蠱毒の壺
序、悪夢の先
プロジェクトルームには、三つの試作機の映像が持ち込まれていた。いずれも、第三世代型のGOA。
そのモデルである。
新国連は、機体の名前にはこだわらない。普通たとえば、「主力戦車」といっても、それぞれの国が象徴的な名前をつけることが多い。記号番号だけで表される戦車は、あまり多くない。
それと同じ事だ。勿論、記号番号の方が有名な機体も存在はしているが。
GOAはそう言う意味では、異質と言える。
火力偏重の時代を終わらせる兵器。
コックピットで厳重に操縦者を守り。圧倒的な威圧感で敵兵を蹂躙。大量虐殺も、結果としては行わない。
火力偏重の時代。
主力戦車でさえも、歩兵の携行火器で撃破が可能な時代が続いた。
その結果、敵は例え一兵卒であっても、容赦なく殺戮しなければならない時代があったのだ。
GOA型の、防御力が火力を凌ぎ。携行火器では絶対に撃破不可能な兵器が主流となれば、世界は変わる。
この開発者は。
そう言っていたと、アンジェラは聞いている。
他の幹部が集まってきた。
資料を配ると、プロジェクターを準備させる。
これより。
第三世代型のGOAのプレゼンを行うのだ。
最初に来たのは、米軍の兵器産業の中核を担っているアルジェルビート社。特に戦闘機関連の開発に関しては、世界最高とも言われる会社である。
早速彼らが出してきたのは。
鋭角な、青い機体だった。
「此方が、弊社が準備した、新世代GOAとなります」
名前も何か言っていたがどうでも良い。
見ると、鋭角で機動力を重視し、火力で敵を殲滅する、というコンセプトに立って構築されている様子だ。
この時点で、却下。
そもそもあの化け物百足が放つガスは、分析を進めても、どうしても対抗策が見いだせないのである。
アウトレンジ攻撃が通用しない現状。どうしても、持久戦を想定して、戦うほかにはない。
つまり、こういった、機動力と火力を重視した。ボタン戦争時代と同様のコンセプトに立つ機体では、意味が無いのである。
他の幹部も、それについては理解している。
挙手。
説明を行っていたアルジェルビートのスポークスマンに、そもそも要求要件と違うと告げるのだけれど。
彼は鼻で笑う。
「そもそも、この機体の性能であれば、既存のGOAなど歯牙にも掛けません。 あのようながらくたをどれだけ揃えても、この機体の前には」
「はい、次」
手を叩いて、追い出す。
唖然とした彼は、何か言おうとしたけれど。次の瞬間には、屈強なボディガードにつまみ出されていた。
ちなみに、アンジェラもパワーエリートの一人だから出来る事である。
流石に事務総長は、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが。
「自分の会社の製品に絶対の自信があるから、此方の要求要件を聞く必要は無い、とでもいうのか。 米国の中枢に噛んでいるから、新国連など意に介さずという訳か」
「阿呆は放置で。 次に行きましょうか」
「ああ」
今回の一件で、アルジェルビートの幹部は何人か首が飛ぶだろう。二十億ドルの取引が吹っ飛んだのだから当たり前だ。
だが、そんなのは知ったことでは無い。
今、世界の水面下では。
もっと大きなものが動いている。
巨大資本に独占されてきたこの世界は、節目にさしかかっている。
他の企業に説明をさせる。
二番目の企業が出してきた案は、GOAより一回り小柄で、ずんぐりした機体だった。201のノウハウを取り込みつつも、小柄にすることでリーズナブルで、価格も抑えた内容となっている。
だが、これではまずい。
GOAシリーズは、その巨体による威圧感が重要なのだ。人間の心理に訴える機体なのである。
小型にしては意味が無い。
同じ体格で、値段を抑えることが出来るのなら、まだ意味があるかもしれないが。ただ、今GOAは発展段階の機体。この段階で、コストを抑えることを考え始めることは、少し問題があるかもしれない。
一旦、外に出て貰う。
最初の機体は論外だが、これについては保留だ。
三番目の会社がはいってきた。
気の弱そうな、とてもこういった場でプレゼンなどできそうにない、小柄な眼鏡を掛けた女だ。白衣を着込んでいる所からして、研究畑の人間だろうか。
気弱そうな女はどうやら補助役らしい。どうやら、プレゼン自体は、後からはいってきた、恰幅が良い男がするようだった。
解説が、始まる。
機体としては、GOA201より更に大柄。全体的に非常に巨大で、それでいながら、理にかなった形状をしている。
これは、今までで一番良いかもしれない。
ただコストが相応に掛かる。
見ると、GOA201よりも、更に二倍前後の価格になる様子だ。
もしも千機以上量産するとしたら、第三世代。或いは第四世代から、と決めてはいるのだけれど。
この機体ならば、完成度次第では。量産に踏み切っても良いかもしれない。
説明が終わる。
「三番目の機体で決まりでしょうね」
「別に私は構わないが」
事務総長は咳払い。
つまり、横やりを私に防げと、暗黙の圧力を掛けてきているのだ。そうしないと、アルジェルビートが、政治的な圧力を米国経由でかけて来るだろう。この辺りは、裏で調整しなければならない。
米国を動かしているのは大統領などでは無い。
その背後にいるパワーエリート達の力関係。大統領などは、所詮出来が悪い操り人形に過ぎないのだ。
アンジェラも、このパワーエリートの一員だから、この場にいる。
少なくとも、新国連は、アンジェラの住処であり。
他のパワーエリートに好き勝手はさせないだけの実力は、有していた。
すぐに決定が出たと言うことで、三番目の会社。
軍事企業としてはさほど規模が大きくも無い、ジェネラルアルクレッド社は、驚いたようだった。
此処に、新国連側で開発しているブラックボックスを埋め込むことで、GOA第三世代型を完成させる。
現状では、まだガワを設計し始めた段階。
完成は早くても、半年以上後になるだろう。
それについては、良い。
問題は、呼称組織百足に操られているアンノウンの対処だ。
極めて都合良く出てきてくれた人類の敵であるアンノウンだが。その戦闘力が高いことは、嫌でも分かる。
恐らく、第三世代型でも、勝てないだろうとも。
ならば何故量産体制に入るか。
それは、単純に危機感を煽るため。
人類の敵をアピールするには。もっとアンノウンには、暴れて貰いたいのである。
小休止をいれた後。
外部から招聘した科学者による、謎の豆科植物。アンノウンがばらまいている、異常な繁殖力を持つあれの調査をリスニングする。
これにも、事務総長をはじめとする、新国連の幹部には全て参加して貰う。
当然だ。
百足が何をもくろんでいるか分からない。
である以上、この豆科植物も、何かしらの意味があるかもしれないからだ。単なる副次効果とは思えない。奴が現れたあらゆる場所に、繁茂し始め。結果的に、地獄の飢餓にある民を救っている。
実は大きな副作用があり、目先の利益を招くだけなのか。
それとも、本当に民を救っているのか。
見極めなければならない。
後者なら、繁茂を此方でも手助けしてやってもよい位なのだけれど。前者の場合は、百足の悪辣さを宣伝するための、格好の材料になる。
どちらにしても、調査は必須。
アンジェラが招いた科学者達は。
中間報告を、何とかレポートにまとめてくれていた。
それによると。
幾つか、不可解な事が分かっている。
この奇怪な植物は、土地に撒かれるだけでは、どうもアンノウンが散布したときのような、爆発的な繁殖を見せないようなのだ。
「どうやらアンノウンは、この豆科植物を撒く際に、恐らくは地面で自然に分解される、栄養のカプセルも一緒に撒いているようです。 その証拠に、調査時に採取した土壌のデータが、以前に採取したものと、いずれも少しずつ変わっています」
「なるほど、あの爆発的な繁茂は、特殊な肥料を使っている、ということなのか」
「それもあるのですが……」
豆科の植物は、どういうわけか、特定の植物しか侵略しない。その植物は、いずれも麻薬の材料になるものばかりだ。
事実、コカインや麻などの麻薬植物を育成している畑は、この豆科植物によって、致命的な打撃を受けているという。
幾ら焼こうが排除しようが、すぐに生えてくるのだ。
地元の麻薬組織は壊滅的な打撃を受けており、武器などを再入手するどころでは無いため、新国連による治安の再構築が上手く行っているという事もあるらしい。
一方で、それら麻薬植物以外に対して、豆科植物は大変に大人しい。普通、たとえばミントなどが顕著だが。
外来種は、弱い在来種を、容赦なく駆逐していくものだ。
それがこの豆科植物は、そういった行動を取らない。
不思議極まりない話だ。
「肥料が切れれば、勝手に涸れるのか?」
「いえ、それが。 一度繁茂し出すと、土壌を勝手に自己改造するようでして、後は何をしても繁茂します。 焼こうが毒薬を撒こうが、無駄でして」
「何という厄介な代物だ」
特性は、他にもある。
まずこの豆科の植物は、茎から葉、実にいたるまで全て食べる事が出来る。それも生で、である。
天敵も存在しない。
どういうわけか、豆科を好む害虫などでも、見向きもしないというのである。
更に発育が恐ろしく早い。
水さえあれば、数日で。早ければ二日で芽が出て、あっという間に、爆発的に成長する。
しかも、芽が出ているときには。実際には地下には非常に複雑な根のネットワークが出来ていて。
後は、根から上をどれだけ排除しようと、幾らでも生えてくる。
根にしても、少しでも残っていれば、其処から再生する。
その上、その根は、豆科植物としては異例なほど深くまで、食い込んでいるのだ。もしも一度繁茂した土地を「浄化」しようとするのなら。相当に深くまで掘り進んで、上にある土全てを排除しなければならないのだとか。
皆が唸る。
この植物。
有用であれば、これ以上も無いほどに、最高の作物となりうる。手を入れなくても美味しい実が幾らでも実り。
しかも自己再生で、幾らでも土地を潤す。
なおかつ、その作物の出来る速さは類を見ない。
「栄養面については、分析は」
「データは此方に」
科学者達が、スクリーンに映像を出す。
円グラフで出てきた栄養の分布図は。
思わず唸らされるバランスの良さ。
あらゆる栄養素が含まれていて。なんと必須アミノ酸に到っては、全種類が網羅されているほどだ。
バナナなどの、総合栄養食と呼ばれる食品は、他にもあるけれど。
此処まで手軽に手に入る食材。しかも手を入れずに勝手に実りまくる食材で。これほど都合の良い栄養を入手できるものは、類を見ないだろう。
その上、である。
「この豆科の植物は、人間に対して、食欲を促すような、極めて美味しそうな臭いを生成することが分かっています」
「できすぎだな……」
「負の側面は」
「現時点では、調査中です」
話が、うますぎる。
いくら何でも、サギでも此処まで都合が良い話は無い。これは恐らく、何か裏があると見て良いだろう。
百足は何をもくろんでいる。
このような、貧民にとっては神話に出てくるアムリタにも甘露にも等しい代物をばらまいて。その上、人間を最も脅かす武器弾薬を、根こそぎその土地から奪いつくしておいて。更に言えば、アフターケアともいえるような二次攻撃までしている。
だが、ただより高いものはない。
日本語のことわざだが、アンジェラも金を扱っている一族だ。それについては、嫌と言うほど熟知している。
「今の時点では、毒素の類は見つかっていません」
「更に調査を」
「分かりました」
科学者達が下がる。
小休止をいれた後、アンジェラは幹部達に意見を聞くことにした。腕組みをしている事務総長は、ずっと難しい顔をしていた。
遠隔地から会議に参加しているキルロイド大佐は。話を聞き終えると、更に厄介なことを言う。
「アンノウンとニアミスを何度かしている身からは、奴らの目的の一つはこの豆をまくことだと判断できる。 更に、あのアンノウンは、気象を操作してまで、この豆が育成するのに都合が良い環境を作っているのでは無いかと思える節さえある」
「気候の操作、だと」
「実際に、そうとしか思えない事象が多々起きている」
更に、タチが悪い事もある。
現地では、アンノウンを神として崇拝する風潮までが、できはじめているというのだ。事実、アンノウンのおかげで餓死を免れた貧民は、少なくない。彼らにとってみれば、アンノウンは救いの神だ。
木彫りの、素朴な百足の像。
彼らはそれを貧しい家の軒先にぶら下げていたり。或いは、肌身離さず身につけたりしているという。
何よりも恐ろしい武装勢力や。それらを利している飢餓から、彼らを解放してくれたのだ。
更に、である。
「どうも見たところ、この豆を食べた人間は、更にエネルギッシュになっているように思えてなりません。 やる気を出しているというか、なんというか。 いずれにしても、これを食べる事で、多くの人間が飢餓から救われていることは確か。 下手をすると今後は、アンノウンの到来を歓迎する風潮まで出来るやも知れません」
「由々しき事態だな」
事務総長が呻く。
アンジェラも、それには同意だ。
「引き続き、作戦行動と、データの収集を」
テレビ会議の向こうにいた大佐が敬礼し、通信を切る。
一通り意見を交換し終えて、会議を終了。
一日がかりだったが。有益な情報も一つならず集まった。いずれにしても、アンノウンは、利用できる。
幹部が出て行った後。
血の気が悪い男が、会議室に入ってきた。
事前に手配していた、国際的なスパイだ。元々英国の諜報員だった男で、その筋では知らぬ者が無い凄腕である。
新国連設立の際に、必要だと判断。
引き抜いたのだ。
「百足についての情報を」
「現時点では調査中ですが、気になることが一つ」
「聞きましょうか」
「今より六年前。 天才的なロボット操縦技術を駆使して、GOAの原型となる技術の構築に関与した人物がいました。 名を、堀川晃と言います」
その名前は、聞いた事がある。
確か科学者としては三流だったのだが、自身が超一流のパイロットであり。その技量を生かして、GOAの構築に二枚も三枚も噛んだ人物だ。
アンジェラの記憶が確かなら、その六年前に失踪したはず。
これについては、GOAの資料をサルベージした際に見つけたのだから、間違いない。アンジェラも、親の七光りだけで、パワーエリートをやっているわけではないのである。
「その晃博士が、どうしたの」
「六年前に失踪する前に、妙な連中と接触していたという話があります。 その当時は、どうやら科学者のサロンとして有名だった組織のようでして。 その面子はまだ調査中なのですが。 晃博士がどうにも加入した節が。 そして加入直後に、失踪した模様なのです」
「……なるほど」
ひょっとすると、百足の前身組織かもしれない。
それにしても、何故晃博士などを、今更ピックアップしてくるのか。それを軽く聞いてみると。
血の気が薄いスパイは、口の端に笑みを浮かべる。
「他にも数名、同じような経緯で、姿を消した科学者がいます。 ひょっとすると、彼ら全員、同じ組織に属しているかもしれません。 あなた方が、百足と呼ぶ組織です」
「根拠は」
「まだ断片的なデータに過ぎません。 しかし私は、その断片的なデータから、真実を見つけ出してきました。 相応に鼻が利きます」
「調査を続けなさい。 クレジットカードに、予定の金額は振り込んでおくわ」
頷くと、スパイは音もなく部屋から出て行った。
さて、此処からだ。
前線では、キルロイドがあの特性持ちの少年を上手に操縦して、GOAのブラックボックスを着実に作り上げている。
百足を排除したとき。
GOAは、本物の新国連にとっての切り札になる。
その圧倒的な防御力は、火力偏重だった戦場の歴史を変える。巡航ミサイルでもびくともしないその防御能力は、今後は特に対テロで、圧倒的な力を発揮するだろう。
そうなれば。
今後、歴史を牽引するのは、新国連だ。米国では無くなる。
戦いは、水面下で既に起きている。
そして、最後に立っているのは。
他の誰でも無い。
アンジェラだ。
鼻を鳴らすと、会議室を出る。これから、少しばかり高級なフレンチを食べに行く。アンジェラの財力からすれば贅沢でも何でも無い。単に時間を潰すには、フレンチは丁度良いのである。
食事など、二の次以下の道楽だ。
権力を得ることは、パワーエリートにとって本能。理由など、どうでもいい。本能を充足するためにも。
アンジェラは今後も。
どれだけえげつない手段でも、平気で採用するつもりだった。
1、雨の中で
アキラ博士は、最後まで言っていた。
この技術は、人類の希望になる。宇宙進出を果たすために、絶対に必要な存在になる。だから、大事に育てて欲しいと。
私は、それを受け継いだ。
いや、私だけじゃ無い。
クラーク博士も。マーカー博士もだ。
アキラ博士の記憶を受け継いだルナリエットが生まれたとき。涙が止まるのを抑えられなかった。
記憶を受け継がせるという事が。
これほど重いのだと。
科学者をやっていたのに、知らなかった。
目が覚める。
ベッドから半身を起こすと。反射的に、服のポケットをまさぐっていた。舌打ち。もう禁煙してから六年になるのに。どうしても、この癖は抜けない。どれだけ自分がヘビースモーカーだったのか。
六年も経っても、思い知らされ続けている。
起き出し、部屋を出ると。此方にクラーク博士が来る。彼が座っている車いすは、モーターがついていて、自動で動くタイプだ。付き添いはいない。
顔色は、悪い。
「大丈夫か、クラーク博士」
「ああ、少し気分は良い」
「そうか」
連れ添って、そのまま通路を行く。
この基地は、一部の天井から、光が差し込んでいる。日光を浴びた方が良いと、レンゲルに言われているのだ。
しばらく、日光を浴びて、ぼんやりする。
クラーク博士は、言う。
「そろそろ、言おうと思っていた事だ」
「記憶の引き継ぎか」
「ああ。 どうやら儂は、もう長くは無いようでな」
「随分と弱気なことだ」
分かっている。
レンゲルからは、無理がたたって、もう保たないと言われている。クラーク博士も、それは知っている筈だ。
年老いているとは言え、この人はバイオ工学の世界的な第一人者。引退し、結社に入った今も、それは変わらない。
その知識は。
霧散させるには。あまりにも惜しいのだ。
例え非人道的な手段を執ったとしても、保存しなければならない。人類の未来のためにも、である。
「頼むぞ」
「……分かっている」
実は、既に準備は完了している。
ルナリエットの悲劇を繰り返さなければならないのは、あまりにも悲しいが。それでも、やらなければならないことだ。
この世には、悪意が満ちている。
そして、それは。
善良な人間から、順番に踏みにじっていく。
善人だけではこの世は動かないだろう。
しかし悪党だけになったら、その瞬間この世は終わりだ。世界の文明は一切進歩しなくなる。
そして人間は文明を食い尽くし、餌をなくした蛆虫のように、干涸らび果てて滅びるだろう。
勿論、自分だけ良ければいいと考える悪党にとっては、それでもどうでも良いかもしれないが。
私はそんな連中とは一緒にならない。
ただ、それだけのことだ。
例え、悪党以上の邪悪と化したとしても。
「クラーク博士、無理は禁物だ。 分かっているとは思うが、まだ貴方を失うわけにはいかない」
「ああ。 だが儂はもうもたんよ。 後は、頼む」
車いすを動かして、クラーク博士は闇に消える。
思えば。
クラーク博士と出会ったのは、随分昔の事だ。宇宙開発計画が頓挫した頃。他の計画参加者と一緒に、憤慨した。
人類は、未来を捨てるのか。
宇宙開発は、すぐには金にはならない分野だ。だが、いずれ人類は資源を食い尽くしてしまう。
その時、地球を出ようとしても、もう遅いのだ。
あらゆる資源は枯渇する。
無秩序に食い荒らし続けているのだから、当たり前だろう。そして、人類に、今後態度を改めることなど、期待出来ようはずもない。
飛び級を重ねて大学を出て。期待の俊英とされていた私は。最先端の宇宙開発をしていた先進国共にされた仕打ちを、生涯忘れまいと誓った。
どうしても、宇宙開発は必要で。
人類の未来を切り開くためには、しなくてはならない投資だというのに。
それさえも分からない輩に。
どうしてこのような金と権力を与えてしまっているのか。
人間とは、何処までおろかなのか。
その時は、憤るだけだったけれど。いつの間にか、憤る者達が同士になって、少しずつ集まっていった。
クラーク博士とマーカー博士も、その時に出会った。
アキラ博士も。
それぞれの得意分野を持ち寄って、作り上げたのが、この禍大百足の設計図。打ち上げるはずだった宇宙ステーションの残骸を、どう改良するかが焦点になったけれど。我々に目をつけたアーマットが資金を出すことで。密かに膨大な資材を集め。禍大百足を完成に導く事が出来た。
それから、四人で額をつきあわせて。
ずっと、計画について練った。
どうやって、人類を宇宙進出に向け、動かすべきなのか。
それには現状の世界で、何が足りないのか。
シミュレーションも行った。数限りなく。
今の時代、スパコンなんて簡単に作れる。勿論此処で言っているのは、実用的な意味でのスパコンだ。
単に並列化してマシンスペックだけを異常にあげただけの代物では無い。
スパコンで何度もシミュレーションを行う事、数限りなく。結果として、今のやり方が一番正しいという結論に到った。
準備も、数年がかり。
その途中で。
アキラ博士は、肺癌になった。
煙草が原因なのは目に見えていた。アキラ博士は、かなりの愛煙家で。いつも暇さえあれば、煙草を噴かしていた。
その時だった。
私が、煙草を止める決意をしたのは。
アキラ博士は、見る間に弱っていったけれど。その時には幸か不幸か。クラーク博士が、技術を完成させていた。
世界では、まだ完成していないとされている。クローン人間の技術。
そして、更に其処から踏み込んで。
クローンに、知識を引き渡す技術である。
一度人間の脳を完全にスキャンし。シナプスを立体的に再構成。構成図をあるタンパク質で、クローンの脳内に再現するのだ。
このクローンは、本人のものでなくても良い。
ルナリエットは、事前に作られていた、失敗作の一人。ある先進国で秘密裏に進められていた、強化人間計画の残骸。
其処から引き取った、哀れな落とし子だ。
その国からして見れば、表に出してはならない存在であり、廃棄処分されたことになっている。
表に出れば、ひとたまりも無く殺されてしまうだろう存在だ。
だから、引き取るほか無かった。
そして今後も、表に出ることは出来ない。
愛くるしいルナリエットを見ていると、アキラ博士の遺言を思い出す。埋め込むのは、俺の知識と技術だけにしてほしい。俺の思い出を埋め込んだりすれば、この子を必要以上に苦しませることになるだろう。
アキラ博士。
それでも、ルナリエットは苦しんでいるよ。
そして、クラーク博士の記憶を、同じような廃棄されるところを、サルベージされたクローンに。現在移植し続けている。
前のルナリエットと違い。今度の子は更に幼い段階での移植だ。恐らくは、前よりは拒絶反応は小さいとは思えるが。
それでも、この子の人生を粉みじんにすることには変わりない。
元から、この子の未来には、闇しか無い。
その闇を更に上書きするのだ。
どれだけ邪悪なのだろうと、自分の所行に苛立ちさえ覚えるけれど。それでも、今は。人類のために、やらなければならなかった。
クラーク博士に、スキャン装置に入って貰う。
これが最後のスキャンだろう。
博士は、目に見えて弱っている。もうレンゲルも、どうこうしろと言わなくなってきていた。
死期が近いと言うことだ。
スキャンが終わると、私は、データの上書きをするように。クローンのはいっている装置にインプット。
苦しそうに身じろぎするクローン。
すまん。
もう少しで終わるから、耐えてくれよ。
そう呟くと、目をそらした。
「あの子が、少しでもマシな終わり方を迎えられると良いのだがな」
「何、少なくとも儂と同じ場所には落ちないだろうさ」
「オカルトに傾倒するのか、貴方でも」
「あくまで比喩の問題だよ。 儂も君も、地獄に落ちるのは確定だろう? だがあの子は、きっと天使が迎えにきてくれるはずだ」
そうだろうな。
クラーク博士が、外に出たいと言ったので。マーカー博士を呼んで、一緒にエレベーターに乗る。
外に出ると。
むせかえるような緑が、其処に拡がっていた。
如何に減っているとは言え。
此処はジャングルの一角。自然が最も繁茂している、地球で一番豊かな場所の一つだ。目を細めると、クラーク博士は、良い香りだと言った。
「生命に満ちている。 儂が生きている間に、宇宙ステーションにこんな自然環境を構築したかった」
「後は任せておけ。 私が地獄に落ちる頃には、実現する」
「ああ。 俺も必ず」
「頼むぞ、二人とも」
身寄りの無いクラーク博士にとって、宇宙開発は全てだった。
その卓越した頭脳を全てつぎ込んだ事業が、金にならないという理由で凍結されたときの無念は。察してあまりある。
マーカー博士も、それは同じだ。
我等は、憎悪で結びついている。
愚かな人間への、憎悪で。
その夜。
クラーク博士は、満足そうな表情で、息を引き取った。
きっと彼の魂は。予想とは反して、地獄では無い場所に行くことが出来たはずだ。私は、そう信じた。
ぼんやりとしている亜麻色の髪の女の子。
クラーク博士の代用品。
アーシィだ。
勿論名前は地球から。ちなみに次の記憶移植クローンを作る時は、我等結社にとって因縁の土地である火星の名前をつけようと、既に三人で話して決めていた。もうその内一人はいないのだが。
初めて栄養液カプセルから外に出て。
何もかもが分からないアーシィだが。移植した知識で、すぐに喋ったり歩いたりは出来るようになるはず。
ルナリエットより何歳か見かけは幼いけれど。
これは、記憶の移植によるフィードバックダメージが小さくなるための措置だ。ちなみに焼き付けているのと同じなので。一度入れ込んだ記憶が消えることは無い。
いっそ、人格もコピーしてしまいたいくらいだったけれど。
アキラ博士同様、クラーク博士は、それだけはするなと言っていた。個人の意思を踏みにじるわけにはいかないのだ。
服を着せてやる。
アーシィは、楽天的なルナリエットに比べると、随分と大人しい。まるで借りてきた猫のようだ。
少しずつ、体になれてきたようで。
クラーク博士の遺品であるPCを渡すと、すぐにブラインドタッチで操作し始める。この様子だと、すぐにも実戦投入できるだろう。
また、今回の一件で。
記憶の譲渡も、更に現実的になった。よりフィードバックは小さくなり、的確に記憶の移植が出来る。
結社のメンバーの一人をつけておいて、マーカー博士と話す。
「問題は無さそうだな」
「ああ。 マーカー博士の墓の土が乾きもしない内にこういうことをするのは気が引けるが、本人の遺志でもあるからな」
「……我ながら、業が深い」
「止む得ぬ事だ。 このまま人類が滅びるのを、見過ごすわけにはいかん」
ちなみに、アーマットは。
クラーク博士の死に、そうかとだけ呟いた。感心が無い様子で。別にそれについては、どうでもいい。
此奴に、そもそも人間的な反応など、期待していないからだ。
次の作戦については、三つある候補の中から、現在選定中だという。明日には結果が出るそうだが。
正直、これもどうでも良い。
アーシィの能力を試すためには絶好の機会ではあるのだけれど。勿論其処まで機械的に、私は考えを進められなかった。
ぼんやりしていると。
翌日が来た。
ベッドの横に林立している酒瓶を押しながら、起きる。いつもより緩慢に着替えると、禍大百足に向かう。
目が据わっていると、ルナリエットに言われた。
酒臭いとも。
「分かっている」
「機嫌悪くて、怖いです」
「ああ、そうだな」
マーカー博士も無言だ。
私もそうだが。マーカー博士も、今回の件には、自分自身に一番腹を立てているのだから。
愚かしい世界そのもの。
そして私も、マーカー博士も、その一部。
クズである事に変わりは無く。
結局の所、世界を悪くしている愚民共と、本質的なところでは変わりが無い。結局の所、その事実は、揺るがしようが無いのだ。
アーシィがひょこひょこと歩いて、クラーク博士の席に座る。
そして、元から知っているように。サポート用の機器を起動。クラーク博士に孫がいたら、こんな感じだったのだろうか。
そうだろう。
そう思って、納得するしか無い。
もの凄く大人しくて、殆ど喋ることも無いアーシィだけれど。ルナリエットに、一緒に頑張ろうねと言われたら、頷いて応えていた。別に機械的というわけでも無い。単に性格が極めて大人しいだけらしい。
クローンも色々だ。
多分、栄養液から出す前からこうだったのだろう。元々このクローン達、解析された人類の遺伝子を人工的に再構成して、優秀とされるものをかき集めて作られた存在だ。スペック的には色々なのだろうが。性格までは、好き勝手には出来ない、ということなのだろう。
意識を切り替える。
これから、仕事だ。
今回出向くのは、アフリカ大陸の最北端。エイメイス共和国。
この国は、それほど貧しくは無いのだけれど。現在宗教的な過激派が大暴れしていて、凄まじい内戦が繰り広げられている。
こういう状況になっているのも、貧富の格差があまりにも著しいからだ。貧しい人間は、もはや他に喰う方法も無い。
殺意と悪意は加速して。
互いが殺し合い、どちらかが生き残るまで、流血の宴は止まらない。
今回は十四ある武装勢力を根こそぎ壊滅させるのが目的だ。政府は機能を失っているので無視。
ついでに、この国にある油田と。それで財を成している外資系企業の集中している都市にも、攻撃をかける。
理由は簡単だ。
これらが、内戦を煽る最大の原因になっているから、である。
もっとも、油田を考え無しに潰すわけでは無い。今回は、あるものを使って、油田を封印する。
その実験も兼ねる。
禍大百足には、まだまだ幾つもの使っていない装備がある。
埃を被る前に、陰干しをする必要があるのだ。
作戦地域を指示すると。
黙々と、アーシィがPCを操作。自動走行プログラムを起動させる。
今までとは違って、かなり地下深くを低速で行くので、時間は掛かるけれど。そのかわり、遮るものはない。だから渋滞に巻き込まれることも無いのである。
地下にはいった禍大百足が、黙々と掘り進む中。
アーシィは、不安そうに周囲を見回した。
「どうした、何か問題か」
「いえ、その……」
可愛らしい声だ。
肉体年齢が年齢だから、当然だろうか。
「到着まで、まる三日ほどかかります。 その間、何をしていれば良いのか……」
「PCの操作などを再確認しておけ」
「既にしてあります。 どうすれば良いのかは、頭に入ってもいます、ので」
「そうか。 なら寝ていろ」
突き放した私に、一瞬だけ抗議するような視線をマーカー博士が向けたけれど。これくらいでいい。
クラーク博士の忘れ形見だからと言って、甘やかすことはしない方が良い。
操縦を自動に切り替えると、ルナリエットが気を利かせたのか、アーシィの手を引いて、後方の関節に向かう。休憩しに行ったのだろう。
二人がいなくなると。
マーカー博士が、苦言を呈する。
「ルナリエットの時も君は厳しかったな」
「性分だ」
「飛び級を重ねた元天才少女としては、思うところでもあるのか」
「……さあな」
鋭い所は流石だ。この禍大百足開発に関わった一人なだけはある。
しばらく無言が続く。
地下だと、本格的にやる事が無いのも事実だ。アーシィは、無理矢理大人の知識を詰め込まれた子供と言っても良い。子供らしい好奇心と、大人として詰め込まれた退屈への耐性が、頭の中でおかしな風に混ざり合っているのだろう。それは必要以上に、そわそわもする。
ルナリエットが戻ってきた。
アーシィとは仲良くなりはじめているようで、何よりだ。笑顔も向け合っている。同年代の子供と言う事だし、この閉塞環境だ。ある程度、親近感があるのかもしれない。
また、煙草を探っていることに気付いて、舌打ち。
しばらくは、する事が無い。
だから、途中で、作戦について再確認する。
今回は、宗教的な過激派が幅を利かせる危険地帯での作戦任務だ。信仰が違う相手を皆殺しにするつもり満々の連中が暴れ回っている国と言う事もあって、作戦にはとにかく慎重を期する。
潰して行く順番が重要なのだ。
というのも、そうしないと無力化した連中を、ここぞとばかりに他の集団が皆殺しにしかねないからである。
できる限り迅速に。
この国の武装解除と、スーパービーンズの配布を行わなければならない。
「アーシィ、エイメイスの地図を」
「分かりました」
すぐに、それぞれのモニタに地図が表示される。
咳払いすると、私は進行ルートについて指示。最初に潰すのは、中東から人員と武器の供与を受けている過激派集団。人員も保有している武装も、最大規模。女子供をさらって奴隷にして売りさばき、或いは武器を持たせたり自爆テロをやらせたりしている、どんな悪魔でも鼻白むような外道共である。これで神の使徒を気取っているのだから、乾いた笑いも漏れない。
ただし、この国は長く続く飢餓に覆われていること。それが過激な信仰を後押ししている事は否めない。
悪しきいばらは、腐った土地が無ければ育たないのだ。
政府の無能も、長年続いた小規模な内戦も、このような典型的な淫祠邪教がはびこる要因となっている。
それを一緒に解決しなければならない。
武装勢力だけ叩き潰せば、全てが終わる訳では無いのだ。
「攻略ルートは、こうやって時計回りに潰す」
「し、質問です」
アーシィが小さな手を挙げる。
反応がウブで可愛らしいけれど、そう言う風に見えるとは言わない。つけあがらせるだけだからだ。
「今までと違って、かなりの高速で地上を移動するよう、ですね。 その、もうスペックがばれているから、ですか」
「それもあるが、今回はとにかく迅速に動く必要がある」
ついでにだけれども。
隣国の国境地帯に潜んでいる武装勢力も合わせて叩き潰す。連中の資金源になっている麻薬畑もろともだ。
恐らくは、此処がアフリカで暴れ回る最後の国だろう。
既に各地の武装勢力は、この禍大百足に戦々恐々としているという報告が入っている。現れたら対抗できないからだ。
今までの多国籍軍は、人道的見地とやらから、武装勢力を殺す事しかしなかった。本当の問題である、飢餓という最大の土壌を、回復させようとはしなかった。何より、武器を取り上げることをしなかった。
禍大百足は違う。
街だろうが武装勢力の基地だろうが関係無く蹂躙し、そもそも飢餓が成立しない環境を作って去って行く。
武装勢力にとっては、これ以上ないほどの敵だ。
噂によると、現在結社のメンバーに対しては、六億ドルの賞金が掛かっているとも言う。今後更に価格が上がることは確実だとも。
もっとも、そもそも外に露出することが無い結社のメンバーだ。それに今後、外で生活しようとも考えていない。
「それなら、スーパーウェザーコントローラーを使ってはどうでしょう」
「ふむ……言ってみろ」
「は、はい。 あの、幾ら迅速に動いても、無理が出ると思います。 それで、一度攻撃して壊滅させた武装勢力の拠点近辺に豪雨を降らせれば、状況の伝達を、遅らせることが……出来るかと」
「そうだな。 マーカー博士、どう思う」
腕組みして考え込んでいたマーカー博士は。
しばしして、頷いた。
「今回の作戦で、最大の懸念事項がそれだ。 多少、他の地域への状況伝達が遅れれば、それなりに時間は稼げるだろう」
「決まりだな。 やってくれるか」
「ああ。 任せてくれ」
まず襲撃して、蹂躙する。
最初に攻撃する宗教系の武装勢力については、拠点を地下から突き上げて、幹部連中は皆殺しにする。
そうすることで、混乱を加速。
連中が保っている資金を、使えないようにするのが狙いだ。
その上で武装を全て排除してしまえば、連中はもう張り子の虎も同然である。もはや逃げ惑うだけの哀れな鼠と化すだろう。
ただ、その後、凶悪さでは大差がない他の武装勢力による虐殺が起きては、何の意味もないのである。
故に、作戦は、ウェザーコントローラーの補助があったとしても、迅速にこなす必要がある。
そういうものだ。
作戦については、問題ない。
アーシィはむしろ。私やマーカー博士に任せっきりだったクラーク博士よりも、作戦に積極的に関わり合いたいのかもしれない。
それなら、そうさせる。
どのみち、私もマーカー博士も、戦略も戦術も専門家では無い。それは今までの作戦で経験は積んだけれど、それだけ。
適正がある人間が、誰よりも成果を出せるのが軍事という分野だ。
アーシィに適正があるのなら。
今後、どんどん任せるのも、いいだろう。
現地に、到着。
思った以上に、地下からのソナーで、武装勢力の地下拠点が、分厚く底を固めている事が分かった。
「金属で補強しているな。 しかも四重だ」
「ぶち抜けそうか」
「……やってみます」
ルナリエットは、ただし加速が必要だと言う。
頷いて、好きなようにさせた。
更に深く、禍大百足が潜る。今の時点で、地下ソナーに反応は無い。上にいる連中は、いつも通りに生活をしている様子だ。その割りには、物騒な話ばかりが聞こえてくるのだけれど。
深く潜って、距離を取った後。
全力で、加速開始。
一気に距離を零にして。
金属の四重底を。禍大百足は、一息に喰い破っていた。
勿論、その衝撃は凄まじい。
恐らく、一瞬。
地下拠点にいた連中は、全員が即死だっただろう。人質もいたとしたら、気の毒なことをした。
そのまま、拠点を無理矢理に喰い破って、地上に。
衝撃は、禍大百足の中にも、かなり来た。
「い、幾つかコンディションがイエローに変わっています」
「対処は任せる」
「はいっ」
アーシィが不安げに言う。
だけれども。禍大百足が敵拠点を真下からぶち抜いて、粉々に打ち砕き。周囲にガスを撒きはじめた頃には。既に落ち着きを取り戻していた。
拠点にある建物を全て蹂躙しつくし。
抵抗が沈黙するのを確認してから、スーパーウェザーコントローラーを起動。ガスをばらまきつつ、周囲の様子を確認。
先ほどの一撃が、あまりにも凄まじかったのだろう。
実は地上に出たときは、もうかなりの建物が倒壊していたようだった。
気の毒だとは思わない。
この拠点にいた連中が、何をしていたのかは、言うまでも無いのだから。無力化を進めながら、スーパービーンズも撒く。
空には、巨大な黒雲が、見る間に育っていく。
最大加速。
そのまま、次の武装勢力拠点に向かう。凄まじい勢いで走る禍大百足を、虚ろな目で、悲惨な生活をしているらしい掘っ立て小屋の中から、やせこけた人々が見つめていた。
そういった村にも、ガスは撒いて置く。
人体には悪影響は無い。
武器という武器を、ダメにするだけだ。
大雨が、後方で降り始める。今までで、一番多くの死者を出したかもしれない。だが、振り向いている時間はない。
「次の拠点まで、二十分」
「十分で蹂躙するぞ」
「かなり荒っぽいな」
分かっていただろうに、マーカー博士が呻く。
私は、何も言わず。次の拠点も、禍大百足が蹂躙するのを、見守り続けていた。既に雨は、豪雨になりつつあった。
2、泥水の渦
時計回りに、四つの武装勢力を殲滅。更に五つ目を潰した頃、エイメイスの政府軍が、やっと重い腰を上げた様子だった。
禍大百足を遠巻きに偵察機が見ている。
放置。
相手にする暇も余裕も無い。
順番に武装勢力を潰して行かないと。この国では、どれほど巨大な虐殺が起きても、不思議では無いのだから。
山だろうが、沼だろうが、関係無い。
悪路でも、平然と踏破していく禍大百足。
頼もしいが。
敵にして見れば、悪夢そのものだろう。地雷原だろうが、落とし穴だろうが、止める事が出来ないのだから。
「国際通信がはいりました」
「ほう。 どんな内容だ」
周波数を総当たりで飛ばしているのだろうか。拾う事はあっても、返事は一切しないが。ちなみに、あのアーマットの通信は、基本的に禍大百足の中では受けないようにしているし。アーマットにもそれを承知させている。
危険を避けるための、当然の措置だ。
アーシィが、通信を読み上げる。
どうやら、武装勢力が垂れ流しているものらしい。
救援要請だ。
神の名を連呼しながら、悪魔が来たとか騒いでいる。どうやら悪魔とは、禍大百足のことらしい。
まあ、悪魔には違いない。
価値観は相対的なものだ。どれだけ悪魔も唖然とする悪行を積み重ねようが。自分たちは正義だとか考えるのが人間なのだから。
放置。
私は言うと、更に禍大百足を加速させる。
現時点で時速八十キロを越えている禍大百足だけれど。直線でその気になれば、百三十キロまで速度を上げられる。
巡航速度はあくまで八十キロ、というだけだ。
山を越えた途端。
小型の巡航ミサイルが、禍大百足に直撃。わずかに揺れがコックピットの内部にまで届く。
別に気にする事は無い。
見ると、武装勢力の一つが。兵力を総動員して、迎え撃ちに来たらしかった。
戦車もいる。
戦闘ヘリも。
この間蹂躙したランネレアスの軍隊に比べるとかなり規模は落ちるが、それなりにしっかりした戦力だ。
オイルマネーがどれだけの流血を強いているのか。
これだけでも、よく分かる。
真正面から、踏みにじれば良い。そう思って、突入させようとした瞬間。アーシィが、警告の声を上げた。
「ストップ!」
「どうした」
「みょ、妙です! 見てください、展開している兵力が……」
戦闘ヘリは活発に動いているけれど。戦車隊は、止まったまま。見ると、展開している歩兵も、殆ど数が揃っていない。
「……すぐに調べろ」
その場で停止。
ガスを撒きながら、情報を確認。攻撃ヘリは発砲してくるが、放置。近づいてくれば、勝手に落ちるだけだ。
どうやら戦車隊は完全に張りぼて。
熱量などから調べて見ると、木か何かで作ったものだろう。兵士は、見るとチャイルドソルジャーばかり。
全部、使い捨てというわけだ。
「C4です!」
アーシィが叫ぶ。
なるほど、そう言うことか。巡航ミサイルで誘引して、囮の案山子に引きずり込み、C4で爆破と。
なるほど、舐めてくれたものだ。
「一旦潜って、突き上げろ」
「で、でも、C4が」
「爆発を出来るだけ派手に確認できるようにしてやれ、ということだ。 その爆発の中から、無傷の禍大百足が現れれば」
「極大の威圧感を、敵に与えられる」
私に続いて、マーカー博士が言うと。
アーシィは黙る。
そして、結果は。
その通りになった。
悲鳴を上げて、逃げ出す武装勢力の兵士達。逃がさない。追いつくと、ガスを浴びせる。頭を抱えて震えていた兵士達は、気付くのだ。
自分たちが持っている武器が。何の役にも立たない、がらくたになってしまっているという事実を。
ちなみに、禍大百足は無傷。
C4は確かに強力な爆弾だが。
それでも、この禍大百足には通用しない。それさえ見せつけることが出来れば、今回は充分だ。
最後の武装勢力の拠点を蹂躙し終えると。
ようやく、一息つくことが出来た。
この国も、これで当面は問題ないだろう。今まで手を出した国からは、結社の諜報員がデータを送ってきているが。いずれも、環境は予定通りのものとなっている。
新国連はばらまいたスーパービーンズを回収して調べているはずだが。
連中の動きからして。まだ、その正体には気付いていないだろう。
しばし、状態を確認させる。
上空には雨雲。
巨大に発達して、豪雨を周囲に降らせている。雨に濡れた禍大百足は。山をまるまる一つ、覆い隠すほど。
その威容は。神話の神々でさえ、舌を巻くだろう。
「エラー、二十四カ所。 いずれも修復可能です」
「すぐに取りかかってくれ」
「あの、一旦撤退はしないんですか」
「まだ新国連のGOA部隊は姿を見せていない。 連中が仕掛けてくるならすぐに引き揚げなければならないがな。 今回は少しばかり急ぎすぎた。 機体にダメージがある可能性は否定出来ない」
装甲は、何処も無事だ。
剥落したパーツも無い。
しかし、C4を頭上で爆破したときや。巡航ミサイルを喰らったとき。それなりに、コックピットに振動は来た。
あまり楽観ばかりもしてはいられないだろう。
念のために、状態だけはしっかり確認しておく。
何があってもおかしくないのだから。
ルナリエットはヘルメットを外すと、そのまま椅子にもたれて眠り始める。私は補修をアーシィと一緒にするべく、マーカー博士が後方の関節に向かうのを見届けると。自身も、少し眠ろうかと一瞬だけ思った。
だが、それはまずい。
実際、いつ新国連が奇襲を仕掛けてくるかも分からない。本当は、土に潜ってからでも良かった位なのだが。
念には念だ。
しっかり、調べられるところは、調べておかなければならない。
後方から通信。
第十六節にいるマーカー博士が、内線をいれてきたのだ。
「どうした」
「政府軍の兵士が来ているようだ。 機体のすぐ側まで近づいてきている」
「威力偵察か」
「さあな。 だが、武装した兵士であるのは事実だ。 動いた方が良いだろうと、俺は思うが」
少し考え込んだ後。
私は、ルナリエットに促す。
「あまり急がなくても良い。 この山を離れて、地中に潜れ」
「分かりました」
ルナリエットがヘルメットを被ると、すぐに禍大百足は動き出す。政府軍の兵士達は、腰を抜かすほどに驚いて。飛ぶように逃げていったそうだ。
ならば、仕掛ける必要もない。
GOAは姿を見せない。
アーシィに連絡を入れるが。其方で発見できたエラーは、全て内部から修復できるものばかりであったらしい。
そうか、それならばいいのだけれど。
地下に潜り始めた禍大百足に。
何か、小さな違和感を、私は覚えていた。
そのまま深く潜行させる。私自身も、ツールを動かして、禍大百足の状態を確認させ。最終的には、問題なしと判断。
装甲は破られていない。
足なども、全て揃っている。
だとしたら、何だこの不安感は。
嫌な予感は消えない。勿論私は、科学者だ。オカルトに関しては、否定する立場を取っている。
だから虫の知らせなどというものを気にする事は無い。そう自分に言い聞かせて。地中を進む禍大百足の中で、もう一度唸った。
やはり、気に入らない。
何か、見落としている気がしてならないのだ。
三日ほど地中を進んで、基地に到着。
待機していたメンテナンス班に、すぐに全体のチェックを指示。マーカー博士が、怪訝そうに眉をひそめる。
「どうした、何をそんなに苛立っている」
「分からないが、万全を期しておきたい」
「……確かにその通りだが、な」
コックピットを出て、禍大百足の状態を確認。
気付く。
頭部。第一関節の塗装が、少し剥がれている。恐らく、強引に武装勢力の拠点を、真下からぶち抜いたときだ。
この塗装は、普通のものではない。
当たり前だ。
もしも普通の塗装だったら、腐食化ガスを撒いたとき。禍大百足も、ダメージを受けてしまうだろう。
この塗装は、新しく開発中の、ナノマシンによる活性効果がある。単純に培養できるものではないし、解析だって簡単にはできないが。塗装が少しでも剥がれているとなると。新国連の軍が、武装勢力の基地を探索したときに、塗装を見つける可能性がある。
不安の種は、これだったのだろう。
或いは、クラーク博士が、教えてくれていたのかもしれない。
「塗装を修復し次第、すぐにエイメイスに戻るぞ」
「焦っていたのはそれでか。 どのみちいずれは解析されるものだし、すぐに戻ると却って怪しまれるのでは無いのか」
「いや、少しでも発覚は遅れさせた方が良い。 それに、また以前のように、武装勢力が集結して、好き勝手をし出す可能性もある。 現地にはもう一度顔を出した方が良いだろう」
塗装だけ処置を済ませると。
すぐに戻るように指示。
メンテナンスをする予定を切り上げての出発だ。エンジニア達も、不安そうに、此方を見ていた。
今は、少しでも慎重に動かなければならない時だ。
あと幾つの国を潰せば良いのか分からない現状。
わずかでも、ほころびを招く事態を作り出してはならない。不安要素は、ただの一つでも。神経質なくらいに、潰して行かなければ、安心は出来なかった。
3、針の穴
やはり来たか。
新国連の大佐であるキルロイドは、既に潜入していたエイメイス共和国で。武装勢力を蹂躙していくアンノウンを観察していた。今回は、彼単独で来ていたのだけれど。そもそも、ここに来るという当たりがあった訳では無い。
他にも、佐官クラスの人間が、アンノウンが現れる可能性が高いとみなされた最貧国に派遣され。
その戦術を、間近で見るようにと言う指示を受けて動いていたのである。
キルロイドがいたエイメイスにアンノウンが来たのは、偶然と言える。だが、その偶然が、小さくない成果を上げていた。
まず、アンノウンの動きだが。
出来るだけ、死者を出さないようにと判断して動いているのが、今回の一件でほぼ確実となった。
一番凶悪な武装勢力を真っ先に潰し、その後方を豪雨で塞いで攪乱。
その後は、順番に武装勢力を潰しながら、例の謎の豆をばらまいていく。
二日もすれば豆は芽吹き。
麻薬の畑を食い荒らし。荒野であろうと根を張り。最貧困層の飢餓をその身をもって救うのだ。
エイメイスの軍はお世辞にも強力とは言えず。
遠くから、制圧されていく武装勢力の軍を。及び腰の軍部隊のジープに乗って、観察するだけ。
首都にもアンノウンは現れたけれど。
犯罪組織の拠点を潰す以外は、例の武器を使い物にならなくするガスをばらまくだけで、去って行った。
その間、軍の兵士達は、逃げ惑うだけ。
情けないと思ったけれど。
彼らの中にも、浸透しつつあるのだ。
あれは、現世に怒りを抱き、降臨した神だという信仰が。
馬鹿馬鹿しいと、鼻で笑ってもいられない。
実際にそう信じる人間が出ているのは事実で。そうである以上、既に宗教としては、形を持ちつつあるのだ。
既に、百足の像を家の前にぶら下げる者が、この国にも出始めていて。
それ以外の国。
まだアンノウンが姿を見せていない国でも、その信仰は、爆発的に広まりつつあるのだとか。
無理もない。
この、飢餓に落ちた人間は、何をしてもどうにもならない世相だ。それは救いをくれる存在が、百足だろうが大蛇だろうが、関係無いだろう。
全ての武装勢力が蹂躙され。
この国の軍が、お情け程度の余力を残すのを見届けると、百足の化け物は去って行く。あれが本当に機械なのか。実のところ、キルロイドも知らない。上層部がそういう情報を掴んだと言っているようなのだけれど。
正直、疑念が残る。
とにかく、だ。
データは可能な限り取得した。
行使する戦術についても。
蹂躙された武装勢力の拠点についても、近づいて確認。武器を失っているとは言え、連中は殺しに日常的に触れている輩だ。油断は出来ない。
護衛の頼りにならない兵士達とともに、残骸を漁る。
破壊は徹底的だ。
サンプルになりそうなものも落ちていない。ただ、今回の破壊跡は、今までのアンノウンとは、少しばかり雰囲気が違う。
今回は、特に凶暴な武装勢力がいる地域だったから、拙速を旨としたのだろう。しかし、それにしても、だ。
この荒々しさはどうだ。
重機を持ち出して、調べる。
内部を確認すると、どうやら武装勢力は、地下拠点の中で全滅してしまったらしい。凄まじい勢いで激突してきたアンノウンによって、衝撃波でひとたまりも無く皆殺しになった、というのが真相だろう。
金庫室は。
調べて見ると、下から直撃を受けたらしく、影も形も残っていなかった。泥まみれの紙幣が土の中から見つかるけれど。これでは、多少集めても、大した金にもならないだろう。連中が電子化して保存していたデータも、この有様ではパーだろう。
不意に通信。
ベイ中佐からだ。
彼奴が連絡を寄越すとは珍しい。前にコテンパンにアンノウンにやられてしょげかえっていたが。その影響だろうか。
「キルロイド大佐、少し良いか」
「何だ」
「もしもあったらで良いが。 アンノウンの装甲や、その残骸は見つけられないだろうか」
「厳しいだろうな」
少し前の事になるが。
アンノウンは、ランネレアスの軍勢を真正面から蹴散らしている。その時には、散々戦車砲や巡航ミサイルの直撃を受けたけれど、装甲の剥落さえ無かったと報告が上がっているのだ。
たかが地下から基地を突き上げたくらいで。
あの異常な装甲に、ダメージが出るとは思えない。
いや、まてよ。
この破壊跡、凄まじい勢いで地下から突き上げている。その際に、ひょっとしたら、少し装甲に損壊が出ているかも知れない。
調査する価値はあるだろう。
「調べてはみる」
「頼む」
通信が切れる。彼奴が下手に出てまで頼み込んでくるのは、どういう風の吹き回しか。此方をずっと目の敵にして来たのに。
まあ、ともかくだ。
重機を本格的に導入して、掘り返させる。武装勢力の残存勢力が時々此方を伺いに来るけれど。
武器も資金も兵力も失った状況だ。
何でも、中東からまた偵察の人員もはいっているらしいのだが。早速例の豆が繁茂していて、飢餓民は殺し合いに荷担したがらない状況。殆どが、この国の軍や警察に、すぐに取り押さえられてしまっているらしい。
飢餓がなくなるというのは。
こうも大きな効果があるのか。
分かってはいた。
民族紛争やら何やらと言っても。結局の所、飯が食えないという最大の要因があって、過激化していくのだ。
利権がある所に殺し合いが生まれる。
直接的に飯が食えれば良いという訳でも無いのだけれど。
決定的な点で、食事が出来るか出来ないかというのは、やはり致命的な激発を避けるための、トリガーの一つともなる。
やはり、アンノウンは。
この紛争を力尽くで止めているとみるべきか。
しかし、何のためにそんな事をしている。
あの巨大な体。
もしも機械だとして、だ。作るのに、国家予算規模の金が必要になってくる。最低限に見積もって、である。
そんな金を誰が出す。
多数が出資したというのは考えにくい。
もしそうだったら、とっくに新国連が突き止めているはず。恐らくは、プライベートで大規模な金を動かせる人間の筈だ。
だが、その手の輩は、金勘定のプロでもある。
自分の利益にもならない事に。金など、出すはずが無い。
つまり、アンノウンは、何かしらの利益があって動いていると判断するのが自然だ。この世界のルールは、金で動く。正確には、金が生み出す利益で動く。これはどうしようもない現実なのだ。
ならば、一体何の利益がある。
調べていると、金属板が出てきた。だが、普通の合金だ。一応それなりに強固なようだけれど。
これは恐らく、武装勢力が地下に敷き詰めたものだろう。
他の潰された武装勢力から、話を聞いていたに違いない。地下から、拠点を喰い破ってくると。
それで、何重にかに、金属板を敷いた。
結果はご覧の有様だが。
この分厚い合金の板を貫通したパワー。流石に桁外れの巨体だけのことはある。だが、サンプルが得られるかもしれない。回収するか。
そう思った、瞬間だった。
悲鳴が上がる。
何かと思って、顔を上げると。冗談のような光景が、目の前に広がっていた。
アンノウンが。
至近で、此方を見つめていたのである。リアルすぎるほどに、百足の顔だった。
思わず拳銃に手を伸ばすけれど。愕然としたのはその拳銃さえ、既にさび付いて、役に立たなくなっていることだ。
アンノウンは無造作に合金をくわえると、そのまま去って行く。周囲には、容赦なく、武器を使えなくなるガスをばらまいて。
殺されなかった。
だが、足ががくがくと震えている。あんな音もなく近づいてくることが可能だったのか。今まで、どれだけ大きな音を立てながら、威圧的に近づいてきたのか。乾いた笑いが零れてくる。
「状況を」
「ジープからトランシーバーまで、全てやられています」
「ならば徒歩で戻るしか無いか。 地雷原に踏み込むと面倒だ。 今まで通った路をそのまま戻るぞ」
しかし、だ。
どうしてアンノウンは、わざわざ戻ってきた。周囲に残った武装勢力の集結を待って潰すつもりだったのか。
いや、違う。
そうならば、流石にもっと派手に近づいてきているはず。あれは明らかに、金属板そのものを目的としていた。
何かあったのだ。
アンノウンにとって、面倒なトラブルが。そしてあっさり引き揚げて行ったという事は。そのトラブルが解決したことを意味している。
金属板に何か弱点があるとは考えにくい。
しかし、何重にも張られた金属板を無理矢理破った時。
あの巨体に、何かしらのトラブルが発生した、と見るのが自然だろう。
不安そうなエイメイスの軍人に、指示を出す。
「此処の武装組織の生き残りを、集めておいてくれるか」
「はあ、しかし下っ端ばかりですが」
「この金属板の工事について、調査したい。 幹部の生き残りに聴取できれば最高なのだろうが、な」
下っ端でも、工事について知っている人間はいるだろう。
其処から、何か突破口が開けるかもしれない。
エイメイスの首都まで引き揚げる。
途中、ジープを回収できたときは嬉しかった。三十年ものの、いつ壊れるか分からないような代物だったが。
この国の武器弾薬、それに車両などは、アンノウンに全て潰された。このジープも、個人所有だったものが、倉庫の中で眠っていて、偶然壊されなかった、というだけの代物である。
ちなみに、アンノウン宗教は、拡がっている。
百足は文明の利器を憎む。
そういう話が伝わっていて。生活できるのなら良いと、残った武器弾薬ばかりか、文明の利器まで捨ててしまう人間も増えているそうだ。
残るのは、超原始的な採集を主体とした生活。
それが健全な文明につながるとは、とてもキルロイドには思えない。
首都まで引き揚げると、どうにか生きている回線がある。
其処で支援部隊を要請。
新国連の方でも、既にまたしてもアンノウンがエイメイスに現れたことは掴んでいたが。キルロイドが至近で顔を合わせたことまでは、まだ把握していないようだった。
「ふむ、気になる話だな」
「これより調査します。 支援のための部隊を急いで廻してください」
「分かった。 専門のチームが、四日後までには到着する」
電話の向こうにいるのはアンジェラだ。
あの女も、目下と判断した相手には、これだけ高圧的な話し方をする。まあ、そういうものだ。
キルロイドは電話を切ると、すぐに大統領府に。
エイメイスの大統領は死を免れたが。ある意味、ここからが大変だ。国は飢餓から解放された。武装勢力は根こそぎ駆除された。しかし、この後、国民が頑張って働くようになるとはとても思えない。
不安そうにしている初老の男が、大統領だ。
彼はキルロイドが姿を見せると、すがるような視線を向けてきた。
「き、キルロイド君。 新国連の支援はどうなっているのかね」
「四日後、アンノウンの調査のための部隊が来ます。 治安維持については、先行の部隊が行いますが、此方に関しては恐らく心配いらないでしょう。 むしろ治安の維持よりも、武装勢力の再集結が心配です」
もっとも、である。
この国の武装勢力は、徹底的に潰されてしまっている。今までよりも、アンノウンのやり方が上手になってきているのだ。一番凶悪な組織は幹部ごと皆殺し。武装勢力が再起するために必要な資金や武器も、全て潰されている状況だ。
その上で、政府軍はある程度残っているし。何より新国連の軍が早めに来て、目を光らせているのが大きい。
アンノウンがやっていることは全く賛同できないが。
奴の行動で、新国連の治安維持がスムーズに行われているのは、事実だろう。
後はインフラの再整備だけれども。
それについては、正直今後、長い年月を掛けてやっていくしかない。水の心配だけはないのが幸いだが。
「アンノウンと言ったか。 あの化け物が現れるようになってから、皆が怯えているんだよ。 あれは文明を持つ人間を襲うという話があってな」
「与太話です」
「そうなのかね。 しかし、我が国の民には、それを信じている者が大勢いる。 軍でもかなわない化け物が実際にして、その恐怖が眼前にあるのは、事実なんだ」
「今、対策を講じているところです。 焦らずにお待ちください。 いずれにしても、この国にもうアンノウンは来ないでしょう」
恨みがましい目で見られる。
少しは安心できる言葉を掛けて欲しいというところか。
だがキルロイドには、そのような器用な真似は出来ない。この国は大統領と閣僚がまんま生き残っただけでもマシ。
もっとも。
あのアンノウンが蹂躙した国の中には、国とはとても呼べないようなものも多数あった。既にアフリカ全土で恐怖の的になっているアンノウン。一方で、貧民からは、早く来て欲しいと言う声まで上がっていると報告がある。
複雑だ。そして、アンノウンが地球全土を蹂躙した場合、多くの人間がそれを歓迎するのだろうか。
そうとは思えない。極限の飢餓にいない先進国の人間にとっては、アンノウンの存在は悪夢そのものだ。
混乱しているエイメイスの軍は、キルロイドに頼り切っている。もとより規模の小さな軍隊だ。こんな時に、どうして良いのか分からないのだろう。
将軍や元帥という肩書きの者までそうなのだ。
情けないが。此処は、キルロイドが復興を手伝うほか無いだろう。
数日は、あっという間に過ぎる。
支援チームが、新国連の輸送機で到着。十名の科学者を含む、本格的な調査チームだ。すぐに、キルロイドは、確保しておいたデータを引き渡す。そして、尋問専門のチームに、捕らえておいた武装勢力の人間を引き渡して、指示した。
「話は聞いていると思うが、アンノウンはどうしてか金属板を持ち去った。 それについて、この者達から出来るだけ情報を引き出せ。 元の構造を完璧に再現できたら、シミュレートしろ。 アンノウンが打ち砕くと、何が起きるか」
「分かりました。 いずれにしても、アンノウンがわざわざ金属板を持ち去ったとなると、何かあるのは確実でしょう」
敬礼をかわすと、その場を離れる。
リョウ達はしっかりやっているだろうか。
今、あいつらは、今後アンノウンの侵攻が予想される国の一つに、先回りしている。其処で訓練しながらGOAのデータを集めているのだが。当然アンノウンが来ていない状況だ。武装勢力が闊歩していて、基地から一歩も出られない状況であるらしい。
出来れば、すぐにでも行ってやりたいのだが。
この国の状況では、そうも行かない。
新国連が基地を敷設して、通信インフラが復旧したのは四日後。インフラは首都から回復させて、最終的にはこの国に引き渡す。
もっとも、それにさえ、不満げな視線を感じる状態だ。
アンノウン信仰が、どれだけ爆発的に広まりつつあるかの証明だろう。
調査チームが、結論を出したのは、更に三日後。
基地に招かれたキルロイドは。聞かされる。
決定的な一言を。
「恐らく、アンノウンは、剥落した塗料か何かを回収していったのだと思われます」
科学者達のリーダーは、そう開口一番に言った。
見せられるのは、アンノウンに潰された基地の構造図。地下にチタン合金を主体とした四枚の分厚い装甲を敷いている。此処を、仮に人工ダイヤモンドを混ぜた非常に強固な金属で破ったとする。破った際の速度と強度は、破壊された基地の状態から類推。
それによると、アンノウンの装甲は、最低でも人工ダイヤモンドの六倍のモース強度を有している上。金属の粘り強さも同時に持っているのだとか。
ともあれ、である。
破った際に、どのような強固な装甲であっても、金属に剥落した塗料が付着することは確認できた。
そしてこの塗料は。
新国連に回収されるとまずいものなのではないかと。科学者は言う。
「アンノウンがばらまいている、あらゆる機器類をダメにするガスですが、それを防ぐ目的があるのではないのかと、予想はしています」
「対策は、何か無いか」
「恐らく、アンノウンを操縦している人間も、自分で性能を把握し切れていないのでしょう。 しかし、次回からは、同じような無茶は避けるかと思われます」
本当に、そうか。
そう思わせておいて、対策している場所に対して、それ以上の攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
いずれにしても、参考にはなった。
一旦基地を出る。新国連は規模をまた拡大したらしいとは聞いているが、追加の部隊を何処にでも何時でも出すというわけにはいかない。それに、規模の拡大に関しても、米国がいつまでもうんとは言わないだろう。
むしろ、アンノウンが現れ始めてから、異常なほど新国連の仕事がはかどるようになって来ている。
何か裏があるのではないのか。
しかし、裏があるとしたら何だ。流石に新国連上層と百足はつながっていないだろうが。それぞれの行動が、互いに利をもたらしているだけだと言うには、で来すぎているように思えてならないのである。
「基地残骸を徹底的に調べろ」
「分かりました。 可能な限り」
調査チームと、護衛の人員が向かうのを見送ると。
キルロイドは、一旦上層部と連絡を取る。
今回の一件で、あのアンノウンにも、能力の限界が見えてきたように思える。
話によると、ヘリを狙って高く跳び上がったりもする事があったそうだけれど。地中から鉄板を無理矢理喰い破ったパワーを見る限り、それもあながち無茶では無いのだろう。こんな怪物とやり合えるのかとも思ったけれど。
逆に、今回アンノウンが不祥事を起こしたと考えれば。
其処に、能力の限界があるとも言えた。
治安維持のチームが来ると同時に、キルロイドは交代。GOA部隊と合流するべく、中央アフリカの秘境とも言われるフランガルに向かう。
フランガルは名前だけの国で、今時珍しく、共和国だの、民主国だのといった、肩書きをつけてはいない。
かといって先進的な思想の国かと言えば、それも違う。
元々、深いジャングルに覆われていた国は。過酷な資源開発の結果、その殆どを砂漠に変えてしまった。
ジャングルは実際には、脆弱な土壌に支えられた過酷な世界。
多くの自然破壊を行った報いは。
今まで抑えられていた疫病の爆発的拡散や、水害の多発。焼き畑で潰した土地の貧困かを招いただけだった。
結果として、得られる富が無くなったフランガルは。
現在泥沼のデフレスパイラルから抜け出すことも出来ず。
悪夢のような時代を、送り続けている。
内戦の激化も先鋭化の一途をたどり。
治安維持に派遣したGOAも、インフラ整備部隊の護衛をしようとしているが、それも上手く行っていないという話だ。
この国の治安回復するには、五個師団に達する兵力がいると試算されているけれど。
アンノウンが踏みにじった国々に廻している戦力を考えると、とてもではないが、そんな兵力は捻出できない。
しかし現地の兵士達を鍛える方法はまずい。
以前、それで中東で大失敗をしたケースがある。
こういう腐敗したり態勢が劣化している国では、考えられない不正が行われるケースが多く。
実際の軍隊とは比べものにならないほど脆弱な部隊や。
何よりいる筈の人員が実際にはいないと言った、話にならない事態がしょっちゅう起こるのだ。
そして、額面だけ立派な武器弾薬だけが、武装勢力やテロリストに渡ってしまうことになる。
呆れきった話だが。
それが現実なのである。
だから、どうしても、訓練を済ませた精鋭を、治安維持部隊として派遣するしか無い。現地の反発を受けるのは覚悟の上で。そうした上で、現地の治安を少しずつでも回復させるには。やはり、貧富の格差を少しでも是正していき。犯罪でもするしかない状況にいる人々を、救済しなければならないのだ。
安易に金だけ流し込んでも、武装勢力の争いを激化させるだけ。
かといって、平和維持部隊だけ流し込んでも、反発を買ってテロを誘発するだけなのである。
それが、支援というものの、難しい実態だ。
新国連が用意した高速機で、現地に。
途中、反政府ゲリラが活動している国も珍しくない。上空に地対空ミサイルをぶっ放してくるような場所もある。
だからの軍用機だ。
チャフもフレアも備え、最近はミサイルを迎撃するためのシステムも更に進化している。その分乗り心地は、旅客機のようには行かないが。
無言で、新聞を読んでいると。
通信がはいる。
「フランガルより入電です」
「続けろ」
「現地に展開しているGOA部隊が、武装勢力の攻撃を受けました。 現在、基地周辺にて、反撃を行っています」
「何……」
現在、GOA部隊を指揮しているのは、経験が浅い、元エリート士官だ。名前はなんといったか。そうだ、確かロールフォードと言った。米国の一流大を出た人間で、海兵隊に鳴り物入りで入り。そのまま、新国連にスカウトされ、現在の地位に就いている。ちなみに現状の階級は少佐だけれども、将来は将官になるのを確実視されていた。
「戦況は」
「敵は相当な重武装の部隊で、RPG7を多数有しているようです。 あまりにも既存の武装勢力にしては武装が強力すぎるため、何処かの国の特殊部隊が手を貸しているのでは無いかと言う話も」
「すぐに向かう。 それまでは、防御に徹するように指示を出せ」
「イエッサ」
通信が切れた。
急ぐと言っても、此方は空の上だ。
重武装の、何処かの国の特殊部隊だとすると。もしも一気でも鹵獲されると、一気に情報が拡散することになりかねない。
そうなると面倒だ。
GOAは今までまるで注目されていなかったが、幾つかの国の治安維持で抜群の力を発揮していて、各国も既に目をつけ始めている、という話がある。
特に第三諸国から成り上がり、膨大な経済力を武器に好き勝手をしているような国家にとっては、なおさら魅力的な兵器だろう。国内の不満分子も蹂躙できるし、他国への侵略にも尖兵として使える。
新国連も一枚岩じゃ無い。
各国との折り合いもある。GOAの技術が、実力があると判断された以上、既に拡散を始めていると考えるのも自然だ。しかし、この技術が拡散する事は、戦争の先鋭化を招く。まだ、早いのだ。
現地空港。と言っても、騒然としている、軍空港に到着。
早足で、指揮所に向かう。
キルロイドが顔を見せたのを見て、ロールフォードが青い顔を上げた。
「どうした、何があった」
「現在、四ヶ所で、GOAが交戦中。 既に二機が行動不能状態に陥り、擱座させられています。 他の機体も、擱座した機体を守るために、身動きが取れない状況です」
「二機か」
RPG7だけでは、こうは行かないだろう。
恐らくもっと大火力の攻撃を、集中的に浴びたと見て良い。
「私のGOA201はあるか」
「はい、準備してあります」
「すぐに出る」
交戦地点を確認。
なるほど、無差別に戦っているようにして、確実にそれぞれを孤立させ、集中攻撃を仕掛けているのが見え見えだ。
市街地という事もあって、機甲師団も動きにくい。味方の支援部隊も、敵の足止めを喰らってしまって、救助に出向けない、と言う所だろう。
すぐにGOAに飛び乗ると、戦闘中の各機に連絡。
リョウは、無事だ。
どうやら獅子奮迅の活躍を見せ、擱座している二機を守りながら、敵に対して火力の滝を浴びせているらしい。
「大佐! 来てくださいましたか!」
「遅れて済まなかったな」
リョウの実験データからフィードバックした、ブースターの機能を全開。中空に浮かび上がると。後はヘリも吃驚の速度で、街の上空を駆ける。
途中。目についた武装勢力の車両に、アサルトライフルを叩き込む。これらは、いずれもが攻撃ヘリのチェーンガン並みの破壊力を有している。装甲車は紙くずのように引き裂き、戦車だって無事では済まない。ましてやバリケードや建物に籠もって戦っている武装勢力など、ひとたまりも無い。
RPG7が飛んでくる。中途で、迎撃システムが撃ちおとす。
即応。
発射地点に、アサルトライフルで制圧射撃。
瞬時に沈黙。
放置して、先に進む。途中の交戦地点で、敵対勢力を全て蹂躙しながら。
この機は、201の中でもカスタムが行われていて、機動力に注力している。その分火力が若干弱めだが、それでもザコを蹴散らすには充分だ。
前線が見えてきた。
擱座している一機は蓮華の機体だ。足を徹底的に狙われたらしく倒れたまま身動きできずにいる。
かなりの数の敵部隊が、取り囲んで集中砲火を浴びせてきているため。擱座している二機を、後方に下げられずにいる。
それにしても攻撃の精度が凄まじい。
まだ無事な三機に対して、雨霰と火力が注いでいる。このままだと、リョウの240も含めて、いつまで保つか。
「到着したぞ」
「大佐っ!」
「反撃開始! 敵に容赦はするな!」
敵の真ん中に着地する。ビルを踏みつぶしながら。
遮蔽物を踏みつぶしながら歩き、抵抗を続ける敵兵に、アサルトライフルを頭上から叩き込んでいく。
大量殺戮をしないための兵器。
だが、GOAの火力は、戦闘ヘリ並だ。
その恐ろしさを見せるには、これでいい。
それにしても、だ。
戦い方を見ていると、現地の人間をけしかけて、後ろから武器だけを送っている様子が見える。
これは、どこの国の特殊部隊か、見え見えだ。
現地の言葉で、周囲に警告。
「お前達、報酬を宛てにしているのだろうが、そのようなものは得られんぞ! お前達を嗾けた国は、金こそが全てと考える拝金主義者の集まりだ! これからGOAを確保などさせん! 作戦が失敗した以上、お前達に待っているのは、口封じだけだ!」
グレネードを叩き込む。無力化ガスを浴びて、ばたばた倒れる武装勢力。
ガスマスクも、支給されていないか、それとも使いこなせていないのか。舌打ちして、更にグレネードをうち込むと露骨に火力が減る。
「リョウ、擱座した機体を下げろ!」
「イエッサ!」
「殿軍は俺が務める。 他の部隊も、ダメージを受けた機体を庇いながら集結しろ!」
指示を出しながら、アサルトライフルをぶっ放す。
火力が此方に集中してきた。
巡航ミサイル。
一発目は、迎撃装置が反応、叩き落とす。
二発目。
直撃を喰らうけれど。
しかし、耐え抜く。コックピット廻りの装甲は、特に強固に作られているのが、GOAなのだ。
ミサイルが直撃しても平然としているGOAを見て、流石に恐怖に駆られたのだろう。集中攻撃を浴びせても、撃破するどころか、擱座させるのが精一杯。歩兵が倒せる相手では無いと、しっかり把握させれば、それで充分だ。
ついに逃げ出す敵。
追い散らすようにして、アサルトライフルの弾を叩き込む。
他の部隊への攻勢も、しばしして止んだ。
「被害報告!」
「一緒に巡回していた部隊に大きな被害が出ています! GOAのパイロットは無事ですが、多数の被弾があった機体は、損傷が出ています」
「損傷がある程度なら構わん。 それにしても、舐めた真似をしてくれたな……!」
久しぶりに、心底から怒りが湧いてくる。
負傷した兵士達も守りながら、基地まで撤退。いずれにしても、このまま舐めた真似はさせない。
基地に集結した部隊。
キルロイドは皆を見回すと。
怒りを可能な限り押し殺しながら宣言する。
「恐らくこの国には、近々アンノウンが来る。 だがアンノウンより先に、武装勢力を叩き潰す」
「し、しかしこの国には、十以上の武装勢力が」
「丁度良い試験だ。 まずは破損したGOAの修復作業。 その後、一つずつ、容赦なく叩き潰す」
皆が顔を見合わせる。
だが、そもそも、一度はやっておかなければならなかったことなのだ。それにリョウの頑張りで、GOAはそろそろ実戦投入できる機体になっている。
二足歩行兵器が、足の関節に数十発のRPGを浴びて、擱座で済むのである。この兵器は、戦場を変える。
丁度いい。阿呆共に思い知らせるには、良い機会だ。
準備に取りかかれ。
叫ぶと、すぐに皆敬礼して、散った。
この国で、GOAは鮮烈なデビューを飾ることになる。蜂の巣を突いたことを、後悔させてやろう。
久々に。
キルロイドは、灼熱のマグマが心の中で煮えたぎるのを、実感していた。
4、黒の魔人と
基地に戻り、次の作戦について協議していた私の所に、連絡が入ってくる。次の目標の一つだったフランガルで、GOA部隊への大規模攻撃が行われたという。
現地の武装勢力の装備では明らかに無い規模と火力の攻撃だったとか。
一旦協議を中止。
マーカー博士と話しながら、情報収集を開始。
同士を手配し終えると、本題に入る。
「ハーネット博士はどう思う」
「GOAに注目が集まり始めた、という事だろう。 恐らく背後にいるのは中帝だろうな」
「ああ、それしかあり得ないだろう」
中帝。正式名は中華帝国。
中華人民共和国が分裂してから、幾つかの国に別れたが。その中でも、いわゆる河北を抑えている国である。
軍事力強化が著しく、経済的に振るわないロシアやEUから、前時代に蓄えた金を湯水のごとく使って、新鋭の兵器を買い付けている。河南を抑えている中京、中華京立王国との紛争に兵器を使っているが、周辺国への領土拡大の野心も露骨で、様々な兵器を入手しようと世界中で暗躍している。
GOAも彼らにとっては、単純に欲しい兵器の一つ、というわけだ。
元が宇宙開発用のパワードスーツだろうが関係無い。
ちなみに、中帝は潰す国の目標の一つ。現時点ではまだ攻撃対象にはしない。当然の話で、水爆も持っている国を相手にするには、流石に早いからだ。計画を進めていって、最終的に潰しに行く国の一つである。
「それで、新国連は」
「現地の武装勢力に攻撃をすることを宣言。 現状の戦力だけで叩き潰してみせると息巻いている様子だ」
「無益だな」
武装勢力を潰すだけだったら、別に爆撃だけで出来る。
航空機からアウトレンジ攻撃を浴びせるだけで充分だ。それこそ、市民を巻き込まないことを厭わないのなら、一日で国ごと消し飛ばすことが可能だろう。
GOAは、空爆に比べると、被害を小さく抑えることが出来るが。
それでも、そもそも意味がないのだ。
武装勢力が大量発生すると言う事は、そもそもその国の状態が決定的におかしい事を意味している。
飢餓。
貧富の差の拡大。
いずれにしても、命に直結する危険があって、初めてそのような状態になる。国にどれだけ不満があっても、大多数の人間が餓死しない状況では、このような失敗国家にはならない。
武装勢力だけ潰しても意味がない。
更に言えば、食糧支援などをしても意味が生じない。
支援しただけ、現地の有力者が掠め取って、更に武器弾薬を買いそろえて殺し合いをするだけだ。
だからこそに、禍大百足のやり方には意味がある。
少なくとも、私はそう確信している。
「どうするね」
「そうだな……」
アーマットの連絡を待ちたいところだが。今回に関しては、此方から動いても良いかもしれない。
不意に、携帯が鳴る。
連絡に出てみると、アーマットだった。
「既に話は聞いていると思うが、フランガルで新国連がGOAの試験を開始した」
「そこまで私は割り切れんな」
「今回、フランガルの件は傍観して欲しい」
「その意図は」
おぞましい返答が帰ってくる。
アーマットは、何らその言葉を吐くことを、躊躇しなかった。
「漁夫の利をさらうためだよ」
「つまり、武装勢力とのモグラ叩きになって、泥沼になったところで、禍大百足が出るべきだと言いたいのか」
「流石だなハーネット博士」
「巫山戯るな!」
思わず、大声を出していた。
相手が萎縮した雰囲気は無い。話を聞いていたマーカー博士も、憮然としている。
「そもそもの目的を忘れたか! フランガルは、いつ大量虐殺が起きてもおかしくないレベルで、内戦が深刻化している国なんだぞ! これ以上引っかき回したら、何が起きても不思議では無いのが分からないか!」
「だからこそだ」
「ただでさえ、現在年間十二万人が飢餓と内戦で死んでいる国だ! ここにGOAによる強攻制圧が加わったら、更に悲惨な事態になるぞ! 我々の目的は、人類を宇宙進出させることだ! 貴様もそれを承知で同士に加わったんだろうが!」
「虐殺はどうせ起きる。 世界の何処にでも我等の手が届くわけでは無いからな」
冷え切った声。
私も、流石に苛立ちがピークに達しかけたが。
その瞬間、マーカー博士が、割って入った。
「提案がある」
「何かね」
「いっそのこと、新国連軍と共同作戦を行ってはどうか」
「ほう……」
思わぬ発言だ。
今までも、意図せず連携に近い事は行われていた。今回は、更に無意識下での連携をして見る、という事か。
面白いかもしれない。
「フランガルを制圧するのに、元々の状態なら一週間と試算が出ていた。 しかし上手く動けば、三日程度で武装勢力を沈黙させられるかもしれん」
「しかし、うまく動けるかね」
「今後も厳しい状況は続くんだ。 これくらいできなければ、どのみち最終的な目的にはたどり着けんよ」
マーカー博士の言う事には、確かに一理ある。
私も賛成すると。
アーマットは黙り込んだ。
「どうした、珍しいな」
「……良いだろう。 どのみち、フランガルの武装勢力は潰すべき存在だ。 後ろにいる中帝の特殊部隊ごと、無力化した方が良いだろう」
「ならば、すぐに出撃の準備をする」
「急いでくれ」
通信が切れた。
マーカー博士は、通信が切れた携帯を帰すと。いつもより、少し強い感情を込めて言う。
「彼奴に人間らしい反応なんて期待する方が無駄だと分かっていただろうに。 あのまま決裂していたらどうするつもりだった」
「確かにそうだな。 彼奴の資金力は必要だ。 軽率だったかもしれん。 すまなかった」
「いや、あれは誰でも腹が立つ。 今後は気を付けてくれればいい」
「ああ」
話を終えると、すぐに同士達が集まっているミーティングルームに。其処で、フランガルへの攻撃決定を告げる。
すぐに禍大百足を出せるようにと指示を出して。
ルナリエットとアーシィの様子を見に行くと。二人は既に、禍大百足に乗り込んでいた。コックピットで仲睦まじく何か話をしている。
すぐに二人とも、此方に気付く。
声を掛けてきたのは、ルナリエットの方。
「ハーネット博士」
「どうした。 勉強か」
「アーシィに、禍大百足について説明していました」
「そうかそうか」
仲の良い姉妹のようで、ほほえましい。
とはいっても。禍大百足から出て、外では生きられない姉妹だ。しかも、実際には血さえつながっていない。
これから、フランガルに出向く。
難しい作戦になる。
それを告げると、ルナリエットは頷く。アキラ博士の記憶を受け継いでいるこの娘は、操縦に関しては恐らく天下最強だ。禍大百足の操縦は、サポートAIがあっても尋常では無く難しい。ルナリエットで無ければ、まずこなせない。
サポートについても、いずれはアーシィに、もっと役割を多く廻したい。
準備は一日ほどで済ませ。
そのまま、フランガルへと出撃。途中に入手したデータでは、さっそくGOA部隊は一つ目の敵勢力を蹂躙。武装勢力を壊滅させ、突入した特殊部隊が武装勢力メンバーの拘束に成功した、という事だった。
だが、そもそもが、である。
誰が民間人で、誰が武装勢力かも分からない状態。いつまで上手く行くかは、しれたものではないだろう。
「間もなく、フランガルにつきます」
「作戦の修正をした。 目を通してくれ」
「ああ」
私はざっと作戦に目を通して、マーカー博士に何カ所かの修正を要求。地上に出る前には、作戦を組み直し終えていた。
武装勢力の拠点の真ん前に出た禍大百足。
見ると、最初逃げ散っていた民草が。
手を振って、歓迎するそぶりを見せ始めている。
信仰が広がりつつあるとか聞いているけれど。どうやらそれは、本当であるらしかった。
急いで腐食ガスを任せる。
こんな行動を取っていたら、武装勢力の人間に殺されてもおかしくないからだ。そして、スーパービーンズも散布開始。
さて、予定通りに行けば、三日ほどでこの国にある武装勢力の拠点は、全て劫火の下に埋葬することが出来るが。問題は新国連側。おかしな動きをしなければいいのだが。
早速一つ目の拠点を蹂躙。
武器も何もかもを腐食させ、次へ。必死に石を投げて抵抗してくる敵の兵は無視。放置で、そのまま行く。
通信がはいってくる。
GOA部隊の攻撃は凄まじく、二つ目の武装勢力も、文字通り蹂躙されているらしい。そう言う目的で作ったのでは無いのだけれどなと私は呟きながら。
次の拠点を潰すべく。
禍大百足を、急がせた。
時間は、予想よりも少ないかもしれない。
(続)
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