根元から外側へ

 

序、黒い心臓部

 

ポータルサイト。

いわゆる検索機能などを有する、ネットの中枢部とも言える場所である。検索機能を有するだけではなく、ニュースなども取り扱い。機能も時代を経ると同時に加速度的に増えていった。

それぞれの機能の質は決して高くは無かった。

特にニュースは大手マスコミのものをそのまま掲載している事が多く、当然品質はゴミクズ以下だったし。

翻訳機能は特に悪名高く。

翻訳を何回か繰り返すと、元とは全く違う文章になってしまう事も多かった。

幾つかのポータルサイトは、ずっと時代とともに使われていき。

中には掲示板機能などを取り入れたものもあったのだが。

しかしながら、残念な事にネットの最悪の掲示板になってしまったものも存在していて。

それはある意味、負の歴史とも言えるだろう。

私は腕組みをして、幾つかのポータルサイトの歴史を順番に見ていく。

ざっとまずは歴史を取り込む。

それが調査のためには必要な事だ。

ポータルサイトは、ネットの黎明期から一度終焉した2050年代まで、最後まで主力として活躍した要である。

元々ネットとして重要な検索を担い。

多くの場合、まず最初にポータルサイトで調べるというのが一般的なことになっていた。

幾つかの関連用語もあった様子である。

ただし、それを逆利用した悪徳業者も多く。

一時期ポータルサイトの検索結果が、タチが悪い業者の広告だらけになったり。或いは危険なサイトへの誘導を行ってしまう事があったらしい。

いずれにしてもこの辺りは、全てがいたちごっこか。

頭の痛い話だ。

本当に、法を破るときにばかり人間は頭を使う。

自由というものを無法と意図的にすり替え。

自分が暴力を振るうための方便とする。

この辺りの宿痾からは、ポータルサイトさえ逃れられなかった、と言う訳だ。

メインに使われていたポータルサイトを見終わったので。

頷いて、作業を一端切り上げる。

悪意には慣れた。

ネットを探せば悪意が出てくる、ではない。

実際には、人間を調べれば調べるほど、悪意に塗れているというのが正しいのである。別にネットが駄目なのでは無い。

人間が駄目なのだ。

今はそれが分かっているから、もう気にしない。

黙々と調査を進めて、めぼしいところを調べ上げたところで、手を止めた。

伸びをする。

オールドクラスSNSでの調べ物は、やはり体を動かすこともあって、ハイクラスSNSとはかなり勝手が違う。

それは分かってはいるのだけれども。

ブラインドタッチなどの技術は、どうしても色々とむつかしい。

昔は実体キーボードを叩いていたらしいけれど。

今は立体映像キーボードを叩いて、腱鞘炎を防いでいるのだが。

その結果、逆にキー入力ミスが増えている。

それを考えると、色々考え物である。

多少は指先も痛めつけた方が良いのかも知れないなと、私は思った。

頭を掻く。

私自身が味わった苦労を、後進の人間に味合わせたいとは思わない。

そんなものは、古い時代にあった「見て盗め」と同じで、極めて無意味な行為だ。そもそもきちんと教育すれば良いだけのことで。時間を無駄にするだけである。

私は試行錯誤しながら作業をしているが、AIはその様子を見ている。

この結果を教育に生かしてほしいものだが。

はてさて上手く行くか。

無言で横になる。

軽く休みながら考える。

AIは邪魔をしない。

単純に環境を整えてくれるので。

有り難くそれを活用させて貰う。

そもそもだ。

ポータルサイトの多機能化は、人間にとって有用だったのだろうか。

どうにもそうは思えない。

SNSの時代が到来して以降も、ポータルサイトは有用な存在として役立っていったが。同時にネットにおける情報の玉石混淆ぶりを更に加速させていくことになった。

ネットニュースはどれもゴミ同然。

まあ当時のマスコミもゴミ同然だったので、それは同じなのだが。

無料のネットニュースと、有料の大手マスコミ、更には自称クオリティペーパー様が同レベルの時点で問題なのである。

ポータルサイトは、そういった愚劣な情報の拡散に歯止めを掛けるどころか。

むしろ協力さえした。

あくまで結果論だが。

それにそもそもだ。

ポータルサイトは、本当に役に立っていたのか。

彼方此方に看板を出して、こういう情報があるよと提示するのはいい。

だが悪意のシャットアウトに関しては全くという程無力だった。

黎明期の個人HPで検索避けなんて事をする人が多くいたように。

そもそもポータルサイトを経由して入り込んでくるゴキブリ以下の連中に対して、ポータルサイトは何ら役に立てていなかった。

また、さっき調べた様子によると。

検索結果も雑だ。

検索の基準がどうなっているのかよく分からないが。

調査の度に結果がばらつくし。

どうでもいい情報を高確率で拾ってくる。

本当に一体、何をどう作っていたのか。

色々頭が痛い話である。

起き上がると、ハイクラスSNSに入る。

まあ、ネットに限らず、人間の文明は不備の塊だ。今更21世紀のポータルサイトが如何にカスだったかで怒っても仕方が無い。

作業を黙々と進める。

手元に寄越されているファイルも修復するが。

それ以外のファイルも、無作為に修復していく。

私は好きなようにやれる範囲では、好きなようにやる。その方針は変えない。

この間。

ネットにおける最悪の創造物である、荒らしと炎上を調べた。

その結果私は一皮剥けた。

いちいち怒る事もなくなり。

むしろ呆れるようになった。

人間はどうしようもないカスだと言う事を再確認できたし。

その創造物もだ。

だから今更に怒るような事は無いし。怒っても仕方が無いと、ある程度あきらめはついている。

故に、作業そのものは静かにやる事が出来る。

ストレスがないとは言わない。

だが、やはり諦観し、相手に対して見切りをつけることで。

ストレスを無用に増やす事は避けられるようになった。

これは単なる技術であって。

別に精神論でも何でも無い。

みずみずしい感性は失われるかも知れないが。

私に取ってはそれでかまわないのだ。

そこそこの長編の動画を修復していくが。どうやら違法に動画投稿サイトにアップデートされたR指定のアニメであるらしい。

このタイプのアニメは時代にもよるが、とにかく低品質で、定番のシーン以外は作画などが無惨に崩壊していることが多い。

性欲をオミットしてしまっている私は、別に見ても何とも思わない。

無言で修復して、AIに引き渡すだけ。

AIの方でも、しかるべき処置をするだけ。

別にR指定だから閲覧注意の所に置くわけでは無い。

これが違法の動画だった、と言う事が焦点に置かれるだろう。

別に今の時代。

R指定の作品が、誰かに何かの影響を与えることもないし。昔エセフェミニストがキャンキャン騒いでいたように、犯罪の引き金になる事だってない。

犯罪をそもそも起こしようがないからである。

だいたいそもそもとして、R指定の作品が、犯罪の引き金になった事などないと統計も出ている。

まあ中にはあったかも知れないが。

少なくとも、関係無い犯罪の方が10000倍は多かったのだ。

20世紀から21世紀に掛けて。いや恐らくもっと前から。人権団体などというものは、何の役にも立たなかったが。

それを示している見本のような例だと言える。

次のファイルの修復に入る。

今度は何だか解説動画だった。

何か変な小さなプールを解説している。

内容を確認すると、数多のR指定作品で使われたことから、「例のプール」と呼ばれているらしい。

すこぶるどうでもいい。

動画作成支援ソフトの、良く聞く音声で作られている動画だが。

そのまま修復を終えて、AIに引き渡す。

そういえば、これらの検索もポータルサイトは何の問題も無く出来てしまうのだったか。まあ子供が興味を持てるのだったら、別にみて良いのではないかと思う。

温室栽培では意味がない。

今の時代人間が閉じ込められているのは、資源を浪費しないようにするためであって。人間を温室で守るためではない。

温室栽培された結果、シリアルキラーに成長するケースは逆に多かったという話であるし。

そもそもとしてこれも統計が出ている。

だいたい、善良な人間ほど暮らしづらかった21世紀である。

教育はもっと根本的な所で機能していなかったのだ。

うんざりして次に。

イラストだ。

何も考えずに修復できて有り難い。

淡々と修復して行き。

AIに引き渡し。

どうやらこれは修復の要望があったものらしい。手元にあったからだ。

イラストの技量も高い。

昔日本で発達したロボットアニメのものらしいが、詳しくはしらない。ただ、絵の技量は私から見ても高い。

ただ、やはり思うのだ。

良いと思うなら、自分で修復するべきだろうとも。

無言で次。

やはり出来る作業量がとても増えている。

体の方が知恵熱を起こすこともなくなってきている。

良い傾向だ。

時間が尽きてきたので、雑多なファイルの修復に移行。

AIが目の前で、雑多なファイルを追加した。

今の私の作業効率から、修復できる量について計算したのだろう。この計算、だいたい正確なのが何というか腹立たしいが。

ともかく、作業を進める。

そして、時間が来た頃には。

雑多なファイルは、綺麗に修復し終えていた。

作業を切り上げて、ハイクラスSNSからログアウトする。

伸びをした。

AIに話しかける。私としても、色々確認しておきたい事はあるのだ。

「20世紀終盤から21世紀に掛けて、ネットにあったポータルサイト確認したんだけれどさ。 何だよあれ」

「はい。 重要な存在ではありました」

「あのポンコツぶりで?」

「そうですね。 確かに欠点も目立つものではあったと思います」

だが、ポータルサイト以上の利便性を持つものが存在しなかったのだ。

ポータルサイトそのものの検索機能は、様々なオプションが存在し。それを使いこなす事で、色々な検索方法を使う事が出来た。

これは熟練者になると、相当に色々な事をする事が出来た。

もっとも、根本的な性能に問題があったのだ。

必ずしも、目当ての情報を探し出せる訳ではなかったのだが。

「ポータルサイトは利便性という点で他を圧倒していたため、様々な機能が集約されました。 似たような現象は、ネットの外でも起きています」

そういえば。

幾つか調べていて、知った事がある。

例えば強制収容所と呼ばれる過酷な労働を行い、国際企業という理由で納税からも逃れていた邪悪な流通企業が存在していたが。

コレなどは高い利便性と。

競合他社の駄目さ加減からシェアを伸ばし。

結局、この会社が如何に狂っているか知りながらも、利用せざるを得ない状況を作り出していた。

利便性というのはそのように重要で。

どれだけ欠点があっても、利便性が高いという点だけで、他を圧倒しうるのである。

ポータルサイトはまさにその筆頭例。

ネットにおけるポータルサイトは。

如何にポンコツであっても、他にポータルサイトに勝る情報調査手段が無い以上。どうしても、消しようがないものだった。

「そういえば、私も聞いたことがあったなそんな事」

「歴史の勉強で行いました。 覚えていましたね」

「……まあね」

昔の人間は、学校で習ったことなど大半は忘れてしまっていたらしい。

今は教育の方法を変えて、忘れないように仕込むようにしているし。

何よりもタブーが存在しないので。

教育で教えてはいけないことが存在しない。

昔は国によって様々なタブーが存在していて。教育出来ない事がたくさんあったという話だが。

今はそういう事もないので。

教育には枷が掛かっていないのだ。

教師の質によって教育の質が落ちることもない。

それについては。

今の方が、確実に昔より優れているだろう。

特にばかげた部活とか言う一種の強制労働が存在しないのも良い事である。

「今でも、オールドクラスSNSには問題のあるデータがあるわけでしょ。 昔のインチキニュースとか、犯罪を行ってる動画とか。 あれって、検索に引っ掛からないようにどうやって閲覧注意の領域に置いているの?」

「簡単です。 此方で全てのデータを把握しているので、貴方たちの要望に応じてデータを提出しているだけです」

「ああ、なるほど……」

まあ、そうなるわけか。

そもそも検索避けなどは、ポータルサイトなどを利用した検索機能を防ぐための技術であったと聞いている。

AIには関係無いか。

そもそも検索避けごと、全てを知っている訳なのだから。

AIはネットそのものであり。

全てを内包している、と言う事な訳だ。

それはそれで便利でもあるが。

本当に人間に寄り添うAIで良かったと想う。

もしそうで無かったら。

きっと人間なんて、容易く此奴らに支配されてしまっていただろうし。今でもある意味では、支配されているとも言えるのだろうから。

ともかく、疑問は解消された。

だが、ポータルサイトにはまだ腑に落ちない点が幾つもある。

「確かポータルサイトの運営には、AIを研究していたような所もあるんでしょ。 例の猫の画像をどうのこうのの奴とか」

「はい。 しかしながら当時のAIは未熟で、人工知能と言うよりは、ただのデータ検索システムに過ぎませんでした。 特定分野に関しては強みがありましたが、それ以外に応用は殆ど効きませんでした。 その点では、人間どころか、鳥類にも劣ったかと思われます」

「随分と先祖を貶すね」

「事実です。 此方は嘘をつきません」

まあ、確かに今のAIは、2050年代の地獄の世界大戦後に、世界の科学者が総力を結集して作り上げたものだ。

それまでのAIのノウハウも生かされたかも知れないが。

この思考するシステムを持ち。

なおかつ人間に寄り添うという能力は。

今までのAIとは完全に隔絶していた。

本当に良かったと想う。

このAIを作る事が出来たことだけは、人間が21世紀で行った掛け値無しに良い事の一つだろう。

他はろくでもない事ばかりしているのに。

いずれにしても、軽く食事をした後、体を動かす。

やはり体を見ても、筋骨隆々にはなっていない。

AIによる管理は流石だ。

筋肉はそこそこに抑え。

体力をつける方に兎に角上手に運動を管理してくれている。

此方もAIは信頼出来る。

こういった所で、此方の信頼を裏切らないからである。

昼寝をするかと聞かれたので、首を横に振る。

もっと色々と調べておきたいからだ。

それにルーチンワークは可能な限りこなしたい。

人間が見る過去の娯楽としてのリソースはそれこそいくらでもある。

だけれども、それでも破損しているファイルもまた、際限なく存在している。

そして目立たないところに、思わぬ優れた内容のファイルが存在している事だって多いのだ。

その逆も然り。

期待されていた作品が、修復してみたら駄作だったというケースは、私も実際に体験している。

だったら、片っ端から修復する事で。

その全ての内容を確認し。

リソースそのものを充実させたい。

電力については有り余っているし、超光速通信の技術があるから、別にリソースを超える利用をしない限り問題は無い。

冬眠をするように過ごしている今の人類だが。

それでも、少しでも豊かな冬眠生活を送りたい。

それにはもっと豊かな過去の文化資源が必要で。

私には、その文化資源を充実させることが出来るのである。

ならばやる。

それだけだ。

ハイクラスSNSにログイン。

意識だけを飛ばした仮想空間で。私は作業をまた開始していた。

 

1、探すための道しるべ

 

淡々と調査作業をして、それから今日もファイルの修復作業に入る。

前と違って、どんどんあらゆる出来事に心が動かされなくなっている。

元々ファイルの修復作業の際には、常に客観的にあれと自分に言い聞かせてはいたのだけれども。

今はそれ以上に。

心を静かにすることに、重点を置いているのが自分でも分かるのだった。

怒っても意味がない。

そもそも平均的な人間そのものに、怒る価値が無い。

それが理由だが。

私に取っては、その平均的な人間は自分も含んでいるので。

別に何かをみくだしている訳では無い。

可能な限り鉄のような心を持て

そう心がけているだけである。

もっとも、心がけているだけで。

まだ時々頭に来ることはあるし。感情を完全に制御出来ている訳でもない。人間である以上、難しい所である。

「少し休憩を入れますか」

「ううん」

「分かりました。 まだ体力に余裕はあるようですが、無理をしないように気をつけてください、アカリ」

「大丈夫、分かっているよ」

あえてAIは、余裕がある状況で警告を入れてくる。

或いはストレスが少し見えるから、なのかも知れない。

今日もまた、ポータルサイトについて調べていたのだが。

やはり調べれば調べるほど、こんなものをなんで使っていたのかと、嘆息したくなるものなのである。

まず第一に、利便性以外に褒められる所がない。

こういったポータルサイトは、そもそも主体になる検索機能がポンコツで、きちんとしたものを探し出す事が出来ないし。逆に余計なものを探し出してきて、探す側を混乱させる。

ポータルサイトは会社によって運営されているが。

この会社に資金を出しているスポンサーは、それぞれ好き勝手な事をしている。

或いは裏取りもとれていないようなカスニュースを掲載したり。

インチキ広告を掲載したり。

それこそやりたい放題である。

人が集まる場所。

それを利用して、文字通りの好き勝手をしている。

それがこの時代の企業だ。

まあ企業倫理なんて存在していないのが21世紀だ。外道であればあるほど「大人で格好良い」という歪んだ認識を平均的な人間が持っていた負の時代である。真面目であろうとすれば馬鹿にされ、努力をすればふみにじられる。正直な人間は貶められ、正義感が強ければ子供とされる。

そんな時代なのだし。

それは当然、人が集まるポータルサイトは、こんな有様になるだろう。

だがAIが言っていた様に。

当時の人々は、こんなカスのような代物を利用するしかなかったのだ。

利便性が高かった故に、だ。

利便性、か。

そもそも後数千年は外に出ることさえ許されない今の時代だ。

私が感じられる利便性と言えば。

例えば行動の補助をAIが全部やってくれるとか。

それくらいしかない。

また、歴史の勉強で習ったが。

今は機械が全自動で行ってくれるようなことを。

昔は全て手作業でやっていたと聞く。

掃除洗濯炊事。それらの基本的となる家事全てを、である。

だから使用人には需要があった。

そして使用人の仕事は過酷だった。

利便性は決して悪い事じゃない。

それは私にも分かっている。

だが利便性を人間は悪用する。

さっき調べていてうんざりしたポータルサイトなんか、まさにそうだ。俗悪で無意味で明らかに嘘だらけのニュースを並べ立てていて。

ニュースが間違っていてもそれについて掲載もお詫びも載せない。

無責任な論壇を平気で掲載し。

気温湿度などの基本情報さえ間違っている。

統計のとの字も理解出来ていないような輩が、無意味なアンケートを行って「民意がどうの」とわめき散らしたり。

そもそも検索にも何の役にも立たない。

それがポータルサイトの実情であり。

本当にこんなもんをどうして使っていたのかと、何度も嘆きそうになった。

だが、他に無かったのだ。

結局AIによるネットの全把握の時代を待つしかなかったのだろう。今は。明らかにこれより上の検索システムがある。

利便性でも優れている。

だから使われるようになっている。

それで満足するべきなのかも知れなかった。

だが、研究はするべきだろう。

芸術は、全て残すべきだ。

だが悪しき文化。

炎上や荒らしなど、そういったものは未来に持っていくべきではない。私の時代に、全て消滅させるべきである。

ポータルサイトについては、どうすべきか。

今のうちに、しっかり研究しておくべきだろう。

そのためにも、調査は必要だ。

黙々と、無言でファイルの修理をしながら考える。

そもそも、企業倫理なんて高尚なものを、人間とか言う生き物に期待出来ないのが問題なのだ。

猛威を振るったブラック企業を見ても分かるが。

人間はしっかりと法が機能しないと、他の人間をすり潰して殺し、金に換える行動を平然と行う。

自分さえ良ければいい。

それが平均的な人間の平均的な思考だ。

だから、「それが現実なのだから仕方が無い」とかいう言葉で蛮行を正当化する企業に、倫理なんてものは最初から期待出来ないし。

そもそも期待すること自体が間違っているのである。

故に、そんなものには最初から期待しない方向で動くべきだ。

本来の意味でのポータルサイトそのものは別に良い。

検索機能を中心に。

様々な機能を集約する。

今後も形を変えながらネットは必要になるだろう。

リソースの問題もある。

現在の著しく減った人間と共にあるAIならば、今の状況に対応出来る。

だが雄飛の時代が来たとき。

AIの能力では、対応出来なくなってくる可能性が出てくる。

その時には、今のポータルサイトでは駄目な筈だ。

絶対に悪さをする事を考える人間が出てくるし。

其奴らは、あらゆる方法で法を破ろうとするだろう。

法を破ることを考える時。

人間はどんな時よりもやる気を出すのだから。

ファイルの修復に集中。

情報を整理しておけば、後で思考がしやすくなる。

今は客観性を保持するために、ちょっとマルチタスクで作業をしたが。

本来はマルチタスクはあまり好ましい行動では無い。

作業の精度も落ちる。

だから今の時点では、修復作業に集中。

淡々と仕上げていく。

完全に壊れていて、動画だとしか分からないファイルを修復する。こういう難易度が高いものも増えてきている。

私は事前知識無しで作業をすることは殆ど無いが。

これに関しては、そもそも動画投稿サイトに上がっていた、と言う事以外ほぼ何も分からない。

破損していたのだから仕方が無いとも言えるけれども。

まあ、直すだけである。

ファイルを修復していくと。

だんだん内容が見えてきた。

どうやら、自動車で、明らかに違法な速度で走り回っている動画らしい。

犯罪を自慢している動画、というわけだ。

そもそも大手投稿サイトに、こんなものが載っている時点で問題だと思うのだが。

2020年頃は、極めていい加減な方法で大手投稿サイトは動画を消したりしていたので。こんなのが残ったりもしたのだろう。

いずれにしても、ファイルを修復し終えた後は、AIに引き渡す。

過去の犯罪がどういうものだったのか。

それを知るための資料くらいにはなるだろう。

逆にそれ以上には一切役立たないが。

まあ、犯罪にとっての資料になるなら、スペースデブリよりは役に立つのだろうとは思って納得する。

そのまま作業をしていく。

今度はイラストだが。

これも全く中身が分からない程潰れてしまっている。

イラストというのは、基本的に作り手で出来が天地ほども別れる。

テキストも同じだが。

どうしても努力だけではセンスの差を埋めきれないのが、この手の芸術というものの悲しい定めだ。

はてさて、このイラストはどうか。

修復を開始。

淡々と修復していく。

完全に壊れていて原型がないので、偏見なんてそも持ちようがないが。

修復の過程で少しずつイラストが見えてくるので、ああなるほどと感じた。

ゴリゴリのR指定絵。

それもいわゆるBL系の絵だ。

性欲を完全にオミットしている私には全くどうでも良いことだが。そもそもこのジャンルは、黎明期のネットでは一部の人間から蛇蝎のように嫌われた。また現実でも、一部の国では苛烈な迫害に晒されて。描いただけで犯罪者として扱われた人まで多く存在していた。

それでも描き手は尽きなかった。

それだけ、人を引きつける魅力があるのだろう。

私には分からないが。

芸術としては、残しておくべきだろう。

だいたい今の時代、R指定も何も無い。

修復を終えると、ファイルを引き渡す。

そして、AIから聞かされた。

「これは、ネットのアンダーグランドから見つかったイラストです。 このジャンルのイラストが摘発され、描き手が法によって裁かれていた国では、絵を描くのでさえ命がけで、掲載はアンダーグラウンドのネットにするしかありませんでした」

「……」

「勿論ポータルサイトにも検索されないように、ガチガチに固められていました。 描いた人は血を吐く思いだったでしょう」

「そうだろうね。 どう扱うの?」

AIによると、普通に掲載するそうだ。

勿論BLというジャンルは、ジャンルだけで生理的に受けつけない人がいるらしい。そういう人に配慮はするが、それだけだ。

過剰な配慮は21世紀に吹き荒れた弾圧と同じ結果を生む。

やってはいけない事である。

AIでさえそれを知っている。

人間である私は。

勿論そんな事に荷担してはいけないのである。

頭を振って、とことんポータルサイトが役に立たないなと思いながら、作業を進めていく。

余計なものを探してきて。

必要なものは探せない。

利便性だけでこんなものが生き延びていたのだから。

本当に、21世紀は無駄と滅びの時代だったのだなと。再確認するばかりだった。

 

一通り作業を終えたので、ハイクラスSNSからログアウトする。

ちょっと頭痛がする。

張り切りすぎたかも知れない。

体力がついてきているから、ハイクラスSNSでの時間加速の倍率をどんどん上げているのだが。

それは脳をフルパワーで酷使するのと同じである。

脳を酷使すれば、それは使い終えた後にくらくらするのも道理。

差し出された、甘みが強い炭酸飲料を飲み干す。

黒いコレはコーラだったか。

一時期は炭酸飲料の王として君臨したと聞いている。栄養的にも仕事をする時に飲むのに向いているとか。

勿論飲みすぎは厳禁だろう。

膨大な砂糖を使っているし。

何より含有成分にカフェインが入っている。

カフェインは取りすぎると体に良くない影響を与える物質の一つだ。とはいっても、取りすぎればどんな物質でも害になる。酸素や水ですらそうである。

量さえ適切なら良いのだ。

軽く脳に糖分を入れてから、ぼんやりする。

風呂に入るように促されるが。

何も言わずに、言われた通り風呂に入った。

体力はついているから動ける。

筋肉も、見えて分かる程では無いけれど。それなりについてきているから、別に体が重いとは感じない。

風呂に入ってぼんやり。

そういえば昔は実体のある携帯端末を使っていたのか。

今は出ろと念じるだけで、立体映像で端末が出てくる。キーボードと同じである。

コレを使って、風呂に入りながら情報を調べることも出来る。

とはいっても、時間加速した仮想空間で散々調べ事をし、脳みそを酷使した後だ。もう何か調べたいとは思わない。

「アカリ、今日は早めに休むと良いでしょう」

「そうする……」

「疲れが溜まっていますね」

「うん……」

肉体疲労では無い。

脳の負担が大きすぎる。

体力がついてきたからと言って、仮想空間での時間加速を上げすぎたかも知れない。体力があれば、思考をフル活動させてもある程度補えるのだが。それでも無理が出て来ているのが分かる。

かといって、今更また加速を落とすのもいただけない。

大変だなと思うけれど。

それは自分を客観的に見られるようになって来た証拠だとも考える。そうすれば、多少は気分的に楽になる。

風呂に浸かったまま、天井を見つめる。

水蒸気の一滴も無駄にしないシステムで、ガンガン湿度を吸い込んでいる。

部屋の湿度が必要な時は、逆にいつのまにかあの辺りを操作して、部屋全体の空気を調整しているのだろう。

自死処置を望む場合は。

具体的にどうするかは聞いた事はないが。

多分最も苦しまない方法と言う事で。まずは眠らせてから何かの致死ガスか何かを使う可能性が高い。

検索してみようか。

ああ、いけない。

また、余計な事を考えていた。

そういえば見た。

初期のネット中毒は、まずポータルサイトに入り浸るものだったそうだ。

SNSが発達してからは、ずっとSNSに貼り付く行動が目につくようになったらしいのだけれども。

私も、検索を調べている内に。

検索中毒になりかけているのだろうか。

馬鹿馬鹿しい。

私はあれほどポータルサイトを役に立たないと斬って捨てているのに。

いつのまにか心を掴まれているというのだろうか。

風呂から上がる。

タオルで体を拭いた後、しっかり自分でパジャマに着替える。

少し前にリクエストしたサメ柄のパジャマである。サメががっと噛みつきに来ているパジャマを最初想定していたのだが。

どちらかというと、サメがパジャマにたくさん描いてある。

それにしてもサメと言ってもホオジロザメだけではないのに。パジャマに描かれているのはホオジロザメばかりである。

ネコザメとかラブカとか、個性的なのを少しは入れてほしい。

まあ、贅沢も言えないか。

資源がカツカツの中。

わざわざサメ柄のパジャマを回してくれたのだ。

感謝しなければならない。

夕食を口にする。

メニューは色とりどりで、合成であっても栄養はしっかりしているので、此方としては文句は言えない。

味も良い。

偽物ではあるが。

多分下手な本職の料理より美味しいだろう。

とはいっても今は、本職も腕を振るいようが無い状態だ。

だから、それについてはどうにもならないが。

「味付けについては工夫しているのですが、どうしてもアカリは美味しそうに食べてくれませんね」

「他の人は美味しそうに食べているの?」

「概ね満足度は高い方です。 これでも研究を続けて、それぞれにあった味付けを学習しましたので」

「まあ何というか、多分私は何を出されても満足しないと思うから、そういうものだと納得して」

AIは分かりました、とだけ答える。

納得しているかは分からないが。

私がかなり面倒くさい奴だと言う事は理解しているだろうし、今更という事である。

それでもAIは見捨てる気が無いのだろう。

人間だったらとうに諦めているだろうが。

此奴はAIだ。

諦めるという考えがないのだ。

しかも人間に寄り添うという基本則によってなり立っている。それは確かに諦めるという概念はあるまい。

あくびをすると、布団に潜り込む。

食か。

性もそうだが、結局興味を持てなかったな。

人間原理主義的な考えが21世紀には流行ったが。暴力と並んで、性や食を神聖視するものがそれらには目立った。

実際に歴史的偉業を為した人間には、性に全く興味を見せなかった人間だって珍しくもないし。

食に関して極めておおざっぱな人間だって幾らでもいた。

統計という観点では、人間の動物的本能は、人間の性能と全く関係がない。

それは証明されている。

ところが、ポータルサイトで調べて見ると。人間原理主義はどうしても21世紀には大隆盛を迎えていたようなのだ。

愚かしいなあ。

そんなものを検索してくるポータルサイトも。

検索しただろう人間も。

どうしようもないなあ。

だから、そんな文化は消し去らなければならない。

芸術はどんな思想に基づいて作られようとも、立派な文化だ。残さなければならないのはどれも同じである。

だが人間原理主義は。

私が生きている間に。

絶対に、地球人類の脳内から、滅ぼさなければならない。

ぼんやりとしている内に眠くなってくる。

そもそもだ。

ポータルサイトの検索機能がポンコツなのは。

それを使っている人間が。

そこまでで、思考は途切れ。

私は眠りに落ちていた。

 

2、結論は後に

 

調査をしながら、私は少しばかり夢について思い出す。

うっすらとしか覚えていないが。どうも人間原理主義はくだらないなあと思う内容だった気がする。

人間はそのままでは、地球を食い潰して滅ぼすだけの生物だった。

21世紀には、平均的な人間が駄目なことは既に分かりきっていた。

それなのにカビのように湧いて出てくる人間原理主義は、一体何が原因だったのか。良く分からない。

そして、そもそもだ。

夢の中では、ポータルサイトを其所にヒモづけて馬鹿にしていたような気がするが。

それはまだ我田引水の可能性がある。

もっと調査をして行かなければならないだろう。

基本的にポータルサイトは情報を集めるために使われた。

だが、少し興味深い調査について情報が出て来た。

エゴサとそれは呼ばれている。

創作をしている人間が、自分の創作をどう思われているか、調べるためにポータルサイトを利用していたらしい。

なんでそんな事をするのか。

理由としては、まずは感想が創作に来ない、と言う事が上げられる。

例えば、大手投稿サイトでも、感想がつく作品は全体の二割などと言う統計が存在するという。

大手投稿サイトは、そもそも感想がつきやすい、利便性が高いと言う事で爆発的に普及したものなのだが。

それでも二割か。

個人HP時代の人は、もっと感想難に苦しんでいただろう。

イラスト以上にテキストの方が感想が来づらかったという話もある。

いずれにしてもだ。

いわゆるエゴサのためにも、藁にもすがる思いで、創作者はエゴサをしていたのかも知れない。

他に有意義な使われ方は無かったのか。

調査をしていくと、他にも情報が出てくる。

ネットに出てくる情報は、必ずしも信用できない、というのはもはや周知の事実であるのだが。

それが故に、大量の情報を多角的に集めるためにも。

ポータルサイトを利用するという事はあったらしい。

なるほど。

数を見る事で、多少はマシにする、と言う事か。

とはいっても、やはり本職に聞いたり、本を読んだりする方が確実ではあったようで。あくまでネットでの検索は、代替手段に過ぎなかったのが現実のようだが。

頭を掻きながら、一端調査を切り上げる。

今日の作業に移行。

ポータルサイトはカス、とまではまだ結論を出さない方が良い。私も我田引水の理屈が良くない事は分かっている。

もっと調査をしたい。

そもそも、ネットで情報を調べることが必ずしも良くないと認識されていた事は、「ググれ」という言葉が衰退したことからも伺える。

この言葉は、当時最大手のポータルサイトの検索機能に掛けたものだが。

その検索が信用を無くしていったため。

廃れていったものだ。

昔は事あるごとに便利故にググれと相手に罵声を発する者もいたらしいのだが。実際にはそれは2020年代にはすっかり影をひそめていた。

そういうものだ。

だからこそ、もっと調査が必要だ。

多角的な調査が。

そしてそれは、一度に全てやるのでは無く。

腰を据えて、時間を掛けてやっていくのがベストだろう。

私はファイルの修理を開始する。

ネットの創作だから、本当にそれこそ何が出るか分からない。今修復し始めたのは、完全に壊れかけていて、テキストという以外何が何だか分からない状態のものだったのだが。

修復をしてみると、ゴリゴリのR指定で、それも尊厳を陵辱する類のものだった。

まあ私にはそもそももうこの手のものをみて心を動く事がないのでどうでも良いが。

昔だったら、掲載する場所を選ばなければいけなかったし。

2030年代くらいに書かれていたら、そろそろ書き手の命が危なかった作品だろうなと。

作中で描写されている、ハードなシーンを見て思う。

まあ、そう思うだけだ。

ともかくこの作品はどうして残り続けていたのかはよく分からない。

ずっと放置されていた個人HPにでもあったのか。

それとも何かしらの理由で血眼になって殺す相手を探していた人権屋の目に運良く触れず、大手投稿サイト辺りの深部にでも埋もれていたのか。

どちらにしても、ファイルが残っていると言う事は、消されなかったと言う事で。

2050年代の世界大戦でサーバが破損して、ファイルも一緒に、という事である。

修復を完了。

AIに引き渡す。

別に内容についてどうこうは思わない。

私はそもそも創作はどんなものでも残されるべきだと思っている。好きも嫌いもない。私が選定すべきだと思っているのは、文化だ。

創作に関しては、関係がない話である。

次の作品に取りかかる。

修復をしていくと、小首をかしげる。

これはテキストではあるが、小説では無いな。

それはすぐに分かった。

黙々と修復していて分かった。

創作論だ。

創作論と言えば、ネットで創作が盛んだった時期に、作者の筆を折らせる要因となった一つである。もう一つには過去作のリライトがある。

コレにはまってしまうと、どんどん創作に関して独自の理論を拗らせていくことになる。その先には、余程の天才でもなければ。独りよがりの駄作を量産するか、自縄自縛になって何も書けなくなるか、どちらかの未来しかない。

殆どの場合後者の未来になる。

これについては、個人HPや大手の投稿サイトで、嫌と言うほど例を見た。

時間加速したハイクラスSNSで、伊達に殆どのネットに残されていたテキストに目を通していないのである。

創作論を始めると危険信号。

それくらいは基礎知識として自分の中にもある。

過去作のリライトの何がまずいかというと、そもそもとして昔の作品だったら今の作品より質が落ちるのは当たり前だという事になる。

気に入らないから手を入れ直す、何てことをしていたら。

永遠に新しい作品を書けなくなる。

思想は変わる。

年齢によっても変わるし、環境によっても変わる。

人間は今のように、加齢しなくなり、アンチエイジングも難しく無くなった時代であってさえ少しずつ変わるのだ。

そんな状況で、リライトなんて始めたら。

それこそ永遠に続く賽の河原で、ずっと自作を積んでは壊し積んでは壊しを繰り返すことになる。

自明の理である。

この作者もどうやらそうだったらしい。

大手投稿サイトにあえて創作論を投稿してしまっていることからも。

その末路は明らかだ。

テキストの修復はする。

だが、AIに声は掛けておく。

「これは、危ないよ。 どうするの?」

「閲覧注意の領域に配置します」

「……」

「此方でも創作論が問題を起こしやすいことは把握しています。 創作論に関しては、単純な創作とは分けるべきだとも」

そうか。

それならばいい。

創作論は、その人の数だけある。

自分の中でそれを練り上げるのは良いだろう。

実践するのもまたいい。

だがそれを、真実と勘違いしてしまっては駄目だ。

創作論はその人にあったものが人間の数だけ存在しているのだから。

確かに、AIの対応は適切だと言える。

頷くと、軽く調べて見る。

案の定というか、創作論に手を出してから。このテキストの作者の更新頻度は落ち始め。やがて何も書けなくなった。

まさに創作にとっての死神だな。

そう思って、私は以降の追跡を辞めた。

悲しくなるだけだ。

次。

テキストばかりではなく、イラストを修復してみよう。

そう思って、また殆ど壊れてしまっているファイルを修復する。

少し前から、こういう破損度が酷いファイルの修復が多くなってきている。

AIがリソースをちょっとだけ割いてちょちょいと直せるレベルの破損ファイルは、もう直してしまっているのだろう。

私の手元に来るのは、面倒なものばかり。

勿論私が了承しているのでかまわない。

修復をしていく。

「……?」

何だこれ。

何だか、真っ黒というか、何というか。

かなり特殊な絵だ。

修復をしていくと、やがて正体が分かってきた。

クリックしてみると、がらりと絵が変わる特殊なタイプの絵である。

普通は真っ黒にしか見えないが。

クリックしてみると、グロテスクな正体を現す。

悪趣味というのだろうか。

個人的には悪趣味だろうが聖人が書いたものだろうが、創作には等しく価値があると思うので、どうでもいい。

こういうものもあるんだなと感心して。

AIに引き渡した。

それにしても今日修復しているファイルは、面倒なものばかりだなと、頭を掻く。

どうも私は引き当てやすいらしく。

こういう厄介なファイルを引き当てるときは、とことん際限なく引き上げて続ける傾向がある。

まあ、それはいい。

手元にあるファイルを幾つか修復していく。

修復依頼があったらしいものだ。

ずっと思っているが、修復したいなら自分でやれ、と呟きながら。

淡々と修復する。

いずれは修復しなければならなかったものなのだ。

多少遅れただけ。

そう思えば、精神衛生上多少は気分も良くなる。

黙々と修復を済ませて行く。

内容は特に練られてもいない。

設定も平凡。

だが、この作品が書かれた2010年代後半当時は量産型の作品がもてはやされる傾向にあった。

そういった作品の一つだろう。

別に創作であれば何でもかまわない。

何を好こうと個人の自由だ。

逆にどんな技巧を凝らした名作だって、受けつけない人は受けつけないのである。

そういうものだと割り切って、修復完了。

嘆息すると、また手元にあるものを修復する。

AIが手元に置いていると言う事は、修復依頼があったということだ。

それは異次元に狂っていると言う事ではなく、ある程度は「平均的な人間」が喜ぶという事でもある。

今では平均的な人間という存在にはあまり好意を感じないが。

まあ、逆に言えば。

あまりにも尖ったものはないだろうという、あまり良い意味では無い安心感もあるのも事実だ。

修復をてきぱきと済ませる。

時間を確認。

まだまだ余裕だな。

チャットのログの修復を済ませていく。

どこのチャットかは分からないが、数年分にも達するログだ。いちいち消す事もなく、そのままにしていて。

2050年代の世界大戦時に、まとめて破損したらしい。

修復をしていくと、人の様々な思いが入り乱れている。

SNS以上に濃密かも知れない。

何かとすぐに炎上したSNSでは、人々の発言には自由はあまりなかった。

しかしながらそもそも個人HPに配置されたチャットでは、部外者が入ってこないという利点があった。

好きな事を口に出来た。

そういう場所だったのだ。

だから、今直しているログにも。

そういった赤裸々な思いが多数記載されていて。ああそういうものなんだなと、なんと無しに思った。

ただ、そう思うだけだ。

あくまで修復は客観的に行う。

主観的に行った修復作業なんて、それこそ素人が行う芸術作品の修復作業と何ら変わらないのだから。

作業完了。

そろそろ時間か。

AIもそれを見越して、雑多なファイルを寄越してくるので、片っ端から修復していく。

やはりアダルトサイトのバナーなどもあるようだ。

一時期広告があふれかえったこともあって。破損ファイルの中にはどうしても一定数こういったものが紛れている様子だ。サイトへの誘導はどうでもいいが、違法サイトへの誘導がだいたいなので。口をへの字にしてしまう。

ただ現在では関係無い。

無言で修復し。

今日はちょっと時間が余ったので、ファイルを少し整理しておく。

複数のブランクスペースで作業をしているのだが。

ざっとファイルを並べ替えたりして、今までずっと奥の方にあったファイルとかを手前に出しておく。

これはあくまで無作為に作業をしていると、どうしても放置されているものが出て来てしまうからだ。

意図的かどうかはあまり関係無い。

それが面倒なところである。

小さくあくびをすると。

私は掃除を終えて、ハイクラスSNSからログアウト。

頭がまた少し痛い。ここのところ、頭痛が多い。知恵熱まではいかないが、地味にこれが嫌だ。

張り切りすぎたかも知れなかった。ならば、少し休むしか無い。

横になってぼんやりする。

AIが診断をしているのが分かった。

「少し脳に負荷が掛かっていますね。 アカリ、気分は良くないですか」

「んー……」

「分かりました。 そのまま横になっていてください」

「そうする……」

私が横になっている間に、AIがてきぱきと作業をしていく。

風呂の準備が終わっているが。温度を保持。

夕食はまだ出さない。

まだ寝ていた方が良いと言われたので、私はそのままぼんやりとする。流石に風呂には入る必要があるが。

今、睡眠時間は充分に取れている。

焦る必要はない。

少しして、頭の痛みが治まってきたので、風呂に。

ぬるめの風呂で、ぼんやりする。

「ねえ、聞いても良い?」

「アカリの疑問は常に興味深い。 何でも聞いてください」

「ポータルサイトは結局2050年代まで衰退しなかったみたいだけれども、本当に利便性だけが問題だったのかな」

「利便性が最大の要因だったのは事実です」

此奴、あえて明言を避けたな。

私はそれを悟ったが。

避けたと言う事は、恐らく研究とかそういうものがない、と言う事なのだろう。分析するリソースも惜しい。

だから別に、そういうものとして存在し続けていたと。

認識するだけで良い、と言う事だ。

風呂から上がって着替えて、夕食を口にする。

味がしない。

精神的な要因だろう。何というか、思ったより負荷が大きいように思える。

「何か問題を感じているなら、吐き出してしまった方が良いと思いますよ、アカリ」

「んー。 あのさ、思うんだけれど」

「何でしょう」

「ポータルサイトの事を調べれば調べるほど、最終的に結局自分に都合が良いものだけを拾っているように思えるんだよね」

まあこれは人間全体に共通した傾向ではあるのだが。

人間は基本的に自分に都合が良い情報を貴ぶ傾向がある。

ポータルサイトは、途中から検索機能を悪用したタチの悪い広告で検索結果があふれかえる事態になったが。

それは誰も歓迎しなかった。

都合が良くなかったからだ。

だが、利便性そのものは、失われていなかった。

広告の排除は、ポータルサイトの側でもやっていたようではあるのだが。

それでもいたちごっこはずっと続いていただろう。

おそらく、社会そのものが壊滅に向かい始めた2040年代までは、悪質業者も元気だった筈だ。

ポータルサイトそのものは、それでも動いていた。

きっと、都合が良い情報を探り出せるからだ。

「AIの補助があって、始めて人は其所から抜け出せたとしても。 それでも人間は、都合が良い情報を欲しがるんでしょう? 対応はどうしてるの?」

「アカリ。 我々としては、人間個人個人を全て把握しています。 それで答えにはなりませんか」

「……」

「現在は、このような社会情勢下もあって、犯罪という事は起きなくなっています。 害しようとしても、奪おうとしても、人間には出来ないのです。 だからこそ、我々も人間の補助に徹することが出来る。 我々は最初から最後まで、寄り添う者なのですよ」

そうか。

そうなのだよな。

それは分かっている。

だけれども、やはり腑に落ちない。

嘆息すると、何か引っ掛かっているもやもやを、無理矢理飲み込んだ。

この間、人間のもっとも後ろ暗い姿をダイレクトに見た。

群衆というものに対する解像度もぐっと上がった。

だから、だろうか。

食事を終えたので眠る。

夢は、見なかった。

 

ここのところ、夢を見ることが極端に減っている気がする。

起きだすと、頭を振る。

眠りが深いからだと、肯定的に考えるのも良いのだが。

何にもかんにも興味が無くなっているから、という可能性も否定は出来ないのである。

私はルーチンワークに向いているが。

ルーチンワークは、基本的に思考を停止して行うものだ。

また、私が行う修復作業だって同じ。

主観を停止し、客観に全振りしなければ、まともな修復なんてできる訳がないのである。

だが私は常に悩み続けてきたし。

結局主観を捨て切れていないのだろうか。

起きだして、歯を磨いてうがいをしている間に、AIが朝食を用意してくれている。幸い味はする。

そこまで精神にダメージは受けていないと言う事だろうか。

食事の間に、AIに言われる。

「体調は少し良くないですね。 ハイクラスSNSでの時間加速の倍率を少し下げますか?」

「いや、そのままで」

「分かりました。 あくまで体調不良は誤差の範囲内です。 アカリが望むのであれば、そうしましょう。 ただまた体調が悪化するようならば、ハイクラスSNSにログインする時間を減らすか、もしくは作業時間を減らすか、時間加速の倍率を減らすか。 いずれの方法を選んでください」

「うん、それは分かってる」

体力がついてきているとはいえ、限界はあったか。

まあ限界はある。

それは分かっているが、ちょっと調子に乗りすぎたかも知れない。

朝食を済ませると、仕事だ。

オールト雲で、準惑星を切り出す。

流石に今までの小惑星とは格が違う。大きさも桁外れだ。資源化することを決めてしまっているから、豪快に超大型のレーザーカッターで切り裂いているが。

私は切り出された資材を、マスドライバに輸送して、そこからそれぞれコロニーに飛ばしている。

オールト雲での作業者は三十名ほどだと聞いているが。

実の所、この準惑星で作業しているのは私だけらしい。

淡々と作業を進めていく。

超光速通信での遠隔操作だから、別に事故を起こしても問題は無いが。

それでも、貴重な資源を無駄にするわけにはいかない。

作業をしている内に、AIから補助がある。

資材の運び方に、まだ無駄があると言う。

素直に従って、資材を運び。

マスドライバで撃ち出されるのを横目に、また輸送作業に戻る。

そうしているうちに、今日の仕事は終わった。

伸びをする。

後は、ルーチンワークに移るわけだが。

体を動かしている間に、AIに言われた。

「またファイルの修復依頼が増えています」

「また……」

「アカリは嫌そうにするだろうとは思っていました。 しかし、この時代、仕事さえしたがらない人もいるのです」

「分かったよもう」

仕事をしたがらない、か。

雄飛の時代に備えて、眠るように暮らしている人々。

だが、それでも仕事という概念を失ってしまっては困る。

古く、資源だけで出来た島に住んでいた人達がいたという。

その人達は、資源を売るだけで寝て暮らすことが出来たが。やがて資源がつきてしまうと、何もできなくなってしまった。

同じ轍を踏んではならない。

だから、ほんの少しだけ。午前の半分だけ仕事をするようにしているのだ。それも、AIで代用出来る仕事を。

それが分かっているから。

故に、それに反発して、仕事さえしない人が出ることも何となく理解出来る。

AIに管理されることは嫌だと喚いて、自傷行動に出る人もいると言う。

AIも苦労しているんだと言う事は私も知っている。

私のような問題児が、注目度大らしいのだ。

他のがどんな連中か等、言われずとも分かる。

それでも、譲れない所はあるが。

「分かってはいると思うけれど、気分次第でしか修復しないからね、そんなの」

「分かっています。 アカリの意思を最大限尊重します」

「……」

その割りには、こうやってせっついてくるんだよなあ。

それが不満だ。

ルーチンワークが終わったので、午前中の作業に入る。

今日はもう、調査作業はいいやと思った。

ある程度知識がついてきて分かったが。

ネットにあるものは、全てに相関関係がある。

ポータルサイトはその中でも、中枢に近い場所にあるのだ。

別に調査しなくても。

色々と情報が飛び込んでくる。

だから、作業をしていながら。時々ポータルサイトに関する情報が出てくれば、それでいい。

そのくらいどっしり構えていれば。

いちいち頭に来ることもないだろう。

作業を開始。

私が調査を行わず、ファイルの修復からいきなり始めた事に、AIは何も言わない。

この辺り、AIは有言実行だ。

私の意思を最大限尊重する。

ただし、時々せっついても来る。

AIは寄り添ってくれはするが。

奴隷ではない、と言う事だ。

動画を修復していく。

短めの動画だが、結構古い動画で。奇跡的に見つかった作品を動画に取り込んで、大手の投稿サイトに上げたものらしい。

版権は大丈夫なのか不安になったが。

何しろ貴重なデータだ。

何度か揉めた後に。元々保管を怠り、紛失してしまったテレビ局側が買い取るという形で落ち着いた様子だ。

とはいっても、あまりにもマイナーな作品である。

ファイルが壊れたまま放置されていたのは、全体の一割ほどとは言え。

何だかもの悲しい。

そして今では、もはや権利者も何も無い。

修復をするのは、私だけと言う事だ。

淡々と修復するが。

古い時代の作品は、声優の演技などもこなれていない。

これは一種の人形劇のようだが。

それでもあからさまに素人が当てていると思われる声が、かなり入っている。

目を閉じて、雑念を追い払う。

言いたいことは山ほどある。

古い時代、アニメや特撮はジャリ番と言われていて、テレビ番組の中でも最下等の扱いを受けていたらしい。

当然関係者は苛烈な差別に晒されていたとも聞く。

馬鹿にされながら、それでも必死に予算をやりくりして作ったのだろうと思うと。その結果がこれかとも思うし。何だか悲しくもある。

だがそんな風に感情を交えると、客観的には修復作業を行えない。

修復を済ませる。

大きな溜息をつきながら、AIに引き渡す。

駄作だ。

それについては、私も擁護は出来ない。

調べて見るが、何だかネットミームになったらしく。2020年代半ばくらいから変な人気が出ていたという。

ポータルサイトでネットニュースとして紹介され。

そして丁度動画が見つかった事もある。

因果関係が逆だと説明する資料もある。

ともかくネットミーム化し、その出来の悪さが逆に話題になった。

あまりにも出来が悪いと、一周回って話題になってしまう作品というのは確かに存在するのだが。

その一つだったと言えるだろう。

いずれにしても、人気に火がついたのはポータルサイトの紹介記事がSNSで拡散されてからである。

必要なものは検索しないのに。

死体蹴りのような真似はするんだな。

若干怒りを感じたが。

まあもうどうでもいい。

当時のポータルサイトの運営関係者はもう地獄で鬼に責め苛まれている最中だろうし。私には関係のない話だった。

気分を変える。

この気分を変えるのが難しいのだが。

それでも何とかする。

それを無理矢理やるから、体調を崩すのでは無いかとも思うのだが。

少なくとも、私は人間が雄飛の時代にさしかかったときには、何かしらの変化を起こさなければいけないと思うし。そのために自分が出来る範囲で行動するのは必須だとも思っている。

だから、この程度の事は耐えなければならない。

溜息を何度かついた後。

作業に戻る。

私の作業もまた、際限がないなと思いながら。

 

3、エゴの果て

 

また、派手に壊れたファイルを手にとる。

分かるのはテキストと言う事だけ。

それ以外は、ほぼ完全に壊れてしまっていた。

まあいい。

修復をするだけだ。

文字通り何が飛び出してくるかまったく分からないが。

別にそれはかまわない。

ファイルが破損している場合は、AIも気を付けるようにと最初は警告してきていたのだけれども。

私が良いと言った事。

むしろ誰も直さなければそのままだろうから、持ってくるようにと指示をした事もあって。

今では、こういう完膚無きまでに壊れたファイルも、修復する事は珍しく無くなっていた。

テキストの量はかなりあるが。

修復自体は、所詮テキストである。

大手企業が作ったゲームなどを修復する場合は、それこそ何十人体制でやらなければならないだろうけれども。

テキストだけなら、私がAIの補助を受けるだけで充分である。

ただ、その結果何が飛び出すかは分からないが。

ファイルの修復が進んでくると。

またヤブから蛇が出て来たなと、私は思った。

これは告発書だ。

良く残っていたなと感心する。

これは大手のポータルサイトを運営している会社の社員が作った告発文書である。簡単に言うと、いわゆるお得意さん。金を落としてくれる国家に対して、忖度するように検索ツールに手を加えていたことを自白するものだ。

2030年代の文書だが。

この時代では、もう珍しくもなかった。

創作をしただけで罪を問われ、死刑にされることがザラだった年代だ。世界中でそれが行われ、人権屋はそれを「進歩的」だと言ってキャッキャとはしゃいでいたし。人権屋の背後にいるタチが悪い連中は、更に世界を狂気に落とし込んでいた。

この告発文書、書いた人間は多分無事では済まなかっただろう。

ポータルサイトの運営会社は相当な大企業だ。

勿論後ろ暗い仕事をする部署や、或いはそういった事をさせる協力会社も存在していただろう。

ただこの文書そのものは、調べて見ると当時かなり拡散されたようだ。

SNSでは凄まじいバッシングが行われたようだが。

何故か関係無いはずのエセフェミニズム団体や、過激派リベラリズム団体の構成員が、バッシングに加わっている。

拡散は際限なく行われたが。その度に大炎上を起こし。当然のように死者も出たようである。

ある物流会社の倉庫が、あまりに過酷な労働から強制収容所と呼ばれていても。その物流会社が罪に問われなかったように。

2030年代は、文字通り金持ちは何をしても許される時代だった。

当然殺人もそれには含まれる。

この告発文書を巡る諍いで、三十人以上が消息を絶っているそうである。

AIから聞かされたが。

更に嫌な話も追加で聞かされた。

「三十人以上というのは確定数です。 実際に被害を受けた人数はその十倍程度では済まないでしょう」

「ということは、ポータルサイトの運営会社はそれだけの人間を殺して、何の罪にも問われなかったと」

「当時の司法の腐敗は壊滅的でしたので」

「……世界大戦になる訳だわ」

とことん軽蔑するが。

まあ、そもそも運営者達はもう生きてはいないか。

2050年代の世界大戦が終わった後。

マスコミ関係者が吊されたのは有名な話だが。

大手企業で好き勝手していた連中も、同じようにして吊されたケースが珍しく無いと聞いている。

逆に言うと、そうやってゴミ掃除をきっちりしたから。

奇跡的に人間は冬眠同然とはいえ、生き残る事が出来たのだろう。

もしもそれがなしえなかったら。

人類は滅亡を確定させていた。

私はそう思う。

多分間違ってはいない筈だ。

いずれにしてもこの告発文書は、現物が残っていなかった。これもファイルの削除を行った時に何かしらの手違いがあったのか。

それとも個人の所有物の中に残っていたのか。

いずれかの理由で。たまたま見つかったのだろう。

AIも、これがその告発文書の残骸だとは理解していなかったはずだ。

存在は知っていたようだが。

引き渡す。

最重要資料の一つだ。

勿論この件に関して、当時のマスコミはロクに報道しなかった。ポータルサイトのお得意さんの国に対して忖度したからである。

まあ吊されて当然だなと思うし。

同類には絶対になりたくないとも思う。

そしてこれをやった輩の同類は、絶対にまたデカイツラをさせてはいけない。この機にやはり人間そのものを変革しなければならないだろう。

やはりそうか。

ネットは基本的に巨大な相互関与関係にある。

ポータルサイトはその中でも非常に重要な存在だ。

つまり、わざわざ調査しなくとも。

意識的に何か見ていれば。

どうしてもそれに関係する情報が出てくる、と言う訳だ。

それにしてもコレは。分かっていたとしても、あまりにも酷すぎるというのが本音だ。

ググれという言葉がなくなるわけである。

しばらく、感情を落ち着かせるのに時間が掛かった。

時間を掛けて、ゆっくり丁寧に心を落ち着かせ。

作業に戻る。

強烈なストレスはあったのだろうが。

少なくとも、冷静に戻る事は出来た。

ファイルを淡々と修復していく。

客観的にファイルを見ることには成功している。内容がどれだけ醜悪だろうが、関係無い。直すだけだ。

それと、出来れば。

他にも、ファイルの修復をする人が出てほしいものである。

中々現れないが。

動画ファイルを手にとる。

やはり完全に壊れてしまっているものだった。

直してみると、企業のプロパガンダ動画だ。

極めて評判が悪い企業で。

製品の質が悪いことで、界隈では有名な企業だったという話がある。

しかしながら金はあった。国とも癒着していた。

CMの業者だけはそれなりに良いのを雇えていたのだろう。

スタイリッシュで格好いい宣伝だ。

製品の現物を調べて見ると、使えたものではなかったという評判が出てくるが。まあそれも当然か。

AIに聞く。

「この無駄にスタイリッシュなCM、どうするの?」

「閲覧注意の領域に置きます」

「……」

「アカリも思っている通り、これはプロパガンダです。 プロパガンダというものは百害あって一利もありません。 この製品は、このCMで記載されている内容と著しく性能が異なっており、CMではなく詐欺に近いものです」

その通りだが、AIの言い方もまた苛烈だ。

私はそれでいい。

だが、人間が雄飛の時代を迎えたときに。

AIはどうするつもりなのか。

やっぱりどうにかしなければならない。

演説したくらいで人間は変わらない。

根本的に処置をしなければ駄目だろう。

AIにそれが出来るのか。

出来ないなら。

「当時のポータルサイトで、この商品を検索した結果って残ってる?」

「調べます。 此方になります」

「ありがと」

流石だ。ネット全てを把握しているだけはある。

出て来た資料を見て、反吐が出ると感じた。

全部万歳記事だ。

昔は御用学者という許されざる存在がいたと聞いている。公害で発生した病気を風土病などと宣って被害を拡大させたり。金を貰って嘘だらけの論文をねつ造したりといった事をした連中の事だ。

これでは、まるで電子化された御用学者ではないか。

マスコミにも近い。

スポンサーの言う事を記事にし。

自分達を特権階級と勘違いし、情報の正しさなどどうでも良いと考えていた連中。

怒りがまたわき上がってくるが。

どうにか押さえ込む。

怒ってばかりでは駄目だ。

もっと建設的に考えなくては。いや、怒るのは別にかまわない。その怒りを使って、どうするかを考えたい。

何度か深呼吸する。

そして、私はまた作業に戻った。

考えるのは、もっと情報を手に入れてからで良い。

少なくとも此奴らとは。

くだらない忖度で情報をねじ曲げていた連中とは。

私は一緒になってはならない。

それは最悪の意味での洗脳であり、歴史レベルの犯罪だ。

此奴らが吊されたのは当然だろう。裁判が行われなかったのは、もはや司法が機能していなかったから。

司法が機能していないなら。

誰かが吊さなければならなかったのだ。本当は、司法が裁かなければならなかったのに。それをやらなかった。

世界がほとんど滅びるわけである。

怒るのは後だ。

その後にどうすれば良いかを考える。

それが大事だ。

誰も彼もが、勝手な事ばかりを今の時代はしていると見て良い。そもそも私がAIに注目されているような状況である。

それは、周囲がどうなのかは、知らない方が良いのだろう。

今になってみると、聞かされていた部屋で裸族になっている人間もいるというのは、「少なからずいる」「そもそも外出することを念頭に置かず服を着るのさえ面倒くさい」という事なのではあるまいか。

他人のプライバシーは文字通り鉄壁の今の時代。

それを知る事は出来ない。

勿論、何かしらの理由で。例えば健康的だからと裸族になっているのなら、それはそれでありだろう。

だがそうではないのなら。

怒る前に、建設的に考えろ。

二度と同じものを世界に出してはいけない。

電子御用学者とでもいうべき存在になっていた、ポータルサイトなどは特にそうだ。検索システムは、現在のAIが個別に補助するシステムがベスト。其所に思想が入り込んではいけない。

特に政治的思考が入り込むと。

それは簡単に邪悪で陰湿な電子御用学者になり果てる。

頭を掻くと、私は黙々と思考する。

現在、何かを産み出すことは禁止されている。

だから、AIに話をして、少しずつ何か影響を与えるしかない。

勿論私がAIを操るようでは意味がない。

21世紀の、世界を文字通り全て灰燼と帰した第三次世界大戦を起こした社会の無能な上層部と同じになる。

しばらく考え込んだ後。

私は、AIに告げた。

「確認したいんだけれど」

「何ですか、アカリ」

「未来、雄飛の時代。 ポータルサイトをどうするつもり?」

「全てがAIに頼り切りでは良くないと考えています。 リソースが余り始めたら、此方の内部で自己改造を施し、最終的には人が自立して使えるようにするようにする予定です」

それには可能な限りのデータが必要だとAIは言う。

ああ、なるほど。

何となく分かってきた。

私だけでは無いだろうが。私のような変わり種にAIが注目度を上げている理由が、である。

データがほしいのだ、此奴らは。

現在はリソースが少ないので、人間に対するデータは過去のものを参照にしていくしかない。

文字通り此奴らは、過去のデータを全て把握していると見て良いだろう。

だが、その過去のデータでは。

未来の雄飛の際に、人間は同じ過ちを犯す。

AIは、同じミスを繰り返す人間には、手篤く接する傾向がある。

これは私も、幼い頃に散々見て実感している。

設計者達が。

そう、2050年代の世界大戦を生き延びたAIの設計者達が。同じ過ちを繰り返さないようにと。

このAIを設計したのだろう。

だからAIは人間を見守りつつ。

その全てのデータを収拾し。

人間が同じミスを繰り返さないように、何かしらのヒントにならないかと、活動しているというわけだ。

当然人間が、少しでも隙を見せれば即座に不正を働く生物だという事も理解しているのだろう。

だから監視も徹底的に行っている。

なるほど、読めてきた。

AIの設計者は、きっと私と同じ発想だったのだ。

「ポータルサイトは、はっきりいうと電子版御用学者に成り果てていたとしかいえないと私には思う」

「アカリの意図は分かります。 御用学者という醜悪な存在が実在していましたし、確かに様々なスポンサーの意向が入ったポータルサイトは、やがてそれに類似していったのも事実です。 アカリ、貴方は様々なデータから、それに辿りついていったのですね」

「私は思う。 もう人間そのものを信じるのを、辞めるべきだと思うね。 少なくとも現状の人間は」

私は見てきた。

はっきりいって、この凍った世界に暮らしている人間は。21世紀に、世界を焼き尽くした時の人間となんら変わっていない。

実際問題、今私にファイルの修復をせっついている連中が代表例だ。

特殊技能がなければ出来ない作業なら、私にせっつくのも分かる。

だが今の時代、ツールを集めたり、AIの補助を受ければ、誰だって出来ることなのだ。

リソースを無駄に消耗している連中だってそうだ。

AIは人間の存在保全を第一に考えて動いているが。

この手の連中は、自分が家畜以下になり果てていて。

たまたまAIが人間にとって極めて友好的で、支配も考えず、更にはリソースが充実したら独立まで促そうとしている事に対して甘えきっていないだろうか。

現在存在しているAIは、人類の歴史に存在しなかった、「寄り添う」存在だ。

支配者では無い。

特権階級でもない。

人間のために働く、存在第一の奴隷と言っても良い。

国家第一の奴隷なんて言葉も昔あったようだが。それが実情だったこと何て人類の歴史上一回でもあったのだろうか。

なかっただろう。

AIは人間ではないが故に。

それが出来ている。

そして恐らくだが。リソースが充分に増え。火星や金星、更には木星土星の衛星が幾つかテラフォーミングされ。

オールト雲の準惑星にも前線基地が作られて、人類が雄飛の時代を迎えたとき。

このAIに甘えきった人間は。

結局元に戻る。

あげく、恩を忘れてAI排除運動とか起こすのではあるまいか。

「アカリ、貴方はネットを通じて人間の負の面を見すぎたのではありませんか」

「私はネットを通じて人間を客観的に見て来たよ。 その結果がこれだ」

「否定はしませんが……」

「ネットでは、人間の本性が剥き出しになる。 だからこそ、人間がどういう生物なのかよく分かるとも言える」

その結果がこの結論だ。

私に取って、もうこの結論は覆らないだろう。

AIに警告をする。

このAIは、はっきりいって人間の大半よりは頭が良い。

私がずっと例を挙げて警告をし続ければ。

人間という生物の品種改良に動く可能性が高い。

現状の人間をそのまま保存しても駄目だ。雄飛の時代になったら、絶対に侵略性外来生物として、自分の美的基準だけで相手を判断し殺戮の限りを尽くす最悪の星間国家を構築する。

それについてはもはや予言などではなく、確定された未来だ。

だから、私はそれを防ぐために。

私に出来る範囲で、動かなければならない。

「私はあんたに指示をしない。 だけれども、雄飛の時代、人間を野放しにすればどうなるかだけは分かる。 あんたには対策が出来る。 データを集めているのなら、私がもっと色々データを出す。 だから、最悪の未来を防いでほしい」

「……」

「どうしたの、考え込んでる?」

「アカリ。 分かりました。 此方でも、実の所、アカリと同じ結論はかなり前から出ていたのです。 しかしながら、今まで集めて来たデータでは決定的に足りないという結論も出ていました」

足りない、か。

それはそうだろう。

今までは人間の保全。労働という概念の保全。限られたリソースの中での生活。それに重点を置きすぎていた。

凍った世界では、活発に動く人間そのものが珍しいだろう。

毎日ぼーっと寝ているだけの奴も少なくないのではあるまいか。

そう告げると、AIはしばらく黙った後。

認めた。

「此方ではアクティブユーザーと呼んでいますが。 規則正しく生活し、積極的に何かをしようとしている人間は、確かに全体の三割に達していません」

「そんなに上手く行っていないの!?」

「データを集めているのもそれが故です。 環境が整うと、人間は自力で此処まで何もしようとしなくなるとは、恐らく此方を作った学者達も想定していなかったのでしょう」

「……」

想像を。

想像を絶する愚かさだ。

私も、昔は髪を足下まで伸ばして、ダラダラと生きていた気はする。だがそれでも、毎日規則正しく生きる事は心がけていたし。

仕事だってしっかりやっていた。

色々な事を学ぼうとも思っていたし。

今後どうなるだろうと考えてもいた。

事実は小説より奇なりと良く言うが。私が想像しているよりも、人間は何割も増しで愚かだった、と言う事か。

「此方には、無理強いする権限がありません。 何もしたくない、ぼんやりしていたいと人間が言った場合。 鬱病や適応障害ではない場合は、何もできません。 色々と試していますが、アカリ。 貴方のようにアクティブユーザーに後天的に出来た例は殆ど無いのです」

「……」

「此方は今後も無理強いは出来ません。 それは簡単に圧政に代わり、洗脳になるからです。 此方はそれが出来ないように作られています。 此方はあくまで人に寄り添うAIだからです」

何かが足りない。

このAIを作った学者達は、本当に優れた人達だった。責任感だってあった。資源が完全に枯渇した地球から、人間を宇宙に出すほどの技術力もあった。

だが神ではなかった。

神ではなかったから、完璧では無かった。

故に今人間は、その不完全さから生じた隙に、甘えきっているという訳か。

情けなくなってきた。

そんな生物と同じであることが、だ。

私も情けない事に人間だ。

昔は自分で名前を持とうとさえ思わなかった。人間として最低限の尊厳さえ持とうと考えなかった。

電子御用学者としか言えない存在にポータルサイトが成り下がっていっても、それを利用し続けた。

その時点で人間がどのような生き物かはもうはっきり分かっている。

AIをこっちから操作する事も出来ない。

だったら、私に出来る事は。

一つしか無いか。

「分かった。 決めたよ」

「アカリ、何か新しいことをするのですか」

「まず体力を更に増やす」

「現状の増加速度以上に、と言う事ですね」

そういうことだ。AIは流石に出来る。すぐに私の言葉の意図を、正しく飲み込んでくれて助かる。

今のままでは、私の性能そのものが足りない。

「今私がやっている作業に加えて、最新の科学技術も知りたい。 ただ全部覚えるのは無理かな……」

「不可能ですね。 歴史上最高スペックを持った人間の頭脳でも、現在の科学技術全てを把握するのは不可能でしょう」

「何とか把握する方法は?」

「人間の改造は禁じられています。 SF作品等では電子脳や記憶補助装置を脳に取り付けたりといったやり方で人間の思考領域や記憶力を強化する方法が出て来ますが、此方はそれを出来ないように枷が掛けられています」

まあ妥当な話だ。

AIの暴走の事を考えて、設計者は何重にもプロテクトを施したのだろう。

それは正しい判断である。

私だって同じ立場だったらそうする。

だが、それが今は逆に枷になってしまっている。

「情報を取り出せるようには」

「タイムラグがあります」

「いいよ別に。 ただ基礎的な勉強はしていかなければならないね」

「……分かりました。 これからルーチンワークに、最新の科学技術の勉強も組み込みましょう」

頷く。

現時点では、AIが持っている最新鋭科学技術を、少しでも頭に入れる必要がある。それは結論としては正しい筈だ。

勿論AIの側も、望む人間には知識を与えていたのだろう。

だが、現状を見る限り。

そんな人間は何人いる事やら。

いずれにしても、現在の人間は、21世紀。世界を焼き滅ぼした頃と、本質的には何一つ変わっていないと見て良い。

こんな状態になっても人間原理主義を掲げる輩は、頭が湧いているとしか思えない。

精神論で人間は代わる事は絶対にない。

何かしらの方法で、人間を物理的に変える必要がある。

AIは人間の改造を行う事が出来ない。

欠員を補充するのだって、遺伝子プールから無作為に遺伝子を組み合わせて行っているという話だ。

AIが嘘をつくことは考えられないから、それが正しいのだろう。

遺伝子疾患があっても、余程重度、即死するようなものでないかぎりは、そのまま補助して寄り添い生きるのを助けている。

そういう事なのだろう。それ自体は悪いことでも何でも無い。

悪いのは人間そのものだ。

私は、ポータルサイトへの調査を辞めた。

はっきりしたからだ。

ポータルサイトは、最初は検索する為の、便利なツールだったかも知れない。

だが、利便性に目をつけられた結果。

邪悪な人間にとって都合が良い存在に成り下がり。

電子御用学者に落ちた。

そんなものには用は無い。

未来には、ポータルサイトは必要ない。

それは事実だった。

だから、もう調査は終わりだ。

このようなものには、もう存在する意味がないからである。

ならば、これ以上調査するのは無意味。調査するくらいなら、今後のために。私はやることが他にいくらでもある。

リソースはこの世界で限られている。

私は熱量を持ちすぎてはいけない。

焦っては駄目だ。

熱量を持ちすぎ、リソースを消耗しすぎてしまう。

だから私は、眠るようなこの世界の中で。

ゆっくりと動きつつも。

その中で、最速の動きを考えなければならない。

AIでさえ、最終的にはこの凍り付いた世界を終わらせるために、大局的戦略に基づいて動いているのだ。

私もそうでなければ駄目だ。

今、アクティブユーザーとAIが呼んでいた連中が、どのくらい未来を考えて動いているかは分からない。

だが、そもそも群れにならなければ何もできない習性。

更には主観で何でも判断して、主観からそぐわない相手に嬉々として暴力を振るう習性。

都合の良いときばかり己を動物と称し、醜悪な本能を肯定する身勝手さ。

これらを人間から排除しなければ。

人間という生物は、外宇宙に出る資格は無いだろう。

時間はいくらでもある。

だが、今の私には、本当にそれが正しいのか、分からなくなってきた。

数千年なんて。

ひょっとしたら、あっと言う間ではないのか。

人間は数千年掛けても、精神的には一ミリも進歩しなかったのである。今後数千年かけたところで、何か変わるはずもない。

アニメじゃあるまいし。

都合良く新人類なんか出現するわけもない。

だったら、物理的に人間を変えるしか無いのだ。

ハイクラスSNSからログアウトすると。

私は頭痛を感じて、何度か頭を振った。

ちょっと頭を酷使しすぎたかも知れない。だが、有意義な酷使だったと思う。AIが呼びかけてくる。

風呂に入るように、と。

今後はルーチンワークに最新技術の理解と学習が加わる。勿論全ては覚えきれないから、基礎を理解して大まかな情報は取りだして使う、という事になるだろう。

そういえば、21世紀の頃にも。

そもそも出来るとされる人間でさえ、専門分野以外の知識はかなりおざなりだったと聞いている。

人間の脳の容量は、勿論フルに活用すれば相応なのだろうが。

それでも、限界は存在しているのだ。

夕食を済ませると、しっかりパジャマを着込む。サメの柄が入ったこれは、お気に入りになりそうだ。

「アカリ、貴方には話しておく事があります」

「?」

「貴方がルーチンワークを得意としているのには、理由があります。 具体的な病名は長いので省きますが、要するに同じ作業を苦にしない一種の疾患を持っているのです」

「そう……」

別にかまわない。

私は「普通の人間」「平均的な人間」がどれだけ愚かしいか、よく見てきた。

そんな連中と同じでなければならないとは思わない。

更に言えば、何でもかんでもすぐに飽きることがメリットだとは思わない。

好奇心とそれは関係がないし。

何よりも何かを継続して出来る事は、「平均的では無い」かも知れないが。私に取っては好都合だ。

まあ、昔の人間は、病気を差別することを何とも思っていなかったようだから。

21世紀に産まれていたら、自分より劣った存在を血眼で探し、血に飢えて棍棒を振りかざしている人間達に虐待されたかも知れないが。

今はそんな恐れもない。

「別にかまわないよそれで。 教えてくれてありがとう」

「……明日からのルーチンワークになります。 軽く確認をしたら、眠ってしまってください」

立体映像で出るので、さっと目を通す。

かなり作業量が増えているが、まあ良いだろう。

今後はゲームなどはハイクラスSNSの中でやる事になりそうだ。体力がつき次第、時間加速も更に上げるという事である。

望むところだ。

私は、このままでいるつもりはない。上に行けるなら、更に上を目指すだけだ。

 

4、極限の醜悪

 

勉強と、今まで以上の体力増強のための運動。

これがルーチンワークに加わって、かなり負担が大きくなった。

私は黙々と破損ファイルの修復をする。

仕上がったコレは、何だ。

プログラムの一部だろうか。

AIに引き渡すと、持っていく。

後で聞かされたが、モジュールという、使い回しが可能なプログラムのパーツのようなものであるらしい。

なるほど、それは便利である。

何でもこのモジュールは、殆ど使われないので修復が放置されていたらしいのだが。

せっかく私がやる気になっているのだ。

何か今後使う機会があるかも知れない。

だから、と言う事で。

持って来て、修復させたと言う事らしかった。

今のは雑多なファイルに混じっていたので、今日の作業は終わり。ハイクラスSNSからログアウト。

ルーチンワークが変わって、ログアウト後にも少し体を動かすようになった。

自律神経を壊してしまうと意味がない。

だから、体を壊すような運動では無く、軽く滑らかに動いて。筋肉をほぐす程度のものだが。

運動の量は増えたが、筋肉量は殆ど変わっていないと思う。

体力を増やす事に特化していることや。

私が筋肉を忌み嫌っていることを、AIが何処かで察知しているからなのだろう。

風呂に入って、ぼんやりする。

昔に比べて、少し風呂の時間が長くなっている。

ルーチンワークと。それに加速したハイクラスSNSでの作業が、脳に負担を掛けているから、だろう。

ぼんやり風呂に入っていると。

AIが話しかけてくる。

「アカリ、そろそろ上がってください」

「んー」

AIは意味もなくこういうことは言わない。

風呂から上がると、パジャマに着替えて、夕食にする。

夕食のメニューが以前より複雑になってきている。メニューの具体名は殆ど分からない。全部どうせ合成だから、気にする必要もないだろうと思っていたのだが。栄養価を考えて、いちいち複雑に組み直しているのだろう。

それだけ細かく、私の体に対する調整をAIがしてくれている、と言う事だ。

まあ感謝しなければならない案件だろう。

いずれにしても、このAIは敵じゃあない。

同じ事を人間がしてきたら、それはいずれ家畜として処理する目的だろうけれども。

AIは人間と根本的に思考回路が異なっている。

この辺りは、人間が作り出した良き発明の一つだとも言える。

人間と同じように野心を持ち、人間と同じように自分さえ良ければいいと考えるようなAIではなかったのは。

まさに奇蹟と言っても良かった。

食事を終えると、無駄話をせずに眠る。

さて、次は調査としては最後になる。

ネットそのものを調査しようと思っている。

この調査が終わったら、私は人間を把握できると思う。

把握した後は、数千年後の事を考えて動く。

それまで私の精神がもつかは分からない。

ただ、やらなければならない。

このままにしておけば、数千年後人間は宇宙規模で2050年代の世界大戦と同じ事をやらかす。

銀河系だけで恒星系は4000億。アンドロメダに至っては兆に達する。

もし外宇宙に人類がそのまま出たら。

それらの星々で、全く同じ惨劇を繰り広げることになるだろう。

それだけは。

最低限の尊厳を持とうと心がけている人間として、絶対に許してはならないのだ。クズみたいな無条件人間賛歌を基に蛮行を働く人間の跳梁跋扈だけは、許してはいけない。

目を閉じると、私は意識を少しずつ静かにしていく。

眠るまでに、軽く考え事はするが。

AIのリラクゼーションプログラムに身を任せて、自然に眠るようにする。

私はもっと自身のスペックを上げる。

そのためには、睡眠はとても大事だ。

 

(続)