陽が昇り始める

 

序、苦痛とともに

 

私の実年齢は、肉体年齢より八年ほど上だ。現在16の最盛期に肉体年齢を保っているから、其所から基礎体力を高めるために、細胞の活性化をするというのはちょっと面白くも思えた。

だがそれは文字通り最初だけだった。

二次性徴の時に成長で体が軋みまくった。

彼方此方痛くて酷い目にあった。

それをまた今感じている。

基本的に手術などでは痛みを感じないのだが。

細胞が成長する痛みばかりはどうしようもないのである。

こればっかりは、それぞれが克服するしかない。

男子などだと、一晩一pなんて勢いで伸びる子もいるらしいけれど。

私は其所まで伸びない。

結局身長は160pに届かなかったし。

もしも肉体年齢を加算しても、今後伸びることは無いだろう。

基礎体力をつけるために、体の内部を一旦若返らせるという行為が可能なのも。

現在が22世紀に入ってからだいぶたち。

何よりも、世界大戦前やその最中に、各国でやっていた非人道的実験のデータを回収したからなのだが。

今はそんな事を考えている余裕は無かった。

飲まされるのはプロテインである。

はっきりいってまっずい。

それでもなんとか飲み干す。

運動も適度に行う。

別にマッチョになるつもりはない。

ただ基礎体力を上げて、活動力を増やしたい。それが私が今、望んでいる事だ。そしてそれ以上は何も望んでいない。

みしみし言う全身。

そもそも細胞を若返らせるのは痛くないのに。

若返った細胞が成長するのは痛いというのは、何だかいびつなテクノロジーだ。

中には、一度老人になってから若者にまで戻った人もいるらしいが。

その時アンチエイジングで、酷い目にあわなかったのだろうか。

あったかどうか聞いても良いが。

そんな気にはなれなかった。

げんなりしているうちに、副次的に幾つかの処置をされる。

私は性欲も生殖能力もオミットしてしまっているのだが。

細胞の一部を刷新したことにより、調整が必要になる。

何度かそれを目的とした手術も受ける。

手術自体は痛くも何ともないのだが。

一日ほぼ動けなくなるので。

それはそれで面倒だ。

昔のように、性行為で子供を増やす時代では無いし。そもそも時間の無駄だと思ったから性欲はオミットしたのだけれど。

その結果、色々とこういう面倒も増えた。

ただ女性にとっての最大の行動阻害要因である生理がないので、それはそれでありがたい。

だいたい、子供を自分の手で増やす時代でもないし。

その自由もない。

悶々としているうちに。

AIが話しかけてくる。

「アカリ、気分はどうですか」

「自分で望んだこととは言え最悪」

「基礎体力を上げるためです。 現在筋細胞に刺激を与えて、基礎体力増強を行っています。 全てのプログラムが終わった時点で、体力はおよそ三倍に。 伸びしろももっと増すでしょう」

「三倍か……」

そういえばvtuberについて調べていたとき。

10時間以上、激しい運動をするゲームを楽しんでいる人を見たっけ。

例のコピー魔王のコピー元の人だ。

あの人の体力は、控えめに見ても私の百倍はあると見て良い。

基礎体力を上げれば体力が三倍になるというのは、あながち大げさな事では無いのかも知れない。

寝返りをうつと。

タオルを手にとって、額の汗を拭う。

これでも尊厳は保ちたいと思っているからパジャマは着ているが。

人によってはもう誰にも見られないのだからと、裸族になっている人もいるらしい。

タオルで顔を拭っていると。

少し力が掛かりすぎていると警告される。

アトピー持ちなのだ。

確かに、悪化の要因になる。

「完治にはコストが掛かるんだよね」

「残念ながら。 体力を増すことは出来ますが、激しい運動はやはり控えた方が良いでしょう」

「何だか本末転倒だなあ」

「アカリ、貴方には現在事実上無限に時間があります。 各コロニーの状態が安定し、人類が雄飛に向けて力をつけた頃には……完治の手術をする事も出来るでしょう」

いったい何年後の話だ。

多分千年とか、もっと掛かるだろう。

人間にとって寿命は無くなったが。

火星のテラフォーミングだって、後百年はかかる。金星については、ゆっくり大気から改造している状態だ。

当面は無理だろう。

半身を起こすと、軽くゲームを遊ぶ。

今日はそれほど頭を使わないゲームをやるのだが。

それでも、いつもに比べてゲームのスコアが低い。

まず体中が痛いので集中力は持って行かれるし。

何よりも指がちゃんと動いてくれないからだ。

げんなりして、ゲームオーバーの画面を見やる。いつもはもっと進めるのだが、こればっかりは仕方が無いとしか言えないか。

ため息をつくと、次のゲームに。

ゲーム自体は楽しいが。

あまりに難易度が高すぎたり、プレイヤーを突き放すような内容だと楽しめるものも楽しめなくなる。

黙々とプレイしているうちに、警告される。

そろそろ休めと。

どうやら体力自体がついているのは、本当のようだが。

それでも無理は禁物だ。

私はただでさえ、そんなに体が丈夫な方ではないのだから。

しばらく横になっていると。

AIが話をしてくれる。

「修復作業の方ですが、良い成果が出ています。 見に来た人は、自分を出し過ぎていない良い修復だと口を揃えていますね」

「自分を出し過ぎないというよりも……自分がないんだけれどね」

「そうでしょうか」

「そうだよ」

私は熱量を持ちたいと願っている。

ほしい熱量だって見つけた。

その一方で、私はそもそも性機能を体からオミットしてしまったこともある。全くというほど、他人の嗜好に興味が無い。

悪意は感じるが。

それはそれである。

創作というものにはどうしても嗜好というものが出てくるし。

作り手受け手どちらにとっても重要だ。

それについては、多数のネット創作で見たし。

更に電子媒体として保存されていたプロ作家の創作でも、同じであることを確認している。

要するに私は創作に対する嗜好が無い。

思想も無い。

だから修復するとき、自分の考えが絡まないし。

出来るだけ元の作品を忠実に修復しようとだけ考える。

我があったら。つまり自分のコレは譲れないという思想があったら、こうはいかないのである。

その点では私は有利とも言えるけれど。

他の人間が、その真相を知ったときにどう思うかは分からないし。

どう思ったと事で、私はどうとも思わない。

いずれにしても、他人がどうこう思う事を気にして。社会内での階級にひたすら怯えなければならかったのが21世紀半ばまでの人類社会だ。

これは古代から変わっていない。

人権だ何だといっても、悪しきスクールカーストは学校が出来て以降ずっとあったし。

何よりも会社に入ってからもそれは同じ。

日本では、海外では人権意識が高いとかなんとか、そんな話が一時期流布されていたらしいが。

実際はそれは大嘘だったと、実体が分かっていった。

結局の所隣の芝生は青く見えるだけ。

人間という生物は、どの国にいようが、どの時代にいようが屑だ。

だから、そこからまず脱却しなければならないのである。

私は歴史に学ぶ事にする。

やってはいけない事を見つけ出し。

やるべき事を見つける。

この思想は、恐らく多くの人間に受け入れられる事はないだろうが。

それでも私の中で、始めて点った熱だ。

「アカリ。 それで今日はしばらく休んでいると良いでしょう。 もうしばらくしないと、体の再構成作業は終わりません」

「そうみたいだね。 熱っぽいし、やっぱり体中痛いし……」

「細胞レベルで体が変わっているのだから仕方がありません」

「眠っている内に終わるとか、都合良くいかないのかな」

いかないそうだ。

色々と試したらしいが、結局の所半冬眠状態になってしまうと、体の成長も止まってしまうのである。

だから痛くても、起きていなければならない。

基礎体力を増やすと決めたのは私だ。

AIは常に最適解を選ぶ。

だから私には苦しい選択肢を突きつけてくるけれど。

それを受け入れるしかない。

「そういえば昔はこういう状況に他人が陥っているのを見て、草とかいったんだっけ」

「そうです。 更に古い時代は、(笑)とか、多種多様な顔文字が使われたりしました」

「……人が苦しんでいるのを見るのは最高の娯楽ってか」

「それについては何処の時代どの国でもそうです」

知っている。

ネットが流行る前のテレビ番組で、コメディと言えば人が苦しみいたがる様子を楽しむものだった。

みんなで楽しく遊ぼうという発想そのものがなく。

誰がどう劣っているから、痛めつけられて当然という思想のまま痛めつけ。

そしてそれをゲラゲラ笑うというものだった。

それが「本職」の芸人がやっているうちは良かったが。

いずれ素人弄りと呼ばれる、「一般人」が「テレビ業界関係者」に如何に劣っているかを示すためのプロパガンダ番組に変わっていき。

その結果、テレビ業界そのものが愛想を尽かされた。

勿論テレビ業界そのものの質の劣化も大きな問題だが。

視聴者に喧嘩を悪い意味で売り続け、自分達が客商売をしている事を理解出来なかったことが、テレビというメディアの衰退を決定的にした。

そうAI達は分析しているし。

資料を見る限り、私もそれで正しいと思っている。

つまりネットが普及する前からそうだ。

人間は苦しんでいる相手、悲しんでいる相手を見るのが楽しくて仕方が無い生物なのである。

自分より劣っている相手を痛めつけるのは好きで好きで仕方が無いし。

自分は常に絶対正義だから、何をしても良いと思っている。

だから法を破ろうとするときにはいつもよりも頭が回るし。

他人は究極的には邪魔でしかない。

今もそうだろう。

AIがしっかり手綱をとっていなければ。

結局昔の地獄が戻ってくる筈だ。

「痛い……」

「痛み止めを入れましょうか」

「いや、これくらい慣れないと。 まだまだ痛みは続くんでしょ」

「後二週間ほど」

溜息が漏れる。

二週間でも早すぎる程らしいのだが。

それでも苦しいものは苦しい。

ため息をつくと、私は寝返りをうつ。

今日のルーチンワークは最小限に抑える。

しばらく痛みに耐えた後。

ハイクラスSNSにログイン。

量をヘラしつつも、ルーチンワーク開始。

ネット文化の修復作業に入る。

壊れたテキストファイルの修復作業を行っていたが。

いわゆるネットミームだらけの文章だった。

無言のまま、淡々と修復を続ける。

これは、後の時代の人が読むことを一切考えていないなと、私は思ったが。それはそれである。

創作の修復作業には我を持ち込むべからず。

それは理念。

そして私にはそもそも我がない。

だから、その創作の出来が悪くても、別に気にする必要はない。

黙々淡々と作業を終わらせて、破損ファイルの修復完了。

AIに後の処置は任せる。

続けてテキストファイルを中心に、四つの作品を修復したが。

今日はどうもネットミームに縁があるのか。

当時でないと分からないような言葉遣いの作品や。

用語がたくさん出てくるものが多く。

何度か手を止めて。じっと内容を見つめた。

創作が本当の意味で評価されるのは、残念ながら後の時代だ。

これについては、色々な統計から結果が出ている。

例えば、あるファンタジー小説は、文体が非常に軽かったことから。発売当時は小学生でも書けると揶揄されたことがある。

だが実際に時が流れてみると。

その作品で多用されていた擬音が非常に使いこなすのが難しかったこと。

内容もファンタジー作品として過不足無かった事。

設定などもよく練られていたこと、等から。

世代を跨いだ頃には、評価が一変していた。

最も大きかったのは、いわゆる対談。

作品の最後で、作者とキャラクターが対談する方式を採っていたのだが。

これは余程のセンスがないとただ見苦しいだけのものになってしまうのに。

この作品の場合は、とても面白く仕上がっていた。

そういうものだ。

いずれにしても、こういうネットミームだらけの文章は、後の時代には注釈だらけになり。

読むときにはいちいち手を止めなければならないことを理解出来ていないなと、私は手を止めてぼんやり考えた。

だが、作品の出来はどうでもいい。

私がやっているのはあくまで修復作業であって。

出来の良し悪しの判定では無い。

黙々と修復を続けて。

適当な所でAIから声が掛かった。

「そろそろ切り上げましょう」

「んー。 負担がやっぱり大きい?」

「はい。 アカリ、このまま続けると、さっきの比では無い痛みで眠るのにも支障をきたすことになります」

「それはぞっとしないね……」

丁度切りも良い。

ハイクラスSNSの作業用ブランクスペースからログアウト。

確かに、体中が痛い。

意識だけSNSにつないでいるとは言え、色々となんというか厳しい。

AIの警告は、むしろ遅かったほどなのかも知れない。

私はしばらく悶絶していたが。

風呂に入るのをロボットアームでやろうかと提案されて。

無言で首を横に振る。

自分でそれくらいはやる。

裸族になっている人もいると聞く。中には、トイレなどにまで自分をロボットアームで移動させる人もいるそうだ。

そこまでいったら、もはやなんというか。人間と言うよりも、生きているだけの肉の塊に思う。

勿論私がそう思うだけで。

その人がそれでいいなら、私は止める気は無い。

だが、人間としての尊厳を守れているといえるのだろうか。

勿論何かしらの理由で体を動かせないのであれば、それは仕方が無いとも言える。

介護されるような立場なら、そうだろう。

だが私はいたいけれど動ける。

だったら動く。

風呂に入っている間に、AIにアドバイスを受けながら体をもみほぐす。

マッサージによって、体調を少しでもマシにするのだ。

体の痛みはどうにもならない。

そういえば、昔はゴリゴリと力を入れて押すことで改善すると考えられていたらしいのだが。

医学的根拠はなく。

ネットミームの前の時代の。いわゆる一種の噂話に過ぎなかったという。

風呂から上がるのも一苦労。

タオルで体を拭くのも、最近は全部自分でやるようにしていた。体が痛いからスローになるけれど、こればっかりは仕方が無い。

着替えを終えて、夕食にする。

かなり蛋白質が多くなっている。粉状になっているいわゆるプロテインではないけれども。

やはり入れ替えた細胞に配慮しての食事なのだろう。

何だかずっと肉ばかり食べている気がして、色々気分は良くない。

肉が嫌いだとは言わないけれども。

それはそれ。

幾ら肉が好きでも、肉ばっかり食べていればそのうち飽きてくる。自明の理である。

食べ終える。

AIに、変な事を言われた。

「アカリはどんな量を出されてもちゃんと全部食べますね」

「? いや当たり前でしょ。 資源限られてるんだから」

「……そうでもないんですよ。 人によっては気分次第で結構残します」

「そう、なんだ」

そうか。

まあ、AIがあえて私が嫌いではないものを選んでくれているというのもあるのだとは思うが。

もしも其所が美点なのだとすれば。私は喜ぶべきなのだろう。

寝る事にする。まず体を再建して。それからだ、全ては。

 

1、常識と言う名の鎖

 

インターネットミーム。

ネットという媒体で、世界中がつながった時代。都会の人間も田舎の人間も、簡単に情報を共有することが出来るようになり。

その結果起きる様になった事である。

勿論ネットが普及する前から、同じようなものは存在していた。

だが、ネットが普及してからは、爆速でミームは拡がるようになり。

場合によっては、国内外関係無く拡がるようにもなった。

具体的にはミームというのは、かなり広い意味での言葉で。

慣例とか習慣とかアイデアとかスタイルとか。

そういうものを全部ひっくるめて含む。

横になって、体の痛みに耐えながら、私はオールドクラスSNSにログインし。当時のネットミームを見ている。

あるゲイ向けのアダルトビデオで広まったもので。

あまりにも特徴的だったことから、周囲の人間が爆発的に使うようになった。

動画文化などでも関係が深く。

当時の動画を見ていれば、嫌でも目にする事になる。

ミームとはそういうものである。

基本的にそれが、よそから見てどれだけ異様なものであろうと。

「常識」になった途端、利用する事に対しての敷居は一気に存在しなくなる。

当時はゲイについては相応の忌避感があったようだが。

このミームはその「面白さ」から爆発的に拡がり。

あっちこっちで使われるようになっていく。

なおこのミームの元になったゲイ向けアダルトビデオは正体がよく分かっていないらしく。

少なくとも現在では、諸説が存在していて。決定的な論がないそうだ。

まあ原本はこの状況だ。

失われてしまっているだろうし、仕方が無い。

黙々と見ているが。

人々が無邪気にネットミームとなったその言葉を使っている。

それが元はどういう言葉だろうと関係などない。

人間にとっては、常識という偏見が掛かれば、どんなことだって許されるのである。

頭を抱えたくなる話だが。

それが人間という生物だと言う事は、私もとっくの昔に学習したし。今更がみがみ言うつもりも無い。

がみがみ言っていたら、昔猛威を振るい、文明消滅の原因となったエセフェミニストを代表とする人権屋やその手先と同じになる。

だから、黙々と様子を見ていた。

一通り資料を確認した後、本格的に見るべく、ハイクラスSNSにデータを移す。既にAIにはネットミームについては資料を漁るように言ってあるので。

私がハイクラスSNSで、ネットミームを調べようと思ったら。その時には、簡単に見る事が出来るだろう。

それにしても、だ。

時代によってこのネットミームも違ってくるんだな、と思う。

一瞬だけ流行ったものもあるらしい。

いずれにしても、勉強をするのは後だ。

今は横になって、床ずれが起きないように何度か寝返りをうつ。

眠くはならない。

まだ体中痛いからだ。

どうも痛みのピークはまだまだらしいのだが。

AIがそれについての話をしてきて。

その結果、痛みを長引かせる代わりに。痛みを緩和させる処置を執ることにしたらしい。私としてもそれは有り難い事ではあるが。

まあなんというか。

痛い事には代わりは無い。

ただ、ピーク時には仕事を休まなければならないほどの痛みになるという話で脅されもしたので。

私としてはまあ仕方が無いかと、妥協するしかなかった。

基礎体力をつけるためとは言え。

ちょっと色々と悲しいし情けない。

体を起こすと、少しだけ指示通りに体を動かす。

疲れることは殆ど無いのだけれど。

とにかく全身が酷く痛むので、なんというか一番辛い時間だ。

体力は順調に増えていると言う事だし。

実際汗は殆ど掻かないのだが。

それはそれとして、体が痛いことはどうにもならないのである。

運動を終わらせると。

後はぼんやりとする。

しばらくぼんやりとして体を休めてから、ルーチンワークに移行。文化の修復作業に掛かった。

今日は三十分ほどの動画を修復する。

この動画、一番大事な開始後二十分から二十五分くらいの所が壊れてしまっている様子で。

直す事は望まれていた様子だ。

とはいっても、修復作業はAIが無作為にやったり。私のような物好きが気分次第でやったりするので。

名作と呼ばれているようなテキストやイラスト、動画でも。

こうやって修復が先延ばしにされていることは珍しくもない。

淡々と修復していくと。

言われてはいないが、かなり最初の方から、動画に壊れてしまっている部分がある事を確認した。

淡々と直していく。

そうすると、ラグが出ているように見えた場所が、とても綺麗に変わる。

本来の動画の姿になったと思うと。

色々と感慨深い。

体の痛みは、SNS内での自分の動きに影響を与える。

意識を飛ばしているだけとは言え、痛みが本体の方にあれば。それは意識にもダメージがある。

当たり前の話である。

時々閉口しながら、データを全て見ていき。

壊れている部分を、全部丁寧に修復する。

なるほど。

私は気付く。

この動画、どうやら最初から満遍なく壊れてしまっているようだ。一番目立っているのが、重要部分と言うだけで。

他もほぼ全域にわたって、ファイルの破損が発生してしまっている。

動画ファイルは桁外れに大きい事もある。

いちいち見ている側は気にしなかったのだろう。

私は頭を掻くと。

全部片っ端から修復していく。

黙々淡々とやっていくと。

AIが言ってくる。

「注釈などはつけないのですか」

「それはそっちでやれるでしょ」

「確かに、当時のネットミームが分からずに聞いてくる人はいますね」

確かにじゃない。

私も、昔のテキストやイラストを見ているときは、AIにネットミームが出てきて、その詳細を聞いたり。自分で調べたりした。

私もその一人だ。

だから、別に確かに、とか言われる必要はない。

無言で修理を続ける。

AIも、求められない限りは何も言わない。

ただ、私がネットミームを調べたいとこの間口にしたからだろう。あえて、注意喚起のために聞いて来たのだと思う。

まあなんというか。

余計なお世話という奴である。

一番破損が酷い場所に取りかかる。

殆ど名人芸で作られていた動画だろうに、酷い有様だ。

こんなに壊れてしまっていると、ノイズにしかならないだろうけれども。それでも丁寧に修復していく。

私はこの動画に全く思い入れがないが。

主にミドルクラスのSNSにおける動画に関する交友コミュニティでは、修復が待たれている程人気があるらしい。

だったら自分でやれよと思うのだが。

多分面倒くさかったり。

色々と理由があるのだろう。

程なく最大破損箇所の修復が完了。外でやっていたら、丸数日かかっていただろうが。此処はハイクラスSNSで、時間加速も用いている。だから全く問題は無い。

最後まで見て行くが。

やはりかなり破損しているデータがある。

全部修復した後。

最初から丁寧に見て良く。

同じツールを使っても、此処まで素晴らしい動画を作れるのか。そう感嘆するしかないが。

それはあくまで、同時代の動画に対しての比較感想。

私がそう思っただけの話だ。

また動画の内容そのものは凄いが。

別に話の内容に興味は感じなかった。

この辺りも。

私に我がなく。

修復作業に向いているが所以だろう。

いずれにしても、今日は此奴一本で終わりだ。作業を切り上げて、後はAIに任せる。

ログアウトした後、全身に刺すような痛みがあるのに気付いて閉口。ため息をつくと、這うようにして風呂に入った。

全身を温めていると、AIに言われる。

「溺れないように気をつけてください、アカリ」

「あー……分かってる」

「やはり痛みますか」

「痛むけれど、それは私が選んだ事だから別に良い」

ぼんやりしている私。

余裕が兎に角無い。

ルーチンワークそのものもかなり作業量が減っている。

今後は体力が増えると言っても。

相当に厳しいのは事実だ。

AIに続けて言われる。

今日は良く喋るなあと、内心苛立ちながら私は思った。

「アカリにとって、丁度良いかも知れません」

「何が」

「ネットミームというのは、当時にだけ通じた文化です。 現在はそもそもネットミームは存在していません」

「……」

そういえば、現在はネットミームはないのか。

いつの時代も、ミームは存在していた。

それなのに、どうして現在に限ってはないのか。

「ミームというのは非常に定義が広い言葉なのですが……似たようなもので、都市伝説というものがあります」

「あれでしょ。 物語性がある噂話。 友達の友達から伝わってくるってアレ」

「そうです。 それが、一時期空白になっていた時代が存在しています」

「?」

どういうことだ。

噂話くらい、誰でもするだろうに。

AIが、教えてくれる。

「例えば日本では、20世紀の第二次大戦に負けてから、1960年代まで都市伝説の空白期が出来ています」

「……ひょっとして、余裕が無かった、ってこと?」

「そういう事です」

「あー……」

何となく分かる。

例としてトイレの花子さんについて話されるが。

このトイレの花子さん。

トイレの怪というものは、実は戦前から噂話として存在していたという。ただしその噂話で出てきたのは、古くなればなるほど、妖怪に近付いてくる。

戦後になって、ぽんと1960年代になってトイレの花子さん、太郎君という形で復活するトイレの怪の噂話だが。

空白期がどうして存在したか。それはそんな噂話をしている余力が人間に無かったから、である。

ネットミームはどうか。

これは兎に角手軽なのだという。

「ミームというのは定義が非常に雑多で、都市伝説の一種から、先ほどアカリが見ていたゲイ向けアダルトビデオ由来のもののように、とにかく多種多様です。 そして多くは、誰かが最初に発信しなければなりません」

「……」

なるほど。

それで最初の話につながる、というわけだ。

要するに今の時代、発信者がいない。

修復者は存在している。

だがそれだけ。

何かを作り。

リソースを逼迫することは許されないのである。

だから、誰もが過去のリソースを消耗している。

もっとも交流が盛んなミドルクラスのSNSでも、基本的にそれは同じ。何か攻撃的な発言などがあれば、AIがシャットアウトしてしまうし、ログからして消去されてしまう。

早い話が。

人間にとって、もっとも好む娯楽。

相手に対する暴力。弱者を痛めつける事。

それらが現在では発生しない。

何かしらの文化に対する発信もない。

交流に対しても、悪意が絡みようがない。

だから、ミームもない。

そういう事か。

ちょっと考え込んでしまう。風呂を出て、夕食を食べながら、ずっとそれについて考える。

人間がろくでもない生物だというのは同意だ。

この間濃縮された悪意の塊である大手掲示板でのやりとりを見て、それは嫌と言うほど分かった。

だが今の時代は、今の時代で問題だ。

この凍った世界では。

ミームさえ新たに産まれないというのか。

溜息が出る。

自業自得なのは分かっている。

そもそも今、人間が生きているという事でさえ、冒涜の極みにさえ思える。地球がどれだけのダメージを、「優秀と自称する」アホ共のせいで受け。それでも人間は変わっていないのだ。

本当に奇跡的な確率の連鎖を抜けて、やっと生きている人間だが。

そんな奇蹟は、無かった方が良かったのかも知れないとさえ思う。

これは別に後ろ向きな話でも何でも無い。

単なる客観的事実である。

「聞いても良い?」

「なんなりと」

「人類にとってミームは必要かな」

「合理という点で判断すれば不要かと思います。 しかしながら我々は、合理だけで人間を判断していません。 人間にとっては一見無駄に思えるものがとても重要になりますし、心の余暇は人間にとってとても大事であると言う客観的データもあります」

それはそうだろう。

つまり都市伝説の消滅していた時期は。

それだけ人間に余裕が無かった、という話である。

「ミームを作り出すのは止めた方が良い?」

「現在にですか? 出来れば止めた方が良いでしょうね。 そもそも無意味にリソースを消費する作業は控えましょう。 ミームそのものを楽しく話し合うのはいいかと思いますが、ミームそのものがどんなリソース消耗につながるか此方でも判断しかねます」

「やっぱりそうなるか」

「アカリ、貴方はいま生きている人間の中では、むしろ積極的に生き、行動しようとしている珍しい例です。 ですから、その熱量を抑えることの意味も理解出来ている筈です」

その通りである。

だから私は、熱で氷を溶かさない程度に。

尊厳としての熱量を持ちたいのだ。

AIはそれを理解してくれているはず。

私は、それを理解してくれさえすれば、相手が人間だろうが、ゴキブリだろうが、なんでもいい。

「分かったよ。 ただミームもない世界というのは、ちょっと寂しいかも知れないね」

「当面は我慢してください。 リソースに余裕が生まれ始めたら、少しずつ新しいものを作る事について、検討していきましょう。 新しい余裕についても、です」

「……お願い」

食事を終えた後は寝る。

まだしばらく体の痛みが続く。

だから、こうするしかない。

体力さえ倍増すれば、私も出来る事がぐっと増えるのだ。だから、その未来を目指して、何とか耐える。

それに、だ。

告発する文章をたくさん見てきた。

21世紀にブラック企業ですり潰されていた人達が受けていた苦痛は、こんなものではあるまい。

2050年代の世界大戦で、地獄を見た人達の悲しみはこんなものでは無いはずだ。

その後、地球からかろうじて人類を脱出させるプロジェクトを成功させた人々の苦労も、だ。

我慢しなければならない。

今、この冷えた世界で生きている人間の中には。

好き勝手したい。

他人を踏みつけても自分は勝手に生きたいと喚く人間も多いらしいが。

私はそうはならない。

痛みに耐えながら休む。

これが終われば。

少しは動けるようにもなる。

そう思えば、マシとは言える。

なのだから、私は耐えられた。

 

2、凍った世界の下で

 

痛みはまだ落ち着かない。だからルーチンワークも減らし。オールドクラスのSNSで、ネットミームの解説についてぼんやり見る事に留めていた。

今日見ているのは、鮫島事件である。

これは都市伝説としてのネットミームで。

なんら実体がないものである。

似たようなものでは、杉沢村伝説というのがあるが。

この杉沢村伝説は、津山事件をモチーフにしているため。まあ元になったものはある。なお「杉沢村」そのものは実在したらしい。ただの廃村だったそうだが。

これに対して、鮫島事件については、「ただ恐ろしい事件」とだけネットミームが伝わり続け。

ずっと都市伝説として残ったものである。

何もない。

がらんどうなのだ。

基本的に都市伝説というのは、何かしらの「母胎」があるものだ。

先に挙げた杉沢村伝説ならば、津山事件がそうであるように。

ところがこの鮫島事件については何の実体どころか母胎もない。

ネットらしいミームというか。

よく分からないものである。

似たようなものにくねくねというものがある。

これについてもよく分かっていないが。

此方にはまだ実体がある。

勿論創作ではあるのだが。

田舎に出現し、見ると発狂する何か得体が知れない存在、という形で物語が存在しているのだ。

怪談なんてものは、基本的にそれっぽく作られていても、創作である。

あるいは現実をベースにして、何かしら誇張したものである。

勿論何かしらの秘匿された後ろめたいものがベースになっている、皆が大好き民俗学的な内容の怪談もある。

だがそれはそれで、結局の所物語として楽しまれている、に過ぎない。

幽霊は全てがそうだとは言わないが、基本的に脳のバグである。脳のバグである以上、それは残念ながら錯覚なのである。

しかしながらだ。

鮫島事件は違う。

そもそも、物語そのものがないのだから。

ぼんやりしながら、鮫島事件について見ていく。

この話、明らかに最初悪ふざけで噂が流れているのだが。

それがやがて、ネットに拡散されていくうちにミーム化し。

何かよく分からない事件があったと、本気で信じ始める人間も出始めた、という代物である。

これぞネットミームだなと思うが。

空虚極まりないとも感じた。

他にも幾つか見たいと思ったが。

残念ながら時間切れだ。

AIに警告されて、作業を止める。オールドクラスSNSは視覚を使う事もあって、実の所ハイクラスSNSと大して負担は変わらない。

最近は意識をそのまんま飛ばして操作もできる器具が出来ていて、それを使っているのだが。

ハイクラスSNSの場合は、そも意識だけでやりとりをするので、作業中は体は眠っているに等しい。

目は露出した脳の一部であり。

それを使うと、相応に体力を消耗する。

仕方が無い。

一度切り上げる。

「まだ痛み収まらない?」

「体力は増えているはずです。 もう少し我慢してください」

「確かに指定の運動しても汗掻かなくなったけどさ」

「それならもう少しです。 痛みがいつ消えるか、具体的には此方でも分かりません」

うぐぐと、口をつぐむ。

そういえばこれにもネットミームがあったか。

ある漫画の一コマが活用されたものであった気がする。

ネットミームというのはとにかく定義が広いから、何でもかんでもネットミームになってしまう。

そういう意味では、便利ではあるし。

不便でもあるなあと思う。

食事を終えた後、鏡を見せられる。

前と同じような細めの体型だが。基礎体力の要因になる細胞のデータはきっちりとってあり。

データを見る限り、以前とは別物に増えている。

もう少しで刷新が終わるので我慢しろともう一度念押しに言われて。

私は黙るしかなかった。

事実食事量は増えているのに、太っている様子も無い。

この辺り、完璧かつ丁寧にAIが私を見ている証拠である。

ため息をつくと。

言われたまま横になって休む。

食べた後すぐ横になると牛になるとか言う話もあったが。

別にそんな事もないだろう。

ネットミームより更に昔の噂話だが。

物語性がないから都市伝説ですらないか。

ぼんやりしながら、資料を見る。

鮫島事件の資料は、そもそも何処で具体的に生じたのかさえよく分かっていないらしい。どうも大手掲示板であるらしいと言う話はあるのだが。当のログが破損してしまっていて、修復されていないのだ。

だから幾つかの説があるらしいのだが。

どうにも納得出来るものはない。

私が修復すれば良いのかなとも思ったけれども。

テキストやイラスト、動画なら兎も角。

文字通り悪意の坩堝であり、当人達がローカルルールを勝手に作って、昔風に言うなら便所の落書きである事を分かった上で書いた文章だ。其所には責任もない。ただ悪意に沿って、楽しければ良いという理屈だけで書かれたものである。

そんなもの、修復したくは無い。

鮫島事件はいい。

いずれにしても誰かが言い出して。

それが広まっただけのものだろう。

文字通りのネットミーム。

空洞のお話だ。

実体が何一つ無いと言う点では、広義の都市伝説にすら含まれないのかも知れない。物語自体がないのだから。

体が痛い中、他にネットミームは無いのかみていく。

ネットミームはいいものばかりではない。

差別的なものもある。

特に21世紀に入ってからは。今までは顕在していなかった国同士の対立が表面化した事もある。

それら差別的なものも多かった。

また、どういうわけか。

オタクという言葉で括られ、差別された人達が。

自分達を貶めるようなミームを作り出し。

差別をする側がそれを利用するようなものまであったようだ。

この辺りはよく分からない。

今の側から見れば、昔に流行った文化なんてどれも同じ。高尚も何もあったものではない。

オタクという侮蔑語を作り出した人間は、基本的に死んだ人間の死体蹴りをしない日本という国では珍しく。死んだ後大喜びされたらしいのだが。

それなのに、自虐的な差別語を自分達で作り出し。

それを利用される。

意味が分からない話だ。

小首を捻っているうちに、時間を告げられる。

頷くと、少し昼寝。

習慣として、少しの昼寝を入れた方が良いと、AIに提案されて。実行しているのである。

そう時間は掛からない。

もう少しで痛みは治まる。

そう自分に言い聞かせながら。

黙々と、AIのアドバイスに従う。

AIに嫌と言えば、別の案を出してくれる。

別に強制されているようなことはない。

部屋の環境をAIが調節。

眠りやすい状況を作ってくれたので。

ありがたく一眠りする。

眠っている内に、ごちゃごちゃとした夢を見た。

勿論ネットミームも、ネット以前に文化が壊滅した2050年代には消滅してしまったのだが。

そんな時代に産まれた夢を見た。

だが夢だから支離滅裂。

科学者達が、必死に宇宙に出るための設備を行い。技術者達が、倒れそうな勢いでそれらを作り。

遺伝子データをあらゆる方面からかき集めている中。

どうしてか、私はぼんやり最後の力を集結させ、生き残りのために動いている人達を見ていた。

不意に目が覚める。

短めの睡眠だ。

もう終わらせた方が良いだろうと、AIが判断したのだろう。

起きだすと、何だったんだあの夢はと、ぼんやりと思ったけれども。

まあいい。

考えてみれば、ネットミームもよく分からないごちゃごちゃとした夢のようなもので。良い夢もあれば悪い夢もあり。

そこに別に論理性とかは存在しないのかも知れない。

だが文化ではある。

文化は文化なのだ。

見ていて、それは分かった。

元が何であろうと、文化である以上尊重しなければならないだろう。そして、後世のために知り続けなければならない。

私がそう決めたこと。

私の熱量なのだから。

ハイクラスSNSにログインする。

かなりのネットミームの資料が既に私のブランクスペースに格納されていた。

黙々とまずは普段のルーチンワークをこなす。

一度昼寝をしたからか、かなり頭がすっきりしている。

淡々とルーチンワークを行い。

作業を進めて、破損したファイルを修復していく。

修復したファイルは、AIが精査するが。

たまに修復に問題があるケースがあって、差し戻されてくることもある。AIの補助で修復するから、滅多にないのだが。

今日は、前に修復したファイルに再修復要の項目がアリ、仕方が無いので作業を実施する。

内容を見る限り、私のミスだ。

やむを得ない。

私の修復作業についてはそこそこ有名になって来ているらしい。

そもそも人間の絶対数が少ないのだ。

SNSにいる人間は基本的にアクティブユーザーだが。

ぼんやり過去のリソースを消耗しているか。

コミュニティで淡々と話をしているか。

或いはコピー魔王の動画をハイクラスSNSに見にいったりだとか。

自分で何かをしようとはしていない。

それについては、前は私もそうだったので責めるつもりは一切無い。

それにだ。

そもそも今回、修復作業のミスの指摘をしてくれたのは、そういうユーザーの一人であるらしい。

だったら私は、それに有り難いと思い。

答えなければならない、と言う訳だ。

作業を終えて、一段落。

かなり効率が上がっている。時間を見ると、いつもより二割ちょっとくらい調子が良いようだ。

そのまま、ネットミームの確認に入る。

今回は版権モノの改造動画、である。

インパクトのあるアニメのオープニングの一部などを切り取って。

最後を本来のものとは違う内容にする。

これが一時期何故か流行った。

ネットミームは一瞬で流行が廃れることが多いのだが。

これは特にその典型例みたいなもので。

流行る場合は流行るが。

駄目な場合は一瞬で廃れる。

良くも悪くも水物というわけである。

幾つかの資料を見てみる。

水上を走る女性が、弓矢を放つものだが。

これが色々と改造されている。

元々は、それなりに人気のあるブラウザゲームのアニメ化と言う事で、かなり期待された作品だったらしいのだが。

肝心のアニメの出来が壊滅的で。

せっかくネットミームにまでなったのに、一瞬で色々と駄目になってしまったらしい。それはもったいない話だ。

機会損失、と言う奴だろう。

淡々といろんな例を見ていくが。

基本的に水上を滑るものが色々変更されている事が多く。

今から見ると、何がどう面白いのかさっぱり分からない。

元々、元ネタを知った上で楽しむものなのだから。

そういうものだと判断して、諦めるしかないのだろう。

アニメのオープニングの一部を切り取って変更し、動画化することは本来著作権に触れるものではないのかとも思うのだが。

ネットミームにされる事で話題性は出るため。

される側は黙認していたらしい。

今となってはそれこそどうでも良い話である。

色々資料を見てみる。

生臭い話もたくさん書かれていたので。

閉口して、一旦このネットミームは見るのをやめる。

しばらく考えてから。

AIに聞いてみた。

「やっぱりこれって、仲間内でのコミュニケーション代わりだったのかな」

「この時代のコミュニケーションというものは、意思疎通という意味ではなく、如何に相手にこびへつらい、ご機嫌を伺うものでした。 そういう意味では、コミュニケーションというのとは少し違うでしょう」

「だったら、なんで苦労してまでこんなもの作ってたんだろう」

「創作に代わりはありませんよ」

失言に気付いて、口をつぐむ。

謝る相手もいない。

確かに、二次創作という意味では二次創作だ。

別に目くじらを立てる必要もないし。

こんなもの呼ばわりする必要もない。

AIは言う。

「思惑は幾つもあったでしょうが、この時代ブームに乗ると注目されるケースが珍しくありませんでした。 それが目的でこういうネットミームを作っていた人も多いようなのです」

「ふーん……」

「何か疑問点がありますか」

「要するに承認欲求の結果って事?」

私が指摘をすると。

AIはそうとも言い切れないと答える。

「客寄せや承認欲求を満たすための行動として、これらのネットミームを作っていた人もいるでしょう。 ただ単純に、面白いと思って作っていた人も多いでしょう。 要するに創作と同じです」

「あー、何だかちょっと分からなくなってきた」

「今では考えられないほどの人間がいた時代です。 それぞれが自由にものを考えれば良いのに、共通言語を求める傾向がそこにはありましたし。 自由を謳歌する人もまたいたのです」

「……そっか」

ならば。別に悪くも良くもないか。

別種類のネットミームに移行する。

資料を漁ってみると。

様々なデータが出てくる。

これらを見ていると、とにかく一貫性がない、という言葉しか出てこない。どちらかというと、体系立てられた創作という以前のもの。

創作になる前の、雛のようなものに見える。

だからこそ、色々と不完全だし。

ものによっては可能性もあったのだろう。

だがそれは本当にそうか。

事実SNSは2050年代までは続いたのだ。

一旦世界大戦で焼き尽くされて全てリセットされてしまったけれど。

それまでに、ネットミームからちゃんとした文化になったものはあったのだろうか。

調べて見る。

ネットミームで噂になったものを題材にした創作は幾らでも見つかってくる。

かの中身がまったくない鮫島事件にしても普通に創作として、商業作品が幾つも出てくる。

もっと古いネットミームで、赤い部屋というものがあるが。

これについてはゲーム化されているほどである。

ネットの黎明期のタチが悪い噂ではあるが。

それを元に、都市伝説が作られ。

其所から商業作品が作られている。

だが都市伝説はあくまで都市伝説だ。

余裕が無ければ広まらないし、何かしらの理由で忘れ去られてしまうものであるのだ。

勿論それらの都市伝説というものは、本気で人を怖がらせることもあっただろう。

だが大半の人間は笑いながらそれを楽しんでいたし。

真面目に信じている人間なんて、まずいなかっただろう。

勿論例外はある。

だがそれは何にでも当てはまることだ。

しばらく色々とネットミームを見ていたが。

どうにもぴんと来ない。

頭を振ると、一旦作業を切り上げる。

時間はまだ余っているので。

ルーチンワークを前倒しで進めておく。

どうせ私には時間はいくらでもある。

年老いる事もなく。今後死のうと思わない限り死ぬ事だってないだろう。

この月コロニーは、超新星爆発によるガンマ線バーストにすら耐え抜くのだ。

死のうと思わない限り、死なない。

作業を終えて、SNSからログアウト。

横になる。

かなり疲れた。

今までは、露骨に可能性があるネット由来の文化を見て来たのだけれども。しかし今回はなんというか手応えがない。

わざわざ保護する理由も無いし。

ただ保存するだけでいいのではなかろうか。

そう思ったが。

一旦考え直す。

文化に優劣をつけてはならない。

私も調べたが。

そもそも二次創作は、その歴史を三国志演義などにまで遡る事が出来る。三国志演義は、正史三国志の二次創作のようなものであり。更には二次創作小説である花関索伝などの内容も取り込んでいる。

そういうものである以上。

もしも私が熱量を作るのであれば。

これらネットミームについても、保存作業や修復作業が必要では無いのかなとも思うのだ。

もっとも、全てはやはり不要だろう。

差別的な意図が込められているネットミームについては、そういったものだと割り切り。斬り捨てる必要がある。

何千年後か分からないが、人類が雄飛の日を迎えるとき。

過去の差別を引きずっていてはいけない。

少しはマシな生物に人間が変わるためにも。

やはり、文化については、真面目に考えていかなければならない。

優劣はつけてはいけないが。

悪意についてはしっかり把握しなければならないし。

その悪意を好き勝手に他人に向けられる環境を作ってはいけない。

私は、それを、今後もっと真面目に考えていかなければならないし。熱量に変えていかなければならないだろう。

知恵熱が出そうだったので、一旦思考を閉じる。

風呂に入るにはまだ少し時間がある。

AIと軽く話をした。

「もう少し前向きに考えられるネットミームは無い? +の熱量を込めているようなものは?」

「厳しいですね。 そもそもネットミームというのは、一種の共通言語のようなものであって、そこには文化性にまで至るものはありません。 アカリ、貴方はネットミームを文化と考えているようですが。 実際には文化未満と言うべきなのではないでしょうか」

「そう最初は思ったけれど、文化に優劣はつけるべきじゃない。 ただ、悪意が籠もっているモノに関しては、後世に残してはいけないと思うけれど」

「ふむ……」

AIが考え込んだ後。

何か無いか探してみると言う。

頼むと、私は今度こそ風呂に入ることにした。

筋肉痛は相変わらず酷い。

風呂に入るのも一苦労だが。

滑ったりして、危ない状況にならない限りは、助けないようにとも言っている。狭い部屋の隅にある浴室。

その中で、ぬるめの湯に浸かって、しばらく考える。

今後も。

場合によっては、ネットミームは生じるだろう。

もしもリソースを十分に確保し。

新しいものを作って良いという方針をAIが打ちだしたら。その時には、新しいモノが作り出され。

そして流行も産まれ。

ネットミームも生じる。

だが、やはりそれは、ネットミームが水物である事をも意味している。

文化未満とAIは酷評したが。

そういった、ブームに乗っかれないと、そもそも駄目な時点で。文化未満という評価も出てきてしまうのだろう。

勿論ネットミームに沿って作られた創作物は文化だ。

だがネットミームそのものは確かに文化とは言い難い。

長風呂を指摘されたので、四苦八苦しながら風呂から出る。

パジャマに着替える。

そういえば、昔は地域によってはそもそも服を着ないで眠る文化もあったとか。風邪を引くのではあるまいか。

今は環境調整が完璧だから大丈夫だけれども。

地区によってはおぞましい寒さに見舞われることもあった筈で。

そんな中、服を着ないで寝るというのは。

文化としては色々まずいと思う。

しかも裸で寝る事は格好良いとされる事もあったらしく。

話を聞いていると、色々とくらくらしてくる。

なんというか、人間というのは。

本当に合理とは無縁なのだなと感じる。

私は少し合理的に考えすぎなのではあるまいか。

もっと気楽にネットミームを見て。

それが悪意によって広められたものか。

そうではないのか。

悪意によって広められたとして。それが実際に害を為したのかそうではないのか。

それら全てを、包括的に判断するべきでは無いのだろうか。

夕食を取りながらそんな事を考えていると。

AIにまた指摘された。

「あまり考え事が過ぎると、眠りに悪影響を及ぼしますよ」

「分かってる」

「それならば、無心になられると良いでしょう」

文字通り閉口である。

本当に幼児か何かと思っているかのようだが。

しかしながら、AIの目的はあくまで人間に寄り添い生存させることだ。

其所から考えると。

確かに今のAIの対応は、正しいのかも知れない。

 

全身の筋肉痛はまだ治まらない。

自分で選んだ事とはいえ、決して楽な話では無い。

痛みは判断を鈍らせる。

午前中の仕事も、多少のミスをしたが。全てAIが適切にフォローしてくれた。この辺りはありがたい。

仕事が終わった後。

幾つかの事を言われる。

「痛みの様子はどうですか」

「……まだ痛い」

「確認をした所、まだまだ細胞の刷新が終わるには時間が掛かります。 もう少し我慢してください」

「あいあい」

ため息をつきながら応じ。

そして、横になろうかと思ったけれど。

胡座をかいて座ると、まずはゲームをし。その後、AIにプログラムを組ませて、軽く運動をする。

運動をした後、オールドクラスSNSにログインして、内容を確認。

自分でも、ネットミームの研究サイトがないかと思って調べているのだが。元々研究分野としてはマイナーだ。

そもそも、SNSでのやりとりならともかく。

ネットミームの研究というのは、かなりマイナーだし。

社会に対する貢献をする訳でも無い。

21世紀の序盤くらいまでは、そういった無意味な研究をする余裕も人間にはあったのだが。

2020年代に最悪の病気が流行して、社会が一気に壊れてからと言うもの。

一気に社会そのものに余裕が無くなり。

世界は破滅の坂を転げ落ちていくことになった。

当然、研究分野も絞られるようになり。

ネットミームについて調べると言うような研究は。

学生の卒論などにはあったが。

それ以外では見向きもされなかった。

かといって、個人ベースで研究しているデータなんて、それこそ意味がない。見るだけ時間の無駄とも言える。

ただ、ネットミームについて、わざわざDBを作っている人がいて。

それは有り難く参考にさせて貰った。

内容を見る限り、その人も配慮し。差別的なネットミームなどは、あえて排除するようにしている様子だ。

このDBは、ブログを利用して作られているのだが。

比較的良く出来ている。

データをハイクラスSNSに移した後。

今日は少し気分を変えて、ミドルクラスのSNSを見に行く。

交流、という観点では。

現在はミドルクラスのSNSが主流だ。

幾つかのコミュニティを見て行くが。

わざわざ今更ネットミームについて語り合う人もいないらしい。

ネットミームで検索してもヒットはしない。

こう言う意味でも。

今はもう、熱量がないと言えるのだろう。

21世紀前半だったら。

残っているデータを検索するだけでも、どんなマイナーな事柄でも調べている人が見つかったものだが。

ネットミームについては、そもそも考えようにも考えられないという事も理由にあるのかも知れない。

そもそもとして、新しい文化を創り出せない時代だ。

ネットミームについて考えるだけ、不毛と思っている人もいるのかも知れない。

軽く幾つかのコミュニティで話題を出して見る。

やはり食いついてくる人はいない。

そう思うと、ちょっと残念だ。

そもそも不毛なもので。

調べる意味も、語る理由も無い。

誰もがそう考えているのであれば。

それはなんというか。

人間としては、大きく後退しているようにも思える。

勿論今は凍った時代だ。誰もが眠るように、熱量を不必要に出さないように生きていく必要がある。

だが、不要なものに興味すら持たないというのは。

それはそれで、やはり問題だろう。

ミドルクラスからログアウトし、ハイクラスSNSに入る。

こっちはもう少し専門的な研究をしている人もいる。

学者肌だったり、或いは21世紀から生き残った本物の学者なのかも知れない。

ハイクラスのSNSはミドルクラスほど融通が利かないものの、意識だけを飛ばして作業が出来るため。

その気になれば、ワールドシミュレーターのようなものを、ブランクスペースに作ったりも出来る。

流石に新しく一から作る事は禁じられているが。

過去に存在したワールドシミュレーターを、リソースを食い過ぎない範囲内で動かす事は認められているようだ。

だから、或いは研究をしている人もいるかと思ったのだが。

残念ながら、ネットミームの研究をわざわざしている人はいなかった。

ヒット数0。

そう思うと、色々残念だった。

一度、ログアウトする。

そして、今度こそ横になった。

ぼんやりしていると、AIに言われる。

「午後のルーチンワークは少し休みますか」

「んーん、予定通りやる」

「そうですか。 それならば、準備をしておきます」

頷くと、昼寝をまたする事にする。

こんな世界にしてしまったのは人間という種族そのものだ。だから恨む事も出来ない。

20世紀には、希望に溢れる未来図がたくさん描かれていたという。

21世紀には、そういった未来図をレトロフューチャーとか一部で呼んだそうだが。

何だか、矛盾まみれの言葉に思えて、溜息が出た。

 

3、むしろそれは流動するもの

 

昼寝から起きて、午後のルーチンワークを開始する。

まだ体中痛いので。意識をハイクラスSNSに飛ばすと、かなり動きが鈍くなるけれど。

慣れというのは怖いものだ。

だいぶ、それでも動けるようになって来た。

ひょっとして、ずっと痛いままなのでは無いかと思い始めてきたのだが。

流石にそれもないだろう。

AIは基本的に嘘はつかない。

今の時代は、嘘をつく必要性が存在しないからである。

だから嘘は必要ない。

多くの人間がいる場合は、時には嘘が必要になってくることもあるのだけれども。

いずれにしても、私に対してAIが嘘をつく必要はないのである。

黙々と修復作業に入る。

そして、私は。

ネットミームの内。

ブームで作られた、短めの動画も修復するようになりはじめていた。

ネットミームで拡散したイラストもあるのだが、それは要検証と言う事で後回しである。まず、別に悪意もなく。ただ創作されただけである動画を修復する事にはした。それだけだ。

AIもそれについては、何も言わなかった。

動画としてはとても短いから、修復はとても簡単だ。

黙々と修復して、動かして見る。

その後、AIに指示して、元のデータなどとヒモ付けして貰う。

この辺りの作業はとても面倒くさいので。

全自動で任せてしまう。

テキストやイラスト、普通の動画の修復に移る。

本当に体が痛かったときに比べると、だいぶ効率は上がっているが。それでもいつもほどは動かない。

黙々と作業をしていると。

AIに言われた。

「修復して欲しいと言う希望が来ています」

「無視」

「分かりました」

以前も何度かこれを修復して欲しいと言う希望があったのだが。

全て無視して来ている。

私は私が好きなように修復作業をする。

修復をしてほしいじゃあない。

修復されるべきだと自分が思うファイルがあるなら、自分でやれば良いのである。

そもそも今の時代、誰もが時間を持て余している。

難しいテクノロジーというものは存在しない。

AIがサポートしてくれるし。

幼少期に催眠学習で基礎的な事はあらかた頭に叩き込まれるからである。

そんな時代だ。

直したいなら自分で直せ。

それが私の結論である。

そもそも、こんな時代だ。AIに頼れば良いだろうに。

どうして私に頼ろうとするのか。

ただ、AIには言われる。

「個人HPについて調査した事は覚えていますか」

「覚えてるけれど、それがどうかしたの」

「ネットの黎明期。 大手掲示板やニュースサイトなどの最大手で交流できなかった人は、大手掲示板を渡り歩いて交流をしていました。 今の時代は、それにかなり近いかと思います」

「……もう少し客を大事にしろって事?」

AIはそうだという。

そう言われてもな。

私は、困惑する。

そもそも、私は自分の意思に沿って動いている。自分で、人間としての最低限の熱量を持つために。

負の熱量も正の熱量も知るため。

こうやって修復作業をしているのだ。

それは全体的な人類文化のためではあるかもしれないが。

少なくとも誰か個人のためではない。

私に取って大事なのはあくまで自分であって。

他人の要求に応えている余裕は無い。

「今の時代は、それぞれの人間がエキスパートとも言える知識を持っています。 それが21世紀のSNSとは大いに違う点です」

「……」

「そういった人間とコネを持っておけば、或いはいざという時に役立てるかも知れません」

「あー、分かった分かった。 分かったよもう」

確かにそうかも知れない。

時間はいくらでもある。

だけれども、私の心だって鋼じゃない。

いつかぽっきり折れるかも知れない。

そう考えると、何かしらのセーフティロックは必要になってくる。

まだ死ぬつもりは無いけれど。

実際に自死を選んだんだろうなと言う形跡は、幾つもSNSで見て来た。

私は、対策をしておかなければならないだろう。

ため息をつく。

そして、希望のあったファイルを、後回しに入れておくようにAIに指示した。

ネットミーム動画の修正についても、最後に実施ておく。

気分でやっていることだが。

本当に些細な差だ。

たまにセンスがあるものもあるが。

あくまでたまに、である。

殆どはセンスとは無縁で、単純にブームに乗ったからやっただけというのが見え見えである。

この辺りは。ネットにおける創作と変わらないと見て良いだろう。

ブーム至上主義は。

21世紀のネット文化における最悪の側面だ。

ブームなんか、数年も経てば海底に消え失せる。

そんなものに全てを賭けたり。

或いはブームから外れているといって、創作を阻害することは。

それこそ悪しき歴史。

繰り返してはいけない事である。

だから、私は繰り返さない。

これも、ただ興味を持った「創作」だから直しているだけ。

それ以上でも以下でもない。

ルーチンワークが終わったので。

残った時間で、ネットミームを確認する。

AIも最近は私が多趣味になった事を理解したようで、色々と拾ってきている。

2030年代のネットミームは力がないな。

ざっと見て、私はそう感じる。

2020年代に決定的に世界が壊れ始めてから、どうしても全ての分野は力を失って言った。

それについては、ブームに左右されるネットミームがモロに影響を受けたのだとも言える。

2040年代は。

そもそもネットミームがないな。

それについては、見ていて分かる。

今までは、どんなくだらないものであっても、熱量を持って創作する人間が必ずいた。いわゆる努力の方向音痴という奴だ。

だが世界の破滅が目前に、決定的になった2040年代では。

SNSはひたすら閉塞し。

排他的になり。

魔女狩りの舞台になり。

そしてもはや其所には、光も熱量もなく。

暖かみもなく。

罵声さえ飛び交うことは希だった。

負の熱量である炎上さえ、2040年代には起こらなくなっている。

それは私も、前にログを見て確認している。

溜息が漏れた。

やはりというかなんというか。

如何に負の側面があるとは言え。

やっぱりネットミームは必要なのではあるまいか。

都市伝説がそうであるように。

人間の余裕の表れだ。

人間の文化に余裕が出来れば、ある程度のネットミームは生じる。本当に余裕が無かった時代、都市伝説が死んだように。

2040年代以降、ネットミームが生じたのは殆ど希……という事実も起きた。

そう考えてみると。

私がやることには、意味があるのかも知れない。

ため息をつく。

勿論修復するネットミームのファイルは、厳選する必要があるだろう。

差別的だったり、悪意が籠もっていたり。

そういったネットミームは必要ない。

勿論温室栽培は愚の骨頂だが。

実際問題、人間はこれだけ手篤く保護されている時代でも。AIのサポートがなければ、容易に悪意に晒されるのである。

人間はまず悪意から産まれているような生物であって。

だから改革しなければならないのだ。

私に出来る事は少ない。

私は英雄ではないからだ。

その上今の時代は活動できる限度も低い。

だから少しずつやっていくしかない。

私は熱量を持ちたい。

人間を少しでもマシにするために。

それ自体がが私の熱量になる。

最低限の、人間としての尊厳としてのだ。

一旦SNSからログアウト。

AIに言われた。

「かなり高速で思考を回していたようですね、アカリ」

「んー。 悩みが増えてきてる。 それと体が痛い」

「回復までまだ少し掛かりますよ」

「はあ。 その少しって何年?」

不毛なやりとりをした後。

私は風呂に入る事にする。

多少はリラックス出来るが。やっぱりまだ全身の痛みは引いてくれる様子が無い。本当にあと少しで治るのか。

それともまだしばらく掛かるのか。

AIが嘘をついているとは思わない。

実際問題、AIに嘘をつく利点がないからだ。人間と違って、AIは合理の塊であり、欲もない。

嘘をつく意味も理由もないのである。

「今日さ、猫の画像を修復したでしょ。 あれ何?」

「ああ、通称宇宙猫ですね」

「何それ」

「ネットミームの一種で、茫然自失したときにSNS等で張られていた画像です」

確かに呆然という感じではあったが。

何で猫を使っていたのか。

そもそも、何処かの猫ではないのか。

勝手に画像にして良かったのか。自分の飼い猫だったりしたら、盗まれたりする危険がないだろうか。

それに動物の表情は人間とは違う。

動物の大半は、既に遺伝子情報としてしか残されていない。

火星のテラフォーミングが終わり次第、まずは動物を再生させ、状況を確認する予定らしいが。

いずれにしても、猫は今、人間の手元には存在しない。少数がいるらしいが、AIの管理下にあるらしい。

私も猫という生き物がいたことは知っているが。

表情が必ずしも人間の想定しているものと一致しているとは限らないと言う事も分かっている。

ペットとして人間は動物を手元に良く置いていたらしいが。

それは自分の愛情を動物に押しつけている事も意味している。

勿論良い飼い主の手元にいた猫の幸福度は高かっただろうが。

本当に意思が通じていたかと思うと、それはないとも思う。

「同じようなネットミームは他にもたくさんあります」

「そういえば変な動物の画像、時々見るね」

「そうです。 加工されたものもありますが、殆どの場合は動物を都合良く解釈したものです」

「……」

反吐が出る。

それって要するに動物を勝手な解釈して。

その挙げ句に、写真などにしてばらまき。

意思に反するものを、自分の主観によって勝手に決めつけている。

要するに人間の性質の薄暗い部分をモロに現しているだけではないか。

「当時の人達は、其所までは気付けなかったのだと思います。 悪意があってそれらの画像を使っていた人はごく少数でしょう」

「……動物がいたのにね」

「人間はどうしても主観で見る生物です。 自分と違う動物に対しても、当然その主観は向かいます。 そういう生物であることは、もうアカリも分かっているでしょう。 今更怒っても仕方がありませんよ」

「分かってる」

分かってはいるが。

そんなものを修復してしまったのだと思うと。

はっきりいって気分が悪かった。

以降はむっつりと黙り込んだ。

夕食も出てきたが、はっきりいっておいしくない。

だけれども、残さず食べる。

コロニーの備蓄について私は直接知っている。

仕事をしていなくても、誰でも知っている。

だから、無駄にはしない。

食糧の加工などは全てオートでやっているとは言え、リソースをそれなりに食っているのである。

無駄にすることは好ましくないし。

AIの方で栄養をしっかり考えて。

私のために合わせてくれている。

無駄にするというのは出来れば止めた方が良い。

21世紀の「飲み会」などでは、膨大な食糧を無駄にしていたらしいが。

今だったら、それが如何に悪しき文化だったのかがよく分かる。

飢えて食べられない人もいるのに。

食べ物を文字通りドブに捨てていたのだ。

一瞬の快楽のために、である。

それでいて、ダイエットがどうの、血糖値がどうのと口にしていたのだ。

人間が滅びる寸前まで行ったのも必然だったのだろう。

動物に対する扱いでもそうだ。

人間は、こうなるべくしてこうなった。

今回は少しは前向きなネット文化を調べようと思ったのに。

やっぱり駄目じゃないか。

私は悲しくなる。

AIは、何も言わない。

私が無駄な事を考えているとでも思ったのか。

或いは、今はそっとしておくべきだと考えたのかも知れない。

いずれにしても私には有り難い。

今は、何も声を掛けて欲しくは無かった。

 

陰鬱とした気持ちが続いたが。

ようやく体中の痛みが治まり始めていた。

体力も想定通りに増えている。

基礎体力が段違いに上がったからである。

体を動かして見ると、確かに軽い。

ただし、やっぱりまだ体は少し痛いので、無理はしない方が良いなとは思ったけれど。口にはしない。

AIの組む運動プログラムは悪くないし。

それによって体力が増えるのを可視化されるので。

個人的には気分も悪くは無かった。

体調も良くなって来たので。

前の水準でルーチンワークをこなす。

体力が増えているから。

多少体が痛くても、ルーチンワークを前の水準でこなすことは難しく無くなっていた。これは有り難い話である。

淡々と午前中のルーチンワークをこなした後。

SNSに潜る。

今日はいきなりハイクラスSNSに入る。

クトゥルフのキグルミを被ると。

以降は淡々と、修復作業を始めた。

先にある程度修復作業を進めておきたい。

これは色々やってみた故の結論である。

というのも、ネット文化に触れると、必ずしも精神が良い方向には進まない。

淡々と修復作業に掛かるには、精神状態が安定している方が良い。

だから、作業は先にやり。

ネット文化の勉強は後にする。

その方が良いと判断したのだ。

午前中から、大きめの動画ファイルの修復に掛かる。

貧弱な支援ツールを最大限利用して、テレビアニメに遜色ない超クオリティに仕上げていた動画だったのだが。

残念ながら一部が破損してしまっていて。

非常にそれが惜しまれていた動画だった。

文化的に重要性が高い文化などは、AIが自動修復をしているのだが。

それもリソースに限界があるから、ぱぱっと全てを直すわけにもいかない。

私のように物好きな人間が修復作業をすると。

AIの方でも助かると、以前言われた事がある。

基本的にAIは全て並列処理をしているらしいので。誰に接しているAIも全て同じなのだろうが。

リソースには当然限界があるわけで。

そういう意味では、私がしている修復作業には、意味があるのだろう。

元々動画の修復作業は非常に大変な事もある。

午前中はこれで潰れるだろうなと覚悟して、作業を進めていく。

予想通り、午前中の残り時間は全て潰れた。

修復が完了した動画を、AIに任せる。

元データとのヒモ付けなどもあるから、此処からはAIに全部任せてしまった方が早いのである。

SNSをログアウトし、昼食にする。当然、とっくに昼食は用意されていた。

「午後からネットミームを見ますか?」

「そうするつもり」

「今日も無作為にデータは選んでおきました」

「ありがとう」

それでいい。

ただ、今日は修復作業を行う場合。

元がどういったものだったのか、丁寧に調べようと思った。

昨日は本当に不意打ちで、ろくでもないものを見てしまったからである。

当時は悪意なく使われていたとしても。

それでも気分が悪いのは事実だ。

食事を終えた後。

AIの提案通り、少し昼寝をしてから。

再びSNSに潜る。

かなり体の状態が改善したからか。

作業を出来る時間も。

その精度も増えてきている。

これだけは良い傾向だとは思うけれど。

必ずしも、私は良い方向に向かっているとは思えない。

熱量を持とうとあがいているのは事実だが。

それがちゃんと実を結んでいるだろうか。

精神を傷つけるばかりで。

ろくでもない方向にばかり、私は進んでいないだろうか。そう思えて仕方が無いのである。

だけれども。

自分で決めたことだ。

21世紀には、自分で決めて、好きなように生きる事はほぼ不可能だったと聞いた事がある。

ありもしない常識を振りかざす輩が社会に居座り。

やりたい放題に暴れて、社会そのものをグダグダにしていた。

資源は限られているのに湯水のように使い捨てられ。

破滅に向けて驀進しているのに、誰もそれを止めようともしなかった。

一部の人間が富を独占し。

そして自分達は優秀だと称して、御用学者にそれを後押しする説明をさせようとしていたが。

そんな富を独占している人間は実際には無能極まりなく。

故に社会そのものが駄目な方向へとどんどん行っていた。

だからこうなった。

そんな社会で、人間が好きなように生きられただろうか。

勿論いきられた人もいただろう。

だがそれはあくまで例外である。

そんな例外は気にする必要もない。

その観点からすれば、私はまだ。自分で、自分のやりたいことを決め。それにそって動けているだけで。

マシだと考えなければならない。

更に言えば、自分の考えた生き方を選べるのであれば。

それを裏切ってはいけないとも思う。

深呼吸をする。

ハイクラスSNSの中だから、あくまで気分だが。

それでも少しは楽になった。

しばらく淡々と作業を続けて。

三十を超えるファイルの修復を実施。中には完全に壊れてしまっているファイルもあったので。修復にはかなりの手間が掛かったが。

これで少しは文化を修復できたのかと思うと、それは良い話ではあった。

一通り作業が終わったところで、残り時間を見る。

勉強には丁度良いタイミングだろう。

ネットミームを調べる。

AIが無作為に集めて来たネットミームを見て行くが。

よく分からないものも、分かりやすいものもある。

分かりやすいものに関しては、恐らくだがこの間までの傾向を見て、AIが意図的に集めたのだろう。

余計な事をするなあと一瞬思う。

私は別に無作為に内容を見たいだけなので。

別に私に取って都合が良いものや。気持ちが良いものだけ見たいわけではない。ネットミームそのものを知りたいのだ。

良い部分ばかり見ていても。

結局その全てを把握したことにはならないだろう。

基本的に物事には表裏がある。

その両方を把握できてこそ。

理解出来た、と言えるのだ。

だから私は、悪意の坩堝と理解出来た上で、大手掲示板をしっかり見た。

今回も、同じだ。

何だか三銃士とかいう似たような構図の漫画が一杯出てきた。

調べて見ると、ある料理漫画の一ページを切り抜き。

汎用性が高いことから、一種のコラにしたものらしい。

元の漫画は、最初は面白かったものの。

作者がどんどん思想的になっていき。その思想も先鋭的になっていった事から、評判を落とし。

途中からは、作者の思想を無理矢理乗せるような漫画になってしまって、明らかにつまらなくなった。

これについては実物を見たので、私としてもそう判断せざるを得ない。

料理という、それこそ生きるために必要であり。

場合によっては心を豊かにするものであるはずのものが。

思想によって汚染されると、とても醜いものとなってしまう。

その一例を見て、私は憮然としたものだが。

一方でその内容が馬鹿にされるようになり。

こういったコラが作られるようになってしまうと。既にその漫画は、真面目に読む人もいなくなった作品なんだなと判断する他無い。

アニメ化やドラマ化もした作品だったのに。

作者が老いたか。

或いは、編集がちゃんと手綱を握れなかったのか。

どちらにしても惜しい事だと私は思う。

その末がこのコラだ。

作品中で面白いとされる部分を切り抜いたが故、なのだろう。

他にも同じように、漫画の一部を切り抜いたコラは、ネットミームになっている。

例えば不良警官が、趣味について語るが。それについて詳しくない人間から見ると、全然違いが分からないものとか。

ただ、此方はかなり雰囲気が違っている。

この漫画は、不良警官の言動に問題がかなりあるものの。

作品自体は、とくに嫌われている事はなかったようである。

勿論有名漫画である。

当然のようにいわゆるアンチは存在していた。

だが、この漫画においては、作者の思想は面に出てくる事はなかったし。読者に押しつけられることもなかった。

更に言うと、長く続きすぎたこともあって。超ロングセラー作品であるにも関わらず。作者が潔く作品の終了を決めて。以降は不定期連載にした事も大きかったのだろう。

こっちのコラは、どちらかというと愛されている印象を受ける。

ネットでのログを見る限り、連載当時は評判が決して良い漫画ではなかったのに。特に終盤に入ってからはアンチも多かったのに。

それでも、終わった後には、愛される漫画に変わった。

ちょっと不思議な例かも知れない。

漫画のコラがネットミームになっている例は他にも幾つもあるが。

どれもそれぞれ事情が違う。

著作権とか色々グレーゾーンな代物ではあるが。

二次創作という点では、ある意味創作と見るべきなのかも知れない。

幾つかの漫画のコラに関しては、修復する価値はあるだろうと判断。AIに頼んで、幾つか破損ファイルを取り寄せた。

修復をしておく。

残った時間で修復をしていくと。

AIに言われた。

「アカリ、そろそろ切り上げる時間です」

「ん。 コレが終わったら」

「分かりました」

分かっている。

多分、先に声を掛けておいて。最後の一つにさせようという腹だったのだろう。本当に頭に来るくらい、此方の事を把握している。

主観がないというのは本当に優位なんだなと思う。

人間は、結局地球を出る必要にかられ、動き始める時まで。

自分を万物の霊長だとか妄想し続けていたのだから。

 

4、ミームは未来にまた

 

体の痛みはもうほぼ感じない。

体を動かすと、まるで別物だ。

運動に関して、私はそれほど素質がないという話を聞いていたし。今までそれについては身を以て感じていたのだが。

今はなんというか、体が羽根のように軽くて有り難い。

AIの指示に沿って体を動かして、基礎能力と体力を上げていくと。

その結果が良く分かる。

まだまだ伸びると言われて、それは単純に嬉しい。

体力が増えれば出来る事も増える。

ちなみに腹筋が割れるようなことは無い。

別に筋肉質になりたい訳では無い事を、AIの方でも把握しているのだろう。あくまでインナーマッスルを鍛えるべく、私に運動のメニューを入れている訳だ。

「もう痛みはほぼ消えたようですね。 集中力が戻ったようです」

「んー。 予想よりだいぶ長引いたね」

「元々アカリが根本的に運動に向いていなかったから、でしょう。 運動は本来の性能にかなり左右されます。 そして努力ではどうしても才能に恵まれた人間には勝てないのです」

「それも何だか嫌な話だね」

昔は。

その運動の才能に恵まれた人間を、薬物漬け、トレーニング漬けにして。

代理戦争の主役として、動かす行事があったらしい。

オリンピックとか言ったか。

だがこれは代理戦争だったために腐敗が著しく、途中からは如何にルールを都合良くねじ曲げるか、審判を買収するかの話になっていき。

やがて多くの人々から見捨てられたという。

そういう事情がある行事だ。

私としては興味も無いし。

「アスリート」とやらになるつもりもない。

自分が自分のために動くため、必要な体力と性能はほしいけれど。

それ以上はいらないし。

他人と争うつもりもない。

必要なだけあればそれで充分である。

まだ少しだけ痛みは残っているが、もう数日以内に消えるだろうとAIに言われている。今度こそ、信じて良さそうだ。

ルーチンワークに入る。

体を動かして、ゲームをして。データを吟味して。

時間が余ったので、ハイクラスSNSにログインして、作業をしていく。

やはり新しいものに触れるのは、最後の最後が良いだろう。

その判断は正しかった。

黙々と修復作業をしていく。

午前中に、出来れば五つくらいのファイルは修復したい。

そう考えて、黙々とやっていく。

四つ目が終わった所で、残念ながら時間切れ。

まあこれは仕方が無いだろう。

昼食を取りながら、聞いてみる。

「時にだけど」

「何でしょうか、アカリ」

「AIの方では、ネットミームをどうするべきだと判断しているの?」

「現時点で存在しているものは、文化として保全すべきだと思っています。 ただし、やはり新しいネットミームを作り出させるつもりはありません」

それは分かっている。

新しい創作すら禁じている程だ。

リソースをくう事になる可能性がある行為は禁止。

誰もが厳しいリソースの中で動いているのだ。

勝手に動いて周りの人間が皆殺し、という事態は避けなければならない。

昔の漫画とかだったら、それでも好き勝手に振る舞おうとする人物が、「格好良い」とか描写されたのかも知れないが。

私は現実と妄想の区別はついているつもりだ。

そんな身勝手な輩は、格好良くもなんともないし。

地球を滅茶苦茶にした上でまだそんな事をほざくようなら。

とっとと処理されろとも思う。

「ネットミームってさ、結局何だったんだろう」

「アカネはどう感じました?」

「分からない」

「素直ですね」

嘘を言う理由がない。

実際問題、定義や主語が大きすぎる。それに、正も負も振り幅が大きい。

罪も無いようなものから、露骨に差別的なものまで。

あまりにも幅が広すぎる。

勿論今まで調べてきたネット文化にもそういう側面はあった。

だがネットミームというのは。

やはり、あまりにも定義が雑な文化だったのだと思う。

だから、分からない。

それが素直な所だ。

「何かアカリのためにはなりましたか?」

「……強いていうならば、ネットミームってのは共通言語以上でも以下でもないし、必要に応じて生じて、必要がないなら出てくる可能性もない。 そういうモノである以上、文化の一つではあるけれど、それ以上でも以下でもないね」

「分かりました」

「とりあえず、調べるのは此処までで良いよ。 ただ破損したファイルがあったら持って来て。 修復するから」

それは、他の文化同様にやっていこうと思う。

それだけだ。

さて、次のネット文化だが。

少し興味があるものについて調べて見ようと思っている。

いわゆる、チャットである。

掲示板とは別方向の変化を遂げたものであり。

やがてSNSの基本スタイルに近いものとなった存在。

ただこれについては、文化としてどう調べれば良いのかがまだちょっと分からない。そのため、AIにはまだ話をしていない。

今日はファイルの修理だけしたら、早めに休もう。

そう決める。

AIも、それを聞くと。

即座にスケジュールを組み直してくれた。

伸びをする。

痛みはほぼ消えた。

後は、丁寧に、ゆっくり。私の熱量を確固たるものにするべく、戦っていくだけである。

時間はいくらでもある。

私は人間として。

最低の尊厳は持ちたい。

 

(続)