狭間の価値
序、感染
接触式感染症。
極めて簡単な名前を与えられたその病気は、名前と裏腹に人類を滅亡に導きかねないものだった。
触ることによって、100パーセントの確率で相手に感染。
そして感染した状態で1ヶ月以内に他人に触らないと。
これまた100パーセントの確率で死亡する。
例外は無し。
あらゆる医療。
あらゆる抗生物質。
なにもかもがこの病気の前には通用しなかった。
他人に触ると、不思議な事に病気は一切消えてしまう。
だが厄介な事に。
この病気は、接触感染だけでは無く。
自然発生的に感染もするのである。どれだけ隔離していてもいきなり患者になるのだ。
病原菌は一切発見されておらず。
細菌が原因なのか。
ウイルスなのか。
プリオンなのか。
或いは何かしらの疾患なのかも分かっていない。
寄生虫説まで浮上したが。
そもそもその異常な性質がはっきり判明するまでに、人類は人口の四割を喪失し。それ以降もヒステリックな人口減少が続き。社会は崩壊しつつあった。
現在では、シェルターに籠もろうが。
宇宙ステーションだろうが。
この病気は発生することが確認されている。
つまり逃げる場所は無く。
一時期はヒステリックに感染者を殺戮していた人類も。
殺しても殺しても感染者が現れることから、殺処分を諦め。
今では健常者と感染者が。
交互に交代する事で、命をつなぐ事に執心していた。
しかし、その体制が出来るまでが、あまりにも遅すぎた。
秩序はもはや世界には存在せず。
大国と呼ばれていた国ほど崩壊が激しい。
ユーラシア以外の大陸は一旦放棄された。
汚染が激しすぎるからだ。
既に人間の数は二億を切り。
核に汚染された世界に。
復旧の見込みは無い。
しかも、その残った二億に関しても。
管理を怠ると、一瞬で滅びてしまうのが、確実だった。
現在、十五のコロニーが作られ。
それぞれ交流を通信だけでとりながら、人類は生存を続けているが。
この奇病による人口減少には未だに歯止めが掛からず。
あるコロニーに至っては。
最後の楽園と名付けられ。
非感染者だけを集めて作られたものにも関わらず。
今では全てのコロニーの中で、一番感染者が多いと言う有様なのだった。
研究者は全員が過労死寸前で、必死の研究を続けているが。
それでもどうにもならない。
人類は滅亡する。
その声も。
聞こえはじめていた。
「それでは、今回の定例会を始める」
私がモニターの前に座ると。
テレビ会議に、十数名が映る。
この世界に存在するコロニーのトップ達だ。
ちなみに私だけが違うが。
それには理由がある。
また発言権も無く。
話を聞くだけだ。
「現在の人口減少比率をそれぞれ報告しよう。 我が1コロニーでは、前月比0.7%の減少だ」
「暴動が起きていると聞いたが……」
「やはりこうなるとどうしようもない。 ロボットによる鎮圧を行っているが、感染者への襲撃が止まらない状態だ」
「2コロニーでは、減少率が1%を超えた。 先月病院に対する大規模テロが発生し、1万人以上が死んだ。 どうして感染者を殺しても何ら解決しないと、理解出来ないのか……」
ぼやく指導者達。
この病気が流行り初めてから。
人間の出生率は著しく減少した。
病気が流行り始めてからまったく同じ時期、というわけでは無いのだが。
人間が減り始めてから。
とにかく子供が生まれにくくなったのは事実である。
おかしな話で。家畜にもまったく同じ傾向が見られるそうで。
食肉の確保には、どのコロニーでも苦労しているという事だ。
「そうなると、先月比で、人類は99%に減少した、という事か」
「たった1月で1%も減るとは。 どうして周知を誰も聞き入れようとせず、感染者を躍起になって殺そうとするのか」
「これは人類史上最大の危機だ。 ペストやインフルエンザやエイズの比では無い。 このままでは、本当に人類は滅ぶぞ」
クローンも駄目だと言う報告が出ている。
かろうじて間に合ったクローン技術だが。
それでも、普通にこの病気には感染するし。
何よりも、この病気のまま生まれてくるクローン体が出てきていることが判明している。
一時期は、一旦全員死に絶えるのを待ってから、クローンに文明を引き渡すという案まで浮上したのだが。
作ったクローンが、生まれたときには既に病気を持っていた、というケースが多発した事もあり。
計画は白紙化された。
「学者達はどう言っている」
「うちのコロニーでは、学者達がもはや民主主義を止めるべきだという意見を提出している。 完全に人間の行動をコントロールして、病気をうつし合って生き延びるしか無いと」
「それでは強制収容所では無いか!」
「それでも生き延びなければならない! もはや民主主義だの社会主義だの言っていられる場合か!」
「病院も停止寸前の状況で、大規模暴動が起きてみろ! もはや何ら手さえ打てず人類は滅ぶぞ!」
わいわいぎゃあぎゃあと煩わしい。
此奴らはまったく。
私がこの会議に参加するようになった時から、まったく変わっていない。
そして此奴らの半分以上が死んだが。
それでさえ変わらない。
人間が変わる事は滅多に無い。
あるにはあるが例外だ。
あくびをしながら、私は。
まとまりの無い、会議と言う名の罵りあいをぼんやりと見つめていた。
「一つ、興味深いデータが出ている」
そう言ったのは。
もっとも人口減少が著しいコロニーの長。
私がこの会議に加わる事になった出来事の。
生き残りの一人。
なお此奴のコロニーは。人口減少率7%に達している。たった一ヶ月で、である。今最も滅亡に近いコロニーだと言えた。
「コロニー内の統計をして見たところ、感染者の数は、殆ど推移していない」
「ほう? 短時間であれほど死んだのにか」
「そうだ。 死んだのに減っても増えてもいないんだよ」
半ばやけくそ気味に吐き捨てるコロニーの長。
気付いたか。
まあどうでもいいが。
意図的に今までばらけさせていたのだが。
まあそろそろ気付かれる頃だっただろう。
「全体的に見て、死んだ数だけ新しい感染者が出るようになっている。 例のごとく接触すると感染する事は分かっているが、その場合感染していた者は平常状態に戻るからな」
「何が言いたい」
「分からないが、もはやこれは恐らく、病気ですらないのではないのか、という事だ」
「馬鹿馬鹿しい。 このような症状を引き起こすものが、病気以外のなにものだというのだ」
やはりそう反応するだろう。
にやにやと見守っている私の前で。
更なるデータが提示された。
「そしてずっと統計をとり続けていたのだが。 常に感染者の数は一定のようなのだ」
「何だと……!?」
「つまり、この得体が知れない病気か何か良く分からないものは、常時一定数が人類の中に存在し。 そして死んでも新しく感染者になる者が出る、という事で間違いがないらしい」
「馬鹿馬鹿しい……」
笑おうとして失敗するコロニーの長の一人。
私はそれこそ。
笑いを堪えるのに必死だったが。
統計学というものは昔からあったのに。
いつ頃からか、マスコミが「1000人分のデ−タを取れば全ての結果を統計で説明できる」等とほざきだし。
まったく意味を成さなくなった。
馬鹿馬鹿しい話で、母数が億を超えているようなデータでも同じような事をほざいていたマスコミのせいで。
統計学は確実に衰退した。
最低でも十万。
有識者が口にしていた言葉はマスコミによって黙殺され。データは一切使い物にならなくなった。
今更「カビが生えた」統計学を持ち出してきた時点で。
少しはマシだったのだろうが。
気付くのが遅かった、という訳だ。
もっとも、統計を取れるほど人間が管理され。
数を減らしている、と言っても良いのだが。
「ともあれ、人間の減少に歯止めを掛けなければならん。 うちのコロニーではこれより戒厳令を敷き、一般人の行動を著しく制限する」
「そうか、勝手にしろ」
「人類はもう駄目かも知れんな」
「……」
会議が終わる。
テレビ会議の前に座っていた私は。
最後まで何も喋る必要がなかった。
私のいる部屋に、ロボットアームが入ってきて、茶を差し入れる。
私はそれを啜りながら。
まずいな、と思った。
味の話である。
さっきまでは極上の茶番劇が繰り広げられていたのに。
まだまだ機械の淹れる茶はまずい。
さて、どうしたものか。
「1から25までをオープン」
呟くと。
私の左右にあるモニターが。
画像を開いた。
動画であるが。
いずれも動きがない。
つまり、既に。
ドローンで監視していた被検体は、全てが死んだ、という事だ。眠っていてさえ、少しは動くのだから。
「26から50」
同じく動きは無し。
そうやって200まで確認したが。
いずれも結果は同じだった。
あくびをすると、フトンに潜り込むことにする。どうせこの部屋からは出る方法すら無いのだから。
寝ていようが起きていようが。
関係無い。
それに、私が会議に参加していることさえ。
彼奴らにとってはどうでも良いことだろう。
そもそも、彼奴らのせいで。
この世界はこうなっているのだが。
それさえも、恐らくはどうでも良いに違いない。
そろそろやるかな。
まずい茶の残りを啜りながら考える。
彼奴らの利用価値も無くなってきているし。
そもそも私もどうなろうとどうでもいい。
この閉鎖空間の隅には、毒ガスを噴出する装置が付けられているのだが。
それも実はあってないようなものだ。
通用しないのだから。
多分設計者は知らないだろうが。
布団に入って横になったまま、ぼんやりとデータを見る。
当初の予定通り。
人間は右肩下がりで減少している。
このまま行けば、年内には予定を更に下回ることだろう。億を切るのも、そう時間は掛からないはずだ。
本番は1000万を割り込んでから。
その頃には、あのコロニーの長達もみんな処分し。
混沌と破滅の中に人間が落ちていく様子を。
特等席で見つめ。
全てが終わった後。
役割が終わった私も。
死ぬとしよう。
私はそうして作られた。
だから、全てが終わったら。
休むだけ。
それだけのことだ。
ふと、全体の人類の数を表示しているモニタを見る。
丁度二億を割り込んだところだった。
ふむ、まだ二億も残っているのか。
それはそれで、面倒な話である。
不意に、さっきまでテレビ会議に使っていたモニタがつく。
映ったのは、私を製造する時に、関わった人間の一人だった。コロニーの長の一人でもある。
「そこにいるか、ロウ」
「はいはい、いますよ」
「貴様、何故先ほどの会議で、適切な意見を述べなかった」
「私なんかに構っている暇があるので?」
茶を啜る。まずい。
当然モニタの向こうにいる相手は激高。
だが、もはや。
手出しをする術は無い。
そもそも此処はコロニー内ではない。
既に放棄された、北米大陸の軍研究所の一つ。とっくの昔に周囲の人間は消えていなくなっているし。
食糧にも限りがある。
つまり、どのみち。
私は死ぬ運命だ。
まあ最悪の場合、だが。
「軍を送り込んで確保しても良いんだぞ!」
「これから戒厳令を敷くんでしょう? そんな余裕が何処におありで」
「その程度の兵力なら……」
「まともに飛行機も飛ばないのに?」
せせら笑ってみせる。
コロニーに人間が分散される過程で。
人類は残った力を使い果たした。
飛行機類は限界まで活動させられ。
そして殆ど飛べる機体は残っていない。
昔は人員輸送で活躍した文明の利器も。
文明が無茶苦茶になり。
世界が終わっていく過程で。
その機体と翼を朽ちさせていった。
既に空軍というものはほぼ動かなくなっているし。
海軍も同じ。
そもそも陸軍でさえ。
満足な武装を準備できない状況だ。
大規模な暴動が発生したら止めることさえ出来ない。それを分かっている筈なのに、見当違いの方向に脅迫か。
そもそもこの事態を引き起こしたのは、誰だと思っているのか。
「とにかく、意見を求められないなら何も言いませんよ私は」
「おのれ役立たずが!」
「貴方にだけは言われたくありませんね」
大あくびをすると。
そのままフトンに潜り、背中を向けて眠る。
罵詈雑言が聞こえてきたが。
もうどうでも良かった。
1、破滅の始まり
人類管理計画。
そのプロジェクトが、大国間で動き始めたのは十七年前の事。丁度私が生まれる五年前の話だ。
計画の全貌は勿論知っているが。
あまり愉快な話では無い。
世界の人口が90億を超え。
宇宙開発は遅々として進まず。
銅を一とする資源は枯渇が始まり。
世界中に異常気象が吹き荒れ始めた中。
とうとう各国首相も、人間が増えすぎ、不相応な拡大政策に無理が出てきたことを認めたのだ。
いずれにしても出資が行われ。
計画は右往左往しながらも。
私が作られることになった。
そう。
私は、その時作られた強化人間だ。
作られたときから密室に閉じ込められ。
そして絶対に出られないようにされていた。
教えられたことは、一切合切忘れなかったが。
性能に満足しないことも多いようで。
科学者に電流を流されたりもした。
のたうち廻る私を見て。
戦車砲も防ぎきる超強化硝子の向こう側から、科学者達が笑っていた。
よく覚えている。
連中の、とにかく楽しそうな顔は。
そして私は様々なデータを仕込まれて。
外へつながるネットワークも渡された。
私に命じられたことは一つ。
人間を効率的かつ。
自然に減らせ。
そういう命令だった。
私ははいはいと二つ返事で応じ。そして、科学者達が気がつかないうちに、それをくみ上げていた。
人間にはアポトーシスと呼ばれるものがある。
いわゆる生物としての自壊機能であり。
これが存在することによって、生物として円滑に生きる事が出来る。
必要に応じて、不要な細胞を殺す。
そういうしろものだ。
だが、それを操作したところで、人間は簡単には死なないし。
自然にはならない。
ならば、病気を装うのが良いだろう。
そしてその病気は。
アポトーシスの異常をもって発生しているように見せ。
他者に接触する事で不意に治癒し。
逆に接触された他者は、服越しだろうがなんだろうが、感染は免れない。
科学者達の命令通りに私が組んだそのシステムは。
人間という種族そのものに作用するアポトーシスで。
そして人間という種族の特性を理解しているが故に。
どうしようもない死神として働くものだった。
勿論科学者どもに、この事は言わず。
言われたまま。
人間を効率的かつ自然に減らす作業を始めた。
後に接触式感染症と呼ばれるこの「病気」が誕生した瞬間である。
どうして人間という種そのものに干渉できたのか。
それは私が、人間という種の長所だけをかき集めて作られた強化人間だから。つまり、女王蟻のような個体だからである。
これほどの巨大ネットワークを構築した生物の女王蟻だ。
科学者どもは理解していなかったようだが。
それがどれだけ危険な存在かは。
彼らは結局理解せず死んで行った。
まあどうでもいいが。
暴動が始まるまで半年。
その時には、このくだらない計画を立てた連中はテレビ会議に私を招き。時々意見を聞いては、その的確さに喜ぶようになっていた。
だが、アフリカでたった一年に2億の人間が死に。
翌年には、世界中で10億の人間が減少すると。
彼らも慌て始めた。
破滅の時が始まったのだ。
大国は大慌てでこの謎の病気について調べ始めたが。
そんなものはあるわけがない。
種としての長が、種そのものに干渉して起こしているのだ。
神などと言う大した存在では無いが。
私は女王蟻程度の力は持っていて。
巨大すぎるコロニーを作る生物には。
それがあまりにも致命的だった。
南米とオーストラリアが壊滅。
中国が事実上消滅。
北米が壊滅状態になった頃には。
研究所は無人になっていて。
私にはただ、自動で食糧が差し入れられるようになっていた。
ネットを通じて入ってくる世界情勢は。
文字通りの大炎上。
世界の人口が10億を切った頃には。
私は笑いが止まらなかった。
人間の要素を凝縮し。人間を減らすという事は、こういうことだ。
人間はそもそも科学には全てが早すぎる。
接触すれば、どうあっても感染する。
感染したら、何もしなければ一ヶ月で死ぬ。
だったら互いに一ヶ月で交代し合えばいいものを。
それがそうできないのが人間だ。
制度化しても無理なものは無理。
更に一ヶ月間は、苦しみが続くことにもなる。
だったら、他人に押しつけて。
自分だけは楽をしたい。
そう考えるのが人間なのだから。
クローンに関しても同じだ。
技術は間に合ったようだが、知った事では無い。
此方としては、同じ数の人間が、常時アポトーシス異常を起こすように、仕掛けておけばそれでよかった。
ただそれだけで。
人類はそれこそ、ダムから放出される水のように。
凄まじい勢いで数を減らしていった。
最終的に、放置しておいただけで。人間は2億を切り。
今や、生物として破滅の時を迎えつつある。
これが望みだったのだろう?
私はそう問いかけてやりたい。
そもそも私が作られた動機についても知っている。
「役立たずを処理する」
それが最初の目的だったのだ。
そしてその「役立たず」とは、「代わりが幾らでもいる」「貧民層」の事だった。
笑止な話である。
そういった人間がいなくなれば、世界は豊かになるとでも思ったのか。
過剰な富を蓄えている富裕層だけで、世界を動かしていけると思ったのか。
現在、金など何の価値も意味もなくなっている。
私は女王蟻であり。
蟻が相手の場合は、何一つ手加減もしないし。
その必要も認められなかった。
コロニーがまともに動かなくなりはじめた。
会議の頻度も減った。
コロニーの長達が、そもそも忙しくなりすぎて、出られなくなりはじめたのである。
前は奴隷同然の人間を周囲に侍らせて、ワインでも転がしていれば良かったのだが。そうもいかなくなった。
何しろその奴隷同然の相手がいなくなった。
残念ながら、奴隷同然にこきつかえるロボットに関しては、まだ実用化の目処が立っていないし。
そもそも新しい技術を開発できる段階にない。
私は状況を見ながら、均等に「感染者」がコロニーに分配されるように見ているだけでよかったし。
何よりも、それだけで勝手に目的が達成されるので。
これ以上楽なことも無かった。
人間を殺すのに病気なんて必要なかった。
戦争もしかり。
必要だったのは。
周囲に対して、致命的な殺意を持つ事。
それだけだった。
その殺意を正当化してやれば。
人間は簡単に殺し合う。
やれ思想が気に入らない。
やれ髪の色が肌の色が気に入らない。
そういって人間は相容れない思想の書かれた本を燃やし。
相手さえ燃やしてきた。
ならば、その歴史に沿って。
人間を終わらせてやるだけだ。
会議が久しぶりに行われる。
かなりコロニーの長が減っていた。
前に2億を切ったときから、半年が経過したが。
人口の減少速度は更に加速しており。
現在では1億をついに割り込もうとしている。
減り方が少ない場所に私が手を入れた結果であり。
何カ所かのコロニーでは。
既に秩序さえ維持できなくなってきていた。
そして別のコロニーに移動するにしても。
もはやその手段さえないのが事実だった。
コロニーを出ても、其処は荒廃しきっていて。たった数年で、地上の覇者が人間であったことなど忘れ去られたような大地と化しており。
其処に住まう猛獣たちは。
激しい争いで地上を荒らしに荒らした人間を憎み抜いており。
もはや武器をロクに持たない人間には、対抗の手段が無かった。
コロニーの長達の、焦燥しきった顔が並んでいる。
誰の顔にも。
もはや打つ手が無いと書かれていた。
私はそれを。
満面の笑みで見やる。
仕事をしているというのは良い気分だ。
此奴らの言う通りに仕事をしているのだから、何一つ文句を言われる筋合いもない。
愚民貧民は必要ない。
富は独占して当然。
生かさず殺さずが基本。
そう宣っていた事を。私は当然忘れてはいない。
此奴らには責任を取る必要もあるのだろうが。
まあ正直な話。
どうでも良い。
「コロニー6の話を聞いたか」
「ああ、戒厳令を敷くのに失敗し、コロニーごと暴動で壊滅したそうだ。 住んでいた人間は、食糧自給システムが全滅状態で、ほぼ絶望らしい」
「そうか……」
「現在生きている人間の数は、1億を切りつつある。 2億を切ってから半年足らずでこれだ。 どうすればいい」
青ざめきった声。
聞いているだけで愉快になるが。
私は意見を求められていない。
だからそのままである。
不毛な会話が続く中。
一人が咳払いして、立ち上がった。
「このままではまずい。 戒厳令が成功しているコロニーでも、感染者の虐殺が横行している。 中には治安警察が暗殺を行うケースまで発生している」
「一ヶ月で確実に死ぬ病気で、触られれば感染する。 ババの押しつけあいになる事は分かっているからな……」
「感染を引き受けることを拒否する人間も出始めた。 感染を引き受けることを厳罰化した場合、今度はまたそれが暴動の引き金になる事もある様子だ」
「ああ、うちのコロニーではそうなったな」
触るだけで感染。
勿論服越しでも。
私がコントロールしているのだから当然だが。
そのシステムに慈悲などは無い。
それにしても、此奴らは本当に世界が金持ちだけで回るとでも思っていたのだろうか。だとしたらとんだお笑いぐさだ。
いっそのこと、此奴ら全員を常時感染させて、殺してみるか。
その後、どのような混乱が人間を襲うか。
ちょっとばかり興味がある。
少し考えたが、止める。
まだ一億も残っているのだ。
どうせなら、1000人くらいになってから、それを試してみるのも良いだろう。
「コロニーの中には、感染者の割合が5割に迫っている場所もある様子だ」
「……もはやどうにもなるまい。 生存者をコールドスリープさせるか?」
「無駄だ。 コールドスリープした所で、この病気は解析さえ出来ていない。 医者さえ次々に死んでいるんだぞ。 病気かどうかさえも怪しくなってきているんだ」
「何か手は無いのか!」
ヒステリックな声が混じり始める。
此奴らがついちょっと前まで、この世の酒池肉林を全て独占していたなど、誰が信じられようか。
私はフトンに籠もったまま。
様子を楽しく見守る。
その内、会議は何の結論も出ないまま終わる。
私はしばらくしてから。
感染者の様子を確認。
いずれも凄まじい拘束をされていて。
とても身動きできる様子では無かった。
まあこうなるだろうな。
それぞれ感染を肩代わりしつつ、生活していけば良いものを。
情けない話だが。
人間は他人の苦労など絶対に背負い込みたくは無いし。
他人を助けるために自分を犠牲になどしない。
する奴もいるかも知れないが。
いたとしても異常者扱いだ。
この光景が全てを物語っている。
あくびをしながらフトンに潜り込む。
それで気付いた。
空調が止まった。
どうやら北米に残っていた発電所が全て停止したらしい。
そもそも軍の施設だから、電気は優先的に回されていたのだが。
それも終わりか。
モニタも動かない。
となると、これから世界がどうなるかは、遠隔では見られない、という事になる。少しばかり面倒だ。
やれやれ。
此処を出るしか無いか。
フトンから出ると。
私は首を何度か鳴らした。
体にはあまり良くないことは分かっているが。
それはそれ。
気分の問題だ。
ガラスを打ち抜くのは無理。
戦車砲さえ耐え抜く防弾構造だ。アフリカ象が突進してもびくともしないようなガラスである。
当然私にも不可能だ。
だが、電気が止まった場合。
隠し玉が私にもある。
足下近くにあるガス噴出口。
これを引っこ抜いて壊す。
もう電気が無い以上。
動く事は無い。
勿論ガスタンクまで破損したら、此処に殺人ガスが流れ込んでくるだろうが。まあその時は仕方が無い。私も運が悪かったと諦めるだけだ。ガスの能力は、それこそ鯨が死ぬような代物。
浴びたらちょっとばかり苦しい。実は死なないが、それはナイショだ。
ガスの噴出口をぶっ壊すと。
其処から内部空間に潜り込む。
前にハッキングして此処の構造は知り尽くしているので。
後は体が小さいことを生かして。
研究所の内部を這い進んでいくだけだ。
床を下から開けて。
研究スペースに出る。
射殺されてから、随分時間が経った死体を見つける。既に骨になっていた。虫さえ集っていない。
まあ時間があれだけ経てば当然か。
白衣を奪うと。
上から着込む。
汚いとは思わなかった。
そもそも衛生観念がない。
トイレはあったが、風呂は無かったし。
時々放り込まれるぬれタオルを使うくらいで。
その使う様子もじっといつも見られていた。
もう少し清潔な衣服が手に入ったら、それに切り替えよう。
私は研究所を。
その服に入っていたIDカードを使うまでも無く。
電気が止まった故壊滅しているセキュリティをそのまま通り。
出る事に成功した。
元々世界最大の国家だったとは思えないほどの荒廃ぶりだ。
メガロポリスはそのまま巨大な墓地になっていた。
荒野には人間がいなくなったことを喜ぶ猛獣が彷徨いていたが。不思議と私を見ると、傅くことはあっても襲ってくる事は無かった。
或いは気付いているのかも知れない。
私が人間を滅ぼした元凶なのだと。
それならば野獣たちは皆感謝するだろう。
この国では、人間が意図的に多数の動物を「娯楽」によって殺してきた。
世界最大の数を誇った鳩の仲間もそうしてこの世から消し去られた。
そういう歴史がある以上。
この世界の生物が、人間を滅ぼした存在に感謝するのは、当然かも知れない。
軍の施設でレーションと荷車はくすねてきたが。
何処も基本的に電気は止まっているし。
燃料はそもそも枯渇しているので。
発電機を見つけてもまず使えない。
ただ、私は女王蟻だから。
大体どれくらいの人間がまだ生きているか。
その内どれくらいがアポトーシスを弄っているかは、感覚で分かる。
こんな生物を作ってしまったことに気付かないのが人間で。
そして人間であるが故に反省もせず。
今もどうやって自分だけが生き残るかを考えている。
悲惨なカタストロフに襲われた場合、人間は助け合うようになるなどと言うのは大嘘である。
それは、今周囲を見ていてもよく分かる。
メガロポリスだった場所を見ていくと。
略奪の痕。
殺し合った痕。
全てが鮮明に残っている。
オフィスビルの群れはそれ全てが巨大な墓標だ。
朽ち果てるまでにはまだまだ時間が掛かるだろうが。
もうこれらの建物は役割を終えた。
そして人類を生かしておくつもりが私には無い。
である以上。
いずれ遺跡として発見される可能性もあるまい。
あるとしても、それは人間以外の知的生命体に、であろうか。
あれほど浪費され続けていた食糧も。
全て腐ってしまっていて。
どれも見つけた時点で、使い物にならなかった。
穀物の類は比較的無事だったが。
それも虫が食ってしまっている場合が殆ど。
畑に足を運んでみるが。
獣が食い荒らしていて。
無事な作物は殆ど無かったし。
何より人間が管理しなくなったことで。
作物そのものが、野草や雑草に追い立てられ、その繁栄は過去のものとなりつつあった。
昔は一面の緑だっただろうトウモロコシ畑は。
妙なことに、それ以上の緑になっていた。
昔から略奪農法の極限と呼ばれていたやり口だが。
人間がいなくなった途端に。
それもできなくなり。
普通の植生が戻り。
大地は元に戻りつつある。
それでもたまに痩せこけた作物があったりはしたので。
収穫して持っていく。
もはや火を通すことも出来ないが。
生憎私は。
寄生虫程度では死なないので、大丈夫だ。
雨が降り出した。
かなり激しく降り始める。
これはいわゆるハリケーンかな。
そう思い、私はメガロポリスだった場所のビルに入る。
凄まじい豪雨が。
終わってしまった文明を薙ぎ払っていく声が聞こえる。
これは思っていたよりも早く。
此処は、原型を止めなくなるかも知れない。
ただでさえ、温室効果ガスを滅茶苦茶にまき散らして、環境をズタズタにして来たのである。
世界の環境は厳しくなる一方。
ハリケーンも、とんでも無い規模のものが連続して襲ってきているようだ。
軍研究施設の中にいても時々揺れていたが。
これははっきりいって。
私が手を出さなくても。
人類は勝手に滅亡していた可能性が高そうだ。
膝を抱えて、ぼんやりと様子を見る。
ガラスが派手に割れて雨が吹き込んでいるけれども。
私が潜んでいるのはビルの深部だ。
それでも、かなりぐわんぐわんと揺れている。
雨が止むのを待って動こうと思ったが。
レーションはあまり残りが多く無い。
最悪の場合。
豪雨の中、動かなければならないだろう。
さて、人間は。
探ってみると、確実堅実に減っている。このままだと、もう数ヶ月で五千万を切ることだろう。
中々に順調だ。
現在定数でアポトーシスを操作しているが。
今後は操作しているアポトーシスを減らすことも視野に入れよう。
この「病気」は、そもそも全員が感染していては意味がないのである。
半分以下であることを常に維持し。
自滅に導かなければならない。
いずれにしても、現時点ではそのまま様子見で良い。
何か大きなものが飛んできて、ビルに直撃したらしい。ドカンとビルが揺れて、埃がふってきた。
此処も世界のエリートが暮らしていただろう場所なのに。
今はこの有様だ。
人間がいなくなれば、その文明はあっという間に消滅する、という話があったとか聞いているが。
どうやらそれは真実だったらしい。
私はぼんやりと。
膝を抱えたまま、人類を終了させるシナリオを、淡々とこなし続けていた。
2、執着
自分達で全てを独占したい。
奴隷どもには一銭たりともくれてやりたくない。
言うことを聞かない奴は人間では無い。
自分達の認める価値観だけが全てであって。それ以外の事を考える奴は人間とは呼ばない。
全てが、私を作った連中の思想だ。
私はそれらを全て見ながら、言われたままに人間の削除に取りかかった。
接触式感染症というその病気は。
そもそも、金持ちと呼ばれる人間だけが。
この世界を独占するためだけに作り出されたのである。
しかも、自分が気に入らない相手を皆殺しにし。
自分達で全てを独占するために。
私も淡々黙々とそれに従ったが。
理由は簡単。
私は。
彼らの思想の映し鏡だからだ。
気に入らない奴は皆殺し。
気持ち悪い奴は皆殺し。
奴隷として従う奴も使い捨て。
自分達だけで世界は回る。
そう信じている連中に作られたのである。
悪意の凝縮体だった私だ。
当然、思想もまったく同じになる。
ましてや私は、「優れた」遺伝子をかき集めて作り上げられた究極の人間である。
彼らからすれば、そんな状態の人間であっても、所詮は「道具」であり。「道具」を使いこなせると本気で信じていたらしいが。
その自信がどこから来るのか、私には笑止でならなかった。
ともあれ、最高傑作を自分達の会議に参加させるというのは。
彼らにとっての遊びであったらしい。
皮肉な話だ。
彼らにとっては、遊ぶつもりで。
遊ばれていたのだから。
私がアポトーシスを操作できるようになってからは。
地獄絵図が始まった。
接触式感染症は瞬く間に世界中で広まり。
まずは社会的弱者から徹底的に殺戮していった。
私を作った連中は大喜びしたが。
やがてそれは、無差別に人間を皆殺しにしていくようになった。
私は問い詰められたが。
知らない、と答えた。
表向きには、軍で研究したウイルスに、私も関与している、というだけの話だったのだが。
どの医者も、口を揃えてこれは未知の現象だと彼らに進言し。
そして無視された。
中には、医療という行為そのものを信じていない奴までいて。
そういう輩の中には、自分が抱えている「信頼出来る」オカルト関係者を連れて来て、これで治るとかほざく阿呆もいた。
ともあれ彼らさえも、ウィルスが原因では無いと悟った時には。
既に何もかもが遅かったわけだ。
私が会議に参加していたのは惰性から。
実際問題、相当に連中も頭に来ていたようで。
途中からはほぼ意見を求められることも無かったが。
流石に、私が自力で人間をごりごり減らしているという事までは、気付かなかったようだし。
更に言うと、人間は自分達の手で。
勝手にどんどん互いを間引きあっていた。
多分私が殺した数の、数百倍は自分達同士で殺し合ったことだろう。
はっきり言って。
今の私には、それこそどうでも良いことなのだが。
あくびをしながら。
ビルを出る。
硝子の破片だらけだ。
ハリケーンが通り過ぎた後だから、当然だろう。
動くものは何も無い。
ネズミやゴキブリはいるが。
それだけだ。
犬も猫もいない。
途中から、深刻な食糧難が始まり。
犬も猫も。
ペットにされている動物の中で、人間が食えそうなのは。
全て食用に変えられたのである。
社会システムの瓦解が激しすぎて、野生の動物にまで手を出す余裕は無かったが。
ともあれ玩具動物の末路は悲惨だった。
まあ食糧生産関係のシステムが破綻したので、それも仕方が無い事だったし。
そうなった場合、身近に置かれていた玩具動物がどうなるか何て、言うまでも無い事だった。
そんな中。
人間とずっと渡り合ってきたネズミや。
ゴキブリの類は。
それでも生き延びていた。
むしろしばらくは。
彼らが地球の支配者として君臨することだろう。
ほ乳類という種族が、いつまで存続するかは分からないが。
人間の道連れにされた大型の者達は除き。
小型で繁殖力が強い齧歯類の類は。
今後恐らく地上の覇者となる。
やがて巨大に成長する種が出始め。
そしてこの世界の生態系をリードしていく事だろう。
もっとも、滅茶苦茶になった世界は、様々なもので汚染されているし。
美しい自然など。
当分戻ってくる事は無いだろうが。
街を歩く。
もう電気が存在しない街だ。
人間も生き残っていない。
どれだけ状態が悪くなっても。
しぶとく生きていた人間だが。
疑心暗鬼を煽り。それが致命的なものとなる病気を撒いた途端にこれだ。元々この世界を統べる器では無かった、ということだろう。
まあどうでもいい。
黙々と歩きながらスーパーに。
缶詰などの日持ちする食糧は、あらかた荒らし尽くされていた。
それはそうだろう。
腐敗の臭いが凄まじい。
辺りには腐った生鮮食品の残骸。
蠅とゴキブリの群れ。
点々としているのは、暴動で死んだ人間だろう。
老若男女関係為しに死体は散らばり。
いずれも虫に食い荒らされて骨になっていた。
しばらく虫だらけのスーパーの中を歩き回り。
バックヤードへ。
中には、比較的状態が良い死体が幾つか。
状況を考えるに。
恐らく、此処に立てこもって、様子を見ようと考えた連中だったのだろう。
もっとも、死体の状態を見る限り。
私にアポトーシスを操作されて、死んだようだが。
鼻を鳴らす。
笑ったのだ。
世界で最も知恵がある万物の霊長様の末路がこれである。
私はバックヤードに残されている缶詰をリュックに詰め込む。結構な量がある。そのまま外に出ると。
酷い臭いだったなと、苦笑した。
やがてこのスーパーも倒壊するだろう。
なにせ既に倒壊し掛かっている。
度重なるハリケーンで、激しく損傷しているからだ。
更に、夏と冬の温度差も激烈で。
冬は凄まじい寒さを。
夏は灼熱地獄を。
それぞれ演出している。
当面人間が作り出したこの異常気象が、地球上を徹底的に荒らし回るだろう。まだ形が残っている内に。
私は適当に、略奪できるものを略奪し尽くすだけだった。
さて、私自身はいつまで生きられるか。
歩いていると。
無数の獣たちが私に傅き。
そして避けて行く。
獣に襲われる恐れはないとしても。
いずれにしても、私は。
その内食糧を得られなくなり、力尽きることだろう。
まあそれも。
どうでも良いことだが。
私は自分の命にさえ執着がない。
これに関しては。私を作った連中の悪意の鏡移しではない。
元々私自身を道具としてコントロールするために。
私を作った連中が指示して、そうさせたらしかった。
はっきり言ってお笑いぐさである。
そうなることで。
私は更に、凶暴凶悪になったも同然なのだから。
黙々と歩く。
見ると、鉄道が横倒しになっていた。
自然現象によるものではない。
暴徒に横転させられたらしい。
派手に燃えたらしく。
消し炭になっていた。
地下鉄の駅に入っていくと。
水が溜まっていて、途中から進めなくなっている。
そして、その水には。
大量の死体が浮かんでいた。
黙々と、世界最強だった国の残骸を歩く。
時々、人間の数をチェック。
予定通り、右肩下がりで減少している。
大体の位置も分かる。
既にこの南北アメリカ大陸に人間は一人も生きていない。アフリカもいない。オーストラリアも。
古くは世界最強の海軍を誇ったブリテンも。
経済力で世界を席巻した日本も。
既に人間が一人もいない廃墟だ。
私が見上げているのは。
この国を支配していた、いや所詮表向きの支配者だった、大統領のオフィス。
いわゆるホワイトハウスである。
周囲は鉄条網で守られていたが。
かなりの数の暴徒が、無理矢理破ったらしく。
焼け跡が点々としていて。
死体の残骸も散らばっていた。
流石に炭化した死体までは、虫も食べないらしく。
炭化したまま、土に帰っていくのを待つばかりの様子だ。
さぞや激しい攻防があったのだろう。
美しく整えられていたらしい敷地は滅茶苦茶に壊され。
芝生はとっくに枯れている。
戦車が無言のまま立ち尽くしていて。
中を覗き込んでみたが。
からだった。
どうやら、放棄されたらしい。
一方、ヘリは。
滅茶苦茶に壊されていた。
この国の大統領は、いわゆるパワーエリートの傀儡だった。
パワーエリートは信じられないレベルの金持ち達で。
軍産複合体の支配者であり。
この国どころか、世界を好きなように動かしている連中だった。
此奴らの力関係を折衝するのが事実上の大統領の仕事であり。
国民の代表などと言う建前は。
虚しいものにすぎなかった。
オフィスに入ってみる。
苛烈な略奪に晒されたらしく。
内部は滅茶苦茶。
死体も散らばっていたが。
いずれも食い荒らされていた。
世界最強の国家も、こうなってしまえば形無しだな。
そう苦笑いしながら中を歩く。
大統領の執務室にも入るが。
誰もおらず。
死体も無かった。
最後まで責任を持って執務をするとか。そんな事は、考えもしなかったのだろう。まあどうでも良いことであるが。
机を無理矢理壊した痕があるが。
略奪するものもなかったのだろう。
破壊された跡の確認をする限り。
どうやら乱入した人間は、暴れるだけ暴れた後、すぐに飽きて立ち去ったようだった。飽きたと言うよりも、むしろそれどころではないと判断したのかも知れない。
ホワイトハウスを出る。
飛行機か何かが無いか見回すが。
飛べそうなものはない。
まあ当然か。
生き残りをコロニーに輸送するために、民間機も軍用機もフル活動させたのである。
こんな所に、飛べるものなど残ってはおるまい。
ドローンの類も、恐らく駄目だ。
そもそも電力も燃料もないのである。
人間の文明が、どれだけ動力に依存していたか。
この有様を見れば明らかだ。
あくびをしながら、鉄条網の残骸を踏み越えて外に。
さて、せっかくだ。
北に向かって。
船でも探すか。
アラスカの辺りからなら。
或いは船で、ユーラシアに渡ることが出来るかも知れない。
その途中で死ぬのであれば。
その時はその時だ。
黙々と壊れている道路を歩く。
たまに、まだ燃えさかっている場所があり。
まだ燃えるのだなと、驚かされ。
そして感心してしまう。
ガソリンなどの激しく燃える物質に火がついたのでは無い。
何かしらの理由で。
まだ燃え残りが燻っている。
そういう状況だ。
雨が降り出すが。
それでも燃え残りは残っている。
場所によっては、そういった火によって。
街そのものが、全て焼き尽くされるまで。燃え続けたようだった。
これだけ破壊の限りを尽くしたのは。
暴徒達ではあるが。
それを扇動したのは、私でもある。
それも、何かしらの事を吹き込んだのでは無い。
単に、一ヶ月で死ぬ病気。
触ると絶対に感染する。
感染経路不明の感染もある。
他人に触らない限り治療不可能。
そういう話を作り出しただけ。
最後まで、私がアポトーシスを操作しているという事は、人類には気付かれなかった。気付かれたところで、どうにもできなかっただろうが。
治らない。
対策もない。
そう考えた人間達は。
疑わしい相手を片っ端から殺して回り。
そして最終的には秩序も何もかも失った。
一月ほど北上してカナダに入ったが。
状況はまったく変わらない。
映画などに出てくる残虐なエイリアンとかは、大変に非効率的な侵略をしている。人間なんて、こうやって自滅させれば一発で終わるというのに。
彼らの愚劣さは。
所詮人間の考えた範囲内の存在だから。
むしろ、人間を滅ぼすのは。
人間にやらせれば良い。
そうそう、悪党はどんな時代でも平然とのさばるとか言う話を聞いたことがあるので。
私はそういうのは最初に始末した。
なお、始末しても始末しても代わりが沸いてくるので。
途中で飽きてしまったが。
それに、放って置いても、悪党どもは勝手に物資を独占してシェルターにこもり始めたので。
シェルターの中で「病気」を発生させてやり。
自滅に追い込んでやった。
面白かった。
直接見る事は出来なくても。
私は人間の恐怖を感じ取ることは出来るのである。
恐怖の果てに狂い死にしていく。
その様子は。
大変な甘露だった。
私は邪悪な存在だが。
しかしながら、私はただの鏡だ。
つまるところ、私を構成しているのは人間そのもの。
故に私は人間であり。
人間を管理するべく作られた存在でありながら。
何故か道具と勘違いされたもの。
人間の作ったSF小説に登場する未来の人格を有するAIが、私に近いかも知れない。
どうして人間が、自分よりハイスペックなものを制御出来るのか。
自分より低スペックなものさえ制御出来ない生物が。
笑止でならない。
カナダに入ってからは。
比較的無事な建物が増えてきた。
だが、人間が一人もいない事には代わりは無いし。
辺りに所々暴動の痕が残っているのも変わらない。
この国は、ヒステリックなほどに清潔さを求め、表現の規制にも異常に積極的だったが。そんな事は関係無く。
こうして滅びた。
家に入り込んで、物資を漁る。
保存食の類は、まだ相応に残っていたが。
わりとどうでも良い。
家の中で朽ちている死体も多かったが。
大半は家の外で黒焦げになったり。
野ざらしになっていた。
病院だったらしい場所には、膨大な鳥が集っており。
腐肉を目当てに集まっているのは明白だ。
私はそれを遠目に見やりながら。
缶詰を開け。
適当に食べる。
私はそもそも家畜のエサ同然のものしか研究所で与えられていなかったし。
此処で食べているものの方が上等なくらいだ。
適当に食べながら、鳥どもの狂宴を観察。
見ると、猛禽が、さっと小鳥をさらっていったが。
あまりにも数が多いためか。
鳥どもは気にもせず。
死体漁りに夢中になっているようだった。
猛禽も適当にアタックを掛けるだけで簡単に獲物が捕れることもあって。
周囲に相当数が集まって来ているようである。
見ていると面白い。
缶詰を食べ終えると、適当に放り投げる。後は残りを虫か何かが食べるだろう。それこそどうでもいい。
もはやエコもリサイクルも。
関係無いのだから。
道なりに北へ歩いて行く。
なお、方位磁針は。
スーパーでかっぱらってきた。
まあ、そもそも財産も物資もなにもないのだから。
今更の話であるが。
ふと、気付く。
まだ9月の筈だが。
雪が降り始める。
実は、昨日まで摂氏35℃に達していたのだが。
いきなり雪か。
北上しているから、ではないだろう。
この様子では、環境の変化に弱い生物は、絶滅するだろうな。私は、少しずつ、激しくなっていく雪を見上げながら。
そんな事を考えていた。
恐らくアラスカに到着した筈だ。
イヌイットの集落がある。
とはいっても近代化されているが。
ただ、暴徒に荒らされ。
そして人間がいない事に関しては。
何ら関係がなかったが。
干されたまま、食い荒らされているオヒョウの残骸があった。
2メートルを超える巨大なカレイの仲間で。
この近辺で、簡単に釣れる。
しかしこれではもはや喰うところもないな。
呆れながら、船を探す。
船はあるにはあるが。
どれもこれも。
燃料を抜き去られていた。
恐らく転用したり。
色々な用途のためだろう。
かなり徹底的に燃料を抜かれていて。たまにちょっとだけ残っているものもあったが。それもわずかだった。
幾つかの船を見て回るが。
動かせるものは無さそうだ。
この様子では、流氷でも歩いてロシアに渡るしか無いか。
寒さに関しては、平気だ。
これでも人間の「長所」を集めてつくりあげられた超人間である。
ー40℃くらいの気温だったら、今の軽装のままでも耐え抜くことはそれほど難しくない。
しばし歩き回っている内に。
見つけた。
乗り上げてしまっている船。
暴動に巻き込まれたのかは知らないが。
何かしらの理由で陸にめり込み。
動かなくなっている。
死体も中にあったので、海に放り捨てる。多少汚いが、もう凍っていた。辺りは吹雪いているくらいなのだ。
エンジンを調べて見るが、丸ごと無事だ。
燃料も入っている。
これはいい。
私は幾つかの道具を駆使して、エンジンを外すと。
抱えて持っていく。
そして、同規模の船を探し出し。
それに乗せ替えた。
頷く。
これらの知識は又聞きで得たものだが。
それでも使いこなすのは容易だった。
船を動かす。
船のエンジンは非常にパワーが大きい。
振動も強烈だったが。
いずれにしても、動く事は証明された。
もう周囲に人間はいない。
海に出る。
西に向かうと。
それほど時間を掛けずに、ロシアに到着するはずだ。
しばし黙々と海の生活を楽しむ。
まあ、駄目だったらその時はその時。
幸いこの船には、色々な設備も整っている。
きちんと西に向かっていることも確認済みだ。
まあ一月以内には到着するだろう。
それを見越して。
代謝を落とす。
現在保有している食糧では。
一月を過ごすには少しばかり足りないからである。
だから代謝を落として。
最低限だけ動いて、隣の大陸に行く事だけを考える。
もっとも。
ユーラシアに行った所で。
何かが変わる訳でもないのだが。
単に、直接滅亡を見届けたい。それだけである。
吹雪は本格的に酷くなってきているが。
一応海は凍っていない。
不思議なものだ。
3、破滅へのカウントダウン
ユーラシアに到着。
船を乗り捨てる。
ロシアの荒れ方は凄まじく。
アメリカと同等か、それ以上のひどさだった。
元々治安が悪い国だったのだが。それにしても、此処まで暴徒に荒らされ尽くしていると、ちょっと面白い。
良心。
そんなものはない。
私を作った連中と同じだ。
食糧を適当に探して回るが。
どの家も、基本的に徹底的に略奪されていた。
まあ正直な話。途中から警察も軍も、暴動を抑えるつもりは無かったのだろう。そればかりか、軍が積極的に略奪をした形跡さえ残されていた。
目指すはコロニーの一つ。
まだ比較的多めの人間が残っていることが分かっている。
一つずつコロニーを回りながら。
順番に皆殺しにしていこう。
元々は、人間の滅亡を直に見たかったのだが。
旅をしている内に、気持ちが変わった。
やっぱりもっと積極的に殺した方が楽しそうだ、と思ったのである。なお、殺し尽くした後にやる事がなくなる事についてはどうでもいい。
わざわざユーラシアまで来たのだ。
なお、コロニーの内、既に幾つかでは人間が全滅している。
残ったコロニーも、能力を操作しながら、一つずつ潰して行く予定だが。
基本的に人間が極限まで減ったコロニーでは。
一人「病気」の人間が常に出るようにしておけば、それで問題は無かった。
最後の一人になるまで勝手に殺し合うし。
殺し合って残ったとしても。
そいつは気が触れていて。
最終的には死ぬ。
それもそう時間を掛けずに、である。
である以上、ムキになってプチプチ潰す必要もない。
むしろ、必死に人数を維持しているコロニーを、実際に目で確かめて、どうなっているかを確認しておきたいのだ。
それにしても。
徹底的な略奪ぶりには恐れ入る。
略奪の過程で人間を殺すことは当然。
そして殺した人間の肉も喰らった形跡がある。
こういう風に、秩序が完全崩壊すると。
日常に潜んでいたバケモノが、こうして姿を見せるのだろう。
バケモノである私から見ても面白い。
略奪の限りを尽くされている街を見て回り。
そして、たまに食糧を見つける。
どうやら暴力合戦には勝ち残ったが。
私にアポトーシス操作で殺された連中らしい。
かなりの缶詰を蓄えていた。
回収して、リュックに放り込み。
次へ向かう。
後二ヶ月程か。
既に人間は五千万を切り、四千万に近づいて来ているが。私が向かっているコロニーは、その内の三百万がまだ生きている場所だ。
他のコロニーも、滅ぶところはもう滅んでしまっているし。
そうでない場所は、必死に持ちこたえようとしながらも、凄まじい勢いで人間を減らし続けている。
来年中には人間を滅ぼしてしまうつもりだが。
いずれにしても、まだ頑張っているコロニーに関しては、重点的に潰して行くつもりである。
そのためにわざわざ直接ユーラシアに来たのだ。
後、私を作った「優秀な」人間のツラを直接拝みたいとも思っていた。
勿論ブッ殺すつもりだが。
その時は、アポトーシス操作では無く。
自分の手で直接やるつもりだ。
今まで、私の造り主の中にも、勝手に死んだ連中はいた。
それはそれで仕方が無い。
殆どは暴動で死んだので。
正直どうにもできなかった。
そもそも私が閉じ込められていた軍施設も。
電気が尽きるまでは、脱出は不可能だっただろう。
出られるようになったからこそ。
お礼をしに来たのである。
一ヶ月ほど掛けて、コロニーに近づく。
その間に、徹底的にそのコロニーの人間のアポトーシス操作を実施し。
数は削った。
そもそもある程度人間は減り始めると。増えるという行動から切り離されるらしく。
今も激烈な勢いで減っているにもかかわらず。
増えようという努力を一切していない様子だった。
諦めていると言うよりも。
エゴを振りかざして。
好き勝手しているためだろう。
物資を補充しながら移動を続け。
ついにコロニーが見えた。
前には300万ほど生存者がいたが。
私が徹底的に干渉を続けた結果。
既に200万を切り。
人類全体でも、3000万を割り込む所まで行っていた。
そして残りのコロニーも7つ。
あのくだらない会議。
今でもやっているのだろうか。
まあどうでもいいが。
コロニーの入り口周辺はドローンが飛んでいる。残り少ないエネルギーを使って、周囲を警戒している、というわけだ。
小石を拾うと。
撃墜。
私のスペックなら、ドローンくらいは小石で充分だ。
全てを片っ端から撃墜。
ついでに監視カメラも潰す。
自動銃座が右往左往していたが。もう修理をする能力もないのだろう。
危機を察知したか、ドローンが更に増援として投入されてくるが。
いずれも感知範囲外から撃墜していく。
ひとたまりも無く落ちていくドローンは。
いずれもが、情けない悲鳴を上げているようにさえ聞こえた。
やがて静かになる。
正門は閉じられているが。
内部には、そもそもそれを操作する人員がいるかも怪しいし。
戦車や戦闘ヘリがあったとしても。
動かせるかどうかも厳しいだろう。
さて、真っ正面から歩いて行く。
正門はあけない。
壁を昇り始める。
このくらいの壁であれば。そのままロッククライミングの要領で登っていくことが出来る。
監視カメラを潰しているし。
センサー類も死んでいるので。
私を阻める者はいない。
壁を乗り越え、そして見下す。
スラムが拡がっていた。
ビル街など作る余裕も無かったのだろう。
一部だけ、近代的な建物があるが。
本当に一部だけ。
それ以外は全てバラック。
なるほど。
これがコロニーの現実か。
恐らくどれも同じなのだろう。
いい気味である。
壁を降って、内側に侵入。
人間共の臭いがする。
バラックの中から此方を見ているその目は、恐怖に満ちていた。ひょっとして、気付いているのか。
私が人間と言うには無理のある存在になりつつある事を。
いや、最初からそうか。
直接見ると、ひょっとすると本能的に恐怖を刺激されるのかも知れない。
まあそれはそれでいい。
まずはこのコロニーを滅ぼす。
そのためには、頭を潰しに行く事だ。
コロニーの中央。
一番高い建物がある。
其処へまっすぐ進む。途中、遮るものはいなかった。
もう軍も警察も、治安維持機構はまったく機能していない様子である。
まあ散々私が痛めつけたのだから当然か。
ひょっとすると、防衛機能もドローンに一任していたのかも知れない。自動化と言えば聞こえは良いが、一応百万を超える人口を持つ都市国家の筈だが。いや、もはや人口があまりにも凄まじい勢いで減りすぎて、組織を維持できないのかも知れない。
だとすればまあ不思議な話では無いか。
一番高い建物の前に立つ。
流石に帯銃した兵士がいた。
此方を見ると、引きつった顔をして、退く。
殆ど戦闘経験がないのだろう。
故に私を見るだけで戦闘意欲を失ってしまう。
そういう事だ。
そのまま進む。
戦車や装甲車が威圧的に配置されているが。
どれも旧式ばかりだ。
恐らく慌てて移動したため、軍事物資を運ぶ余裕が無かったのだろう。いや、確かコロニーによっては最新鋭兵器を運び込んでいたはず。
そうなると此処は。
何かしらの理由で、旧式兵器しか持ち込めなかった、という事か。
何人かいる兵士は、私が歩いて来るのと。
歩いて行くのを。
見送るだけ。
そして私は建物に入ると。
セキュリティドアを一撃で蹴破り。
中に入る。
けたたましくサイレンが鳴り。
それでようやく正気に戻ったらしい兵士達が、何か叫びながらこっちにやってくるが。サイレンの中、構えている銃口は震えていた。
何だそのへっぴり腰は。
私は天井を蹴り。
背後に回り。
抜き手で相手を貫く。
一連の動作に、コンマ1秒も掛からない。
手を振るって首を刎ねる。
素手で充分。刃物もいらない。
鮮血がまき散らされ。
内臓が飛び散り。
やがてサイレンだけが周囲に響くようになった。
手が血に塗れている。
自分の手で人間を殺したのは初めてだ。
面白いから、この死体に触った人間のアポトーシスも操作するようにしてやろう。人間大好きのブービートラップだ。
そのまま階段を歩いて上っていく。
時々、手すりの力加減を間違えて、引っこ抜いてしまう。
何とも柔な建物だ。
慌てて作ったから、欠陥工事なのだろう。まあ正直な話、どうでも良いことだ。どのみち異常気象には耐えられないだろうし。
屋上に出る。
ヘリが用意され、誰かが逃げだそうとしていた。
テレビ会議で見た事がある顔だ。
私を作った一人である。
「お、お前は……!」
問答無用で、途中引っこ抜いた手すりを投げつける。
頭を貫通した手すりは、ヘリに突き刺さり。ヘリはバランスを崩して、回転するローターが下にいた兵士達の頭を粉みじんにした。
その後抵抗する兵士達を皆殺しにすると、私は燃えているヘリをぼんやり見つめる。
壊れないようにするべきだったかなあと思ってしまったのだ。
これに乗っていけば、他のコロニーにあっさり行く事が出来ただろうに。もっとも、撃墜される可能性もあるが。ヘリは私が色々やり始めた頃には、対空兵器の凶悪化によって陳腐化が始まっていた。
飛行機だったら兎も角。
そもそもこのコロニーには、まともな滑走路も無いし。
飛べそうな飛行機もない。
あったとしても、輸送機をコロニー上空まで飛ばすのは難しいし。
私一人で上空まで輸送機を持っていくのも面倒だ。
ただ、移動用の機械は見繕いたい。
私は人間を滅ぼした後の事は興味が無いが。
人間を滅ぼすまではきっちりやりたいからである。
まあ仕方が無い。
一度この建物のコントロールルームまで降りる。
内容を把握。
コロニー内の電気系統を完全に破壊しておく。
これでもはや、このコロニー内では、食物などを争って人間が醜い争いを更に加速させるだろう。
これで良し。
更にVIPルームにも移動。
テレビ会議のシステムは。
まだ生きてきた。
コロニー内の電気系統は死んだが。
此処の非常電源はまだ少し生きている。
テレビ会議をつけると。
まだ数人だけ反応した。
「何が起きた! 定時会議の時間では無いぞ」
「私ですよ」
「! お前は……!」
「アメリカの研究所からはるばる来ました。 これから一つずつコロニーを潰して行きますね」
悲鳴に近い声が上がる。
一人が、わめき声を上げた。
「ま、待て! そもそもお前は、人間の数をコントロールすることだけが仕事だったはずで、例の奇病に関しても任せていたはずだ! 我々にどうして牙を剥く!」
「それは決まっているでしょう。 私が貴方たちに、人間を滅ぼすために作り上げられたから、ですよ」
「我々が殺せと命じたのは、役に立たない貧民どもだけ……!」
「役に立たない人間を殺す、と私は解釈しました。 そしてこの世に役に立つ人間など存在しませんよ」
くつくつと笑うと。
誰かが白目を剥いて卒倒したようだった。
さて、宣戦布告も済ませた。
もう良いだろう。
残っていた、私の造り主達のアポトーシスを全員分活性化させる。
後は、どのコロニーも均等に潰して行けば。
人間は滅びる。
私の仕事は。
それで終わりだ。
4、鬼は誰だ
人間は完全に種としての秩序を喪失。
その数が一千万を切った頃には。
既に私がわざわざ手を出す必要もなくなっていた。
全てのコロニーが暴動か人的資源の消滅により、完全に機能を停止。
無秩序状態になったコロニーに対して。
私は容赦なく接触式感染症を仕掛けた。
そうなれば、もはや人間は疑心暗鬼に駆られ。
他人を見れば殺す。
そういう生物になり果てた。
いつ誰が感染するか分からない。
感染すれば誰かに触らない限り治らない。
そして感染すれば一ヶ月で確実に死ぬ。
その病気は、元から存在していた人間の疑心暗鬼を暴き出し、徹底的に広めていったのだ。
その結果がこれだ。
コロニーの一つに辿り着いたとき。
それは崩れ果てていた。
核を誰かがうち込んだのだと、一目で分かった。
どうやら私が其処に行ったと勘違いした軍の旧関係者が。
核をぶっ放したらしい。
当然私は其処にはおらず。
一気に数十万の残存していた人間が消し飛ぶだけの結果に終わった。
ああ、何かいきなり減ったなと思った事があったのだが。
これが原因だったのか。
放射能程度は平気だが。わざわざ好きこのんで踏み込む事もあるまい。
しばらく目を細めて、様子を見守る。
生存者はいない。
ならば、後はどうでもいい。
ただ、コロニーに集まっていた人間が、再び散らばり始めているらしい事は分かっている。
人間の居場所は感知できるのだ。
許しがたい。
せっかく処理を円滑にするために集めさせたのだから。
これ以上散らばると面倒になる。
手を出すつもりは無かったのだが。
散らばって繁殖されると面倒くさい。
一応、散らばったグループごとに感染者は出すようにするが。
そうすると、人間は面白いように同士討ちを始める。
そして、散らばった人間共も全滅した。
今では、コロニーの残骸に人間はかろうじてへばりつき。
必死に他との関わりを避けながら。
もはや機能していない社会を捨て。
食糧としてのネズミや虫を奪い合い。
機能していない防壁から侵入してくる猛獣に怯え。
完全に生態系の弱者と化した。
そして私は、一つずつ、地道に歩いてコロニーを探しながら。
人間の生き残りを消していくのだった。
核で滅んだコロニーを見つけてから。
一月ほど歩き。
次のコロニーに。
此処はそもそも、−20℃程度まで気温が下がる地域だ。
ある一時期から、地球は西欧を中心として文明が発展していったが。その西欧は、気候が基本的に厳しく。
故に凶猛な性質を帯びることになった。
地球中にその戦闘的な文明が拡がった結果。
今の時代がある訳で。
ある意味、結末を作り出した元凶とも言える。
だがその凶暴すぎる西欧民族も。
異常気象には勝てなかった。
私は満足する。
このコロニーには、一千万を超える人間が暮らしていたのだが。私による介入で徹底的に殺し合い。
既に一人も息をしていなかった。
凍り付いたコロニーの亡骸には。
無数の凍った死体が散らばっていた。
殆どが虫やネズミに食い荒らされていたが。
中には行き倒れてそのまま凍り付いたものもいるらしく。
路上で凍ったまま原形を保っている死体もあった。
インフラの残骸か、まだ生きているドローンもいたが。
それも緩慢に動くばかり。
鴉の良い遊び相手にされていて。
叩き落とされては。
鴉がぎゃあぎゃあと笑うのが聞こえた。
鴉は知能が高く。
こういった遊びを平然と行う。
気に入らない相手は集団で襲ったりする知能も持っている存在だ。
人間がとっくに生態系の頂点から陥落した事も。その道具がただの雑魚になり果てたことも。
もう彼らは知っているのだろう。
そんな鴉達も。
私を見ると、地面に降りてきて傅く。
手をすっと横に出すと。
があがあと何か報告をし始めた。
鴉の鳴き声には方言があり、ある程度の言語になっている。聞いている内に、大まかな意味は理解出来た。
この辺りにはもはや人間はいません。
後の処理はお任せください。
そう言っているのだった。
頷くと、私はコロニーを念のため、徹底的に調べて廻る。
いちいち私が壊して回らなくても。
後は異常気象が全てを更地にしてくれる。
千年もかからないだろう。
地球人類がまき散らした温室化ガスのおかげで、本来の気温よりも20℃も上下している状態だ。
ハリケーンも頻発するし。
それに呼応するように地震も火山噴火も起きている。
近々本物の氷河期が来るのでは無いかと私は想像しているが。
まあその想像は外れてはいまい。
地下下水道に潜ると。
生き残りがいた。
もはや自我さえ失い。
服さえ身に纏っていない。
道具を使うことも忘れて。
ネズミに集られながら、身を潜めている。
これが万物の霊長様の今の姿か。
人間として認識出来なかったのも無理は無い。強烈な遺伝子異常を起こしていて、人間からずれてしまっているからだ。
知能も退化し。
道具を使うことも忘れている。
更に言えば、複数の病気に感染していて。
長い事も無い様子だった。
わざわざ手に掛けることもあるまい。
私が首に指先を当てて、すっと引く。
途端に、下水道中のネズミが、それに襲いかかる。一瞬にして、全身を食い千切っていった。
悲鳴も上がらない。断末魔もない。
生き残ったのは全て殺せ。
指示を出すと。
私は、コロニーを後にする。
次のコロニーへは。
軍の基地を漁っていて見つけた、まだ燃料が残っているバイクを使う。私にはちょっと大きいサイズだが。
まあすぐに使いこなせるだろう。
だが、残念な事に。
バイクが、もたなかった。
途中で盛大にパンクし。
吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられる。
しばらく口をへの字にしてぼんやりしていたが。
仕方が無い。
人間の作ったものなんぞに頼ったわたしが悪い。
埃を払って立ち上がると。
吹雪き始めた中を、歩いて行く。
最後のコロニーに到着した。
既に人間の数は、5000人を割り込んでいた。
既に種族としては完全に死に体である。
他の地域には人間はいない。
或いは、あの下水道で見たような、変異種と化したようなのは生き延びているかも知れないが。
それについても、世界中に強烈な波動を発しておいた。
殺し尽くせ。
見つけ次第食い尽くせと。
今や完全に生態系の弱者と化した人間には。
逃れる術など存在しない。
比較的無事な形で残っているコロニーだが。
此処は最初期に壊滅した場所で。
私も数が増えないようにだけコントロールしてはいたが。
内部はメタメタだ。
壁の近くに行くが。
迎撃のドローンさえ出てこない。
内部からは未だに煙も上がっていて。
それが炊煙では無い事は明らかだった。
壁を上がろうかと思ったが。
正門が開いている。
どうやら暴徒が無理矢理こじ開けたらしい。
戦車か何かを奪って、それの主砲を何度も叩き込んだのだろう。内側から無理矢理へし開けたのがよく分かる壊れ方をしていた。
中に入り込んでみると。
入り口辺りは壮絶な殺し合いの跡が残っていて。
M1エイブラムスの残骸が、幾つも野ざらしになっていた。中には折り重なるようにして廃棄されている機体もあった。
さて、此処で遊ぶとするか。
入り口は確保。
もはやここに住んでいる人間に、抵抗する余力は無い。
後は残りの一定数ずつを、アポトーシス操作していけば良い。
そして、動物どもにも。
徹底的に襲わせる。
既に背後には。
この極寒の吹雪を生き延びた動物たちが。
私に付き従っている。
私は指示する。
人間を見つけ次第食い殺せと。
動物どもが、どっとなだれ込む。
腰に手を当てて、見ているだけでいい。
さて、何日持つかな。
命乞いでもしてくれば、気が利くのだが。むしろ、そんな知能を残している人間がどれだけいるだろうか。
彼方此方で悲鳴が上がり始める。
動物園から逃げ出したシベリア虎が、人間を食い千切りながら引っ張り出す。
シロヒョウが、バラック小屋に入り込み、中にいた生き残りを食い殺していた。
狼が、雄叫びを上げながら、狩りを始めている。
私が何もしなくても。
残りは全部処理されそうだ。
生き残り4000を切るまで、一日を掛からない。
たらふく人間を喰った獣どもが引き上げてくる。
そいつらは引き上げさせると。
後は、同士討ちを見て楽しむ事にする。
もしも抵抗がしぶといようなら。
また獣どもに襲わせる。
それだけだ。
私はその場で立ち尽くしたまま。
各地のコロニーで奪ってきた缶詰を開けて。
ただ仇敵が滅んでいく様子を見守る。
それにしても。
「役に立たないクズを滅ぼせ」という命令に忠実に従っていたら。
人間そのものがいなくなる。
こんな愉快なことはあるだろうか。
私を作り上げた者達は、自分達を「役に立つエリート」「世界の指導者」と思い込んでいたらしいが。
最後までお笑いだ。
人間など、最初から最後までクズの集まりでしか無かった。
人間に干渉できる私が言うのだから間違いない。
等しくカスだ。
さて、二日目もそうして過ごしたが。
妙なことに、人間はあまり減らない。
見て回ると。
なるほど、そういうことか。
人間が、余ったバラック小屋に、別れて住んでいる。
どいつもこいつも、もはや他人に一切の興味を失ったようで。ただ、確保した食糧を細々と喰らいながら、獣以下の生物として暮らしているようだった。
これでは、殺し合いをしないわけだ。
ならば、最後の一匹まで、猛獣に襲わせるか。
私は、最後の処置を下す。
そして、一月が過ぎた頃。
最後の人間が。
この世から消えた。
5、樹
この星には、昔人間という生物がいた。
人間という生物は、万物の霊長だと思い込んでいた。
優秀だと考え。
自分以外の存在を迫害することを。
例え同族であっても。
何とも思わなかった。
それを正当化するために。
あらゆる理由をでっち上げた。
いわく姿がおかしい。
いわく思想がおかしい。
いわく目の色がおかしい。
いわく肌の色がおかしい。
いわく髪の色がおかしい。
いわく生まれがおかしい。
いわく性別がおかしい。
そうやって自分より下の存在を作り出す事で。自分の迫害したいという思想を正当化していった。
その結果が、この静寂の大地だ。
私は今。
成層圏にまでそびえ立つ樹木として、地球を見守っている。
何処までも伸びた根は、地球中に張り巡らされ。その汚染を浄化し。
その枝からは無数の栄養ある果実をぶら下げ。
あらゆる生物に甘露を提供している。
いずれこの星に新しい覇者が訪れるとしても。
まだ先だ。
今は気候異常がまだ収まっていない。人間が滅茶苦茶にした環境のおかげで、氷河期が到来して。それが引く気配もないのだ。
私は地球そのものを管理し。
もしも自分を万物の霊長などと思わない生物が地球の覇者になったら。
その座を譲ろうと考えている。
もしもまた、自分を万物の霊長などと思う生物が地球の覇者になったら。
その時はまた滅ぼそうと思う。
私は何処にでもいる。
何処でも見ている。
背中に触れる。
そしてアポトーシスを操作して、殺す事が出来る。
人間の概念で似たようなものがあった。
そう、鬼だ。
ただし伝承に出てくる奴では無い。
鬼ごっこである。
触った相手を私の好きなように出来る死の使い。
私は何処にでも潜んでいて。
相手を何時でも好きに出来る。
今では私は。
鬼と同義の存在だ。
ふと気付く。
また巨大なハリケーンが誕生したらしい。
猛吹雪が来るな。
人間の文明が全て消え去るのを遠目で確認しながら。私は成層圏にまでとどいている幹を揺らす。
そうそう。
私の姿は。
前からヒトの形などしていなかった。
認識異常を起こさせて、相手がもっとも美しいと思える姿を錯覚させるようにしていた。
結果人間は恐れ。
動物は従った。
おかしな話だ。
自分より明確に優れている相手を。
人間は結局認められなかったのだから。
それが限界だったのだろう。
鬼の樹となった私は。
人間の愚かな歴史を体内に保存しつつ。
次の世代の覇者が現れるのを。
根気よく待ち続けるのだった。
(終)
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