家から出なくとも

 

プロローグ、冷えた世界

 

SNSを立ち上げる。

立体映像に触れて、OSを起動。

幾つかの操作で、すぐにSNSにつながる。

此処は月の都市だが。サーバは地球にある。しかしながら、ほんの瞬く間にSNSへの接続は完成していた。

SNSはたくさん種類があるが。

私がこれから使うのはミドルクラス。

オールドクラスのSNSは文字と画像だけ。

ハイクラスのSNSは各自がアバターを使って殆どヴァーチャルリアリティに基づいた話し合いをする事が出来る。勿論アバターを消して、透明人間になって見て回ることも出来る。

ミドルクラスはその中間。

アバターを使って、自分の思考をそれに伝えて会話させるものだ。

私のアバターは人間型だが。

人間型では無いアバターを使う者も多く。文化として、多く受け入れられていた。

22世紀になって、人類はどうにか宇宙への進出を果たすことが出来た。幾つもの紛争を経て、特に2050年代は地獄になった。

結果として資源も使い果たしかけ。その後の必死の努力により、やっとギリギリの状態で、宇宙に出る事が出来た。

だがそれまでに払った犠牲があまりにも大きすぎた。

また、凶悪な疫病も流行り続け。

カルトも結局今の時代になっても根本的にはなくなっていない。

人類はまるで進歩できていない。

それでも、人類は何とか命脈をつなぐ事が出来たのだ。

SNSと呼ばれるものは21世紀から既に発達を続けており、更に動画文化によってマスコミの存在は完全に消滅したが。

その流れは22世紀になっても変わっていない。

情報はカオスを極め。

真実など誰にも分からない時代が続いている。

一方で勝ち組と言えるほど豊かな人間は存在せず。

誰もが政府の管理下で、限られた生活をしている状況が続いていた。

そもそも外出するな。

それがAIによって構成された人無き政府の方針である。

別に家の中にいても生活は出来る。

今の時代はそういうものだ。

コロニー暮らしの人間と、地球暮らしの人間がネットで通信することも難しく無い。今では月との交信だって簡単なのだ。

現在火星まで勢力を広げている人類は、超光速通信を実用化させ、何とか資源の確保に躍起になっているが。

残念ながら、飽食の時代ほど誰もが豊かには生きられない。

幸い社会の1%が99%の富を独占するなどと言う時代は21世紀の中盤には終わりを迎えたが。

それは逆に言うと、AIによって完全管理された人類が、細々と皆で物資を分け合わないといけない時代の到来を意味もしていた。

だから、今でも人類は。

SNSを嗜んでいる。

アバターを動かし、彼方此方を見て回る。

トレンドになっている話題を見るが、どれもこれも信憑性が薄い。

AIによって管理されている今の時代だが。

AIもこういった個人の精神的な自由を規制するつもりはないらしく。SNSはカオスの坩堝と化している。

ニュースには騙される方が悪い。

だが、ニュースに騙されても実害は無い。

昔は、ニュースに騙されてカルトに落ちる人もいたらしいが。

今はカルトは厳しく監視されていて。

下手な勧誘作業をすれば、すぐに逮捕される。

個々人が殆ど、産まれてから死ぬまで家から出ない時代である。

それもまた、当然なのかも知れない。

地球上の銅はとっくの昔に枯渇。その他の重要資源もかなりの数が枯渇している。

現在は、「偵察衛星」と呼ばれるキャプチャ用の衛星をアステロイドベルトまで飛ばし。

アステロイドベルトに浮かぶ小惑星の軌道を変えてそれぞれのコロニーや地球圏まで飛ばし、資源確保をしているが。

その話題がかなり多い。

銅は失われて始めて人々に価値が認知されたが。

高い電気伝導率を持ち、加工しやすい便利な金属であり。

地球で資源が枯渇したのは致命的だった。

今では多くの小惑星から銅を採掘しているが。

地球の廃墟になった都市から、自動的に銅を回収しているロボットもある。それらの情報も、SNSには流れてきていた。

何でも今月に向かっている、キャプチャした小惑星にかなりの銅が含有されており。

生活が豊かになるかも知れない、というものだ。

アステロイドベルトは昔太陽系が出来る頃に砕かれた星の名残らしいのだが。

それに頼らないと、現在の地球では資源が足りない。

金星の開発はまだ中途段階。

火星はテラフォーミングに手間取っており、まだ人工衛星から環境の調整を行っている段階だ。

更に言うと火星はテラフォーミングに成功しても、アフリカ大陸程度の土地しか確保出来ないとされている。

かといって金星は灼熱と高圧の地獄の星だ。

此方のテラフォーミングには更に時間が掛かるだろう。

木星は論外。

資源は取れるかも知れないが、まず地球から遠すぎる。

資源が尽きた地球は、人口を抑制し、環境を保全しないとあっと言う間に砂漠になり果てる。

人類は詰みからなんとか抜けただけで。

まだ問題だらけなのだ。

ふと、奇妙なニュースを見かけた。

面白い奴がハイクラスのSNSにいるというのだ。

今は、動く時代じゃない。

眠るわけにも行かない。

システム等の最低限の監視は誰かがしなければならないし。こんな状況でも、資源などのコントロールはやる必要がある。

現在社会を動かしているAIも、あまりにもまずい場合には人間の手でシャットダウンする事が出来るようになっている。

そういう意味では、人間は最低限は動かなければならないのである。

ただ人間は前線に出ない。

前線に出るのは全てロボットだ。

ロボットを遠隔で操作して、実作業はやらせる。

その作業そのものは、家から最小限の労力で出来る。

むしろ下手に出歩かれると、たくさんのリソースを消耗してしまう。だから、家にいて欲しい。

感染症などが拡がると大変だ。

20世紀初頭、21世紀初頭などには、凄まじい被害を出す流行病があった。

これらには人類は対抗策がなく。

いずれも想像を絶する被害を出した。

だから、どうせ家からは出られない。

ただそれも、ネットを使えば話は別だ。

ハイクラスのSNSに接続。猫のキグルミのアバターを使う。アバターだから、実際にはキグルミの中身は全てデータだ。脱ぐことが出来ないキグルミであり、キグルミでありながら自分自身である。

感覚などを同期。

後は、そのまま意識をネットにつなぐようにして、ハイクラスSNSに入る。

ハイクラスと言っても別に入るだけで料金が掛かる事は無い。オールドクラスとの差は単純化されているか否か。それだけだ。

流石に若干重いが、今の時代のネットの回線能力なら接続はすぐだ。

昔から使っているアバターを用いて、周囲を見て回る。

此処なら。

狭苦しい現実と違い。

重力を気にする必要もなく。

現実とは一切異なる、広々とした空間を、好き勝手に飛び回ることが出来る。

何なら姿だって人間では無くても良いし。

気に入らない奴はブロックして視界から排除することだって出来る。

言葉すらいらない。

コミュニケーションツールは幾つか用意されているが。

言語を使う奴はあまり多く無い。

近年は古くは「エモート」と呼ばれた感情表示機能が極限まで進化していて。それだけで会話をする人も多くなっている。

気に入らないならブロックしてしまえば良いし。

ハイクラスSNSの内部にある仮想空間において、店などは存在しているが。

基本的にガードが堅すぎて、ものを盗んだりすることは不可能だ。

昔はハッカーなどが猛威を振るった時代はあった。

だが今ではそれは無理。

一個人でどうにか出来る障壁ではなくなっている。

更に言えば、人間が無数に群れる時代も終わっている。

そういう事だ。

だいたい犯罪をしてもすぐに発覚するし。何よりも発覚したら自宅からほぼ出られない現状、即座に詰みである。

店などを見て回りながら。

面白い奴、を見に行く。

何カ所かのポータルサイトをくぐって、雰囲気が違う仮想空間を経由して移動。

いきなり目的地に飛んでも良いのだが。

ちょっとした旅行気分だ。

仮想空間といっても色々。

あえて古めかしいポリゴンなどを目立つように作っている場所もあるし。

現実と何ら見分けがつかないようにしている場所もある。

ころころと雰囲気が変わるので。

家でぼんやりとしている時に比べると。

わくわくが刺激される。

現実の地球は。

既に資源を使い果たして、もはや人間の文明は死んでいる。勿論観光資源なども存在していない。地球に残っているのは移動させられない量子コンピュータなどのインフラと、わずかなその維持システムだけ。ほんの少しだけコロニーもあるが、コロニーから出れば確定で死ぬ。

都市機能などは大急ぎで宇宙に移したし。

文化遺産なども、解体した後宇宙で組み立て直し、今は保存されている。

地球に直に行く、等と言うことはもう誰も考えない。

此処こそが。

遊びに行く場所。

そして仕事量が少ない今は。

既にあるこういうリソースを、如何に楽しむかが。

人々にとっての重要事なのだ。

目的地についた。

さて、どうかなと思って様子を見ると。広大な仮想空間に、かなりの数のアバターが集まっている。

勿論、そういったアバターが集まっているだけで。直接接触はしなくてもいい。

要するにこの仮想空間内にどれだけのアバターがいるかが表示されているだけで。

直接接触するしないは個人の勝手。

私はそもそも表示さえしていないし。

殆どの他のアバターもそうだろう。

見ると、広大な空間を使って、ゲームをプレイングしているアバターがいる。なるほど、あれが面白い奴か。

見かけは21世紀くらいに流行っていたような、ヒラヒラの服を着た人間。

この手の流行りは数年おきに変わるので、現在でも本格的に研究した人間でないと、いつの流行りかはまず分からない。

私の場合は、21世紀の日本の流行りだろうなとぼんやり分かるくらい。

さて、その面白い奴を見ていると。

確かに驚異的なゲームのスキルだ。

見た事がある。仮想空間を使った高難易度ゲーム。

元々は、21世紀に作られたゲームを、仮想空間向けに調整しただけのものらしいのだが(そういうリソースの使い方はよくある)。その結果、超高難易度にまで上がってしまったらしい。

そんな高難易度ゲームを。

軽々と突破……はしていない。

高いスキルを持ちながらも、苦戦しながら。

悪態一つつかず、楽しそうにプレイしている。

軽くログを見ている。

エモートを見てみると、殆どが好意的なエモートだ。

また、障壁が張られていて、実際にゲームをプレイしているアバターには直接接触は出来ないが。

その代わり相手側も此方のエモートや、発言ログなどは見ている。

ただあの集中具合からして。

恐らくは此方の発言など見てはいないだろうが。

難敵で知られるボスが出てきた。

二人一組の鎧姿で。一目で強いと分かる。

私も知っているほどの有名なボスで。

一人を倒すと、もう一人が全快した上にパワーアップする筋金入りの凶悪ボスである。

このゲームは、古い時代に存在した「死にゲー」と呼ばれるジャンルの作品で。

死にながら覚えていくのが当たり前のゲームである。

プレイしている奴も、流石に緒戦は為す術無く敗退するが。

全く気にする事などなく、第二戦に突入。

ダメージ描写も、軽くチューンされてリアルになっている。

だが、それが何だというのだという動き。

腕を落とされようが、頭を潰されようが。

まるで気にせず第三戦開始。

ほそっこい体で、ヒラヒラの服を纏い。姿と裏腹の巨大な武器を振り回して、満面の笑みで鎧姿のボス二体と、真っ正面からぶつかり合っている。

この手のゲームは守りがとても大事になるのに。

守る事を殆ど考えず、とにかく徹底的に攻めに攻める。それだというのに徐々に戦況が良くなっていく。

第六戦が開始された頃には、もはや鎧姿のボス二体を同時に相手にしながら、相手の動きをほぼ見きり始めていた。

周囲のログが、面白がっているものから、徐々に驚愕へ変わっていくのが分かった。

大体どんなゲームプレイヤーでも、舌打ちや罵詈雑言を吐いたりするものだが。どれだけ理不尽な難易度に直面しても、まるで平然としている。

むしろ強い相手と戦う事を楽しんでさえいる。

空間に流れている多数のログ。

どれもこれもが、やがて驚きと恐怖を感じるものへと変わっていった。

程なく、二人組のボスの一体が倒され。

そうなると完全に形勢が逆転。

残りの一体は、プレイヤーよりも更に巨大な武器を手にしていたにもかかわらず、見て分かる程パワー負けし。

巨大な武器を振り回しても殆ど当たることがなく。

一方的に嬲られ。

殆ど間もなく膝を屈していた。

しかもログを見て驚く。

これ、初見プレイである。

このゲームは熟練のプレイヤーでも苦戦する仕様なのに。

元々のゲーム適性が恐ろしく高いのだろう。

嬉々として戦利品を漁るプレイヤーを観戦している者達は、ログを見る限り、皆もう笑ってはいなかった。

返り血やら何やらを、回復機能で綺麗にすると。すぐに次のマップに挑む。

初見殺しのトラップ塗れのゲームだ。

このレベルのプレイヤーでも普通に死ぬ。

それでも全く驚くこともない。

むしろ初見殺しを見せてきたときには、大喜びしてそれに対応している。

なるほど、これは面白いと言われるわけだ。

一旦ハイクラスのSNSからログアウトする。

そして、感覚の共有などを遮断。

現実の部屋に戻ってきた。

さっきのゲームプレイを確認すると。もう十時間以上ぶっ続けでやっている。驚異的な体力である。

しかも、疲弊してくるとどうしても人間は地が出る。

そんな状態で、興奮することもなく、悪態もつかず。笑顔のまま、淡々と戦い続けている。

凄まじい有様だが。

どうもこれが当たり前であるらしい。

ちなみに彼処で表示されていたのは、過去の動画であるらしい。

近年は、SNS内で時間加速をすることも出来る。

興味が出てきたので、さっきのゲームのプレイの様子を。ミドルクラスにSNSを変えて、其所で視聴してみた。

ミドルクラスはハイクラスほど現実とリンクしない代わりに、文字通りの拡張現実の強みを生かせる。

時間を加速して、長時間の作品を一気に見たり。

或いはぼんやりと漂うには向いている。

それも、アバターと完全一体化せず。その気になったらフレキシブルに色々変えられるのが強みだ。

ハイクラスだと仕組みが複雑すぎて、こうはいかないので。

ミドルクラスを愛用するSNSユーザーは、中級者以上が多いと言う話もある。

私の場合は、そこまででは無いが。

とりあえず動画を探し出して見てみる。時間加速をして、何回かに分けて。

どうせ時間は腐るほどあるのだが。

流石に等速で見ていると、こっちが疲れるからだ。

数回に分けて、驚異的なプレイイングを続けた挙げ句。ラスボスも隠しボスも全て血祭りに上げるプレイヤー。

それで終わりにして、満足したようだ。

そして、アーカイブを確認して驚愕する。

似たような感じで。

古くから現在向けにチューニングされた高難易度ゲームを、片っ端から攻略しているらしい。

どれもこれも名前を聞いたことがある高難易度タイトルばかりだ。

はあとため息をついた後。

ふと、気付く。

指摘があった。

どうやらこれは、古い時代に存在したある種のプレイヤーの、コピーをしているか。再現動画では無いか、というのだ。

一時期、高いトークスキルやゲームスキルを持つ人間が、一種の芸能活動をする事が動画サイトなどで流行った事があると聞いた事がある。あまり詳しくは知らないが、21世紀の初頭だった気がする。

これらの人間は、技術の進歩によっていずれSNSのアバターの波に呑まれていったが。

今でも出来が良い動画などは拡散され、鬱屈した人々に楽しみを届けていたりもしている。

それで漠然と知っていたのだ。

新しい娯楽がなくなった今。

昔の娯楽を引っ張り出してきて、それを楽しむ事は。ローコストでむしろ健全な事とされているのだから。

それどころか、政府から推奨までされている。

もしも、そういった動画の、現在的な再現動画だとしたら。

ちょっと興味深い。

私は、その事について。

もう少し深く調べて見ることにした。

 

1、海に潜って財宝を探す

 

私は、現実の人間としては肉体を16で固定している。実年齢はそれより8つ上。老化作用の防止やアンチエイジングについては、21世紀には技術が開発されたのだ。

ただ、それはあまりにも遅すぎた。

その時には、殆どの人間が息絶え。

資源は限界を迎え。

必死に進められる宇宙開発を、生き残った人間達が、呆然と見上げているだけだった。

それだけ、21世紀は過酷な時代だったのだ。

私自身は22世紀になってから産まれたが。21世紀に産まれて、今も宇宙で生きている人はたくさんいる。

何しろSNSはどんなに頭が古くても簡単に使えるようにローカライズされているので。

そういう人とかち合うケースはある。

ただ、直接コミュニケーションを取ることは滅多にない。

エモートをかわしたりログを見たり、それだけだ。

起きだすと、時計を確認。

狭い部屋だ。

何処に出るでもない。

支給されている、決してまずくはないメシを食べる。栄養については保証済み。人間が激減し。大半の人間が一つの部屋に籠もって暮らしているこの時代。食糧の供給はきちんと行われている。

人間が少ないから出来る事だ。

そして、それから仕事を軽くする。

今やっている仕事は、超光速通信でアステロイドベルトで稼働するロボットを制御するサーバにつなぎ。

其所でロボットを操作して、適当な資源衛星を見繕うこと。

資源衛星でいいのを見つけたら、たくさんあるコロニーや月などにある街の資源状態を確認。

足りていないような資源がある場所と連絡を取り。

其所へ飛ばす判断をする。

その後AIにより決済が行われ。

ロボットが噴射装置などをつけて資源衛星の軌道を変え。そして目的のコロニー近くまで飛ばす作業をする。

一連の作業には「探す」「受け取る」の段階で人間が関わっているが。

決済の段階で、人類の政治を管理しているAIが関与する。

AIは奇跡的に、人間が悪さを仕込めない良い物が出来た。というよりも、悪意が入り込む隙が無かった。

現時点で私は困っていないし。

実際に受け取る側の人間ともSNSで接触するが。ログなどを見る限り、不満を零している様子は無い。

激減した人間が、必死に状況を改善しようとしつつ。リソースを消費しないように静かに暮らす。

矛盾しているとも思えるこの世界だが。

案外上手く行っている世界なのかも知れない。

太陽系に進出した人間が永遠に殺し合いを繰り返していたり。

外宇宙に出た人間が、銀河規模の文明になっても殺し合いを繰り返していたり。

そういう文明では無いのだ。

いずれ、資源が充分になったら、また人間はそうなるのかも知れないが。

少なくとも今の時代は快適だ。

昔はどうやってもあわない人間と、無理に顔をつきあわせ。ストレスを溜めながら、血反吐を吐きつつ労働していたと聞いている。

事実、「過労死」という現在ではあり得ない現象が多数発生し。

そうでなくとも、労働の結果廃人になるケースがいくらでもあったそうだ。

現在では、人間は遺伝子データを無作為に掛け合わせて作られ。

それぞれが個別に他者とは接することなく小さな部屋で暮らすが。

それをディストピアだと批判する者もいる。

だが仕事自体はとても楽だし。

食事も娯楽も提供されている。娯楽も好きなものが幾らでも過去のリソースの中に詰まっている。

これと、危険なエナジードリンクをガブ飲みし体をボロボロにしつつ働くのと。どっちがマシなのだろう。

人間的な生き方がどうのこうのというのは簡単だが。

私には、どっちがマシという判断は出来ないし。

人間を文字通りすり潰し過労死させながら金持ちだけが好き勝手する社会がマシだというのなら。

人間は地球を出られず滅びていただろうとも思う。

いずれにしても、今日分の作業は終わり。

基本的に、一瞬一瞬で人間が判断しなければならない仕事は現在存在せず。そのため夜勤やシフト勤務という、聞いただけでぞっとするような仕事は現在は無い。犯罪も起きようがないので、警察も自動化されている状態である。

だから、仕事も楽。

一方、何もするなと言う風に言われているのも、今の社会。

人間にすることは。

膨大な過去の娯楽リソースを楽しむ事だけだ。

私はあくびをしながら、オールドスタイルのSNSを見る。

現在、三種のSNSはしっかり別れているが。基本的に各人はそれぞれの用途に分けてSNSを用いている事が多い。

古いゲームを行う場合などは、オールドクラスのSNSに貯蓄されているゲームデータをそのまま落としてきて使う事が多いし。

カスタマイズした仕事をするときは、ミドルクラス。

感覚をまんま仮想空間に送って、リアルな体験をしたいならハイクラス。そう分けながら利用する。

今日は、過去の膨大なログを調べるために、オールドクラスのSNSに接触。

此処には、20世紀の後半に稼働した頃からの、インターネットの膨大なデータが記録されている。

数日を掛けて調べていったが。

やがて、見つけた。

これだ。

vtuber。

21世紀の序盤から、動画文化というものが存在した。

ゲームプレイを動画にして流すもので。これに実況などをつける事が多く。また、様々な作品のキャラクターを用いて、二次創作を行う事もあった。

これらが様々な独自文化として変化していく過程で。

現在のアバター技術の元となる、プロがデザインしたキャラクターをモーションによって動かすテクノロジーも作られ。

普及していく。

当初は、職人芸が要求される極めて難しいものであったのだが。

やがてそれらは洗練され。

モーションを取り込んで美麗なキャラクターを動かす事が出来るものが出来るようになって行った。

また、この頃からマスコミの信頼が地に落ちていたこともあり。

テレビ離れが進み。

動画文化はそれに反比例するように拡大。

このvtuberという存在が出始めた頃には。

既にテレビの影響力と、動画サイトやSNSの影響力は、完全に逆転していた。

そんな中産まれたのが。

高いトーク力を武器にその当時既に「タブー」ではなくなっていた、ゲームなどの視聴者が楽しめる娯楽を実況するvtuberである。

ただ、調べて見ると、決して楽な仕事では無かった様子だ。

個人でこのvtuberをやっている者もいたが。

そういった者達は、個人の技術では極めて過酷なガワの作成や動画の作成などを全て実行し。

その上で高いトーク力を発揮しなければならなかった。

勿論内部での陰湿な人間関係などの構造もあり。

更にモラルが最悪の客と、最前線で接しなければならないという事もある。

ちょっとしたことで「炎上」と呼ばれる騒ぎにも発展する。

更に更に。vtuberを趣味でやっている者は兎も角、事務所などと契約しながら行っていた者は相当な搾取に晒されていた様子で。

当時は一種の投げ銭が行われ、それが収益になっていたのだが。

その収益の八割を事務所に取られるという、水呑百姓も驚きの搾取に晒されていたようである。

ところが。この時代も長くは続かなかった。

ネットというものは、良くも悪くも凄まじい技術を持つ「有志」が存在するもので。

モーションキャプチャーなどでキャラクターを動かすテクノロジーは、加速度的に手軽かつ安くなっていき。

搾取による過重労働でvtuberをやっていた人間達が、どんどん搾取から離れていった事もあり。

搾取の構造そのものがなり立たなくなった。

やがてアバター技術が高度化していく過程で。

誰でもその気になれば片手間にvtuberになれるようになった。

それと同時にプライオリティは消失。

2010年代後半から文化として拡大し続けていたvtuberは、やがて2030年代初頭には姿を消した。

なお、名物実況者として残った者もいたが。

そう言った名物実況者は今でも語りぐさになっている。

この間見たプレイ動画の主は。

そんな生き残ったvtuberの一人。

名物実況者の一人の、往年のプレイングを。最近のハイクラスSNSで遊ぶゲームに落とし込んだものだった様子である。

オールドクラスのSNSには、膨大なvtuberのログも出てくる。

デザインが多種多様で、人間型やそうで無い者もたくさんいる。

その中から、プレイスタイルなどが近い者を絞り込んでいき、腐るほど余っている時間の中で見つけた。

どうやら、この人であるらしい。

凄まじいプレイ動画である。

悪態もつかずに高難易度のゲームをプレイしている彼女は。

魔王と呼ばれていた。

 

一度、作業を中断してぼんやりする。

生まれた時から常に健康診断を受けているに等しい今の人類は、部屋そのものが健康を管理している。

だから時々指示されるのだ。

過重労働になっているから、この時間休むようにとか。

また、食事の栄養も各自に会わせてカスタマイズされる。

味の好みも、部屋が分かっている。

昔は手料理云々があったそうだが。

今は手料理より遙かに技量が高い部屋料理が出てくる時代だ。

それでも、趣味で手料理をしている人はいるようだが。

それはあくまで趣味。

外出自体がまずない今の時代。

料理に金を払う理由など、一つも無い。

ぼんやりと横になっていると、ベルが鳴る。

自動で検索を掛けていたのだが、それが終わったのだ。

今の時代、オールドクラスのSNS全域に検索を掛けると、相応に時間が掛かってしまう。

SNSが現在のように三分化したのは、2080年代の前半で。

逆に言うとそれくらいまでは、オールドクラスのSNSは健在だった。

人間のあらゆる生活空間にSNSは噛んでおり。

戦争が起きたときも、疫病が起きたときも。

SNSに誰もが頼った。

これが三分化されることによって、人間がSNSを制御する事に始めて成功するようになったのだが。

それまでのカオスの歴史が全て詰まっていることもあって。

検索は今の技術でも時間が掛かるのである。

調べていたのは、今ハイクラスで、誰が「魔王」を再現しているか、だ。

今の時代は、それぞれに渡されている小さなリソースを活用するだけで、簡単にハイクラスにオールドクラス時代の技術を持ち込む事が出来る。

あのプレイ動画の完成度は高かったが。

昔と違って、選ばれた超人だけに出来る事ではなくなっているし。

何ならサポートツールすらある。

また、過去のリソースを消費することは、現在は無制限に行えるようになっている。

理由は簡単。

商売にならないからだ。

現在、商売というものすらがほぼ無くなっている。

未来には、或いは過去のリソースに触れる事が、また有料になるのかも知れないが。

現在は各自に生活のためのリソースが割り振られ。その中で可能な範囲での労働が行われる……行わされる時代が来ている。

もう一つあくび。

髪はもう床まで伸びている。

そろそろ切っても良いのだが。別に洗うのは全自動でやってくれるし。清潔には保ってくれる。何しろ移動する事が殆ど無いので踏むこともない。それでいながら、自動で筋肉などに刺激を与えて、運動不足にもならないようにしてくれているので。歩くのも移動するのも問題は無い。

飽食の時代と言われる時代の人々ほど背は高くない。

これは栄養が各自適切な量だけ与えられているからだが。

まあ、それは仕方が無い。

部屋の中を意味もなくうろうろした後。

どっかと胡座を掻いて座る。

面倒くさがって服を着ない人もいると聞いているが。

私はきちんと服は着ている。

勢いよく座ると、たまに髪の毛を巻き込むので大変だが。

そういうときはまあ自分が悪いし。

痛みも感じない生活というのも何なので。

それも悪くないと思っている。

今日はもう仕事もないのだ。

また、ハイクラスのSNSに様子を見に行く。

また例のプレイヤーの。vtuberのプレイングの再現動画が上がっていた。

前よりかなり人が増えている。

とはいっても、ログでそう判断しているだけ。

仮想空間に人がみっちり、と言う事はない。

仮想空間の良い所は他人を排除できる事。

ログだって、その気になれば消す事が出来る。

過去の人類は、訳が分からないほどぎゅうぎゅうに電車とか言う乗り物に詰め込まれて、毎日通勤し。其所ですり切れるまで働いて、すり切れたら捨てられていたそうだ。勿論そんな状態では陰湿な虐めが流行るのも当たり前だろう。

一人でぼんやりと、動画を見る。

キグルミの姿のまま、向こうを見ていると。

向こうがこっちを見た気がする。

たまに、理不尽な事があると。

どうも此方を見てくるような気がするのだ。

気のせいだろうか。

ログを確認して見ると。確かに此方を見た、というタイミングで。恐怖のエモートが大量に流れている。

それだけではなく、恐怖の感情も多数見受けられた。

だとすると、意図的な演出なのか。

今件のコピー魔王がプレイしているのは、戦国時代日本っぽい世界観の作品で。妖怪とか忍者とかも出てくるトンチキ世界観だが。

それはそれとして、ゲームの完成度は高いし。

人間が弱いというとそうでもなく。

妖怪が幾らでもいる世界でも、人間は当たり前のように暴れ狂っている。

そんな世界観のゲームで、そんな妖怪も人間も、コピー魔王は嬉々として蹴散らしていた。

勿論やられることもあるが。

舌打ちもせず。

嫌がりもせず。

怒ることもなく。

仮に動揺したとしても、キャンキャン悲鳴を上げることもなく。

ゲームそのものを楽しんでいる。

巨大な敵を実に楽しそうに屠った後。

配信が終わる。

周囲のログも、一気に静かになっていった。

「コピーだとしても面白いな」

私が呟くと。

そのログを誰かが見たのか。

波紋のように拡がる。

「vtuberのコピーだという噂はあるが……」

「ああ、俺も聞いた。 昔魔王って言われていた人のコピープレイ動画らしい。 単純にプレイ動画を現在版に会わせてチューンしているのか、それとも実際に誰かが再現しているのかは分からないが」

「中に人がいる?」

「可能性はある。 実際、今でも物好きにはいるからな。 過去の娯楽を再現する奴が」

ログを見ていて、目を細める。

単純にコピープレイ動画だと思っていたが。

誰かが再現している可能性がある。

その可能性は想定していなかった。

とはいっても、現在のSNSはプライバシーがほぼ完璧に守られている。ハッカーというものはもう存在しないが。仮にいたとしても、絶対にセキュリティを破るのは不可能である。

誰が再現しているのかは、分からない。

ログに私が落とした言葉は、

湖面に拡がる波紋のように。

どんどん拡がっていく。

「調べてきた。 確かにモデルのvtuberが実在するな。 驚異的なプレイイングで、当時から驚かれていたらしい」

「現在は過去のリソースを消費することはむしろ推奨されているからな。 別に完コピしてもそれは悪い事では無いが……」

「何だ、気になる事でもあるのか」

「いや、再現するのが大変だろうと思った」

その通りだ。

それは私も思う。

驚異的なプレイングである。技術で再現するのは可能だが、ゲームプレイで細部まで再現するのは果たして楽なのか。ましてや中に人がいる……つまりハイクラスSNSで誰かが実際にゲームをプレイしているとしたら。

ちょっと分からない。

興味が出てきた。

ログの保存を、サポートAIに指示。

この周辺のログを、ざっと保存して貰う。

戻ろうと思ったら、即座にまたゲームプレイが始まる。

さっきから、殆ど時間が経っていないのに。

しかも、今度は運動とゲームを一体化させたタイプのものだ。

現在は、手だけを使うゲームはオールドクラスのSNSで遊ぶ、いわゆるヴァーチャルリアリティで遊ぶゲームはハイクラスのSNSで遊ぶと棲み分けが出来ているが。

これは古い時代、運動とゲームを一体化して、健康的に遊ぶ事を目的として作られた作品。

それも、見た目と裏腹に負荷がえげつない作品である。

それを嬉々として始め。

加速して確認すると、7時間以上やっているのを見て、絶句するログが続出した。

「コピー動画なら分かる。 確か元の人もこういう超人的な存在で、それで魔王呼ばわりされてたからな」

「マジか」

「マジだ。 海外でも噂になって、深淵の女王とか言われていたらしいぜ」

「ハハハ」

笑いと言うよりも、乾いた笑いと恐怖が混じっている。

深淵の女王か。

確かに凄い。

古い時代、いわゆる二次元趣味の人間は、オタクと呼ばれて迫害された時期があった。この迫害は苛烈を極めたと聞く。

だが、勘違いされやすいのだが。

別にオタクは運動嫌いだった訳では無い。

例えば、このコピー元の人は、間違いなく分類としてはオタクだろうが。マラソン選手並みの体力を持っていた事が確定である。

また、同時代にいたレスリングの無敵と言われた女王は、オタク達にとても愛されていたと聞いている。

そういうものだ。

色々興味深い。

一度ログアウトして、戻る事にする。

ちょっと興味が湧いたので、本気で調べて見ることにした。

ハイクラスSNSから出た後、融通が利くミドルクラスのSNSに移動。

此処では私は、現実世界の姿とあんまり変わらないアバターを使っている。ただ髪だけは邪魔なので、編み上げるようにしているが。

時間加速を使って、ログを解析してみる。

例の「面白い奴」ことコピー魔王が出現するようになったのは、実時間で30日ほど前だそうだ。

最初はブランクの仮想空間を誰かが使って、ゲームプレイをしていると言う話だけだったが。

そのゲームプレイが凄いと言うことで、すぐに話題になっていった。

話題は波紋のように広まっていき。

やがて私の耳に届いた。

話題拡散の過程での情報を精査する。

また、あの空間で流れていた動画についても確認して見る。

なるほど。

分かってきた事がある。

元になった人は、普通にトークなどもしている。また、共同企画などもやっている様子だ。

そういった動画については再現していない。

コラボした人などの分も、キャラクターを引っ張ってこなければならないから、なのだろうか。

いや、どうにもそうとは思えない。

分析をしている内に、AIが警告してくる。アラームだけだから、内容は分からないが。

ため息をつくと、ログアウトした。

「ストレスが増えてきています。 お風呂に入ってリフレッシュしてください」

「わーった。 すぐにする」

「……」

AIと会話する人は多いのだろうか。

私は少なくとも、たまに気が向いたら返事をするくらいだ。

面倒な生理機能などは、カットしてしまっている人も多い。体に負担が掛からないように、カットしてしまうことが出来るのが今の時代だ。

男性も女性も性欲には生涯悩まされるものだが。

私はもう面倒くさいので、その辺りはカットしてしまっている。

これは自分の意思で任意に出来、更にはその気になれば復活させる事も出来る。

老化をコントロール出来る時代だ。

それくらいは難しく無い。

風呂に入って、体を綺麗にすると。

夕食が出てきた。

好みを考慮しながら、きっちり栄養面にも配慮した夕食が。

なんというか、完全な管理であり。

ディストピアだと、怒る人もいるかも知れないが。

過去の画像を見る限り。

満員電車に乗って会社に行き、上司のご機嫌伺いをし、すり切れるまで働くのと今ではどっちがましかというなら。

今がマシだと私は答える。

学校の映像も見たが、酷いものだった。

あんな場所に行くくらいだったら、即座に死を選ぶ。

陰湿な虐め、スクールカースト、女子の閉鎖的なグループ、嬉々として弱者に暴力を振るう者達。部活と称するものに至っては、殆ど強制収容所の労働では無いか。

今の時代はあまり人間にとって良い時代では無いのかも知れない。

だが、自分のペースで生きられる時代という意味では。悪くないとも私は思っていた。

 

2、限りあるリソース

 

仕事をする。とはいっても、人間がしている仕事の大半は今はロボットも自動的に行っている。

望めば一切仕事をせず暮らす事も可能らしい。

また、ロボットも、人間の負荷を減らすため。

最悪の場合、人間全員が動けなくなったときも。仕事を全て代用できるようにはなっているようだ。

ロボットに対して人間の権限は絶対的に上だが。

それでも判断ミスにつながる場合、AIから指示が出る。

この世界では権力者や金持ちはおらず、皆横並びだ。

無意味な権力闘争で人間のリソースを消耗しないようにするためである。

仕事が終わったので、住んでいる月コロニーの備蓄、消耗などを確認。

水や食糧は大丈夫。まあ、別に私が確認しなくても大丈夫だが、念のためだ。

水については完全なリサイクルが可能な時代になって来ている。

食糧はコロニー内のプラントで作っており。

これもたまに仕事をしている人がいるが遠隔でやっているし。

殆どは全自動だ。

糞尿なども此方の食糧プラントに肥料として回されているらしいが。詳しい仕組みについてはまだ目を通していない。

電力については、宇宙空間に出たことでほぼ完全効率の太陽光発電が出来るようになった上。

各コロニーには原子炉がついている。

それは当然核融合炉である。

現在の技術なら、核廃棄物を大量に出す核分裂炉では無く、核融合炉を作成出来る。此方も燃料面では問題が無い。

だが。

それ以上のもの。

新しいものを作ったり。新しい技術を作り出すための試行錯誤をするためには、決定的に物資が足りない。

現状、出来ているのは物資備蓄を「微増」させるだけで。

ほぼ横ばいの状態である。

この備蓄の物資は、当然老朽化設備などの補修や、それを行うロボット。人間が増えた場合の調整などに行うもので。

浪費する余裕など殆ど無い。

21世紀末の地獄を生き延びた今の人類には。

そんな事をするのは、許されないのかも知れない。

地球は今でも滅茶苦茶な状況だし。

人類が生きていると言うだけで恥ずかしいと、当時を知る人は言うこともある。

人間は、今は。

ともかく、リソースを可能な限り消耗せず。

過去のリソースを娯楽に。

生き残る事だけを考えていかなければならない。

発展の時代では無い。

未来のために、力を蓄える時代なのだ。

それは最初に、誰もが教えられる。

そして実際問題、様々なデータを見る限りそれは事実だ。

もしもだが。

エイリアンとかが攻めてきたら、もう人類はひとたまりもなく滅ぼされてしまうだけだろうが。

幸い、そんなものは攻めてくる様子も無い。

銀河系に文明を築くまでに至った種族が他にいても不思議では無いが。

或いは地球になんぞ、興味も無いのかも知れない。

仕事が終わった。

探査範囲に良い衛星はなかった。

これでも自分で操作するロボットは、相当広範囲を調べているのだが。アステロイドベルトと言っても、実際には大量の小惑星が隙間無く浮かんでいる訳でも無いのである。

中には直径三十qなんてものもあるにはあるのだが。

有望な小惑星はどんどん狩っているし。或いは将来に備えて、順番に既に切り出しと送り出し(分解して各コロニーや都市に送る作業)が行われている。

今私がやっているのは。

そこら辺に浮いている小惑星をいちいちスキャンして、良さそうなのがないか調べる作業である。

今日は収穫がなかったし。

別に無かったからと言って、生活が変わるわけでもない。

物資がギリギリのコロニーは今のところはなく。

平等に物資が行き渡っている結果、どこも「微増」で落ち着いている。

まあ何処の生活も私と大差ないだろう。

あくびをする。

仕事の後は、いつもあくびが出る。

仕事をせずに、ずっと寝て起きてを繰り返している人もいるらしいが。

それも貴重な遺伝子だ。

自殺がしたくなれば、幾つかの面倒な手続きの末にやってもくれる。

こういう生活に尊厳がないと感じる人もいるらしく。

そういう人は、自死処置をする事もあるらしい。

私は、そうしようとは思わないが。

ハイクラスのSNSにつなぐ。

何となく、また例のコピー魔王を見に行きたくなったのだ。

幾つかのポータルサイトを経由して到着。

今日もまた、ハイクラスのSNSに合わせたゲームをやっているのが見えた。

今日やっているのはホラーゲームのようで、見ている側がぞっとするようなシーンもあったのだが。

プレイしている人。或いは単純に元の動きをコピーされているだけのプログラムは。

淡々と、悲鳴一つ動かさず、和やかな実況すらしながら幽霊やらゾンビやらを余裕を持って捌いていた。

死ぬ事も当然あるが。

それでも何一つ悪態もつかず。驚異的な速度でそのゲームに順応していく。

調べて見ると、2020年前後から爆発的に増えていったvtuberという人達には、ゲームのプレイスキルが高い人が多く。

今見ているコピー魔王の元になった人を更に超えるスキルの持ち主もいたらしいのだが。

それでも充分に上手いと私も思う。

これでもゲーム視聴には一家言ある方なのだが。

充分に最上位層のプレイヤーに食い込んでくる。

これ以上の技量を求めるとなると。

恐らくだが、ゲームに人生の全てを突っ込む必要が生じてくる。

それはそれで問題だ。

ログを確認。

此処はハイクラスSNSだ。そのまま過去の映像なども見ることが出来る。

始めたのは5時間くらい前だが、驚異的なタフネスで平然とペースを乱さずプレイを続けている。

そのまま、周囲のログも確認しながら見る。

接続して見に来ている人はかなり多い。

特徴的な発言をしている人もいるが。ハイクラスのSNSの場合、HN以外は殆ど分からない事も多い。

昔、散々悪さをした奴がいたからである。

SNSで実名を使うなとか、自分の写真を使うなとかは。それこそ児童の頃からの教育で叩き込まれる。

だから、同じ人かな、としか思えないし。同じ人の保証も無い。

話しかける事も出来るが。

私にその気は無かった。

やがて、コピー魔王のゲームプレイは佳境に入り、四苦八苦しながらそれでも高いゲームスキルで確実にラスボスを圧倒。撃破して、エンディングに到達。

軽くトークをした後、終了した。

前ほど長くなかったが、それでも七時間程か。

凄いものだなと思って、ざっとプレイ開始時からのログを見ていく。

その中に、ふと気になるモノが出てきた。

「解析してみたんだが、これモーションキャプチャーソフト使ってないな」

「中に人はいないって事か?」

「ああ。 ちょっと興味が出てきたんで調べて見た。 要するにリアルタイムで中の人がプレイしているって事は無さそうだ」

「そうなると、昔のデータのそのままコピーか」

大量のログの中で、そんな会話が為されている。

勿論鵜呑みにする訳にはいかない。

興味は出てきたが。

「しかし、そうなるといちいち手間暇掛けてコピーしたデータを流しているって事になるな。 何がしたいんだろう」

「さあ? 今は過去の娯楽を楽しむ時代だ。 新しいものを作るにはリソースが足りない時代だ。 最低限の今風のアレンジで、そんな時代に抗ってるのかもな」

「最低限の今風のアレンジか……」

「昔だったら著作権だ何だで色々無理だったが、今の時代はそもそも個人が金を動かす時代じゃないからな。 とはいっても、この歴史上もっとも不自由な時代で、それくらいしか抵抗が出来る事がないのかもな」

ふむ。

ちょっと面白い話だ。

一度SNSをログアウト。

幾つか調べて見る。

過去に似たような事例はなかったか、をだ。

まずゲームだが、今はハイクラスSNSにあわせて、全自動で殆どのゲームがアッパー調整を掛けられてハイクラスSNSに持ち込まれている。要するにさっきのコピー魔王のプレイしていたホラーゲームも、今の私が即座に楽しめるようになっている。

当然無料である。

中にはバグなども再現して欲しいと言うマニアもいるが。

その辺りも全て調整可能だ。

今の時代の自動調整AIは、それくらいは出来る能力を持っている。

過去作成された、海賊版や違法、インディーズ含む殆どのゲームが全てのSNSに調整されて遊べるようになっている時代だ。

不思議な事じゃない。

ただ、それも今は、であって。

すぐにそうなった訳では無い。

過去のリソースを可能な限り回収するというプロジェクトの元、資源が枯渇した地球上から物資を引き上げる際に。回収した物資からはデータが全て取りだされ保存されていたのだが。

それらのデータの中から、どんどんデータが引き出され、過去のリソースとして追加蓄積されていったのだ。

実際問題過去の娯楽というものは、あまりにも備蓄が多い。

どんなゲーム好きでも、一生掛かっても遊びきれないほどに今はある。

ゲームだけでもそうだ。

小説や音楽演奏なども含めれば、全て一生のうちで網羅するのは不可能だろう。そういうものなのである。

調べて見る。

SNSの外側から、SNSで行われた事例を調べるのは、案外簡単だ。

最近は様々な補助もあって、膨大なログを簡単に精査できる。

あのコピー魔王配信で行われているゲーム。

いずれもが、かなり前にハイクラスSNSに調整されたものばかりである。

ふむ。

続けて調べて見る。

そうすると、妙なことが分かってきた。

元になったvtuberの配信順番と。

コピー魔王の配信順番が、一切合切一致していない。

これは、見ている人は気付いているのだろうか。

少し調べて見ると。

ハイクラスSNSのコミュニティでは、既に気付いている人がいるようだった。

「この動画配信、明らかに元になったのこの人の配信だよな。 だけれど配信の順番が滅茶苦茶だな」

「そうそう。 特にコラボ系統の動画が殆ど配信されていない」

「それは不思議に思った。 コラボの動画も雰囲気悪くないのに」

「なんでなんだろう」

何か法則性があるのか、それとも今コピーしている奴が好きな順番にやっているのか。

色々話し合っているが。

こう言う場は、昔から変わらない。

たまに鋭いことを言う奴はいるが。

それで終わりだ。

基本はスラムであり。

それぞれが好き勝手を言っている場である。

だから見る方は自己責任。勿論発言にも気を付けないと、とんでも無い事になる。

「今の時代は著作権問題がないから良いが、今風にコピーして流すと言うのもなんというか、退廃的だな。 中の人のvtuberが生きてたらどう思ってるんだろう」

「生きている可能性はあるぞ」

「えっ?」

「不老化の技術が確立したのは確か2050年前後だった筈。 その頃から派生してアンチエイジングの技術も確立しているはずだ。 中の人はその頃にはもう引退していたが、元々恐ろしくタフな人だったしな。 その頃まで生きていても不思議はまったくない」

すぐに調べて見る。

確かに不老化の技術が確立したのは2051年。技術面ではもっと前から提唱はされていたのだが。

実用化され。

誰でも受けられるようになったのは、その少し後の2053年だ。

しかしながらそもそもこの時代は地球人類にとってもっとも過酷な時代と言われていて。

各地で末期的な戦争が始まっており。

また苛烈な疫病に晒された人類は。

加速度的に数を減らしていた。

この時代くらいを境に、娯楽の創造という行為は一気に元気を無くしていくことになる。

時代が余裕を与えなくなったからだ。

もしも生きていて。

アンチエイジング技術を受けていたとしても。

戸籍などが残っているかどうか。

「でもなあ。 あの時代を生き残った奴って、いるのか?」

「いるにはいる。 俺は見た事がある」

「……いるのか」

「ああ。 ただ今の時代、個人情報がガチガチに固められてるからな。 本当だと断言は出来ないんだが。 発言にはリアリティがあったよ」

勿論鵜呑みには出来ない事だ。

ちょっとある事を思いつく。

コミュニティに加入して、会話してみる。

私もこういうコミュニティに入るのは初めてではない。

また、昔と違ってこの手のコミュニティは、スラムではあっても理不尽なローカルルールに支配はされていない。

「中の人が同じ可能性は?」

「はあ?」

「要するに、2050年代を生き残った中の人が、昔の自分の配信を今風に加工して、配信し直している可能性は」

「面白い説だが、どうしてそう思う?」

幾つか根拠はあるのだが。

それを順番に説明していく。

「まずコラボ動画を配信していない。 これはコラボ先の人が亡くなっているから、本人としては辛いのでは無いのかと思う」

「まあ仮説としては面白い」

「順番がバラバラなのは、本人にとって面白かった動画を、その順番に流しているからなのでは」

「仮説としてはありだが、証拠は何も無い」

その通りだ。

そんな事は言っている私だって分かっている。

しかしながら、実際問題戸籍などが無茶苦茶になった2050年代に不老処置とアンチエイジング処置を受けていれば。

地獄の動乱さえ生き延びれば、今の時代まで生きていても不思議では無い。

こういう所には意外な知恵者がいたりもするが。

建設的な意見は殆ど見られないのが経験上の結論だ。

だが、話しているうちに。

面白い意見が見られる事もある。

「ちなみにだけれど、あの動画を配信している奴にアクセスを試みた人は誰かいる?」

「俺は一度挨拶してみたが、返事は返って来なかったな」

「そりゃああの場で見ている人数を考えるとな……」

「私の時は返ってきたよ」

何。

一斉にその人の発言に注目が集まる。

私は見ているだけで良い。

質問攻めが始まった。

「マジか。 ログ見せて」

「ハイこれ」

「本当だ。 元になったvtuberと似たHNなんだな、あの動画配信してる奴」

「確かにログを見る限り、電子鍵なんかからみてもあの動画配信している奴に間違いは無さそうだな……」

HNは勿論可変性である。

だから、本人から本当に飛んできたかは、ログのデータを見るしか無い。

勿論クリティカルな部分は開示できないようになっているが。

例えば、あの動画を配信している本人か、等は開示は出来るしログにも残る。しかもこのログ、今提示されたのはハイクラスSNSのサーバに残ったデータである。つまり開示請求をして、そこからひっぱりだしてきたものであり。

見ている人間も、ログをハイクラスSNSのサーバから直接取得しているので、改ざんのしようが無い。

「丁寧な受け答えだな。 しかも、動画配信者が現れた直後の事か、これ」

「ひょっとするとだけれども、視聴人数が増えてきて、挨拶をいちいち返すのを諦めたのかも知れない」

「可能性はある。 それにこれ、AIとかに返信任せないで手打ちでやってるよな」

「……」

ますますそれだと分からなくなってきた。

しかも現状、大量の視聴者が動画配信に集まっている状況。その上あの配信者、過去のデータを今風にチューンしているだけにしても、恐らく何かしらの操作はしているか、リアルタイムで映像を見ている。

そうなってくると。

ひょっとすると、アクセスを試みれば。

何か分かることがあるかも知れない。

コミュニティを確認する。

色々な事象が証拠のログつきで提示されていた。今の時代は、昔のネット記事と違い。こうやってサーバから直接ログを取得できるし、疑うならこのログを見に行けと誘導するのが普通だ。

マスコミが死んでからは、誰もが情報に関する自衛手段を求めるようになり。

今の時代では、その自衛の習慣が残っている。

私自身もログを確認するが。

どうやら、さっきの話は嘘では無いらしい。

一度ログアウトして、考え込む。

AIに指摘された。

「今日はそろそろお休みください」

「あー、もうそんな時間か」

「お風呂は沸かしておきました」

「んー」

足下まで伸びている長い髪を引きずって、風呂に入る。

風呂に浸かっているだけで、全て後は処置してくれるので面倒くさい事は一切無い。

人間らしい生活が出来ているのかは分からない。

だが、人間が生きるためには、こうするしかない。

リソースを食い潰した過去の愚かな連中を恨むのは非生産的だ。

少しずつ、「余剰」を増やしていくしかないのである。

火星のテラフォーミングが完了するまでは後100年はかかる。

だが、火星のテラフォーミングが完成した程度で、人類は飛躍できないという試算も出ているし。

資源を調達する立場にいる私は、それが事実だとも分かっている。

せめて金星のテラフォーミングが完了すれば、或いは光明も見えてくるかも知れないが。かなり厳しいと言わざるを得ない。

風呂から上がると、パジャマに着替える。

あくびをしながら、布団にくるまると。

AIが照明を調整し。場合によってはリラクゼーション用の音楽も流してくれる。

この音楽も、新しいものが作られなくなって久しい。

だが、幾らでも在庫はあるのだ。

飽きればその在庫から別を引っ張り出してくれば良い。

思えば、火が出るように新しいものを作り続けていた時代は。文化的に見て飽食の時代だったのだろう。

その頃には、ろくでもないものもたくさん出た。

本当にいいものを探す方が大変だった。

本当にいいものを作っても、それが受け入れられるとも限らなかった。

それが健全な事なのかは分からない。

多分違うと思う。

眠りに落ちるまで、そう時間は掛からない。

今は、人間は冬眠でもしているかのような時代にいるが。

それは別に、怠惰だからでは無い。

過去に何もかもを。

燃やし尽くした結果だ。

 

3、接触

 

仕事を終える。

今日はその間に、AIに検索をさせておいて、ついでにまとめもさせておいた。仕事が終わった後、ぼんやりとしていると。検索終了の知らせが来る。

さて、内容を確認。

見てみると、なるほど。何となく分かってきた気がする。

私は別に頭が良い方じゃない。

だから無駄にある時間を使って、丁寧に証拠を集めていくだけだ。

例のコミュニティに出向く。

そして、ちょっと調べて見たと言って、データを提示してみる。

例の配信者の動画の投稿順と。

元になったvtuberの動画比較である。

何しろ膨大な動画を投稿しているvtuberだったので、大変な作業になったが。今の時代は、無駄に時間が余っているのだ。

出来る。

「これはまた、随分と力作だな」

「数時間かかりました。 このグラフを見て貰えます?」

そう。

グラフに全てが出ている。

最初の動画を除くと、後はコラボ動画を除いて、好評だった動画を順番に挙げているのである。

しかも、本人が苦手だと言っているゲームも関係無く、だ。

そうなると、単に人気取りの行動なのかと思うのだが。

幾つか不可解な配信も含まれている。

それをピックアップする。

「この配信、他の人が見所をまとめたものなんですよねえ」

「いわゆる「切り抜き」だな」

「そうです」

切り抜き。

長時間の動画配信を全部見る余裕がある人はあまり多く無い。だから、見所だけをピックアップした動画が出回ることになった。

勿論賛否両論だが。

それについては、動画を投稿していたvtuber自身が切り抜きをしていた事もあり。

何とも言えない、というのが実情である。

配信者は、元vtuberの切り抜きに関しても、普通に参考にしている節が見られる。

完全なコピー動画ではなく、一部の部分を省略したりもしているのだ。

またゲームによっては、ハイクラスSNSに移植されたときに、最高難易度が導入されたケースもある。

これはいわゆる非公式MOD等があった場合、それを導入するかどうか選択できるようにしたもので。

そんな非公式MODを作る、正真正銘のマゾゲーマーが昔はいたということだ。

そして配信者は。

そういった高難易度化MODを、躊躇無く入れて配信しているのである。

そうなると、ゲーム内容が元の動画と変わってくる。

この微妙な違いなどについての差異も、全てピックアップしてみた。

「まてまて、そうなるとこれ、リアルタイムでは無いにしてもきちんとゲームを再現プレイしているって事か?」

「それにしては妙な部分が多いんですよね。 此処とか見てください」

またデータを提示する。

高難易度で追加されたボス戦だ。

動きが元のvtuberと殆ど遜色ないか、それ以上なのだが。

前ほど、成長速度が早くない。

ひょっとすると、通常部分はAIが調整し。

こう言う部分だけは、別人がプレイしているのか。

しかし、気になる事もある。

AIにプレイの癖などを見せて、確認させたところ。

一致、という結果が出たのである。

だとすると、どういうことだ。

「こっちでも検証してみる。 元のvtuberがプレイしたゲームのリストと、現在で配信された動画のリストを比較してみる」

「こっちも興味が出てきた。 少し検証してみるが、この検証結果フリーアクセスにしてくれる?」

「どうぞどうぞ」

私としても、別に自分の成果を他人に取られる訳でもない。

何より今の時代、データの偽造は出来ないし。

そもそもそれぞれの人物が作ったデータには様々な電子印が入っているので、オリジナルかどうかは一発で分かる。

たまに自己顕示欲を拗らせたタイプが、悪さをする事もあるのだが。

まずAIが止めるし。

検証してみれば中身は一発で分かってしまう。

そういうものだ。

一度SNSからログオフして、様子見に徹する。

あくびをしたのは、頭を使ったから。

ちょっと昼寝してから、様子を見ることにする。

起きた頃には、面白い事になっているはずだ。

くつくつと私は笑う。

楽しい事は好きだ。

ただでさえ娯楽は無い。

悪い事は一切出来ない時代である。

だったら、何かを調べたり。

何処かに渦を起こしたり。

そう言ったことをしたいでは無いか。

新しいことは出来ない時代。

過去のリソースを食い潰すことしか許されない時代。

それは分かっている。

だけれども、だったらその範囲内で、自分の好きなように振る舞いたい。私は、そう思っている。

 

夕方少し前に、コミュニティを覗きに行く。

かなりの人数が、情報の交換をしていた。

どうやら動画配信者は丁度今動画を配信している様子で。予想していた次の動画とぴたり一致したらしい。

このため、私が動画の配信者では無いかと言う説が一度出たようだが。

電子鍵などから、すぐに違うと断定されていた。

面白い説が出るものだなあ。

くつくつと笑いが漏れる。

こんなに楽しいのは久しぶりである。

今の時代は、過去の娯楽を囓りながら生きる時代。

だから、未来については誰も考えていない。少なくとも、今の自分達が未来を作るとは誰も思っていないし。

何よりも、それは出来ないのだ。

アンチエイジングを使って、ずっと生きるにしては、今の時代は窮屈すぎる。

こんな状態なら、死んだ方がマシと判断して自死処置を受ける人も多いし。

そうなると、その空いた人の所に、無作為に遺伝子プールから掛け合わされた別の人が入る。

元々宇宙に出たときには、危機的なまでに減っていた人類は、この技術で持ち直したのである。

これに対してどうこう言う人はいないが。

ただ、時々SNSで目立っていた人が不意にいなくなる事はあって。

嗚呼死んだんだなと、思う時はある。

SNSのログを確認。

幾つか面白い説が出ていた。

まず一つが、例の動画配信者、vtuberの子孫説である。

これについては、くだんのvtuberの経歴が全く解らない事から、一度大きな期待が掛かったようだが。

調べて見た所、2050年代の混乱で、当時の日本の戸籍は殆ど消失してしまっている。

更に、である。

かのvtuberが活躍していた時代は、vtuberにとっては黎明期であると同時に暗黒期であり。

搾取に耐えかねて自分から命を絶ったり。

失踪する人が後を絶たず。

長続きする人も少なかった。

また芸能界から経歴をロンダリングしてvtuberに転向した人も多く。くだんのvtuberもそんな一人だったらしい。

だから本人のその後は不明。

それくらいしか分かっていない。

故に、子孫説はすぐに収まっていった。

続いて台頭してきたのが、熱心なファン説だが。

正直な話、この時代には同レベルのvtuberが幾らでもいるし。更に全盛期となったのはもう少し後の時代である。

今のアバター技術が完成した切っ掛けになる契機となる時代で。

色々な技術が必要になった上、人間関係も過酷だった黎明期と違い。

全盛期には一芸さえあればそれでやっていけるvtuberが幾らでも出てきた事や、業界の資金繰りが悪化して事務所つきのvtuberが激減したこともあり。更に別に事務所無しでも食っていける技術などが開発されていったこともあって、それこそ百花繚乱の時代が訪れている。

事実この時代にはアバター技術以外にも、芸能界の最盛期がネットに戻って来たようだと称されるほどの多種多様な「タレント」としてのvtuberが出現し。

何も、くだんのvtuberをピンポイントでコピーする意味はないのでは無いのか、という話も出てきた。

この話が最もだったため。

熱心なファン説はしぼんでいった。

丁度今私が見た所までが其所。

ログはまだ続いているが。有力な意見が出てこないので、殆ど雑談になってしまっている状態だ。

雑談はつまらない。

昔はチャット機能というもので、雑談をすることをする人はかなり多かったらしいのだけれども。

私はそれにはあまり同意できない。

まあSNSも実の所最初は雑談が中心だったのだけれども。

今の時代はそうではなく、総合的なネットサービスの総称になっている。

ランクが三つに分けられた時代くらいからこれは確立していて。

今ではもう、SNSの定義が古くとは違ってしまっている、というのが正しいかも知れない。

さて。雑談を見ていても仕方が無い。

コピー魔王の配信でも見に行くかと思ったが。

ふと思う。

私が思った事。

もし中身がマジモノの本人だったとしたら。

手が止まる。

腕組みして、考え込む。

何の目的でそれをしている。

やはり、それが気になる。

昔の動画を幾つか見たが、中の人はゲームに対して大変な愛着を見せていて。ゲームは何にも勝る楽しみだと述べていた。苦手なゲームもあるようだったが。

そして、新しい追加部分で、AIが本人と断言していたプレイング。

成長速度の劣化。

これは、本人がアンチエイジングで今まで生きていたとしたら説明がつく。

ただ、今になって。別に年老いた訳でもないだろうに、なんでそんな事をしているのかが分からない。

やはり本人に聞くしか無いのかも知れない。

しばし口をつぐんだ後。

私は時間を確認。

まだ見に行く余裕はある。

ハイクラスのSNSにログイン。

動画をまだやっているのを確認した。

相変わらず高難易度の理不尽なゲームを笑顔で進めている。

時々プレイ時にトークを交えているが、声を荒げるようなことも殆ど無いし。見る側に対して配慮もしている。

今やっているのはかなりのスプラッタなゲームだが。

本人がスプラッタホラー映画が大好きだと公言しており。

まるで平気な様子だ。

むしろログの方に恐れの声が見えている。

最初はログは明らかに面白がっている声に満ちていたのだが。

今はむしろ怖がられている方が多い様子だ。

まあ、それもそうだろう。

コピー元の渾名が魔王、である。

当時の人にも、こんなプレイングでは驚異的に見えたのだろうから。

さて、ダメ元でやってみるか。

ラスボスを危なげなく倒した配信者が、終わりに入ろうとする。此処で、メッセージを送っておく。

貴方はひょっとして本人ですか、と。

恐らく返信は無いだろう。

だが、もしもあったらめっけものだ。

そのくらいのつもりで通信を入れておいた。

案の定返信はなかった。

動画の配信が終わる。

確か、元になったvtuberは、激務が祟って何回か休養時間を設けているはず。

如何に体力と精神力が図抜けていても、人間には限界があるのだ。

ましてや今の時代だったら、AIに絶対に止められる。

圧縮時間を使えるハイクラスSNSでもそれは同じだろう。

本人だったらその時の事を覚えていない筈は無いし。

きちんと自制も掛けるだろう。

さて、どうせ返事は無いだろうと思ってログを確認していると。

ぽつぽつと、妙なものが混じり始めていた。

「コピー元の動画見てきたが、結構人気の人だったらしいな」

「ああ。 確かあのくらいの時代からだった。 世界全体がクラッシュし始めたの。 そんな時代に頑張ってたんだから大したもんだよな」

「妙なキャラ設定しているキャラが多い中、元になった人は普通の設定だったんだよな」

「それなのに渾名が魔王になるんだからよく分からんもんだ」

情報が増え始めている。

まあ、皆ヒマなのだ。

これだけ話題になると、それぞれ個人で情報を集めているのだろう。

気持ちは大いに分かる。

そんな中、妙なものが一つだけ混じった。

「やっぱり若干衰えてるな」

「は?」

「何?」

「……」

反応したログは少数。

だが、私は見逃さなかった。

ちょっと興味が湧いたので、話しかけてみる。

「中の人が同一だってAIの診断結果が出たんです」

「……」

「ひょっとして貴方、何か知っていません?」

「……」

反応無しか。

まあしゃあない。

こういうのは一期一会だ。

諦めて、ログアウトしようとした瞬間。

誰かがメッセージを送ってくる。

さっき、衰えていると呟いた人だった。色々な証跡がそれを示している。

「時間があるのなら話しましょうか」

「……」

此方としては興味があったところだ。

どうせ傍観者としてしか世界には関われない。

自分から主体的には何もできない時代だ。

チンギスハンやナポレオン級の英雄でもそれは同じだろう。ただ適性試験などで高得点をたたき出した人間は、遺伝子データを大事に保存され、更にアンチエイジングも受けて飛躍の時代に備えて貰うと言う話も聞くが。

勿論私はそうではない。

相手が指定してくる。

ブランクスペースと呼ばれる、誰も使っていない空間だ。

勿論それは文字通りの意味では無い。

所有者は当然いる。

現時点では、誰かが何かをしていない、という仮想空間で。

単に今は使われていないだけである。

しかも、移動すると言っても、単純に其所を見に行くだけ。

別に私自身が其所に入る訳でも無く。

指定の他人所有の仮想空間を開けて貰って、アクセスするだけである。ただ、ハイクラスSNSだから、結構面倒くさい処理がいるが。

さてアクセスすると。

ぽつんと、何かサメのぬいぐるみのようなものが置かれていた。

サメか。

確か例のvtuberもサメになるゲームを楽しそうにやっていたっけ。

それにスプラッタ映画が好きだとか言う話だったから。

サメは大好きだったのでは無いのだろうか。

「本人か、というメッセージを送ってくれたのは君だね」

「はあ、まあ」

「わたしがあの動画を作成している者だ」

「!」

まて。

どうして、いきなり其所に到達する。

混乱する私。

そもそも私は、別に大した事はしていない。ログなどを確認。調べて見ると、どうもさっき呟いた人と同アカウントの様子だ。

そうなると。

あのつぶやきは。

「残念ながら、元のvtuberとわたしは同一の存在では無い。 正確には完全には同一の存在では無い、というべきだ」

「どういうことですか?」

「わたしは2030年頃から始まった遺伝子データの蓄積プログラムで、テストケースになった、お前が言う元の人。 件のvtuberの完全コピー……クローンだよ」

「!」

そういう、ことか。

今は遺伝子データから人間を無作為作成することは普通に行われている。

だが、まさか本人を遺伝子データから直接再生するとは。

確か歴史的な偉人なども、子孫などの遺伝子データを解析して、再生させようとか言うプロジェクトがあるとかは聞いている。

現在人間社会はAIがコントロールしているため、こう言う情報は流れてくるのである。マスコミと違って情報を歪めないし、そのまま流しても来る。

嫌だと思う人は情報をシャットアウトしてしまう。

マスコミほどではないが、SNSで呟かれている事だって信用できたものではない。

だから何かあると判断した場合、人々は管理AIに問い合わせるし。

管理AIは嘘をつかない。

勿論個人情報などは直接は明かさないが。

今後の人類のためのプロジェクトなどについては、別に隠すこともない。

「元の人というわけではないんですね」

「……元の人がどうなったかはわたしも分からない。 ただ遺伝子データが残っていた事だけしか知らされていない。 或いは地獄の動乱を生き延びて、アンチエイジング処置を受けて今も生きているかも知れないけれど、わたしには接点がない」

そうか。

自分でもコピー魔王と呼んでいたが。

まんまそれで正解だったのか。

信じられない話だが。

そういう事もあるものなのだなと、驚かされるばかりである。

さて、話を聞きたい。

私は今の世界で、孤独に生きている一人の者だ。

過去のリソースを少しずつ囓りながら、未来に向けて飛躍する人類のため、冬眠のような生を送らなければならないものである。

「衰えた、というのは」

「元の人ほどの性能がわたしには無い。 特に強力な持続力や集中力、それに成長速度なんかがそうだ」

「いや、AIが同一人物と断定するほどですが」

「ガワは同じだろう。 だけれども、わたしと元の人では経験が違う。 経験が違えば、出来上がるものも違うと言うことだ」

そういえば。

元の人のvtuberは、兎に角受け答えが丁寧だった。

今接しているこの人は、何かとても孤独な堅さを感じる。

或いは、ひょっとして。

「何かしらの実験に従事中ですか」

「違う。 自分で試しているだけだ」

「……試す?」

「わたしはわたしを超えたい」

なるほど。そういう事か。

元の人が全盛期だった時の動画を再現して、時々それに付け加えられたコンテンツを自分でプレイして見る。

そうしてみると、やはり元の人との差異が出てくる、と言う訳だ。

そして感じているのだろう。

成長力で遅れを取っていると。

「わたしは結局の所、元のわたしがどうなったのかも分からないし、わたしが劣化コピーでは無いのかという懸念をずっと抱いていた。 AIは正直だからな。 わたしが試験的に作られたクローンだという話をしてくれた。 歴史的偉人はあまりにもスペックが高すぎるから、一時的にブームになり、能力などの高さを見込んだわたしが丁度良いと管理AIは判断したそうだ。 だが、そんな話をされて気分が良いか?」

「私はどこのボンクラとも分からないので、何とも」

「……そう。 わたしはともかく悔しかった」

悔しい、か。

今は競争というものが存在していない。

勿論過去の遺産であるゲームで、ハイスコアを取ろうとする者はいるが。それは競争とは呼べない。

何の意味もないからである。

リソースを食い潰さないように。

過去の文化的リソースを消費しながら静かに生きろ。

そう言われている現在は。

競争そのものが潰される傾向にある。

競争によって人的資源が消費されるのを防ぐためだ。

過去にも、せっかく多額の資金を投入して育成した人材を。

無能な経営者が一年二年ですり潰してしまうと言う愚かしい例が続出した時期が存在していたが。

今の時代は、そもそも経営システムを作る余裕さえ無い。

だから人々は、静かに生きるしかないのだ。

故にAIも許可を出したのかも知れない。

競争相手がいない競争だから。

「過去のわたしは今も超えられていない。 どれだけ練習しても背中は遠くなるばかりだ」

「成長速度が足りないという奴ですか」

「……そうだ」

「今の時代は時間がいくらでもある。 体を壊すような働き方をしていた元の人と違って、貴方はゆっくりやっていけばいい。 全盛期の肉体を維持したまま経験を積んでいけば、やがて元の人を超えるのは不可能ではないのではありませんか」

そうだなと、疲弊した声が返ってくる。

ひょっとして、もう試したのだろうか。

だとしたら。

意外と、この閉ざされた時代の住人としては、古参なのかも知れない。確かにクローン計画は昔から時々やっているらしいが。最初期からいきなり歴史的偉人を再現しようとはしないだろう。

そう思うと、理にかなったことではある筈だ。

「これからも頑張ってください。 私は楽しみに見ていますよ」

「……ああ、そうだな」

通信が切れる。

同時に、ブランクスペースからの退去を命じられた。

ハイクラスSNSにアカウントを確保すると、10程度のブランクスペースを各自が貰う事になる。

他人を招き入れることは滅多にないが。一方で、本人の趣味で改装して、色々やる人もいる。

さっきの、自称例のvtuberのクローンの人もそうだったのだろう。

本当かは分からない。

だが、AIは少なくとも本人だと太鼓判を押している。

そうなると、やはりというかなんというか。

ガワは同じで、経験などが違うと言うことなのか。

一旦ハイクラスSNSからログアウト。

AIに、疲弊がたまっていると忠告されたので。風呂に入る事にする。風呂に入ると呟くと、すぐに色々準備をしてくれる。ものの五分もかからず、全ての準備が整うのだから、昔に比べるとぐっと早い。

風呂に入った後、髪をばっさり切ってくれと頼む。

「良いのですか?」

「良いの。 動きづらいと思ってたし」

「……何かの拘りがあって伸ばしているのかと思いましたが」

「良いから切って」

しばし黙った後。

セミロングまで、バッサリ髪を切られる。

前髪の方は時々処置して貰っていたのだが。こう髪が長いと、あまり実用的では無いと前から思っていた。

丁度良い機会だった。

ばっさり切って貰うと、頭が随分と軽くなった。

流して貰う。

この髪も分解して、色々使うのだろう。どう使うのかはよく分からないが。調べれば出てくるかも知れない。

そもそも遺体ですら様々に分解して利用する時代なのだ。

髪くらいは当たり前である。

久しぶりに、きちんとした服を着る。

風呂に入った後だから、随分とすっきりした。

頭をブルブルと振るう。

元々多少癖があった毛だけれども。セミロングに切ったときにそれが顕著になって、随分と毛先が跳ねた。

周囲をうろうろとしてみる。

筋肉は狭い部屋でも衰えてはいない。

衰えないように処置もされている。

だが、何となく滾る。

「何か戦闘できるゲームを見繕って」

「はい」

AIが人気順にずらっと出してくる。

いろんな時代のゲームがあり、中には「アーケード」と呼ばれる専用施設でしか遊べなかったゲームもある。

これらは仮想空間だからこそ再現出来たもので。

ハイクラスのSNSにログインすれば、稼働当時の現物と何ら変わらぬプレイングが可能だ。

決めたのは、あのコピー魔王がやっていたゲームの一つ。

何となくだが、別にゲームの中に入り込むのはしたくない。

普通にゲームから距離を置いてプレイしたい。

と言う事で、当時と同じようにゲームプレイ出来る、オールドクラスのSNSでプレイする。

やってみると、分かりきっていたが。

えげつなく難しい。

元々難しい事を売りにしていたという話は聞いている。

だがそれにしても、これは難しすぎるのではないのだろうか。

数回為す術も無く惨殺され。

理不尽極まりない初見トラップに蹂躙され。

ボスまで辿りついたら袋だたきにされ。

如何にあのvtuberやコピー魔王が上手だったのかよく分かる。

しばらくプレイを続ける。

一日で出来る量は、オールドクラスのSNSだから限られる。時間加速を使えるハイクラスに移動するかと言われたが、首を横に振った。

体を動かして、勝負してみたいと思ったのだ。

このゲームと、である。

私はボンクラだ。

上手くなる速度もそんなに早くないし。

何よりも、ある程度以上の適性がないと門前払いされるようなゲームでは。容赦なく門前払いされる。

ただ、AIは私の能力を見越していたのだろう。

私にギリギリクリア出来るゲームを見繕ってくれていた。

どうせ仕事はすぐ終わる。

一週間ほどはゲーム中心に生活した。

そしてクリア。

あまり褒められたプレイでは無いが、どうにかクリアする事は出来た。一応現在は当時と違って難易度設定が出来るようになっており。難易度を下げてプレイした形であったけれども。

これは、一部のファンだけに向けて作られたゲームだったんだなと言う事は、遊んでみてよく分かった。

口をつぐむ。

そうか、そうだな。

確かにこれは、元を超えたいと感じるかも知れない。

私は遊んでみて、爽快感とかは一切感じなかった。

むしろクリアした後、二度とやるかと呟いたし。

プレイ時には何度も舌打ちをしたし、バンバンと机も叩いた。

ボスには百回以上殺される事がザラだったし。

プレイしているうちにそれが当たり前だとも気付いた。

そして何となく。

あのコピー魔王の気持ちも分かった。

元の人だったら出来ただろうに。

スペックが同じ筈の自分には何故出来ない。

そう思えば、それは悔しいと思うだろう。

本人に会って、話を聞きたいと考えるかも知れない。

だが、それは無理だ。

元々20世紀生まれで、いま生きている人なんて、いるかどうかも分からない。

結局の所、過去のリソースを見ながら。

立ちはだかってくる自分にどう対応するか。

それしか、あのコピー魔王には出来ないのだろう。

「ストレスがたまっています」

「んー」

AIに指摘されて、ごろんと横になる。

プレイデータは保存させておくけれど、二度と今のゲームをやる事はないだろう。大きくため息をつくと、AIに聞いてみる。

「個人情報が明かされないことは分かっているけどさ、聞いても良い?」

「何でしょうか」

「20世紀生まれで、今も生きている人、いる?」

「います」

即答か。

ただし、何処の誰かは教えてはくれないだろう。

そうか。あの2050年代の動乱を生き延びて。しかもアンチエイジングや不老処置を施して生きている人がいるのか。

それは素直に凄いと思うし。

だが不幸だなとも思う。

そんな人でも、今はこうやって個室の中で。

静かに暮らしているのだろうから。

「何人くらいいるの?」

「誘導尋問には応じられません」

「ああ、そうだよね。 ごめん」

「いいえ」

まったく、性格が悪いAIだな。

そう悪態をつきながら、マッサージをさせる。こっちの体を知り尽くしているから、勿論気持ちが良い。

しばらく好きにマッサージをさせて、ストレスを発散させるが。

やはり、根本的な所では、もやもやは収まらなかった。

やっぱり、色々と気分が悪い。

私は、また。

あの理不尽ゲームに手を伸ばしていた。

少し難易度を上げて。そう、元の難易度でやってみるか。そして今度は一度プレイした強みもある。

初見でやっていた例のvtuberのようなスペシャルではなくとも。

私にも、それなりにプレイした実績があるのなら。

或いは、クリアは出来るかもしれない。

 

4、リソースの海

 

久しぶりにコピー魔王の再現動画を見に行く。

どうやら既に、視聴者のかなりの数が事情を知っているようで。ログもそれを前提としたものが多かった。

プレイ動画は相変わらず面白い。

流れるようなトークと、落ち着いたプレイ。

悲鳴を上げることも殆ど無いし。

驚いてもリカバリが恐ろしく早い。

失敗しても殆ど怒ることもなく。

静かに淡々と進めていく。

自分でやってみたからよくよく分かる。これは自分には無理。ゲームが本当に好きな上に、高い動体視力と群を抜いた精神力、更にはタフネスがないと無理だ。

黙々と見ていると。

周囲のログも時々目に入る。

流石にゲームプレイに関しては初見。

やり込んでいるプレイヤーからすると、無駄が多いようにもみえるのだろう。

ここがどうのあそこがどうのと呟いているいわゆる「名人」なコメントも見かけるが。

概ねプレイを歓迎しているようだった。

やがて巨大なボスが出現する。

見るからにやばそうな奴だが、キャッキャとプレイしているコピー魔王は喜んでいる。

否。

本当にそうか。

もしも、あの話しかけてきた奴が。あのコピー魔王で。

事情が話してくれた通りだったとしたら。

これは一種の儀式だ。

元になった人間を越えるための。

恐らく、もっとも受け継がれたものは。

パワーでも動体視力でも体力でもゲーム愛でも無い。

執念。

親もなく子も無い今の時代だ。

私だって、自分の遺伝子を利用して、何処かに子供がいてもおかしくないし。その子供が私と大差ない年齢でも不思議では無い。

遺伝子プールを利用して子供を作るというのはそういう事で。

それに加えてクローンもあるとなると。

クローンされた側の人も、クローンにも。

相応の苦悩は当然あるだろう。

実用性のない、いわゆる魅せ武器で強力なボスを圧倒し始めるコピー魔王。勿論数回は負ける。

ゲーム性仕方が無い。

だが、負けても何も苦にしている様子が無い。

少なくとも、そうは見せない。

程なく、見るからに操作が難しすぎる魅せ武器で、ボスの頭をかち割るコピー魔王。

倒れ伏した巨大なボスの前で、大喜びしていた。

ため息をつく。

私があいつを倒すのに、どれだけ苦労したか。

だが、それもまたいい。

実際見ていると、気持ちが良いほどである。

やがて軽くトークをしたあと、配信が終わる。

さっと皆捌けていく中。

私は残って、ぼんやりしていた。

声を掛けて来る者がいる。

まさかとは思ったが。

コピー魔王だった。

「久々に見に来てくれたか」

「ああ、私のログを確認していたんですか」

今の時代、ログの解析くらいは簡単だ。

個人情報まで追うことは出来ないようにブロックが掛かっているが。いつも来ている人、くらいは分かるようになっている。

軽く話す。

元のvtuberの動画は膨大な量があるが、コラボのものなどを除いていくと、いずれ当然限界が出てくる。

ストックを使い切ったらどうするのか。

そう告げると、コピー魔王は静かに笑った。

「その時は、元の人が出来なかったゲームを実況するさ」

「元の人には追いつけていないと苦悩していましたが、大丈夫ですか」

「問題ない。 それに……その元の人の資料などをわたしなりに調べた。 本人も相当苦労していたことが分かってな」

それはそうだろう。

魔王と呼ばれた件のvtuberが活動していた時期は修羅の世界だった。過渡期でどうにもならない搾取が横行し、治安が最悪のネットで活動しなければならなかったのだ。

炎上騒ぎは日常茶飯事に起き、「色々な事情」で次々に実績関係無くvtuberは「引退」していった。

本人の都合の場合も、そうでない場合もあったのだろう。

如何に鋼の精神を持っていても。

楽であった筈が無い。

「元の人がどんな人生を送ったのかはわたしは知らない。 だが、いけなかったところまで行くと言う目標が出来た」

「……素敵な目標ですね」

「勿論今はこう言う時代だ。 新しいことはできない。 だから、元の人がプレイ出来なかった名作を遊んでみて、実況をするつもりだ。 本人に遜色ないクオリティでな」

「頑張ってくださいね」

通信は切れた。

もう、これ以上なれ合いはしたくないと思ったのだろうか。

それもいい。

私も、もうこれ以上は見ているだけで充分だ。

一度、ハイクラスのSNSからログアウトする。

ぼんやりとしながら、私は自分の腕を見る。

細い腕だ

冬眠しながら生きているも同然のこの時代とは言え。

細い腕だった。

 

(続)