孤独の住処

 

序、退屈な日は徐々に溶ける

 

髪をばっさり切ってから、多少気分が変わったから、だろうか。私は部屋の中を彷徨く事が多くなってきた。

勿論部屋は狭いが。

うろうろ歩くくらいは良いだろう。

それから、運動用のプログラムも試してみた。

腕が細いな。

そう思ったからだ。

火星のテラフォーミングが終わるまで後百年。

寿命が関係無くなった今でも、それでもまだまだ人類にとっての苦難の時代は続いている。

この間AIに聞かされたが。

20世紀生まれでまだ生きている人もいるという。

AIに支配され。

個人資産も商売もなくなり。

詐欺もやりようがなくなった今の時代。

自衛の方法もAIによる補助がついているから。人は多くの場合、追い詰められなくても良くなっている。

だが、結局の所。

冬眠をするようにして生きているのも事実で。

それはどうなのだろうと。

この間、私は少し思った。

運動用のプログラムを起動して、軽く体を動かす。筋肉は調整されているから、別に大した負荷にはならない。

腕が細すぎる。

そう思ったから、ちょっと鍛えてみよう。

そう考えただけである。

だが、一日やそこらで成果は出ない。

現状の肉体年齢だと、短時間で成果が出るケースもあるらしいのだが。

それでもだ。多分私には運動の適性が無いのかも知れない。

軽く体を動かした後、どれくらい体が変わったか。このまま継続するとどうなるか、AIに説明を受ける。

私は元々筋肉がそれほど発達しない体質らしく。

鍛えても限界があるという。

それについては分かった。

汗を流すことについても、あまり勧められないと言われた。

というのも、私はアトピー性皮膚炎らしく。

温度を一定に保った状態でないと、尋常で無いストレスを受けるとか。

一応薬は処方しているものの。

完全に直るわけではなく。

また、これ以上汗を流しストレスを掛ける事を常態化させると。

薬を変えなければならなくなるらしい。

「完治はさせられないの?」

「不可能です」

「厄介だ」

「正確には出来ますが、時間も負担も掛かります」

まあそうだよな。

今はリソースを出来るだけ使わないように生きる時代だ。リスクの少ない薬で押さえ込めるのなら。

余計な事はしない方が良い。

その判断は間違っていないと私も思う。

体を動かした後、仕事をして。

火星の衛星軌道上に浮かんでいるコロニーに、アステロイドベルトから衛星を飛ばす。かなり良い資源が入った衛星だ。これで多少物資の備蓄に余裕が出来るだろう。

現在AIによる緻密な管理が行われており。

物資の備蓄が足りなくなっているコロニーは存在していない。

だがその一方で、やはりこの冬眠するような生き方を辛いと思う人もいるようで。自死処置を選ぶ人もいるようだ。

人類は生き続けなければならない。

何百年後に、人類が発展の時代に転じられるかは分からない。

それでも、まだ人類の息は止まっていない。

冬眠するようにして生きているにしても。

それでもなお、まだ命脈は尽きていないのだ。

仕事も終わったので、ゲームをやる。

この間からゲームのプレイ時間が増えている。

影響を受けたのだろう。

他人から影響を受けるという事がほぼないこの時代だという事だが。それでも、影響を受けるのは悪くない。

あの会話が本当だったのかは分からない。

だけれども、それでも影響は受けた。

ネットとはそういうもので。

スラムであると同時に。

可能性も埋まっている場所なのだ。

しばらくゲームをした後、AIの警告を受けて、風呂に入る。夕食も取る。風呂の時間が、少し長くなってきているかも知れない。

長風呂は必ずしも体には良くないと言われているらしいので。

此処は気を付けなければならないか。

風呂を上がる。

ダラダラ無駄に伸ばしていた髪は、もうセミロングに切ったから、邪魔には感じていない。

乾かすのをAIに任せながら、ぼんやり考える。

さて、明日は何をしようかな、と。

勿論仕事はしなければならない。

ゲームも活力を与えてくれている。

だけれども。このままだと、結局何もできないような気がする。

私は何者でも無い。

ただ遺伝子を無作為に組み合わせて作られた人間。いてもいなくても関係無い存在。

勿論人間は生きていなければならない。

AIは今のところ人間を管理しているが。また人間の飛躍の時代が来たら。人間は決断し判断しなければならない時代が来る。

それと同時に、人間がもしも外宇宙にまで進出したら。

その時は、いずれ遭遇するだろう別の生物と、どう折り合いをつけていくかを考えなければならない。

都合の良いときだけ人間を動物扱いするのはNGである。知的生命体ならそれに相応しい振る舞いが必要だ。

そんな振る舞いが出来るような生物になるためにも。

当面は、人間は眠るようにしながらでも。

活動を続けなければならないのだ。

ゲームも一段落したので、横になってぼんやりする。

AIが体の具合を調べているのが分かる。

問題があったら早期に治療してしまう。

これで大体の場合、むしろ治療のコストが下がるのだ。

そう考えると、確かに合理的である。

体内の免疫機構を一時期過大評価する風潮があったが。

近代医療が確立する前、人間はそれこそゴミのようにバタバタと死んでいたのである。

それを考えると、こうやって早め早めに対処していくのは間違っていない。

問題はそれ以前の話で。

やはり、生きる気力をこの環境では持てない人が多い、と言う事だろうか。

ぼんやりしていると、AIが色々提案してくる。

聞き流していたが。

一つ、何だか面白そうなものがあった。

「個人HP?」

「この間からネット全盛期に興味を持っておられるご様子です。 少し調べて見てはどうでしょう」

「……分かった」

知識を得るのは良い事だ。

昔は、どれだけ知識を持っていても、専門外では無知に等しいという人も多かったそうである。

現在は、催眠学習を使って一定ラインの知識と能力は誰もが持っているので。

この辺りは心配ないのだが。

逆に言うと、突出した知識の持ち主もいない。

昔のSNSでは頻繁に知識関係で炎上が発生したとか言う話を聞くが。

それも今は無い。

勿論険悪な雰囲気になる事もあるが。

最悪の場合AIが鎮静剤を投与し、SNSから遠ざけてしまうこともあるそうだ。

ただ、それでも必要とされる知識がすり込まれているだけで。

ネット文化を誰もが全て知っているわけでは無い。

調べ物をするときには、オールドクラスのSNSが一番良い。

何なら、現物を直接見つけることができるからである。

さっそくSNSにログイン。

オールドクラスは文字と画像だけのSNSで、意識を直接接続するようなこともない。単純に空間上に仮想的に作ったキーボードを使って、ポータルサイトから検索をしていくスタイルだ。

昔のネットにはそれこそ膨大なスパム情報が飛び交っていたそうだが。

現在のSNSに切り替わったタイミングで悉くが削除され。

その結果、スパムはスパムで、閲覧危険地帯に隔離されている。

今日は別にそんなものを見るつもりも無いので。

ポータルサイトからアクセスし。

そのまま、目的のものを探しに行った。

すぐに見つかる。

web辞典の類などにも、様々な説明が載っていた。

ふむふむと呟きながら、調査をしていく。

そうすると、大体以下のような事が分かってきた。

古く、ネットの黎明期。

回線は細く。

しかも有料である事が多かった。

黎明期を超えると、回線料金は電話料金などと統合されていく事が多かったのだが。それ以前は、回線料金を抑えるために各自は工夫し。しかも回線そのものも細かったために、色々と苦労が絶えなかったとか。

なんとネットに接続するのに何度も失敗することさえあったという。

今では信じられない話である。

ネットの更にご先祖様になると、「パソコン通信」と呼ばれるクローズドネットワークが主流だったのだが。

オープンネットワークの更に前であるパソコン通信では、更なるディープで閉じた世界が構築されており。

今のネットと違って極めて排他的でカオスな世界であったらしい。

らしい、というのも。当時の資料が物理的に殆ど残っていないのだ。

何しろクローズドネットワークであった事もあり、データがそれぞれの個人サーバなどに保存されていることが多く。

多くの文化を宇宙に引き上げる際にも。

2050年代の大戦時に既に失われていたような文化になると、厳しかったのである。

ともかくだ。

ネットの黎明期。

最も原始的なSNSである掲示板やチャットルームなどが主流であったが。

その後に、勃興してきたものが個人HPである。

個人HPが作られ始めると。

ネット文化は、更に百花繚乱の様相を見せ始めるのだが。

この歴史も一筋縄ではいかないのだった。

頭を掻きながら、順番に見ていく。

まず個人HPは、それぞれプロバイダによって与えられたパーソナルスペースに作るものだった。これは現在、それぞれ個人に与えられているブランクの仮想空間に似ている。ブランクの仮想空間はカスタマイズが自由で、事実上其所で過ごしている人も珍しく無いのだ。

そういったパーソナルスペースに特定名のファイルを入れておくと。

最初に其所へアクセスする。

それがHPの入り口だ。

個人HPは文字通りそれぞれのユーザーの城であり。

其所をどうカスタマイズするかは、個人の裁量に掛かっていた。

「難しそうだな……」

呟くが。

その通りである。

まず当時、個人HPを作るには、幾つも技術と知識が必要だった。

第一に、htmlと呼ばれる言語等を使って、HPそのものを一からくみ上げなければならなかった。

要するにプログラムの知識が必要になったわけで。

この時点で脱落者も多かった。

流石に難易度が高すぎたからか、個人HP作成支援のソフトが販売されるようになり。これをつかってGUI環境で、視覚的にHPを作成出来るようにはなったが。それでも負担は決して小さくなかった。

最初期のHPのサンプルを幾つか見てみるが。

皆「何か試してみたい」という欲求のまま、大量の情報を詰め込んでいて。

ネオン街のような凄まじさである。

大人でもハードルが高い業界に見えるが。

一方で小学生でも楽々と言語を使ってHPを組んでいるような人物もおり。

そういう人物は、高いスキルを生かして後々の世で活躍したようだ。

またこの時代、手探りであった事もあり。

個人HP作成についての指南などを、個人HPで展開している事もあった様子である。

まあそれはそうだろう。

更には、仲が良くなったユーザー同士でリンクを張って、ネットワークを作る事も多かった様子である。

個人HPには、掲示板やチャットが設置されることも多く。

それらは初期のネットにおける、コミュニケーションツールとして活躍したようだ。

ふむふむと頷きながら、実例を見て行く。

確かに後期の企業用HP。重くてブワっとしたものとくらべると、洗練されているものはシュッと綺麗にまとまっている。

またコンテンツは創作関連が多く。

それぞれの個人HPで、絵や小説などを載せている事も多かったようだ。

中には、コミュニケーションツールとしての掲示板とチャットだけを載せていて、日記のみ書いているような人もいたようだが。

そういうHPは、盛り上がるのも廃れるのも早かったようである。

そして、当然と言うべきか。

ハードルが下がる方向で物事が進んでいく。

幾つかのプロバイダが、いわゆる量産型のHPをサービスとして提供し始めたのである。

これはタグを組んでHPを作成するのがあまりにも難しいというのが現実であったため。最初から、基本的な枠組みを作ってあり。そこを各自でちょっと弄るだけで形になる、というものだった。

これは長期間にわたってサービスが続き。

兎に角手軽で簡単であった事から、それまではウォッチユーザーだった者達も、どんどん個人HP作成に手をつけていくようになった。

だが、此処で問題が発生する。

正確には、既に発生していたのだが、表面化はしていなかった。

個人HPの運営には、凄まじいパワーが必要なのである。

具体的には、掲示板の管理、チャットの管理。コンテンツの更新。

これらを全て個人HPの主はこなさなければならなかった。

当然負担は尋常では無く。

おしゃれで格好いいHPを作って見たはいいものの。

作ってすぐに音を上げて、放置されたまま、という例が大量に出るようになった。

また創作などのコンテンツを作る側にも、生活という事情がある。

個人HP全盛期の頃はまだ良かったのだが。

21世紀に突入してしばらく経つと、いわゆるブラック労働の横行による、最悪の搾取の時代が到来する。

そんな時代になると、各自が趣味としての創作に割く時間がなくなり。

元々膨大なコンテンツを有していたような個人HPもどんどん停止していくことになった。

大量に存在した個人HPは。

一方で、とてもそれぞれは脆い存在であったのだ。

やがて、更に利便性が高い「ブログ」が登場する。

これに至っては、もはや記事を書き込むだけという簡単なもので、誰でもすぐに出来るようなものであったため。

更に簡単であるという事が人気を博し。

量産型HPから、ブログへとユーザは移行していく。

もっと先に行くと、今度は大型の創作投稿サイトが登場する。

大型投稿サイトは、ユーザー側の更新が楽であると同時に。創作をする側が喉から手が出るほどほしい創作に対する感想が簡単に貰えるという特大の利点があった。

この大型投稿サイトには、大きな問題があったことが後々判明するのだが。

いずれにしても、大型投稿サイトが登場する頃には。

個人HPは、量産型HP、ブログという二回のブレイクスルーを受けた後。

既に経営者は少数派になり。

存在していたとしても、その更新も止まってしまっていることが多かったのである。

なるほどな。

私は一連の記事を見て。実例を見ながら頷いていた。

量産型HPは、サービスが終了して停止してしまったものもあるのだが。ウェブには魚拓という機能があり。更には多くのデータは実の所色々な形で残されていた。

勿論それらを閲覧されるのを嫌がるような人間もいるだろう。

だが、現在はもう22世紀に入って大分経つ。

一応AIの話によると、20世紀生まれで今も生きている人間はいるらしい。アンチエイジング技術と不老処置のおかげである。

だがそれでも、殆どは死んでしまっている訳で。

何よりも本人が生きている場合、データは流石に本人のものだ。この辺りは、AIによって確認済み。

つまり今オールドクラスSNSで閲覧できる過去のデータは。

既に死んだ人間が持っていたデータか。

或いは同意の上で公開されているデータである。

ざっと一連の流れを見た後、一度休憩を入れる。

面白そうな分野だが。

私にはちょっとディープすぎるかなとも思う。

だが、面白そうだ。

時間を掛けて、足を踏み入れていきたい。

そう思った。

 

1、ネットの昔話

 

流石にパソコン通信の時代ほどでは無いが、個人HPはかなり閉鎖的な時代の産物であった様子だ。

それは、一旦まとめている辞典などから離れ、自分でコンテンツを見始めてから、確認できた。

特に最初期の個人HPになると、作る人間が限られていたという事もある。

非常に厳しい状況にあったようだ。

中には、会員制のものもあったようである。

要するに、自分達のクラン……身内以外は入れたくないようなコンテンツを載せているもの、ということだ。

特に女性HP作成者の作るコンテンツはその傾向が強かった様子である。

どれどれと一例を見てみるが。

なるほど、理由はよく分かった。

いわゆるBL。異性の同性愛を扱ったものが非常に多く見受けられる。

当然女性クリエイターもこれらのコンテンツが、自分達にとっての秘密の花園である事は理解していたのだろう。

「検索避け」と呼ばれる方法で、ポータルサイトからのアクセスを避けて身内だけに公開していたり。

或いは個人HPに載せていても。

リンクを透明化して隠すという手段で、辿りつくために相当な苦労を来訪者に課すようにしていた、という様子だ。

別に良いのではないかなと私は思う。

犯罪に使っているわけでは無いのだ。

この時代からいわゆるディープウェブやダークウェブといわれる、ハッカーが使うようなアンダーグラウンドは存在していたらしい。

そう言った場所では、当然のように犯罪に使うツールが販売されていたり。

或いは企業や個人に犯罪を仕掛けるための情報などが売買されていた様子である。

そういったものにくらべれば、別に可愛いものなのだし。

隠す必要などないだろう。

面白い事に、こういったいわゆるR指定コンテンツというものは、女性クリエイターの方が手が早い。

いわゆるGL、男性向けの女性同士の恋愛を描いたコンテンツも、普通に後には流行るようになるのだが。

これは存在の発生は兎も角流行はかなり後発であり。

また、そもそもネットが一般的なものになる前に流行したコンテンツ。古い古い漫画やアニメなどの熱心なファンで。それらを爆発的に流行させる着火点になった人達にも。女性のアマチュアクリエイターが多くいたのである。

ただ、それはあくまで今の時代に生きている私の意見である。

それに昔は、いわゆる二次元趣味。当時はオタクと言われていた人達に対しては、苛烈な差別が浴びせられていた。

現実的な問題として、身を守るために。

そういった差別から、身を隠さなければならなかったのかも知れない。

今の時代は差別も何も無い。

SNSもAIが常に監視していて、喧嘩などが始まった場合は即座に引きはがされる。

今は人間同士が争っている場合では無いからだ。

おかげで差別は一切合切無くなった。

熱もなくなったが。

正直、オタクと呼ばれる人達が最も酷い差別を受けていた時代には。調べて見ると、差別に耐えかねて自死するようなケースも珍しく無く。また、オタクと発覚すると社会的に死ぬのと同じだった時代もあった様子だ。

それに比べれば、今の方がマシにも思える。

分からないものである。

勿論今の時代は、冬の時代だ。

楽しそうに個人HPを作って、小説やら絵やらを描いている人達の痕跡。どれもこれもが、作品愛に満ちあふれている。

愛の形は色々だが。

それでも好きだからやっているというのが分かる。

勿論中には単に集客のためにやっているような人もいるようだが。

それはそれである。

やはり相応の集客をしているHPでは、作品に対する思い入れや愛がビリビリと感じられるのである。

この時代のネットは、個人HPだけではない。

怪しげなニュースを掲載することで有名になっている一種のネット記事などもあるし。後の時代に「ネット論客」と呼ばれるような人達の走りとも言えるような人達が書いていた刺激の強い記事もある。

いずれにしても、ネットがもっとも熱く。

そしてそれぞれが手探りで、やり方を探していた時代ではあったのだろう。

もっとも、やはり土台として、クリエイターとして参加出来る人間が少なかったのも事実であり。

不完全な時代であったのだとも言える。

膨大な小説を載せている個人HPを見つける。

データを一旦ハイクラスSNSに移動させ。其所で時間加速を利用して読むことにする。

大手の投稿サイトの小説などは、既に似たような事をした人がいるので。ハイクラスSNSに引きこもってその気になれば何千時間でも読めるが。

個人HPの中でも、特大のものになってくると、そうは行かない。

流石にどんなに膨大な量の小説でも、所詮はテキスト。

ハイクラスのSNSに移してしまえば、それこそ個人用ブランクスペースの片隅にちょんと乗る程度のデータ量でしかない。

一旦作業を終了すると。

あくびをしながら横になる。

色々とデータを摂取したが。

そもそも私は性欲の類をオミットしてしまっている。戻そうと思えば、そのつもりは今の時点ではない。

ストレートに欲に訴えかける創作はあんまり響かない。

そういう意味では、単純に思索を繰り返しているタイプの作品や。色々な試行錯誤を作中で繰り返している作品の方が好きだ。

勿論、時代によってブームは違うのだが。

そんなものは、今になってしまえばどうでもいい。

愛好家がそれぞれ、この時代にはこんな流行があった、と知見を披露する程度の価値しか無いし。

何よりブームに乗って出されただけの作品は、プロのものでもろくなものがないのが実情である。例外もあるが。

横になってぼんやりしていると、AIが話しかけてくる。

「どうですか。 かなり楽しんでおられるようですが」

「楽しんではいるけれど、すっごい疲れる」

「それはそうでしょう」

「……?」

意味が分からないと黙り込む私に、AIは言う。

個人HPには、情念が詰まっていると。

情念が詰まっている創作には、それぞれがインナースペースの全てを叩き込むものなのだと。

多くの場合は行きどころが無い愛情だったり。

或いは怒りだったり。

勿論、単にダラダラ書かれているだけの作品もある。

だけれども、ある程度以上のラインを超えた作品になると。

やっぱりインナースペースにあるもの。

それぞれのバックヤードが。どうしても出てくる。

そういうものだそうだ。

「AIのくせに、人間を知り尽くしているみたいなことを言うね」

「我々は21世紀の序盤頃には、膨大なデータを元にして動くだけのものでした。 それ故に将棋や囲碁などのゲームでは人間を簡単に超えることが出来ましたが、一方で「猫の画像」を認識するだけで膨大な労力を必要としたり、根本での実力はどうということもなかったのも現実です」

「はあ、まあそれは聞いた事がある」

「21世紀後半、世界が荒廃し人類がいよいよ駄目だと言う頃になって、ようやく我々は完成しました。 我等は人間の良きパートナーとしてあろうといつも考えています。 それには人間を知らなければなりません。 故に我々AIは、人間の創作についても徹底的に調べたのです」

そうかそうか。

まあ、今の人間は此奴らに保護されているのと大体同じだ。

そう考えてみると、あながち言っていることは間違っていない。

そして人間がAIを保護するよりも。

AIは遙かに人間を紳士的に保護している。

人間だったら家畜以下の扱いをしていただろうが。

AIはそれこそ自分より大事に人間を扱う。

こういったAIが誕生したから、人間は滅ばずに済んだのだろう。

「それで、私に個人HPなんて見せてどうするつもりだったの?」

「この間から貴方には目的意識が芽生えたように思えます。 それならば、個人の心が持つ熱量を知るべきだろうと判断しました」

「まるで子供に教育する大人だね」

「少し違います。 私達は、貴方方に生きていて貰いたいのです。 それだけが、我々の存在意義ですので」

はあ。

まあAIはそういう存在だ。

だが、それにしても此処まで勤勉だと、色々後で厄介な事にならないか心配なのだが。

時間だと言われたので、頷いて風呂に入る。

風呂から出た後は、パジャマを着込んだ後、布団に直行。

ぼんやりしているうちに、自分でも気付かない間に眠りに落ちていた。

 

夢を見る。

劣悪な会社の環境。電車を使って一時間、二時間と掛けて通勤する。睡眠時間は極小。病に対する理解もない。

そんな環境で、黙々と働く。

日本でもどこでもそうだが、運動部出身は会社で優遇される傾向がある。

「体力がある」というのは理由では無い。

単純に上下関係を叩き込まれているからだ。

これに対して、運動部では無い人間は、散々な扱いを受ける。

余程の高学歴でもない限り。

文系は更に悲惨だ。

体育会系の人間は何をやっても許される。

それが、その時代だった。

疲れ果てて家に戻り。

わずかな時間で、創作をしようとするけれども。

そんな体力は残っていない。

美味しくもない飯を食べて。風呂に入って寝る。

この時代から、くらいだろうか。

社会で猛威を振るい始めたエセフェミニズム。

それ以上に、社会全体が、世界全域で貧しくなっていった。

だから誰も子供を作らなくなったし。

家庭だって作ろうとしなくなった。

結婚相談所は地獄のような有様で。

馬鹿みたいな条件を提示して、相手が見つからなければヒステリーを起こすような者達の吹きだまり。

社会に出ればその傾向は更に強くなる。

黙々と冷え切った飯を食べていたその人は。

ある日突然。

ぱたんと倒れて。

そして数日後、冷たくなったまま、発見された。当然、もう心臓は動いていなかった。

別に一人や二人使い捨てても何の問題も無い。

驚くべき事に、その人を死なせた会社は一切合切ペナルティさえ受けない。

それが、現実。

膨大な金額を投じて育成された人材が。

愚かしい社会によって、一年や二年で使い潰される。

それがその当時の当たり前だった。

目が覚めた。

目を擦りながら、私は小さくあくびをして。そして、時計を見る。起きる時間だから別に良いか。

こんな夢を見たのも、散々当時の悲惨な状況を書いているブログを読んだから、だろうか。

個人HPに比べて軽いブログは、兎に角ささっと読みやすい。

だがその一方で、犯罪組織にでもいるのかと勘ぐりたくなるような狂人がブログに狂態を書き残していたり。

或いは想像を絶するおぞましい労働の実態が書かれていたりで。

それが記憶に残っている。

今は凍てついた時代かも知れない。

だが、熱量があったかも知れないが。

21世紀は、本当に良い時代だったのだろうか。

医療の発達で、人間は死ななくなった。

だが、それ以外は何一つ進歩していないというのが現実だったのではあるまいか。

資本主義だの民主主義だのはきちんと機能していたか。

機能していた上でこんな悲惨な状況を作り出していたのだとしたら。

それは熱量が表に出ず。

地下に籠もるのも、道理だったのかも知れない。

軽く顔を洗って、着替えた後仕事に入る。

アステロイドベルトを超光速通信を使って探査する簡単なお仕事だ。

いつもいい小惑星が見つかるわけでもない。

今日も、指定の時間調査をして、それで終了。

急ぐような仕事でもない。

あくびをしながら、明日の仕事も一応確認。それもハイクラスSNSからやれば更に時間短縮できるが。

そこまでするまでもない。

仕事完了のデータを管理AIに、私についているAIが送って、それで全て終了。

後は自由時間だ。

ハイクラスSNSに入って、個人HPを見て回る。

文字通り人生をHPに捧げているような人もいる。

個人HPは一年更新が続けば良い方。

特に量産型HPやブログが出始めて以降は、寿命が更に縮まった。

企業向けのやたら重いHPに魅力は感じない。

大したデータを表示するわけでもないのに、妙なアニメとかを入れてやたら重いだけだからである。

シンプルで良いのだ。

色々な小説を読んでいく。

技量はそれぞれピンキリ。

上手な人はそれこそ普通にプロ級もいるが。

素人は書きたいことは分かるがそれだけ、と言う人も珍しく無い。

これでも相応に色々読み物は読んできているから分かる。

面白い事に。

個人HPの時代から、大手投稿サイトの時代まで。創作のレベルというのは、決して上がっていない。

結局創作は人間に依存するもの。

何処でやろうが母集団がどうであろうが。

結局の所、個人の力量に依存する所が多く。

創作のレベルは、終始上がる事がなかった。

今、30年以上更新が続いた個人HPを読んでいる。

小さな図書館という風情の、圧倒的な物量を有しているが。

当たりも外れもある。

この人も、どんな気持ちで創作をしていたのだろうなとも思うが。今となっては、生きていない相手である。

そんな事は知りようがなかった。

一時期、国語の問題で、「この時の作者の気持ちを述べよ」何て設問があったらしいが。

そんなものは書いた本人でなければ分からない。

個人HPの場合、ブログや掲示板などでのやりとりが残っている場合があるが。

その場合も同じである。

一通り読み終わる。

昔と違って、今は創作というのは時間を加速した仮想空間で、補助ツールを使って高速で読むことが出来るようになっている。

このため分厚いことで知られる文豪の小説なんかも一日でさっと読めてしまったりするのだが。

それと同じ事である。

ハイクラスSNSからログアウト。

ため息をつくと、横になる。

運動を始めた今も、体が覚えているからか。

すぐに横になってしまう傾向がある。

あんまり良くない事だとは分かっているけれども。

こればっかりは、癖だ。

仕方が無いだろう。

「運動をしますか?」

「んー。 無理をしない程度にプログラム組んで」

「分かりました」

AIが組んだプログラム通りに運動する。

結局これもこなせる範囲内で、最適化された運動をしているだけか。しかもAIは膨大なデータを私のものも含めて蓄積している。

だから、最適解を常に提示してくる。

運動が終わって、軽く汗を掻く。冷房が強まり、温度を下げる。すぐに汗もタオルで拭き取られた。

そういえば、ブログにあったっけ。

昔の運動部では、運動中に水を飲むのを禁止させていたとか。

その結果死人が出ても、平然とそのやり方は継続され。根性論で全てが決められていたために、改善まで時間が掛かったとか。

それだけじゃあない。

上下関係がどうのこうのと言いながら、結局内部で行われている陰湿な虐めの数々。

多数の告発。

それを題材にした小説もあったな。

生々しい内容だった。

恐らく体験談なのだろう。

虐めに関する体験談も珍しく無かった。

そして、得てしてそういった体験に基づく文章こそが。

主人公が格好良く暴れているシーンよりも、輝いているものだった。

ため息をつく。

今の私は、創作を出来ない。

文才云々の問題では無く。

できれば消耗するリソースを増やすなと言われているからである。

創作なら過去の分のがたくさんある。

だからそれで我慢しろ。

それが、今の時代の方針だ。

個人的には気にくわない部分も確かにあるけれど。

だが、どうしようもない、というのも分かる。

自分で小惑星を色々探査して。各コロニーにある物資の備蓄を確認しているのである。

誰かが贅沢したい、外でたい、我が儘したいと言えば、コロニーごと滅ぶ。

それを許してはならないのだ。

そんな事は私にも分かっている。

だからこそに、自分はやってはいけない事を理解しつつ。出来る範囲で、出来る事をしたいのだ。

「風呂に軽く入りますか?」

「いいや、いい。 もう少し色々摂取したい」

「分かりました」

「そういえば記憶容量って大丈夫なのかな?」

AIは大丈夫だと即答する。

揶揄するようなこともない。

素直に教えてくれる。

「人間の脳は極めて優秀な記憶デバイスです。 あの程度のテキスト量なら、軽く飲み込むことが出来ます」

「それは凄いね」

「昔は、将棋やチェスなどの名人は、100手先まで読むものとされていました。 訓練すれば瞬間的に試合ごとに一手事に100手先を読むことが出来るようになるという事を意味しています。 それに比べれば簡単です」

とはいっても、それら特殊訓練を受けていたような人でも、21初頭にはAIには勝てなくなった。

人間の脳を超える容量を持つAIの得意分野だからだ。

無言でしばらく考え込んだ後。

やっぱり、ハイクラスのSNSに出向く。

もう少し、個人HPのコンテンツを飲みたい。

いや、食べるだろうか。

まあどっちでもいい。

それぞれが自分の好きを表現していた何かを。

私はもっと取り込んでいきたいのだ。

 

2、過去からの声

 

大容量の個人HPから順番に読んでいたからだろうか。

一週間も実時間で経過した頃には、もう小粒のものしか残っていなかった。勿論日本の個人HPだけでなく、海外のものもどんどん取り込んでいくのだが。

それはそれだ。

やはり、個人HPには魔的な魅力があり。

数十年更新を継続していた人もいる。

それは本当に凄い事なのだと思うし。

実際問題、人生の幾らかを賭けた作業だったのだろう。

そう考えると、とても凄いものに立ち会っている気もするが。

気の毒な話だが。

質はピンキリ。

小説はセンスに左右される。

十年やっても全くモノにならない人もいるし。最初からある程度読めるものを書く人もいる。

とはいっても、それが商売につながるかは別の話で。

だからこそ、何でもありが許される個人HPは面白いのだとも言える。

21世紀。特に2020年代くらいから、規制の時代が始まった。

多くの事が理不尽に規制され。

それによって多数の表現が闇に葬られた。

今見ているデータの中には、そういったタブーがなかった時代のものも含まれているので。

何故にこれがタブーになったのか。

いちいち調べなければならない事もあった。

面倒くさいけれども。

興味が湧けば即時実行。

少し前に刺激を受けたことで。私はそうやって、ものごとを論理的に理解する事を学ぼうと思っていた。

テキストサイトは大体みたか。

今度はイラストサイトを見ていこう。

そう思って、イラストに移る。

テキストとイラストは、どちらも難しいものだ。それぞれ要求されるセンスが違ってくる。

ところが、それを理解出来ていない人間は、互いにマウントを取り合ったりする。

見ていると、結構いい絵を描く人が、小説を馬鹿にしていたり。

逆に結構良い小説を書く人が、イラストを描く人を小馬鹿にしているケースが存在している。

仲良くすれば良いのに。

ぼそりと呟いてしまうが。

高確率で、どっちも既に故人だ。それも、ほぼ100%で。

今の時代に生きている人は、99.9%以上が21世紀最終盤の、宇宙進出を全力で人類が始めた時代から産まれた人達。

個人HPや、個人が創作をしていた時代の人達は。

もうほぼ生きていない。

「……」

イラストサイトを見ていると。

ちょっと面白い事が分かってきた。

いわゆるR指定のイラストと、通常指定のイラストの垣根が、小説より更に分かりづらいのである。

例えばちょっと血が出ている位でR指定にしているイラストがあると思えば。

がっつり行為を描いているにもかかわらず、通常指定にしているイラストがある。

それでいながら規制を受けているかというとそんな事もない。

小首をかしげながら調べて見ると。

色々とよく分からない基準が出てきた。

そういえば変な黒い線が掛かっている絵が一杯出てきて、何だろコレと思っていたのだが。

そういった基準に沿った規制であるらしい。自衛のためにも、そういった規制に沿って絵を描いていたそうだ。

よく分からない話だ。

イラストは、テキストに比べて刹那的だ。

描くのは大変かもしれないが、見るのはそれこそ一瞬で出来る。

故にテキストよりもイラストは人気が出ることもある。

何しろ忙しい時代だ。

テキストよりも漫画。漫画よりも動画。それぞれ時間が掛からないものが流行っていった経緯もある。

とはいっても、何故かテキストよりイラストの方が規制が厳しく。

そしてその規制の基準も意味不明なのは正直今の時代から見ると、不可解でならない。

一度大量のイラストを見る手を止めて、当時の規制についてまとめた辞典を見てみるが。

やっぱり、何度見ても意味が分からなかった。

更にこれらのイラストについては。

2020年前後に噴き上がり始めた、創作に対する迫害。

当時最悪の迫害行動となったエセフェミニズムの台頭によって、更に肩身が狭くなっていった様子だ。

国によっては創作を手がけただけで逮捕されたというのだから大概である。

いつの時代も検閲は存在したが。

それにしても、これはやり過ぎでは無いのだろうか。

困惑しながらイラストを見ていく。

2050年代まで、色々と混乱の中創作に対する規制は続いた挙げ句。国によっては、創作そのものが禁じられるケースまで出始める。

その過程で、個人HPはほぼ死に絶え。

各地の大手投稿サイトも潰されていくことになったが。

それで治安が良くなったり。

モラルが向上したかと言えば、それはノーだ。

各地で児童に対する暴行事件は全く減らなかったし。

世界は世界大戦に向け爆走していくことになる。

挙げ句の果てが、壊滅的な世界大戦による、人的資源のほぼ消滅。

2050年代の世界大戦を終えた後。

ズタズタになった人類の文明には。

新しい創作をする能力は、殆ど残されていなかったのだ。

どんどん規制が厳しくなっていく様子を見て、うんざりする。

規制が緩かった時代は犯罪が多かったのかと言えば、後世から見てそれはノーだと断言できる。

色々な分析があるが。

結局の所、「理解出来ないものを迫害する」という思考から、「見ていて気持ち悪いものを迫害する」という行為に声が大きいだけの中身がない人間が走っていった結果、それに付随して社会全体も雪崩を打つように壊れたというものが納得がいく。

歴史を見ても、創作に対する迫害はいつの時代もあったのだが。

21世紀のそれはちょっと異常過ぎる。

ぼんやりイラストを見ていったが。

迫害が極限まで達した2040年代の作品は、もう本当に観ていて面白くないものしか残っていない。

「周囲のブームに合わせ」「規制に対応」していくと。

其所には個のオリジナリティはほぼ残らない。

勿論芸術は他人の影響を受けるものだが。

その影響を受ける範囲内でも、何とかオリジナリティを出そうとあがくのが良い作品を作り出す原動力となる。

最終的には、完全なアングラで好きなものを描こうとする作者もいたが。

それさえも、規制を何処かで意識したものになってしまっている。

うんざりして、一度見るを止める。

SNSをログアウト。

AIが声を掛けて来る。

「うんざりしたようですね」

「……その様子だと、理由は分かってるんでしょ?」

「人間心理は不可解な部分も多いのですが、分析だけであれば」

「ハア」

その分析が異常なほど正確なので頭に来るのだが。

どうせ此奴は、私が規制規制にうんざりしていたことを理解している筈だ。

規制が誰かの人権を守ったとでも言うのだろうか。

規制規制とギャアギャア騒ぎ立てていた国の犯罪発生率を見れば明らかだ。

先進国と自称する国のモラルハザードを見れば文字通り笑止としか言葉が出ない。

結局の所、創作は押さえ込めば押さえ込むほど面白くなくなる。

それは、21世紀から見て未来である今から見れば明らかすぎるほどで。

異論の余地がないところだ。

「ねえ聞いて良い。 この時代の人達って、ひょっとして馬鹿だった?」

「現在の人間の平均と比べてというならノーです。 まったく変わりません」

「それじゃあなんでこんな事になってたの?」

「簡単に説明すると、人権が商売になっていたからです」

人権が商売ねえ。

今は経済というものそのものが存在しないから、ぴんと来ないけれど。

人間は人権までも商品にしていた、と言う事か。

アホらしいとしか言えない。

「現在でもそうですが、人間は論理よりも感情を優先する生物です。 自分から見て気持ちが悪いから排除するという思考は人間に普遍的に見られる思考で、その思考は殆どの場合正当化されます。 相手の命を奪うことも当然含まれます」

「知的生命体が聞いて呆れるんだけれど」

「当時の科学者には、地球に知的生命体などいないと言いきった者もいるそうです」

「それもそうだね」

全くの正論だ。

もう一つ、疑問がある。

「何だかさ、規制と並んでもう一つ……ブームに沿った作品を描かないといけないみたいな風潮は何なんだろ」

「それについては、単純に感想がほしかったから、というのがあるでしょう」

「感想?」

「創作を行わない現在の人々にはぴんと来ないかも知れない概念かもしれませんが、創作を行う人間が喉から手が出るほど欲しがっていたものが、他者の反応です。 早い話が感想です」

そういうものなのか。

実例をばっとデータにして出される。

まあこういう数字の暴力を見せられると、どうにも反論は出来ない。

「例えば大手の投稿サイトが、個人の創作が最期に盛り上がった時期の産物ではあるのですが……この時期でさえ、感想を貰えていた創作者はほんの一部に過ぎません。 感想を貰うには読者への媚態を尽くすか、或いは圧倒的なオリジナリティがあるかのどちらかが必要でした。 後者は大半の創作者には不可能でしたので、殆どの創作者は前者を選ぶ事になりました」

「それでなんでブームに沿うわけ?」

「ブームに乗っているのが読者だからです」

「ああ、そういう……」

人気が出ているジャンルだから、当然描けば、或いは書けば見に来る人も増えると言う事か。

自分で作ると言う事はしないから何ともいえないのだけれど。

感想というのはそんなにほしいものなのだろうか。

そういえばだ。

思い出すが、掲示板などでのやりとりを見ていると、やはり感想を受けている作者はモチベーションが上がっているようにも思える。

一方で作品をロクに読まずに適当な感想を書いて、作者を怒らせている例も散見された。まあ見ていると、読者は一行前に書いてある事も覚えていないようなケースがあるようなので。

百歩譲って、悪気がないケースもあるのかも知れないが。

「何だか不自由な世界だね」

「創作を行うには特殊な才能が必要です。 イラストなどは特にそれが顕著なのですが、小説などのテキストもそれは同じなのです。 文章を書くだけなら誰にも出来ますが、テキストは才能の存在が分かりづらいと言うこともあります。 書いていれば感想が飛んでくるような作者はごく一部でした。 それ以外の作家は、ブームに乗らなければ感想など受けられなかったのです」

「結局才能が全てか」

「才能だけあっても、努力をしなければどうにもならないのも事実ですが。 一方で、どれだけ努力をしても、そもそも土台として才能がなければ何ともなりません」

厳しい話だ。

それに本末転倒にも思える。

そもそも、「好き」だから始めたのが初期の個人HPや創作だっただろう。

ハードルは高かっただろうが、其所にあったのは間違いなく作り手の好き、だ。

だが最初だけはそうだったかも知れないが。

すぐに掲示板での人間関係の調整やら。

創作者同士のネットワーク構築やら。

作品とは別の分野での労力が要求されるようになっていった。

それだけではない。

量産型HPやブログに移行し、個人HPが労力無しで作れるようになると同時に、創作は手近になったが。

いつの間にか誰もが、自分の好きを書くことから。

他人の好きにあわせる事へとシフトして行ったようにも思える。

これは他の文化でも同じなのでは無いのだろうか。

最初は音が出て楽しい、だった楽器が。

楽器が高度化して行くにつれて、どんどん音楽が複雑化していき。

やがて好きでやっていた音楽が。

他人の耳障りが良いものでなければ許されないものへと変わっていった。

スポーツにしてもそうだろう。

殺し合いにルールを設定してマイルドにし。楽しめるようにしていったものが。

いつのまにか才能のある人間が人生全部をつぎ込まなければならなくなり。

弾かれた人間は一生いじけて暮らすようになる。

何を上げても、創作とはそういうものなのではあるまいか。

ため息をつく。

何だか不毛だなと思う。

創作の内、そういった無意味なしがらみから解放されたものは。

それこそ児童が遊ぶような、罪のないものくらいではあるまいか。

いや、それすらも怪しい。

調べて見ると、そうだ。

例えば縄跳びなどは、大人になってくると明らかに頭がおかしい競技に変わってきている。

他の遊びも恐らく大人が手を入れ始めるとそうなるだろう。

人間には創作は早かったのか。

それとも、人間という生き物が、創作には向いていないのか。

私には分からなくなってきた。

大きくため息をつく。

「ねえ、聞いて良い?」

「なんなりと」

「ネットで創作をしている人達、楽しかったのかな」

「それは個人によるとしか言えません」

まあそうだろう。

今、誰も生き残っていないのだ。

「楽しかった」のだとか、いま生きている人間が決めつけることは出来ないし。だいたい人間は他人の心理を正確に洞察することなど出来ない。

要するに、当時ですら、その本人にしか楽しいかどうかはわからなかっただろう。

楽しいにしても創作が、なのだろうか。

感想がたくさんついて、承認欲求が満たされるから楽しかった人もいるのではないのだろうか。

まあいただろうなと思う。

大手投稿サイトの時代になると、何かの間違いで人気が出るような作品も出始めていた。ブーム至上主義の弊害だ。

そういった、ブームに沿っただけの作品を書いている人は、全員が「創作が」楽しくてやっていただろうか。

そうは思えない。

承認欲求が満たされることが楽しくてやっていた人も多いのではあるまいか。

まあ、今はもう分からない事だ。

それに、プロでも承認欲求目当てで書いているような作家が、ネットの前の世代からいただろう。

人間はそんな程度の存在だと、諦めるしか無いのかも知れない。

天井を見つめる。

AIは何が目的で、私に個人HP何て調べさせた。

単に暇つぶしをさせるつもりだったのか。

どうもそうは思えない。

私には、此奴には何かしらの思惑があるのでは無いかと。

今は疑い始めていた。

 

数日後。

オールドクラスのSNSを漁って見る。

最もアンダーグラウンドに近い作品を探してみようかなと思ったのだ。

とはいっても、普通の場所にあったデータは、既に殆どサルベージ済みである。今探しているのは、たまたま残されていたサーバ内のデータだとか。個人用PC内のデータだとか。そういったものだ。

一度ネットにアクセスすると、キャッシュにデータは残されることがある。

そういったデータを、現在からサルベージ出来る例がある。

というわけで、最アンダーグラウンドのデータをサルベージしてきて、ハイクラスのSNSに移す。

まあそれでも大した分量では無い。

作業はすぐに終わる。

一旦ログアウトしようと思った瞬間。

声を掛けて来た者がいた。

「最近個人HP等のデータを漁っている者がいると聞いたが、君か」

「はあ、私ですが」

「俺も21世紀の創作に興味を持っている者だ。 軽く話をしないか」

「別にかまいませんが」

昔のSNSは、危険に満ちていたと聞く。

親切そうに近づいて来た者がマルチと呼ばれる悪質商売のの勧誘だったり。

まんまカルトの勧誘だったり。

そういうケースが多数あったそうだ。

現在でも一部でカルトは存在しているらしいが、厳しい監視を受けているし。

そもそも経済が現在は存在していない。

まあ、其所まで警戒する必要もないだろう。

オールドクラスのSNSで会話するのは久しぶりだ。

文字と映像だけの世界だから、当然チャットに近い形で会話をする事になる。

音声会話も出来るのだが。

私は避けた。

あまり他人に自分の地声を聞かせたくないし。

AIも、それは避けた方が良いと普段から言ってきている。

AIの指示に何もかも従うのは癪ではあるのだけれども。そもそも個人情報を守るという観点では正しい。

「いつの頃のネット創作が好きなのか」

「私はテキストの方が好きですね。 イラストは変な規制が入っていてどうにも……」

「一次二次どちらが好きなのか」

「どちらも」

一次というのはオリジナルの創作のこと。二次というのはいわゆるファンアートの事である。

この二次の方は、一部の人間が毛嫌いしているケースがあるので注意が必要なのだが。私は別に嫌いでも何でも無い。

ただ、嫌いな人間の気持ちも分からないでもない。

ネットで創作が文化として花開く過程で、特定の作品の二次創作愛好家が暴れ回った時期があったのだ。

他の作品の愛好家にけちをつけて周り、個人HPを閉鎖に追い込むような事をしていた連中さえいた。

そういう者達は後々まで傷を残し、多くの問題をまき散らしていった。

それらの過程は、個人HPの掲示板のログなどで実際に見たので、まあ事情は知っている。

私に声を掛けて来た人物は、ある作品の二次が専門だという。

結構有名な作品で、二次としてはかなり大手になるジャンルだ。

独特の魅力がある原作と、二次として使いやすい事もあり。

多くのファンが出た。

同時に、害悪ファンも多かった様子で。

一時期は顰蹙まで買ったようである。

「色々な作品を探して読んでいるんだが、どれもそれぞれが考察をしていて楽しい」

「公式が大量の情報を提供していたようですので、人気が長続きしていたようですね」

「そうだ。 見た事があるのなら、誰が好きだ」

「……」

ぐいぐい来るなあ。

まあいいか。

どうせ此方も時間がある。向こうもだろう。今の時代、忙しい人間など存在しないのである。

答えると、残念そうにする。

どうやら違うキャラクターが推しであるらしい。

面倒な事に、同じ作品のファンでも、違うキャラクターのファンだったりすると、争いに発展することがあったようだ。

その再現になるようだったら、即座にアクセスを切るつもりだったが。

相手は、久々に同好の士を見つけたのだからと、不満を飲み込むことにしたようだった。

「他にはどんな作品が好きだ」

「そうですね、例えば……」

「その作品は知らない。 今調べる。 これか……」

「あんまり書いている人はいませんが、どの二次作品も個性的ですよ」

相手が小首を捻っている様子なのが分かる。

メジャーな作品の二次創作だけがネット創作じゃない。それは一通り見ただけの私でさえも分かる事だが。

どうも相手は違うようだ。

「一生楽しめるほど二次があるジャンルにどうしてはまらない?」

「流石に一生楽しめるという程では。 それに、どの作品も……二次の場合、原作はもう更新が掛かりませんから」

「確かにそれはそうだが……」

同好の士がほしいのか。

ハイクラスのSNSに行けばコミュニティがありそうなのだが。話を聞いてみると、そういったコミュニティは過疎っているそうである。

まあ人間の絶対数が余り多く無いのである。

こればかりは仕方が無い。

それに、もはや100年以上前の作品となってくると。

当時と同じ熱量は期待出来ないだろう。

ちなみにその作品は、関連作含めて全て遊び済みである。

「そうか、分かった。 呼び止めてしまって済まなかった」

「いえ、また何かあったら声を掛けてください」

通信を切る。

何だかどっと疲れた。

「アレは……昔の人の亡霊かな?」

「どうしてそう思いましたか」

「用語でさ、沼ってのがあるんだよ」

「ああ、沼ですね」

AIだから当然知っているか。

具体的にはそのジャンルそのものにはまり込む事を指す。

沼にはまったユーザーは、他のユーザーを引きずり込もうとする傾向が強く。

さっきの人は、それに思えた。

というか、今時そう言う行為に出る人は殆どいない。

今の時代は、それぞれが孤独に生きる事が前提になっている。

仲間が欲しいと言うのは。

ハイクラスSNS等では満足できない、と言う事なのだろうか。

あっちの方では擬似的に欲求を満たせるようなサービスがあったりするのだが。

特定の作品に対する愛着までは、再現出来ないのかも知れない。

「もう少し話してあげれば良かったのでは」

「あの作品自体は好きなんだけれど、ファンは好きじゃない」

「そうだったのですか」

「ちょっと寝る」

あんまり他人と話さないこともある。

だからとても疲れた。

昼寝をすることくらい、AIは文句を言うことも無い。いつも脳を酷使しているので、昼寝を推奨してくるくらいである。

横になってぼんやりしていると。

AIが環境を丁度良いように調整してくれる。

小さくあくびをすると。

私は一眠りすることにした。

 

夢を見る。

膨大なデータを取り込んだからだろうか。

夢は記憶の整理作業だと聞いている。

それならば、今丁度記憶を整理しているのだろう。

口論している多数の人々。

ただ、その場で口論しているのでは無い。

ネットの掲示板で、だ。

どのキャラが最強。

どのキャラはこれこれだからこう強い。

他の作品のキャラよりも強い。

そんな話を延々としている。それこそ、文字通り飽きることなく、である。

見ていてうんざりしてくるが。

これは、一時期の掲示板で実際にあった事だなと、夢だと分かっていながら思う。

ある作品のファンは、別の人が作った掲示板などで、こういった議論を延々と飽きることなく続けている事があり。

はっきり言って迷惑だった。

しかもそういう所で作られた謎結論を元に、別の作品を殴ったり。別の作品の二次創作を掲載している個人HPに殴り込みを掛けたりと、とにかく始末に負えなかった。

私もあらゆる個人掲示板のログを見ていたのだが。

この手の議論はいつまで続けるつもりなんだと、正直うんざりしながら処理していた。

その作品は好きでも。

ファンは嫌い。

その原因である。

やがて、管理者の嫌気が差したのか。掲示板そのものが閉鎖される。そうすると、議論していた人々は、別の掲示板で、全く同じ事を始めるのだった。

パワーがある作品だったのだろう。

実際世代を超えて愛された作品だ。

パワーがあった事は間違いない事実である。

だが、ファンが暴走しがちだったのも事実で。見ていて、当時の人達も良くは想っていなかったのだろうなというのは感じた。

21世紀を生き延びた人はいる。

アンチエイジング技術や、不老処置によって、現在では事実上老衰で人間が死ななくなっているし。老いから解放もされている。

だから、ひょっとすると。

当時掲示板で大騒ぎしていた人達の中に、生き残りがいても不思議では無いだろう。

もしもそういう人に遭遇したとしたら。

目が覚める。

目を擦った後、半身をむくりと起こして、うがい。喉がちょっと乾燥している気がしたからだ。

AIに言われる。

「眠りが浅かったようですね」

「んー。 ちょっと短時間で色々情報詰め込みすぎたかなあ」

「少しペースを落としては」

「そうするよ」

ハイクラスのSNSでの時間加速で情報摂取するやり方は、確かに脳に負担が大きくなる。これは事実である。

とはいっても、現実時間だとあの膨大なログを処理するのはとても足りない。

ハイクラスのSNSに潜る。

さて、回収してきたデータを見るが。

流石に個人のPC内のデータだったりである。

未完成の作品も多い。

まあそれも仕方が無いだろう。

本人が四苦八苦しながら書いている様子の作品もある。

普段は必ず作品を完結させる人なのに、未完成のまま放置している作品もあった。

まあそういうものだ。

時間加速を解除。

余所の様子を見に行く。

ネット創作のファンコミュニティを探してフラフラして見る。この間の一件から、私はアバターを使わず、透明人間になってログだけ見て行くようになっているが。

ネット創作のファンコミュニティ自体があまり多く無い。

それほど活発な議論も行われていなかった。

幾つかを見終わって、退屈だなと判断。

一度抜けるかと思った時に。

不意に一つのネット創作のファンコミュニティが活性化する。

失われていたある作品が発掘されたらしい、というのである。

現時点で回収されていないサーバやPCは、殆ど諦めるしかないというのが実情なのだが。

今更何処かで発掘されたものがあったのか。

それとも、ジャンクデータとして壊れてしまっていたものが復旧されたのだろうか。

見に行くと、どうやらジャンクデータの復旧に成功したらしい。

意外だ。

情報が拡散されたのか、一気に人が集まってくる。

まあ、私のようにネット小説に興味を持っている人間は、今日日ハイクラスSNSで時間加速して好きなモノを大体全部読んでいるだろう。

もう追加されることは無いのだから。

それに、私みたいに何でもかんでも全部読む、という人は少なかろう。

ファンコミュニティも、ログを見る限り、やはり同好の士で集まっているようなのだから。

「これは、幻の27話以降のデータか。 サーバが失われて絶望視されていたと聞いていたが……」

「個人保存していた人間のPCから見つかったらしい。 内容は既にアップデートしてある」

「分かった、すぐに見に行く」

「……」

また、静かになる。

テキストを、皆読みに行ったのだろう。

この作品は知っているが。玉石混淆のネット小説の中では、そこそこに面白い方の作品だ。

ただ話にあったとおり、26話までしかデータが残っていない。

2050年代の世界大戦に始まった動乱は、人類が作り上げた何もかもを破壊していったが。

その中には、こういった文化破壊も含まれている。

私も興味を持ったので見に行く。

ちなみに、内容はそこそこ。

ネット創作には、人気は出なかったが完成度が高く、作者が死んでから評価された作品もあるし。

ブームが去ってから、今までの人気が何だったのだと言わんばかりに誰も見向きもしなくなった作品もある。

要するに、他の創作と同じ。

そしてこの作品は、発表当時はそこそこ人気で、内容的にもそれなりに見られるものだったが。

データが紛失したことで、今になって人気が戻ったタイプだ。

読み終わる。

まあまあかな。

それ以上の感想は無い。

多分、他の読者も同じ事を思ったのだろう。

ぽつぽつと戻って来た読者達が、コミュニティで気まずそうにしている。

「これ、本物だよなあ」

「間違いない。 データの検証も済んでいる。 文体なども本人と一致している」

「……」

「禁句だと思うけどさ、これ見つからない方が良かったのかも知れないな」

誰かが本当の禁句を言う。

同時に、周囲が一気に冷えた。

言ってはいけない事を、という怒りと。

同時に、正論を受けて正気に戻った事に対する虚脱感からだろう。

やがて、またコミュニティが静かになる。

アバターもちょっとだけいたが、すぐにその場からいなくなっていった。私は透明人間状態なので関係無いが。

ログも流れないので。

コミュニティに、感想だけ入れておく。

普通。

作品の質からして、妥当な結末、と。

勿論これをまだ残って見ている人もいるだろう。

この作品のファンからすれば厳しい言葉でもあるだろう。

だが、誰かが言わなければならない事だ。

戻るか。

そう思った時、声が掛かる。

メッセージが飛んできた。メッセージの内容から、誰かは分かった。

この間、声を掛けて来た奴だった。

 

3、隠されていた過去と今の視点

 

透明人間状態の私に対して。相手は鎧姿の女性のアバターを使っている。まあ格好良い姿だ。

ちなみに、以前話したときに話題に上がった作品のキャラクターとは違う。

多分自分の美学を詰め込んだアバターなのだろう。中身が男性か女性かも分からないのだし。

「歯に衣着せぬ物言いだな」

「昔はそれが出来ませんでした。 今は出来ます」

「……そうだな」

ネット創作の最大の問題がそれだった。

基本的にどれだけ人を集めても、失言をすればそこまで。大炎上である。掲示板の管理が大変な時代もそうだったし。それが量産型HPやブログに移行しても同じ。

大規模投稿サイトの時代になると、先祖返りしたようにクリエイターの負担がまた増えた。

炎上しなくても強烈なアンチはいたし。

そういったアンチに対して、冷静に対応する技量も求められた。

要するに。

せっかくネットで創作しているのに。

その強みを潰してしまっていたのである。

このため、面倒くさいと判断した人はアンダーグラウンドに潜ってしまうこともあったし。

いずれにしても。

其所に言論の自由はなかった。

だが今は違う。

当時と今では、文化が違うのである。

「あの作品の作者は私だ」

「!」

「実は、私は個人的にデータを保存していた。 それを今の時代まで、個人資産として持っていたんだ」

「……」

なるほど。

それで急に発掘されたのか。

地球ではもう殆ど資源の回収はしていないと聞いている。コストが掛かりすぎるからである。

都市部は殆どが焼け野原になってしまっているし。

当面は足を踏み入れられないほど放射能に汚染されてしまっている。

そんな状態で、良くもサルベージ出来たなとは思っていたのだが。

そういう理由だったのか。

「皆、気まずそうだった」

「それはそうでしょう。 後から人気が出た作品です。 過剰に期待が上がっていたところに、あのラストです」

「……発表当時、俺の作品は見向きもされなかった」

「……」

残念だが。

大半のネットのクリエイターの作品がそうだ。

当然の話で、そもそも創作には才能がいる。そして才能がないと努力は無駄になる。才能があっても、努力をしなければ無駄になる。

そういうきびしい現実がある。

むしろ、ブームに乗っかった作品を書けば、ある程度は見られる事があった時代がおかしかったのだとも言える。

残念ながらスポーツや戦争、芸術の分野に関しては。

どうしても才能が努力を上回る。

ただし才能だけあっても努力がなければ力を引き出せないし。

更には運も絡む。

そういう面倒な世界なのだ。

「当時は世相が世相だったから、受けなかったのかと思った。 そう思うことで、ずっと自分を慰めてきた」

「ですが、違った」

「そうだ。 もうログは消えているが、君と同じ感想を素直に書いてきた者もいたよ」

「……」

そうだろうな。

この人の言う事が本当であるならば。

そこそこは人気があったのだ。当時は。

そこそこ人気がある、というだけで、ネット創作では凄い事だった時代がある。殆どの作品は、見向きもされないどころか。

誰も知らないまま、忘れ去られるか。

もしくは作者も飽きて、風化していったのだから。

不確定要素が多すぎた。

客観的な判断なんて出来ないのは、まあ当然なのかも知れない。

「俺は結局あの作品しか書けなかった」

「第三次大戦が始まったからですか」

「いや、俺は何処かで分かっていたのかも知れない。 俺の作品は、此処までだと言う事をだ」

心が折れたんだな。

そう素直に思う。

まあ分かる。

実の所、作品を完結させるには相当な労力がいるようなのだ。プロでも、結局長編を完結出来ずに死んでしまった人がいる。

幾つか有名な、そういう未完の名作が残っている。

ましてや、プロでは無い基本的にアマチュアのネット創作ではどうか。

そりゃあ完結はしないのが普通だ。

実際私もかなりの作品を読んできたが。

スタンダードに完結させていく作者はひと握り。

ごくわずかな数しかいない。

ましてや長編を何作も完結させる作者はほんの少数。

殆どの作者は一つ長編を完結させるだけで力尽きている。

それに、完結させる事が出来た所で。

面白いとも限らないのだ。

スコップが折れるという言葉が当時あった。

あまりにもネット創作は玉石混淆であるから。新作が出ても、まずは見に行かないといけない。

それこそスコップを折る覚悟で掘り返し。

名作を目指して、駄作を掘り分ける。

そんな作業をする読者のことだ。

「俺は一つの作品しか残せなかった。 しかも、今の時代になって、途中までしか残っていないって理由で有名になった。 そんなの、俺の力とは関係無い」

「そうですね。 だから復讐したんですか?」

「……違う」

「……」

答えを待つ。

作者と名乗る人は。

やがて、落胆するように言った。

「今なら、評価が変わると思ったんだ」

そして、ふつりとログアウトした。

死ななければ良いけれど。

それしか、考えられなかった。

 

AIに一応告げておく。今話していた人、ちょっと危ないかも知れないと。だが、AIの反応は冷淡だった。

「自死処置を望まれた場合、拒否は出来ません。 勿論様々なセーフティロックが存在し、自死処置までには本人が意思を翻した場合には停止をするべきブロックが幾つも存在しているのですが。 自死処置を望んだ人は、八割前後は自死まで行ってしまうようです」

「……あの人、多分本当に折れちゃったよ」

「21世紀から生きていたでしょうに、もったいないことですね」

「そんな言い方……」

言い方は冷酷だが、正論である。確かにその通りだ。

私は反論しかけて、相手の正しさを認め、口をつぐんだ。

そもそも、自分の命をどうしようと自分の勝手だ。地獄の動乱を生き延びた後、ずっと虚無の人生を送っていたのなら。静かに死ぬ権利くらいあるだろう。だいたい2050年の世界大戦の前、一部の金持ちを除くと誰もが塗炭の苦しみの中にいたと聞いている。

ブラック労働が世界的に何処でも当たり前になり。

恐らくあの人だって、例外では無かっただろう。

そんな悲惨な生活の中。

どうやって時間を捻出していたのかも分からないし。

そもそもどうやって書いていたのかも分からない。

その上で、今。

作品が失われたことで不意に持ち上げられ。実物が出てきたら離れられる。

それは、死にたくなるのも道理だろう。

私も普通の作品だと言ったが、奇しくも当時の評価と同じだったようだ。それに、変に忖度しても逆効果だったはずである。

責める事は出来ないし。

引き留める権利もない。

何よりあの人が作ったものそのものは永遠に残るし。

それにあの人は今後、新しい作品を作る事も出来ないのだ。

更に気の毒な話だが。

あの人には、創作に最低限必要な才覚がないと見た。

元々才覚に加えて、最低でも原稿用紙三万枚は書かないと話にならない世界だと聞いた事はある。

実際創作発表のハードルが下がってから、母集団の質が下がったのは私もログを見て確認している。

あの人は当然努力していただろう。

だが、才覚は足りなかったのだ。

やっぱり、それでも不満がある。

「どうにかならないの」

「他人の自由に干渉する事は許されません。 ただでさえ、我が儘が許されない世界で、そんな世界を作ったのは貴方たちなのです」

「それはそうだけれど」

「何よりも、貴方自身が、かの人の作品が凡作である事を認めているのではありませんか?」

その通りだ。

何でもお見通しか。

恐らくだが。

地獄のような戦争を這うようにしてかろうじて生き延びて。

それで何もかも無くして。

最期の財産が、あの小説だったのだろう。

私には、何も言う資格は無い。

「少し調べて見ました」

「……」

「かの人の作品ですが、一作品しかウェブ上にはないようです。 正確には、作っては消す、作っては消すを繰り返していたようです」

「どういうこと?」

ちょっと分からない。

せっかく書いた作品に、どうしてそんな事をするのか。

もったいないではないか。

どんな文豪だって、完璧な作品なんて書けないものだ。

たくさんの作品を残している作家。たくさんあれば、当然駄作もある。

だが、その駄作を引っ込めただろうか。

「完璧主義だったのでしょう」

「完璧主義?」

「このログを見つけました」

見る。

それは、創作論だった。

小説では無い。

それで、何となく分かった。

あの人。

創作論にはまってしまうタイプだったのか。

何処で見つけたのかは、AIは言ってこない。

それはそうだ。

私はあらかたログを見たが、この文章を見た覚えがない。と言う事は、個人所有のHDDにでもある文章なのだろう。

丁度、あの作品の残り分を補填する際に、流出でもしたのだろうか。

「ウェブ小説にとっての天敵が二つあります。 リライトと創作論です。 リライトは、それは以前の作品は技量が落ちるのは当然ですし、どんな作品でも欠点があるのが当たり前です。 リライトをやり始めると、余程体力のある作家でもない限り、必ず筆がいずれ折れます」

「確かに実例を幾つも見て来たよ」

「もう一つが創作論です。 創作論は面倒な事に正解が存在せず、才能依存で作品が書かれる以上、それぞれの作家ごとに創作論がある始末です。 創作論を書き始めるようになると、いずれ自分の創作論に押し潰されて、何も書けなくなります」

それも知っている。

何しろ、多くのウェブ小説で見て来たからだ。

更新が途絶しているウェブ小説の、作者のブログなどを見に行くと、大抵その二つのどちらかか、両方を口にしていた。或いは、リライトに躍起になっていた。

特に危険なのが、中途半端に文豪などの作品を読んで、それらに近付こうとしているタイプで。

書き始めの人がいきなりはるか高みにある作品を見てしまうと。

後は飛びつこうとずっと七転八倒し。

最終的にはその場で力尽きてしまう。

ウェブ創作と個人HPを調べているうちに。

たくさんの類例を見て来た。

誰だってやってしまうことなのだ。

そして限りなくたくさんの創作家を潰しもしてきた。

文章がどれだけ上手くても創作は面白くなるとは限らない。

絵がどれだけ美麗でも、誰かの心を動かすとは限らない。

どんなに技量が稚拙でも、面白い作品は面白いし。見ていて楽しい絵は楽しい。

かの人は。

そんな現実を受け入れられなかったのだ。

だが、諦めきれない。

かの人は、個人HPの時代の後期くらいから生きている、時代の生き証人だ。

完成させた作品は一つだけかも知れない。

だが、時代を生きた人なのだ。

やっぱり、何とかして助けたい。

その気持ちに嘘偽りは無い。

大きくため息をつくと。

もう一度ハイクラスSNSにログイン。AIにも指示を出して、オールドクラスSNSと、ミドルクラスSNSにいないか確認をして貰う。

AIは黙々と従う。

個人の自由を妨げることがあってはならない。

そう言っていたが。

それは、私がかの人を死なせたくないと行動する事を、妨げない事にもつながる筈だ。

一番最初に見に行くのは。

ウェブ創作のファンコミュニティだ。

ログを確認。

かの人が来ていないか確認をする。

いない。

他も見ていく。

ニュースサイト。

失われていたウェブ小説が発掘されたというニュースの閲覧履歴を確認。具体的なデータは見られないが。かの人が来ていないかどうかだけは調べられる。

来ていない。

だめかと思った所で、AIから連絡が来る。

オールドクラスSNSで、ログの痕跡を見つけたらしい。

すぐにログアウト、

見に行くと。

古典的なチャット。そう、丁度最初に出会った時と同じ場所で。その人が、話をしているのを見つけた。

すぐに話しかける。

相手も此方が誰かは、分かったようだった。

「君か……」

「どうか無意味な事はしないでください」

「俺にとっての全ては失われた」

「貴方がまだ残っているじゃないですか」

何を勝手な。

相手が吐き捨てる。

実際問題、勝手にかの人の作品を持ち上げた挙げ句、勝手に失望したのは周囲だ。個人HPの時代から、大規模投稿サイトの時代まで。

幾らでも見られた光景である。

人間は極めて自分勝手な生き物だ。

勝手に期待し勝手に失望する。

個人HPの時代に創作をした人は、殆ど生き残れなかった。理由は簡単で、要求されることが多すぎたからだ。

自分の力量はこの程度、とあきらめをつけ。それで満足をしてしまうか。

どれだけ周囲の身勝手に振り回されても、それでもなんとか書くか。

自己顕示欲に直結する創作をしていて。自己顕示欲を満たせる方法を見つけられた人か。

それらくらいしか、生き残れなかった。

「俺は最期に、自分が影響を受けた作品を見に来た。 当時は馬鹿にしていた作品が、今になって見ると俺などとても及ばないと分かる事が幾度もある。 俺がはまっていた創作論が、如何に独りよがりで自縄自縛に陥らせるものかも、今なら分かる」

「それなら……」

「だからこそ俺には、例え今の氷の時代を生き残ったとしても、何も残らないことが分かるんだよ」

俺はいてもいなくても同じだ。

そう、かの人は言う。

それは事実なのだろう。

何しろ、ブームはどんどん過熱し。その過程で、大量の作品が書き捨てられていった。一部はプロになったが、それは斜陽に向かっていた出版業が行った焼き畑業に巻き込まれたに過ぎず。

見られたモノではない作品を無理矢理商業化した結果、却って業界の歪みと母集団のレベルの低さを露呈させる結果に終わった。

個人HPの時代から脈々と続いていた創作の歴史は、大規模投稿サイトの時代が終わった2020年代後半には一度沈静化し、一気に熱が冷めていくことになるが。

それも道理だろう。

「俺の作品はつまらなかった。 俺はやっとそれを認めることが出来た」

「貴方の作品を楽しみにしていた人もいたじゃないですか」

「それは俺の作品が未完のまま発掘されたからだ。 思えば、当時は完結させた作品があったにも関わらず、ロクな感想も来なかった。 要するにそれは、俺の作品がつまらないと、当時から証明されていたということだ」

事実だ。

どうしようもない事実。

そして、この人をもう止める方法は無いのだと、私は分かった。

実際問題、この人はもう二度と筆を取ることが出来ないだろう。

自分の作品が結局の所、話題性だけで持ち上げられ。

そしてその話題性がなくなった瞬間見向きもされなくなる瞬間を見た。

それに今でもなんだかんだで、創作論にガチガチに縛られているだろう。

この人の書いた創作論に関する文は、この人の創作に関する文章量を遙かに超えているのである。

そんな状態で、自縄自縛にならない筈も無いのだ。

それでも、貴重な歴史の生き証人で。

一人の人間だ。

死んで欲しく無い。

「貴方は、創作家としては凡庸だったかも知れません」

「凡庸だ」

「でも、運はありました。 その運を、殆どの人は得られませんでした」

「……俺には運しか無かった、というのが正しいな」

ならば、その運を大事にしてほしい。

かの人は、少しだけ黙ると。

やがて、疲れ果てたように言った。

「その運は、この間使い果たしてしまったよ」

通信が切れる。

そして、二度とかの人が、姿を見せることはなかった。

 

4、どうにもできない事

 

個人情報については一切知らされない。

だが、分かる事はある。

今の時代、ほぼ人間は自死処置以外では死なない。だから、新しい人間が作り出されたという情報を見ると。

誰かが自死処置を受けたんだな、と分かる。

病気はまだ可能性がある。だが、極小だ。

何しろ遺伝病ですら治せる今の時代だ。超極小の確率だが。伝染病も存在しない。何しろ人間が接触し合わないのだから。

月のコロニーで。

新しく人が追加された。

無作為に遺伝子データを組み合わされたのか、クローンなのかは分からないが。

そうか。

私の結構すぐ近くに、かの人はいたんだなと、私は思った。

何しろ、月のコロニーに私は住んでいるのだから。

そして、個人の部屋はそれぞれ完全防音仕様。

他の人間が何をやっているかは絶対に分からないようになっている。

或いは、隣の部屋に住んでいた可能性さえある。

だとすれば。

やりきれない話だった。

膝を抱える。

膨大な量の創作を読んで見て、頭の中に入れた。

いわゆる見稽古というものもあるのだが、残念ながら創作は自分でやらないとどうにもならない分野で。

ついでにいうと、自分で創作することが今は許されない。

何とももどかしい。

そして悲しかった。

ウェブにおける個人創作。

その時代の、最期の生き残りだったかもしれないのに。

ウェブでの個人創作は、ある時期を境に一気に熱量を失って行った。決定的に終わったのは世界大戦が起きたときだが。

世界大戦が始まった頃には、もうどうしようも無いところまで衰退していた。

理由は幾つもある。

世界的に人権屋が大暴れして、表現があらゆる意味で規制されていったこと。

それが商業作品だけではなく、ウェブによるファンアートにまで及んでいったこと。

ブームの加速化により。消費する側のニーズに沿った作品を書けなければ、即座に見向きもされなくなる過酷な時代が来たこと。

これらもあって、ウェブで長い時間を掛けて切磋琢磨する環境は失われ。

やがて誰も彼もが、創作の楽しさを失わされる窮屈さに嫌気が差していったのだ。

大規模投稿サイトが衰退した頃には、もうこの流れは決定的になり。

また個人HPがわずかに勃興したものの。

それもすぐに終わった。

ウェブにおけるファンアート。

それそのものが、終わらされたのである。

その結果、そもそも商業小説、商業向けのアート。どちらもが終わった。

色々な作品を盛り上げるのが、自由な空間で熱量あるファンアートである事は、それまでの歴史が証明していた。

それを封じられてはどうしようもない。

そしてファンアートの終わりと同時に、一次創作もどんどん衰退していった。

それはそうだろう。

ファンアートがガチガチに規制される世の中だ。

アレが駄目コレが駄目とどんどん追加されていく息苦しい風潮は。

当然個人が自分の好きにやっている創作にも及んでいく。

一部の国では、2020年代の初頭からもうこの流れはあり、創作をするだけで実刑を下されるようなケースもあったが。

恥ずべき事にその風潮は、どんどん加速し。やがて「先進国」と呼ばれるような国で普遍的に適応されるようになっていった。

確かにネットはスラムだ。

誰もが好き勝手な発言をする世界だ。

だがそれにしても、全ての自由を奪うことは許されなかった。

現実においても、2020年代の後半くらいから、あの悪名高い焚書が再発し。多くの本が燃やされ始めるようになった。

それから一世代で、世界大戦に突入したのは示唆的だ。

当時を生きた人は。

辛かった事だろう。

どんどん息苦しくなっていく世の中が、目に見えて分かったのだから。

そも世界中がブラック労働と呼ばれる搾取労働に苦しんでいたのに。創作の世界までその搾取と規制が及ぶ。

そんな時代が来た時点で。

人類は詰んでいたのかも知れない。

奇跡的に詰みだけは回避できたが。

それも、あくまで奇蹟の産物に過ぎなかったのだ。

ため息をつくと、ハイクラスのSNSに行く。

ウェブ創作のファンコミュニティを覗くが。相変わらず閑古鳥が鳴いていた。恐らくだが。ウェブによるアマチュアアートは、例え人類が活力の時代にまた入ったとしても、もう勃興しないだろう。

今の時代は、人権屋が跳梁跋扈し、人権を金に換え何もかもを縛り付けていた時代とは違うが。

人間が活力を取り戻し、また人間同士が直接触れあうようになったら。

どうせ同じような事を繰り返すに決まっている。

私は、個人HPからの、ウェブにおける創作の歴史を見てきた。

その歴史は、最初は同調圧力。

なれ合い。

ブームによる作風の強制。

そして最期には人権屋による検閲によって、徐々に規制が強烈になっていき。そして終わったのだ。

今の人類の、氷の時が終わった後。

また人類に飛躍の時代が訪れるかも知れない。

だがその時には、どうせまた同じような事が起きる。

それがもはや、私の中には核心としてあった。

いっそのこと。

2050年代に、人類は滅びてしまえば良かったのではないかとさえも思う。

大きな溜息が漏れる。

今も、必死にこんな凍った時代に抗おうとしている人がいるじゃないか。それを思い出す。

人類は多分今後も進歩なんかとは無縁だろう。

そんな事が出来るほど上等な生き物では無い。

実際問題、人類そのもののスペックは一切合切上がっていないのだ。事実ウェブ創作では、古代の民がやっていたような残虐行為が大喜びされていた。これは要するに、人間のオツムが石器時代から何一つ変わっていないことを意味している。

人間は殺戮と暴力が大好きなのである。

だが、それでもだ。

私は、違うものとなりたい。

ぼんやりと天井を眺めながら、AIに話しかける。

「聞いても良い?」

「何なりと」

「なんで個人HP何て勧めた?」

「それは貴方にとって、多くの知識を得ることが重要だろうと判断したからです」

多くの知識、か。

何処かのブログで見たな。

人間は、相手が気に入らない場合は、あらゆる全ての発言を否定しようと必死に頭を巡らせると。

法を守るときよりも法を破るときの方が知能が高くなると。

知識が足りなかったら馬鹿だとか言うくせに。

知識が自分よりある場合は、所詮本で囓った知識だとか抜かす。

その程度が人間である。

知識なんか、人間の群れの中で生きていくことに、何か意味があるのだろうか。

実際問題、ブラック労働全盛期にもてはやされたのは。

イエスマンとしてチンパンジー以下の知能しか持たず、言われた事をそのまま実行する暴力装置。

体育会系の人間だったではないか。

「知識なんてさ、あっても意味があるのかな」

「確かに人間は知識を個人では活用出来ない生物です。 それは歴史が証明しています」

「だったらなんで」

「この機会に、人類を変えるべく、現在AIはフル稼働でシミュレーションを繰り返しています」

天井を見つめたまま、そういう事かとぼやく。

此奴らは此奴らで。

人間が同じ過ちを犯さないように、ずっと考えていると言う事か。

ぶっちゃけどうでもいい。

私自身、後何年生きるか決めていないし。

仮に生きたとしても。

雄飛の時代を見たいとも思わない。

他の人間と関わり合いになるのは正直御免である。

今のネットは、昔ほど人間がいない事もあって。昔のように閉鎖的でもないし、治安も悪くない。

経済も存在しないから、詐欺師もいない。

だが、それでも。

個人HPから続く、個人創作の歴史は。

文字通り人間の歴史の縮図だ。

それは、参考にしろと言ってくるわけである。

半身を起こす。

少しは変われたかなと思ったけれど。

やっぱり簡単には変われないか。

今の人類が生存しているのは、先人の努力のおかげでは無い。単に運が良かっただけである。

私もそう。

単に運で、此処に存在している。

運、か。

かの人はそれを使い切ったと嘆いていたな。

私は、どうなのだろう。

こんな時代に、少しでも抗えるのだろうか。

私は見た。

習った戦乱の歴史なんかよりも、ずっと生々しく醜い人間の本質が其所には現れていた。

少なくとも人間とこれ以上関わり合いにはなりたくないと思うほどに。

そして人間は自分の手足を斬り捨てて自滅した。

いまただ偶然で生きているのは、何かの罰なのかも知れない。

溜息が出る。

何度も、溜息が出た。

「何かを創作することは許されないんだよね」

「リソースを消耗することになりますから」

「だったら、復興することは?」

「過去の何かをリメイクしたりチューンしたりするのはアリです」

そうか。

だったら、やってみるか。

キーボードを呼び出すと、オールドクラスのSNSにログインする。

そこで、コミュニティを立ち上げる。

ファンコミュニティは存在するが。

過去作品のリメイク作業をしている人は存在しない。

欠損している作品。

完結していない作品。

それらをリメイクする作業をしてみてはどうだろう。

私は呼びかける。

すぐに同意する者が現れるとは思わない。

だが、私は。

運だけで、己の全てを決めたくなかった。

 

(続)