水を御する

 

序、小競り合い

 

此処は幻想郷。

既に存在し得なくなった妖怪や信仰が忘れられた神々が集う最後の秘境。

いにしえのルールが息づく最後の場所で。

今、面倒ごとが起きたという知らせがあった。

守矢神社の巫女、東風谷早苗は頷くと立ち上がる。

神社の守りは、今守矢の主神の一人、諏訪子が引き受けてくれている。

早苗が出る分には問題は無いだろう。

問題は、救援を依頼してきたのが河童だと言う事だ。

河童。

日本でも最も有名な妖怪の一種だろう。妖怪に興味が無い人でも、知っていない方がおかしいくらいの有名な妖怪だ。

外の世界でも有名な河童だが。

一口に河童と言っても日本全国様々な種類が存在しており。

亜種や変種を含めると数百種類は軽い、とまで言われている。

それらは必ずしも河童と全てが共通、というわけではないのだが。

いずれにしても、幻想郷では河童というと、一つの勢力を作っている存在だ。

そして現在妖怪の山という、幻想郷最大の山岳地帯の一勢力であり。

既に守矢に武力においては屈服はしているが。

経済やテクノロジーにて幻想郷の一翼を担おうとする、したたかな集団である。

現在の河童は、いわゆるブルーカラーの制服に身を包んだ姿をしていて。

昔話に出てくるような、ぬめぬめした体に嘴、頭に皿というテンプレイメージとはかなり違っている。

もっともそのイメージは比較的近年に出来たものだし、何より服を脱がせてみればどうなるかは分からないが。

その辺りは早苗もするつもりはない。

そもそも河童はしたたかな存在だ。

組織力はない。

組織を作るのに決定的に向いていないからだ。

だから戦闘力には劣るのだが。

しかしながら、侮れる相手では無い。

河童は守矢が来た当初、その圧倒的な戦力に恐れおののくフリをしながら、どうやって取り入るかを考えていた。

戦力でかなわない天狗にも、テクノロジーを売りつけることでやりあっていたし。

妖怪の山に鬼がいたころも、絶対に勝てない鬼を相手に、したたかに立ち回っていたと聞いている。

多分幻想郷に存在する勢力の中で最弱でありながら。

そのしたたかさで、充分以上に周囲と渡り合っている集団。

それが河童である。

そして今も、戦力で勝てそうにない相手が出てきたから、妖怪の山を事実上支配している守矢に泣きついて来て。

代理戦争をさせようとしている。

その性根は理解しているから。

早苗もいきなり相手と戦うつもりはなかった。

幻想郷か。

空を飛びながら思う。

半人半神。神の子孫。

不思議な力を使いこなす風祝。

現時点で、守矢神社の三柱目の神とも言える早苗は、幻想郷に来てすぐの頃は、楽しくて仕方が無かった。

此処の怖さを理解出来ていなかった。

加速度的に戦闘経験を積んで、今では此処の恐ろしさを骨身に染みて知っている。同時に、政治にも関わり。二柱に教わって徹底的に己を磨き上げていた。

精神的な怪物になろうとは思わない。

だが、強くなろうとは思う。

何度も敗戦を経験し。

死の臭いも間近で感じた。

だけれども、その度に立ち直り生き残り。

そして今は、実力という観点で、幻想郷最強の人間である博麗神社の巫女の背中が見え始めている。

妖怪の山を守矢が事実上掌握した今。

早苗の両肩に乗る責任は重い。

だが、そもそも政治闘争の道具としてしか使われなかった外の世界と違って。

守矢の二柱は、早苗の意思を尊重してくれる。

今後は、ずっと大事にしてくれた守矢の二柱を守れるくらいになりたい。

そう考え、早苗は今飛ぶ。

ほどなく、現地に到着。

無縁塚と呼ばれる危険地帯である。

外との結界が緩んでいる場所で。

様々なものが流れ着く。

実はこの間聞かされたのだが。

人間が流れ着いた場合、幻想郷の支配者階級妖怪、賢者が即応。即座に結界の外に放り出してしまうらしい。

外の神々と折り合いをつけてやっていくために。

賢者も気を揉んでいるのだ。

降り立つ早苗。

数名の河童が、人間を相手にわいわいと騒いでいた。

見た覚えのある人間だ。

というか、結構話をする相手である。

宇佐見菫子。

外の世界から、幻想郷に来る手段を持っている、珍しい例外的な人間。

それでありながら、人里とは殆ど関わりを持たないようにしている、どちらかといえば妖怪寄りの存在でもある。

一触即発というほど激しい雰囲気では無いが。

サイキッカーである菫子の戦闘力は見た目より(というか本人が思っているより)高く。

以前問題を起こしたときは、幻想郷のトップ勢にコテンパンにされて酷い目にあっただけであり。

実際に幻想郷に住まうものと戦闘力を並べて考えると、上位には手が届かないがそこそこの位置に落ち着く。

河童だと、多分一番強い河城にとりがどうにか相手をできるくらい、だろうか。

ともかく歩み寄っていくと、先に気付いたのは菫子だった。

「あ、早苗!」

「早苗!?」

河童達が振り向いたので、大きく咳払い。

以前名前で呼んで良いと言ったのだが、こういう場ではわきまえてほしい。幻想郷の勢力図はもう理解している筈。

妖怪の山の代表として早苗が出てきた事を、菫子も分かるはずだ。

菫子もすぐに気付いたようで、真っ青になった後、口をつぐむ。

もう一度大きく咳払いすると、河童達や、他の妖怪も黙り込んだ。

威圧感で周囲を押し込んでおいてから、ゆっくり状況を確認する。

慌てた菫子が、アンダーリムのついた眼鏡を直す。

河童達は、菫子と取り合いをしていた機械類を放り出して、ひょいと距離を取っていた。

以前から、珍しいものほしさに、菫子が無縁塚を訪れているというのは聞いていた。

妖怪相手のトラブルが起きた場合自己責任だから気を付けるようにと、確か博麗の巫女から話もされているはず。

ただし菫子自身も、ある程度の自衛能力は持っているし。

本気で殺すつもりで襲ってくる妖怪は、むしろ妖怪の山や地底に出ることの方が多いことは、菫子は既に知っている様子で。

此処で嬉々として珍しいものを集めては。

妖怪の賢者が仕方が無いと提供したあばら屋に集めて。

其所でハンダ付けをしたり。

自分で色々調べながら、修復したりしているそうだ。

当然此処で色々な珍しいものを探す事を楽しみにしている河童や。更には人間と妖怪のハーフである男性、香霖堂という店を経営している森近霖之助という人物(店そのものはその特異性を示すように妖怪の森入り口付近にある)などと競合している様子で。

何度か此処で見つかる珍しいものを争って、諍いを起こしているとか。

奪い合っていたものを確認。

思わず噴き出すのを堪えるのに苦労していた。

これは。

メガドライブでは無いか。

必死に笑いを堪えて、菫子の方を見る。

「菫子さん」

「ひゃいっ!?」

「これが何だかご存じですか?」

「ええと……昔のゲーム機ですよね。 まだ良くは分からないので、これから調べようと思っていた所で……」

河童達が色めき立つ。

多分それすら知らなかったのだろう。

河童達は独自の技術を持ってはいるが、外に比べればまだまだ全然。妖術を組み込んだ道具には一目置けるものもあるが、それはあくまでそれだ。

河童達の中から、河城にとりが出てくる。

組織力のない河童の中で、最も厄介な個体。

戦闘力が最も高く。

最も計算高い。

テキ屋でもある河童のまとめをしている存在でもあり。

唯一、河童の中で警戒が必要と、二柱に言われている存在でもある。ただ、戦闘力の点では、早苗の敵ではない。警戒すべきはその頭脳だ。

ふふんと、にとりは早苗に多少遠慮しつつも。菫子には強気に出る。

「そもそも幻想郷入りしたって事は、外にもあるんだよなあ眼鏡のお姉さんよ」

「私だって初めて見るわよこんな古いの!」

「だったら譲ってくれてもいいんじゃねえのかい?」

「初めて見るって言ったでしょ! こんな珍しいもの、外でもド田舎の中古ゲームショップか、余程のマニアの家か、後は秋葉原の裏路地にでもいかないと見つからないわよ!」

その通りなのだが、河童にそれらが通じるとは思えない。

呆れて真顔を保ち、笑いを堪えている早苗を横に。

菫子とにとりは必死のやりとりをしている。

火花が散るようなやりとりだが。

そもそもメガドライブだけあってもどうにもならない。

端子の類が揃っているか。

それらがつながる古いテレビがあるか。

更に最も大きな問題として、ゲームソフトが存在しているのか。

メガドライブ本体があったとしても。

ソフトがなければ意味がないのである。

咳払いして、割って入る。

そして、少し声を落とす。

「菫子さん、これメガドライブですけれど、ソフトは?」

「えっ……その……」

「それにこのメガドライブ、野ざらしになっていたのだと思いますけれど、動くと思いますか?」

「……思いません」

本当に残念そうにメガドライブを見た後。

菫子は肩を落とした。

やったと判断したらしいにとりだが。こっちにも釘を刺す。

「にとりさんも、これが何だか理解出来ていますか?」

「ゲーム機だろ? なんか「ゲーム」が遊べる」

「遊べません」

「え……」

青ざめるにとり。

この様子だと、ゲーム機については知っていそうだが。世代が後のゲーム機ほどデリケートな事は理解出来ていないようだ。

いずれにしても、もうこれは河童にあげてしまって良いだろう。どうせどうにもならないのだから。

「でも、分解したいですよね」

「もちろんだ! さ、触りたい!」

「では、何か菫子さんに交換になるものを。 菫子さんはこれを手放す。 貴方たちは、対価を支払う。 当然でしょう」

「うっ……」

咳払いして、にとりに顔を近づける。

にとりが青ざめる。早苗との力の差はもう絶対的なところまで来ている。

にとりは河童としては強い方だが。

幻想郷で格上も含む存在と歴戦を重ねた早苗は、にとり程度の相手だったら十体くらいまとめて余裕を持って相手に出来る。

それくらいの実力差が、既に存在している。あくまで警戒すべきは頭脳だけ。

なんなら、此処にいる菫子とにとりを含めた妖怪を、その場で制圧してやっても別にかまわない。

それくらいの威圧感を放ちながら、話を進める。

「問題を解決すると言う事は、どちらにも納得のいく話に進める、と言う事です。 貴方たちはただでさえ色々と目を離すと悪さをするし、人里でも悪戯を繰り返しているでしょう。 きちんと本当に何かがほしいときには、対価を相手に渡しなさい」

「わ、わかったよう。 ええと、これなんかどうだ」

そういってにとりが取りだしてきたものを見て、早苗は思わずまた噴き出しかけ。必死に堪える。

アタリだ。

ゲーム機として世界を席巻したファミリーコンピューターの前。ゲームバブルの時代が存在した。それを牽引した最初期のゲームハード。それがアタリである。

かの悪名高いアタリ版ET等、幾つかの問題作が原因となってバブルははじけ。家庭用ゲームに関しては最初の冬の時代が来る事になるのだが。

まさか、アタリの現物を目にする事になるとは思わなかった。

確かにこの世代のゲーム機となると、頑強さは近年のものより上だろう。

「ちゃんとテレビに接続すれば動くぜ。 ソフトも幾つかつける!」

むしろ、正直な話稼働可能なアタリが出てくる事自体がものすごい。流石は幻想郷である。

しかもソフトの中にアタリ版ETを発見して、くらっと来る。

余りに売れ残ったため、砂漠に一部が埋められたという都市伝説が存在し。

そしてそれが事実だったと近年判明した伝説の存在である。

菫子はぴんと来ていないようだけれども。

オカルト好きなのに、都市伝説はカバーできていないのか。

仕方が無いので、菫子に耳打ちする。

「これ、アタリの本物ですよ」

「……アタリ……? ……っ!! まさかあのアタリショックの!?」

「交渉に応じた方が良いと思います。 レアなものがほしいと言うのなら」

ぶんぶんと首を縦に振る菫子。帽子とか眼鏡とかが飛ばないか不安だ。

一方。にとりにも耳打ちする。

「あれ、もう貴方たちにはいらないものなんでしょう。 今貴方の手元にあるゲーム機、今貴方が出してきたものの遙か未来に発売されたゲーム機ですよ。 動かないでしょうけれど、直せば或いは……」

「そんなに凄いものなの!?」

「色々合体したりします」

「合体……っ!」

ツボに完全に入ったらしく、本当に大事そうにメガドライブを抱きしめるにとり。目の色が完全に変わっている。

まあ、これでいいだろう。

双方満面の笑みで手を握るにとりと菫子。

交渉成立だ。

いそいそと、キャリーでアタリとソフト幾つかを運んでいく菫子。早苗としては、一応壊れていないかどうかを確認しなければならない。

人里の外れに、菫子のために賢者が用意したらしいあばら屋がある。

下手に菫子が人里に接触しないように用意されたらしいもので、電気も引かれている。

何度か幻想郷で問題を起こしている菫子である。

この家は厚遇していると言うよりも。

いざという時のための監視施設だろう。

中には、ブラウン管のテレビもある。何とか端子も存在したので、アタリを接続する。この辺りは菫子も手慣れていて、端子の接続は早苗が手助けをしなくても出来た。

「早苗、その……」

「二人きりの時は良いですよ。 でも、気をつけてくださいね」

「ハイ、ごめんなさい。 貴方が妖怪の山の顔役であることを、今後意識するから」

「……それにしても河童がアタリの稼働する現物を持っているなんて、私も驚きました」

菫子はうんうんと頷く。

そして、テレビにゲームの起動画面が映る。

伝説のクソゲー。

アタリ版ETのお目覚めである。

アタリというゲームハードを滅ぼした星からの使者。

幻想郷に現物が存在しているとは思えなかった。

河童は色々無縁塚で集めているとは聞いていたが。

これは本物の掘り出しものである。

もし外で売れば、相応の値段がつくだろう。

本当につまらなそうなゲーム内容だったので、見ていて口の端が引きつるが。ちゃんとアタリが動く事、ゲームも壊れていないことを確認できたので、それでいい。

此処ではネットワークも何も無い。

アタリに何か改造が為されていて。

其所からネットワーク経由で個人情報が引き抜かれるようなこともないだろう。呪術的な処置もされていない様子だ。それについては、運搬中に確認した。

「それでは、私は帰ります。 報告書を書かなければなりませんから」

「うわー、早苗、報告書とか書かなきゃいけないんだ。 年そんなに変わらないのに、大人と同じ事してるんだね」

「毎日一杯書いていますよ。 妖怪のもめ事は全部データに残していますから」

「そっかあ。 すごいなあ」

大変そうだなと、同情的な目で見られる。

だけれども、早苗にして見れば、既に大人として第一線で活躍しているのに等しいし。

自分が誰よりも慕っている守矢の二柱に、戦力として数えて貰っている。これ以上の幸せはない。

さて、後は河童の方も確認してこなければならないだろう。

少し忙しいが。まあやる事をやってこその風祝だ。

菫子の家を出る。一瞬だけ、誰かの視線を感じた。

多分賢者か、その式だろう。

一瞬だけしか感じなかったし。今の早苗に対してそれだけの力がある存在というと、かなり限られてくるからだ。

守矢神社に戻った後、レポートを書いて二柱に提出。

話をする。

守矢の二柱の一角。古代の最強の祟り神である諏訪子は、一見すると田舎の健康的な女児にしか見えない。だが、その老獪な表情は女児のものではない。テーブルの下で足をぶらぶらさせながら、諏訪子は鼻で笑った。

「それにしてもアタリの稼働可能な現物とはね。 河童達もいいものを持ってるじゃないか」

「それでどうするんだい早苗?」

確認をしてくる神奈子。古代神話の天津神系武神であり、戦いで諏訪子をねじ伏せた武闘派だ。見た目は落ち着いていて、かなり大人っぽい。

勿論どう答えるかは決めている。

「良い機会だから査察してこようと思います。 天狗はほぼ無力化出来ましたが、河童を侮りすぎて背中を撃たれるのも面白くありませんから」

神奈子は茶を啜ると頷く。その判断でいい、と言う事だ。

ゴーサインが出たので、すぐに守矢に降っている妖怪に書状を渡して、河童のアジトに持っていかせる。

玄武の沢と言われる水場に河童は住処を作っているのだが。

一応、勢力に対する礼を尽くす必要はある。

此方の方が上だとしてもだ。

夕方少し前に返礼が来る。

査察を受け入れる、と言う話だった。

二柱に渡して、問題が無いことを確認。翌日、査察に出向くことにする。

河童の住処を査察したことは何度かあるが、あんなマニアックな隠し玉を持っていたとは思わなかった。

外では、早苗も相応のマニアだった。

ちょっとだけ心が騒ぐのを感じていた。

 

1、ある意味宝の山

 

河童はしたたかな勢力だ。

まとまりはなく、戦闘力は幻想郷で最弱と言っても良いが。経済という観点では幻想郷でも上位に入り、経済的に優位に立った場合、格上の相手にも強気に出ることがある。

以前その気になれば河童なんて一日どころか三時間で滅ぼせる命蓮寺相手に、ショバ代を払っているからと詐欺まがいのテキ屋の行動を正当化して見せたり。

困り果てて捜し物をしている格上の妖怪、最上位付喪神である面霊気の泰こころ相手にかなり強気に出ていたりと言った場面を、早苗も見た事がある。

河童はいうならば幻想郷における下っ端ヤクザに近い存在であり。

強いものには下手に出て。

弱い者や困っているものからは徹底的にむしり取る。

そういう存在である。

習性を知っているから、早苗は守矢神社でのテキ屋行為には、相当な警戒を払っているし。

二柱に何度か叩きのめされて、河童は「守矢では」良心的なテキ屋をするようにはしているが。

余所ではそんな事をする訳も無い。

祭の度に、あの詐欺で有名な、迷いの竹林に住まう神兎因幡てゐと金勘定で火花を散らしているらしく。

まとまりがなくて戦闘力がなくとも。

侮れる相手では無い。

玄武の沢に降り立った早苗。今回は、早苗一人だけである。

勿論隙を見せたら何を仕掛けてくるか分からない。

周囲に最大限の警戒を払いながら歩く。

此処は以前、色々な戦いの舞台になったりした水辺で。

河童が色々改造していて、玄武岩の岩場の中に住居が造られていたり。他にも色々なギミックが仕込まれたりしている。

ウォータースライダーを作って一儲けをしようとした事もあったらしい。

降り立った早苗を見て、距離を取ってひそひそ話をしている河童達。

にとりが、数名の河童を連れて姿を見せたのは、しばししてからだった。

「へへ、ようこそおいでなさいまして」

「……それでは、査察をさせて貰います。 順番に内部を見せて貰えますか?」

「分かりました。 それでは此方へ……」

動きが遅い仲間に、ちんたらするなと怒鳴りつけるにとり。

萎縮する鈍そうな河童。

なるほど。そういう事か。

早苗は目を細める。

巧妙な心理戦を、最初から仕掛けてくると言う訳だ。

今怒鳴られた河童も、恐らくは敢えて連れてこられている鈍い河童。もしくは演技をしている。

早苗が同情するのを予測した上で心理的優位を作っておこうと言う訳だ。

勿論それに乗るつもりはない。

冷たい目でやりとりを見ながら、言われたままついていく。こういうことをする相手だ。容赦は必要ない。

幾つかの住居があるが。流石に住居の中を全て覗くつもりはない。

きゅうりがたくさんぶら下げられているが。大半は人里から奪ってきたものだろう。まあ、人里でも多少の盗みは多めに見ているのだが。

また、魚を捌いて吊るし、干物にしている。

どの家でも、何やら作業をしているケースが目立つ。

まだ幼い河童も見かけるが。

ミニ四駆で遊んでいるのを見て、ちょっと驚いた。

「早苗さん、アレをご存じで?」

「外ではミニ四駆と呼ばれています」

「知っていましたか、へへ、流石でさ」

「外では何回かブームが起きたんですよ。 速く走らせるための改造が子供達の間で流行ったりしましてね」

早苗の住んでいた地域では、かなりブームが遅く訪れたりした。

それでミニ四駆は男子が遊んでいるのを見た事がある。

早苗も興味があって、こっそり現物を入手して組み立てて見たのだが。良く出来ていると感心したものだ。

なおアニメなども同時展開され。

そのアニメからファンになった女性マニアも多数存在。

組み立てが出来なくて、彼氏に泣きついた女性マニアもいたとかいないとか。

なおアニメでは勝手に加速したりするが、現物にそんな機能はない。

「防水処置はしているんですか?」

「それはもちろんでさ。 この辺りだと、防水処置はしないと話にもならないんで」

「へえ……」

まあそうだろう。

この辺りは、以前邪仙と地獄から来た鬼神長の戦いの舞台となり、丸ごと水没した事があった。

他にも河童は行き当たりばったりで行動するため。

玄武の沢が水浸しになる事は珍しくもないのだろう。

ありとあらゆる機械類に、防水を施すのは必須、と言う訳だ。

天狗から請け負った仕事について歩きながら聞くと。

そればっかりは言えない、と言われる。

少し脅しを掛けてみようかなと早苗は思ったけれど、此処でそれは得策ではないだろう。

天狗は今の時点で、守矢に抵抗できる状態ではない。

此処で河童に対しても圧力を掛けると、破れかぶれになって何をするか分からない。

今は河童という受け皿を作って置いて。

天狗に対しては、様子見くらいで丁度良いはずだ。

ほどなく、洞窟に入る。複雑な構造で、蟻の巣を思わせた。

周囲に式神は展開しているし、防衛用の術も展開済みだ。不意打ちを食らったときの対策である。また、閉じ込められた時に脱出するために、既に転移先の座標についても定めてはいる。

少し前に空間転移を習得したが。技は使ってこそ。

河童も早苗を閉じ込めたり、不意打ちして倒せると思っていないのか。

そもままてくてくと歩いて行く。

ただし、さっき鈍そうにしていた河童も含めて、隙は見せないが。

集団行動をするときの、幼稚園児のような情けない有様とは裏腹に。

流石に住処に入り込まれているという事もある。

油断はしていないと言う事だ。

「まず此方が中枢制御室……まあ監視室でさ」

「はい。 拝見させていただきますね」

ひょいと覗き込む。

数台のPCがあるが、いずれもがかなり古い型式である。

どうもLinux系のOSを主体に使っている様子だ。此処ではウィルスも何も無いだろうし、ウィンドウズで良いと思うのだけれども。カスタマイズが容易なLinuxの方が、河童の性にあうのだろう。

PCの型式をメモ。

ほぼ自作だろうが、それでも一応確認しておく。

スペックについて聞くが、外における二世代前以前の水準だ。HDDの容量もまだ100GBに到達していない。ただこれは監視用のPCなので、サーバはもっと良いのを使っているかも知れないが。

モニタも殆どがブラウン管。

監視に当たっている河童も退屈そうだが。

それでも精一杯、早苗がいるからだろう。背を伸ばして、モニタに向き合っていた。

「彼方此方の要所を此処で監視してまさあ」

「ログはどうしているんですか?」

「彼方で」

頷くと、確認させて貰う。

監視用のツールには独自のものを使っている様子だが。ざっと見た感じ、サーバは十台もないようだ。

仮想環境はまだ幻想郷に来ていないらしく。仮に来ていたとしても監視環境で実用はしていない様子だ。

サーバは恐らく実機だろう。

というのも、情報が流れてきている中にMACアドレスも含まれていて。サーバの名前ごとに違う。

頷きながらメモ。

勿論偽装の可能性もあるが。偽装をするには手間を掛けすぎである。

サーバルームも見せて欲しいと言うと。

にとりは少し躊躇ったが。数名を連れて、案内してくれた。

「随分詳しいですね早苗さん」

「外では、私の故郷は田舎ではありましたが、同時に最先端技術のある工場も誘致していたんですよ。 私は色々伝手を辿って、そういった工場でテクノロジーについて見て来ましたし、勉強もしていますので」

「う、羨ましい……」

「良い事ばかりでもありませんよ」

例えば、さっき河童がだらだらやっていた監視業務。

あれは外では24時間態勢で無駄に行っており、監視者の負担が激甚だ。

シフト勤務での労働で、人員をゴミのように使い捨てておきながら、人材がいないとかほざき散らしている。

体力のある妖怪ならまだ耐えられるだろうが。

心身を壊して、再起不能になってしまう人も多い。

勿論そういった細かい事情について口にするつもりはないが。

河童が回している設備の小規模さでは、多分そこまでの悲惨な事にはならないだろうなと、少しだけ早苗は安心していた。壊れた場合も、別に24時間対応でやらなくてもいいだろう。

あの様子だと、監視も日中だけやっていて。

エラーが出ても翌日対応というところか。

サーバルームを確認。

案の定、性能も見かけもバラバラなサーバが雑多に置かれていて、周辺機器もかなり滅茶苦茶に並べられていた。

熱対策か、扇風機が動いていたが。

此処はすぐ外を滝が流れていて、本来はかなり涼しい部屋の筈。

それでもそこそこ暑いところを見ると。

これ以上サーバの増設は無理だろう。

熱暴走を起こすこともあるのでは無いかと指摘すると。

ぎくりとしたにとり。

やはりか。

咳払いして、冷房について導入を進める。

サーバルームをこれ以上拡大するなら、強力な冷房を導入しないと無理だという話も、である。

サーバルームから出る。

蟻の穴のように入り組んだ河童のアジトを進んでいき。

やがて工作室に出た。

河童の精鋭らしい、年配の河童が作業をしている。

見ると、あのメガドライブも、分解されて解析されている途中のようだった。ああだこうだと話しているが。年配の河童達も、やはり合体機能には心が奪われているらしい。

「確かに何か色々とシステムを増強できるようになっている様子だ」

「何とか伝手を辿って手に入れられないか」

「いや、これが来ていると言う事は、無縁塚を漁った方が速い。 知識があるものに話を聞いて……」

「熱心ですね」

にとりがにやりと笑う。

いつまでも、技術を独占できていると思うなよ、という意味の笑みだろう。

静かに笑みを返す。

河童達は知らない。

外の世界が、どのような地獄か。

此処の河童達は、本当に技術が好きで。エンジニアを好きでやっているような者達だけれども。

外では文字通りの富国強兵策が、尻に火でもついたような勢いで行われている。

技術の進歩についても同じ。

昔ほどの進歩速度ではないが。

それでも毎年技術は、少なくとも河童達の創意工夫以上の速度で進歩している。

それを考えると。今のにとりの笑みなどは、正直微笑ましいものとしか言えないのだった。

最後に倉庫を案内して貰う。

ひんやりした部屋の中に棚が並んでいて、雑多に無縁塚で漁ってきたらしいものが多数並べられている。

その中には、かなりマニアックなものもあった。

ただ、殆どのものは、「解析中」の棚に入れられていた。

河童も何か分かっていない、と言う事だ。

「懐かしいものがたくさんありますね」

「!」

「おっと、ただで正体を教えるつもりはありませんよ」

「へへ、そこを何とか。 此方も勢力の中枢を見せているんですし……」

揉み手をしながら、にとりどころか、他の河童まで一瞬ですり寄って来る。

現金な連中だなと思いながら。

早苗は駄目、と突き放していた。

そして、ざっと確認し。

分かるものをメモしておく。

かなりマニアックなものも多く。早苗も知らないものもあった。いずれも、綺麗に掃除されて展示されている。

色々雑な印象のある河童だが。

こういう「好き」に関しては、恐らく丁寧なのだろう。

好きが故に。

逆に、「好き」でなければ何もできない。興味すらも感じない。そうすると動けない。

そういう難儀な種族でもあるのだろうが。

口を尖らせるにとりを促して、次へ。

露骨に機嫌が悪くなるにとりだが。

耳元に告げておく。

「今後の対応次第では、此方から情報を出しますよ」

「ほ、本当!?」

「本当です。 私達は、其方の対応次第では誠意ある対応を返します」

「……」

忙しく計算しているのだろう。咳払いして、先に行くよう促す。

最後に案内されたのは畑だ。

玄武の沢が水没しても大丈夫なように、かなり複雑な入り組んだ構造の先に、隔壁まで用意して作られている。

どうやら作っているのはウドのようだ。緊急時の非常食だろう。暗い所でも作れる。合理的な判断だ。

一旦河童のアジトから出て、玄武の沢の上流に出向く。

此処に最近養殖施設を作っていて、河童に管理は任せているが、魚の収穫については守矢が行っている。

というのも、河童に収穫を任せると、あっと言う間に養殖の魚が枯渇してしまうのである。

理由は、説明する必要もないだろう。

其所で、守矢の側で監視カメラを作り、河童がちょろまかさないように監視をしている。また、監視のために手練れの妖怪を何名か此処に配置もしている。

あくまで河童がやっているのはシステムの管理だけ。

そのシステム管理についても、もしもこれ以上魚をちょろまかすようなら触らせないと告げている。

別に河童の縄張りでなくても養殖は出来るのである。

河童としては、養殖の仕組みを知るだけでも大きな+なので。

これ以上、譲歩を此方に迫れない、という事情もある。

養殖場を確認。ニジマスをはじめとして、かなりの数の魚がきちんと管理されている。半分ほどは人里の、残りは妖怪用のものだ。

じゅるりと生唾を飲み込む音がしたので。

笑顔のまま、音を立てた河童を一瞥。

ひゅいと情けない悲鳴を上げて、河童が背を伸ばす。

それでいい。守矢は怖れられているくらいで丁度良い。

河童に対しては、多少高圧的なくらいでいい。とにかく絶対に侮られるな。

そう二柱にも言われていた。早苗自身も意見が一致している。最近は、早苗が守矢の二柱と意見が異なる場合も出てきて、その場合は徹底的に話し合って方針を決める。そういった、「傀儡でない」早苗の様子を、親代わりの二柱は喜んでくれている。

メモを取り終えると、告げる。

「査察は以上です。 今後も、提携している事業に関しては、不正なきように」

「へへ、分かってまさあ」

にとりが頭を下げ、部下を連れて下流のアジトに戻っていく。

さて、と。

養殖場の監視をしていた妖怪を手招き。

一応人型を取れる妖怪で、それなりの手練れである。

「幾つか確認しておきたい事があります」

「はい」

河童がいなくなった後、話を聞く。勿論チップも少し渡しておく。こうすることで、口が良く滑るようになる。

やはり、養殖の魚を狙って、河童が時々来ている様子だ。

迷彩スーツを使ったり、色々な手段を使って、盗もうとしているらしい。

いずれも未遂に終わっているが。

酷い場合は、日に何度も来るようだった。

そうなると、此方としても対処が必要になるだろう。

「分かりました。 電気ショックつきの柵を導入することを検討します」

「で、電気ショック!?」

「丁度良い薬でしょう」

「は、はい……」

完全に恐れおののいている妖怪。それがどんなものか見当もつかないのだろう。

それでいい。

守矢は妖怪に怖れられる位で丁度良い。

勿論問題は全て丁寧に解決しているのだ。

守矢が求めるのは妖怪達との交友でも友愛でもない。

畏怖を受けることだ。

そして、それが信仰につながっていく。

長い間、人間を見続けて、守矢の二柱は結論した。

信仰は畏怖足るべしと。

実際に、親しまれる神よりも畏怖される存在の方が存在感が大きい。それは、何柱かの実例を持って、教え込まれてきた。実際に交戦した相手でも、畏怖が叩き込まれる存在の方が、印象が強かった。そういう現実がある。

戻ってレポートを書く。

かなり厳しいレポートになる。

河童達は、かなり隠し玉を持っている。それについては、アジトを査察して良く理解出来た。

あのサーバルームの監視設備だって、確認した所、あからさまにサーバの数が一致していない。

また、河童の腹をまかなうのに、あの隠し畑と、玄武の沢だけでは無理だろう。

相当な広範囲に、隠し畑や狩り場の類があると見て良い。

そう結論して、レポートを提出。

二柱と、額を合わせて話し合う。

「しっかり細かい所まで見てきたね。 此方でも何カ所か、河童の隠し畑は把握しているよ。 他の妖怪の縄張りで、こっそり色々やっているんだ彼奴ら」

「やっぱりそうですか」

そう教えてくれる諏訪子は、やはり早苗のだいぶ先を行っている。

やはり隠し畑が存在するか。しかも他の妖怪の縄張りに。

随分大胆なものである。まあ、諏訪子に見つかる程度の偽装と言う事で、神の上は行けないと言う事だが。

天狗は力任せに、他の妖怪の縄張りを侵していた。

これに対して河童は、相手が気付かないうちに好き勝手に裏口からものを盗んで行っている印象だ。

告発するか、と聞くと。神奈子はにやりと笑う。

もっと上手に状況を利用しろという笑みである。もうその辺りは早苗にも分かる。

「短絡的に動くのは悪手だね。 隠し畑については、今後全部徹底的に抑えてしまった方が良いだろう事は事実だけれども、河童を押さえ込むために使うべきだ」

「分かりました。 それでは、そのように」

「今の時点で、把握している河童の収入源と経済規模をすりあわせておこうか」

頷く。

早苗は幾つかの術を展開。少し大変だが、これくらい出来ないと駄目だと練習した。

空中に図を作り出す。

昔は難しかったのだが、今では技量が上がった結果、空中に立体映像で図を作り出す事が出来る。

これは多分博麗の巫女にも出来ない。

戦闘力ではまだ勝てないが。

こういう小技に関しては、もう博麗の巫女を上回っている部分もある。今後は、もっと色々な分野で上回っていきたい。

早苗が把握しているデータと、諏訪子、神奈子が把握しているデータを、それぞれ付け足していく。

そうしていくと、予想より河童の有する経済能力が大きい事が分かってくる。

新聞を取りだす。

少し前に関係修復に成功し、今では親友となっている鴉天狗。姫海棠はたてが書いたものだ。

以前は妄想新聞に過ぎなかったが。

今では、外の世界にはまずないごくまともな新聞となっている。

この新聞で、以前様々なテキ屋の分析から、河童の経済規模を予測していたのだが。かなり良い線まで行っている。

河童側はまだまだ隠し玉を残していたが。

はたての取材は相当しっかりしていた、と言う事だ。

「はたてをこちら側に取り込みましょうか。 そろそろ、良い頃合いかと思います」

「いや、あの子はフリーランスで泳がせた方が良い仕事をする。 賢者の中には、あの子を次期天魔に据えるつもりでいるものもいるようだ。 天狗の混乱はもう少し煽った方が良い。 まだしばらくは様子見をした方が良いだろうな」

神奈子の言葉に。珍しく諏訪子が一言付け加える。

神奈子も、それを静かに見ていた。この二柱、それぞれ得意分野を使い分けている。

「それなら、もうひと味だ」

「どういうことだい?」

「隠し畑は姫海棠はたても掴んでいないだろう。 一つか二つ、教えてやりな。 それとなくな」

早苗は頷く。確かに、その方が面白い事になるだろう。

それはそれとして。倉庫にあった珍しいものリストも開示する。

ぷっと噴き出す諏訪子。

更に、河童の子供達がミニ四駆で遊んでいると知って、大笑いし始めた。

「ハハハ、河童達がやりそうなことだ」

「諏訪子様もそう思いますか?」

「で、どんな名前をつけてた?」

「そこまでは……」

ミニ四駆は、それぞれなんというか、当時の美意識に溢れた機体名がついていたものである。

いわゆる中二という奴だ。

ミニ四駆のカタログを、神奈子が探してくる。

ざっと見た感じ、どれで遊んでいたかは分からない。

或いは、オリジナルのミニ四駆を作ってそれで遊んでいるのかも知れない。

「このカタログ、コピーで良いから増やしておきな。 河童にかなり高く売れる」

「分かりました」

「いいかい、一方向から攻めるだけでは駄目だ。 色々な方向から、河童に圧力を掛けていく。 今までは天狗が仮想敵だったけれど、天狗が無力化した今度は、後ろを突かれるのを防ぐために河童をある程度叩いておくよ。 経済規模をまずは半分以下にするのが目標だ」

それだけやっておけば河童は守矢の完全コントロール下におけるという。

頷く。早苗としても、反対する所がない。

河童は元々、かなり自分勝手で隙さえあればやりたい放題する種族だ。しかも個体単位で。

ここでしっかり抑えておかないと、後々面倒な事になる可能性が高い。

早苗も河童を叩く事に関しては同意見である。

武力で蹂躙するのも良いのだが、それだと賢者達との対立が更に深刻になる。

今後の事も考え。

クリーンな方法で、河童は勢力を削っておかなければならないのである。

後は、それぞれ自室に戻って休む事にする。

守矢の結界は極めて強固。

内部を覗かれる恐れはない。

河童にとっては恐ろしい陰謀が巡らされていることを。

恐らく、知られる可能性は絶無だ。

早苗は自室に戻り、パジャマに着替えながら考える。

はたてと連携を取るタイミングを、しばらく考えておくべきだと。

今、はたては中立の観点から記事を書ける、外の世界にはいない「記者」として成長しつつある。

妖怪の間でも、その新聞は他の天狗のものとは違うと認識され始めている。

河童の隠し畑が、勝手に他の妖怪の縄張りに作られている事がすっぱ抜かれれば。

面白い事にはなる。

だが、二柱がまだいつやれという指示を出してきていない。多分意図的に出していない。早苗の成長のためだ。

いつのタイミングで接触するかは。考えなければならないだろう。

時計を見て、眠る事にする。

蛍光灯があるから、灯りは充分。

この電気も、賢者が色々配慮して、地底の地熱発電所の段階で分岐させている。前に水力発電に手を出そうとしたのは、妖怪の山独自の電力確保のためだったのだが。それも当面は上手く行かないだろうし。河童が仮にへそを曲げたとしても、痛くも痒くもない。河童は鬼が怖くて地底にはいけないからだ。

幾つか、外の世界から持ち込んだ雑誌を適当に読んでいる内に眠くなってくる。

あまり最新のファッションやアイドルには最後まで興味を持てなかったなと、苦笑してしまう。

今も巫女装束と動きやすい私服だけで充分だ。

むしろ妖怪達の方が、早苗よりもバリエーションの豊かな服や帽子に身を包んでいるほどであり。

色々と、皮肉な話だった。

眠くなってきたので、電気を消して眠る。

もう、昔と違い。

怖い政治の世界の話を聞いても。心が揺れることは、無くなってきていた。

 

2、幻想郷の最新の遊び

 

準備をした上で、玄武の沢に出向く。

途中で、山童の集団に出会った。サバイバルゲームが好きだと聞いていたが、どうやら今日もやっているらしい。

山童は、河童の一形態。川から上がった者達である。

伝承でも、河童は「渡り」をする妖怪であり。夏場は川に現れ、冬場は山にて山童となる。

この習性は、もろに原型の一つとなったサンカの民に影響を受けているものと思われる。

要するに山童は、天狗などとも共通点が多い妖怪。

それが幻想郷では、多数の亜種が統合されて「河童」「山童」という大きな二くくりに分けられている。

或いは、賢者達による意向かも知れない。

山にあまりにも雑多な妖怪がいて、それぞれ勢力を作られても面倒だし。

せっかくだから、河童にヒモづけられる妖怪は、みなそう名乗るように仕向けた可能性も考えられる。

いずれにしても、山童と河童は流動的で。

山童の縄張りと河童の縄張りは同じである。

縄張りを侵していないか。

他の妖怪に迷惑を掛けていないか。

或いは、自然現象としての妖怪や、なりたての妖獣(獣由来の妖怪)に襲われていないか。それらを確認していく。

以前野鉄砲と化した野生のマミ(穴熊やタヌキなどの総称)が、山童だけでなく人間も襲撃した事件があり。

なりたての妖獣は、決して妖怪達にとっても安全な存在ではないのだ。

確認をすると、特に問題は起きていないという。

頷くと、チラシを見せる。

やっぱり陸に上がろうと河童は河童。

目を輝かせた。

「これはミニ四駆のチラシ! しかも外の世界の!」

「マジで! 見せて見せて!」

お菓子をちらつかされた子供のように集まってくる山童。

もみくちゃにされながらも、笑顔を崩さずに、早苗は幾らかのチラシを売ってやる。

ミニ四駆の名前に感動したのか、かなり金払いが良い。

河童は技術に関する事であれば、金を惜しまず出すものなのだ。

「モーターの形状とかも記載があるぞ」

「外の世界の技術者もやるな。 これはスピードをかなり改良できる!」

「河童達にも配りますから、負けないように頑張ってくださいね」

「お、おうっ!」

サバイバルゲームをすっかり忘れて、わいわいと盛り上がり始める山童。

これは良い傾向だ。

河童も、無から材料を作り出している訳では無い。

特にミニ四駆などは、プラスティックを大量に必要とするが、これは幻想郷で自給できる物資では無い。

地底などでは一部で石油が取れるが、精製施設はないし。

結局賢者が持ち込む物資を使うしか無いのだ。

そして賢者が持ち込む物資は、かなり限られている。食糧など、生活必須品がメインになるためである。

限られた予算の中から、プラスティックの未成形品など、それほどたくさん引っ張ってはこれない。

そこで、守矢が入れ知恵をする。

河童がプラスティックを欲しがっているという情報を、である。

これで河童の財力を多少削ぐことが出来る上に。

賢者にも貸しを作る事が出来る。賢者の予算がかなり厳しい事は、守矢でも掴んでいるのだ。

すぐに玄武の沢に出向く。

子供の河童が不思議そうに此方を見ている中。

慌てて出迎えに出てきた河城にとりをはじめとする一線級で仕事をしている河童達にチラシをちらつかせると。

案の定、よだれを垂れ流して飛びついた。

「こ、これが外の最新のミニ四駆のチラシ!」

「見ろ、モーターの形状がかなり改良されている! でも、作れないこともない!」

「おっと、これ以上は有料ですよ勿論」

「わ、分かっている……!」

ごくりと生唾を飲み込むと。

にとりが仲間に声を掛け、かなりまとまった金を出してくる。

本当に河童達はどこまでもエンジニアだ。

技術に関しては、金を惜しまないんだなと、ある意味で感心してしまった。

テキ屋をやっている時は、本当にシビアな銭の計算をしているのに。こうやってテクノロジーが絡んでくると、頭のネジが吹っ飛ぶのだろう。

勿論油断できる相手では無いが。

扱いの方法が分かった。勿論扱いが分かっても、侮ってはいけない。足下を掬われる。

すぐにチラシを売る。

山童にもチラシを売ったことも教えると、目の色を変える河童達。

「負けてられないぞ!」

「この何とかエンペラーというのを再現するぞ! 余ってるプラスティック出してこい!」

「モーターは私が……」

「車輪はお前が作れ!」

金を払った後は、もう早苗の方を見てもいない。

なんと分かりやすい者達か。

すぐに隠してあっただろう未成形のプラスティックを出してくる河童達。あれだけかき集めるのは大変だっただろう。

子供の河童達は、大人達の狂奔をぼんやりと見ているが。

早苗には、愛想笑いをして来たりで、そこそこに可愛らしい。

でもミニ四駆を自分で改造したりしている辺り、幼くても河童なのだと思ってしまうが。

ミニ四駆と言えば改造がつきものだったが、実際にやっているのは相当なマニアだけだった。

一度守矢に戻る事とする。

途中。不意に強い気配が訪れる。

二柱に警告されていた。

賢者が、此方の動きを監視している可能性も高いと。その場合は丁度良いから、アクセスしておけとも。

空間に裂け目が入る。

その裂け目の両端にはリボンがついており。裂け目が開くと、中には多数の目が見えた。

裂け目から姿を見せたのは、紫を基調とした服を着込み、手に傘を持った、得体の知れなさに全振りした女。

賢者。八雲紫である。

幻想郷で、現在事実上稼働している唯一の賢者であり。

外の世界との折衝もほぼ一人でやっていると聞いている。

あまり機嫌は良く無さそうだが。

普通、守矢の二柱と話をしに来るのに。

いきなり前触れもなく早苗の前に出てきたと言う事は。

さっきまでの行動を全て見ていて。

それで何か警戒している、と言う事だろう。勿論非礼があってはならない。

早苗が既に二柱から、行動のグリーンライトを与えられている事も、気付いているのかも知れない。

最近どうやら、紫は博麗の巫女との連携体制を強くしているとも聞いている。

誰もがいつまでも子供では無い。勿論早苗だって例外では無い。

それを永く生きていたが故、知っているのだろう。

「何用ですか、紫さん」

「ふふ、しらばっくれて。 少し、話を聞かせて貰えないかしらね」

「かまいませんよ」

すっと、周囲の光景が切り替わる。

一瞬で、「神隠し」されたのだと悟る。

この辺り、流石は賢者だ。

だいぶ力がついてきた早苗だが、まだ紫には及ばないだろう。慢心しないように気を付けなければならない。

小さな屋敷の中にいつの間にかいたので、外出用のローファーを脱いで着地する。

この辺りは、どうしても育ちから身についている。

紫が玄関を示したので、其方にローファーを置いてきてから。

既に準備されていた茶菓子とお茶が乗っている、丸テーブルを挟んで、紫と向かい合って座った。

其所から、軽く話をする。

最近河童に対してかなり手を入れていることを賢者も把握している。

どういう意図があるのか是非確認したい。

そう、ストレートに紫は言ってきた。この辺り、駆け引きをする必要を感じていないのだろう。

もちろん、事前に紫が介入してきたとき、何処まで喋って良いかは、二柱と話をしてある。

相手の質問についても想定済みだ。

早苗が見た所。守矢の二柱の方が、紫よりあらゆる意味で一枚上手である。

これは身内のひいき目という事もあるかも知れないが。

それ以上に、紫は「幻想郷を守らなければならない」という立場にある。泣き所も多い。

これに対して、守矢の二柱は元々外にいた、現役信仰されている神々であり。その気になれば外に戻るという選択肢もある。

戦闘力も紫よりも上。

勿論、幻想郷にいることが、今は強い旨みになっている。

だから、利害は一致はしているが。

交渉をするとなると、比較的優位に進められる。

そういうものだ。交渉というのは、あくまで利と害で行うのである。

ただ、近年は博麗の巫女が急激に知恵を付けてきている。

故に紫は手札を増やしているとも言え。

油断は絶対にするなと、早苗は念押しされていた。

「なるほど、少し河童の経済力を削いでおくつもりと」

「紫さんにも悪くない話の筈ですが」

「……そうね。 予算は限られているし、河童の金払いの良さを考えると、多少のプラスティックを買い付けるだけで予算を増やせるのなら……悪くは無いわね」

ただ、と付け加えられる。

紫は口元を扇で覆う。表情を読まれないようにするため、だろうか。

「メガドライブというものを知っているかしら」

「ええ、世代を少し過ぎていましたが、周囲の家に持っている子がいましたので」

「……外の世界のゲーム機としてはかなり古いもののようね。 周辺機器を河童が欲しがっていてね。 それも貴方がけしかけたの?」

「いえ、それについては偶然です。 無縁塚に壊れたものが入り込んで、それを……」

いきさつを話す。

これについては話して良いと言われているので、別に隠すこともない。

紫がため息をつく。あまり、良い事では無いと判断したのか。

「幻想入りしたということは、恐らくは外ではもう絶滅危惧種なのね」

「新品を手に入れるのは相当に難しいか、或いはとてもお金が掛かると思います」

「それも政治利用するつもり?」

「……実は、周辺機器も恐らく無縁塚に落ちていると思います。 これについては、チラシがありますので」

すっと、紫に差し出す。

目を細める紫。流石に外に詳しくても、古いゲーム機についてまでは知るまい。

それに紫もこれ以上、河童に対するイニシアチブを守矢が握るのは面白くないだろう。

だから、メガドライブの話を紫がしてきたらくれてやれ。

そう言われている。

さっき、玄武の沢に出向いたとき。

このチラシを河童に譲らなかったのは紫が介入してくる事を見越しての事だ。

紫は明らかに、玄武の沢に出向いている早苗のことを認識していた。

それならば仕掛けてくる。

守矢の二柱の読み通りだった。

だから、早苗は驚かず、順番通りに交渉を進めていける。

「これは準備が良い事ね」

「私もいつまでも子供では無いという事です」

「昔はあんなに素直で真面目な子だったのに」

「今でも真面目なつもりです」

紫が此方を意味ありげな目で見る。

多分、それがまずいとでもいうのだろう。

だけれども。早苗にだって反論がある。

子供は大人になるものだ。いつまでも子供であることの方がまずい。

学校などで、スクールカーストなどを構築して、其所でのαになっている者は。大人になってからもその感覚が抜けず、周囲に対して暴威を振るうケースがある。体ばかり大人になって、頭が全く大人にならない状態だ。

そういったものは、それこそ老人になっても子供のままだ。

だが、早苗はそんなさもしい大人にはなりたくない。醜い実例を、幾らでも見て来たからである。

きちんと成長して。酸いも甘いも理解した大人になりたい。

半人半神という体になってしまった今、周囲と同じように成長できるかは分からない。博麗の巫女が老婆になった頃、まだまだ今の姿と変わらないままの可能性も高い。それこそ日本が原始時代の頃からあの姿のままの守矢の二柱の事を考えると、その可能性は否定出来ない。

だけれども。

体が例えこれ以上育たなくとも。

心は、時間とともに育っていきたいのだ。それがどんな方向であっても。

「いいわ、このチラシは言い値で買い取りましょう。 したたかな河童達だけれども、最近少し調子に乗りすぎていた節がある。 此処で少し力を削いでおくのは此方としても賛成よ」

「ありがとうございます。 それでは、帰りたいのですが」

「……一つ忠告しておくわ」

空気が張り詰める。

紫は、相変わらず口元を隠したまま言う。

「外の世界が良くない状況になってきている事は分かっているわね。 貴方たちにも、いずれ退路はなくなるわよ。 幻想郷でやっていくしかない……そうなったときには、貴方たちは今ほど自由でいられなくなるわ」

「……心しておきましょう」

言われるのを、想定していたことだ。

だが、紫の言葉は。

どこかもの悲しく。

そして示唆的だった。

或いは、紫自身が、もう外で暮らしていくのは厳しいと感じているから、なのかも知れない。

気がつくと、ローファーを手に、守矢神社の境内に出ていた。

すぐにローファーをはき直す。

二柱に全てを報告。売り上げも渡す。

この辺り、ひょっとしたら、博麗の巫女だったらちょろまかすことを考えるかも知れないが。

早苗はそんな事はしない。

「よし、良い状況だ。 更に次の段階に計画を進めていくよ」

「分かりました。 いよいよ河童の財力を実際に半減させる計画ですね」

「うむ。 此処からは、揺り戻しを避ける方向で行く」

「……」

話をそのまま聞く。

河童も金を使い込んだら、身動きが取れなくなることは分かりきっている。

使った分は稼ごうとしてくるはずだ。

其所の先手を打つ。

勿論。表向きは守矢が関わっていない方向で、だ。

諏訪子が、茶を啜ると。

新しい茶を淹れるように示しながら、説明してくれた。

「実際に見て来たが、永遠亭の腹黒兎の動きが鈍化している」

「何かあったんでしょうか」

「詐欺に等しい行動を色々していたからねえ。 おおかた永遠亭の月人が灸を据えたんだろうさ。 或いは兎たちの信仰対象であるオオクニヌシに説教させたのかもね」

「……」

そうなると、その分河童が行動を活発化させないか。

テキ屋などでは、モロに永遠亭の腹黒兎ことてゐ率いる妖怪兎たちと河童は、利益が競合していた筈なのだが。

其所で、諏訪子が恐ろしい笑顔を浮かべた。

「河童には此処で動けないようにさせる」

「何か手が」

「もう打ってある。 こちらは漫画の悪役じゃあない。 全ての手は、一連の利益につながっているんだよ」

くつくつと、諏訪子が笑うと。

日本屈指の祟り神、ミジャグジさまの総元締めとしての凄まじい威厳が溢れる。

そんな祟り神を叩き伏せた武神、神奈子も静かに笑う。

二柱は一つの神社に収まるには強力すぎるのである。

流石に早苗も、親代わりの二柱の圧倒的な実力を肌で感じ背中に冷や汗が流れた。

神奈子が、茶を啜りながら言う。

「勿論、全てが上手く行くわけじゃ無い。 だけれども、今回の一連の行動で、河童のコントロールをより完璧にする。 何度も言うけれど、機会損失は許されないわよ」

「はい」

思わず背筋を伸ばしていた。

河童達には気の毒かも知れないが。

経済で争っている以上。

今後は、更に厳しい手を叩き込んでいく事になるだろう。

遊んでいる子供の河童達を思い出して。

ちょっと早苗は、胸が痛むのを感じていた。

 

それから、怒濤のごとく事態が動く。

まず確認しに行くのは無縁塚である。案の定、紫の式の式である橙が、何体かの妖怪と一緒に、何かを探している。

幾つかは既に見つけている様子である。

多分メガドライブの拡張部品だ。

メガドライブは「タワー」等と揶揄されるように、どんどん拡張部品を足していくことで、機能を追加する事が出来た特徴的なゲームハードだった。最終的には合体の結果別物のように巨大化したものだ。

恐らくソフトも探しているのだろう。

カタログには、売れ筋だったソフトもあった。

世界でもかなり高名な、ハリネズミを主人公としたソフトで、任天堂系列のゲームハードに果敢に勝負を挑んだのもメガドライブの時代だった。

残念ながら牙城を崩すことは出来なかったが。

それでも、相応の稼ぎをたたき出し。

次の世代のハードまで、しっかり命脈とバトンをつないだ。

河童は呆然としている。

何しろ賢者とその配下が捜し物をしているのである。いつも無縁塚で捜し物をしている河童達も、賢者と配下に喧嘩を売るほどの命知らずじゃない。

また、命蓮寺の関係者である鼠の妖怪、ナズーリンが遠巻きに様子を見ているが。

単純に状況の俯瞰をして、事態の確認に努めているとみた。

早苗が側に降り立つと、ナズーリンは丁寧に礼をしてくる。

礼を返すと、軽く話をする。

「騒ぎを避けているのですか?」

「普段は彼処で色々有用なものを探しているからね。 何か起きた事はすぐに分かったし、巻き込まれるのもばからしい。 また、君達が悪巧みをしているのか?」

「神のみぞしる、ですよ」

「……賢者の配下達が動いている所からして、何か余程危険なものでも入り込んだのかな?」

探りを入れてくるが、アルカイックスマイルで返す。

命蓮寺は未来の最大仮想敵の一つ。情報を渡す気は無い。

さて、次だ。

メガドライブ関連のパーツは、それこそ河童が脱水症状を起こすレベルでよだれを垂れ流して、金を幾らでも出して欲しがるだろう。

その補填だけでは「足りない」ようにする。

同時に、仕掛ける必要がある。

人里の端に出向くと。

帽子で人相を隠したはたてが既に待っていた。

待ち合わせをしていたのだ。

なお、はたてとの連絡方法については、二柱にも秘密にしている。この交友関係は、勢力云々抜きに維持したいと思っているからだ。

幻想郷に来てから出来た友人。一度喧嘩をして、関係修復して、親友になった存在。

だからこの縁を大事にしたいのである。

木陰で、木を間に。背中合わせに立って、軽く話す。

「特ダネの話があるって聞いたけれど」

「はい。 ただ今回は、ちょっと政治的な話が絡みます」

「……聞かせてくれる」

「河童の隠し畑について」

はたてが興味を持ったようだ。新聞にするには充分なネタだろう。

すぐにメモを取り始める。

具体的な場所について、幾つか知っているものを教えると。ため息をつくのが聞こえた。

「天狗といい河童といい、本当に見ていなければ何をしても良いと思う連中がいて嫌になるわ」

「残念ですけれど、人間も同じです。 外の人間は、もっと比較にならない程残忍で非道ですよ」

「貴方の発言には重みがあるわね。 分かった、此方で調べて見るわ」

「念のためですけれど、気を付けて。 水中に引き込まれたら、かなり分が悪いでしょう」

河童側も、恐らく当面はミニ四駆とメガドライブに夢中になる。

かなり警戒が薄くなるとは思う。

更にはたては若手の天狗の中ではかなりの使い手だ。河童最強の河城にとりよりも数段強いだろう。

ただ、それでも。

不意を突かれて、川の中に引きずり込まれたら、ひとたまりもないだろう。

河童側にとって、隠し畑は生命線の筈。

油断だけはしてくれるな。そういう事だ。

はたても頷くと、すぐに姿を消した。あの様子なら、不覚は取らないだろう。

次。守矢で祭を開くが、人間のテキ屋に話をしておく。それに加えて今回は、普段はテキ屋をやらない者達。

博麗神社や、命蓮寺。更には聖徳王の勢力にも声を掛けておく。

今回河童は、ミニ四駆とメガドライブに夢中になっていて、恐らくテキ屋としても三下だけを向けてくるはず。

河童の興味はテクノロジーにあり。金にそれが優先する。

河童がエサに吊られている間に。一気に全てを動かすのだ。

ほどなく、準備が全て整う。

後は、一つを動かすだけで。全てがドミノのように倒れ、そしてつながっていくだけである。

別に邪悪な陰謀を行使した訳では無い。

河童がしていた不正行為を暴く。

それをやるのははたてだ。情報を提供したが、そもそも諏訪子が掴んできた情報。いずれ賢者にも割れていただろう。

勿論はたてには報復行為が心配されるが、現在はたては賢者が目をつけていて、監視もついているが、同時に保護も為されている。

更には、勝手に縄張りに畑を作られていると知ったら。

その縄張りの持ち主である妖怪達は黙ってはいない。動くのは守矢では無く、外で言う民衆に当たる山の妖怪達である。

これがきっかけになって、幻想郷の勢力が一気に動く。

また、ダイナミックに様々なものが動くのだが。

賢者すら巻き込むその中心点にいるのは早苗を含む守矢神社だ。

責任は重大。

一通りの準備を終えると、守矢に戻る。

「祭」の準備は。

もう始まっていた。ある意味、血祭りとも言えるかも知れないが。

 

3、崖崩れ

 

河童達の所に、メガドライブのソフトが幾つかと、更に拡張機器類が渡った。勿論賢者が売ったのだ。

その情報が入ると同時に、行動開始。まずは守矢での祭を行う。

それを聞きつけて、慌てて駆けつけてきたのは、やはり三下の河童ばかり。普段は姿を見せる永遠亭関連の妖怪兎たちもいない。

稼げると聞いて、怪しいものを色々持ち出して来た博麗の巫女や。

命蓮寺からは、相談に乗ると住職自身が来ている。

また、魔法の森の魔法使い。霧雨魔理沙が、焼きキノコの屋台を出しに来ていた。

他にも人間の店が目立ち。

普段は屋台を独占している河童が、隅っこにおいやられている程である。

あたふたしているのは、明らかに不慣れな河童。

やはりこうなったか。

「えー、今回は人入りがとても多いので、祭の時間を延長します」

声を掛けると、わっと参拝客が喜ぶ。

守矢に金を落としていく事についてはどうでもいい。

今回は、河童を叩きのめすための祭だ。

普段はロクに客も入らない、博麗神社の屋台にまで人が来ている始末である。隅っこでわたわたしている河童達は、どうしようもないようで。売り上げも雀の涙のようだった。

更に、だ。

はたてが来たので、神社の裏で二柱と一緒に完成品の新聞を見せてもらう。

内容は、申し分ない。二柱もこれなら充分だと頷いていた。流石である。はたての成長は著しい。友人として鼻が高い。

二柱と話をした後、賢者の所に出向く。

賢者とアクセスする方法は幾つかあるが。今回は、賢者の部下と接触する。

妖怪の山には、監視要員の賢者の部下が何名かいて、その者達と話をするのである。

流石に緊急事態と判断したのだろう。すぐに紫が顔を見せる。

後は、はたてに任せる。

こちらは、はたてにスクープを掴んだと聞かされた、という風を装うが。

幻想郷で稼働している唯一と言って良い賢者は新聞を見て、一瞬で顔色を変えていた。

普段クールを装っている紫が、わなわなと震えている。

これは本当にキレているようだ。

流石に妖怪の賢者でも、河童が隠し畑を勝手に、しかも他の妖怪の縄張りに作っているなどと言う事は、気付けていなかったか。

気付いていたなら気付いていたで別にかまわなかったのだが。

今回は、二柱に言われていた。

紫が何処まで把握しているかを探るための行動にもなると。

実際に、分かった。

紫は、幻想郷の隅々まで把握できているわけではない。

それが分かっただけでも、大きな意味がある。

紫が傘の先で地面を叩く。

びくりと、賢者直属配下の妖怪達が、身を震わせた。

「すぐに真偽を確認するように」

「はいっ!」

賢者の部下の妖怪。いずれもが、それなりに力のあるだろう妖怪達が、すぐに妖怪の山に散って行く。

はたては紫と何か話をしていたが。

昔の妄想新聞を書いていたひな鳥鴉天狗の姿はもうない。

背筋も伸びていて、紫相手に一歩も引いていない。

正しい情報を正しく伝える、プライドを持った記者。

外の世界ではもう絶滅してしまった、プロ意識を持った新聞記者としての姿があった。

どうもプライドを持った記者という存在が、幻想入りしてはたてと一体化したらしいのだけれども。

あの姿を見ていると、それも頷ける。

続けて次の手だ。

妖怪の山の妖怪、数名を連れて人里に。

キュウリ畑の側に、電気柵を設置しに行く。

既に人里のキュウリ農家には話をしてある。

多少のキュウリを河童に取られるのは別に彼らもかまわないと考えているらしい。というのも、水害などの時に河童が人里を守っているのは知っているからである。

だが今回は、根こそぎキュウリを取りに来る。

河童が経済的に深刻なダメージを受け。

それを取り返すためだ。

流石にキュウリを根こそぎやられたら、農家も干上がってしまう。

その事態を防ぐための電気柵。

河童には、普段と同じ量のキュウリを渡してやるようにとも、早苗から直接言っておく。どうやら農家は、河童に取られる分を想定してキュウリを作っているらしく。それについては頷いてくれた。

さて、次だ。てきぱきと作業を進めていく。

守矢神社に戻る。

祭は大盛況。二柱や配下の妖怪達が捌いていて問題は起きていない。博麗の巫女が多少きな臭そうに此方を見ているが、現状は無視。向こうが癇癪を起こすようなことはしてない。

そろそろ、河童側が気付いてもおかしくないはずだが。

まだ河城にとりをはじめとする、河童のエース勢は気付いていない様子だ。姿も見えない。

自室に戻ると、監視カメラを確認。

河童達の長老や、エース級の者達は、夢中になってまだメガドライブとミニ四駆を弄くっている。

其所に慌てて飛び混んできた若い河童。恐らく、テキ屋の一人だろう。

だが、話しかけても五月蠅いと罵られて、首をすくめてしまっている。

これはいい。恐らく、河童側の損害は想像以上のものとなる。

予定通りのダメージ、いやそれ以上のダメージが、河童の経済力に入る筈だ。

河童の武器はテクノロジーと経済力。その一端に致命打が入るのである。

ほくそ笑むと、監視カメラの画像を切る。

咳払いして、境内に出ると。意外な人物が来ていた。

宇佐見菫子である。

「あ、さ……早苗さん。 祭だって事で、遊びに来てみました」

「いらっしゃい。 出来れば、お参りをして行ってくれると嬉しいです」

「はいはい、分かっていますよ」

何かでかい袋をぶら下げている。

嫌な予感がするので、お参りを済ませた後、話を聞く。

予感は当たった。

「これ、中古で手に入れたセガサターンですよ。 この間のアタリのお礼に。 一緒に遊ぼうと思って、外から持ち込み……」

「……今すぐ引き取りましょう。 幾らですか?」

「え? ええと……中古でソフト込みで12000円だったので」

「20000払いますよ」

誰も見ていないのを確認して、取引を済ませる。

そして、耳打ちした。

「今後、ゲームハードやほかにも最新機器を直接持ち込む事はしないでください。 賢者に許可を貰ったのでしょうが、それでも出来るだけ控えてください」

「ふえっ? わ、分かりました。 でもどうして」

「幻想郷の怖い仕組みに巻き込まれますよ」

「ひいっ」

それだけで充分だったようだ。

前に菫子は、幻想郷で問題を起こしたとき。幻想郷のトップクラスの実力者達に追いかけ回されて、それがトラウマになっている。

また同じような事になったら、冗談じゃないと思っているのだろう。

多分このセガサターン、賢者が何かしらの意図を持って菫子に持ち込みを許可したはずだ。その意図を探るまでは、此方の手に持っておいた方が良い。

後は、セガサターンを自室に置くと、祭を軽く案内する。

菫子が、幻想郷での保護者に等しい博麗の巫女と話している様子を横目に。二柱に報告。二柱は、どちらも、とても怖い笑みを浮かべた。

神奈子がくつくつと笑う。

「よし、これで今日の分は大丈夫。 河童達が正気に戻ったときには全てが終わっている」

「想像以上のダメージが河童達に入ると思います。 大丈夫でしょうか……」

「今まで儲かりすぎていたくらいだからね。 これくらいで丁度良いんだよ」

「……」

諏訪子もそう念を押す。

早苗は、内心でちょっと気の毒だなと思ったけれど。

河童は昔人を散々溺死させていたのに、人間の盟友をうそぶく種族。

したたかで、今でも油断は一切出来ない。

それを考えると。仕方が無い事だろうなと、思ってもいた。

 

翌日。

河童達がようやく正気に戻り、パニックになっていた。

まず、普段ではあり得ない祭での売り上げ。文字通り雀の涙。利益回収どころか大赤字。更には、玄武の沢に、妖怪の山の強めの妖怪達が、大挙して押しかけていた。

河童は元々さほど強い妖怪では無い。更に言うと組織戦も出来ない。

縄張りに勝手に畑を作りやがってと凄まれると、泣くしか無いのである。

とはいっても、人の土地で勝手に畑を作る河童も問題だ。

早苗が降り立つ。そうすると、妖怪達は、静かになった。今の早苗の影響力が分かりやすい。

河童達が泣きついてくるので、早苗は突き放すように、静かに新聞を見せた。

「どうやら全部事実のようですね。 今此方でも確認しました」

「……はい、事実です」

「それならば、畑の使用料を彼らに支払いなさい。 今まで使っていた分としては……」

かなりの金を提示。

河童達は真っ青になるが。

だが、殺気だった妖怪達は、早苗が抑えるのを止めたら、一瞬で河童達に襲いかかって八つ裂きにするだろう。

ただでさえ縄張りに五月蠅い山の妖怪である。

そんな相手が全力でブチ切れる地雷を、勢いをつけて踏んだのだから当たり前だ。

泣く泣く、料金を支払いに掛かる河童達。

更に告げておく。

「この新聞を書いた姫海棠はたては知っていますね。 彼女は賢者の庇護の元、事実を伝える新聞を書いています」

「ひゅい……」

河城にとりが白目を剥く。

河童は弱い相手にはとことん強気に出るが。強い相手には、徹底的に下手に出る。

そういう妖怪なのだ。

鬼相手でもびびりまくる河童である。

背後に賢者がいる事を示したら、それはもう白目を剥くしかない。

河童の財布がすかんぴんになったのは確実。

守矢の二柱は、経済力の半減を想定していたが。これはそれでは済まないだろう。

更に、である。

次の日。電気柵にやられた河童数名が、川流れして行くのを確認。

早苗は無言で助けてやるが、科学という妖怪とは相性最悪の相手にやられた河童達は、ぴくぴく痙攣していた。

まあ死ぬ事はないだろう。

エンジニアである河童達が電気柵にやられた理由は、幻想郷ではまだ使っていない技術を使って突貫で作ったからである。ついでに用事が終わった後は電気柵の回収も済ませた。

自分達の技術こそ幻想郷最高。

そううそぶいているからこそ、見事に引っ掛かったのだ。

ある程度のきゅうりを、予定通り農家に分けて貰い。

半死半生の河童達を玄武の沢に送るのと同時に渡してやる。

全部引っこ抜くつもりだったのでは無いかと笑顔で問い詰めると。にとりはまたひゅい、と声を出した。図星だった、と言う事だ。

さてこうなると河童は隠し玉を出さざるを得ない。

実の所、妖怪の山も含めて、幻想郷のインフラは賢者が掌握している。

河童は修理関係などで手を入れることを部分的に許可されているだけ。

最悪の場合。

河童がいなくなっても、困る者は少ない。

テクノロジーにおいては卓絶しているが。

別に外から持ってくれば、河童程度のテクノロジーなら、賢者の配下の妖怪達でも再現出来るのである。

そういうものだ。

そして、ついに。

玄武の沢に、直接紫が姿を見せる。

早苗が行動を正座している河城にとりと長老級の河童達に、諭している最中だった。

どうやら、電気柵に引っ掛かった河童達が。

人里のキュウリを根こそぎ奪うつもりだったらしいことを、察知したらしかった。

ふふーんと、早苗は目を細めて、一歩退く。

守矢としては、現在賢者と事を荒立てるつもりはない。

その姿勢を見せておくのだ。

案の定、その行動を一瞥した紫は、小賢しいと視線に一瞬だけ怒りを込めたが。

それだけである。

河童達は、完全に土気色の顔色をしていた。

怖すぎると、泣かなくなるものだが。

子供の河童達も、完全に息を殺して、家に閉じこもって震えあがっている。

紫は怒りの表情を浮かべていない。

完全に無表情である。

それが、余計に河童達の恐怖を刺激したらしかった。

「どうやら、凝りもせずに色々やってくれたわね……」

「ひゅい! お、お願いだ、お慈悲を! このままだと、冬を越すことが出来ないんだ!」

「嘘ですね」

早苗が厳しい真相を突きつける。

倉庫を確認したのは、何も河童の技術力を確認するためではない。

長期用の保存食の状況を確認するためだったのだ。

そして以前の査察では。

食糧は、倉庫に発見できなかった。

つまるところ、監視室からログを調べられるところに、冷蔵庫があるはずである。

それを指摘すると、紫は顎をしゃくる。

虚空から現れたのは、紫の式である藍。

九尾の狐に鬼神を憑依させた、紫の腹心である。彼女は、複数のあからさまに強力な妖怪を引き連れていた。

完全に固まって震え上がっている河童達に。

更に厳しい宣告が為された。

これより賢者主導で、査察を入れると。

泡を吹いて、河城にとりがひっくり返ったのは、次の瞬間だった。

紫の部下達が、玄武の沢全域に散る。

家に押し入って、内部をひっくり返すような狼藉はしない。

ただ長老級の河童を何名か引きずっていき、強力な探知術を使って、周囲を調べに調べ上げているようだった。

監視室も確認に赴く。

早苗が指摘して、藍が頷く。

藍もIT関連には知識があるらしく、指摘を聞くと即座に状況を理解。そして早苗より一枚上手で、怪しいサーバを即時特定。

そのサーバを見せるように河童に詰め寄り。

冷蔵庫の位置を確認した。

結果として、完全に青ざめている河童達は、最重要機密である冷蔵庫と、金庫に入っている現金までも、全て暴かれることになった。それも賢者によって、である。

冷蔵庫には、二冬は越せるだけの食糧。

金庫には、まだ多少の金銭が残っていた。

それを見て、紫が静かにブチ切れる。

キュウリを根こそぎ奪い取りに行ったのが、単なる損失補填のためだと確信したからであろう。

早苗は知らない。

早苗は、妖怪の山の顔役ではあるが。

基本的に河童の経済にまでは踏み込んでいない立場である。

だからこの辺りは、守矢に責任はない。

むしろ、他の妖怪の山の妖怪達に迷惑が掛かるという点で。妖怪の山の大顔役として、どうにかしなければならないし。

何よりも、代理で紫に謝らなければならない立場でもある。

その理不尽さが、怒りとなって向かう矛先は河童だ。

筋書きは全部守矢で書いたものだが。

そうだと分かっていても、紫には何もできない。

これこそが、完璧な手である。

美しい詰め将棋のような展開だ。

「人里の農家から、嗜好品としてのキュウリを盗むことまでは許容していたけれど。 いや、黙認はしていたけれどもね。 まさか此処までの事をされると、此方としては今後、それも黙認は出来なくなるわね」

「に、にとり殿っ!」

「駄目です、息をしていません!」

紫がにとりのおなかを踏むと、ぶっと噴き出して激しく咳き込む。

死んだふりか。

もう遠い目で見ている早苗。もう万策尽きたことが、一目で分かってしまう有様である。

此処で紫に提案。

「会合を開きたいと思います。 河童に対する処置、守矢に任せて貰えないでしょうか」

「内容次第ね」

「勿論其方が満足できる内容にする予定です」

「……」

紫が相当に苛立っているが。

他に手は無い、と判断したのだろう。

ただでさえ相当にオーバーワークが重なっているはずだ。

それに加えてこの不祥事。

紫が前面に出て解決するとなると、冗談抜きに過労死が見えてくる。事実、藍を見ると。思ったより出来ないと噂の九尾の狐の式神は、完全に青ざめてしまっていた。

「了解、提案に乗るわ。 藍、何名か玄武の沢に配置。 会合が済むまで、河童の行動は全停止で」

「は……」

「それでは時間も惜しいし、すぐに始めましょう」

頷くと、早苗は神社に式神を飛ばす。

すぐに二柱が準備を整えてくれる筈だ。

さて、此処からである。

河童の経済規模の完全把握、更には隠し玉の完全な解明で。文字通り、河童は崖っぷちまで追いやられた。

此処で殺してしまうようでは駄目だ。

此処から上手に制御して。

支配下への完全な組み込みを行わなければならない。

不思議な話だが。これだけ過激に動いたのに。

それでも早苗は、殺しを伴う「戦争」をするつもりはない。戦争は、嫌だった。

 

守矢での会議には、早苗も参加するが。

驚いたことに。

博麗の巫女が、賢者側として来ていた。

もの凄く嫌そうな顔はしていたが。

前々から、博麗の巫女は、こういう政治的な話を嫌がって、顔を出すことはなかったのに。どういう風の吹き回しか。

守矢の二柱も、意外だと顔に書いている。

もし、今回の一件で。完全に想定外の事があったとすれば。

この博麗の巫女の介入である。

会議そのものは、紫の邸宅ではなく。

守矢の離れで行う。

紫の方からは、側近らしい数名の妖怪と博麗の巫女。

守矢側からは、二柱と早苗。

それに、姫海棠はたて。はたては書記役だ。

はたては今回、河童側の不正をすっぱぬく記事を書いたと言う意味で、関係者でもある。

それにこれは表だって口には出来ない事だし、多分はたても知らないが。

次期天魔の声が上がっている。

一方で、他の天狗は一人も参加していない。

まあ今回の件に関しては、完全に蚊帳の外なのだから当然か。

会議を始める。

咳払いすると、早苗が空中に今回の事件について、一連の流れを図式として表示する。ぴくりと眉を動かしたのは博麗の巫女。

今日、ずっと険しい顔をしているが。

或いは此方が殆ど状況をコントロールしていることに気付いているか。

紫ですら、気付いていてもどうにも出来ないように一連の事象をコントロールしたし。

何よりも、自作自演の類はしていない。

河童側の泣き所を見つけて。

脛をフルスイングしつつ。

叩き潰しに掛かっただけである。

一連の行動は完璧に決まったが。

不正行為はしていない。

説明が終わると、紫は苦々しげに吐き捨てる。口元は扇で覆っていたが。

「何とも腹立たしい話ね。 他の勢力でも余所に見せられないものはあるでしょうけれど、今回のこの事件は少しばかり度が過ぎているわ」

「見せられないものがあるのは、守矢も同じじゃないの?」

「否定はしないよ」

博麗の巫女の指摘に、半笑いで答える諏訪子。

そもそもカミソリが空中を飛び交っているような空気だが。

歴戦の猛者達は気にもしていない様子だ。

早苗は若干冷や汗をまだ掻いてしまっている。

もっと強くならないといけない。

「それで、具体的にどうするつもり」

「縄張りの移動を行います」

「!」

「早苗」

神奈子に促されて、早苗は頷くと。

現在の妖怪の山の勢力図を表示。

天狗は山頂付近に追いやられ、最盛期の半分程度の領土しか有していない。

河童はと言うと、妖怪の山の川に沿って縄張りを狭く長く有しており。

その縄張りの何カ所かの側に、他の妖怪の縄張りに勝手に畑を作っていた。

一方で。河童が大事にしている本来の畑。

これが妖怪の山から流れている川の下流の何カ所かにある。

それらを、一気に塗り替えた。

「河童の隠し畑を、正式に河童の縄張りに切り替えます。 その代わりこれらの河童の領土を取りあげ、今回縄張りを侵された妖怪達に譲渡します。 具体的にはこのようになります」

「河童の領地が三割方減ったわね」

「はい。 そして縄張りを取られた妖怪達に、その分が渡ります。 勿論河童は嫌がるでしょうが、その場合は河童にとって生命線であった隠し畑の使用料金が、毎月掛かる事を提示します」

そう。河童としては、畑がばれて今までの使用料金を奪い取られただけで大痛手なのである。

そこに、今後も毎月使用料が掛かるなどと言う話が飛んだら。

それこそ、もはやこれまでとなる。

河童は戦闘力に関しては幻想郷で最下層の勢力であり。

なおかつテクノロジーに優れているといっても、そのテクノロジーだって外のものには及ばない。

更に言えば、経済力については、完全に賢者に掌握され。その全貌がさらけ出されてしまった。

妖怪は正体を暴かれると途端に弱体化するものだが。

それは経済も同じ。

粉飾決算といって、実態より経済規模を大きく見せる手法があるが。

これは短期的には経済規模を上げられるが。

長期的には破滅を招く禁断の手なのである。

詰みだ。

博麗の巫女が咳払いする。

「いつものように、酒盛りで許してやったら? 酒は全部河童持ちで」

「霊夢、そうはいかないのよ。 今回は、迷惑を掛けている範囲が広すぎるし、ルール違反も多い」

「守矢だって最初に来た頃に色々やらかしていた記憶があるけれど」

「それとこれとは話が別だね」

神奈子がばっさり。

博麗の巫女はむっとしたようだが。

腹芸を覚えるように努力はしているようでも。流石にいきなり海千山千の二柱には勝てっこない。

諏訪子が更に追撃。

「それで、山の妖怪達が納得すると?」

「しないでしょうね。 ただでさえ山の妖怪達には、私もあまり詳しくないし」

「それならば、口出しはさけてくれないかね」

「……ねえあんたたち。 妙に準備が良すぎるように見えるんだけれど、ひょっとして紫すら騙して全て計算通りに動かしてないでしょうね」

紫がひくりと笑いを引きつらせた。

賢者配下の妖怪達も、同じく引きつったようである。

流石は博麗の巫女。

怖い者知らずにも程がある。

そしてもう一度流石は博麗の巫女と言わざるを得ない。

勘だけで真相に辿りついている。

確かにその通りだ。

だけれども、今回は綿密に相手が地雷を踏むのを待っていたのであって。

別に陰謀では無い。

単に河童が自爆しただけ。

その自爆を誘導はしてやったが。

早苗を見る博麗の巫女だが。つーんと笑顔のまま流してやる。

大きくため息をつく博麗の巫女。

「どーにも気に入らない」

「何か他に解決案が?」

「……妖怪の山の領地をあんた達が動かすって事は、河童を完全に支配下に置くって事と同義よね。 今までも形式的には支配下に置いていたようだけれど」

「そうなります」

敢えて博麗の巫女は早苗に話を振ってくる。

二柱は手強いと判断し。

早苗を集中的に責めてくるつもりか。

だが、会議については、既に散々打ち合わせをしている。

此処にいる書記が稗田の阿求だったら面倒だったかも知れないが。あれは人里の賢者の代理人だ。

妖怪の山の問題では、首を突っ込んではこられない。

「仮に河童を完全に支配下においたとして、今後は河童はぼったくりとかできなくなるって事?」

「そういう事です」

「そっか。 じゃあさ、会議と関係無くて申し訳ないんだけれど、うちの神社に電気引いてくれないかしらね。 河童に適正価格でやらせてくれる?」

完全に無言になる紫。

これは、いきなり想定外の手だ。

そも博麗神社に電気を引いていないのには、幾つか理由がある。

妖怪にとって最大の天敵である電灯を、妖怪も多く出向く博麗神社につけないことは。前々から暗黙の了解だった。

それを博麗の巫女が自ら破ると言うか。

「何、人里で使ってるような電球が点る程度の工事でかまわないわよ。 後、人里と同様、電気は地中に埋めて通して頂戴」

「……賢者殿?」

「霊夢、少し待ちなさい。 電気の敷設工事はお金が、ちょっとだけではなく結構掛かるものなのよ」

「だから今こそ、何でしょうが。 確かに阿求の家とかで見て来たけれど、電球は便利よ実際にね。 弱い妖怪が寄りつかなくなると私としても好都合だし」

此処で金を出すのは、霊夢じゃない。

博麗神社を管理している紫になる。

まさか、いきなり矛をそっちに転じてくるとは。

流石は博麗の巫女。

想像がつかない手を打ってくるものだ。

素早く幻想郷の運営予算を確認して、金を割けないか判断しているのだろう。紫が真っ赤になって、計算を全力でしているのが分かる。

それに対して、博麗の巫女はもそりもそりと茶を啜っている。

これは、全員の様子を同時に見ていると言うことか。

既に二柱は完全に真顔になっている。

博麗の巫女が、こんな奇手を打ってくるとは思わなかったのだろう。

しかも、痛手を受けたばかりの河童に、博麗の巫女が怒らないような工事を守矢がさせなければならない。

それは監督するのも大変だし。

何よりも、守矢からも相応の人員を割かなければならないのだ。

今後、守矢としては河童の作業料金を徹底的に監視し。財布を掌握するつもりでいたのだが。

それを逆手に取られた形になる。

だが、博麗の巫女は、それを意図してやっているのだろうか。

これは、勘を使って、一番皆が困る手を提案してきたようにしか思えない。

咳払いしたのは。

一番この手の状況に慣れているらしい、神奈子だった。

「良いわ、河童に最初にその工事をさせましょう。 此方としても、河童を掌握するためには必要だしね」

「それは結構。 こっちもそろそろ電球ほしかったのよね。 守矢にある最新機器までは流石に手に入るとは思っていないけれど」

「貴方の所は宴会も多いし、火事が前から心配だったのよ。 だから丁度良い機会かも知れないわね」

「変電施設とかは大丈夫ですか?」

早苗が少し心配になって聞くと。

諏訪子が、少しだけ視線を下げた。

どうにかする、という意味だ。

いずれにしても、これで会議は切り上げ。必要事項については全て決まった。

完全勝利を、一瞬でひっくり返した博麗の巫女はやはり凄い。皆が引き上げた後、早苗は呟く。

「あの暴力的な勘……何とかなりませんか」

「力をつけるしかない」

諏訪子が言う。その通りだと早苗も思うが、壁が高い。

もう、はたても帰っている。こう言うときには、親友に愚痴りたいものだけれども。更に言えば、人里近くでの河童の工事は、早苗が見る事になる。負担は早苗の所に、一点に押し寄せることにもなる。

大きな溜息が漏れた。

 

4、掌握と掌握

 

河童達と、縄張りが変更される妖怪達を集めて、守矢で話をする。妖怪達は最初難色を示したが、縄張りが増えると聞いて一転ご機嫌になり。

河童は畑の使用料金を取られることで破綻の危険があったのを。

何とか「温情で」回避できたことにほっとしていたが。河城にとりだけは、青ざめて口を引き結んでいた。

領土が実質的に大幅に削られたこと。

更には、今後河童は好き勝手出来ず、最大の武器だった経済を守矢に掌握されること。

加えて、妖怪の山の妖怪達が、河童の監視を交代で行うことが決まったのだ。

長期的な視野を持っていれば、如何にダメージが大きいかはすぐに分かるはず。

河童が使っているブルーカラーの制服。

山童も色だけ違う同じものを使っているが。これに守矢が式神を仕込む事も発表。今後当面は、河童の全個体は居場所を守矢に把握されることにもなる。

経済的に致命傷を受けた河童達は、しばらく身動き取れない。

そして、同時に。

博麗神社に、電気工事をすることも発表。

にとりは、鋭く目を光らせた。

「監視は早苗様が?」

「勿論です。 料金に関しては……」

今回、人里近くに密かに作られている変電所から、電線を地中で延長する形で、博麗神社まで電気を通す。

その工事計画は比較的難しいので。

さっき提示した金額を三割増しで支払うことにする。

勿論支払うのは紫である。

プラスティックをしこたま河童に売りつけて儲けただろうが。その稼ぎは消し飛んでしまうだろう。

博麗の巫女は、多分だが。

汚い陰謀をしている大人達を見て、腹を立てたのだと思う。

それでみんな痛い目にあう手を、いきなり勘から導き出して、繰り出してきた。

そういう事なのだろう。

厄介な相手だと、本当に溜息が漏れてしまう。

「そうなると、早苗様は私達に貼り付きになりますか?」

「いいえ。 あくまで現場監督ですので。 ただし……」

映像を術で出す。玄武の沢だ。

不意に、玄武の沢が揺れ。

黒く濁った無数の蛇の神が、地面を突き破って姿を見せる。

伝承によると白蛇の場合も多いとされる、日本最強最悪の祟り神。

ミジャグジさまである。

諏訪子が従えている、最強の祟り神達だ。

「工事に不備があった場合、此方も相応の手段を採らせていただきます。 一度くらい死んでも妖怪ですから平気ですよね?」

「……はい。 気を付けます」

俯きながらも、河城にとりがそう呟く。

完全にこれは敵視されたな。

そう思ったが、今までもやりたい放題してきた河童達だ。今更身勝手な話である。

咳払いして、そして解散を宣言。

河城にとりだけには、残るように告げた。

他の皆は、やっと終わったかと、引き揚げて行った。

とはいっても長老格の河童達は、皆青ざめていたが。

今後、河童が天狗と同じように、徹底的に掌握される未来を悟ってしまったのだろう。

早苗と二人きりになると、河城にとりは言う。

……二人きりと言っても、此処は守矢神社の一室。結界に何重にも守られていて、早苗にとっては要塞に等しいが。

「だいたい分かったが、全部あんた達の筋書きだったんだな。 恐れ入ったよ。 今回は完敗だ」

「……」

「提示された工事料金も良心的でこっちは文句を言えない。 私達は今後あんた達に経済を完全に握られ、祭で悪さも出来ないだろう。 勿論人里に威を示す事くらいは許して貰えるんだろうが、それでももう私達は自由な勢力じゃない」

「何が言いたいんですか?」

河城にとりは、その後黙り込み。

そして、呟いた。

「人間や神々の方が、鬼より怖いんだな。 鬼はからっとしていて、怒れば暴力も振るったけれど、此処まで何もかも支配するようなやり方は取らなかった」

「全ては秩序のためです」

「秩序か。 私はあんたが憎いわけじゃない。 怖いんだよ。 勘違いしないでほしいんだが。 もうあんた達には逆らわないよ。 鬼に逆らったときより酷い目にあわされるのは確実だからな」

見ると、確かに正座している河城にとりの手は震えている。

唇も真っ青になっていた。

所詮、強者にこびへつらい、弱者に強く出るテキ屋。

まっとうな反応だろうと思ったが。

どうも、それ以上の一線を越えた何かを感じる。

ひょっとして、今回。

やり過ぎただろうか。

「今後も、機械いじりは許してくれるのか?」

「勿論です」

「そうか。 でも、それも監視付きなんだな」

目を何度かこする河城にとり。

泣き落としではどうやらないようだった。

そのまま、他の河童と一緒に帰るのを見送る。

諏訪子が、いつの間にか側にいた。

「同情は不要だよ。 此方が弱ったら、幾らでも背中を突きに来る」

「分かっています」

幻想郷に強固な秩序を。外とは違う理不尽なき世界を。

それが守矢が今後進めていく施策だ。

だが、その結果。ああやって泣く者が出るのかも知れない。

少しだけ、早苗は。

胸が痛むのを感じた。

 

(続)