激突の火

 

序、決戦

 

戦いは、あまりにもいきなり始まった。

アンノウンは消えたと聞いていた。しかし、アンノウンは休む事はあっても、ここ最近は不眠不休の勢いで、彼方此方で暴れ回っている。アフリカの最貧国全てを蹂躙したほどに。

そして、ついに最後に残ったこの国に現れる筈だと、大佐はにらんでいた。

亮も同意見。

だから、いつ現れても対応出来るように。備えてはいたのだけれど。

最初、ずしんと来た時。

来た、とは思えなかった。

故郷でよくあった、地震だと思ったからだ。

だけれども、揺れは一瞬だけ。そして、大佐からの連絡が来て、他の兵士達がベッドから飛び起きる。

「アンノウン出現! 各自戦闘態勢に入れ!」

「すぐに出るぞ!」

亮も無言でパイロットスーツに着替えると、他の戦士達に続いて、慌ただしく飛び出す。さほど、時間差は無い。

基地生活が長くなってくると、これくらいは流石にこなせるようになって来ていた。

GOA240の所に急ぐ。

相棒は、亮を待ってくれている。

全てのパイロットは、固有の機体を持っている。パイロットが戦死したときの仕組みもあるのだけれど。今の時点では、一度も使われていない。

ワイヤーを掴んで、コックピットに巻き上げて貰い。

席について、全周式モニタを起動。

通信システムが起動し、大佐の通信が直に聞こえるようになった。

「アンノウンは現在、洋上にいる」

「空母を狙ってきたんですか?」

「そのようだな」

「映像出ます!」

哨戒任務中のGOAが、映像を送ってくる。

思わず、呻いていた。

原子力空母が、左側面をごっそり抉られて、炎上している。そして、炎をバックに、体を揺らしているのは、間違いない。

あのアンノウンだ。

「野郎、空母を一撃かよ!」

「いや、様子がおかしい。 流石にあり得ない」

冷静な大佐の声が、事実に対する疑念を投げかける。周囲の艦艇が、一斉に攻撃を開始。アンノウンの周囲に、炎の花が咲く。

しかし、アンノウンが飛びかかるようにして、駆逐艦に倒れかかると。

真っ二つにへし折られた駆逐艦が、爆裂、炎上した。

確かに妙だ。

あんなに脆いはずがない。アンノウンが如何に桁外れの巨体だからといって。あれでは装甲がアルミかトタンだ。

艦隊を蹂躙していくアンノウン。

空母は既に横転して、炎上。これでは艦載機も全滅だろう。高空戦力を最初に潰しに行くのは、アンノウンの常套手段だが。

天下のロシア軍に対して、その主力空母を潰したのだ。

文字通りの宣戦布告を行ったに等しい。

海上での戦闘は激しさを増している。しかし、見ていると、どうにも艦船があまりにも脆すぎる。

アンノウンが体当たりするだけで拉げる。潰れる。

映像を見ていると、大佐がぼそりと言う。

「これはひょっとして、事前に例のガスが散布されていたのでは無いのか」

「あの武器をダメにするガスですか?」

「そうだ。 あの空母のもろさ、いくら何でもおかしすぎる」

元々空母は、海上移動航空基地だ。

その性質上真っ先に狙われることもあって、装甲は相応に厚い。空母を守るためのシステムも充実しているが。近年は空母そのものも、簡単には沈まないように作られているのである。

ましてや原子力空母である。

艦隊が半減。

凄まじい猛攻だ。アンノウンはビームを放つわけでもないし、対艦ミサイルをぶっ放しているわけでもない。

ただの体当たり。

極めて原始的な攻撃で、十隻以上の戦闘艦を海の藻屑へと変えたのだ。

やがて、水面下に消える。

水面下からも爆発。ひょっとすると、海中で潜水艦と交戦しているのかもしれない。可能性は、ある。

「いつ此方にも現れるかわからないぞ! 気を付けろ!」

「各自出撃! 一定距離を保ち……」

大佐が言葉を詰まらせる。

不意に、通信が割り込んできたからである。

「此方多国籍軍。 新国連GOA部隊、その場に停止せよ」

機械的な命令の声。

以前と同じだ。

そして、空母が潰されたというのに。二十機以上の戦闘機隊が、此方に飛んでくるでは無いか。

しかも爆装済みである。

なんだ。

何が起きている。理解できない。最初から空母は囮とでも言うつもりか。しかし、空母ほど金が掛かった兵器を、囮にするわけが。

「此方、偵察隊! 見てください!」

映像が廻されてくる。

そして、亮も。一瞬遅れて、それが何なのかと言う事に気付いた。

「デコイだと……!」

大佐が呻く。

戦車などでは、よくあると聞いていた。木製などの張りぼて。攻撃を誤爆させるための囮。

中にお湯を入れたタンクを詰め込んだりして、より精度を上げたものもあるという。

今、炎上しながら傾いているロシア軍原子力空母は。明らかに、その構造が。空母とは思えない、単純極まりない造りだった。

勿論、張りぼてでも、相当に金は掛かっただろう。

いつの間にあんなものを用意したのか。それだけがわからない。

それに、他の艦まで張りぼてだったとはとても思えない。艦隊の半数近くを沈められて、多国籍軍の損害は、洒落にならないはずなのに。

どうしてだろう。

あの戦闘機隊を見ていると。最初から想定していた損害だとしか、思えないのだ。

しかも、大佐が恐るべき事を言う。

「空母の周辺に展開していた護衛の艦隊、潜水艦隊は、いずれもロシア製じゃあないものばかりだ」

「つまり、あのアレキサンドロスとかって野郎、ロシア軍の損害をまだ零に抑えてるって事ですか!?」

「そうなるな」

「……なんて奴なの」

蓮華が呻く。

強気な彼女でさえ。あまりにも凄まじい現実を前にして、言葉も無い様子だった。

いずれにしても、一旦停止だ。

正直な話、アンノウンよりもロシア軍。いや、アレキサンドロス中将が、何をやらかすかわからない。

戦闘機隊は、四機編成のまま、彼方此方に散っていった。

この様子だと、本物の空母は、別に何処かにいると見て良いだろう。航空機へのダメージは、零だ。

艦隊の半数は潰されたし、潜水艦隊にもダメージが行っているだろうけれど。それも、多分アレキサンドロス中将にとっては、大した損害にはなっていないはず。

アンノウンが。

あのいつも、此方の先を行ってくるアンノウンがである。

完全に先手を取られた形になる。

しばらく、新国連の指示を待つ。

隊形を保ったまま、黙って待つのは、かなりつらい。大佐は新国連上層部に連絡を入れてくれているようなのだけれど。

やはり、状況は芳しくない様子だ。

「ロシア大統領と、そもそも連絡が取れない……!?」

「えっ」

大佐の声が聞こえてきたので、思わず呻いた。

新国連と言えば、国際的にも力をつけている組織。特に最近は、皮肉な事にアンノウンと協力するような形でアフリカで実績を増やし、国際的な発言権もかなり強くなってきている。

それなのに、一国の大統領が門前払い。

ロシアも、アメリカの圧倒的な物量には勝てないし、何より新国連をまともに袖にするのは上策では無いと大佐は言っていたのだけれど。

何か、状況が変わったというのだろうか。

大佐が不快そうに通信を切ると、また別に連絡を始める。

基地の方でも、最大限にバックアップして、情報収集をしてくれているようなのだけれど。

これでは、動きようがない。

流石に爆装した戦闘機を相手にして、勝てるとは亮だって思わない。戦闘ヘリとは訳が違う相手だ。

クラスター弾を降らせ続けられたら、勝機はない。

「アンノウン出現!」

偵察に出ている部隊から、また連絡。

敗走する艦隊を無視して、海上から姿を見せたという。増加装甲らしいパーツが、いくらかやられている様子だと言う。

恐らく、艦隊に囲まれて、一斉砲撃を受けたときのダメージだ。

流石に艦砲による至近弾である。

あのバケモノでも、ただではすまなかったのだ。

「上陸してきます!」

「距離を取れ」

「し、しかし」

「すぐに離れろ。 恐らく多国籍軍の機甲師団が動く」

巻き込まれるぞ。

大佐は、低い声で。

それは既定の事実であると、声色だけで伝えた。

慌てて偵察部隊が下がる。

同時に。

高空戦力が集結して。一機に攻撃開始。アンノウンに、四方八方から、空対地ミサイルの雨を降らせ始める。

着弾。

第一波が、濛々たる爆炎をあげる中。海から上がって来たアンノウンは、上空に何か打ち上げた。

膨大な煙のようなものが広がり始める。

戦闘機隊が回避して、煙を避けるけれど。煙はかなり広域に拡がっていっている。恐らくアレは、例の腐食ガスだ。

戦闘機隊が近づけなくなったのを見計らい、また進み始めるアンノウン。

だが、その前に。

ついに、到着する。

近代兵器の群れが。

「ロシア軍を中心とした機甲師団、展開しています! T90多数、攻撃開始の態勢に入りました!」

「しばらくは様子を見る。 いつ此方まで戦火が広がるか分からん。 各自、戦闘態勢を維持しろ」

「イエッサ!」

亮が最前列のまま、隊列を維持する。

丁度アンノウンを半包囲するように陣形を展開した戦車部隊が、自走砲部隊、ロケット砲部隊と連携して、攻撃を開始。

制空権は気にする必要がない。アンノウンは飛べないのだから。戦闘機隊による支援攻撃がなくても、足りると判断しているのだろう。

アンノウンは悠然と進む。

その全身に、爆裂の火花が散る。増加装甲らしいものが、コケ落ちていくのが見える。艦砲射撃による一斉攻撃、更に空対地ミサイルの雨を受けたあとだ。流石に無傷では耐えられないだろう。

ロシア軍の主力は、海外にも積極的に輸出されているT90戦車だが。蓮華が教えてくれる。

「前衛に違うのがいるわよ。 あれはT14ね」

「最新鋭戦車?」

「かなり最近に導入された戦車よ。 噂によると、無人操作にも対応しているとか」

無人操作。

あの幽霊船みたいな状況を思い出して、亮は背筋が寒くなるのを覚えた。

凄まじい火力が集中し、圧倒的な火線がアンノウンに降り注ぎ続ける。そして、アンノウンの周囲に、膨大な煙が拡がり続ける。

アンノウンが煙の中に消える。

照明弾が叩き込まれ、更に攻撃が続けられる。海上から、距離を取った艦隊より、巡航ミサイルが発射された。

それぞれが、直撃。

アンノウンが、煙の中で、爆裂に包まれているのがわかる。

しかし。

「レーダーのアンノウン、健在!」

亮は、呻いていた。

アンノウンは、これだけの攻撃を浴びていても、なお倒れる様子が無い。そればかりか。速度を更に上げている。

煙をぶち抜くようにして。

ロシア軍を中心とした機甲師団の至近に、アンノウンが躍り出る。

戦車隊が巧みな動きで回避に掛かるが、もう遅い。腐食ガスが、既に周囲には、膨大にばらまかれていた。

戦車隊が次々に擱座する。

進んでいくだけで、師団が壊滅していく。

呆然と、その様子を見ているしか無い。煙を纏った巨大な百足が、歩くだけで。人間の文明は、蹂躙されていく。

しかし、亮にも見えてきた。

アンノウンの増加装甲は、殆ど剥ぎ取られてしまっている。更にその内側にも増加装甲があるが、それも相当なダメージを受けている様子だ。

更に、今までの軍とは違う。

流石にロシアの最新鋭機。巧みな動きでかわして、かなりの数が腐食ガスを逃れる。そしてガスを逃れながらも、射撃を続行。

アンノウンが、地面に潜りはじめた。

かなりの量の増加装甲を捨てていっている。今までは、奴の装甲の破片一つ取得できなかったのに。

これは、大きな戦果だろう。

ロシア軍は、再編成に大わらわだ。多国籍軍は、それに従っている。まるで、意思を持たないかのように。

「戦況が妙だな」

「確かに、有利だったのに、どうしてアンノウンは逃げたんでしょう」

「それもそうだが……いや、何でもない」

大佐は考え込んでいる様子だ。

とにかく、今は。

新国連が、あのアレキサンドロスという男と、しっかり話をつけてくれるのを、待つしかない。

 

1、激戦

 

一旦地中に潜って、私はすぐにアーシィに向けて叫ぶ。

被害報告。

それを予想していたらしく。

間髪いれず、アーシィは返してきた。

「増加装甲は70パーセント以上が崩壊! しかし、本体へのダメージは、現時点ではありません」

「流石に無謀だったか」

ため息をつくマーカー博士。

まさか、いきなりの空母デコイ。海底から奇襲するのを、読まれていたと見て良い。調子に乗って、手の内を見せすぎたと言うべきだろうか。地中からの奇襲を禍大百足が得意としていることを。今までの戦場を見ていれば、理解できるはず。そして、今回の戦いでは、それを応用してくることも。

どうやら最低限の応用力くらいは、備えているらしい。

私は舌なめずりすると、更に地下深くに潜らせる。

衝撃が来る。

どうやらバンカーバスターだ。だが、はずれている。直撃したとしても、増加装甲全てをやられるほどでは無いだろう。

もう一度、揺れる。

かなり見境無い攻撃だ。ただこの火力だと、恐らくバンカーバスターに核は積んでいないと見て良い。

流石に其処まで見境無くは、核を使ってこないか。

かなり深くまで潜って、其処で停止。

本格的に状態をチェックさせつつ。自身も、敵の戦力について分析開始。

先ほどの戦いで、敵師団に割り込んで、相当数を削り取ってやった。敵はおそらく二個師団ほどを用意していたはずだが。機械化戦力の内、かなりの数が行動不能に陥ったはずだ。

だが、高空戦力はほぼ無傷。

先ほど、上空に腐食ガスをぶちまける対空腐食ガス散布装置を使った。これで相手も、制空権は簡単には取れないと理解しただろう。

問題は此処からだ。

師団の火力は半減。艦隊も半減。

しかし、敵にはまだ核がある。流石に至近で核を喰らうのは、あまり面白くない。ちなみに戦術核だったら耐え抜く自信はあるけれど。

戦術核であると言う保証は無いのだ。

中東での殺戮を見る限り、アレキサンドロスという男、頭のネジは完全に外れていると見て良いだろう。

自国の砂漠でもない民間人が多数いる場所で、核を使うことも、何ら躊躇わないに違いない。

奴を潰すために、最初に空母に仕掛けたのも読まれていた。

そうなると、次の手は。

「アーシィ、どう思う」

「敵がどこから指揮を執っているかですが……その、気になることが」

「何だ」

「この映像を見てください」

アーシィが廻してきた画像を見る。

それを見て、愕然とさせられた。

無人化戦車でもないT90の画像なのだが。擱座したところを、先ほど踏みつぶしてしまった機体だ。

その機体を確認した画像で。

潰れた内部に、人体が無いのだ。

あり得る事では無い。中の兵士達が逃げ出した様子も無かった。

そういえば先ほどの戦い。機甲師団が相手とは言え、いくら何でも歩兵が少なすぎたような気がする。

いや、少ないと言うよりも。

ほぼ、見かけなかった。

本当に一体、何が起きているのか。張りぼて空母に、正体が一切掴めないバケモノのような男。

そして、この苛烈な攻撃。

先進国の機甲師団を相手にするのだ。相応の覚悟はしてきたつもりだが。敵の実力は、明らかにそれだけではない。

ただ、どういうわけか。多国籍軍は、新国連とは共同作戦を採っていない様子だ。これでGOA部隊まで相手にする事になったら、かなり面倒だったのだけれど。今の時点で、その危険は無い。

ルナリエットがヘルメットを外す。

アーシィが彼女の手を取って、一緒に休憩に行った。最近アーシィは、ルナリエットが放置しておくと、幾らでも風呂に入らないことに気付いたらしい。自分から風呂に入ろうと、誘っている様子だ。

マーカー博士は、機体のチェック。

程なく戻ってきたマーカー博士は、難しい顔をしていた。

「今の時点では問題は無いが、次の攻撃に耐え抜けるか」

「わからんな。 何ともいえん」

「一度基地に戻って、増加装甲を追加するという手もあるが……」

「いや、辞めた方が良いだろう。 ロシア軍を中心とした多国籍軍と新国連が揉めている間に、作戦を遂行しきった方が良い」

移動経路を、地図に出す。

およそ850キロほどを移動することになる。その過程でスーパービーンズを散布し、最終的にスーパーウェザーコントローラーで雨を降らせる。

それで、アフリカでの作業は完了だ。

この国の治安については、都市部に腐食ガスでも撒いて置けば良い。犯罪者が武器を新たに手にする頃には、飢餓は無くなっている。スーパービーンズは、先ほどの戦いでも散布したけれど。

あの戦火の中、無事だった豆も。また戦火に巻き込まれると、散布し直さなければならなくなるかも知れない。

二度手間は避けたい。

時間的な問題で、だ。

「やはり、まずはアレキサンドロスとか言う男をどうにかしなければならんな」

「わかっている」

「何か案はあるか」

「空母がダメだとすると、何処かの基地だろうか。 しかしそれも怪しくなってきているな」

情報は、先ほどの戦いでも集めていた。

そして、である。

今、解析していた中に、妙な通信があったのだ。どうやらGOA部隊も、無人化している多国籍軍に不信感を抱いて、行動をした節がある。

勿論、今後兵器の無人化は進むという説がある。

しかし、それでもこれは異常。いくら何でも早すぎるし、何より無人化と言うよりも、何か違う雰囲気がある。

オートで禍大百足を進ませているのは、多国籍軍が勝手に基地を構えているアスラヒムという街だ。ちなみに今いるインネルアの軍隊が先に基地を作っていたのだけれど、無理矢理追い出されたらしい。

無茶苦茶をする。

インネルアの軍隊は、元から三万程度しかいなかったらしく、機械化も殆ど進んでいない。

暴力的な数と戦力を揃えたロシア軍を中心とした多国籍軍が相手では、何も出来なかっただろう。

今も都市部を守るだけで精一杯の筈だ。

しかし、である。

このまま進んで良いのか。あの張りぼて空母が気になる。どうにも、嫌な予感が収まらないのだ。

しばし時間をおいて。

アーシィが起きてくるのを待つ。その間私は、この国のデータを、集めた通信からも、解析し続けていた。

 

全員がコックピットに揃うのを待ってから、私はまず全員にデータを送る。これから通る経路について、である。

およそ850キロを進みきるには、十時間。

その十時間の間、攻撃に耐える必要がある。

それには、いっそのこと。

先に多国籍軍を潰しておいた方が良いだろう。少なくとも、アレキサンドロスはどうにかしないと話にならないはずだ。

さて、どうするべきか。

「多国籍軍が体勢を立て直す前に動くべきだろう。 どう思う」

「アフリカを後回しには出来ませんか」

「できない」

アーシィの提案を一蹴。気持ちはわからないでも無いが、此処で引けば舐められる。怖れさせなければならないのだ。

既に敵には相応の損害は与えている。

そしてこれから戦えば、敵を壊滅寸前にする自信もある。

しかし敵には核という伝家の宝刀が有り。下手をすると水爆の可能性も否定は出来ない。それを使いかねない相手だという事が、今回の最大の問題だ。流石に禍大百足でも、水爆を喰らったらただではすまない。

「だから最初に、アレキサンドロスを潰す。 殺さないにしても、指揮系統を叩き潰す」

「……」

皆が顔を見合わせる。

そうしないと、最大規模の被害が生じる可能性がある。だから、この線だけは、譲るわけにはいかないのだ。

今までのデータから、敵の無人操作のからくりを暴き出さなければならない。

一体何が起きているのか。

解析は、まだ出来ていない。

「まず最初に考えられるのが、強引に強行突破するやり方だ」

私が地図上に指を走らせる。

皆の視線が集まる中。

順番に説明していく。

敵の攻撃を無理矢理突破して、スーパービーンズの散布を済ませる。増加装甲は恐らく潰しきられるが、最も短い時間で攻略を完了できる。問題は、敵が最大の火力を浴びせてくること。

勿論その中には。

核も含まれるだろう。

核はミサイルとして叩き込んでくるかもしれないし。ひょっとすると、地雷として使ってくるかもしれない。

どちらにしても、直撃したらほぼアウトだ。

禍大百足が全損するかはわからないが。少なくとも、機密が籠もった機体の破片がばらまかれることになる。

それは避けなければならない。

ミサイルとして核を撃ってくる場合は、迎撃レーザーで潰せるが。地雷として仕込んできた場合は。

そして敵は、此方の動きを読んでいる可能性が決して低くない。

此方の進路に、地雷を設置してくる可能性が高いのだ。

「もう一つは、どうにかしてアレキサンドロスを先に潰す。 安全性は此方の方が上だろうが、しかし問題は……」

「何処にいるかわからない、だな」

マーカー博士に頷く。

というか、誰にでも分かる事だ。そもそも敵がどのようにして、あのエセ無人軍団を作っているのかがわからない。

兵器でも鹵獲するか。

しかし、そんな事をしている暇は、正直ない。

「第三の路として、やはり撤退を、提案……したいです」

おずおずとアーシィが言うが、無視。

先も行ったとおり。舐められるわけにはいかないのだ。禍大百足は、恐怖の対象で無ければならない。

ため息をつくマーカー博士。

「少し早いが、あれを投入しよう」

「……そうだな。 用意はしてきてあるのだからな」

「あれ、とはなんですか」

「ニュークリアジャマー」

私がその名を唱えると。やれやれと、マーカー博士は呻く。

宇宙進出をした際。

幾つか懸念されたことがある。その中の一つが、機械の暴走だ。テラフォーミングなどをする際に、どうしても大規模な無人装置が必要になってくる。それらがきちんと動いてくれれば、いい。

問題は、太陽からの放射線の影響や経年劣化。他にもAIの誤動作や、悪意ある改変などによって、まともに機械類が動かなくなった場合。

一度セントラルセンターからの操作を切り離し。

スタンドアローンにした後、再起動するという仕組みを準備していた。

それがニュークリアジャマーだ。

名前の通り、動力は核。ただし、既存の核兵器では無い。いわゆるレーザー水爆である。レーザーの熱を使って核融合を引き起こす。火力は大きいが、放射性物質はほぼ出ない。放射線はでるが。

使いたくないのは、人体への悪影響がある可能性が高い、ということ。

そして、もう一つの理由としては。

禍大百足の技術力が知られる、という事がある。

今まで禍大百足は、その防御能力くらいしか、主に見せてきていない。しかしこれを使用してみせれば。

核に通じる技術を持っていると、気付くはずだ。

そうなれば、各国の対策も本格化する。出来れば中東を潰しきるくらいまでは、温存したかったのだが。

この状況下では、そうも言っていられないだろう。

問題は、此方には世界最高とは言え、科学者が二人。そのサポートスタッフ。それしか陣容がいない事。

どれだけ頑張っても、種さえ割れてしまえば、人類全体にはかなわない。

相手が怖れているうちに、可能な限り叩かなければならない。そして最終的には、宇宙へ人類を押し出さなければならないのだ。

「使うときが来たな」

リスクは大きい。

しかし、何を種として使っているかはわからないにしても。これで、無人兵器は全て破壊しつくすことが出来る。

もし、それがかなわないのなら。

敵が使っているのは、無人兵器では無い、何か別のものだということだ。

「ニュークリアジャマーが通じなければ、引くぞ」

「その場合はやむを得ないだろうな」

「しかしどうしてだろうな。 この不愉快な予感が消えないのは。 まさかとは思うが……」

いや、流石に考えすぎだ。

禍大百足に手札を出させるためにしては、敵の損害が大きすぎる。機甲師団が潰されるというのは、それこそ小国が傾くほどの被害金額が出る事を意味しているのだから。禍大百足を潰すためだけに、其処までするとは思えない。

地上に出る。

強行突入ルートの入り口だ。そして、出ると同時に。

ニュークリアジャマーを発動する。

具体的には、迎撃レーザーと同じ要領で、レーザーを収束。至近の空気を用いて、レーザー水爆を発動するのだ。

五秒で、条件達成。

一瞬だけ、禍大百足の機器類にも、ノイズが走った。放射線対策は万全にしているつもりだけれど、それでもこれだ。

恐らくこの国のテレビどころか、電子機器類は今頃全滅している。

少しずつ、計器類が回復してくる。

アーシィが、オペレートした。

「システム、かなりの数がイエローになっています!」

「レッドはないか」

「今のところは……すぐに修復に掛かります」

「急げ」

ルナリエットに促して、禍大百足自身は移動を開始させる。

敵は、動きを見せない。もしも無人兵器だったのなら、これで全滅しているはずだが。はてさて、どう動くか。

スーパービーンズを撒きながら、移動開始。

最初の一時間は、何も起きない。敵も此方のことを分かっている筈だが。少なくとも、迎え撃ってくる様子は無い。

一時間が経過して。

多国籍軍の基地の一つにさしかかる。其処で、あまりにもおぞましい光景が、拡がっていた。

何か良く分からない、銀色の液体状のものが、彼方此方にぶちまけられている。

水銀か。

いや、違う。それにしては、液体の性質がおかしい。

基地は完全に停止している。既に夕方なのに、電気系統も全滅している様子で、動いている気配がない。

戦車もかなりの数が放置されている。

そして、恐ろしい事に。

人っ子一人、見当たらないのだ。

何が起きている。

辺りを見回すけれど、やはり誰かがいる形跡は無い。勿論、逃げ出したようにも、見えなかった。

「気味が悪いな……」

「上空、戦闘機隊!」

「スーパーウェザーコントローラー起動」

マーカー博士が、淡々とスーパーウェザーコントローラーを起動し、周囲を豪雨へと変える。

戦闘機隊はミサイルをうち込んできたが、念のために全部迎撃。迎撃レーザーで全て叩き落とす。

核を搭載している可能性もあるからだ。

同じようにして、巡航ミサイルも全て迎撃。叩き落としている間は、歩みも遅れる。ただし戦闘機隊はすぐに引き揚げて行った。豪雨の中で戦闘行動を継続できるほどでは無いのだろう。

そして、はっきりしたことがある。

「本物の空母は、ニュークリアジャマーの範囲外だな」

「ああ。 巡航ミサイルの数から考えて、艦隊も恐らく同じ地点にまで逃れていると見て良さそうだ」

「今のうちに、距離を稼ぐ」

速度を上げる。

時速を八十キロから、更にあげた。全関節にある動力炉が、負荷を訴えるけれど。今は、それどころじゃない。

可能な限り、此処から早く離れなければならない。

何が起きるか、文字通り見当もつかないからだ。

 

丘を越えると。

瞬時に、数百を超える砲弾が着弾。流石に機体が揺れる。増加装甲が、ごっそり持って行かれるのがわかった。

多国籍軍か。

状況を確認させる。どうやら、多国籍軍で間違いないらしい。嵐の中浮かび上がる姿は。やはりロシア軍を中心としている。

しかし、である。

分析を進める。機体ナンバーなどを照合した結果、先日交戦した部隊とは一致していない。

となると。

インネルアの外から、駆けつけてきた部隊と考えるべきだろう。更に多くの戦力を投入することを厭わない、と言うわけだ。

此処までするか。

あきれ果てるが、しかし。

既に六割半ほどの予定経路を通過している。後は此奴らさえ蹴散らせば、障害もないはずだ。

ニュークリアジャマーは、もう使えない。

エネルギーの消耗が凄まじいし、何より機体への負担も大きいのだ。放射線を遮ることも出来ないかも知れない。

嵐のように降り注ぐ砲弾。

腐食ガスをばらまきながら、突貫。衝撃が、大きい。今まで感じたことが無いほどの規模だ。

それだけの火力が、禍大百足に集まってきているのである。

「ミサイルだけに警戒しろ」

「地雷はきにしなくても……ああ、そうか」

「そうだ。 核地雷を敷設していた場合、最初のニュークリアジャマーで潰れているから心配はない。 問題は核をミサイルでうち込んできた場合だ」

アーシィに応えながら、状況を確認。

エラーが出始める。

足がもげたり、装甲が貫通はされていないが。装甲を通して、衝撃が内部に色々とダメージを与え始めたのだ。

突貫。

煙を斬り破って、敵の至近に。

逃げ遅れた敵が、もろにガスを浴びて擱座。それらを踏みにじりながら、進む。今度は地面にも潜らない。

飛んできた巡航ミサイルを、レーザーで迎撃。

爆裂が凄まじい。

一瞬核かと思ったが、どうやら違う。単純に最新型の、破壊力が極めて強力な巡航ミサイルだっただけらしかった。

敵を蹂躙しつくして、次へ。

エラーの音が消えない。

それだけダメージが深刻なのだ。

後、少し。

都市部に踏み込む。

腐食ガスをばらまきながら。スーパービーンズをまき散らしながら、前進。犯罪組織の関係者の家だけを、確認しながら踏みつぶす。

かなり禍大百足の動きが鈍くなってきているのがわかる。

無理に動力炉を稼働させた上に。装甲越しでも、かなり機体へのダメージが来ているからだ。

都市部を突破。

豪雨の中。

無数の目が、禍大百足を見つめていた。

貧民だけでは無い。この国で強者を気取っていた富豪も、犯罪組織の人間も。軍人も。皆が此方を見ている。

無敵の邪神。

だが、気付いている筈だ。今回の戦いでは、相当に傷ついている、という事を。侮らせるわけにはいかない。

この機体は、恐怖と絶望の権化として。立ちはだかった者に、思い知らせなければならないのだから。

後、この荒野を抜ければ終わりだ。

だが。その時。

無数に周囲から、うちこまれた弾頭。スモーク弾。

まずい。

私は、叫ぶ。

「地下に潜れ! 最速でだ!」

明かな迎撃レーザー潰しだ。スモークでレーザーを激減させられるのは、誰もが知っていることだ。

そして、飛来する影。

バンカーバスター。

弾頭が何かは、言うまでも無いだろう。全速力で、地下深くへと潜る。後方から、強烈な衝撃波。

思わず、椅子にしがみつく。

「後方で核爆発!」

「ダメージを確認しろ」

更に地下深くにまで潜らせる。二発目の核を使ってこないとも限らないからだ。機体のダメージは深刻。

装甲も、一部がかなりダメージを受けていた。

地中で衝撃波をもろに喰らうというのが、これほど危険だったとは。私も認識していなかった。

「ダメージ大。 これ以上の継戦は、不可能です」

「装甲を破られる可能性がある、か」

「はい……」

悔しそうに、アーシィが言う。

流石に此処は引き時だ。

「作戦はほぼ達成した。 一旦基地に戻る」

反対は無い。

口惜しいが、インネルアでの作戦は、最後の最後。わずかな地域に、スーパービーンズを散布できなかった。

だが、はっきり分かったことがある。

アレキサンドロスというあの男。何かしらの形で、無人兵器運用を成功させている。ただしそのやり口なり方法は、多分想像を絶するほどにおぞましいものだ。これに関しては、断言しても良い。

あの銀色の液体は、なんだ。サンプルを回収したが、即座に解析できるものであればよいのだけれど。

禍大百足は傷つきながらも、地中を進む。

一度基地に辿り着いたら、徹底的な修繕を施さなければならないだろう。口惜しいが、今回は損害が大きすぎる。

戦いには勝った。

しかし、アレキサンドロスという奴が何者かはわからなかったし。勝負には負けたのかもしれなかった。

「しばらくは武装の見直しだな。 それから本格的に中東へ侵攻する」

禍大百足は、手酷く傷ついていた。

宇宙で戦闘が行われれば、これくらいのダメージは当たり前に受けるのかもしれない。そんな印象を受けるほどに。

今回の戦いは、激しく。

そして、厳しかった。

 

2、傷ついた邪神

 

基地に到着。

力尽きたように、禍大百足の足が一本折れた。一本くらい折れても稼働不能にはならないけれど、初めての事態だ。

すぐに全面的な補修を指示。

私はまた煙草をまさぐっていることに気付いて、舌打ちしてポケットから手を出した。ずっとこの癖が抜けない。

何が天才だ。

癖の一つも直せないのに。

相当に私が苛立っているので、怖いのだろう。アーシィはこそこそと、その場から離れていった。まあ、このくらいの事は出来るようになっていても良いだろう。大きく嘆息したのは、ぼんやりしている様子のルナリエットを部屋にお送り届けて。戻ってきたマーカー博士である。

「ハーネット博士。 あんたも休め」

「わかっている」

禍大百足を見上げる。

増加装甲は全滅。まあこれは既存の技術で作り上げられたものだから、別に構いはしない。

問題は本命の装甲だ。

最後のバンカーバスターがきつかった。

相当なダメージを受けて、拉げている箇所がある。核の衝撃波による岩石の圧迫が、それだけダメージを与えたのだ。

痛々しい姿だ。

今まで無敵を誇った禍大百足の、無惨な姿。作戦を強攻すればどうなるかはわかっていたのに。

そういえば、GOAは出てこなかった。

アレキサンドロスの野郎が、恐らく押さえ込んでいたのだろう。

マーカー博士も、自室に戻っていく。流石に疲れ果てたのだろう。私は口元の煙草をとろうと指を伸ばして。

そもそも煙草なんてない事を思い出して。

地面を蹴りつけていた。

「シット!」

自室に戻る。

これからが、大変だ。禍大百足の完全修理。それについては、事前から準備をしていたから、どうにかなる。

問題は、核を使うことを、全く躊躇わない相手が敵になっていると言うこと。中東に戦線を移しても、ほぼ間違いなく仕掛けてくる事。

手当たり次第に核を使っていれば、流石に世論も文句を言い出すだろうが。

しかし、である。

気味が悪いくらい、マスコミはこの件について沈黙している。インネルアでの戦闘では、多国籍軍が百足の巨大兵器を追い払ったと言っているだけ。核を使ったことには触れてさえいない。

中東での出来事についても然り。

世界各国の大マスコミどころか、週刊誌でさえ触れていないのだ。

前世紀から、情報機関は既にゴミとなっていたという説もあるが。

この世界は、どうやら。

もはや、自分にとって都合が良い情報しか、受け入れない人間だけで構成されつつあるらしい。

まあ、それなら別にどうでも良い。

此方としても、作戦を遂行するだけだ。しかし、この流れはどうにも妙だ。何かロシアでおかしな事が起きていないだろうか。

アーマットから通信。

舌打ちして、出る。

「どうかね、状況は」

「良くないな。 しばらく修理に掛かる」

「流石に核バンカーバスターの威力は尋常では無かったか」

「ああ……」

人口密集地のすぐ側で核を使う理不尽な頭脳には、正直しびれた。

それにしても、此奴が知っていると言うことは。

ロシア側の出方は、恐らく米国上層も周知している。他の大国も、把握していると見て良いだろう。

ならば、何故黙っている。

「何が起きている」

「調査中だ」

「嘘をつくな。 知っているんだろう」

「苛立っているようだな」

当たり前だ。

叫ぶと私は、自室のベッドを蹴りつけていた。体力も運動神経もあれだし、何より身体能力が低いから、思わず呻きたくなるほど痛かった。

情けない。

「とにかく、アフリカでの作戦行動は完了した。 次の中東に関してだが、此方についても今準備を進めている」

「準備、とは」

「このままだと動きにくくて仕方が無いだろう。 多国籍軍が中東に関与しないように、新国連の強化に動く」

新国連には、アメリカのパワーエリートが何名か噛んでいる。アーマットも力を貸すとなると、更に陣容は強化されるだろう。

一方、ロシアと中帝を中心とした多国籍軍は、今後は規模を縮小するのか。

そううまくはいかないような気がする。

「アレキサンドロス中将とやらについては、調べがつかないのか」

「数年前から、急に表舞台に立ち始めた男でな。 此方でも最近急に存在感を増し始めたから、多くの調査員が探っている」

「ロシアの中枢データベースにも潜り込んだんだがな。 ダミーデータしか見つからないんだよ。 何か知らないか」

「無茶をしているな。 君ほどのハッカーだ。 まず心配はないと思うが、あまり無茶はしてくれるなよ」

鼻を鳴らすと、続きを促す。

しかし、アーマットの方でも、調査は仕切れていないようだった。恐らく、ロシアの上層部が、何かしらの関与。それも国ぐるみで。行っていると見るべき存在なのだろうと、アーマットは言う。

「新国連が今、インネルアの戦いに参加できなかったことを、ロシアに抗議している様子だが、どうにも話がかみあっていない」

「どういう意味だ」

「それがな。 ロシア側の動きがあまりにも鈍いのだよ。 ここのところ多くの官僚が姿を見せていないという話もある。 噂によると、クーデターが起きたのでは無いかと言う話さえあるそうだ」

それは、穏やかでは無い。

前世紀末には、かなり衰えていたロシアだが。近年は景気を立て直し、世界中に中古の武器を売りさばくことで、かなり経済的にも立場を取り戻してきている。

だが、それが動きが鈍いというのは、どういうことか。

他にも、幾つか、おかしな事がある。

中帝も、ここのところ多国籍軍参加は積極的だった。しかし、それにしては今回の件、背後に回って全く前に出てこなかった。戦車にしても、自慢の99式戦車はほぼ出てきていなかったのを確認している。

英国もフランスも多国籍軍には参加していた。

しかし、どうしてそれなら、ロシア軍の暴挙を黙認していた。国際問題になりかねない行為だったのだが。

アーマットとの通信を切ると、ベッドに横になる。

ひょっとして、この問題。

予想しているよりもずっと大きな力が後ろで動いていて。

そして、今。

自分たちがそれに、もろに巻き込まれているのでは無いのだろうか。

 

一晩眠って、起き出す。

禍大百足の様子を見に行くと、既にナノマシンの散布は開始されていた。作業自体は順調だ。ガワに関しては数日以内に復旧出来るだろう。

問題は内部である。

コックピットに出向いて、自身の端末を立ち上げ、確認。

やはりかなりエラーが出ていて、解消していない。

関節部分にある工場については、復旧はロボットに任せてしまう。ロボットそのものは普通に稼働していて、あまり問題は無い。エラーを出している機体も無い。

スーパービーンズの備蓄倉庫についても、ダメージ部分は、自動で復旧出来る。人の手は借りなくても良いだろう。

問題は後部関節だ。

足が折れている場所もあるが、それ以上に内部の電気系がやられている。バンカーバスターによる高濃度放射線を浴びた影響だ。勿論、電気系を取り替えるだけでは無理だ。関節ごとに小型のスパコンを搭載していて、工場の管理を行っている。ダメになったサーバ類は全て取り替え。これからリストアして、データを復旧させなければならない。

この辺りのプログラムは、私が組んでいるけれど。

全てはオートで動かすわけにも行かない。

サーバの取り替えなどの作業は、結社のメンバーに任せてしまう。だが、最終的には、ブラックボックス化している部分は、私自身で処理しなければならない。

禍大百足を動かしているプログラムには。

私以外の人間には見せていない部分も、少なくは無いのだ。

それは機密という意味でも重要で。

同時に、墓まで持っていくという意味もある。

出来る部分は全て片付ける。

休憩を入れてから、再び作業開始。私が操作している部分は、四人分くらいの作業を同時にこなせるけれど。それでも限界がある。

「電気系交換、完了しました!」

「交換後のハードディスクは全て物理破壊しろ」

「わかりました」

わいわいと出て行く結社メンバー。

私は額の汗を拭うと、スポーツ飲料を飲みながら、キーボードに指を走らせる。自分の端末にしかいれていないブラックボックスプログラムを、交換部分に流し込んでいるのだ。リストア作業との並行だから、かなり忙しい。

一通り終わった頃には。

丸一日が経過していた。

自室に戻ると、適当に食事。準備されていた食事は、すっかり冷えてしまっていた。何だか悲しいけれど、仕方が無い。残すわけにはいかない。

私もスラム出身者だ。

食事を残すという概念は無い。

冷たいメシを食べ終えた後、ベッドで頭を冷やす。少しばかりフル回転させすぎた。元々、私はそれほど戦略も戦術も知識が無い。そんな中、禍大百足を動かしている。その時点で、相当な無理をしている。

それはわかっていても。

他に変われる人材もいない。

マーカーにしても、条件は同じだ。そういえば彼奴は、裕福な家の出だと聞いた事がある。

少しばかり、それだけは羨ましい。

スタート地点が違うだけで、その後の苦労はだいぶ違うのだから。

無心に睡眠を貪って。

しばらくしてから、ベッドを這い出す。

マーカー博士が、指揮を執って、禍大百足の増強作業をしていた。壊れてしまった足の一つは、まだ治っていない。

それだけ頑強な機器なのだ。

「起きたか。 どうだ、調子は」

「良くはないな」

「内部の修復作業、かなり進めてくれたんだろう。 どうせ調整でしばらく掛かるし、ゆっくりしてくれても構わないぞ」

「そうもいかないさ」

図を見せてもらう。

前回のように、増加装甲をつけるだけのおざなりな強化では無い。今後解放する装備のことも考えて、幾つかの増強を施すのだ。

装甲についても、そう。

ナノマシンの散布増強によって、装甲を四割増しにする。その分動きは遅くなるが、威圧感は更に増すことになる。

「出力を上げないと行けないな」

「それについては、アーマットが用意してくれている」

「あれか」

禍大百足の動力炉が運ばれてくる。

基本的に電車などと同じく、禍大百足の動力炉は、関節ごとに存在している。その全てが連動しているから、この巨体を動かす事が出来るのだ。連動に関してのプログラムは重要で。

その一部は、ブラックボックスになっている。

私が設計したものだ。

搭載についての作業は、口出ししない。後は、順番に、一つずつ作業をしていくことになる。

今後の作戦目標は。

少しずつ、重武装になって行く。

いわゆる先進国に近づくのだから、当然だろう。

中東を蹂躙しつくしたら、次は東欧。

そして東南アジア。

今後は、この装備でも足りないだろう。今まで使わなかった武装も、更に容赦なく投入していかなければならなくなる。

マーカー博士が休憩に行く。

冷えた飯を食べるのは嫌だから、図を見ながら食事にする。ハンバーガーでも食べようかと思ったけれど。此処で手に入る訳も無い。

故郷にいたときは、全く美味しいとは思わなかったのに。

故郷を離れて随分経つと、食べたくなるのだから不思議だ。

「食事はある?」

「はい、此方どうですか」

聞き慣れない声に振り返ると、黒い長い髪の持ち主である女の子がいた。多分十代後半くらいだろう。

妙に童顔だから日本人か。

清潔な袖の長い白衣を着こなしている。手は殆ど白衣に隠れてしまっていた。背丈はそう高くもない。私より十センチ以上は低いだろう。

「結社の新入りか?」

「はい。 柊名代(ひいらぎなしろ)と言います」

「そうかそうか」

サンドイッチを準備してくれていたので、ほおばる。何だか随分手間が掛かった食い物だ。下味をつけたり、挟んだ物も調理しているのがわかる。食べていてよく分かるが、これはいわゆる、愛情が籠もったという奴だろう。

日本人の食に関するこだわりは知っているつもりだったが、これは確かに悪くない。ただ、向こうでも最近は手料理が出来る人間は減っていると聞いているから。恐らく柊は例外なのだろう。

無言で食べ終えると、飲み物も欲しくなったけれど。

先回りして、準備してくれる。

「コーラでいいですか?」

「ああ」

ジャンクフードであるコーラだが、今は頭を使っている状況だ。糖分を摂取するのは有益である。

勿論飲み過ぎると体に良くないので、抑えなければならないが。

図面に戻ると、いつの間にか柊はいなくなっていた。

作業を確認しがら、時々様子を見に行く。今の時点で、禍大百足の大改修作業は、滞りなく行われている。

機体に穴でもブチ開けられていたら、こうは行かなかっただろうが。

増加装甲と、早めに投入したニュークリアジャマーが、結局としてこの機体を救ったのだ。

コックピットに移動。

内部の作業も、かなり進んでいる。リストアは並行で四サーバーずつ行わせていたけれど、それももう完了した。私が組んだマクロは、しっかり仕事をしてくれたのだ。後は細かい作業をして、おしまい。

だが、そのおしまいは、かなり先。

モニタに向かっていると、連絡が来る。

重要度の高いニュースがあったらしい。マーカー博士が、呼んでいるのがわかった。出向かないと行けないだろう。

設定の途中だが、テキストエディタに進捗状況は残してある。コックピットを出て、タラップを降りると。

既に結社のメンバーが集まって、わいわいと騒いでいた。

「どうした」

「それが……」

マーカー博士が、不安そうな結社メンバーを制して、私に端末を見せる。其処には、確かに呼び出すにたるニュースが記載されていた。

ロシア首相、死亡。

在任中の死亡は冷戦崩壊後初。

タイミングが妙だ。ロシアが異常な動きをしていた状況、このタイミングで死ぬとなると。

何か、おかしなものを感じさせる。

「他に情報は」

「SNSでは早速怪情報が飛び交っているな。 米国による暗殺だとか、数年前から女癖が悪くて性病だったとか、実は二年前から入院していて、影武者が業務を執り行っていたとか」

「精度が高そうな情報は」

「今の時点では……」

マーカー博士も悔しそうだ。

舌打ちした私は、自分で調べるかと思ったけれど。しかし今は、禍大百足の復旧作業が先。

そう思って、身を翻しかけた途端。

更に驚くべき事が起きる。

「中帝でも皇帝が崩御!?」

「おいおい、本当かよ……」

思わず、躓きかけた。

中帝の皇帝は、言うまでも無く共産党の幹部だった人間だ。21世紀初頭の中華分裂の際、血で血を洗う争いを制してトップに立ち。そして古い時代のやり方に則って、皇帝に即位した。

言うまでも無く中帝の初代皇帝であり。

まだ、年齢的には五十代。

極めて健康だという話で、後宮には三十人以上の女を囲っているという話も聞いている。勿論あくまで表向きの話では無いが。

これは、あまりにもおかしい。

各国はパニックになっているのではあるまいか。

アーマットに連絡を入れてみる。

専用回線でいれているのに、中々出ない。やっと出たとき。アーマットは、声を荒げたほどだ。

「なんだ、急に!」

「それは此方の台詞だ。 ロシア首相と中帝の皇帝が同時に死んだとか言う話がはいってきたぞ」

「わかっている! 此方も大混乱しているのだよ!」

後でまた電話しろ。

そう言うと、アーマットはかなり乱暴に通信を切った。思わず耳を携帯から遠ざけたくらいである。

「これはただ事じゃ無いな……」

私は呻く。

とにかく、今は。

禍大百足の復旧が、最優先事項だ。

 

3、ただ一つの努力

 

不機嫌な大佐を、皆が避けていた。亮はかなりそれが悲しかった。大佐が不機嫌なのは当たり前だ。

インネルアでの戦いで、GOA部隊は何もさせて貰えなかった。

多国籍軍はずっと基地の側に張り付いていて。まるで敵でも見張るように、監視を続けていたのだ。

展開していたGOA部隊の前に連中が現れて。

基地に帰れと命令されて。

ロシア軍首脳部とも連絡を取れず。新国連側も一切状況をコントロール出来ず。そして、こうなった。

結局、多国籍軍は、アンノウンにバンカーバスターで核をうち込んだらしいのだけれど。それについては、風聞でしか聞いていない。

今、GOA部隊は撤退を開始。

今後の戦場になると思われる中東へ、部隊を移動させつつあった。ちなみに多国籍軍は、戦いが終わるやいなや風のように引き揚げて行っている。

残るのは、他の国と同じ。

完全に破壊されたインフラと、食糧と水には困らない状況だ。

インネルアの戦闘の初期、アンノウンがいきなりぶっ放した何か良く分からない兵器で、殆どのインフラが全滅。

多国籍軍の部隊も、大半が動けなくなったようなのだけれど。

GOAは、耐え抜いた。

正体は分からないけれど、強烈なインフラ破壊の能力から考えて、やはり核兵器の一種では無いかと言う話はあった。

ただ、正直な話。多国籍軍が人口密集地の側で使った核兵器の方が深刻な影響を与えかねない。

それなのに、当の本人達は、さっさと帰ってしまった有様。

残された状況。

責任を取らない連中に、大佐は相当に頭に来ているようだ。勿論、新国連の対応についても、不満は多いのだろう。

でも、亮は思うのだ。

今、GOA部隊が動けたとして。傷ついていたらしいとは言え。アンノウンを倒せたのだろうかと。

蓮華辺りは、倒せたと言うだろう。

亮には、そうとは思えない。

まだ第三世代機は此方に来ていない。流石にアンノウンもすぐに現れるとは思えないけれど、その再出現には間に合うか微妙だ。

多国籍軍はアンノウンを撃退したと報道している。

つまりそれは、倒せていないと自分たちで認めているのも同じ。

今後、GOAは。

更に重要な役割を担うことになるだろう。

「あの、大佐」

「何だ」

いつになく不機嫌な声。萎縮しそうになるけれど。亮は必死に背筋を伸ばした。皆が困っているし。

何より、亮自身が。こんな不機嫌そうなままの大佐は嫌だ。

無口で色々と不器用な人だけれど。

これでは誤解が大きくなるばかりだ。

「その、気分転換かなにか、してはどう……でしょうか」

「そうだな。 そうしたいところだが、また大きなニュースが入ってきてな。 少ししたら、お前にも教える。 今は自分の仕事を果たせ」

「はい……」

うなだれる亮を残して、大佐は行ってしまう。

ため息が零れる。

フリールームでは、様子を見ていたらしいパイロット達が、軽口をたたき合っていた。

「大佐の機嫌なおらねーな。 リョウでもダメかよ」

「噂に聞いたけど、多国籍軍でとんでも無いトラブルがあったらしくてな。 新国連でも対応に大わらわだってよ」

「マジか」

その噂は、亮も聞いた。というか、容易に予想できることだ。ここのところ、ずっと動きがおかしかったのである。

何かあったと考えるのが自然だろう。

蓮華がトレーニングルームから戻ってくる。模擬戦やらないかと誘われたので、乗る。今は、体を動かしたい。

ちなみにトレーナーの言うトレーニングは、先に終わらせてある。

GOA240に乗り込み、シミュレーターを起動。

蓮華ももうシミュレーターを起動させていた。

しばらく、黙々と模擬戦を行う。ちなみにGOA同士で戦うのでは無い。架空の戦場で、敵の制圧を目指す。

というよりも。

そもそも、GOAは、対GOAの戦闘を想定していない。

アサルトライフルでは装甲を破れないし、ポールアックスでもしかり。GOA同士が殴り合えば、それぞれ燃料切れになるまで、泥仕合が続くだけだ。そう言う兵器なのである。

地雷原の処理、完了。

武装勢力へのガスグレネード、命中。

テクニカル無力化。

淡々と作業を進めていく。ブースターを使って、敵の本拠になっているビルへ接近。ロケットランチャーを装甲でいなし、ポールアックスをぶち込む。建物が一息にえぐれて、ばらばらとテロリストが落ちていった。

蓮華はその間に退路に群がるテロリストに、無力化ガス弾をぶち込み、制圧。

息は、あっている。

スコアも、相応のものが出た。

模擬戦終了。

GOAを降りると、蓮華は聞いてくる。

「大佐の様子、どうなのよ」

「ずっと不機嫌なまま」

「そうでしょうね。 ロシアと中帝で政変があったらしいから」

「政変!?」

それは穏やかじゃ無い。しかもその二国は、現在多国籍軍の主力を務めている国だ。どちらも大混乱となると。多国籍軍が展開している紛争地域は、今後かなり厄介なことになると見て良いだろう。

それにしても、蓮華は何処でそんなデータを手に入れてきたのか。

フリールームに並んで歩いて戻る。

いつも亮に冷たい蓮華だけれど。今日はいつもに比べると、機嫌も悪くない様子だった。理由は、何だろう。

館内放送が流れる。集まるようにと促すものだ。

十中八九、さっき蓮華が言った内容だろう。それにしても、政変とは、一体何なのだろうか。

ミーティングルームに集まると。

既に、この基地の幹部が全員揃っていた。大佐が、皆の前に立ち、話してくれる。

「既に噂が流れているから知っている者もいるだろうが、ロシアと中帝で、それぞれのトップが死んだ。 これは確定情報だ」

「えっ!?」

声を上げたのは亮だけ。

恥ずかしくなって、真っ赤になってうつむく。他の皆は、政変が起きたらしいという事で、予期はしていたのかもしれない。

ちょっと情けない。

取り柄が操縦だけだと言っても。他の事も、もう少しわかるようになりたい。

「新国連では、この機に中東での行動を拡大する予定らしい。 兵員の増強については、少し前から目処がついている。 更にアフリカでの治安が想定外に安定しつつある事も、大きい」

「そりゃあそうね」

蓮華が皮肉塗れに言う。

それについては、亮もわかる。

アンノウンが徹底的にぶっ潰していった犯罪組織に武装勢力。そして、その根。

貧困。そして武器。

最大の根を切られた無法者達は、もはや好き勝手に暴れる事も出来ず。更に彼らに荷担するものもなく。

今、アフリカは。

1960年代以降、最大の平穏を甘受しているという。

GOAを駆って戦って来たからわかる。アンノウンは、少なくとも核をぶちかましまくった多国籍軍よりはマシだ。

だが、それでも放置はしておけない。

結果として安定は来たけれど。

その過程でアンノウンに泣かされた人は、あまりにも多いのだ。

「GOA部隊は、今後規模を五十機のまま保ち、質を高める戦略を採る。 予算増強により、第三世代機は再来月にはロールアウトする予定だ」

「!」

「プロトタイプは来月届く。 いつものように、亮に試運転して貰う」

誰も異議を唱えない。

それにしても、早い。

解散を命じられて、皆ミーティングルームから出て行く。不安は解消されたけれど。新たな疑念が鎌首をもたげる。

一体、何が起きているのか。

 

基地からの撤収が開始される。とはいっても、基地そのものは撤去しない。

GOA部隊はいなくなるけれど、その代わり平和維持軍が来るのだ。GOAは揚陸艦に移動。輸送車を使うよりも、自走する方が早いし、安上がりなので、そうする。

GOA240を先頭に、部隊は移動を開始。

基地は、見る間に遠ざかっていった。

如何に遅いと言っても、時速五十キロは出るのだから。

インネルアから戦乱は遠ざかった。

とはいっても、問題だらけだ。

戦闘の傷跡は根深い。

しかし、まき散らされた放射性物質は。雨とあの謎の豆によって、あっという間に数値を減らしていったらしい。

汚染を浄化することは知っていたけれど。これは少しばかり凄まじい。

ちなみに多国籍軍は、アンノウンが撒いた放射能だとか後で報道したらしいけれど。信じる者など誰もいなかった。

インネルアの首都では、バンカーバスターが投下される瞬間。更には炸裂する瞬間を、十万人以上が目撃しているのである。

もはや彼らにとって、多国籍軍は敵。そればかりか、その敵と戦ったアンノウンが、英雄視されている有様だった。

文字通りの本末転倒。亮も呆れてしまう。

揚陸艦が停泊しているのが見えてきた。今回は中東に危地を作るために、工兵の部隊も一緒に行く。

故に、重機の類が、かなりいる様子だ。

ブースターをふかして、事前に指定されている揚陸艦に。今回も三隻に分乗して、揚陸艦で移動する。

後続の部隊も、続々と続いてくる。

不穏なニュースが、一つ入った。

大佐のGOAが、自爆テロを喰らったのである。ジープに乗った四人組が、爆弾を満載して突っ込んだのだ。

勿論、ダメージは無い。

だが、この国にも、この手の輩はいる。或いは、混乱を突いて、入り込んできたのかもしれない。

念のため、最大限の注意を払え。

大佐はそう言った。

全機が揚陸艦に分乗完了。

移動を開始する。これから三日ほど掛けて、中東のイズラフィル王国へと移動するのである。

それまでは、出来ることがない。

中東に行くのは二度目だけれど。

どうにも気乗りがしない。未だに世界でも最悪の治安を誇る国が幾つもある。貧富の格差が、先進国の比では無いのだ。そしてその憎しみは、貧富の格差を拡大させている中東の富豪では無く。彼らが侵略者と見なしている先進国へと向けられている。

一方で。

多国籍軍による無差別攻撃が行われた地域では、既に例の豆が生い茂り始め。砂漠だろうが岩山だろうが関係無く、緑の絨毯ができはじめているという。

生態系が、変わりつつある。

そう言う報告さえあるとか。

トレーニングルームで、無心になって、指定の通りの訓練をする。やはりすぐには筋肉質に何てなれない。

トレーニング後、指定の薬を飲む。男性ホルモンとプロテイン。それだけ飲んで、やっと亮は男になれる。

将来も、明るいとは言えない。

今は、GOA部隊の試験に必要不可欠な存在だけれど。もっと優秀な若い人が、いつ出てきてもおかしくない。

そうなったら、路頭に迷うだけ。

首にされたら、豆が繁茂している場所にでも行って、静かに余生を過ごすというのもありかも知れない。

身よりもない亮だ。

それがある意味、現実的かもしれなかった。

薬を飲み終えると、GOAの所に行く。

シミュレーションメニューが混まれていたので。それを一つずつこなしていくことにする。

GOAに乗り込むと。

大佐が、教えてくれる。

「今、中東では武装勢力やテロリスト共が、厳戒態勢に入っているそうだ。 見境無しに蹂躙してくるアンノウンの事は、連中にも知られているし。 何より、アンノウンの存在を口実に、多国籍軍が核を使うことも知られ渡っている。 それに、今まで飢餓を理由に協力してきた住民が、そっぽを向き始めている」

中東にも、例の宗教が。

百足の像を家の前にぶら下げるものが、広がりつつあるという。

無理もない。

武装勢力やテロリストが闊歩する状況を、好ましいなどと考える人間がいるとしたら。人道などを踏みにじって、金さえ儲かれば良いと考えているような輩だ。そう言う人間は少なくないだろうけれど。

少なくとも、貧民の大多数がそうではない、ということだろう。

下手をするとインスタント食品よりも手軽に手に入る。何処にでも幾らでも生えてくる豆の存在が大きい。

更に、アンノウンが現れた地域からは、渇水も減っている。

いずれにしても、飢餓を理由にして動いていた連中は、振り上げた拳を下げるタイミングを失ってしまっているのだ。

ならば。

GOA部隊が、これから果たす役割も、大きい。

シミュレーションを開始する。気合いも入る。

内容は、四方八方を囲まれ、集中砲火を浴びるというもの。

ヘリ十機以上。

戦車も同数以上。

装甲車もかなりいる。

装甲は薄くても、攻撃力に関しては、近年の装甲車は戦車ともそうそう引けを取らない。集中砲火を浴びると、流石にGOAも危ない。

ガルーダさんとの戦闘で培った技術を使って、ふらふらと不規則に飛びながら。隙を見て、確実に一機ずつ沈黙させていく。戦車は上部装甲を抜く。装甲車は当てれば大丈夫。場合によっては、踏みつぶしてしまっても構わない。

問題は戦闘ヘリだ。

何度かシミュレーションをこなす内に、遮蔽が無い位置での戦闘も、想定したものとなっていく。

孤立した際、如何に生き延びるか。

それがこの訓練の主旨。

偵察部隊が、この間の戦いでは、本隊と合流できず。相当な緊張を強いられ。パイロットへの精神的ダメージも大きかった。

データがいる。

囲まれたときにも、立ち回るための。

流石に攻撃ヘリに集中攻撃を浴びると、危ない。実際何度か撃墜判定も貰う。しかし、中東に実際に到着するまでは、相当に時間がある。

訓練には、意味がある。

そう思うと、忘れられる。

自分が置かれている、不安な状況も。

これから何が起きるか、全くわからない悪夢みたいな国際情勢も。

四回目の訓練で。

規定の時間の生存を達成。かなりGOAにダメージは来ていたけれど。増加装甲だけで済んでいた。

「よし、次は規定時間を延長する」

まあ、そうくるだろう。

だけれども、わかっていたのだ。怖れる事は無い。

毎朝、筋トレをした後は、延々とこの生存シミュレーションを実施。揚陸艦を下りるまでは、それが続行された。

 

砂漠を、歩く。

隊列を組んで、工兵の部隊を内側に庇う。先に歩いているGOA部隊が、地雷を徹底的に排除。

安全して工兵部隊が移動できるように、左右も背後もしっかり警戒する。

五十機のGOAは、以前よりも遙かに巧みに動き回れるようになっていた。上空にも、ホバーしているGOAが、視界を確保している。時々大きめの砂丘は、回り込んで確認。無論、ロケットランチャーくらいなら、奇襲を受けても痛くもかゆくも無い。

イズラフィル王国は、最低でも三つの民族が血みどろの抗争を続けている。当然今も、彼らの斥候が、距離を置いてGOA部隊を見ていた。

いつ仕掛けてきても、おかしくない。

だが、どの機体も悠々としたものだ。

軽火器などでは、GOAを斃す事は不可能。

誰もが、それを知り尽くしているのだから。

「目的地まで、後八十キロ」

「各自油断するな」

「イエッサ!」

大佐は冷静だけれど。やはり、現状への怒りは、まだ収まっていないらしい。ただGOAに乗っているからか。今はより頭のソースを操縦へと割いているのだろう。近づきがたい空気は、かなり緩和されていた。

砂丘を越えると。

テクニカル数機を擁した部隊が、此方を伺っている。迫撃砲を搭載していて、いつ仕掛けてきてもおかしくない。

だが。

亮のGOA240が至近に着地すると。

その凄まじい圧迫感に度肝を抜かれたのだろう。

すっころびそうないきおいで、逃げていった。迫撃砲を撃ってきたら、反撃をするようにとも大佐に言われたのだけれど。

その必要はなかった。

何しろテクニカルに搭載していた迫撃砲を、落としていったのだから。

回収しておく。

どのみち、こんなものでは。GOAを傷つける事など、出来る筈も無いのだから。

砂漠を丸一日歩いて。

既に現地入りしていた新国連の部隊と合流。オアシスのある街で、元からあった多国籍軍の基地を改装して、そこに長期逗留の準備をする。

ちなみに補給は空輸で済ませる。

この地域では、コンボイを組んで輸送するのさえ危ないのだ。フレアもチャフも標準装備している輸送機は、現在では地対空ミサイルでも易々とは落とされない仕組みになっている。

これが結果的には一番安心だ。

一旦基地に入ると、大佐が班を分ける。

二十機は四機ずつに別れて、周辺を警戒。ある程度状況が安定したら、武装勢力の拠点を叩きに行く。

アンノウンが現れるのは、次にいつになるか、まるでわからない状況だ。

だから、その前に。

できる限り、やれることはやっておくのだ。

一通り準備が終わった所で、大佐に呼ばれる。そして、告げられた。

GOA301が来る。

まだプロトタイプだが。亮のためにカスタマイズされた試験機が、一週間ほどで到着するという。

嬉しくないかと言われれば、嬉しい。

画像を見せられる。

第三世代GOAの最初の型となる301型は、更に洗練されているのが見てわかった。GOAの最大の目的は威圧。

相対する敵の心を砕き、結果として無闇な殺戮を極力減らすこと。

GOA301は、黒一色の体と。

威圧的な赤のモノアイ。

更に大型化した全体の、恐怖そのものを煽る造形。そして、それでありながら。圧倒的な装甲に関しては、240型よりも更にアワーアップしているのが、一目で分かるのが、心憎い。

GOAに必要なのは、装甲なのだ。

「リョウ、お前が作り上げたデータを投入してはあるが、それでもなおまだピーキーだと言える機体らしい。 しばらくは実戦も兼ねて訓練をいつもの倍以上やって貰う事になるやも知れん」

「イエッサ!」

「良い返事だ。 それまでに、周辺の武装勢力を、一掃しておく必要もあるだろうな」

根本的な解決にはならないだろうがと、大佐は言う。

それは亮もわかっている。

だが、それでも。

やらなければならないのだ。

基地周辺を、GOA部隊で見回る。その過程で、一度ならず襲撃を受ける。此方に対する敵意は剥き出しだ。

全周型モニタには、翻訳機能もついている。

誰がどんな風に叫んで、敵意を向けてきているかも、すぐにわかる。

「出て行け、十字軍!」

「核を喰らわせてやる!」

叫んでいるのは子供だ。

多国籍軍の愚行は、長く尾を引くことになる。それはわかっていたけれど。此方とは関係がないことまで、そう叫ばれるのは悲しい。

自爆テロも喰らう。

だが、GOAは、突入してきた、爆弾満載の自動車に、見向きもしない。

キノコ雲が上がるけれど。

そんなものが何だと、擱座どころかダメージも無いGOAが煙の中から現れると、恐怖と絶望の光が、見ている民の目に浮かぶのがわかった。

それでいい。

勝てないと、思わせるのが、一番なのだ。

しばらく基地の周囲を巡回していると。もう仕掛けてこようという者はいなくなった。今までの多国籍軍は、人間の集団だった。しかし今度のGOA部隊は、自爆テロしようが、ロケットランチャーを叩き込もうが。対戦車地雷を踏ませようが、一切通用しない。それを理解したから、だろう。

恐怖の視線は、あまり嬉しくないけれど。

これで無駄な犠牲が減るのなら。

少しずつ、巡察の距離を広げていく。

武装勢力の拠点には、いきなりは仕掛けない。アフリカの武装勢力と比べて、その凶悪さ武装の近代化は別次元だからだ。

周囲を確認しながら、少しずつ敵の戦力を見極めて。

そしてタイミングを見計らい、一息に叩くのだ。

一週間は、あっという間に過ぎた。

そして、空輸で。

最新鋭GOA。GOA301が空輸されてきた。

 

301型は、予想以上に黒い機体だった。ブースターの内部などまで、黒くなっているのだ。

徹底的な、恐怖を煽るデザインへのこだわりが、感じ取れる。

何だかものすごく気弱そうな、白衣の女性がついている。そわそわしている彼女は、主任設計者だという。もっともこの性格では、管理職なんてとてもではないけれど、つとまるとは思えない。

恐らく技術者として最上位にいて。

管理そのものは、別の人間がやっている、と言うのが自然な解釈だろう。

亮もGOA部隊に来て、よく分かった。

大佐の苦労を見ていればわかる。

管理職が、どれだけの負担と器が必要か。そして、それを備えていない人間が管理職になると、不幸なだけだと。

強いだけ何て、論外だ。

亮がこの部隊の指揮を執る事は、金輪際あり得ないだろう。頭も良い蓮華だったら、わからないかもしれないが。

「ええと、亮くんというパイロットは」

「僕です」

挙手すると、転びそうな不安定な走り方で、女性は此方に来る。

亮から見ても、かなり背が低い女性だ。

頭の方に全振りしている雰囲気である。多分才覚だけを買われて、出世してきた人なのだろう。

そう言う意味では、亮と同じだ。

「GOA301のマニュアルを渡しておきます」

「有り難うございます」

「正直、不安なんです。 テストパイロットの誰もが、まともに動かせなくて。 君ならば、サポートAIをしっかり作れると信じています」

笑顔で此方を見る女性は。

少し遅れてから。アリス=リナイアと名乗った。

今後も、第四世代のGOAの開発にも関わる予定だという。ロボット開発をしているとはとても思えない容姿だけれど。人が見かけによらないという点では、なよっとした亮だって同じだろう。

大佐に言われて、早速実機に。

GOA240より更に少し大きい。増加装甲をつけた240より、である。

なんだかんだあって。

色々と紆余曲折を経た結果、こういうデザインになったらしい。コックピットの仕組みは同じだ。

自動で跪いたGOA301のコックピットは前にせり出し、ワイヤーが降りてくる。これに捕まって、引っ張り上げて貰うのだ。

コックピットの中は、前よりも狭いけれど。

全周式モニタの解像度は、前より格段に上だ。

最近は機甲部隊にも標準装備されている、情報リンクシステムも、精度が上がっているらしい。

最悪の場合、優先に切り替えることも出来るようだ。

それは心強い。

無線だと、どうしても精度に問題がある。光通信などを使っても良いけれど、その場合は色々と大変なのだ。

さっそく、歩いてみる。

なるほど。

非常に重々しい衝撃が来る。歩くのでさえ、強烈な重量感がある。機体が重いのでは無くて、独特の慣性がついているのだ。

堅いと言うよりも、伸びる。

数歩進んでみて、すぐに大佐に通信をいれる。

「これは、歩くだけでも大変です。 今日一日は、歩くだけでも、データを取るべきだと思います」

「其処まで独特なのか」

「強烈な慣性がついています。 今までの積み重ねたAIでも、御し切れていない雰囲気です」

当然、アリス博士の所にも、ブラックボックス化したAIは届いているはずで。ここに来る最中に、バージョンアップもしているはずだ。

それでも、これだ。

元は一体どれだけ動かしづらい機体だったのだろう。

ただ、ひたすら歩く。

これは、他のパイロットでは、転ばせてしまうかもしれない。亮は頬を叩くと、気合いを入れ直した。

砂漠を踏んで、さらなる巨体となったGOAが歩く。

第三世代でしっかり情報を集めて。

そして、本命の第四世代につなげる。アンノウンは、強い。第二世代のGOAでは、束になって掛かっても、勝てるとはとても思えない。

第三世代でも。

だからこそに。積み重ねる。

その先にある、勝利のために。

皆が見ている中、亮は歩く。この慣性制御も出来れば、第四世代の完成に、更に近づくはず。

何もかも、未来のためだ。

亮は非常に動かしづらいのを我慢しながら。

GOA301を。今までに無いほどのじゃじゃ馬な機体を、駆り続けた。

 

4、混沌へ手を掛ける

 

新国連では、非常に忙しい状況が続いていた。多国籍軍の意味不明な動き。それに加えて、アンノウンの解析。

この間のインネルアでの戦いでは、アンノウンのデータを多数取る事が出来た。勿論多国籍軍には黙ってのことである。戦いの最初で、アンノウンが電子機器をダメにしてくれたのだけれど。

新国連の部隊は、国外にも待機していた。

特殊部隊を動かし、アンノウンと多国籍軍の戦闘について、撮影に成功。

現在、その一部始終を解析中である。

週に一度、解析結果を寄越すように。

アンジェラは多忙なのを承知の上で、研究チームにそう告げている。新国連のトップの内、実質的な権限を握っているのがアンジェラだ。実際にはナンバーツーだけれども。この立場が、一番動きやすいのである。

今日も、データが来る。

目を通していくと、まずロシア関連の情報でうんざりした。

進展無し。

優秀な国際スパイを何人も飼っているのに、何とも情けない。まあ、中帝についても、全くわからない状況だ。どちらの国も、口を閉ざした貝のように黙りこくっている。

だが、妙な情報が上がって来た。

スパイチームの一つが、変なことを言い出したのである。

「実はロシアについてなのですが。 首相は、発表よりも三ヶ月も前に亡くなっていた節があります」

「何……」

「現在調査中ですが、どうやらその時期に側近も多数失踪している模様です。 何かが起きたのは確実でしょう」

思わず腕組みしてしまう。

中帝でも、似たような事が起きている様子だ。

それなのに、どうして混乱がこうも小さい。

それこそ国がひっくり返るような混乱が起きても不思議では無いはずなのだが。

また、別のチーム。

アンノウンが撒いている豆を研究しているグループからも、妙な連絡が来ている。それも、小首をかしげざるを得ない内容だった。

「この不可思議な豆科の植物なのですが。 摂取する動物によって、反応が違うようなのです」

「詳しく」

科学者は言う。

たとえばネギやチョコレートなどが知られているが。それぞれの動物によって、毒になったりそうではなかったりするものは意外に多い。

現在、マウス、ラット、兎、犬、チンパンジーなどで豆の実験をしているのだけれども。

摂取させると、それぞれに違う反応が出るというのだ。

「たとえばマウスだと、異常に食欲が抑えられ、なおかつきれい好きになります」

「きれい好き!?」

「はい。 糞は必ず一カ所に集め、なおかつ身繕いの回数が十倍以上に増えています」

俄には信じがたいが。

他にも、驚くべき報告が多数ある。

たとえば犬は、吼える頻度が非常に増えるという。しかも、ただ吼えるのでは無いのだとか。

「危険を察知すると、いつも以上に吼える様子です」

「他の動物は?」

「ラットですが、どういうわけか自殺衝動を見せています」

「自殺衝動……」

レミングじゃああるまいし。しかもレミングの集団自殺というのは、作られた都市伝説の筈だ。

混乱してきた。

とにかく、訳が分からない効果が発現している、というのは間違いなさそうである。

「死刑囚を使って調査は」

「現在、重犯罪を犯したテロリストを使って、実験を進めていますが。 健康に異常は一切出ていません。 そればかりか、露骨に狂信的で凶暴だったテロリストが、自身の罪を悔い改めるような言動をしているほどです」

「気色が悪いな」

「勿論相手は犯罪のプロ。 ふりの可能性もありますので、慎重に研究を進めますが……」

報告を打ち切らせる。

訳が分からない。

この豆科の植物、肉食獣も積極的に口にしているという報告がある。

意外に知られていないが、肉食動物も、植物を口にする。これは栄養のバランスが崩れた場合は特に顕著だ。

ライオンなどは、草食動物の内臓に入っている、消化されかけの植物を口にする行動が見られるが、これなどは一例だ。

勿論逆もあるのだが、それは此処ではよい。

ますますわからなくなってきた。

動物ごとに食べると結果が違う豆。一体こんなものをばらまいて、あのアンノウンの乗り手は何を考えているのか。

作業を終えて、オフィスを出る。

肩を叩きながら、外へ。タクシーを呼んで、適当にフレンチでも食べに行く。ちなみにこのタクシーは、専属契約しているもので、運転手も信頼出来るし、車も防弾仕様だ。

仕事の後は、楽しみが必要だ。此処ニューヨークでも、美味しいフレンチを食べる事が出来る店はある。

しばしタクシーに揺られていると、携帯が鳴る。

キルロイド大佐だ。

今、中東で基地建設を進めているはず。GOA301の試験運転をさせているが、何かあったのか。

「此方キルロイド」

「どうした、何かあったのか」

「大きな問題が発生しました」

「手短に説明しろ」

場合によっては、オフィスに引き返さなければならない。

勿論、フレンチはキャンセルだ。

まあこればかりは仕方が無いが。

「アンノウンが出現しました」

「なにっ!?」

それは、あまりにも早すぎる。

あれからさほど時も経っていない。核弾頭バンカーバスターを至近で喰らって、只で済むはずが無い。

思わず身を乗り出すアンジェラに。

キルロイドは淡々と告げる。

「現状の戦力では、対抗は難しいかと。 GOA301はまだ試験段階。 GOA240の換装も終わっておりません」

「しかし放置も出来ないな」

「対応しますか」

「無理はするな。 虎の子のGOA部隊を、今失うわけにはいかん」

戦えと言わなければならないのが、つらいところだ。現状、まだGOAではアンノウンには勝てない事がわかりきっているのに。

キルロイドは、他にも報告をあげてくる。

「報道に関しての不満が拡がっています」

「あんなもの、対外的なリップサービスだ。 今時マスコミの言う事をまともに信じる阿呆がいると思うか」

「それにしても、現実と違いすぎます」

「わかってはいる」

新国連の悩みの種は、無能な報道陣をそのまま国連から引き継いだことだ。人事のパワーバランスなどもあって、簡単に解消できる事では無い。

しかも此奴らは、自分たちが世界を動かしていると錯覚しているからタチが悪い。

実際に世界を動かしているのは金だ。

アンジェラはパワーエリートの一人として育ったから、それは良く分かっている。報道の場に姿を見せることもあるけれど。全て茶番だと判断して、喋っている。貧困層にまで、マスコミに対する不信は拡がっている時代だ。

もう昔のような言葉。

ペンは剣より強いなどと言う言葉は。実効性を失っている。

「アンノウンの実態が伝わってこず、皆不安に思っています。 出来るだけ急いで、データを廻してください」

「ああ」

通信を切ると。

アンジェラは、タクシーにオフィスへ戻るよう指示。

もうアンノウンが現れたのだとすると。

やらなければならないことは、いくらでもある。アンノウンを撃破したとかほざいていた多国籍軍の一部「識者」は、今頃青くなっているだろう。

あんなばかでかい機体、たくさんいるはずも無い。

間違いなくワンオフ機である以上、もう改良を済ませて出てきたと判断するべきなのだ。

 

オフィスに戻り、自席に。

露骨に機嫌が悪くなっているのを見て、秘書がおずおずと声を掛けてきた。

「何か一大事ですか」

「アンノウンが再度現れた」

「!」

「すぐに関係各所に連絡を」

幸い、今回多国籍軍は横やりを入れてこないはずだ。いれてくるとしても、あまり無茶はしないだろう。

この間のアンノウンとの戦いで、相当に戦力を消耗しているし。

何より、核を露骨に使ったことは、世界中に動画サイトなどを通じて拡散されてしまっている。

GOA部隊だけでは無く、今回は特殊部隊も既に展開はしているが。

丁度、入れ替えを始めたばかりだ。

GOA301も、試験の途中。

この状況で本気でアンノウンとやり合わせるのは、少しばかり厳しいかもしれない。状況を考えると、牽制程度しか出来ないだろう。

しかし、である。

近くで核弾頭バンカーバスターが炸裂したのは事実。

こんなに早く出てきたと言うことは。まだ整備がいい加減な状態で、無理矢理姿を見せた可能性もある。

あまりアンノウンが神格化されるとまずい。

此方も多少損害を受けることを覚悟の上で、仕掛けるしか無い。

すぐに対策室を立ち上げる。

情報が、入ってきた。

「全GOA展開! 攻撃を開始します!」

オペレーターが状況を報告してくる。

さて、どうなるか。

 

重い。

とにかく、機体が重い。

まだ慣性を制御しきれない。だけれども、此処で戦わざるを得ない。逃げる訳にはいかないのだ。

亮は愛騎になったばかりのGOA301に、内心語りかける。

頼む。

言うことを聞いてくれ。

だけれども。あまりにもじゃじゃ馬なGOA301は。亮の適性を持ってしても。自由には動いてくれなかった。

とにかくGOA301は、世代が上がっただけあって、防御力もブースターのパワーも、脚部腕部のパワーも、段違いに増えている。

しかしその分、慣性の制御が難しすぎる。

砂漠を行くアンノウンが見えてきた。

悠然としているというよりも。前よりも大きいように見える。此方など気にする様子も無く、悠々と進んでいる。

「敵、ガス放出しています!」

「増加装甲が切れるまでに攻撃を可能な限り叩き込め!」

「イエッサ!」

五十機のGOAが展開。戦闘になって、亮の301が突貫した。

パワーが上がっているだけあって、手にしているアサルトライフルもポールアックスも、以前より一回り大きい。

アサルトライフルを乱射しながら接近。至近で、武器を切り替え、ポールアックスを巨大百足の頭に叩き込む。

弾かれる。

だが、以前より、手応えが軽い。

前はもう、箸にも棒にもかからなかった。しかし今度は、内側に響いている感触がある。全力で突進しての一撃なら、或いは。

ブースターを噴かして下がりながら、アサルトライフルを乱射。アンノウンは平然と進み続ける。この先には、確か武装勢力のアジトがある筈。文字通り、踏みつぶしに行くのだろう。

もう一度、距離を取って。

加速しながら、距離を詰める。

振り上げるポールアックス。

味方の機体が、早くも下がりはじめた。増加装甲をパージしながら、距離を取っている。もうガスでダメージを受けているのだ。

「リョウ、無理をするな!」

「もう一撃、行きます!」

アラートは鳴っている。

第三世代機とは言え、敵の腐食ガスの威力は強烈だ。というよりも、前回交戦したときよりも、威力が上がっている気がする。

一気に距離を詰めて。

ポールアックスを振り上げた、その瞬間だった。

一瞬だけ、アンノウンが身を持ち上げて。

インパクトのタイミングをずらされる。

結果、強烈に弾かれたGOA301は、バランスを崩し、砂漠に激突。バウンドした。

衝撃吸収しきれない。

それでも、ダメージを吸収する機構が働いて、亮は打撲死を避けるけれど。それでも、機体は完全にダウン。

三十秒ほど、気絶していた。

「無事かっ!?」

「なん、とか……」

GOA301を立ち上がらせる。

かなりダメージがひどい。腐食ガスが機体にしみこんでいる。せっかくの装甲が台無しだ。

これは装甲を全て取り替えなくてはならないかも知れない。

しかし、収穫はあった。

「アンノウンが避けました」

「……どういう意味だ」

「二撃目、インパクトの瞬間をずらしました。 恐らくは、もう一撃貰うと面白くないと思ったんだと思います」

つまり、アンノウンは倒せる。

ポールアックスを巨大化するか、或いは更に威力を上げるか。

アサルトライフルの弾も、大型化する必要があるかもしれない。

「次は、必ず」

大佐は、黙っていた。

亮は確かな手応えを感じる。これなら、第四世代機が出たころには。

恐らく、アンノウンは、無敵の存在では無くなっているはずだ。

 

(続)