何も無いただの一日

 

1、朝起きる

 

何年か前までは、目覚まし時計にいつも叩き起こされていたが。最近は眠りが浅いためか、自力で起きられるようになっていた。

それでも目覚まし時計を使っているのは、疲れたときに備えるため。そういうときには、希に自力で起きられないことがある。ただし、起きなければならない日は、意識がそう向いているので、二度寝してしまうことはまず無いが。

無言のままキッチンに出ると、冷凍食品を電子レンジで温める。温めている間の時間に、顔を洗って、髪の毛も整える。寝癖を取るのに使っているのは、比較的安い整髪剤だ。一人暮らしをする前はもっと高いものを使っていたのだが、今は経済観念が発達したからか、お金を無駄にしないようにしている。

ちいさなあくびをするのも、今のうちだけ。学校に出たら、素の自分は一切見せない。

壊れかけた電子レンジが、冷凍された小分けの豚カツを温めてくれたので、これもまた昨日のうちに焚いておいたご飯をよそって、一緒に食べる。朝から重い食事だが、今更平気である。

おいしいとも思わないし、逆にまずくもない。冷凍食品は随分美味しくなっていると聞いているが、あまり実感は無い。まだ若いから、冷凍食品がまずかった時代を知らないから、かも知れない。

炊飯器は別に高くも安くも無い普通のもので、それで焚かれるご飯は美味しいわけでもない、ただのブレンド米だ。勿論よその国の米に比べれば抜群に美味いくらい知っているが、無感動に生きていればどうでも良いことになる。

米びつはと覗いてみると、まだ数日分はある。米を足す必要は無いだろう。

食事を終えると、冷凍食品のプラパックをゴミ箱に放り込んで、食器を食洗機に入れておく。

全てが作業だ。最近は少し野菜の摂取が足りないので、今日は帰り道にでも、サラダを買ってこようとは思う。

何にしても、心は何一つ動かない。

感動の何一つ無い一日は珍しくない。今日もその一日なだけだ。

食事を終えると歯を磨いて、さっさとお着替えを済ませる。昨日買った歯磨き粉はちょっと辛いが、その分効果がありそうな気がする。あくまでプラシーボ効果だと分かってはいるが、その方が何となく気分が良い。

うがいをして口の中を綺麗にすると、ハンドタオルで口の周りを拭く。伸びてきた髪の毛を少し切るかと思ったが、休日で良いだろう。

髪留めをつけて鏡に顔を映し、身繕いをし終えると、そろそろ家を出る時間だ。

家には誰もいない。

だから、どのみち、マイペースに過ごすことが出来る。

今後も、誰かを家に入れる気は無い。

その方が気楽に過ごすことが出来るから。

家から歩いて、駅に向かう。途中で朝刊を買い、適当に目を通す。相変わらずいい加減な記事ばかりが載せられていて、この国の新聞がもう駄目である事を悟らされる。持っていても何ら価値も無いので、ゴミ箱に放り込むと、そのまま電車に。

向かうのは四駅先だ。乗り場は間違えることも無い。ここ二年は変わっていないのだから。

電車が来る。中はガラガラで、座ることは難しくない。今はこれで良いのだが、いずれ就職したら、面倒な事になるだろう。どうせ仕事なんて、都会まで行かなければ見つからないのだ。

同じ学校の制服を着ている奴は、まばらにしかいない。

住んでいるところは、かなり田舎で知られている駅だ。他の生徒からは田舎の駅として、軽蔑した扱いを受けている。

周囲に遊ぶところも無いと言う評判であるが、それこそどうでも良いことだった。友人と遊ぶのなら、別の駅に行けば良い。片道で二百円も払えば、それなりに遊ぶ施設が充実した駅に行くことも出来る。

電車に揺られること十五分。

テストの前は、その間に勉強を軽くやっておく。だが丁度テストが終わったばかりの今では、それも無い。

あくびをかみ殺しながら、目的の駅に着くまでの気だるい時間を過ごす。その間、あくまで無表情を通すが。

黄色い声での会話が聞こえる。

それは、もはや環境音楽でしか無い。

駅で降りると、無言のまま学校に向かう。徐々に、同じ制服を着た人間が増えてくる。だが、どれもこれも、どうでも良い相手ばかりだ。

教室に着くと、ホームルームの準備。

プリント類の最終確認を済ませると、後はホームルームが始まるのを待つだけだ。今日の授業編制については、来る前に確認してある。

小学生のように騒いでいたクラスメイトが、担任教師が来たことで静かになる。

此処は進学校だから、ある程度は生徒も授業を真面目に受ける。だから比較的静かなので、そこが気に入っている所だ。

最初の授業は数学。

黙々と授業を受けている内に、気付く。

家に忘れてきたものがある。シャーペンの芯が、そろそろ切れそうになったので、昨日買っておいたのだ。それを置いてきてしまった。

別に今日芯が切れるわけでもないし、それは構わない。

今日の教師は教え方が下手で、どうしても公式の理解を難しい方から説明してくる。理解しがたい解法を勧めてくる事も多い。

ただこの教師自身は、頭が良いことが分かる。

だから、授業に文句は無かった。工夫して考えている内に、その公式を自然に理解できることも多いのだ。

黒板をチョークが走る。

教師が独特のどもり口調で、説明を続けていく。

進学校だが、落ちこぼれはいる。机に突っ伏して眠っている男子も女子も、クラスには何名かいる。

テストでの結果次第では、大学進学は出来ない場所だが、そんなことは関係ないという風情だ。

教師は、多分生徒が聞いていることなど、考慮していないだろう。

給料のために、黒板にチョークを走らせ、自分の世界に没頭している。それで給料が貰えるのだから、良い商売というものだ。

根っからの数学好きのこの人は、きっと公式や数字と結婚しているのだろう。

はげ上がった頭を隠すこともない。数学が妻なのなら、それで恥ずかしい思いをすることも無いからだ。そう考えれば、納得も行く。

チャイムが鳴ると、教師は宿題を出すことも無く、黙々と教室を出て行く。黒板をふと見ると、信じられないくらい綺麗に拭かれていた。まるで、愛する存在を磨くかのような丁寧さである。

数学教師の生徒達からの評判は最悪である。

また訳が分からないことを言っているだの、意味不明だの。

授業が理解できなかったからノートを見せて欲しいと頼まれることも多い。だが、生憎ノートには自分に分かるようにしか書いていない。

だから、ノートを見た瞬間閉口する者も多かった。

シャープペンシルを回しながら、今日の授業を思い出す。休み時間を使って復習をしてしまうことで、学習の効率をぐっと上げられることを、知らない人間は意外に多い。

腸捻転とか言われている先の教師の公式についての解説だが、分解してみると、意外に的を得ていることに気付く。

理解するまでには至らなかったが、ヒントは得た。

次の授業は国語だ。正確には古文である。

古文になると、現代語とはまるで別物というほどに様々なものが違ってくる。しかし考えて見れば、昔は九州と東北の人間では会話が成立しなかったという話もあるようだし、別に不思議な事では無いのだろう。

古文の教師は鶴のように首が長いことから、白鳥おばさんとか陰口をたたかれていた。良い意味では無い。化粧も濃いところから来たあだ名だ。若い頃は美人だったようなのだが。

白鳥教師はやたら甲高い声と、作り込まれた笑顔で、授業をはじめる。

何が楽しいのだろうか、いつも笑顔は完璧だ。ヤジが飛び交うような公立校の授業だったら、さぞや彼女は苦労していたに違いない。授業自体は非常に退屈で、この授業でも寝ている生徒は多い。

ただし、受験の要件は抑えているし、数学教師に比べると自分の世界に入っているわけでも無い。

だから、授業は頭を使わなくて良い。テストも、簡単に思える。

この教師、どうやら源氏物語が好きらしく、時々授業を脱線してその話を始めることが多い。

今日も時間が余ったと思ったら、新しい発見があったとか、誰々がどうだったとか、嬉々として話を始めた。

勿論、生徒は誰も聞いていなかった。

だが、それで構わないらしい。

結婚はしているらしいのだが、とても寂しい家庭環境だと聞くこの人も。古文と言うよりも、むしろ源氏物語と結婚しているのかも知れなかった。

チャイムが鳴る。

生徒達が嬉しそうにしているのは、もうすぐ昼の時間だからだ。

餌付けをされるネコと同じレベルだと思うが、空腹を解消できる喜びというのは、確かに大きい。

古文の教師は、黒板の消し方が若干雑だ。

恐らく、数学そのものを愛している数学教師に比べて、古文そのものに対する愛情が薄いからだろう。

数学の後は、黒板を掃除する必要は無いのだが。

そう思いながら、黒板には見向きもしない日直の代わりに、黒板ふきを手に取った。

黒板の消し方が雑なのは、側で見ると明らかである。

全体に黒板消しを掛けていないし、何よりも力をそれほど入れずに拭いているのが一目で分かる。

もう一度全体的な黒板消しを実行してから、窓の外ではたいて、チョークの粉を飛ばす。今日は風が弱いから、教室にチョークの粉が逆流してくる事も無い。

委員長、と声が掛かる。

あだ名だ。委員長では無いのだが、こういう行動を普段から取っているから、らしい。別にどうでもいいので振り返ると、男子生徒の一人だった。成績が良いわけでも悪いわけでも無い、普通の男子生徒である。

さっきの授業で解らない事があったらしいので、口頭で教える。

授業中理解できる部分だったから、特に苦労することも無かったのだが。まあ、この辺りは取り組み方に対する真面目さや、得手不得手の問題もある。人に教えることは嫌いでは無かったし、それでいい。

ふと気付く。

かなり雲が多くなってきている。

これは、一雨来るかも知れない。洗濯物は取り込んであるから心配ないのだが、問題は郵便受けだ。

少し前から雨漏りするようになってきているので、いい加減直した方が良いかも知れない。

面倒ごとが増えると、気が散る。

出来れば雨は帰るまで降って欲しくは無いのだが。

この様子だと、望み薄だろう。朝に比べると、明らかに雲の密度は、ずっとずっと増していた。

もう一つ、化学の授業を終えると、昼飯だ。

 

2、昼過ごす

 

自分で作ってきた美味しくも無い昼飯を平らげる。

今日は冷凍食品を適当に詰め込んだだけの代物である。後は全部白米。ふりかけの類を入れると、湿気でグズグズになるので、あまり好きでは無い。簡単に作る事は確かに出来るのだが、眠気に逆らって作業をするのは、いつも骨だった。

その割に味気ないのだから、何となく分かる。

これでは、一人で暮らしている奴も、自分のために弁当を作る気にはならないと。

購買でパンを買うのは嫌なので、コンビニで昼飯を買う生活に切り替えようかなと思ったが、それはコストが若干かかる。

確かに弁当を作ると、コストパフォーマンスの点では優秀なのだ。ただし、冷凍食品を使っているから、実際にはもっともっと安くは出来る。自炊をすれば、更にコストを引き下げる事も可能だろう。

一人暮らしを始めてから、お金の事には敏感になった。

だが、まだまだ、利便性とお金が対立したら、利便性を取る傾向が強いと、自分でも思う。

ただし、早めに一人暮らしをしていて正解だったとは思う。

一人暮らしをすればしっかりするとか、精神的に自立するとか言うのが、寝言で都市伝説だと言う事が、自分の体でよく分かったからだ。

そんなお馬鹿な都市伝説を真に受けることもなくなったし、多少は得があったと考える方が、精神衛生に色々と良かった。

食事を済ませると、軽く古文の授業のおさらいをする。

他の授業の分も目を通すと、次の授業の備えて、テキストとノートを用意した。

 

昼食後の授業では、机に突っ伏して眠っている生徒が更に増える。

食事をしたのだから当然だ。

朝から眠っている生徒も多かったような気がするのだが、それは別にどうでもよい。進学校に来ていると言う自覚が無いのだろう。

ただ、眠ってしまっても仕方が無いような授業もある。

午後にある授業の一つ。グラマーがそれだ。

午前中の数Tは難しいが、考え方によっては、頭も使うし面白い授業ではある。

だが、午後のこっちは違う。

教師がやっていることは、独自の考えで作ってきたテープを流すだけという、訳が分からないものなのだ。

しかもこのテープ、しゃべり方に抑揚がなく、聞いているだけで眠気を誘う。壇上の教師はテープの内容に絶対の自信を持っているようなのだが、コレを聞いて眠気を誘発されなかったためしがない。

流石に、これは食後にはきつい。

教科書を見ると、テープの内容とは、明らかに発音が違っているものが多々ある。だが壇上の教師はどや顔で、自分の作ったテープに間違いは無いと確信している。以前指摘したことがあったのだが、こっちが正しいと言い放ったほどだ。夏目漱石が生徒に対して同じようなことをしたと聞いたことはあるが、あの人の場合は実際に博識だったのに対して、グラマーの教師がそうであるかは大変に疑わしい。

また、基本的に置物のように立っているだけで、授業で喋ることは一切しない。宿題を出さないだけマシだとも言えるが、しかしこれはいつもながら、とてもきつい授業の一つだった。

終わると、教室の三分の一ほどは、机に突っ伏して寝ていた。

あくびをこらえながら、さっきの授業のことをまとめる。一応、テープの内容はある程度は聞き取れた。それを元に、教科書のチェックをしていく。

あの教師は、基本的に教科書をベースにテストを作る。それは今までの傾向から分かっているので、どうにかテストについては対策が取れる。それだけが救いではあるのだが、面倒な事に変わりは無い。

まとめが終わる前に、次の授業がはじまる。

今日の午後は、妙に忙しい。

 

七時限目が終わると、ようやく授業から解放された。

一応部活はあるが、進学校という事もあって、あまり盛んでは無い。強い部活も、さほど多くは無い。

たとえばバレー部はいちおう強豪と言うことになっているが、県大会でベストエイトがやっとの実力だ。他の学校で強豪と言えば、全国大会出場するのでは無いのかと思うのだが、これが精一杯なのである。

まあ、部活に入っていない時点で、文句は言いようが無い。だいたい、進学校なので、部活には別に入らなくても良い。テスト勉強を疎かには出来ないという理由からだが、それはそれで良いことだとも思える。

さっさと荷物をまとめて、帰る。

クラスメイトの中には、寄り道をする連中もいる。

実は寄り道をする点では変わらない。ただし、寄るのは近所のスーパーだが。今夜の食事や、明日からの生活に必要な物資を補給しなければならないのである。クラスメイトとスーパーで出くわすことはまず無い。

この年で一人暮らしをしている人間が、殆どいないからだ。

学校の帰り道の途中にあるスーパーでは、一応必需品がだいたいそろう。問題は蛍光灯の一つが切れかかっていることだが、これはまだ少しはもつし、ちらつきがあるくらいで交換するのはもったいない。

だから、今は後回しだ。

一方で、洗剤が切れそうになっているので、此方は買わなければならない。

実際に洗濯をするのは数日に一回だが、洗剤が切れてしまうと流石に全自動洗濯機でも洗濯は出来ない。

こだわりのメーカーとかは無いが、柔軟剤入りは買わない。不自然な感触が肌に合わないからだ。コレが好きだという人もいるのだろうが、肌に合わないのに別に敢えて柔軟剤入りを買う必要も無い。

更に、安めの冷凍食品を幾つかと、サラダの材料を適当に見繕い、買ってスーパーを出る。

既に外は真っ暗だ。

コートをかき寄せたのは、かなり寒いからである。東京でも、最近は夏が暑く、冬が非常に寒くなってきている。しっかり防寒対策をしていかないと、まだ若いとは言え、風邪を引いてしまう。

そして若い分、回復は早いが。しかし風邪をこじらせると、回復までかなり掛かってしまうのが事実だ。

帰り道、同級生と会った。

カラオケ帰りらしく、数名で実に楽しそうに騒いでいた。一緒に遊びに行くかと言おうとしたようだが、此方がスーパーの袋を下げているのを見て、言うべきことを失ったらしい。

親の庇護を受けている人間と、そうではない人間の違い。

気まずそうな同級生とすれ違う。

別に、何も思うことは無かった。親の庇護を受けなくなったのは、今に始まったことでは無いからだ。

それに、同級生達も、大学を出てからは、親の庇護も関係が無くなってくる。

早いか、遅いかの違いでしか無い。

 

家について、冷蔵が必要なものは冷蔵庫に放り込む。

比較的空隙が目立つ冷蔵庫だが、今日の荷物を入れたことで、多少は間が埋まった。別に冷蔵庫の中身を埋めてもあまり意味が無いが、冷凍庫はどうしてか一杯にしておかなければ不安なのだ。

肉の一つの賞味期限が危なくなっていたので、それを料理してしまうことにする。

賞味期限など気にしていなかった時期もあるのだが、何度か酷い目にあってから、とくに安売りだった肉には気をつけるようにしている。豚肉や鶏肉は寄生虫が怖いので、必ずしっかり火を通すようになったのも、一人暮らしをするようになってからの習慣だ。

豚肉がちりちりと小気味よい音を立て始める。IHは普及が著しく、家のコンロも数年前にこれに変わっていた。

音を聞き流しながら、作業。

具体的には、復習が追いつかなかった授業のおさらいだ。

通っている学校の教師は変わり者が多いので、授業も癖が出やすい。一応県内でも実績を上げている進学校だから、補修用のカリキュラムも充実はしている。

だが、そういったものの力は借りずに、自力でやってみたいのだ。

肉が焼けたので、火から下ろす。

油が大量に出ていたので、少しうんざりした。今日中に食べきることは考えなくても良いだろう。

半分は冷蔵庫に戻す。火を通したので、痛むことは考えなくても良い。

残りはサラダと一緒に腹に入れる。

油の味しかしなかったが、別にそれで良い。味覚の残りの部分が、油の旨みを感じているという説もあるし、油自体をまずいとは思わない。

問題は量が多すぎるという事だ。フライパンの処理も面倒なので、少しばかり安物過ぎたかと、反省する。

フライパンを洗ってしまうと、作業は一通り済んだ。

テレビを見るのも非生産的なので、パソコンを立ち上げて、ネットのポータルサイトを回って主要なニュースを収拾。発信源を複数使うのは、一つの情報源では信用できなくなってきているからだ。

ざっと主要なニュースを見終えると、軽くネットサーフィン。

ひいきにしている個人サイトがまた一つつぶれていた。近年は、個人的な思想や作品の発信に掛ける手間暇がどんどん軽減されていく一方で、古くからの個人ホームページはどんどん数を減らしている。

結構こった造りになっていた場所なので、残念極まりない。

作業を一通り済ませると、もうすっかり夜になっていた。

 

3、夜には寝る

 

生活しているのは一軒家だから、壁越しに生活音が聞こえるようなことは無い。

だが、近所の家で、騒ぎが起これば聞こえてくる。

最近紐を連れ込んでいるという隣の家では、怒号が飛び交うようになっていた。何度か警察沙汰にもなっているのに、懲りないくず共である。こんな良い場所に家を建てられているのだから、我慢すれば良いものを。

しばらく騒いでいたが、程なく静かになった。別に通報する必要は無いだろう。

明日の授業の予習をはじめる。

あまり面白くない授業ばかりが揃っているが、文句も言っていられない。元々頭が良い方では無いのだ。だから勉強量でカバーする。

しっかり予習しておかないと、授業について行けなくなる科目も、幾つか存在している。そのうちの一つが、明日あるのだ。

具体的には、日本史である。

税制の細かい名前や、年代を覚えるのが非常に苦手なのだ。日本史自体は好きなのだが、今の学校で教えられている日本史は大嫌い、というのが本音である。とにかく暗記しか勉強法が無いので、どうしても予習が求められる。同じ理由で、世界史も嫌いだった。歴史そのものは嫌いでは無いのだが。

教科書を開いて、ノートに書き込みをしていく。

昔はやった蛍光ペンを使う方法を今でも試してはいるのだが、これによっての暗記だと、どうしても覚えられる量に限界がある。

進学校だけあって、期末試験の範囲はとても広い。

さらに受験のことを考えると、余計に暗記の範囲は広くなっていく。

しばらく暗記に没頭。

それが終わってから、頭をならす。ぼんやりネットサーフィンでもして、無意識で作業をすることで、記憶を均一化するのだ。

これで明日も勉強をすると、比較的効率よく覚えられる。

そうして暗記を繰り返すことによって、より記憶を強固にしていくのだ。

全ての作業が終わると、十時くらいを廻っていた。

あくびをしながら、翌日の準備をする。

授業の一覧に目を通し、必要なものを揃えていく。

明日は体育がある。面倒だから嫌いだ。体操着は洗って乾かしてあるので、畳んで鞄に突っ込む。

そろそろジャージも洗濯しなければならない時期だろう。

ジャージは洗濯の手間が大きいから嫌なのだが、こればかりは仕方が無い。学年ごとに色が違うジャージを採用しているため、緑色のを使っているのだが、これが色落ちが激しくて大変煩わしい。

適当に冷凍食品を温めて夕食にする。

これでサラダも一緒に食べる。まあ、栄養価に関しては、これで適切だろう。

準備が整ったことを確認してから、目覚まし時計のセットをして、寝る。

色々作業もあるから、疲れも溜まっている。

目を閉じると、眠るまでさほど時間は掛からなかった。

 

4、次の日の出来事

 

朝。

とても気持ちが良い日差しと一緒に目が覚める。

がばっと寝床から起き出すと、せかせか着替えをする。学校に行くのが楽しみで仕方が無いからだ。

髪留めは使わない。

長くて綺麗な髪は密かに自慢だからだ。

焚いておいたご飯を口に入れると、丁度冷凍食品がレンジで仕上がっていた。食べるのでは無くて、お弁当に入れるのだ。

洗濯の残りを干すと、外に。

道行く人に挨拶をしながら、学校への道を走った。

今日も、朝はこれほどに気持ちが良い。

風の涼しさ。日光の暖かさ。まさに爽やかな青春を謳歌しているというに相応しいでは無いか。

電車に駆け込む。

クラスメイトを見かけたので、元気に挨拶。

ああ、今日は元気な方かと言われて小首をかしげるが、とにかく学校までの楽しい時間を、陽気に過ごすことにした。

一時限目の日本史。

暗記ものはあまり好きでは無いけれど、歴史のことを考えるとわくわくしてしまうので、授業を受けるのはとても楽しい。

体育の授業は、もっと好きだ。

体操着を取り出してふと気付く。

取れかけていたプレートが、繕ってある。

そういえば、妙なことは他にもある。準備した覚えが無い教科書がバッグの中に揃えられていたり。

ジャージが洗濯されていたこともあった。

だが、便利だからそれで良い。

休み時間には、クラスメイトが集まってくる。

どこが分からなかったから、教えて欲しいと言うものが多い。大体の事は覚えているから、教えることは造作も無い。

いつも頼りになると言われるのは、とても嬉しい事だ。

授業を終えて、夕刻が来るのはあっという間。

カラオケに誘われるが、断る。一人暮らしをしていると、金の使い方をそれなりに覚えるからだ。

たまにはカラオケも良いかもしれない。

だが、頻繁に行く気にはならない。

周囲が勉強関連の便利屋扱いしていることは、知っている。

だが、此方も、自分の優越感のために周囲を利用しているのだから、お互い様だ。ドライな関係は、むしろ長続きしやすい。

家に帰って、ふと気付く。

そういえば、昨日は何をしていたのだろう。

あまり思い出せない。勉強をしていたことは覚えているのだが。

不思議な事はまだある。

ここ数年、どうも一日おきに良く思い出せない日が続くのだ。時々、思うこともある。

今いる自分は、誰なのだろう。

明日の準備をしようかと思ったが、非常に煩わしい。

風呂に入って、着替えを済ませて、テレビを見る。

素人いじりしか出来ない自称芸人が、無駄なことをひたすら喋っていた。テレビがつまらなくなったのは、随分前からだ。テレビを消すと、パソコンに向かう。

そっちも真新しい情報は無い。

誰かにメールでもしようかと思ったが、やめる。

夜になってから、急激に気だるくなってきた。布団にさっさと潜り込む。

大丈夫。

明日はまた良い日がやってくる。それは確定事項だ。

それならば、つまらないと思えば、眠ってしまえば良いのだ。

そうすれば、何もかも忘れられる。

場合によっては、人間を切り替えることも、出来る。自分では無い自分へ。

平穏な日常にある、それはちいさなスイッチ。

自分だけでは無く、きっと他の多くの人達も持っている、不思議な切り替え装置。眠りが、それの引き金になる。

あくびをすると、もう眠くなってきた。

 

目が覚める。

いつの間にか眠っていたらしい。

明るくて活動的な自分の事を、夢に見た。

カレンダーを見ると、二日進んでいる。

気付くのは、それが夢では無いという事。

何も無い、ただの日常は。

今此処にあるし、そうでは無いとも言えた。

ベットの上で身を起こすと、髪を切ろうと思った。

 

(終)