灼熱の竜巻
序、殲滅
GOAを操作して人間を殺すのは初めてじゃ無い。何度か実戦に参加して、敵を沈黙させた。その際に、どうしても殺さなければならない場面はあった。亮はその度に傷ついたけれど。
少しずつ、殺しても心が動かなくなってきているのが分かった。
少し前。
基地から出てパトロールしていた、蓮華の所属部隊が敵に攻撃を受けた。とにかく重武装の部隊で。足に対して、ロケットランチャーによる集中攻撃を浴びせてきた。その火力の集中具合が尋常では無く。明らかに訓練を受けた兵士によるものだったと、部隊は証言していた。
護衛の歩兵達も大きな被害を受けて。
大佐が駆けつけてくるのが遅れていたら。蓮華は、GOAごと敵に拉致されていたかも知れない。
亮も敵と必死に戦ったけれど。
それでも、数が多すぎて。とてもでは無いけれど、味方を守りきれなかった。本当にあの時は、自分の無力さを痛感した。
そして今。
大佐の指揮で、攻撃をして来た武装勢力に、反攻作戦を実施している。今度は最初から、五十機全部で出撃。特殊部隊と一緒に、拠点攻略作戦を実施しているところだ。
GOAの強みは。
制空権の支援が無くても、地上の制圧が簡単だと言う事だ。
何しろ異常なほどタフ。
敵も武装ヘリを出してきているけれど。此方とは耐久力が違う。GOAは地対空ミサイル程度では墜ちる事は無い。効かないとまではいわないけれど、直撃が撃墜につながらないのである。
圧倒的な鉄の黒い魔人が、群れを成して進撃していくところ。
敵は必死に抵抗し。
しかし、ひねり潰されていく。
大佐は本気だ。
今までと違って、特殊部隊の露払いじゃ無い。殺傷力を敢えて抑えてあるGOAだけれども。使いようによっては、文字通り敵を蹂躙できるのだと、示しているかのようだった。
至近距離から、GOA240にロケットランチャーの砲撃が着弾。
爆裂して、一瞬だけ視界が煙に覆われるけれど、それだけ。
足にワイヤートラップを仕掛けてくる。
しかし、力尽くで引きちぎるのはとても簡単。ワイヤーを仕込んだ重しを引っこ抜いて歩く。戦車以上のパワーがあるから出来る事だ。
悲鳴を上げて逃げ散る敵の背中。
撃てと、大佐は躊躇無く言った。
此処で徹底的に叩くことで、戦意を奪う。そうすることで、二度と逆らおうという気を起こさせないようにする。
少し悩んだ後。
亮はガスグレネードに切り替えて、敵の頭上に弾丸を撃ち込んだ。
ガスマスクをつける暇も無く、武装勢力の構成員達が、ばたばたと倒れていく。踏みつぶさないように気を付けながら。亮は最前列を進む。
戦車が出てくるけれど。
主砲を喰らっても、びくともしない。逆に此方のアサルトライフルで、二世代前の戦車の装甲なんて、紙のように貫ける。
ましてや、戦車の上部装甲は弱点の一つ。
昔、二足歩行兵器は、実現不可能と言われていた。良い的になるし、何より攻撃を受けると、中の人間が耐えられないからだ。
しかし、GOAに使われる強力な装甲が、その説を過去のものとした。
最新鋭の戦車が相手なら、どうかはわからない。
しかし発展途上国に出張ってくるような二線級が相手なら、もうGOAは。少なくとも240は負けない。
敵の戦車を踏みにじる。
そのまま踏みつぶしながら進んでいくと、敵兵が悲鳴を上げながら、逃げ散っていくのが分かった。
更に、前進。地雷原に突入。
しかし、それさえも蹂躙していく。
今まで、どれだけ特殊部隊を投入したり。精密空爆を続けても、制圧は難しかった武装勢力が。
まるでゴミのように、GOAの前に屈していく。
きっと、今まで好き勝手出来ていた武装勢力にとっては、悪夢に等しい光景だろう。
横一列に並び、地雷原を踏みにじる。
対戦車地雷でさえどうにもならないGOAだ。対人地雷なんてひとたまりも無い。
ちなみに201シリーズから改装が行われ、地雷を積極的に爆破する機能が足の裏につけられている。
つまりGOAが踏み砕けば、不発の地雷はほぼ残らないのだ。
敵陣へ迫る。
必死に重機関銃や対物ライフルで反撃してくるが、そんな豆鉄砲など、どれだけあろうが意味を成さない。逆にGOAはアサルトライフルで射撃するだけで充分。それだけで敵兵がミンチになり、ビルの壁面が砕けるのだ。多少装甲を厚くしていても、トーチカくらいなら、至近で撃てばひとたまりも無い。
無力化ガスをグレネードで叩き込みながら、敵拠点の至近へ。
「格闘戦能力も試しておこう。 リョウ、ポールアックスを」
「イエッサ!」
大佐の指示を受けて、ポールアックスを引き抜く。
振り回して、敵の拠点のビルに叩き付けると。横殴りの一撃で、丸ごと一階が消し飛んだ。
悲鳴を上げて逃げていく敵の背中に、更に無力化ガスグレネードを浴びせ。
ビルに、何度となくポールアックスを叩き込む。威圧のために、執拗に残虐な所を見せる必要があるからだ。
敵にして見れば、アンノウンが来る以上の悪夢だろう。
制圧するまで、突入してから十分と掛からない。どれだけ精密な空爆に耐えても。攻撃を真正面からはねのけて迫ってくる黒い悪魔の群れには、無力だった。
特殊部隊が突入して、敵を制圧していく。
後は、まだ残っている敵を掃討するだけで大丈夫。しばらく、味方が拠点を制圧して行くのを、見ているだけで良い。
縛り上げられたり、手を頭の後ろで組んだ武装勢力の人間が連行されていく。
ちなみにこの国の刑務所には入れない。殆どの場合、武装勢力が出るような国の刑務所は腐敗の極みにある。
いれても、無意味な場合が多いのだ。
このことも、長い間紛争と関わってきた平和維持軍からの教訓だそうである。
「制圧完了」
「よし。 次の拠点に向かう」
「イエッサ!」
隊列を組み直すと、すぐに次の拠点に向けて歩き始める。
現状で、歩いて出せる時速は五十キロが精々。戦車に比べると格段に劣るけれど、問題にはなっていない。
GOAに必要なのは、移動速度では無いからだ。
彼方此方で、奇襲を仕掛けてくる武装勢力。
しかし、その全てを、真正面からねじ伏せる。当然GOAには傷が増えていくけれど。先頭を行く亮の240をはじめ。未だ、一機も脱落していない。
この間、集中砲火を浴びて擱座した二機も。
今は、同レベルの攻撃にも耐え抜けるはずだ。
あれはあくまで、あまりにも悪い条件が重なった事故。そして、現状でさえ、それだ。最終的には、どれだけ不運が重なっても、パーフェクトゲームをこなせる機体にするのが目標である。
GOAが来れば。
もはや、歩兵ではどうにも出来ない。
そうなれば、武装勢力がやりたい放題出来ている今の時代が、変わるのだ。
通信がはいる。
どうやら、アンノウンが出現したらしい。丁度此方のGOA部隊とは離れた場所で、武装勢力を叩き潰しているそうだ。
どうするか。
一瞬だけ、大佐は悩んだようだけれど。
即座に結論を出す。
「放置しろ」
「いいん、ですか」
「かまわん。 武装勢力を潰してくれるのなら願ったりだ。 今回の目的は、アンノウンの撃破では無いからな」
「分かりました」
他のパイロット達も納得している。陣形を組んだまま、次の武装勢力拠点へと急ぐ。山も峠も、悪路も関係無い。
沼地はブースターで飛び越す。
沼地に潜んでいた武装勢力の戦士達が、RPG7でブースターを狙撃してきた。しかも、先頭の240を集中的に狙って。
しかし、空中で即座に振り返り、正面装甲で攻撃を受け止める。
十発以上のロケット弾が炸裂し。
しかし、煙が晴れると、無傷のGOAがいる。絶望した武装勢力の兵士達は、その場で拳銃を口に咥えて、自害してしまった。
後頭部から噴き出す血。
まだ子供の兵士も混じっていた。
戦場の狂熱がさせることだ。
何度も見た来た光景だけれど。未だに、慣れない。
六つ目の武装勢力拠点を潰して、制圧。一旦これで充分と判断したのだろう。大佐は撤退を指示。
隊列を守ったまま、基地へと引き揚げる。
丁度GOAが潰した武装勢力拠点と、逆側で暴れ回っていたアンノウンが。今度はGOAが潰した拠点の辺りを通って、例の謎植物をばらまいているらしい。どうするのかと聞くと。やはり大佐は、無視しろと言うのだった。
「本当にいいのかしらね」
蓮華が不満そうに言う。
アンノウンとやり合って見たいのかも知れない。ちなみに彼女は、これまでの戦闘で、相当な戦果を上げている。
亮よりパイロットとしての技術は低い。
しかし、何より勇敢なのだ。射撃の腕前も悪くない。積極的に前に出て、敵を叩き潰すことを厭わない。
基地が見えてきたので、戻る。
特殊部隊も、引き揚げてきていた。護送車に対して時々襲撃があったらしいけれど、それも散発的。いずれも蹴散らして戻ってきたそうである。
この国の武装勢力は壊滅だ。
前門の狼、後門の虎とかいうことわざがあると聞いた事があるけれど。いや、第二次大戦のポーランドだろうか。ドイツ軍とソ連軍に同時に侵攻されて、分割されてしまったとか言う。
とにかく滅茶苦茶に蹂躙された武装勢力に。
もはや組織的抵抗をする余力は残っていないだろう。
基地に戻ると、メンテナンス開始。
240はそれなりに傷ついていた。あれだけの直撃弾を喰らったのだから当然だ。ちなみにGOAの顔にあたる部分には、モノアイがある。そのモノアイの部分は、ロケット弾の直撃で砕かれていた。
砕かれたところで、別に痛くもかゆくも無いが。傷もたくさんついているとはいっても、どれもこれもかすり傷。装甲を抜いた傷なんて、ただの一つも無い。
GOAを降りる。すぐに整備班が飛んできて、作業を開始。蓮華は先に降りていた。
パイロット達が整列。
大佐が来た。相当に目が怖い。
「ご苦労だったな、諸君。 しばらくは休憩を取ってくれて構わない」
「アンノウンが暴れていると聞いています。 戦わなくても良いのですか」
「かまわん。 今回は、武装勢力の鎮圧が目的だ。 正確には、武装勢力を鎮圧することで、GOAの性能を見る事が、な」
蓮華の疑問に、大佐は即答。
流石に、蓮華も押し黙った。
五十機のGOAによる制圧行動。
武装勢力にとっては悪夢と言うほか無いだろう。
徹底的な攻撃で、彼らの拠点は粉みじん。昔、遠隔ピンポイント爆撃がゲームのようだと称されたことがあったらしいけれど。それどころじゃない。
はっきり言って、作業だ。
向こうの攻撃は、此方に何ら有効打を与えられないのである。
勿論、練度という武器もある。
アンノウンを斃す事を想定していたし。今まで、武装勢力との交戦経験もあった。それにしても、あまりにも圧倒的すぎる。
アンノウンは更にこの上を行くのだ。
これは、本当に正しい行動なのだろうかと、疑問も芽生えるけれど。今は、それどころじゃない。
蓮華もふさぎ込んでいる様子だ。
彼女の機体は一番激しく戦い。その結果、多くの敵も殺した。今回が初陣では無いとは言え、応えただろう。
解散を指示されて、それぞれプレハブの宿舎に。
亮は、ある理由から、他人に裸を見られたくない。大佐は理由を知っているけれど。他の軍人は誰も知らないはずだ。
勿論、蓮華にも知られてはいない。
プレハブの自室に入ると、ようやく落ち着く。
一人だけの空間だと。
やっと、恐怖から解放される。
ふと窓から外を見ると、アンノウンだ。ぎょっとしたけれど、基地の外を、横切っていく様子である。
ガスの効果範囲外らしく、GOAに被害は出ていない様子だ。
此方など、意に介してもいないという雰囲気。
慌てて携帯をとるけれど。大佐は無視しろと言った。
「すぐ近くなのに、良いんですか?」
「かまわん」
アンノウンは、悠々と首都を横断。首都にガスと謎の豆をばらまいて、去って行った。
蓮華は戦わせろと叫んでいたようだけれど、大佐がダメという以上、誰もそれに逆らうわけにはいかない。
結局、アンノウンは翌日には姿を消し。
一日おいて、亮はまた、GOAを駆って武装勢力の残党狩りに赴くことになった。
移動中、ニュースが流れてくる。
「中央アフリカの小国、フランガルで、またしても百足のテロ行為が行われました。 多数の死傷者が出ている模様で、新国連はすぐに治安維持部隊を派遣すると同時に、非難声明を出しています」
「今回は、私達の方が殺したかもね……」
蓮華の言葉にも、いつもの元気が無い。
亮も、それは同感だ。
プロパガンダニュースはまだ続く。
色々と都合が良いことばかり述べ立てているニュースが不快になって、途中で切った。全周型のコックピットで、外の光景でも見ていた方が、まだマシだ。
あの化け物百足が通ったからだろう。
亮達が制圧したときよりも、遙かに空気が落ち着いている。武器を根こそぎやられてしまって、抵抗する気力も無いと言う雰囲気だ。
奇声を上げて、飛び出してきた若い男。
薬物でもやっているのか、完全に雰囲気がおかしかった。さび付いたナイフを手に、GOAに飛びついてくる。
勿論、足の、その先の部分に飛びかかるのが精一杯。
ナイフを振るっていたけれど。その内折れてしまった。
止まることも無く、そのまま行く。
何か吼えているけれど。もはや気にしようとも思えなくなっていた。彼が狂気に落ちているのは分かるけれど。それを救えるほど、此方の手は広くも無ければ、大きくも無いのである。
雨が降り始める。
貧民の家には、百足の木像がぶら下がっている。
例のアンノウンを崇める宗教だろう。それぞれの国で呼び方は違うらしいけれど、共通しているのは、あの百足の木像。
皆がそれぞれ手作りしているらしく、形は違っているけれど。
誰もが心を込めて作っているのが、一目で分かる。
しかも、アンノウンが現れる前から、ぶら下げられていたものも多いようだ。
最後の拠点を視察。地雷を撤去して、帰路につく。
この国は、後から来る治安維持部隊に任せ、また別の国に行くのだろう。アンノウンの行動を間近で見た亮は、どうしても奴を許せはしない。でも、この光景を見ていると。貧民の希望になっている事も分かるのだ。
悔しいけれど、まだ。亮には、結論を出せそうに無い。
基地に戻ると、GOAの新しいパーツが届いていた。どうやら、更に小規模なバージョンアップをするらしい。
それと同時に、GOA201を、240型に改良するらしかった。
予算がどれほど出ているのか分からないけれど、気前が良いことだ。成果を上げているのが、大きいのだろうか。
今回支給されるのは、アーマーパック。
複層構造で、容易にパージできるのだと説明を受ける。そしてこのアーマーをつける事で、更にGOAを大きく見せる事が出来る。
その分重くなるので、操作してみて、調整して欲しいと言うことだった。
またしばらくは、亮が試験運転だろう。
だけれども、それでいい。
亮にとっては。居場所がない事の方が、よっぽど恐ろしいのだから。
1、喪失
昔。幼い頃。
父は家にいた。母とは、いつも言い争っていた。正確には、母が常に喚き散らしていた。面倒くさそうな目をした父に、いつも母は食ってかかっていた。
亮にとって、仲睦まじい家族なんて、夢の存在だった。
なんでいつもあんなに怒鳴っているのだろう。
母が笑っている姿は見たことが無い。
特に亮には、常に怖い顔を向けていた。何かすると、すぐに殴られた。父も、それを止める事は無かった。
よく分からないのだけれど。
母は父と結婚してやったのだと、たびたび口にしていた。女にとって、男を作る事なんて、自動販売機でジュースを買うくらいに簡単。慈悲で選んでやったのだから、私が言う事をお前が聞くべきなのだと、常に喚き散らしていた。
父に対しては、給料が安いとか。もっと良いものが食べたいとか。隣の奥さんはもっと良い服を着ているのだとか。
そう言うことを、いつもいつも叫んで。
暴力を振るうことも、たびたびだった。
今なら分かる。
そんな母に、父は愛想を尽かしたのだろう。
いつ頃か、父はいなくなった。
そして、それが決定的なことになった。母が、何だかおかしな雰囲気の女性を、家に連れ込むようになったのだ。
彼女らは、何とかの権利団体だとか名乗っていて。彼女らが来ると、亮はいつも物置に押し込められた。ずっと押し込められて、何も食べる事が出来なくて、苦しくて仕方なかったけれど。物置から出ても、どうせ冷たい何だか得体が知れない食べ物を与えられて、顔を見る度に怒鳴られて殴られるだけなのは目に見えていたから、物置の中でも外でもどちらでも良かった。
母は、女性達におだてられているようだった。
何だか難しい事をいつも言っていたけれど。最終的に、社会的に女性が自立するには、という言葉がはいっていた。そして母は、その旗手になるべきだとか、言われているのだった。
よく分からない。
分かっているのは。
ただでさえ怖かった母が。その女性達が現れるようになってから。更に亮に対して、厳しい態度で接するようになった事、だった。
学校には行かせて貰った。
亮が学校に行くようになったのは、小学二年生の頃から。学校に行かせる事さえ、母は反対のようだったのだけれど。待機児童がどうのこうのとかで、国の人が来ると、本当に嫌そうな顔をしながら、亮を学校に行かせるようになった。
そして、成績を要求した。
何もかもで一位を取れ。試験は全部百点以外は許さない。
飼ってやっているんだから、それくらいはしろ。
お前みたいな子供欲しくなかった。男なんていらない。男なんて、女を虐げる獣以下の存在だ。
だからせめて役に立て。
勉強で良い成績を取っていい大学に入って、稼げ。稼いだ金を、全部寄越せ。そうすれば、許すことを考えてやってもいい。
母の理屈はよく分からない。
ただ、逆らえば殴られる。それだけが事実としてあった。
そして、亮は最悪なことに。母が求めるほど、頭が良くなかった。一生懸命自分なりに頑張ったけれど。
百点に点数が届かない度に。その回数殴られた。それも、拳では無くて、殴るための棒を用意している有様だった。
一度顔に痣が残っていて、学校から通報があったらしい。その時以来、顔で無くて、体を殴るようになった。
この恩知らず。
恥知らずが。
飼ってやっているのに、恥を掻かせるようなことをして。お前のせいで、生活保護の金が得られなくなったらどうするつもりだ。
お前のせいで私は病気になった。
お前のような男は、女を虐げる害悪だ。その害悪を生かしてやっているんだから、せめて私に恥をかかせないようにしろ。
叫びながら、母は亮を殴った。
そして、例の女性達も、頻繁に家に来て。母をひたすらに持ち上げた。その女性達と一緒に、何処かに出かけては。何か分からない集会に出ているようだった。亮は連れて行かれなかったから知らないけれど。一度ちらっとみた街頭のテレビで、母が写っているのが見えたことがある。
歯をむき出しにして、凄まじい形相で叫んでいた。
女性の権利がどうとか、何だとか。
よく分からない。
ただ、暴力を振るわれるのが怖かった。散々殴られて育った亮は。母に逆らうという思考を、持っていなかった。
小学校が終わり。
中学に上がってからも、凄まじい暴力は止まなかった。
母は活動だとかで忙しく。生活保護で得ている金も、殆どそれにつぎ込んでしまっているようだった。
相変わらず、テストでは全部百点を取ることを要求され。
取ることが出来なければ。徹底的な折檻をされた。
基本的に、母に逆らうことは思いつかなかった。そして毎回テストでは、どうしても百点を取れない科目があり。
その度に殴られるから。テスト自体が恐怖でならなかった。
亮は学校でもイジメを受けた。
当たり前の話だ。
子供は弱者には敏感だ。亮が成績は良いけれど、母から徹底的な家庭内暴力を受けている事を、何となく悟ったのだろう。
教師陣はそれほどおかしくは無かったけれど。それでも、イジメの解決には熱心では無かった。
何処にも亮の居場所がない。
そんなある日。
妙な試験を、やらされることになった。
新しく開発された技術の適性検査とか言うものだ。マークシート式のテストで、時間制限もある厳しいものだった。
ペーパーが終わった後、何だかよく分からない丸い機械が運ばれて来て、それの中に入れられて。
言われるままに操作をした。
試験に来ていたのは、黒服の怖い人達。警察も一緒にいたから、きっと国のお偉いさんだったのだろう。
試験が終わった後、母がいつも以上に怖い顔をしていた。折檻をするときとは違って、薄ら笑みを浮かべていた。
嫌な予感がした。
でも、逃げるという選択肢は無かった。母に逆らうと、更に折檻がひどくなることも、分かっていたからだ。
「裸になって、ベッドに横になれ」
一瞬躊躇しただけで、いつも母が常備している「教育用」の角材で側頭部を殴られた。この角材、「護身用」に、母をいつも持ち上げている女性達が持ってきたもので、いつも血に汚れていた。
勿論、亮の血だ。
母は亮を殴る事を躊躇しない。自分には殴る権利があるし、それは躾だと信じている様子だった。
裸になって横になると、母はロープを使って亮を縛り上げていく。
腕も、足も。ベッドに固定された。
体が震えて、身動き一つ出来ない。
ガムテープを取り出す母。
ゴミでも見るように。母は、亮を見下していた。
「こんなに毛も生えて来やがってよ……! 醜いんだよ、無能が!」
乱暴にガムテープを足に貼ると、一気に引きはがす母。生え始めたばかりの毛が全部無理矢理引っこ抜かれて、亮は思わず悲鳴を上げていた。
痛い。
だけれど、その瞬間、顔面に棒を降り下ろされる。
「ピーピー泣くんじゃねええうざってえってlkadhsfponcjj;allkashfdocfhsd!」
もう、何を言っているのかも認識出来ない。何度も何度も、顔面にも、体にも、棒を降り下ろされた。
何となく分かるのは。
この間の全国試験の日本史で、亮が94点を取ったのが気に入らなかったらしい。何でも、母が崇拝している団体の長の娘が、同じ試験で100点を取ったのだそうだ。つまり、飼ってやっている亮が、恩知らずにも、恥を掻かせるようなことをしたのがいけないのだと、母は思っているらしかった。
折檻、早く終わって欲しい。
最近は、やっと母の力が亮よりも落ちる事が分かってきた。体が出来てきたから、だろう。
我慢していれば、その内終わる。母が疲れれば、折檻だって止まるのだ。でも、今日はあまりにも暴力が激しくて。
何度も顔面に角材を降り下ろされて、鼻を潰されて。血を吐いた。
そして、見る。
母が取り出してきたものを。
それは。剪定用の丸鋸。
「最初からこうすれば良かったんだよなああ。 どうせその汚いもの毎日いじくってるから、成績も落ちたんだろ!? 他のみんなも言ってるんだよ。 男なんて、毎日自慰してバカになってるってなあ! ただでさえ馬鹿なお前なんか、そんなものついてたら、自慰ばっかりしてるよなあ! それでバカになってるよなあ! 分かってたのに、どうして気付かなかったんだろうなあ! とっとととっちまおうな、そんな汚いものはよぉ!」
やめて。助けて。そう言う事さえ出来なかった。恐怖で全身が縛り付けられて、それでも何も出来なかった。
丸鋸が、周りはじめる。
それが、自分の生殖器に向かって、降り下ろされるのを見て。亮は、恐怖の悲鳴を上げていた。
気がつくと、病院だった。
医師だという白衣を着た初老の男性が、状況を説明してくれる。
亮の家に、あの黒服の人達が踏み込んで、母を取り押さえたのだという。母は人権侵害だ、これは躾だとか喚いていたらしいけれど。既に何処か知らないところに連れて行かれたそうである。
そして、見て、絶句。
亮の生殖器は。
ごっそり、抉り取られて、無くなっていた。全部では無いけれど。少なくとも睾丸は根こそぎ抉り取られていた。
しかも医師の話によると。切り取られた生殖器はぐしゃぐしゃに踏み潰されて、もうどうにもならない状態だったという。
「君は一ヶ月も眠っていたんだよ。 あまりにも消耗がひどくてね」
そういえば、呼吸補助の器具も付けられている。顔も何度も角材で殴られたのだし、当然なのかもしれない。
歯も何本か折れていたので、それは差し歯をいれたとか。
ぼんやりとしている亮は。
どうしてか、嬉しかった。分かったからだ。これ以上、母に折檻されずに済むのだと。
それから、少しずつ、説明がされる。
亮が、あの良く分からない試験で、国内最高点をたたき出したという事。ただし、今回のひどい負傷の結果が、どうなるか分からない。
だから、負傷から快復後、また試験を受けて欲しいとも。
快諾する。
というよりも、何となくに分かったのだ。
これは、人生の好機だと言う事を。
一月ほど入院し、体の回復を待ってから、リハビリをする。生殖器が無くなってしまったのは残念だったけれど、母と会わずに住む方がよっぽど嬉しい。実は自慰どころか精通もまだだったのだけれど。母にとっては、どうでも良かったのだろう。母にとっては男性という存在そのものが憎くて。亮がその代表のように思えていたらしかった。何を言っても無駄だったし。結局、最終的には、あのままでは殺されていたに違いなかった。
いずれにしてもホルモンのバランスが崩れるとかで、お薬を貰いながら、リハビリを行う。
歩くことは問題ない。
勉強についても、今まで異常なスパルタでやっていたのだ。一月や二ヶ月くらい遅れても、どうにでもなる程度の成績は収めていた。
ある程度リハビリが進んだところで、またテストをする。
前回以上の点数が出たとかで、亮は驚いた。よく分からないけれど。ひょっとすると、今回の負傷が、良い方向に向いたのかもしれない。
不幸中の幸いだと医師は言っていたけれど。
そんな事よりも、このテストが何の役に立つか知りたい。こんな良い治療を受けさせて貰ったのだ。
何より、あの母と引きはがしてくれたのだ。
今なら分かる。
あの母は、異常だった。
自分に都合が良い思想にどっぷり浸かって。何もかもを肯定して、自分が世界で一番正しいと錯覚していた。
だからどんな残虐行為を亮に行う事さえ、躊躇っていなかった。
環境が変わって、やっと分かったのは収穫だったかもしれない。周囲の看護師達は、おぞましいまでの暴虐を振るっていた亮の母を非難していたし。亮に同情もしてくれた。それだけで、充分だ。
恩を返したい。
そう思っている亮に。
新国連が開発しているGOAなるロボットの、パイロットをするようにと指示が来た。
まだ、亮は中学生だったけれど。
その話を断る理由は無かった。
日本そのものは嫌いでは無かったけれど。母と遭遇する可能性がある場所にいるのは、もういやだった。
それからは、日本を離れて、米国に。正確には、立ち上げられたばかりの新国連に所属した。
色々な書類を書いて。ハンコを押して。よく分からないのだけれど、米国籍も取得したらしい。
それからは、学校とは縁がない生活をするようになった。
英語を覚えながら、少しずつパイロットの試験作業をした。
キルロイド大佐と出会ったのも、その過程。他の候補生達と一緒に、軍隊式でしごかれながら、少しずつ色々な事を覚えていった。候補生達は年齢も国籍も性別も様々で、それが故に誰が誰を差別する、と言うようなことは無かった。
だから、GOAの開発段階から、亮はその側にいて。
今でも、一緒にいると力を貰える。
GOAは亮の兄弟のようなもの。
きっと、亮はGOAが戦争の道具だと言う事はわかっているけれど。それでも正義のために扱えると信じているのでは無くて。信じたいのである。
自分でも、それは分かっている。
分かっているからこそ。現実にしたいのだ。
夢は努力すれば叶うなんて、きっと大嘘だ。実際問題、両親が仲良くして欲しいと言う夢は叶わなかった。母が暴力を振るわなくなって欲しいという夢だって、かなうことは無かった。
どれだけ努力したって、全部のテストを100点で埋める事は出来なかったし。
仮に全部100点を取ることが出来ても。母は最終的には、亮から搾取することしか考えなかっただろう。
夢は、決して全てが叶うわけじゃない。
それでも、叶う夢は叶えたい。
だから、亮は必死にパイロットの勉強をした。今までと違って、これは叶う夢だと思ったからだ。
絶望の中。
特性があるとかいう理由で、一本の糸が延ばされた。
それを掴むことが出来た。出来たのだから、もうそれを離すわけにはいかない。
他にも、パイロットの候補生はいた。
蓮華もその頃に知り合った仲だ。
亮の成績はずば抜けていて、最終的にトップで候補生の中から本職に。他の候補生達は、恐らくは開発段階のGOAのテストパイロットを今でもやっていることだろう。亮はとにかく選ばれて。
そして、居場所を得ることが出来た。
絶対に、国には帰りたくない。
帰ったところで、穀潰しになるだけだ。成績なんて、何の役に立つだろう。亮が戻ったところで、いる場所だって、ありはしないのだ。
だから今日も、亮はGOAに乗る。
そしてその実力を。
最大限まで、引き出してやりたかった。
2、壁
フランガルの攻略作戦は完了。新国連のGOA部隊は、武装勢力をぶっ潰すと、いっそ潔いほどに引き下がった。
その後は、禍大百足で蹂躙するだけ。
生き残っていた武装勢力にも、容赦なく腐食ガスを浴びせて、武器を使い物にならなくして。
全土にスーパービーンズを散布して、作業完了。
スーパーウェザーコントローラーで、乾燥しがちだったこの土地にも雨が降るように調整して。
全てが完了してから、土に潜る。
その間、GOA部隊は、仕掛けてこなかった。
腕組みする。
今回は、双方の利害が一致したと見て良い。GOA部隊は、攻撃を受けた報復を口実に、機能の限界を見定めたかった。
だから、禍大百足の進路には、立ちふさがらなかった。
その割りには、新国連の報道では、禍大百足が大量虐殺をして、残虐非道の限りを尽くした、みたいな情報を垂れ流している。
まあ、非道には違いないので、反論はしないし。
そもそも、しても意味がない。
新国連側の意図は今一分からない部分もあるが。今回の作戦では、互いを適切に利用し合えた、と考えれば良いだろう。
ちなみに中帝の特殊部隊らしいのはいた。
いたけれど、全滅させた。
これについては、不可抗力だ。どうやら一番有力な武装勢力とつるんで、GOA部隊を迎え撃とうとしていたようなのだけれど。
その武装勢力の拠点を、地下から強襲したのだ。
勿論以前の反省を踏まえて、備えなどない事を確認した上で。地下に装甲板も張っていないトーチカなんて、それこそ砂の城でも崩すかのように、一瞬で崩壊させることが出来た。
破壊する時、一応データを取っておいて。中帝の特殊部隊だったらしいことに気付いたけれど、もうそれはどうでも良い。
多分今頃、新国連の特殊部隊も、禍大百足が潰した拠点を調査しているはず。死体は見つけ出しているだろうけれど、何をどうするという事もないだろう。
すぐに基地に戻ることはしない。
今回は、少し地底で様子を見てから戻る。
GOA部隊の動きが気になるし、そろそろ新国連側も本腰を入れてきている。いっそのこと、オーバーホールは後回しにして、次の攻略対象を叩くべきかもしれない。そろそろ、アフリカ大陸にある攻略対象は絞られてきていて、新国連もかなり監視を厳重にしてきている。
ユーラシアのターゲットを狙うべきでは無いかと、私は考えている。
中東にある幾つかの最貧国を叩くか、或いは東欧に行くか。
どちらにしても、そろそろアフリカ大陸のターゲットばかりでは、新国連側の対応の高速化を招くだけ。
しばらく地下に浅くだけ潜り、電波を受信しながら、情報を整理。
丁度良いので、アーシィにやらせる。スパコンの機能もサポートにつけるから、かなり高速で、様々なデータを処理できるはずだ。
「どうだ、調子は」
「はい、問題、ありません」
まだちょっと不安そうに、アーシィは此方の顔色をうかがってくる。私はアーシィにとって、怖い人、という事なのだろう。
別に構わない。
なれ合いなんて求めていないし、慕われたいとも感じない。
昔から、私はそうだ。
だから結局の所、私には研究しか無かったのかもしれない。
「何か気になるデータははいってきていないか」
「新国連の基地に、GOAの装備が続々と到着している様子です。 全ての201型を、データフィードバックして、240型に切り替えるつもりかも……」
「随分とまあ気前が良いな」
資金が潤沢な組織だと言う事はわかっていたが。五十機からなるGOAを全てバージョンアップするとなると、円にして軽く数百億。下手をするとそれ以上の金が吹っ飛ぶはずだ。
そうなると、新国連としては、そろそろ量産化を視野に入れていると見て良いだろう。
別に構わない。
今の時点では、戦う必要もない。
その中で、現役最先端機である240型用に、複層の防護アーマーらしきものが輸送されてきているという情報もある。
色々な電波を傍受して、暗号解読しての結果だけれども。
流石にあらゆる情報を、正確に入手、と言うわけにも行かない。
この国は、ちょっと前まで、はいるのも危険なほどの場所だった。ましてや新国連に忍び込ませているスパイもいない。
暗号化されているデータから、これだけ引き抜けているだけでも、充分とみるべきだろう。
マーカー博士も黙々とデータに目を通していたけれど。
やがて、私に話を振ってきた。
「どう思う」
「厄介だな。 五十機全てがバージョンアップする資金と物資を、躊躇なく用意してくる辺りが、だ」
「それについては同感だが、戦略的な意図は読めるか」
「いや、分からんな」
この辺り、戦略の専門家ではない事が壁になる。
いずれにしても、新国連の動きは分かった。この国では、もうすることも無いだろう。武装勢力も禍大百足とGOAに挟撃されて、二重の意味で徹底的に蹂躙されたあげく。既にスーパービーンズは大量に繁茂している。武装勢力がはびこる土壌は、根本から失われたのだ。
深く潜ってから、速度を落として、基地に戻る。
持ち帰ったデータは充分。
しかし、今回は。
戻ってから、大きめの波乱があった。
基地に戻ると、かなり慌ただしく結社のメンバーが動き回っている。何かあったのは明白である。
すぐに禍大百足を降りると。
白衣の若い同士が一人、駆け寄ってきた。
「ハーネット博士!」
「どうした、何があった」
「それが、妙な動画が流されています。 中東のテロ組織が結社のメンバーを捕虜にしたのだとか」
「映像は」
すぐにURLを転送してくれる。
携帯で開いてみると、どうやら中東の過激派集団らしい。顔を隠した男達が。同じく顔を隠した男を後ろ手に縛り、跪かせている。
アラビア語で声明が読み上げられる。
アラーの敵である邪悪なる百足を誅戮するとか。その僕であるこの男を殺すとか。殺されたくなければ、すぐにでも身代金を用意しろとか。
この手の武装勢力は、金のために人質を取ることを平然とする。連中が信仰など抱いていない俗物の集まりである事の証であるが、それは今は別に良い。
腕組み。考え込む。
「発信元の国が何処かは分かるか」
「分かりません。 プロキシサーバをかなり複雑に経由している模様でして」
「そうか、ならば私が突き止める。 此処の機器類は使うな」
後、念のために、結社の潜入メンバーと連絡を取るようにと指示。
すぐに、皆が動き出した。
だが、何しろ皆命がけの任務をしている状態だ。素性を知られないように、それぞれ拷問に対抗する訓練も受けている。
最悪の場合は、何も言わず、死ぬようにも。
それだけ、この仕事は、重要だと言う事だ。人類の命運が掛かっているのだから、なおさらである。
誰かが簡単に裏切るとも。
武装勢力の手に落ちて、洗いざらい吐かされるとも思えない。
一旦基地から移動。
別の国に出ると、其処から動画サイトにアクセス。スパコンの機能をフルに使用して、一気に動画サイトを乗っ取る。
アクセスログを解析。
調べて見ると、確かに複数のプロキシサーバを経由して、動画をアップしている様子だ。面倒な事をする。
順番に、プロキシサーバを洗う。
幾つか中帝のプロキシサーバがあったが、関係無い。順番に乗っ取り、その後はサーバそのもののデータを完全にデリート。足跡など残さない。
七つ目のプロキシサーバを抜いてログを取りだし。
そして、踏み台にされていたPCを特定。そのPCに更に入り込んで、ログを採取。ようやく発信元を突き止めた。
発信元は、中東の一国。
現在混沌の坩堝と化している中東の中でも、特に治安が悪い国だ。アフリカの幾つかの国同様、人間として限界を極めるほど残虐な武装集団が闊歩している国の一つで。先鋭化したカルトを崇拝し、残虐な手段で勢力を広げている武装集団が、三つもある国。
捕まった男は、どう考えても結社の人間では無い。
少しして、結社メンバーからの連絡が来る。現在この国に潜入しているメンバーはいない。
更に言うと、行方不明になっているメンバーも。
ならば、ただの目立ちやがりか、或いは何処かの国の諜報員か。いずれにしても、放置しておくのが良いのだけれど。
逆手に取って、何か使えないか。
しばらく考えた後、幾つか案を考える。
まず、この武装勢力を壊滅させる。人質ごと。
この人質は結社の人間では無い事がはっきりしている。だから、騙った罪を償って貰うのだ。
もう一つは。助けてやる。
この場合、かなりミッションの難易度が上がる。
そして、助けて、何か意味があるのか。それが課題になる。宣伝に利用できるか、或いは。
動画を確認すると。
既に100万回以上再生されている様子だ。これでは。動画のサイトに消去されるのも、時間の問題だろう。
放置しておくという手もある。
その場合、馬鹿が一人死ぬだけだが。
しかし、ひょっとすると、結社に対するバッシングに発展する可能性もある。別にそんな事をされても今更痛くもかゆくも無いが。
もう少し現実的な問題として、侮られるというものがある。
関係者が人質になっているのに、放置した。臆して出て行かなかったのだ。それは早い話が、禍大百足への抵抗を激しくさせることも意味する。
マーカー博士に意見を聞いてみると。
彼は意外にも即答した。
「救助するべきだろうな。 勿論我等の素性は明かさず」
「その心は」
「まず第一に、この武装勢力は、我々を脅迫している。 我々を脅迫するような行為に出た人間が、どういう目に会うかを、見せておく必要がある」
確かにその通りだ。
既にアフリカで相当数の国を潰してきている禍大百足を侮っているから、この武装勢力はこういう行動に出ているのだろう。
ただの伝聞程度に考えているのか。
或いは、彼らが嘲笑している「人道」に基づいて此方が動くと考えているからか。
残念ながらその通りだが。
此方の最終的な戦略を遂行するための行動は、人道に優先する。地獄に落ちることはもとより覚悟の上。
「第二に、この人質になっている人間が、我々の関係者では無いと示す必要もあるだろうな」
「ふむ、その通りだ」
「最後に、アフリカだけでは無く、中近東にも禍大百足は出現できる。 それを示せる意味もある。 中近東の武装勢力も、瞬時に蹂躙できることを見せておくことは、大きな意味があるだろう」
なるほど、参考になる。
私は即断。
人質は関係無い。この武装勢力を、徹底的に、塵のひとかけらも残さず、叩き潰して消滅させる。
今までで一番長距離の遠征になるが、別に中東にも基地はある。其方にも人員はいるので、補給は難しくない。
アーマットにも連絡を入れておく。
気にくわない奴だが、へそを曲げられると面倒だからだ。
「なるほど、そう言う判断か」
「どのみち中東には出る予定だった。 アフリカのターゲット国はまだ片付いていないが、我々を舐めた態度を取った連中がどうなるか、見せつけておくのには良いだろう」
「そうだな。 ただし、失敗は避けてくれるか」
「分かっている」
通信を切る。
失敗か。砂漠の地下を移動することも。地下から武装勢力の拠点を叩き潰すことも、既に何度も経験済み。
これから攻撃する武装勢力は、西側から横流しされた兵器をある程度持っているとは言え、規模からしても練度からしても、これまで潰してきた敵に比べて強力なわけでも無い。ただ、オイルマネーによる潤沢な資金があるから、何かしらの罠を仕掛けてくる可能性もある。
油断は出来ない相手だ。
すぐにルナリエットとアーシィをコックピットに呼ぶ。
腕組みして話を聞いているマーカー博士を尻目に、次の作戦について説明。ルナリエットは疑念を覚えていないようだったけれど。アーシィは、小首をかしげる。
「お話しは分かりました。 ただ、これが罠の可能性はありませんか」
「あるだろうな」
「ええと……そうではなくて、です。 これから攻撃する対象の武装勢力が仕掛けている罠では無くて。 その背後にいる大国とか、その、オイルメジャーとかが、何かしらを仕掛けているとか……」
なるほど、其処まで考えていたか。
じっと見ると、恥ずかしそうに赤面するアーシィ。
まあ、それも想定済みではある。
いきなり水爆を使ってくるようなことは無いだろうが。何かしらの備えはしていると判断して、動くべきではあるだろう。
「いずれにしても、罠は正面から噛み破る」
「分かりました」
「すぐに出るぞ。 準備をしろ」
アーシィはいずれ、作戦立案を任せても良いかもしれない。最年長者だったクラーク博士の知識を受け継いでいるし、それが出来る能力もある。少なくとも、素人である私が考えるよりも。センスがある人間が考えた方が良いはずだ。
マーカー博士は腕組みしたまま、押し黙っている。
「どうした。 頼もしく育ちそうでは無いか」
「ああ。 だがな、軍事の才能なんて、あっても人を幸せにはせんよ」
「そうかも知れないが、無いよりはマシだ」
禍大百足が動き出す。
まずは深くに潜って、振動検知装置を避ける。移動速度もある程度落とすのは、こればかりは仕方が無い事だ。
海中に出てから、本番。
大陸棚を抜けた後は、深海を身をくねらせて泳ぐ。もとより宇宙ステーションになる事を想定されていた機体だ。深海を移動することは造作も無い。そして既に海中での作戦行動は実行済み。
ソナーを飛ばして、船がいない事だけは確認する必要がある。
どのみち、四千メートルの深海だ。こんな所で戦闘行動を起こす潜水艦はいない。悠々と移動できる。
ソナーには、時々漁船や潜水艦が映り込むが、追尾はしてこない。
戦闘用の潜水艦も、この深さまでわざわざ潜って戦おうとはしないのだろう。ちなみにステルスは考慮していない。相手がソナーをぶつけてくれば、居場所はばれる。だが、気にする必要はない。
どのみち、大陸棚に到達したら、其処から地中に潜るからだ。
泳ぐ速度については、65ノットを維持。
現状は、それで良い。
さて、武装勢力がしびれを切らして、あの「人質」を殺すまでにたどり着けるか。まあ、たどり着けなかったら、その時はその時だ。
恐らく米軍の原子力潜水艦だろう。
かなり上の方を、追尾してきている。相手にせず、そのまま深海を驀進。速度からしても、此方が遙かに上だ。
程なく振り切るけれど。今度は別の原子力潜水艦。まっすぐ行っても追いつけないと判断して、増援を手配したのだろう。
まあ、これくらいは当然だ。
「脅かしますか?」
「放置で」
ルナリエットに応える。
アーシィも何も言わない。
黙々と深海を進み続けて。程なく、大陸棚に到達。地面に潜り込む。流石に、地中までは、原潜も追ってこられない。
バンカーバスターには警戒が必要だけれど。
核弾頭を搭載したバンカーバスターをいきなりぶち込んでくるほど、米軍も大胆では無いだろう。
もしやってくるとしたら別の国だけれども。
それならそれ。
禍大百足の恐ろしさを見せるには、良い機会だ。
途中、一度砂漠のど真ん中で地上に出る。情報を確認すると、まだ人質は殺されていないらしい。
結社のメンバーには、これから攻略するイジラフ連邦共和国には近づかないよう指示。元々治安という点では最悪の国だ。多国籍軍が泥沼の治安維持に嫌気が差して、撤退したという曰く付きの国である。
潰してしまうには、丁度良い機会だ。
一旦、機体の状態を確認。深海をかなりの距離航行したのだ。不具合が無いかは、しっかり調べておく必要がある。
アーシィが真っ先に点検を終えた。
「システムオールグリーン。 現状、問題ありません」
「提案がある」
マーカー博士が挙手。
頷くと、発言して貰った。
「スーパーウェザーコントローラーを、今の時点で起動しておこう」
「どういうことか」
「この国を潰す際に、他国の高空戦力に横槍を入れられるのを防ぐためだ。 もしも他国が罠を仕掛けてくるとしたら、GOA部隊か高空戦力か、或いは巡航ミサイルによる飽和攻撃だろう。 他にもあるかもしれないが、手を打つならこれが良いだろう」
アーシィが挙手。
反対だという。
「この地域では岩石砂漠があり、年に何度か大雨で洪水が起きています。 下手に大雨を起こすと、無駄な犠牲を出す可能性が」
「詳しいな。 今調べたのか」
「はい。 その……もしもスーパーウェザーコントローラーを起動するなら、この地点の方が良いかもしれません」
アーシィがスクリーンに地図を投影。
そして指定した地点は。此処から少し東。
武装勢力の様子を確認。まだ、人質に手は出していない。この状況なら、寄り道しても大丈夫だろう。
「どう思う」
「確かにこの指定地点からの雨であれば、水害になる恐れは無さそうだ。 更に言えば、海上に艦隊が展開したとしても、かなりの悪天候で視界を遮ることが出来る。 高空戦力も、迂回しなければならなさそうだ」
勿論、最新鋭の戦闘機を出してきた場合、多少の悪天候程度では、足止めにもならないだろう。それは分かっている。
少し砂漠を移動して、天候操作を実行。
上空に、見る間に積乱雲が出来ていく。
砂漠に潜る。
さて、ここからが。
作戦実施だ。
3、砂漠の悪夢
この国、イジラフ連邦共和国は、現在中東で最も危険な場所の一つだ。政府軍と武装勢力が都市を奪い合いしているような状況で、事実上国家が機能していない。多国籍軍も治安回復に必死だが、成果は全く上がっていない。
幾つかの大きな禍の結果である。
昔は残忍だが、豪腕で勢力をまとめる事が出来る独裁者がいた。この独裁者が色々な問題を起こした末、多国籍軍に潰されて死亡。
此処までは、良かった。
問題は、その後。
軍隊は一度解散されて。
規模だけが縮小されて、再編成された。
残ったのは、手に仕事が無い多数の人間達。しかも彼らの中には、武器を持っている者も多かった。
かくして彼らは、仕事を奪った相手に対する復讐を、実力で開始した。
先鋭的な宗教は、彼らに必要とされて出てきたに過ぎない。実際にはやはり、この国でも飢餓が、国が乱れる最大の原因となっているのだ。
軍に対しては圧勝した多国籍軍も。
軍そのものがゲリラ化した状況では苦戦を強いられ。
この国では三十年。
事実上政府が機能せず。
武装勢力が好き勝手をし。
先鋭的なカルトに染まった武装勢力が、女子供を奴隷化するという言語道断の凶行を行うようになりはじめていた。
アフリカにも、こういう国は幾つもあるが。
この国の場合、オイルマネーという巨大な富を産み出す要素があり。それがさらなる地獄を加速させたとも言える。
新国連は、こういった紛争の調停を目的としている組織だが、全世界で活動できている訳では無い。中東は、EU、ロシア、中帝を中心とした戦力が多国籍軍を組んで平和維持活動をしているが。此処は状況が泥沼と言う事もあって、未だ新国連への状況譲渡が完遂されていないのだ。
今回の目標は、幾つかある武装勢力の完全殲滅だが。
同時に、武装勢力の資金源になってしまっている油田についても、封印してしまうつもりだった。
石油採掘場を潰すだけでは無い。
禍大百足に搭載されている機能を使用する。
宇宙空間で火災が発生した場合、迅速に消火するための仕組みである。それを防御用に改造したものだ。
実戦投入は今回が初めてだけれども。
いずれにしても、世界中で好き勝手しているオイルメジャーを黙らせるためにも、今回の作戦は必要だ。
予定より少し早くなったけれど。
それはそれ。これはこれである。
武装勢力の拠点については、調べてある。砂漠で公開処刑を行って、ネットにアップする習性を持つ連中で。既にどこから動画が投稿されたかも調べてあるので、居場所も大体は見当がついている。
人質を救出するのは。
処刑が行われる寸前で良いだろう。
地中を急ぐ。
現在、人質は砂漠に引っ張り出されている様子だ。得意満面になった武装勢力「アブダ」のメンバーが、動画をネットにアップしているからだ。
この背教者は、これから殉教者になるだとか何だとかほざいているが。
声に笑いが含まれている。
殺す事を単純に楽しんでいるのである。
動画でもそれを指摘するコメントがあるけれど。実際問題、此奴らのいる国まで出向いて、何か出来る人間はいない。
多国籍軍は精密射撃で、武装勢力の人間だけを殺そうとしているけれど。
人権というしばりが多国籍軍側にあるのを利用し、武装勢力は子供を爆弾のキャリアに仕立てて自爆テロを起こさせたり。他の第三諸国のようにチャイルドソルジャーにしたりと、無茶苦茶だ。
動画の再生数はうなぎ登り。
さて、そろそろ仕掛けるタイミングか。
人質が、砂漠に座らされる。
身代金が払われなかったとか何とか武装勢力の人間がほざいているが。そんなものは、もうどうでもいい。
潜行。
そして、下から、突き上げるようにして。
人質を、口に含む。
ばくり。
砂漠ごと、禍大百足の口に、人質を含んだのだ。
同時に、口の中に、無力化ガスを流して気絶させる。この時の事を、覚えさせる訳にはいかないからである。
突如砂の中から出現した禍大百足に、大慌てする武装勢力。
まさか此奴ら。
本当に禍大百足が来ると思っていなかったのか。売名行為のためだけに、無関係とわかりきっている人間を、殺すつもりだったのか。
あきれ果てるが、もうどうでも良い。
アフリカでも、此奴らと同レベルの人間は、嫌と言うほどみてきた。人間は此処まで墜ちる事が出来るのだと、私はもう知っている。
だから、今更、失望もしない。
失望なんて。六年前に、嫌と言うほどした。
腐食ガスをばらまき、蹂躙開始。
キャンプを踏み砕き、兵器を蹂躙し。連中のテクニカルを無視して、拠点へと真っ正面に向かう。
武器を一瞬で潰された武装勢力は右往左往。
というよりも、此奴らは確か、多国籍軍の空爆でも、「守るべき」民衆を置いて、真っ先に逃げ出すことで有名だったか。
反撃は、驚くほどに微弱。
わずかな反撃も、腐食ガスを喰らって、見る間に潰えていく。このまま楽勝かと思った、その瞬間だった。
「上空より飛翔体!」
「巡航ミサイルか」
「バンカーバスターです!」
狙いが、禍大百足では無い。
まさか。
次の瞬間、それは現実となった。
武装勢力のアジトに、バンカーバスターが着弾。明らかに通常弾頭では無い破壊の嵐が、地下から武装勢力のアジトを、消し飛ばしたのだ。
更に、周囲に砲撃の嵐が着弾。
既に無力化されている武装勢力の人間が、片っ端から殺戮されていく。これは精密射撃じゃ無い。
明らかに、無差別攻撃だ。
「これが狙いだったのか……」
私にも、分かった。
恐らく、多国籍軍を主導している何処かの国が、今回の罠を張っていたのだ。今まで人道という縛りがあって、どうしても出来なかった無差別攻撃を実行するために。その上この攻撃。明らかに核弾頭を用いている。
アフリカで大暴れしたアンノウンこと禍大百足が。残虐非道な攻撃をしたと報道すれば良い。
またデカイのが着弾。
今度は多分核じゃない。恐らくは気化爆弾だ。上手く行けば、禍大百足も消せるかもしれないと思って、攻撃しているのだろう。
この苛烈なやり方、多分米軍じゃ無い。
恐らくロシアか、中帝だ。
どちらも多国籍軍に混じっていたはず。今回の件で、どちらも強硬な姿勢を取っていたと聞いている。
攻撃が過激化するのも、無理からぬ事だろう。
「調べて見たところ、この国全域で、無差別攻撃が行われている様子です! 都市部も武装勢力の拠点も、お構いなしです!」
「どうする、一度退避するか」
「いや、待て」
至近で、気化爆弾が爆裂。
流石に揺れがコックピットまで来る。今までに受けた攻撃の中で、一番強烈だ。だが、耐え抜く。
今回は、良い機会かもしれない。
どれだけの攻撃に耐え抜けるか、実験しておこう。
そう言うと、マーカー博士は、一瞬だけ躊躇した後、反対の意見を述べた。
「このままだと、我らに無差別攻撃の罪を押しつけられるぞ。 ただでさえ中東での最初の活動だ。 最終的な計画に響く」
「この礼はする」
「まさか、多国籍軍に仕掛けるつもりか」
「いや、この攻撃の映像を全て至近で撮っておく。 それをネットに流す」
見ると、逃げ惑う武装勢力の人間が、神の名を唱えて、助けてくれとかほざいていた。何という勝手な生き物か。
次の瞬間。
至近で炸裂した気化爆弾が、その阿呆を蒸発させる。
この様子だと、人質も。或いは、禍大百足の動きを見越した上で、潜入させられたスパイかもしれない。
アーシィが、飛び込んでくる情報を必死に捌いている。
ルナリエットは此方を見ているけれど。今は、動いて貰うわけにはいかない。もどかしいが、仕方が無い。
「また一つ、バンカーバスターが落ちました! 武装勢力の拠点が一つ、核で消し飛びました!」
「本気で容赦するつもりが無いな」
「此方にも来ます! 巡航ミサイル多数!」
「迎撃レーザー用意。 叩き落とせ」
「はい!」
ルナリエットが、やっとかと、ヘルメットを被る。
丸まるようにして、動く禍大百足。そしてその装甲の一部が、きらめく。同時に、稼働用の電力の半分が、一瞬にして喰われた。
上空で、多数の爆発。
全ての巡航ミサイルが、撃墜されたのだ。
爆発の中、見えるのは。
恐らく、戦術核を搭載した爆撃機だ。今度はあれが、直接禍大百足を狙ってくる、という事だろう。
武装勢力は、虎の尾を踏んだ。
実際問題、相手が手段を選んでいるから、戦いになっていたのだ。それが手段を選ばなくなれば、こうなる。
この国は放射能汚染されて、当面は立ち直れないだろう。この様子では、恐らく油田も。禍大百足が封じるまでもなく、この世から消し去られているはずだ。
「どうします、迎撃レーザーは」
「まだ早い。 核が投下されてから撃ちおとせ」
「分かりました!」
だが、予想に反して、爆撃機は禍大百足を狙ってこない。武装勢力の拠点に、核を落としに行ったのだろう。
また、巡航ミサイル多数。
今度は上を通り過ぎていく。恐らくは、武装勢力や、その支配下にある街などを徹底的に攻撃しているのだ。
スーパービーンズ散布。
スーパーウェザーコントローラー起動。
指示を出すと、マーカー博士が一瞬だけ此方を見た。
「本当に、やるのか」
「ああ。 どのみち、ちょっとやそっとの攻撃では、禍大百足は破壊できんしな」
「分かった。 任せておけ」
膨大なスーパービーンズを撒きながら、移動開始。雨も降り始める。鉄の雨も降っている。MLRSによる射撃が開始されたのだろう。文字通りの絨毯爆撃。もはや一人たりとて生かしておくつもりはなさそうだ。
装甲に、ひっきりなしに振動が来る。
巡航ミサイルが、かなりの数着弾。恐らくは、自走砲による攻撃、艦砲射撃も開始されたと見て良い。
これは恐らく。
作戦を主導しているのは、ロシア軍と中帝だとして。他の多国籍軍も、全てグルになっていると見て良い。
新国連のやり方と違う。
誰か、頭の切れるバックがいる。
それは、容易に予想できた。
もはや制圧する必要もない、焼け野原を行く。彼方此方にクレーターが出来た、焼け果てた砂漠に、雨が降り、死体をぬらす。
五体満足な死体は殆ど残っていない。
両足を失った兵士が呻いているけれど。腹の辺りもごっそり抉られていて、死ぬのはほぼ間違いない。
「楽にしてやれ」
「……はい」
ルナリエットが、足を降り下ろして、兵士にとどめを刺す。
もはやこの国は。
少なくとも武装勢力が支配していた地域は。再起が不可能だろう。
だが、それでも。
スーパービーンズを撒く。
攻撃が止む。
禍大百足は、戦犯として残しておく必要がある、ということか。それに、生半可な攻撃では破壊不可能と悟ったから、だろうか。
いや、多分その両方だ。
「ダメージを確認」
「装甲は貫通されていません。 しかし機体内部に、ある程度のダメージが通ってしまっている様子です……」
「一旦地下に潜って、それから修理開始だ。 しばらくは地下深くを低速で移動」
「捕虜は、どうしますか」
正直、その辺りに放り捨てていっても良いのだけれど。此奴に関しては、使い道がある。しかし、欲張って、これ以上傷口に塩を塗り込むのも馬鹿馬鹿しい。一旦この場を離れて、状況を見極めた方が良いだろう。
反撃は、それからだ。
それにしても、都合が良いスケープゴートが現れたからと言って、此処までするか。それに、この大量破壊兵器による徹底的な殺戮作戦は、文字通り前世紀の遺物とするべき悪しき歴史だ。
それを目の前で繰り返させてしまった不覚。
今日のことは、忘れない。
新国連だけではない。
他にも敵はいるのだと、私は再確認させられていた。
地下を移動し、一旦海に出てから、また地下へ。紅海を抜けて、対岸の地下へ潜り。其方の基地に行く。
既にクルーは集まっていた。
もっとも、アフリカにいるクルーとは、別のチームだが。
すぐに、フルメンテナンスに掛かって貰う。
装甲は破られていなかったが。関節部などには、MLRSの弾丸などが何カ所かで食い込んでいた。
戦いは実際には行われたとは言いがたいが。
今回は完敗だな。
私は、禍大百足を見上げながら、思う。
「ガイガーカウンターによると、かなりの放射能が検出されています」
「すぐに処置してくれ」
「分かりました」
スタッフが、放射性物質を洗い流しに掛かる。ルナリエットとアーシィ、それにマーカー博士とともに、別室に。
スタッフは優秀で、既に現状を整理して、レポートを作ってくれていた。ざっと目を通すだけで、現状が分かるので助かる。
今回の無差別攻撃には、ロシア軍の艦隊、空軍が主体となって参加。中帝の軍も参加していたが、規模はごく小さい。
それぞれの主要メンバーについても確認。
気になる名前を、見つけた。
「アレキサンドロス=マッカル……。 聞き覚えがあるぞ」
「ロシア軍の上級士官です。 二十代で少将にまで上り詰めたエリートで、大統領の信任もとても篤いとか」
「もしこの無差別攻撃を主導していたとしたら、此奴か」
可能性は高そうだが。
何とも、現時点では断言は出来ない。
はっきりしているのは。情報戦で連中は、今回の大量虐殺の犯人として、禍大百足をあげてくる、という事だ。
「禍大百足から撮影した動画ですが、どうしますか」
「下手な経路でアップすれば、即座に気付かれるだろう。 少なくとも、この拠点からアップするのは無しだ。 やるとしたら、この禍大百足の中から、直接送信する必要があるな」
面倒だが、仕方が無い。
使い捨てのPCを使う。
核攻撃を受けて壊滅した街に禍大百足で出向き、攻撃の余波で壊れていないPCを確保。それをプロキシサーバにする。合計七台。更にもう一台、作業用のPCとして。動画を此処からアップする。
勿論、禍大百足のPCなど使わない。
この国の武装勢力は、大国同士の争いの縮図でもある。ある程度拡大してからは、明らかに幾つかの国から、スポンサーとして援助も受けていた。中帝もその一つ。回収したPCはその中帝の品で。品質は極めて低い上にウィルスまみれだったが。まあ、一度使うくらいには問題も無いだろう。
このPCと即席プロキシサーバを経由して、動画をアップした後。一度の作業のために使ったプロキシサーバは廃棄。PCも一緒に捨てる。
勿論、原形を残さないまでに、酸でとかした後、である。
私の技量を持ってしても、一連の作業には丸一日かかった。
案の定。
禍大百足による大虐殺が、どいう報道の後。流されたこの動画は、絶大な効果をもたらすことになった。
何しろ、バンカーバスターを投下する爆撃機や。
飛来する巡航ミサイルが、はっきり写っているのである。
勿論動画サイトでは即座に消されたが。すぐに別の人間が保存していた動画をアップして、いたちごっこが行われ。
最終的には、武装勢力の流した、人質動画を上回るアクセス数となった。
勿論世論は真っ二つ。
今まで、多国籍軍と泥沼の殺し合いを続けていた武装勢力を、いい加減処理するにはこうするしかなかったという意見も合ったが。
そもそもこの動画は、偽物だというものもあった。
後者の意見には、もっともらしい軍事専門家の説明がつくことが多かったが。誰もそれに納得することはなく。
議論は、荒れに荒れた。
私は、その様子を見ながら。確保してある人質を、捨てに行く事を決定。
無力化ガスで眠らせてある人質は。
未だ。手元にある。
イジラフ連邦共和国の首都は、それなりにインフラも整っており、少なくとも飢餓に苦しむ人々が大半を占める地獄では無い。
流石にこの国の政府も、首都は支配下に置いてはいたが。
それでも、人々の不安は止んでいない。
武装勢力が根こそぎ。しかも経済基盤の都市ごと消滅したのである。一連の事件での死者は二百万人とまで言われていて。その九割以上は、一般市民だったのだ。
史上最悪の無差別攻撃。
自分たちが次の餌食になっても、まったくおかしくない。
それを、この国の人達は、皆分かっているのだろう。
だから、禍大百足が、真正面から現れたとき。
彼らは悲鳴を上げて逃げ散るばかり。軍でさえ、抵抗しようとはしなかった。禍大百足が、虐殺をやったかはどうでもいい。
その周囲にいると、虐殺に巻き込まれる恐れがある。
それが、彼らの恐怖を、後押ししているのだ。
あくまで、速度を保ったまま。
ゆっくり、首都に入り込む。
スーパービーンズを散布。
この国には、もはや戦う力は無い。少なくとも、内戦をするようなエネルギーも無い。油田も核攻撃でまとめて消し飛んだのである。経済的にも、中東でもっとも貧しい国の一つに転落してしまったのだ。
ばらまかれるスーパービーンズを。
もはや逃げる場所も無い人々は。粗末な家に籠もって、恨めしそうに見ている。或いは、知っているのかもしれない。
すぐに生えてきて、食べる事が出来る植物だと。
今回は、ガスはまかない。
必要もないだろう。
そう思った時。
左にある無数の足の一部に、衝撃が来た。
ダメージになるほどでは無い。
爆弾によるもの。
自爆テロが実施されたのは、明らかだった。
あれだけの事になっても、まだ自爆テロをする余力があるのか。あきれ果てた話だ。ちなみに自爆テロのキャリアとして使ったのは、まだ幼い子供のようだった。
建物を出来るだけ踏みつぶさないようにして進み。
大統領府に。
流石に此処は、軍の人間達が死守していた。
震える手で銃を構えている軍人達。
ゆっくり禍大百足で近づくと。
以前飲み込んだ砂ごと。
確保した捕虜を。彼らの前に、吐き出した。
捕虜は何の変哲も無い中年の男性で、狂信者とか、或いは軍のスパイとか。そういった経歴を予想させるものは、何一つ持っていなかった。
口の中にあるロボットアームで眠っている間に身体検査はしたが。元々、持ち込んだものは全て取り上げられてしまっていたのだろう。これといったものはなく。これ以上捕縛しておく事に、意味などなかった。
そのまま、きびすを返して、去る。
「建物を踏みつぶさないように、今回は特に気を付けろ」
「はい」
ルナリエットの声は沈んでいる。
どうやら、今回の一件で、かなりショックを受けていたらしい。まあ、無理もない話ではある。
禍大百足が実施したのでは無いにしても。
二百万に達する人間が。わずかな時間で、この世から消えたのだから。
「こんなの、許せない、です」
アーシィが呻く。
同感だが。そもそも、今回の件は謎が多い。そもそもロシアと中帝が主導して行った作戦なのかも、よく分かっていない状況なのだ。
私がアップした動画は、拡散が続いている。
多くの人々が見ているが。
それで何かが変わるという事は無さそうだ。実際、報道機関は、悉くが沈黙。或いは、知らない人間も、多いのでは無いかと思われる。
情報戦をやる気は無い。
一度、基地に戻ろう。
そう私が決めると。皆が、重い空気の中。頷くのだった。
4、焦土
先遣隊が、イジラフ連邦共和国に到着。
中東で最も危険な国に入り込んだ部隊からの連絡は。地獄になっている、というものだった。
文字通りのジェノサイドが実施されているのである。
GOAの操縦席は、分厚い鉛で保護されていて、ほぼ放射線を通さない。先遣隊に続いて、現地入りした亮のGOA240は。他より優れた機動力を駆使して、偵察をして欲しいと言われて。そうしたが。
武装勢力のアジトは、根こそぎ気化爆弾とバンカーバスターで潰され。
その経済基盤となっていた都市は。
生活していた一般市民や。
そればかりか、恐らくは捕虜になっていた人間もろとも。文字通り、塵芥になるまで破壊されつくしていた。
核が使われたのだ。
この凄まじいまでの執拗な攻撃。
絶対に、あの百足の。アンノウンの仕業では無い。
一目で、亮にはそれが分かった。
大佐に通信をいれる。
「これは、絶対にアンノウンの仕業ではありません」
「やはり例の動画の通り、多国籍軍の仕業とみて間違いなさそうか」
「はい。 生存者はありません。 これでは、地下に逃げ込んでいても、助かるとは……」
「攻撃を受けた都市を確認しろ。 武装勢力の拠点はもういい。 どうせ、徹底的に潰されて、一人も生き残っていないだろう」
イエッサ。
そう答える声も、乾いていた。
雨が降り出す。
砂漠でも雨が降るのだなと、何となく思う。ぼんやりしていると。蓮華が通信をいれてきた。
「此方蓮華。 亮、そっちはどう?」
「どうって……」
「生存者は見つかりそう? こっちは、無理ね。 あまりにも執拗に、徹底的にやられてるわ」
「此方もだよ。 どうして此処までの事が出来るんだ……」
話には、聞いた事がある。
この地域の武装勢力は、人道を盾にとって、悪逆非道の限りを尽くしてきた鬼畜の集団だと。
民間人を盾にし。搾取し。奴隷化し。自爆テロの要員に仕立て。
多国籍軍が苦労してきたのも。
相手に、人権という概念が存在せず。あらゆる悪逆を躊躇わない存在だったからだ。しかし、それは基本的に、多国籍軍に縛りが無かったからの苦戦。
多国籍軍は、縛りさえ無ければ、どんなことでも出来る。
たとえば、第二次大戦の末期に、何が行われたのか。誰もが、知っているように、である。
相手が人道をないがしろに出来ない集団だから、武装勢力は好き勝手をする事が出来ていたのだ。
だが、それも一線を越えてしまった。
その時、彼らは。
自分が虎の前の前で巫山戯ている鼠だと言う事を、思い知らされてしまった、ということなのだろう。
多国籍軍は既に撤退を始めている。
もう一度同じ事があったら。
今度は比較にならない地域を、核にて潰す。
そう脅しているのも同然だ。
あのアンノウンが、こんな事をするなんて、誰が信じるだろう。恐らく宣伝した多国籍軍でさえ、信じていないのは明白だ。
更に言えば、彼らはこの機に、さっさと撤退する事も出来る。人的資源も、経済的損害も。これで抑えることが可能なのだ。
原型が残っている建物を発見。
すぐにブースターを噴かして、駆け寄るけれど。
至近によって見て、愕然とした。
入り口の辺りには、焼け付いた影。
趙高熱を浴びて、一瞬で全てが蒸発してしまったのだ。
それだけではない。内部には、まだ原形を残した死体が、幾らか残っていた。いずれもが、炭の塊。
それでも、望みはあるかもしれない。
「原型が残った建物を見つけました。 生存者がいる可能性があります」
「すぐに救助隊を向かわせる」
「はい。 お願い、します」
やりきれなくなって、天を仰ぐ。
誰も助かっているはずが無いのは、亮自身にも、よく分かっていた。
基地に戻る。
既に、半数ほどの部隊が帰還。残りの部隊も、おいおい帰還してきている所だった。GOAを降りると、皆が流石に黙り込んでいるのが分かった。
恐らく、それぞれに。
吐き気を催すような。悪夢の具現化のような光景を目にしたのだろう。
やりきれない。
蓮華も、いつものかしましさは何処へやら。フリールームで、ぼんやりとテレビを見ていた。
心ここにあらずという風情である。
彼女も、恐らくとんでもない光景を目にしてしまったのだろう。声を掛けられず、この場を離れる。
ひそひそ声での会話が聞こえる。
「俺たち、大丈夫なのかな」
「いわゆるアトミックソルジャーだろ」
「ああ。 GOAが如何に強力な放射線対策をしているとはいっても、限度がある筈だ」
「信じるしか無い。 少なくとも、ディベートや横流しで、装甲が薄くなったりはしていないはずだ」
あり得なさそうに聞こえるが。腐敗した組織ではそれが実際に起きるのだとも、大佐に以前聞かされた事がある。
食糧にしてもそう。
今の時点で、亮は少なくとも、体を鍛えるのに適した食事をしているとは聞いている。食事の味については、恐ろしく微妙だが。
それでも、科学的トレーニングの専門家が指定してくる食べ物は出てくるし。それを定量口に入れることも出来ている。
ちなみに亮の場合は、生殖器を全てとは言わずともごっそり抉り取られた影響で、男性ホルモンを摂取するように指示されていて。食事にもそれはいれられている。個人に合わせて、結構きめ細かく食事が出来るようになっているのだ。
大佐が戻ってくる。
生存者がいたらしい。ただし重度の被爆を受けていて、助かるかは分からない、ということだった。
「大佐!」
古参のパイロットが立ち上がった。
目には強い怒りを宿していた。
「相手が人面獣心のテロリストとはいえ、いくら何でもこれは悪魔の所行です! 許せるのですか、このような事を!」
「その通りだ」
「新国連上層に、報告を! 戦犯を許していてはならない!」
「そうだそうだ!」
同意の声が上がる。
亮だけでは無い。
多くの人が、人間がどれだけ凶暴残忍な種族で。手段さえ選ばなければ、このような事が幾らでも起きると、知ってしまったのだ。
分かっていたはずなのに。
亮の故国でも、以前、同じ事が起こったのに。
「落ち着け」
大佐の声に。
皆が、ぴたりと黙り込む。
大佐が、珍しく本気で怒っているのが、分かった。
「今回の件は、皆が知っている通り、アンノウンの仕業などでは無い。 長年続く泥沼に嫌気が差した各国が、アンノウンをスケープゴートにして引き起こした事だ。 彼らにして見れば、自国の民と兵をこれ以上犠牲にしないための措置だった、とでもいうつもりだったのだろう」
「……」
それは、米国が。
昔行った凶行を弁護するときに、使った論法。
その論法でも凶行を隠しきれなかった事実があるのに。
今また、古い悪魔の衣は引っ張り出され。血みどろの悪夢を隠すための帳として使われている。
「今回の件、幾つかの大国がダイレクトに関わっていることが分かっている。 新国連としても、これ以上はどうにも出来ない。 今後、新国連はこの地域の治安維持を委譲され、我々が動く事になる。 覚悟は、決めて欲しい」
「イエッサ」
乾いた声。
恐らく、アフリカだけでは無く、中東も今後は、GOAで治安維持を行わなければならなくなるのだろう。
だが、この地域の人達は、忘れないはずだ。
何が行われたか。
絶望の未来しか無い。
相手がその気になったら、石油なんか生産プラントごと消し飛ばされることも、はっきりしたのだから。
その上、石油メジャーが押さえ込んでは来たが。とっくに石油を精製する技術は、実用段階に達している。
今後、石油メジャーの解体は急速に進むだろう。
そう、大佐は言う。
何もかも。
この作戦には、西欧側には利しか無い。都合が良いアンノウンという存在のおかげで。長年邪魔だったできものを、綺麗さっぱりこの世から消す事が出来たのだから。
反吐が出る。
あまり本気で怒ることが無い亮も。
このことばかりは、本当に悲しくてならなかった。
自室に籠もる。
誰とも会いたくなかった。
言葉もかわしたくなかった。
しばらく腐っていると、ベルが鳴る。トレーニングをする時間だ。体にきざまれた習慣とは怖いもので。嫌でも体は動く。
トレーニングルームに出て、言われたとおりに動く。
筋力は維持できている。
しかし、どうにもミスが多い。ダンベルを落としそうになって、トレーナーに叱責された。
「どうした、気がはいっていないな」
「すみません……」
「いや、分かっているさ。 お前以外の奴もみんなそうだ。 やる気を出さない奴も、逆に徹底的にトレーニングにうち込んで、現実逃避したがる奴もいる」
蓮華はどうしているかと聞くと。
GOAに閉じこもって、ずっと訓練をしていると言う。外から声を掛けても一切無視して、黙々と続けているそうだ。
大佐は。
奥の方のロードランナーを使って、ずっと走り続けている。
既に三時間以上そうしているそうだ。
フルマラソンほどのスピードでは無いにしても。相当な距離を走っているはずで、ああ言っていても、大佐も結構怒っていたのだなと分かる。
自分に何が出来るのだろう。
まだ、多国籍軍が展開している泥沼の地域はある。
それだけじゃない。
あの化け物百足が介入しなければ、どうにもならなかった泥沼紛争地域は、いくらでもあった。
新国連は、そういった泥沼に、足を突っ込むために作られた組織。そんな事は、分かっていたはずなのに。
しばらく無心にトレーニング。
いつのまにか走り終えていた大佐が。汗をタオルで拭いながら此方に来ていた。
「GOAの試験だ。 良いか」
「イエッサ!」
良い返事だ。そう言うと。大佐も、複雑な笑みを浮かべていた。きっとつらいのだろう。
訓練場に移動する途中で、聞かされる。
「原油の価格が、暴落しているそうだ。 以前から価格が値下がりしていた、収拾がつかない状況らしい」
「今回の影響ですか」
「そうだ。 今回の一件で、有力な油田の内二割がこの世から消えた。 更にオイルメジャーの力が弱体化したのを見越すように、日本で開発された石油精製技術を、各国で大々的に採用。 もう、石油は何処にでもある資源へと変わった。 金になる資源ではなくなったのだ」
つまり、それは。
中東の唯一の金づるが、根こそぎ消し飛んだことを意味している。
思うに今回の攻撃は、それも目的の一つだったのだろう。以降、中東は暗黒というのも生やさしい、地獄の時代が来る。今までが天国と思えるほどの、悪魔でさえ行きたがらなくなる恐怖の時代が、だ。
既にオイルマネーを演出していた中東の各国の株は底知らずの下落を続けているとか。
多くの人が不幸になる。
それを間近に感じられて、亮はつらかった。
人間の悪意の恐ろしさは。知っていたはずだ。生殖器を半分以上切りおとされたときに、思い知ったはずだ。
だが、今回の一件で。
この世の悪意はそんなものではない次元なのだと、思い知らされてしまった。
あまりにも、おぞましい。
寒気が止まらない。
訓練場に到着。
GOAはどの機体も整備されていたけれど。ガイガーカウンターを当ててみると、いつもよりずっと多い放射線が検出されるという。
丁寧な洗浄で、人体に影響が無いレベルにまでは押さえ込んだのだけれど。
それでも、しばらくは、念入りな手入れが必要なのだという。
それに、だ。
「近々、アフリカに出向く」
「中東を離れるんですか」
「そうだ。 戦略的な見地からな」
「詳しくお願いします」
後で、訓練が終わった後説明する。そう大佐は約束してくれたので、信じる。亮にとって、大佐の言葉は絶対だ。
GOAに乗り込む。
大佐がデータを取り始めた。用意されたのは、砂漠に遺棄された戦車や、武装勢力のテクニカル。
実物だ。
「移動しながら、生きている機体を見抜いて、撃破する訓練だ」
「イエッサ!」
今までは、敵が生きている事が前提となっていた。
今後は警察の訓練でやっているような、瞬時に無害な相手かを見極めて、叩いていく訓練にシフトする、という事だ。
移動方法は任せると言われたので、徒歩にする。
ブースターだと、消耗が大きい。
朽ちたように見える戦車やテクニカル。それに倒れているように見える人形。悪趣味なことに、ロケットランチャーが手元にある。
遠隔操作できるタイプのものだろう。
歩き始めると、戦車が動き出した。
砲塔を此方に向けてくる。
威嚇射撃。
止まらない。仕方が無いので、打ち抜いた。GOAの高い位置からの射撃は、戦車の急所である上部を容易く貫通出来る。
沈黙する戦車。
アサルトライフル弾を、念のためにもう二発うち込んでおく。これは相手が死んだふりをしていた場合の対策だ。
歩きながら、更に移動。
いきなりテクニカルが走り出したので、即座に上半身を捻って射撃。
打ち抜く。
テクニカルが擱座。
歩いて行くと、ばらばらと中から人間が逃げ出した。とはいっても、訓練用のバルーンだが。
その前に、足を降り下ろす。
敵が停止。
制圧したと判断して、次へ。
「スムーズだな」
「実戦での経験がものを言っている」
訓練を見に来ている軍人に、大佐が説明している様子だった。無線に、会話の内容が入り込んでくる。
身動きしないテクニカルの中で、もがいている人間を発見。
もちろんそう動くようにしているバルーンだ。
テクニカルが積んでいる機関砲をもぎ取る。無力化するための処置である。
しかし、次の瞬間。
テクニカルが、自爆した。
閃光が視界を焼く。だが、亮は冷静に、自動警戒モードに移行。自身は目をつぶって、深呼吸した。
武装勢力の鎮圧作戦で。
もっと酷い目には、何度もあった。
今更これくらいの事では動揺しない。
後方、戦車。
即応した。
だが、それが味方の戦車だと気付いて、アサルトライフルの射撃を抑える。目を擦っているうちに、無線がはいった。
訓練終了。
頷くと、大佐達の所まで戻って、コックピットを出る。
ワイヤーを使って降りていくと。
大佐が、他の軍人達に説明していた。
「自爆テロを受けても、見ての通りパーツに欠損も出ない。 戦車砲どころか、巡航ミサイルの直撃にも耐え抜く」
「噂に聞いているが凄い機体だな。 遅くて火力が値段の割りに劣悪なのが問題だが、空も飛べるのだろう」
「ヘリほどの機動力は無いが、中空から敵を制圧射撃することは可能だ」
「是非量産して欲しい。 これがいるだけで、武装集団を制圧するのに、今まで消耗していた爆弾も人材も、ぐっと抑えることが出来る」
興奮した様子で、軍人達が言葉を交わしている。
それが目的なのだろう。今回の訓練は。
だが、懸念もある。
今見たところ、来ている軍人達は、新国連のメンバーばかりでは無い様子だ。つまり早い話が、他の国の軍人達が。噂のGOAの実力を見に来ている、と言う所なのだろう。
それは、別に構わない。
懸念しているのは。
GOAが売却されて、侵略戦争に使われること。更には、GOA同士での殺し合いが発生すること、だ。
この機体のコンセプトは、出来るだけ相手を殺さず、パイロットも死なないようにする、というもの。
だからこそ、機体は異常なまでに頑丈に作られているし。その強烈な威圧感で、敵の交戦意欲をへし折ることだって出来る。
しかしこの機体が、攻撃に特化したものとなり。戦場に投入されたときの損害は。
はっきりいって、考えたくない。
軍人達が帰って行く。
大佐が、大きく嘆息した。
「すまなかったな、くだらん訓練をさせて」
「いえ。 この結果が、新型機にフィードバックされるのなら」
「そうか」
「中東からアフリカへの件ですが」
周囲を見回して。誰も近くにいないことを確認してから。大佐は言う。
今回アンノウンは出現を確認されているが、明らかに攻撃は多国籍軍のものだ。そして報道は兎も角。この地域にいる武装勢力は、それに気付いている。
勿論、核で消し飛ばされなかった地域にいる武装勢力の話だ。
しばらく彼らは大人しくなるだろう。アンノウンの出現を口実に、今までの鬱憤を晴らすように、大国が攻撃の手段を選ばなくなったことを察したからだ。実際問題、彼らは今まで調子に乗りすぎていた。
虎の尾を踏んでしまったことに、気付いていたのだろう。
実際問題、西欧が人権だ何だと言い出したのはつい最近の事なのだ。彼らが世界一獰猛な人種である事を、ようやく思いだしたというわけである。
そう、大佐が説明してくれる。
何だか、いたたまれなくなった。
「彼らは、死を怖れない狂気に包まれているのでは無いのですか」
「そう言う奴もいるだろうな。 だが連中の大半は、金と利害で動くただの人間で、偉大な聖人でも、狂信者でも無い。 この地域でテロを繰り返していたのも、連中にとっては金になるからだ」
ストレートに事実が告げられると。
流石に亮も、悲しくなる。
そう言う連中のために。
一体中東では、どれだけの人間が自爆テロで死に。空爆で死に。神の名を掲げて、殺し合ったのだろう。
とにかく、利権が見込めない以上、彼らは当面動かない。
アンノウンの側も、今回の一件で、しばらく紛争が止むのなら。此方に手出しはしてこないだろう。
そうなると、まだ残っているアフリカの最貧国に、ターゲットを移すに違いない。
そう、大佐は説明してくれた。
あくまで予想だ。
アンノウンの目的は、まだはっきりわかりきってはいないのである。予想が外れる可能性は、大いにある。
しかし、正直な話。
この地にGOA部隊を展開し続けても、もう意味が無いような気は、亮にもしていた。
「出立の準備をしておけ」
「イエッサ!」
敬礼すると、その場に残る。
大佐がいなくなると、亮は。大きなため息をついた。
アンノウンは、まだ良心的な存在だったのだと、今回の一件で、はっきり分かってしまった。
勿論アンノウンが有人兵器だという前提だ。
それでも、今回の一件で。民間人も根こそぎ焼き払った作戦を支持した人間に比べれば。何十倍も血が通って思える。
無力感は、募るばかり。
これでGOAが戦争に利用されるようになりでもしたら。泣くに泣けない。
でも、亮に出来る事は一つしか無い。
翌日。
揚陸艦に分乗して、GOAが移動開始する。その船の上で、亮は訓練メニューを提案する。
「船に併走して飛ぶ、だと」
「はい。 最初は船の上で。 慣れてきたら、船から少し離れて」
「危険だ」
「大丈夫、ブースターに余程のトラブルが無ければ平気です」
今まで散々訓練をして来て、ブースターが壊れて火を噴かなくなったことは一度もない。戦闘でダメージを受けたときでさえ、元気にブースターは火を噴いていたのである。
それでも、念のため。
機体には、いざというときにサルベージしやすいように、ショックバルーンを搭載する。これは海に落ちたときに衝撃で膨らんで、GOAを浮かせるものだ。その後は、揚陸艦に搭載されているクレーンで引き揚げれば良い。
呆れたように蓮華が肩をすくめた。
「こんな時くらい、自分の体を鍛えなさいよ。 ただでさえほっそいんだから」
ちなみに蓮華は格闘技の方でも強い。少なくとも、亮では全くかなわない。戦士としての適性がまるで違うのだ。
だからこそ、気に入らないのだろう。細い亮が、GOAのパイロットとして最高の適性を持っていることを。
「お願いします。 少しでもGOAのデータを取りたいんです」
「わかった」
「大佐!?」
「事実、この兵器が開発段階なのは事実だ。 移動している間にも、シミュレーターだけでは無く、実機でデータをとりたい」
頭を下げると、亮は早速訓練を開始。
今は、自分に出来る事を、するしかない。
ニュースは流れてきている。
テロ組織、百足が史上最悪のテロを起こし、死者は二百万人に達すると。そんな事を恥ずかしげもなく堂々と報道するマスコミにも。止める事が出来ない自分にも腹が立つし、悲しくなる。
だからこそに。
今はただ、出来る事をひたすらやって。
GOAという、人をたくさん殺さなくても、相手に勝てる兵器を完成させていくしかないのだ。
あのアンノウンは、捕虜を基地に投棄すると、去って行ったという。
核を容赦なくぶち込む奴らよりも、よっぽど人間らしいと亮は思う。
GOAは、時代を変える。
そう信じて、亮は訓練を続けた。
(続)
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