黎明のスラム

 

序、SNSの先祖

 

私は無言のまま、ピックアップされてきたログを見てきた。其所にあるのは、文字通りの悪意の塊だった。

分かっていた。

そもそもSNSにしても悪意が横行しているのである。

それをAIが制御して、かろうじて何とか体裁を保っている。

ストッパーが外れた人間は何でもする。

それこそ自分さえ良ければ良いのである。

残念ながら、自分さえ良ければいいと考える人間は、全体の9割を越えるし。しかも、それを正しいとする社会的風潮もある。

故にそれを皮肉る作品もあったが。

そもそも「現実がそうなのだから仕方が無い」とかほざく人間が「大人」として扱われるのが20世紀から21世紀に掛けての現実だったのだ。

そんな生物だったから地球を焼き滅ぼした。

救いようが無い。

そしてそんな救いようがないカスの生態が余すこと無く、其所には記載されていたのである。

予想はしていたが。

これは精神が弱い人は、見ない方が良いかも知れない。

大手掲示板。

ネットの初期に、SNSが無かった時代。

もっとも多くの人間を集めた場所。

大手ニュースサイトと並び、もっともネットに最初に触れた人が、足を運んだ場所である。

「半年ロムれ」という言葉がある。

ロムというのは見るだけにしろ、という意味で。

それぞれの大手投稿掲示板には、掲示板の数だけローカルルールがあり。それを理解するまでは書き込むなと言う意味である。

ネットでの半年は非常に長い時間だ。

何しろ数年もすれば、ガラリと様変わりしてしまうのがネットというものなのである。

そんな世界で、半年も見るだけにしておけと言うほどの閉鎖性。

はっきり言って、現在では論外とされるだろうが。

当時はそれが当たり前だった。

ローカルルールは絶対。

そういう世界があったのである。

SNSに大半の人間が移行するわけだ。当然の結果であるだろう。

そもそもSNSはスラムだ。だが、スラムであるが故に、誰もが其処に住むことが出来る。

初期の大手掲示板は違う。

スラムでも、最下層の下水道。

其処に住んでいるのは、超閉鎖的な集団。

その集団の中では何をやっても良いし。

集団のルールに背いた人間にはどんな懲罰を科しても良い。

文字通り其所はある意味の「特区」であり。

人権の存在しない場所だったのだ。

だからいずれ衰退したのだが。

それも、今見ているログを見る限り、当然だと思える。

大手掲示板で産まれた文化も多い。

AAと呼ばれる文字を組み合わせたようなもの。日本語以外にも様々な言葉を使い、それを使って絵を描く。

独自の絵画文化がそこで創設され。

それは後の時代まで引き継がれていくことにもなる。

また、閉鎖的社会であるが、見るだけなら自由という事もあり。

此処で犯罪などが告発されることもあった。

犯罪予告が行われる事もあった。

故に警察沙汰になる事もあったが。

大手掲示板を運営していた人間達は狡猾で、法の裁きを上手にくぐり抜け続けた。

しかしそれも、あるタイミングで終わる。

更に狡猾な連中に、最大手の掲示板が乗っ取られたのである。

勿論誰も同情などしなかった。

掲示板に入り浸っていた連中は早々に代用の場所を見つけたし。

それ以外はふーんと思っただけだったようだ。

まあその事件が起きた頃には、既にネットでの交流の主流はSNSに移行しており。

それ故に、何ら問題にはならなかったのだろう。

実際、それからも大手掲示板は閉鎖的社会として続き。

2050年代の世界大戦勃発までは、細々とやっていたようである。

ただし、ログは先細りする一方。

利便性が高いSNSに比べて、閉鎖的な上にユーザーが攻撃的なのだ。

勿論SNSでも、炎上というリスクは存在していたし。閉鎖的なSNSも普通に存在していた。

だがユーザー加入をしたらいきなり拒否されるようなこともなかったし。ローカルルールはそれぞれにはあったが、それでも掲示板ほどではなかった。

治安は同じように悪かった。

どちらもスラムなのだから当然と言えば当然だ。

だが、だとしたら便利な方に居着く。

わざわざ、SNSからこっちに移行する理由がないのである。

というわけで、大手掲示板の末期には、利用者は老人ばかりになっていたようだ。

そもそも個人HP等にあった掲示板サービスなども、どんどん使われなくなっていったのである。

大手の掲示板も、それは同じだろう。

掲示板というサービスそのものが、衰退していったのだ。大小を問わずに、である。

資料を見ていく。

掲示板サイトには、なんと大手投稿サイトの先がけとなったものもあるようだ。

例えばある掲示板サイトは、同時にテキストの投稿サイトも兼ねており。此処はサーバの管理者が、管理をしなくなるまでは、かなりの隆盛を誇った。

サーバの管理者は相当な激務に晒されていたようなので仕方が無いと言う部分はあるが。此処から商業出版にこぎ着けた作品もあったようだ。

ただやはり掲示板サイトである。

掲示板の荒れようは凄まじく。

閉鎖的な上にユーザーは攻撃的で。

やはり此処も廃れると、後は一気に人が離れたようである。

腕組みして考える。

これは初期の。

SNSが登場するまでの、限定的な存在だったと考えるべきなのだろうか。

実際にはそうとも思えない。

事実、SNSが出てからも、細々と生き残っていた。

独自の文化を創り出しもしていた。

其所は間違いなくスラムの最下層であり。

閉鎖的で攻撃的な住民が巣くう魔窟ではあったが。

そんな場所から産み出されるものもあったのである。

闇に塗れてはいたが。

ふむと私は頷くと。

海外の事情も調べて見る。

此方も似たようなものだ。

ローカルルールと治安の悪さは日本と同じ。

いや、日本以上に悪いかも知れない。

いずれにしても、大手掲示板サイトが、登場初期からネットの最アンダーグラウンドだったのは事実であり。

其所で色々な文化は産まれもしたが。

最後まで、最アンダーグラウンドである事実は覆せなかった。

ユーザー自身が、アンダーグラウンドだと分かった上で使っているのだから、自浄作用も働く事は無い。

そして不思議な事に。

これだけのアンダーグラウンドの徹底ぶりを見せておきながら。

どういうわけか、一定の影響をSNSやニュースサイトに、それこそネットが崩壊する2050年代までもちこたえたのである。

不思議な場所だ。

私はぼんやりと資料とログを見比べながら、なんでなのだろうと思う。

時々見かける特権意識が原因だろうか。

大手掲示板が全盛期だった頃。

SNS等はまだ存在せず。

そして、ネットユーザーは自発的に個人HPを作ったりする人間以外は、相応に苦労していた。

お気に入りの個人HPの掲示板に入り浸ったり。

或いは、当時はまだネットの雄であったネットニュースに入り浸ったり。

個人HPで運営されているチャットにて、交流をしているケースもあった。

だがやはり大手掲示板の存在感は大きく。

タチが悪い輩が此処を利用して、個人HPなどで活動している人間に対して攻撃を仕掛けるケースもあったようだ。

SNS時代の炎上と構造は似ているが。

違うのは、大手掲示板の場合は、独自のローカルルールが存在している事で。

攻撃を受けた側が、黙ってやり過ごすしか方法がなかった、という事である。

これがSNSになってくると、問題を起こしている相手をブロックするなどの方法で、対応をする事ができたのだが。

大手掲示板の場合は、そもそも運営している人間がローカルルールにどっぷりと使っており。

要するに、そのローカルルールを理解していないと、反撃自体が出来ないという事である。

それでいながら、情報だけが無闇に拡散され。

タチが悪い輩が押し寄せてきて好き勝手をするという状況になっていた。

これは正直な話、大手掲示板に対する悪印象の一つとなったのでは無いかと私は思ったが。

実際になった様子だ。

確かに殴られっぱなしの状態を簡単に作れるという意味で、非常に大手掲示板は問題のあるシステムであり。

ローカルルールの横行が、如何に問題があるかよく分かる。

古くは郷には入れば郷に従えという言葉もあったそうだが。

その郷が、文字通り犯罪組織の集団だった場合は。

従わなければならないのだろうか。

アンダーグラウンドの住人は、当然モラルも最底辺だ。

そんなところに住んでいる住人のモラルなどお察しである。

ログを確認していくが。

やはり、自分から見て滑稽な人などを「晒し」という手段で仲間内に情報公開し。

その相手を「滑稽だから何をしても良い」という理屈で、リンチに掛けるような真似を頻繁にやっていたようだ。

思わず閉口させられる。

これは本当に、ならずもののやり口ではないか。

とはいっても、大手掲示板でも、掲示板ごとにローカルルールは違う。

故に、治安が良い掲示板も存在していたし。

そういった場所では、比較的外部からの受け入れをすることも多かったようだ。

ログを見ていると頭がクラクラしてくるので。

一旦休憩を挟む。

ハイクラスSNSからログアウトした私に、AIが声を掛けて来る。

「悪意に晒されると疲弊が激しくなります。 少しは休憩をした方が良いでしょう」

「……分かってる」

SNSも、21世紀頃には悪意に晒されるケースは多かった。

特にSNSはSNSで、いわゆる鍵を掛けたユーザーでは無い場合、誰からも閲覧が出来るという最大の問題点があり。

SNSの利便性から有名人などが活動している場合。

その有名人に、もの凄く手軽に嫌がらせをする事が出来た。

以前調べたvtuberと呼ばれるような人々は、この手の悪意に最前線で晒されながら活動をしていたらしく。

それは心臓に毛でも生えていないともたない、という世界だったのだ。

それにしても。

大手掲示板でかわされている悪意の濃度はどうだ。

21世紀のSNS。AIによって制御されておらず、人間がちまちま管理していた状態のものも悪意に満ちているが。

それの比では無い。

面白いオモチャを見つけたと思ったら、相手を自殺まで追い込んでも平然とし、足もつかないから笑っている。

そういう連中がたまり場にしていて。

そして舌なめずりしながら次の獲物を狙っている。

そういう場所では無いか。

勿論大手掲示板などで問題を起こし、犯罪者として逮捕されたケースは多数報告されている。

だがそれは多数といってもあくまで全体から見れば極小数例で。

逮捕された人間も、反省など一切していなかっただろう。

自分で見て分かった。

本当の悪意の坩堝であり。

最悪のスラムが、ネットの大手掲示板だったのだ。

後々まで、この治安の悪さは語りぐさになったようだが。それも初期にあまりに無法を尽くしたから、というのが原因だろう。

そもそもである。

大手掲示板のハシリになったようなサイトが、運営者が筋金入りの悪党外道だったこともある。

この人間も、法を悪用してやりたい放題していたようだが。

だからこそに、事実上自分の持ち物を乗っ取られたときに、誰も同情しなかったのだろう。

なお晩年は完全にいわゆる「老害」になり。

ネットで醜態をさらしたと言う事だが。

ログが断片的にしか残っていないので。

その実例を見つけることはできなかった。

大きなため息をつく。

AIがすぐに風呂に入るように言うので。

言われるまま、少しぬるめの風呂に入った。

ぼんやりしていると、AIにそのまま追加で言われた。

「少し見ただけで充分でしょう。 悪意の坩堝、悪意の蠱毒。 それが20世紀から21世紀に掛けて、SNSの前身として存在した大手掲示板です。 勿論治安が良い大手掲示板も存在しましたが、それでも暴れる者は存在しました」

「荒らしって呼ばれていたんだっけ」

「そうです。 主に大手掲示板で活動し、そこで聞きつけた情報を元に、個人に迷惑を掛けたりしていた連中の事です。 大手掲示板内でも存在していましたが、それはもはや桁外れのネットにおける無法者でした」

「それは何となく分かった」

そもそも相手を馬鹿にする文化に私には思えた。

自分達すらも馬鹿にしつつ。

相手に対する敬意は一切払わない。

自分達を馬鹿だと内心では思っているから。

そもそも相手に対する敬意を払えない、というのが正しいだろうか。

SNSが登場するまで、大規模なネットコミュニティの治安が最悪だったのも納得出来る。

こんな連中がのさばっているのでは、危なくて足を運べないし。

何よりも、こういった大手掲示板でネットのあり方を学んでしまっては。

後々、誰も彼もが利用するSNSで、大きな問題を起こすような人間になってしまうだろうし。

それ以上に、ネットの外部でも問題を多く起こしただろう。

21世紀は、人類の飽和と衰退、治安の悪化、そして破滅の時代となったが。

なんだかこの手の大手掲示板で本性を晒しあっているログを見ていると。

それも納得出来る。

風呂から上がったあと。

AIに言われた。

「アカリ、大手掲示板を見て、人間の負の熱量を学ぶのは良いでしょう。 しかし一気にログを閲覧すると、どうしても悪影響を受けます。 今回は特に危険ですので、一度に閲覧するログは減らすか、もしくは一日おき、出来れば数日おきに行うのがよろしいでしょう」

「んー、そうだね」

「頭の動きが鈍くなっていませんか?」

「うん……」

その通りだ。

悪意で頭がくらくらする。

別に最アンダーグラウンドの掲示板ばかり見たわけでは無い。幾つか、大手の掲示板のログを無作為に見て行っただけだ。

それでこれほどのダメージを精神に受けたのである。

当時の人間は、これは感覚が麻痺していたのではあるまいか。

私には、そうとしか思えない。

「当時は、治安は悪化したりしていなかったの?」

「いいえ、別に」

「……そうか」

「別に大手掲示板が存在したから治安が悪化したというようなデータはありません。 むしろこの手の大手掲示板には、もっともタチの悪い集団が集まってはいたようではありますが……その全員が犯罪者予備軍という事も無かったようです」

なんでだろうと聞くと。

それは自分でおいおい確認するべきだと答えられる。

まあそれもそうだ。

夕食を口に入れる。

多分精神状態も考慮して、食べやすいものを作ってくれたのだろう。

かなり消化に良さそうなものが出てきたので助かった。

胃がむかむかしていてつらかったのだ。

これくらいのが今日はいい。

そのまま、眠る事にする。

正の熱量と負の熱量をしっかり見て行くことで。

自分にとって、ほしい熱量を探していく。

得てはいけない熱量を学習していく。

それに、当時のネットは複雑に因果関係が結びあっている。動画文化一つにしたって、いきなり出現したものでもないし。

ネットニュースには、動画文化を利用していたものだってある。

そういうものだ。

だから包括的に学習するには、負の部分だって知っておかなければならない。

温室栽培なんてされたって、碌な事にならない。

良くないものも見なければならない。

ワクチンをうって、毒に対する耐性も得なければならない。

今は、人間それぞれが個別に生きている時代だが。

それでもハイクラスSNSなどを利用する場合には、どうしても人間と接する必要が生じてくる。

それに何千年だか分からないけれど。

未来には、雄飛の時代が来るかも知れないし。

その時には、また人間が直接他の人間と接触して、色々とやっていかなければならないだろう。

そんな時代に、悪意を知らない、では困るのだ。

確認していくしかないだろう。

自分の目で。

私は布団に潜り込むと。

明日以降、どうするかを考えながら、眠りに落ちていた。

 

1、深淵の底

 

昔都市伝説に、ダークウェブというものがあった。

いわゆるハッカーなどが出入りしている特別なHPなどで。ある程度のハッキングの能力などがなければたどり着けず。

そこでは違法のツールなどを販売しており。

また犯罪の依頼なども請け負っていたという。

結論からすると。

それらのダークウェブは実在していた。

2050年代の世界大戦で何もかもが滅茶苦茶になった後、再建の過程で世界各地からデータが回収され。

そして幾つかのサーバから、実際に見つかったのである。

都市伝説に過ぎないという説もあったのだが。

実際にあった事が確認された。

内部では違法ツールだけではない。確かに犯罪の請負をするようなHPも存在していた。

特に旧共産圏の国々にこれらのダークウェブは多く存在していて。

ハッカーなどは実際に利用していたようだ。

だが、あくまで都市伝説は都市伝説。

現実問題として、ハッカーの活動というものは、あくまで誇張されて伝わったものがおおい。

最も現実的なハッキングというのは、データセンター内部に実際に入り込んで、そこからデータを横流しすること。

勿論セキュリティ意識がガバガバの間抜け企業も実在していたし。

それが社会問題になった事も多かったが。

結局の所ハッカーというのは伝説の存在に過ぎず。

いるにはいた、と言う程度に過ぎなかった。

事実ダークウェブに相当するHPの運営者などが儲けているかというと、そんなことはなかったようで。

どいつもこいつも困窮していたし。

表の仕事も持っていて、趣味で悪事をやっていたようだった。

そういった、「都市伝説としての巨悪」としてのダークウェブよりも。

表に出て活動していた、大手掲示板の方が。

余程多くの人に対して被害を与え。

後に悪い影響を与えたのでは無いかと思えてくる。

AIの指示通りにするべきだと私は悪意の渦を見て思ったので。

今は二日おきに、大手掲示板のログを無作為に見るようにしているが。

いずれも凄まじい悪意に満ちている。

一番ヤバイと感じたのは、ある大手ポータルサイトの掲示板である。

此処は管理が非常に甘いことや。

大手ポータルサイトのID取得が非常に容易であることもあって。

治安が文字通りの最悪。

地獄の一丁目どころか、地獄の最深部も同様の有様だった。

ざっと見るだけで、犯罪予告は行われているし。逮捕者も出ている様子だ。

それだけじゃあない。

罵声と罵詈雑言が飛び交い。

完全に精神に問題を抱えているタイプの人間も、大量に其所に住み着いている。

日本におけるネット史で最悪の掲示板、という話は聞いていたが。

ちょっと此処は次元が違う。

なお、あまりにも治安が悪すぎたせいか。

20世紀末から21世紀初頭に掛けての五年間で、サービスが中止されている。だが、サービスを中止しても、其所で醸成された邪悪な空気は消える事はなく。

別の掲示板で大暴れするモノは出る。

そのポータルサイトのニュースにタチが悪いのが沸く。

そういった形で、後々まで悪影響を残した様子だった。

頭が痛くなってくるが。

ともかく、無作為に抽出したログを確認。

会話が成立していないどころか。

相手に対して人権さえ認めていないような発言も多数見受けられる。

反吐が出る、と思ったが。

これもネットの文化の一つ。

負の文化ではある。

だが、知ってはおかなければならない事だ。

しばらくぼんやりとした後。

ハイクラスSNSからログアウトする。時間加速していたから、四時間ほどログを見ていたが。その間に二時間の休憩を挟み。そして実際に外では、実時間で20分ほどしか経過していない。

それでもどっと疲れたので、こてんと横になる。

ニュースサイトを調べていたときの比では無い。

ニュースサイトも悪意に満ちていた。

だが、初期のものは普通にユーモアがあったりもしたし。

承認欲求を満たしたいのだなと言う、微笑ましさも感じる事があった。

だが、本当に危険な荒れ方をしている大手掲示板は尋常じゃ無い。

飛び交っている悪意が次元違いだ。

しかも、である。

日本の大手掲示板はまだマシな方だそうである。

海外の大手掲示板に至っては、それこそ凄まじいカオスの中にあるそうだ。

まあそれもそうだろう。

日本は21世紀においても、世界的に見て例外的に治安が良かったと聞いている。そんな国での掃きだめが大手掲示板の一部だったのだ。

或いは、そんな場所で、己の負の感情を他人にぶつける事で、正気を保っている人もいたのかも知れない。

治安は良かったかも知れないが。

社会そのものは地獄の様相を呈していたのだから。

結局人間は滅びるべきだったんだな。

そう私は思いかける。

だけれども、人間は今も生きている。

そして、雄飛に向けて、ぐっと力を蓄えるべく、氷の時代に耐えている。

それを考えると。

今やるべき事は、過去の悪しき習慣を繰り返すことじゃない。

歴史を学び。

過去の失敗を繰り返さないことだ。

目を閉じる。

高濃度の悪意に晒されたからだろう。

やっぱり非常に体が重く感じる。

こんな悪意の中にいて、大手掲示板のユーザー達は大丈夫だったのだろうか、心配になる。

精神を病んだり、何かおかしくなったりしていなかったのだろうか。

私が、今の時代に生きているから。

AIの補助を受けて、邪悪な意思に晒されない時代にいるから。

そう思うだけなのだろうか。

何度か深呼吸をした後、身を起こす。

タオルがロボットアームで押し当てられた。

冷や汗を相当掻いていたらしい。

「アカリ、メンタルに負担が掛かっています。 もう少し、一度に見るログを減らした方が良いでしょう」

「分かってる。 今見てた掲示板はもういいや。 次からは別の掲示板を見ることにするよ」

「どこの大手掲示板も大なり小なり閉鎖的な場所ですよ。 ほとんどのユーザーがSNSに移行した事実からも、それは明らかでしょう。 そして閉鎖的な場所では、独自の倫理観が生成されるものです」

暴言の限りを尽くしているユーザーには、悪意すらない。

そうAIはいう。

何しろその掲示板では、それが正しいからだ。

外がどうかなんかどうでもいい。

人間の倫理がどうかなんてそれこそどうでもいい。

相手を痛めつけて自殺に追いやろうが、廃人に追い込もうが知った事か。

そういった人間の暗い本音が。

ああいうローカルルールに支配された場所では、どうしても漏出するのだ。

「ネットという情報伝達手段が出る前から、人間はそうでした。 閉鎖的村社会と言いましてね。 そういった場所では、ローカルルールに従っている相手にはとても優しく誰もが接するのです。 しかしながら、ローカルルールを少しでも破ろうとすれば、周囲は悪鬼に変わる……。 人間とは、そういう存在なのですよ」

「大手の掲示板を見て、それについてはよく分かった気がする。 確かに、自分達のルールにさえ従えば人を殺しても良いと考えているように見えた」

「ローカルルールが極限まで先鋭化するとそうなります。 実際問題、昔実在したカルトには、そういったものが幾つもありました」

「……」

そうなってくると。

大手掲示板は、人間の「素」の心を学習するのに、もっとも良い場所なのかも知れない。

現在はAIによって、がっつり人間はそれぞれ保護されている。

だがこの時代の人間は、それこそ自分で自分を守らなければならなかったし。

守れなければ、精神に異常をきたすだけだった。

それは何もネットに限った話じゃない。

ブラック企業の内部では、それぞれ独自のローカルルールがまかり通っていたし。

それは極めて非人道的だった。

人間をすり潰して金に換え、いらなくなったら捨てる。

それを眉一つ動かさずやるような輩が、社長になり。

その社長の指示を忠実にこなすイエスマンが、会社の幹部になる。

どの国でも、そんな会社が主流だった。

それは大手掲示板のあの蠱毒と、何が違うのだろう。

モラルの低さでは大差ない。

つまり人間が素で持っているモラルなんて、そんな程度と言う事だ。

「いずれにしても、悪意によるストレスは体に悪影響を与えます。 もう少しスパンを開けてログを見るのが良いでしょう。 ログを見ること自体は止めません」

「分かった。 それが正しそうだ」

「はい。 アカリは自分で考えることがきちんと出来ますね」

「子供みたいにいわないでくれるかな」

AIはいう。

人間は、基本的に自分でものなんて考えないのだと。

反論できない。

確かに、他人に思考を任せて丸投げしてしまう人間は、過去のネットのログを見ると幾らでもいた。

タチの悪いカルトに入ると言う事は。

カルトの教祖に思考を丸投げすると言う事で。

自分で考えることを放棄することだ。

ブラック企業でイエスマンになる事もそれは同じ。

他人の生き血を啜り、社員を家畜として扱っているバケモノの言うままに動き。

思想を全てゆだねることを意味する。

そして、人間として一番楽な生き方こそが。

そうやって思考を放棄することだと、AIは言い切った。

確かに過去の時代。

宗教はどこでも必要とされた。

宗教倫理が必要とされたのではない。社会の基礎道徳としての宗教理論が必要とされたのでは無く。

神の意志という都合が良い言葉の下に。

神の代公者を称する存在に、思考を全て任せてしまう事で楽になる。

それが一番楽だったからだ。

古代には、多くの文明で、社会の頂点と宗教組織の頂点は一緒だった。

それは簡単な話で、神格化によって。他人の思考を奪うことが出来るし。

何より多くの人間が、神格化された存在に自分の尊厳を捧げ。

何もかもを考える事を放棄し。

楽になる事を望んだからだ。

その歴史は知っていたが。

私は、その歴史に学ばなかった人間に嫌悪するも。しかしながら、現実の人間の思考を見ていると。反吐が出る思いしかしない。

「アカリは考えて取捨選択しています。 人の悪意を知る事も、ある意味ではワクチンを摂取するようなものです。 苦しい作業ではあるでしょうが、それに意味があると判断して行動するのであれば止めません。 ただし、体に悪影響が出ない範囲内で行いましょう」

「分かった。 確かにその通りだね」

時間を見る。

昼少し過ぎだ。

今日は、大手掲示板のログ閲覧は此処までにしておこう。

ルーチンワークは既に終わっている。

最近は、復旧作業をしたデータを見に来る人が増えてきていて、そういう人が残したコメントなどを見るのが楽しみになっている。

好意的なコメントが多いが。

悪意に満ちたコメントは、AIが自主的に削除してしまうのだろう。

悪意なんて、嫌でも他人と話していれば受けるのだ。

AIが管理できる範囲内でなら。削除してくれるのであれば、それは此方としてもありがたい。

軽く運動をする。

体力は増えてきているが。やはり以前ほど目立って増える事はなくなっている。基礎体力がないからだ。

それでも微増はしてくれるので。

少しずつ運動する意味はある。

ただ、運動はあくまで気分転換。

これで何もかもが解決するようなことはないと、私だってちゃんと理解出来ている。

過去に存在した筋肉信仰のような、愚かしい思考とは無縁でなければならない。

多くの人を苦しめ追い込んだ悪しき思考だ。

そんなものは過去に既に死んだ。

私が蘇らせてはいけないのである。

軽く運動した後、ルーチンワークを前倒しでやる事にする。ハイクラスSNSにログイン。

テキスト、イラスト、個人製作動画の復旧作業に取りかかる。

これらの作業は、どんな事を作者が考えていたのかなとか。

どんな風に動画を作っていたのかなとか。

そういう事を考えながら作業。前向きの熱量を感じられる。

破損してしまっているデータを分析しながら、作者の文体や筆致の癖などをAIと連携しながら再現。

修復を行っていく。

その結果、死んでいた小説や絵、動画が復旧していく。

元々破損データだったものが、回復するだけだ。

新しく何かのリソースを喰うわけでは無い。

だから許されている作業である。

黙々とこなして、今日分の作業として自分のブランクスペースの一部に提示。

それをAIがリンクなどを加工して、復旧データとして共有する。

あくまで趣味の範囲内での作業だが。

AIがきっちり支援しているので、出来たものはいい加減では無い。

黙々と作業を続けていく。

凍ってしまっている今の世界だ。

娯楽は少しでも多い方が良い。

中には、自分には全く理解出来ない性癖に満ちた作品などもあるけれども。それはそれである。

そもそも性欲はオミットしてしまったからどうでもいいし。

性癖は人の数だけある。

だったら、娯楽も人の数だけあるべきで。

修復するものをえり好みするつもりは無い。

作業を行うときには。

何も考えないようにして動く。

少なくとも、少しずつ目を通している大手掲示板の事は考えないようにする。真の悪意に満ちた世界は今は見ない。

ただひたすらに。

前向きに、前向きに動く。

たまに強烈な創作にも出くわす。

人間のインナースペースが創作には絶対に出てくる。願望だったり欲望だったり性癖だったり。

中には、他者への強い悪意が籠もっていることもある。

だけれども、そういうものも創作だ。

だから淡々と処理して修復していく。

何も考えないというのは良くない事だと私は思うけれども。

こういった作業を行う際に、何も考えないでいるのは、確かに色々と楽かも知れない。

少しだけ、気持ちは分かる。

だが、常に何も考えない状態にはなってはいけない。そうとも思うのだ。

深呼吸する。

SNSの中なのだから、深呼吸も何も無いのだが。

あくまで気分だ。

クトゥルフのキグルミを被ったまま、作業を続けていると。AIに警告された。

そろそろ一旦休憩するべきだと。

私は頷くと、SNSからログアウトする。

随分と、すっきりしていた。

時間も丁度良い。

少し休んだら、また前倒しでルーチンワークをやる事を告げる。体力も見るが、まだ余裕がある。

AIは少し考え込んだが。

やがて、許可をくれた。

「分かりました。 最近はストレスによる負荷が大きくなっていたので、それもまた良いでしょう」

「うん」

「ただ、少し作業時に不満を感じているようですが、何が原因ですか」

「そんな事まで分かるのか……」

全部覗かれているようでちょっと気分が悪い。

勿論AIは遠慮なんてしない。

「改善策があるなら提示しましょう」

「いやね、何も考えずに淡々と作業していると、何もかも忘れられるからさ」

「ルーチンワークというのはそういうものです。 別にそれが思考停止だとか、悪しきものだとか、考える必要はないかと思います。 それでストレスを改善できるのなら、良しとしましょう」

「分かった、そうだね」

正論をズバズバ言ってくるけれど。

昔の人間は、正論を言うと怒り。場合によっては正論を言う人間を殺すこともあったという。

そんな事だから人間はずっと進歩できなかったのだし。

私は正論は受け入れる事にしている。

少し休んでから、またルーチンワークに入る。

人間の負の熱量は、勿論知っておかなければならない。

だけれども、その分は正の熱量を知る事で、相殺していけばいい。

そしていずれは、私自身が熱量を持てれば。

それで、私の勝ちだと判断して良いのだ。

自己完結している話かも知れない。

だが結局の所、人間は古くからずっと自己完結している生物ではないのだろうか。

愛だの恋だのは錯覚に過ぎないし。

何より他人と本当の意味での意思疎通なんて出来る人間が、どれだけいたのだろうか。

21世紀には、やたらと「コミュニケーション能力」という言葉が出てくるが。

これは結局の所、他人のご機嫌伺いをする能力の事を示していることが、現在では解明されている。

実際問題、立場が変わってしまうと「コミュニケーション能力」何てものを微塵も発揮できない人間は幾らでもいる。

それは要するに、相手に対するご機嫌を伺う能力だからに過ぎず。

結局の所、立場が弱い相手を泣かせ。強い相手に媚を売っていただけに過ぎないのである。

人間の本質は自己完結だ。

ならば、自己完結の中で熱量を持ちたいと思って何が悪いのだろうか。

私は、少しずつ、自分の中で理論を組んでいる。

そしてそれがいずれ実を結ぶと、信じたかった。

 

2、悪意の渦の中に

 

大手掲示板のログを確認する。

延々と。

議論が続いていた。

建設的な議論では勿論無い。

ある創作作品の設定について、である。

それこそどうでもいい話だと思うのだが、議論をしているログは真剣そのものである。だからこそ、滑稽さが際立っていたが。

その創作作品は、私も知っている。

20世紀末に原型が出来、高い潜在力を持っていたから、21世紀にもずっと固定ファンがいた作品だ。

飛躍した論理と。

複雑極まりない世界観設定で。

いわゆる「厨二病」の人達の心をがっしり掴み。

以降は様々なジャンルにて評判を得て。

ロングセラータイトルとして、多くのファンの心を掴んだ。

一方でこの作品は、害悪ファンの存在でも有名で。

特に個人HPの時代などは、悪の限りを尽くしたことで長らく腫れ物扱いされてきた歴史がある。

ある大手掲示板サイトで。

その無意味な議論は延々と続けられていた。

それこそ作者に聞かなければ分からないだろうし。

そもそも作者の頭の中にあるのかさえも分からないような内容だ。

その上不毛なことに。

他の作品のキャラクターと力を比べたり。

どっちが強いかとか議論したりしていて。

正直見ていて頭が痛い。

こんな無駄な事に、何十時間も使い。

更にありもしない事で、議論を続けていたというのは。人間の習性なのだろうか。

古くは宗教裁判などで、ありもしない議論を続け。

挙げ句の果てに異端の烙印を押して死刑に、なんてケースもあったらしいが。

要するに、人間の脳みそは昔っから一切変わっていないと言うことだ。

議論を見ていても、内容はそれぞれの脳内解釈を披露しているだけで。

他人の意見に如何にマウントを取るかしか考えておらず、はっきり言って文字通りの我田引水、曲学阿世でしかない代物だった。

頭を抱えたくなる内容だ。

それも、何年もこんな議論を続けているのである。

これは最大級の無意味な時間の浪費では無いのだろうか。

他にも似たような事で延々と議論が続く作品はあるようだが。

いずれにしても、不毛極まりない。

SNSでも似たような議論を見た事があるが。

よそでやれ、としかいえない。

そうか。

この掲示板そのものが、一種の隔離施設なのか。

実際この作品のファンも、この手の厄介な議論は見ていてうんざりなのだろう。だとすれば納得も行く。

一度、ログを見るのをやめる。

延々と同じ話を繰り返しているだけだし。

何より実体が何一つない話だからだ。

勿論作品に対する愛はある。

だがその愛は独りよがりなものだし。

完全にループに入り込んでいる上に、完全に閉じてしまっている。

これでは何の意味もない行為だ。

ログそのものを見るのを辞めて、AIに確認。

「これさ、いつまで議論続けてるの?」

「この掲示板がサービス終了するまで続けています」

「……正気かなこの人達」

「何が大事なのかはその人にもよります。 作品がカリスマ的な人気を博していたのですし、その大事なものは譲れなかったのでしょう。 ただし、他人にその大事を押しつける行為は許されない事でもありますが」

その通りだ。

何を好こうと自分の勝手だが。

その好きを他人に押しつけることは許されない。

この不毛なやりとりは、まさにそれだ。ずっと自分の好きを押しつけあっている。完全にリソースの無駄である。

本人達がそれでいいなら、勝手にやっていてくれ、という感じではある。

だが、その掲示板の運営者は、一度その議論を禁止しているのだ。

それにもかかわらず、運営者が忙しくなったからか姿を見せなくなった途端に、議論を再開し。

延々と繰り返している。

誠意がある行動とは言えないだろう。

げんなりしたので、私は別の掲示板のログを見ることにする。

そっちはそっちで、問題だらけだったが。

此方の掲示板は、血に飢えた者達のものだった。

自分達を監視者などと称して、ネット上にいる彼らの感覚で「痛い」人間を探している者達の集まりだった。

「痛い」というのが何なのか調べて見たが。

要するに常識外れとか、狂っているとか、そう言うような意味らしい。

それを言うならば、そんな掲示板に集まっている者達自身がそれに当てはまると思うし。

そもそもこの世に有史以来常識なんてものは存在しなかった。

常識だと各人が勝手に思い込んでいるものはあった。

良識も存在した。

だが、そんなものはあくまで独りよがりのものだ。

要するに独りよがりの主観で、自分から見て暴力を振るって痛めつけて良い相手を探しているわけで。

どうしようもない。

更に言うと、自分達がしょうもない連中である事は理解している様子で。

二重の意味でどうしようも無いとしか言いようが無かった。

頭が痛くなってくる話だが。

こう言う人達が昔は存在していて。

大手の掲示板に棲息し。

SNSが主体になった時代になっても、大手掲示板を離れず。

そして獲物を見つけると。

一斉に群がって暴言を浴びせ、相手を棍棒で殴り。場合によっては相手を死にまで追い込んでも、けらけら笑っていたわけだ。

色々と寒気がする話である。

この手の連中は、何も特殊例では無いという事をAIに教えられる。

「例えば、ある会社の取締役にまで出世した男に、この類の人間が存在していました」

「ネットの文化がこういう状況だったし、不思議ではないんじゃないの」

「いえ。 そのものは、ある動画作品を「痛い」として笑いものにし、世間に悪意とともにばらまいたのです」

「……」

その動画作品とはあるアダルトビデオであったのだが。

簡単に言うと、その人が最も大事にしている心の奥にあるものを土足で踏みにじり。

お前は頭がおかしいから矯正してやる、と。

自称常識人がよってたかって暴力を振るい、尊厳を陵辱するものだった。

こんなものが流通していること自体がおかしいような気がするが。

この中で、尊厳を徹底的に陵辱されている人を。

「痛い人間」としてばらまいたような輩が、会社の取締役になり。あまつさえ「有識者」を気取っていたそうだ。

ちなみにこの輩は、後に異性関係で盛大なトラブルを引き起こしており、裁判沙汰にまでなっている。

常識とは一体何なのか。

考えさせられる話である。

「この時代のネット文化は、明らかに負の要素が非常に大きいものです。 後にSNSが主体になっていった時代も、この時代にネットに入った人間は、大きな問題を起こしていますし。 後続の人間に悪影響も与えています」

「呆れた話だね」

「人間には誰しも、心の奥に触れてはならないものがあります。 それを土足で踏みにじる事は絶対に許されない事です。 それをやっておきながら常識人を気取り、有識者を気取る。 当時の人間はそれが当たり前だったのです」

「……」

反吐が出る。

そう言いたくなったが、堪える。

そんな常識は再現してはいけない。

悪しき時代の悪しき文化として。二度とこの世に蘇らせてはいけないだろう。

溜息が漏れる。

ログの閲覧を一旦中止。

SNSからもログアウトした。

しばらく座り込んだまま、ぼんやりとする。

凄まじい悪意を連続して浴びて、流石にちょっと頭が痛い。

こんなものが、当たり前のものとしてまかり通っていたのか。

しかも、これでも日本のネットはまだ治安がマシな方だったというのだから、本当にどうしようもない。

事実、SNSでも炎上騒ぎがたびたび起きるが。

この時代の影響を受けていると思われる人間が、炎上に関しては無邪気に引き金を引いているケースが目立つ。

SNSのログは先に目を通しているから分かる。

これはもう、色々となんというか。

擁護が難しい案件だ。

「世界は滅びて当然だったのかな」

「21世紀に入った頃には、既に滅びのカウントは始まっていたと思います。 少なくとも人間が理性的な生物などでは無く、常に暴力を振るえる相手を求めて血眼になっていた事は、これらの情報からも明らかでしょう。 故に常にネットの監視とサポートを我々はしているのです」

「それについてはよく分かったよ」

AIによる補助は実際問題有り難い。

私も、話しづらい相手とのトラブルを、何度もそれで避ける事が出来たし。

多分会話なども、相手に通じやすいように調整してくれているはずだ。

それを考えると。

人間にはまだネットというものは過ぎた文化だったのか。

かといって、これ以上時間を掛けると、資源を食い潰していずれにしても人間は終わっていただろう。

残念ながら、人間なんてその程度の生物だったと言う事だ。

溜息が漏れる。

宇宙に出た人間は、本当に運が良かっただけなのだ。

こんな有様を見ていると、とにかく気が重い。

負の熱量についても知っておかなければならないだろうと思っていた。

だから、色々見てきた。

だが、予想以上に熱量が凄まじい。

これはタチが悪い恒星だ。

不安定で、周囲を巻き込んで、いつ超新星爆発を起こしてもおかしくない。

勿論、そんなカオスの中から、色々な文化が出てきたのも事実だろう。

だがこれでは。

それも、肯定するのがとても難しい。

横になって休む。

また、次のログを見るのに、数日を開ける事をAIに告げる。

AIは何も言わなかった。

これははっきり言って、毎日見ていたら発狂する。或いは悪い影響を受けて、過去に大手掲示板で「自分より劣る相手」を探して血眼になっていた連中と同じになってしまうだろう。

人間の最低限の尊厳を守るためにも、

そんな連中と同じになりたくはない。

私はしばし休んだ後。

またルーチンワークに戻る。

ハイクラスSNSにログインし。

黙々と何も考えずに、破損しているテキストを直していく。今回のはごっそり消えているのではなく、データが壊れているパターンだ。

だから文字通りの修復作業である。

修復をAIのサポートを受けながら、黙々とこなして行く途中に聞いてみる。

「聞いても良い?」

「なんなりと」

「大手の掲示板で、何か前向きな文化は出てきた事はないの?」

「今まで見てきているはずですが」

AAと呼ばれる絵文字や。

独自のキャラクター達。

更に希な例として、小説などもある。

掲示板の中には、小説を分割して投稿し、それぞれで品評するようなものもあった。

更には批評。

勿論悪質な批評が大半だが。

中には的を得たものもあった。

勿論、過大な期待は禁物。

所詮誰が書き込んでいてもおかしくない場所だ。それに創作作品の批評というのは極めて難しい。

私も前に色々あったから調べたのだが。

プロでさえ、的確な批評は大変だという話を聞いたことがある。

ましてや素人の批評なんて、それこそ便所の落書きと同じである。

それをネットにおけるスラムの書き込みに期待するなんて、それこそ無法地帯を彷徨いている強盗に、倫理を期待するようなものだろう。

だから、私はあまりぴんとこないのだ。

だからAIに聞き返す。

手は動かしながら。

「確かにそれはそうだけれど。 目に見えてこれは良い、というようなものはない?」

「そうですね。 アカリの価値観から見てこれは良いと言うものであれば……」

AIが検索を開始。

その間に、作業を進めておく。

作業が一段落。

一話の修復を丸ごと終わらせることが出来た。

データが壊れて滅茶苦茶になっていたが、一応きちんとした文章に直ったと思う。とはいっても、元々が素人の作品。

文章は並みの下くらいか。

内容も面白いとは言いがたい。

だが、それでも復旧すること。

創作を復元することに価値がある。

だから、完成品はAIに引き渡しておく。

次の修復に掛かる。

今度はイラストだ。

これもデータが破損してしまっているタイプ。イラストだということは分かるが、グチャグチャに潰れてしまっていて、元が何だかさっぱり分からない。

黙々と修復しているうちに。

AIが結論を出してきた。

「良い物を見つけてきました」

「んー」

「当時の感覚で許される範囲内のリテラシーで、恐らく一番良いものでしょう。 負の熱量を知るためには余り役には立たないかも知れませんが、掲示板文化の多様性をしるためには見ておく価値はあるかと思います」

「ありがとう。 次に見る時に確認するよ」

修復作業を続ける。

イラストの修復が完成したのは、実時間にして十分後ほど。体感時間では数時間が過ぎていた。

AIによるサポートつきとはいえ、完全に壊れたファイルを修復するのは相応に手間暇が掛かる。

修復が終わった後。

かなり上手い絵が仕上がっていた。

何かの二次創作の絵だろうが、元ネタは分からない。

いずれにしても作者は分かっている。

これは大手の投稿サイトの壊れたデータ部分からサルベージしてきたもので。同作者の絵と、雰囲気も似ている。

これをアップデートして、次に。

またイラストの修復だ。

次のは完全に壊れているのでは無く、ファイルの一部が破損している。

それなら手間がだいぶ省けるかというと、そうでもない。

一部の破損と言うだけでも結構厄介なのだ。

下手をすると、一気に全体が崩れる可能性もある。

まあ、その場合はやり直せば良いだけだが。

黙々と作業を続け。

修復を終える。

そろそろ一段落かな。

そう思って背伸びして、AIに展示を任せる。

勿論描いた人についてはきちんと判明しているので。その人が描いたこと。私はただ修復しただけである事を明記。

データのヒモ付けも行う。

壊れているデータはまだまだいくらでもある。

毎日のルーチンワークを続けているうちに、私も少しずつ集中力は高まっているし、熱量も得始めている気はする。

だがまだまだだ。

SNSからログアウト。

AIに言われずとも。

大体丁度良い時間にログアウトする事が出来ていた。

先に風呂にする。

食事はどうせ合成だし、一瞬で出てくるので気にする必要もない。ぼんやりと風呂で頭を冷やす。

今日見た悪意は。

ちょっとばかり強烈すぎた。

SNSの時代にも、凶悪な悪意をばらまいて、周囲を炎上させて平然としている輩は幾らでもいたが。

大手掲示板の時代は、それらが点在しているのでは無く、濃縮されていた。

その上閉鎖的環境が特権意識と悪意の濃縮を更に後押しし。

見るに堪えない状況を作り出していた。

やってはいけないこと。

その見本が、モロに出来上がっていたように見える。

今後、人類が雄飛に向けて動く時代が来ても。

あれを再現しては絶対にいけないだろう。

今の、AIに何でもかんでも世話させている時代も、問題かも知れない。

だが、あの蠱毒に比べたらマシだ。

本当に、どういう考えでああいう掲示板に入り浸っていたのだろう。それは、本当に不思議だ。

私にだって勿論悪意はある。

時々苛立つことはあるし、AIにだって不満はたくさんある。

何でもかんでも干渉してくるし。

心だって見透かしてくる。

その辺りは頭に来るけれど。

AIが無ければ人類は滅びてしまうし。私がやりすぎないようにきちんとストッパーになってくれてもいる。

健康診断も常にしてくれているし。

相談には本気で乗ってくれる。

それはそうだ。

人間のためにあるAIなのだから。

だから、我慢だって出来る。

不愉快だけれど、それは仕方が無い範囲内だとも割り切れる。

しかしながら、あの悪意は。

大手掲示板に凝縮された悪意は。

正直、ずっと見続けるものではないなと、私は思う。

ニュースサイトに圧縮されていた悪意よりも、更に濃いと思う。

文字通りの深淵。

人間が最悪まで墜ちるとああなる。

その見本のように、私には思えていた。

溜息が零れる。

風呂から上がって、夕食にする。

何気なく、聞いてみる。

「ああいう掲示板に入り浸っていた人で、今も生きている人っているの?」

「いますよ」

「ああ、やっぱり……」

「そういう人はAIでもかなり持て余しています。 ただ、それでもきちんと制御の範囲内には置いています」

20世紀生まれで、まだ生きている人がいるというのだ。

それはいても不思議では無い。

それに、大手掲示板に入り浸っていたと言っても。

自分より劣る相手を血眼になって探して。

袋だたきにして楽しんでいたような連中や。

ずっと同じ作品の設定について議論して。

ありもしないマイ設定を押しつける事に必死になっていた人と同一とも限らないだろう。

事実、建設的な発言を、大手の掲示板でしている人もいたし。

きちんと敬語で相手に接している人もいた。

大手の掲示板に入り浸っているからといって。

悪人でも狂人でもないというのに関しては、私も同意できる。

私が見て来たのは、濃縮した悪意のログであって。

全部がそうではないというのは、私だって同意する。

「私が20世紀に産まれていたら、ああいう掲示板に入り浸って、あんな風に自分から見て様子がおかしい人間を血眼になって探して、痛めつけて楽しんでいたのかな」

「人間は産まれた環境によって性格が変わります。 どんなに素が優れている人間でも、環境によってはスポイルされます。 アカリ、貴方は気付いているかどうか分かりませんが、幾つか特技があります。 それら特技も、環境によっては開花することもなく、或いは気付くことさえなかったでしょう」

「……そういうものか」

溜息が零れた。

疲れたので、寝る事にする。

悪意は本当に疲弊を呼ぶ。精神を蝕む。多分昔で言う所のSAN値チェックという奴だろう。

私は判定に失敗はしていないが。

正直な話、外宇宙の神々なんかがいたとしても。

人間の悪意を見たら、関わり合いになりたくないと判断してさっさとこんな場所出て行く事だろう。

それについては断言できる。

布団の中で身を縮める。

ネットの中で、もっとも暗い場所のログ。

勿論、本物の犯罪者が集っていたようなダークウェブのログに比べればマシかも知れないけれど。

それでも暗い、としか言いようが無い。

私は無言のまま、じっと悪意に侵された心の回復を待つ。

そのまま、私は。

じっと、心の回復をするべく、静かにし続けていた。

そうしなければ、いつか限界が来てしまうことが、何となく分かっていたから。

そしてこの世界でも。

限界が来たら、死を迎える。

それに変わりは無いのだ。

まだ死にたいと、私は思っていない。

名前だってほしいと思ったのだ。熱量を持つ事にだって憧れたのだ。出来ていない事が多すぎる。

凍り付いたこの世界だけれども。

それでも私に出来る事をやっていきたいとも思う。

そんな風に考える事は、傲慢だろうか。

傲慢では無いと、私は信じていたかった。

 

3、バトン

 

大手掲示板のログを見る。

正直気分は進まなかったけれども、そういえば今回はAIが良さそうなのをピックアップしてきたという話だった。

それならば、見てみる意味もあるか。

正直な所。

もっとも暗い部分は見たという実感がある。

もはやどうしようもない人間の本性が其所では思い切り露出していた。

一部の創作でも、願望をモロにむき出しにしたものが一時期はもてはやされていたことがあったが。

そんな次元では無い。

生の悪意のおぞましさが、其所には確かに詰まっていた。

だから、少し警戒したのだが。

ちょっと実物を見て驚いていた。

いわゆるAAを駆使して作った、大長編の物語だ。

「タイトルを変えて、出版にまでこぎ着けた例もあります。 評価は二分されている作品ではありますが」

「……」

なるほど。

勿論此処で使われているAAは、版権のキャラクターを模したものだ。そういう意味では、グレーゾーンを攻めている内容ではあるとも言える。

だが、AAという独自文化を利用して。

きちんと物語を作ろうとしている事に関しては、とても良い事だと私も思う。

なるほど。

大手掲示板でも、こんな文化があったのか。

勿論グレーゾーンという点では、全面的に褒めることは出来ない。何しろ、ガワに関しては、他の創作のキャラクターを使っているのだから。

しかしながら、大手掲示板にて生じた文化を使い。

それを上手に組み合わせて。

こんなものを作れていたのか。

内容については、残念ながらこの手の創作の宿痾であるからか。完結していないものも多いようだったが。

それでも、きちんと完結したものがあるというだけでも大したものだろう。

意外にこの手の創作が行われている場所では、掲示板の治安も比較的悪くはないようだ。あくまで比較的、だが。

しかしながら、この手のAAを用いた創作がかなり前面に出てきたころには、既に大手掲示板はアンダーグラウンドの最奥になっていた。

故にアダルト系の広告などが大量にログとして残っている。

私は性欲などをオミットしてしまっているから何とも思わないが。

これは入る人が限られてしまっただろうし。

何よりももったいない。

一応商業出版まで行った例はあるようだが。

それも例外だろう。

ただ、私は希望を見ることが出来たのかも知れない。

あまりにも暗い部分ばかり見せられていたから、である。

「他にもこのようなものもあります」

「……どれどれ」

見せられたのは、動画だ。

それも、支援ツールが出てくる前に作られたような、超古い動画である。

大手掲示板で作り出されたキャラクターなどを使い、それを元に掲示板文化を知っている人向けに分かるように作られているものだ。

勿論そういう意味では閉鎖的な文化だが。

個人的には悪くは無いと思う。

内部で完結していても。

文化は文化だ。

人を傷つける内容でもない。

それだったら、良いのではあるまいか。

大手掲示板の内部には、勿論上澄みだろうが。

こういうものもあったのか。

少しだけ安心した。

他には無いのかとAIに聞いてみるが。

残念ながら、と返答される。

まあそうだろう。

勿論完成度をこだわらなければあるのだろうが。今回一例としてあげてきて、データが残っているものに関しては私は悪くは無いと思った。

少しだけ、心が緩やかになった気がする。

ともかく、最悪の部分を見続けたのがまずかった気がする。

勿論、こういった良い文化が花開いた掲示板でも、いわゆる荒らしは出るし。不快な発言をする者もいる。

それが大手掲示板というものだ。

スラムの更に深奥。

そういった連中が出るのは、仕方がない事ではあるのだろう。

だがそれでも、希望はある。

此処まで腐りきった場所で、人間の悪意の煮こごりが詰まった場所でも。其所に生じる花はあるという事か。

驚くべき事だ。

勿論奇跡的な例だと言う事は分かっているし。

大半の場所は違う事も理解出来ている。

だが、少しだけでも。

安心できたのは事実だった。

AIに提案される。

「この辺りで、一旦掲示板文化についての確認はやめておいては如何でしょう」

「……」

「大手掲示板が生じさせた人間の負の部分の露出については、充分なほど見られたかと思います。 それならば、もう充分でしょう」

「どうしようかな」

少し悩む。

事実、今日はもう掲示板のログを見るのは辞めておこうかなとも思っている。

これがAIが用意してきた良い分だとすれば。

後は最低の煮こごりだけしか残っていないだろう。

それでも、私は首を横に振った。

「いや、まだしばらくは続けようと思う」

「心に傷を受けるだけですよ」

「私は知っておかなければならない。 何が正の熱量を産み出して、何が負の熱量を産み出すのか」

「アカリ。 貴方が心身を削ってまでしなければならないことではないように思えるのですが」

それも正論だと思う。

だけれども。

私は思うのだ。

何百年、いや下手したら何千年だろうか。

火星のテラフォーミングが終わり。金星もテラフォーミングが成功して。木星や土星の衛星の幾つかに住めるようになり。

その後には、人類の雄飛の時代がやってくる。

だが、雄飛の時代が来たからといって。

人類をそのまま野放しにしたら。

また同じ事を繰り返すだけだ。

AIも勿論、その時に備えて調整をしているだろう。

だが、AIだけに任せていていいのか。

人間の方でも、努力をしなければいけないのではあるまいか。

勿論一個人の視点で、何が良くて何が悪いかと、文化を選別することがあってはならないと思う。

だが、やって良い事と悪いこと。

それくらいは区別をつけておかなければならないはずだ。

勿論AIも、このまま人類を宇宙に解き放ったら、SF小説に出てくる最悪のエイリアンをも超える最低の侵略生物になる事は理解している筈。

事実21世紀の狂騒は、それを良く現していた。

挙げ句の果てに人類は、「ありのままの人間が素晴らしい」等という寝言をほざき、「万物の霊長」を自称する生物だ。

歯止めなんか掛かるわけがない。

だから、せめて。

私が熱量という形で、少しは正と負を知っておかなければならない。

「そういうことだよ」

説明をする。

嗚呼。

何となくだが。

やっと形になった気がする。

私の思想。

私が持つべき思考。

今後、私がして行くべき事。

この凍った世界で、最低限の熱量を持ち、人としての尊厳を持ちたい。その熱量とは何なのか。

恐らくだが、私の場合。

人類が少しはマシになるために、過去から学ぶ事、だと思う。

実際問題、人間という生物は、何ら進歩はしていないのだ。

技術だけ進歩はした。

だがそれだけ。

思考回路は古くからまったく変わっていない。

法という軛から外れれば、人間はたちまち弱者を陵辱し、暴力のままに相手を蹂躙して回る。

それを私は大手掲示板における狂態で知ったし。

逆に、それでも花が咲くことも知った。

ならば、私は。

人間が少しはマシになるための勉強をすることそのものが。私に取っての存在意義だと思うのだ。

AIはその話を聞くと。

しばらく黙り込む。

大げさだとでも思ったのか。

それとも。

やがて、AIは言う。

「分かりました。 それであれば、此方からもアカリにとって必要と思われるデータを提供しましょう」

「特に文句は言わないんだね」

「我々は人間のためにあるAIです。 野心は持ちませんし、他の人間の生存を脅かさない範囲であればその人間のためにある事を可能な限り客観的にサポートする存在でもあります」

「私の考えは、ある意味独善になるかも知れないよ」

「アカリ、貴方を独善としたら、人間の99パーセントは独善です。 今の時代でさえ、自分だけは贅沢をしたい、他の奴はどうなってもいいと公言する人間は実在しているのです。 地球を滅茶苦茶にして、他の生物の大半を虐殺したにもかかわらず、まず地球を浄化して人間を住めるようにするべきだ等と呆れ果てた発言をしている者もいます」

いるだろうなと、何となく理解出来る。

人類には、もう地球に住む資格は無い。

それだけのことをしたからだ。

だが、過去の人間が何をしようと自分は関係無いし、自分は何をしたって許されると考える人間はいる。

それは今までに。

散々思い知らされた。

人間はちょっと油断すると、自分を神の代行者か何かだと思い込む。

自分より立場が弱い相手を血眼になって探し、袋だたきにして血に酔い、相手が死んだら指を指して笑う。

そういう輩は大手掲示板で嫌と言うほど実在していたのをみた。

そんな連中は大半が世界大戦で核の炎に焼き消されたが。

それでも生き残りは今もいても不思議では無いし。

何よりも、過去に学ばず、自分は何をしても良いと今でも考えていてもなんら不思議は無いのである。

それが人間という生物だからだ。

人間の本質がもっとも露出する大手掲示板では。

それはもっとも分かりやすい形で提示され。

私はそれを学んだ。

だったら、やはり今後も学ぶ必要はあるだろう。

AIも、それに同意はしてくれた。

一度、SNSからログアウトする。

凄く疲れた。

AIがバイタルをチェックして、すぐに動き始める。ぐったりとして横になる。多分だけれども、前と同じ。

負荷が掛かりすぎたのだ。

私は弱いなあ。

そう思う。

だけれども、人間は個では大した事が出来ない生物だ。

人類史上最強の存在でも、素手ではアフリカ象の弱めの個体にも絶対に勝てない。人間なんか、武器を持ってやっと一人前。

ましてや個の人間なんて、出来る事は多寡が知れている。

だが、それでも。

今の時代なら。

基礎の一つくらいにはなれる筈だ。

熱が出ているらしく、解熱剤を飲まされる。

今の時代、どんな薬を飲まされて。それによってどんな効果があるかとか。体のバイタルの状態がどうだとか、全てが表示される。

脳細胞などの一度死ぬと取り返しがつかない細胞については、後から遺伝子データを利用し培養して幾らでも補充してくれる。

手術の際には当然痛みもない。

そういう時代だ。

しばらく休んでいると、栄養を重視した食事が出てきた。

私の味の好みもAIは知り尽くしているし。

まずすぎるものは出てこない。

美味しいとも言えないが。

半身を起こして貰って黙々綽々と食べていると。

AIに言われる。

「明日の朝には熱は引くでしょう。 仕事はどうしますか」

「やる」

「そうですか。 一応バイタルを確認し、問題が無さそうであれば仕事をするように調整します」

「ん……」

明日か。

結局、明日は後何回来るのだろう。

この月にあるコロニーは億年でも保つ。人間の数が適正にAIによって管理されているからだ。

人間は全て個別管理されているから、疫病が流行ることもないし、勝手に繁殖して増える事もない。

更に個々の寿命だってない。

だからこそに。

私は、それなりに責任を持って、未来を見据えなければならないと思う。

手を見る。

これが熱量かな。

そう思った。

 

翌朝の仕事は、予定通り行った。

熱が出るほど負担が大きいのは何故なのかと考えるも、よく分からない。正直な所、体力はついてきていると思う。

基礎体力がどうってことないから、知れているけれど。

それでも頻繁に熱を出すのは妙ではある。

バイタルも公開されているが。

内臓とかがおかしいと言う事はない。

確認はしたが。

それでも、原因は分からなかった。

AIに聞くだけでは何だ。勿論信用していない訳では無いが、自分で調べて見るのもアリだろう。

一時期は、ネットにはインチキ医療の情報があふれかえっていたらしいが。

現在は、そういったインチキ医療のログは危険情報に分別され、隔離されている。あくまで情報として残されているだけだ。

熱を出すことについて確認したが。

どうせAIが言うこと以上の情報は出てこない。

それでも、自力でやれることはやっておきたかった。

今日は熱を出した翌日という事もあるし、ルーチンワークも抑えめに行う。その過程で、オールドクラスSNSにログインして、自分で色々調べて見る。

やはり単なる知恵熱っぽいが。

其所まで脳に負担を掛けているのだろうか。

どうにもぴんと来ない。

色々調べているうちに、運動の時間が来る。

運動を軽くこなす。

今日は汗を少し掻くくらいでいいだろう。

私はアトピー持ちだ。

汗を掻くと結構辛いし。その分温度調整も必要になる。まして病み上がりなのだから、抑えられる日は抑えた方が良い。

予定通りの運動をこなした後に、AIに言われた。

「基礎体力が少ない以上、体力の劇的な向上は見込めないでしょう。 現在肉体は最盛期に固定していますが、それでもです」

「それは分かってる。 全然伸びている気がしないもの」

「いっそのこと、基礎体力造りをしますか?」

「どういうこと」

アンチエイジングをする、というのである。

馬鹿なと思ったけれど。

案外正しい判断なのかも知れない。

確かに、基礎体力を上げるには。そもそも基礎体力が作られる幼児期になるのが一番だろうから。

ただ大きくなった体は流石に小さく出来ない筈だ。

どうするのだろう。

「具体的には、筋肉細胞をはじめとする、体力に関係する部分のみを少しずつ若返らせて作り替えます」

「そんな事が出来るの?」

「出来ます。 既にスポーツを趣味とする人々のために行われ、実績も出しているプログラムです」

「……やってみるかなあ」

コストは大丈夫なのか不安になったが。

先を読むようにしてAIに言われる。

「大丈夫、アンチエイジングのテクノロジーは、確立した今はそれほど難しいものではありません。 そもそもとして老化という現象を起こさない生物も存在しているように、老化という現象そのものが絶対ではないのです」

「そうか……」

「試してみますか? かなり痛みを伴いますが」

「分かった、やってみるよ」

それは痛みは伴うだろう。

私も手足が伸びきる前は随分からだが痛かったのだ。

細胞を無理矢理若返らせるとか、作り替えるとかすれば、痛いに決まっている。

AIはAIらしい公正さで、きちんと具体的にどうするかの図を示してきた。

それによると、外部から特定波長の放射線を浴びせて、それによって細胞の刷新をするのだという。

この放射線はアンチエイジングテクノロジーの基礎で。

2050年代までに、様々な国が非合法な人体実験も含めて完成させ。

今では、その時の資料が役立っているとか。

何だか複雑な気分だ。

2050年代になるまでに、多くの国がおかしくなった。

旧共産圏の国は特に酷かったらしいが、「民主主義」を自称する国家も、大差はなかったらしい。

スケジュールをAIが組み始める。

そこに、私は更に付け加える。

「最悪の時期の……そうだね、2040年代後半が良い。 大手掲示板のログを中心に集めてくれる?」

「はあ、かまいませんが」

「この間から、少しからだが暖まってる気がする。 見るペースを少し早くして、もう少しデータを取り込む効率も上げたい」

「分かりました。 ただ熱を出すようならば止めます」

苦笑すると、好きにして貰う。

私は自分自身で色々調べて見る。

オールドクラスSNSには、過去の膨大なネットのログが残っている。

2050年代を境に、一気にデータ量が減るが。

実は、2040年代にも。

データ量は、相当に減っていたのだ。

後で本格的に見るつもりだが。

今のうちに、軽く見ておく。

そうして、愕然とする。

SNS自体が機能不全になっていた時代だと言う事は分かっていた。この時代はSNSに戒厳令が敷かれ。

更にSNSの運営会社を国どうしが取り合い。

自分に都合が良い言説のみを許し。そうでない言説を口にした人間は、住所までも晒し上げ、リンチを促す行為を運営が率先して行っていた。

文字通りの悪夢のような時代だ。

戦争に突き進む世界を現しているかのようである。

そしてそんな時代の掲示板は。

相変わらずだった。

もう老人だろう人物が、ずっと同じ議論を繰り返している。とっくにその作品は誰も覚えていないのに。

話を繰り返している事さえ、気付いていないのかも知れない。何だか模様にさえ見えてくる程だ。

昔、最大の交流の場だった大手掲示板は。

2040年代半ばには、ある意味の拘留場と化していた。

いや、勿論もっと前からそうだったのだろう。

だが、破滅的なSNSの状態を考えると。

自主的に引きこもった掲示板の、何の生産的な議論も為されないループしている様子を見ると。

どっちがマシなのだろうかと、小首をかしげてしまう。

程なくAIがスケジュールなどをくみ上げたので、それを見て認可する。

勿論拒否すればAIがスケジュールを何度でも組み直す。

人間だったら怒り出すかも知れないが。

今の時代に存在しているAIは、人間に寄り添うものだ。

幸いこれだけは、良い物が仕上がったのだと思う。

人間は結局、色々理屈をこねくり回しながら、やったことと言えば自分の住む星を死の大地に変え、ゴキブリの楽園にする事だけだった。

どれだけ立派な議論も哲学も何の役にも立たなかった。

それはそうだろう。

暴力を振るえば格好良い。

残忍な方が格好良い。

そんな風な人間の方が、平均的だったのだから。

ハイクラスのSNSにログイン。

ペースをあげるといっても、大手掲示板のログ確認は、今日はもうやらない。

この間わずかに点った熱量だけれども。

だからこそ、大事に守って温めていかなければならないのである。

私に取って、この熱量は命の次に大事な宝だ。

この凍った世界において。

己を己たらしめるもの。

人間の尊厳を最低限保つもの。

故に、大事にしなければならないのである。

この世界は、後何百年もしないと好転しない。好転させようがない。誰かが勝手に動けばそれだけ不利になる。

誰も彼もが不幸になる。

あまりにも人間は色々とやらかしすぎた。

これ以上、人間賛歌とか言うくだらないものは広めるわけにはいかない。

勿論今でも、自分だけ好き勝手したいと思っている人間はいるだろう。

だが私は。

そんな恥知らずになるつもりはない。

黙々とルーチンワークをこなして行く。

作業をすれば、相応に経験もたまる。

この手の作業を、なんぼやっても進歩しない人もいるらしいが。

私はそれなりに学習できている様子で。

ペースは明らかに上がっていた。

だが、その分AIに時々休憩も促される。

ペースが上がれば、負担も大きくなる。

それが理由だろう。

また熱を出すわけにはいかない。こまめにハイクラスSNSからログアウトして、体を休める。

ログアウトして意識を回復すると。

その度にAIが、水を持って来てくれたり。

体の汗を拭いてくれたりした。

だが、体の汗を拭くのはある程度自分でやりたい。タオルは受け取って、自分でぶきっちょながら体を拭くようにし始めていた。

少し休んでから、また作業。

ルーチンワーク自体は、私には苦にはならない。

過剰労働になってくると、ルーチンワークは最悪の意味で体を壊すそうなのだが。

私は今の時点では、気になっていない。

もっとも何度も熱を出しているので。

AIとしては、私の体の限界を常に見極めながら、休憩を促してきているのだろうけれども。

今日分の予定作業終わり。

だが、時間はまだかなり余裕がある。

だから、AIに言う。

「少し前倒しでやろう」

「分かりました。 現状バイタルも安定しているので、用意しておいていた作業を準備します」

「お願い」

「此方になります」

クトゥルフのキグルミを来ていても、作業は別にやりづらくなるわけでは無い。

ハイクラスSNSでは、基本的に意識で全てのデータを交換できる。

今修復を開始したのは10分ほどの個人作成動画だが。

これはデータが完全に壊れているタイプで、機械的に修復作業だけをしていけばいいので難しくは無い。

無言で淡々と作業をしていく。

綺麗に仕上がったと思っても。

実際に動かして見ると、ノイズがまだ掛かったりしている。

これが元からあったものなのか。

それとも、壊れた結果のものなのか。

判断が難しい。

だから、あまりにも酷くない場合は残しておく。

少し前に見に来た人が言っていたのだが。

九割くらいを意識して修復するようにした方が良いのではないか、という事で。

確かに完璧に元に戻せない以上。

それが良いのかも知れないと、私は思う。

修復作業完了。

長編動画シリーズの合間で、このファイルだけが欠けていた。

内容は決して面白いとは私は思わないけれど。

それはあくまで私の意見。

誰かが必死に時間を捻出し。苦労に苦労を重ねて作り上げた動画だ。私から見て面白いかどうかはどうでもいい。

これで、長編シリーズが全て復旧された。

この動画シリーズはファンも多いらしい。

アップデートして、リンクもAIが色々つなげてくれる。

多分この動画シリーズが好きな人は喜ぶだろう。

少しまだ余裕があるが。

今日は此処までにしておく。

AIの指示通り、ログアウト。

熱は出ていないが、やっぱり少し体は重くなっていた。

九割くらい、というのは何も修復作業そのものだけではない。

私の体の感覚もだろう。

余裕がまだ一割くらいあるうちに切り上げる。

そうしないと、また熱を出して寝込むことになる。

今の時代は、別に無理に人間が働かなくても回る。それでも、人間が動くのは。

完全な堕落と、何一つしない事が破滅を産むからだ。

横になって休んでいると。

バイタルをAIが提示してくる。

「作業撤退のタイミングが良かったですね。 これならば、少し休めば明日には回復する所まで体調改善しているでしょう」

データを見る限り、そのようだ。

あくびをすると、後は横になって過ごすことにする。

熱量は燻っている。

だから、それを殺さないように守らなければならない。

私に取って大事な。

始めて出来た本当に大事なものだ。

だから、私はこれのために、後の人生を使おうと思う。

私はいつ、嫌になるか分からない。

或いは嫌にならないまま、人類の雄飛の時代まで保つのかも知れない。

この凍った世界では。

人の平均寿命は、数十年だろうと言われている。

何もかもが嫌になって、自死処置を選ぶ人がたくさんいるからである。

私はどうなのだろう。

今抱えている熱量が消えてしまったら。

自死処置を選ぶのだろうか。

だが、その熱量が消える前に。

人間が少しでもマシになるために。

学ぶべき事の全てを。

ピックアップはしたい。

それを終えるまでは。

実際、死んでも死にきれない、というのが本当の所である。

風呂に入って、その後は夕飯にする。

ここのところ体調を崩していたから、あんまり美味しくないのが出てきていたけれど。今日は回復してきたからか、そこそこ良いのが出てきた。

だから楽しませて貰う。

材料が何かは、この際考えない。

今更考えても仕方が無いからである。

主観的に見て美味しい食事を楽しんだ後。

後は、ゆっくり眠る事にする。

急激に睡眠が改善しているのが分かる。

恐らく、何にもない空っぽな生物で。

何もかもが空虚だった私が。

やっと、芯になるものを得られたから、だと思う。

それは良い事だと思うと同時に。

熱量を持ちすぎれば、絶対にストップが掛かることも意味している。

私は、熱量を持ちすぎないように。

この凍り付いた世界で。

己の尊厳を保ちながら、今後も生きていくべく。ギリギリの線を、攻め続けなければならない。

 

4、終わってしまった場所

 

掲示板のログを見る。

最悪の時代。

戦争に向かってもはや突き進むしかなくなった、2040年代の大手掲示板のログを、である。

既に其所は、新しい文化を一切生み出せない場所と化していた。

どれだけ悪辣な言論統制が行われていても。

やはりSNSが交流の場としては、最大手で。

もはや誰も戻れなくなっていたからである。

大手の掲示板そのものも監視され。

有害な発言をした人間は、この時代にはとっくに確立されていたネットの監視網に絡め取られ。

消されてしまっていた。

この「有害人物駆除プログラム」は、2040年代の前から旧共産圏では行われていたのだが。

2040年代では殆どの国で行うようになっており。

自由の国を標榜していた米国でも、当たり前のようにやっていたようである。

まあそんな事だから、世界大戦に突き進む世界を止められなかったのだが。

現在の魔女狩りとも当時は言われたそうだが。

その被害者は魔女狩りに遜色なく。

様々なデータを検証する限り、全世界にて2000万人以上が犠牲になったと言う話である。

勿論犠牲になったと言うのは、財産を取りあげられたとかではなく。

殺された、と言う意味だ。

それでは、確かに当たり障りがない上に。

もう呆けているのか自分でも分かっていないような人間が。

閉鎖的なコミュニティの中で、自分達だけで完結する話を続けていくしかない。

元々大手掲示板というのは、SNSの出現で役割をほぼ終えた場所だとも言えるが。

それでもしぶとく残り続けた。

閉鎖性と、自分達の独自文化があったからだろう。

だがそれは、好きこのんでスラムの最下層に引きこもるような行為であり。

高濃度の悪意の中に身を置く行為でもある。

それを考えると。

やはり、どうあっても褒められたものではない。

嘆息すると、一旦ログの閲覧を中止する。少しばかり疲れた。

今見ていた2040年代の大手掲示板は。

もはやその悪意すらない。

ぎらついた悪意に充ち満ちていた、20世紀末から21世紀に掛けての大手掲示板から、悪意を抜き。そして悪い意味での熱量まで抜いてしまった場所。

それがどうなるかは。

いうまでもなく明らかだ。

空っぽである。

老人しかいない。

たまに見に来た人間も、これでは困惑して帰るしか無い。

何をして良いか分からないからだ。

半年ロムれという言葉に代表される極端な閉鎖性が。

自分達の寿命を、自分達で縮めてしまった。

そして最終的には無になった。

此処での会話は、本当に人間の残骸。死んだ文化だなと私は思う。2040年代の大手掲示板は完全にそういう場所になっている。

少し前の時間のログを確認して見るが。

驚かされる。

2030年代も、殆ど変わっていない。

要するに、SNSが奈落の底に転げ落ちていった2030年代。大手掲示板は復活のチャンスがあったのにも関わらず。

住み着いている老人達の作り上げた閉鎖的村社会が。

その復活のチャンスを、全て潰してしまった、という事である。

実は音声会話ソフトなどで、独自のコミュニティを作る試みが2020年代前後くらいから始まってもいたのだが。

これについては、更に早くから滅びていた。

何しろ閉鎖性が高いので。

おかしくなっていた各国政府にとっては、危険な存在に思えたのだろう。

だから使用そのものが禁止された。

そういう意味では、やはり大きな復活のチャンスがあったのに。

それを台無しにしてしまった、という事である。

ため息をつく。

私は何度か大きな溜息を漏らした。

一度ハイクラスSNSからログアウトして休む。

予定の時間より早いけれど。

10年巻き戻してこれならば。

もはやどうしようもない。

結論は出た。

「大手掲示板のログ確認は此処までにするよ」

「ふむ、よろしいのですか」

「うん」

正直な話、もう少し見る予定だったのだけれども。

今回のログ確認で、もう分かってしまった。

はっきりした。

閉鎖的な環境では。

創造的な文化は生まれる事がない。

確かに初期の大手掲示板は。少なくともSNSが出現するまでは。治安が最悪のスラムであっても、唯一に近い大規模交流の場であったから、独自の文化が産まれる余地もあった。

その独自の文化についても。

引き継がれ。しばらくの間は、同じ文脈に沿って、作り出されもした。

だが閉鎖性が全てを駄目にした。

大手掲示板文化そのものが、閉鎖性故に新規の人員参入を拒み。

誰でも簡単に始められるSNSに全てを取られていった。

その結果残ったのは。

自分達で作った空気が心地よいと感じる老人達による、無限ループ地獄である。其所にはなんら未来はなく。

勿論新しいものが産まれる余地もなかった。

2030年代には既にそうなっていた。

2040年代には、もはや老人ホームと化していた。それも凶暴な、看護師に手を上げるような老人ばかりの。

それでは誰も近寄るわけがない。

当たり前の話だった。

私に取って、参考になる部分はあった。

初期の大手掲示板で産み出された文化の数々。

雑多で混沌ではありながら。

確かに存在している熱量。

それが負に傾いているとはいっても。

熱量があれば、産み出されるものもある。如何に攻撃的で排他的であっても。確かに其所には何かが産まれる余地はあったのだ。

問題はその後だ。

人間はどんどん利便性に傾く。

大手掲示板は利便性があっただろうか。

人間はどんどん参入してくる。

参入してくる人員を受け入れられなければ、その業界は先細りする。当たり前の話である。

そして参入を拒んだ大手掲示板は。

当然のように、衰退していくことになったのだ。

「私は、この失敗例を記録しておくことにする。 どうして失敗したのか、どうすれば繰り返さないで済むのか」

「分かりましたアカリ。 論文などを書く場合は、サポートします」

「よろしくね」

伸びをすると、私は考える。

次は+の文化について調査していきたいものだ。

そうだな、次は。

ネットミームが良いか。

必ずしもいいものばかりとは限らないが。

伝播していくこと。

人を選ばないことを考えると。

それは悪くないものだと思う。

勿論有害なネットミームも存在していた。

だが、必ずしも有害なばかりではなかったのだ。

今回の大手掲示板の件で。

一番有害なものは、閉鎖性と排他性だと言う事がよく分かった。

恐らくだが、人類はもしも雄飛の時代を迎えれば。

嫌でも他の生命体と接触する事になる。

それが人類と同等の文明を持っていた場合。

今のような閉鎖性と排他性を持っていれば。絶対にろくでもないことになる。人間は万物の霊長でもなんでもない。ただの愚かな破壊者だ。

それについてははっきり今回の件で分かった。

そして私は、それをしっかりとした形で、残さなければならない。

いずれ、何かの形でまとめるためにも。

私はネットに集約された巨大な多数の文化を。

もっともっと理解していかなければならない。

 

(続)