邪神降臨

 

プロローグ、破滅の影

 

アフリカ南東部にある小国、パンダグラアイ。其処はまさに地獄。地上における、殺戮と悪徳の都。

四十年続く内戦は、この国から西欧の列強を追い出した直後から。悪辣な支配者を追い出して、国は良くなると想った者は、その願いを打ち砕かれた。政府も反政府組織も等しく悪魔。

此処に法は無く。

弱者はただ踏みにじられ。

利権が複雑に絡み合い。

過剰な兵器が流れ込み。

そして、凶悪な病気が猛威を振るっても。有志の医師団でさえ、危険すぎて踏み込むことが出来ない。

支配者層と癒着していた民族と。奴隷同然に扱われていた民族の対立は、地獄というも生やさしい、悪夢の釜を開いたのだ。

今や此処は。

護衛にアサルトライフルを持った一個小隊の兵士を連れていても、危なくで出歩けない魔境。

それでいながら、子供が養ってくれるかもしれないと言う希望で、ひたすらに子供ばかりが増えて。

その子供達はプラントで死ぬまで働かされるか。

娼婦になるか。

それとも、銃を持たされて、前線で使い潰されるしかない。

実際に地獄があったとしても。悪魔達でさえ、鼻をつまむ悪徳の国。

其処に秩序は存在せず。

これから、作ろうという者もいなかった。

その悪夢の国に。

さらなる恐怖が上陸したのは。秋の少し前の事。

この国は緯度的な問題で、四季が存在している。そして、秋は地獄の季節。なぜなら、冬にかけて、食糧が致命的な不足を見せるからだ。

既に野生の動物は全て狩つくされ、山も全てはげ山。

あらゆる資源を、食い尽くしてしまったからだ。

国際的な食糧援助も、政府の要人や反政府組織の人間が強奪し、弱者の口になど入らず、海外に売り飛ばされて武器を得るための資金になる始末。

冬、食糧がなくなると。

餓死した子供が、食糧になる。

場合によっては、子供を交換して、それぞれ食べる。

此処での喰人は、ごく当たり前に行われている事。そして喰人をしなければ、生き残れないほど、悲惨な有様なのだ。

だから、秋の内戦は、さらなる悲惨さを示す。食糧を得るために、それぞれが必死になるからだ。

略奪と殺戮は激しさを増し。

まるで嵐のような悪夢の中。ただ弱者は頭を抱えて、死なないことを祈るしかない。

そんな中。

不思議な噂が、流れ始めていた。

化け物が、現れたというのだ。

その化け物は、山よりも巨大で。まるで神話の時代の存在のように凄まじい力を持ち。反政府組織も、政府も。片っ端から軍事基地を蹂躙して回っているというのである。

悪臭を放つその化け物が通った跡には、何も残らず。

ただ、悲惨な兵器の残骸だけが散乱しているという。

この国の神話に。

全ての民を食い荒らす邪悪な巨神が登場する。

その巨神は、レゲと呼ばれていたけれど。

レゲが現れたのでは無いかと、まことしやかに噂は流れていた。

そんなものいる筈がないと笑い飛ばす者も多かったけれど。実際に、片っ端から各地の軍事勢力が叩き潰されているのは事実。

しかし、この国の民には。

他の国に逃れる力も。もはや残されてはいなかった。

 

闇の中。

それが姿を現す。

巨大な蛇。

違う。

あまりにも巨大すぎるそのシルエットは。百足だ。

無数の足を蠢かせ。それは、あまりにも堂々と。パンダグラアイを混乱させている反政府組織の一つ、アッシャワルの拠点に、近づいてきている。

乾ききった大地を踏み砕き。

戦車が小粒に見えるほどの巨体を蛇行させ。

その百足は。夜闇の中、月明かりを全身にて照りかえし。圧倒的な威圧感を見せつけながら、迫ってきていた。

アッシャワルは麻薬の密売で得た相応の資金を蓄えている。その資金の全ては、幹部達の懐に入り。武器やさらなる麻薬精製設備に変わるのだ。

化け物。

軍事拠点で、声が上がる。

スポットライトが巨大すぎる百足を照らし。悲鳴を上げた兵士達が、叫ぶ。兵士達の殆どは、まだ年端もいかない子供達だ。

いわゆるチャイルドソルジャーである。

彼らは戦場に無理矢理連れてこられて。子供でももてる火器を渡されて、殺し合いをしているけれど。

根は子供だ。

まだ致命的に壊れてはいない。

だから絶対的な恐怖を見れば、おののく。

「レゲだ!」

むしろ、壊れているのは。生き延びて大人になってしまった元チャイルドソルジャー。狂ったように笑いながら火器をぶっ放しているのは、そんな壊れた元子供達。

見晴らしが良い高台に作られている拠点から、テクニカルが次々出撃する。日本とか言う国の軽トラを改造したものだというけれど。兵士達は日本もしらない。書かれている文字も読めない。

殺し合いのやり方しかしらない。

無数の火砲が火を噴き。

百足の全身に着弾。爆発が連鎖する中、百足は煙を斬り破り。全く無傷の姿を見せつけながら、確実に迫ってくる。

地雷原。

ひょっとしたら、地雷が百足を止めてくれるかもしれない。

そう期待した兵士もいた。

しかし、その希望は、即座に打ち砕かれる。

当たり所によっては、戦車さえ一撃で黙らせる対戦車地雷も。百足の無数にある足の一つさえ、砕く事が出来なかった。確実に迫ってくる百足に、発砲するテクニカル。兵士達も展開して、アサルトライフルや、RPG7で攻撃を加える。

しかし。

まるで、通用しない。

確実に迫ってくる巨大な百足が、がちがちと顎を鳴らす。白銀色のその巨体には、複眼が当然のように存在して。迫り来るだけで。その小山のような大きさが、兵士達を圧倒した。

逃げ始めたのは、誰からだろう。

指揮官からだ。

逃げるなと叫ぶ者もいたけれど。恐怖はすぐに伝染していく。

彼らの尻を叩くように。百足の全身からあふれ出した毒ガスが、周囲を覆っていく。悲鳴が響き渡る。

ガスマスクをつけた士官は、まだ気が利く方だろう。

ガスが来ない方へ、もう武器も捨てて、逃げていく兵士達。その背中を撃った士官もいたけれど。

既に、百足は至近に迫っていた。

巨体は動くだけで破壊兵器になる。

今まで、幾多の外敵を退け。攻撃ヘリさえ潰せなかった拠点が、まるで砂の城のように。巨大な百足に崩される。

あまりにもあっけない。

鉄条網も、何の役にも立たない。

鉄板が仕込まれた頑強な建物も。巨大すぎる百足が一押しするだけで、文字通り圧壊した。

更に、逃げながら発砲する兵士達は、絶望的な事実に気付く。

銃が。彼らの手足となっていたカラシニコフが。

テクニカルも。

RPG7も。

悉くが、拉げて、溶けて。動かなくなり。弾も出なくなる。

ナイフでさえ、見る間に錆びていくのだ。

「やっぱり化け物だ! こんな毒ガス、聞いたことが無い!」

「喰われるぞ!」

「待て、逃げるな! 撃つぞ!」

ぎゃあぎゃあと叫んでいた指揮官が、百足の無造作に踏み降ろした足の下に消えると、もう秩序は消滅した。

役に立たなくなった武器を捨て。

兵士達が、崩れ去った悪徳の砦から逃げていくと。百足は満足そうに足を止め。空に向けて、いかなる猛獣でもすっ飛んで逃げるような、おぞましすぎる雄叫びを上げていた。

雨が降り出す。

この地方では、珍しい光景では無い。アフリカとはいえ、全てが乾燥地帯というわけでもないのだ。

百足の体から、何かが打ち出され、周囲にばらまかれていく。

それはとても小さなもので。

あまりにも数が多く。

そして、地面に突き刺さり。百足はそれを見届けるようにして、進み始める。次は、別の武装集団の拠点の方角。

全てを見ていたチャイルドソルジャーの一人が。役に立たなくなった武器を地面に投げ捨てて、レゲと呻く。

勝てない存在。

いにしえの邪神。

それが姿を見せたのだと。もう彼は、疑っていなかった。

この国には。まだ二十を超える武装集団の砦が残っているけれど。

巨大百足に潰されるまで。

そう時間は掛からないと。この圧倒的すぎる蹂躙を目にした、誰もが考えていた。

それから、わずか半月後。

パンダグラアイの、四十年を超える内戦は終結した。

全ての武装組織と政府軍が全滅したからである。

人的被害はそれほど大きくなかったが、ナイフに到るまであらゆる武器が使い物にならなくなった状態では、もはや内戦どころでは無かった。

内戦の末期には、レゲと呼ばれる巨大な百足の存在は周知の事実となり。泡を食った政府軍が武装勢力と共同し、戦車や攻撃ヘリまで繰り出して撃退に取りかかったのだが。それでも、レゲを止める事は出来ず。

その体から放たれる謎の毒ガスであらゆる兵器が腐食し、使い物にならなくなり。

武装組織は、地下にあるものも含め、全ての拠点を砕かれ。

そして、何もかもが終わった。

もはや食事をする力も無く。巨大な化け物から逃げる事も出来ない人々は、なすすべなくその餌食になるかと思われたのだが。

巨大な百足は。忽然と姿を消し。

その襲撃に怯える弱者が顔を上げたときには。

影も形もなくなっていた。

 

「以上が、パンダグラアイに現れた、アンノウンのレポートとなります」

「信じられん」

此処は、新国際連合のミーティングルーム。

悪化し続ける国際情勢を鑑みて、米国主導で作られた、新しい国際連合組織である。旧弊著しい国連を一旦解体し、強力な武力で主に発展途上国で起きている内戦や紛争を食い止めるべく動いている組織だが。その成果は上がっているとは言えず。

故に。彼らも、この一連の事件に関しては、注目していた。

スクリーンに映し出されているのは、現地で撮影されたレゲと呼ばれる巨大な百足。とはいっても、あくまで現地でそう呼ばれていたと言うだけの話で。実際の名前は分かっていない。

レポートを報告しているのは、亜麻色の髪を腰まで垂らした、眼鏡を掛けた長身の女性だ。白衣を纏っている彼女は、アンジェラ=バームズ。新国連の要人の一人であり、各国政府とのパイプ役を務めている。

見目麗しい彼女がパイプ役を務めているのは、米国の有名校を出た才媛だから、というだけではない。

外交にふさわしい容姿を買われたという点。そして何より、米国を代表するパワーエリートの一人だからである。

新国連は成果を上げるのに必死だ。

最新兵器であり、主に発展途上国の紛争鎮圧に動くべく開発された機動型パワードスーツ、GOA(grand obey armor)の試験運転が思わしくなく。各国からの突き上げも大きい今。

新国連にとって、この謎のアンノウンの存在は、正に頭が痛い問題だった。

アンジェラは解説を続ける。

「兵士達の証言によると、二世代前の品が多いとは言え、戦車砲、据え付け型の火砲、小型の巡航ミサイル、対戦車用のチェーンガン、いずれもがこの巨大な怪物には通用していません。 そして放たれたガスはまだ分析の途中ですが、戦車すらをも行動不能に落とし、ナイフやアサルトライフル、それらの弾丸さえも腐食させ、使用不可能にさせているとか」

「武器は通じない上に、役に立たないようにされる、か。 一体このアンノウンは何者だ」

「分かりませんが、そのサイズは少なく見積もっても全長850メートル、最大で1200メートルと推定されています。 百足に似た細長い形状ですが、生半可な空母が三隻連なったほどの巨体です」

「怪獣映画じゃあるまいし、宇宙人の放ったクリーチャーか何かか」

会議に参加しているはげ上がった太った男が冗談めかして言うが。

この圧倒的な破壊力を目にした後、冗談で笑う者はいなかった。

事実この化け物に、一個師団の兵力を正面からぶつけても、勝てるとはとても思えないのである。

発展途上国とは言え。戦い慣れた兵士達と、使い込まれた兵器群が。文字通り、手も足も出せずに、蹂躙の限りを尽くされたのだ。

米軍の精鋭を投入しても、こうはいかないだろう。

「それで、パンダグラアイは今どうなっている。 全ての武装勢力が潰されたからと言って、すぐに静かになるような情勢ではあるまい」

「それが……」

内戦が鎮圧した後。

パンダグラアイは、今までの地獄が嘘のように、静かになっていると言うのだ。

原因の一つは、百足が蹂躙した後に生えてきている、一種のマメ科の植物である。映像が出る。

荒れ地が緑に変わっている。

「このマメ科の植物は正体がまだ分かりませんが、わずか数日で成長し、食用として大変適しています。 どのような荒れ地でも生えるばかりか、重金属で汚染された水でさえ成長し、栄養価の高い実をつけるようです」

「なんと」

「まだ詳細は不明ですが、このアンノウンが通った跡は、等しくこの植物が繁茂している状態でして。 武器も資金源も失った武装勢力も、元々の住民も、この植物を食べて静かに生活している様子です」

そもそも、食べるものもなくて。子供を食い合っているような国だ。どれだけ未知の存在でも、其処に食べられる植物があれば飛びつくだろう。ましてやこの豆は栄養価が高いとなればなおさらだ。

アンジェラ博士の説明が終わると。

会議室は、重苦しい沈黙に包まれた。

意味が分からない。アンジェラから見える誰の顔にも、そう書かれている。

そも、アンノウンは何者なのか。

何が起きたのか。

今回の一時報告の後、さらなる本格的な調査が行われる事になるだろう。アンノウンは都市部も蹂躙し、ガスをまき散らしていったから。殆どの刃物はなくなっている。もっとも、野生の動物が根こそぎ食い尽くされてしまっているような国だ。今更身を守るような相手はいない。

武装勢力にしても、悪名高い政府にしても、しばらくは戦争どころでは無いだろう。搾取しようにも、何処にでも幾らでも生えている豆を食べて凌いでいるだけの民から、何を絞るのか。

いずれにしても、治安回復の好機でもある。

新国連の代表は、北欧出身の政治家、ブラッシェル=ガロンだ。彼はそれほど有名な政治家では無いけれど。実直さで知られていて。新国連設立の際にスカウトされた経緯がある。

豊富な口ひげが目立つ小男である彼は、現在五十三歳。政治家としては少壮と言って良い年齢だ。

彼が立ち上がると。

会議に参加していた、新国連幹部が、一斉に見た。

「すぐに、調査団と部隊を派遣して欲しい。 居留守を狙うようで悪いが、時間を掛けると政府軍と武装勢力が、また暴虐の限りを尽くすだろう。 今のうちに治安を回復して、更にアンノウンのサンプルも出来れば回収したい」

「分かりました」

元々、新国連は、旧国連に比べて軍事色の強い組織だ。米軍から出向してきた軍人もいる。

もっとも、米国としては軍備縮小のために、新国連に一部の部隊を押しつけたという側面もあって。新国連出向の軍人は、本国の軍人とは、水面下で対立しているようだった。

立ち上がったのは、そんな出向軍人の一人。

キルロイド=シェザーズ。

角刈りの金髪で、筋肉質の。見るからに軍人という風情の男性だ。髭一つない四角い顎は硬く引き結ばれ。全身から百戦錬磨の戦士であるすごみを放っている。この場で一番長身なのも彼である。

彼は元米軍海兵隊大佐で。

この組織に属したことをあまり良くは想っていない様子だが。

アンジェラが見る限り。実戦に出られることを、喜んでいるようだった。出世を早められると考えているのかもしれない。

「すぐに動かせるだけの戦力を動員し、現地に向かいます」

「アンノウンとの交戦も想定される。 気を付けたまえ」

「分かっております」

キルロイドとブラッシェルが敬礼をかわす。

巨躯のキルロイドの側には、黒髪の目つきがきつい青年がいる。彼は適性を見いだされ、スカウトされたGOA専門のパイロット。日本人の、希月亮である。

あまり家庭環境が優れていなかったらしく、周囲を寄せ付けない雰囲気があるけれど。アンジェラから見たところ、親から愛されなかっただけの、飢えた子供だ。

二人が出て行くと、会議は解散になる。

資料を片付けさせながら、アンジェラは連絡を入れる。今のうちに、やっておかなければならないことがある。

相手は米国の上院議員。

父を経由したコネを作ってある相手だ。

新国連が出来ても、世界は変わらない。宇宙進出をまだ出来ていない人類は。この世界をいよいよ食い潰そうとしている。

アンジェラは、それを良しとしない。

だが、このアンノウンについては、好機だ。

ひょっとすれば、上手く利用できるかもしれない。もし、捕獲することが出来れば。その破壊力は、それこそ革命的な存在になるだろう。

すぐに電話の相手は出た。

アポを取ると、通話を切る。さて、此処からだ。

眼鏡の奥に、冷徹な光を輝かせると。アンジェラは、執務に戻るべく、自室に向かうのだった。

 

1、塵掃除屋

 

亮から見た上官になるキルロイド大佐は、非常に気むずかしい人だった。米国人はもっとフランクなイメージもあったのだけれど。軍人になってみて、始めて分かった。むしろ真面目で、気むずかしい米国人も少なくないのだ。

新国連軍は、各地から動かせる部隊を派遣して、パンダグラアイに向かう。

今まで治安維持軍を何度出しても無駄だった魔窟だ。

今回は、あらゆる兵器を百足の怪物とやらが蹂躙し。住民が豆を食べて原始的な生活に戻っているとか言う話だけれど。

それでも、油断は出来ないだろう。

亮が乗り込んだのは、新国連軍の基幹になっている空母アバルトバード。昔の米国大統領の名前を持つ空母で。一世代前のお下がりだ。ただし乗せているのは艦載機ではなくて、GOAを二十五機。

その中の一機。

試験運用されていた第一世代から、一歩進んだ第二世代機。通称201型GOAを、亮は任されている。

大任だけれど。

そもそもこの機体は、適性がものをいう兵器で。故に亮に白羽の矢が立った。他の機体を動かすのは、筋肉質で強面の軍人達ばかり。彼らの目は厳しい。五ヶ月間の厳しい訓練を受けた今、ようやく扱うことが出来るとは言え。あまりよく見て貰えていないのは、事実だった。

キルロイド大佐は、亮の側にいることが多いけれど。

その理由は、よく分からない。

ただ、時々、ぼそりとアドバイスをしてくれる事があって。それは、適切なことが殆どだった。

丁度今、そのキルロイド大佐に連れられて、トレーニングルームに急いでいる。

空母は動く小さな町だ。

中には様々な設備もある。女性の軍人もいるけれど、ゴリラみたいな体格の人も多くて。アクション映画のヒロインのような美女なんて、ほぼ見かけなかった。

恐らく亮は最年少。

まあ、無理もない。

本来こういう形でなければ、絶対に軍人に何てならないのだから。

現在、十七歳の亮は。

本当だったら、高校に通っている筈だ。

「俺たちの任務は、先発隊の後掃除だ。 先発隊は既に現地入りしているはずで、その後に治安を安定させることが仕事になる」

「分かっています」

「空母はどうしても足が遅い。 今のうちに徹底的に鍛えておくぞ。 ただでさえお前は体が細いからな」

「すみません」

空母の周囲には、五隻のフリゲートと巡洋艦、更に強襲揚陸艦四隻が艦隊を組んでいる。

これだけの戦力を、新国連が出すのは珍しいと、キルロイド大佐は前に言っていた。

余程あのアンノウンによる蹂躙が衝撃的だったのだろう。先に現地入りしている部隊は、あまり数も多くないはずで。この本隊が到着する頃には、合計して一個師団ほどの戦力が、先についているはず、ということだ。

もし戦いになれば。

これが初陣になる。

殺傷力が低く、それでいながら汎用性の高い兵器を。

乗っている人間を殺さず。出来るだけ大量に敵も殺さず、制圧だけを行う。

それをコンセプトに開発されたGOAは。

鉄の巨人という風情の、非常にごついロボットだ。パワードスーツに分類されるらしいけれど、全高は十五メートル。第一世代は空を飛ぶことも出来ない。第二世代になってから、ようやく思わせぶりにブースターがついて、短時間の滑空や低空飛行が出来るようになった。しかも、出来るといっても、溝を跳び越えるくらいの用途である。とても空中戦なんてできっこない。

武器は鎮圧用のガス弾を搭載したグレネード。これは新鋭装備で、現地で配給される予定だとか。後は、標準装備としてアサルトライフル。

ただしアサルトライフルと言っても、アパッチなどの戦闘ヘリに搭載されているチェーンガン並の破壊力があり、戦車を相手にすることが可能だ。ただし弾数が少ないので、接近戦用のポールアックスが各自に一本ずつ常備されている。このポールアックスは、凄まじいサイズであり、それこそ真っ向から装甲車くらいならたたきつぶせる。戦車にも直撃させればかなり効果があるはずだ。

歩行速度は四十キロほどと、それほど早くもなく。

少なくとも、アニメに出てくる格好良いロボットのように活躍できる兵器では無い。第二世代でも、それは同じ。

まだ、作られ始めたばかりの兵器なのだ。

第三世代型が出るかもまだ分からない状況で。亮が取るデータが、今後の開発に、重要になってくる。

トレーニングルームに到着。

中はジムになっていて、暑苦しい軍人達が、トレーニングにいそしんでいる。

戦闘が無いとき。軍人のするべき仕事は、訓練だ。

メニューを渡されて、大佐と一緒にやる。

少し前まで平和な日本にいた亮は、最初殆ど訓練についていくことができず、食事も吐き戻してしまうことが多かったけれど。

最近は、少しずつマシになってきている。

ルームランナーで走り込み。

正確に計測しながら、指定されたプロテインを摂取。

こういう訓練は、最近は科学的トレーニングを徹底的に取り入れている。精神論は有害なものとされていて。効率よく強くなるための訓練が、重視されているのだ。

幾つかのパンプアップのための訓練をした後。

少し休憩を入れて、シミュレーションルームに。

GOAのコックピットは、内部が全天式。周囲の全てが見えるようになっていて。虚空に浮かぶ椅子に座るような形で、操作をする。

これがかなり難しい上に、酔う。

全高十五メートルの人型が歩くのだ。当たり前だ。

もっとも、第二世代に入ってから、かなり歩く際の衝撃が緩和される技術が進歩してきていて。

その内「走る」事が出来るようになるかも知れないということだ。

最初の内は、歩く訓練ばかりさせられた。

障害物がある場所を、単に歩く。それだけでも、かなりの訓練が必要になる。武器を使うのは、その後。

付属のAIが、操作を補助してくれるけれど。

それでも、最初は武器を使うだけで転んだり。

その度に、機体を傷つけて、大目玉を食らったりした。

武道も散々教え込まれた。

実際に武器を使ったり、銃を使う事がイメージをするには重要だと判断されて。そして実際、少し使い方を覚えると、格段にやりやすくなった。

「よし、今日は戦闘シミュレーションをやる」

「はい」

「敵はアンノウンだ。 想定される戦力をインプットしてある」

そんな、無茶苦茶だ。

相手は戦車砲も通用しない相手である。GOA201に搭載しているアサルトライフルなんて、それこそ気休めにもならないだろう。

ポールアックスを叩き込んでも、ダメージになるかどうか。

だが、まずやってみろと、キルロイド大佐は、シミュレーターの外から言ってくる。

レーダーに反応。

勿論シミュレーター内部のレーダーだけれども。あまりの巨大さに、おもわずうっと呻いていた。

サイズは此方の八十倍。

想定される最大のサイズを持ち出したらしい。

その薄黒い巨体は。家の中に時々入り込んできていた百足そのもの。無数の足が蠢きながら、此方に進んでくる。

口には、巨大な顎。

触角が揺れる様子が、おぞましさを後押ししていて。生理的嫌悪感が、胃から突き上げてくるかのようだ。

エンゲージ!

叫ぶと同時に、射撃開始。腰だめして、アサルトライフルを放つ。やはり、まるで効く様子が無い。

下がりながら、射撃を続行。

警告音。

後方に、放置されたテクニカル。回避しているうちに、百足が一気に間を詰めてきていた。

ポールアックスを叩き込むけれど、ガインと凄い音がして、衝撃が来る。

あまり衝撃が大きいとエアバッグが発動するのだけれど。今は、そこまででは無かった。必死に下がりつつ、射撃。

「もう少し耐えろ」

「はい!」

下がりながら、射撃を続行。

だが、アンノウンは、障害物も何もかも、お構いなしで進行してくる。体当たりすればビルが倒壊し。

進むだけで、朽ちた戦車も装甲車もテクニカルも、それこそ蹂躙されていく。

やがて、距離が零になり。

降り下ろされた足が、GOA201を串刺しにした。

其処までで、訓練終了。

大佐がタイムを計っていた。

「なるほど、五分二十秒か」

「いくら何でも無茶ですよ」

「そうでもない。 一個師団で攻撃を掛ける際、お前一機でこれだけの時間を稼げることが分かった。 有用な情報だ」

とは言っても、これは証言から造り出したデータ。本物が、どれだけ動けるか分からない以上、安心はしていられない。

更に様々な条件を重ねて、訓練をする。

第二世代機といっても。

まだ造られたばかりの兵器。未成熟さが目につく。これでは、戦車や戦闘ヘリに襲われた場合、勝てないだろうと言われるのも、納得だ。

二十回ほど訓練をして、今日のメニューは終了。

午後は好きにして良いと言われたので、自室に戻って寝ることにする。体をめいいっぱい虐めたし、訓練で頭も使った。

訓練の後、非常にまずいジュースを飲まされるのだけれど。

これがプロテインや砂糖を「理想的に」配合した代物らしく。味にさえ目をつぶれば、体を作るのに最適な代物だそうだ。

口の中に、まずいジュースの味がずっと残っていて。

水もあまりたくさんは分けて貰えない状況。非常に苦しい。

だけれど、それも一時間ほど。

しばらく休んでいると、後は楽になる。

昼寝をして、少し休憩を取ると。

昔は兎も角、最近は動き回る余裕も出てきていた。最初、連れてこられたときは。訓練が終わると、もう翌日までは身動きできなかったのだけれど。

科学的トレーニングでは、現在のステータスを丁寧に表示してくれるし、どれくらい上達したかも示してくれる。

だから、やりがいもある。

根性論だけで鍛えられていたら。

とてもではないけれど、ついていけなかっただろう。

 

船の上で、過ごす。

時々、フリールームに出向いて、テレビを見る。専門のチャンネルがつながっていて。翻訳機を片手にすれば、どうにか内容も理解できる。番組は殆ど英語のもので、夜になるとポルノ系の番組もやっているけれど、流石に見る気にはなれなかった。

GOA201の訓練を続けるうちに、アンノウンのステータスが更に上がって来た。

想定される最悪のステータス。

亮の仕事は、敵を引きつける事。

また現れてもおかしくないアンノウンをGOA部隊でできる限り引きつけて。その間に、主力部隊からの火力投射を行い、仕留める。そしてその主力となるのは、最新鋭のGOA201だ。

それが遭遇した場合の戦略になる。

戦術面は亮に任されているけれど。

時々大佐がアドバイスをくれた。

他のGOAも、支援には回ってくれるはず。ただ、実際に遭遇するかは、正直な所、分からない。

今の時点では。

先発隊も、現地でアンノウンとは遭遇していないそうだ。

フリールームでゆっくりしていると、大佐が来た。敬礼をすると、返される。敬礼も、すっかり板についてきた。

昔は敬礼をする仕事に何て、つくことを一切予想していなかったのだけれど。

今では、スムーズにこなせるようになった。

「訓練は順調だな」

「はい。 ただ、アンノウンの能力がどれほどかはまだ分かりませんし」

「その精神を保て。 油断しないようにすることが、少しでも生き延びるためのコツだ」

隣に座る大佐。

この人は、戦場でずっと過ごしてきたのかと思うと。実際の戦闘経験は、其処まで多くは無いという。

ただ激戦区の第三諸国には、何度も出かけてきていて。

それで様々な経験をして来たそうだ。

経歴は、当然新国連が出来る前から。

米軍に所属していた大佐は、特殊部隊を指揮して、何度も貧困国で地獄の戦争を見てきた。

テロにもあった。

左手の小指が無いのも、その時の負傷。小指一本で済んで良かったと大佐は言っているけれど。

やっぱりないと、不便であるのが、見ていて分かるのである。

だから大佐は、力を入れているのだろう。

兵士を厳重に守るための、鎧としての兵器。

理論上は、戦車よりもずっと頑強な、いずれ戦場の主役になるかもしれないGOA。しかし、それはあくまでかも知れないの話。

新国連は、きな臭い話も漂う組織だ。

必ずしも、世界の平和のためだけに動いている訳では無いし。亮も、自分が兵器の試験運用に利用されていることは、よく分かっている。

ニュースが切り替わる。

前線で大きな出来事があった場合は、こういう措置が執られる。今、前線と言うのはいうまでもなく、向かっている先。

パンダグラアイだ。

「前線で戦闘が発生。 無力化されていた武装勢力の一つが、隠していた資金を使って武装を隣国から購入し、治安維持軍に仕掛けた模様。 撃退には成功していますが、他の武装勢力も動き始めています」

「せっかく内戦が終わったのに……」

「あの百足は、札束まで溶かしたわけじゃ無いんだろう。 そうなると、やっぱり馬鹿をする奴は出てくるんだろうな」

理解できない思考回路だと、亮は思った。四十年続いた悲惨な戦闘。どうしてまた、再開しようとするのか。

ただ、散り散りになった人員を集めるのは容易では無い様子で。

仕掛けてきた規模も、今までとは比較にならないほど、小規模なのだそうだ。

「それに、喰うものが豆だけで、インフラもままならない状態じゃあつらいだろう。 早く何とかしてやらないといけないだろうな」

確かに大佐の言うとおりだ。

いずれにしても。

空母の上で出来るのは、訓練と。

現地に着くまで、待つしかない。

空母の歩みでは、どうしても現地に一日で到着、とはいかない。戦闘機のように、飛んでいけるわけではないのだから。

シミュレーションに。現地の地形での戦闘が含まれるようになる。

相手はテロリスト。

最初は無力化ガス弾を使う。相手がガスマスクを使った場合は、あくまで戦意を失わせる。

問題は、敵が対戦車兵器を持ち出す場合だ。

コックピットに直撃しても、GOAは耐え抜くことが出来る。ただし。何発も喰らっていると、いずれ撃破される事は避けられない。

胸部にあるコックピット。

それに足の関節。

この二つは生命線だ。

一応、最近の戦車にはごく当たり前に装備されている自動迎撃装置と、リアクティブアーマーは、GOAにもある。

それでも、まずは敵に喰らわないことを、最初に考えなければならないのだ。

現状、徹底的に蹂躙された武装組織は。流石に戦車などの重装備は持っていないようなのだけれど。

それでも対物ライフルやRPG7は使用してくることを想定しなければならない。

制圧時、何処まで攻撃を加えるか。

全ての判断は、一瞬でしなければならない。

訓練が激しさを増していく中。

とうとう、現地に艦隊は到着した。

 

此処からは、余程のことが無い限り、絶対に基地からは出ないように。少なくともGOA201を廃棄する事は、死を意味する。

空母から下りるとき、そう念押しして言われた。

一応港は存在していたけれど。

まっさきにアンノウンに潰されたとかで、建物は殆ど全てが倒壊している。空港はもっとひどい有様で、今も復旧出来ていないのだとか。

凄まじい。

亮は、最初にそう感想を抱いた。

というのも、文字通りの爪痕が、建物に残っているのだ。巨大な爪が突き刺したり、一閃したりした後。

人間の兵器が炸裂した跡とは、明らかに違う。

「なんだあこりゃあ。 本当に怪獣がきたんじゃねーか」

「無駄口を叩くな」

他のGOAパイロットが軽口を叩き、大佐がたしなめる。

周囲に展開。

強襲揚陸艦から、ぞくぞくと戦車と装甲車が下りてくる。既にこの貧しい国に展開している他の部隊と、合流するためだ。

戦闘部隊だけじゃ無い。

国籍を問わず、彼方此方に出かけていく医師の集団や。

インフラを復旧させるための専門部隊も、次々に降りてくる。今までは、こういった部隊さえ、危険すぎて踏み込めなかったのだ。

「我々は、まずこの国の中心部にある、イズラハムに向かう」

訓練で何度も聞いた都市。

この国の中心都市の一つだ。

一つというのも、政府軍にしても武装勢力にしても、民衆から搾り取るだけ搾り取り、地獄の飢餓に覆われ、餓死者が続出していた国である。

首都など存在しない。

その上、アンノウンにその首都も蹂躙された後だ。

覚悟はしていた。

しかし、だ。

港を出ると、乾いた土地が何処までも続いていると聞いていたのだけれど。

意外である。

緑の沃野が、何処までも続いている。驚いた亮に、周囲のパイロットが、軽口を叩く。

「何だ何だ。 よくあるアフターホロコーストものの、地獄絵図みたいな場所を想像してたのによ」

「これが噂の豆じゃないですか」

「そうなんだろうな」

大佐が、指揮車両である赤く塗装されたGOAの持つアサルトライフルで示す。

数日前。

先発隊の戦車部隊が通った轍の跡も、既に緑で覆い尽くされている。文字通り、凄まじい繁殖力を持つ植物であるらしい。

「エイリアンの豆か。 こんなもん喰わなきゃいけないなんて、ぞっとしねえな」

「本当にそうでしょうか」

「あん?」

「いえ、何でもありません」

いくら何でも、話が出来すぎていると、亮は思ったのだ。

この豆にしても、それほど背丈がある訳でも無い。繁茂は早いようだけれど、雑草程度の背。

それも、子供の膝下くらいまでしか、伸びていないようだ。

これがそれこそ大人の背丈を超えるようだったら、食べる事が出来ていても、害ある植物として、なんとしても駆除しなければならないだろうけれど。

何処までも続く緑の絨毯。

背が低い草だし、これに隠れるのは難しい。迷彩を纏っていても、体が丸見えになる。勿論、ごまかしは可能だけれど。

見つかったら、その時点で終わりだ。

ブッシュとは違う。奧に逃げ込むことは出来ないのである。

GOAの踏破能力は高い。

無言のまま、進む。

途中、幾つかの村や町を見た。いずれも緑に覆われている。住民は餓鬼のようにやせ細っていると聞いていたけれど。

これも、豆の影響だろうか。

皆、そこそこにふくよかな体型になっている。

今まで食べる事が出来なかった分。

食べる事が出来る豆が幾らでも出来るようになった現状。ついつい、食べ過ぎてしまうのだろう。

水はどうしているのか。

その応えは、すぐに来た。

雨が降り出す。

住民はわいわいと桶や樽を取り出し、それを受け始めていた。雨水を飲む事はあまり褒められた行為では無いけれど。

此処の人達は、元は重金属や汚染物質まみれの川の水で生活していたのだ。

ちなみに近くのその川は。

今はすっかり豆に覆われて。

驚くことに、汚染も相当に浄化されているという。

流石に川付近の豆にまでは、住人は手をつけないようだが。無理もない話である。

何処にでも豆は生えてくる上。

わざわざ汚染がひどい場所の豆を、食べる意味なんてないのだから。

この辺りは、既に味方の部隊が抑えている。

医師達に混じって、活動している白衣の部隊が見えた。恐らく豆に対する調査部隊なのだろう。

アンノウンが撒いたものだ。

住民は餓死を免れたと喜んで食べているかもしれないけれど。その後、何が起きるか分かったものじゃない。

今、必死に分析しているのだろう。

幸い、サンプルはいくらでもあるのだから。

村を抜けると、潰された武装組織の拠点が見えてきた。文字通り、灰燼に帰すまで踏みにじられている。

地雷原は無理矢理突破され。

テクニカルや戦闘ヘリの残骸が、辺りに散乱していた。

迫るアンノウンに、武装組織は抵抗したのだろう。しかし、よく見ると、驚くほど死体は少ない。

建物の中に残っていた者達や。

逃げずに抵抗していた者達の中には、踏みつぶされた者もいるようなのだけれど。殆どは、圧倒的な化け物を。それも神話の怪物と噂される存在を前にして、逃げ出すことを避けられなかった様子だ。

その上、武器が腐食してしまうとなれば、なおさらだろう。

武器を腐食させたという、アンノウンが撒いた毒ガスについてだけれども。

これも、腐食した兵器類を調べて、サンプルを取得している様子だ。ちなみに、毒ガスで死んだ人間は皆無だとか。

テクニカルの一つに、爪痕がもろに残っていた。

巨大な爪が、踏みつぶした後。

戦慄する。

これが相手では、十五メートルという体高を誇るGOAでも、時間稼ぎにさえならないのではないのか。

いや、散々訓練は積んできたはずだ。

いざというときは、味方の機甲部隊が致命傷を与えるのであって。GOAは時間稼ぎに徹する。

相手の速度についても。相手の圧迫感についても。

シミュレーションで、何度も擬似的に体感してきたはず。

いつアンノウンがまた現れても不思議では無い。

ずっと亮は、気を張り続ける。

これをやった相手だ。

人間と戦うのとは違う。シミュレーションはあくまでシミュレーション。油断だけはするな。自分に、何度も言い聞かせる。

緊張しながら、進む。

この辺りは、地雷がまだ埋まっている。実際、今回の移動は、地雷原の排除も目的となっている。

対人地雷はいい。

GOAの装甲を砕く事など出来ない。時々、小さめの衝撃が襲ってくるけれど、それだけだ。

問題は、対戦車地雷。

理論上は耐えられるけれど。

踏みつぶして歩いているうちに、早速それが起きる。

後続のGOA101の一機が、対戦車地雷を踏んだのだ。

大きく巨体が傾くのが、亮の所からも見えた。

「アイゼンハード少尉、無事か!?」

「……コンディション確認中」

膝を曲げて、立ち上がるGOA101。

この辺りは、流石に次世代兵器か。

元々車高を高くすることは、被弾のリスクを負うことになる。人型兵器が実用に移されなかった理由がそれだ。

だから、装甲はガチガチに固められていて。

それは、試作機である101でも、例外ではない。

何事も無く歩き出す101。むしろ、対戦車地雷によって大きく抉られた地形によって、傾いたようだった。

「コンディショングリーン。 問題ありません」

「よし、クソ地雷を踏みつぶして回れ。 この辺りを子供らが自由に歩き回れるようにするんだ」

「イエッサ!」

GOAが、圧倒的な巨体で、辺りを踏みつぶして回る。

地雷が何度も爆発するが。

鉄の巨人をほんのわずかだけ傷つける事は出来ても。打ち倒すことは不可能だった。

これを見ていても、GOAが非常に強力な防御能力を搭載しているとよく分かる。この機体のコンセプトは、あくまで威圧。殲滅では無いのだ。

その間、亮は一番外側で、奇襲を警戒し続けていた。この国の武装勢力は、戦い慣れているなんてものじゃない。

どんな手を使って奇襲してくるか、しれたものではないのだから。

特殊部隊がジープで来て、破壊された武装勢力の拠点を調べ始める。彼らはわずかな数の死体を運び出していく。

人質や何かも収監されているかと思ったが。

実際に運び出されてくる死体は、どれもこれもが、制服を着たものだ。手酷く腐敗しているものが多かったが。

少なくとも、民間人は犠牲になっていないらしい。

ほっとする亮だけれど。

大佐が咳払いした。

「こういう国では、一般人と軍人の境が、極めて曖昧だ。 時には小さな子供さえ、爆弾を持って同胞に牙を剥く。 一瞬たりとて油断はするなよ」

「イエッサ!」

亮も、GOAに乗っているときは、こう受け答えが出来るようになっていた。

特殊部隊が次に運んでいくのは。破壊されたテクニカルや戦闘ヘリだ。かなり古い型式の戦闘ヘリだけれど。所々、西側の兵器を積んでいるようで、全体的にちぐはぐな姿だった。

戦車や歩兵にとって天敵になる戦闘ヘリだけれど。

それも、アンノウンの前には、なすすべが無かった。

既に捕らえた武装勢力の人間の証言によると、武装ヘリの機関砲も、アンノウンにはまるで効果を示さなかったらしい。

シミュレーションでもそれは再現されていて。

嫌になるほど、アンノウンは堅かった。

怪獣なのだろうか。

しかし、生物だったら、痕跡を残していっても良いはずだ。ひょっとすると、何処かの国の兵器が、実験的に動いていた。と言う可能性も否定出来ないのではないだろうか。

いずれにしても、今は。

この国の治安回復。

そして、安定の到来だ。

 

2、黒錆首都

 

首都と称する都市の一つ。正確にはその残骸に到着。

基地も見える。

彼処に入ると、ようやく安心できる。

移動しながら、周囲を見る。

やはり、緑の沃野だ。

例の豆である。首都だろうが、コンクリだろうが関係無い。元々コンクリが敷かれている場所自体が珍しいし。その風化しきったコンクリを押しのけるように、どこからも緑の豆が生えてきている。

斬っても斬っても生えてくるのだろう。

見ると、そこそこにふくよかになった住民達は、手当たり次第に豆を食べているようだ。危ないかもしれないから食べるなと言われても。

元々、ストリートチルドレンをやって、かろうじて毎日生きていくための食糧を得ていたり。

或いは麻薬の製造プラントで死ぬまでこき使われたり。

娼婦になって街角に立ち、生活のために尊厳と健康を投げ売りしたりしなければならない彼らには。

食べる事が出来るものが、そこら中から幾らでも生えてくる上。

どういうわけか、雨がかなり降って、水にも困らなくなった今。

それを天国と称するのは、当然なのかもしれない。

違和感を生じさせるのは、緑に包まれた朽ちたビル。

穴だらけのビルが、墓石のように建ち並んでいる。まるで、何百年も放置された、古代の遺跡のようだ。

アンノウンの仕業では無い。内戦で年がら年中政府軍と武装勢力が殺し合いをした結果。西洋資本が追い出される前に作られたインフラは徹底的に破壊され。半ばから崩れているビルや、倒壊しているものも珍しくない。

国によっては、こういうビルを改築したりして、最貧困層が住み着くことも多いのだけれど。

極限の飢餓に晒されていたこの国に。

そんな余裕は、無い様子だった。

好戦的な周辺の国々さえ、完全に見捨てていた地獄の荒野だったのだから、当然なのだろう。

もっとも。

それらの国々だって、内戦の真っ最中。

よその国に、干渉する余裕なんて、全く無かったに違いなかったが。

大佐のGOAを先頭に、基地に入る。

最後に入るのは、亮の201だ。

恨めしそうな視線を感じる。武装勢力も政府軍も出て行ったのに、どうしてまた軍隊が来るんだ。

そんな顔だ。

医療設備を開放しているけれど。治療を受けに来る人間は、まだあまり多くないはず。

彼らは警戒しているのだろう。

政府の「病院」にいった仲間が、誰も帰ってこなかった。

政府の貧困対策として、色々な仕事が斡旋されたそうだけれど。それらの仕事に行って、戻ってきた人間はいない。

そう言う証言が取れている。

人体実験の材料にしたり。

戦場に立たせたり。

さぞやおぞましい悪夢の行為に手を染めていたに違いない。

ちなみに、この国の政府軍の長であるカレン将軍は、既に捕縛されている。部下は逃げ散り、武器も金もなくなって。ぼんやり自室で座り込んでいるところを、そのまま拘束されたらしい。

もっとも、この国で「政府」なんていうものは、無数にある非道な武装勢力の一つに過ぎず。

国際的には、全く発言権を認められるものではなかったのだが。

基地の中も、緑の絨毯だ。

腰をかがめると、GOA201はコックピットを開放。

この時、正面や左右から狙撃されるのを防ぐために、前にコックピットがせり上がるようにして、開く。

死角は真下だけ。

その真下に敵が潜んでいなければ、大丈夫だ。

昇降用のワイヤーが伸びるので、それに捕まって降りる。かなりの高さがあるので、少し怖いけれど。上がる時はワイヤーを巻き上げてくれるし。降りるときは、命綱をつけてからワイヤーにつかまり、ワイヤーが自動で降ろしてくれる。

この辺りは、流石に失敗しない。

訓練は既に、百五十回以上しているのだ。しかもこれは第二世代機で、開発段階の第零世代機の頃にあった致命的なミスは、いずれも改善されている。

巨大な足の間に降り立つと。

思った以上に、空気が澄んでいるので、亮は驚いた。足下は、緑の絨毯状態。例の豆が、これでもかと言わんばかりに繁茂している。

更に驚いたのは。良い匂いがすること。

踏みつぶされた豆から、だろう。

「整列!」

大佐が声を掛けると、皆がさっと隊列を整える。

ほんのわずかに遅れて亮が隊列に加わると。休め、と大佐は言った。

「現時点で、主力部隊が敵の残存戦力を捕縛して回っている。 対策が早くすんで、どうにか戦闘は最小限に抑えられそうだ」

「刑務所も機能していない状況で、捕らえた連中はどうするんですか」

「それは俺たちの仕事では無いが、恐らく凶悪犯は洋上の国際司法施設に収監されることになるだろう。 其処で、国際法に照らして罰を受ける事になるだろうな。 少年兵などは再教育だ。 だが、時間は掛かるだろう。 最低でも、数年以上はな」

この国は、飢餓を脱した。

恐らくしばらく、科学者達はこんな得体が知れない豆を口にするなと、口を酸っぱくして皆に言うだろうけれど。

聞くはずが無い。

子供を食い合うような国だ。

そもそもの貧困が、悲惨な内戦を呼んでいるのだ。

利権を争って戦争をする段階に無い。

食い物を独占するための戦争なのである。

以前とは比較にならない頻度で降ってくる雨も、悲惨な状況を改善するには役立っているだろう。

問題はまだいくらでもあるはずだが。

それでも、当座だけはしのげた。それに変わりは無いのだろう。まだまだ解決するべき問題は、いくらでもあるのだが。

少なくとも飢餓と。

水不足と。

飢餓から来る殺し合いだけは停止した。

それを好ましく思わない人間が、豆を駆除しようとしている場合もあるようだけれど。何をしても、豆はしっかり大地に根付いて、駆除できない様子だ。

「まずは、長旅の疲れをとれ。 これから半日は休暇とする」

「イエッサ!」

「解散!」

大佐が許可を出してくれたので、敬礼した後、整列した部隊は散っていく。与えられた宿舎に急ぐのだけれど。

その宿舎も。

プレハブの急造品は、緑に覆われていた。

流石に蔓となって、例の豆が絡みついているようなことは無いのだけれど。それでも、周囲の緑は。鮮やかなくらいである。

この国は。

あらゆる動物も植物も根こそぎ食い尽くしてしまい、一度は完全な荒野になってしまった。

そうしなければ、生きることさえ出来なかったからだ。

山も全てはげ山になり。

保水力を失った土地は、洪水を繰り返し。

今まで土地を支えていた栄養を含む表皮は、全てが押し流され、海へと消えてしまった。その過程で、多くの人も命と財産を失った。

悲惨な内戦と同時に、それが起きたのだ。

もはや、人々がアンノウンから逃げる事さえせず。街を横切り、ガスを撒いていくアンノウンを、ぼんやりと眺めているしかできなかったのも、頷けることだ。

宿舎に入ると、シャワーを浴びる。

プレハブの個室にそれぞれシャワーがあるのが嬉しい。近くの川に作った浄水設備の恩恵だ。

川も浄化も急速に進んでいるとかで。

しかし、まだ油断は出来ない。

今の時点で水が何かしらの危険な物質に汚染されてはいないようだけれど。まだ、シャワーなどに使う水を口に入れるなと言う指示は、部隊全員に通達されていた。

長旅の埃を落とすと。

もう何をする余裕も無く、ベッドに寝転がって、眠ることにする。

これから、どれだけ忙しくなるか、しれたものではないのだ。

今のうちに、出来るだけ疲れを取っておく。

大佐に口を酸っぱくして言われた事だ。

事実、シミュレーションをしている時も。疲労時は、思うような成果が出せなかった。

 

翌朝。

大佐に言われて、事情聴取の様子を見に行く。

首都から逃げる事さえ出来なかった人々は、お金を貰えると聞いて、ぽつぽつと軍基地に来ているそうだ。

以前、この国の民を写真で見たけれど。

いずれも、悲しくなるくらい、やせこけていた。

今の民を見る限り、其処まで悲惨な状況では無い。幾ら刈っても生えてくる豆を食べて、此処まで回復したのだろう。

ミントなどのハーブにも、凄まじい繁殖力を示す種類があるが。

此処の豆は、火炎放射器で焼き払おうが根を切ろうが、少しでも残っていればあっという間にまた生えてくるので(それでいながら、不思議と他の植物を侵略したりしないのである)、飢えに苦しんだこの国の人々にとっては、早くも国民食になろうとしている様子だ。

それを好ましくないと思う人間も暗躍しているが。

それにしても、無理がある。

極限の飢餓をこの植物が救ってくれたのは事実で。あまり言いたくは無いが、これを食べる事で害が生じ始めても。

この国の人々は、豆を食べるのを止めないだろう。

亮も、事情聴取をする部屋の外で、モニタを監視。

専門の聴取員が、その時に何が起きたのかを、丁寧に聞いていく。殆どは要件を為さなかったけれど。

中には、きちんと状況を覚えている人もいた。

「武装勢力の人間達が、喚きながら攻撃しているのが見えました。 RPG7や、アサルトライフル、対物ライフル、手榴弾。 あらゆるものを、あの巨大な化け物にうち込んでいました。 でも、あの化け物はびくともせず。 ただ進んでいくだけで、ビルを崩し、武装勢力の武器は使えなくなっていきました。 毒ガスだと思って口を閉じましたが、我慢できなくなって息を吸うと。 別に、問題は起きませんでした」

すらすらと応えているのは。

この国で数少ない医師だ。

武装勢力の人間でさえ、手を出さなかった人物である。献身的に治療を続け、地獄も同然のこの国で、少しでも誰かのためになろうと頑張り続けた人だ。

「戦車が踏みつぶされてしまうと、もう誰も抵抗しようとはしませんでした。 レゲが出た、喰われる、そう叫ぶ兵士達は、上官の叱咤も聞かずに、逃げていきました。 散り散りになった武装勢力の拠点を、百足は情け容赦なく踏みにじっていきましたが。 通ったあとには、思ったほどの死体は残っていませんでした」

「他に、何か気付いたことは」

「あのビルよりも、少し百足は背が低かった気がします。 とてつもなく巨大な百足でしたが、街を横断するほどではなく。 私が見ていた頃には、既に尻尾が街の中に入り込んでいました。 その時頭はあの辺りに」

「すぐに計測班を」

信頼性が高い情報だと判断したのだろう。

大佐が指示を出して、部下を走らせる。

眼鏡を掛けた老医師は、もう行って良いかと言う。国際医療団体が来ているとは言え、彼の患者は幾らでも残っているのだから。

大佐が戻ってくる。

亮は、小首をかしげながら聞く。

「それにしても、レゲってなんですか」

「この国の神話に出てくる悪しき神だそうだ。 俺たちの感覚で言うと、デビルとでも言う所だろうな」

「悪魔、ですか」

「まあそんなものだ。 証言によっては、人間を片っ端からくらい、口から光を放って街を焼き尽くしていったとか言うものもあったのだが。 街の状況や、殆ど人が死んでいない事を考えると、恐怖と飢餓でみた譫妄だというのが正しそうだな」

少し休憩を入れて、聴取を続ける。

それが終わると、亮は指示を出されて、GOAに乗り込んで基地周辺を周回し始めた。

緑の絨毯は、それがすでに生命線になっている。

人々は緑の絨毯に群がって、わいわいと食事にしていた。

この豆は、それこそ何処でも食べる事が出来る。

葉や茎も美味しいし。

数日我慢すれば実がなる。その実に到っては、生で食べても、焼いて食べても、充分に満足できる美味だとか。

勿論、調理すれば更に美味くなる。

しかしながら、調理する器具や調味料さえ無いのがこの国の現状だ。

皆が生で食べている。

その横で、必死にプラントを作った研究者達が、豆の成分を分析しているようだ。当然だろう。致命的な物質が含まれていないとも限らない。

流石に汚染地域に生えている豆は、特に根に汚染物質が蓄えられているようだけれども。それでも、葉や豆、茎は平気。

一体何だこの植物は。

豆科の一種である事は、間違いないのだという。

しかし、既存の品種とは、あまりにも何もかもが違いすぎる。何よりも、この異常なまでの「都合の良さ」。

「エイリアンが作った植物だって言っても、私は信じますよ。 こんなもの、既存の植物では存在しませんし、あっとしたらとっくに世界中で農業に利用されているはずだ」

大佐と一緒に見に行った先で。

研究主任は、そう言っていた。

言葉には怒りさえ感じられた。

ありえないものがあると、言葉には含まれていた。

だが、亮は軍人。

出来る事は無い。

基地の周囲をぐるっと巡回。

荒野に覆われていた赤茶けていた大地は、既に緑の沃野になって、久しい。飢餓で死ぬか、武装勢力に殺されるか。二択しか無かった人々は、もうその恐れも無くなって、笑顔でいる様子だ。

これでは、武装勢力は、新たな人員を確保できないだろう。

子供を拉致して、洗脳するくらいしか出来ないはずで。

しかも、その手がそもそも足りない。

残った勢力が潰されてしまえば、終わりだ。もはやこの国に、犯罪組織や、テロリストがはびこる余地は無くなってしまったのだ。

勿論、金持ちの中には、不満を持つ者も多いだろうが。

見ると、驚いたことに。

再建されている家に、百足をかたどった原始的な道具がぶら下げられている。木片を組み合わされただけのものだろうが。

立派な宗教具だ。

百足の神。

昔は邪悪の象徴として、神話の悪魔と呼ばれた存在だが。

今の彼らは、気付いているのかもしれない。

そのアンノウンに、救われたという事を。

巡回を終えて、基地に戻る。今の時点で、攻撃は受けていない。センサーにも反応はないし、石も投げられなかった。

大佐の所に戻って、状況を告げる。

難しい顔をして、大佐は腕組みした。

「本当に一体何者だ。 怪獣だというのなら、何故人々を襲わない。 武装集団にしても、ただ歩いて蹂躙しただけのようにさえ思えてくる」

「分かりません。 しかしこの現状、もしアンノウンと戦ったりしたら、この国の人々を敵に回してしまうのでは」

「そうだな……」

何故か降り続いて、水を提供している謎の長雨もある。

あまりにも、笑い飛ばすには、偶然が重なりすぎているのだ。

兵士達も困惑している。

「古い聖書に出てくる天使って、化け物みたいな姿をしてる奴ばかりなんだろ。 まさかとは思うけど」

「日本のアニメみたいな話するなよ。 此処は最貧困国で、ちょっと前まで互いの肉を本当に食い合ってた地獄に一番近い場所なんだぞ」

「でもよ、気味が悪いんだよ。 怪獣としかいいようがないアンノウンに、ほんのちょっとの間にこれだぞ」

「確かに、俺も気味が悪いと思うけどよ」

兵士達が、愚痴りあっている。

そんな中。

不動の神像のように。大佐だけが静かにしていて。それで、指揮が保たれているように、亮には見えていた。

 

治安は乱れように無い。

そもそも、武装勢力の首領達を除くと、みなが極限の貧困にいた国なのだ。勿論、永続的にそうではないだろう。インフラが回復していけば、きっとまた争いが起きる。首都の外では、散発的で小規模であっても、武装勢力が暗躍しているのだから。

宿舎を出て、緑の沃野を踏むと。

丁度大佐から、連絡が来た。

「すぐにGOAの所に来るように。 任務だ」

「分かりました」

昔だったら、大人に従う事は考えられなかった。

今は素直に返事をして。

素直に従う事が出来るようになっている。

多分軍隊で鍛えられたからでは無い。

大人としてあり方を示している大佐が、側にいるからだろう。

大佐にしても、欲望はきちんとあるし。現状に不満を持っているし。人間である事は、一目で分かる。

それでも、亮の周囲には。

両親を含めて、きちんと大人として接してくれる人はいなかったし。

人としてのあり方を示してくれる人だっていなかった。

GOAの所に到着すると。

他の兵士達も揃っていた。

大佐が、全員が揃ったことを確認すると、説明をする。

「地雷原に囲まれた武装勢力のアジトが確認された。 アンノウンに潰された組織の残党が、廃棄した地下道を利用して集結したらしい。 装備は貧弱だが、対空ミサイルを持っている可能性があり、GOAの性能を実戦で発揮する良い機会だと、上層部は判断した様子だ」

大佐が、ホワイトボードを出して、説明する。

GOA部隊の任務は、地雷原を正面突破して、敵火力をまともに受け止めること。戦車をも凌ぐ、人間の安全を第一に考えた兵器の面目躍如。GOAが敵陣に食い込んで、敵の火力を減殺した後、本隊の特殊部隊が突入、敵を制圧する。

そもそも、GOAが人型をしている理由は。

巨大な人型で、敵の耳目を集める事。

更に敵の士気を削ぐことだ。

車高が低い戦車では、どうしても人間に対して、威圧感を与えきれない部分がある。勿論その圧倒的な戦闘力を知る人間には話が別だが。命知らずだったり、薬物で精神を侵されている者には違う。

GOAの場合、間近に立つと、その圧倒的な威容が分かる。

人間に対して、勝てない。

そうダイレクトに感じさせることが出来るのだ。

実際亮も、最初見た時。

ロボットアニメで、始めて自分の愛騎を見るような高揚感など無く。恐怖と威圧感で、尻込みしたのを覚えている。

ましてや戦場で、それが巨大な武器を持って、間近に来たら。

正気を保っていられる兵士なんて、そうはいないだろう。

「各自搭乗! 出撃する!」

「イエッサ!」

初陣だ。

他の兵士達は、GOAに乗る前に、色々な戦場を通ってきた者ばかり。亮は訓練さえ受けてきて。才覚を見いだされて、最新鋭機を任されているけれど。戦場で殺し合いをするのは初めてだ。

使うのが大量破壊兵器では無いとはいえ。

どうしても引かない相手には、この巨大なアサルトライフルや、ポールアックスを振るわなければならないのである。

先頭は隊長機が。

亮の201は二番手である。

進軍を開始。

首都の側にある、まだ処理が終わっていない地雷原を通る。既に生半可な対戦車地雷では、びくともしないことは証明済みだ。ずんぐりしたGOAの構造は、多少の地雷程度で、足を失うほど柔では無い。

爆発が何度も起きる。

隊列を広げて、各自がそれぞれ通っていない場所を踏みしだきながら進んでいき。

安価でばらまかれた、もっとも人間を傷つけるのに適した兵器を、蹂躙。打ち砕いていくのだ。

爆発が起きて、地面が吹っ飛ぶ。

亮の201も、足下から何度も衝撃を受けたけれど。姿勢制御装置はびくともしない。装甲にダメージも無い様子だ。

地雷原突破。

「各機、状況を報告せよ」

「201、ダメージ無し!」

全機、コンディショングリーン。

すごいなと、亮は思う。

これから三時間ほど、緑の沃野を歩き続けて、それで武装組織のアジトに到着する。そこでも、分厚く対人地雷や対戦車地雷が敷き詰められていて。踏めばただではすまないのである。

現地に到着し、隊列を組み直す。

既に敵は、GOA部隊に気付いている筈だ。地雷原に囲まれた洞窟は、周囲を緑の丘に囲まれていて、大昔のトーチカのよう。

しかも地形が複雑で、地雷原を突破するには、どこから狙撃してくるか分からない敵を警戒しながら、進むしか無い。

本来なら、そうだ。

しかし、GOAなら。

「総員、前進開始!」

「イエッサ!」

声が重なる。

地雷原を踏みしだきながら、進む。爆発が何度も起こるけれど。怖れるGOAはいない。今までの経験で、地雷は怖れるに足らないと、パイロット達は学習しているのだ。擱座しても、滅多な事ではやられない。

爆発が起き始める。

真横。

飛来したRPG7が、迎撃用のレーザーに、撃ちおとされるのが見えた。爆裂して、一瞬光が視界を潰す。

「7号機、無事か」

「イエッサ! 無傷です、サー!」

「前進続行! 攻撃は意に介するな! 地雷を踏みにじり続けろ!」

敵が、劣悪な武器で、攻撃を開始している。

対物ライフルはまだ良い方。

小型の猟銃や、アサルトライフルまで動員して、GOAの巨体に攻撃を続けているけれど。

地雷を踏み砕きながら、確実に起伏の激しい地形を進んでくるGOAの部隊に、恐怖を感じ始めるのに、時間は掛からなかった。

爆発。

恐怖に駆られて逃げようとした敵兵が、地雷を踏んだのだ。

まだ幼い子供。

チャイルドソルジャーだ。

近所の村から拉致されてきたのかもしれない。

思わず目を背けたくなる。

地雷で即死することは無い。足を失った子供が、地面で呻いている。

「進め! 臆すれば、更に死人が増える!」

大佐の声に、イエッサと応える。

声がかすれているのが分かる。

次々飛来するミサイル。中には、対空ミサイルを、GOAに向けて、ぶっ放す兵士も射るようだけれど。

非情なまでに正確な迎撃システムが、ミサイルを寄せ付けない。

ついに、201の攻撃範囲に。

敵の拠点が入る。

バリケードを張っているけれど。関係無い。

「201、敵を射程に捕らえました!」

「バリケードをぶち抜き、無力化ガスをうち込め!」

「イエッサ!」

攻撃ボタンに掛かる指が、震える。

バリケードをぶち抜けば、死人が出る。当たり前の事だ。

それでも、やらなければならない。

二度、躊躇した後。

亮は引き金を引いた。

最新鋭機の射程が一番広いのは当たり前。自分がやらなければならなかったことだ。アサルトライフルとは名ばかりの、対戦車ヘリのチェーンガン並みの火力が咆哮し、一瞬で貧弱なバリケードを吹っ飛ばす。

数人がミンチになるのが見えたけれど。

此処で吐いているわけにはいかない。

そのまま、無力化ガスグレネードに持ち変える。基地で支給された特別装備だ。ちなみに隊長機にも装備されているけれど、大佐は亮にわざわざ任せてくれた。

失敗は、出来ない。持ち替えの動作は、AIがスムーズに行ってくれる。

撃つ瞬間が、危ない。

しかしその時には、周囲のGOA101が、既に展開。敵に対して、凶悪な火力で、威嚇射撃を開始。

敵は此方に、冷静に目など向けてはいられなくなっていた。

発射。

無力化ガスを詰め込んだグレネードが。AIのサポートで、敵の拠点に正確に叩き込まれる。

その瞬間、となりにいた4号機に、RPG7が直撃。

爆発。

しかし、101はよろめいただけで無事だ。

「4号機、損害を報告せよ!」

「損害軽微、まだやれる!」

「よし、戦闘続行! 後で酒を一杯おごってやる」

「イエッサ!」

唇を引き結ぶと、亮は更にもう一発、グレネードを叩き込む。

敵が、ばたばた倒れていくのが見えた。煙から逃れようとする兵士もいたけれど。その先には地雷原とGOAの火力が待っているのだ。

パニックになった敵兵の一人が、味方アサルトライフルの射線の前に出てきて、一瞬でミンチになって吹っ飛ぶ。

赤い霧になった敵兵に、もはや目をくれる者はいない。

隊長機が、敵陣の真ん前に到達。

他の機体も、地雷原を突破。既に周囲は、安全な状況と言える。あくまで、地雷に対しては、だが。

「突入!」

特殊部隊が、敵の拠点に突入を開始。

抵抗を踏みにじり、制圧を完了したときには。既に、一旦GOA部隊は後退し、整列さえ済ませていた。地雷原を、完全に潰しきったからだ。

四号機は、見ると装甲の一部を喰い破られているけれど。

ただし、複層装甲の、最深部まで破られているわけでは無い。

最強の装甲を歌われるメルカバ戦車を更に数段上回る、鉄壁の装甲だ。生半可な攻撃では、突破出来ない。

「全機生還! これより帰投する!」

大佐の言葉を聞いて、心底から安心した。

でも、帰投中。

手が震えているのが分かる。何人も殺した。それが事実だと言う事は、どうしても揺るがない事実なのだ。

ため息が零れる。

「リョウ、大丈夫か」

「はい、なんとか」

大佐が、プライベート通信をいれてくる。

しばらく黙り込んでいた亮だけれど、訂正する。

「やっぱり、つらいです」

「初陣では誰もがそうだ。 俺もそうだった」

「大佐もですか」

「ああ、そうだ。 平気な奴もいるが、サイコ野郎だったり、よっぽど図太い例外だけだ」

だから、気にするな。

そう言ってくれる大佐の言葉に。

救われる。

子供も含める大勢を殺したけれど。

それでも、もっと多くを救う事が出来たのだと信じて。

亮は、気分を入れ替えるのだった。

「まだ酒は飲ませられないんだったな。 トレーニングと経験を重ねて、早く一人前になるんだぞ」

「イエッサ」

通信が切れる。

少なくともこの人にはついていける。

そう思えるだけで、亮は幸せなのかもしれなかった。

 

3、機神

 

此処は、地下の格納庫。

アフリカの最貧国の一角にある、放棄された巨大な鉱山をまるまる利用したものだ。

世界が停滞している今。

宇宙開発の技術の中には、無駄になってしまっているものもたくさんある。

たとえば、将来のテラフォーミングを見越した技術。

或いは、スペースデブリの直撃を受けても、無事に耐えきる装甲に関する技術。いずれもが、現在埃を被ってしまっているのが実情だ。

それらは、人類の希望の筈。

だが、世界が停滞し。新国連も成果を上げられない現状。

宇宙開発は半ば放棄され。

他の星に行くことは、完全に夢物語になりつつあった。

だが、技術はある。

宇宙に出られないのであれば、それを無駄にはしたくない。

そして、人類社会が停滞していて、宇宙に出るための力を作る事が出来ないのであれば。まずは、地固めをするべきだ。

そう考えた科学者達が結成したのが。

「結社」である。

あまり大げさな名前をつけるわけにも行かなかった事もある。何より、行動はあくまで極秘裏に行わなければならなかった。

物資の調達も。

廃棄されている物資をかき集めて、やらざるをえなかった。

その中には、国が極秘裏に保管している物資や。廃棄された後、記録から抹消され、誰も知らないようなものさえもあった。

寄せ集めた物資。

必死に作り上げた人脈。

それらを駆使して、ようやく作り上げた希望の萌芽。

それこそが、この機体だと思うと、感慨も深い。

現在、結社の主要メンバーは四人。

機体。新国連には、そのままアンノウンと呼ばれている、万能蹂躙兵器。禍大百足(まがつおおむかで)。

それを見上げている私、ハーネットも、その一人だ。

私の専門は、そもそもが宇宙コロニー。この全長千メートルにも達する巨体を作り上げるまでに、どれほど苦労したか分からない。

三十路手前の私だが、それでも人よりはずっと苦労を重ねているつもりだ。

初陣は、満足できる内容だった。

現在、パンダグラアイの地獄の内戦は一段落し。新国連が治安回復に成功している。気に入らない奴らだが。

上手く利用して、世界的な停滞を、少しずつ払っていくには、どうしても重要な存在だった。

「ハーネット博士」

「んー」

歩いてきたのは、私と同じように白衣を着た、結社の幹部の一人。クラーク博士。バイオ工学の第一人者である。

既に頭がはげ上がっていて、杖を使っているよぼよぼの老人だが。

その科学に対する知識と。現在の世界を憂う心は本物だ。彼がいなければ、貧困国を救う切り札となるスーパービーンズを実際に造り出す事など、出来はしなかっただろう。

「どうだな、我等の切り札の様子は」

「あり合わせの材料だが、ダメージは見受けられないな。 デブリの直撃にも耐えるように、本来作ってあるからな」

「元は宇宙ステーションにするはずだった機体だ。 まさか地上を這い回る百足になるなんて、誰も想像はしなかっただろうな」

「ああ……」

煙草を止めたことを思い出して、私は舌打ちする。白衣のポケットをまさぐる癖は、未だに消えていない。

もう一人。

テラフォーミングの第一人者である、マーカー博士が来る。彼は火星のテラフォーミング計画をシミュレーションし、実際に初動に関しては関わる可能性があった人物だ。屈強な黒人男性だが。既に四十路を越えている。

「ヘイ、ミスハーネット」

「どうした」

「パンダグラアイに潜入しているメンバーから連絡だ。 武装組織の残党を、新国連が一網打尽にしたらしい。 例のGOAでな」

「……そうか」

GOA。

そもそも、宇宙開発のために作り上げられたパワードスーツを改良した機体だ。改悪かもしれない。

本来は兵器利用することなど、考えていない機体だったのだから。

宇宙空間で生存するために、頑強さに特化したパワードスーツ。巨体なのは、スペースコロニーの補修を行う事が主目的だから。

そう言う意味では、この禍大百足とも、同じといえる。

平和に貢献したという点では、悪くは無いけれど。

問題は、これからだ。

どうせスーパービーンズの別の意味での特色も、いずれ新国連には露見する。その時、我々結社は。

悪の枢軸としてみなされるだろう。

ある意味、最悪の生物兵器であるのは事実なのだから。

「パイロットはどうしているね」

「寝ている」

「暇さえあれば寝ているな、あの娘っ子は」

「そういうな。 燃費が極端に悪いタイプだ。 仕方が無い」

この禍大百足は、巨体に反して、操縦は一人で行っている。その一人は、結社が確保した、最高の適性の持ち主。

ちなみに、まともな生まれでは無いので。

学校にも行ったことが無い。

勉強は私が教えた。

この機体の操縦も。

私が元の宇宙ステーションの残骸に、手を加えて。そして作り上げた機体を。手足のように動かして見せた手腕に関しては、感謝している。

あの娘っ子がいなければ。

とてもではないが。禍大百足は、彼処まで見事な初陣を飾ることは出来なかっただろう。もっと多くの死者を出したか。

それとも、スムーズに動けず、ダメージを受けていたかもしれない。

此処にいない、結社最後の幹部の一人から、連絡が来る。

「ミスハーネット、其処にいるかね」

「ああ。 どうかしたか」

「次の作戦だ」

その場に緊張が走る。

禍大百足が大暴れして。地獄だったパンダグラアイを蹂躙してから、一月程度しか経っていない。

作戦というのは、勿論次の最貧国への出撃。

今、新国連は、パンダグラアイの治安回復で、かなり名をあげている。問題はその後、インフラが回復してからの処置なのだけれど。

まあ、それはいい。

スーパービーンズがある限り、貧困は起きても飢餓は起きない。新国連にいる科学者は何人か知っているが、どいつもこいつも盆暗ばかりだ。あれをばらまいた真の目的については、まだ解析できないはず。

動くなら、確かに今かもしれない。

スーパービーンズの正体が解析される前に。少しでも多くの国で作戦を実施し。ばらまかなければならないのだ。

「次のターゲットは」

「グラネドアイネス」

「あの国か……」

ハーネットは英国の出身だが、それでも知っている。

当然だろう。

世界で最も治安が悪い国の一つでもあるが。それ以上に、あまりにも有名なものがあるからだ。

すなわち、世界最悪の海賊である。

海賊は決して過去の遺物では無い。現在も、海運を脅かす現実的な脅威だ。特に中東に面している、アフリカ北東部にあるこの国では。

世界最悪と名高い、残虐極まりない海賊が横行していた。

それだけではない。

政府など存在しないも同然。陸上の治安の悪さも、パンダグラアイにそう劣るものではない。

特に沿岸部にある都市の一つ、パーミットシティに到っては。血に染まった珊瑚礁などと呼ばれる、世界最悪の犯罪都市の一つなのである。

パンダグラアイほど、食糧難には陥っていないけれど。

蛮族そのもののモラル。

そもそも足りない食糧。

何もかもが心を荒ませる要因となり。

複数の武装勢力が、仁義無き殺し合いを続けている、地上の地獄だ。

パンダグラアイと同時に。最初の攻略対象として名前が挙がっていたのだけれども。この国の場合は、海賊が凶悪と言う事で、第二候補になっていた。本格的な海上での活動は、禍大百足の陸上戦での性能を試した後にしたかったのだ。

「すぐに出撃できるかね」

「整備が終わり次第。 後、禍大百足の中で培養中のスーパービーンズが、散布に適する状態になるまで、後三日ほどかかります。 これに関しては、到着までに、移動時に調整を済ませます」

「頼むよ。 君達は、この腐りきった世界を変えるために必要な存在だ」

通信が切れる。

舌打ちした私は、心にもない事をと吐き捨てる。

結社最後の幹部の一人。アーマット=ウォンダム。

米国を代表するパワーエリートの一人。巨大な軍産複合体を支配する、現在の貴族とも言える男だ。

その貯蔵資産は十兆円とも言われる。

長者番付などでは表には出てこないが。様々な方法で世界各地に膨大な富を蓄えている、米国パワーエリートの見本のような男である。

此奴の最終的なもくろみについては、私にも分からないけれど。

ただ、此奴がいなければ、禍大百足を完成させることなど、出来る訳も無かったのが事実だ。

手を叩いて、整備班を集める。

この禍大百足には、基本的に四人しか乗らない。私と、クラークと、それにマーカー。これは、禍大百足を作った責任を取るためだ。内部には、人が入るスペースはそれこそいくらでもある。

私達は、この機体に乗らなければならないのである。

ちなみに医療用の設備もあるので。

健康に不安があるクラークも、ある程度サポートをする事が出来る。

残りの一人は、言うまでも無い。

パイロットのルナリエットだ。

本当はそんな名前では無かったのだけれど、私が与えた。

整備班を退避させた後。

三人が乗り込む。乗り込む際は、地面に這いつくばっている禍大百足の側面。第七関節にある、外からはわかりにくく作ってある入り口で、生体認証を行う。そうすると、機密ハッチが開く。

これは、宇宙コロニーの残骸を改造した際の名残。

こうすることによって、この機体は。地中だろうが海中だろうが、自由自在に進むことが出来るのだ。

幾つにも別れている関節には、それぞれ役割があるけれど。

共通しているのは、ブロック式になっていること。

最悪の場合は、切り離すことが可能なのだ。

そしてもう一つの特徴は。

攻撃用の武装を、一切積んでいないこと。

この機体は、あくまでも。

防御に徹底的な力を注いだ存在なのである。

敵を蹂躙するのは、その巨体を用いれば良い。大量殺戮のための兵器などは必要がない。

この機体には、スーパービーンズを培養して散布するプラントが搭載されている。分厚い装甲の内側は、ほとんどがそうだ。

そして、もう一つある強力な装置が積まれているけれど。

それも、重要なのは、殺戮のためでは無く。飢餓を避けるためなのだ。

もっとも、雨がそれなりに降るグラネドアイネスでは、この装備の出番は無いかもしれないが。

見かけは、あくまで威圧を与えるため。

そして散布するガスは。

兵器そのものを、使い物にならなくするためだけのものだ。人体に対して、害を与えることは無い。

コックピットは、第一関節、すなわち百足の頭部に見える場所にある。

この第一関節だけで、37メートルもある。

内部には様々な機構が組み込まれているが、その一つが、世界第四位の性能を誇るスパコンだろう。

このAI制御によって、ルナリエットは補助され。

巨体を誇る禍大百足を、自在に操ることが出来るのだ。

コックピットで。

手術着のような、飾り気の無い服を着込んだ娘っ子が眠っている。普通の人間なら、十七歳くらいになるだろうか。

実際には全く年齢が違う。

操縦席を揺らすと、しばらくして、うっすら目を開ける。

美少女とは言えない。

むしろ幼い雰囲気さえあるが。

それも当然だろう。

髪だけは長い。これは、切らないでと懇願されたためだ。銀色の髪に関してだけは、美しいと言えるかもしれない。

「あれ、ハーネットはかせ?」

「出撃だ。 次はグラネドアイネス」

「うん……分かった」

操作用の思考伝達メットを被るルナリエット。

ちなみにこの装備は、ルナリエットにしか使えない。

というよりも。

そもそもルナリエットは。

禍大百足が動き出す。地面を掘り進み始める。シールドマシンとは、比較にならない速度で、なおかつ静かに。

地面を掘り進みながら。

禍大百足は、目的地に向かい。

そして、その巨体を、うねらせる。

 

4、暗闇の果て

 

限りない闇がある。

宇宙だけでは無い。

地球にも。

禍大百足が地面に出ると。その闇は、何処までも拡がっていた。

最初は、貧困。

富の格差。

民族同士の対立。

これに飢餓が加わり。更に大国による、経済の暴力が加わると。小国はもはやなすすべが無くなる。

子供が働かされるカカオ農場など、まだマシな方。

子供は売り物にされるのが普通。

兵士にされることもあるし。仕事が無ければ、娼婦にされる。運良く生き残れば、その先に待っているのは。

世界を恨む、暴力に特化した存在だ。

この国、グラネドアイネスには、主に四つの主要民族がいて。その民族同士でも争っているため、武装勢力は小さな国にもかかわらず、百を越える。人口が二千万程度のこの国でそれだ。

日本の戦国時代など、生やさしく思えてくるほどの、修羅道。殺戮の国。

其処に、巨大な機械の百足は、今乗り込んだ。

「潰して行く順番は、分かっているな」

「はい、問題ありません」

私は、ルナリエットのきびきびした返事に満足。

攻撃開始の指示を出した。

進み始める、禍大百足。武装勢力の拠点が、見る間に迫ってくる。巨体をくねらせる大百足は、それほど速度は出ないけれど。それでも、人間が走るよりはましなのである。

大慌てする武装勢力の拠点だが。

間もなく、攻撃を開始する。

地雷原を踏みにじり、此方が進んでくるのが見えたからだろう。恐怖が彼らをあおり立てたのだ。

それでいい。

恐怖しろ。

無数の砲弾やロケットランチャーの弾が炸裂する。だが、この機体は、宇宙空間で、超音速で飛んでくる巨大なデブリに耐えるのだ。その程度のもの、効くはずが無い。文字通り、踏みにじりながら、地雷原を突破。纏わり付いてくるテクニカルや装甲車に、腐食ガスをばらまいていく。

「四股を踏みます」

「いいだろう」

勿論、言葉通りの意味では無い。

武装勢力の中には、地下に大きな拠点を作っている連中もいる。そういうのを潰すには、禍大百足を潜らせるか、或いは。

地上で大質量による圧迫を掛けて、地下を潰してしまえば言い。

此処で言う四股とは、地下も安全では無いぞと、敵に示すことを意味している。そして地盤をグズグズにした後、腐食ガスを流し込むのだ。

どんな装備も。

金庫や何かも。

ひとたまりも無い。

あらゆる攻撃が通用しないことを悟った武装勢力の兵士達が、悲鳴を上げながら逃げていくのが見える。

コックピットは全周式ではないけれど。

要所に仕込まれたカメラで、周囲の全ては把握できるようになっているのだ。

武装勢力の拠点が間近に迫る。

まだ逃げない兵士もいるけれど、それはもう仕方が無い。

踏みつぶす。

バリケードごと。

悲鳴も上がらない。ビルも巨体で、そのまま押し潰す。崩れるビルの中には、ひょっとすると周辺の住民から奪ってきた人質がいるかも知れない。熱源感知はしているけれど。手心を加えていると、更に被害が増える。

地獄に落ちるのは、覚悟の上。

完全に拠点を粉砕。そのまま、周囲に腐食ガスをばらまき。あらゆる兵器を使い物にならなくしつつ。

スーパービーンズをばらまいていく。

どんなに痩せた土地でも、三日もあれば食べられるようになる規格外の植物だ。

「攻撃ヘリ四機接近」

「放置で」

ミサイルを撃ち込んでくるが、通用する筈も無い。そして、腐食ガスに突っ込めば、それでアウトだ。

ローターをやられ、墜落していくヘリ。

爆発。

乗っている人間には悪いが。残念だが、この地にて朽ちてもらうしかない。

完全に蹂躙したのを確認すると、次の拠点に。

百を超える拠点の中には、市街地に作られているものもある。つまり、市街地も蹂躙しなければならないという事だ。

勿論、死者も出る。

だが、止まるわけにはいかない。

この世界の飢餓は。

其処まで、決定的な所にまで、来てしまっているのだから。

次の武装組織拠点も、蹂躙開始。

新国連は、今主力をパンダグラアイに展開している状況。落ち着くまで、此方には出向けないだろう。

その間に。

可能な限り、何もかも。

出来る事は、しておくのだ。

 

三日ほどで、蹂躙完了。

武装組織は根こそぎ踏みにじり、彼らが作っている麻薬の畑にも、スーパービーンズの種を撒いておいた。

スーパービーンズは、何種類かの特定の植物以外は、植生を侵さないように調整してある。

その植生を侵す植物は。

殆どが、麻薬の原材料だ。

麻もコカもそう。

これらに関しては、ミントの如き凄まじい繁殖力で、周囲一体から駆逐してしまう。あっという間に枯れ果てさせ、その全ての土地を乗っ取るのだ。

完全に蹂躙が完了した武装勢力の拠点を確認した後、今度はこの国の闇の拠点である、港へ。

端から、順番に潰して行く。

船も、腐食ガスを受ければひとたまりも無い。

流石の海賊も、補給拠点を潰されればどうにもならない。勿論、海賊船も、逃がすつもりは無いが。

まずは根切りからだ。

抵抗は激しくなる。

恐らく、武装勢力の残党や。話を聞いて集まった無法者の類。中には、国を守ろうと必死になっている者もいるかも知れない。

だが、関係無い。

根こそぎ潰す。

小口径の火器なんか効くわけも無い。戦車や戦闘ヘリでも傷つかないのだ。現時点では、この禍大百足は無敵。

それは先進国の軍が出てきたら話は分からないが。少なくとも、この程度の戦力では、歯牙にも掛けない。

歩くだけで、建物を押し潰し。腐食ガスをばらまき。スーパービーンズを撒いていく。必死に抵抗するものも。巨大すぎる禍大百足の威容に、どうしても当てられる。悲鳴を上げながら逃げ散る者は追わない。どうせ彼らが持つ武器は、役に立たなくなる。弾丸さえも、だ。

戦闘ヘリが、海に落ちていくのが見えた。乗っている人間は、間違いなく助からないだろう。

どうでもいい。

私の感覚は、とうに麻痺している。

中東の武装組織が、人質を斬首する映像を見たとき。この世はあまりにも狂い始めていると思った。

アフリカで現実を見た時。

この世界の歪みは、生半可な方法では、どうしようもないと悟った。

人間には。

あまりにも多くのものが、無駄に与えられすぎたのだとも思った。

一方で、与えられない人間には、与えられなさ過ぎる。

搾取を忌む風潮はなく。

だから支援をしても無意味になる。

インフラを整備しても。

それを売り飛ばして、武器を買って。他人から奪えば良いと考えるようになる。

誰か飢えようが関係無い。

他人など、どうでも良いのが大多数の人間だからだ。実際問題、こうでもしない限り。この世界の人間は、殺し合いを止めないのだ。

「攻撃、沈黙しました」

「よし、最後の都市だ」

「ラジャ」

ヘルメットを外すと、ルナリエットは椅子にもたれた。後はオート対応でどうにでもなるだろう。

この国の最大都市を蹂躙した後は。

海に逃れた海賊を全て潰しておしまいだ。

このやり方が、間違っているかは分からない。分かっているのは。人類は地固めをしないと、宇宙に出る事さえ出来ず。やがて資源を食い潰して、滅びると言う事。何もかもを台無しにしないためにも。

この巨大な百足は。

地上に住まう業の塊を。

蹂躙して回るのだ。

ぶっとおしで働き続けたからだろう。ルナリエットは、完全に寝入っている。

さて、邪魔をしないように、残りの道程くらいは静かにしてやろう。

クラークとマーカーと頷くと。

操縦をオートにして、第一関節のコックピットを離れ、それぞれの部屋に移る。自室に入ると、大きくため息をついて、頭を掻き回した。

まだまだ。

始まったばかりなのに。

どうしても気が滅入る。

戦いが終わったときには、きっと人類は、宇宙への道を開く事が出来る。

そう信じながらも。

どうしても、踏みにじった全てを、諦めきれない自分がいる。

ルナリエットに負担を掛けるわけにも行かない。

顔を洗って気分を変えると。

次の都市に着く位までの間は、自分も休もうと思って、他の二人に声を掛ける。見張りが一人いれば大丈夫だし。敵性勢力から攻撃を受ければ、AIが自動判断もしてくれる。

少し寝ておこう。

そう決めると、ベッドに潜り込む。白衣のまま寝るのにも慣れた。

戦いは、これから果てしなく続く。

そう思うと。

眠りに落ちるのにも、そう苦労はしなかった。

 

(続)