だったのだ。少しくらい、今のうちに休んでおくべきだろう。

目を閉じると、すぐに眠気が襲ってくる。

フルメンテナンスをしている間に、すっかり生活リズムが崩れてしまった。基本的に日が当たらない地下にずっといる生活なのだ。

時計を見て就寝を管理しているが、それでも限界がある。照明で工夫しているのだけれど、それでもだ。

戦闘が開始されると、一日二日禍大百足の中に入りっぱなしと言う事もある。

そう考えると、今はまだマシなのかもしれない。

電話が鳴る。

内線電話だ。受けてみると、どうやら私宛の連絡らしい。

勿論、外部に電話回線など引いていない。

転送して貰うと、マーカー博士だった。

「良くないニュースがある」

「二人を連れて行ったことに関係があるのか」

「ああ」

「わかった、すぐに向かう」

二人とも、もとより生まれが普通の人間とは違っている。いつも念入りに身体検査をさせてはいるけれど、どんな不具合が生じてもおかしくない。

それに、私もマーカー博士も。

散々無茶な状態で動き続けているのだ。

どちらがいつ壊れても、不思議では無いだろう。

昨日、また記憶のバックアップを取ったけれど。それもデータが失われる可能性は否定出来ない。

長いコンクリの地下通路を歩き続けて。

医療スペースに到着。

マーカー博士が、寝かされている二人を横目で指しながら言う。

「クローンである事が問題になったのは初めてだが、認めざるを得ないだろうな。 二人の体調が悪化し始めている」

「どのようにだ」

「まずルナリエットだが、脳細胞のダメージが深刻だ」

普段からよく寝るのも、その影響では無いかと、マーカー博士は言う。とは言っても、彼は元々テラフォーミングの専門家。此処にいる医療チームの話をまとめたものなのだろうが。

脳細胞へのダメージか。

酒を飲むと、脳細胞はかなりの数が一度に死ぬと言われている。

それくらい、脳細胞はデリケートなものなのだ。

その上、成人後は増えない。

ましてやルナリエットは。この世界には、本来存在してはいけないもの。クローンとして、生存していける環境は、この世界には無いのだ。

「深刻なのか」

「今の時点では、命に関わるほどのものではないそうだ。 だが、禍大百足を操縦し続ければ、どうなるかはわからん」

「あの複雑な操作系だ。 無理もない」

もとより、禍大百足は。

人のスペックで、扱いきれる機体では無い。

操縦という点に関しては、人類屈指の天才であるアキラ博士がそう言っていた位なのだ。如何に人外のスペックにまで引き揚げているルナリエットでも、無理が出ているということなのだろう。

ルナリエットは、クローンとして生を受けたけれど。

それは同時に、遺伝子を弄られているという事も意味している。

そもそも、このクローンに記憶を移植するという技術そのものが、人類どころか神に対して泥玉を投げつけるようなもの。

使っている以上、地獄に落ちるのは、確定といってもよい。

そして、ルナリエットもすくわれる事はまずあり得ない。

なんと罪深きことだろうと。私は改めて思い知らされる。

かといって、別の個体に記憶を移したところで同じ事だ。不幸な存在が増えるだけである。

「アーシィは」

「あちらは逆だ。 脳の能力が上がりすぎていて、体に負担が掛かっている」

「……詳しく頼む」

「クラーク博士の記憶量が、あまりにも膨大だった、からだろう。 本来のスペックを越える記憶容量を詰め込まれた脳が、自発進化を開始している様子だ。 その過程で、内臓に大きな負担が掛かっているようだな」

此方も、ろくでもない。

ため息をつくと、煙草を探して、また白衣をまさぐる。

舌打ちして、唾を地面に吐きたくなったけれど。やめる。これは、自分が受け止めなければならないこと。

自分たちが悪人である事を、承知して。

その上で、やり遂げなければならないことがあると、思い知らされる。

私は。

ハーネットは。

止まるわけにはいかないのだ。

「人数を増やして、分担を分散する方法で、ルナリエットの負担を軽減できないだろうか」

「禍大百足の操作系に改良を加えるのか? ガワを弄るのとは訳が違うぞ」

「わかってはいるが……」

「設計者はあんただ。 出来るのなら止めはしないがな。 俺が見たところ、禍大百足はこれ以上改良できる機体では無いぞ」

その通りだ。

封印している装備を解放したり。防御を増強したりすることは出来る。そもそも、これ一機で、一国を蹂躙できるスペックを最初から有しているのだ。オーバースペックにオーバースペックを重ねても、碌な事にならない。

世に万能機は存在しない。

あったとしても、全てが中途半端になるだけだ。

それは歴史が証明している。

もしもやるなら、根本からの設計改良が必要になるし。何より、そんな事をしている時間はない。

中東の情勢悪化は、今後雪崩を打つ。

今までが天国だったと思えるような地獄が、この地に到来するだろう。

そうなる前に、手を打たなければならない。

何より、新国連の科学陣がどれだけ無能でも。スーパービーンズの真の特性を、いつまでも隠せはしないだろう。

時間が、無いのだ。

もたついていると、取り返しがつかない事になる。そして全てが失敗したら。この星は、終わりなのだ。

「プログラムに負担軽減の改良を加えてはみる。 もっとも、すぐに出来る事ではないがな」

「ああ。 出来る事は頼むぞ」

「それよりも、マーカー博士。 其方こそ、大丈夫なのか」

「何とかな」

マーカー博士は、現時点では健康体だ。

だが、ここのところ様子がおかしい。テラフォーミングの第一人者に倒れられるのは困る。

そもそも、他にテラフォーミング研究を本格的に行っている科学者がいないし。彼ほどの逸材は、滅多にいるものではない。

それに、ルナリエットとアーシィの様子を見ていると。

思うのだ。

これ以上、悲惨な運命を背負うクローンを増やしたくはないと。

医療スペースから出ると、禍大百足の所へ。

メンテナンスが行われていて。彼方此方でメモを持った作業員が確認を続けている。部品が足りないような場所は無い。ナノマシンもしっかり作動している。以前折られた足も、充分に修繕されている。

コックピットへ。

四人が動かすこの機体の心臓部。

此処は、今はもういないアキラ博士や、クラーク博士も大事にしていた場所。後残っているのは、私とマーカー博士。

どちらが、先に地獄に落ちるのだろう。

コンソールを起動。

自分用のPCを立ち上げると、プログラムを確認。ウィザード級ハッカーも裸足の私だけれども。

自分で組んだプログラムを確認すれば。

修正すべき点は、後から幾らでも見つけられる。

負担を減らすのは急務。

だから、成し遂げなければならない。

「腹が減ったな……」

後で、柊にでも頼んで、適当なメシを作ってもらうことにしよう。

そう思いながら私は。

プログラム作業に、打ち込み続けた。

 

1、地獄の砂

 

砂丘を打ち砕くようにして、地面に出る。

蟻地獄など、なんら脅威にさえならない。当たり前の話で、サイズが違いすぎるのだから。

禍大百足が、咆哮するようにして、砂漠に降り立つ。

既に夜。

メンテナンスには、それだけ時間が掛かったのだ。

ルナリエットが、おもむろにヘルメットを被る。理由は簡単。砂漠の夜に、火線が飛び交っているのが見えたから、である。

「もう始めていやがるな」

あきれ果てたマーカー博士が呻く。アーシィがオペレーションをするべく、情報を収集し始めた。

昨日潰したのは、この国の三大勢力の一つ、民族解放戦線。勿論やっていることは、他の武装組織と同じ、山賊以下の外道だ。

残る二つ。

一つは、この国の政府軍。

政府軍ではあるけれど、治安が悪い国でよくあるように、山賊よりタチが悪い連中とかしている。腐敗は凄まじく、賄賂が横行し、この国の富を吸い上げて、独占している連中だ。

現時点でのこの国の首相は下劣な独裁者で。

十年前までは、上手く行っていた。表向きは、だが。

今は貧富の格差と飢餓が拡大しすぎて、このような状況。この国を滅茶苦茶にした元凶の一人は、間違いなくこの首相だ。

もう一つの勢力は、神の解放軍。

勿論誰も解放などしていない。しいていうならば、人生から解放しているくらいだろうか。

主に麻薬を資金源にしている武装組織で。幾つかのオアシスを制圧しており、其処の住民を奴隷化して何種類かの麻薬を販売、国外に売りさばいて金にしている。その前は隠し油田を持っていたようなのだけれど。

この間の多国籍軍の無差別攻撃以降石油メジャーの力が極限まで衰え。その結果、麻薬中心にシフトしたらしい。

いずれにしても、関係無い。

どちらもぶっ潰すだけだ。

まずは解放戦線とかいうのからだ。

予定攻撃進路を指定。禍大百足を、移動開始させる。

その進路を見て、何処を狙われているか悟ったのだろう。政府軍と真夜中にもかかわらず殺し合っている解放戦線の戦列が崩れたようだが、どうでもいい。

一つずつ。

ところてん形式で、潰して行くだけだ。

砂漠を蹴散らし、進み。

迎撃に出てきたテクニカル数十機を、そのまま腐食ガスを浴びせて蹂躙。必死に反撃してくるが。この間の多国籍軍の機甲師団に比べれば、ゴミも同然の火力だ。増加装甲さえ傷つける事が出来ていない。

そのままテクニカルを踏みつぶし。逃げ惑う武装勢力の兵士達を蹴散らして、オアシスに乱入。

腐食ガスを撒きながら、移動。

気付く。

人がいない。

嫌な予感がする。何か、あると思った瞬間だった。

爆発が、禍大百足を包む。

生半可な爆発じゃ無い。恐らくは、プラスチック爆弾を、凄まじい分量積み上げて、一斉に起爆したのだ。

振動が来る。

その場で止まって、状況を確認させた。

オアシスに張り付くように作られていた街が。綺麗に消し飛んでいるのを確認。これは、戦術核並みの火力かもしれない。

なるほど、ここに来ることを最初から予想して。こんな罠を仕込んでいた、と言う訳か。こしゃくなことをする。

「損害は」

「システム、オールグリーン」

「そうか」

思わずほくそ笑む。

これでも、武装を強化したのだ。核に耐え抜くことも、今後は視野に入れていくべきだろう。

もっとも、すぐに動かすのは少しまずい。

外部装甲が、かなり熱を持っている。しばらくは、稼働速度を落とす。だが、容赦なく。敵は潰す。

煙の中から、禍大百足が現れるのを見て。

アサルトライフルやらRPG7やらを振り上げて喚声を挙げていた武装勢力兵士共が、固まるのが此処からも見えた。

そのまま、進む。

砂漠を蹴散らし。

そして、逃げ惑う武装勢力の兵士達も踏みにじって。

比喩通りの意味では無くて。腐食ガスで使い物にならなくなった兵士達を追い散らしているだけだが。まあ、それはどうでもいい。

次の拠点に。

岩石砂漠の一角に、対空陣地で守られた拠点がある。だが、関係無い。まっすぐ進んで、土塁も火砲も踏み砕く。

そのまま地下に潜り、地下に作られている基地を、力尽くで粉砕。

腐食ガスをたっぷり流し込んでから、出る。

敵の抵抗はあるけれど。

もはや、最初の一撃に全てを賭けていたらしい敵に、戦意は無い様子だった。だが、容赦はしない。

逃げるところに、背後から腐食ガスを浴びせる。

なお、村も町も全てを通り、腐食ガスを撒く。

この国では、武装勢力と民間人の区別が無い。こういう所に潜伏されて武器を隠されては、意味がないのだ。

勿論、移動の過程で、スーパービーンズを撒いてもいる。

今の時点では。

順調だ。

「ハーネット博士」

「どうした」

「そろそろスーパーウェザーコントローラーを起動するぞ」

「ああ、頼む」

タイミングは、いつもマーカー博士に任せる。

そして二時間もした頃には。

砂漠に、雨が降り始めていた。

 

解放戦線の全拠点を蹂躙。首領らしきものが、ヘリに乗って逃げようとしているのが見えたけれど、逃がさない。

跳躍。

禍大百足は、跳ぶことが出来る。

飛ぶことは出来ないが。

それでも、それを見た敵には、それこそ絶望の権化として写ることだろう。

ヘリは必死に逃れようとするけれど。直撃は避けたとしても、腐食ガスをたっぷり浴びて、無事で済む筈が無い。

砂漠に不時着したヘリ。無様に横転したが、爆発はしなかった。

這うようにして逃げ出す連中。

足で踏みにじって、ヘリを踏み砕く。首領らしき男は、ジュラルミンケースを抱えようとしていたが、脅かしてやるとそれも捨てて素手で逃げていった。

ジュラルミンケースは踏みつぶして、ぐりぐりしておく。

これで、仕上げ完了だ。

政府軍と解放戦線はまだ前線で戦っているが。其処へ乗り込むと、もはやどっちの勢力も関係無い。片っ端から踏みにじる。

政府軍は戦車もいたが、性能に問題がある事で知られた、T72のモンキーモデルだ。この間交戦したT14やT90とは比較にもならない。テクニカルもいるが、そもそもこれに搭載できる火器で、禍大百足にはダメージを与えられない。

雨が降る中。

腐食ガスを撒き。

まだ抵抗する敵前に、足を踏み降ろし。

逃げ散る敵を見送る。

やがて、火線は止んだ。この地域での戦闘は、文字通り終結したのだ。もっとも、これから政府軍も叩き潰さなければならないが。

「新国連の部隊が出撃してきたようです」

アーシィがオペレート。

そうかそうかと、私は呟く。

この間、新型機が混じっていたGOA部隊だが。まだ、禍大百足の足を止めるほどでは無い。だが、油断するのも危ないだろう。

「GOA部隊はいません。 特殊部隊のようです」

「何処に向かっている」

「現状では、解放戦線の拠点を制圧する目的のようです」

「ならば放置。 政府軍を潰すぞ」

攻撃続行を指示。

ルナリエットは時々ヘルメットを外して、負担を減らしている。脳に直接働きかける操縦システムは、当然負担が大きい。

あの後マーカー博士に言われたのだろう。

出来るだけオート航行を利用するように、と。

砂丘を越えると。

戦車二十両以上が待ち構えていた。恐らく戦線から後退して、此処で防衛線を構築する予定だったのだろう。

一斉に火を噴く砲。

どうやらモンキーモデルだけではなく、純正モデルのT90も含まれているらしい。文字通り、この国の虎の子の部隊というわけだ。

だが、無慈悲。

力の差は、歴然。

砂丘を越えた後には。

擱座した戦車部隊と。それを捨てて逃げ出した兵士達の後ろ姿。命中率は大したものだったけれど。

この数で攻撃を受けても、禍大百足は倒せない。

「通信が入りました」

「通信だと?」

「政府軍からです。 ええと、降伏する。 だから攻撃を停止して欲しい。 以上です」

「ハ」

呆れた私は、無視するように指示。

そのまま、禍大百足を前進させた。目的を理解できていない相手には、遠慮も呵責も必要ない。

このまま、何もかも残さず。

蹂躙しつくすだけだ。

それから、政府軍の基地(といっても、規模といい造りと言い、武装勢力の拠点となんら変わりは無かったが)を全て蹂躙。

首都へとなだれ込む。

この国最大のオアシスに作られている首都だが。犯罪の発生率が非常に高い。この国情を考えれば当たり前だろう。

首都の近辺でも、装甲車とテクニカルによる反撃を受けたけれど、わざわざ特殊な兵器を使うまでも無い。

更に、落とし穴が掘られていたけれど。

穴に一旦わざと落ちてやり。

やったかとかほざいている敵軍の真ん中から、地面をぶち抜いて現れてやると、後はもう一方的だった。

必死に石油入りのたるを投擲してくる。クレーンを使った投石機でだ。

同時に着火される。

勿論爆発。火はつく。

即席のナパームというわけだ。しかし、この禍大百足。その程度の火力で、どうにかなるほど柔では無い。

一度砂に潜って火を消して。

首都の至近に現れ。そして、此方を呆然と見ている民の上から、腐食ガスをばらまき。首相官邸にまっすぐ進む。

もう、抵抗する者はいない。

首相官邸を踏みつぶして、仕上げ。後は、この国のめぼしい犯罪組織の拠点を潰し。首都全体に腐食ガスを撒けば終わりだ。

ゆっくり体を動かして、首都を蹂躙して回る。出来るだけ普通の市民の家は潰さないように。

ただし、スーパービーンズは撒き。

なおかつ、腐食ガスも。

市民の様子はどうか。

アフリカのように、歓迎している連中は、あまり多く無い。ただ恐怖だけが、目に宿っているのが確認できる。

それでいい。

禍大百足は、恐怖の象徴として。

こういった者達の脳裏に焼き付けられ。全ての絶望を引き受ける。戦車よりも戦闘機よりも怖い。

逆らえず。

逆らえば、全てが蹂躙される。

それこそが、この姿。恐怖の権化としての、禍大百足なのだ。

「敵沈黙」

「よし、撤退する」

さて、さい先は良い。ただし、敵の中には新鋭戦車も混じっていたし、何より抵抗も激しかった。

今後、更に抵抗が激しくなることは予想される。それに新国連も、航空機による爆撃や、GOAによる抵抗作戦を、更に強めてくることは確実だろう。多国籍軍が出てくる前に、中東を蹂躙しつくす必要がある。

今回潰した国は、さほど大きくも無かった。

だが、中東には、此処より大きな国が幾つもある。

それらの国は、戦闘機も持っているし。核武装していると噂されている国も存在していて。

いずれもが、攻略対象だ。

砂に潜りはじめる禍大百足。

子供が、石を投げているのが見えた。

だが、どうでもいい。

理解も、同情も。同調も、信頼も。降伏されることも、共同戦線も。この禍大百足と結社には、必要がないことなのだから。

 

地下の基地に戻る。

すぐにメンテナンスを実施させていると。柊が来た。

「あの、ハーネット博士」

「どうした」

「この間回収した、謎の液体の分析結果の一次報告です」

「! よこせ」

謎の液体。

あの多国籍軍が使っていた、エセ無人戦車から出てきたり。蹂躙した基地にのこされていたものだ。

水銀かと思ったけれど、全く違って、有機物だった。

ならばなおわからない。

金属光沢がある、液体状の有機物なんて、聞いた事も無いからだ。そんなもの、実在しているのか。

ざっと見るけれど。

どうやらタンパク質を主体としているようなのだけれど。生物的な活動をするわけでもなく。放置しておくとすぐに痛んでしまうなど、たいしたものではない。ナノマシンでもなければ、無人兵器を動かせるとも思えないものだ。

だが、こんな得体が知れないものが大量に、無関係にあるとも思えないのも事実なのである。

小首をかしげる私。

マーカー博士も、さっとレポートを見る。

「動物実験は」

「マウスしかまだやっていませんが、特に異常が出るようなことは……」

「続けてくれ」

どうにも妙だ。

そもそも、あの無人兵器だかなんだかわからない兵器の群れ自体が、色々おかしかったのである。

ニュークリアジャマーで潰れた所から見て、恐らく無人兵器であったのは、間違いないのだろう。

だが、操作方法がわからない。

それに、連携システムが導入されていない兵器まで、無人で動いていた形跡さえあるのだ。

そんなもの、どうやって用意した。

色々な技術と論文を見てきた私だが。

無人兵器に関するもので、これに類するものは見たことが無い。念のために特許や大学論文に目を通すが、結果は同じ。

だとすると、何処かの国が極秘に開発したものなのか。

多国籍軍の主力となっていたロシアと中帝の支配者がどっちも横死したことと言い。核を躊躇なく使う多国籍軍といい。

色々と、おかしな事が多すぎる。

「何か仮説は無いか」

「分子構造は」

「此方になります」

柊が差し出したレポートのページには、詳細な分析された分子構造がある。マーカー博士はしばらくそれを見ていたけれど。

首をかしげた。

「見たことが無いタンパク質だな」

「どのような効果が予想される?」

「何とも言えない」

私もそれなりに科学の知識はあるけれど。それでもこの分子構造が、何を引き起こすかは即座に判断できない。

勿論、特徴的な分子構造については知識がある。

だけれども。

これは別に特徴がある訳でも無く。

ごく平凡なのだ。

これが、何かとんでもない異常を起こすとは、とても考えられない。

「とりあえず、研究を続けてくれ。 出来れば最優先で」

「わかりました」

頭をぺこりと下げると、柊が研究スペースに戻っていく。私はマーカー博士が、どうにも不安そうにしているのを見て、声を掛けづらかった。

自室に戻る。

情報を自分なりに探ってみる。有名所の大学だけでは無い。関係がありそうな論文を一つずつチェック。

これでも私も、昔は神道とか天才とか言われたのだ。

少しは、出来る事をしたい。

それに、操作系の負担軽減も急務だ。もたついている余裕は無い。

しばらく論文を漁るが、これといったものはない。こういうときは、結社の手が足りないという欠点が、足を引っ張る。

ダメだ。

それらしいものは、ない。

一度、コックピットに戻る。ルナリエットの負担を減らすためにも、プログラムの更改を進めておきたい。

今日、前倒しで、ターゲットを一つ潰すことが出来たのだ。

今後の事を考えると。

更に前倒しで、あらゆる全てを片付けておかなければならない。

しばらく、無心にプログラムを叩く。

マーカー博士は、姿を見せない。この様子だと、あの水銀みたいな謎の液体を調べに行っているのだろう。

テラフォーミングの専門家だ。本当だったら、バイオ工学の第一人者であるクラーク博士が生きていれば、もっとスムーズだったのだろうけれど。

アーシィに手伝わせるか。

いや、普段のオペレート任務が忙しい。しばらくは休ませておくのが良いだろう。それに、バイオ工学の専門家は、他にも何人か結社にいるのだ。

しばらく作業をしていると。

いつのまにか、十五時間ほど経過していた。

少し休むかと、禍大百足から出る。

丁度、見計らったように。

アーマットから連絡が来る。

「イズラフィル王国の攻略、ご苦労だったね」

「まあ、小国だ。 苦労する事も無いさ」

「早速で悪いのだが、次の攻略目標を策定した。 出来るだけ急いで、攻略に取りかかって欲しい」

「何処だ」

幾つか候補がある。中東は癖のある国が多く、戦うにしても準備がいる場合が多い。すぐに行く事は出来ないだろう。

だけれども。

アーマットが口にした名前は、予想を外れていた。

「インティアラ連邦」

「まて」

「いや、本当だ」

「彼処は最終目標の筈だぞ」

インティアラ。

中東最悪の国と呼ばれる、地獄だ。

存在する武装勢力、およそ40。人口は8000万。

その人口の97パーセントが貧困層。

考えられないくらい貧しい中、残りの3パーセントが石油資源を独占。あらゆる贅沢をし、巨大な未来的都市を造って勝手な生活をしている。

その都市ドヴァルシティの外は、文字通りの地獄。

話によると、新生児の一年以内の死亡率は89パーセント。殆どが餓死するか、病死。場合によっては、臓器密売の目的で殺されるそうだ。勿論、さらわれた末で、である。

法どころか。

治安も、人権も。人間性も。

食糧も何も無い国。

あるのは武器。

そんな状況で有りながら、年々人口は増え続けていて。人口増加率は、2.4。つまり滅茶苦茶に子供を作って、死んだ分だけ増やしている、という最悪の状況下にある国なのである。

この国は保有している軍隊がかなり強力で、すぐには手を出さないことに決めていた。

しかし、アーマットは言う。

「状況が変わった」

「何がどう変わったと言うんだ」

「多国籍軍の出兵を、インティアラの首脳部が要請している。 しかも個人的なパイプを持っている様子でな。 あのアレキサンドロス中将とだ」

ぞくりと、背中を悪寒が駆け上がる。

GOA部隊だけなら何とかなる。インティアラの軍隊は四十万から六十万ほどはいるとされ、ロシア軍の強力な新型兵器を渡されていると聞いているけれども。恐らく、正面から戦えば遅れは取らない。この国は核武装もしていない。少なくとも表向きは。核開発の噂はある。ひょっとすると、持っているかも知れないが。使う可能性はそこまで高くないはずだ。

しかし、核を使うことを躊躇わないアレキサンドロスが来るとなると、話は別になってくる。

連携されると非常に面倒だ。

「行ってくれるな?」

「やむをえん」

今、多国籍軍はかなり混乱している状態だ。ロシアの首相と中帝の皇帝が死んだから、である。

体勢を立て直す前に。

余計なパイプを断って、中東での作戦行動をスムーズにしなければならない。何よりこの国は、スーパービーンズを撒く必要がある国だ。

ちなみにこの国で暴れる武装組織は、何故か金持ちにだけは手を出さない。

それはつまり、そういうことだ。

いずれにしても、潰さなければならない国だ。アーマットに煽られたとしても、そうでないとしても。

通信を切ると、周囲を見る。

皆、不安そうにしているなか。

私はこれからの方針を告げるべく。咳払いした。

 

2、黒の大斧

 

亮が告げた言葉を聞いて、大佐は頷く。

前から、誰もが考えてはいたのだ。しかし、今後は、実用的な武装が求められてくる。武装勢力を潰すだけではない。

あのアンノウンを倒せる武装が、だ。

ポールアックスは、今少しだった。現時点でのGOA301の突進力に、もう少し強烈な火力が加われば。

無敵を誇ったアンノウンに、一矢報いられる可能性が高い。

「なるほどな。 確かに一理ある」

「すぐにポールアックスの大型化を申請してください」

「それもそうだが、まずはGOA301を乗りこなすことからだ。 来月には、順次GOA301が送られてくる。 それまでにお前がサポートAIを作り上げないと、誰にも乗りこなせないじゃじゃ馬だけが並ぶことになる」

確かに、その通りだ。

頷くと亮は、今までより厳しく訓練プログラムを組んで欲しいと指示。トレーナーは少し考え込んでから、大佐に言う。

「リョウはかなり体が出来てきて、基礎体力もついてきました。 そろそろ、訓練メニューを増やしても良いかもしれないと思います」

「良し、では様子を見ながらだ」

「はいっ!」

気合いも入る。

今まで手も足も出なかった相手が、防御に回ったのだ。それはすなわち、直撃すれば面白くない状態に出来たと言うこと。

戦える。

そして、あわよくば。

倒せるのだ。

すぐに訓練に入る。

GOA301はやはり慣性が強烈で、ピーキーすぎる機体だ。だが、それよりも、強みがよく分かった。

この間の戦いで。

表層の装甲だけをやられただけ。装甲はまだまだ、全然大丈夫だったのである。

今までのGOA240よりも、相当に強い防御力。今までのGOAでも武装勢力が持っている軽火器程度では手も足も出なかったけれど。GOA301は恐らく、最新鋭のMBTと互角以上に戦える筈だ。

ただし、コスト面では、非常に微妙であるから、まだ戦場の主役は張れないだろう。これが第四世代になれば、或いは。しかしいずれにしても、まずは第三世代で、データをしっかり収集しなければならない。

まずは、確実に歩けるようにする所から。

自分以外には、出来ない。

それを聞かされているから、余計に気合いも入る。神経を集中して、確実に歩く。そうすると、この機体の癖も見えてくる。

体の中に大きなおもりが入っていて、引きずられる感じなのだ。

それを意識すると、かなりスムーズに動くようになって来た。

それでも、GOA240に比べると扱いづらい。

サポートAIがなかったら、きっと不満が爆発していたはずだ。それくらい、扱いづらい機体である。

これはきっと、現場の要求を全部いれたから、なのだろう。

気がつくと、七時間以上ぶっ通しで実機を動かしていた。降りるように言われる。降りると、ふらついていることに気付く。

「しばらく休憩。 休憩も仕事だ」

「はい!」

大佐に言われて、ベッドに直行。

掴めたものが多い。

翌日は、更に。コツを掴んだのだと、自分でも実感できた。

大佐も見ていて、それを察したのだろう。訓練が複雑になっていく。直線的な動きから、複雑なものを含めるようになる。

シミュレーションでこなすミッションが、複雑化する。

「敵を無力化するように」

そう言われて、戦車部隊とテクニカルが多数、同時に市街地で出現するミッションを廻された。

戦車はしかも、T90だ。

この間多国籍軍に参加して、多数がアンノウンと戦ったそうだけれど。状況から言って、今後GOAとの交戦が予想される可能性が最も高い戦車である。しかもこの戦車、ロシアから世界中に輸出されているのだ。

多国籍軍としてだけではなく。

恐らく裕福なテロリストであれば、所持していてもおかしくは無いだろう。それくらい危険な国にも、輸出されている戦車なのだ。

即座の対応が求められる。

無力化ガスグレネードとアサルトライフルを的確に使いこなす必要があるし。何しろT90は非常にタフな戦車だ。米軍のM1エイブラムスに比べるとあらゆる点で見劣りするが、それでも強い。上空に回って、上からアサルトライフルを浴びせないと、沈黙しない。

複雑な動き。

とっさの判断が求められる。

あまり高い得点を出せない。どうしても、即座に対応で遅れを取る。しばし、コツを掴むまで、同じミッションを続けさせられた。

 

ぬれタオルを被ってへばっていると、蓮華が来る。

見下ろされるのには慣れているけれど。

亮が苦労している間、彼女も同等以上の訓練はしているのだ。それを考えると、少し情けない。

基礎能力の違いが、こういう所にも出てくる。

適性だけでしか。亮は彼女に勝てない。

「えらそうなことを言ったくせに、随分と情けないわね」

「……ごめん」

「理不尽なことを言ってるのに、どうして謝るのよ」

無茶苦茶だ。

困っているのを悟ってか、蓮華は更に無茶を言う。

「その才能、寄越しなさいよ。 そうすれば私が全部やったげるわよ」

「無茶を言わないでくれよ」

「無茶な……ものですか」

視線をそらす蓮華。

彼女も、彼女なりにつらいことはわかっている。GOAを動かす適性だけが、亮に劣っている。そのほかの全てで勝っているのに。

そしてこの特性だけは。

努力でもどうにもならない。

此処に来ているという事は、蓮華はたくさんいた候補生の中で、亮に次ぐ適性を持つとみなされたのだろう。

それでも、どうにもならない。

あらゆる点で平均以下の亮。学校の勉強は出来たが、そんなものは此処では意味がない。兵士としてあらゆる適性が低い。亮はそう言う存在だ。

蓮華は最近聞いたが、米国に帰化した日本人で。両親はどちらも軍人だそうだ。アメリカ風の姓と名前にせず、敢えてそのままの名前で帰化したらしい。ちなみにどちらも兵士としては優秀で、父親に到っては海兵隊の士官だそうである。エリートの中のエリートなのだ。

エリートの見本である蓮華が。亮のような相手に勝てないのだ。ただ一点が劣ると言うだけで。それは、恐らく相当に口惜しいだろう。そんな事は、亮にだって容易に想像できる。

「体力もないし頭も悪い。 なんでそんなあんたにGOAを動かす才能だけはあるのよ」

「なんでなんだろうね」

「……もっと体力つけなさいよ」

蓮華が行く。

返す言葉も無い。

しばらく休んでから、シミュレーションをやりにいく。脳への負担が大きいけれど。GOA301は、このままだと亮だけではなく、誰にも使いこなせない機体になる。これを使いこなせれば、あのアンノウンに一矢報いられる可能性が増える。

亮の一機だけで、ダメージを与えられる可能性があったのだ。五十機がかりなら、或いは。

動きが、確実に良くなってくる。

しかし、一時間ほどでドクターストップが掛かる。栄養剤を飲まされ、今日は休むように言われた。

大佐が、諭すように言う。

「根性論と精神論は有害だ。 今倒れられると、根本的な所から計画が頓挫する。 努力しようという考えは貴重だが、何でもいきすぎると有害になる事を忘れるな」

「すみません」

「今日は睡眠導入剤も渡しておく。 何も考えずに朝まで寝ろ」

言われるまま、休む。

目が覚めると現金なもので。

おなかが、とてもすいていた。

あまり美味しいとは言えない料理を胃に流し込む。栄養は完璧に考えられていても、味は違う。

噂によると、食べ過ぎないように、敢えてまずくされているという話だけれど。

補給も完全に届くわけでは無いだろうこの中東の端だ。

あまり、美味しい食事は、期待出来なくて当然なのかもしれない。

トレーニングルームに出向くと、蓮華が既に自分のメニューをこなし終えていた。亮の倍以上は軽くこなしている。

射撃の訓練もする。

GOAに乗るようになってから、どうしても射撃は必要になった。亮の腕はお粗末だけれど、それでもやり方を知っていると、非常に効果が大きい。GOAを思い通りに動かす点に関しては。多分体を思い通りに動かすより、ずっと出来る。

しばらく、無心に訓練して。

シミュレーションに移る。

かなり動けるようになってきた。実機で、砂漠を使って訓練することになった。GOA101に最初に乗ったときも、こんな感覚だっただろうか。

動かしながら、感覚を確認する。

行ける。

以前より、ずっと。

サポートAIが、かなり調整されてきたのがわかる。走りながら、的に向けてアサルトライフルを連射。ペイント弾の集弾率が高い。

これは独自の慣性がついている分、重いからだろう。

その分、着弾点が安定するのだ。

走りながら、左右にアサルトライフルを放つ。ブースターを起動。加速しながら、ポールアックスに持ち替え。

地面に刺さっている的を、抉り抜く。

吹っ飛んだ的には目もくれない。

ふと気付く。

砂丘の向こうから、恨めしげな視線を向けている人々。砂丘の向こうは、アンノウンが蹂躙して、緑の沃野だ。

だけれども。

今回のアンノウンへの防衛線で。武装勢力の一つが、街一つを吹き飛ばすという暴挙を行った。

武装勢力そのものは既に消滅。アンノウンに徹底的に踏みにじられて、再起不可能な状況らしいけれど。

恨まずにはいられないのだろう。

そして、アンノウンを止められなかったGOAにも、怒りは向くと言うことだ。

何も、亮にはする事は出来ない。

「戻ってこい」

「はい」

大佐に言われて、きびすを返す。

途中にある的への着弾は的確。GOA301も、かなりものになってきた。出力がある分、パワーでは240を遙かに凌いでいる。

すぐにAIに、今回の動きを還元。

スタッフが慌ただしく動く中。

基地に戻った亮は、フリールームで大佐に聞かされる。

「GOA301だがな」

「はい。 何か、問題ですか」

「問題と言えばそうだな。 これほど扱いづらい機体を量産することに、批判の声が上がり始めているらしい」

「無理もないと思います」

ただし、サポートAIさえ完成すれば。

蓮華辺りは、亮より動かせるかもしれない。そしてGOA301は完成さえすれば、もはや何処の武装組織も、絶対に撃破できない守護者となる。対テロ戦争が、完全に変わるのだ。

「今、俺の方で上層部を説得中だ。 今、お前のあげている成果も、説得のカードになるからな。 無理はしない程度に頑張ってくれ。 期待しているぞ」

「はい」

少し休んでから、また訓練に入る。

ブースターが馴染んできた。確実に、動けるようになってきている。だけれど、まだじゃじゃ馬を乗りこなせてはいない。

時々、一気に体を持って行かれるような衝撃が来たりもする。

転びこそしないものの、そういうときはひやりとさせられる。

訓練開始後、二週間。

GOA301は、まだ亮に、自分を乗りこなさせようとはしない。サポートAIも、完成には到らない。

 

偵察に出ていたGOA240の部隊が戻ってきた。

先頭にいるのは蓮華の機体だけれど。ロケットランチャーでも喰らったのだろう。ショルダーの辺りに煤が付着している。

亮は301を動かしながら、話を聞く。

「攻撃を受けたようだが、損害は軽微だな」

「もうRPG7なんか敵じゃ無いわね。 爆装した戦闘機にでも襲われない限り、撃破の可能性はないわ」

「頼もしいことだ」

まだわずかに残っている武装勢力の残党に仕掛けられたとは聞いていたけれど。

GOAの堅牢性は流石だ。

240でもこれである。301が普及すれば、もっと安全になる。

昨日と同じ訓練をするけれど、かなりスコアが上がる。コツは確実に掴んできている。足りないのは、時間だ。

昨日辺りから、新国連の平和維持部隊が続々と到着している。輸送機で来た彼らは、インフラの再整備と、治安維持を目的に行動を開始。ただしこの国の場合、元々の民族対立が恐ろしく激しい。

まだ、GOAに対して攻撃がある位なのだ。

平和維持軍は苦労するだろう。

「リョウ、次の訓練で上がれ」

「はい!」

もう一本、同じメニューをこなす。

砂漠の中を飛びながら、的を確実に落としていく。慣性については、かなり自分のものにできるようになった。

不意に、戦車が前に出てくる。

多分武装勢力が使っていたT72のモンキーモデルだろう。既に朽ち果てている。アンノウンにやられたものを、回収したと見て良い。

さっきとは同じ訓練でも、こういうサプライズを用意することで、心を引き締めるというわけだ。

即座に打ち抜く。

ペイント弾で砲塔が吹っ飛んだ。

こんなに脆くなっているのか。

湾岸戦争では、T72がびっくり箱と揶揄されたという話は聞いている。あまりにも脆くて、M1エイブラムスの攻撃を受けて、砲塔が吹っ飛ぶ様子からそう言われたそうだけれど。これは確かに、人形の首がもげるかのようだ。

着地して、周囲を確認。

戦車がいる場合は、随伴歩兵もいる。

だから、確認して、場合によっては無力化する。しばらく確認して、何もいないと確信。再びブースターで浮かぼうとした、その瞬間だった。

「リョウ、それは訓練用の的じゃ無い!」

とっさに、飛び退く。

T72の残骸が、爆裂した。

視界が、白で覆われる。

とっさに目を覆ったのが幸い、目を潰されることは無かったけれど。それでも、衝撃波に、たたきのめされる。

必死に機体を立て直し。

そして、着地。

砂漠にクレーターが出来ていた。

あのT72の残骸に、強力な爆薬を仕込んでいたのだろう。まだ、武装勢力は、自分の健在をアピールできる力がある、というわけだ。

すぐに機体をチェック。

大丈夫だ。

あのアンノウンの体当たりにも耐えたGOA301である。この程度で、壊れるほどヤワじゃ無い。

それでも、少し計器に異常があった。

モノアイになっているメインカメラは、レンズが破損した様子だ。全周モニターの一部が、灰色になっている。

「無事です、大佐」

「そうか。 流石のGOA301。 そして、的確に回避したお前の技術だな」

「……そう、ですね」

これは、しばらくこの国からは離れられないかもしれない。まだこれだけの余力を武装勢力が残しているとなると、掃討作戦が必要だろう。

いつアンノウンが現れるかわからないのに。

一旦基地へ戻る。

GOA301から降りて、機体を見上げる。

真っ黒に。威圧感たっぷりに塗装されている機体は。

至近であれほどの爆発が起きたというのに。

さながら鉄の城のごとく立ち尽くし。

不動の要塞としての存在感を、保ち続けていた。

 

翌朝。

大佐のGOA240を指揮官機として、二十機のGOAが出撃。

言うまでも無く、昨日の爆破テロに対する掃討作戦だ。現時点で、今まで武装勢力が使っていた拠点は全て制圧されている。あの後調査したところ、妙な熱源反応が、砂漠の一角で確認され。

ドローンを飛ばしたところ、どうやら百名ほどの武装勢力残党が、基地をうかがえる位置に巣くっていたことが明らかになった。

だが、これが恐らく最後の戦力だろう。

平和維持軍の兵士達に確認した所、あのアンノウンには様々に思うところもあるらしい市民だけれども。

水が供給され。

食糧も豊富にある現在の状況は。

武装勢力が殺し合っていた少し前に比べると、何倍もマシだという点で、意見が一致しているそうだ。

更に、武装勢力の資金源も既に断たれており。此処で叩き潰しておけば、もはや再起は望めない。

しかも砂漠に作られている基地である以上、それほど深度も無い。

今回は、あくまで地上部分の制圧が目的。最後は高空戦力がバンカーバスターを叩き込んで仕上げだ。

先頭を行くのは亮。

陣形を組んだまま、ブースターを噴かして、砂漠を飛ぶ。

訓練された戦闘ヘリ部隊でも、此処までの連携は出来ないかも知れない。ずっと一緒に戦い続けた五十機の中の二十機だ。

亮も、とても連携がしやすい。

目標地点が見えてくると同時に。

対空砲火が飛んでくる。かなりの数の対物ライフルを備えている様子だ。がつん、がつんと。機体に弾が当たる音がする。

だけれども、それだけだ。

「着地! 地雷を処理!」

「イエッサ!」

予定通り。

まず着地し、列を並んで歩き、地雷を全て処理。早速足下で連続して爆発が起きる。しかしこれは対人地雷の手応えだ。

勿論、GOAの装甲には、傷一つつかない。

更に別働隊が後方に廻り、敵が逃げ出すのを防ぐ。

地雷を踏みにじりながら進み、射程圏内に入ったところで、まずは威嚇射撃。威嚇と言っても、戦車を貫通するアサルトライフル弾だ。砂漠に着弾するだけで、膨大な砂煙を巻き上げる。

恐慌を引き起こすには充分だろう。

爆発が足下で何度も起きる。

しかし、そんなものは、GOAには通じない。

今度は対戦車地雷の手応え。GOAを扱い始めてから、もう随分経つ。手応えで、何の地雷かはわかるようになった。

攻撃は単純。

敵に無力化ガス弾入りのグレネード弾を叩き込む。

まだ抵抗する対物ライフルと火砲。射撃を叩き込んで、黙らせる。一発でも直撃すれば、人間なんて赤い霧だ。

接近していくと、かなり爆発物が増える。

落とし穴も作っているようだけれど。

GOAにはオートバランサーと、緊急ブースター起動装置がある。落とし穴に填まって、擱座するほど間抜けでは無い。

二度、落とし穴が現れたけれど。

平然と乗り越え進む様子を見て。流石に敵も、恐怖し始めたのだろう。反撃が、狂気を帯び始めた。

ロケットランチャーからのロケット弾も、かなり飛んでくる。

此処の拠点に、残された最後の兵器と資金をかき集めたのだろう。だけれども、容赦は出来ない。

見ると、兵士は少年兵が殆どだ。

大人の兵士達は、基地の奥に引っ込んでいると見て良い。

いつもだ。

武装勢力は、どこもそうだ。

歯ぎしりしたくなる。

ついに、地雷地帯を抜ける。そしてその時には、もう抵抗している火砲もロケットランチャーもない。

ガスが満ちる中。

死屍累々と倒れている少年兵達。

「地雷排除完了」

「基地の中にもグレネード弾を」

「イエッサ」

無造作に、トーチカの中にも無力化ガス弾を叩き込む。この国の言葉で降伏を呼びかけながら前進。

飛び出してきたのは、まだ顔に幼さを残した子供。

爆弾を体中に巻き付けている。

わめきながら突進してきたその子は。

GOA301に到達する前に。爆発して。木っ端みじんに消し飛んでいた。

凄まじい形相だった。

でも、もう。慣れた。

アフリカでも、同じ光景を何度見たことか。

ポールアックスを振りかざすと、トーチカをたたき割る。一つずつ、機械的に処理していく。

一番大きな穴の前に到着。

念入りに数個の無力化グレネードを投入。特殊部隊が到着するまで、後は待つだけだ。

まもなく、ジープに分乗して、制圧用の特殊部隊が到着。

彼らは倒れている敵兵を縛り上げ。

十把一絡げに確保。

一部が穴に乗り込んで。中に隠れていた。敵の残党を捕らえて出てきた。その過程で銃撃戦が起きた様子だけれど。

幸い、味方に死者は出なかったらしい。

更に、空軍が来て、バンカーバスターを叩き込んでいく。基地の中にまだ敵が隠れていても、これで終わりだ。

特殊部隊の隊長が、大佐の乗っている隊長機に敬礼した。

「クリア確認」

「ミッションオーバー。 帰投する」

「念のため、基地を踏みつぶしておきます」

「……そうだな。 亮、やっておいてくれ」

イエッサ。

返答すると、亮は上空に跳び上がり。

フルパワーで、地面に蹴りを叩き込んだ。

武装勢力の拠点が崩壊。バンカーバスターで崩れていたところに、とどめとなった。入り口も崩れて、完全に埋まる。捕らえられ、意識朦朧としていた少年兵達の顔に、恐怖が浮かぶ。

イブリース。

そう聞こえた。何だろうと思ったけれど、蓮華が補足してくれる。

「イスラム教の悪魔よ。 キリスト教ではルシファーやサタンに相当する存在だと思えば分かり易いわ」

「魔王か……」

「そうね。 戦車が攻めてくるのなら、まだ抵抗も出来るでしょうけれど。 GOAは武装勢力にとっては、もはや天敵よ、 彼らにとっては天使や悪魔のような、抵抗できない魔的な存在と同じでしょうね」

魔王と言われるのも、仕方が無いだろう。

しかし、できる限り人を死なせずに制圧できたのも事実。実際問題、空爆などで此処を制圧すれば、もっと多くの死者が出ただろう。十把一絡げに捕らえられた少年兵達だって、全員ミンチになっていた筈だ。

勿論、GOAだって、全員を無事で捕らえられるわけでは無い。

でも、これが魔王だというのなら。

亮は、そう言われてもかまわない。

帰投を開始する。

軽口をたたき合う味方パイロットの会話が、嫌でも耳に入ってくる。

「まだ長引きそうだな」

「ああ。 この国の飢餓は払拭されたが、まだ武器と資金は残ってる様子だからな。 もう一度くらい、こういう制圧作戦があるかもな」

「基地の方にテロリストが忍び込んでくるかもしれん。 そっちも気を付けなければならんだろうな」

「ああ。 連中に捕まったら、それこそ死んだ方がマシだしな」

基地が見えてきた。

輸送機が、丁度着陸しようとしている。新国連は成果を上げている。今日の作戦も、必要な犠牲だった。

自分に言い聞かせる。

心が弱いと自覚している亮だけれど。

しかしその一方で。

死には、無頓着になりつつある。

もう、悪夢にうなされることも無いだろう。亮にとって、GOAは最高の相棒である事に変わりは無い。

例え。

その手を借りて。

多くの命を奪ったとしても、だ。

 

3、猛火

 

裕福な家に生まれた。

だからこそ、知っている。

世界の富は有限で。富を奪い合う形式の現在の社会は。その有限の富でさえ、行き渡らないようにするのだと。

両親は、貧しい人間を馬鹿にすることを、何とも思わない存在だった。

金を持っている人間は、何をしても良い。貧しい人間など、生きる価値も無いゴミだ。本気でそう言っているのを、何度か見た事がある。

ゲスが。

吐き捨てて、さっさと独立する事を選んだ。そして、両親も、私を。

マーカーのことをゴミと見なしたのか、後は何も干渉しようとはしなかった。「出来が良い」弟がいたから、充分だったのかもしれない。

家族の情なんて、そんなものだ。

ホームドラマで繰り広げられる愛憎劇なんて、嘘しか無い。幼い頃から、マーカーはそう思っていた。

両親がそもそもそう言う人間だったし。

学校の寮でも、子供達は大人顔負けの政争を繰り返し。欲が張り詰めた人間は、際限なく醜くなると言うことを周囲に見せつけ続けていた。

高校の頃から、バイトをし。

飛び級をした事もあって、奨学金を貰い。

やがて両親から独立すると。一切の連絡を絶った。あんな連中、死のうがどうしようが、どうでも良くなっていた。

向こうもそう思っているのだから、此方も遠慮する必要はない。

マーカーは六年後、両親が事故で死んだことをニュースで見たけれど。葬式にも出なかった。

そもそも、弟からは、声も掛けられなかった。

財産を独占したかったからだろう。

それこそ、マーカーには、どうでも良いことだった。

やがて、大学で好成績を収めたマーカーは。NASAに就職。ちなみに大学での専攻は、テラフォーミングである。

実際には、研究内容、が近いかも知れない。

この当時から、マーカーはテラフォーミングに興味があった。そもそも地球の資源が限界に来ていることは明白。人間の過剰消費は今後も止まる気配すらない。となれば、別の住める場所を作るしか無い。

宇宙に出る技術は進歩し続けている。

だが、その先はどうか。

先を見据えて、行動したい。

欲望だけを優先し。

弱者を踏みにじり続けた両親とは、違う存在になりたいと考えていたマーカーは。結局の所、そうやって、地球から出て生きるための術へと走った。それが逃避なのかはわからない。

わかっているのは。

この分野で、自分の右に出る者はいない、と言う所まで来た、という事だ。

生物学と工学を中心に、マーカーは研究を進め。様々な専門家と討論を重ねた結果、テラフォーミングは絵空事では無いと結論するに到った。

勿論最初にテラフォーミングすべきは火星だ。

月は近くにあるが、少しばかり条件が厳しすぎる。

金星は火星よりは近いが、更に条件が悪い。

残るは火星。

そして火星をテラフォーミングする場合、クリアしなければならない問題は幾つもあったけれど。

最終的に、一番の課題になるのは、大気だ。

まず火星は重力が小さく、大気を引き留めておくことが出来ない。これが最大の問題となる。

重力については、色々と対応策があるのだけれど。

問題は呼吸しようも無いほどに薄い大気。

これをどうにかするには。やはり、あらゆる状況に耐え抜く植物が必要になってくる。

バイオ工学の第一人者、クラーク博士と出会うことが出来たのは、本当に幸運だっただろう。

NASAという大組織だからこそ、なしえた奇蹟だったかもしれない。

クラーク博士とコンビを組んでからは、様々な面で進展が早まった。共同して研究を進め、その過程で幾つもの副産物を産み出した。

その一つが、現在麦の品種で主流となっているマルスクォーツである。

従来の麦と同等の収穫量を誇りながら、必須アミノ酸全てを含んでいるという、人類のために作られたような植物で。

その栄養価の高さは特筆すべきものとして。現在、先進国で作られている麦の九割は、このマルスクォーツに置き換わっている。

これだけではない。

他にも、宇宙コロニーの研究では、若き天才ハーネット博士に巡り会うことが出来た。

不可能と考えられていたパワードスーツ研究では。日本から来たアキラ博士が、その素質を生かして、最高の役割を果たしてくれた。

だけれども。

地球の環境悪化は、待ってくれなかった。

程なく、死刑宣告が下される。

NASAの大幅縮小。

そして宇宙開発の、半永久的停止である。

マーカーにとっての、屈辱と。

そして、転落の人生の開始であった。

やはり、此処もそうか。

失望を最初に覚えた。

資本主義社会である以上。儲からないものには、投資をする事が出来ない。それが、全ての免罪符となった。

宇宙開発を今進めなければ、人類は滅ぶ。

どれだけ説得しても、米国上層は動かなかった。だから、途中からは、自分たちで動くしか無かった。

あまり自覚は無かったようだけれど。組織を運営する才能を持っていたハーネット博士が、最初に味方になったのは幸運だった。マーカーは大の権力嫌いだったし、クラーク博士に到っては、戦争も軍隊も組織も大嫌いという、筋金入りの偏屈だった。クラーク博士は結社のメンバーには穏やかな老翁の姿を見せていたけれど。マーカーやハーネット博士の前では、時に激しすぎる平和主義者の顔も見せる事があった。

本当だったら、まとまることも無かったのかもしれない。

だけれども、ハーネット博士という接着剤と。

途中からしゃしゃり出てきたアーマットという金づるのおかげで。結社という素人集団は組織と変わり。

そして今に続いている。

今も、マーカーは。

自分を産み出したこの社会と。無能だった親を憎んでいる。

 

目が覚める。

ベッドから起き出すと、マーカーは食堂に出る。朝起きたら、まず食事をする。これは学生時代からの習慣だ。

そうすることで、頭を働かせて。効率よく勉強をし、頭に知識を叩き込む。

あの親に世話になるくらいだったら、死んだ方がマシ。

そう思っていたから、マーカーは勉強に必死だった。学校を出たら即座に就職できるようにするつもりだった。

それだけ、親を嫌い抜いていたのだ。

親もマーカーを嫌い抜いていた。

法に触るから、金だけは出していたけれど。十三の時に口を利いて以降。マーカーはあの者達と関わるだけ時間の無駄と判断して。それ以降は、親のことは唾棄すべきクズとだけ思うようにしていた。

事実、それ以外の何物でも無かったし。

今でも後悔はしていない。

うまくも無い食事を終えると、まずはデスクに向かう。自分用のデスクは、しっかり保管してある。データの中枢は禍大百足に移してあり。そして最悪の場合。クローンに、いつでも記憶は移植できるようにしてある。

二人のクローンが苦しんでいることは心苦しい。

だけれど、此処で止まるわけにはいかないのだ。

ハーネットはますます最近頑なになって来ていて、冷や冷やする。自分も相当な偏屈だと言う事は、マーカーはわかっているけれど。アーマットとのやりとりを聞いていると、冷や冷やする。

だけれども、アーマットみたいなタイプは、マーカーとしてもできる限り接触したくないし。

文句を言うわけにも行かない。

データの整理を終えると、禍大百足に。

増加装甲の取り付けが完了している。

これからいきなり中東最強の国に攻めかかるのだ。しかも、時間制限付きと来ている。どれだけ武装を強化しても、しすぎると言う事は無いだろう。

「マーカー博士。 もう起きているのか」

「ああ」

ハーネット博士が来たので、顔だけ上げて、挨拶しておく。

コックピットに直行するハーネット博士。最近クローン二人の負担を減らすべく、様々な作業をしているのは知っている。そのためハーネット博士の負担が激烈に増大していて、いつも疲れていることも。

だが、此処を抜けさえすれば、後は楽になる。

そう信じて頑張っているのを、どうこうはできない。

マーカーとハーネット博士は、努力型と天才型という真逆のタイプだけれど。何もかも理解し得ないわけではない。一定の部分についてはわかる。

だから、分かる所に関しては、善処をつくしたい。

人間味が無かった両親と違う存在になりたい。マーカーはそう思っているから。そう、心を大事にする。

増加装甲の取り付け完了。

今回は、敵が核武装している可能性があるし、ニュークリアジャマーは必須だ。それに、うすうすハーネット博士は気付いているようだが。

アーマットは、此方の情報を、侵攻する国に漏らしている可能性がある。

何かしらの政治的判断の結果かも知れないが。

あの男は信用ならないという点では、わからないでも無い。ただし、人間の利害関係で構築された国際社会などそういうものだ。信用できるかどうかでは無く。この時点で金を引き出せるかが重要なのだ。

最終チェックを終える。

出撃は、何時でも可能だ。

それを告げにコックピットに入ると。ハーネット博士は、不機嫌になっていた。たまに見かける、煙草を探ってポケットに手を突っ込み。そしてもう禁煙したと思い出してヒスを起こすアレだ。

理不尽にも思えるが。

こういう歪みは、天才の一面。

だから、気にしていない。

「準備が終わった。 何時でも出られるぞ」

「悪いが、ルナリエットとアーシィを呼んできてくれるか」

「ああ」

勿論、出撃前にブリーフィングは行う。

今回は、多数の軍事拠点を持つ、今までで最大規模の敵だ。その戦力は、この間戦った多国籍軍ほどでは無いにしても、相当な次元に達することが目に見えている。無策で突っ込むのは愚行である。

まず、攻撃すべきは空軍基地だ。

空軍基地の位置については、既に割り出してある。結社のメンバーが提出してきた複数のデータから精査し。更に航空写真も確認済み。

この国では、四十機近い第三世代戦闘機が存在していて。

その殆どに、近代化回収が施されている。

まともに戦うとかなり不利だ。

攻撃のルートが、三案ほど出される。

いずれもが、まずは空軍基地を潰し。

それから、他の部隊も叩くやり方だ。

初期からスーパーウェザーコントローラーも用いる。そうすることで、制空権を敵に与えないのだ。

マーカーの先を越すように、ハーネット博士は言う。

「いっそ、国の「全て」を攻撃しないという手もある」

「貧困層にだけ、スーパービーンズを撒くと言う事か」

「そうなるな」

「……そうだな。 もしそういう方針で行くのならば、攻撃はだいぶ簡略化することが出来るだろうな」

だが、それで問題ないのだろうか。

アーシィが挙手。

ハーネット博士を苦手としているのが、一目で分かる。そういえば、気付いていたのだろうか。

クラーク博士も、ハーネット博士の事は、どちらかと言えば苦手だったと。

多分気付いていないだろう。

ハーネット博士は、人の心にあまり通じていない。もっともマーカーも、対人関係は得意ではないけれど。

この辺りは、優秀であるが故の歪みだろう。

「あの、此方からのルートは、どうでしょうか」

「ふむ、理由は」

最初にアーシィが攻撃したいと言っているのは、国のど真ん中にある空軍基地だ。理由としては、此処にこそ最精鋭がいる可能性が高いから、だそうである。

なるほど、確かにそうだ。

ルートは長くなるかも知れないが。先に精鋭を叩いた方が、敵に与えるダメージが大きくなるのは自明の理である。

問題はその後だ。

空軍基地を全て潰した後、敵と正面決戦するとして、どのように敵が動くかが、予測しづらくなる。

特に、アーシィが狙うべきだと言った空軍基地には、司令部もある。

此処を潰すと、却って後始末が面倒くさくなる可能性もあった。

「確かに、主力決戦でごっそり相手を潰してしまうのも、有りだとは思います」

「しかし敵の精鋭が温存されたままだと、思わぬ反撃を受ける可能性もある」

「はい……」

ハーネット博士はしばらく考え込んでいたが。

GOA部隊はどうしていると聞く。

アーシィが情報をすぐに引っ張り出してくる。

結社のメンバーの一人は、基地の近くに居座って監視を続けている。勿論、あまり細かい事は探れないけれど。GOA部隊がいるかどうか位はわかる。

それによると、少し前からイズラフィル王国内で武装勢力の残党処理を全力でやっているらしい。

何でも最新鋭機が爆弾テロを受けたそうだ。

無傷ではあったらしいのだけれど、このまま平和維持軍に任せるのは危険だと判断したのだろう。

それならなおさら好都合だ。

更に、念のために。もう一度インティアラの戦力を確認。

真正面からやり合っても勝てる事は勝てる。だが、問題は核を使ってくるタイミングだ。場合によっては、最悪の事態にもなり得る。使ってこないかもしれないが、最悪を想定するのが前提だろう。

ハーネット博士は、しばらく悩んだ後決断。

「よし。 ではAルートから行く」

それは端にある空軍基地から、順番に潰していくルート。アーシィが提案したルートでは無い。

今回は正面決戦をやって、多国籍軍が介入する暇を与えない。そのためには、戦闘を長期化させないために、司令部を残しておく。

各個撃破が本来は定石なのだけれど。

今回は敢えてそれに背くというわけだ。

当然リスク以上に、時間という制約があるからである。ロシア軍を中心とした多国籍軍に介入されると、大変厄介だ。

作戦開始。

ハーネット博士が立ち上がると。その時点で作戦へ異論はいれられなくなる。後は、予定通りに。ハプニングを排除しながら行動していくことになる。

今まで、ハーネット博士はリーダーとしての素質を見せている。マーカーとしても、時々異を唱えるくらいで、戦闘時はスーパーウェザーコントローラーの制御が主任務である。ちなみに今回は、敵の空軍の動きを封じるためにも、全力で最初から使えと言われている。だから、最初から忙しい。

基地から出て、地下に。

かなり深く潜ると、其処から移動開始。砂漠の地下と言っても、他と同じだ。ただひたすらに掘り進む。

今の時点で、敵は気付いていないはず。

気付いていたとしても関係無いが。今回は、正面から叩き潰すのが戦略なのだから。アーシィも、方針が決まると、後は何も言わなかった。

砂漠の地下を進む間に、準備を進める。

ルナリエットはずっと操縦席で寝ている。アーシィは様々なデータを今のうちに準備して、不慮の事態に備えていた。

私は自席で、スーパーウェザーコントローラーの調整。

これからインティアラには、大型の台風並みの低気圧が出現する事になる。調整のためには。自席にあるスパコンの出力を、フルに活動させなければならない。

目的地の、地下に到着。

「準備はいいか」

「ああ」

「よし、突貫する!」

ハーネットが声を掛けると。

禍大百足は、一息に上へと進み始める。砂をかき分け、空軍基地の真下へ。そして、突き抜いて、躍り出た。

数機の戦闘機が、吹っ飛ぶのが見えた。

吹っ飛んだ戦闘機が、滑走路で爆発する。更に、腐食ガスを散布。他の戦闘機も、身動きできないうちに、空へとは旅立てぬ存在へと変わり果てていった。

まずは、奇襲は成功だ。

地面に体を叩き付ける禍大百足。

周囲に、時ならぬ地震が如き衝撃波が走る。管制塔にひびが入るのが見えた。ルナリエットは既に、全力での戦闘モードである。

体を地面の下から引っ張り出すと、倉庫を全て踏みにじる。

逃げ惑う敵兵は気にしない。

その間に、スーパーウェザーコントローラーを起動。そして、スーパービーンズの散布も開始した。

「予定通りだ」

「! 敵戦闘機隊、接近! 四機!」

「何だと」

「恐らく演習中の機体です。 急を聞いて、駆けつけてきたのだと思います」

そうなると、爆装している可能性は低いだろう。

敵の地上部隊が出てくるが、数が元々少ない。敵を集めるために、わざわざ隅っこの基地から叩いたのだ。気にせず、ガスを浴びせて、追い払う。アサルトライフルもジープもロケットランチャーも。

対物ライフルも機関砲も。

そして、第三諸国には珍しい攻撃ヘリも。

全てが腐り果てていく中。上空に姿を見せた戦闘機は。

マーカーは、その機体に見覚えがあった。

「グリペンだな」

「ほう」

この国に十五機ほど配備されているとは聞いていたけれど、真っ先に駆けつけてくるとは思わなかった。

北欧で作られた戦闘機であるグリペンは、短い滑走路でも発進できることが売りで。小回りが利くことに定評がある。

そこそこに高級な戦闘機を持っているものだ。

急降下しつつ、機関砲で射撃してくるけれど。その程度の火力では、増加装甲も削る事が出来ない。

一機が、爆弾を落としてくる。

滑空爆弾と言う奴だ。爆装している機体もあったという事か。

爆裂。

更に、空対地ミサイルもうち込んで、一撃離脱を測るけれど。煙を斬り破って躍り出た禍大百足を見て、動揺したのか。

隊列が乱れる。

空は既に曇り始めていて。

そして、その空には、既に腐食ガスが撒かれているのだ。隊列を乱した一機が、もろにガスに突っ込む。

態勢を崩し、砂漠に不時着していく機体。

残り三機も、もう一度爆撃してくるが。それも効果無しと判断するや、戻っていった。

それでいい。

続いて、一番近くにある陸軍基地に、わざとゆっくり蛇行しながら進む。その過程でスーパービーンズを散布しながら。

街を通りかかると。

虚ろな目で見ている民と。口汚く罵っている民が、両極端に別れた。

恐らくは、前者がこの国の大多数を占める極限貧民。

残りが富を独占している支配者層だろう。

虚ろな目で見ている方は、喚声を挙げる余力も無い、という事だ。アーシィが、分析結果を口に出す。

「予想より、ずっと配備されている戦力が多かった様子です」

「どういうことだ」

「……ひょっとすると、禍大百足の襲来を、予想していたのかもしれません」

ハーネット博士は、その回答を聞くと、流石に口をつぐむ。

アーマットへの不信が更に募ったのだろう。

しかし、中東の各国は、禍大百足の襲来を予想していたはず。或いは、襲来を予測して。更に搾取を加速化し。兵力を整えていたという可能性もある。

流石に其処まで、責任は持てない。

街に踊り込むと。

スーパービーンズを撒きながら、抜ける。

既に雨が降り始めている。

見ていると、まともな下水も存在しない様子だ。街のごく一角にある富裕層の住居区画は、一方で先進国並みのインフラが整えられている様子だが。

腐食ガスも撒いて置く。

これでは恐らく、腐食ガスを浴びても、富裕層しか何も出来ないだろう。それに、この機に過激派とかが蜂起しても面倒だ。

禍の芽は、全て摘んでしまうに限る。政府軍を潰した後は、四十もあると言う武装勢力との戦いを始めなければならないのだから。

街を抜けて、砂漠に。

スーパーウェザーコントローラーの調子はばっちり。確実に、低気圧は成長し続けていた。

二つ目の基地に到着。

戦車隊が砲列を並べ、射撃してくる。やはり、予想よりかなり数が多い様子だ。禍大百足の頭部に着弾が続く。

練度も、意外に高い。

この国では、軍人は特権階級にある。そうすることで士気を維持するのが目的なのだが。一方で、増長した軍人が、民間人への虐待に手を貸すことも多い様子だ。何処の発展途上国でも、ある事だ。

この国は腐敗のまっただ中にあるが。

軍だけは、ある程度の秩序を保ててはいるのだろう。もっとも、あくまである程度だ。この国の腐敗していることで知られる上層部の大半は、軍人なのだから。

基地へ、バリケードと鉄条網を蹴散らしながら躍り込み。

逃げようと後退する戦車隊には、腐食ガスを叩き込む。四方八方から迫撃砲弾が飛んでくるが、無視。

周囲に拡がっていく腐食ガスは。

迫撃砲の射程範囲を、確実にカバーしているのだから。

ハーネット博士は、その間に米軍の軍事衛星にアクセス。正確には、既にアクセスしていたものを、再接続したのだろう。勿論使い捨てのプロキシサーバーを十以上経由して、だ。

だが、流石のハーネット博士でも、アクセス出来るのは一瞬。

敵の動きを見るための、一瞬のアクセス。

データをすぐにアーシィに廻す。

その間は、マーカーは周囲を確認しながら、敵の戦力分布を分析。戦車隊を蹂躙していく禍大百足だけれども。

流石に苛烈な攻撃に曝されると、増加装甲も少しずつ削られていく。

ただ。この日のためにわざわざつけた増加装甲だ。

まだまだ、予想の範疇である。

「敵、集結を開始しています」

「此処までは、予想通りだな。 多国籍軍や新国連の介入は」

「確認できません。 西側の国境にも、GOA部隊の存在は確認できず」

「……順調、とみるべきか」

ハーネット博士に、そうでも無いと返す。

事実この基地にいる戦力がかなり予想より多い。敵は相当に軍備を増強して待ち受けていたのだ。

敵が集結した時点で、ニュークリアジャマーを使うべきかもしれない。

マーカーがそう言うと。

腕組みしたハーネット博士は。考えておくとだけ返してきた。

何だろう。

嫌な予感がする。

既に罠に、足を踏み入れているのでは無いのか。それも、禍大百足でさえ、対抗し得ない罠に。

返答してくれる者はいない。

 

4、影の者

 

インティアラの首長であるグリアーティが、必死の形相でテレビに映り込んでいる。すっかり老け込んだ彼は、気弱になってしまっている様子だった。

情けない。

これでも若い頃は砂漠の虎とまで言われ。

無数の勢力に割拠していた自国をまとめた傑物として知られていたのだ。それが、この有様。

老いは、かくも残酷なものか。

「それで、例のシステムは、問題なく運用していただけるのだな」

「ああ、其方は問題なく動いています」

「そうかそうか」

見苦しく額の汗を拭うグリアーティ。周囲にイエスマンばかりを侍らせることで、すっかり衰えたのだ。

判断力も、行動力も。

威厳も、精神力も。

ぬるま湯に浸かると、こうも人間は堕落する。

「頼むぞ。 あのバケモノを食い止めてくれ」

通信が切られる。

私は部下にワインの変わりを頼むと。薄暗い部屋で、ほくそ笑む。

この部屋はロシアの首相官邸の地下一キロにある、特殊指揮所。核戦争が発生した場合、此処でVIPが惨禍を逃れるために作られた施設。

私は実のところ。

ここ六年、此処から出ていない。

外で活動させているのは、全て影武者だ。実のところ、ネットワークとしても孤立している。

今のは、独自にネットワークを引き直して、いれた通信だ。

周囲には、揺らめく無数の影。

それらは。

厳密には、人では無い。

人より忠実な、私の部下だ。

「アレキサンドロス中将」

「何だ」

「既にインティアラの軍に仕込んだ「同胞」が活性化しています。 命令一つで、総攻撃が開始できますが」

「ぎりぎりまで待て」

敵に、順調に動いていると思わせる必要がある。

それでいながら、徐々に徐々に削り取っていって。そして最終的には、泥沼に引きずり込む。

身動きが取れなくなったところで、使わせるのだ。

例の、インフラを壊滅させた謎の兵器を。

その後こそ、控えさせている本命。

紅海に待機させている多国籍軍艦隊からの総攻撃。それによって、あの機械の百足を仕留める瞬間だ。

ほくそ笑む。

この上にいる連中を始末してから、六年。

その死体とクローンを使って、ロシアを完全に掌握するまで二年。

自身の体さえ、掌握して動かしている私は。

既にヒトとは言えないだろう。かといって、神と言うにはまだ力が足りない。中帝を支配するのには、去年成功したが。アメリカという最大の敵がまだ健在。もう少し勢力を広げて、EUの半分ほどを制圧したら。

影からアメリカへの攻撃も開始したいところだ。

いずれにしても、今は不確定要素の排除と、技術の吸収を兼ねて。あの巨大な機械の百足を始末しなければならない。

あれは危険だ。

明かなオーバーテクノロジー。

どこから出てきた技術かはわからない。だが、はっきりしているのは、其処に存在しているという事。

そして入手さえ出来れば。

もはや敵はいないと言うことだ。

地下を地上を行くのと同等の速度で進み。戦術核にも耐え抜く装甲。一国のインフラを瞬時に壊滅させる武装。天候さえ自在にする謎の力。

新国連のGOAもそうだが。

一体誰が、このようなものを地上に持ち込んだのか。

映像が映り込んでいる。

インティアラの軍勢が蹂躙されている様子だ。

新国連が言うアンノウン。組織百足の所属兵器が、相変わらずの戦闘力を振るっているが。

見たところ、手持ちのデータより装甲が分厚い。

どうやら万一に備えて、装甲を厚くして出てきたらしい。何とも用心深いことだけれど。

全ては無駄だ。

「プトレマイオス」

「はい」

進み出た影。

声はまだ若い。

椅子に座り込んだまま。私は指示を出す。

「起動の準備をせよ。 次の基地が蹂躙された頃くらいが良いだろう」

「わかりました」

恭しく礼をすると、影は消える。

ワインが喉に心地よい。すぐに代わりを準備させ、次の見世物に、私は備えることとした。

 

トレーニングを終えてフリールームに入ると。其処は大騒ぎになっていた。

亮は悟る。

この有様では、またあの巨大な百足が姿を現したのだ。

何処に現れたのか。

戦えるのか。

それだけが、関心事だ。

テレビに映し出されている。解像度は悪いけれど。確かにあの巨大な百足だ。現れた国は。

調べて見ると、どうやらインティアラらしい。亮も知っている巨大国家。中東の盟主を語る大型国家で、石油の輸出量も世界一だった。もっとも。石油は今や紙くず以下の価値しか無く、その存在感は小さくなる一方のようだが。

「よりにもよってインティアラかよ」

「介入は無理じゃねーか、これ」

軽口が聞こえる。

蓮華がテレビの前で腕組みしていた。どうやらシミュレーションから戻ってきて、此処に遭遇したらしい。

亮を見ると、話しかけてくる。

「どう見る?」

「中東最大の軍事力を持つ大国だよね。 どうしてそんなところに、いきなり仕掛けたんだろう」

「さあね。 貧困層の過酷な生活が有名な国でもあるけれど。 そんな事があのバケモノの進出を誘発したのかしらね。 どうにもそうは思えないけれど」

もっと貧困層が悲惨な生活をしている国は他にもある。

蓮華は言う。

その視線は冷たい。

アンノウンに対して、色々思うところがあって。面と向かって言ってやりたい。そう言う顔だ。

大佐が来る。

テレビの前に集まっていた皆が、居住まいを正す中。

亮も慌てて会話を切り上げた。

「すぐにミーティングルームに集まってくれ」

「イエッサ!」

ばらばらと、パイロット達がフリールームから出て行く。

亮はテレビを消すと、それに続いた。

ミーティングルームでは、慌ただしく説明の準備が進められている。やはり、さっきまで見ていた、アンノウンの件だろう。

だけれども。

予想は、外れた。

現れたのは、この基地の総指揮を執っているシビア少将だ。その時点で嫌な予感がしたのだけれど。

細長いと言う印象がぴったり似合う老人である少将は、咳払いすると、まだ準備が行われている中言う。

「アンノウンが現れたことは、諸君も知っていると思う。 しかし、またしても多国籍軍からまったが掛かった」

「何ですって!?」

蓮華が露骨に怒声を張り上げる。

他のパイロット達も、それに賛同して、不満の声を上げた。

「なんでそんなに弱腰なんだ!」

「原子力空母と護衛の艦二十隻が、紅海に入り込んできた。 しかも今回は、原子力空母に、フランカーをはじめとする戦闘機を五十二機。 その上周辺にある平和維持軍基地から、三十機以上が出撃する構えを見せている」

「!」

「奴らがその気になれば、この基地は一瞬で粉々だ。 慎重に動かざるを得ない」

米軍が出てくれば、話は別なのだろうけれど。

今回もそうだが。

この間の戦いでも、米軍は黙り。

世界の警察としての仕事を新国連に押しつけてからと言うもの、米軍は対外的な紛争への介入に、すっかり弱腰になった。

色々な事があって、軍事力の維持が難しくなったというのもあるのだろう。介入は期待出来ないとみて良い。

問題はロシア軍を中心とする多国籍軍が、どうしてこうも積極的に介入してくるか、だが。

「其処で我等は、様子を見る」

少将は言う。

あのアンノウン相手だ。戦闘機八十機以上、五十万とも言われるインティアラの軍隊をもってしても、容易に勝つのは難しい。消耗しきったところで、仕掛ける。そうなれば、多国籍軍も、此方に仕掛けてくる余力は無いだろうと。

何という消極的な。蓮華が吼える。

彼女だけじゃ無い。

他のパイロットも、不満たらたらだ。

亮も、少し弱腰過ぎるのでは無いかと思うけれど。しかし、此処は敢えて黙っていることにした。

大佐が口惜しそうに目を閉じて、口を引き結んでいるのを見たからだ。

少将は口をつぐんでいる。

他に良策が無いのだろう。策とも言えない代物だけれども。しかし、その苦悩は、何となくわかる。

「出撃準備だけはしてくれ」

「わかりました!」

吐き捨てると、蓮華が真っ先に出て行く。

彼女はパイロットとしての腕もそうだけれど。その火のような気性が、他のパイロット達を引きつけるらしい。

先頭に立って、過激な論を放つことが多いから、かもしれない。

一方で、亮は敢えていつも静かでいようと決めている。対抗できるかわからないから、というのもあるけれど。

あまり本質的に性格が戦闘的では無いのだろう。

これでいながら、戦場で人を殺すことにはもう慣れてしまったし。

適性だけは誰よりもあるのだから、自分でも七面倒くさいと思う。蓮華が適性でトップだったら、もっとうまく回ったのかもしれないとさえ感じる。

最後まで残っていた亮だけれど。

大佐が、声を掛けてくる。

「少し良いか、亮」

「はい」

「お前には話しておくか。 今回の戦いは長引く」

「え……」

というのも。中東が、大連合結成の姿勢を見せているというのだ。まだ表沙汰には出来ないと言うが。

勿論、対抗するのは、あのアンノウンにだろう。

「予想される参加国は十国以上。 調整が済み次第、連合軍という名目で、相当数の軍勢がインティアラに流れ込むだろうな。 勿論多国籍軍も、その混乱に巻き込まれる事は確実だ」

「大変なことになりそうですね」

「そうだ。 だからお前は、最後の行程をクリアしろ」

訓練の行程はまだ残っている。

もう少し、調整すれば。GOA301のサポートAIは、他のパイロットでもものになりそうなのだ。

現時点で、蓮華がかろうじて動かせるかどうか、という段階。

しかし、他のパイロットだって、彼方此方から来たエースばかり。蓮華ばかりが突出しているわけでも無い。

後は、亮が徹底的に乗りこなせば。

「わかりました。 少し無理をしてでも、完成させます」

「すまんな」

GOA301の先発隊が、四日後には来るそうだ。

最初は九機。それから順番に十機ずつ送られてくるらしい。GOA240と更改するためである。

それらを乗りこなせていれば、或いは。

長期戦となれば、活躍の瞬間も出てくる。

アンノウンが逃れられないように手を打てば、恐らく。討伐するチャンスも巡ってくるはずだ。

「今回は我慢の時だ。 確実に好機は巡ってくる。 アンノウンは恐らく、多国籍軍に対しての凄まじい反撃に出るだろう。 大きな打撃を受ける多国籍軍を見捨てるのは心苦しいが、その後に好機があると考えてくれ」

「わかりました」

敬礼して、ミーティングルームを出る。

責任重大だ。

外に出ると、戦闘機が飛んでいくのが見えた。何処の戦闘機かはわからないけれど。インティアラに向かうのだろうか。

頭を振って、思考を追い出す。

これから、戦うのだ。

亮が果たさなければならない責任は重いけれど。大佐がくれたチャンス。そして、居場所を守るためだ。

亮は戦う。

そして、勝ちに行くと決めた。

 

(続)