沸騰する湖

 

序、回避

 

状況が分かっていないルナリエット以外、誰もが無言だった。予想よりも、あまりにも早すぎる。

予定を早めていなかったら、もろに交戦する事になったかもしれない。

恐らく映像も撮られたはずだ。

弾頭無しとは言え、ミサイルの直撃も貰った。あれも、次からの対抗策に生かされるに違いない。

アーマットのゲス野郎の判断は正しかった。

それは私、ハーネットも認める。

でも、敵の判断はそれより更に早かった。

偶然か、それとも。

何かしらの意図があっての事なのか。

地中を高速で掘り進みながら、無言で考える。ルナリエットは空気がぴりぴりしているのを嫌がったのか。しばらく右往左往していたけれど、ついに寝たふりを決め込んだ。いつもと違って、本当に寝ているわけでは無くて、時々此方を伺っている。

クラーク博士が、点滴つきの特製チェアの上で呻く。

「随分早かったな。 次の作戦では、恐らくGOAと交戦する事になりそうだなあ」

「今の時点では脅威にはならないが」

マーカー博士も、腕組みして唸る。

私は。

ずっと黙り込んでいた。

本当に今回の件は、偶然なのか。そうとはとても思えないからだ。もしも、これが偶然では無いとすると。

アーマットを真っ先に疑いたくなるところだが。

奴にとっても、禍大百足は価値がある存在。

今の時点では、まだ利害も対立していない。奴から漏れていないとなると。一体どういうことだろう。

とにかく、今回は、攻撃ヘリの部隊も到着が早かったし。新国連側の能力を、もう少し高めに見積もるべきかもしれない。

そうなると、此方としても、いつまでも第一段階の装備で出るのも問題だろう。いざというときに備えて、第二段階の装備を準備しておくのも、必要なことになるかも知れない。

新国連はそれでいい。

問題は、核を密かに保有しているような国と戦う場合だ。

今後は当然、そう言う場面も出てくる。

もしもやり合う場合。戦術核なら大丈夫だけれど。あり得ない話だが、水爆を相手が持ち出したら。

正直、今の防御で防ぐのは厳しい。

勿論、投下されるタイミングさえ見切れば、地中に逃れる事が可能だけれど。この様子だと、まさかだとは思いたいが。

しばらく考えていると。

地上に出た。

しばらくは、ジャングルを進む。木を倒さないように、ルナリエットが気を遣って操縦を開始。

また、無言の時間が来るけれど。

今回は、私から、それを破った。

「戻ったら一度、まとまった休日を取ろう」

「しかし、大丈夫なのかね」

「アーマットは私が説得する」

出来るかは分からない。

しかし、操縦しているこの四人のモチベーションが墜ちる事の意味は、あの外道だって理解しているはず。

いずれにしても、このままだと色々まずい。

作戦が動き出したばかりだというのに。

問題が山積しすぎている。

アジトに到着。整備を任せると、一旦全員が降りる。クラーク博士はすぐに病室に直行。

あまり状態は良くない。それは医療の専門家で無い私でも、一目で分かるほどだ。出来るだけ急いで、しかも可能な限り長期間、休養を取って欲しい。

自室に戻ると、すぐにアーマットに連絡を取る。

まず、作戦について説明。成功したことを告げると、アーマットは特に嬉しそうでも無い様子で言う。

「それは重畳」

「これから少し、長期間の休憩を取る」

「ほう?」

「全員の疲弊がひどいのでな。 このままだと、PTSDになるかもしれん」

しばらく黙っていたアーマットだが。

返答は、意外なものだった。

「良いだろう。 一週間ほど、休憩すると良いだろう。 それまでのスケジュールは、此方で調整しておく」

「そうか」

「かといって、ただだらけていて貰っては困るが。 それとクラーク博士の件は、早めに手を打つように」

通話が切れる。

舌打ちすると、私は、何をもくろんでいると呻く。

彼奴のことは信用していない。一応結社の最上層四名の一人だが。いつの間にか、彼奴に結社の主導権を握られたこともある。金さえあれば、この世では何をすることも許されるというのは、どうにも承諾しがたい。

皆の所に戻ると、しばらくは時間が出来た事を告げる。

特にクラーク博士の付き添いをしているドクターレンゲルは、胸をなで下ろしていた。

「本当は休日が一月はいる。 一週間では短すぎる」

吐き捨てるレンゲル。

クラーク博士の消耗は、それだけ大きいという事だ。

それに、全体的な禍大百足のオーバーホールもしておきたい。この間の戦いで分かった、あり合わせの部品が招きかねない不具合は。少しでも、発生確率を下げないと、危ないのだ。

この間は、取り返しがつく瑕疵だったけれど。

下手をすると、今後は機体そのものがダメになりかねないダメージを受ける可能性があるのだから。

対応は、スタッフに任せる。ただ、メンテナンススタッフは、突貫工事になるだろう。それは我慢してもらうしかない。

また各地にいる同志に、情報収集もさせて。今後に備える。

やる事はいくらでもある。

休日と言っても、休むわけにはいかないのだ。特に私の立場では。

それでも、それなりの時間眠れたのは嬉しい。

目が覚めてから、あまり美味しくもない朝食にして、PCに向かって必要な作業を進めていくと。

不意に、携帯端末が鳴る。

出ると、アーマットだった。

「少し良いかね、ハーネット博士」

「何か問題か」

「次の作戦対象を先に告げておこうと思ってね」

「……何処だ」

くすくすと、嫌らしい笑いを、電話の向こうで感じる。アーマットの奴は、本気で私が嫌っていることを承知の上で。挑発的に行動しているのだ。

嫌な奴。

「スクリアム公国だ」

「アフリカ中央部のあの国か」

すぐに、何処かは分かる。というのも、最初に攻撃する対象の一つとして、候補に挙がっていたのだ。

スクリアムは資源も何も無い国で、アフリカ中央部にある小国である。人口は二百五十万ほど。

とにかく貧しい国で。

政府が圧政を働いているわけでもなく。武装勢力が闊歩しているわけでもない。単純に、ただただ貧しいだけの国家だ。

国民が努力を欠かしているわけでも、政府が悪意を持っているわけでもない。武器がばらまかれている事も無ければ、軍に過剰投資が行われているような事も無い。

人口の増加も、他のアフリカ諸国に比べれば、大変に微々たるもの。いや、それどころか、減少に転じてさえいる。

いわゆるアフリカの年に、周辺国と一緒に独立は果たしたのだけれど。

とにかく資源も何も無いこの国は。以降、やっていくことが出来なかった。あまりにも貧しすぎるため、周辺国との紛争さえ起きていない。周辺国では、そもそもこの国に侵攻する意味が無いし。スクリアムにしても、周辺国の土地を奪うために軍隊を動かす能力さえ無いのだ。

そう言う意味では、戦闘は想定されない。

楽な任務だとは言える。

ただ、この国には、特徴が一つある。

土地の九割方が、砂漠なのだ。

初陣を避けたのも、それが理由。

スーパービーンズが機能するか、分からないのである。

勿論理屈上は大丈夫だ。

新国連には発覚していないはずの機能も、きちんと砂漠で発揮されるはず。そう考えれば、リスクは考えなくても良い。

しかし、である。

それらはあくまで机上の話。

本当にスーパーウェザーコントローラーで雨を降らせたとして。

長期的に、スーパービーンズが芽吹くのか。

芽吹かなかった場合。ただスクリアムにとって貴重な軍事兵器を蹂躙するだけの結果に終わり。

恨みだけを買うことになるだろう。

「どうした、臆したのかね」

「いや、そのような事は無い」

「そうか。 では休暇の後、作業に取りかかってくれたまえ」

通信が切れた。

舌打ちすると、携帯端末をベッドに放り捨てる。壊れるかと思ったけれど。頑強さには定評のある日本製だ。平気だった。

何度も埃をわざとらしく払うと。

私はベッドに腰掛けて、二度、ため息をついた。

楽な仕事だが。

もしも新国連軍が乗り込んできた場合は話が別だ。非常に貧しいが、それでも戦争には縁が無かった国を。

侵略者同士で、滅茶苦茶にする結果を招く。

それでは本末転倒なのだ。

それに、問題はもう一つある。

HIVだ。

現在、スクリアムではHIVが大きな問題になっている。スーパービーンズが普及すると、活力を取り戻した人間達の中で、それが更に問題として大きくなる可能性もある。

勿論、スーパービーンズの効果の一つで、さらなる感染拡大については、押さえ込めるだろうが。

その効果についても、新国連に発覚する可能性が出てきてしまう。

「意外にリスクが大きいぞ、この仕事は……」

アーマットの野郎。

勿論奴は分かっていて、この仕事を廻してきたに違いない。そして、私がすぐにリスクに気付くことも、承知の上で、だ。

とりあえず、皆に話しに行く。

マーカー博士は、腕組みして聞いていたが。やがて、肯定的に意見を口にした。

「私は行くべきだと思うが」

「理由を聞かせてくれるか」

「スクリアムが飢餓に面しているのは事実だ。 人間の悪意による飢餓では無いが、我等の目的の一つは、飢餓から貧民を救済することだ」

「……そう、だな」

きれい事だと、笑われるかも知れない事だけれど。

これについては、同士の共通認識だと、私は思っている。

勿論、スクリアムの民が、努力して飢餓を克服するのも、今まで必要なことだったはずだけれど。

彼らだって、この四十年以上、努力を続けてきたのだ。

そんな彼らを救うのは、決して結社の理念に反する行動では無いだろう。

アーマットのゲス野郎が裏で何を考えているのかは、未だによく分からない部分があるけれど。

それでも、この飢餓から民を救うという観点で言えば。

我等の行動は、するべきものだと言える。

「問題は新国連の動きだな」

「それについては、現地で考えるべき事だな。 もしもGOA部隊が待ち伏せしているようだったら、その時は相手にせず動くしか無い」

「ああ……」

「クラーク博士の意見は?」

まだ聞いていない。

というか、聞ける状態に無い。

短い時間で回復させるため、点滴に睡眠導入剤をいれているのだ。結構無理矢理だが、体を無理にでも眠らせることで、少しでも回復を促すのだ。

起きるのは、恐らく八時間ほど後。

その時に、聞くしか無いだろう。

ニュースが入る。

新国連の発表だ。

新国連が、アンノウンを機械兵器と断定。ほぼ確実に有人兵器であり、使用者を最悪の国際テロリストとして指名手配した、という内容だった。

まあ、そう来るだろう。

というよりも、発表が遅すぎるほどだ。

まあ、今の時点ではどうでもいい。攻撃は更に苛烈になるかも知れないが、それはわかりきったことだ。

問題は、新国連が今後、禍大百足に対して、クラスター弾や核を使う可能性。勿論表向きには所有していない兵器だが。今後は米軍の支援を受けて、使ってくる可能性を想定しなくてはならない。

「防御兵器の一部を使用解除するか」

「そう、だな」

具体的には、迎撃レーザーを使用解除する。

これは元々、宇宙空間でデブリを爆砕するために開発したもので、出力が尋常では無い。尋常では無いため、禍大百足の巨体でも、使用後は一瞬動けなくなるほどだ。

体節ごとに動力炉を有していて、その全てを連動させている禍大百足でも、である。

レーザーとはエネルギーをそれだけ喰うものなのだ。

勿論、使用は防御にのみ限定される。

敵戦闘機を狙い撃つほどの精度はないし。

出来るとしてもやるつもりはない。

他にも、禍大百足には、幾つもまだ使用していない武装がある。そう言う意味でも、新国連にこの機体を鹵獲させるわけにはいかないし。

出来れば写真も撮らせたくは無い。

さて、クラーク博士だ。

仮眠を取ってから、クラーク博士が起きるのを待って、話をしに行く。

クラーク博士はぼんやりと薄目を開けていたが。

次に砂漠が中心になっている国に出向くことを告げると。意識が覚醒したようだった。

「ならば、儂がなおさら行かなければならんな」

「ああ。 だから今は休んでくれるか」

「儂のPCにあるフォルダ17。 その中に、実験プランがある。 それを出立までに実行していてくれるか」

頷くと、渡されたPCを立ち上げる。

確かに17というフォルダがあり。その中に、スーパービーンズに対する実験の詳細なプランがあった。

なるほど、この日のことを、既に想定していたのか。

頷くと、すぐに取りかかると告げる。

また眠りに落ちるクラーク博士。

自分がもう長くないことを、予想しているのかもしれない。だからこそに、本当に動くべき時以外は、こうしているのだろう。

悲しい話だが。

その決意を無駄にするわけには行かなかった。

私はオーバーホール中の禍大百足に乗り込むと、早速スパコンにアクセスし、実験プランを起動させる。

出立までに、どうにか間に合う。

良い結果が出ることを。

今は、祈るほか無かった。

 

1、無貌

 

スクリアムに到着。

大河も無いこの国は、大半が砂漠で。住民の殆どは、砂漠地帯を避けて、わずかな都市部に集中している。

普段は犯罪組織を潰すためにも、都市部にも乗り込む禍大百足だけれども。今回に関しては、そうはしない。

軍基地も潰さないつもりだ。

そもそもこの国の民は、禍大百足に対して、対抗する手段さえ持っていない。虐げる意味など、一つも無いのである。

早速、スーパーウェザーコントローラーを起動。

マーカー博士にそれは任せ。

自身は、体調がだいぶ回復したと称しているクラーク博士と、実験の結果を精査しつつ。スーパービーンズの散布の結果を見る。

実験の結果は。

概ね満足は、出来るものだった。

あくまで概ね、である。

今までどんな劣悪な環境でも芽吹いてきたスーパービーンズだけれど。流石に過酷すぎる環境では、芽吹かない例が出てきている。

こればかりは仕方が無い。

それに、あくまで普段に比べて、の話である。

全てが芽吹かないわけでも無い。

ちなみに、条件は今いる砂漠よりも、更にきつく設定している。現在いる砂漠でなら、更に芽吹く可能性が上がるはずだ。

空が曇り始める。

雨が降り始めた。

砂漠では、意外に水害が危険な要素になる。降る雨の量はコントロールしないと行けない。砂漠と言っても、全てが砂に覆われているわけでは無い。岩石砂漠も、この国の四割ほどに達しているのだ。

オアシスには、小規模ながらコロニーもある。

其処の住民達は、接近して来る禍大百足を、無気力に見守っているだけ。逃げようとも、戦おうともしない。

何もかもを諦めている目だ。

いたましい話だけれど。

彼らには、まず食べるものがない。

支援しても何も見返りが無いのが理由に。どの国も、この国への支援は、殆どしてこなかった。

誰も手をさしのべなかったのだ。

利権が見込めなかったから。

「この世の果ての一つだな」

私がぼやくと。

クラーク博士は、若干たどたどしい口調で、それにあわせた。

「前から思っている事があってな。 地獄というものは、昔の人間が、未来の世界をみたものではないかとな」

「非科学的な考えだ」

「だが、世界の神話に残る地獄の姿は、まさに現在の人類社会そのものではないのかな」

確かにそうだけれど。

何ら根拠の無い言葉。

科学者が言うことでは無いようにも思える。

クラーク博士も、年老いたのだ。それに、科学者が、カルトに傾倒してしまうことは、よくあることなのである。

気を付けて、クラーク博士の最後が、おかしくならないように。支えてやらなければならないだろう。

コロニーは蹂躙しない。

ただ、スーパービーンズは撒いていく。

雨が降り始めるのを見て、コロニーの住民達は、ぼんやりと空を見上げていた。あの様子では。禍大百足に家が踏みつぶされても、逃げようとはしなかったかもしれない。

絶望に囚われた民。

今は、ただ。

食糧を、得られる環境を作るのだ。

 

首都に接近。

スクリアムの首都は、人口百五十万と相応の規模だけれど。殆どの住居がトタンも同然で。ビルすらまばらだ。

文字通りの、スラム街である。

ちなみに犯罪発生率はそれほど高くない。だれも、犯罪をするメリットさえが無いからだ。

一部の富裕層の中には、犯罪を行う人間もいるらしいのだけれど。

それは超がつくほどの一部。

しかもその富裕層にしたところで、他の国の中間層程度の財産しか保有していないのが現実だ。

首都の側に接近しても。

軍隊は出てこない。

人々も、禍大百足に感心を見せない。

虚ろな目で。

彼方此方のトタン屋根のさび付いた家からの視線が、此方に向けられてはいるけれど。それは、ただ何かが来た。それくらいのものでしかなかった。

この国は。

あまりにも貧しすぎて、人として生きる最低限の気力さえ無くしてしまっているのだ。アフリカでも、数少ない人口が減少に転じている国だというのも、頷ける話だ。これでは人間が増えようが無い。

雨が降り出す。

それも、人々の気力を呼び起こすには到らない。

ただ貧しい人々は。

何か空から降ってきたと。虚ろな目で、見ているだけだった。

首都の側を通り過ぎながら、一応この国にある小規模な軍事施設も視察するけれど。兵器と呼べるようなものはない。

装甲車はいるけれど、武装も使う事を想定していないようで。案山子代わりに放置されている有様。

航空機に到っては、兵器としてのものは存在しないようだ。

もしも、だけれども。

この国で大地震が起こったら。

誰も逃げようとはせず、そのまま圧死してしまって。それを誰も助けようとはしないのではあるまいか。

思わず、頭を振る。

これは、武装勢力が、仁義無き殺し合いをしている国よりも、ある意味で更にいたましいかも知れない。

極限の飢餓の、ある意味での到達点。

スーパービーンズを食べる事が出来ると彼らが見つけ出してからも、しばらく彼らは無気力から立ち直れないだろう。

首都から離れながら、砂漠にもスーパービーンズを撒いていく。

雨は、しばらくして。

本降りになりはじめた。

マーカー博士が調整して、少し降雨量を減らす。その間に、私は。レーダーを注視して、新国連が軍を投入してこないか、確認を続けていた。

二日ほど、砂漠を横断する頃には。

この国に潜入している同士から、連絡が来る。

「スーパービーンズが芽吹き始めました。 恐らくは、明日には食べられるようになるかと思います」

「住民の様子は」

「相変わらず無気力で、スーパービーンズの繁茂を見ても無反応です。 食べてみようという気力も感じられません」

「それは参ったな」

スーパービーンズは、食欲を誘発する効果がある。まあ簡単に言うと、美味しそうに見えるし、臭いもあるのだ。

だから普通は、飢餓の民は飛びつく。

そして食べ始めるのだが。

この国では、そんな欲求さえ。大半の人間から、失われてしまっている、という事なのだろうか。

レポートを見る。

首都にしても、稼働している店舗などは殆ど皆無。ある程度の富裕層向けの店などはあるけれど。

それも、殆ど機能していないのが現実だ。

めまいがするほど貧しいのだ。

この国の民は、もはや無気力と抱擁し合っている。生きようとする力さえも、飢餓の中で奪われてしまっている。

それは悲劇だと言える。

極限まで気力を無くした人間がどうなるか。

先進国でも、いわゆるニートやスネップの問題で、ある程度はわかってはいたはずだったが。

この国では、それが国レベルで拡大してしまっている。

それはそうだろう。

そもそも働く意味さえ、この国には無い。

資源も無ければ、仕事さえもない。

誰もが極限の飢餓の中、飢え死にするのを待つだけの日々。国際支援なども無く。よその国から、何かはいってくるものさえない。

働いても家族を養えるわけでもなく。

そもそも、生きる意味さえ。

気力のある人間は、そもそもが、この国を出てしまうのだろう。それも当然と言えるか。この有様では。

だが、この国の人々を、しかったり、馬鹿に出来たり、する資格のある人間はいるのだろうか。

それはノーだ。

この国が此処まで貧しいのは、人々が怠けていたから、ではないからだ。

そもそもこの国は。

あらゆる資源という点でさえ。他の国に、大きなハンディキャップを背負ってしまっているのだから。

砂漠を進んでいると、上空に影。

ヘリだ。

ただし、軍用のものではない。恐らく隣国のヘリが、面白半分に此方を見に来たのだろう。

制空権さえ、この国は守れていない。

他の国も、舐めきっている、ということだ。

「少し脅してやれ」

「らじゃ!」

ルナリエットは、ずっと無言で操縦していたけれど。

この国のいたましい有様を見て、何となく感じていたのだろう。完全に馬鹿にする目的で来ただろうヘリの連中が、どれだけ醜悪かを。

禍大百足が、ジャンプする。

慌てて回避しようとするヘリは、目撃したはずだ。

至近を掠めるようにして、超がつくほどの巨体が、側を掠めていく威容を。

勿論当たったらそれはそれで良い。あのようなことをする輩に、遠慮する必要など無いからだ。

覚悟は決めて領空侵犯しているはずだし。

まさか、報道関係者は聖職だから、どんな人間だって手心を加えるだろうと言った、不抜けた認識は抱いていないだろう。抱いているとしたら、なおさらそんな輩には、遠慮の必要は無いのである。

いっそ、潰れてしまえ。

内心で呟く。

幸いと言うべきか、不幸と言うべきか。

ヘリは撃墜されなかった。

必死になって逃げていくヘリ。ふらついているのは、余程慌てているのだろう。

着地して、盛大に砂を巻き上げながら、此方は見送るだけだ。相手にするだけ、時間の無駄である。

新国連の軍勢は出てこない。

この様子では。

そもそも、新国連でさえ。軍を出す意味がないと、思っているのかも知れなかった。連中も、正義の組織などでは無い。

利害によって動く。

人間が作った、軍事組織なのだ。

 

五日後。

スーパービーンズの散布が完了。

潜入中の同士から、連絡が来る。

「住民は、やっとスーパービーンズに手をつけ始めました。 それでも、気力は無いに等しいですが」

「これから、彼らも気力を取り戻していく事を期待しよう」

「はい……」

同士は、あまりそれには同意できないらしい。

だが、腹を立てていても仕方が無い。

立ち直る好機は与えた。

それでもなお、何もしないのであれば。それはこの国の人間達の問題。今までは、その機会さえ無かったのだから。

新国連はどうしていると聞くと。

同士は、咳払いした。

「先遣隊が来ました。 ただし軍では無くて、医療団や、使節団だけですが。 護衛もいるようですが、ほんのわずかな数だけです」

「……そうか」

それならば、もうこの国には用も無い。

地面に潜って、アジトに戻ることにする。前回と違い、今回は懸念していたような問題は起きなかった。

最悪の場合、姿を見せるなり新国連の最新鋭戦闘機が現れて、クラスター弾を住民がいるにも関わらずぶっ放してくる、という展開さえ想定していたのだ。実際は、それどころか、面白半分に様子を見に来たクズマスゴミのヘリが一機、姿を見せただけだったが。

餓鬼が住まう砂漠を離れ、アジトに戻る。

スーパービーンズの繁茂については、問題も無い。

今回の戦いでは。

誰も死なず。

誰も、傷つける事は無かった。

 

アジトに戻ると、新国連が発表を行っていた。思わず耳を疑ってしまう内容になっていた。

「中央アフリカの最貧国、スクリアム公国にアンノウン出現。 住民を多数虐殺し、悲惨な最貧国を地獄へと変えました」

映し出される映像は。

恐らくは、グラネドアイネスを襲撃したときのものと、すり替えられていた。燃え上がる犯罪組織の拠点。

傷ついた住民。

これについても、別の紛争か何かで戦場カメラマンが撮影したものだろう。

「新国連は、この一連の卑劣なテロに、激しい怒りを感じるとともに。 一連のテロを企画した集団を、百足と呼称。 以降、百足に対して、テロの根絶を目的とした、総力戦を挑む事を決定しました」

「総力戦ね……」

新国連が本腰を入れてくるのは、もう少し先だと思っていたのだが。

それにしても、くだらない情報戦略だ。

アーマットが連絡を入れてくる。

「新国連の発表を見たが、随分と事実を歪曲しているようだな」

「対応は」

「してほしいかね」

「別に」

もとより、民の指示など、得られるとは思っていない。実際問題、作戦の過程で、弱者も犠牲になっているのだ。

武装勢力だけ狙い撃ちで殺せるはずが無い。

連中のアジトを潰す過程で、人質になっている人間だって死んでいるだろう。移動している過程で。踏みつぶした人間だっているはずだ。

大義のためと広言したところで。

実際に犠牲になっている弱者がいるという事実は、変わらないのである。

やるべき事は、一つ。

周囲の世論など気にせず。

人類という種族が、宇宙に出るための準備を整える。飢餓からの救済は、その一過程に過ぎない。

ただ、貧民の救済という観点で言えば、アーマットを除く全員が、認識を一致させているのも事実。

私も人間だ。

何もかも、機械的に割り切ることは、流石に出来ない。嫌われる事は別に構わないとしても、である。

それにしても、新国連の戦略は。或いは、禍大百足をスケープゴートにして、さらなる権限拡大を狙っているのか。

あり得る事だ。

新国連の設立には、西欧や米国のパワーエリートが噛んでいる。

連中にして見れば、人道などと言う概念は、鼻で笑うものでしかない。自分たちの利益さえ確保できれば。

後は、どうでも良いというのが、現実だ。

新国連の立場を強化して、自分たちがどう利益を握るか。そう言う点では、禍大百足は、格好の餌食。

或いはどこぞの国での紛争でも企画していたのかもしれないが。

その前に、禍大百足という、大変分かり易い「悪」が現れてくれて。彼らは高笑いしているのかもしれない。

いずれにしても、だ。

「本当に放置で良いのかね」

「構わないさ。 そもそも我等の理念を忘れたか。 我等は民に愛されることを目的となどしていない。 宇宙に人類が進出できる土台を造り、人類が救われる未来を創設するのが目的だぞ」

「ふむ。 その先には一片の救いも無いように見えるが」

「そんなもの、最初から期待していない」

私が言い切ると。

アーマットは、そうかと言って、通話を切った。

救いか。

ルナリエットもそうだし、私だってそう。

救われる未来なんてあったら。

こんな事には。

それに、何よりだ。このままだと、この不幸はそれこそ全人類へと波及していきかねない。

資源が尽きたとき。

この星の未来は、途絶えるのだ。

さて、新国連の動きについて、続報がある。

少し前に、アルジェリオに展開していたGOA部隊は、三十五機に規模を拡大。更に全機を201型に改装する事を決定したそうだ。

急ピッチで配備は進んでおり。

今まで主力だった101は、一旦新国連本部に戻し。今後は第三諸国の治安維持任務にかり出される他、訓練機として使われるとか。

第三世代機の配備も、これは予想より早いかもしれない。

ただ、時代が加速することは。

決して悪い事では無いと、信じたい。

次の仕事が来るまで、少し時間がある。

私はクラーク博士の病室に行くと。マーカー博士も呼んで。今後の事を、競技することに決めた。

 

2、増強

 

装甲が換装されるGOA201。強襲揚陸艦に積み込まれてきたのは、新しいGOA201ばかりではない。

その付属装備一式も、だった。

亮が見上げている先で。

クレーンを使っての換装作業が、てきぱきと行われている。

既にマニュアルは完備されているらしく。試作機のような換装の苦労はないようだ。それに、さすがはGOA。

あの戦車さえダメにするアンノウンのガスを浴びても。装甲をやられることはあっても、行動不能になった機体はいなかった。

ただし、あの時は、至近で浴びていなかったという理由もある。

今後はどうなるかは分からない。

揚陸艦から下りてくる201。

代わりに101が、揚陸艦に積み上げられていく。

これで、全員に201が行き渡ったことになる。第三世代機が来るまでは、これで我慢するほか無いだろう。

戦力的は、充分すぎるくらいだ。

そして、亮の機体には。

強力なブースターと。試作段階のロケットランチャーが装備されている。

このブースターは、将来的に空中戦を見越してのものらしく。今までのブースターとは出力が段違いだそうだ。

大佐に呼ばれたので、行く。

他のパイロット達も、勢揃いしていた。

大佐が、全員が集まったのを見回してから、言う。

「アンノウンが現れた。 スクリアム公国だ」

「スクリアム?」

皆、小首をかしげている。

唯一理解を示したのが、蓮華だった。

「中央アフリカの小国ですね。 あまりにも飢餓がひどくて、地上の干物とか言われているとか」

「おい、不謹慎だぞ」

「私が言ったわけじゃ無いわよ!」

流石に頭に来た亮が言うと。それに対して、蓮華も反発する。

いがみ合いは、最近更にひどくなってきている。

蓮華は明らかに、亮の立場を狙っているし。亮としても、後から来た相手に、せっかく見つけた居場所を奪われたくなど無い。

そういうことだ。

「喧嘩は後にしろ。 それに、もうアンノウンは去った。 我等の出番は無い」

「えっ!? どういうことですか」

「スクリアムは国土もさほど広くないし、そもそも軍隊らしい軍隊も無い。 そればかりか、武装勢力どころか、犯罪組織も無いような、とにかく貧しい国なのだ。 アンノウンは現れると、すぐに謎の豆だけまいて、去って行ったようだな」

新国連の報道も流れる。

それによると、アンノウンが大量虐殺をしていったかのような映像が映し出されているが。

見覚えがある。

あれは、別の国の映像だ。

「大佐、あれは」

「分かっていると思うが、単なるプロパガンダだ。 新国連は恐らく、アンノウンをスケープゴートに仕立てて、自分たちが更に権力を握るつもりなんだろう」

大佐も、軍人として栄達したい、名誉を掴みたいと思っているらしいのだけれど。

それでも、この件については、不快なようだった。

「馬鹿な連中だ。 奴らはアンノウンが、今まで一度も積極的に攻撃をして来ていないことを忘れている。 相手の戦力がはっきり分かっていないのに、利用して利益につなげようなどと言うのは、愚策以外の何物でも無い」

はっきりと、大佐が上層部非難をすると。

他のパイロット達も、不満に概ね同意する姿勢を見せていた。

いずれにしても、だ。

次に何をすれば良いのかは、まだよく分からない。大佐は咳払いをすると、もう一度皆を見回した。

「これで四つの国に、あのアンノウンは現れたことになる。 今までの情報を総合し、今対応するためのプログラムを作成中だ。 各自はあのアンノウンが現れたときに食い止めるための訓練をして貰う。 機甲師団の火力に攻撃そのものは任せ、我々の目的は足止めだ」

それは、前と戦略が変わっていない。

パイロット達も、承知していることだ。

もとよりGOAは、攻撃よりも防御のための機体。出来るだけ人を殺さないための兵器なのだから。

「リョウ」

「はいっ」

「お前には、空中機動戦の訓練をして貰う」

「イエッサ!」

ついに来たか。

あの強力なブースターを使いこなせ、というのだろう。ヘリよりも低高度で、機動戦を行える機体。

更に防御力は戦車以上。

確かに、あのアンノウンを食い止めるには、必須の要求事項だ。それらを満たす事が出来れば。

GOAは、戦場を変えられるかもしれない。

大量の人間が、ゴミのように消費されて死んでいく戦場を。

火力過剰の時代が終わる。そうすれば、戦争のあり方も、やはり変わるのだ。

「プログラムは組んである。 すぐに取りかかるように。 練習相手は」

大佐が、視線で指した先には。

AH−64Zアパッチロングボウ。

言うまでも無く、世界最強の軍事ヘリだ。

アパッチシリーズはロングセラーの兵器の一つ。米軍にして見れば、陸上の守護者が影ブラムスなら、中空の守護者はアパッチである。開発当初よりも更に改良が施され、防御に到っては六倍とも八倍とも言われる凶悪なものへと化している。

しかも、乗っているのは、恐らくは米軍の精鋭だろう。これは、想像できる限り、最強の練習相手を準備してくれた、という事になる。

新国連は、それだけGOAに期待している、と見て良いだろう。

それが利害や邪念を含むかは、今は関係無いし、気にもしていられない。とにかく、亮は今、自分にやる事をこなさなければならなかった。

 

小隊ごとに分散して、GOA部隊は出かけていく。

殆どは警備の仕事だけれど。中には武装勢力の駆除を目的としているものもあった。

一時期、火力が過剰になっていた時代には。戦車や戦闘ヘリに乗っていても、テロリストの携行火器で死者が出る事があった。通称、ボタン戦争である。

しかし今は、その時代も終わりつつある。

GOAだけではない。

そもそも、現在の主力戦車にしてもそうだ。既に第三諸国に出回る携行火器では、先進国の主力戦車は撃破不可能な時代が到来しつつある。

更にGOAの装甲は、亮の頭では理解しきれないけれど。今までの兵器とは一線を画するものだ。

ロケットランチャーくらいで、コックピットの中のパイロットを斃す事は出来ない。

GOA同士の戦いが発生した場合も。

中世のプレートメイルを着た騎士同士の戦いのような、壮絶な泥仕合になる事だろうと、予想されているそうだ。

勿論、今の時点では、そんな事にはならないと思いたい。

亮は。

蓮華も含む精鋭と一緒に、港の一角で訓練にいそしむ。

大佐が指示を出してくるので、その通りにGOAを動かすのだ。

まずはブースターを使って、上昇、下降。

どれだけ正確に動けるか、試すのである。

今の時点では、まだアパッチは飛ばない。アパッチと模擬戦をするのは、まだまだ後である。

ちなみにアパッチのパイロットは、噛み煙草をずっと口に入れている柄が悪い中年男性で。非常に無口で、敬礼をかわして以降、一度も口を利いていない。

大佐に嫌われているのだろうかと、不安になって聞いてみたけれど。

違うと言われた。

古い西欧の価値観で、子供を戦わせることは絶対にしてはならない事だ、というものがあるらしい。

つまり、適正があるからと言って、亮や蓮華が戦場に出ていることを、許せないのだろう、と。

なるほど、それぞれの正義という訳か。

ならば、示さなければならないだろう。

少なくとも、亮にも出来る事が、あるのだと。

「よし、ホバリングだ」

「はい!」

高度を調節しながら、ホバリングが出来るようになってきた。ブースターのエネルギー量からして、上空五百メートルくらいまでは上がれるらしい。それ以上は必要が無いそうだ。

高度を維持しながら、その場に留まる技術は、色々戦闘に応用できる。簡単に説明すると、攻撃ヘリの機動性と、攻撃機の火力と、戦車を遙か凌ぐ防御力を併せ持つことが出来る贅沢な兵器になる。

勿論、相手を殲滅することが目的では無い。その火力を見せつけることで、敵の抵抗意欲をへし折ることが目的だ。

勿論敵からの的にもなるから、注意しなければならない。

ちなみに、対物ライフルで狙撃されたくらいでは、ブースターは壊れないので、心配はいらないそうだ。最低でも巡航ミサイルくらいが直撃しなければ平気だとか。

着地。

今度は、左に滑るように移動しながら、高度を保つ。

調整がとても難しい。

少しでも失敗すると、すぐにがくりと機体が傾く。冷や汗が流れっぱなしだ。でも、少しずつ、マシになってくる。

よしと、大佐が太鼓判を押してくれた。少し嬉しい。

「良いデータが取れるな。 さすがは適性持ちだ」

「すぐにAIにフィードバック」

通信の向こうで、複数の人達が話し合っている。

今度は、移動だけでは無い。

姿勢を保ったまま、攻撃を行う。

アサルトライフルから。

まずは、ホバリングした状態から、地上にある動かない的を攻撃する訓練。最初はちょっと撃つだけで、機体がひっくり返りそうになる。

反動が大きいのでは無い。

それだけ、ブースターの制御が難しいのだ。

余計な推力が加わるのである。更に、風なども吹き荒れている。これを乗り越えながら、攻撃を安定して行うのは、本当に難しい。

一度降りてこい。

そう言われて、着地。

コックピットから出ると、ハンカチを渡される。

気付くと、鼻血が出ていた。

「サポートAIがなければこの兵器、どんな達人でも使いこなせないな」

「昔の、名人芸が要求された戦闘機よりひどいぞ」

「だから少しでも、適性持ちのスキルを利用して、その格差を埋める。 AIが完成したら、この世界は変わるぞ」

興奮した声が、彼方此方から聞こえる。

しかし、亮は。

大佐に連れられて、医務室へ。

其処で頭を冷やしながら、ベッドに横にされた。

安静にするように言われる。

「すみません」

「何を言っている。 今日だけで、予定をだいぶ前倒しにしてAIの構築を進められている。 それはお前の力によるものだ。 GOAは世界を変え、そのGOAを作るのは、お前の特性なのだ」

大佐はそう言ってくれるけれど。

こんな風に倒れたりしなければ、もっと早くデータが取れる。そう思うと、悔しくてならなかった。

いつの間にか眠っていて。

起き出すと、かなり楽になっていた。

医師に言われて、トレーニングメニューをこなす。

その間、蓮華がGOAの操作演習をしていたようだけれど。どうやら亮以上に、苦戦していたようだった。

GOA201から降りてくる蓮華は、青ざめている。

亮を見ると、彼女は噛みついてきた。

「ちょっと、どうやったらあんなに動かせるのよ!」

「腐るな。 亮が適性持ちの中でトップの成績を収めた事実を忘れたか。 今はその適性持ちのスキルを、可能な限りAIに反映して、誰でもGOAを使えるようにするだけだ」

「しかし、大佐!」

「その時はお前にも期待しているぞ」

大佐はこういう風に、さらっと相手の心を掴む。

流石に高級士官になったたたき上げだ。

こういう技術があるから、なのだろう。

黙り込んだ蓮華が、顎でしゃくる。GOA201に乗れというのだろう。勿論そのつもりだ。

亮は国に帰っても、ただの穀潰し。

此処でなら。

ヒーローにはなれないにしても。必要とされるし、何より発展途上国で繰り返される地獄を、少しでも緩和できる可能性があるのだ。

まずは、ホバリングしながら、アサルトライフルによる射撃。

風が強烈だが、それも見越して調整。

少しずつ、安定して撃てるようになって来た。

問題は、的に当てられるかどうか。

地上にいるときとは、まるで勝手が違う。しかも今は、射撃管制用のサポートAIを切っているのだ。

やっと、的に当たったとき。

ため息が漏れた。

コツは、掴めた。

しかし、このホバリング射撃訓練が開始されてから、二日目である。早いと言えるのかは、分からない。

ようやく此処で、射撃管制AIがオンに。

それを利用しながら、的に向けてアサルトライフルをぶっ放す。

ペイント弾が、次々に的に当たり始める。

コツを掴むと、上手く行くようになる。

通信の向こうで、喚声が上がる。

「よし!」

「データは充分だ。 次は的を小さくするぞ」

「お願いします!」

フォークリフトが、的を移動させる。

最初は装甲車だったけれど。

今度は自動車だ。

しかし、大きさはあまり関係が無かった。一度ホバリングしながらの射撃のコツを掴むと、当てることは難しくない。

見る間にピンク色に染まる的。

「よし、次は動く的だ」

「いや、その前に小休止。 リョウ、降りてこい」

「はい!」

着地。

サポートAIを、支援チームが組み込んでいるのが見える。今度は蓮華がGOA201に乗り込んで、調整。

出来ないと言っていた蓮華だけれど。

AIの調整の成果か、的に綺麗に弾を集中させられるようになっていた。

「命中率、97%!」

「すごいな。 実戦だったら、戦車も一瞬でスクラップだぞ」

「止まっていればな。 動く的に当てられなければ意味が無い」

その通りだ。

通信を聞きながら、亮は横になって、ぬれタオルを被る。大佐が持ってきてくれたのは、スポーツドリンクだ。

冷えていて美味しい。

「疲弊が溜まってきたら、すぐに言うように」

「はい。 すみません」

「お前は充分以上に良くやっている。 安易に謝るな」

隣に座った大佐は。

笑顔の一つも浮かべていないけれど。

その信頼は感じ取れる。

ただそれが、亮には嬉しかった。

 

最初は、人間が徒歩で移動する程度の速度から始めるけれど。

やはり、的が動くと、調整は段違いに難しくなった。特にドローンを使って、不規則に動いている的だ。

どうしても、当てるのは厳しい。

射撃訓練は、亮もやっている。

まずは観測のための弾を撃ち。

それから、当てるための弾を撃つ。

移動する的を狙うときの鉄則だ。確か艦隊戦でも、似たような事をして、敵と戦っていたと聞いている。

だが、理屈が分かっていると。出来るとは、まるで別の問題。

進捗の消化が止まった。

通信の向こうで、不安な声が飛び交っているのが聞こえる。まだ、予定の進捗消化までは時間があるとは言え。厳しい。

「適性持ちでもこんなに難しいのか」

「こればかりは仕方が無い。 本来は、スパコンを積み込む案さえあった機体だ。 人が動かせているだけでも驚異的なんだぞ」

「無駄口を叩くな。 調整を続けろ。 それとリョウ、一度降りてこい」

「はい」

大佐に言われて、着地。

GOA201に、内心で謝る。

上手に操れずにすまない。

お前の力は、こんなもんじゃないよな。

それに、上手に操れなければ、あの化け物百足とだって、戦えない。ただでさえ怪物じみた相手だ。

これくらい出来なくて、どうやってあらがうというのか。

コックピットを降りると。しょげている亮の肩を、大佐は叩いた。

「少しずつマシになっている。 気に病むな」

「はい」

「蓮華、お前もやって見ろ。 少し助けになるかもしれない」

「分かりました!」

意気揚々と、蓮華が乗り込む。

勿論、亮が乗っている間、蓮華も別のデータを取っている。AIがきちんと働くかのモニターとして、彼女は極めて有能なのだ。

上空に舞い上がるGOA。

亮は射撃場に連れて行かれると、大佐にアドバイスを受けながら、動く的への射撃訓練をする。

前に何度もやったけれど。

最初からまた教え直される。

構えから。

撃つときの態勢まで。

あらゆる全てを、大佐は丁寧に、噛んで含めるように、亮に仕込んでいく。

「蓮華はかなり苦戦しているようだな。 お前でもダメなのだし、当然だろう」

「そう、でしょうか」

「そうだ。 だから気にするな」

訓練を軽くこなして、戻る。

蓮華がぐったりしていた。元気の塊みたいな女なのに。多分、色々言われて、凹んでいるのだろう。

ちなみに、蓮華は身体能力も、射撃についても、亮より遙かに上だ。それでこの状況なのだ。

適性というのが、どれだけ大事なのか。

亮が重宝される訳である。

交代。

移動する的への、射撃訓練を開始する。

コツさえ掴めば、どうにかなる。

射撃のコツを、叩き込んでくれている大佐のためにも。GOAを操作して、同じように出来るようにすべきだろう。

更に二日が経過して。

ようやく安定して的に当たるようになる。

それからは、スムーズに。

一気に流れるように、肯定をこなせた。

的の速度を上げて、不規則に動くようにしても。難なく当てられるようになる。コツを掴んだのだ。

「最初はどうなるかと思ったが、流石だ」

「すぐにAIに取り込め」

「次は動きながら、動く的への射撃だな」

こなす事が、徐々に難しくなっていく。

そして、悟る。

これはどんな名人芸でもどうにもならないと。確かにサポートAIの構築が急務になる。これが出来なければ、GOAは戦場に立てない。

陸上戦は、今までのノウハウがあるから行けるだろう。

しかし、それだけでは。今までの戦車と、役割的にはあまり変わりが無い。

戦車と戦闘ヘリと攻撃機の良いとこどりで、なおかつ防御力が比較にもならないほどに高い。

それでこそ、GOAの存在意義があるのだから。

移動しながら、移動する的に射撃開始。

今までの比では無いほど難しかったけれど。それでも、確実に、こなしていく。

一週間が経過した頃には。

どうにか、それも様になっていた。

 

アパッチとの対戦が開始される。

流石に、米軍が開発し、近代化改修を繰り返している最強の戦闘ヘリだ。その上乗っているのは、アグレッサー部隊にいた精鋭中の精鋭。

動きが凄まじい剽悍さで。

まるで巨大なスズメバチと戦っているかのようだ。

確実に後ろをとられ、ブースターに模擬弾を散々ぶち込まれる。すぐに撃墜判定は出ないけれど。

それでも、毎回確実に落とされる。

今までの射撃訓練が何だったと思うほどに。

アパッチは強い。

洒落にならないほど手強い。

第三諸国の攻撃ヘリとはものが違う。

今の段階では、最新鋭の兵器には勝てない。

それを、まざまざと、亮は思い知らされていた。

八回訓練をして、未だに弾を当てることさえ出来ていない。それに対して、アパッチを操作しているパイロットは、ずっとマイペースに、噛み煙草を口に入れていた。

機嫌も、ずっと悪そうである。

ただし、亮をなじったりはしてこない。

ただ淡々と。

GOA201を空中戦で翻弄し。

撃墜判定を出すと、悠々と着陸していく。

ヘリをまるで手足のように使いこなしている。アパッチも、まるで彼が乗ると、生き物のようだ。

「凄いパイロットだな」

「特殊部隊に所属して、第三諸国で戦果を重ねて、アグレッサー部隊に配属されたって筋金入りだ。 撃墜したヘリだけで六十機、潰した戦闘車両は二百五十両だとかって話だぜ」

「現在のルーデルだな」

「ああ。 ルーデルの再来だ」

恐ろしい名前が出てくる。

ソ連の最大の敵とさえ言われた、対地上戦における最強のパイロット。そして米軍の攻撃機として長く現役にいたA10の開発に関わった生きた伝説。

その再来と言われる人物が、自分に稽古をつけてくれている。

喜ぶべきなのだろうか。

そうするべきなのだろう。

亮は休憩を入れると、パイロットに頭を下げる。

「また、お願いします」

「ああ」

初めて声が聞けた。

気だるそうだけれど。確実に、亮には応えてくれた。

また、撃墜判定を受けるけれど。

確実に戦闘時間は長くなってきている。戦闘のコツを掴んでいると言うよりも。ブースターの守り方を覚えてきた感じだ。

アパッチの凶悪な武装でも、GOAの装甲は、そう簡単には砕けない。ミサイルに対しては、撃墜するシステムも搭載している。

だから、重要なのは。

弱点であるブースターを如何に守り。

スズメバチのように剽悍に動き回るアパッチに、反撃を浴びせるか。

同じ火力であれば、アパッチは落とせる。ローターにミサイルをぶち込みでもすれば、確実だ。

今回亮には、アサルトライフルしか渡されていないけれど。

これにしても、アパッチのチェーンガンを凌ぐ火力を有している。当たりさえすれば、落とせる。

だが、当たらない。

パイロット同士で通信するようなことは無い。

相手はただ淡々と、殺しに来る。機械などより遙かに正確に。猛獣よりも、遙かに凶暴に。

また、撃墜される。

大佐に言われて、また休憩。

AIにフィードバック。

相手のパイロットは鼻を鳴らすと、蓮華に顎でしゃくった。

「今度はお前だ。 乗れ」

「はい!」

蓮華が代わりに、GOA201に乗り込むが。

亮が積み重ねたデータをフィードバックしたAIにサポートされているにもかかわらず、いいように翻弄され、亮の半分の時間も保たなかった。

ただし、蓮華は亮よりずっと根性がある。

何度も連続して、訓練を続ける。

その度にコテンパンにされるけれど。

なおも、食い下がっていく姿勢については、流石だ。もともとタフなGOAである。蓮華には、向いている兵器だろう。

大佐が、ぬれタオルを被って寝かされたままの亮に、アドバイスをくれる。

「確実に動きが的確になって来ている。 そもそも相手は、米軍でも最強のヘリパイロットだ。 勝てなくて当然。 胸を借りるつもりで行け」

「はい」

その後は、戦術面の話になる。

これについては、相手の動きを確実に先読みすること。

ブースターを守る事。

この二つが主軸になる。

今までの的と違うのは、アパッチは立体的に動く、ということだ。そして分かるのだけれど、あのパイロットはまだ本気を全く出していない。ヘリの機動技術の中には、様々な技があるのだけれど。それを殆ど見せてさえいないという。

あれで、本気を出していないというのか。

一体どれだけ本気になったら強いのだろう。

名人芸というものの、頂点にいる相手。

それを実感させられる。

そして射撃の正確さ。後ろをとられると、確実にブースターに当ててくる、容赦のなさ。この辺りは、実戦で容赦なく鍛え抜かれた、歴戦の男らしい強さだ。

七回訓練を終えて。

蓮華が降りてくる。

本人はまだまだと言っているけれど、ドクターストップが掛かったのだ。現に、コックピットからワイヤーで降りてくるときも、ふらふらになっていた。顔も真っ赤である。

ヘリパイロットは、アパッチから降りると、まっすぐ宿舎に行ってしまう。

今日はここまで、というのだろう。

ぐうの音も出ない。

大佐もそれに文句は言わなかった。

「まだ行程には余裕がある。 焦らず、確実に行け。 お前はコツさえ掴めば、一気に進められる」

大佐が、そういうなら。

亮は、がんばれる。

今日は言われるまま、宿舎に戻って、シャワーを浴びて寝る。起きたら、すぐにトレーニングをこなし、射撃場で訓練をして。そしてGOAの所に向かう。

連日何度も何度も訓練とは言え、撃墜させてしまっているGOA。

ごめんなと、口の中で呟く。

お前はそんなに強いのに。

僕が不甲斐ないから、実力を引き出し切れていない。悔しいだろう。だけど、絶対、今日こそは。

足音。

振り返ると、ヘリのパイロットだ。

今日は噛み煙草を口に入れていない。

「小僧。 GOAに思い入れでもあるのか」

「はい。 僕は国に帰ったら、ただの穀潰しですから。 GOAが、僕に居場所をくれています」

「それなら俺だって同じだ。 軍のアグレッサー部隊の仕事が終わったら、どのみち俺にも居場所なんてない。 俺にとっては、アパッチが全てだ」

乗れ。

言われて、頷く。

GOAに乗ると、最強のパイロットが操作するアパッチと相対する。相変わらず、剽悍な動き。

しかし、今日は負けない。

確実についていく。

だが。相手の動きは、此方の予想を超えている。今まではスズメバチだったのが。不意に、隼を思わせるものになった。

一瞬で悟る。

本気になったのだと。

「お、おい!」

動揺の声が上がった。

無理もないだろう。直接目にしているわけでは無い。全周式のモニター越しだというのに、凄まじい殺気がびりびり伝わってくる。

戦意の塊になって、アパッチが飛ぶ。

昆虫の機動性と、隼の速度と、鷲の獰猛さを兼ね備えた、空の王者として。新参者のGOAを、確実に叩き潰しに来る。

射撃。

反転して、ブースターを守る。

しかしその時には、もうアパッチは此方の視界から消えている。

真上。

ミサイル。反応して、叩き落とす。

しかし、その反動さえ利用して、背後に回り込まれ。ブースターにありったけの弾を、流れるような動きから叩き込まれていた。

撃墜である。

一旦降りて、訓練を再開。

乾ききった唇を舐める。

強いなんてものじゃ無い。これが、文字通りの世界最強か。既に通信からも、雑談が消えていた。

本気になったあの人を見た事のある人間が、誰もいなかったのかも知れない。

噂に聞く、ヘリの操縦技術の数々。

獰猛にして精密。

確実にして奔放。

機体性能の限界。いや、限界を遙かに超える凄まじい動き。機体を隅々まで知り抜いていないと、出来ない事だ。

また、撃墜される。

しかし、今回は、さっきより、四割も時間を延ばした。

そして、亮は決める。

本気になってくれた、この世界最強の男に。恥じない戦いを、しなければならないと。そうでなければ、失礼に当たる。相手は本気になってくれた。つまり、亮を認めてくれた、という事だ。

また、撃墜される。

しかし、亮は頭を下げる。

「もう一度、お願いします!」

「いいだろう、こい」

不敵に。

初めて、パイロットは、わずかに笑みを向けてくれた。

凄絶な代物だ。この人が感情を隠していた理由が分かった気がする。何もかもが戦場に適応していて。

普通の人に向ける感情ではなくなってしまっているのだ。

国に居場所が無い理由は、この人の場合。亮とは真逆だ。

亮は弱すぎるから、国に居場所が無い。

この人はあまりに強すぎる。戦士過ぎるのだ。

だが、この表情を見せてくれたという事は、亮に対して本気になってくれている、ということだ。

もう一度頭を下げると、訓練に戻る。

 

270回を越える訓練をして。

ようやく、撃墜一回。

コツは掴んだ。

しかし、その後の訓練でも、20回やって、一度も落とせなかった。

偶然の産物。

いや、違う。

あの時、一瞬だけでも。亮は、パイロットの動きを読むことが出来たのだ。

コックピットから降りた亮。

パイロットが、此方に来るのが見えた。

「次は戦場でともに戦おう」

握手を求められたので、返す。

名前を聞くと、少し悩んだ後。パイロットは応えてくれた。

「ガルーダ=エンケルスだ」

「インド神話ですか」

「そうだ。 俺はインド系でな。 そうは見えないだろうが」

いや、これほどその名前にふさわしい人はいないだろう。ガルーダは、神話に出てくる猛禽の神の中でも最強の一柱。正にこの人こそ、地上に現れたガルーダだ。握手を交わすと、亮は。この偉大なパイロットのことを生涯覚えておこうと決めた。

訓練は此処で終了。

充分なデータは取れたと、AIの開発陣は判断したらしい。此処からは、様々な武器を実地で試しながら。第三世代機のための情報を集めていくことになる。

既に第三世代機は開発が始まっている。

そして第三世代機でも、あの化け物百足には、まだ勝てないだろうと亮は思う。それならその先のために。少しでも、自分が出来る事を、しなければならないのだ。

大佐が来る。

また、アンノウンが現れたという。

しばらく大人しくしていたというのに。

「今度は、何処ですか」

「アフリカ最南端にある国の一つだ。 世界最大の犯罪都市の一つを、蹂躙するかのように現れたそうだ」

「すぐに向かうんですね」

「ああ」

周囲は、既に慌ただしくなりつつあった。

GOAが三隻の揚陸艦に、分乗していく。

既に増強された十五機もあわせて、合計五十機が此処にいる。その全てが201。武装は様々だが。

亮ののるモデルは、正確には201ではない。

かなり改造が加えられている。型式も、201ではなくて、第三世代型との中間という意味もあるのか、240というそうだ。

まだ、半分にまでは達していない、という事なのだろう。

でも、それで構わない。

揚陸艦に乗ると、すぐに動き始める。

空母よりかなり足が速いのが、乗っていて分かった。これならば、空母よりも安価に、なおかつ素早く、現地に行く事が出来るはずだ。

今回は、追いつけるかもしれない。

少しでもデータが取れたなら。

その先にある破滅は、避けられる。

そう信じて、亮は。201と一緒に、あの百足と戦う事を、決めていた。

 

3、形を為す悪夢

 

そろそろ、中東辺りにも足を伸ばす頃では無いだろうかとハーネットは思ったのだが。あのクソ野郎が次に指定してきたのは、またアフリカ大陸。それも最南端にある、中規模国家だ。

この国は、昔は白色人種が支配するアフリカ最後の国家と言われ、色々な苛烈な差別があり。

それを撤廃した結果、さらなる地獄が到来したという、曰く付きの場所である。

ランネレアス共和国。

石油をはじめとする資源で金が入ることが、この国の地獄を、更に拡大した。白色人種を追い出した後のニッチを、上手に埋める事が出来なかったのが、その要因だ。

結果として、貧富の差は拡大の一途をたどり。

貧民が都市部に流れ込み。

地獄が顕現したのである。

信号で止まるな。襲われるぞ。

公共機関は使うな。襲われるぞ。

観光などもってのほかだ。すぐに逃げろ。

そしてこの共和国の首都は、少し前に攻略したグラネドアイネスをも凌ぐ、地獄へと変わったのである。

ただ、この国は。

経済力に関しては、今まで攻撃したどの国よりも有している。

単純に潰すだけではダメだろう。

それに、国家として蓄えている軍事力に関しても、強力だ。今までに無いほど、強力な反撃があるだろう。

それに、もう一つ問題がある。

クラーク博士が、いよいよ危ないのだ。

レンゲルに言われたのだけれども。

もう一度このタイミングで出撃すると、命の保証は出来ない、という。それだけ、疲弊が激しいのである。

記憶データは、バックアップを取ってある。

これに関しては、本人も同意の末だ。

しかしアキラ博士の事を思うと、とてもではないけれど。同意があっても、やる気にはなれない。

人の所行では無い。

例え、今自分たちがやっていることが、決して人道的には褒められたものでは無いと、分かっていても、である。

アーマットはやれと言ってくるだろう。

しかし、その場合は。

クラーク博士が乗る。

マーカー博士も、胸を痛めているのが見えた。

「衰えがひどいな。 見ていられんよ」

「ああ……」

「アキラ博士のように、やるのか」

「それしか、無いかもしれん」

分かっている。クラーク博士がそうしてくれといったら、そうするしかない。人類全体の命運が掛かっているのだ。

クラーク博士は、決断を良しとするだろう。

どれだけ、過酷な未来を背負わせるとしても、である。

禍大百足が出撃する。

武装の一つを解禁。クラスター爆弾を展開された場合。無差別殺戮を避ける意味もある。これから向かう国は。戦闘機にクラスター爆弾を搭載しているという噂がある。それも国際条約で禁止された、極めて強力な奴を、だ。

最初に空港を叩き潰すのは、民間人への被害を減らすため。

それでも。

戦闘機隊の全てを潰すことは出来ないだろう。

それに、何より四つも国を潰したのだ。そろそろ、自分が襲われるかもしれないと考えた連中も、対策を始めているはず。

今までのように、簡単にはいかないはずだ。

最悪の予想は、常に立てておかなければならない。

禍大百足が、地中を掘り進む。

ルナリエットは、笑顔のままだけれど。

このこの中にあるものの事を考えると。どうして笑顔でいられるのかは、正直よく分からない。

私が同じ事になったら。

きっとこの世界の全てを恨んで。

壊しつくしても、まだ足りないだろうに。

「そろそろ、目的地に着きます」

「予定通りに攻撃する」

「はい」

ルナリエットがヘルメットを被る。

徐々に、地中から、地面に向けて掘り進んでいく。最初に襲撃するのは、この国最大の軍事基地だ。

この国では。軍隊と犯罪組織の癒着も凄まじい。

一度、軍も犯罪組織も、根こそぎ潰さないとダメだ。

軍事基地の、倉庫を。地下から喰い破る。

大量の爆薬が炸裂したけれど。禍大百足の装甲を破るほどでは無い。炎の中、姿を現す禍大百足を見て、兵士達が逃げ腰になるのが見える。

ガスを撒く。

攻撃開始。

反撃が来る前に、可能な限りのガスをブチ撒いておくことで、徹底的に抵抗能力を奪いさる。

そして、建物を片っ端から潰して行く。

移動は敢えて遅く。

病院などは絶対に攻撃しないけれど。無力化するために、ガスはしっかり撒いて置く。犯罪組織の施設などは、事前に調べをつけておいて、潰す。

そうすることで、恐怖を植え付けるのだ。

戦闘機隊は、全て蹂躙することが出来た。それなりによい戦闘機もいたのだけれど、踏みにじってスクラップにしてしまえば同じだ。

それにしても、軍事基地の周辺にあるバラック小屋のひどさよ。

この国には、それなりの高層ビルもあるのだけれど。

貧富の格差の凄まじさは、今まで潰してきたどの国よりもひどい。そして貧しさが、人々の心を荒ませきっている。

ガスを撒き。

あらゆる兵器を破壊しつくしながら、禍大百足は進む。

そして、辿り着くのは。

世界最悪の魔境と言われる、巨大ビル。

昔は、巨大なショッピングモールを内包した、楽園とさえ言われた高層マンション。今では、アフリカの九龍城とまで言われる、魔窟の中の魔窟。無法地帯の中央にあり、富裕層の白人が逃げ出したために無人化。中は警察も踏み込めない、地獄のような場所と化している。

中ではあらゆる地上の悪徳が行われ。

生きたまま人間が焼き殺され。

麻薬の密売が行われ。

ゴミで低層階は埋まり。おぞましいまでに不潔な中、蛆虫と聞いた事も無いような病原菌が跳梁跋扈している、文字通りの魔界。

まっすぐ、其処へ進む。

中にいる人間が逃げ出していくのが分かる。ゆっくり、あえて進むことで、逃げる時間は作ってやる。

そして、真っ正面から突進して。

打ち砕く。

文字通り、粉々に崩壊していく巨大マンションの残骸。地上の悪徳の都が、それこそ砂塵とかして崩れ落ちていく。

勿論ここに住んでいる人間がいることは分かっている。

だが、此処は。

残しておいてはいけない建物だ。

周囲に更にガスを撒きながら、進む。都市を抜けると、この国の軍隊が待ち構えていた。相応の兵力が揃っている。戦車もそれなりの数がいる。装甲車も。戦闘ヘリも、中空に展開していた。

丁度良い。

正面からやりあって、叩き潰す。

前進。

私が指示を出すと、ルナリエットが一気に速度を上げさせた。今まで人間が走る程度の速度で進んでいた禍大百足が、いきなり時速八十キロ以上にまで加速したのだ。

慌てた敵が射撃を開始。

間合いのまだ外。

それに何より、これだけ大きな的にも当てられず、外す射撃手も多い様子だ。それだけ慌てている、という事である。

残念ながら。

手加減はしてやれない。

加速して、敵陣に突撃。途中に地雷があるけれど、そんなものは全部踏み砕く。戦車を蹂躙し、戦闘ヘリは相手にしない。至近距離から何発か貰ったけれど、痛くもかゆくも無い。ただそれなりに、振動は来る。

まき散らしたガスが。

武装を破壊し始めた。

戦車が停止。動いていた戦車は擱座するものもある。

戦闘ヘリが高度を落とし始めた。そして、地面に激突し、炎上する。乗っていた兵士が、命からがら逃げていくのが見える。

兵士達は必死に発砲しているが、効かない。あまりにも、圧倒的すぎる力の差が、情け容赦の無い結果を生む。

敵陣を蹂躙しつくして。そして、突破。

まき散らしたガスで、殆どの兵器が、既にスクラップと化している。まだ、少し発砲している兵士もいるけれど。

すぐに、発砲音も消えた。

「敵、沈黙」

「次」

今までと違う、軍勢レベルでの組織的抵抗。

だが、禍大百足は耐え抜いた。

そのまま、南にある空軍基地へ向かう。クラスター弾を搭載した戦闘機部隊が、そろそろ出てくる筈だ。

真っ正面から受けて立っても良いのだけれど。

此処は一度潜る。

案の定、潜っている途中に、戦闘機隊が来る。地上部隊と連携するつもりだったのだろうけれど。

悔しそうに上空を旋回する彼ら。

バンカーバスターは装備していない様子だ。

今後は、バンカーバスターを装備した航空部隊と交戦する事もあるだろうけれど。それもまだ先になった、と言うわけだ。

空軍基地へ、地下から進む。

勿論敵も備えをしている筈。今までに蹂躙した国々からの情報は、周辺国に渡っているはずで。

当然、新国連から、禍大百足の戦術についても、伝達されているはず。

一旦ルナリエットにヘルメットを脱がさせる。

クラーク博士が、何かみつけたのは、その時だ。

「ソナーに反応。 地中に何かあるなあ」

「禍大百足を防ぐための備えか」

「多分そうだろう」

すぐにスクリーンに予想図が出る。

空軍基地の周囲に、突貫工事で作ったらしい地下構造物がある。材質は恐らくコンクリか何かだろう。

檻のように、空軍基地を囲んでいる様子からして。

地下から攻めこまれるのは、最初から想定していた、というわけらしい。

また、地上部分にも、先に撃破した部隊と同数程度の戦力が控えている様子だ。つまり、此処で決戦を挑むつもり、というわけなのだろう。

何度か、地上に顔を出して、情報を集める。

調べて見ると。

集結している部隊の中に、指揮車両がいる。

「大統領がいるようです」

「……そういえばこの国の大統領は、軍出身だったな」

正確には。

クーデターを起こして、この国の政権を奪った人間だ。

その後圧政を敷いているとしても。未だに、自分の軍事手腕には、自信を持っているのだろう。

主力の四割近くを使い捨てておいて、愚かしい話だ。

このまま叩き潰そう。

私が言うと。

禍大百足は、速度を上げる。

罠があるのなら、噛み破るまで。

だが。クラーク博士が、なおも言う。

「おっと、停止した方が良さそうだ」

「先の罠か」

「そうだなあ。 地上近くに大きなタンクがある。 恐らくアレはストローのような構造物で、無理に壊すと酸を流し込んでくる仕組みだろう」

「ふむ……」

生半可な酸くらいでは、禍大百足の装甲は破れない。

世界最強の酸であり、金でも溶かす王水でも無い限りは。

しかし、王水である可能性は否定出来ない。

勿論、最高濃度の王水だからと言って、簡単に破れる装甲では無いのだけれど。此処は、万が一に備えるべきだろう。

「地上部隊には、放水車もいる。 ほぼ間違いなく、酸を此方に浴びせてくるつもりだと見て良いだろうな」

「備えからして、今までの相手とは桁違いだな」

「それもそうだが」

マーカー博士が、今のやりとりを聞きながら、集めてくれた情報を提示してくる。新国連が提供したらしい、古い型式の兵器が散見されるという。

つまり、だ。

この国への侵攻は、予測されていた、という事になる。

時々地上に出ながら、スーパービーンズを散布。

天候操作も開始。

だが、この国は元々、さほど激しい乾燥に見舞われている国では無い。さほどの効果は見込めないだろう。

全てを潰した後、飢えないための措置としては必要だが。

いや、これは。

今、最大出力で使うべきか。

「マーカー博士、頼めるか」

「良いだろう」

最大出力で天候操作を行うと、ハリケーンほどでは無いにしても、相当な豪雨をもたらすことが出来る。

つまり、そう言うことだ。

この機体は。

新しい時代の邪神。

その力を、見せつける必要があるだろう。

新国連が何を言っても、途上国が名前を聞いただけで震え上がるようにしなければならない。

恐怖と絶望が。

この機体には、向けられるべきなのだ。

地上に出る。

戦闘機隊が仕掛けてくるが、放置。

上空に撃ち出す、スーパーウェザーコントローラーのヨウ素剤。勿論ただのヨウ素化合物では無い。

火星に安定した雨をもたらすことを目的としているほどのものだ。

見る間に、上空に、凄まじい雨雲がわき上がり始める。

空が、暗くなっていく。

「全力で良いんだな」

「やってくれ。 どうせバージョンはいずれアップするつもりだしな」

「分かった。 行くぞ」

マーカー博士が、コンソールに出てきたボタンを押し込む。

後方の第二十二関節から。

上空に向けて、凄まじい数のビットが放出される。

自動制御で上空にそれが達すると。

周囲に、凄まじい稲妻を放った。

帯電した黒雲が。

それと同時に、一気に拡大を開始する。それはさながら、魔王が降臨するかのような光景。

いや。邪神か。

ともかく、戦闘機隊が、上空で動揺しているのが見える。

風も強くなってきた。

「此処からは、地上を進む」

「分かっていると思うが、腐食ガスは、効果が落ちるぞ」

「ああ。 だから暴風の中、直接蹂躙する」

突撃。

私が指示を出すと。

ルナリエットは頷いて、ヘルメットを被った。

 

最後の軍事基地を蹂躙して。

今回の任務完了。

空軍基地を潰した後は、消化試合となった。当然だろう。大統領は逃げる暇も無かったのだから。

専用機があっても飛び立てなくては意味が無い。

最大速度で迫る禍大百足。

暴風雨の中、必死の覚悟で用意しただろう酸のプールも、放出するための専用車両も、全て無駄になった。

後は、他の都市にもガスを撒いて。

軍事施設は全て叩き潰して。

そして今。

揚陸艦で運ばれてきて、展開したGOA部隊が、間に合わなかった事を嘆くのを尻目に、地面に潜っているところだ。

少し、遅かった。

「交戦していかないのかね」

「放置で」

「了解です」

クラーク博士は、何か言いたそうだけれど。ルナリエットはこれ以上は蹂躙しなくても良いと悟って、ほっとしたようだった。

私は放置で構わないと思っている。

別に戦う理由も無いし、無駄に血を流す意味も無い。今回にしても、敵の主力は相応に蹂躙したけれど。

それでも、死者は殆ど出ていないのだ。

出ようが無い、と言うべきだろうか。

スーパーウェザーコントローラーによる気象異常はしばらく続くだろうけれど。それは単に、スーパービーンズが良く育つだけ。人が死ぬような自体にはならない。日光が殆ど無くても育つスーパービーンズは、水さえあれば大丈夫なのだ。

GOAは、ブースターを装備して、機動力が格段に上がった様子だ。低空飛行で、此方に来ているのが見えた。

いや、ブースターは搭載していた。

改良したのだろう。

いずれにしても、今回は戦わない。戦うとしたら、次の任務だろうか。まだアフリカには、悲惨な最貧国が幾つもある。

それらとの戦いの時。

GOAと相まみえる機会もあるはずだ。

地中を進む。

新国連の空軍部隊が此方の居場所を正確に察知したら、バンカーバスターを使ってくる可能性も高い。しかし、今の時点では気にしない。

核弾頭でも積んでいない限り。

現状のバンカーバスターでは、禍大百足の装甲は、突破出来ないからだ。

ただ、新国連側の動きが少し気になる。

予想よりも、遙かに早いのだ。

何もかもが。

このままだと、アフリカの最貧国を潰し終える頃には、第四世代型のGOAが出張ってくるかもしれない。

そうなると厄介だ。

基地に到達。

禍大百足を止める。おかしい。

人がいない。

通信がはいった。

「戻ったようだな」

「何かあったのか」

「その場所が、新国連軍にばれた。 基地βに既に人員は移動済みだ。 物資についても、撤去してある」

「……」

アーマットのゲス野郎の、揶揄するような声。

私は心底から苛つかされるが。

黙ったまま、ルナリエットに指示。

「此処は放棄する。 β基地へ」

「分かりました」

β基地は。

中央アフリカの、ジャングルの地下にある。自然保護区から少し離れた地域である。もしも戦闘になっても、保護区が傷つけられる事は無い。

規模は此処より少し大きい。

α基地には世話になったけれど、新国連に証拠を渡すわけにも行かない。マーカー博士と、クラーク博士を促して。自爆プログラムのスイッチを三人で同時に押す。起動を確認してから、穴を掘って、すぐに基地を離れた。

後方で衝撃。

元々、鉱山を改良した基地だ。

爆破してしまえば、情け容赦なく埋まる。しかも、今まで食い止めていた地下水も、証拠隠滅に荷担してくれる。

「恐らく、振動を突き止めたんだろう。 複数国が、新国連に振動計測器を渡されて、多角的に調査されたな」

「思った以上に動きが早いな」

マーカー博士が腕組みする。

今後は、移動速度を落とし。なおかつ、更に地下深くを進まなければならないだろう。少し面倒だが、基地を突き止められるよりはマシだ。

さて、作戦はこれで第二段階に入る。

まだまだ、攻撃対象になっている国も、地域も。多い。

 

4、爪痕

 

薙ぎ払われたとでも言うべきなのだろうか。

国際救助のレスキューが、活動に当たっているのを、亮はぼんやりと。いや、呆然と眺めていた。

アフリカの九龍城と言われる無法地帯だったとは聞いている。

しかし、巨大な高層マンションを、根こそぎなぎ倒すなんて。

中には逃げ遅れた人もいたのではないのか。そして、完全に潰された街では、緑の絨毯が、嫌みのように繁茂し続けていた。

ほんの少し、相手の意図が分からないと思った事もあった。

だけれども。

これを見てしまうと、相手は破壊の魔獣なのだとしか思えない。確かに犯罪組織がたくさん巣くっていて。中に入ると、丸腰では二十秒と生きられないという話もあったらしいけれど。

それでも、これはいくら何でもひどすぎる。

他の人達の通信が聞こえてくる。

「レスキューが入れたのも、あの化け物のおかげだな。 皮肉な話だが」

「ああ、そうらしいな」

「ど、どういうこと、ですか」

「お前知らないのか。 この国はな、鉄条網と監視カメラ、アサルトライフルで武装した警備員がいる要塞みたいな家でも強盗が入ってくるんだよ。 それくらい凄まじい数の武器弾薬が、ゴミみたいな値段で流通していたって事だ。 あの百足がガスをばらまいて、それを全部ダメにしていなければな、レスキューだって入れやしなかったさ。 危険すぎてな」

なんということか。

まるでこの世の地獄だ。

「リョウ、手伝え。 大きめの瓦礫をどかす」

「イエッサ!」

気分を切り替えるには丁度良い。

大佐に言われて、GOAで大きな瓦礫をどかす。

アンノウンは、恐らくわざと見せつけるようにゆっくり進んだのだろう。殆ど一般人の死者はいなかった、ということだ。

身動きが取れないような弱者は、この国ではそもそも生きていけなかった、という事情もあるのだろう。

潰れた家。

崩れた家。

殆ど、中には死体は無かった。

軍は壊滅し。

異常気象で、軍の航空基地は潰されたという悪夢のような有様でも。死者は合計で千人に達していなかった。

それだけは、不幸中の幸いだけれど。

この国は大統領も失い。

軍事力の全てを奪われもした。

如何に食糧がいくらでもあるとはいっても。復帰までは、相応の時間が掛かると見て良いだろう。

アンノウンが兵器だとして。

操っている奴は、何を考えているのか。今までは、それこそ誰もが生きていけない地獄に襲来していた。

だから、何か思うところがあるとも考えていた。

しかし、この国は。如何に治安が悲惨なレベルで崩壊しているとは言っても。食糧そのものは、あったのだ。

ブースターを使って、瓦礫を運ぶ。

クレーン並みのパワーと、ヘリ並みの機動性。

おおと、喚声が上がるのが分かった。

レスキューが、助かった、有り難うと、自分の国の言葉で呼びかけてくれている。本当に、そうだろうか。

GOAがもっと早く到着できれば。

こんな悲劇は。

いや、避けられたはずが無い。

あのアンノウンには、まだとてもかなわない。この国では、軍が総出で攻撃を仕掛けて。アンノウンは、欠片の一つも剥落させていないのだ。

一通り、レスキューが終わる。

むなしいニュースが流れていた。

「アンノウンに関する速報です。 ランネアレス共和国にアンノウンは出現。 わずか数日で、この国も地上の地獄と変わりました」

「元から地獄だっただろ」

誰かが通信で突っ込む。

笑い声が重なったけれど。

それに同調する気には、とてもなれなかった。

「新国連は、さらなる非道なテロに非難の声明を発表。 国際レスキュー部隊が現地に到着し、救助活動を行っています」

唇を噛む。

相手の動きを先読みすれば、少しはマシになるのだろうか。

こんな悪夢は。

少しでも、抑えられるのだろうか。

 

プレハブの仮設軍基地に戻ると。

体より、心が疲弊しきっていた。

無力感に包まれて、何も出来ない事が悔しくて仕方が無い。

フリールームに入ると、談笑の声さえ聞こえる。

皆、図太い。

そう言う意味では、亮よりずっと戦場の人間をしている。覚悟を決めてここに来たのに。どうしても、こういう図太さには同調できない。

蓮華の姿は見えない。

レスキュー活動では、亮より働いていたくらいだ。GOAのスペックをフル活用して、瓦礫をどかして、人命救助を積極的に行っていた。多分、現場では、蓮華の方が上手に動けるかもしれない。

GOAの適性が亮以上にあれば。そう、廻りも思っているに違いなかった。

アンノウンと遭遇しても、結果が見えていることが。余計に亮の心身を痛めつけていた。

大佐がコーヒーを持ってきたので、有り難くいただく。

しばらく無心に、温かい缶コーヒーを飲む。大佐は無言で隣に座っていたが。しばらくして、重い声を開く。

「これはオフレコだがな。 奴らの拠点を、味方の特殊部隊が発見した」

「本当、ですか」

「既に爆破され、埋まっていたがな。 地下水が流れ込み、採掘はほぼ無理な状態らしい」

「いつも上を行かれますね……」

本当に悔しい。

先手を打っても、勝てるとは思えないけれど。

それでも、相手が圧倒的なのに。先手まで許しているというのは、良い流れだとは思えなかった。

本当に相手は人間なのだろうか。それも疑わしく思えてくる。新国連は、あの巨大なアンノウンを兵器と断定しているようだけれど。

飢餓から救われた貧民の信仰を目の当たりにした亮は。あの巨大な化け物の中に、人が入っているのか、疑わしいとさえ思い始めていた。

勿論、大佐の言葉を疑っているわけでは無い。

迷いが、あるのだ。

「今回の件は残念でした。 もう少しで、敵の前に立ち塞がれたのに」

「その結果、GOA部隊は全滅したかもしれないな」

「データを、少しでも残せれば。 次は……」

「お前は充分に役に立っている。 あまり気に病むな」

大佐が立ち上がると、奥の部屋に。

壊滅させられたこの国の軍の人間を集めているそうだ。これから聴取を行うのだという。戦闘の経緯。どういう風に壊滅させられたか。全てが、次の戦いで、役に立つ。

大佐は諦めていない。

それが分かると、少しだけ、心も楽になる。

敗北感に打ちのめされている亮とこの人は違う。だからこそ、ただ特性があるだけの亮も。戦い続けられる。

外に出ると、GOAを見上げた。

今回も間に合わなかった。

だが、次こそは。

無言のまま。鋼鉄の巨人は、膝を折って、そのままでいる。

力を貸してくれ。

そう呟きながら。

亮は、鉄の巨神に、手を触れた。

 

(続)