か細い糸

 

序、冥府から

 

個人HPというものをつなげていたのはリンクだ。多くの場合、このリンクを辿ってネット黎明期のネットユーザーは、お気に入りのHPを探し続けた。

リンクは一つだけでは意味がなかったが。

興味がありそうなリンクを辿っていくことで、やがて世界は大きく広がったのである。

そのうちに、個人HPはどんどん形を変えていった。

その過程で、口コミによる情報や。

ポータルサイトによる検索などの精度が上がったこともあり。

リンクというものは消えていくことになる。

何よりも、個人HPが勢いを失い。

コンテンツが大手投稿サイトに移行した時点で、リンクというものはその役割を終えたのかも知れないが。

しかしながら、それでも。

リンクを辿って様々なHPを見に行くと言う行動が。

初期のネットユーザーにとっては大事だったのは事実だったのである。

それは、私も個人HPを調べている過程で知った。

実際問題、このコンテンツは見覚えがある、というものが。

リンクを辿ってみると、別のHPに寄贈されたものであったり。

初期のネットにおいて。

個人HPのリンク機能は、極めて重要であったのだ。

昔のネットというものは、ポータルサイトから直接ぽんと飛べるケースは少なく、むしろ検索避けと呼ばれる機能を用いて、一見の客を断るケースさえあった。話があう人間とだけ、同じコンテンツを共有したいという意識があったからだ。

しかしながら、このリンクの存在は大きく。

リンクを相互で張っていると言う事は、要するにコンテンツを共有しうるという事で。趣味が近しい事を意味している。

ネットユーザーも、そういう意味では便利に感じるし。

結局ブログの時代まで、リンクの存在は重要だった。

大手投稿サイトが出てくるまでは。リンクは個人HPにて、外れを引かず目当てのコンテンツを探すための、大事な指標だった。

そういう事である。

考えながら、リンクによる個人HPのネットワーク網を組めないかなと、幾つか色々試してみる。

今は支援ツールが多いので。

それ自体は難しく無いのだが。

問題は個人HPの稼働期間である。

前に調べて知っているが、個人HPの運営は兎に角大変だ。このため、寿命は良くて数年。

十年以上アクティブでいる個人HPはほぼ存在しないと言っても良い。あるにはあるが、それは例外。

そんな状況だ。

リンクを視覚的に展開してみようかと思ったが。

やはり上手くは行かない。

現在の銀河系の星々などは、殆ど観測によって立体表示することが出来る状態にまで来ているのに。

ネットの実体がないリンク網を表示できないというのは。

色々な意味で不便だなと私は感じて、憮然としてしまった。

さて此処からだ。

ハイクラスSNSからログアウトして、食事にする。

AIは特に何も言わない。

私が何をするか事前に伝えてあった、という事もあるだろうし。

何よりも、特に問題行動は起こしていないからだ。

「今日はプロテイン少なめ?」

「基礎体力に起因する細胞はほぼ成長しきりました。 以降は体力を伸ばしていく事になります。 プロテインは必要ありません」

「ふーん……」

「運動は無理がない範囲でこなせていますので、アカリの体力はもっと伸びるでしょう」

そうか。

それは有り難い話だ。

体力が増して、出来る作業はどんどん増えてきている。それが故に、ハイクラスSNSでは時間加速の倍率を上げてどんどん作業が出来る。

「有名どころだけでも、個人HPのリンクを視覚的に表示できないかな。 自分でやってみたけれど上手く行かないんだよね」

「アカリが分かっているとおり厳しいですね」

「……」

「そもそも困難なことは分かっていた筈です」

その通りだ。

憮然とするが、正論を言われているのだ。

きちんと聞かなければならない。

人間は正論を一時期悪しきものとして遠ざける傾向があった。その結果相手に媚態を尽くす忖度という行為が流行ったりもした。

実質上コミュニケーションなどではなく。

ただのご機嫌伺い合戦が其所で始まった。

結果社会は瓦解した。

私だけでも。

その轍は踏まない。

「とりあえず、色々な個人HPを調べて、リンクを辿ってみるよ」

「それがいいでしょう。 ただリンクは張られていたり張られていなかったり、更新でかなり変わっています」

「あ、そうか……」

「流石に更新の段階までネットで拾い上げるのは厳しいでしょうね。 難しい作業になる事は覚悟してください」

頭を掻く。

食事を終えると、軽く体を動かした。

昔よりも難しい運動が多くなっているが、汗を掻くほどはやらない。というか、体力が増していて、昔だったら汗を掻く状態になっていたのが。今ではちょっとやそっとでは汗なんか掻かない。

指先までしっかり動かせる。

それを実感した後、ハイクラスSNSに潜る。

とりあえず、言われた事には一理も二理もある。

AIは嘘をつかないが。

忖度もしない。

人間のためになるように、寄り添うだけである。

だからこそ、信頼も出来る。

黙々と、まずはルーチンワークであるファイルの修理を行っていく。この間からチャットのログも修復しているが。これもまた、手間が掛かる。

更には、今までは正体不明だった破損ファイルの修復も始めていた。

これは、何に価値があるか分からないと言う事を実感したからである。

私の視界は狭い。

だから、何にどのような価値があるか分からない。

だったら、どれだけ俗悪に見えても。

まず実際に目にして内容を確認し。

それから判断したい。

そう考えたのである。

一番良くないのは、風聞だけで、実物を見ずに判断したり。或いはそれを良く知らないのに勝手に判断する事だ。

一時期二次創作として、自分の好きな作品のキャラクターが、嫌いな作品のキャラクターを一方的に蹂躙するというのが流行った時代があった。

それはそれでありだろう。二次創作として。

だがそれは悪意に満ちたものであり、見習うべきではないと個人的には思う。

それと同じだ。

実物をろくに見ていない。或いは色眼鏡を掛けて見れば、どうしても歪んで見えてしまう。

それでは良くないのである。

ならば何でもみたい。

幸い私には時間が文字通りいくらでもあるのである。

可能な範囲内で。

全てを見ておきたいものである。

淡々と作業を進める。

今修復し終わったのは少しだけ動く動画だった。動画という程上等なものではなく、数秒しか動かないが。

それでもこれは、何処かの誰かが作り。

その過程には苦労もあったのだろう。

修復したものはAIに預ける。

私には価値は分からなかったが。

何にどんな価値が出てくるのか分からない。

だから修復は損にはならないし。

今価値が分からなくても、いずれ分かるかも知れない。

修復したことを、時間の無駄とは思わない。

私は熱量が強まっているのを感じる。

残すべきもの。今後に残すべきでは無いもの。

それを判断するにはまだまだ情報が少なすぎる。

だから、もっともっと色々知らなければならない。

私に取っては、全てが未知に思えてきている。だったら、何もかもを見て行くべきだろうとも思う。

幸い本当にまずい悪意の塊にぶつかった場合はAIが警告してくれる。

大手掲示板のログでそういった悪意の塊は嫌と言うほど見て、酷い目にあってきた。

耐性も出来ている。

それを過信せず。

今後も作業を進めていきたいものである。

淡々とファイルの修復をしていく。

雑多な破損ファイルを数百ほど修復。何に使っていたのかさっぱり分からないものも多かったが。

それでも、文句は言わない。

AIは何処にあったのかをしっかり把握しているので。

修復が終わり次第、元あった場所へ持って行ってくれている。

それで此方としては充分である。

しばらく作業をしていると。

AIが休憩を提案してきた。

見ると、まだ時間はだいぶある。小首をかしげたが、AIによると、体力がついてきたからこそ。

無理をしてしまう可能性があると言う事だった。

いずれにしても、AIは嘘をつくことがない。

言われた通り、一旦ハイクラスSNSからログアウトして、少し休憩を取る。

昼メシまでまだ少しあるので。

AIの提案通り、十五分ほど休む事にする。

休んでいる内に聞く。

「あの雑多なファイル、何に使われていたもの?」

「いえ、何にも」

「?」

「発掘された個人サーバのファイル内にあったものです。 他に無いものであったので、いずれ何かに使おうとしていたものなのでしょう」

そうか。

発掘されたと言う事は、地球から宇宙に人類が出るとき、発掘回収出来た資源の一部という事なのだろう。

今まで壊れたHDDとして扱われていて。

その中にあるデータだけが取りだされ。

最大級の容量を持つストレージに、丸ごと移されていた。

そしてオールドクラスSNSの、破損ファイル部門に入れられていたのだろう。

確か、ネットに上げられていなかったファイルの一部は、人間が触れないオールドクラスSNSの領域に入れられているとこの間聞かされた。

AIとしては、それを私に修復させたいという事か。

経験を積ませたいのか。

視野を広げさせたいのか。

意図は分からないが。

此方としては、スキルを上げたいので、別にかまわない。

「何に使うつもりだったのか分かる?」

「推測しか出来ませんし、仮説しか述べられません」

「……」

仮説か。

21世紀のSNSでは、相手の発言の一部を切り取ってあげへつらったり。人気のある作品のキャラクターの台詞を勝手に引用し、全く状況も違う場合に発言した状況とかを悪意を込めて作り上げて、論破したつもりになって嘲弄する輩などが跋扈していた。それについては実際に私もログで見た。

炎上の中には、こういった相手の発言の中から都合が良い部分だけを切り取って晒し、言葉をろくに読めず感情的にわめき散らすだけしか出来ない愚かな人々を噴き上がらせる手段が多く使われ。

その度に周囲に多大な迷惑を掛けて、炎上の仕掛け主は楽しんでいた節がある。

仮説と述べているのに、それを真実を言っているかのように捉え、ギャンギャン喚いているログをこの間見て。

ちょっとうんざりした。

人間というのはどうしようもない生物だと、SNSにしても掲示板にしても、生の声を見る度に思うが。

それでも私は、作業を続けるしかない。

仮説という言葉で、そんな事を思い出してしまった。

「じゃあ不毛だね。 いいよ」

「……此方でも、破損ファイルの修復は、リソースの一部を用いて行っています。 アカリ、貴方のように何でも選ばず修復してくれるというのは、とても此方にとっても有り難い事です。 今後も、色々と修復作業を頼みます」

「あいあい」

「ちなみにリソースの無駄遣いの軽減にもなっています」

ああ、何となく分かる。

AIがもしファイルの修復をする場合、優先度を決めてやっているだろう。

それに対して私は、そんなものは作らず、ジャンルごとに片っ端からやっている。

そうすることで、思わぬ所から重要なファイルが復活したりしている。

それで、リソースの消耗をわずかながら軽減できる。

確かにそれはあるかも知れない。

休憩終わり。

またハイクラスSNSにログイン。

また、リンクについて調べる。

リンクには寿命があった。

HP同士の交流がなくなると、容赦なく剥がされたり。或いはHPの運営者同士が不仲になると、消えたり。

また当時は、個人HPの引っ越しを趣味にしている人もいて。

そういう人は、頻繁にURLが変わるので、リンクの修正をいちいちリンクをしている相手に通達しなければならず。

それが漏れると、リンクは機能しなくなったりしていた。

色々な実例を見て、私は腕組みする。

もうちょっと、この辺りスマートな機能にならないのかなと思うのだが。

そうもいかなかったのだろう。

ツールを使ったり、言語を使ったりして、個人HPを組んでいた時代は。

それこそ手作業で家を作っていたようなものだったのだ。

勿論様々なマクロなどを駆使して、作業を簡略化していたような猛者もいただろうけれども。

殆どの人はそうではなかった。

勿論、作業の手間が減ることはとても良い事だ。

無駄にする時間がなくなるのだから。

だが、その一方で。

作業に手間暇が掛かるほど、達成したときの感動も大きかっただろう事は、容易に想像がつく。

私でさえ、大きめの破損ファイルを修復し終えたときには、達成感を感じるほどなのである。

ただの修復でさえ、だ。

それを、一から何か自分の大事なものを作っている場合だったら。

全然何もかもが違っただろう。

今、新しいものを作り出す事は禁じられている。

過去の人間があらゆるリソースを食い潰してしまったからである。

私はそういう意味では、同じ事をする事は出来ないが。

熱量については分かる。

分かる一方で。

やはり客観的に見ると、このリンクというシステムには問題も多いなあと感じてしまうのだった。

しばらく色々なHPのリンクの歴史を調べた後。

ファイルの修復に戻る。

この間から手がけている、超長編小説のテキストファイルの修復が大詰めだ。

一話辺り三万字。

100話近いこの長編小説の修復は、かなり手間取った。

途中の二十話近くのファイルが欠損しており。

プロバイダの提供するHPサービスのデータが入っていたサーバが世界大戦で破損したことが、容易に私にも分かった。

回収出来ただけでもめっけものだったのだろう。

淡々黙々と直していく。

この個人HPは相当長時間続いていたらしく。

似たような規模の小説が幾つもある。

内容については以前見た。

評論は控えるが、少なくとも書き手は大まじめに書いていたと思う。私に取っては、評価はそれだけで充分だ。

二十近かった欠損ファイルも、既に残り三つにまで減っており。

今日の昼までには片付けてしまいたい所だ。

無言で集中して作業を続ける。

AIのアドバイスにも頷くだけで。

それ以上は無駄になるから、おしゃべりは控えた。

程なく、修復作業は完了する。

深呼吸すると、また一つ。長編のネット創作が復活したことを私は悟り。むしろ安堵していた。

文化として壊れてしまっていたものを修復できた。

そのままだと死んでしまっていただろう。

死の運命からすくい上げることが出来たのだ。

それは素晴らしい事だと思う。

修復作業は勿論大変だったが。これによって私はまた一つ。失われる可能性があった文化に手を伸ばし、破滅から引き上げる事が出来た。

それだけで良しとするべきだろう。

丁度切りが良いので、作業を切り上げてハイクラスSNSからログアウトする。

少し頭を洗いたいと言うと、AIがすぐ手配してくれた。

部屋と一体化していて。

水などが此方に飛ばないようになっている水周りを使って、頭を洗う。ロボットアームを使って、ぱぱっとやってくれてはいるが。そのうち自分でやってしまいたいものだとも思う。

作業が終わると、随分すっきりした。

シャンプーの類はわざわざ使わない。

それは風呂の時だけで充分だ。

頭皮に負担が掛かるというし、一日何度もシャンプーを使う必要もないだろう。

これでいい。

すっきりした後、昼食にする。小さなテーブルの前に座って、黙々と食べる。AIが、現状のパラメータと、午後のルーチンワークについて告げてきたので、聞き流す。運動をまず行ってから、修復作業と調査。それには代わりは無いのだから。

「順調ですね。 午後の作業も前倒しで出来ると良いのですが」

AIは嘘をつかない。

少なくとも、あえてそれを疑う必要はなかった。

 

1、つながりはすぐに切れる

 

個人HP時代。リンクは重要だった。それについてはもう調べた。だが、それはすぐに切れてしまう儚いものでもあった。

それももう調べた。

実際問題、個人HPというものは、どうしても管理維持に途方もない手間が掛かったのである。

テキストやイラストを掲載するだけのHPでもそう。

ましてやこれが自宅でサーバなどを起動しているタイプのHPとなってくると、その負担は尋常では無かっただろう。

私はいつも、21世紀のブラック労働に耐えながら、何とか作業をしていた人達の事を考えて、いたましいと思うが。

そんな状況でも、個人HPをこつこつ運営していた人達には、掛け値無しの敬意を感じる。

同じようにクリエイトをしていた人達も同じである。

だが、どうしても。

趣味の範囲である以上。

続かない場合は続かないのだ。

個人HPの歴史のようなものはないのか。

一定時間以上続いた個人HPのデータをまとめているようなコミュニティとか。

そういうものも少し調べたのだが。

残念ながら存在しない。

恐らく私がやっているのは相当酔狂なことなのだと思う。

いずれにしても。

もっと包括的に、私は過去の全てを知りたい。

データの調査は此処までだ。

此処からはルーチンワークとして、ファイルの修復作業をやっていく。黙々淡々とこなして行く。

作業時は、可能な限りの客観性を持たなければならない。

テキストでもイラストでも、ああこれは好きだな嫌いだなという感情を抱くと、その時点で色眼鏡が掛かってしまう。

だから可能な限り無心のまま、前後の情報を参考に修復を行っていく。

ネットの創作に関しては、出来は玉石混淆。

しかも残念な事に、母集団が増えても、別に玉の比率は上がらず。むしろどんどん落ちていくことになる。

だから、修復の結果。

出来が良い作品を修復できるかは、また話が全然別なのである。

それを気にしていれば、絶対にモチベーションに関わってくる。

精神論は論外だが。

精神力はある程度意味がある。

私は淡々と作業をしていき。

今日の予定分のファイルを、少し前倒しで修復完了。後の作業は、AIに任せる。少し休んでいる内に聞かされる。

破損ファイルの修復は評判になっているようだが。一切要望を受けつけない人物だと言う事でも、私は話題になっているようだった。

「別に評判なんてどうでもいいね」

「随分とクレバーですね」

「クレバーと言うより……」

私は人間を軽蔑しているだけだ。

AIは嘘をつかない。だからそれを信じる。その前提での話になるが。

未だに地球を復興して其処に住むべきだとか。

人間は万物の霊長だとか。

好き勝手なことをほざいている輩がいると聞いている。

人間が地球を核で焼き払ったからこう言う生活になっていると言うのに、どの面下げてそんな事を言えるのか。

SNS等を見ても、基本的に平均的な人間は、自分は絶対正義だと信じて疑わないし。自分が知らないものは全て嘘か悪だと決めつける。平均的な人間というのはそういうものである。

そして今もそれはまったく変わっていない。

だから私は、そんな平均的な人間を軽蔑するし。

意見を聞く必要もないと思っているだけである。

ただ、人間が何を考えているかは見たい。

だから関わる事はせず。

よそから見る。

それだけでかまわない。

事実私は、他人と関わりたいとはあまり思わない。今の時代は、他人のご機嫌伺いをしなくても幸い生きていく事が出来るのだ。

だったら、別にご機嫌伺いなど必要ないだろう。

そう告げると、AIは何も答えなかった。

雑務として、ファイルをまた修復していく。

今まではテキストや動画の中から無作為に修復をしていたが。今後は、とにかく何でも無作為に破損ファイルを修復する方針に変えた。

その辺に散らばっている現時点ではゴミになってしまっている破損ファイルを。

全て丁寧に修復していく感じだ。

淡々と作業を進めていき。

どれも小さなファイルばかりだったから、余った時間だけで三十七のファイルを修復する事が出来た。

幾つかは、恐らくバナーと呼ばれるものだ。

個人HPで、リンクに使われていた画像。

一時期は、このバナーを作る事がとても流行ったらしい。

中には画像が動くバナーも存在していて。

それぞれ凝っていた、という事であるらしい。

だが、それらも個人HPの文化が衰退すると同時になくなっていき。

ブログが主流になった頃には、完全に下火になってしまっていたようだが。

バナーをぼんやり眺めている内に、AIが持っていく。

破損していたファイルを修復できたと言う事で、オールドクラスSNSなどに配備しにいったのだろう。

まだ際限なく破損しているファイルは存在している。

AIに言われる前にハイクラスSNSをログアウト。

丁度時間だ。

いちいちAIに言われなくても、こういう時間を自分で守れるようになっていきたい。体力もついてきた。基礎体力も上がっている。

前はともかく、何の気力もない私だったが。

今は確実に熱量が点り。

そして、こういった些細な事から。

少しずつ、自分の生活を改善しようと試みる事が出来るようになっていた。

伸びをしてから、軽く体を動かす。

汗を掻くほどはやらない。

程なくAIが声を掛けて来た。

「既に風呂は沸かしてあります。 すぐに入りますか?」

「うん。 用意が良いね」

「最近アカリは此方で時間を指定しなくても、自主的に事前に決めた時間を守って動くようになってきていますから、対応はしやすいです」

「そっか」

それも、或いはリソースの消耗を防ぐ要因になるかも知れない。

風呂に入っている間に、各コロニーのリソースの備蓄を確認する。

いずれも極端に不足している場所はない。

特に電力の備蓄は充分である。

水はそれぞれ使い回しながら利用していかなければならないが。

コレばかりは仕方が無いだろう。

軽くデータを見て、火星のテラフォーミングの進捗を確認するが。こっちもあまり進んではいない。

危険すぎるので、ロボットが淡々と作業をしているのだが。

元々が百年計画だ。

すぐに進捗などする筈も無い。

なお、既に研究によって、火星に生物は存在しない事がはっきりしている。

残念ながら、大気を遙か昔に失い、放射線による殺菌効果を浴び続けた星である。これは仕方が無い。

地獄のような環境の金星とはまた違う意味での、生物を拒む星なのだ。

別に驚くような話では無い。

データの閲覧を辞めると、風呂から上がる。

タオルで体を拭くのも、もう自分でやるようになっていた。コツを掴んだのか。下着やパジャマを風呂の湯で濡らすこともなくなっていた。

温風が吹き付けてきて、無駄な水分を全て蒸発させ。なおかつ回収してしまう。

昔はドライヤーという器具でそれをやっていたそうだが。

水は貴重なリソースだ。

無駄には出来ないし、仕方が無い。

寝る前に、軽くもう一作業と思ったが。

暗にそれは駄目と言うように、AIが食事を用意してくる。

食事後の作業は基本止められるので。

まあ仕方が無いと言える。

自律神経を壊すとどんな悲惨な目にあうかは、私は嫌と言うほど目にした。だから、こればっかりは寄り添ってくれるAIの提案に従う。

数年単位で酷い目にあいたくはないからである。

「夕食までの間を活用出来ないかな」

「睡眠時間が減ることになります」

「んー、どうにかできない」

「作業時間を増やしたいのなら、体力を増やしましょう。 ハイクラスSNSでの作業中、時間加速の倍率を上げて対応します。 体力が増えてきている今であれば、普通に対応出来るでしょう」

それもそうか。

何もかも体力、何だな。

それを思うとちょっと悲しいが。

精神論を持ち出されるよりはいいか。

それに、だ。

元々、こんな難儀なルーチンワークをしていなければ。元々の体力で充分だったのである。

私が、望んで体力を必要としているのであって。別に普通に生活するだけだったら、元の体力で充分だったのだ。

仕方が無い。

指示通りに眠る事にする。

意識をハイクラスSNSで酷使していたし。

その間AIが、筋肉に遠隔で刺激を与えていて、活性化を促していた。

その結果ほどよく消耗しているので、気持ちよくは眠れる。

体力にあわせてAIが丁寧に調整をしてくれているし、何よりもAIだからしくじることもない。

安心して体は任せられる。

夢を見た。

個人HPの管理者をしていた。

そうか、まだ21世紀初期か。

掲示板には人がたくさん。

更新すればそれだけ色々感想が飛んできた。話題性がある作品であればなおさらである。

人気のある個人HPは7桁のアクセスを稼ぐ事もあり。

この時代に個人HPを運営していた人は、皆それぞれ楽しかっただろう。

相互リンクの申し出があったので、受ける。

それぞれ更新して、相互リンクがきちんと張られていることを確認。

バナーは全員が自作するわけでは無い。

バナーを作る職人のような人がいて。そういう人と仲良くなって、それで作ってもらうケースも多かった。

何かを作る事が好き。

そういう人は、確かにいたのだ。

相互リンクが増えていく。

だが、既に量産型HPの時代が到来していた。

私はそろそろこの文化も終わりだなと、どこか客観的に思っていた。

夢だからそう思えるのだろう。

この後ブログが本格的に対応し。

とにかく手間暇が掛かる個人HPは、一気にブログに取って代わられていくことになるのである。

勿論ブログも併用していた人もいるが。

やはり利便性にはかなわず。個人HPの更新が、どんどんおざなりになっていく人が、うなぎ登りに増えていくのだった。

ぼんやりと、リンクが切れていく様子を見守る。

それは何だか。

脳のシナプスが切れていく光景を見るようで。

とても悲しかった。

だが、悲しいと思うと同時に。これは止められない未来でもあるのだなと思う。

相互交流は、やがてSNSが出現する事で、殆どそちらに移行していくことになるのである。

リンクは。

いずれ終わる運命にあったのだ。

目が覚める。

時間通りだ。

目覚まし時計を止める。私が時間通りに起きた事を見ると、AIもライトを就けて、環境を整えてくれる。

パジャマから部屋着に着替えると。

まずは仕事だ。

あまり気分が良くない夢を見たが。

いずれ消えゆく文化だったとしても。

当時の交流の要だったという事を、私自身は自覚できていたと言うことも確認できた。それならば、それでいいのではあるまいか。

仕事を始める。

小惑星帯で、そこそこ大きな小惑星を切り出している。

その作業に加わる。

殆どミスはしない。

マスドライバで、加工した小惑星をどんどん打ちだしていく作業の一部を行ったが。AIに珍しく褒められた。

「手際がどんどん良くなっていますね」

「そう?」

「先月に比べて、ミスは30%減り、効率は31%上がっています」

「そっか。 じゃあもっと効率を上げていかないといけないね」

まだまだ満足はしない。

仕事自体は午前中の半分で切り上げる。元々人間がわざわざ関与しなくても良い仕事なのである。

あくまで雄飛の時、人間が仕事を忘れてしまっていては困るからやっている事なのだ。

だから、これでいい。

さて、今日もルーチンワークをこなすか。

仕事が終わってからが。

私に取っては、本当の一日の始まりだ。

 

黙々と破損ファイルを修復する。

AIが気を利かせたのかよく分からないけれど。今日はどうも個人HPのパーツらしき破損ファイルが目立つ。

テキストやイラストでもいいのだけれども。

まあ、個人HPが破損ファイルだらけで、歯っ欠けだらけになっている悲しい光景も私は見た。

だから、そういった歯っ欠けだらけの状態が改善され。

きちんと元の作者が作ったものになるのだったら。

それは良い事だとも思う。

それが、現在から見てどれだけ「違っているか」何てどうでもいい。

私に取っては、ファイルを修復して。在りし日の姿が戻る事が重要だ。

淡々と作業をしていく。

丸々専用の言語で組んだページ一つが破損しているケースもある。そういう場合は多少は手間が掛かる。

初期の個人HPは、言語をフル活用して彼方此方に仕掛けを施していたりした事が多く。

それらは出来るだけ再現をして行きたい。

中にはリンクを隠しているケースもあって。

まあ色々と、本人達は楽しんでやっていたのだろうなとも思う。

本人達が楽しんで文化を創っていたのなら。

それは尊重すべきだろう。

相手を傷つけるようなものでもない。

ならば別に何でも構いはしない。

黙々と作業を行っていると、大体気がつく。

時間だ。

切り上げて、ハイクラスSNSからログアウトする。もう、AIから時間をアナウンスされる事もかなり減ってきていたし。

AIの側でも、意図的に減らしているようだった。

「アカリ、精力的な作業ですね」

「まだまだ全然」

「そう思えるようになったと言う事は、貴方が精力的に動けているという証拠ですよ」

「そう……」

精神論の有害性は、21世紀に証明されたが。

それでも、時々こういう、精神論に片足を突っ込んでいるようなことを聞かされる事がある。

精神力で伸びる能力は、せいぜい元の一割程度とも聞く。

そんなのは多寡が知れているし。

その一割で全てが決まるようなものに、膨大な労力をつぎ込むのも馬鹿馬鹿しい話である。

というわけで、まだ貪欲に上を目指す。

体力はまだ伸びるらしいので。

伸びるだけ伸ばす。

体力はどれだけあっても良いだろう。

とはいっても、体力が無駄にありあまっていても、何かに支障をきたすかも知れないけれど。

それはそれ。

どうにか管理していくしかない。

いずれにしても、体力を痛い思いをしてまで増やす決断をしたのは私だ。

だったら、もうそれについては、自分で管理する範疇に入れて行くしかない。

「最近細かい破損ファイルをかなり回してきているね」

「AIでももっとも後回しにしている破損ファイルなのですが、アカリならその価値をひょっとして見いだすのかも知れないと判断しました」

「ああ、そういう……」

「個人HPなどのメインコンテンツの修復ばかりではなく、アカリは今サブコンテンツにも目を向けています。 それであったら、そもそも各自の城であった個人HPの、窓や扉、飾りに相当したであろう細かい独立したファイルを修復するのもまたアリ……そう考えています」

そうか。

AIとしては、私に寄り添うように、ファイルを回してくれているというわけだ。

良いのではないだろうか。

食事を終える。

美味しいが、今はそれよりも作業の方が重要だ。

ルーチンワークを言われた通りにこなして。体を動かしておく。

体力は充分に充実しているというか。

不足は全く感じない。

「今日も歯っ欠けになっている長編を修復したいな。 何かある?」

「いくらでもありますので、どうぞ好きなものから手をつけてください」

「……まあそうだろうね」

SNSにログインして、作業を開始。

もう面倒くさいので、適当に手に取ったファイルをまず軽く見て、どのようになっているかを調べ。

修復をしていく。

今回のテキストはそれほどの長編では無いのだが、ファイルがごっそり破損してしまっていて、まるで読めたものではない。

だから、もう全編を修理するようなものか。

黙々と作業をしていると。

AIが話をしてくる。

「不満の声が上がってきています」

「無視」

「……アカリの作業を理解して貰うには、ある程度声にも耳を傾けた方が良いかも知れませんよ。 アカリ自身のモチベーションも上がるでしょうし、同じような作業を始める者も出るかも知れません」

「私は好きでやっているんだし、同じ事を他人に求めるつもりもないよ。 だからこれでいいんだよ」

頑なだとか、昔だったら言われるかも知れないが。

私は個人HPを見た。

だから私はそれについては違うとも思う。

そもそも負荷が大きい上に、自己満足の要素が多い個人HP何て、ある程度頑なでなければ継続できっこない。

それは見習うべき頑なさであって。

精神論ではないが、一種の精神の指向性だと思う。

だから私は他人の要望は無視する。

AIに言われても、それは変えない。

「それでしたら、此方で多少手を打ちましょうか」

「何、手を打つって」

「要望のある作品を優先的に修復対象として持って来ましょう。 アカリは今、無作為に修復作業をしているでしょう? それならば別に何から始めようとかまわない筈ですが」

「偏ると困る」

今は、テキスト、イラスト、動画、チャットのログなどを、それぞれ無作為に修復しているが。

ずっとテキストばかりとか、ずっとイラストばかりとか、修復しないように意図的に気を付けている。

これは飽きが来るからだ。

ファイルの修復にも色々と手順や調査する事があり。

テキストとイラストでは、修復の仕方も全く違ってくる。

また壊れ方によっても修復は変わってくるので。

やはり、飽きが来ないようにある程度私も調整はしているのである。

「勿論、アカリが作業に飽きが来ないように工夫していることは此方でも掴んでいます」

「……」

「それも考慮して、ファイルを回します」

「ああ、もう」

イライラする。

だけれども、まあそれならばいいか。

嘆息すると、作業を続ける。少なくとも、今日いきなり要望に応えろとは言っては来ないだろう。

或いはAIも、私のような人間を増やす事で。過去の文化のリソースを増やし。それぞれの人間が過去の文化だけで充分に生活出来る状態をより強固にしたいと考えているのかも知れない。

AIはAIで、人を生かすために、リソースを必死に割り振っている。

過去の文化は、ファイルが壊れていないものだけでも充分過ぎる程オールドクラスSNSに保全されているけれども、

いずれ何千年も生きる人が出てくる可能性がある現状。

それでもまだ足りないと考えているのかも知れない。

私は私で好きにやるだけだが。

まあ利害が一致するのであれば。

別にそれはかまわない。

今の作業を終える。それほど長い作品では無かったから、一日で修復は完了した。AIが提示してきた作品の修復を始める。これはイラストか。まあ要望があった作品だかどうだかは知らないが。先のとは全く違う修復法を取らなければならない作品であるし、飽きは来ないか。

作業を淡々としていく。

またやはり時間が余ったので。

雑多としたファイルを修復していく。

大量のバナー。

どうも同じ個人HPにあったものらしい。

大きな個人HPだったのだろうなと思ったが、稼働期間は二ヶ月ほどだ。一瞬で燃え尽きてしまったタイプか。だが、本人にとっては濃い二ヶ月だっただろうな。そう思った。

バナーと言っても凝ったものも多いから、修復作業そのものは難しく無い。

問題はURLがヒモ付いていることだが。

ネットの住所とも言えるURLは、当然ながら現在ではあまり意味がないものとなってしまっている。

AIの方でそれぞれ変換はしてくれてはいるのだろうが。

そのまま直す事には、ちょっと個人的にも抵抗はあった。

それに、実際問題として。

私も現在オールドクラスSNSで何か探すとしたら、ポータルサイトを使うか、AIの支援を用いる。

リンクは黎明期のネットにあった道しるべであって。

今ではもはやさび付いてしまっているのだから。

だが、それでも。

どのように個人サイトが結びついていたのかは、少しでも分かるかも知れない。だから私は、淡々と作業を続けていくのだ。

 

2、広大なる青図

 

黙々と作業を続けていく。

リンクについての調査は、一応履歴にしていたのだが。

一月ほど調査を続けた結果。

ちょっとばかり、面白い事が分かってきたのだった。

今、目の前に拡がっている図がそれである。最初は作れなかったのだが。情報が充分に集まり。そして支援ツールを幾つか見つけてきた結果、図の作成を実現できたのだった。

何というか。

丁度銀河団を想起させる図が、其所に拡がっていた。

太陽系が所属する天の河銀河は、乙女座超銀河団の一部に含まれる銀河団に所属しており。

それぞれが重力によって結びついている。

リンクを視覚化してみると。

この銀河団の関係に、どこか似通っていると感じさせられたのだ。

趣味嗜好によって、とにかく似たようなHPが密集するようにリンクを互いに張っているのである。

当然と言えば当然なのだが。

これが思った以上に、断絶が大きいと言わざるを得ない。

丁度彼方此方に銀河や星雲が存在しているように。

趣味嗜好によって集ったリンクによる集まりが、それぞれ形になっている。

それを見ると、宇宙のようだと感じざるを得ない。

勿論、その銀河同士も細い糸で結びついている。

たまに雑食のHP主催者もいるからだ。

色々辿っていくと、全く違う趣味嗜好の個人HPに辿り着く事も珍しくもない。

これは銀河団内部の銀河が、それぞれ重力で結びつき。

影響を与え合っているのと同じようなものである。

興味深いなと、私は思った。

21世紀。

経済でも資源の浪費でも、20世紀以上のサーキットバーストをおこし。

人間の文明は焼き尽くされてしまった時代だが。

もしも、そうならず。

ある程度の所で落ち着いていたら。

その時には、どうなっていたのだろう。

こういった文化は。

瓦解することなく、それぞれ独自に。

このリンク図が示す銀河のように、影響を与え合って。もっと緻密に進歩していったのだろうか。

興味深いが。

今更、こればかりはどうしようもない、と言うのが実情だ。

興味深くはあるが。

調査を進めて、この図を更に確実にして行くだけである。

AIに言われる。

「これは中々面白いデータを個人で作りましたね」

「単に調べて図にしていただけだよ。 今は立体的な視覚でサポートするツールも探せば存在しているしね。 単体では無理でも組み合わせれば何とかなるし」

「それにしても、地道な調査の結果です」

「個人HPを散々見て回ったし、それだけだよ」

褒めてはくれるか。

AIは寄り添ってくれるが、ベタベタに甘やかしてくれるわけでは無い。

正論はいうし。

駄目だと思ったら反対だってする。

だが、褒めてくれたと言う事は。

相応に価値があると、AIの方でも判断したのだろう。

AIは全ての人間と接しているものがそれぞれ並列化していると聞いている。

だとすると、他の人間に対する接し方で、何かこれを応用するのかも知れない。

「個人HPってのは、前に調べたけれど孤独な作業で、人は集まるけれど最終的には自分でやらなければならない場所だった。 だからどんどん利便性が優れた方向に人は流れていった。 それについては私も見て確認したけれどさ。 この図を見ていると、もうちょっと違う未来もあったのかも知れないと感じるね」

「もしそんな未来があったのだとしたら、20世紀の序盤から歴史を修正しなければならないでしょう」

「偉大なる科学の進歩の歴史がとか、未だに存在している人間原理主義者が喚き散らしそうだね」

「アカリがドライすぎるだけですよ」

まあそれは私も否定しない。

現在、人間の交流がもっとも積極的に行われているミドルクラスSNSでの会話を見ても、別に加わりたいとも思わない。

そしてアクティブユーザーと、現在生きている人間の数を比べると。

かなり少ないのである。

結局の所、寂しいのが無理な人がミドルクラスのSNSで交流しているのであって。

それ以外の人間は自堕落に過ごしていたり。

或いはぼんやりと日々あてもなく暮らしているのかも知れない。

私はそれを真似しようとは思わない。

それだけだ。

「更に調査を続けますか?」

「……うん」

「分かりました。 このデータを見る限り興味深い。 止めはしません」

「ありがとう」

礼を言われた意味が分からなかったようだが。

AIはまあ所詮そういうものだ。

私はそのまま、一旦リンクに関する作業を切り上げて、ファイルの破損修理作業に取りかかる。

ここのところ、もう完全にAIが飽きが来ないようにファイルを用意してきていて。

それを私は無作為に修復し続けている。

別に面白いテキストが来ている訳でもない。

イラストにしても技量が高い訳でもない。

或いはネット創作でもトップクラスのものは、既に優先的にAIが修復を書けていたのかも知れない。

人間を生かすのがAIの目的だ。

だったら、それは合理的な行動であるとも言える。

一番評価が高いものから優先して修復する。

その方が、それらの創作を見る事によって、生きる気力を得られる人間も増える可能性が高い。

とはいっても、性癖は人間の数だけあるとも良く聞く。

だから、私がやっていることにも意味はある。

時々、適当にその辺りに散らばっているファイルに手を伸ばして、そっちから修復作業もする。

破損ファイルは無数にある。

基本的にどれだけの作業をやっても終わる事はない。

だから、無作為に作業をするのはむしろ気分が良くすらある。

ルーチンワークというのは、こなしているとかなり楽しいものなのである。楽しくなっていくというべきだろうか。

淡々とやっていると、AIが声を掛けて来る。

「修復されたファイルの内容を見に来ている人間が増えています」

「そう。 どうでもいい」

「アカリはそういうと思っていました。 ただ、増えてきていると言う事、評判も悪くないことは告げておきます」

「……そう」

文字通りどうでも良いが。

まあ嘘はつかれてはいないのだろう。

作業のモチベーションに代わりは無い。

私は好きなことを好きなようにやる。

そして主観を其所に挟まない。

作業は可能な限り客観的に。感情を一切挟まないで行う。作業の起点は「好き」なのに。具体的な作業そのものは極めてドライで冷徹。

これもまた、面白いとは私でも思う。

淡々と作業をしていく。

文豪の作品とかには全く当たらないなあと思っていたが。

作業中にAIと雑談すると。

やはりそういった作品は、先に破損ファイルを修復しているらしい。

まあそうだろうなと思う。

プロ作家の作品も、ネット上に上がっているものは優先的に修復作業をしているそうであり。

まあ目的には合致していると感じる。

体力が増してきたせいか。

最近は集中力も増してきているし。

更には、時々無意識に時間を確認する癖もついてきていた。

これは良い事だと個人的に思う。

結局何も熱量が無く、自堕落に生きていただけの私が。

何かになろうとしている。

それが平均的な人間から大きく逸脱しているのは、それは全然かまわない。むしろ、21世紀における人間の文化で。

平均的な人間という存在が。

如何に醜悪で、周囲に対して攻撃的かつ排他的かを見ている私に取っては。

平均から外れる事は、とても有り難い事だ。

平均的な人間と一緒になるのなんてまっぴら御免である。

だからこれでいいのだとも言える。

そろそろ時間か。

雑多な破損ファイルをかき集める。

これくらいを修復できるだろうと判断しての事だ。

いずれもが雑多なファイルで。

中には、何処かの怪しい企業が作ったらしいインチキ広告だったり。

或いは、何処かに書かれていたらしい怪文書だったり。

すぐにアングラ行き確定のファイルもあった。

だが、そういったアングラ行き確定の破損ファイルも、修復してみるまでは何だかはわからないのである。

実際に私が修復してみて。

誰かが地雷を踏まずに済んだのは、良かったのだとも言えるだろう。

作業を切り上げる。

AIに言われずとも、作業を切り上げるのが当たり前になって来ていた。私に取っては、体だけではなく、精神の制御が出来はじめている良い証拠でもある。

精神論は有害でしかないが。

精神そのものの力を鍛えること自体は無駄では無いと私は思う。

昼食が既に用意されていた。

前より食欲も少し増しているかも知れない。

甘いものが多い。

これは脳に負担が多く掛かっていたからだろう。

脳細胞は栄養として、糖分しか受けつけてくれないのだから。

貪欲に細胞が栄養を吸収しているのが分かる気がする。

指先まで制御が行き届くようになったのだ。

だから、だろうか。

食事を終えると。

しばらくぼんやりする。

AIに言われる。

「もっと雑多なファイルを集めて来ましょうか」

「破損しているリンクバナーを集めて来てくれる?」

「分かりました。 優先的にそうします」

「お願いね」

どの道私のハイクラスSNSのブランクスペースは、容量がありあまっている。

人によっては遊戯用のツールとかをガチガチに突っ込んで、容量をカツカツに使っている人もいるらしいが。

私の場合は完全にアトリエだ。

其所は工房であって。

電子時代の工房だから、むしろすっきりしている程である。

昔の工房の図を見たことがあるが。

埃っぽかったり、臭いがきつかったりで、大変な場所であったらしい。

それを考えると。

私が作業をしている場所は、とても快適なのだとも言えた。

少しだけぼんやりしてから、また作業に入る。

AIには止められない。

と言う事は、肉体的には問題が無い、ということだ。

ハイクラスSNSにログイン。

さっきの続きから作業を始める。

一度雑多なファイルの修復を無作為に始めると。

どうもそれを中心的に続けてしまいたくなる。

私の性格なのだろう。

淡々と作業を続けていき。

数百の雑多なファイルを修復した。

全く用途が分からないものも多かったけれど。それらは、多分何処かのネットで使われていた、パーツとしてのファイルなのだろう。

AIは何処にあったのか全て把握しているので。

修復が終わり次第持っていく。

雑多なファイルの修復に飽きたら。

テキストやイラスト、動画、この間から主力にしているチャットのログの修復に取りかかっていく。

AIは何も言わず。

単に私が手を伸ばしやすい範囲に、ファイルをおいていく。

私は気分次第で手に取る。

リクエストがあったものだという事は分かっているが。

あからさまに質が低い作品も多いからである。

そんなものを修復して楽しいかと言われれば、答えは当然ノーだ。

だが、あくまで修復中は心を無にし。

客観の権化となって作業をしていくので。別にかまわない。ただ終わった後、どっと無駄な事をしたと言う徒労感が来る。

作業時は可能な限り客観的に。

だからこそ、今修復し終えたテキストの、俗悪な内容にうんざりしていた。

「アカリ、疲れたのなら小休止しますか?」

「いいや、問題ない。 徒労を感じただけ」

「それも立派なストレスになります」

「じゃあ楽しい事をしないとね」

AIが側に置いているファイルをあえて選ばず。

遠くにあった、特大サイズの動画を選ぶ。

個人製作の動画としては最大級のサイズだろう。どういう内容かはまったく分からないほど破損しているが、数時間は軽くある。ファイルの容量も、これでは凄まじかろう。当時の基準としては、相当巨大なHDDを使っていたのは疑いのない所である。

修復を開始する。

作業をしていて単純に感じたのは。

これは大変だ、と言う事だが。

一方で、殆ど完全に破損してしまっていて、何が起きているか分からないものから。少しずつ、動画の内容が見えてくるのが楽しくもある、と言う事だ。

別に反社会的な動画でもない。

というか、音楽さえ流れていない。

何だかよく分からないが。

ずっと誰か男性が、何処かの部屋で静かに微笑んでいるだけ、というものだ。

これは何の動画だろう。

小首を捻って、作業を淡々と続ける。

そして、今日の残りは、この動画の修復に費やしきった。

作業が終わると、流石に疲れた。

ハイクラスSNSをログアウト。

AIに聞いてみる。

「あの動画は?」

「検索してみたところ、ああいう動画を何百本も上げている方がいたそうです。 特定の宗教などに基づくものではなかったようで、単に笑顔を世界に届けたいと思っていた様子ですね」

「へえ……」

ちょっと驚いた。

確かに21世紀は悪夢の時代ではあったと思う。そんな時代に対して、ああいう反発の仕方もあったのだろう。

ただ、やり方が前衛的すぎる。

ちょっと何というか。

逆効果になるのでは無いかと、私は思ったが。

あの類の動画を何百本も動画サイトに上げていたのだとすると。

それは恐らくだが、人生を賭けた訴えだったのだろう。

確かに誰も彼もが殺気立ち。

サーキットバーストを起こしていた時代だ。

あの人のやり方が最適解だったとはとても思えないが。

それでも、あの動画は実験としては良かったのかも知れない。私から見れば、狂気的にも思えたが。

誰かの心には、届いた可能性はあった。

勿論、可能性は高くは無い。

私も、それは理解はしているが。

風呂に入って、夕食を取る。

AIは私の疲労がかなり深い事を指摘。もう何も今日はしないようにと念押しして、寝るように環境を整えた。

リンクの調査は今日も行った。

少しずつ、複数の集団に別れたリンクの図が出来てきている。

いずれ個人HPの衰退と供に、ほぼ全てが消えてしまうから。そういう意味では一瞬だけ存在したつながりではあるけれども。

それでも、興味深くはある。

一時的にだけでもつながったリンクを表示してみれば。

また何か、違うものが見えてくるかも知れない。

それはそれで興味深い事だ。

リラクゼーション用の音楽も、効果が高いものをAIが選んでくれている。

個人的には有り難いとも思うけれども。

たまにはこっちの気分で音楽を選びたいと思う事もある。

ただ、眠れるのだから良いか。

自律神経をやられるとどうなるかは私も分かっているし、そうなるのは流石に御免である。

ただ今日は、ちょっと興奮気味だからか。

少し寝付きが悪かった。

寝返りをうって、考える。

あのリンク図が完成したら。

私は残存している個人HPはあらかた見た。

これからファイルを修復していけば、更に形を取り戻す個人HPは増えていくことだろう。

リンク図は、あれは現時点で残っているものに過ぎない。

もっと詳細で、複雑なものをいずれ作っていけるはずだ。

そうなったら。

私は、何かに触れる事が出来るのだろうか。

触れるというのは、勿論真理とか、真実とか、そういうものだ。

それだったら嬉しいが。

いつの間にか眠り。

起きていた。

寝起きは少し良くない。

やはり、ずっと考え込んでいたからだろう。

だが体は正直なもので。

疲労が蓄積していたから、という事もあるのだろう。

起きだしたところで、気付く。

夢は一切見ていなかった。

大きくあくびをして、歯磨きうがい、顔を洗う。髪の毛もAIがロボットアームで整えてくれる。

着替えをしながら、AIに聞く。

「何か寝言言ってなかった?」

「いえ、今日はとても静かでしたよ。 脳を酷使していたので、体の方が睡眠に貪欲になっていたのだと思います」

「そっか……」

「アカリも寝言を気にする方ですか?」

と言う事は、AIにしか見られていない環境にもかかわらず。

寝言を気にする人は他にもいると言うことか。

詳しい事はプライバシーがあるだろうし教えて貰えないだろう。

だけれども、ちょっとだけ親近感が湧いた。

21世紀に行きたいとは絶対に思わない。

熱量は確かにあったかも知れないが。

滅びの時代だ。

何もかもが滅びに驀進していた時代だ。

出来ればやり直さなければならない時代でもある。

それを考えると、私は今の時代に向いているし。

別に滅びの時代に戻ろうとも思わない。

「今日のスケジュールをよろしく」

「いつも通り仕事をしてから、ルーチンワークに入ります。 もう少し運動の量を増やして行きましょう」

「思ったより体力伸びるね」

「ええ。 基礎体力をパンプアップしたとは言え、アカリは頑張っていると思います」

頑張っているか。

その言葉はあまり嬉しくないが。

素直に褒め言葉として受け取っておく事とする。

さて、今日はここからだ。

更にリンクについて調べて。

ルーチンワークもして。

そして、その前に。人間として最低限の仕事もしておく。

必要がないと分かっていても、仕事はやっぱりしておいた方が良いと私は思うのである。今後の未来のためにも、である。

ふと気になったので、現在の火星と金星の画像を取り寄せる。

火星は地表に幾つかの基地が建築されている。どの基地も無人だ。あれらを中心に、本格的にテラフォーミングが行われる。

まずは自転速度を上げて引力を増やす。引力を増やす事で、火星の地球の半分程度しかない重力を補佐する。

問題はその後だ。

大気を作成しなければならない。

火星は重力が弱かったため、既に宇宙空間に大気が散逸してしまっている。強烈な放射線が地上に降り注ぎ続けているのもそのためである。

このため、火星の地表には凄まじい殺菌効果が生じてしまっている。

故にまず大気を作り。

特にオゾン層を作らなければならない。

これに関しては、主に彗星をキャプチャして火星に卸し。

大量の水を作ってから、それに電気分解などの処置をして大気を作り。成分を調整して、やがてオゾン層に転換する。

その後土壌を調整し、植物を植え。

更に足りない日光を、金星の公転軌道上辺りに設置した収束光ミラーを用いて補う。

これらの作業を、全自動化していても100年はまだまだ掛かると言う事が分かっている。

金星はもっと大変だ。

大気の成分の99%が二酸化炭素という状態を改善し。

硫酸の雲をどうにかしなければならない。

それらをどうにかした後は。

凄まじい温室効果と気圧をある程度緩和する。

金星の気圧緩和のために、火星に空気を運搬する計画も出ているほどで。いずれにしても、金星のテラフォーミングは、火星の何倍もかかる事確実である。その代わり、金星は地球と質量が近い。

もしもテラフォーミングに成功すれば。

第二の地球として、外宇宙に出るための前線基地となってくれるだろう。

火星の後は、木星や土星の衛星のいくつかをテラフォーミングする計画が持ち上がっているが。

いずれにしてもまずは火星、という考えがAIの現状での戦略らしい。

一通り見た後、私は仕事に掛かる。

仕事はいつも通り単調で。

そして、だからこそ必要でもあった。

今日はミスを一つもしなかった。

集中力が増してきているから、かも知れない。

良い事だとは思うけれども。

私はある意味。

機械に近付きつつあるのかと思うと。それはそれで、ちょっと複雑な気分だった。

 

3、未来の図

 

リンクの調査を更に進めていく。

いわゆる検索避けをしているような個人HPのリンクについても調査を進めていくが。そうしていくと、幾つも面白い事が分かってくる。

検索避けをしているような個人HPを辿っていっても、いわゆるダークウェブに簡単に辿り着く訳では無い。

恐らくネットにおけるもっとも閉鎖的な集団だっただろうハッカー達は。

余程巧妙に姿を隠していたのだろう。

色々大変だったのだろうな。

そう思いながら、分かったリンクを、どんどん図に付け加えて、充実させていく。既に広大な銀河のような相関図が、幾つも出来ていた。

まさに銀河団の図のようである。

国外のリンクなども今は加えている事もあり。

その広がりは色々と凄まじい。

ちょっとしたプラネタリウムだと言っても、信じる人が出てくるかも知れなかった。

だが、ここに来て。

私は小首をかしげていた。

何だか違和感があるのだ。

此処まで個人HPのリンクについて調べてきたけれども。

今更違和感というのも変な話だ。

だから、ざっと調べて見る。

そして、何となく違和感の答えが分かってきた。

薄いのだ。

現実にも、恒星系は銀河系でも、四光年くらいずつを保って存在しているケースが多いのが実体だ。太陽系からも、四光年四方くらいの範囲に、何個かの恒星系が存在している。

勿論、数多のリンクを集めて、輝いている星もあるにはあるが。それは銀河中枢のブラックホールのようなもの。

互いの集団が影響を与え合っている、要するにリンクが時々ぽんと張られていることもあるが。

それも関係性が薄い。

此処に交流の深さを加えたら、更に薄さが露呈することは確定だ。

腕組みして、考え込む。

AIが助け船を出してきた。

「何か分かったことがありましたか、アカリ」

「気づきを得たと言うか、薄いねこれ」

「ふむ、薄いとは」

「ほら」

視覚的にAIにも見せる。

AIは分かっている筈だとちょっと思ったが、指先で示してみると。確かに立体図を見てAIも理解出来たようだった。

「確かに薄いですね。 これに互いの交流の密度などを加味したら、なかなかの資料になるかと思いますが」

「それはそっちでやってよ。 私の能力とリソースだと無理」

「アカリはなかなかのリソースを持っていると思いますが」

「それでも無理」

きっぱり言うと。

珍しくAIは考え込む。

勿論AIとして出来るかどうか、を考えているのではないだろう。

AIとして、それが人間を守るのにどうつながるかを此奴は考えている。人間に寄り添うAIというのはそういうものだ。

「今後も、リンクの調査は続けるよ。 それでこの図にデータを付け加えていく。 でも、何だかちょっと分かってきた気がするなあ」

「何がです」

「同好の士でさえこれだよ。 ちょっとこういうブログを見たんだけれどさ」

体育会系の人間が書いたブログだ。

ブログくらいの利便性の高さになってくると、いわゆる脳筋と言われるような連中でも利用できるようになっていく。

そんな時代だから。

筋肉で全てを解決できると本気で考えているような阿呆が、文章をネットに載せたりもした。

内容としては、友人関係についての考え方で。

其奴の考える友人というのは極めて其奴の嗜好に偏っており。其奴が馬鹿にする相手……いわゆるオタク達の考えている友人というのは、友人では無いというものだそうだ。

「論ずるに足りない言説だけれども。 ある意味示唆的だね。 此奴は自分は気付いていないけれど、此奴が友人だと思っている相手は、気を遣わせていたり、或いはいざという時に都合良く助けてくれたりする存在だったのかも知れない」

「……ふむ、続けてください、アカリ」

「要するに友人なんてのは、余程の親友である以外は幻想では無いかって事だよ」

昔の言葉で、刎頸の友という言葉があったらしい。

其奴のためなら首を刎ねられても惜しくない友人という意味だ。

勿論そういう関係性はあっただろう。

あった事は何ら不思議でも何でも無い。

だが体育会系の人間が周囲に侍らせていたような存在は、本当に友人と呼べるのか。友人という言葉の定義は、人間ごとに違うのでは無いのか。

SNS時代になると更にそれが露骨になる。

親しくしていても、地雷を踏んだら一気に関係が冷えることがある。

そういうものだ、人間とは。

リンクによるこの薄い人間関係。

それを示唆しているのではあるまいか。

「そもそも夫婦でさえ結婚は人生の墓場だなんて言葉が当時あったらしいしね。 そういうものなんじゃないの」

「……」

「今の、無作為に遺伝子データを組み合わせて子孫を作るやり方は正しいと私は感じるかな。 人間てのは結局究極レベルで自分勝手な生き物で、言葉の定義も自分で勝手に決めている事が多い。 だから人間としての生物の力と、科学技術の力があまりにも乖離しすぎた21世紀に、自分を焼き滅ぼしてしまった。 今生きているのも、人間の「自分勝手」を極限まで殺す環境が偶然出来た結果でしょ」

「そうですね。 そういう面は確かにあるでしょう。 しかしながら、その結論を出すには少しデータが少なすぎる。 もっと包括的なデータを得てから、その結論に到達しても良い筈です」

そうかも知れない。

いや、確かにその通りだ。

人間の関係性のもろさ。

それは確かに今回の件で実感できた。

だが結論が飛躍しすぎたかも知れない。いずれにしても、少し頭を冷やした上で、その後に判断した方が良さそうである。

一度、リンクの図を閉じる。

そして、目も閉じた。

頭の中をリセットする。

しばらくは、ファイルの修復作業をした方が良いだろう。

そのためには、集中を取り戻す。

客観性を保つ。

今の私の結論は、主観の極みだった。

実際問題、人間は己を焼き滅ぼし偶然生き延びたという現実はある。だが、其所に強引に結びつけすぎた気がする。

まあ、所詮は仮説だ。

確かにAIが言う通り、まだデータが足りていない。

ならば、今後は更にデータを集める必要があるだろう。

幸いにもと言うべきか。

今はデータを集めるのに、有利な条件が幾つも整っている。私に取っては、都合が良い環境である。

「修復作業に戻るよ」

「アカリ、貴方は頭の切り替えも早くなりましたね」

「そうかな」

「ええ。 やはり、たくさんのデータを取得することは、人間にとってとても有意義に思えます」

そうか。

AIの事だ。

何か妙なことを考えていないと良いのだけれど。

ただ、考えていた所でどうしようもできない。

それにAIは元々、人間に寄り添う存在で、人間を支配する存在では無い。

今後人間にとって、どう寄り添っていくか。

より効率よく人間に生きていて貰うにはどうすればいいのか。

AIとしても、比較的真剣に考えている、と言う所なのだろう。

私はそれならば、それで良いと思う。

比較的大きめのファイルを選んでくる。

破損の度合いが酷くて、ちょっとやそっとで直せる代物では無い。

動画ファイルだが、なんと8時間に達する代物だ。

中身がグチャグチャになるまで壊れているので、直すまでは一体何のファイルかさえも分からない。

動画と言う事しか分からないが。

まあそれも一興だ。

直し始める。

今の技術だったら、昼までに直しきることが出来るだろう。客観を最重要に据え。AIに手伝って貰う。

そして淡々と直し続けて。

ファイルの修復を完了。

驚いた。

マイナーな映画だ。

いわゆるインディーズ製作の、あまり出来が良くない映画だし、見ていて退屈という欠点があるが。

作った人達の情熱は伝わってくる。

映画の適正時間は二時間程度と言われている。

これは集中力がそれしか続かないからで。

テレビ番組なども、一時期はこの集中力に沿って作っていたと言う。

しかしながら、たまにそれらの基本を破るような映画も存在し。

これもそんな基本破りを意識した映画だったのだろう。

ひたすら低予算。

ひたすらチープ。

なるほど、プロの作品ながらAIが修復していない訳である。これを最初から最後まで見きる事が出来たら、その人は多分仏教で言う悟りの境地に一歩近づけるのではあるまいか。

知名度も極端に低かったらしい。

少し調べて見たが、この映画の名前は、余程マニアックなインディーズ映画としか知られていなかった。

ネットにあったのは。そもそも全く売れなかったため、作り手がネットに放出したため、らしい。

無料なら誰かは見てくれるだろうかと判断したのかも知れないが。

残念ながらそうとはならなかった。

同じような低予算の駄目インディーズ映画でも、一部の駄目映画愛好家の心に刺さってヒットするようなケースもあったのだが。

これはそんなヒットには恵まれなかったようだ。

ちょっと溜息が出る。

駄目さ加減では似たようなものだろうに。

一方はカルト的な人気が出て。

こっちは駄目。

間違いなく運が其所には絡んでいる。

修復が終わった後、何というか私はとても強い徒労感に捕らわれていた。

AIがストレスの上昇を警告してくる。

分かっている。

ファイルをAIに渡すと、私はそうそうに小さいファイルの修復作業に移った。

黙々と、用途も分からないファイルを修復していく。

これらも、作る時はどれも情熱を込めて作ったのか。

或いは誰かしらが趣味で作ったのか。

よく分からない。

いずれにしてもはっきりしているのは。

もう確かめる方法が皆無に等しい、という事である。

手際が良くなって来たから、修復作業もかなり早くなってきている。AIの補助も殆ど必要ない。

淡々と修復しつつ、時間の経過も見る。

体力の消耗も、何となく肌で分かるようになってきていた。

意識を飛ばして作業しているとは言え。脳みそはフル稼働している訳で。あまりにも無理をすると体に悪影響が出る。

考えてみると、知恵熱を出していたときは、何かしら動きが鈍くなっていた。

今は、かなりの余裕を持って動けている。

脳みその負担も大きくないという事だろう。

無言で、コレを最後と決めたファイルを修復。

一旦作業を切り上げる。

AIに言われる前に時間経過を見て。

丁度そろそろだと判断だ。

AIは人間に寄り添ってくれる存在だ。

そして今の人類は、凍った世界で身を縮めるように。常にリソースの消耗を抑える事を意識して生きなければならない。

それが地球を焼き払った悪逆に対する罰。

私は、それに異存は無いし。

同時に、AIに頼りっきりになるつもりもなくなりつつあった。

人間は自主的に、罰を受けていかなければならない。

それが、こんな世界にしてしまった報いである。

先祖がやった事だ、等と言うことは関係無い。

現実問題として、資源も使い尽くした状況に追い込まれたのは人間がずっとやってきた行動。

自身を万物の霊長と称し。

自身の考えは全て正しいと考える人間が大手を振り。

無作為に地球を貪り喰い。

気にくわない思想の人間を殴り、場合によっては殺し。

相手が「正しくない」場合には何をしても良いと考えてきたツケだ。

ハイクラスSNSからログアウトすると。

憮然とする。

「あの映画の修復は無駄だと考えていますか?」

「いいや。 アレは駄作かも知れないけれど、少なくとも作った人は真剣だっただろうし、そうは思わない。 例えこれから誰も見る人がいないとしてもね」

「ふむ」

「私が考える、残すべきもの、残してはいけないものというのはやっぱりそういう基準ではないよ」

それを確認できた事は大きい。

だがそれはそれとして。

やっぱり憮然としてしまうのも事実だ。

良く昔言われていた事がある。

もしも世界で一番売れているものが一番いいものなら。

一番良い食い物はハンバーガーだ。

それ以外はいらない。

だが実際は違う。

何かの間違いで売れるものはある。何かの間違いでヒットするものもある。中にはカルトなどが手を貸して、異常なヒットが人為的に演出されるものもある。

そういう事を考えると。

やはり残すべきものというのは、創作の出来の良し悪しじゃない。

リンクについて調べれば調べるほど、創作については作り手の思想の断絶が大きい。特に老害と揶揄されるようなファンが、新規のファンを閉め出し始めるような状況を作り始めたジャンルについては目も当てられない状態になる。

私はこれでも、加速し、無駄に余った時間を活用して。ネット上に残った創作はあらかた見て来た。

掲示板などの交流ツールも。

SNSのログは流石に膨大すぎて見切れていないが。

それでも結果は同じだろう。

「アカリ、何だか楽しそうには見えないですね」

「人間を改良するにはどうしたら良いのかなって思ってさ」

「何だか危険な考えに結びつきそうだけれど」

「危険でも何でもいいよ別に。 まず第一に、ありのままの人間が一番素晴らしいと言う妄想を最初に排除しなければならないね。 後、自分の思想は常に正しいという考えも同じく」

この考えが、如何に21世紀で多くの創作を燃やしたか。

それについても、リンクを調べている内に確認できた。

断絶は摩擦を産み。

それがやがて発火する。

BLなどの、万人に受け入れられるとは言い難いジャンルを創作する人間が。21世紀に猛火のように荒れ狂ったエセフェミニズムに狂い。気に入らないジャンルの創作を燃やしていた。

それらは、実例を見て確認している。

実際問題、仲間内でリンクを張っている網を辿っている内に、そういった発言はどうしても見てしまう。

21世紀の前半ですらそうだ。

リンクが既にHPから失われ。

ポータルサイトによる検索と、大手投稿サイトによる創作の投稿が主体になった2020年代に至っては。

同じ人を追跡してみると、SNSで更に思想が先鋭化していた。

勿論、嫌いなジャンルは創作をしている以上あるだろう。

だが、嫌いだからと言って燃やすのは間違っている。

嫌いな思想だって存在しているだろう。

だが、違う思想の持ち主を殺すのはやってはいけない事だ。

そんな事だから、2020年代にはもうどうしようもない所まで過激派の行動は行っていたし。

2030年代には、もう誰も止めることは出来なくなっていた。

もし止めようとしたら、その時には一瞬で村八分にされ。

袋だたきにされるどころか、実際に殺されるケースも少なくなかった。

2040年代はもはや創作の暗黒の時代。

大手投稿サイトでさえ衰退していったその時代には。

下手に創作を行うこと自体が、命の危険につながった。

票田になると判断した政治家が、過激派団体と結びついた結果。

創作をしたら死刑になるようなケースが、国単位で起こるようになって行ったからである。

そしてその頃の人々は。

もはやそんな異常な状況を批判する事すら出来ず。

むしろ狂気的に熱狂していた。

2050年代に世界大戦が終わり。

自分を含めた全てが焼き尽くされても。まだ一部の人間は、気に入らない相手を見つけ出しては、殺そうとしていたらしいと言う情報もある。

本当に紙一重だったのだ。

もしこの状況が来なかったら。

人間は核の冬に包まれた地球で。

とっくに滅び去っていただろう。

それを淡々と告げる。

AIはじっと聞いていた。

「アカリ、概ね結論は分かりました。 ですが、もっと解像度を上げるべきだと思いますね。 やはり情報量がまだ足りず、我田引水になっていると思います」

「私もそれは感じる。 もっと色々と調べていかないといけないだろうね」

「その考えは素晴らしい。 どんどん調べていくのが良いでしょう」

「……」

何だか馬鹿にされている気がするが。

AIには人間を馬鹿にするという機能そのものが備わっていない。

だからそんなつもりは此奴にはないのだろう。

分かっている。

だから別に良い。

頬杖をつくと、風呂を見る。

すぐに入る気にはなれないが。体は綺麗にしておきたい。人間としての最低限を保っておきたいからだ。

とはいっても、風呂にしっかり入るようになったのは、20世紀からだという話も聞いている。

水の確保が難しかったり。

火を熾すのが大変だったり。

色々理由はあったらしいが。

風呂に入るのは、心の洗濯だ。

色々ろくでもないものを見て。ろくでもない考えに触れて。心は色々とくさくさしていたのだ。

多少は風呂に入って、ストレスを緩和しなければならないだろう。

風呂に入って、ぼんやりする。

凍ったこの世界で。

リソースを食い潰すことは許されない。

私は既に活動しすぎている方だと、自覚はしている。

だが、私の活動は必要なものだし。

AIに止められてもいない。

肩までしっかり湯船に浸かって。

ぼんやりとしている内に、AIに警告された。長湯になっていると。

ハイハイと答えながら、風呂から出る。

夕食を食べている内に、気付く。

やっぱり、ストレスは一切回復していない。

このままだと不眠症になったりして。

そう思うと、乾いた笑いが出ていた。

流石に現時点ではその兆候はない。ただ、ストレスはあまりため込まない方がいいだろう。

AIにも聞いているが、この世界で人間が死を選ぶ最大要因は、ストレスだそうである。

だったら、ストレスをため込むのは良いことではない。

とはいっても、ストレスを解消する方法はない。

困った話だった。

「そろそろ眠りましょう」

「んー」

作業時は、AIにいちいち言われなくても、自主的に動けるようになっている。これは昔の私からは考えられない事だ。

それだけしっかり進歩している、という事である。

だけれども、こういう生活時は、まだAIに色々言われている。

それは、自力でどうにか改善していきたい。

前、引きずるような長い髪で、自堕落に何の熱量も持たずに暮らしていたときにはもう戻れない。

あの頃から、もう半年以上は経過したか。

本来、20代になると。

半年程度で、人が変わることは殆ど無いという話はある。

ただ私は肉体年齢を十代に保っている。

それが故に、体も色々と影響を受けやすいのかも知れない。

思考を閉じて眠る。

どうせこの部屋からは出られない。

あと数千年は出られないのだ。

だから、別に気にする事もない。

老化処置は止めてしまっている。

だから、よほどずっと寝ていたりでもしない限りは、動けなくなるような事はないだろうし。

そもそもとして、それでもAIが何かしらの対応をして、私を動かすだろう。

目が覚める。

何も夢は見なかった。

着替えて、仕事の準備を開始。

AIに言われる前に、遠隔での作業に取りかかる。

今日も、ミスは最小限に済ませた。

マスドライバでアステロイドベルトの小惑星から撃ち出された資源を見て、ぼんやりと思う。

いずれこれがオールドの雲で活動している小惑星に移るのだろうかと。

リンクで作られた、銀河のような情報のネットワーク。

あれを考えると。

私のしている事は、とても小さいように。

やはり思えていた。

 

ルーチンワークが増えた。

存在が判明しているHPの情報を整理して、リンクをつなげていく。今までかなりの量の個人HPを処理したが。

まだまだ全然足りない。

世界中の個人HPのリンクをつなげていき。

どう推移するのかも、最終的には見て行きたい所だ。

途方もない作業だが。

やってみると案外面白い。

膨大なネットワークが出来ていく様子は、自分でも中々に壮大だと思う。

例え、ジャンルごとで壁があって。

身内でしか、情報をやりとりしていないとしても、だ。

幾つかの巨大な塊がある。

検索避けをしていたような個人HPの作り出している、巨大なネットワーク網。網が複雑すぎて、輝いているようだ。

とはいっても、他のジャンルの個人HPとは殆ど結びついていないし。

よく見ると、複雑な網の中でも、断絶が見えている。

確か同じ作品のファンでも、どのキャラが好きか、どのキャラがどのキャラをどう好きか、とかで派閥があるとかで。

この断絶は、その派閥を示しているのだろう。

此方は小さな塊だ。

SFを扱っているHPである。

20世紀後半から21世紀初頭から、いわゆるハードSF。HGウェルズから始まったような、センスオブワンダーを主題にしたようなSFはどんどん衰退していくことになった。

理由は害悪ファン。

当時は老害と呼ばれていたような連中の存在である。

テラフォーミングのやり方がおかしいとか、他人の作品にどうでも良いことでけちをつけたり(そもそも現実にテラフォーミングなんて技術が確立していない時代なのに)。

有名なロボットアニメに対して、これはSFではないと文句を延々と書き連ねたり。

場合によっては自分達の集団以外のSF作家を馬鹿にしたりと。

ろくでもない連中であった事は、様々な資料から分かっている。

何かしらのジャンルには、こういう連中が沸くことは、私も今まで色々な創作を見て来て知っている。

ある作品には、一時期この手の害悪ファンが湧き。

別作品を扱っている個人HPにまで押しかけては、閉鎖に追い込むようなマネまでやっていた。

SFの場合はジャンルごとそんなろくでもない連中がのさばっていたわけで。

はっきりいって、致命的というか末期的だったのだろう。

集まっているリンクの密度が薄い。

それもそうだ。

リンクが機能しなくなった2020年頃には、もうSFという言葉を使う事さえ避けるようになった、という事情まであったという話がある。確定情報は取れていないが、厄介な古参ファンの行動を考えるとあり得る事だ。

こぢんまりとまとまったSFファンサイトのリンクを見ると。

何だかとても其所は、閉塞しているように私には見えた。

そして、巨大で、何だかぼんやりしている塊。

他の塊とも、比較的結びつきが強い。

二次創作全般の個人HPである。

一部の作品の二次創作は、やはり厄介ファンの存在で色々と問題が多かったが。作品によっては緩やかで。

比較的静かに、だがそれ故に、リンクの塊も大きかった。

まるで天の河銀河が存在する銀河団における、アンドロメダ銀河のような存在感である。中々に大きい。

ただ大きいだけで、密度は薄いし。

それぞれの交流もさほど強くはないようだ。

また、リンクは確認できる範囲で展開しているが。

更新履歴などを確認すると、リンクを切る頻度も高い。

更に言うと、個人HPが長続きするケースもあまり無かった様子で。

ついでにいうと、流行り廃りに乗る個人HPも多く。

リンクの変動も激しい。

どれもこれも。

一長一短だな。

私はそう思うと、頭を掻く。

時間を見て、今日はここまで。

日本以外の国のデータもまとめ始めている。今後は更に、こういった巨大なリンクのネットワークを作る事が出来るようになるだろう。

資料が残っていないのが致命的だ。

もしも資料があったら、年代事にどう変化していったのかを、この図に加えられるのだが。

そうなれば、一級の資料になるだろうに。

流石にそれは、どのHPも更新履歴をマメに残している訳ではないので無理である。

残念な話ではあるが。

さて、次の作業に移ろう。

ルーチンワークが増えれば増えるほど。

私は充実を覚えてきている。

私の中の熱量は、どんどん確固たるモノとなってきている。

そして私の熱量は。

情報をどんどん貪欲に取り込み、そして今後の人類はどうするべきかという結論に向けて。

情報を滝のように注ぎ込み続けている。

やがて其所には巨大な湖が出来るだろう。

雑多な情報を流し込み続ければ、それは汚く濁った湖になるだろうが。

私はある程度いつも情報を整理しつつ進んでいる。

AIと話し合いをする事で、その整理も加速する。

其所まで濁ることはないと信じたい所だ。

誰が何のために作ったかさえ分からない破損ファイルを、片っ端から修復する。出来上がった後は、AIに渡してそれでおしまい。

AIの方でも、元にあった場所に戻し。

破損前と修復後みたいな感じで展示している様子だ。

また、私が修復したファイルの一覧についても作り。

それを見に来ている人達が、色々と注文をつけてきているらしい。

自分でやれ、という事についてはもういい。

いずれにしても、私のモチベーションは上がってきている。

今後も、これを落とさずに行きたいものだ。

そう、時間をちらりと見て。もう十ファイルはいけそうだと判断しつつ。

私は考えていた。

 

4、負の中の負

 

長編のテキストを修復する。

破損していたファイルは、作品の先頭部分数話。残りは最後まである。ただしこの小説、完結していない。

ネットの小説ではよくあることだ。

作者が飽きてしまったり。

そもそも展開が支離滅裂になって、収拾がつかなくなったり。

何でも物書きなら、絶対に一度はやらかすことらしい。

数十年も、ずっとテキストサイトで定期更新を続けていた人も。ブログでそういう話をしていた。自分も個人HPに創作を載せる前にはやらかしたことがあると。

本当かどうかは知らない。

だが、それが事実かどうかは別として。

そういうものだとして、諦めるしかない。

作者の生存は絶望的なのだから。

ファイルの修復を終えて、AIに渡す。

これでまた中途になっていた長編小説が、復活したことになる。終わっていない事は、もうネット小説だからとして諦める他は無いだろう。

さて、次だ。

テキストの次はイラストにするように、最近は意図的に動いている。

ただ、時間加速をしても、それでも時間は限られる。

ルーチンワークが増えてきている今。

何かしらに注力すると、他が疎かになりやすい。

AIが優先順位を上げてきているファイルに手をつけて、イラストを黙々と修復していく。

流石に優先順位が上がっているだけあって。

そこそこに凄いイラストだ。

調べて見ると、プロが描いたものらしい。

まあネットにプロが作品を掲載することは、大手投稿サイトが出来てきた頃には珍しくもなくなっていた。

そういうものなのだろう。

別に驚くことは何一つない。

淡々と修理を終えて。

AIに引き渡す。

今日はリンクの調査をする暇は無さそうだ。

動画を後一本修復した後、雑多なファイルを大量に修復していく。これについてはもはや流れ作業だ。

どんどん修復を行い。

元がアダルトサイトへの誘導広告だろうが、何だか用途さえ分からないファイルだろうが、関係無く修復していく。

AIもそれについてああだこうだ言わない。

淡々と、私の処置につきあった。

時間だ。

切り上げて、SNSからログアウトする。

AIに言われた。

「時間の加速を更に上げましょう。 それだけの体力が今のアカリにはついています」

「そう。 じゃあ、そうして貰おうかな」

「それと……まだ何かしらルーチンワークを増やすつもりですか?」

「ルーチンワークにするつもりは今の時点ではないけれど、やろうと思っている事はあるかな」

内容を聞かせろとAIがいう。

まあ私がやることはいつも結構突飛だから、先に備えておきたいのだろう。

此奴の考えは分かる。

相手は人間では無いし。

人間に寄り添ってくれる存在ではあるけれど。

だからこそ、負荷を減らしたがる。

それに、私がリソースを新しく食い潰すようなことはしないことも理解はしているからだろう。

此奴の行動は、最近は比較的画一的だ。

「ちょっとあるものを調べるつもり」

その内容を聞いて、AIは黙り込む。

それはそうだろう。

いずれにしても、決めてはいたのだ。

+の事を調べた後は、−の事を調べる。

それが良いと私は思っている。

良い部分だけ見ていても駄目だ。

駄目なものも見ないと、人間はしっかり理解出来ない。

そして、駄目なものは。

どんな人間にも、等しく備わっているのである。

それは鉄則だ。

「分かりました。 しかし危険な作業になります。 気を付けましょう」

言われるまでもない。

私は頷くと。

淡々と、昼食を食べ始めていた。

 

(続)