赤い土の上で

 

序、サバンナ

 

自然保護区のすぐ近く。

世界でも貴重な動植物が多数いる地域。しかし、それらがある国でも、決して治安は万全では無い。

現在では、ライオンに人が殺される例の殆どは。生活が出来ない人間が、自然保護区に入り込んで野宿してしまうのが襲われるパターンだ。そのように貧しい人々が、危険覚悟で自然公園に踏み込むくらいである。

決して治安は万全とは言えない。

禍大百足が進む。

呆然とそれを見上げているのは、自然保護区を巡回するレンジャー達。禍大百足からも見えるけれど、無視。

彼らは攻撃対象では無い。

今回狙うのは、自然保護区の近くに拠点を作っている武装勢力。密猟を生業にして生態系を乱すばかりか、この国の治安を致命的に悪化させている根元でもある。勿論、飢餓が連中を好き勝手にさせている事情はある。荒野にスーパービーンズを撒きつつ、禍大百足は地上を進んだ。

今の時点で、仕掛けてくる相手はいない。

この国の軍は、息をひそめて、禍大百足が通り過ぎるのを見守っているようだ。下手に手を出しても、勝てないと判断しているのかもしれない。

だが、必ずしも。

禍大百足は、無敵では無い。

レーダーに反応。

ついに来たか。

「GOAですね……」

「交戦用意」

ヘルメットを被るルナリエット。

元々、アフリカでのターゲット国は既にかなり絞られてきていた。GOA部隊ともろに遭遇する事も、想定しなければならなかったのである。

そしてGOAの性能に関しては。

そもそも、基本構想を作った私が、一番良く知っている。

アーシィがオペレート。敵の数は、五十機。総力を挙げて、戦いを挑んできた、という事だ。

「どうする」

マーカー博士が腕組みするが。

決まっている。

此処は、蹴散らして通るだけだ。向こうとしても、史上最悪のテロリストとされている禍大百足を、見逃すわけにも行かないだろう。

あの中東での出来事以来。

明らかに、禍大百足に対する世間の空気が変わった。勿論そんなものはどうでもいい。だが、計画に影響が出る可能性は、決して否定出来ない。

今の時点では、問題ない。

GOAに対しても。

手心を加えてやるわけには、いかなかった。

「押し通る」

「わかりました!」

腐食ガス、放出開始。

見ると、GOAはどれも相当に増加装甲をつけている様子だ。腐食ガスでも、短時間ではたたきつぶせないだろう。

240を先頭に、突入してくる。

無視して、此方も進む。

向こうが、最初に砲火を浴びせてきた。ブースターで流れるように移動しながら、アサルトライフルの弾丸を浴びせてくる。アサルトライフルと言っても、ガンシップのチェーンガン並みだ。凄まじい火花が装甲に散るが。

その程度では、温い。

無視して前進。

コックピットの至近。躍り出てきた一機。240ではなくて、201だ。ポールアックスを振りかざすと、叩き付けてくる。

火花が散って、はじき返す。

勿論、移動速度は落ちない。

足の関節を狙ってくる機体もいるが、まだまだ。その程度の火力集中では、禍大百足の足は折れない。

敵が、装甲をパージ。

腐食ガスに、装甲がダメージを受けてきたからだろう。一旦距離を取りながら、グレネードを叩き込んでくる。爆発が連鎖。

しかし、禍大百足には、ダメージ無し。

「状況を報告」

「内部へのダメージはありません。 装甲は今、確認中です」

「急げ」

武装勢力の拠点が見えてくる。一旦地面に潜ったのは、敵に攻撃のタイミングを計らせないためだ。

しかし、ソナーに妙な反応。

どうも様子がおかしい。

地上に出て確認。どうやら武装勢力の拠点は、先にGOAに落とされたらしい。彼方此方で火の手が上がっていて、地雷もすっかり片付けられていた。拠点の建物も、全て崩されている。

一勝一敗という所か。

まあ、潰さなくて良いなら、それだけ手間が減る、というだけだ。

スーパービーンズを撒くと、天候の状態をチェック。マーカー博士がスパコンを弄っていたが、舌打ちする。

「雨を降らした方が良いだろう。 異常乾燥で、かなりの悪影響が出ている」

「任せて良いか」

「ああ」

GOAはかなり戦いが的確だった。指揮している人間がかなり手慣れている。240は非常に動きが良かったし。一機、とても勇敢なのがいた。

敵の戦力が充実してきたら、手強い相手になるだろう。禍大百足も、そろそろ隠している装備をもう一つ二つ解禁するタイミングかもしれない。

雨が降り出す。

スーパーウェザーコントローラーの効果だ。

サバンナに水が行き渡り。

動物たちが、異常な乾燥から救われる。

そして、それ以上に。

この国で暮らしている民に、食糧と水が渡るのが大きい。荒野になっている場所には、しっかりスーパービーンズが繁茂していく。

一通り作業が終わる。

GOAは追撃してこない。今回は様子見、と言う所か。

機甲師団による火力支援も無かった。実際に攻撃してみて、禍大百足がどれだけの防御力を持っているか。そして、腐食ガスに、GOAの装甲がどれだけ耐えられるか。試す意味があったのだろう。

その日のうちに、スラムになっている街に突入。

犯罪組織のアジトを踏みにじりながら、スーパービーンズをばらまく。

予定を繰り上げて、作業。

ルナリエットへの負担が増えているけれど。

今は、少しでも早く、作業を進めた方が良い。

多国籍軍がおかしな動きをしたし。

新国連も、それに沿って妙な動きをすることが予想される。イレギュラーを避けるためにも、計画は少しでも早めた方が良いかもしれないのだ。

二日分の作業を前倒しにする。

以降、GOAは邪魔をしに現れる事も無く。

最後の武装勢力の拠点近辺を、連中が潜んでいる村ごと蹂躙し。コカイン畑にスーパービーンズを叩き込んだ後、土に潜る。

抵抗は、殆ど無かった。

もはや武装勢力にとって。禍大百足は、逆らいがたい災厄とかしているのかもしれなかった。

 

基地に戻って、情報を確認。

地下基地で、禍大百足のオーバーホールを行っている最中に、世界情勢などのデータを集めておく。

中東では、関連各社の株価下落が止まらない。それだけではない。中東にとって、不利な条件ばかりが動いている。

特に石油の原価が凄まじい勢い下落しており、保有資産が紙くず以下になりつつある。世界一の富豪だった連中、いわゆる石油王と呼ばれる者達が、右往左往している様子が、伝わってきていた。

おかしな話である。

中東を乱していたのは、西欧などよりも。貧富の格差を極大化させた、このような富豪共だ。

だが中東の民はこれら支配階級を恨む事なく。誘導されて、西欧へ憎悪を向けていた。

今後はそれも変わってくるだろう。

彼らの力が弱まると言う事は。それだけ統制が弱まると言う事なのだから。結果として来るのは、地獄というのも生やさしい悪夢の時代だ。

元々中東が西欧による侵略と略取を許したのも、支配階級が無能で、国力を著しく低下させたから、という理由が大きい。

本来、憎悪が向くべき相手は、石油を売りさばいた後、自分たちだけで利益を独占した連中であるだろうに。

いずれにしても。

アフリカでの作業が終わったら、次は中東だ。

多国籍軍についても調べる。

あの凄まじい無差別攻撃の後、多分仕事は終わったと判断したのだろう。続々と帰国を始めている様子だ。

その中でロシア軍だけは留まって、敗走を続けている武装勢力の背中を、徹底的に追い討っている。

資金源も断たれ。

人員の大半も核で消し飛ばされたテロ組織には、もはや逆らう能力も手段もなく。

ロシア軍は草でも刈るように、掃除を続けている様子だった。

それについては静観。

正直な話、作業の手間が省けるくらいだ。

もっとも、ロシア軍は民間人までまとめて処分している。そちらについては看過ならない。

中東に出向く際には、ぶつかるかもしれない。

当然の話だが、ロシアは最先端の戦車部隊を有している。

戦いになれば、禍大百足は、今までに無い苛烈な攻撃に曝されることだろう。だが、それは。望むところだ。

新国連の動きについてもチェック。

相変わらずスポークスマンは、禍大百足を批判しているが。その内容は空虚で、見たところリスナーにも信用されていない様子だ。まあ、無理もない。此方で流してやった情報を見れば、真偽は明らかなのだから。

これに加えて、旧国連が解体された際。無能を笑われていた報道グループも、一部が新国連にそのまま移動している。

これが、現状の新国連の報道が信用されていない理由の一つだろう。

国連の報道を聞くような人間は、マスコミが信用ならない事を良く知っている。ましてや公式報道を鵜呑みにするような純粋な人間なんて、そう多くは無いのだ。

一方、新国連の軍事部門の動きについては、かなり気になる部分が大きい。

GOAのバージョンアップに積極的。恐らく来年には、第三世代型のGOAが実戦投入されるはず。あと半年も無い。

まだまだ、第三世代型くらいでは敵にはならないし。

何より、発展途上国での治安維持と、武装勢力の鎮圧には、これ以上ないほどに有能な存在として活躍してくれるはず。

飢餓を克服し。

武装勢力や犯罪組織が好き勝手を出来ない状況になった国であれば。

GOAがテロリストの手に渡ったりさえしなければ、充分な活躍を見込めるはずである。これについては、そのままでいい。

情報をチェックしていると。

マーカー博士が来る。

「少し良いか」

「どうした」

「西エイハルム共和国で、妙な暴動が起きていてな」

西エイハルム。

アフリカ大陸の西海岸にある小国だ。さほど裕福では無いけれど、あまり貧しいわけでも無い。

武装勢力が闊歩しているわけでもなく。

自爆テロを、中東から輸出されているわけでも無い。

その一方で観光資源もなく。

細々とやりくりしている、小さな国だ。

暴動とは穏やかでは無い。国民幸福度はさほど低くなく。餓死するほど貧しい民は、そう多くないはずなのだが。

「どういう内容の暴動だ」

「彼らの国にあるイジュチという神を、禍大百足と同一視して、招くべきだというデモが起きていたらしくてな」

「それはまた面倒な話だな」

禍大百足は慈善作業をしている訳では無い。

人類の宇宙進出を前提として。

必要な下地を整えるために、動いているのだ。勿論その過程で、飢餓から民を解放しているが。

スーパービーンズのまだ新国連に把握されていない特性を考えると、必ずしも最終的に歓迎されるとは言いがたい。

「そのテロを、警官隊が鎮圧した結果、一部が暴動を起こしたそうだ」

「面倒な話だな……」

「元々政府もさほど無能では無い国だ。 禍大百足が出向く理由も無いし、戦う必要もないと思うのだが」

「そう、だな」

腕組みして、少し考え込む。

この間、中東のテロ組織が、結社のメンバーを拉致したと称して、好き勝手なリンチ動画をアップしようとした。その過程で、面白半分に殺戮ショーを行おうとさえした。

その時は、動く必要があったから、動いた。

だが今回に関しては、どうするべきか。

別に何もしなくても。餓死する民が出る訳でも無い状況だ。

楽して生活したいのは、誰でも同じ。

そんな要望をいちいち叶えて回っているわけでは無い。スーパービーンズだって、無限に在庫がある訳でも無い。

禍大百足の内部は工場。

バイオカプセルとスーパービーンズは、常に生産している。

逆に言うと、生産しないとない。

生産には、資材もいる。あり合わせの部品で禍大百足を作ったように。あまり資金が豊富とは言えない結社には、スーパービーンズの材料は、大事なのだ。

「放置しておくか」

「そうだな。 俺も今回はそれに賛成だ」

「!」

携帯が鳴る。

アーマットからだ。

舌打ちして出る。嫌な予感。そして、それが適中する。

西エイハルムに出向いて、適当にスーパービーンズを撒いてこい。それが指示だった。どういうことかと、マーカー博士が憤る。

「此方は素人が正義感だけで作ったエセ慈善団体じゃ無い。 そもそもの理念を忘れたのか、あの拝金主義者」

「……腹立たしい話だが、今は怒っている時間も惜しい。 それに、GOA部隊も、まさか西エイハルムに我々が出向くとは思っていないだろう」

「それはそうだが……」

「一応出向いて、荒野にスーパービーンズを散布。 それと、天候を操作して、多少雨を増やせば良いだろう。 目立つ武装勢力も犯罪組織も無い国だ。 蹂躙する必要はなかろう」

無意味に人を殺す必要など、ない。

それにしてもあの拝金主義者。

一体何を考えているのか。今は、スポンサーの機嫌を損ねないためにも、動かなければならないが。

オーバーホールが完了したのは、三日後。

それから、動く。

禍大百足は、まだまだ破壊させるわけにもいかない。これから、更に過酷に動かなければならない。

そう考えると。

スポンサーとの対立は避けなければならない。

幸い今回は、人死にが出るような仕事でも無い。さっさと済ませて、終わらせるとしよう。釈然としないが、それが一番だ。

私はまた、白衣をまさぐっているのに気付く。

もう煙草は吸わないと、決めているのに。

習慣は、どうしても抜けてくれなかった。

 

1、天才児

 

あまり裕福とは言えない過去だ。

だからこそだろう、貪欲に育ったのは。

私が生まれたのは、ニューヨークの下町。いや、そんな上等なものではない。スラムの一角。

両親はどちらも十代前半。

スラムではよくあることだ。

私がこの世に生まれ落ちてすぐに母は死んだらしい。元々重度の麻薬中毒だったらしく、私が無事に生まれた事さえ奇蹟だったとか。

父も私を育てるつもりは無かったらしく。

事情を書いた紙を添えて、孤児院に放り捨ててそれっきり。

だから両親の事情は。

私が学業で地位を得て。学者として成功して。安定した収入を得てから現れた、父によって聞かされた事だ。

孤児院も、慈善作業では無い。

発展途上国でなくても、孤児院が子供を売買する例は数多ある。変態金持ちのペットにする場合もあるし。そのまま解体して、内臓を売りさばくケースもある。

私がいた孤児院は、幸いそのような事は無かったけれど。

待遇自体は、決して良いとは言えなかった。

どこの国の孤児院だってそうだ。

優しい院長先生が、子供達に慕われて。誰にも平等に接して。未来のために、路を作ってくれる。

そんな孤児院は何処にある。

別世界か。

少なくとも、私が所属していた孤児院は違った。毎朝非常に規則正しく起きて。そして厳格なカトリックの戒律に従って生活。その後は学校に行って勉強。面倒を見てくれるのは、中学(ジュニアハイスクール)まで。

私も、中学を終えたら、独立して生活する予定だった。

しかし、である。

IQの測定試験で、私がずば抜けた結果を出した事で。その運命は変わった。推定IQは188。

並外れた数値である。

学校側は大慌て。孤児院にもすぐにそれが伝えられた。

正直、実感は無かった。

お前は頭が良いと言われても、そうなのかとしか思えなかった。実際問題、そのような自覚は無かったし。

何か特別に、他の人間より出来ると言う訳でも無かったからだ。

しかし、である。

幸いなことに。私のいた米国は。エリート教育に関しては、世界に冠たるものを持っていたのだ。

周辺環境が翌日から激変。

勉強は加速度的に難しくなっていくのがわかった。徹底的にスペックを引き出すための授業が開始された。すぐに、学校も移ることになった。最初は慣れずに苦労したけれど。それで、やっとわかった。

どうやら私は、勉強は出来るようだと。

どの勉強も、すぐついていくことができた。理解できない学問は無かった。特に理系の問題に関しては、同年代の誰もが、私にかなわなかった。

ハーネット。

この名前は、すぐに俊英として、米国で知られるようになったらしい。私には全く自覚が無かったのだが。

そして、飛び級が繰り返された。

俊英が集まる学校である。周囲のメンバーはすぐに入れ替わっていく。中には、一度顔を合わせただけで、もう会わない者もいた。

やがて、ジュニアハイスクールを出たころには。

普通のハイスクールでは無くて。

国の研究機関を兼ねた学校に、寮住まいするようになっていた。その頃には、孤児院に帰ることもなく。

国から補助金も出て。

学生業の合間に、国から廻された研究を、手伝うようになっていた。

これが、十一歳の時。

天才少女と言われたこの頃が。正直な話として。私にとっては、絶頂期だったのかもしれない。

研究機関で、大学卒業相当と判断され。大学院へと以降。

十四歳の時の話である。

その頃は、まだ。この世界では、宇宙開発に希望が持たれていた。宇宙開発のために俊英が集められ。その中にはクラーク博士もマーカー博士もいた。私も、ずっと年上の大人達に囲まれて、色々な研究に、一線級で関わっていた。

NASAのメンバーも、私には一目置いてくれていて。

様々な研究センターに出向いては、宇宙開発の最先端に関わった。

その中でも私は、二つの大きなものの設計に関して、最前線で働き続けていた。まだ十四歳なのに、である。

一つは、今後宇宙時代を支える、最大規模のコロニー。

スペースデブリの直撃にもびくともしない堅牢性。大勢の人間が長期間安心して生活できる安定性。ブロック化することで、順番に宇宙に打ち上げることが出来る利便性。内部で自己完結したシステム。

その全てを満たした、百足型の宇宙コロニー。

もしも私の設計図通りに作られていたら、百五十節に分解された上で、宇宙に打ち上げられていただろう。

そして一万五千人ほどの人間が生活し。更に宇宙で資材を集めて、新しい宇宙コロニーの製造に取りかかる予定だった。

そして、もう一つは。

宇宙コロニーの整備を行うための、パワードスーツ。

こちらもデブリの直撃でもびくともしない堅牢さと。何より、誰でも動かせる安定性と利便性が求められた。

二つの計画の最前線に関わる事が出来るのは、とても素晴らしい事だと思った。

私は知っていたのだ。

そのままいけば、私は良くて場末の娼婦になっていたことを。

悪ければ、ジュニアハイスクールを出た後は就職するあてもなく。犯罪組織にでも所属するか。それとも物乞いでもするか。どちらかしかなかっただろう。タチが悪い男に囲われて、使い捨てにされていたかもしれない。

だから、今は天国だと思った。

自分を認めてくれる場所にいられて。

自分の力を十全に発揮できて。

自分にとって必要なものが全部あって。

だから、仕事にも気合いが入った。

そんな私を、周囲は認めてくれた。色々と良くない部分がある国だけれど。実力があれば認めてくれる。

少なくとも、私がいる場所は。

そういう所だった。

だが、幸せなときは、いつまでも続かない。

悪夢は徐々に拡がっていった。

宇宙開発に廻す余裕が、全世界的に見ても、なくなっていったのである。

 

怒鳴り声が響く中。

十代半ばの私は、唖然として。右往左往するしか無かった。当時は自尊心も何もなく。周囲の大人がかわいがってくれることが嬉しくて。貰った眼鏡を掛けて、恵まれない体格でぽてぽて周囲を走り回っていた。

それで周囲も優しくしてくれたし。

笑顔を浮かべれば、相手も笑顔を返してくれた。

だけれども。

大人達が、どんどんと減っていく。仕事が出来ない奴から辞めさせているのだと聞かされて、愕然としたものだ。

この組織は、国にとってのトップの人材が集う場所。

仕事が出来ない奴なんて、いない。

強いていうなら、比較しての話なのだろうけれど。それでも、この場所で。そんな話が出るなんて、考えられない事だった。

初めて、私は。

自分にとっての居場所だと認識していたこの研究機関で、恐怖を覚えていたかもしれない。

そしてそうなると。

過ぎる時間も、加速度的に早くなっていくのがわかった。

恐怖は、心から余裕を失わせる。

煙草に手を出したのは、十八の時。その頃には、宇宙開発は完全に下火になり。研究機関は年々縮小され。予算もどんどん減らされているのが、目に見えてわかるようになっていた。

クラーク博士は、いつも嘆いていたし。

マーカー博士も、ずっと不機嫌そうだった。

私は、煙草を噴かしては。ずっと咳き込んで。なんでこんな不味いものをと思いながらも。

明かな中毒に陥って。やがて完全にヘビースモーカーになって行った。

ドラッグにはまるのと、どちらが害悪が大きかったのだろう。

状況は、更に悪くなり、改善の兆しさえ見えなかった。

宇宙コロニーは、模型となるモデルを作ったところで計画中止。

せっかく丹精込めて作り上げたモデルは、地下で埃を被ることになった。

GOA計画も、第一世代の機体の設計図を作ったところでおしまい。画期的なパワードスーツは、日の目さえ見ることなく終わった。

それでも、GOAについては、まだ希望もあった。

だから日本から招聘した天才、アキラ博士と一緒に、中核となるブラックボックス部分の作成にいそしんだし。

宇宙ステーションに関しても、バイオ工学の第一人者のクラーク博士、テラフォーミング研究の第一人者であるマーカー博士と共同して。様々な機能を盛り込んだモデルについて論文を書き。国を動かすために、必死に働いた。

二度、倒れた。

若くても、体力には限界がある。

病室でも、ずっと研究を続けた。医者はPCを取り上げた。私は、自分の性格がねじ曲がっていくのを、確実に感じ取ることが出来ていた。

どうして、認めてくれない。

どうして、わからない。

人類は地球に張り付いていても、いずれ破滅するだけだ。資源は有限。人間の欲望は、奇形的に大きすぎる。

宇宙に出てこそ、人類はやっと本当の意味で、破滅の未来から逃れるビジョンを見る事が出来る。

勿論、宇宙に出れば万事解決できるわけでは無い。

人間の異常欲望を抑制し。

宇宙に出たら、せめて利権が招く同族同士の殺し合いくらいは、抑えられるようにならないといけないだろう。

更に言えば、無軌道な増殖も抑制しなければならない。

人類を全面肯定していたら、今後の未来は無い。

だから、宇宙に出る機会に、人類を変えなければならないのだ。

色々な提案書を、諦めずに国に出す。

しかし、国はどの提案書も認めなかった。

即座に、利益を生まない。

それが、要因なのだった。

すぐに利益を生まない事など、いくらでもある。人間が造り出した技術なんて、大半がそうだ。

長期的なビジョンでものを考える事が出来ない愚鈍が国を動かし。

目先の利益しか頭に無い愚民が大半を占める。

それがこの世界の現実。

それを理解したとき。どれだけ私は、目の前が真っ暗になっただろう。そして、絶望を後押しするように。

この国は、宇宙開発の極限的な縮小を決定した。

私はその時。

既に二十歳を超えていた。

そして二十歳を超えた私は。もう昔のような輝きを失っていたし。目は、すっかりどす黒く濁っていた。

結社を作った。

そして、廃棄されていた宇宙ステーションの残骸を回収。周囲にいる、思想を同じくする同士達を集めて。未来のために動き始めた。

まずは、地球を変えなければならない。

無能な指導者層も一掃する必要がある。

それ以上に、この世界にはびこる人間共に、変革をもたらさなければならなかった。

この世界の人間は、このままではダメだ。

だが、それをどうしても、人間は認めることが出来ない。何をやっても無駄。言葉が通じる相手では無い。

人間を動かせるのは、利害だけ。

それをはっきり理解した私は、プランを立てたのだ。

宇宙に人間が進出するためのプランを。

そしてそれには、多くの犠牲が伴う事は確実だったけれど。周囲にいる大人達も。皆、私に賛同してくれた。

計画が動き出した頃。

同士の一人であるアキラ博士が、肺癌で亡くなり。

私は、煙草を止めることを決意した。

 

目が覚める。

昔の事を夢に見ていた。

文字通り、夢見る乙女だったのだろう、私は。そして目には、星のような輝きがあったに違いない。

孤児院にいた頃は、違っただろう。

だけれども、自分の能力を自覚した頃。そして認められて。飛び級を重ねていた頃は。間違いなく私は、目に光と星を宿していたはずだ。

鏡を見る。

三十路手前の、天才少女の残骸が其処にあった。

美人とは言えない容姿。磨いたところで、愛嬌も出ないだろう。化粧のやり方なんて知らない。研究一筋で生きてきて、挫折したからだ。

すっかり濁りきった目。人類に対する敵意と軽蔑だけが、目には宿っている。煙草を止めたのも、死ぬのが嫌だから。

髪は乱れ放題。

面倒くさいから、適当な長さで伸ばしたまま、放置。たまに適当に処置するけれど。それも本当に適当。

ハリウッド映画のヒロインのような、強さと美しさを兼ね備えた女性など、其処にはいない。

鏡の中に写っているのは。

あらゆる手段で、人類にヤキを入れようと考えている、天才の残骸。成れの果ての姿である。

男も何回か作った。

だけれど、長続きはしなかった。

当然だろう。私が男でも、こんな女は嫌だ。ベッドでの技術が高い訳でも無いし、何より私なんかと添い遂げたいと誰が思うか。

顔を洗うと、自室を出る。

禍大百足のオーバーホールは終わっていた。マーカー博士が、パーツのチェックをしながら、メモを取っている。

どうやらスーパーウェザーコントローラーに、改良を加えるつもりらしい。

元々火星のテラフォーミングを見越した技術だ。

彼は振り返ると。

私を見て、頷く。

「準備は万端だ」

「禍大百足のバージョンアップも、そろそろ考えなくてはならないな。 装甲も更に強化出来るならやっておきたい」

「それはそうだが、攻撃兵器は搭載しないぞ」

「当たり前だ」

これはそもそも、大量破壊兵器でも、殺戮のための道具でも無い。人類を宇宙進出させるためのものなのだ。

そして、最終的には。

我々の墓にも、棺桶にもなる。

「ハーネット博士!」

笑顔で此方に駆けてくるルナリエット。

アーシィは少し不安そうに、ゆっくり此方に歩いて来る。いざというときに、私の知識も、マーカー博士の知恵も。既にバックアップを取っている。最悪の事態にも、計画の続行は可能だ。

仕事は、気が進むものばかりではないけれど。

いかなければならない。

今回は別に独裁者が好き勝手をやっている国でもないし、飢餓で国民が滅びかけている国でも無い。

だけれども。金が無ければ、何も動かない。

だから、今はまだ、人類のルールで動いてやる。

しかし、その後は。

禍大百足に乗り込むと、発進させる。

戦いは。

今日も、続いているのだ。

 

2、人の業

 

コックピットから見えるのは、熱烈歓迎とか英語で書いているプラカード。街のすぐ側を通ると、不安そうに武器を此方に向けている軍と。警官隊に制止されているデモ隊。どちらも、禍大百足を、人の作ったものとは考えていない。

片方は邪神。

片方は救いの神。

いずれにしても、人の創造物だとは認識していないのだ。

それでいい。

ある意味、今回の任務は正解だったかもしれない。軍は旧世代の戦車を並べて、必死に此方を威嚇している。此方がその気になれば、速攻で蹂躙されるのだから、当たり前だろう。恐怖を抱くのは当然の事だ。

荒野を見繕い、スーパービーンズを撒く。

そして、この国で一番治安が悪い地域に入ると。腐食ガスを撒いておいた。

これくらいで良いだろう。

犯罪組織の人間が、何か喚いているけれど。空母三機分の百足そのものの巨体が、時速八十キロで迫ってくるのを見ると、青ざめて逃げ出す。彼らに、禍大百足に逆らう度胸など無い。

犯罪組織の人間は、基本的に弱い者いじめのプロフェッショナルだ。

強い人間には、本能レベルで逆らえない。

勿論、人間以外の存在にも、である。

実はこの作戦を開始する前。少しは気骨のある所を見せる犯罪組織の人間もいるのではないかと思っていた。

古い時代の任侠映画のように。

弱者を守るために身を張る者が、出るかも知れないと考えていた。

結果はどうだ。

武装勢力も犯罪組織も。

下っ端を盾にして、どいつもこいつも真っ先に逃げ出すばかり。武装勢力に到っては、西欧の文明がどうのこうのとかえらそうなことをいっておいて、やることと言ったらチャイルドソルジャーを時間稼ぎのコマとして使って逃げ出す有様。そのチャイルドソルジャーも、更に幼い子供を盾にして、自分たちだけ逃げようとする。

ピカレスクロマンは、この世でもっともリアリティが無い創作なのだと、私は思い知らされて。苦笑いしか浮かばなかった。

別にどうでも良い。

人間になんて最初から何も期待していない。だからこそ、禍大百足を今動かしているのだ。

犯罪組織の拠点を踏みつぶして、通り過ぎる。連中の財産である麻薬の畑も、根こそぎスーパービーンズで蹂躙。

唖然と此方を見送る犯罪組織の連中の手にある武器は、どれも朽ち果てて、使い物にならなくなっていた。

これで、この国の作業は終わりだ。

報道ヘリが飛んでいる。

放置。

何も出来ないことはわかりきっている。報道は今世紀に入ってから、特に役に立たなくなった。

だから、放って置いても構わない。

今後、利用する事も無いだろう。

地下に潜り、基地に帰還。

禍大百足を出ると。すぐにアーマットから連絡が来た。

「ご苦労だった。 早速で悪いが、すぐに次の仕事に取りかかって欲しい」

「ああ。 で、何処だ」

「わかりきっているだろう」

現在、アフリカでターゲットにしている国は、残り三つ。どの国も、飢餓で民が多く亡くなっている。今まで潰してきた国ほどひどい状態ではないが、それはれっきとした事実である。もっとも、世界的に見れば極貧と言うほどでも無く。後回しにしてきたという理由もある。

その一つで、この基地からほど近い場所があるのだ。

ガルリア王国。

チョコレートの産地として有名な国だ。言うまでも無く、子供を強制労働させて大勢死なせている、悪名高い農場がある。

もっとも、今回は、農場には手をつけることはない。

農場で死ぬまで働かなくても、食べていけるようにする。それだけだ。

また、この国には武装勢力もいない。

もし交戦があるとしたら政府軍か、或いはGOA部隊だろう。前回の教訓を生かして、もっと効果的に攻撃をしてくる可能性も高い。

敵も予想はしているはずだ。

この国に、禍大百足が出現する事は。

「ガルリアを潰したら、すぐに次に取りかかって欲しい。 その次はインネルア連邦だ」

「補給も無しでか」

「そうだ」

「賛同できないな。 何があるかわからない以上、連戦は避けたい。 何かしらの明確な理由があるのか」

私の指摘は、感情的なものではないはずだ。

実際、アフリカでのターゲット国が減ってきている現状。新国連の部隊も、待ち伏せが容易なはず。

連戦になれば、万が一の事もありうる。

それに、禍大百足が蹂躙した国では、安定した食糧供給と水の供給によって、飢餓が解消。更に無意味に出回っていた武器とマネーが消失したことで、治安が劇的に改善しているという事実もある。

これ以上、足を踏み入れる必要もないのだ。

計画は急ぐべきだと思う。

しかし、この場合は、最悪の意味の拙速だろう。

だが、予想もしない方向から、アーマットの言葉が来る。

「ロシア軍が、インネルア連邦に兵力を集中させている。 無論多国籍軍という名目で、だ。 新国連も、インネルアにGOA部隊を集結させているらしい」

「何……」

「兵力の大半は、中東に駐屯していた部隊だ。 つまり、無差別殺戮をした連中ということになるな」

くすくすと、電話の向こうでアーマットが笑う。

ゲスが。

舌打ちする。

インネルアは、ガルリアとほど近い。ガルリアでもたついていると、巡航ミサイルでアウトレンジ攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。しかも、核弾頭を使って、だ。

それなら、インネルアを先に潰すべきかとも思うのだが。

ロシア軍とまともにやりあって、機体が無事で済むかと言われると、少し微妙な所もある。

少し悩んだ末、条件をつける。

「ガルリアでの作戦が終わって、無傷だったら連戦に行く」

「好きにしたまえ」

「ああ、そうさせてもらうさ」

通話を切ると、携帯を地面に投げつけた。彼奴と話していると、いつも反吐が出そうである。

流石に、武装勢力が多いわけでもないガルリアに、いきなり核弾頭をうち込んで来るようなことはないだろう。

核が来た場合は、迎撃レーザーで対応するが。飽和攻撃になった場合は、少々面倒かもしれない。

考えてみれば。

巡航ミサイルによる遠距離攻撃の方が、対応しやすいのも事実か。

そして、まだ敵は集結しているわけではなく、その途上。ならば、何かしら仕掛けてくるにしても、順番に叩いた方が対応しやすくもあるかもしれない。

そう言う判断をした。

マーカー博士は腕組みをしたまま。

問題はアーシィだ。

此奴の判断能力は信頼出来る。私はそもそも、戦略も戦術も専門家じゃあない。此奴の意見は、聞いておきたい。

「そもそも、大軍が展開しつつある所に出ていくのでは無くて、一番遠い地点の目標から、クリアするのが良いかと思うのですが……」

「そうなると、集結を許すことになる」

「勝手にさせておけば良いと思います。 軍隊が展開するのには、とてもお金が掛かりますし。 しばらく放置で、中東の目標から先に叩くのもありではないかと……」

ふむ、確かにそうだ。

しかし、その場合は。

まて。

今まで、アーマットは何故か、妙な指示を出してくることがあった。ひょっとすると、彼奴は。

いや、疑うよりも先に、やっておくべきだろう。

それに、後回しにされていたターゲットは、それだけ緊急度が低いという理由もある。実際問題、最初に攻略していった目標は、それだけ飢餓が深刻だったり、内戦が悲惨だったり。犯罪組織が、手が付けられない状態だったりした国だったのだ。

今残っているアフリカのターゲットは、どれも其処までの緊急性がない。勿論民は苦しんでいるし、最終的には作戦を実施する必要はある。宇宙に人類が進出するためには、必要な行動だ。

だが、後回しにしても、問題は無い。勿論、少しくらいなら、であるが。

「それならこうするか。 まずはガルリアでの作戦を実施。 その後、南下して、第三の目標であるフレリアン王国に行く」

「アーマットの指示と違うが、大丈夫か」

「適当に誤魔化す」

少し、確かめたいことがある。

マーカー博士は何も言わない。戦略に関しては自信が無い、というのもあるのだろう。まあ、それは私も同じ。

とにかく、最初にガルリアは、叩く。

決めた時点で、禍大百足は動き出す。ルナリエットはぼんやりしているようで、話はちゃんと聞いている。

機体は、きちんとガルリアへ向けて、進み始めた。

 

地上に出る。

乾燥した荒野が、何処までも続いている。

ガルリアは、開発が失敗した結果、貧富の格差が拡大した国だ。カカオ農場などはまだ成功している地域。

元々あった自然を蹂躙して、金になるものへと切り替えて行った結果。国レベルでの荒廃を招き。開発による損失が、年々響いて貧しくなってきている国なのである。開発に失敗した地域は森を失い、地面が露出し、栄養が海に流れ出てしまって、何も作物が出来なくなっている。

ただでさえ暑い気候が。

このような環境では、激烈な疫病ももたらす。

ましてや、無理に密林を切り開いた結果、不意に現れたような、未知の病原菌も多いのである。その中には、致死性の高い極めて危険な代物も珍しくない。

更に、熱帯に多い強烈な降雨が、環境悪化に拍車を掛けている。

元々熱帯雨林の土壌は貧弱そのもの。

熱帯雨林があって、土壌が保全されていることが多いのだ。

無軌道な開発は、土地の保水力を壊滅させてしまう。そのため、雨が豊富なのに、土地が乾燥しているという、本末転倒な事態が起きてしまうのだ。勿論、洪水も非常に起こりやすい。

スーパービーンズを散布する。

この豆は、こういった土地に根付く。どんな雑草でも根付けない、栄養を失った土地にでも、だ。

そして地下茎をはりめぐらせ、保水力を高め。

土地に栄養を与え、自らも実をつける。

テラフォーミング用に、クラーク博士が開発した究極の植物である。慎重に遺伝子操作を重ね、他の植物も何種かを除いては生息域を侵害しない。本来だったら、国際慈善事業か何かでばらまいても良いのだけれど。

残念な事に、現在ボランティアは国際的に腐敗がひどすぎる。

それに、援助しても、地元の有力者や武装勢力が良い思いをするだけで、貧民には利潤が行き渡らないのだ。

それが、現実。

結局の所、こうして、強硬手段を執るしかない。

「アーシィ。 いわゆる四大文明が衰退した理由を知っているか」

「はい。 自然破壊が原因だと、記憶して、います」

「その通りだ」

たとえば中東に栄えたメソポタミア文明。実は中東は、昔は此処までひどい砂漠地帯では無かった。

しかし、古代文明は無軌道に自然破壊を進め。

地面は潅漑による塩害で壊滅。

豊かな生活のために犠牲になった自然は。最終的に文明を道連れにして、人類を衰退に追いやっていった。

「今、世界規模で同じ事が起きている。 熱帯雨林の破壊は、あくまでその一例に過ぎない」

「クラーク博士の記憶は、継承しています。 スーパービーンズで、少しでも環境を回復させなければ行けない、ですね」

「ああ」

それに、スーパービーンズには、まだ散布する意味があるが。

新国連に悟られると面倒だ。

さっさと、散布しなければならない。

ロシア軍は、仕掛けてこない。

この国の軍隊も出動はしてきたが、遠巻きに見守るだけだ。カカオ農場に突入。蹂躙して、スーパービーンズを周辺に撒いていく。

昔、人権団体が、カカオ農場から子供達を救い出した事があったらしいが。仕事がなくなった子供達は、都会に出てストリートチルドレンになるか、体を売るしか生きるすべが無くなった。

つまり、奴隷労働から解放するだけではだめなのだ。

食べていけるようにしなければならない。

結局の所、環境アセスメントというのは、自然だけに適応される考えでは無い。人間に対しても、同じ。

ジープが来る。

どうやら、何処かの武装集団の生き残りらしい。凄い量の爆弾を積み込んでいる。

ためらいなく禍大百足の横腹に突入して、自爆。

キノコ雲が上がるほどの爆発だが。

禍大百足は無傷。

殆ど衝撃も来なかった。

愚かしいジープの残骸を蹴散らして、進む。何処の武装勢力の残党だか知らないが、知ったことじゃない。

勝手に死ね。

吐き捨てると、更に砂漠地帯を横断。スーパービーンズを散布。

都会の側を通り過ぎると、民が歓迎の旗を振っているのが見えた。一方で、罵声をあげている連中も見える。

理解は求めていないのだから、別にどうでも良い。

雨が降り出す。

雨自体は、問題なく降るのだ。この地域には、土壌を保全する仕組みが必要なのであって。水は既にある。

一日目、終了。

移動はオートに設定。

今の時点では、ロシア軍を中心とした多国籍軍は仕掛けてこない。巡航ミサイルも飛んでこないし、爆撃機も来ない。

この国に遠慮しているとは、とても思えない。

となると、何が起きている。

交代で見張りをしながら、仮眠を取る。六時間ほど、砂漠でスーパービーンズの散布作業を実施。

ネットもその間に漁って、情報収集。

SNSなどでは、この国の民が、激論を交わしている様子が見えた。

神が到来した。

我々が飢餓から救われるときが来た。

そう熱情的に書き込んでいる者がいると思えば。

逆に、これでこの国は終わりだと、悲観的な書き込みをしている者もいた。その論拠として。はびこっている「神の豆」が原因で、誰も働かなくなる、というのだ。

何処にでもはえ。

生でも焼いても美味しく食べる事が出来る。

土壌を汚染することなく。むしろ土の汚染を取り除き、環境回復まで促し。

含まれる栄養は、必須アミノ酸全種を含む、極めてバランスが良いもの。

更に、とってもとっても生えてくる。

このような植物が繁茂していたら、誰も働かなくなる。その場で寝そべって、ずっとだらだらと生きていくだろう。

そんな書き込みがされていた。

反論がされている。

今まで、神の豆が散布されなかった地域は。地獄のような飢餓で、多くの人々が明日もしれない状況を生きていた。

飢餓は内戦を誘発し。

少ない富を奪い合って、人々は殺戮の坩堝の中、ゴミのように安い命を浪費していたではないか。

そう言われると、反論がないのも事実のようだ。

この国は、比較的インフラも整っている。他の国と違って武装勢力もいないから、別にスーパービーンズを撒くことはしない。

マーカー博士が起きて来た。

「世論をチェックしているのか」

「ああ。 早いな」

「仕掛けてくるなら、そろそろだろうと思ってな」

周辺は砂漠。

移動しながらスーパービーンズを撒いている禍大百足は。衛星軌道からは丸見えの筈である。

何処にいるかは一目瞭然。

その気になれば、即座にピンポイント攻撃が可能なはず。

十五人ほどの集団が現れた。

砂丘から飛び出すと、粗末な銃と、RPG7で攻撃を仕掛けてくる。勿論、痛くもかゆくもないが。

腐食ガスを浴びせて、そのまま通り過ぎる。

武器が瞬時に使い物にならなくなるのを見て、顔をぐしゃぐしゃに歪めて、何か罵る連中。

放っておく。

むしろ、とっとと離れろと警告したい。

だが、どうせ何を言っても、聞く耳など持たないだろう。

それにしても、この国でこの手の連中から攻撃を受けるのは、二度目だ。つまりそれだけ、禍大百足の行動が読みやすくなっている、という事である。

次は中東。東欧。

そして東南アジアと移動し。

最終的には、中帝をはじめとする大国に喧嘩を売る予定だが。まだ、そのタイミングでは無い。

少しばかり、まずいかもしれない。

やはり、もう少し、変則的に動くべきか。次は中東というのも、恐らく軍事アナリスト達は、推察しているのでは無いのだろうか。

砂丘を越える。

未練がましくついてきている十何人かのテロリスト。五月蠅いから、追っ払わせようかと思った瞬間である。

警告音が鳴った。

「上空に戦闘機隊!」

「来たか」

アーシィの言葉に、ルナリエットがヘルメットを被る。

上空にいるのは、ロシアの最新鋭機だ。クラスター弾を搭載しているのが見えた。分析でも、武装は地上攻撃用である。

「領空侵犯だぞ……」

呆れて呟く。

しばらく見ているが、敵は仕掛けてこない。ただ、旋回して、もう一度戻ってきた。

ひょっとして、此方が仕掛けてくるのを、待っているのか。

戻っていく。

偵察をしに来たのだろうか。それとも、或いは。

ちなみに、戦闘機隊が来るやいなや、テロリスト達はさっと逃げてしまった。今はもう、姿も形もない。

砂漠を抜ける。

スーパービーンズを散布しながら、海に到達。

海上に、艦隊を確認。

多国籍軍の巡洋艦が主力に、十数隻の姿が確認できた。

仕掛けてくるか。

身構えてしまうが。今の時点では、何もしてこない。拍子抜けと言うよりも、何というか、妙だ。

何か、ひょっとすると。

多国籍軍にも、妙なトラブルが起きているのかもしれない。

様子見のために、一日その場に留まる。

砂漠で禍大百足の体を丸めさせて、そのまま過ごす。その間、禍大百足の体内工場では、せっせとスーパービーンズを生産。

各地の情報を確認。

既に、ばらまいたスーパービーンズは発芽し始めている。それに飛びつく貧民の様子も、各地で確認されていた。

既に神の豆として、スーパービーンズはアフリカの貧民達に認識されているようだ。栄養豊富で、どれだけ食べてもなくならず、何処にでも生えてくる。

救いの存在だと。

まあ、それには間違いは無い。もう一つ、大きな特性があるのだが。それが判明した頃には、彼らはもう、スーパービーンズ無しには生活できなくなっていることだろう。それが狙いなのだから、別に良い。

腕組みして、情報を精査。

新国連の部隊は、動きを見せない。現時点でGOA部隊はインネルアからこの国に移動しているが、接触するまでにはまだ時間もある。何というか、本気で此方と戦うために移動しているようには思えない。

或いは、単にアリバイ作りとしての行動なのかもしれない。

新国連と、中東を中心に展開していた多国籍軍が、蜜月だという話は聞いていない。そもそも米軍主導で作られた新国連の軍と、多国籍軍とでは、主力が別だ。現状の治安維持を目的とした多国籍軍は、ロシアと中帝が主力になっている。どちらも国際社会での発言力を高めたいと考えている国だ。

新国連とは目的が被る。

勿論、両国とも、新国連には所属している。しかし、米国とは新国連内でも、対立が絶えず。

結局の所、旧時代の無能な国連と同じく。内部では火種を抱えてしまっているのが事実だった。

また、戦闘機隊が来るが。

爆撃をしてくる様子は無い。此方の様子だけうかがって、そのまま引き揚げて行く。

今度は中帝の戦闘機隊だ。

ロシア製に比べるとかなり性能も練度も落ちるようだが。一応の編隊を組んで飛んではいる。

「叩き落とすか?」

「やめておけ」

マーカー博士に、回答。

そもそも、上空に向けて腐食ガスを撒いて、戦闘機を叩き落とすことは可能だ。正確には可能になった。

バージョンアップして、導入したのだ。

前から対空防御システムを強化したいとは思っていて。この間、設計図から起こしてみた。

だが、これはあくまで最後の手段。

攻撃を受けていないのに、相手を攻撃しようとは思わない。

各地で強盗団同然の残虐行為を行う武装勢力では無く。れっきとした統制の取れた軍隊なのだ。

あまり攻撃することに、意味を感じ取れない。

しばし、腕組みして様子を見守るが。やはり戦闘機隊は、仕掛けてくる事も無く、引き揚げて行った。

「わざわざ砂漠で待ってやっているのにな」

「偵察任務とは考えられないか」

「だったらドローンなり偵察機を使うだろうよ。 爆装した戦闘機隊を出してくる理由は何だ」

「そうだな……」

マーカー博士も小首をかしげる。

アーシィを見るが、彼女もわからないと、首を振るばかりだった。

そろそろ、良いだろう。

ルナリエットに指示を出して、地下へ潜らせる。かなり深くに潜ることによって、バンカーバスターによる攻撃さえ防げるようにしてから。移動開始。相手の行動が意味不明なら、距離を取る方が良い。

仕掛けるのも、時間をおいた方が良いだろう。

一度基地に戻る。

アーマットに連絡を入れると。

不快そうな声を出した。

「どうした、連戦の筈だが」

「多国籍軍の動きが妙だ。 様子を見る」

「どういうつもりかね」

「無駄な危険を冒すわけにはいかない。 一旦距離を取って、状態を確認した方が良いだろう」

元々、インネルアはそれほど危機的状況にある国では無い。確かに攻略対象の一つだが、即座に攻略しないといけないほど危ない状況にある国では無いのだ。それを考えると、無意味な攻撃はリスクの点でも回避すべきだろう。

「フレリアン王国を先に叩く」

「……!」

「どうした。 元々攻略対象の一つだ。 妙な動きをする多国籍軍が出張っているインネルアよりも、此方への攻撃を先にした方が、理にかなっていると私でさえ思うのだが」

「そうだな。 好きにしたまえ」

あっさりと許可をしてくる。

何を考えているかはわからないが。これで、文句はもう言わせない。

気が変わる前に、行動を起こした方が良いだろう。

オーバーホールを済ませた後、さっさと移動を開始。

嫌な予感がする。

だが、まだ倒れるわけにはいかない。禍大百足は、やるべき事の三分の一も、まだ出来てはいないのだから。

 

3、混沌

 

亮のコックピットに通信が入る。GOA240の全周型モニタには、敵どころか、味方部隊さえ写っていない。

大佐は少し後ろにいる。

通信は、大佐からではなかった。

「此方、ロシア軍。 新国連軍GOA部隊、行軍を停止せよ」

「ちっ」

大佐が露骨に舌打ち。

皆に聞こえるように、通信を返す。

「此方新国連軍。 此方は貴軍の指揮下にある訳では無く、独立部隊である。 更に言えば、平和維持軍という点で、貴軍らとは同格である。 命令を受ける謂われは無い」

「これは警告である。 行軍を停止せよ」

「高圧的な命令だな。 そもそも命令を受ける謂われは無い」

「もう一度警告する。 行軍を停止しない場合は、発砲する」

俄に色めきだつ周囲。

発砲とは穏やかでは無い。恐らく沖合に停泊している艦隊からの艦砲射撃によるものなのだろうけれど。

「やっちまいましょうぜ、大佐」

GOAの防御力は圧倒的だ。

正直な話、艦砲射撃を浴びても、破壊されない自信が、今のパイロット皆にあるのだろう。少なくとも、この距離だったら、恐らく直撃を受けても平気である。

好戦的な声が目立つ。

その中には、蓮華のものもあった。

「何様のつもりよ彼奴ら! この間は核攻撃したり、おかしいんじゃないの!?」

「そうだな。 どうにも妙だ」

「大佐?」

「今、上層部に連絡して、対応を仰ぐ。 一旦行軍停止。 戦闘に備えろ」

頷くと、亮は移動を停止させる。

それっきり、ロシア軍からは通信がはいらなくなった。此方から通信をいれても無反応である。

どうにも妙だ。

蓮華も、不安そうな声を上げる。

「何よ、今度は急に黙り? 一体何がしたいわけ?」

「今確認する」

大佐の声は、こんな時でも冷静だ。

亮も、だから落ち着いて、状況に対応することが出来た。今の時点では、不安も無い。それに、巡航ミサイルや艦砲くらいでは、GOAは即座に破壊されるようなヤワな兵器では無いのだ。

しばし待つ。

大佐は通信を続けているが。どうにも様子がおかしい。

上を、ロシア軍らしい戦闘機の編隊が飛んでいく。領空侵犯なんてお構いなしの様子だ。しかも、爆装している。

隣の国に、アンノウンが来た。

だから此方も対応すべく移動していたのに。どうして多国籍軍は、こんな変な動きばかりしているのか。

ちなみに隣の国であるガルリアは、テロリストが闊歩するような危険国ではない。貧しいし、経済的にはかなり問題もあるが。多国籍軍が進駐するような国では無いのだが。こんな風な無茶を通して、大丈夫なのだろうか。

しばしして、大佐が通信をいれてきた。

「アンノウンへの対応は一旦停止」

「納得いきません! 奴らの言いなりになるんですか!」

吼えて噛みついたのは蓮華だ。

だが、亮もそれに今回ばかりは同感。アンノウンよりタチが悪い行為に走った多国籍軍に、肩入れする気にはどうしてもなれなかった。

しかし、大佐は意外な事を言う。

「多国籍軍の様子がおかしい。 大半の部隊が動きを停止し、司令部とも連絡が取れないそうだ。 新国連から、正式に調査依頼が来た。 すぐに沖合に停泊している艦隊に向かって、様子を見て欲しいと言うことだ。 既に特殊部隊も動き出している」

「妙ですね……」

「そうだな。 そもそも、前回の核攻撃を無差別に行った辺りから、どうにもおかしな空気があった」

大佐は冷静だけれど。

パイロット達の間には、不安がさざ波のように広がっていくのが分かった。

そもそも、である。

この国に入るときでさえ、一悶着あったのだ。

アンノウンが確実に現れる。

だから、新国連はこの国に、機甲師団を集結させようとした。各地で平和維持活動をしている戦力から引き抜いてまで、機甲二個師団を準備する予定を立てていたのだ。

ところが、である。

先にロシア軍が、中東に展開していた兵力をかき集めて、この国に投入してきた。中帝をはじめとする、ほかの多国籍軍も、である。

そもそもあまり広くも無い国である。

集結させようにも、機甲師団を動かせなくなった。やむを得ず、特殊部隊とGOAだけを集結させて、決戦に備えようとしたのだが。

その矢先にこれだ。

一体何が起きているのだろうか。

海岸線に到達。

大佐のGOA201が先頭に立ち、海上にいる艦隊に、光通信をいれる。勿論、光通信が届く範囲である事を確認した上だ。

空母も含む艦隊は、十二隻ほど。

いつでも戦闘態勢に入れるようになっている。全周型のコックピットでは、映像を調整して。

その砲台が、アンノウンに向けられている事も確認できた。少なくとも、GOAを攻撃する雰囲気は無い。

特殊部隊から通信が入る。

「おかしいぞ。 多国籍軍の基地に到着したが、見張りがいない。 これから内部に入ってみるが、まるでゴーストタウンだ」

「機甲師団だぞ。 人がいないはずがないだろう」

「実際にいないんだ。 これから確認する」

若干ヒステリー気味の通信が切れて。気味が悪くなってきたらしい蓮華が、話しかけてきた。声には不安が露骨に含まれている。

気持ちは良く分かる。

亮だって、不安だ。

「ど、どういうことよ」

「わからないよ。 何が起きているのか……」

「静かにしろ」

大佐が、通信を続けている。

その間も。

海上の艦隊に動きは見えない。GOA部隊は既に海岸線に展開。艦隊に向けて、睨みを利かせているけれど。

もとよりGOAは近距離戦の武装しか積んでいない。

艦隊と本来やり合える存在では無い。もしも艦隊とやりあうつもりなら、至近距離まで飛んでいって、殴るしかないだろう。

ブースターは装備しているのだし、出来ない事はない。ただ、迎撃砲火に蜂の巣にされてしまうだろう。

幾ら頑丈とは言え、浮かぶ要塞とも言える艦隊とまともにやり合うには、GOAでは火力が足りなさすぎるのだ。遠距離からの砲撃だったら兎も角、近距離から集中砲火を浴びてしまうと、幾らGOAでももたないのである。

それくらいは亮でもわかる。

だから、皆が不安なのも、仕方が無いと思う。

大佐が、通信をいれてきたときは。

だから、ほっとしたくらいだ。

「多国籍軍の基地を確認した特殊部隊から通信がはいった。 基地は無人状態だそうだ」

「何ですって」

「一応人間は確認できたが、事務の担当者ばかり。 戦闘要員の姿は、何処を探しても見つからなかったらしい」

「……!」

そんな、馬鹿な。

実際、この国で悶着があった際。圧倒的な軍隊の姿は、亮だって見た。万単位で人が来ていた筈なのに。

どうして、今になっていなくなっているのか。

「しかし、どうして」

「調査中だ。 それに新国連からロシア上層部に連絡を入れているが、これも通信が通らないらしい」

「ええっ!?」

「我々も、これから艦隊に乗り込む。 発砲はできる限りするな」

亮は、意を決して、自分から発言する。

最初は、自分が行くと。

 

海上を低空飛行。速度を保ったまま、海面すれすれに飛ぶ。態勢を低くして、ブースターの出力を抑えて。

制御が難しい。

一番近い駆逐艦に到着。此方を攻撃してくるそぶりはない。

通信をいれる。

「此方新国連軍。 貴艦にトラブルが発生していると見受ける。 何が起きているか、回答されたし」

返事も反応もない。

他の艦にも近づいて通信をいれてみるが。やはり、反応はない。通信に対して、返事もしてこない。

何が、起きている。

中心にいる旗艦。空母の甲板に着陸。まず、空母では無く、大佐に通信をいれた。

全部の艦が返信してこない。

そもそもこれは多国籍軍だ。ロシア軍だけではなく、中帝や、イギリスフランスの艦も混じっている。

それなのに、どこからも返事がないのは、あまりにも異常だ。

「艦橋を確認しろ。 生体反応は」

「生体反応は確認できません」

最近は、GOAだけではなく。奇襲を防ぐために、熱源をはじめとした生体反応検知装置はどんな兵器にも搭載されている。

もっとも、これには対応策も施されていて。大体の兵器の中には、生体反応が確認できないのが普通だ。

ましてや最新機器の塊である戦闘艦ならなおさらだろう。

しばしして、大佐が戻ってくるように指示。

「気を付けろ。 奇襲を受ける可能性もある」

「わかっています」

空母から下りると。

艦隊に腹側を向けて。後ろに下がるようにして、ブースターで飛行。これは、ブースターに攻撃を受けるくらいなら、正面から喰らった方がマシだから、だ。

流石に、無人かもしれないにしても。一人で艦に乗り込むのは勇気が必要すぎる行動で。中で待ち伏せされたら、亮なんかそれこそひとたまりもない。大佐の判断は、正しいと言えるだろう。

ほどなく。

ホバークラフトで、特殊部隊が到着。

ベイ中佐だ。

大佐と仲が悪い、陰険な士官である。ただ、今回は、喧嘩などしている場合では無い、という状況だが。

「基地の状況は聞いた。 艦隊もよく分からない様子らしいな」

「戦闘機隊が飛んでいるのは確認したが、どうして艦隊から何の応答もないのかがわからない。 調べられるか」

「やってみるつもりだ」

敬礼をかわすと。

三隻のホバーに分乗して、特殊部隊が空母に向かっていく。

何時でも動けるようにしておけ。

大佐に言われて、態勢を整える。ブースターの燃料はまだまだ充分。その気になれば、機動戦でも何でもやれる。

ロボットアニメだと、戦闘用艦艇はロボットにやられるザコに過ぎないけれど。

実際にさっき近くで見て。そして普段、揚陸艦で移動するときにも見ていて。わかる。こんなもの、まともに戦って、勝てる訳がない。攻撃に耐えられるのと、倒せるのは別の問題。その事実を前提として、ロボットアニメでは、艦艇を噛ませ犬にしているというのが、実際にロボットに乗って見てよく分かった。フィクションと現実は違うのだ。

特殊部隊が、通信をいれてくる。

「船内はまるで無人だ」

「何だと言うんだ、一体……」

「困りますね」

不意に、通信。

どこからだ。

皆が警戒する中。聞いたことが無い声が響き続ける。通信に、無理矢理割り込んできた風情だ。

「此方多国籍軍指揮官、アレキサンドロス=マッカル中将。 今回の作戦任務の統括指揮に当たっています」

「聞いているぞ。 二十代で少将にまで上り詰めた俊英だな」

「新国連の精鋭を率いるキルロイド大佐に覚えていただけているとは光栄ですね」

勿論、声には皮肉がたっぷりだ。

蓮華が憤慨しているのがわかるけれど。亮は、忙しい。艦隊が、動きを見せ始めたからである。

砲塔が、旋回している。

狙っているのは、GOA部隊だ。

「すぐに空母から退出を。 事は軍事機密に関わります」

「此方にも事情をある程度知らせて欲しい。 訳が分からない状態に陥って、此方も混乱しているのだ」

「ふむ、ではこれだけ。 現在、我が国が開発した人員削減システムを試験的に運用している、とだけ言いましょうか。 今後、戦争では人が死ななくなる。 その先駆けとなる仕組みなのですよ」

何だろう。

そんな有り難い仕組みの割りには。アレキサンドロス中将という人が言う言葉には、おぞましいほどの邪悪さが込められていた。

慌てた様子で、特殊部隊がホバーに乗って、引き揚げてくる。

ずっと砲塔が、それを狙っているのが見えた。

海岸に上陸したホバー部隊を、GOA部隊で庇う。

一触即発の空気の中。

引いたのは、向こうの方だった。

「よろしい。 今回の件は、我々にも問題があったので、不問としましょう。 ただし、今後は警告の後攻撃します」

「いずれ、責任ある説明をしてくださるのでしょうな」

「それは新国連次第ですな。 では」

通信が切れると。

艦隊が動き出す。一矢も乱れぬ見事な動きだ。遠くから見ていて、艦隊運動なんてまるでわからない素人の亮でさえ、感心するほどだった。

何が起きているんだ。

誰かが呟く。

亮も、全くわからなかった。

 

一度、基地に引き揚げる。

GOAを降りて、シャワーを浴びて。

個室で少し休んでから、フリールームに。

空母に踏み込んだ特殊部隊に、パイロットの一人が質問を浴びせていた。

「だから、内部はどうだったんだよ」

「何度も言ってるだろ。 もぬけの殻だった」

「そんな筈があるか! 砲塔も旋回していたじゃねえか!」

「本当だ! 実際問題、俺たちも訳がわからねえんだよ!」

不毛な会話。

大佐は、黙ってそのやりとりを見守っていた。ベイ中佐が、不機嫌そうにトレーニングルームから出てくる。此方を一瞥だけすると、すぐにフリールームも出て行った。

蓮華が遅れてトレーニングルームから出てきて、悪態をつく。

「何よ、空気悪い。 大体守ってやったのに、あの態度ムカつくんですけど」

「仕方が無いよ、みんな混乱しているんだ」

「あんたはどうなのよ」

「僕? そうだなあ……やっぱり怖い、かな」

異常だったのだ。それに関しては、多分誰が言うまでも無い真実だろう。

たとえば、無人機などの運用システムについては、既に実用化されている部分がある。実際に、既に軍で活用されている無人機は存在している。

しかし、今回のは違う。

基地からして無人。

艦隊に到っては、古かろうが新しかろうが関係無い。こんなの、オーバーテクノロジーなんて次元じゃない。

何が起きているのか。

「臆病者」

「そうだね、その通りだ」

亮が素直に応えると。ばつが悪そうに視線をそらして、蓮華はフリールームを出て行った。

多分訓練するのだろう。

こんな臆病者に負けていたらたまらないから、だろうか。

やっと、此処で大佐が口を開く。

「リョウ、どういう印象を受けた」

「まるで幽霊船でした。 いや、幽霊艦隊、ですか」

「そうだな。 実はな、先ほど突入した部隊が撮影した映像に、妙なものが映り込んでいてな」

大佐によると。

レバーが勝手に動いて、隔壁が閉鎖されているのだとか。

特殊部隊は、レバーになど触れていない。

勿論、幽霊などで考えるべきでは無い。何かしら、妙ちくりんな現象が発生しているとみるべきだ。

「そもそも無人化と言っても、相当なプロセスが必要になる。 艦艇に対しても、生半可な改造では追いつかないはずなのだ。 それなのに、何がどうして、このような事になっているのか」

「僕には、わかりません」

「とりあえず、しばらくは注意しろ。 何か嫌な予感がする」

大佐に言われるまでも無い。

基地の警備も厳重にする。多国籍軍は不可解な動きを続けていて。アンノウンが姿を消した後も、なにやら演習のような動きをしたり。海岸線から離れたり近づいたり。何か試しているかのように、不気味に動き続けていた。

人間の軍隊とは、とても思えない。

本当に一体、あれは何なのだろう。

報道は、この異常を告げていない。

「百足」に備えて、多国籍軍と新国連が合同演習をしている、としか報道していない。その報道の番組で、アレキサンドロスという男が写っていた。

まだ若い。三十になったかなっていないかという所だろう。

ロシア系の非常に怜悧な美貌というのか。何というか、男の色気を纏った人物だ。大佐が二十代で少将になっていたと言っていたけれど。そうなると、今は確実にモテモテだろう。

地位と金と容姿を兼ね備えているのだ。

異性なんてよりどりみどり掴み取り放題に違いない。

他人事のように、そう思う。

男性ホルモンを摂取して、かろうじて「男の感性」でいる亮だけれど。どうしても性欲という点では、他の男性ほどはもてないでいるようなのだ。同様にして、オシャレや立ち振る舞いに関しても、あまり興味を持てないでいる。

女子にもてたいとも思わない。

かといって、男にもてるのもいやだ。

外に出ると、夕方。既に訓練時間を過ぎているのに、蓮華が一生懸命GOAに乗ってシミュレーションをしていた。

無理を言って、訓練を延長しているらしい。

アサルトライフルで、ペイント弾を連射する蓮華のGOA。

集弾率は決して高くないけれど。

数をこなすことで、その分のダメージを与えるタイプの蓮華には。GOAという耐久性抜群の兵器は相性が良い。

ボタン戦争時代の兵器は、発見されたら終わり。発見したら勝ち、の世界だ。

GOAは違う。

基地の警備は非常に厳重。いつもよりも、恐らく人員が二倍以上増やされて、見張りをしている。監視カメラもかなり増設しているようだ。

パイロットの同僚が、何人か見ていた。蓮華の訓練に対する感想が聞こえてくる。

悪くない。

中々出来る奴だ。

褒め言葉が目立つ。女性兵士が前線にいると、男性兵士を無闇な行動に駆り立てる事が多いと聞くけれど。蓮華の場合は、そもそも女性兵士と皆に認識されていないのだろう。それが良い方向に働いている訳だ。

GOAを降りてくる。

満足していない様子だった。

「何よ、見に来たの?」

「休憩時間だったから」

「あっそう」

不機嫌そうに、自室に引き揚げて行く。

いつの間にか、空は真っ暗になっていた。飛行機が飛んでいく音。どうやら基地の至近を、戦闘機が飛んでいるらしい。勿論新国連の戦闘機では無い。極めて挑発的な行為だが。しかしあの無人艦隊を見た後だと。戦闘機隊にも、人が乗っているのか、本当にわからない。

そしてアンノウンもロスト。

この国に現れるかも、定かでは無い。強力な軍が駐屯するというのは、それだけで膨大なコストが必要になる。

経済的に芳しくない国ばかりが多国籍軍を構成しているように見えるのだけれど。

本当に大丈夫なのか。

亮は、老婆心さえ抱いてしまった。

一晩が過ぎて。

GOA240の訓練を開始する。増加装甲をつけても、以前とあまり変わらないくらいの立ち回りは出来るようになってきている。二時間ほど、ぶっ通しで訓練を続けて。そろそろ上がろうかと言うとき。

大佐から、通信がはいった。

「リョウ、ニュースだ。 訓練が終わったら、フリールームに来い」

「わかりました!」

地上からの射撃で。射程圏内に入った戦闘ヘリを叩き落とす。これくらいなら、問題なく出来るようになっている。

火力は戦闘ヘリと互角なのだ。

後は、相手の動きにさえついていくことができれば。

ガルーダさんのような超一流が相手ではまだ勝てないだろうが、今の時点で、並のパイロットが駆る戦闘ヘリくらいなら、撃墜記録はかなり増えていた。勿論実戦での話では無いけれど。

皆で対空砲火の弾幕を作れば、更に撃墜率は増えるだろう。

戦闘ヘリに搭載しているミサイルだけでは、GOAは撃破できない。戦闘ヘリとしてはどうしても火力を集中しての一点突破を狙わなければならないわけで、其処につけいる隙が出るのだ。

訓練終了。

コックピットから出る。

GOAからデータを抽出している白衣の研究チームを尻目に、フリールームに急ぐ。かなり大きなニュースなのだろう。アンノウンの動向か、或いは多国籍軍がまた何かおかしな動きをしているのか。

結果としては、前者だった。

フリールームに入ると、テレビにアンノウンが大写しになっている。誰かはわからないが、至近から撮影することに成功したのだろう。

「これは、何処ですか」

「中央アフリカのフレリアン王国だ」

「経済的混乱が続いている小国で、ひどいインフレに見舞われて、国民は他国に出稼ぎに行っている状況よ。 幸い武装勢力は出ていないけれど、混乱がひどくて、いつそうなってもおかしくないでしょうね」

大佐の返答に、蓮華がすらすら追加してくれる。

蓮華は博識だ。軍人としての素養だけではなく、知識に関しても、亮を遙かに凌いでいる。本当に彼女がメインパイロットだったら良かっただろうに。

「すぐに向かうんですか?」

「フレリアン王国は大きくもない国で、アンノウンも軍に対する攻撃や、都市部でのガス散布もしていない様子だ。 単に例の豆を散布して、通った跡には謎の雨が降り注いでいるそうだが」

「つまり、向かわない、という事ですか」

「そうだ」

一応、治安維持部隊の一部が、其方に向かうそうだけれど。

足が遅いGOAは、どうせ間に合わない。

恐らく最後に、アンノウンはここに来る。アフリカでアンノウンが攻撃しそうな国は、もう此処しか残っていないのだから。

歯がゆい。

アニメのロボットだったら、戦闘機より速く飛んで、現地に駆けつけることが出来るだろうに。

いや、或いは、戦闘機に変形して、飛んでいくことが出来るかも知れない。

だが、巨大で威圧的なGOAの事を思うと。そもそも変身機構などを搭載して、機体を脆くしてしまっては意味がないし。そんな高速で飛ぶためのブースターは、搭載していない。

大佐の言葉は正論だ。

更に言うと、如何に多国籍軍の戦闘機部隊とは言え、航続距離が足りない。領空侵犯を繰り返したとしても、フレリアン王国に到達する頃には、燃料が尽きてしまっているだろう。

むなしい報道が続く。

百足の残虐なテロが行われているというものだった。

しかし、どう見ても百足は、ただ歩いているだけ。しかもよく見ると、建物を踏むようなこともない。極力気を遣って移動している様子さえある。

「どこの国も、マスコミはカスね」

うんざりした様子で蓮華が言う。

その言葉を、亮は否定出来なかった。

 

4、決戦に向けて

 

フレリアン王国では、抵抗は一切受けなかった。軍と言っても、大変に貧弱な部隊しか無く、戦闘機さえ持っていない国だ。禍大百足が行く様を、指をくわえて見ていくしか無い、という状況だった様子である。

というよりも。

禍大百足が王国の王都に近づいたときには、デモ隊が発生。それを捌くだけで、キャパを使い果たしている印象だった。

二日ほどで、作業完了。

経済危機に見舞われているこの国の人間は、わざわざよその国にまで、出稼ぎに出ているほどだ。

ひどいインフレで貨幣がゴミになってしまっていて。紙幣などはそれこそ、トイレットペーパーよりも価値が無い有様。

このままいくと、特に農村部は餓死者が大量に出る所だった。

既にスーパービーンズは散布完了。

後は、放置しておいても大丈夫だろう。

さて、此処からだ。

多国籍軍とGOA部隊が待ち構えているインネルアを叩かなければならない。

小規模国家の軍隊とまともにやり合ったことはある。しかし、近代兵器で武装した多国籍軍とやり合うのは初めてになる。

GOA部隊のようにあしらうのは、難しいだろう。

「さて、作戦だが」

「どうしても戦うというのであれば、最大戦力の艦隊を最初に叩くべきだと思います」

あまり気乗りしない様子で、アーシィが言う。

特に反対意見も無い様子だ。

それに、意見としても、理にかなっている。

「ああ、それがよさそうだな」

「問題は機甲師団だが」

既に、情報は集めている。

どうやら多国籍軍は、新国連の集結しようとしていた部隊を押しのけてまで、インネルアに展開。

既に二個以上の機甲師団が集結しているという。

恐ろしい規模の兵力だ。

昔の戦争を描いた戦記ものでは、一騎当千というような言葉があるが。兵器の性能が人間を遙か凌いでいる今。どうしても優秀な兵器と的確な運用が為された場合、人間では勝つことはできない。

禍大百足もしかり。

適切に運用してやれば、あるいは。

どのみち、機甲師団との戦闘は、いずれこなさなければならなかったのだ。此処からは、正面決戦だ。

「まず、沖合に停泊している多国籍軍艦隊に出向く。 攻撃をしてくるようなら、無力化する」

「第一目標は、やはり空母ですか」

「そうだ」

ロシア軍の原子力空母、アドミラルカーチス。

米軍の最新鋭原子力空母にそう規模も劣らない、強力な最新鋭兵器だ。艦上戦闘機を85機搭載することが出来、周囲には西欧側の戦闘用艦艇二十隻以上が、対潜鱗形陣を整えている。

真正面から行けば、勝つのは難しいだろう。

水中には潜水艦艦隊もいる。

現時点で確認されるだけで、六隻。

原潜が一隻。それ以外は、通常の潜水艦だが。その数と質は、これまた侮れるものではない。

接近して叩くにしても。

下手をすると海上からの砲撃で、対潜ミサイルを嫌と言うほど叩き込まれることになるだろう。

いけるか。

いや、いかなければならない。

一度基地に戻る。

次は決戦だ。装備は万全に調えておかなければならない。特に装甲。流石に今回は、ある程度の強化が望ましい。

禍大百足から降りると。

見計らったように、アーマットからの通信。

機嫌が悪いだろうなと思っていたけれど。案外、そうでもなかった。

「ハーネットくん。 状況はどうかね」

「知っての通りですよ。 インネルアにこれから向かうところです」

「そうか。 少し気になる情報を耳に入れてね」

「詳しくお願いします」

アーマットによると。

機甲師団も艦隊も、露骨に動きがおかしいというのだ。異常なまでに統率が取れている。多国籍軍の筈なのに。

新国連の部隊に対しても、圧迫的な態度を取っているという。

「中東で無差別核攻撃を行った、例のアレキサンドロスが総指揮を執っているようなのだが、詳しいことはわからん。 気を付けてくれたまえ」

「了解」

通話を切る。

アレキサンドロスか。今では中将になっていると言う話だが。これだけの無茶をしても、ロシア本国からおとがめがないのは何故だ。若くして高位の軍人になるような男は、嫉妬も買いやすい。

当然、良く想っていない者だって多いはずで。

あまりにも一枚岩過ぎる状況は、気味が悪いほどだ。

たとえば、文字通りの戦の天才で。歴戦を重ねて、百戦百勝とかいうのであれば、部下から絶対の信頼も得ているだろう。

しかし、今の時代、其処までの戦闘経験を積む機会がないはず。

ましてや年齢から考えて、たたき上げでは無い。ロシアの士官学校を出たゴリゴリのエリートであることは確実。

不可解な事が、あまりにも多すぎる。

アレキサンドロスについて、少し調べて見る。

どうせ、禍大百足については、大幅な強化が必要なのだ。工事については、事前に準備はさせていたし、マーカー博士に指揮を執って貰う。

私は、あらゆる手段を使って、アレキサンドロスという男について、情報を徹底的にかき集めた。

だが。そうすればそうするほど、不可解な事ばかりが分かってくるのである。

若きエリート。

国家上層のお気に入り。

主に多国籍軍として活躍し、あまり多くは無いが、参加した戦いで幾つものめざましい活躍をしている。

それらについては、すぐに情報が出てくる。

だが。

たとえばプライベート。

具体的に誰とのパイプがあって。どのようなスポンサーを持っていて。或いは実家が金持ちで。

そういった情報になると、ぴたりと途切れる。

普通、この手のエリートは、具体的に誰とつながりがあって、その後ろ盾で出世したか、という事くらいは、すぐに調べられるものなのだ。というのも、そうすることで自身を大きく見せられるし、派閥の構成員である事を示すことが出来。無駄な争いを避けたり、対立者に対する威嚇や、スポンサーの財布を緩めることにもつながる。

だが此奴に関しては。

今ロシアを構成しているどんな派閥にどう属しているかが、まるで見えてこないのである。

写真は幾らでも出てくる。

孤児院を訪問して、寄付をしている写真。笑顔で、子供達と一緒に映り込んでいる。

何名かの強硬派大統領を経て、冷戦時代も真っ青のタカ派と化している現在のロシアだが。

それでも、こういう分かり易いアピールはするものなのだ。

テレビの取材なども受けているデータを見つける。

だがどれもこれも、地位を確立した後のものばかり。充分に若いアレクサンドルスだが。少将以前の経歴は、まるで幽霊でも見ているかのように、まるで掴めない。正直言って、不気味極まりなかった。

此奴は、何者だ。

名前はハーネットも聞いていた。

ロシア最高の俊英。若き希望。国民の英雄。

今までは意識することがなかったから流していたけれど。

実際にその経歴に迫ってみると、不可解さがどうしても見えてくる。そしてタチが悪いことに。

通常の方法で経歴を調べても。

その異常さには、近づけないのだ。

今、私は。ロシアの軍事データベースなどに不正アクセスして情報を漁っているのだが。

ロシア国防省のデータベースでさえ。

この男の過去の経歴は、抹消しているのだ。バックアップデータさえ、見つからないのである。

ダミーの経歴はある。

ネットか何かでしか調べなければ、そのダミーを掴まされる。仕組みとしては、当然のものとして、備えられている。

だがその奧が、あまりにも異常なのだ。

頭を抱えている私の所に、マーカー博士が来る。

「苦戦しているようだな。 らしくもない」

「異常だ、これは。 ロシア軍が核の使用まで許可するような男だ。 どれだけ危険な経歴の持ち主かと思って軍事データベースまでハッキングしてみたが、全くというほど正体が掴めない。 雲とでも格闘している気分だ」

「少し出撃を遅らせるか?」

「そうだな」」

はっきりいって、今回の出撃は気乗りしなくなった。

決戦をすると意気込んではいた。実際先進国の機甲師団とは、いずれやりあわなければならなかったのだ。

今回は、蹴散らすことさえ出来れば。

後は余程のことがなければ、作戦を予定通り進められるという、ベンチマーク的な意味もあった。

しかしこの様子では。

「念入りに試験を行っておいてくれ。 私はもう少し、ロシアの軍事データベースを漁ってみる」

「無理はするなよ」

「案ずるな。 足を掴まれるほど無能じゃない」

宇宙ステーションを作る時。

私が徹底的にこだわったのは、ネットワーク的な堅牢性だ。当時と言わず、文字通り世界最強の防壁を組み込んだ。テロリストにでも乗っ取られて、質量兵器として使われたら、文字通り世界の破滅だからだ。

内部もブロック構造にしてあり、余程のことがなければ乗っ取られることもないように構築したが。

宇宙にある以上、多数のテロリストが押し込んでくる可能性は考えにくい。

やはりネットワークからの侵入と乗っ取りが、一番危険だと判断できた。

だから、その過程で学んだのだ。

そして、いつの間にか。

自身が、世界最高レベルのハッカーになっていた。だから大体の手口については、知り尽くしている。

そんな私でも。

流石に最高機密エリアに侵入するのは、少し緊張する。

スパコンをフル活用し。

十四の自前プロキシサーバを経由し。

なおかつロシア内のPCを二百台ほどゾンビ化してそれを活用。複雑な経路を介して、ロシアの最高機密に迫る。

それでもなお、苦戦するが。

八時間ほどの苦闘の末。侵入に成功した。

出てくる出てくるヤバイデータが。

人体実験についての情報。ロシアの現在大統領の隠し子や、浮気遍歴。最新鋭戦闘機の具体的設計図。

KGBの拷問マニュアルや。

国家ぐるみで行って来た犯罪行為。

ソ連時代に行った虐殺の実態。

冷戦時代、核戦争が起きた場合、首脳部は何処に移って、ほとぼりが冷めるのを待つつもりだったか。

その全てが。

暴露されれば、超級のスキャンダルばかり。

データを引っこ抜きながら。

それでも小首をかしげてしまう。

「無いぞ……」

此処まで潜っても、アレクサンドルスという男のデータは出てこない。

一旦データベースから抜ける。面白いデータは大量に確保できた。足跡だって残してはいない。

それでも、何故か、目的には届かないのだ。

仕方が無いので、アプローチを変える。

軍学校や、政治部門のデータを漁る。特に軍学校。エリートだというなら、相応の輝かしい記録が残っているはずだ。

しかし、これも駄目。

やはりダミーデータで全て隠されている。ダミーを取っ払ってみると、残るのは全て、無だ。

スタンドアロン化しているデータに、此奴の経歴は隠されているのか。しかし、そのような事、あり得るのか。

軍などは機密性が強い組織だが、それでも限界はある。様々なデータを必要とする場面も多い。

高官などが自由に触れられるように、高機密であっても、独自回線などが開かれているデータは珍しくない。

だからその辺りから攻めると、意外にあっさり陥落させられることもあるのだが。今回は、雲でも掴んでいるかのようだ。

本当に実在しているのか。

そう疑いたくもなるほど、あまりにも怪物じみている。

手当たり次第に調べて。

三日ほど徹底的に調査したが。ついにギブアップ。

これだけ調べてダメだとなると、やはりロシア中枢の厳重管理区画にある、しかもスタンドアロンのシステム内部にデータがあるとしか考えられない。

データを消した形跡さえないのである。

データを消した場合なら。幾つかの手段で、サルベージが出来る。ここまで来ると、もはや勘ぐりたくなる。

本当は、アレクサンドロス中将という男は、存在していないのでは無いのか。

しかし何者かが、中東であの無差別攻撃を実施させたのは事実なのだ。その事実に、揺らぎはない。

何しろ、間近で確認しているのだから。

頭を掻き回す。

疑念がふくれあがるばかりだ。このままでは、建設的な思考など、出来る訳が無い。そう判断した私は、気分転換をすることにした。

風呂に入って、頭を切り換える。しばらくぼんやりして、頭を緩める。そうすることで、後で却って引き締めることが出来る。

風呂から出て、一眠り。

休憩は大事だ。

そうすることで、次のステップに踏み出すことが出来る。睡眠欲の優先度が高いのも。脳を休めるのが、それだけ大事だからである。

白衣を着込んで、基地に出ると。

禍大百足の強化補修工事は、完了していた。

装甲を少し強化している。今までも小規模国家の総力攻撃くらいなら軽くいなす実力があったが。

今後は大国の機甲師団の攻撃を、真正面から受け止める必要が出てくる。この装甲でも、少し足りないかも知れないくらいだ。

ましてや敵には、核を使うことを躊躇わない奴がいる。勿論核の直撃なんてさせるつもりはないが。それでも、念には念を入れなければならない。

頼むぞ。

呟いて禍大百足を見上げていると、マーカー博士が来る。

満面の笑みだ。この男には珍しい。

「充分な仕上がりだ。 何時でも行けるぞ」

「ああ、そうか」

「どうした。 君ほどの技術でも、アレクサンドロスという男の正体が、未だに掴めないのか」

「本当に存在しているのか、疑いたくなってきている」

自嘲気味な私の笑みを見て、マーカー博士も絶句。

マーカー博士も、知っているのだ。

私のハッカーとしての技量は。

世間で言うウィザード級なんて鼻で笑うレベル。凝り性だから、いつの間にか此処まで技量が上がってしまったが。

それでも、奴の正体は掴めない。

風呂に入って眠って、すっきりしたから、今はわかる。

世の中には怪物がいる。

奴は、間違いなくそれだ。

「今回は今までに無く厳しい戦いになるぞ。 何しろ、敵がわからない。 妖怪か何かと戦いに行くかのようだ」

「ならば、もう仕方があるまい。 出撃は明日だ。 それまで、ゆっくり休んでいてくれ」

「わかった……」

ひょっとしたら、引き抜いたデータの中に、何か有益な情報があるかもしれない。私だって、見落とすことはあるのだ。

一眠りしたから、頭は冴えている。

もう一度情報を精査。

あまり、よい情報は見つからない。ただ、一つだけ、分かったことがある。

今回もまた。

多国籍軍は、核を持ち込んでいる。

 

(続)