もう一つの夢

 

弓月貴文。 セベクスキャンダルを、卓越したリーダーシップで南条らと共に解決し

現在も彼ら旧エミルンペルソナ使い達のリーダーとして、全幅の信頼を寄せられる存在である

その性格は穏和にてだが時に激しく、優しくてだが時に非情

灰汁の強いメンバーをまとめ上げられただけの事はあり、強固な意志力を持ち

だがそれを決して表には見せない為、普段はそれほど目立たない

結局彼は新世塾スキャンダルには参加しなかったが、それは戦略上の問題もあり

現在も旧エミルンのペルソナ使い達は、彼に対する信頼を揺らがせてはいない

そんな彼が、古巣に戻ってきたのは、新世塾スキャンダルが終わって一年が過ぎた頃だった

大学の夏休みを利用し、丁度同時期に南条はこの町に戻ってきていた

一年前のような不穏な気配もなく、だが仕事が減るわけでもなく。 南条もナナミも仕事に追われ

それでも時々合間を縫って、仲間達と会食やキャンプを開いてリラックスしていた

今日はそんな日の一つだった。 南条は朝から城戸と上杉と共に、新しいネクタイを探しに行き

(南条のネクタイは無論全て<1>が入ったオーダーメイドである。 城戸や上杉用のを捜すのだ)

ナナミは街を適当にぶらつき、美味しいアイス屋を足で探し出そうとしていた

「ナイトメアちゃん、久しぶり」

ふと聞き覚えのある声に、ナナミが振り向き、そして驚いた

「弓月お兄ちゃん・・・この間の同窓会ぶりですぅ!」

 

二人はひとしきり近況を話し合うと、近くにあるアイス屋に向かい

ナナミは一応Bランクを付けているシナモンバニラを(前に食べてからかなり時間が経っており

故に味が向上している可能性があったのだが、残念ながら同じであった)弓月はチョコミントを選び

椅子に腰掛け、リラックスしながら話を続けた。 やがて、ナナミが前から思っていた疑問を口にした

「ところでお兄ちゃん、追い続けていた夢って結局なんだったんですかぁ?」

「ごめんな、それだけは教えられない。 でもかなえたよ」

相変わらずの弓月の台詞に、ナナミは肩をすくめたが、話はまだ続いた

「具体的には教えられないけど、大変だったんだよ、結構・・・

九州で野生の月の輪熊とペルソナ無しで戦ったり、三重じゃ栗の木を素手で倒したりしたっけ」

空気が凍結したのにも気付かず、弓月は続ける。 この青年は、意志力は強いものの

感性が多分に水準からかけ離れており、時々理解不能なことを延々と話すことがあるのだ

弓月は手振りをまじえ、実に楽しそうに語る

「四国でロッククライミングもしたっけなあ・・・そうそう、富士山で達磨落としもしたよ

そしたら其処にいた悪魔達が喜んでね、一匹なんて魔界から魔王を連れてきちゃったりして

沖縄にも行って、マングースをなでなでしたときには、夢に大きく近づいてね

それで最後は、夢を叶えることに成功したんだ。」

「一体何をしてたんですか・・・今まで。 その台詞からは、全く判断不能ですぅ」

ナナミの言葉は、筋が通った物だった。

実際、どこの誰にも今までの言葉で弓月の夢など判断できないだろう

困惑するナナミを見やると、弓月は園村が大好きな微笑みを浮かべると、楽しげに応えた

「だから秘密だよ、ナイトメアちゃん。」

「はぁ、そうですか。 まあいいや。

所でお兄ちゃん、今度はどんな夢に挑戦したいんですかぁ?」

ナナミが眼を細める、彼女は今までの弓月の口調から、青年がまだ夢を持っている事を感づいていた

しかもそれは図星であり、弓月は鋭く眼を細め、声を潜めた

「教えてあげよっか・・・ヒントだけね。

この夢は結構大変な夢でね、かなえるには南アルプスの全ての山を踏破して

ハワイで三日三晩踊り続け、ドイツで本物の古伊万里を見つけて来なきゃいけないんだ

しかも、これはまだ序の口だよ?

ネイティブの人達から呪術の使い方を教わって、北海道で鮭の産卵を見て

最後にはハワイのキラウェア火山に行って、魔王さんに教わった・・・

おっと、いけないいけない、これ以上喋ったら、夢が何だかばれちゃうね」

「大丈夫、100%ばれないですぅ。 それのどこが一体ヒントですか・・・」

もはや理解不能を通り越して、意味不明と化している弓月の言葉に、ナナミが硬直するが

今まで以上に楽しそうな様子で、弓月は続ける

「この夢は、前のに比べて壮大だよ・・・僕はこの夢を成し遂げたとき、また一つ大きな存在になれる!

その時はお祝いしよう、ナイトメアちゃん、何が欲しい?」

「とりあえず、具体的に夢がなんだったのか教えて欲しいですぅ。 それ以上は何もいらないです」

今度は、弓月が凍結する番だった。 落ち着きを取り戻したナナミが、コーヒーを注文し

砂糖もミルクも入れないで、それを啜った

この後、弓月は夢を叶えたという。 しかし、その夢が一体何であったのか、誰も知る者はいなかった

第一の夢も、第二の夢も。 おそらく、それは未来永劫明らかになることは無いだろう

この世で最も不思議な物は、人の心。 理性に寄らない不可思議さが、人の多様性を作り出す

時には不可思議であったが、それは弓月の長所であることに間違いはなかった