蹂躙戦禍

 

序、海の悪夢

 

海上に逃れた海賊達は、悪夢にうなされたように、炎上する陸を見ていた。彼らの聖地であり。悪徳の都であり。

世界最大の犯罪都市が、燃えている。

いや、本当に燃えているのは、武装勢力のアジトばかり。

しかも、降り出した謎の雨により、すぐに沈火が始まっている。

誰もが、殆ど丸腰だ。

高速の海賊船に元から積み込んでいた武器類しかない。皆、泣く子も黙る大悪党ばかりだというのに。

あまりにも凄まじすぎる暴力の前には。

もはや、なすすべも。

抵抗する方法も、存在しなかった。

彼ら自慢の海賊船も、腐食がひどい。あの化け物。巨大な百足が噴き出すガスを浴びたら、どの船もこうなったのだ。

「何だよあれ……」

「少し前から話題になってた化け物だろ。 武装勢力のアジトが、片っ端から潰されてるって聞いてたが、ついに俺たちの所にまで来たんだな」

「のんきに言ってる場合か! 商売道具が全滅してるんだぞ!」

わめき散らすのは、この辺りの海賊の頭目だ。多くの商船を襲い、散々略奪と虐殺を繰り返してきた、人面獣心の輩も。

自分の想像を超える暴力の前には、もはやわめき散らすことしか出来ず。普段は纏っている大物としての貫禄も、人を従わせる恐怖も。発揮のしようが無い様子だ。

「これじゃ、外洋にはでられねえよ」

誰かが呻く。

そう、今回。

百足は、今までとは違い。陸上からではなく、海から来たのだ。正面からいつも現れると聞いていた海賊達は。実際に今までに何度かの襲撃を、さっさと海に逃れる事で避けてきたからか。完全に油断していた。

そして、海から現れた百足がばらまいたガスを、どの海賊船ももろに浴びてしまったのだ。

積み込んでいた武装まではやられていないけれど。

どの船も、長くは保たないのが明白だ。

「どうするんだよ、これ」

「しらねえよ!」

わめき散らす海賊達に、勿論戻ってあの百足と戦おうとする者などいない。

ピカレスクロマンなどというものが幻想に過ぎず。

美学を持ち合わせる悪党など滅多にいないのだと。その事実が、告げていた。実際彼らにとっては、上がりを得るための大事な街なのに。百足が蹂躙するのを、ぼんやり見ているだけである。

やがて、街の方が静かになる。

百足が姿を消した。

そう判断した海賊の一人が、手を振る。

双眼鏡を覗いた別の一人が、叫ぶ。

「いなくなったぞ!」

「しかたねえ、とりあえず、まずは残った武器をかき集め……」

轟音。

彼らの言葉は、それを最後に、かき消された。

残ったのは、悲鳴。

 

一旦潜行してから、海賊達が逃げ込んでいた海域に出。そして海底から一息に突き上げる。

まるで、ザトウクジラが魚の群れを一網打尽にするように。海賊の群れは、一瞬で壊滅した。

海賊の船を、わざわざ壊すようなことはしない。

腐食ガスを、とどめとばかりに浴びせただけだ。

転覆した海賊船を除いて、残りは逃げ散るけれど。後は、陸に戻るしか、選択肢はない。そして武器も組織も金も失った海賊達を待っている運命など、わざわざ口にする必要もないほどだ。

私、ハーネット博士は、満足して頷く。

戦術にはあまり詳しくない私だけれども。実際に使える戦術を目にすると、とても気分が良いのだと、これで分かる。

「海上でも問題なく動けます」

ルナリエットが、嬉しそうにヘルメットを外す。

頷くと、私は、また潜行するように指示。新国連が、恐らく慌てて先発隊を出してくるはずだ。

今回の仕事は、これで片付いた。

前回のノウハウがあったから、蹂躙はかなりスムーズに進んだ。武装組織のアジトの潰し方に関しても。ルナリエットは、かなり上手になってきている。人を可能な限り殺さない。

壊すのは、武器だけ。

そして彼らの資金。

資金源も。

だが、本番はこれからだ。

もっと重武装で、危険な組織がいる地域に踏み込んでいかなければならない。スーパービーンズの実験も兼ねている。一応、理論上は砂漠でも繁茂することが可能なスペックにはしているけれど。

それでも、実際の環境次第で、どう変化するか分からないからだ。

「一旦引き揚げるぞ」

「はい。 ただちに」

私の指示通り、ルナリエットが動く。

一旦潜行して、海底を移動。そして岩盤を一部で崩して、其処から更に地下へ。地盤をくりぬきながら、アジトへと戻るのである。

常識外の速度で地中を進めるこの禍大百足だが、その性能も決して絶対では無い。宇宙で活動することを前提としていたから、非常に強固ではあるけれど。それでも、何があるかは分からない。

元々のベースは兵器では無いし。

そもそも、あり合わせの材料で作っているのだ。

適当な地点まで移動したのを確認。後はルナリエットを先に休ませる。自室で休むよりも、操縦席で寝る方が気持ちよく疲れを取れるようなので、好きにさせておく。ちなみに極度の風呂嫌いだが、流石に不衛生なので時々無理にでも入らせる。

私はまた白衣のポケットをまさぐって、煙草がない事に気付いて舌打ちした。

クラーク博士が、はげ上がった頭をハンカチで拭う。

今回は、パンダグラアイの時とは比べものにならない規模の敵が相手だった。老人なりに、冷や冷やしていたのだろうか。

「時に、次は何処を狙うのだろうねえ」

「さてね。 幾つかの候補があるが、どれになるやら」

「いずれにしても、次も楽だという保証は無いな」

マーカー博士が、冷徹に事実を突きつけてくる。

分かっている。

いずれ、戦闘機や強力な機甲師団を有している国にもいかなければならないだろう。しかも、この世の歪みは、悪党を叩き潰していればそれで解決する、というようなものではないのだ。

すっかり眠ってしまったルナリエットに毛布を掛けると、一旦自室に引き揚げ。

デスクにつくと、スパコンに接続。前回蹂躙したパンダグラアイの状況を、シミュレーションと比べさせる。

ほぼ、差は無い。

飢餓に包まれていたパンダグラアイは、現在まずまず満足できる状況になっている。問題は、スーパービーンズが秘めているもう一つの効果が、しっかりあの国で発生するか、だが。

それについては、実地では、数年単位の統計が必要になる。

スーパービーンズに秘められている効果がばれる可能性は低いし、データはしっかり取れるはず。

今の時点では、楽観が優勢。

だが、新国連が此方を敵と認識して、本腰を入れてきたらどうなるか。今までとは比べものにならない苛烈な攻撃が、禍大百足を襲うことだろう。

その時、この機体は耐えられるのか。

核を受けても、戦術核ならどうにかなるという試算は出ている。だが、もしも相手が本気になったら。

勿論、それも想定の内。

最終的には、世界の全てが敵に回ったとしても。

人類のために、やらなければならないと、最初に決めているのだから。死ぬ覚悟など、とうに出来ている。

気の毒なのは、ルナリエットだけれど。

あの子はどのみち、人間社会では生きていけない。

最善の結末になったとしても。あの子はどのみち、この世界で生きていくことが、出来ないのだ。

しばらく仮眠を取った後、コックピットに。

ルナリエットはまだ寝ている。

必要がないときは、ずっとこうだ。それでいい。燃費が悪いのだし、ただでさえ体の負担も大きいのだから。

きっと本能的に、寝ることで力をセーブして、命を効率よく使っているのだろう。

マーカー博士が来る。

「来たな、ハーネット博士」

「何かあった?」

「さっき一度地上に出て、電波傍受をしたんだがな。 新国連が少しばかり、面倒な動きをしているよ」

「詳しく」

促すと、聞かされる。

新国連が、どうやらこの間のパンダグラアイでの成果を見て、GOAが有用だと判断したらしい。

研究チームを三倍に増設。

まず、現状いる101型を201型に更新。更に、第三世代の制作に、踏みきることにしたそうなのだ。

GOAは進化が進むと、それなりの強敵になり得る可能性を秘めている。というか、あれを作るのに荷担したのは、他ならぬ自分だ。

潜在能力については、分かっているつもりである。

宇宙ステーションやコロニーを補修するための大型パワードスーツだが。現状は、殺傷力を抑え、パイロットの安全も最大限に考慮したエコな兵器として評価されているらしい。

だが、あれは。

その気になれば、殺戮兵器として作り上げる事も可能。

現時点では、正直米国の一線級にいる戦車や戦闘ヘリにはかなわない。装甲で勝っても、攻防速度のバランスでは及びもつかないからだ。

しかし、この堅牢性が買われ。

もしも、攻撃を強化した機体が出始めると。少しばかり、厄介かもしれない。

戦場のあり方が変わる。

現在の時点では、GOAは製造コストがかさみすぎることもあって、戦場の主力に躍り出る可能性は無いけれど。

少なくとも、RPG7の集中砲火程度で沈むようなヤワな造りでは無い。

禍大百足の前に、第三世代や第四世代のGOAが群れを成して現れる自体は、今からでも想定するべきだろう。

勿論、機甲師団が相手になる状況は、想定済み。

しかし、新国連がこれほど早くGOAの大量生産に踏み切ってくるとは、流石に私も考えてはいなかった。

「スタッフの実力からして、第三世代機がいつ頃出来ると思う」

「そうさなあ。 まだ実戦経験とデータが足りないから、改良が必要だとして。 後何回か大きな戦いがあった後。 半年ほどすれば、第三世代機の設計が始まってもおかしくはないだろうな」

「半年、か」

「勿論、完成は更に後になるだろうが」

新国連の動きが気になる。

何か妙なことをもくろんでいないだろうか。

勿論、新国連と言っても、米軍の圧倒的な実力の前には、現時点では蟷螂の斧も同然である。

あまりにも極端な計画を考えるのは、躓きの元だ。

禍大百足の実力を過剰評価しているという可能性も考えたけれど。それは恐らく、ないだろう。

新国連も、パンダグラアイは徹底的に調査したはず。

禍大百足の実力は、少なくとも二倍程度の誤差にまで絞り込んできているはず。少なくとも、いわゆるカタログスペックに関しては、だ。

腕組みして考えていると。

トンネルに出る。

アジトにつながるものだ。アジトと言っても、アフリカ大陸ではかなり平穏な国に作られている上、人里離れている。

いざというときも、問題が起きる可能性は小さい。

最悪でも、此方のスタッフが全滅するだけ。

周辺の住民などに、大きな迷惑は掛からないだろう。

アジトに到着。

禍大百足が、ぐるりと体を丸めて。ハッチを開放。

足腰が弱っているクラーク博士を促して、外に出る。眠そうにしているルナリエットは、抱えるようにして連れ出す。

いつもこれが一苦労なのだ。

タラップを降りると、スタッフが待っていた。既に情報をまとめてくれている。彼らも、この世界を憂うもの。

予算を削減された、宇宙開発部門のスタッフもいるけれど。

彼方此方でスカウトしてきた人材も含まれている。

今の時点で、結社の全容は、誰にも掴ませていないはず。あのいけ好かないスポンサーのアーマットにも、である。

「すぐに整備を。 今回は海水を大量に浴びているので、念入りにメンテナンスをしてちょうだい」

「分かりました!」

スタッフが散る。

パワードスーツが動き出して、資材を運ぶ。

GOAほどでは無いが、宇宙開発用に作られたパワードスーツだ。中に人間が乗り込み、背丈は六メートル半ほど。

当然武装はついていないが、事故の際に登場者を守るため、非常に堅牢な作りになっている点では変わらない。

その点では、GOAと同じだ。

ちなみに設計者は私では無くて、当時宇宙開発局にいた人物である。彼奴は今、何をしているのか。

整備を任せて、自分たちは解散。

巨大百足の中から、誰も知らない坑道の中に移っただけで。陽の光が届かない場所にいることには、何ら変わりは無い。

歩きながら、レポートを確認。

グラネドアイネスの事は、既に国際的ニュースになっている様子だ。新国連も、部隊の派兵を決定しているという。

此処までは、予定通り。

問題は、GOA201があらかた其方にまた派遣される、という事だ。

既に雨が降り出していて、スーパービーンズの繁茂は始まっている。最貧困層が餓死する状況は避けられる。

後は、状況を確認しながら、次の手を打つ。

それだけだ。

まだ、アーマットは動きを見せない。

自室に入ると、ピッチャーから湯沸かしに水を移し。紅茶を入れる。

煙草を止めてから。

紅茶の味の、奥深さが分かるようになりはじめていた。

 

1、豆の沃野

 

亮は言われるまま空母に移る。GOAで処理したい地雷原はまだあったのだけれど。それは、後続の部隊に任せる事になった。

GOAの性能実験は充分、という事なのだろう。

稼働については、問題ない。

動力炉は順調。

時々仕掛けてくるゲリラの攻撃なんて、痛痒さえない。既にゲリラの間からは、GOAは鉄の巨人とか、人食いゴリラとか呼ばれているそうだ。

見かけは確かにゴリラに似ている。

威圧感を高めるために、黒い塗装をしているのが、その原因なのだろう。また、歩く際に、意図的に起伏の激しい地形を移動させられる。これは勿論、全てがGOAの性能試験を兼ねている。

新国連からの命令によると。

続いてアンノウンが現れた、アフリカ北東部の国へ向かえ、という事だった。

国の規模は此方とは桁外れ。

世界最悪の海賊がいる事で有名な国だけれど。

アンノウンによって、武装組織は根こそぎひねり潰され。海賊も一文無しにされたあげく丸腰になり。

陸に戻ったところを、袋だたきに遭い、リンチされて大勢が死んだという。

武器が無くなっても、人は殺し合う。

先遣隊が、今は混乱を回復させるために現地に向かっているそうだけれど。海賊らの一件を除くと、全体的には極めて平和だそうである。

少なくとも、他の第三諸国に比べれば、地獄が天国になったような有様だとか。

「やっと港が見えてきたぜ」

「海の青が見えると安心するな。 ずっと緑ばっかり見てたからよー」

「無駄口を叩くな」

同僚達に、大佐が釘を刺す。

港には、既に空母が待機していて。その脇から、GOAを搭載する。搭載には、専用のクレーンを使う。

ただ、201だけは。

此処でも、試験運用をする。

背中のブースターをふかして、空母の上に跳び上がれというのである。無茶では無い。実際、いずれはやっていかなければならないのだ。

ちなみに実戦でも、ブースターは何度か使った。

武装勢力の残党狩りで、起伏が激しい地形に入るとき。ブースターを使って、ショートカット移動したのだ。

降り立った至近距離にチャイルドソルジャーがいて、踏みつぶしそうになったりもしたけれど。

ひやりとするだけで済んだ。

チャイルドソルジャーが、地雷を踏んで足を失うシーンは、未だに心に残っている。ずっと、傷となって残るだろう。

頭を振って、気を入れ直して。

ブースターを操作。

空母の上に、一気に上がった。

「おお、やるな!」

「俺も早くそれが使いたいぜ!」

同僚達が、やんややんやと囃してくれる。大佐は非常に冷静に、だけど確実に褒めてくれた。

良いデータが取れた、と。

それはとても嬉しい。

空母の上で、機体を係留すると。出航に備えて空母の中に。

エレベーターに大佐と一緒に乗ると、第四層の居住区画へ移動する。その途中で、少し話す。

「今度向かうグラネドアイネスは、パンダグラアイとは国の規模が違う。 人口は二千万と、小国を飛び越して中規模国家という所だ。 海賊も重武装だったようだし、国民もパンダグラアイほど悲惨な生活をしていたわけでは無い。 パンダグラアイでは、子供を食糧にするような有様が続いていたから、食糧になる豆がたくさん何処にでも生えてきて、戦争が止んだ。 グラネドアイネスでは今のところ落ち着いているが、今後はどうなるかわからん。 気を引き締めろ」

「イエッサ!」

「良い返事だ」

ミーティングルームに移動。

大佐と亮を含むパイロット25名と、それに今回の作戦で地上支援をしてくれる特殊部隊のボス、ベイ中佐。他にも二十名ほどが、ミーティングルームに集う。

ベイ中佐は長身の黒人男性で、百メートル走のアスリートのような、引き締まった肉体の持ち主だ。

精悍な面構えだけれど。

実は、此方のボスであるキルロイド大佐とは、犬猿の仲だそうである。同じ米軍からの出向者らしいのだけれど。昔、米軍にいたとき、色々あったそうだ。

ちなみに、格闘技のトレーニングで、ペアは絶対に組まないように調整されるのだとか。理由は、あまり考えたくない。

大佐も相当な長身だけれど、中佐は更にそれを凌ぐ。

一方、筋肉は大佐の方が良く鍛え抜かれているようで。総合的には、二人の実力は互角くらいなのかなと、亮は漠然と思った。

ミーティングを仕切るのは、この船の指揮官であるヘイムズ准将。

口ひげを蓄えた、上品そうな老紳士だ。

彼は何度か咳払いすると。

プロジェクターにステッキを向け、作戦を説明。

流石にベイ中佐も、二階級も上の将官には逆らわない。それを想定して、ヘイムズ老人は、自分でミーティングを仕切る、というわけだ。

「これより、強襲揚陸艦二隻を先行させ、アラブ方面から来た巡洋艦三隻と合流。 そのままグラネドアイネスに向かう。 この空母アバルトバードは少し遅れて、沿岸沿いに北上する」

「特殊部隊だけで、全てが片付きますよ」

「いや、そうもいかないだろう」

ベイ中佐が、先遣部隊の送ってきた映像を出す。

武装勢力は根こそぎアンノウンにやられ。やはりグラネドアイネスも、豆科の謎の植物が繁茂する土地に変わっているけれど。

武装勢力の復帰が、かなり早い、というのだ。

「元々グラネドアイネスは飢餓の国だが、それは貧富の差があまりにも激しいから、と言う側面もあった。 軍閥の中には、かなり資金に余裕がある組織もあったのだ」

「海賊行為や、麻薬の密売が主な資金源だな」

「それだけではなくて、様々な犯罪にも荷担していた。 幾つかの国で作られている精巧な偽札の流通にも関与していた節がある。 それらの資金までは、アンノウンが潰して行ったわけでは無いからな」

早速、幾つかの勢力は。

山間部に、また拠点を作り出しているという。

流石に以前ほどの規模では無いが、それでも相応の武装で固めて。戦闘ヘリまでいるのだとか。

これは恐らく、よその国から購入したものだろう。

中東辺りから流れたロシア製だろうと、先遣隊の映像からは判断できると、ヘイムズ准将は言うのだった。

「ハインドか? 厄介だな。 あんたの所のポンコツで倒せるのか」

「苦手だろうな」

「ハ」

嘲笑うベイ中佐。

むっつり黙り込んでいる大佐。

空気が悪い。

咳払いしたのは、ヘイムズ准将である。

「その代わり、GOAは悪路と地雷をものともせず、生半可な攻撃は受け付けない。 ヘリは特殊部隊が叩き落とし、GOAが拠点を制圧するまでの道を切り開く形で良いはずだ」

「足手まといになるなよ」

「そっちこそな」

空気がびりびりしている。

ちなみに、特殊部隊のメンバーは、ベイ中佐のことをあまり好きでは無いらしく。少なくとも、パイロット達といがみ合う様子は無かった。

前の戦い。パンダグラアイでは、特殊部隊の戦士達は、とても頼りになったのに。今度は仲間割れで、身内同士で争うことになるのかもしれない。

それはとても嫌な事だなと、亮は思うけれど。

一パイロットには、何も出来ないのが現実だ。

とにかく、である。

先遣隊は幾つかの都市で治安維持をするのが精一杯。これから本隊が向かって、治安維持を本格的に行う。

人手が足りなかった旧国連時代の国際維持部隊と違って、新国連は、少なくとも中規模国家を制圧して治安を回復させるだけの戦力を持っている。

もっとも、今まではそれも上手く行っていなかった。

誰でも知っていた。

本当に平和維持軍が必要な、地獄というのも生やさしい国には派兵しないで。利権が見込めるような紛争にばかり介入していた事は。

勿論、本当にそうかは分からないけれど。

ただ、パンダグラアイにしても、グラネドアイネスにしても。地獄というのも生やさしい状況だった国で。

国際平和維持部隊も及び腰で。

パンダグラアイに到っては、四十年以上も内戦が続いて。国民が子供を食い合うような地獄絵図になっていたのは。

自分の目で見た。

少しでも、世界を改善出来るなら。

するべきだ。

例え普段はいがみ合っていたとしても。戦場では、ともに肩を並べて戦えると、亮は信じたい。

「それでは、解散」

准将が解散を宣言して、ミーティングは終了。

肩が凝った。

トレーニングルームに行き、科学的なトレーニングを受ける。しばらくは、こればかりになりそうだ。

 

数日後。

汗を流した後、フリールームに行くと。先遣隊に、先行していた部隊が合流したというニュースが流れていた。

キャスターが好き勝手なことを言っている。

旧国連時代と違って軍事力を与えられた新国連は、各国に対して強権で応じているとか。それでいながら、パンダグラアイでは、今まで何故介入しなかったのだとか。GOAのような強力すぎる兵器が必要なのか、とか。

GOAは、大量破壊大量殺戮を行わないための兵器だ。

兵士の戦意を根こそぎにし。あらゆる武器を払いのけて。敵を降伏させ、離散させる。それが目的だ。

それなのに。

大佐が、側に来る。

手を叩いて、パイロット達を集めた。良いニュースだろうか。今テレビでやっていたような話でないと良いのだけれど。

「GOA201について朗報がある。 次の戦場が終わった後、大量生産が始まることが決まっている。 少なくとも此処にいる皆には、201を支給できるはずだ。 101については、今後訓練機になるだろうな」

「それは有り難いですが、金はあるんですか」

「大量生産でコストを落とすつもりらしいな。 稼働コストについて今回の戦いで判明したが、少なくとも戦車よりもかなり安くつくらしい。 作る時には金が掛かるが、最終的な制圧力を考えると、戦車を作るより安上がり、と言うことらしいな」

お金の問題だ。

だが、それが大事なことも、亮は分かっている。ちなみに亮は給料もちゃんともらっているけれど。

今の時点では、使い道が無い。

「その内、空母では無くて、強襲揚陸艦で移動するようになるだろう。 今開発が決定された第三世代型のGOAでは、格納についての問題もクリアするべく、調整が行われるそうだ」

「だとすると、良いんですが」

最年長パイロットのクーガー大尉がぼやく。

彼は元々、空軍のアグレッサー部隊にいた精鋭だ。GOAの部隊が創設される際、最初に声が掛かった最古参でもある。

実際、適性さえあれば、201には彼が乗っていたはずで。

それでも、亮につらく当たったりしない辺り、クーガー大尉の出来た人柄がうかがえる。印象はいつも悪くない。

それにしても、空母では無くて強襲揚陸艦を使うとなると。

やっぱり、かなり移動時は狭い思いをするのだろうか。いや、まだ強襲揚陸艦には乗ったことも無い。偏見で決めつけるわけにはいかない。

「第三世代型が完成される前に、第二世代型には様々なカスタムを施す。 いずれも亮にテストをして貰う」

「イエッサ!」

「中には失敗作もあるだろう。 厳しいテストになるが、心して掛かってくれ」

頷くと、大佐はフリールームを出て行った。

部屋の空気が、少し明るくなる。

「201型が派遣されるのは良いな。 ブースターがあると、色々と戦術の幅も拡がるし、基礎的なスペックも高くなる」

「問題は第三世代型がどれくらい出来るようになるか、だな。 今の時点だと、正直兵器としては、戦闘ヘリや戦車には及ばん。 数を増やすのは結構だが、何処にでも投入できる万能兵器と言うにはほど遠い」

「で、でも、地雷を突破して、人を殺さず敵を制圧するには、うってつけの兵器だと思います、けれど」

「戦闘ヘリでも危ういのに、攻撃機が出てきたらひとたまりもないぞ」

否定的な意見に対し、思わず亮は反論してしまったけれど。すぐに論破されてしまった。

此処にいる人達は。

少なくとも、GOAを愛しているわけでは無い。

勿論、機体に愛着があるのは大事なことなのだろうけれど。亮には無い、リアリストとしての思考が出来るのだ。

これが、プロの軍人と。

軍人にまだなっていない亮の差だろう。

悔しいけど、今は。

その差を少しでも埋めるべく、努力をして行かなければならない。

フリールームを出ると、トレーニングに向かう。科学的トレーニングでは、休憩も大事だという話を良くされる。

だから、より訓練を増やして、もっと早く強くなれないかという相談をしに行くのだ。

訓練を見ている軍医は、非常に毛むくじゃらな男性で。腹もビール樽のように出ているおじさんである。

おじさんは腕組みして亮の話を聞くと。

鼻で笑わず、ちゃんと応えてくれる。

前いた場所の大人達とは、えらい違いだ。

「其処まで焦る必要はない。 お前さんは最新鋭機の適性持ちだ。 慌てず、自分のペースで鍛えて、確実に強くなることが大事なんだよ。 焦って体を壊したら、本末転倒だと分かっているかな」

「それでも、皆の差を、少しでも早く縮めたくて」

「最新鋭機を渡されるにふさわしい軍人になりたいと」

「はい!」

お願いしますと、頭を下げるけれど。

結局、許可はされなかった。

「そうさな、体をしっかり作れたら、もっと厳しいメニューを組む事も考える。 お前さんはまだしっかり体を作る段階だ。 今はトレーニングを的確にこなして、焦ること無く強くなればいい」

「……」

「返事は」

「分かりました。 有り難うございました」

ちょっと悔しいけれど。

正論だというのも分かったので、自室に引き揚げる。

はやく、もっと強くなって。

少しでも、役に立てるようになりたい。

そう思って、ベッドで寝返りを打つ。

時間は、容赦なく過ぎていく。

 

現地に到着。

GOA201が空母から降りると。全くパンダグラアイと、状況が同じになっていた。何処までも、緑の沃野が拡がっているのだ。

武装勢力が抗争していた地点まで、GOAで移動する事に決まる。

途中にある軍基地で補給を済ませるためだ。以前武装勢力が拠点を作っていて、例のアンノウンに叩き潰された場所の幾つかを。新国連の部隊が接収して、拠点を作り直しているのだ。

他の機体がクレーンを使うのに対して。

201は、ブースターで降りる。

上がれるのだ。

降りるのも、お茶の子さいさいである。

この辺りは、適性がなせる技。というよりも、適性持ちなのだ。これくらいはできなければ意味がない。

「良いデータが取れるな。 フィードバックして、AIに組み込めば、他のパイロットの負担も減る」

大佐が喜んでいるので、自分も嬉しい。

ただ、降り立った感触に、少し違和感がある。緑の沃野。あの謎の豆類が何処までも繁茂している事は、前のパンダグラアイと同じなのだけれど。

何かが違う。

そうかと、気付いた。

舗装されていたのだ。ただ、ずっと放置されていて。ひび割れた所から、豆が伸びているようだけれど。

「パンダグラアイよりも、豊かな国、何ですね」

「総合的にはな」

大佐が説明してくれる。ただ、前にも話してくれたから、あくまで皆にもう一度聞かせるつもり、なのだろう。

説明が終わると。

亮は、何となくやるせない気分になる。

この国では、パンダグラアイほど悲惨な貧困には襲われなかったけれど。それでも、餓死寸前の人々も多く。悪徳の都が栄え。海賊が跋扈し。軍閥が好き勝手をして、政府が成立しない。

そう言う点では、パンダグラアイと変わりが無い。

そして、何処にでも、誰でも、いつでも食べられる植物が繁茂して。水不足も解消された今。

この国の治安は、急激に回復しつつある。

話によるとこの豆、タンパク質や必須アミノ酸全種まで含まれているらしく。これだけ食べていれば、栄養はカバーできるという、相当にとんでもない代物であるらしい。まだ又聞きしただけだが。

ただ、この国は元々そこまでひどい貧困にあった訳では無い。餓死者も出ていたけれど、それでも全体がそうでは無い。

そうなると。

この状態から乱れるのも、また早いのでは無いのだろうか。

他の機体も降りてきて、整列。

次からは、部隊が拡張されるという話だけれど。そうなると、輸送の方が問題だ。陸路で行く場合、はっきり言って輸送車を使うよりも、歩いて行った方が早い。空路の場合は、特殊な輸送機でも使わないと無理で、大きな空港が必要になる。

だから、使わなくなった型落ち空母を、こういう形で利用しているのだけれど。

それも、考え直さなければならないのだろうか。

いずれにしても、だ。

目の前の任務に、これから集中する。

移動開始。

隊列を組んで進む。街は緑に覆われていて。人々は、其処まで殺気立っていない。食べられるものが何処にでもあって、誰がどれだけ食べてもなくならない。それは、此処まで人々の心を緩ませるのか。

奪う必要がない。

更に言うと、乾燥させて燃やせば、簡単に火も作れる。

生のままの豆は全く燃えないので、延焼の危険も小さい。

GOAの全周式コックピットから周囲を見ていると。子供は元気そうに笑顔で走り回っているし。

やせこけている人はいない。

街を出る。

荒野は拡がっていない。やはり、此処も一面の緑だ。環境色だから、目にはそれほどつらくない。

問題は、此処からだ。

いつ、襲撃があるか分からない。

空母には、VTOL機も積んできている。発展途上国にいるような戦闘機が相手なら、充分以上に戦える機体だ。

それでも、全ての空をカバーできる訳では無い。

「油断はするな」

「イエッサ!」

基地に向け、急ぐ。

焦らないように、確実に。

途中、地雷原に到達。蹂躙して地雷を全て片付けると、側の村から、感謝の言葉があった。

そして、気付く。

それらの村でも。

家の軒先から、百足の像をぶら下げている。

現在の、神。

他のパイロット達が、古い時代の天使について話していた事を思い出す。やはり武装勢力が一夜にして消滅して。彼らの脅威が消し飛んだ上、食糧がどれだけ食べても余るほどに現れたのである。

彼らの身を守る武器も無くなってしまったようだが。

考えようによっては、野生の動物から身を守る以外に、そもそも過剰な武器を持つ必要も無いのである。強盗だって、武装していなければ、相手の物資を奪うことなど簡単には出来ない。

アンノウンは、神なのだと。

これを見ていると、実感する。勿論、この人達にとっての、だが。

大佐が、村の代表から話を聞いている。

何でも、近くに武装勢力がまた集まりつつあるらしい、という話である。ただ、曖昧な内容だ。

すぐに無線で大佐が手配しているけれど。

何しろ相手はベイ中佐。しっかり動いてくれるかは疑問である。ただ、この報告は公式通信として残っている。偵察をして何も見つからなかったのなら兎も角。もし武装勢力の拠点を見逃しでもしたら、ベイ中佐の失点になる。偵察は、きちんとしてくれるだろう。

「俺、いや小官が行ってきましょうか」

「ダメだ。 GOAは、そもそもまだ試作段階を離れていない機体だ。 万が一があってはならない。 行動は、部隊単位で行う」

「イエッサ!」

亮は提案してみて、それを蹴られても。大佐が相手なら、不満は無かった。

村を離れて、北上。

途中、ニュースが入る。

集結しつつある武装勢力が、予想を遙かに超える規模だというのだ。どうやら、この国を乱していた武装勢力が、何故か同盟を組むことに成功。恐らく残存部隊の勢力と資金を、全てかき集めている、という事なのだろう。

予想以上に危険な事態だと、大佐がぼやく。

それはそうだ。

この国からは、一度武器が全て失われた。もしも鎮圧に失敗すると、またこの国は武装勢力に蹂躙されることになる。

この国の武装勢力と海賊の残虐さは、世界的に有名なほど。

何をしでかすか分からない。

アンノウンの神像を家の軒先にぶら下げていた家など、焼き討ちにあってもおかしくは無いだろう。

そして、暴力は暴力の連鎖を産む。

此処で断ち切らなければならないのだ。

しかし、やれるか。

敵は最初の時点で、戦闘ヘリを持っているという話だった。今、特殊部隊が展開して、機甲師団と一緒に武装勢力を包囲しようとしてくれているはずだけれど。相手の規模次第では、テロによる攪乱をされかねない。

「急ぐぞ。 予定を切り上げて、真っ先に敵の拠点を叩く」

「イエッサ!」

大佐の指示で、全員が気を引き締めるのが分かった。

亮も、いつものように二番手に。隊列を維持したまま、急ぐ。緑の沃野が拡がる中。また、たくさん血が流される。

でも、今なら。

覚悟を決めろ。

自分に言い聞かせながら操縦を続ける。

そして、見る事になった。

 

愕然と言うのは、このことだ。

武装勢力の拠点があったという地点に到着した時。其処は。何も無い、更地になっていたのである。

あり得る事では無い。

呆然と立ち尽くしているのは、ベイ中佐だ。彼はかなりの規模の敵拠点を遠巻きに、増援の到着を待っていたはずだったのだけれど。

見ると、彼の部下達も、唖然としている。

周囲には、腐食したジープや武器の類。そして、戦意を無くしたらしく、投降してきた武装勢力の兵士らしい者達が、頭を抱えて蹲っていた。

何が、起きた。

いや、分かっている筈だ。

この光景。散々見たでは無いか。

「現れたんだな、アンノウンが」

「あっという間だった……」

大佐に、ベイ中佐が応える。

武装組織の拠点の地面の下から。突如、いきなり巨大な百足のようなアンノウンが現れたのだという。

武装組織の拠点は、その時点で半壊。

反撃を必死にしたようだが、なにしろ今までどれだけ攻撃しても無傷だった相手だ。勝てる訳が無い。

まき散らされたガスが、ばたばたと戦闘ヘリを落とすのが見えたという。

退避することしか出来なかったと、ベイ中佐は嘆いた。

あれほど大佐に食ってかかっていた相手でも。此処までしょげかえっているのを見ると、気の毒に思えてくる。

辺りの兵士達も、装備を地面に投げつけていたりしている。

見ると、それらの装備も、等しく腐食してしまっていた。

ガスを少しでも浴びると、こうなってしまうらしい。愛用の武器をこんなにされたら、それは悲しいだろう。

後続の部隊が来るけれど。

彼らの仕事は、捕虜を確保して連れていくだけ。

一方で、亮は、大佐に指示されて。GOAで隊列を組んで移動。地雷を処理して回る。更に半壊した武装勢力の拠点にも、まだ身代金目的で捕まっている人が残っているかもしれない。救助の必要がある。

黙々と地雷を処理していると。

子供が石を投げてきた。

チャイルドソルジャーだろう。武器を無くしても、恐怖から、必死の反撃を試みた、と言う所か。

「相手にするな」

「はい」

大佐の言葉に従う。

地雷を踏みにじり、全て処理していく。対人地雷は全て重量で踏みつぶしてしまう。対戦車地雷は、爆裂してもGOAは傷つけられない。他の機体もかなり踏んでいるけれど。亮の201も、踏みつぶして、その度に衝撃が来る。

間もなく、処理が完了。

後続の部隊が突入。崩落した武装勢力のアジトに入る。抵抗は軽微。あの子供も取り押さえられていて、安心した。

本来だったら狙撃銃やら何やらで苛烈な出迎えがあるのだろうけれど。

アンノウンのガスは、何もかも平等にダメにして行った。あの性格が悪いベイ中佐が、あれほどに敗北感を植え付けられるほどの光景だ。実際に目撃したとき。シミュレーションのように、対処できるのだろうか。

それに、GOAは、アンノウンがばらまくガスに耐えられるのだろうか。

とにかく、だ。

この国の残存武装勢力は、今日の一件で一網打尽にされてしまった。かき集めた残存戦力も全て壊滅。

しかも、隠し持っていた資金類も、台無しだろう。

一体アンノウンは、何をしようとしている。

新国連の兵器も容赦なく潰したことを考えると、見境が無いのは確かなのだろうけれど。結果として、アンノウンが出た国は、内戦が終了して、平穏が訪れているのも事実なのである。

しかも食糧も水も、今後は不足する恐れが無い。

勿論この得体が知れない豆がいきなり全部枯れ果てる、などと言うこともあるかもしれないから、楽観しすぎるのは危険だけれど。

亮には、どうにもこの一件が。

安易に判断してよい事には、思えなくなってきていた。

「大佐……」

「考える時間は必要だろう。 だが、アンノウンは新国連の兵器に対して、明確な攻撃行動を行った。 今後は、新国連の対応も変わる」

「分かっています」

大佐の言うとおりだ。

二度も好き勝手を許したのだ。結果として、内戦が最小限の被害で終結し。その残り火まで消えたのは事実だけれど。

それは結果論。

顔に泥を塗られた新国連が黙っているはずが無い。

一体、アンノウンは何者で。

何処で、何をしているのか。

生物なのか、兵器なのか。それさえも分からない。怪獣と安易に決めつけて良いのか、それとも何処かの誰かが操っているものなのか。

機械か、生物なのか。

それさえもが分からない有様だ。

とにかく、集結していた部隊は散って、治安維持とインフラ修復の作業に戻る事になる。GOAは各地で地雷の撤去。過激派の拠点の完全破壊。後は、治安維持部隊の補助をしながら、データを集めていくことになる。

分からない。

一体何が起きているのか。

亮はコックピットの中で、思わず頭を抱えていた。

 

2、早期の躓き

 

グラネドアイネスの武装組織が、集結を再開している。

どうやら顔役達が集まって、勢力を復活させるべく手を組んだ、というのが実情らしい。いずれにしても、これは処理しなければならない。結社の判断も何も無い。ハーネットは、即座に決断していた。

此処で処理を誤ると。

またグラネドアイネスが地獄のような乱世に墜ちる事になる。それだけは、どうしても阻止しなければならないのだ。

蹂躙したことで、最小限とはいえ死者は出ている。

スーパービーンズの散布は上手く行っているとは言え。まだ作戦が始まったばかりである現状。

とてもではないけれど、瑕疵を見逃している余裕は無い。

すぐに禍大百足を出し。

そして、集結していた武装勢力のアジトを地下から突き破り、壊滅させた。

地下からの強襲。

禍大百足としては、初めての作戦だ。更に言えば、この間海賊を壊滅させた海中からの強襲の応用でもある。

先進国の軍隊なら或いは、地震探知機などで異常を検知して、事前に防いでいたかもしれないけれど。

この辺りは、所詮発展途上国の悲しさ。

装備には限界がある。

一息に喰い破った拠点にガスを撒いて、終了。

拠点の周囲には新国連の部隊もいたけれど、関係無い。根こそぎガスを撒いて壊滅させることに、別に問題は無い。

いずれ敵対するのだ。

それが早いか遅いかの違いでしか無い。

一瞬で武装組織の拠点は壊滅。ついでに、金庫室らしい所も下から喰い破ったから、彼らの資金はもはや回収不能だろう。

出た穴からバックして、そのまま引き揚げる。

新国連とやりあう必要は、今の時点では無い。むしろ、此方の意図を深読みでもして、失敗してくれればそれでいい。

一度、拠点にまで戻る。

新国連側は混乱している。そろそろ、此方を追跡してくるかと思ったいたのだけれど。思った以上に動きが鈍い。

或いは、内部のもめ事が、此方の想定以上に大きいのかもしれない。

アジトに到着。

すぐに整備を始めさせる。

ルナリエットが、風呂のある第三関節から戻ってくる。言わないと風呂に入らないので、時々無理に行かせるのだ。

その間、操縦はオートである。

大きなあくびをしながら、ルナリエットが外に出る。羞恥心とかの概念がまだ無いから、しっかり見ていないと、裸同然の格好で外を歩き回るので、油断できない。この娘は、精神年齢的には、幼児同然だ。

まあ、事情からすれば、無理もないのだが。

「後始末、ご苦労さんです」

「んー」

声を掛けてきたのは、整備班のシャーゼス。

アジア系の小柄な老人で、偽名である。本当の出身国籍は分からないけれど。日本人では無いかと、私はにらんでいる。

性格的に生真面目で、整備をやらせると右に出る者はいない。いつも油に塗れた整備服を着て、工具を握っている姿が目だった。

一応は、敬語を使ってくれるけれど。

周囲には、おっかないといつも思われている様子だ。とにかく気むずかしいのが原因だろう。

「今回の使用装備は」

「腐食ガスのみよ。 スーパービーンズの散布は既に終わっているし、スーパーウェザーコントローラも使っていない」

「ふむ」

「何か気になる事が?」

シャーゼスは教えてくれる。

どうも痛みが出始めているかもしれないと。

まだ動き始めたばかりなのに。

所詮はあり合わせの材料で作ったロボットだ。その辺りは、仕方が無い。どうせ、だましだまし使う事を、最初から想定していた。そもそも初陣からして、ちゃんと動く保証はなかったのだ。

ポンコツだけれども。

此奴に全てを賭けるしかない。人類のためにも、これ以外の選択肢が無いのが、厳しい所だ。

「とりあえず気になるところは補修しますがね。 あまり此奴に無茶はさせないようにしてくださいよ」

「分かっている。 これも、私が設計した、可愛い子供のようなものだからな」

「頼みます」

一礼すると、シャーゼスは皆の所に戻る。

後の作業は、全て任せて、少し休もうかと思った矢先である。マーカー博士が、急いで此方に来るのが見えた。

「まずいぞ、ハーネット博士」

「どうしたの?」

「クラーク博士が倒れた」

 

幸い、命に別状は無い。思った以上に、過労が出ているのだという検診結果が出た。ただ、一週間は絶対安静だとも。

この兵器に乗るのは、責任を果たすため。

バイオ工学の専門家であるクラーク博士は。そう言って、杖をついて、禍大百足に乗り込む。

いつもは、元気に見えていたのだけれど。

既に相当な高齢だ。

無理がたたったのだろう。

禍大百足は、兵器だ。

電車でも、長旅になると疲労が溜まる。居住スペースがあると言っても、老人にはこたえるのだろう。

だが、クラーク博士が降りると言い出す未来は予想できない。

バイオ工学の第一人者として。

この世界を変えるスーパービーンズの使用には、責任を持たなければならないからだろう。

ルナリエットには教えない。

コックピットのものを模した自室の椅子で眠っているあの娘は。まだ何も知らない幼い子供と同じ。

クラーク博士とはそれほど親しいわけでは無いけれど。

嫌っている相手でも無い。

数少ない身近な人間だ。

あまり不幸なことがあると、知らせるわけにはいかないだろう。

病室に様子を見に行く。

昔、旧国連にいたことがあるドクター、レンゲルが、治療をしていた。レンゲルは四十代の男性で、ドイツの出身者だ。

医療先進国のドイツでも有名な俊英だったらしいのだけれど。

何か理由があったのだろう。

ドイツも旧国連も出て、腐っているところを結社がスカウトした。正確には、あのいけすかないアーマットが連れてきた。

そう言う意味では、信用しきれる相手では無いのかもしれないけれど。

今は、クラーク博士を任せるほか無い。

小さなクラーク博士は、医療用のベッドで寝かされている。

気むずかしそうなレンゲルは。ハーネットに気付くと、鼻を鳴らした。

「無理をさせすぎていますな」

「分かっている。 で、容体は」

「調べて見たが、老人にしては健康な方だ。 この年になると大体重病の一つや二つが内臓をむしばんでいるのだがな。 多分クラーク博士が死ぬとしたら、原因は老衰、になるだろうな」

「そうか」

癌や何かで死ぬとき。

とにかく人は、苦しい思いをする。

身近で何人か知っている。研究職は、体に大きな負担が掛かる。どうしても、病気になる可能性が高い。

私もそうだった。

私が、米国の大学の研究室を離れた理由もそれだ。

旧国連でも、上手くやっていけなかった。

どれだけ頭が良くても、研究室を回せなければ意味が無い。そう言われて、嘲笑されたこともあったけれど。

今考えてみれば。

最初から、一人で研究そのものは、やるべきだったのかも知れない。

結局一人で理論をくみ上げて、米国に売り込んで。そして、画期的なアイデアとして採用されたけれど。

最終的に、悪化する国際情勢が。この禍大百足の前身となった宇宙ステーションを、空に飛ばすことを許しはしなかった。

世界規模の戦争が無くても、人類は疲弊する。

それがよく分かった私は、結社を作る道を選んだ。このまま人類は、滅びに向かうだけだとも分かったから。

クラーク博士が目を開ける。

点滴をされていることを理解したのだろう。

私の祖父のような年齢の御仁だ。

自分の体がどれだけ衰えているのかも、自覚はしている様子だ。それでいい。若いと思って無茶をされると、更に大きな事故につながる。

「そうか、儂は倒れたのか」

「一週間ほどは休んでくれ。 その間は、私がどうにか廻す」

「ルナリエットのような不幸な子供を増やすわけにはいかんからな。 今倒れるわけにはいかないな」

その言葉の意味は。

私が一番分かっている。

頷くと、部屋を出る。

誰がたれ込んだのか分からないけれど。早速あのアーマットが、連絡を入れてきた。皮肉混じりの声が腹立たしい。

「クラーク博士が倒れたそうだな」

「ああ。 ただの過労で、特に問題は無い。 一週間も休めば大丈夫だと、レンゲルも太鼓判を押している」

「そうかそうか。 だがな、少しばかり時間が無い」

「……詳しく」

アーマットによると。

次の作戦を開始する時期が近づいているという。

今度はどこの国だ。

まだ、アフリカだけでも幾つかの最貧国がある。いずれも地獄のような環境で、住んでいる人達の心も荒みきっている。

特にひどかったパンダグラアイを最優先したのは、当然としても。

総合的に見れば、彼処ともそうそう変わらない悲惨な国が、幾つもあるのだ。

「新国連が、想像以上のペースでGOAを生産していることが分かってね。 恐らく、次の任務の時には、ぶつかる事になるだろう」

「腐食ガスを浴びせて動きを止めれば良い」

「最初はそれで大丈夫だろうな。 だが、次はどうなる」

GOAの最大の特徴は。

とにかくタフなことだ。

乗る人間の安全を第一に考えるから、あらゆる攻撃に耐え抜く。腐食ガスは、すぐに分解される仕組みになっているけれど。

確かにGOAは相性が悪い。

かといって、これから使う事を想定している腐食ガスは、人体に有害なものもある。

身を守るためとは言え。

いきなりそれを使うわけにも行かない。いずれにしても、GOAとの戦闘は、出来るだけ避けたい所だ。

だからこそに、急げというのだろう。

「クラーク博士の知識の移し替えは? そろそろ体に無理が出ているのだろう。 アキラ博士のように……」

「やめろ!」

「どうした。 世界を相手に戦おうというのに、おかしなことだな」

からからと、アーマットが笑っている。

この冷酷なブルジョワは。私を精神的に痛めつけることを楽しんでいる風さえある。

「そもそもクラーク博士がいなければ、あの技術は完成しなかった。 表に出す事が出来ない、あの技術はな」

「……」

「クラーク博士には、無理が続くようなら禍大百足から降りて貰う事を考えて貰わなければなるまい。 適材適所という言葉もある。 そもそも我々には、失敗は許されていないのだよ」

「分かっている」

敵は、世界そのもの。

あまりにも巨大すぎるそれを相手に戦う事は。戦略のミスを、一手たりとて許されない事を意味している。

気にくわないが、アーマットが正論を言っているのは分かる。

だが、私は。

最初期からの同志であるクラーク博士の願望を、最後まで叶えてあげたいのだ。

既に老齢に達しているクラーク博士は。元々健康だったわけでもない。そう長くは生きられないだろう。例え、病気が無かったとしても、だ。

「人類のためにも。 クラーク博士を説得する方法を、今のうちに考えておいてくれたまえ」

通信が切れる。

貴様が考えろと言いたいが、舌打ちしか出来ない。

スポンサーを失う事は、今は絶対に避けなければならない。更に言えば、彼奴がいなければ、世界各地にあるアジトだって維持できないのだ。

戦いは始まったばかりだというのに。

問題は山積している。

 

クラーク博士に正直に事情を話す。

次の出発は、三日後。

新国連は今回の件で、アンノウン。つまり禍大百足に対する警戒を、此方の予想よりも強めているらしい。

それが原因というわけでも無いけれど。

次は急がないと、鉢合わせる可能性が高い。

かといって、あまり雑に作業をしても、恐らくは反撃に遭う。これから向かう国の中には、武装勢力が予想以上に強力に兵器を配備している国もあるのだ。機甲師団を正面から相手にする場合。

流石に禍大百足も、無事では済まないだろう。

「ふむ、正論だな」

「どうする。 栄養剤でも打って乗るか」

「そうさな……」

クラーク博士は、そうするかと言う。

コックピットを少し弄る。クラーク博士のチェアは少し倒し。点滴用の設備をいれておく。

老人を連れて行くのだ。

仕方が無い措置である。突貫工事で全てを終わらる。その間、できる限り博士には休んで貰った。

今回狙うのは、アルジェリオ。

アフリカの西海岸にある、中規模国家である。人口は三千二百万。

ただし、六年前までは、四千万いた。

この国は、今までとは違うタイプの相手だ。今までの国は、いわゆる失敗国家だった。国内がまとまり所か秩序さえ持たず、武装勢力が好き勝手に争っている状況。

今度向かう国は。

今世紀最悪と呼ばれる独裁者が、全ての富を自分だけで独占しているという、典型的な独裁国家なのだ。

この国は非常に特殊な政体を採っている。

一種の共和制なのだけれども。国民を家族も含む八名のグループごとに管理。相互監視の状態に起き、グループ内で一人が裏切ったら残りの全員も処分するというやり方で、国民を縛っているのである。

ただし、密告すれば助かる。

この制度で、民は独裁者であるバーゼンに絶対逆らえないようになっており。あまりにも苛烈な搾取も、打倒できずに来ている。

それに、六年前、バーゼンがまとめる前は、パンダグラアイと大差ないほどの失敗国家だったという理由もあるのだろう。

この国の民は。

もはや逆らうことを諦めてしまっている。

勿論、革命を起こせとか、そのような事を言っても意味が無い。独裁者を打倒したとする。その後どうするかが大事なのだ。

食糧が無く。

貧困と飢餓が残った場合。

パンダグラアイと同じような、失敗国家に逆戻りである。

ただでさえ何もかもを奪われた民は、そのような状況になったら、もはやなすすべが無いだろう。

だから、作戦には慎重を期する必要がある。

ただ、この国に関しては、最初から攻略目標の一つになっていた。だから、作戦そのものは、既に考案済みである。

そして、その作戦は。

前回、実行に移したものを流用する。

準備が整った時点で、すぐに出陣。

今回も、地面を掘り進む。

何カ所か、ジャングルや山深い土地では、動力炉の負担を減らすために地上に出るけれど。

それも今後は減らす予定だ。

というのも、恐らく新国連は、米軍の宇宙監視網からの情報提供を申請してくるはず。禍大百足が動いていることを悟れば、それだけ相手の動きも速くなる。

今とは違って、後になればなるほど、動くのも大変になる。

そういうものだ。

ルナリエットは、特にクラーク博士の状況に、疑問は持たないようだった。或いは、理解できていないのかもしれない。

地上に出る。

深いジャングルを、出来るだけ木を傷つけないように行く。この辺りは、AIのサポートとルナリエットの操縦便り。

適当な所で、また地面に潜る。

目的地までは、まだ遠い。

 

3、宮殿炎上

 

予定の地点に到着。

アルジェリオの独裁者、バーゼンの宮殿の真下だ。

この宮殿は、現在富の99パーセントを独占しているバーゼンが、海外の著名な芸術家を呼んで設計させたもので。

実用性は一切無視。

悪趣味な金銀財宝をちりばめたものであり、その豪奢さは類を見ない。

バーゼンは恐らく、自信を持っているのだろう。民衆が反乱することは、あり得ないのだと。

だから、要塞としての機能を宮殿に持たせず。

ただ、自分の快楽を満たすための装置としての機能だけを、この宮殿に持たせている。

或いは、バーゼンも昔は警戒していたのかも知れない。

しかし今や、政敵はあらかた殺しつくし。

もはや後ろから刺される可能性も無くなったと判断して、このような愚かしい俗悪な宮殿に移ったのだろう。

多分この推理は、高確率で当たっているはずだ。

パンダグラアイと殆ど変わらない、悪夢を具現化したような地上の地獄をまとめた男だ。ある意味では、傑物と言える。昔は用心深く、頭も回ったに違いない。

このような所まで堕落したのは。やはり安心したから、と言うのが大きいのだろう。

平穏が人間を腐らせるのでは無い。

安心が人間を弱体化させるのだ。

現在、アルジェリオには、国内に六カ所の軍事拠点があって。合計五十万ほどの兵士が其処に詰めている。

国家規模にしては兵力が大きすぎるが。

この国では、基本的に兵士は軽装備だ。本当の意味で軍隊と言える、強力な武装を施された拠点は、宮殿の近くにあるジェメートという街にある。此処には戦車と戦闘ヘリをはじめとする、強力な兵器群が配備され。

そして、戦闘機もいる。

二世代前の戦闘機だが、それでも交戦するのは初めてだ。

当然空対地ミサイルも装備しているはずで、戦闘機としては申し分の無い戦闘力を有しているだろう。

実験のためにも、丁度良い。

宮殿を潰して、指揮系統を壊した後でも、戦闘機が発着する余裕はあるはずだ。十機ほどいる戦闘機をどうするかが、今回の作戦の要になる。

既に、宮殿の地下に。禍大百足が潜んでいると、誰が知っているだろう。床が強化コンクリートだから平気。その油断が、全てを終わらせる。

潜る少し前。

戦闘機隊が訓練飛行に出るのを、海上から確認している。結社のメンバーが、海上で撮影したのだ。

狙うのは、戦闘機隊が、訓練から戻るタイミング。

少しでもこれで、燃料補給の隙をつく事が出来る。

「よし、そろそろ行くぞ。 ルナリエット」

「らじゃ!」

ルナリエットが、ヘルメットを被る。

同時に、まるで生き物のように、巧みに禍大百足が動き出す。一気に土を掘り進めながら加速。

そのままの勢いで。

血税を吸い取って作り上げた宮殿を底から喰い破り、更に天井にまで抜けた。

悲鳴が周囲に轟く。

早速、腐食ガスを撒く。ちなみに、独裁者様は即死だ。突き抜く瞬間、狙ったのは独裁者の寝所。

まさかベッドの下から喰い破られるとは、油断しきった今の独裁者バーゼンでなくても、予想は出来なかっただろう。

逃げ散る連中は相手にしない。

念入りに、宮殿中に腐食ガスをばらまく。逃げる時間はくれてやる。全員は助けられないけれど。

これで少しはマシになるはずだ。

そして、ある程度時間が経ったところで。

禍大百足の体を地面に叩き付けるようにして。

宮殿を圧壊させる。

元々、腐食ガスで全体が脆くなっていた所だ。宮殿は容赦なく拉げ、その宝物庫もろともぺしゃんこに潰れた。

全身を土の中から引っ張り出す。

そして、一気に地上で加速しながら進む。最高速度は、今までの戦いでは出していない。しかし今回は、最高速に近い段階にまで引き上げる。

その過程で、発砲してくる兵士が予想以上に多い。

勿論効きはしないけれど。

独裁者がどれだけこの国の人間をてなづけて、いや洗脳していたのか。これだけでもよく分かる。

少し違うか。

まだ、彼らは独裁者が死んだことを知らない。

恐怖によって相互統制されている彼らは。逆らうという選択肢が無いのだ。

いずれにしても、独裁者の死さえ伝われば、全てが終わる。この国の態勢は、一瞬で瓦解する。

それに、この国に入ってから改めて調査したけれど。

農村部の悲惨さは、目を覆わんばかりだ。

これはひょっとすると、三千二百万どころか、三千万を切っているかも知れない。

独裁体制の問題点は、トップの周辺が、油断するとあっという間にイエスマンで埋まることだ。強力に体制を推進できる反面、こうなってしまうと国は崩壊に一直線である。

中には、独裁者に悪い報告をあげない人間さえいる。

ひょっとすると、孤独な独裁者は。

餓死寸前になりながら、食べる事を許されない(勿論輸出用だ)食物を作り続ける農民のことを、知らなかったのかもしれない。

ガスを撒きながら、前進。

あらゆる兵器、設備を潰しながら進む。見えてきた軍事拠点。この国最大の軍事拠点である、ジェメート要塞。

ジェメートにも突入。

腐食ガスをまき散らすが。ビル街を押し潰すような事はしない。もっとも、そんな上等なものはなくて。殆どがスラムと低層のビルばかり。

スーパービーンズの種をまきながら前進。

ちなみに、宮殿跡は。三日もすれば、凄まじい量のスーパービーンズが繁茂して、もはや掘り返すことも出来なくなるだろう。

それでいい。

軍事基地は、既に戦闘態勢を取っているようだ。戦車隊が、砲撃を開始。流石に戦車砲の直撃は、ほんの少しだけ響く。

だが、そんな旧式戦車。

禍大百足の装甲を破るのは、絶対に不可能だ。

軍事基地に乗り込む。ただ歩いているだけでいい。ガスをまき散らして、辺りの兵器を、片っ端から使えなくしながら、司令塔に突入。戦車も、その過程で一気に押し潰して、粉砕した。空港の司令塔も、歩いているだけで圧壊。滑走路には、六機の戦闘機。飛び立てずにいるそれを、文字通り踏みにじる。二世代前の戦闘機だが、それでもこの国の血税を、相当に突っ込まれていたのだろう。もったいない話だ。だが、容赦はしない。

六機は潰した。

しかし、四機は既に飛び立っていた。恐らく、この国でも最も忠誠心が高いエリート達が乗っている機体だろう。

ミサイルを放ってくる。直撃。巡航ミサイルにも耐え抜く機体だが、それでも揺れる。狙いは二世代前の戦闘機にしては正確。

恐らく、パイロット自身の腕だろう。

ガスの散布を続けながら、要塞を蹂躙して回る。

反転して戻ってきた戦闘機隊。

恐らく、ガスを警戒しているのだろう。低く降りてこない。隊長がそれだけ頭が良いという事か。

だが。

「スーパーウェザーコントローラー、起動」

「起動!」

これはマーカー博士の領分だ。上空にヨウ素を主体とした特殊な気体をうち込むことによって、大雨を誘発する。

戦闘機は雨で落ちてくるほど柔では無いけれど、それでも運動は制限される。

しかもこの特殊な雨雲は、長期間留まり。

その土地の雨を、大幅に増やすのだ。

マーカー博士は、これによって火星に安定した雨をもたらす研究をしていた。今では、火星どころか、地球で使わなければならないのだが。

雷が落ち始める。

乾燥した大地に、雨が降り始めるまで、そう時間が掛からない。戦闘機は雨の中でも、積極的に攻撃を仕掛けてくるけれど。

既に滑走路は潰した後だ。

補給だって出来ない。

戦闘機の継戦時間はそれほど長くない。ましてや滑走路から慌てて飛び立った状態だ。近くの軍事基地に逃げるのが精一杯。何処かの荒野にでも着陸するか、それとも。

ミサイルを撃ち尽くした戦闘機隊は、わずかに逡巡すると。

どうやら、近くの荒野に強行着陸する事に決めたらしい。

身を翻すと、姿を消す。

「対象、ロスト」

「着陸地点を予測。 地下から強襲する」

「らじゃ!」

すぐに、禍大百足は、地中に潜りはじめる。

その間、私がスパコンにアクセスして、機体のダメージを確認。機体内部へのダメージは皆無。

装甲も、まだまだ余裕。

そう思っていたけれど、コンディションイエローを確認。

装甲では無い。一カ所、第二十一関節のスーパービーンズ培養装置にエラーが出ている。衝撃で、何か不具合が出たのかも知れない。

一つの関節の培養装置が壊れたところで、大したダメージは無いけれど。

それでも、実際にどういう影響が出たのかは、確認した方が良いだろう。しばらくは地中潜行で時間もある。

クラーク博士が、緩慢に車いすに乗り換える。

止めることは、出来なかった。

「一緒に行く」

「では、押してくれるかな」

「ああ」

長い長い通路を急ぐ。

途中ベルトウェイも設置されてはいるけれど。それでも何しろ全長一キロに達する巨体だ。しかも内部は、ビルを横倒ししたような形状になっているのである。その上第二十一関節というと、二十五ある関節の内、後ろから数えた方が早いほどである。

現地に到着。

衝撃吸収クッションに守られた、水耕システム。

テラフォーミング化した火星の初期コロニーで、食糧を生産するための仕組みだ。見ると、ライトの幾つかが落ちて壊れている。

これは不良品だ。

見ると、アジアの新興国製。

あり合わせの材料で作ったのだ。こういう場所で、不具合が出るのは、仕方が無い事だろう。

すぐにスパコンにアクセスして、メンテナンス用のロボットを廻させる。

円筒形をしたロボットが、作業を開始。

ライトを交換すると、コンディションはまだイエローのまま。

他も確認していく。

そして、発見。

水耕システムの一部。

その下に配置されている配線の一部が外れている。これが原因だ。

すぐに繋ぎ直させる。

ようやくコンディション復帰。バグ取りのプログラムを走らせた後、クラーク博士の車いすを押して、コックピットに戻る。

不具合を発見したのは、全てクラーク博士だった。

「もう少し監視プログラムを精査した方が良さそうだねえ」

「何もかもが突貫工事だった。 仕方が無い」

「早めに分かって良かったとも言えるのかな。 この様子では、もっと大規模な軍事勢力に攻撃を仕掛けた場合、被害はこんなものじゃ済まなかっただろうしね」

「そう、だな」

コックピッドに帰還。

既に、荒れ地に不時着した戦闘機がいると思われる地点に到達。勿論、いない可能性もある。

だから、もたついてはいられない。

「浮上します」

「ん」

ルナリエットに任せる。

浮上した機体。地面から飛び出す。周囲を確認。いた。予想より少し離れているけれど、戦闘機隊。四機だ。

禍大百足を見て、必死に抵抗してくる敵部隊。

増援を呼んだのだろう。戦闘ヘリも混じっている。対戦車ミサイルが直撃するけれど、煙を斬り破って前進。

必死に抵抗する敵の兵器をガスで潰しながら、進み。

もはや動けない戦闘機隊を中心に。

敵を蹂躙した。

敵の抵抗が止む。まだ石を掴んで投げてくる兵士もいるけれど、放置で良い。スーパービーンズを撒きながら、次の軍事基地に。

途中、敵が何度か防衛ラインを構築して待ち構えていたけれど、いずれも貧弱極まりなく。

実際に軍事基地を全て蹂躙し終えた時には。

敵の抵抗は、事実上終了した。

後は、軍事基地を逃れた敵部隊が逃げ込んだ都市部にも乗り込み。ガスとスーパービーンズをばらまいて、終了。

「新国連の先行部隊です!」

通信が入る。

アーマットの判断は、どうやら正しかったらしい。悔しいけれど、それを認めるほかは無いだろう。

今まで潰してきた二線級のヘリ部隊とは、まるで動きが違う。武装も。

うち込んで来る対戦車ミサイルの火力も。

機体がわずかに揺れるけれど、無視。

ガスだけばらまくと、悠々と地面に潜り、撤退。今、相手にするべき存在では無いからだ。

現時点で、地中まで、敵は追跡する能力を持たない。

正確には地震の測定器などで追跡は出来るだろうが、まだそんな装備を持ってくる余裕が無いはずだ。

そして禍大百足は、地中を常識外の速度で進める。

禍大百足の装備の中で、この地中潜行装備が、最大の強力な存在だ。これに関しては、現在世界に比肩するものがない。

「作戦完了、かな」

「もう少しでアジトに着く。 ゆっくり休んでくれるか、クラーク博士」

「ああ」

バイタルはおかしくなっていない。

だが、露骨に疲れが見えている。不安だけれど、こればかりは仕方が無い。クラーク博士自身が決めたことだ。

「ルナリエット、お前も休め」

「分かりました。 寝ます」

操縦をオートに切り替える。

敵がバンカーバスターを使って攻撃してくることも、今後は想定しなければならないけれど。

今の時点では、まだ大丈夫だろう。

此方が完全に叩き潰したアルジェリオの後始末で手一杯の筈だ。新国連は、ただでさえパンダグラアイやグラネドアイネスにも兵力を裂いている。治安維持を怠るとどうなるかは、旧国連時代の治安維持軍が、幾つもの例を見せてくれている。ましてや、主な兵器を全て潰し、武器庫も要塞も壊滅させたとはいえ、少し前まで悪い意味での秩序だけはあったアルジェリオだ。統治の気を抜けば、あっという間に最悪の事態が来るだろう。

これで、しばらくは攻撃停止。

第三諸国とは言え、三つもの国が潰されたのだ。

そろそろ、世界的に与えるインパクトも大きいだろう。作戦は次の段階に入る。その過程で、多少は休む暇も出てくる。

数日かけて、アジトに帰還。

その時には、私もマーカー博士も、少し疲れていた。クラーク博士の事が心配だけれど、受け答えはある程度しっかりしている。

万が一もある。

すぐに、診察を受けさせて。自分たちも、禍大百足を出ると、休む事にする。

地中にいると、どうしても電波受信が出来ない。ニュースは外に出てから、まとめて見ることになる。

アーマットのゲス野郎の予想が当たったことを、そのニュースでは告げていた。

「新国連は、神出鬼没のアンノウンに対し、特殊戦闘部隊の編成を発表。 五十機からなるこの部隊は、治安維持とは切り離された戦力で、新開発のパワードスーツ、GOAより編成されています」

見ると、快速の強襲揚陸艦二隻と。護衛の巡洋艦二隻、駆逐艦四隻からなる戦力だ。他の戦力は必要ないともいわんばかり。

そして、GOA201に早速軽度の改修が加えられ、強襲揚陸艦に搭載することが可能になったのだと、新国連のスポークスマンは嬉しそうに語っている。

なるほど。

目的は、此方に対する圧力か。

アンノウンが機械兵器だと、既に新国連はある程度見抜いていると判断するべきだろう。

まあ、それも当然だ。

食事をしている様子も無いし、生物だとすると色々とあまりにも無理が多すぎるからだ。そう判断するのは、むしろ自然だろう。

ただ、流石に明日にはぽんと戦力が用意される訳でも無いだろう。

現状はGOA101が主体で運用されていることを考えると、此方に対する補修強化も考えなければならない。

恐らく、敵が宣伝した通りの部隊を実際に編成して動くのは、最低でも半年後。

それまでは、従来通りの状況で、気にせず作業をすれば良い。逆に言うと、治安維持を放置してまで此方にすっ飛んでくる敵精鋭部隊の事を、今後は考えなければならなくなるが。

ニュースは、他にもある。

動揺は、様々な国に拡がっている。

デモの様子が写った。

西欧の、主要国の一つ。首都を、百足にバッテンをしたポスターを掲げて、歩いている人々がいる。

アンノウンの行動に反対、というのだろう。

だからなんだと、私は呟く。デモは彼らのお家芸だが、そんな事で何か意味があるのか。たとえば、新国連に資金協力、というのもあるけれど。それだったら、もっといい手が幾らでもある。

いっそ此奴らの真ん中に、禍大百足を出現させてやりたいとさえ一瞬思ったけれど。出来もしないことを考えるのは時間の無駄だから止めておく。

ただ、腹が立つのは事実だ。

他のニュースも見る。

新国連のスポークスマンの映像。

字幕が出ているが、無視。これでも私は、この程度直に聞いて理解できる。ベッドで横になって、頬杖をつきながら。

見目麗しいことで新国連のスポークスマンをしているアンジェラが。モデル張りの美貌を見せつけながら、報道陣の前で話しているのをみる。

「新国連では、アンノウンは正体不明の機械兵器と判断しています。 未だ目的については解析中ですが、第三諸国だけでは無く、先進国を攻撃してくる可能性も考慮し、現在ニュースにて皆様が見たとおり、高機動の対応専門部隊を編成しています」

「GOAは失敗兵器だという噂もあるようですが」

「今回の戦役で、各地で投入されたGOAは抜群の活躍を見せており、実戦で実力を発揮した形になります。 戦車を凌ぐ装甲と、高い車高から繰り出される威圧感は、ゲリラを追い散らすのに充分です。 なお、地雷原の処理に関しても、抜群の働きを見せているのが現状です」

「映像を出します」

アンジェラの部下が、映像を点灯。

スクリーンに、意外に速く動くGOA201の画像が映し出された。思わず見入ってしまう。

かなり良いパイロットが乗っている。

GOAに次世代機として期待していることは知っていたけれど。

これは、余程の素質持ちをスカウトしてきていると見た方が良いだろう。ちょっとばかり厄介かもしれない。

GOAは、現時点では特性がないと使いこなせない機体だ。

そして、連中も、恐らく。

少し前に崩壊した大国、中央人民共和国から流出した非人道技術については、持ち合わせがあるはずだ。

量産されると、非常に面倒かもしれない。

米国もロシアも似たような技術は開発している筈だが。流石に流出はさせていない。新国連にこの技術が分かっている事は、既に分かっている。

面倒な事だけれど。

すこしばかり急いだのは、正解だったことだろう。

少なくとも、GOAに関しては、

新国連に、かなり優秀な技術者がいる。

これについては、相手の動きの速さから考えてほぼ間違いないと判断して良さそうだ。しかし誰だ。

新国連の名簿はある。

というか、国際的に公開している。

クリーンでオープンな組織をと、新国連が謳っているためだが。これにない、何か恐ろしい人材がいると見て良いだろう。

さて、そろそろか。

連絡が、予想通り来る。

案の定、アーマットだった。

「どうかね、気分は」

「あまり良くはない」

「そうか。 だが、次の任務について連絡させて貰うよ」

沈黙を肯定ととったのだろう。

傲岸なパワーエリートは、言う。恐らくは、電話の向こうでは、醜い笑みに口元を歪めているはずだ。

「次の作戦だ」

「もう四つめの国を襲うのか」

「違う。 アルジェリオの再攻撃だ。 グラネドアイネスの時と同じような状況を想定している」

何でも、軍の生き残りが、宮殿に埋まった資金を掘り出そうとしているのだとか。徹底的に潰してやった宮殿だけれども。突貫工事で重機を持ち込み、新国連の調査班を追い払って、強行的に作業を進めているのだとか。

新国連は、GOAをまだ空母で運んでいるため、すこしばかりGOAの到着までは、時間が掛かる。

叩くのは今だという。

「戻ったばかりだぞ。 皆への負担も大きい」

「ならば別にフルオートでも構わないが」

「……」

「戦闘機隊との交戦は見事だったし、各地の要塞を全て潰したことも評価する。 だが、この世で金がどれだけ大きな意味と力を持つか、君も知っているだろう。 武装勢力になり得る存在に、資金源を与えてはいけない。 すぐに対応したまえ」

通信を切る。

いらだたしいが、やるしかなかった。

クラーク博士が心配だ。見ると、戻ってから体調を崩している。しかし、出撃を告げると、ベッドの上で頷く。

「行くよ、わしも」

「今回は……」

「どうせそれだけではすむまい。 恐らくバーゼンが各地に隠し財宝を埋め込んでいるはずで、それらも取り出させるわけにはいかん。 まだ懲りていないようなら、いつでも禍大百足が現れる。 そう見せつけなければならん」

誰でも、何時でも空腹を満たせるスーパービーンズと。

安定供給が約束されている水。

これだけでは、残念ながら平和は来ない。武器で威圧できる以上、また武装勢力もどきと化した軍の残党が、好き勝手をやり出す。金さえあれば、いつだってこの世では、再武装が可能なのだ。

連中に武器を渡すことは。

文字通り、蛮人に核兵器を持たせることだ。

すまない。

もう一度クラーク博士に頭を下げる。マーカー博士は既に準備を終えて、タラップの上から手を振っている。

「出来るだけ、早く澄まそう。 博士の負担が心配だ」

「わしも、衰えたものだな……」

苦笑いするクラーク博士は。

ただ、遠くを見つめるような目をしていた。

 

4、黒き天罰

 

空母艦隊が急ぐ。

新国連は必死だ。名誉を回復するために、今回の一連の事件での治安維持については、発足以来の規模と気合いで望んでいる様子だと、大佐から聞いた。亮も、見た感じ空気が違うとは思う。

既に、201の量産が開始。潜行して生産された十機が、現地で合流すると言う事だった。

ちなみにこれらのうち九機は、現在のベテラン達が乗り換える。

しかし一機は。

どうやらよく分からないルートで、新国連が見つけてきたパイロットが操縦することになるという。

ちなみに、大佐用の機体にも、今回から201が配備される。

最終的には、全てが201に更改され。第三世代機が開発開始することには、カスタムモデルも多数出ているはずだと、大佐は言っていた。

とても気前が良い話だけれど。

何処まで実現するのだろう。

それに、101は型式が古くなったとは言え、まだまだ充分に現役で使える機体である。廃棄はあまりにももったいない。何か、再利用の手段は無いのだろうか。

悶々としているうちに、現地に到着。

空母から下りると。

すぐに大佐を、今回の治安維持軍を指揮しているフェラリナ准将が、出迎えていた。

「良く来たね。 新型兵器、調子が良いようじゃあないか」

「何とかやっていけています」

フェラリナは細身の男性で、いつも糸目に笑顔を浮かべながら、眼鏡の奥に妖しい光を湛えている。

見かけで人を判断するのは愚の骨頂だけれど。

何だか不安を感じさせられる相手だ。

勿論、亮が直接相手をするのでは無く、受け答えをするのは大佐だ。

話を聞き流しながら、周囲を確認。合流したという十機の部隊はどこだろう。見ると、奥の方にいる型落ちの強襲揚陸艦に搭乗し、これから降ろされる所らしい。しかも、どの機体もクレーンで荷下ろしでは無くて。亮が作ったノウハウの利用だろう。ブースターをふかして、降りてきている。

更に言えば、形状を工夫しているらしい。

強襲揚陸艦に搭載されている間は、跪くような形で。背丈をかなり減らし、重心の安定に一役買っているようだった。

整列までの動きも速い。

中に二機、カスタム機がいる。

一機は背中に大きなブースターがついている。恐らくは今後、戦闘ヘリなどと渡り合うことを想定しているからだろう。

いずれは戦闘ヘリ並の速度で飛べるようにする。

そう言う構想もあると、大佐に聞かされている。別に驚くことでは無い。ただ、ちょっとブースターが不格好なように見えた。あれでは被弾した場合、もたないだろう。更に言うと、オートでのミサイル迎撃システムが、働くかどうか。

背中全体を覆うほどのサイズだ。

レーダーをかなり阻害するように思える。空中戦をするには、少しばかり代償が大きいかもしれない。

パイロット達が降りてくる。

その中の一人に、驚かされる。

訓練所には、亮以外にも適性がある人間が集められていたのだけれど。三十五人いた中で、三人だけいた女子の一人。

非常にきつそうな目が特徴の、二歳年下の女子パイロット。

ちなみに美少女とか、アイドル並みとか言うには無理がある。

あくまでその辺の学校なら、そこそこ可愛いと言われるレベルの女子だ。

背丈に関しては亮とあまり変わらない。

大佐と敬礼する。

悔しいけれど、敬礼や、軍人としての佇まいは。亮よりも、ずっとしっかりしているように見えた。

「古崎蓮華(こざきれんげ)です。 ただいまをもって着任いたしました」

「ご苦労であったな。 すぐにそれぞれ、指定のGOAに乗って貰う。 101に乗って貰うものも多いが、すぐに201が配備されるはずだし、ゲリラの火力でGOAを打ち抜くのは不可能だ。 緊張せず、任務に当たって欲しい」

「イエッサ!」

パイロット達は、若いものも多いようだ。

そのまま、配置換えが行われる。ちなみに亮は二機いるカスタム機のうち、一機を任される事となった。

もう一機のカスタム機は、蓮華が乗ることになる。

話しかけようかと思ったが。

向こうは此方に相当なライバル心を抱いているようで。話しかけたりでもしたら、けんもほろろに罵倒されるような気がした。

大佐は、今まで亮が乗っていた201に乗り換え。

他のメンバーも、めいめい201に乗り換える。25機いたGOAの部隊は、これで35機に増強された。

現状では、二手に分かれる必要はないだろう。

ただし、五機ずつ、一小隊に分割。

指揮官は、それぞれベテラン士官が務める。

ちなみに亮は当然下っ端。

優秀なパイロットとして認めて貰っているのは知っている。ただし、指揮を執るのとは、別問題。

ちなみに蓮華も、指揮官待遇では無い。

これはまあ、当然の措置だろう。

蓮華は大佐の下に。

亮は、以前から良くして貰っている、ウォンラス少佐の指揮下に入る。ウォンラスはとにかく寡黙な軍人で、米軍出身者では無く、もと多国籍軍にいた人員である。確か英国人だ。

英国というと、かの精鋭SASが有名だけれど。

ウォンラス少佐は別にSAS出身でも無く。陸軍の士官として、各地の戦場で戦ってきたベテランだとか。

戦歴に関しては、大佐より長いくらいだそうで。

GOAの適性も高い。

ちなみに、201を廻される有力候補だった、という話もある。まあ、この優れた経歴から考えると、当然だろう。

先遣隊の話によると。

現在、主要な拠点は制圧完了。

やはり各地には膨大な数の例の豆が繁茂していて、緑の野になっていると言う。この国はごく一部の特権階級だけが贅沢をして、残りの人間は全員が非常に貧しいという極端な専制国家だった。

餓死する国民もとても多かった中。

やはりこの謎の豆は、餓死者を減らすのに、大いに貢献しているのだとか。

「ただ、予想されてはいたことですが、武装勢力が既に動き始めています。 今まで独裁者バーゼンが押さえ込んでいた不満も噴出し、特に彼の子飼いの部下達の中には、その後釜を狙って暗躍を始めるものもいます」

フェラリナ准将の説明は、丁寧な物腰で行われているけれど。

何だろう。

どうしても、信用しきれない部分も多い。

大佐が言う。

「連中の行動は、二つに分かれるだろうな。 新国連にアピールして、合法的にこの国の後釜に回ろうとするか。 それとも、ゲリラとしての作戦を展開して、国民の恐怖を煽り、勢力を拡大するか」

「中東などのゲリラと同じやり口ですな」

「そうだ。 対策をまずするべきはこのゲリラだが、どうなっている」

「今の時点で、大きめの拠点は三つ。 全ての資金は潰されたバーゼンの宮殿に収められていた、というわけでもなく。 そもそも、腹心達は独自に私腹を肥やしていたようでして」

唾棄すべき連中だ。

大佐が大きく舌打ちした。

亮も同感である。

国民から絞るだけ搾り取って、自分たちは好き勝手をする。そんな連中は、全員捕まえて、国際裁判に掛けなければならないだろう。

「武器の流入路は」

「恐らくは中東から。 払い下げのロシア製が、かなりの量流入しつつあります。 まだ軽火器ばかりですが、もたつくと戦車や戦闘ヘリも導入されるでしょう」

「それに、だ」

「はい」

「恐らくアンノウンは、武装勢力がある程度集まるのを待っているはずだ。 今回は此方の展開が早い。 戦闘を想定しなければならないな」

亮も同意見だ。

もっとも、アンノウンがまき散らす腐食ガスのダメージが、どうなるか分からない。GOAが一発で行動不能にされるのか、それとも耐え抜けるのか。

とにかく、スピード勝負だ。

指定された敵武装拠点に急ぐ。

いずれもが、慎重な独裁者が。国際治安維持部隊などの攻撃を受けたとき。立てこもる事を想定していた、コンクリ製の頑強なものだ。分厚い迎撃砲火があるけれど。それらの大半は、既にアンノウンが潰してしまっている。

だから、分厚いコンクリの陣地(一部アンノウンに崩されていて、補修が間に合っていない)を、敷設されている地雷と、新しく購入された武装の火力をかいくぐり、GOAが接近。

敵の攻撃を沈黙させた後、特殊部隊が突入して、敵を一網打尽にする。

これが、作戦の概要になる。

「何よ、ごり押しじゃ無いない」

ぼそりと蓮華が毒づくけれど。

亮は放置しておく。

此奴、気付いていないのか。

GOAはそもそも。火力偏重の現在に置いて、死者を可能な限り減らすため、ごり押しを行うための機体なのだ。撃っても撃っても倒れない巨体。迫り来る。凶悪な威圧感。敵の士気を砕く。

そのために、GOAはいる。

何を考えているかはちょっと分からないけれど。ベイ中佐に比べると、フェラリナ准将は、まだ話が分かる雰囲気がある。多分、利害が一致していれば、敵対はしないタイプだろう。

それで今は良い。

後ろさえ撃たれなければ、大丈夫だ。

GOAは基本的に、戦車以上の突破戦力なのだ。

面制圧などは、他の兵器に任せればいい。

「それでは、進軍ルートを説明する」

大佐が、皆を見回す。

そして、その後は。

すぐにそれぞれが機体に乗り込み、作戦が開始された。

 

七つある小隊の内、第二小隊に配置された亮は。位置的には先頭に立つ事になる。というよりも、敵の攻撃が想定される陣形の外には、どれも201が配備される。

黙々と、陣形を保ったまま急ぐ。

今の時点で、市民の敵意は感じない。

というよりも、ひどい有様だ。皆が恐ろしいほどにやせ細っていて、餓鬼のように豆に食らいついている。

あの豆は全ての場所。実だけでは無く、茎や葉も、食べられるということは分かっている。

何処にでも幾らでも生えてきていなければ。

皆、奪い合いをしてでも、あの豆を食べていたのかもしれない。

これでは社会への不満どころか、銃を持って立ち上がるなど、とてもではないが不可能だろう。

貧しすぎる街を出て、地雷原に突入。

片っ端から踏みにじる。

AIでそれぞれの機体をリンクし、踏みつぶす場所については、完璧にコントロール。この連携機能も、少し前から機能するようになった。

また、踏みつけの動作についても、改良が行われている。

出立前に、101の動作補助AIにもアップデートがされたが。確実に効果は上がっていた。

地雷が爆発し始めた。

各機体とも、コンディションはグリーン。対戦車地雷もあるけれど、それでもGOAは傷つかない。

武装拠点まで、まだ二つの地雷原がある。

いずれも処理しておかないと、判断力を無くしている市民が踏み込む可能性がある。各地では武装を失ったこの国の軍隊が右往左往している中、幽鬼のようにやせ細った市民が、地面をまさぐって豆を探しているようだった。

武装解除なんて、する必要もない。

新国連としては、進駐するだけでいい。

勿論、今目指しているように、再軍備を急ピッチで進めている軍の残党もいる。さっさと潰しておかないと、危ないだろう。

地雷原を処理完了。

ふと、気付く。

何か、揺れていないか。

これでも地震大国日本の出身だ。何となくだけれど、すぐに分かる。他のGOAは気付いていない。

「大佐」

「どうした」

「今、揺れた気がします」

「地震か。 この国で地震が起きるという話は聞いた事が無いが」

まさかとは思うけれど。警戒した方が良いかもしれない。そう伝えると、大佐は鷹揚にああと応えた。

しばらく行くと、次の地雷原。

街を囲むように配置されている。この街自体が一種の強制収容所で、市民が逃げ出すのを防ぐため、周囲を鉄条網と地雷原で覆っていたのだ。

その全てを撤去していく。

GOAは鉄条網もものともしない。戦車は苦手な鉄条網だけれど、GOAには手足という強みがある。

引きちぎり、踏み倒し。

地雷も踏み砕いて回る。

だが、市民は幽鬼のように、その場でぼんやり見ているだけ。此処にもアンノウンは来たらしく、地面は緑に染まっている。

「やる気の無い奴ら……」

蓮華が不満を口に出すけれど、亮は同意できない。

発展途上国の中でも、特に悲惨な国々で。最貧困層の人達が、どんな生活をしているか、亮は見てきた。

GOAに乗って見て回るだけでも。

其処が地獄というのも生やさしい、悪魔すら逃げ出す魔境だというのが、一目で分かる。

こんな所に武器をばらまく輩がいて。

痩せている人達から更に搾取して、武器を買う馬鹿がいる。

そういった奴らをどうにかするためにも。

亮は立ち止まってはいられない。

「この街の少し先に、独裁者の宮殿周辺を縄張りにし、先行の部隊を威圧していた武装組織の拠点が……」

「アンノウン出現!」

大佐の言葉を、通信が遮る。

一気に緊張が、隊を駆け抜けた。

「此方GOA隊! アンノウンは何処だ!」

「監視中の敵拠点を喰い破るように、地下から突如現れました! ビルが、まるで積み木細工だ!」

「すぐに離れろ! 奴は武装を腐食させるガスを放つことが分かっている!」

「しかし……!」

通信が一気に不透明になる。

急げ。

大佐が促し、全機が全速力で進み出す。まだ人間のような全力疾走は出来ないけれど、それでも生半可な戦車より速く動くことが可能だ。

「101は後からで良い! 201だけでも現地に急ぐ!」

「イエッサ!」

11機のGOA201が、全速力で行く。そうなると、どうしても旧式の101は遅れがちになる。

蓮華が口を尖らせているのだろう。

不平が聞こえてくる。

「何なのよ! シミュレーターよりずっと揺れるじゃない!」

「見えたぞ!」

誰かが、恐怖に上擦った声を上げる。

亮も、言葉を無くした。

見たからだ。

それは、あまりにもおぞましい姿をしていた。

全体的には、黒ずんだ百足。だが、あまりにも大きすぎる。武装勢力の拠点を地下から貫いて、それでもなお全体の二割も見えていないのでは無いかとさえ思える。

全身から溢れているガスは、まるで周囲を覆い尽くすかのよう。

辺りには、死屍累々。

正確には、朽ちて身動きが取れなくなった兵器群が、虫の死骸のように散らばっていた。

爆発が時々起きている。

逃げ出した武装勢力の人間が、自分たちが仕掛けた地雷を踏んでいるのだろう。時々、吹っ飛んで粉々に消し飛ぶ人型が見える。

悪夢だ。

「これ以上は近づくな! 味方にもそう伝えろ!」

「しかし……」

「今回はサンプルだけを採取する! リョウ!」

「はいっ!」

言われたまま亮は、今回の増援が持ち込んだ、大型のロケットランチャーを担ぐ。GOA用の携行ミサイルだ。そのサイズは艦船に積む対艦ミサイルに匹敵し、破壊力もほぼそれに準ずる。

この兵器は試作段階で、内部には無力化ガス弾を積む予定だけれど。

今回のこれに関しては、弾頭が入っていない。

ただ、質量兵器としてだけ使用する。

蠢いている百足は、予想以上に動きが速い。体をくねらせ、無数の足を蠢かせて、辺りに体を振るってぶつけている。

その度に、砂糖細工か何かのように、武装勢力の拠点が吹っ飛び、崩れていく。ガスで腐食しているというのもあるのだろう。

ターゲット、ロックオン。

「ファイヤ!」

大佐の声とともに、引き金を絞る。

ミサイルが撃ち出され、百足の化け物に対して、一気に間合いを詰めていく。しかし、である。

質量兵器としても相応の代物である筈の、ミサイルは。

百足に直撃、爆散しても。

ダメージを与えている様子は無かった。

「目標健在、ノーダメージ」

「あの様子では、対戦車火器程度では埒があかんな。 それこそ戦術核でも使わないと通用しないだろう」

「……」

周囲は黙り込んでいる。

やがて、武装勢力を蹂躙しつくしたアンノウンは、土に再び潜っていく。その潜る速さにしても、非常識すぎた。

101の部隊が追いついてきたけれど。

彼らも、立ち尽くすばかりだった。

「映像は取れたか」

「はい。 しっかりと」

「よし、これで少しは対策が取れる。 今は奴は、どういうわけか人類の敵のような国家ばかり襲っているし、市民への被害も小さい。 だが奴がその気になったら、あっという間に小国の人間など全員食い殺されてしまうだろう。 そうなる前に、対抗策を採らなければならない」

大佐が言う。

周囲には、ガスを浴びてしまった新国連軍の兵器も、朽ちるようにして散らばっていた。そして、GOAも。拡散したガスを浴びたことで、ダメージが出ている様子だ。

良いサンプルになる。

「ガスが収まるのを待ってから、武装勢力の組織の周辺にある地雷を片付ける。 その後、一度本部に連絡して対応を仰ぐ」

「イエッサ」

皆の声も、精彩を欠く。

見てしまったからだろう。

あまりにも度が外れた化け物が、この世にはいると言う事実を。

あれが生物なのか、兵器なのかは分からない。

分かっているのは。

「第三世代のGOAでも、勝てそうに無いな……」

ぼそりと。

誰にも気付かれないように。

亮は、呟いていた。

 

(続)