鏖殺の山

 

序、逃走

 

いくら何でも戦力が違いすぎる。元々、使い捨ての兵士にとって、無茶な命令を受けることは日常茶飯事だ。

だから、ある程度は覚悟を決めてはいるけれど。

これはひどすぎる。

ばらばらに散って逃げたけれど、どれだけ逃れられただろう。最後まで殿軍をやっていた隊長は。

あの様子では、助からないだろう。

嫌な奴でも、いい人でもなかったけれど。

最後の最後で、軍人としてのつとめを果たした事になる。

知らない国の。

知らない山で。

どうしてこんな悲惨な戦闘に巻き込まれているのか、よく分からない。ただ、特殊部隊の隊員としては、やらなければならないだろう。

生き残る。

そして、情報を持ち帰る。

それが、仕事なのだ。

適当な洞窟を見つけたので、逃げ込む。後方から追撃を掛けて来ているとしても。すぐに見つかることは無いだろうと判断。

壁に背中を預けて、呼吸を整える。

水筒の水を飲み干すと、ダメージチェック。体に傷を受けていると、其処からヒルや寄生虫が潜り込むことがある。

大丈夫だ、問題ない。

呼吸を整えながら、無線をいれる。生きている部隊はいないか。

ミナミオオガシラだかなんだか知らないが。彼奴はまともじゃなかった。麻薬組織をぶっ潰して、戻る途中だった一個小隊が、あっという間に壊滅だ。今、連絡するのも、危ないかも知れない。

通信が、入らない。

そうなると、電子戦にも対応しているという事か。

あまりにもおかしな話だ。

おかしな能力を持つ敵が、近年現れている。そう言う噂は聞いていた。しかし、まさか現物と遭遇する事になるなんて。何処の特殊部隊が壊滅させられた、という噂も聞いていた。

しかし、自分たちがそうなるなんて、ぞっとしない。

「此方アレン少尉、誰か聞こえるか」

「! アレン少尉、無事か」

「その声は、ミラルダ中尉! ご無事でしたか!」

「其方の状況を」

生存を喜んでいる暇は無い。

まずは、状況から。

いきなり現れて、此方をゴミのように蹴散らしていったあの化け物は、ヒトの形をしていたように見えた。

噂通り、人間がカートゥーンやコミックのような能力を得て、暴れている、という事なのだろうか。

違う。

明らかにプロの手口だったからだ。

アレは間違いなくプロ。

それも、相当に手慣れた手合いだ。

「どうにか逃げ延びましたが、小隊長はなくなられました」

「……そうか」

特殊部隊の小隊長ともなると、実戦経験豊富な大尉が当てられるのが普通である。普通の部隊だったら、もっと下位の人間が指揮を執るけれど。様々な状況で活躍できる特殊部隊の隊長は、それなりの地位と実力がなければつとまらない。

煙草を落としてしまったことに気付いて、舌打ち。

「ヘリは」

「破壊されるのを見ました。 ただの一撃で」

「救援の部隊が来ても、来るだけやられる可能性が高いな。 一旦分散して潜伏するしかない。 俺は彼方此方を見て回って、生存者を確認する。 貴官は本部へ連絡を続けてくれ」

「了解しました」

部下との通信を打ち切る。

もう、これが最後の通信になるかもしれない。如何にたくさん人を殺し、殺されてきたからといっても。

死には、どうしても慣れないものだ。

洞窟から、外をうかがう。

油断があったかと言えば、なかった。

何しろ、退却の瞬間が一番危ないのは、自明の理だからだ。如何に装備が貧弱な犯罪組織といっても、鉛玉が直撃すれば此方だって死ぬ。昔ほど犯罪組織が重武装ではないこの国でも。

その事実は変わらない。

だから、油断はしていなかった。周囲を念入りに警戒し。敵の残党からの攻撃についても、徹底的にチェックしていた。

だから、あれは悪夢と言うほか無かった。

輸送ヘリが潰されて。

訳も分からないうちに皆殺しにされていく戦友達。

そしてかろうじて、逃げ延びたは良いが。これからどうして良いのかさえも、よく分からない。

そもそも、どうやって戦友達が殺されたかのさえ、今でも判然としていないのだ。本当に一体、あの時何が起きたのか。

水筒の水を飲み干すと、洞窟を出る。

態勢を低くして、密林を走る。まずは、鏖殺が起きた現場を確認。あの時、人型は、確かにこう言っていた。

ミナミオオガシラ。

自分の名前を名乗っているのか、違うのか。それはよく分からない。

はっきりしているのは、多分小隊どころか大隊をぶつけても、あれには勝てる気がしない、という事だ。

頭がいかれている奴なのは間違いない。

というのも。

現場に到着して、見たからだ。

無数の肉片が、串刺しにされて、並べられている。生首が、幾つも並んでいる有様は。百戦錬磨のミラルダでも、吐き気をこらえるのがやっとだった。

引っ張り出された腸が木の枝からぶら下げられ。

手足が柵でも作るかのように並べられている。

サイコ野郎が。

口の中で呟く。

軍の中で飛び抜けて優秀な兵士はいる。そう言う奴が、サイコ野郎である事はよくある。ただし、そういったサイコ野郎は、特殊部隊でさえ歓迎されない。どれだけ戦闘力がたかくても、だ。

素人レベルでは、単純に滅茶苦茶強ければ、何十人分もの活躍をする事が出来る事はある。

しかし近代戦術が発展した今。

映画の特殊部隊ヒーローよろしく、単独で出来る事には無理がある。それだけ、特殊部隊の人間は、すぐれた頭脳を持ち、訓練を受けているからだ。

一人ずつ、戦死をチェックしていく。

装備品や、体のパーツからでも、戦死は判定できる。小隊長は、頭の右半分しか残っていなかった。

遠くから、双眼鏡でチェックするしか出来ない。あれは撒き餌なのが見え見えだ。

死体を辱めて挑発的に扱うことで。

生き残りの此方を引きずり出そうという魂胆なのだろう。

奴は。

今の時点では、確認できない、

これ以上近づくのは危険だ。一旦距離を取る。そして、戦死が確認できた人間を、名簿から消していった。

悔しいが。自分が戦死を目撃した人間も、その中に含める。

そうすると、もはや。

生きていると想定される人間は。30名の特殊部隊戦闘要員の中でも、八人しかいなかった。

しかもばらまかれている肉片と血の量から考えて。

その八人も、生きているか、極めて怪しい。

既に無数の鳥や虫が集りはじめているのが見える。皆の死体を、これ以上辱めるのは、本当に悔しいけれど。

此処で熱くなっては、敵の思うつぼだ。

ぐっとこらえて、一旦距離を取る。今の時点で、敵がどう動くか。恐らく逃げ散った此方を仕留めるために、撒き餌を作ったと言うことは。近くで見張っていて、動きあれば一網打尽、という考えの筈だ。

洞窟まで戻る。

無線を使って通信をいれると。

アレン少尉が応答した。

「状況はどうですか」

「最低でも二十二人が戦死。 実際にはもっと多いだろう」

「悪魔の仕業ですね……」

「戦死した奴を目撃していないか、情報をすりあわせておこう」

順番に、生存している可能性がある奴の名前を挙げる。

その内二人は。

アレン少尉が、死んだところを目撃していた。

これで、上手く行っても六人。つまり、全滅判定だ。もはやこの有様では、生き残れるかどうかも怪しい。

「襲撃者を見たか」

「人型をしていることしか分かりません。 本当に一体、何者だったのか」

「そうか。 今の時点では、もはや悔やんでも仕方が無い。 少し休んでおけ。 誰か、他に無線を聞いていないか」

返事は無い。

無線に出られる状態ではないのか。それとも。

もはや、二人しか。

本当に生き延びていないのか。

現状から考えるに、後者の可能性が極めて高い。その場合でも、可能な限り脱出を考えなければならないのが、特殊部隊としての任務だ。

それに、輸送ヘリがロストした状況は、本部だって分かっている筈。

捜索隊を出すか、見殺しにするか。

装備を確認。

レーション類は三日分ほど。ナイフや飯ごうなどのサバイバルグッズは健在。その気になれば、一週間は生きられる。首尾良く野生の動物を仕留められれば、一月だって生きられるだろう。

問題は水だ。

そのまま飲める水など、この辺りには無い。

飯ごうに入れて煮沸するしか飲む方法は無い。

つまり火を熾す必要があるわけで。それだけ、あの化け物に発見される可能性が高い、ということだ。

不意に、通信が入る。

合成音声のような、現実離れした声。とても人間のものとは思えない。抑揚もない。相手に聞かせようとしているとは、とても思えない。

声から、相手がどういう奴なのか、ある程度割り出す技術がある。しかし、これは使い物にならないだろう。

ある程度知識があるミラルダにも、声の主が何者か、一切情報が掴めなかった。

理由は簡単。

その手の分析技術は、ある程度理屈で測れる相手にしか通じないからだ。完全なサイコ野郎が相手になると、もう使えない。

「ミナミオオガシラ……ミナミオオガシラ……!」

「!」

「逃がさないぞ、逃がさない! 殺す! 殺すぞ! 此奴みたいに!」

甲高い笑い声が響く。本当に嬉しそう。

冗談抜きのサイコ野郎だと言う事が、はっきりわかる。こんな奴に味方が全滅させられたのだと思うと、怒りと悔しさで、胸が張り裂けそうだ。

「これより生き延びた奴も、全てミンチにして行く! 殺す!」

「黙れゲス野郎」

「おう、本当に生き残りがいたか。 実に楽しみだ。 これから狩りに行くから、待っていろ」

唾を吐くと、ミラルダは無線を切る。

そして、移動。

ひょっとすると、本当に今の位置を特定されたかも知れないからだ。アレン少尉は、よく我慢して黙ってくれていた。本当に、感謝の言葉も無い。あのサイコ野郎の凶行を前にして黙っているだけでも。本当につらかっただろう。

戦友達の仇は討ちたいが。

しかし、それよりも、今は生き延びることが最優先だ。

アレン少尉から、通信が来る。

相手に聞かれていることは確実だから、暗号で、だ。

「本部との連絡が取れました」

「よし。 それで、なんといっている」

「余剰兵力無し。 指定する撤退地点まで、逃げ延びよ、という事です」

「そうかそうか」

ヘリが撃墜されたときの撤退指定地点は、確かに事前に打ち合わせ済みである。だが、其処まで徒歩で。

この訳が分からない化け物がいる状況で。

逃げ延びろというのか。

帰った後、上官の顔をM16で蜂の巣にしてやらないと気が済まない。死んでいった皆の命を、無駄にするつもりか。

犯罪組織の巣からは、大事な証拠類も回収している。

これらを回収できなければ。

今回の作戦そのものが、意味を成さなくなる。皆の死が、無駄になり果てる。それがどうして分からない。

ヘリのコストを人命に優先するというのなら。

此方も考えがある。

「アレン少尉、敵が指定地点で待ち伏せしている可能性もある。 最大限注意を払いながら、撤退開始だ。 俺は生存者がいないか確認しながら撤退する」

「分かりました。 直ちに」

「以降通信はするな。 暗号を解読されている恐れがある」

無線を切る。

さあ、此処からだ。

武器類を確認。

ゲリラ相手だったら、まだ充分にやり合える自信はあるが。何しろ相手は、動きさえ見えないような怪物だ。

映画に出てくるエイリアンか何かに等しい。

出くわしたら、その時点でアウト。

対抗手段は無い。

グレネードを確認。最悪の場合は、此奴で巻き込んで、もろともに死ぬしか無い。それでも、そもそも相打ちにさえ持ち込めない可能性が高いが。

「クソッタレが」

そもそも、こんな作戦には、気乗りもしなかった。

隣国の、麻薬組織を叩き潰すのは別に構わない。連中は文字通り人非人だ。殺戮と悪徳の限りを尽くし、人間としての邪悪を極めたような連中。裁判に掛ける価値も無い。その場で殺す以外に、何の処置もない。

だが、それは隣国の問題だ。

どうして我が国の特殊部隊が、出張って命を賭ける必要がある。

隣国が支離滅裂になっているから。

それは、隣国の政治家達が、エゴに任せて権力闘争を繰り返し、麻薬組織の台頭を招いたからだろう。

隣国が腐っている限り。

このような麻薬組織は、幾らでも湧いて出る。

目立つ「テロ支援国家」など叩いているヒマがあったら。軍を動かして、隣国を制圧し、腐敗を一掃するくらいのことをすればいいのだ。

これでは対処療法にもならない。

愚痴を言っていても仕方が無い。休んで疲れを取ると、密林の中を歩き出す。同じ場所に留まっていると、あのサイコ野郎に見つかる可能性が、それだけ増す。絶対に、避けなければならない。

殺されるだけならまだしも。

あんなオブジェにされることだけはごめんだ。

「生き延びてやるからな……」

ぼやくと。

ミラルダは自分の足を叱咤し、密林に歩き始めたのだった。

 

1、迫る影

 

逃走二日目。

今の時点で、あの人型の姿はない。もし無線でやりとりを聞いている者がいたなら、撤退を開始しているはず。

周辺の、逃げ込めそうな所は確認。

少なくとも、負傷して逃げ込んでいる戦友は、今の時点では確認できていない。まったく持って、悪夢としか言いようが無い状況だ。

これでも特殊部隊に入って、四年目。

ベテラン相応の実力を持っている自負はある。戦士として経験を積んできたし。実戦にも散々参加した。

多くの敵も殺したし。

戦友を殺されもした。

だが、此処までひどい戦いは初めてだ。これが、本当の意味での負け戦なのだと、思い知らされた気分である。

生存者は。

自分とアレンしかいない。

そう結論したくなりさえする。

あのサイコ野郎の口ぶりだと、一人捕まえて、拷問して話を聞きだしたようだが。用済みになった時点で、殺してしまっているだろう。

ナイフを投擲して、蛇を仕留める。洞窟の中で火を熾して、焼いて食べた。

まだレーションを口にするには早い。

保存が利かない肉を早めに口にしておく。

勿論しっかり火を通さないと、病気や寄生虫が怖い。こういう場所の寄生虫の恐ろしさは、身に染みて知っているのだ。

食事を終えると、軽く仮眠を取る。

眠っている間に奇襲を受けたらアウトだが。

此処で休んでおかないと、もはや体力が保たないのが明白だ。出来るだけ休んで、生きるための次につなげなければならない。

二時間ほど眠った後、寝袋を這い出す。

そして、洞窟の外に。

敵性勢力の気配はない。

いや。

密林は、むしろ静かすぎるくらいだ。これは一体、何が起きている。普段は様々な動物の鳴き声で、喧しすぎるくらいなのだが。

歩いていて、見つける。

この辺りに生息する、大型のサルの死骸だ。

それも尻の穴から口に杭を突き刺されて、ある種の鳥がやるような、はやにえにされている。

その周囲には、食いちぎったらしい死骸が散乱。

何の死骸かさえ分からない。恐らく鳥だとは思うのだが。それすらも、推測するしかない有様だ。

異常者が。

吐き捨てるしか出来ない。

負け犬の遠吠えだと言う事はわかっている。だが、精神を保つためには。敵を罵るしかない。

残忍なことで知られるこの国の犯罪組織でさえ。

此処までの事をするだろうか。いや、するか。強姦した女性の下着を木にぶら下げ。強姦した女性を惨殺してスナッフムービーを造るような異常者共だ。ひょっとすると、あのサイコ野郎。

犯罪組織が飼っていた手下か。

いや、それはおかしい。

もしそうだったら。あれだけの戦闘力を持つ手下がいるのだったら、犯罪組織はあっという間に周囲の組織を屈服させて、頂点に上り詰めているはず。あんなにあっさり殲滅なんて出来なかっただろう。

狂ってる。

何もかもが。

吐き捨てると、ミラルダは、密林を急ぐ。

負傷して身動きできなくなっている戦友は、もういないと判断したのだ。此処からは、皆が逃げ延びていると考えて、自分も動く。

味方と合流は出来ない。

各個撃破の恐怖よりも。

まとめて鏖殺されることの方が、リスクが高いからだ。油断していない一個小隊が勝てない時点で、数がまとまる意味がない。

スモークが上がっているのが見えた。

何処の馬鹿だ。

敵に位置を知らせているようなものだ。

勿論、敵の可能性もある。

だが、それは今の時点では、分からない。無視して、先に進む。あの鏖殺がトラウマになって、異常行動を起こしているのかも知れない。いずれにしても、此方でしてやれることは、ない。

「クソッタレ……」

ぼやきながら、歩く。

そうしないと、精神に異常をきたしそうだからだ。自分で口にしながら歩くことで、少しは精神の汚濁を緩和できる。

黙々と。

歩き続ける。

 

コンパスと地形を頼りに、ほぼ三日歩き続けて。そして、小高い丘に出た。木陰に隠れながら、周囲を伺う。

最悪の場合。

逃げ込むべきベースは、此処からは見えている。

ベースには近代兵器群と、一個大隊が詰めていて。何より、我が国の領土内だ。如何に化け物でも、簡単には仕掛けられないだろう。

「……やっぱりな」

だが。

当然、敵もそれは分かっているらしい。

はやにえが、ある。

密林に住んでいる大型の蛇が、こともなげに串刺しにされて、並べられているでは無いか。

その隣には、八つ裂きにされたピューマ。

貪り喰ったかのように、ばらばらにちらばされている。此方を威嚇しているのでは無い。この辺りにいるぞと、示しているのだ。

勿論、此方をどこからか見ているだろう。

察知されれば、一巻のおしまいだ。

最悪の事態に備えて、基地の方も確認。基地の方は、今の時点では、大丈夫だ。中の兵士達は動いているし、ヘリなども行き交っている。

安全、とは言えないだろうが。

基地に逃げ込めば、味方もいる。少しは、状況はマシになるはずだ。

木に背中を預けて、呼吸を整える。

まだ距離はかなりある。

少し冷静にならないと。

後、歩いて丸二日という所だろう。何しろ、あの露骨すぎるほどに見せつけているはやにえである。

周囲を避けなければならない。

つまり、迂回して通らなければならない、という事だ。

それにしても、あの化け物。

一体何が目的だ。

今いるこの国は、麻薬戦争のまっただ中。

軍でさえどうにも出来ず。警察はほぼ機能しておらず。逆に言えば、もはや命がゴミも同然の最悪国家だ。

つまり、である。

猟奇殺人がしたいのなら、この国の内部で、好き勝手していれば良い。どうして、特殊部隊に仕掛けてきたのか。

不意に、銃声。

それも、立て続けに。

音を聞くが、これは味方が使っている銃器では無い。現地で普及している、お世辞にも質が良いとは言えないアサルトライフルだ。悲鳴が上がる。どうやら、別の犯罪組織が。あのサイコ野郎に鏖殺されていると見て良い。

なるほど、あのスモークを焚いたのは、此奴らか。

これは、好機かも知れない。

もう少し、もってくれよ。

自分の足に言い聞かせると、密林を、態勢を低くして走る。銃声が、後方で、見る間に小さくなっていく。

特殊部隊の一個小隊を、文字通り粉砕した相手だ。

犯罪組織のチンピラなんぞ、文字通りゴミでも片付けるように蹴散らすだろう。いや、散らす、か。

もう少し。

走りながら、血の臭いに気付く。

彼方此方に、はやにえにされた死体が転がっている。しかも、どれもこれも、ひどく腐敗して、蛆が湧いている。

一日や二日前の死体じゃ無い。

まさか。

此処は、ずっと前から、あのサイコ野郎の狩り場で。自分たちは、運悪くその縄張りに踏み込んでしまった、というだけなのか。

だとしたら、余計に怒りが湧いてくる。

ぐちゃぐちゃにされている死骸を放置して、走る。

日が暮れても。

ずっと、走り続ける。

 

基地が再び見えたときには、もう気力だけで走っていた。元々低い態勢で走るのは、著しく体力を消耗するのだ。

フェンスには鉄条網がつけられ。

監視カメラがある。

監視カメラに手を振ってから、ゲートの方に回る。驚いたように、味方の兵士が姿を見せた。

「所属と名前をいえ」

「グリーンベレー所属、ミラルダ中尉だ。 作戦地域から離脱してきた」

「すぐに照合する」

兵士が、危地の中に戻っていく。

呼吸を整えながら。

密林の方を見た。

あの化け物が、追ってきているとしたら。これで引き返すだろうか。いや、どうにも判断できない。

この基地だって。

真正面から攻撃してきたら、危ないかも知れない。何というか、そう思わせるだけの、圧倒的な化け物だったからだ。

現れたのは、基地司令官だ。

大佐の勲章を胸につけている。

「犯罪組織を片付けるために活動中だった部隊が消息を絶っていると連絡があった。 君がその部隊のメンバーかね」

「イエッサ! 他にもアレン少尉という生き残りがいましたが」

「アレン少尉なら、既に保護している」

「そうでしたか」

良かった。

そう口から零れたけれど。

基地司令官らしいマデサ大佐は、苦々しげに口元を歪めた。

「無事とは言いがたいがな」

「……」

何が起きていても不思議では無い。奴に攻撃されて、全身ズタズタになったまま逃げ延びてきたのかも知れないし。

或いは、PTSDで錯乱したのかも知れない。

とにかく、基地に入れて貰って、治療を受ける。傷口などに、寄生虫が入り込んでいる事は無かった。

栄養状態はひどいが、こればかりは仕方が無い。

栄養の点滴を受ける。

睡眠導入剤を貰って、無理矢理十時間ほど寝て。そして起き出して。マデサ大佐から、尋問を受けた。

何が起きたのか。

特殊部隊の司令部の方でも、何が起きたのかは把握できていないのだという。まあ、無理もない。

「人型の何者かに、一瞬でグリーンベレーの一個小隊が全滅させられた!?」

「まともな相手じゃありませんでした。 犯罪組織は全部叩き潰しましたが、その生き残りだとは考えにくいです」

「にわかには信じがたいが」

「小官だってそれは同じです。 しかし目の前で皆がミンチにされ、遺骸が辱められ、ヘリを撃墜され、逃げてくるしか出来なかったのは事実です」

アレン少尉に会わせて欲しい。

そう言うと、大佐はしばらく考え込んだ後、連れて行ってくれた。

アレン少尉は独房にいた。

目の焦点はあっておらず、何かうわごとを呟きながら、天に向けて祈るような格好をずっと続けていた。

此奴は熱心なクリスチャンで、日曜には必ず教会に行くと言う、筋金入りの信心ものだったはずだ。

だが、神は。

彼の心さえも、救う事は無かった。

明らかに発狂してしまっている。重度のPTSDで、心が耐えられなかったのだろう。無理もない。

あの状況だ。

正直な話、ミラルダだって、まともでいられるかは自信が無い。今だって、怖くないと言ったら嘘になる。

今は、無事だけれども。

PTSDはフラッシュバックする。

いつまた心をむしばむか。そして心をむしばまれていても、気付けないでいて。いざ壊れないと、分からない。

そんな事は、よくあるのだ。

帰還兵が薬物に手を出す経緯も、そのような所だ。文字通り、悪夢が。これからさざ波のように、心を痛めつけてくる。

「もういいかね」

「優秀な兵士でした。 敬意を払うことを忘れないようにお願いします」

「分かっている。 戦友を見捨てるつもりはない」

捜索隊が、森に出ると言う。

止めた方が良いと言ったが。大佐は聞かなかった。

そういえば。

歩いて帰ってこいと言った奴は何処にいる。大佐に聞いてみたが、知らないと言う。

まさか。

あの時から既に、無線は敵の手に落ちていて。味方の通信は、攪乱されていたのだろうか。

いや、そんな筈は無い。

一体、何なのだ。

恐怖が、やはりせり上がってくる。

止めようがない。

何となく理解できる。あの時既にアレン少尉は錯乱して。そして、嘘をついていたのだろう。

本部に連絡など、取れていなかった。

もはやアレン少尉は、戻ってこないかもしれない。

その時、ようやく涙が零れてきた。小隊の「生き残り」は、自分だけと、悟ったからかも知れない。

 

医務室で治療を受けていると。

大佐が来た。

どうやら、捜索隊が戻ったらしい。被害はなく、無事だと言う事で、心底安心した。

ミラルダが言ったとおりの場所で、悲惨な死体の山を発見したそうだ。一応、全ては回収。

何者か分からない襲撃者に、攻撃されることは、幸いなかったという。

密林の死体だ。

かなり痛んではいたようだが。それでも、遺族の元へ返す事が出来るだろう。そう言ってくれたのは、不幸中の幸い。

いや、そのような事、幸いになどならないか。

「司令部は、これを重く受け止めている。 それと、ようやくM国から連絡が来てな」

「なんと言っています」

「密林に住む化け物のことは、少し前から知られていたそうだ。 ミナミオオガシラとか名乗っているのか叫んだりしているのかよく分からないが、とにかくよくそう口にする怪物で、現地の犯罪組織どころか、一般市民まで殺戮して回っているらしい。 既に最低でも数百人が犠牲になっているとか」

「……!」

そうか、あのサイコ野郎。

其処まで好き勝手をしていた、ということか。

殺さなければならないだろう。

この世に生きていていい存在では無い。殺さなければ、今後も際限なく、被害が拡大していく事になる。

生きていてはいけない人間はいるとミラルダは考えている。

特殊部隊に入って、本物の屑は何度も見てきた。

モラルがない人間が金を持つと、とにかく危険な事になる。警察も手を出せないサイコ野郎が、野放しになるようなものだ。

そんな化け物は、人食い虎と同じ。

誰かが、どうにかして。

仕留めなければならないのである。

「今、司令部が、専門家に声を掛けているそうだ」

「専門家、ですか」

「恐らく君も知っていると思うが、今世の中には、訳が分からない能力を持つ輩が、かなり増えている。 恐らくはその一人だろうと、司令部は判断したらしい。 その特殊能力持ちのうち、傭兵として活動してくれている一人が、此方に来てくれるそうだ」

「一人……」

一対一の戦いになるが、大丈夫なのだろうか。

大佐は、分からない、とだけ言った。

そして、あの森での作戦行動は以降禁止、とも。司令部の判断は、間違っていないだろう。

間違っているとしたら。

まだ生きている人間がいたかも知れないのに。

それを全て見捨てた、という事だ。

「その特殊能力者とやらが来たら、反攻作戦を開始するのですか?」

「ああ。 その時は君にも参加して貰うよ」

「それは……願ったりです」

絶対に殺す。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

暗い情熱がわき上がる。

奴だけは、いかしておいてはならない。絶対にこの世から葬らなければならない存在だ。そして、どのような奴であろうとも。

徹底的に辱め。

その痕跡すら、この世から残してはならない。

特殊能力者とやらが来るのが待ち遠しい。

今は、体を治して。

戦いの。

リベンジの時に、備えておかなければならなかった。

 

2、イレギュラー

 

陽菜乃はぼんやりと、暗い渦の中を漂っていた。

周囲には、無数の、滅び去っていった生物たち。その時代の、主役となった、生物。色々な姿がある。

自分の能力の源泉であるティランノサウルスも、確かにいる。

地上最強の肉食動物は。

滅び去っていった無数の生物の中でも。圧倒的な存在感を示し。弱いから滅びたのでは無いことを、痛烈にアピールしていた。

知っている。

これら、古代生物の目的は。

生物の滅亡をさけるため。

だから人類に関与している。

今まで、幾多の大量絶滅が起きて来て。その度に、この星からは、生命が消え果てても不思議では無い事態が発生していた。

それらを回避したのが、この無数の魂。

滅び去っていった、いにしえの生物たちの力。

その世界の主役となる生物に宿ることで。世界そのものをダイナミックに動かし。そして、世界そのものが滅び去るのを避ける。

それが、この。生命の渦の究極的な目的だ。

だからこそに、彼らは苛立っている。

今、彼らが能力を貸し与えている人間達は、三派に別れて争いを続け。しかも拮抗状態になったまま止まってしまっている。

古細菌らの力を借りた、少数精鋭の圧倒的な連中。

エンドセラスをはじめとする、それに準ずる古い生物が中心となった集団。

そして、陽菜乃が現在指揮を執っている。比較的新しい生物が中心となり、音頭を取っている集団。

この三つである。

生命の渦は、この状態を良しとしていない。

建設的に人類社会を動かしていく事を臨んでいるのに。エゴに任せて好き勝手を続けられては、力を与えた意味がない、というのだろう。

それに関しては、陽菜乃も同意だ。

だいたい、今の状態は、がっちり三すくみが決まってしまっていて。もはや、どうすることも出来ないのだ。

焦りが、からだろうか。

今。

何とも得体が知れない能力者が、世界に現れるようになっている。既に二回交戦しているが。その正体が、最後まで分からなかった。

生命の渦から零れた力を、変な形で受け取っているから、だろう。

異常な能力の持ち主が多く。

決して強いとは言えないのだが。精神面の破綻が、特に強く出てきているようだった。

少し前に、田奈ちゃんから連絡が来た。

そんな異常能力者の一人と交戦したと。

そして、陽菜乃も。

これから、戦う事になりそうだとも。

目が覚める。

ベッドの上で半身を起こすと、額の汗を拭う。加齢しなくなってから随分経つ。肌はみずみずしいままだが。

心が、少しずつ。

確実に軋んでいくのは、止めようがない。

或いは、エンドセラスも。若い頃は善良で、本当に世界のためを思って動いていたのかも知れない。

いずれ陽菜乃も。

エンドセラスの同類となって。世界を能力者で動かすものとするべく、暗躍を開始するのだろうか。

そうはなりたくない。

だが、この、どうしようもない三つどもえを崩すためには。

或いは、何か荒療治が必要なのかも知れない。そう思うと、多少どころか。かなり憂鬱であった。

今回は、久しぶりに、陽菜乃が単独で仕事だ。

組織の運営は、何人かの能力者がやってくれている。陽菜乃がわざわざ出なくても、大丈夫だ。

気を付けなければならないのは、陽菜乃自身が動いている事を、古細菌側やエンドセラスに気付かれないようにすること。

気付かれると、多数の刺客を送られかねないからだ。

言うまでも無いが。

陽菜乃と言っても、手練れを同時に多数相手にすれば、無事では済まない。奇しくも、エンドセラスも古細菌側の能力者数名を相手にすると、勝ち目が無い事を、自分で認めているそうだ。

空港に向かって。

其処から数時間を掛けて、M国に。

今、世界で最も治安が悪い、命が安い国だ。中東やアフリカよりもひどいとさえ言われている。

麻薬戦争で国内がガタガタで。

あらゆる悪夢が跳梁跋扈している、人外の土地。

少し前までは、此処前はひどくなかったという話だけれども。経済がサーキットバーストを起こしてしまっている今。

いつ、何処の発展途上国が。このようになってしまっても、不思議では無いだろう。実際、発展途上国の中には、目を覆うばかりの地獄になっている場所が幾つもあるのだ。

空港で待っていたのは。

米国の能力者の一人。

確か、メルビレイ。史上最大クラスの歯鯨の能力者だ。

現在もマッコウクジラという最大級の歯鯨はいるが。大きさそのものを武器にしているマッコウクジラと違って、メルビレイは鯱のように敵を積極的に襲い、喰らうタイプの歯鯨だった。

つまり鯨としては、恐らく現有種の鯱をも超えて、史上最強の存在だったのだ。

メルビレイは、髪の毛を短く刈り込んでいる黒人女性だ。早速握手を交わす。一応彼女は、形式的には。私の組織に属している。

ペンタゴンにも属しているが。

「ミズ陽菜乃。 あえて光栄だ」

「此方こそ」

最初の挨拶は儀礼的だが。空港を歩きながら、すぐに実務の話に入る。

今回相手にする能力者は、どうにも立ち位置が分からない存在なのだという。アメリカの南部にあるM国の事情通さえ、正体が分からないのだとか。

となると、やはり。

最近増えている得体が知れない奴の可能性が高い。

そうなると厄介だ。

連中の戦闘力は高い。少し前に田奈ちゃんと戦った奴も、次元違いの相手だったそうで。紙一重の勝利だったそうだ。

「分かっているのは、史上最悪クラスのサイコキラーだと言う事です。 現在十以上の州で活動が確認されており、麻薬組織の人間から、ごく普通の人間まで、手当たり次第に殺して回っています。 治安が崩壊しているM国でも、流石にあまりにも被害が大きすぎるために、軍が討伐に乗り出したようなのですが、被害が増える一方だとかで」

「ふむ。 由々しき事態だね」

「並の能力者では無い事は確かでしょう。 まだ確定はしていませんが、被害人数は二千人を超えるという話さえあります。 其処で、組織のトップであり、現在世界最強の一角である貴方に来て貰ったというわけです」

初手から、最高のカードを切るというわけだ。

ペンタゴンとしても、特殊部隊を一つ潰されたのは、あまり面白くないのだろう。普通の兵士とは、特殊部隊は掛かっている時間も手間も桁が違う。

それに、M国の混乱が加速すると、更に無茶苦茶な量の麻薬が、アメリカ国内に流通することになる。

その事態は避けたいのだろう。

実際問題、現在M国の内情は異常だ。

今回の件をある程度片付けてやることで、恩を売ることも出来る。その恩を足がかりに、一気にM国に介入して、麻薬組織を根こそぎに潰す。

そう言う計画もあるのかも知れない。

空港を出て、ジープに乗る。

此処から軍基地へそのまま行く事になる。

「資料をまとめてあります。 あまり多くはありませんが……」

「どれどれ。 ああ、確かにあまり厚くは無いね」

「でしょう。 M国に潜入しているチームからの情報でも、あまりにも現地の混乱がひどすぎて頭を抱えているそうです。 危険すぎて近づけない地域が多すぎるという事で」

「……」

まあ、この事態を招いたのは、M国そのものだ。

もしエンドセラスが介入するようなら動くけれど。

それ以外の状況なら、手を出す必要もない。

薄情なようだけれど。

人間を超越する力を手に入れた今も。何もかも、全てを解決するわけにはいかないのだ。この力は、世界そのものの破滅を避けるために渡されている。

このままでは地球人類が破滅的運命をたどるのが、ほぼ確実。だからこそに。我々がいるのだけれど。

田奈ちゃんが苦慮していた。

三つに分かれたこの勢力、まとめる手段がないと。

或いは、共通の敵が現れれば、話は変わるのかも知れないが。

それも難しい。

基地に到着するまでに、資料に目は通し終えた。というよりも、本当に嘆いているのがよく分かった。

何一つ分かっていない。

犯人は、ミナミオオガシラと自分を呼んでいるらしいこと。これについては、様々な方面から言質が取れている。

犯人は、能力が極めて高く、歴戦の特殊部隊員でさえ、何をされたか分からないうちに命を落としたこと。

そして、死体を飾る。

儀式的なものなのか、どうなのかはよく分からない。

切り刻んだ死体を並べたり、串刺しにしたり。

様々な写真が残っている。

頭だけになった死体を、串刺しにして、昔の晒し首がごとく並べている。その周囲には、同じように棒に刺した手足が無数に。

内臓は木からぶら下げられて、ブランコのように。

吹っ飛んだ死体はわざわざ丁寧に集めて。着飾らせている場合すら、存在していた。

猟奇殺人鬼と言うにふさわしい行状。

問題は、これをやっている奴に、超絶的な能力が備わっているという事だ。

犯人は悪魔だ。

そう言う噂が、案の定流れているという。まあ当然だろう。M国の主要宗教は、結局の所キリスト教だ。

そしてキリスト教徒の間では。

悪魔は、ある程度リアリティがある存在なのだ。

「模倣犯がいる可能性もありますが、まともに機能していないM国の警察では、そもそも資料さえ集められないでしょうね。 我々で、見つけ出して片付けるしかありません」

「そうだね……」

味方につけると言う事も考えたが。

恐らく此奴は、エンドセラスでさえ首を横に振るだろう。筋金入りの快楽殺人者であることは、ほぼ確定しているのだ。

生半可な方法では扱えないし。

殺戮が趣味となっている場合、味方にさえ手を掛けかねない。

古細菌達は。

まあ、あいつらは正直分からない。自分たち主導での世界改革をもくろんでいるとして。そのためにこのミナミオオガシラと名乗るものが欲しいとなれば、或いは動くかも知れないけれど。

以前何度かやりあったユリアーキオータの性格を考えると。

どうにも、そういう風に動くとは思えない。

いずれにしても、本人をたたきのめして、聴取をする必要があるだろう。これ以上は、面倒な事になりかねないのだ。

基地に到着。

メルビレイに案内して貰って、司令部に。ラフな格好で、ポニーに頭をまとめている若々しい陽菜乃を見て、兵士達が怪訝そうに見ているが。メルビレイのことは知っているのだろう。

誰も、文句を言ってくることは無い。

本部に到着。

六階建てのビルだが、本命は地下だ。

地下十階までエレベーターで降りる。

何しろ、M国に近く。

時々、特殊部隊が此処から国境を越えて出撃していくのだ。反撃を考えて、やりすぎなくらい厳重にしている、という事なのだろう。

エレベーターが地下へ行く間、幾つかのセキュリティを通過。

その間、陽菜乃は調べておく。

ミナミオオガシラ。

これは絶滅生物じゃない。なんと、現在も存在している生物だ。

ありふれた蛇の一種で、大きさとしてもさほどでもない。だが、この普通の蛇は。最悪の存在として知られている。

特定外来生物。

多数の生物を絶滅させた、最悪の頂点捕食者。

ある島に潜り込んだこの蛇は、天敵がいない環境で、徹底的に島の固有種を食い荒らして廻り。

そして気がついたときには、手に負えない状況になっていた。

世界最悪の特定外来生物の一つにさえ数えられており。

現在では、駆除が真剣に叫ばれている生物の一つだ。

「妙だね……どうしてミナミオオガシラなのだろう」

「ミナミオオガシラですか? 確かに一番「近い」能力者でも、ギガントピテクスのように滅びている種族です。 現在、絶賛大暴れしている生物が、能力者として出てくるのは妙ですね」

「うん。 そもそも、あの渦に、それらしい姿は見たことが無いんだよね」

渦の中に、蛇なら、何種類もいた。

たとえばティタノボア。

史上最大の蛇の一種で、全長は十四メートルを超えたらしい。流石にティランノサウルスと戦ったら分が悪かっただろうが、それでも相当な戦闘力を持っていただろう事は疑いない。

ティタノボアの能力者はちゃんといる。

そのほかにも、既に滅亡した種類の蛇の能力は、様々な人間に受け継がれている。だから、蛇の能力を持っていること自体は、おかしな事でも何でも無いのだ。

問題は、まだ絶滅していない蛇の能力を持っていることがおかしい。

或いは、単に自称しているだけの可能性もあるが。

しかし、だとすると。

どうしてM国にはそもそも生息しておらず、生物学者を除くと爬虫類マニアや環境保護団体のメンバーくらいしか知らないミナミオオガシラなんて名前を口にしているのか。

そして、である。

そもそも現在の混乱しきったM国で、庶民がそんな余裕を持っていることはないだろう。環境保護団体どころか、自分の命を守ることさえ難しいのだ。

地下に到着。

会議室に入ると、気むずかしそうな軍人が何人かいて、敬礼される。前に米軍関連の仕事をして、彼らが手こずっていたテロリストを処分したことがある。ペンタゴンにはVIP扱いされているのだ。

「T−REX。 今日は助力感謝する」

「いえ。 それよりも、作戦の概要を」

「うむ」

少将の階級章をつけている軍人が、説明を開始。

現時点で、奴。

仮称ミナミオオガシラが潜んでいると思われる地域は、国境線から南に拡がる密林地帯。様々な方向からデータを集めたところ。

既に三つの村が、此奴の手によって滅ぼされているという。

村と言っても、現在社会の集落だ。発展途上国でも、同じである。

十戸数は小さいと言っても百を超えている。それらが、殺戮鬼の恐怖に耐えられず、或いは住民の大半が手に掛かり、逃げ出して無人化した、という事だ。

村の映像が出る。

思わず無言になった。

なるほど、これはとっとと捕縛しなければならないだろう。

村のアスファルトには杭が無数に突き立てられ。それらには、おぞましいものがたくさん突き刺され、ぶら下げられていた。

家の軒先からぶら下げられているのは、考えたくも無い代物。

吐き気をこらえているのは、情報士官らしい若い女性だ。

「一番最近ドローンで撮影された映像によると、少なくとも三日以内に、此処にミナミオオガシラが立ち寄っている」

「なるほど、捕捉し撃破しろと」

「特殊部隊を一蹴したほどの化け物だ。 今回は世界最高の専門家である貴方に頼みたい」

「分かっていますよ」

さて。

この尋常じゃ無い相手だ。何より本当に絶滅動物でない能力者だとすると。どうやって対処するべきなのか。

「このレポート以降、調査に進展は」

「ない。 そもそも、絶賛混乱中のM国の人間の個人情報だ。 まともなデータがあるわけもなくてな……」

「分かりました。 すぐに出向きます」

陽菜乃は立ち上がると、ヘリを要求。

一人で行こうと思ったのだが。

少将が、釘を刺してくる。

「いや、一人で出向くのでは無く、兵士を何名か連れて行って欲しい」

「犠牲が出るかも知れませんよ」

「相手は得体が知れない存在だ。 それに君の生還率は可能な限り上げたい。 実績は知っているが、それでも万が一もある」

まあ、一人はメルビレイだろう。

他に数人。皆、特殊部隊の精鋭だという。特に一人。ミラルダという中尉は、ミナミオオガシラとの交戦後、生還しているという話だ。

実際にミラルダ中尉を連れて来て貰う。筋骨たくましく、精悍な男性だ。ハリウッド映画の主役を張るほどの色男では無いけれど。

戦士としてしっかり体を作ってきて、なるべくして特殊部隊の精鋭をしているのが、一目で分かる。

こういう戦士は嫌いじゃない。

もっとも、此方を小娘と舐めて掛かっているのは、まああまり良い気分はしないが。

地上に出ると、ミラルダが咳払いした。

「あんたが、地上最強のって噂の能力者か?」

「地上最強かはわかりませんが。 この世界、強い能力者は本当に底が知れませんからね」

「そうかい。 それでも、多分彼奴には勝てねえよ」

「何を見たのか、説明してくれますか」

輸送ヘリが来た。

現地にはこれに乗って上空から侵入。パラシュートで降下する。

まず最初に、奴が滅ぼした村に入り、調査。

多分、限定的な調査しか出来ていない状況だ。しっかり足を運んで、丁寧に調べる事には大きな意味がある。

ヘリに乗り込むのは、合計六人。

陽菜乃とメルビレイ。ミラルダと、あと三人。三人の内一人は情報士官で、サポートを担当する。

ミラルダは何度か仕事をした事があるが、相手の硬度を操作する能力者だ。

特定の手段を経る必要があるのだけれど。決まれば必殺。

これは恐らく、鯨の頭の中にある、深海へ潜るための仕組みを利用しているものなのだろう。

ただし、初見の相手にこれを決める必要はない。

陽菜乃が囮になって、相手をおびき出す。

ヘリが移動していく中。

陽菜乃は気配を探る。今の時点では、普通の人間や猛獣の気配しかない。密林と言っても、そこまで深い代物ではないのだ。辺縁部分は普通の森。ヘリを飛ばして一時間もすると、木がかなり背を増してきて、密林らしくなってくるが。

ヘリから身を乗り出している私を見て、心配そうにミラルダが見ているが。

この程度の高度。

落ちても痛くもかゆくもない。

陽菜乃の能力は、単純な身体強化。それも、桁外れの次元のもの。完全に使いこなせている今は。

単純な身体能力で、陽菜乃の上を行く奴は、いない。

世界最強という点ではともかく、この点に関しては、断言しても大丈夫だと陽菜乃は考えている。

「いないなあ……」

少なくとも、妙な気配はない。

陽菜乃から気配を隠し通せるほどの奴だとすれば。今まで、着目されなかったのがおかしい。

少なくとも、エンドセラス辺りは目をつけているはずだ。そして此処までの事態になる前に、回収していただろう。

陽菜乃の組織にも、情報は入ってきていない。

村が見えてきた。

「ヘリの高度を下げて」

「パラシュートで降りないのか」

「いや、後からゆっくりついてきて。 情報を集めておくから」

「え? お、おいっ!」

ミラルダの声が、後ろから聞こえる。

その時には、陽菜乃はヘリから飛び降り。

そして、ひびが入っているアスファルトの地面に、危なげなく着地していた。

 

周囲を見てまわる。

腐敗した肉塊が、そのままにされている。様々な動物や昆虫に食い荒らされて、さながら地獄絵図だ。

どうやら、サイコキラーとは言っても。

自分が造ったものが、その後どうなろうが、気にしないタイプらしい。

残された遺骸を観察しながら、判断を進めていく。確かに、これは無差別殺人だ。相手が気付く暇も無く、一瞬で殺している。

そして殺した後は。

加工して、飾り付けている。

サイコキラーにはよくあるパターンだ。実在したサイコキラーの中には、犠牲者を剥製にしたり、加工して家具を造っていたものもいる。

ヘリが高度を下げてきて、はしごをぶら下げる、

さて、いるならどう出る。

気配はまだ感じないが。もし仕掛けてくるなら、恐らく水際殲滅を狙ってくるはずだ。というのも、である。

見ると、遺骸の状態に、ばらつきがあるのだ。

どうも、抵抗できる人間から殺して回っている。村の中でもハンターだったり、力自慢だったり。

或いは、自警組織だったり。

そう言う者達から、処分しているのだ。

腐敗の状況を見ると、確実だ。後になればなるほど、非力な人間が鏖殺されている。つまり、分かっていてやっている、という事だ。

家の中を確認。

周囲も。

こういう僻地の村だ。麻薬の栽培に手を染めていたり。違法薬物がごろごろ見つかる。それは、今更どうでも良い。

問題は、家の中が。

殺し以外で、一切あらされていない、という事だ。

机の上には、金がそのまま置き去りにされている。こういう貧しい国では、考えられない事だ。

それだけじゃあない。

殺した死体を引きずっていった跡が残っている。そして、殺すのと。死体を回収する以外では、何一つ家の中に手をつけていない。

しかも、である。

子供だろうが寝たきりの老人だろうが乳幼児だろうが、容赦なく鏖殺。本当に無差別に殺しているのだ。

「こりゃあ、マジもんだわ」

仕事柄、ヤバイ奴は散々見てきたけれど。

これは恐らく、理屈とかが通用する相手では無い、と判断するべきだろう。つまり、野獣と同じ。

殺さなければ、殺される。

そう覚悟を決めて当たらなければならない相手だ。

この手の連中には、法とか理屈とかを当てはめようとするのが間違っている。

ふと、一瞬だけ。

気配探知の範囲内に、何かが入った。

すぐに気配が消えたことを見ると。

察知されたと悟ったとみるべきだろう。

ほんの一瞬の攻防だが。

しかし、敵の力量は分かった。陽菜乃の気配探知に気付く程度の実力を持っている、という事だ。

これは特殊部隊では荷が重い。

居場所を特定して、核を落とせば、或いは。

だが、そんな事が許されない現状。

陽菜乃がやるしかないだろう。

ヘリから降りてきた特殊部隊のメンバーに、周囲を調査させる。情報士官は、眉をひそめていた。

「色々な戦場を見てきましたが、これは……」

「これは戦場じゃないよ。 虐殺の場」

「……」

恐れを知らない特殊部隊の兵士達が、生唾を飲む。

サンプルの回収を急がせる。ドローンが撮った写真よりも、更に細密にデータを執る事が出来るだろう。

さて、彼奴はどうでる。

しばらく、わざと気配を緩めてみるけれど。

それでも、仕掛けてくる気配はない。どうやら、自分の力に驕っているわけではなさそうだ。

だが、しかし。

だとしたら、どうして、狂気に落ちた。

 

3、捕らえられぬ影

 

何度か村と基地を往復し、サンプルを回収。複数の死体と、家の中の状態を撮影したものなどを回収して、後は専門家に任せる。

陽菜乃はそのまま、村に待機。

餌場を荒らされれば、猛獣は出てくるものだ。事実、命知らずのピューマが、何度か顔を見せた。

死体が散らばっている此処を見つけて、しかも銃を持った人間もいないから、エサ場にしていたのだろう。

三度目で、飛びかかってきたので。

そのまま首を折って殺す。

人間の味を覚えた猛獣を、そのままに放置は出来ないからだ。

可哀想だが、仕方が無い。

二度、気配探知範囲のギリギリまで、奴らしき存在が接近してきたけれど。それだけ。少なくとも、仕掛けては来ない。

わざと寝そべってもみたのだけれど。

それでも攻撃してくる気配はない。

慎重なのか、それとも。

いずれにしても、頭が回る奴なのは間違いない。油断だけは、してはならないだろう。

無線が入る。

通信士官からだ。

「此方エリマー上等兵」

「陽菜乃です。 状況は」

「死骸の状況ですが、検死を進めた結果、鋭利な刃物で一刀に殺されています。 しかし妙なことも」

「聞かせて」

少し躊躇った後。

エリマーは言う。

死体の傷口に、残留物が一切見当たらないのだという。

たとえばどれだけ優れた技術で造られた刃物でも、やはり使っていれば刃こぼれする。その零れた部分は、傷口に残る。

切った速度が尋常ではないのも特徴だという。

居合いの達人でも、切る速度には限界がある。話を聞く分だと、やはり何かしらの能力を使ったと考えるのが妥当だ。

三十を超える死体を確認したが。

いずれも、致命傷を一撃で受けている。

それも、急所など狙っていない。

文字通り、体を一瞬で真っ二つにされたり、或いは粉々にされて。それで、即死しているのだ。

なるほど、これは。

相当に手強い相手だ。

「T−REX、其方は」

「時々気配をわずかに感じるけれど、仕掛けては来ないね」

「分かりました。 また其方に向かいます。 できる限り、情報を集めなくては」

「それがいいかな」

たき火を熾して、それを囲む。

虫の羽音がひどかったので、気配を発して遠ざけた。ある程度強くなると、これくらいは朝飯前になる。

ヘリの音が近づいてきたので、立ち上がる。

その時である。

「お前は、何者だ」

綺麗なスペイン語だ。

後ろから来た。

気配探知のぎりぎりから、声を掛けてきている。声はとても小さいけれど、聞き取ることは難しくない。

振り返る。

姿は見せてくれないが。

そこに、いるのは分かった。とはいっても、百メートル以上は、離れているのだが。

「ティランノサウルス」

「それは、名前か」

「私の能力の元になった生物の名前。 貴方も能力者なら、何かの生物の魂を感じ取ることが出来るのでは無いのかな」

「ミナミオオガシラ」

やはり、そうか。

と言うか此奴。ひょっとすると、ミナミオオガシラが、どういう生物か、知らないのかも知れない。

「どうして大量虐殺を?」

「殺したいから殺している」

「そう」

ならば、生かしておく訳にはいかない。

能力者が三つの勢力に別れて、収拾がつかない現状。人間側につけいる隙を与えるわけにはいかないのだ。

ただでさえ、ペンタゴンには、人工で能力を与える研究が進められているという実情もある。

勿論表向きにはされていないが。

陽菜乃の下には、情報戦のプロが何十人といるのだ。

「じゃあ、行くよ」

相手の返答を待たず。

陽菜乃は仕掛ける。

 

ヘリが止まった。

降りてきたメルビレイが、目を見張る。それはそうだろう。辺りは木っ端みじん。それこそ、気化爆弾が炸裂したような有様だ。

陽菜乃は煤がついた頬を手の甲で擦る。

逃げられたが。

ダメージは与えた。

そして、姿も見た。

なるほど、あれでは姿を認識出来ないはずだ。姿を認識させないタイプの能力では無いだろうと判断はしていたのだが。

ある意味、その判断は外れていた。

「何が起きたんですか、T−REX」

「接敵しました」

「なにっ!」

「手傷は負わせましたよ」

思わずだろう。食ってかかってくるミラルダ。だから、応えは用意しておいたのだ。スケッチブックを受け取ると、さっと書き写す。

其処に書き出されたのは。

骨と皮しか無い。それこそ、何処に内臓が入っているのか、疑問に思えてくるような、不可思議な姿。

ゲームに出てくるアンデットモンスターが、こんな感じだろうか。

拒食症が行きすぎたような雰囲気でもあるが。

陽菜乃と、周囲が粉みじんになるほどやりあった此奴は。とてもではないが、病人でもないし。

弱くもなかった。

肉付きをよくして、モンタージュを造れば、誰か知っているかも知れない。戦い方の場慣れが尋常では無かった。

犯罪組織の用心棒か、特殊部隊出身者か。いずれにしても、素人ではあり得ない。そして奴は、手負いの獣だ。

激しい反撃をしてくるだろうし。

逆に言えば、反撃を更に叩けば、一気に返り討ちに出来る。

「すぐにモンタージュを造らせます」

「しかしなんだ此奴。 ホラー映画のゾンビかよ」

「あながち、間違いでも無いかも」

陽菜乃は、激しい攻撃をかいくぐって、拳を一撃叩き込んだ。しかも、腹にである。生半可な能力者だったら、それだけでアウトなのだが。

此奴は耐え抜いた。

戻す事も無かった。

防御力が図抜けているのかと一瞬思ったが、違う。拳が届いて、衝撃波が抜ける感覚が確かにあったからだ。

間違いなく効いた。

しかしそれにしては、相手の動きが変だった。ダメージを受けた様子も無く、苦しんでもいなかったのである。

一体何が。

田奈ちゃんに連絡を入れる。

少し電話が鳴った後。田奈ちゃんは出る。

話をしてみると。

最近は、陽菜乃に少なからぬ不満を抱えているナンバーツーは。それでも、きちんと答えてくれた。

「分かりました。 そんな能力者がいないか、確認してみます」

「頼むよ」

通信を切ると。

追跡に向けて、頭を切り換えた。

放置はしておけない。

どうも雰囲気。特に口の臭いからして。死体の一部を喰っているようなのだ。サイコキラーと言うだけで無く、カニバリストかも知れない。だとすると、激しいダメージを受けた場合。

さらなる殺戮が、予想されるのだ。

ヘリが行くのを見届けると。

戦闘要員。メルビレイとミラルダを含む四人を見回し。陽菜乃は言う。

「この間の資料から考えて、まだ人がいる一番近い集落が危ないよ。 其処に先回りするからね」

「先回りって、あんた逃がしたんだろ」

「それが、どうも動きが速いことは速いんだけれど、何だか妙だったんだよね……」

口元に指先を当てて、思い起こしてみる。

繰り出してくる、不可視の超高速カッター。そして、動きは。一瞬ごとに、異常に速くなった。

逆に言うと。

普段はむしろ、フラフラと歩いていたような気がする。

戦闘時だけ、何かしらの能力を使って、加速している可能性が高い。持久力は、恐らくさほどない。

カッターと加速が同じ能力だとすると。更に、あのタフネスもしかり、だとすると。

田奈ちゃんがすぐに割り出してくれるはずだ。

そこまで応用が利くと言う事は。何かしらの、非常に明確な能力を使っている可能性が高い。

更に言えば。

凶悪な能力だ。

あんな体で乱用していれば、絶対にもたないだろう。

「それで、一番此処から近い集落とは」

「少し南にある麻薬密売組織のアジト。 都市部でも暴れてる連中の本部」

「!」

「先回りしてぶっ潰してくる。 多分、少し遅れてから、奴が現れる。 だから、皆は狙撃に専念して」

陽菜乃は靴紐を直すと。

フルパワーで。人間だったら、一日半ほど掛かる距離にあるアジトへと、加速して向かった。

森の中を、走り抜ける。

奴の痕跡は、不可解なくらいない。

戦っていたあのゾンビだか死神だかよく分からない風体の奴が、よそから操作している可能性も考えたが。

それにしては高性能すぎるし。

何より、確かに存在としての気配があった。生き物だった。多分、あれはほぼ間違いなく、能力を使っている本人だ。

ひときわ高く跳躍。

一時間ほどフルパワーで走って、もう麻薬密売組織のアジトに到着したのだ。攻撃を受けることを覚悟の上で、上空から確認するつもりで跳んだのである。

眉をひそめたのは。

人気が無いから。

もう一つ、ひょいと跳んで。

鉄条網と地雷地帯を飛び越える。

ジャングルの中に造られた、人の業の塊みたいな集落は。完全に血の臭いに包まれていて。

もはや、動くものは、誰もいなかった。

この殺戮。

ついさっき行われたばかりのものだ。

無線をいれる。

「その場でストップ」

「何があった」

「どうやら遅かったみたい。 皆殺しにされてる」

「!」

一旦無線を切る。

周囲は、ぶちまけられた死骸の山。鮮血が飛び散り、肉塊がまき散らされ。

そしてそれらが。

加工されていない。

つまり、奴が殺戮を実行した後、まだ時間が経っていない。

建物に入る。

残虐な事で知られる麻薬組織のボスが、上半身と下半身、泣き別れになって死んでいた。まあ、これは自業自得だからどうでもいい。こんな楽に死んだのだから、むしろラッキーだろう。

恐怖を顔中に張り付かせたまま。

アサルトライフルを握ったまま、組織の構成員が彼方此方で死んでいる。

中には、此処に連れ込まれたらしい、運が悪い娼婦の姿もあった。運が悪いけれど。しかし、この国では人権なんてものはなくなって久しい。生きて此処から帰る事が出来たとは、とても思えない。

気配。

近くにいる。

振り仰ぐと。

建物の上で。肉を咀嚼している、そいつの姿があった。

跳躍して、同じ高さに。

ミナミオオガシラを名乗る、死神は。

上半身がないまだ若い女性の死骸を左手につかみ。右手は、頭の残骸らしいものを掴んで。

脳みそをダイレクトに頬張っている所だった。

「第二ラウンドと行こうか?」

「しつこい奴だな。 オレが殺したのは、死んで良い奴らばかりだが」

「あの村の人々も?」

「そうだ。 お前はあの村でどれだけの麻薬が生産されて、どれだけの人間を不幸にしてきたか、分かっているのか?」

知らないが。

まあ、麻薬を積極的に生産していたのは事実だろう。

だが、それは大人達の責任。

身動きできない老人や、子供まで殺す事を正当化は出来ない。

自分が悪を為したと思っていないのか。

必要悪として振る舞っているのなら、まだ分かる。地獄に落ちる覚悟の上で、何かをしているというのなら、許すことは出来ないが、理解は出来る。

だが此奴は。

相手に非があると言うだけで。

自分の行動を全正当化している。

そして殺すだけで。

何一つ、他に為そうとしていない。

そんな奴は、理解してはいけない。

無線が鳴る。

田奈ちゃんからだ。

以前、似たような能力を持っていた奴がいると、連絡があった。ただし、その経歴が妙だという。

無線に耳を傾けながら。

脳を囓る、血まみれの死神を見つめる。ミナミオオガシラという名前についても。経歴を考えると、おかしくは無いのかも知れなかった。

脳みそを食い尽くした死神が。

まるでトカゲか何かのように。首を動かして、左の方を見る。そして、一瞬おいて。ライフルの弾を、掴んでいた。

狙撃犯が、配置についていたのだ。

此処を調べている間に、ヘリで移動して貰ったのである。

「仕方が無いな、殺すか」

「ここに来た特殊部隊のメンバーを殺したのも、仕方なく?」

「あれはオレの墓所を荒らしたからだ」

よく分からないが。

此処までだ。

跳躍。

反応するよりも速く、膝蹴りを叩き込む。ガードされるけれど。吹っ飛ばすには充分だ。

着地してすぐ。サイドステップ。

着地地点が、抉られる。

先ほど見たのと、同じ攻撃。

そして、田奈ちゃんが言う事が正しいとすれば。今のは。

連続して、陽菜乃がいた地点が、切り裂かれる。或いは、爆裂させられる。攻撃は見えないけれど。

死神が見ている方向に、攻撃は飛んでいる。

予備動作無しで。

つまり、見る事が、攻撃のトリガーになっている、という事だ。そうでもないと、この隙だらけの行動が、説明できない。

そして此奴の身体能力と合わさることで。

人間では、対応不能な攻撃になる。

甲高い叫びを上げると。

死神が、跳躍。

そして、地面に自分を叩き付けると、四つん這いになって、凄まじい勢いで逃げ出していく。

陽菜乃には勝てないと判断したか。

違う。

地面を吹っ飛ばして、煙幕を造ると。

その中から、無数の斬撃を飛ばしてくる。

一撃一撃が。

小さな家屋くらいなら、真っ二つにする破壊力だ。

陽菜乃は舌打ちすると、全力で回避。此方を見ている気配を察知した次の瞬間に、動く。そうしないと、避けられたものではないのだ。

小さめの、コンクリの建物が消し飛ぶ。

その残骸を掴むと。

気配に向けて、投げ返す。

地面が爆裂して、飛び出してくる死神。高く飛んだところを、横殴りに、数発の銃弾が襲った。

神業レベルの射撃だ。

ミラルダだろう。

憎悪と殺意が一体となった、見事な一撃。隊を全滅させられたのだ。これくらいはやろうと考えるのだろう。

肩と足を貫かれた死神が、憎悪の絶叫をあげる。

其処へ。突っ込んだ陽菜乃が、渾身の蹴りを叩き込んでいた。

地面に突き刺さる死神。

側に着地して、何度か地面を蹴りつける。

手応えは、あった。それを確認するためだ。蹴りの感触は、おかしくない。

骨は数本砕けたし、内臓は破裂したはずだ。エンドセラス級の能力者でも、今のをまともに食らえば、ひとたまりも無い筈。

今の陽菜乃は全身凶器。

地球史上最強の陸上捕食者の力は。伊達では無い。

だが。死神は立ち上がる。

おぞましいまでの、殺意を身に纏いながら。

「ミナミオオガシラ……」

「まさか、それは」

「ミナミオオガシラぁああああっ!」

喚くと。

死神は、地面に特大の攻撃を叩き込む。

そして、煙に紛れて逃げる。

途中、気配に向けて、周囲のコンクリ片を叩き込んで。その内何発かはもろに直撃したが。

奴が止まることはなく。

ほどなく、その気配は消えた。

 

特殊部隊が来る。

状況を見聞していく。死体も、すぐに回収していった。手を焼いている相手の、貴重なサンプルだ。当然だろう。

それにしても、だ。

あいつ、或いは。

ミナミオオガシラの能力者ではない。いや、まさかだが。仮説が正しいとなると。

「T−REX」

メルビレイが来る。

彼女も、特殊能力持ちなだけではなく、身体能力も図抜けているのだが。それでも、周囲の攻防跡を見て、青い顔をしていた。

「一体奴は、何者です」

「仮説だけれどね」

奴は、或いは。

ミナミオオガシラの能力者ではないのかも知れない。

田奈ちゃんからの話を聞く限り、こうだ。

むかし、同じように、不死身と知られた能力者がいたらしい。攻撃手段はあの死神と少し違ったが。

話によると、そいつは。

アメリカリョコウバトの能力者だった、というのだ。

言うまでも無く、アメリカリョコウバトは、近年まで実在していた生物だ。数十億という規格外の数がいたが。

人間のスポーツハンティングの対象となり。

無差別殺戮を繰り返されたあげく、絶滅した。

そして、以前現れたアメリカリョコウバトの能力者は。凄まじいまでの憎悪で、辺りに血の雨を降らせ続けたという。

よくも絶滅させてくれたな。

非力だったアメリカリョコウバトの憎悪を、肩代わりしたかのように。そう叫んでいるのを、聞いたものもいるらしい。

少し前の出来事だそうだ。

結局、エンドセラス自身が対処して。そいつは殺したらしいのだけれども。それでも、大きな被害が出たという。

「分かりません。 どういうことですか?」

「ミナミオオガシラがどういう蛇かは、説明したよね」

「! まさか」

「分かっているだけでも、最低七種の生物が、奴によって絶滅させられているの」

つまり、奴は。

そうやって絶滅させられた。

グアムに生息していた固有種の、怨念の塊、ということだ。

しかし、怨念の塊と言うだけで、人間に宿ることはまずない。アメリカリョコウバトの場合も、かなりケースは特殊で。

一度死んで、脳細胞が死滅しきった死体に宿り。

以降は一種のゾンビとして、暴れ狂ったという事だ。

今暴れている死神も。

何度か触った感触からして、恐らくは生きているが、同時に死んでもいる。そうなると。あれは。

そして、先ほどの台詞。

憎悪が暴走している対象は。

ため息が零れた。

これは、或いは。

起きるべくして起きた、悲劇なのかも知れない。

「エリマー上等兵」

通信士官を呼ぶ。

そして、片付けが進んでいる周囲を横目に、ある事を頼んだ。恐らくは、ほぼ間違っていないはずだ。

そして、正体さえ掴めれば。

分裂を誘えるかも知れない。

 

4、怨念の果て

 

見つけた。

やはり、予想通り。食事をしようと、一番近い人間の集落に向かっていた奴は。その寸前で、かろうじて捕捉できた。

陽菜乃が、眼前に降り立つと。

奴は。

死神は。

血だらけの歯をむき出して、凄まじい形相を浮かべた。

「何故邪魔をする!」

「貴方、ミナミオオガシラではないね」

「そういった覚えは一度もない!」

「やはり……」

そうなると、此奴は。

持ってきた写真のパネルを、見せる。

そうすると、死神は、凄まじい絶叫をあげた。

やはり、間違いない。

見せたのは、ミナミオオガシラの現物。ありふれた、特徴が無い蛇ではあるが。人間が持ち込んだことにより、最悪の環境破壊を引き起こした存在。

人間のエゴによって滅びた生物は、人間を憎む殺意と破壊の権化となった。

そして、人間が原因となって滅びた生物は。

今、同じようにして、命を落とした存在に。

乗り移って、そして。

その憎悪と、一体化した。

ある意味で、此奴は。

陽菜乃に取り憑いているティランノサウルスの思念と、同じような存在だ。そして、下手をすれば、陽菜乃も。

こうなっていたことは、否定出来ない。

此奴がミナミオオガシラと叫んでいたのは。

その怒りから。

メルビレイ達には指示を出してある。タイミングは、一瞬。今回は、もはや狙撃なんて生やさしい手段は用いない。

此奴は。

恐らく、肉体を破壊しつくすまで、止まらないからだ。

「lzsdhfogadjifg!」

いきなり、最高出力での攻撃を叩き込んでくる。

陽菜乃は破片で体を傷つけられながらも、ステップを繰り返して近づく。此奴が飛ばしてきているのは、水。

それも、極めて微量の水を。

空気中で固定。

それから、強烈なウォーターカッターとして。或いは、グレネードとして、活用してきているのだ。

移動も、それを利用している。

能力が水なのは。

恐らくは、グアムという孤島で。あらゆるものに恵まれて育った生物たちだったから、なのだろう。

豊富な資源の中には、当然水も含まれていた。

奪った全てが憎い。

そして、この肉体の、本来の持ち主は。

飛び込むと、顔面に拳を叩き込む。

吹っ飛んだ死神。

だが、無理矢理体勢を立て直すと、強烈な一撃をうち込んで来る。まるでビームが地面を抉ったように、ごっそり削られた。水を飛ばしているだけでは無い。その衝撃波も、利用している。

カッターの直撃は避けるが。

衝撃波までは無理。

吹っ飛ばされた陽菜乃は。

それでも体勢を立て直す。

死神が、叫びながら、躍りかかってくる。

その顎を蹴り挙げ。

動きが止まった所で、振り返りざまに、抜き手。

心臓を、貫く。

それでも、やはり。

もはや怨念だけで動いている憎悪の化身は止まらない。

喝。

叫ぶと、両者の間の空気が炸裂。

陽菜乃も、地面をずり下がる。

体の真ん中に大穴を開けながらも、死神は動きを止めない。

「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」

「……」

構えを取り直す。

頭を砕いても、此奴はまだ動き続けると思う。

だから、準備が終わるまでは、時間を稼ぐ。

叫びながら、飛びかかってくる死神。

四方八方を爆裂させながら、此方にむやみやたらに突入してくる。衝撃波が此方の肌を抉ってくる。

こんなにダメージを受けたのは、久しぶりだ。

だが。

「メルビレイ!」

叫ぶと同時に。

ついに、後方に回ったメルビレイが、死神の背中に触り。能力発動。

死神の体の結合を、弱める。

陽菜乃とメルビレイが飛び下がると同時に。

三人の特殊部隊員が。

同時にグレネードを、その場に叩き込んだ。

逃げようとする死神の足が砕ける。今までの無茶な機動が、無理矢理体を動かしている事に起因していたのだから、当然だ。

メルビレイの手により、その無理が、ついにダメージにダイレクトに変換された。

そして。

グレネードが炸裂する。

断末魔の絶叫が響き渡る。

煙が、辺りを覆い尽くし。

耳を塞いでいた陽菜乃が、安心して手を離す。

小さなクレーターが出来ていた。

グレネード三つが、同時に爆発したのだから、無理もない。

其処には、もはや何も残らず。

死神がいた痕跡は。

其処には、なかった。

まるで、最初からそんなものは存在せず。

怨念が、ただ殺しをしていたとでも、いうかのように。それも、あながち間違っていないだろう。

きっと、あの怪物。

死神は。

ミナミオオガシラに滅ぼされた生き物たちの怨念に支配された段階で。人間としての意識を手放していたのだろうから。

いや、本当にそうなのだろうか。

いずれにしても。

全ては、闇の中だ。

 

帰る途中のヘリで、手当を受けると。基地の宿舎を借りて、休む。

眠ると。

渦の夢を見た。

やはり、間違いない。

ミナミオオガシラに滅ぼされた数種の生物の意識がある。彼らは、憎悪している。だけれども。

渦そのものが、彼らを説得している様子だ。

だがどうしてだろう。

何だか、渦の様子がおかしい。

これは。なるほど、そういうことか。

渦全体が。

憎悪に、染まっている。

それも、人類に対しての。

「短期間で、絶滅した生物があまりにも多すぎる。 このままだと、この星の長期的な未来よりも先に、憎悪が全てを塗りつぶしてしまう」

「ティランノサウルスの力を受け継ぎしものよ、急げ」

「我等も、いつまでも抑えきれない。 このままでは、この者達のように。 憎悪と怨念に任せて、暴走するものが大量に出る事になるだろう」

ぞっとしない。

もしも、今まで人類が、直接絶滅させてきた生物が。全て牙を剥いてきたら。

つまり、あの死神のような存在が。

ミナミオオガシラに対する憎悪を、自分を殺した人間に対する憎悪と混ぜ合わせたのでは無く。

丁度、エンドセラスが戦った、アメリカリョコウバトの能力者のように。

人間に対する憎悪そのものを純粋培養して。

大量に、世界中に現れでもしたら。

この世界は。

終わる。

目が覚める。

田奈ちゃんに連絡。まず、今回の件は、解決したことを告げる。ほっとした様子の彼女に、すぐに次の爆弾を投下。

「三つの勢力が、争っている場合じゃなくなるかも知れない」

「どういう、ことですか」

「あまりにも短期間で絶滅した生物が多すぎて、この星の思念の渦が、憎悪と怨念に染まりすぎているみたい。 もしも、これが抑えきれなくなると。 世界中に、死神みたいな奴が現れて。 手当たり次第に、辺りの生物を片っ端から見境無く殺し始めるかも知れない」

「!」

田奈ちゃんは、何か考えてみると言うと、電話を切った。

陽菜乃はベッドから出ると。

シャワーで体を洗う。

ティランノサウルスの能力の影響で、傷の治りも早い。だから、殆ど傷は残っていなかった。

司令部に出て。

そして、今回の顛末について説明。

殆ど同時に。

陽菜乃の手に着いていたDNAなどから、米軍がついに死神の正体を割り出していた。

それは、優しそうな笑みを浮かべた成人男性だった。

写真では、妻と子らしい家族に囲まれている。

彼は。

麻薬組織の抗争に巻き込まれ、子供を惨殺され。

妻は強姦されたあげくに、彼らがトロフィー代わりにしている木にぶら下げられて。医者も警察も助けてくれずに、衰弱死。

彼自身は、麻薬組織の人間に家を焼き払われ。

誰も助けてくれない中。

全身火傷で、命を落とした。

病院でさえ。彼を引き取ることはなかった。

その死骸に。

無数の憎悪が、集ったのだ。

そして、彼自身の哀しみと憎悪に、混じり合った。

誰もが、何とも言えない顔をしている。化け物の正体は、人間だった。むしろ、周囲の人間の方が、余程化け物だったのだ。

「死人を裁くわけにも行かないな……」

基地司令官の少将が呻く。

いずれにしても、敵は制圧、沈黙した。

問題は。同じような奴が、いつ何処で、現れてもおかしくない、ということだ。

人間が面白半分に殺戮して、必要もないのに絶滅させた生物なんて、世界中に幾らでもいる。

そして、彼らの憎悪を。

渦は、抑えきれなくなりつつある。

このまま行くと、世界は一気に破滅に転がり落ちるだろう。陽菜乃がわざわざいうまでもない。

その危険性は、ゾンビ映画に出てくるゾンビの比では無い。あんなものは、軍隊でも出せば、簡単に鎮圧できる。戦車やヘリに、ゾンビがどう対抗できるというのか。だが、こいつらは。

単独で、特殊部隊を一つ、あっというまに皆殺しにするほどの戦闘力を誇っているのだ。

ミラルダはショックを受けているようだ。

死神が自分と同じような存在だったことに、気付いたからだろう。

憎悪が憎悪を呼び。

怨念が怨念を呼ぶ。

そして人類は今までに。あまりにもその独善で。周囲に破滅をまき散らし過ぎた。もはや、これ以上は。

あらゆる意味で。地球がもたない時が来たのだ。

報酬を受け取って、基地を出る。

そして、考え込むと。

田奈ちゃんに連絡を入れた。

古細菌側のリーダーと、話をする必要がある。どうにかして、連絡を取って欲しいと。同時に、会議にはエンドセラスも交える必要があるだろう。

これは、能力者だけの問題では無くなる。

あいつは、陽菜乃でさえ手こずるほどの戦闘力を持っていた。アメリカリョコウバトの能力者に、エンドセラスが手こずったというのも納得である。

あんなのが、千、万と世界中に現れたら。

もはや、打つ手など。

何処にも無い。

 

中東。

女子供を奴隷として売買する、凶悪な犯罪組織が跋扈する土地。その基地の一つが、阿鼻叫喚に包まれていた。

アサルトライフルを乱射しながら、穴を飛び出してくるテロリスト達。

彼らは、一様に。

信じてもいない神の名を呟き。

顔中に恐怖を塗りたくり。

そして、戦友の血を、体中に浴びてもいた。

穴から出てくるのは。

どう見ても、生きているとは思えない存在。全身が穴だらけで。それでいながらそいつは。

砂漠の下で、あまりにも機敏に動く。

そして、動いた一瞬後には。

テロリスト達が倒れる。

死体には、首がなく。

大量の鮮血が、砂に吸われ始めていた。

「お見事」

「……」

穴だらけの死体の上で、拍手する音。

空中に浮かんでいるそのものは。

白色人種の子供に見えた。

着地する子供は、穴だらけの、生きた屍に語りかける。

「ドードーの能力者でしょう、貴方は。 素晴らしい実力ですね」

「ワタシがコロスのはテロリストだけだ。 お前に用は無い」

「僕にはあるんですよ。 テロリストの潜伏先、貴方に提供する準備があると言ったら、どうでしょう」

「……コロスのはテロリストだけだ」

分かっています。

そういうと。

子供は、穴だらけの生きた屍に、書類を見せる。頷くと、ドードーの能力者は。元となった生物の鈍重さが嘘のような機敏な動きで、砂丘の向こうに消えていった。

「ユリアーキオータ、これで良いんだろう?」

「ああ。 オレの気に喰わんがな」

姿を見せたのは、また子供のような姿。

ただし此方はアジア系。

彼らは、古い古い時代の絶滅生物の能力者。現在、最強の能力者を幾人も抱えている、少数精鋭の組織のトップ達だ。

「現時点で、確保したのは八名。 これから更に増えると見て良さそうですねえ」

「渦がもたなくなっている。 だから、いっそ毒を喰うならば皿まで、というところだな」

「ふむ、貴方らしい」

「何百年も生きると、こういう下衆いやり口も思いつくようになるんだよ。 不快な話だがな」

二つの影は消える。

三つに分かれていた能力者の勢力が。

一気に変わりつつある。

そして、能力者の勢力が、一気に統合されたとき。

この世界には。

大きな変革が起きるのは、確実だった。

 

(続)