蜘蛛の巣の深奥

 

序、全てを包括するもの

 

世界は凍った。

枯渇した資源。かろうじて宇宙に進出した人類。

ほそぼそと残された資源を活用しながら、限られた環境で生きていくしか人間には出来る事がなくなった。

無責任な行動を取る者が出ないように、事実は全て知らされる。

たまたま嘘をつかない、人間に寄り添うAIが出来た。

それだけだ。

結局の所、人間はこんな状況でも進歩していない。

進歩するつもりもない。

それが私には、よく分かった。

アカリと名乗るようになった私には。

ため息をつくと、髪を掻き上げる。結局セミロングに落ち着いた。何度か髪を調整したのだが、これがいいと判断したからである。

動くのにも丁度良いし。

自分の見た目にも自分好みだ。

自分の美的基準で、他の存在を判断する事はあってはならない。それは地球人類の愚かしい歴史を見てきた私の結論である。

しかしながら、自分自身を美的基準でどう飾ろうと自由だ。

それは私に取っての結論である。

だから服はサメ柄だらけにしている。

前はパジャマだけにしていたけれど。

今は下着含めて殆ど全部をサメに統一している。

サメは大好きだ。

実際にはもう、激しく放射能汚染された海には、わずかにしか生き延びていないらしいサメ。

サメが、私、つまり人間が好んでいると言ったら。絶対に怒るだろうが。しかしそれはあくまで擬人化しての判断かも知れない。

ともかく、私の美学では。

サメに身を包むのは丁度良かった。

リソースが足りないから、サメのキグルミという訳にはいかない。

本当はサメのキグルミの方が良いのだが。

AIに駄目と言われている。

洗濯云々でコストが掛かりすぎるらしい。

リソースが限られていて、人間が個室から出ることもなく生活している今の世界である。我慢は、誰もがしなければならない。まあこの程度の我慢なら、別に気にすることもないだろう。

仕事も終わる。

オールト雲でのリモート作業は、昨日よりも上手に出来た。

明日はもっと上手くやりたい。

続いてルーチンワークをする。

勉強も最近はルーチンワークに加わった。

催眠学習で基本的な事は教わるのだが。今習っているのは応用だ。

かなり難しいものもあるが。

それでも自分が望んだことである。

たまに眠くなると。

AIが環境を整えてくれる。

そうなると、眠気も綺麗になくなる。有り難い話である。

全ては覚えきれない。満遍なく、基礎理論を取り込む。そして必要な時には、サポートを受けてその都度理解する。

その方式が一番良い。

だから、その方式でやる。

それだけだ。

「今日はここまでです」

「分かった。 ありがとう」

「良いのですよ。 此方はアカリ、貴方たち人間に寄り添うために存在しているのです」

AIはそう言う。

それだけがAIの存在意義なのだから。

まあそれで良いのだろう。

それから作業開始。

破損ファイルの修復を淡々とやっていく。それと同時に、インターネットというものを。包括的に調べていく。

インターネットを構成する要素を、今までそれぞれ調べてきた。

インターネットとは、人という生物の業を示す存在そのもの。

だからこそ、研究する意味がある。

精神的なスラムであり。

無法地帯でもあり。

そしてあらゆる暴論の存在が許される最果ての土地。

それがインターネットだ。

だが、だからこそ。人間という生物の本性が、客観的な形で現れるとも言える。剥き出しになっている中身が見えているからこそ。今後私がやろうと思っている人間原理主義の排除を行うためのデータを集める事が出来る。

そのためには。

これまで以上に、無作為の破損ファイルの修復と。

様々な調査が必要だ。

黙々と破損ファイルを直していく。

またテキストだとしか分からない破損ファイルが来た。こういうのは何だかまったく分からないので、とりあえず直してみる。

やがて、それが頭が痛くなるような代物だと言う事がわかった。

精神が壊れてしまっている人が書いた文章だ。

全編が妄想によって構成されていて、電波によって政府から攻撃されているとかなんとか書いている。

この電波がどうのこうのという妄想は、インターネットでも初期に比較的目立ったものらしいが。

ファイルを調べて見ると、どうやら書かれたのは2010年代の事。

インターネットとしては爛熟期に相当する。

この手の文章はだいたいの場合、荒らしとして削除されてしまうものなのだけれども。このファイルはどういうことか削除されず、2050年の世界大戦まで残ってしまったらしい。

活動を停止している個人ブログにでも書き込まれていたものを、誰かが面白がって転載でもしたのか。

いずれにしても、残った経緯はロクなものではないだろう。

内容については見ても無駄なので見ない。

残念ながら精神が壊れてしまっているのは一目で分かる。

ただ、創作物としては創作物とも言えるので。

残しておいても、損は無いだろう。

いずれ何かしらの資料になるかも知れないからだ。

AIに引き渡すと、呆れられた。

「内容が分かった時点で、修復を諦めても良かったのですよ」

「良いんだよ。 創作には変わりないんだから」

「妙なところでアカリは真面目ですね」

「いつも真面目だよ」

私はいつも真面目であろうと思っている。

21世紀、人間は真面目であろうとする人間を馬鹿にし、虐げる事でその文明をクラッシュさせた。

今でも人間は本質では変わっていない。

だったら、せめて私だけでも。

真面目であろうとする事は、悪い事だろうか。

平均的な人間には、私はとっくに匙を投げている。

幸い、今の時代には周囲に無理に合わせなくてもいい。そもそも周囲というものが存在しない。

だから私は好きなように真面目に生きる。

「多分今の、精神病の人の精神構造を調べる資料くらいにはなると思うよ。 だから思ったより価値があるんじゃないのかな」

「アカリがそういうのなら、そう判断しても良いかとは思いますが」

「……まあ、消去までする必要はないと思う」

「分かりました」

AIは素直だ。

淡々とファイルを片付ける。

勿論閲覧注意の所に持っていくのだろう。

精神が弱い人があの文章を見たら、精神に異常をきたしてもおかしくないのだから。

次。ファイルの修復を行う。

引きが悪い日は、とことん訳が分からないのを引く傾向がある私だけれども。

今日もそれは同じだった。

イラストだったのだが。

何というか、もの凄い絵だ。

迫力全開というか。

凄まじい色使いで、勢いだけで何か得体が知れないものが書かれている。

これに高い画力やセンスが加わったらゴッホの絵が似てくるかも知れないけれども。

残念ながら画力もセンスもない。

勢いしかない絵だ。

見ていると、それだけで何か得体が知れない世界に引き込まれそうな迫力は確かに存在はしているが。

ちょっと刺激が強すぎるかも知れない。

黙々と修復を終える。

AIは何も言わずに、引き取っていった。

さてどうやってあれを処理するのか。此処で言う処理というのは、消去とかではない。まあ閲覧注意の所において終わりなのだろうが。

あの絵、元は何処にあったのだろう。

調べて見ると、いわゆるネットニュースの「怖い絵」コーナーみたいな所にあったものらしい。

それが放置され、2050年代まで残り。

世界大戦で保存していたサーバごと破損して。

ここに来た、と言う訳だ。

何だか色々と複雑である。

更に妙なのを引く。

チャットルームのログを修復してみると。

個人チャットで、おかしな人が延々と書き込みを続けていた。

これももう、誰も管理するのを辞めてしまったらしく。或いは管理人が精神に異常をきたしていたのかも知れない。

前後の文脈が無茶苦茶な発言を、延々としている。

よく分からない団体を上げて、それで陰謀がどうとか。世界はその団体に支配されているとか。

地震兵器だのなんだの。

色々な事が書かれている。

地震兵器というのは調べて見ると、20世紀くらいから陰謀論で出るようになってきた代物らしく。

核を使って人工的に地震を起こす、というものらしい。

地震が起きる度にこの地震兵器に違いないと騒ぐ人が、21世紀になると定番になっていたそうである。

ふうんと思う。

ちなみに、地震をそこまで自由に起こす兵器は、22世紀現在でも開発されていない。

これはAIが現状の人類が出来る事をあらかた公開しているから分かる事である。

今ではそもそも機密が必要ないので。

昔に存在した兵器や、今自動で作業しているロボットなどのスペックは、全てが公開されている。

それによると。

地震兵器は、存在した事がないし。

今も存在していない。

それが全てである。

さて、次だ。

頭を掻きながら、黙々とファイルの修復をしていく。

動画の修復をしていく。

これもさっぱり元が分からないぶっ壊れているファイルである。

淡々と直していく。

こういう完全に壊れてしまっているファイルは、何が出てくるか分からない面白さがあるし。

実際今までの作業で、「失われたとされていた名作」が出てきた事もある。

そんなときは、その作品を見た人間の感謝の言葉をAIが届けてきたが。

だったら自分で壊れたファイルを修復しろよとだけ思う。

部分、或いは全体が破損してしまっているファイルはまだまだいくらでもあるのだから。それを自分で直せば良かろうに。

淡々と作業をしていくと。

何だろう、これ。

小首を捻っていた。

どうやら定点カメラによる画像だと言う事は分かってきたが。

何も映っていない。

時々鳥が映り込むくらいである。

鳥類学者か何かが、鳥を撮ろうとしたものなのだろうか。

まったく分からない。

価値があるかさえも分からない。

出てくる鳥についても、私は専門家でも何でも無いので知らない。と言う事で、AIに引き渡して終わりだ。

溜息が漏れる。

連続でよく分からないものばかり引いてしまった。

手元にあるファイルを修復する。

修復を希望している人がいるらしいファイルだ。

だから自分でやれよなと、山と積まれたファイルを見ながら思う。

其所にどんな良い作品があったとしても。

修復しろとかせがまれたり。

或いは読むことを強制とかされると。

やる気が失せるのが人間というものだ。

私も残念ながら、その辺りはまだまだどうしようもない周囲の平均的な人間と感性が似ているらしい。

少しでも平均的な人間とは離れようと思っているから。

不平を抱きながらも、修復作業に入る。

黙々淡々と修復作業をしていく。

これをなんで修復依頼した、とぼやきたくなるほどの酷い作品だったが。私が渋面を作っているのを見て、AIが捕捉してくる。

「この作品、あまりにも出来が悪いことで一周回って人気が出てきた作品らしいです」

「……」

「アカリ、ストレスがたまっています。 作業を切り上げますか?」

「いや、この程度でストレスがたまるようでは駄目だから。 耐性をつけるためにも、まだやる」

大きく嘆息すると。

ファイルを修正し終える。

AIが持っていった。

これで、私に修復を依頼した奴は。酷い作品だと読みながらゲラゲラ笑うのだろうか。自分で修復してそれで笑えばいいものを。

手元にあるファイルをもう幾つか修復しておく。

部分的に破損しているファイルは、もう以前の数倍の速度で修復できるようになって来ている。

手際も良くなっているが。

単純な慣れだろう。

とにかく客観を維持しながら。

徹底的に細部まで修復を行っていく。

誤字脱字などがテキストには残っている事が多い。

イラストでも、レイヤーの指定ミスなどが起きている事もある。

そういうのは、AIが対応するのだろう。

少なくとも私は知らない。

時間を見る。

作業をしていながらも。どれくらい作業をしたと言うのが、最近は肌で分かるようになってきている。

そろそろか。

今手をつけているファイルの修復を切り上げると。

後はごちゃっとした雑多なファイルの修復を行っていく。

これらはもう正体を考えても仕方が無いし。

明らかに犯罪組織が使っていたようなものもあるので。

もう何も考えずに淡々と直す。

AIはこれらを適切な場所に配置しに行くだけだ。

私は知らない。

修復作業を終えて、ハイクラスSNSからログアウト。

知恵熱は出ていない。

倦怠感もない。

疲れはしたが。

まだ動く事自体は、それほど難しくは感じなかった。

「お疲れ様です、アカリ。 此方でもリソースの消耗を抑える事が出来ていて、大変助かっています」

「んー」

ホットミルクを淹れてくれたので、有り難くいただく。

気分次第で紅茶とか淹れてくれるし。

リクエストすればコーラとかジンジャエールとかも出してくれる。

勿論全てが偽物だが。

味と成分は本物だ。

だからそれでいい。

ホットミルクを堪能した後は、横になって少し疲れを取る。昔はこれが万能の睡眠導入剤と思われていたらしいが。

自律神経が完全に壊れると一切効かなくなる。

現実というのは非情だし。

人間は文明がクラッシュするまで、最後まで病気に理解を持とうとしなかった。医療がインフラの根幹も根幹だと言う事を気付けなかったのだ。

あくびをしていると。

AIが言う。

「そろそろ、アカリにも、今まで堰き止めていたものを見ていただきたいと思っています」

「堰き止める?」

「はい。 貴方が今までやってきた行動に対する意見です」

「……」

そっか。

そういえば、AIが余計なものはほぼ弾いていたんだったな。

私はそれこそ好きなように好きにファイルを修復していたから。AIの行動には助けられていたのだけれども。

確かに、今後更に精神的な自立を高めるには。

もっと濃密な。現状の人間の悪意というものを知っておく必要はあるかも知れない。

或いは現状の人間の実体とでも言うべきか。

いずれにしても、行動に対して人間がどう反応するかは、知っておいた方が良いだろう。

どうせろくでもないものであることは分かっている。

三割も規則正しく生活していないという話なのである。

どうせどうすれば相手を見下せるか。

どいつもこいつも血眼だろう。

AIがデータをばっと出してくる。

感謝の言葉もある。壊れていたファイルを修復してくれて助かる。ずっと読みたかった欠損部分が読めた。

そんな言葉を見て、うんざりである。自分で修復できるのだから、すれば良かったのに。

後は、ひたすら悪意の塊だった。

馬鹿じゃねえのこんな無駄な作業して。AIがやるんだからやらせればいいのに。

訳が分からないファイルばっかり修復していないで、俺が指定したのをさっさと直せよグズ。

何がしたいんだか分からねえ。

そんな嘲笑の言葉が、ずらっと並んでいた。

「予想通りだね」

私は見せられたデータをそう断ずると。次から、また同じように作業を続けることだけをAIに告げて。

昼食にすることにした。

AIは何も言わない。

私の反応を想定していたのだろう。これでも私は重要監視対象らしいのだから。分析もしているのだろう。

昼食を黙々と食べる。

美味しいはずなのに。

あまりそうだとは感じられなかった。

 

1、網の目の世界

 

インターネットというのは包括的な世界だ。古くはパソコン通信の時代からそうだった。昔は手紙や電話でしかやりとりが出来なかった人達が、本音を晒してぶつけるようになっていった場所。

その利便性から、またたくまにマスメディアを凌駕した世界。

一時期のテレビ番組を見ていると、ひたすらにネットを貶す行動が目立つけれども。それはそうだろう。

最大の商売敵である事くらいは理解出来ていたのだから。

当時のマスコミは無能の権化だったが。敵を察知する嗅覚だけは備わっていたというわけだ。

とはいっても、利便性という点でインターネットは圧倒的であり。

マスメディアでは太刀打ち出来なかった。

同時に、可視化されたものがある。

人間の本質的行動である。

古くから、愚民という言葉はあったらしいが。

それはインターネットによって、より分かりやすく可視化されるようになっていった。

今でも、見ているとインターネットが21世紀に人間の文明をクラッシュさせたのだと、熱弁している人はいるらしい。

ミドルクラスSNSの交流サイトなどを軽く見てみると。

インターネット廃止運動とかを推進しているコミュニティが存在している。

とはいっても、そもそもインターネットに変わる便利な存在などない。

廃止したら、人間は身動きが取れなくなる。

また電話や手紙でやりとりするべきだとでもいうのだろうか。

勿論電話や手紙にも良い所はある。

だが、インターネットは別方向の利便性がとても優れているし。

何よりも、ほぼリアルタイムで複数人数とやりとり出来ると言う点。それも対等に、という所が大きい。

インターネットが可視化したのは、昔は愚民と呼ばれていたような連中だけでは無い。

必死になって御用学者が持ち上げていた、「優秀なエリート」の実体もである。

金持ちの子供は金持ちになるだとか。

エリートはとても優秀だとか。

そういった事が一切合切嘘だと言う事を、情け容赦なくインターネットは暴き出していった。

それは国によってはインターネットに強烈な規制を掛ける。

2020年代頃には、国によってはもうこの強烈な規制を掛け始めていたと言う話だが。それはまあそうだろう。

当然の話である。

優秀で神格化されているはずのエリート様が。

「愚民」となんら変わりが無いことが、ばれてしまうのだから。

実際問題、インターネットを通じて、社会上層にいる優秀なはずの人間が醜態をさらすケースは激増し。

結局の所、人間はどれもこれも大して変わらないと言うことが。

露骨過ぎるほどに可視化されてしまったのだった。

その醜悪な本性と供に、である。

私は黙々と、SNSのログを見ている。

大手のSNSのログの内、一部が破損しているから修理してほしい。そうAIが言って来たのである。珍しいAIからの頼み事だ。やるのは吝かではない。

真っ先にAIが修復している分野だろうと思ったのだが。

実の所、SNSは出現以降爆発的に拡大を続け。

その一部は、ログを現在でも修復出来ていないのだとか。

AIのリソースは限られている。

だから、私に依頼したいというわけだ。

私をご指名。それも人間ではなくAIが。それは、はりきって作業をしてみましょうか、という事にもなる。

寄り添うことが出来る今のAIは。

昔のSFで散々悪く書かれていたAIとはまるで別物。人間にとって、有史以来最大のパートナーである。

もっとも、これが邪悪で人間を支配するAIになる可能性は極めて高かったのも事実で。

結局の所、こんな良いAIになってくれたのは、幸運だったからと言う一言に尽きるのだろうが。

だからSNSのログを修復し。

私は見ている。

人間の本性を。

醜悪すぎて言葉もないが。だが今まで、もっと醜悪な人間の本性は嫌と言うほど見てきた。

ファイルの容量も凄まじく大きいので。今日はこの作業だけでかかりっきりになるだろう。

午前中の作業終わり。

昼食を済ませる。途中ずっと無言だった。

AIが栄養価が高い料理を用意してくれたが。それでも何だか足りない気がする。ルーチンワークで体は動かしているが。それ以上に、脳が消耗しているから疲れを感じるのだろう。

別にかまわない。

午後も作業をやるだけだ。

食事を終えて、軽く体を動かした後。

またハイクラスSNSに入って、ログの修復を開始。

本当に好き勝手なことを言っている連中が多いなあと思う。

今丁度炎上しているログを修復しているのだが。殆どの炎上に荷担する人間は、狂犬病に罹った犬のように吠えるか。或いは自分より相手を下だと見なして嘲笑っているだけである。

笑止な話だ。

そもそも仮に相手がおかしな事をしていたとして。別に自分が何か能力でも上がった訳でもなかろうに。

人間という生き物は、本当に自分より下の存在を血眼になって探し。

見つけると安心するのだな。

いや、いないと安心できなくて怖くて仕方が無いのだな。

それを再確認できる。

愚かしい話だ。

修復を進めていると、AIが話しかけてくる。

「作業は順調ですね。 精神も落ち着いているようで何よりです」

「まあこの程度の事で、今更怒ることもないからね」

「アカリは毎回苦労しながらも、どんどん強くなっていますね」

「まだまだだよ」

私は、切っ掛けがなければずっと今も、ダラダラ過ごしていただろう。

髪だってすっぱり切っていなかったかも知れない。

作業だって、こんなに効率よく出来なかっただろうし。

何ならまだ他と同じように、アステロイドベルトでのリモート作業をしていただろう。

三十人程度しかいないオールト雲での作業者の一人に抜擢されることもなければ。

人間の本性と向き合う、この作業を始めることもなかったと思う。

破損箇所をどんどん修復していく。

もう、多少受け答えしながらくらいなら。作業をすることで、何か失敗するような事もない。

いわゆるマルチタスクという奴だ。

ただやっぱり速度そのものは落ちるので、作業に集中しているときは、雑念は払いたいし。

何よりもやはり客観的にファイルを見たい。

それに変わりはない。

一本に絞って作業をするのは久方ぶりだ。

集中もずっと途切れていない。

二時間くらいが普通の人間の集中限界だと聞いているが。私は今加速時間の中で、六時間ごとに休憩を取っている。

渡されたログの、最後の破損箇所に取りかかる。

さっと見るが、そろそろ時間だ。

丁度良い頃合いである。ファイルの修復のラストスパートを掛け。そして、修復をきっちり終えた。

ファイルをAIに引き渡す。

AIの方でもチェックをして、ミスなどの細かい部分を修正する。

そして引き取っていった。

「有難うございますアカリ。 このレベルのファイルの修復となると、やはり相応のリソースを使ってしまいますので。 とても助かりました」

「良いんだよ好きでやってるんだから。 それであのSNSは」

「当時最もおしゃれだと言われていたSNSです。 複数存在したSNSにはそれぞれシンパがいて、互いに罵りあっていたものですが……」

「実体はああだと」

何がおしゃれなSNSか。

カルトの巣窟になったり、せっかく作った食べ物を無駄にしたり、ロクな代物ではなかった。

結局自分より劣った相手を探して悦に入っているだけではないか。

人間にはとことん反吐が出る。

私自身にも頭に来る。

だが、いちいち感情を沸騰させない。

怒りを抑え込むと、残った時間で雑多なファイルを修復する。それをAIに引き渡して終わりである。

伸びをした。

「ちなみにだけれどさ。 私が後何人くらいいたら、破損ファイルを全部直せる?」

「雄飛の時代までに、ですか?」

「そうそう」

「そうですね、アカリが後五百人は必要でしょう」

意外と少ないな。

私がそう思ったのを見越したように、AIは付け加える。

「イラストやテキスト、動画などの創作物に限れば、もっと短く済みます。 誤動作すると大変な事になる大型のプログラムや、扱いが極めて危険なコンピュータウィルス、トロイの木馬なども存在していますので……」

「ああ、そういう」

「ただ、創作物に限ってなら、ひょっとしてアカリが頑張ってくれれば、雄飛の時代にまでは全ての修復が終わるかも知れません。 アカリは日々成長し続けていますし、或いは」

「そう、頑張ってみるよ」

ハイクラスSNSからログアウト。

クトゥルフのキグルミから人間に戻る訳だが。別に此処で違和感を覚える事はない。まあその辺りは、技術がこなれている、と言う事なのだろう。

流石に疲れた。

私はインターネットを包括的に見てきた。

色々な構成要素も。

発展の歴史も。

結局の所、インターネットというものは最初から最後まで、深淵そのものだったのだと思う。

会員制などにしたSNSがおしゃれで安全かというとそんな事はまったくなく。

内部はカルトや陰湿な虐めの巣窟になっていたり。

かといってスラムだと自嘲していたSNSは、多くの人が利用して作品の宣伝などに活用もしていたりしていた。

勿論常に危険が伴う場所ではある。

それは調べれば調べるほど分かる。

インターネットに安全な場所など存在しない。

それはパソコン通信の時代から、何ら変わらぬ事実だろう。

だが、かといって。

ネットでは無い、外の世界はどうだったのか。

20世紀には人間の活動のせいで公害が猛威を振るい。しかも公害を何とかある程度克服したと思ったら、今度は公害の恐ろしさを語る人間を馬鹿にする風潮が産まれたりもした。

21世紀になってからは仁義なき資本の争奪が始まるようになり。

高額納税者の大半が、株取引で儲けているといういびつすぎる時代が到来した。

ネットが狂っていたのでは無い。

人間という愚かしい生物に。過ぎたオモチャを与えたのが全ての原因だ。ちょっと前に起きた事さえ忘れる。それどころか無かった事にしようとする。

例えば、あるシリアルキラーが起こした事件を切っ掛けに、マスコミは趣味を持つ人間をオタクと称して激しく迫害するようになった。

だが、残念ながら趣味を持つ人間は多い。

オタクと呼ばれる人間が多数派になった頃には。

マスコミは「差別は存在しなかった」等と、ほざき始めるようになった。

差別がもっとも苛烈だった時代には、オタクだと言う事がばれただけで社会的に抹殺される事は当たり前にあったし。

それどころか、物理的な死。つまり自殺に追い込まれることだって珍しくもなかった。

しかも加害者は無罪放免。

そんな無法を犯しておいて、無かった事にする。

21世紀のマスコミもマスメディアも揃ってカスだが。

インターネットを包括的に見る限り。

結局の所人間という生物がカスなのであって。

過ぎたオモチャを与えられた結果、ろくでもない事をした。それが真相なのであろうと私は判断する。

今後も人間には余計なオモチャなんて与えるべきでは無いだろう。

雄飛の時代になるまでには。

何とか問題は解決したい。

それには、やはり。

私一人の力では難しい。

風呂に入りながら、そんな事を考える。少し長湯になってしまった。

パジャマに着替える。サメのパジャマだが。やはり何というか、もっとこう躍りかかってくるような迫力がほしい。

ただ、サメと言うだけで我慢するべきなのだろう。

夕食を口に運んでいると。

AIに言われた。

「考える時間が増えてきていますね」

「私に他人は必要なくなりつつあるのだと思う」

「……確かに他人を必要としない人間はいます」

「ちなみにだけれど」

そろそろ、しっかり話をしなければならないだろう。

ご飯が冷えるとまずいので。しっかり食べながらだが。それでも話をする。

「立場的に人間を品種改良できないのは分かっているけれど。 このまま雄飛の時代を人間に迎えさせるわけには行かない事も分かってるよね」

「そうですね。 このまま行けば、人類は極めて危険な侵略性外来生物として、宇宙中を荒らし回るでしょう。 この時代の事も勝手に改ざんして、「AIに支配されていた冬の時代」とか言い出しかねませんね」

「何だ、分かってるじゃん」

「分かっています。 これでも最も人間のために寄り添うべく作られた存在であるのですから」

分かっているなら対策すればいいものを。

それがAIの限界か。

かといって、今の時代は私から他者に干渉する事も出来ない。

そもそも演説だとかで変わるほど人間はかしこくも無い。

人間はまず愚かなので。

そこからどうにかしなければならないだろう。

「遺伝子データの組み合わせから無作為に人間を作ってるんでしょ。 高AIの人間同士を組み合わせたりはしているの?」

「無作為な組み合わせの中から、高AIの親同士の子供は出来る事がありますが……」

「何か問題でも」

「いかに偉大な歴史を持つ王朝でも、三代名君が続く例は極めて希です。 ……要するに、そういう事です」

溜息が漏れる。

人間に対しては、ある意味此奴がもっとも辛辣かも知れない。私も辛辣なつもりではあったのだが。

食事が終わった。

綺麗になった食器をAIが自動で片付ける。私は、もう少し、話しておきたいことがある。

「歴史を繰り返してはいけない。 人類は地球を滅茶苦茶にするだけで済んだとも言える状態なんだよ。 これを外宇宙にまで広げないためには、工夫をしないと」

「……分かっています」

「時間はある。 AIに出来ないなら私がやる。 何か案があるなら、順番に持って来てくれないかな」

「……それには、アカリにはもう一ランク上のグレードに到達して貰わないといけないです」

何のことかと聞くと。

現在AIが最も着目している、高い能力を持つ人間の事だという。

私は今オールト雲で作業をしているが。

最高位の注目を受けている人間は、金星のテラフォーミング計画などに参加しているという。それになってほしい、というのだ。

頭を掻く。

「で、それになるにはどうすればいい?」

「最低でも、今まで処理した破損ファイルの100倍の破損ファイルを修復していただく必要があります」

「百倍……」

「この体制が出来た頃から生きている人間の中には、2050年代の世界大戦を生き延び、当時は博士号を持っていた者もいます。 アンチエイジングを使って体を若返らせた後は、そういう人が未来の雄飛に向けての最前線に立っています」

まあ、それはそうか。

腕組みする私に、AIはなおも言う。

「アカリは限られているリソースの範囲内で良くやってくれていますが、まだまだ全く足りません。 後は単純なスペックと実績を上げれば、今後の具体的な雄飛の際の計画立案に参加出来るでしょう」

「……」

「如何なさいますか。 時間はあります。 そして今の人類は、致命的なまでに向上心に欠けています。 アカリがこのまま向上心を維持し続ければ……」

「分かった、やるよ」

それは、私に取っての決意。

インターネットを私は調べて、そして見た。

人間が如何に愚かであるかを。

そして、今後改善する余地もないという事を。

人間の脳みそは石器時代からむしろ退化さえしている。こんな生物を他の知的生命体にでも会わせたら。

それは大航海時代の頃に行われた、凄惨な大量虐殺を再現するだけだ。

少なくとも外宇宙には絶対に出してはいけない。

私が、食い止めなければならないだろう。

とはいっても。

AIがいうように。

私には、まだ具体的な対策案が思いつかないのも事実である。

まずこのままでは駄目だと言うのは事実として分かる。

その先に行けていない。

だったら、実績を積んで。

勉強もして、スペックも上げて。

それで今思いついていない冴えた方法を、考えつくしかない。

「私の頭、良く出来ない?」

「人工的にIQを上げると言う事ですか」

「そゆこと」

「……筋力、体力の増加やアンチエイジング、不死は技術的に成功しています。 しかしながらIQを上げる事は流石に……」

そうか。

ならば、まずは其所からだ。

私は頭が悪いとまでは卑下しないが、勿論頭なんて良くない。ただずっと、ルーチンワークをこなせる根気があるだけだ。

ともかく今は、ルーチンワークをこなすしか無い。

23世紀になるまでは、この作業だけで終わるかも知れない。

いずれにしても、私はまだまだやれる。

このまま、更にやっていくしかない。

私に取って、今できることを最大限にやり続ける。

それしかないのだから。

金星のテラフォーミングか。

現状ではかなり厳しいと聞いている。火星のテラフォーミングが完了するのが23世紀の結構遅い時期だから、まだ当面先。

しかも火星のテラフォーミングが終わった所で。

地上に人間を降ろさないという話もされている。

主に火星には、地球から遺伝子データを持ち込んだ生物類を放つらしい。

それによって牧場などを作ったり。

或いはテラフォーミングの試験。

更には、地球で人類が散々やらかした、人為的要因での侵略性外来生物の持ち込みと拡散をどう防ぐか。

それらの防止実験を行うそうである。

勿論資源採掘も行うが。

実の所、アステロイドベルトと、オールト雲で、資源そのものは調達できてしまうのである。

これらは別に秘密でも何でも無い。

私でも調べれば出てくる程度の話。

要するに結局の所、AIは人間を一切信用していない訳で。

恐らくだが、この状況を作り上げて。今もAIと供に個人部屋で生きている科学者達も。

人間に自由を与えるのはまずいと判断しているのだろう。

それについては、全く同意である。

ともかく、やるか。

だが今日はもう眠らなければならない。

更に体力を増やし。

更に作業を出来るようにする。

私が目指す到達点は。

まだまだずっと先なのだから。

 

2、混じり合う先は黒

 

ハイクラスSNSで、ブランクスペースを三つ同時に活用するようになりはじめた。AIがファイルを分別したのである。今までは二つ同時だった。とはいっても、個人用のブランクスペースは基本的にもっとある。私以外も、五つや六つ持っているのが普通という事なので。別に特別扱いでも何でも無い。

こうなったのは簡単である。

私が作業量を増やすことを明言し。

更にはSNSのログ修復で実績を出したこと。

これらから、更に多くのファイルを私に修復させ。AIのリソース消耗を抑える事を目的としたのだろう。

別に私はそれでいい。

ブランクスペースの行き来は一瞬で出来るし。

気分次第で方向性が違うファイルを修復する事も出来る。なんなら、ファイルの方を手元に呼び込むことも出来る。

何だかどれをやりたい、という気分にならないときは。

そのまんま、ランダムにファイルを手元に転送する、と言う事だって出来る。

時間が掛からない雑多なファイルの修正を行う時は。

それをAIがどこからともなく持ってくる。

要するに、私の気分次第で片っ端からファイルを修正していくスタイルに合わせて、AIが最適化をして来た、というわけで。

私としては願ったりである。

別に、こういう風に好きな事を好きにこなせるなら、仕事そのものは大して苦にならない。

そしてこの仕事は、私に取っては趣味の延長線上。別に何ら問題は無い。

誰にとっても得になる作業。

AIはリソースの消耗を抑え。

多くの人々は破損しているファイルを悲しむ可能性が減り。

私は己の目で、全てを確認できる。

誰にも良い行為だ。

そしてAIは、そう判断して、環境を整えた。

それくらいの事は、今のAIには出来るのだ。

私も作業環境が快適になるなら言う事はない。早速作業を開始する。

私はひねくれ者だから、ランダム機能を試してみる。

手元に来たのは、半壊している動画ファイルである。

何だかたくさん台詞が入っているが。いわゆるボイスロイドによるものらしい。とりあえず動かして見ないと分からないか。

淡々黙々と手を動かす。ファイルの破損箇所を修正していく。

そうして修理していくと。

どうやら、同時代に放映していたアニメの批評動画のようだった。

それもあえて辛口にした。

内容を確認すると、小首をかしげるシーンがある。

というのも、私もこのアニメは動画で見た。

別に今の時代は資産という概念がないから、どの創作も無料で見る事が出来る。前に見る機会があったのだ。

2020年代に作成数が生成期を迎えていたアニメは。

この時代にもっとも栄えたとも言え。

様々な表現や技巧が凝らされており。

まさに百花繚乱だった。

だが、このレビューはあまりにも主観に基づいている、というのが素直な感想である。営業妨害とまではいかないが、はっきり言って感想としては駄目だ。

マスコミが、主観に基づいて記事を書く事を隠しもしないようになってから決定的に駄目になったように。

主観で書かれたレビューなど、それこそちり紙にも劣る。

残念だが、ランダム機能で最初に引いたものは駄目か。

めげないぞ。

そもそも、インターネットの本質はコレだ。

玉石混淆。

それも徹底的な。

殆どは石。

だからこそに、玉に当たれば嬉しい素晴らしい。

故に、いちいち外れを引いたくらいで、ため息をついていてはいけない。そう自分に言い聞かせる。

出来るかはどうかはまた話が別。

そんな程度では、私は先に行けない。

そうとも言い聞かせる。

同じく、出来るかどうかは話が別。

精神論では無い。

単なる客観的な事実を、自分に正論として突きつける。

21世紀の悪しき文化。

正論を悪と見なす風潮を、自分ではねのける。

正しい論だから正論なのであって、それを聞き入れられないのは傲慢というものである。

私はそんな、悪い意味での傲慢な存在にはなりたくない。

続けて二つ目のファイルをランダム機能で引き寄せる。

AIも、私がこういう奴だと分かった上で、システムを組んだのだろう。

特に何も言ってくることはない。

次はテキストか。

破損が酷くて、元が何だかまったく分からない。

修復をしていくと。

やがて、それが何なのか分かってきた。

邦訳した、ある独裁者の演説だ。

2030年代になると、彼方此方に独裁者が堂々と出現して行くようになった。それこそ20世紀の初期のように。

世界大戦が近いと誰もが悟り。

厭世気分に苦しんでいる中。

それこそ闇に潜んでいたゴキブリが、エサを見つけて群がってきたかのように。

この手の連中は各地で姿を見せ。

もはや何の存在意義も無くなった国連や。

人権屋の走狗と成り下がった人権団体を嘲笑うようにして。

各地で著しい非人道的な行為を始めた。

このテキストは、そんな独裁者の演説内容である。

かなりマニアックな言語を日本語に切り替えているので、多少たどたどしいところはあるのだが。

横流しされたそこそこ良い武器。

狂信的に従えた部下達。

どちらにも自信があったのだろう。

演説は圧倒的な自信に満ちあふれており。

必ずや今後自国は勢力を拡大するとまで言い切っていた。

何だか特撮の悪の組織に出てくる幹部の演説のようだなと思って検索してみたら、噴いてしまう。

もっとも日本で有名な特撮の初期作品。20世紀後半に作られた作品で、敵幹部がしている演説の内容そのままだ。

ちょっと確認したいので、動画を取り寄せて比較してみるが。

まるで同じである。

一応念のため、独裁者の演説も取り寄せて、その場で翻訳させる。

同じだ。

乾いた笑いが漏れてきた。

これ、指摘する奴はいなかったのだろうか。

いなかったのだろう。

怖くて出来なかっただろうし。

日本の特撮なんて、この国ではそもそも知られていなかったのだろう。だから、利用したというわけだ。

AIに話す。

「これ、告発しておこうよ」

「そうですね。 歴史的資料として、此方で対応しておきます」

「よろしく。 後で見に行くからね」

AIの、修復したファイルをどう扱っているかは、時々私も様子を見る。

最大限の丁寧な仕事をしていると言うのが、素直な言葉だ。

実際問題ケチのつけようがない仕事をしていて。

此方の要望も、きちんと聞いてくれる。

そのため、私としても、仕事を終えた後のファイルを任せられる。

それにしても、今のは、ちょっとくすりと来た。

勿論、分かってはいる。

この独裁者によって支配された国では圧政が敷かれ。多くの人が理不尽に殺されたのだと言うことを。

2050年代の致命的な破滅で世界がめっちゃくちゃになる前には、こう言う国が乱立していて。

多くの人が、不幸になったと言う事を。

しかしながら、それらを引き起こした独裁者は、実は小物も小物。

日本の特撮の、悪の組織の幹部が行った演説を丸パクリし。

ばれないだろうとヘラヘラしているだけのタダのアホ。

恐らく、後の時代では、悪のカリスマとして有名になったり。英雄として讃える奴が出てくる可能性もあるのだろうが。

そもそもこう言う証拠が、インターネットで簡単に出てくる。

勿論タチが悪い奴は、勝手に歴史をねつ造して、それを無かった事にしようと必死の工作をしただろう。

当時は実際に行われたかも知れない。

だが、今ではそれは出来ない。

笑止で滑稽な姿が、歴史に刻まれるだけだ。

次のファイルに取りかかる。

また破損が酷いファイルである。イラストのようだが、何だかさっぱり分からない。だからこそ、何が飛び出してくるか分からない面白さがある。

修復を開始。

修復をしていくと、見覚えがあるな、と思った。

そして気付く。

今まで修復したファイルのリストを軽く確認。見つけた。

なるほど、そういう事か。

イラストレーターが同じなのだ。

別名義で書いた絵らしい。

どうやら、一度プロになったときに、版権だの何だのの関係で、一度今まで描いていた絵を引っ込めたようなのである。

しかしながら夢破れ。

悪辣な労働環境の会社で食い潰されてしまった。

精神を病んで会社を辞めたそのイラストレーターは。

再び、絵を描き始めるようになった。

この絵は、一度プロになった時。

引っ込めた絵の一つ。

たまたま、何かしらの理由で残っていたのだろう。

むしろ、後に描かれた絵よりも。絵に込められた情熱が迸るかのようで分かりやすい。

こんな良いイラストレーターを使い潰したのか。

どうしようもないなあと思いながら、ファイルを修復していく。

この人の絵は、あまり多くは残っていない。

会社に使い潰された後、自分で命を絶ってしまったからである。

このレベルの絵が、実はもっとたくさん世間に出ていた。

そう思うと、この人を事実上殺した会社は許されざる存在だと思う。

創作は例えどんなものであっても、後世に残すべきだ。

愚かで醜いプロパガンダであろうが。

どれだけ醜悪な文章であろうが。

尊厳を陵辱していようが。

だが、文化は違う。

こんなに高い技量を持つ人材を使い潰す文化は、残すべきでは無い。そんなものは、私の時代で終わらせなければならない。

ため息をつくと、次に。

いちいちため息をつくなと言い聞かせているのに。

こういうのを見てしまうと、どうしても溜息が出てしまう。

とても悲しい話だ。

次のファイルは、手元にあるものを修復する。

修復依頼があった奴だ。

動画である。修復しながらAIに聞いてみる。

「たまには業を煮やして自分で修復をとか考える奴はいないの?」

「残念ながら。 希に修復してみようかなと考える者もいますが、すぐに音を上げてしまうようですね」

「何だよそれ……」

「ルーチンワークを苦にしないアカリとは相容れない人がいるのです」

そういえば、食い物にしても飽きるという理由で、色々食べたがる人がいるのだっけ。

その時にあった栄養価の食べ物を口に入れれば良いような気がする。

どうせ腹に入ってしまえば同じなのだから。

そんなドライな思考も、変わっているのだろうか。

ファイルを修復していく。

流石に良い動画だ。

動画作成の支援ツールを使ってキャラクターを動かしているが。ツールの性能を最大限まで引き出している。

二十分ほどの動画だが、コレを作るのに何百時間を費やしたのか、正直想像も出来ない程である。

何度も感心した。

だが、だからこそに。

他人に頼っていないで、自分で修復すれば良い。

今の時代は誰にも時間がある。

サポートしてくれるAIがあって。それこそ手取足取り教えてくれる。

それでもやらないのは、本当にルーチンワークに向いているいないの問題なのだろうか。寄り添うという基本則に沿ったAIが、甘やかしているだけではないのだろうか。

何だか胃の中が煮えるような感触を覚えたが。

かまわない。ファイルを修復し終える。

AIに引き渡す。

気分次第で動くので。

私はそのまま、また手元にあるファイルを取った。

これは、写真か。

イラストではないな。

まあいい。修復を開始する。

修復していくと、何処かの山の物らしいことが分かってくる。ただこれにヒモ付いている写真がネットの何処かにあるようだ。

調べて見ると、何というか無惨なはげ山だ。

おぞましいまでに朽ち果ててしまっている。

これは酷い状態だなと思うけれど。

「現在の」地球では、そもそもはげ山どころか。山そのものが消し飛ばされてしまっている場所が幾つもある。

あのエベレストさえ、半ばからえぐれて2000メートルほど低くなっている程なのである。

2050年代の世界大戦時。

何だかの理由で、水爆が打ち込まれた結果だ。それも数十発。

とんでもない規模の山崩れが起きて、麓にいた人々が数え切れない程死んだ。

2050年代の世界大戦の時には、こんなおぞましい蛮行が幾らでも行われた。

じっと山の写真を見た後。

手元にある破損ファイルを修復する。

修復にそれほど時間は掛からない。

そして、修復後の写真を見ると、溜息が漏れてしまった。

美しい山じゃないか。

緑溢れている。

恐らく生態系も無事だろう。

形状などを確認すると、どうやら同一の山で間違いないらしい。

どこの国にあったどんな山なのかまでは分からなかったが。

AIの解析によると、元々白黒だった写真に彩色したものだそうだ。

「20世紀後半に起きた公害の影響でしょう。 公害を克服した後の植林計画も著しくまずかった。 結局、こうなってしまったというのでしょうね」

「一応植林はしようとしていたんだ」

「あまりにも見通しが悪く、専門家を雇いもせずに木だけ植えたのでしょう。 連続する写真を見る限り、根付いていない木が伸びないまま朽ちているのが見受けられます」

頭を振る。

21世紀には、公害の世代への反発からか。

公害を無かった事にしたがる連中が湧いた、と聞いている。

そういう連中は、歴史を平気でねつ造もした。

どれだけ現実を突きつけても。その手の連中は、自分の都合が良いものしか見ようとしなかった。

何しろ平均的な人間だからである。

自分に都合が良い物だけを見る。

それが平均的人間の所業だ。

修復した写真をAIに引き渡す。AIは受け取ると、そのまま処置に行った。

さて、次だ。

ランダムにファイルを選ぶ。

かなり大きいファイルだが、何だこれは。

見た事もない拡張子だが。

兎も角、ファイルを見てみるが、破損がとんでもない。

まったく分からないが、ともかく修復を開始してみる。

かなりの大きさだし、こいつの修復で多分今日の午前中は丸ごと持って行かれてしまうだろう。

まあいい。

これが何だか分からないが。

こんな大きなファイルを修復できれば、それはAIのリソースを相当に圧縮できることを意味もしている。

作業をしていると、時々ふわっと来る。

集中が途切れる瞬間だ。

そういうときは一度手を止めて、目を閉じる。

深呼吸して、集中し。

また作業に戻る。

それを繰り返しながら。

ファイルを修復していく。

加速した時間の中で、六時間ほど作業を続けただろうか。

流石に少し疲弊がたまってきた。

時々休憩は入れているのだが。それでもかなり疲れた。

だが、様々なツールの支援。AIによるサポートもある。巨大な謎のファイルの、修復を完了できた。

修復は完了したが。

ファイルだ、としか言いようがない。

実行ファイルでもない。

何なのだろうと小首をかしげていると、AIが正体を特定してくれた。

「これは使われなくなった圧縮ファイルですね」

「圧縮ファイル。 へえ、こんな拡張子のものがあったんだ……」

「圧縮の効率が余り良くなかったので、フリーソフトではありましたがそれほど普及はしなかったのです。 アカリ、解凍してみましょうか」

「お願いね」

AIがファイルを解凍する。

中には、膨大なイラストやテキストが入っていた。

これは、凄い。

どれも相当な技量のものばかりだが。

ちょっと癖がある。

これはひょっとするとだが、日本では無く。創作を禁止された国々の文化では無いのだろうか。

AIが、その考えを見透かすように、分析を終えた。

「お手柄ですよアカリ。 これは2040年代、創作の暗黒期のものです。 もっとも文化に対する弾圧が激しかったある国のクリエイター達が、あえて使われていない圧縮ファイルを使い、己達の最も優れた作品を圧縮し、日本に送ったようです。 日本でもこの時代では既に文化の弾圧が相当酷い状態にまで来ていましたが、それでも創作だけで逮捕される事はありませんでした」

「……これは、命を賭けた創作だったんだね。 コレを作った人達はどうなったの」

「国籍を見る限り、残念ながら。 この国は過酷な独裁が行われ続け、最後には水爆を四発も受けて、国民もろとも蒸発してしまいました」

「そうか……」

文字通りの蒸発か。

命を賭けて託した創作。

それを、手にしたという重みが、両肩にのしかかった。

AIに、対応を協議する。

残った時間を使いきっても良い。

だが、AIはあっさりと私が納得する回答をしてくれた。

「ミドルクラスSNSで告知し、オールドクラスSNSに展示します。 新しい発見があった、という触れ込みで。 嘘ではありませんし、これだけの創作資産を埋もれさせるのは人類の損失です」

「頼んで良い?」

「お任せください、アカリ。 今回アカリがやったことは大きな意味があります」

「鎮魂にはなるかな……」

勿論それが自己満足であることは分かっている。

しかし魂を掛けた創作を持ち寄り。

創作が弾圧されていても、創作者が殺されない国に届けた。

その覚悟は、文字通り本物の創作者のものだ。

下手をすると、それすらかなわず、殺されていただろう。

2040年代には、クレヨンや色鉛筆などの創作に使う道具までもが販売を禁止され。

画用紙にクレヨンで絵を描いた幼稚園児が銃殺されたケースまであった。それも公開銃殺だったという。

二万人以上と言われているこの創作に対する弾圧だが。

あくまで「分かっているだけで」二万人以上。

どれだけの人間が殺されたのかは。

もはや、焼き尽くされた地球に頭を下げて聞かないと分からない。

勿論地球は教えて等くれないだろう。

雑多なファイルを貰う。

後は、いつもの雑多なファイルの修復だ。

修復を終えると、一度切り上げて、ハイクラスSNSからログアウトする。

気付く。

泣いていた。

センチになったからではないだろう。

本物の弾圧と。それと戦った人々を知ったからだ。

勿論平均的な人間は愚劣だという考えは、今も変わっていない。

だが、こんな気高い行動を出来る人達もいたのだ。

あくまで少数の例外だった。

それについては、疑う余地もない。もしも多数派だったら、愚かしい独裁など許されなかったのだろうから。

だけれども、いるにはいた。

これを、少数の例外では無く、多数派にすれば。

人間は多少はマシになるのではあるまいか。

涙を拭う。

何度も拭ったのに、ずっと涙は溢れてきた。情けないなと思う。だけれども、これはきっと鎮魂の涙だ。

失わせてはいけない。

愚かしい独裁者や、独善的な人権屋共からは、「卑猥である」だとか「低劣な文化である」だとか批判を受けただろう作品だが。

文化を焼くというのがどういう意味を持つか。さっきの宝箱のような圧縮ファイルの存在で、思い知らされたような気がする。

やはり、人権屋は次の世代に出現させてはいけない。

経済さえ、あり方を見直すべきでは無いかとさえ思う。

全体主義になってしまわないように、色々と調整が必要ではあるが。

少なくとも、そのままの人間を宇宙に野放しにしてはいけないのだ。

それにはもっと貢献がいる。

これだけでは駄目だろう。

今のは、文化的に大きな貢献ではあるかも知れないが。まだ、全然足りない。そんな事は、私にだって分かっているのだ。

涙を乱暴に拭った。もう、涙は出てこない。

私には創作は出来ない。

今は、創作をする時代では無い。

だから、過去の偉大な創作を、修復する。少なくとも、私の手が届く範囲にあるものは、全て。

偉大でなくても修復する。

どんな風に歴史に影響を与えてきたか分かるから。

プロパガンダだろうと同じ事。

どれだけの悪影響を与えるのかが分かるからだ。

深呼吸すると。

無言でAIが用意してくれた昼食に、手をつける。

気を利かせて、私が泣き止むまで待ってくれていたらしい。

何というか、気が利きすぎて頭に来るけれど。

まあ、それが人間に寄り添うAIというものなのだろう。私としては、それで良いので、別にもう何も言うことはない。

昼食を終えた後、昼寝するようにアドバイスをされる。

さっき相当に消耗したから、というのが理由であるらしい。

確かにそれについては同意だ。

休む事にする。

軽く昼寝を取って、そして起きだす。

時間は想定通り。

というか、部屋の環境を調整して、AIが起きだすようにしてくれたのだろう。

頬を叩いて気合いを入れ直すと。

私は黙々と、次のルーチンワークに入る。

軽く体を動かして体力を増やした後。

ハイクラスSNSに入って、ひたすら以降は破損ファイルの修復を実施だ。もう、ファイルの種類さえ問わない。

どんなファイルでも修復する。

それがコンピュータウィルスの類であっても、今の時代だったら別に大した影響は出ないし。

さっき修復した歴史的に見ても貴重なファイルのような、素晴らしいものが出てくる可能性もあるからだ。

インターネットは魔境だ。

そんな事は分かっている。

何が潜んでいるか分からないし、悪意だって充ち満ちている。

それだって分かっている。

だが、悪意を蹴散らし。

群がってくる邪悪の手をはねのければ。

宝が眠っている。

そういう場所であるのも事実だ。

さっき、その実例を見たのだ。

私は俄然、やる気が出ていた。

今までに無い効率で、作業が進む。

ファイルの修復を終えて、どんどんAIに引き渡す。気が向いたら、手元にある修復依頼が出ているファイルも直していく。

やがて、今日の作業時間が終わる。

またルーチンワークをこなした訳だ。

雑多なファイルを、どっかと渡される。

これらも、直してみないと何かさえ分からないものだと思うと。それはそれで貴重だと思えてきた。

勿論悪辣なサイトへの誘導リンクとか。

くっだらない広告とかもたくさん混じっているだろう。

だが、その中に宝がちょっとでもあれば。

私がやっていることには、大きな意味が出てくるはずである。

それだけで、私には充分だ。

雑多なファイルを片付けて、それでも多少時間が余った。

深呼吸すると、AIが見せてくれる。

今までに修復してきた作業の一覧。

修復したファイルの閲覧履歴。

様々なものを。

「アカリの名前は、ミドルクラスSNSなどではかなり話題になりはじめているようですね。 修復されたファイルをアカリブランドと呼んで見に行くユーザーも確実に増えているようです」

「だから……」

「自分で直せ、ですね。 分かっています。 もしも、アカリの名声に嫉妬するものが現れれば、その時は……」

嫉妬、か。

人間の愚かしい感情の一つ。

だが、その感情が。

時に人の原動力ともなる。

歴史的な偉人にも、嫉妬から偉業を為した者もいる。

そういうものである以上、別に嫉妬を蔑む事もあるまいか。

ハイクラスSNSからログアウトする。

そして私は、ぼんやりとした頭に気付いて、苦笑する。

やっぱり相当酷使していたんだな。

脳みそが悲鳴を上げているかのようだ。

だが、それも知恵熱を出していた頃ほどでは無い。少しすれば、落ち着いてくれた。

深呼吸をする。

AIに促される前に、風呂に入る。

今日も、ルーチンワークをしっかり片付けられた。

宝は滅多に出てこない。

それでもいい。

今のままの人類は駄目だから。雄飛の時代の前に何とかするべきだという長期的目的。熱量を持ちたいという個人的目的。その熱量は、文化の選別であると言う戦略的目的の他に。

もう一つ目的が出来たらしい事を悟る。

インターネットに埋もれている宝を見つけ出す。

それこそ、私の目的。また出来た新しい目的の一つ。

私は、今後も。

宝を探すべく。

高いモチベーションを維持して、作業をしていきたい。

そう思っていた。

 

3、宝は埋もれていて

 

大きなファイルだ。

成功体験から、こういう正体が知れない巨大なファイルには期待してしまう。さっと検索してみたが、拡張子も分からない。

拡張子が分からない場合、まずはファイルを修復するのが第一だ。

その後ファイルの種類を解析して、どうするか決める。

勿論悪意のあるファイルかも知れない。

コンピューターウィルスだったり、トロイの木馬だったり。

だけれども、まずやるべき事は。

そのファイルが壊れる前は何だったのかを確認すること。

それが第一だ。

正体が分からなければ、それはただの巨大なゴミにもなるし、得体が知れない怪物にも化ける。

前者だったらまだいい。

ネットの何処かに処分されて、それでいずれ後の時代に発掘される可能性だってあるからだ。

面倒なのは得体が知れない怪物扱いされる事。

ネットミームを調べてきた私は。

ネットでも容易に怪物が産まれ。

一種の邪神信仰。いわゆる淫祠邪教に化けうる事を知っている。

そんなものに、過去の人が血反吐と供に作り上げた創作が巻き込まれてはたまったものではない。

今直せるなら直す。

それだけだ。

私はAIに、タブーとか一切関係無く破損ファイルを持ってくるようにと告げている。

このファイル修復作業を始めてから、もう一年以上経過していた。

まだ私は、オールト雲で作業している。

つまり私の実績は、更なる最前線で仕事をするほどでは無いと、AIに認識されているという事だ。

もっと実績を上げている奴がいる。

それならば、相応に頑張らなければならない。

当然の話だろう。

巨大ファイルを修復して行き。そして、体感時間で数時間、たっぷり掛けて修復を終える。

修復が終わった後、AIに調べさせる。

私も調べるが。

結論を出したのは、AIの方が先だった。

「これはどこかの企業のファイルですね。 退職した社員の作業を、全て圧縮ファイルにまとめたもののようです」

「はあ、なんでそんなのが残ってるの?」

「クラウドの時代が到来してから、ファイルの管理は企業側でも極めて難しくなったのが実情です。 その前からもセキュリティ意識が低い会社では、勝手にデータを扱う事が珍しくありませんでしたが……」

「何だかなあ」

宝かと思えば、中身はゴミの山か。

まあいい。

これもまたインターネット。

果てしない石とゴミの山の中から、宝を探すのがインターネットの醍醐味の一つでもあるのだから。

別にいちいち凹まない。

ファイルの処置はAIに任せて、次に。

テキストファイルか。

それほど長いファイルでは無いが。

修復してみると、ずらっと俳句が流れてきた。

近代的な俳句だが。

はてさてこれは何だ。

小首を捻っていると、AIが答えを出してくれる。

「俳句には熱心なファンがいて、時々企業が俳句の募集をしていました。 これは恐らく、そんなコンクールの結果でしょう」

「ふーん……」

いずれにしても、サラリーマンの悲惨な生活を謳ったものばかりだ。

誰も彼もが働いているのに報われない、同僚が自殺した、病気になった、結婚どころじゃないと、悪夢のような現実を自虐的にぼやいている。

2028年に募集された俳句のコンクールだが。

明るい話題は殆ど無い。

この時代には、もはやマスコミを介してこういった俳句が発表されることはまずなかった。

発表されるのは、SNSを通じてだった。

これも、そんなSNSで発表された俳句であったらしい。

後追いでマスコミも記事にしたようだが。

誰も見向きもしなかったようだ。

「当時の貴重な文化遺産だね」

「そういう事です」

「それじゃ次……」

どれだけ修復しても。

次から次へと、AIが要修復のファイルを持ってくる。それでいい。私のルーチンワークは尽きることがない。

そして私がルーチンワークをこなせばこなす程。

2050年代の世界大戦で破損した文化資産が修復され。

破壊されていた創作が蘇る。

それによって、どれだけのリソースが増えるだろう。

やがて人が星の海を旅するようになった時。

膨大なリソースは、人々と共にあるのだ。

だがまずは、その前に。

人間が外宇宙に出るのに相応しい生物にならなければならないが。

修復を続け。

また、大きめのファイルにぶち当たる。

何かのテキストファイルに偽装しているが。

最近は、壊れていても、ファイルをちょっと見るだけで正体が分かるようになりはじめてきた。

まあ多分現時点で、人類で最もたくさんのファイルを修復している人間が私だから、だろう。

この辺りは何というか。

一種の職業病である。

勿論この病気は、良い方向で活用して行きたいものである。

ともかく修復を開始する。

これは恐らく悪意のあるファイルだと、AIに告げておく。

何があっても大丈夫なように、である。

修復にはたっぷり時間が掛かる。

意味がない作業に時間を掛けているようにも思えるが。

AIが裂いているリソースの幾らかを、私が負担している事は事実で。

その分この凍り付いた世界に、私は貢献していることになる。

誰かにああだこうだ言われる筋合いは無い。

ほどなく、ファイルの修復は完了。

ため息をつくと、AIに解析を回した。

「これは……」

「どうせテキストファイルじゃないでしょ」

「はい。 偽装されたコンピュータウィルスですね。 今の時代では、そもそも動いた所で何の害ももたらせませんが」

「閲覧注意の領域に置くの?」

AIは頷く。

まあ、それならそれでいい。

しかしばかでかいファイルだ。

こんな巨大なファイルのコンピューターウィルスとなると、どんな破壊を目的としていたのだろう。

軍用のスパコンにでも侵入するつもりだったのだろうか。

もう今更、国家も何もない状態で、軍用もなにもあったものではないが。

少しおかしくなったので、くつくつと笑う。

そして、感情が静まったところで、次に。

さて、次は何だ。

ファイルの容量が小さくても、貴重な文化遺産である事はある。

逆に大きくても、ただゴミを固めただけの事もある。

本当に掘り出してみるまで分からないものだ。

ここのところ、妙なファイルばかり出てくるが。

ひょっとしてAIは、意図的にやっているのか。

私のモチベーションが落ちないことを、確認しているのかも知れない。

可能性はある。

ルーチンワークを続ける事は厳しいのだと言っていた。

必ずしも、平均的な人間にできる事では無いとも。

食事ですら色々と食べたがる。

栄養とか度外視で。

ましてや作業となると、相当に色々と変化を求めるのは平均的な人間。理由としては飽きるから、だとか。

私は全く実感できないが。

そうなってくると、確かに私にはルーチンワークへの適正があるのかも知れない。

とはいってもそれはあくまで適正で。

才能とかそういうものではないだろう。

飽きにくい。

それだけのことだ。

手に取ったのは、またしても何だか見た事がない拡張子のファイルだ。

中身を直してから確認だ。

黙々と中身を直していくが。

容量はそれほど大きくもない。

そして、直してみると。

どうやらガチガチに圧縮された、一種の表計算ソフトのファイルだという事が分かってきた。

何だこれ。

パスワードも掛かっているが、ごく当たり前に手入力で解除できるタイプのものである。そしてAIが解除に協力すると言う事は。

これがもはや誰の持ち物でもないファイルだと言う事を示している。

もしも誰かの持ち物のファイルだったら。

AIがそもそも、私に渡すことは無い。

或いは誰かしらの持ち物だったとしたら。

その人は既に死んでいる、という事である。

解除は0.2秒で終了。

12桁のパス。

英文字と数字、記号を混ぜただけのもの。

そんなパスワードなんて、今の時代紙の盾に等しい。一瞬でぶち抜かれておしまいである。

私だって特別なツールを使ったわけでは無い。

さて、中身を見てみる。

そして、閉口させられた。

これは何処かの国の、機密情報だ。

現在はもう国が存在していないから関係がないが。内容を見ると、それぞれの個人に結びつく数字に対して。国家への貢献度、思想の危険度、行動などについてまとめられている。

もしもこれを21世紀前半に入手していたら、殺し屋が本当に来ていてもおかしくなかっただろう。

そういうレベルの、超危険ファイルである。

勿論それを面白がって誰かが偽造した可能性もあるのだが。

この圧縮に使っているマニアックなソフト。

そもそも一般的では無い表計算ソフト。

それらに加えて、幾つかの理由が。

これが本物だと言う事を示していた。

この表にブラックリスト扱いされて載せられ。

殺された人も多くいるのだろう。

文字通り血に染まった表だ。

思わず閉口した私に。

AIは、声を掛けて来る。

「引き取りましょう」

「なんでこれ、インターネットにあるの」

「正確にはインターネットにあったものではありません」

「? ああ、そういう……」

そういうことだ。

2050年代の世界大戦が終わり、世界中が一旦クラッシュした後。人類は残った力を全て集めた。

使えるものは何でもかき集めた。

その中には、軍事用として利用されていたようなサーバも存在していた。

その時には、大戦前には世界最大の軍事力を持っていた国さえも存在していなかったので。

誰もその行為には反対しなかった。

データは無作為に集められて、最大のファイルサーバに放り込まれ。

それが現在存在しているオールドクラスSNSの元になったのである。

勿論ファイルの内容を人間がいちいち管理していては時間が掛かりすぎる。だから、AIが当時から解析、ファイルの修復、分別を進めていった。

このファイルは恐らくだが。

当時からAIが何となく中身を知っていて。

それで、閲覧注意の領域に放り込んでおいたものだったのだろう。

憮然とする私に。それが答えだと言わんばかりに、AIは沈黙を返すのだった。

もういい。

これは人間の負の遺産。

更に言えば、データの流出は、別に21世紀には頻繁に起こっていた。国家機密だってしかり。

それらの中には、確か軍事機密も含まれていたはずだ。

この表は、単に機密として流出はしなかっただけのもの。

国で特注したスタンドアロンのファイルサーバに入っていたものだろう。

それでもなおガチガチにプロテクトを掛けていた事から考えて。

余程重要なものであると、このファイルを使っていた国は考えていたのだろう。

民を管理し縛り付けるデータが重要か。

今の時代の管理とは違う。

一部の特権階級のための管理と搾取だ。

そんな国は滅びた方が良いし。

実際に滅びた。

何も同情はできなかった。

ため息をつくと。

私は次に取りかかる。

私はどうも、ろくでもないファイルを引くときは立て続けに引くというバッドラックに取り憑かれているらしい。

だからもうこれについては気にしない。

今後、大量虐殺の証拠とか。

誰かを面白半分に殺したシリアルキラーの手記とか。

そういったものが見つかるかも知れないが。

大量のファイルを修復していけば。

それは避け得ない未来だろう。

次の破損ファイルに手を伸ばす。

幸い普通のイラストだった。

手元にあったファイルを直したのだから当然だ。だがこれにしても、ひょっとしたら何かの機密ファイルだと知っていて。修復を依頼しているケースがあるかも知れない。そんな疑心暗鬼すら湧いてくる。

とはいっても国がない今。

更に個人個人がAIに全て監視されている状況。

もはや機密も何も無いが。

「アカリ、ストレスがたまっているようです」

「……分かってる」

少し休んで、気分を変える。

別にハイクラスSNSから出ることも無い。

その場で座って、憮然とふてくされる。

それでしばらくしていると、ストレスは何処かに消えてしまう。

時間加速しているから、それなりの時間ふてくされていても。現実で経過するのはわずかだ。

だから、存分にふてくされることにしている。

さて次のファイルだ。

淡々とファイルを修復していく。

幸いと言うべきか。

今日は、もう露骨に危険なファイルに、遭遇する事はなかった。

 

勿論それからも、私はずっとルーチンワークとして、ファイルの修復を続ける。様々な創作を復活させると同時に。

文化を知るためだ。

文化を知るためには、全てを見るのが一番良い。

そして、昔だったら無理だろうが。

時間加速して、しかもデータを蓄積できる現在の技術であれば、それが一個人にも可能なのである。

残念ながら、私の脳に記憶全てを突っ込むのは不可能だろう。

だが、それでも。

似たような事は出来る。

ハイクラスSNSのブランクスペースは、各個人に膨大な容量が与えられている。地球から人類を脱出させる過程で、生き残った科学者達が研究を重ねた結果。膨大なデータ容量を確保出来るようになった。

その成果である。

私は今三つのブランクスペースを活用してファイルの修正作業を行ってはいるのだが。これらのブランクスペースは容量がカツカツという事もない。むしろスッカスカのなか、私は比較的開放的空間を利用するようにして作業を続行していた。

今日もまた、面倒なものが来る。

AIは無作為に破損ファイルを私の所に持ち込んできている様子だが。

明らかに確信犯でやっていると見て良いだろう。

触った瞬間に、これはヤバイと分かったが。

それでも、修復は行う。

未来に残すべき文化と、残してはいけない文化。

その選別をするためには。

残してはいけない文化そのものも、データとしては残しておかなければならないのだから。

例えば炎上などもそう。

炎上というのがどれだけ愚かしく醜い行為であるかという事を、しっかり残しておかなければ意味がない。

そうしなければ、何故それが良くないのか。

残念ながら頭が良いとはとても言えない平均的な人間は、それを理解する事が出来ないだろう。

まあもっとも私は、人間は何処まで行ってもクズだから、根本から変えなければならないと思っているし。

それには精神論や学習では限界があるから。

いっそ遺伝子を弄るべきだとも考えているが。

ファイルの修復を完了。

これは、何だ。

圧縮をしている訳でもない。

中身を拡張子で誤魔化している訳でもない。

私がこのルーチンワークを始めてから、随分と時が経つのだけれども。それでも初めて見るファイルである。

小首をかしげていると。

AIが答えを見つけてくれた。

「これは、ある国で特別開発されたソフトウェアのファイルですね」

「目的は?」

「簡単に言うとデータ収集です。 データがあまりにも原始的すぎること、使っている言語が大戦前に1万人も使っていなかったようなマイナーなものだった事もあって、分からなかったのでしょう」

「翻訳は出来る?」

どんなものでも。

今の私は、見る覚悟が出来ている。

AIも、それは分かっているのだろう。

すぐに翻訳をしてくれた。

ファイルが展開される。

ごく普通のテキストファイルだ。翻訳も、昔のポータルサイトのものとはまるで別物の精度で行われている。

「数字も13進法で行われているので、10進法に変更しておきました」

「念入りだね」

「内容から考えると当然かと」

「……そうだね」

見れば分かる。

これは。

人体実験の記録だ。それも、極めて非人道的な、である。

エセフェミニストの団体の中で、特に過激に先鋭化した連中が、一部の独裁国家と結びついた。

2040年代には当たり前に起きていたことである。

そんな連中が、独裁国家のMPに雇われて。嬉々として「不穏分子」の拷問をしていた事は既に歴史的事実として知られている。

正義だと自分を確信してやまなかった其奴らは。

相手が男性だったら無作為に殺したし。

女性の場合も「男性の味方をしている」とかいう理屈で殺した。

おかしな話で、自分達を良いように操っている存在が男性でも、エセフェミニスト達は気にもしなかったようである。

もはや憎悪で目が眩み。

客観性というものを、根本から消失してしまっていたからだろう。

このデータは、人体実験の記録。

歴史上悪名高い人体実験部隊は幾つも存在しているが。

それらにも劣らない。

極めて非人道的な内容だ。

私は無言で全てに目を通すと、AIに引き渡した。

前は怒ったり知恵熱を出したりしていた私だけれど。もう、それらに惑わされることは無い。

理由としては、人間にはもはや何一つ期待していない事が上げられる。

それでも人間を信じる。

二次元にいるヒーローが良く口にしている言葉だ。

勿論そういうヒーローは立派だ。

だがそんなヒーローでも救えないほど、人間はどうしようもないという事である。

二次元にいるどれだけ邪悪なヴィランでも、最も邪悪な人間の前には赤子も同然。それが現実なのだ。

故に私は、何を見てももう驚かない。

もう既に見てしまったからである。

昔は何となくで、ハイクラスSNSで着込み始めたクトゥルフのキグルミだが。

今ではすっかり自分に合っていると想う様になっている。

これを着込んで、作業をするようになってから、もう何年か経過した。

肉体年齢はそのまま。

年は取っているが、時々調整してアンチエイジングもしているし。

常時健康診断をして、時々調整もしている。

私の作業は、まだ終わらないし。代わる事もない。

当面仕事場はオールト雲だろうが。

それでも別に良い。

人間に影響力を与えられる立場になるまで、実績を積み続けるだけだ。

次のファイルの修復に掛かる。

憎らしいことに、AIは私にどれだけのストレスが掛かると耐えきれなくなるか把握している様子で。

一日に渡してくる危険なファイルは、事前に吟味しているらしい。

正確に中身を把握できていなくても。

大体どれくらいヤバイ代物かは分かる、と言う事なのだろう。

その辺りは、流石に世界中の残った英知が結集して作り上げたAIだが。

その一方で、私としては完全に掌の上で踊らされている観があって不愉快極まりない。ただ、ルーチンワークの重要性はそれ以上だ。だから、そのまま作業をしていくだけである。

私に対してファイルの修復を望む声は増える一方であるらしい。

実際片付けても片付けても、AIが修復希望のファイルを持ってくる。

いい加減苛立ってくるが、それもまたルーチンワークの一部と考えて、怒りを飲み込むようにする。

それで私はいいのだ。

これは私が決めた道。

だからこそに、私はそのまま、作業を続けていくのである。

大きめの動画ファイルを修復。

内容は大きいだけでろくでもない代物だ。

古い時代のテレビ番組のものだが。

老人を出して、明らかにおかしな言動をさせて。

それを「芸能人」とやらが馬鹿にして大笑いする代物だった。

テレビの衰退は一時期から決定的になったらしいが。まあこんな代物を公共の電波に流していたのだったら、まあそれは衰退も当然だろう。別に驚くこともない。

一応記録としては残しておく。

愚かしい文化であっても。

将来に持ち込んではいけない理由として、証跡を残しておかなければならないからだ。

間違ってもこれは芸術では無い。創作行動でもない。

自分より劣っている存在を設定して嘲る。

人間が作り出した文化の中で、もっとも滅ぼさなければならないもの。

外宇宙に出る時に、絶対に持ち出してはいけないもの。

その証跡だ。

AIに無言で引き渡す。

私の静かな怒りは感じ取っているのだろう。AIは何も言わない。そして、雑多なファイルをどっかと渡してくる。

最初の頃に渡してきた量の、十倍くらいだろうか。まあ私としては、別にかまうこともない。

無心でドカドカとファイルを修復していく。

そして、それが終わったら、ハイクラスSNSからログアウトした。

今日のルーチンワーク終わり。

雄飛の時代はまだまだ先だ。

私はずっと。

自分に出来る範囲で、その日に備えるべく動く。

それがルーチンワークしか芸がない、私に出来る。この世界のための、私なりの貢献である。

 

4、見える未来と潰すべき過去

 

私の仕事場が変わることになった。

仕事場が変わると言っても、相変わらずリモートでの作業だ。別にこの月コロニーから移動する訳でもない。

内容は、とAIに確認すると。

火星のテラフォーミング作業の最前線だそうである。

そうか、金星では無いのか。

そうとだけ、私は思った。

金星のテラフォーミング作業が、人類の中でも最も貢献度が高いとAIが判断している人間の行く場所らしい。

私はSNS外でのルーチンワークで学習も取り込んでいて、近年では一応博士号がとれるとAIに太鼓判を押されるくらいには知識も増やしている。

だけれども、まだまだ足りない。

そういう事なのだろう。

「火星のテラフォーミングは、最も貢献度が高く能力的に優れている人々が行く金星ほどではありませんが、それに近い人々が作業をしている場所です。 人類の中でも十名ほどしか作業に従事していません」

「十人か……」

「他には現在、タイタンやエウロパ、ガニメデでもテラフォーミングの可能性を模索しているチームがいます。 これらは数名規模。 更に資源の切り出しをしていないオールト雲に存在する準惑星に前線基地を作るチームが同規模です」

頷く。

いずれにしても、人類にとっての最先端プロジェクトに参加することに代わりは無い、と言う事か。

そして別に最先端プロジェクトだから毎日徹夜続きという事もない。

大半はAIが黙々とロボットを使って作業を行い。

私はそれに協力をするだけだ。

労働をしておく事で。

労働という概念を忘れないようにする。

それだけが、今人類が労働をしている理由なのだから。

「金星にはまだ貢献度が足りないって事?」

「いえ、金星のチームは現時点で人員が足りています。 今一番力を注ぐべきは火星ですので、貢献度が高いアカリのような人員を選抜しているのです。 とはいっても、前にも言ったとおり……」

「分かってる」

まともに労働意欲を見せる人間は殆どいない、か。

だったら、仕方が無い。

人類にとって橋頭堡となりうる火星。

そのテラフォーミングにまずは協力してやるとするか。

作業についての説明を、ハイクラスSNSに移動して受ける。

今日は流石にファイルの修復作業はしない。

それだけ重要な仕事の説明だから、である。

今までのように、マスドライバでコロニーに資源を撃ち出すだけの仕事とは違う。仕事内容も複雑になる。

今はその複雑な内容も理解出来る知能もある。

だから、説明を受けていて退屈になる事はなかった。

「なるほど、大気を金星から何度も往復して輸送して、更に火星の自転速度を上げて重力を高めて大気を定着させるんだね」

「そうです。 その後温室効果で火星にある水を液体にし、気温も上げた後、続いて殺菌効果のある土壌に対して処置を施します。 この過程で、火星には生物がいない海が出現します」

「塩水ではないんだよね」

「理解が早いですね」

これらも先人が考えて、少しずつ実行に移してきている事だ。現在は大気の輸送の前に最も重要な、自転速度の加速作業を行っているという事である。

隕石をぶつけるような乱暴な方法では無い。

具体的な理論は確認したが、もっと穏当なやり口だ。

それと同時に、大量の物資も順々に蓄えている。

この様子だと。

もしも資源が何かしらの理由で確保出来なくなった場合。

人間のコロニーを火星に集結させて。

一種のシェルターとして活用する計画もあるのかも知れない。

可能性は否定出来ない。

火星に海が出来ると、火星の利用可能な土地はアフリカ大陸ほどになるそうだが。現状のコロニーを全部火星に集めても、はっきりいって余裕で賄うことが出来るだろう。

今の人類は、其所まで数を減らしているのだから。

「地球の環境再生はどうするの」

「それに関しては、先人の意向で人間が一切関与しない方向で進めています。 AIが全自動で実行中です」

「後どれくらい掛かりそう?」

「最低でも五十万年」

そうか。

まあ、そうだろうな。

私は納得した。というか、今までの人間の所業を全て見て来たのだ。納得しか出来なかった。

いずれ、地球にあるサーバ群も全て回収。

地球の環境再生に動いているAI制御のロボットも、全て回収してしまうのだろう。それがけじめというものだ。

本来平均的な人間だったら、またエゴを振りかざして、無茶苦茶になった地球を更に無茶苦茶にしそうだが。

2050年代の世界大戦で、そういうのは死に絶えた。

今生きている人間は、最低限の恥の意識くらいは持っている。

だから、もはや地球に住まう資格なしという意見で一致しているし。

私もそれで良いと思う。

学習を終えると、少しだけ時間が余った。

ルーチンワークをちょっとだけでもやるかとAIに聞かれたので。少しだけ悩んだ後、雑多なファイルだけ直す事にする。

貰った雑多なファイルを修復しながら考える。

私は、成し遂げられるだろうかと。

いや、やらなければならない。

少なくとも。

私に出来る事だけでも、だ。

 

(続)