死闘! マークVSナナミ

 

「へっ、なーにを抜かすかこのサルが!

効率の悪い脳味噌で考えたにふさわしい、阿呆な台詞ですぅ!」

「な、なにをー! 今日という今日は、もうゆるさねえ! 待ちやがれ!」

サルと言われた稲葉が真っ赤になり、舌を出して逃げるナナミを本気になって追い回す

セベクスキャンダルが終わった今でも、当たり前の光景である。

喧嘩するほど仲がいいという言葉があるが、この二人にとって喧嘩する事は挨拶のようなものだった

しかし、いつも喧嘩をするとナナミに分がある。 学校帰りにナナミと稲葉は喧嘩になったのだが

今回も稲葉は彼女に触れることすら出来ず、言葉でも全く勝ち目がなく

汗をかいて大きく肩で息をついているところを、塀の上からナナミに笑われていた

「へっ、根性無しが。」

「て・・・て、てめえ・・・はあはあ・・・・こ、こうなったら勝負だ!」

「一対一の実戦? それとも多数対多数のがお好みですかぁ?」

恐ろしいことを真顔で言うナナミ。 もし此処で稲葉が実戦などと口にしたら

この少女の姿をした悪魔は、相手を殺さないにしても

一月は腰がたたなくなる程度の事は、それこそ平然とやるだろう

暫く一緒に戦っていた稲葉はそれを良く知っている。 だから、相手を指さすと、こう宣言した

「そんな物騒なコトするか! いいか、勝負はな!」

「勝負は?」

「あれだ!」

そういった稲葉が指さしたのは、クイズ番組のパネルであった

「クイズ? へっ、歴史物にしても、科学物にしても、ナイトメアの勝ちは見え見えですぅ」

「だーれがそんなもんで勝負するよ! 勝負は・・・

勝負はな・・・聞いて驚け! 園村クイズだ!」

「なっ・・・何て事を考えたですかぁ!」

ナナミが驚愕する。 考えた物である、これなら確かに稲葉にも勝機がある

硬直とするナナミを前に、クイズの司会として桐島が連れてこられ、早押しのランプが用意された

園村の親友(どちらかが弓月と両思いになったらどうなるかは分からないが)の彼女は

当然園村の事に詳しく、事情を聞くと面白そうだと考え、積極的に参加した

「良し、今日こそは勝つ!」

今までにない気迫で、稲葉が席に着いた。 園村の事なら何でも知っているという自負がある彼である

一方でナナミは、稲葉に負けるのは嫌だという気持ちが大きく、何としても勝つ方法を考えていた

「第一問ですわ」

桐島がクイズの開始を宣言した。 どこからか、緊迫感溢れる音楽が流れる

「Makiの好きなた・・・」

其処までで声はとぎれた。 稲葉が雷火の如き勢いで、早押しボタンを叩いたのである

「イチゴ!」

「せ・・・正解ですわ」

桐島が唖然とする中、稲葉の得点ボードに20点が入り、鼻息も荒く彼は大きくガッツポーズを取る

このクイズはどちらかが100点を取れば勝ちである。 お手つきは−10点であり

−30点以下になると、その時点で負けが決定する

得点の+−は全て、セットされたコンピュータにより制御されている

これらのシステムは、南条コンツェルンの系列会社がパーティ向けのクイズ玩具として作りだした物だ

まずい。 ナナミはそう思った。 これは到底勝ち目はない

料理勝負なら、前にこてんぱんにやっつけてやった

ダンス勝負でも、軽快な彼女の舞が稲葉を圧倒した

しかし、園村麻希カルトクイズとなると、正直言ってどうしても勝ち目はない

「第二問、Makiがコンク・・・」

「楽園の扉!」

「正解ですわ。 これでMarkは40点ですわね」

嘲るような視線を、稲葉がナナミに向けた。 この瞬間、彼女の闘志に火がついた

しかし、それだけでは勝ち目はない。 三回目、四回目も稲葉が先制し

見物に来た南条、黛を交えて、クイズは更に進んだ

「さあ、Mark、勝利にcheckですわ。 第五問、Makiの・・・」

今度はナナミが先に押した。 そして、答えを聞かれると、暫く考え込み、そして言った

「マキお姉ちゃんの好きな色は、サファイアブルー!」

「違いますわ。 これでNightmare、お手つき一回ですわね」

溜息をつき、ナナミが席に着いた。 勝利を諦めたのかと誰もが思ったが、そうではなかった

「・・・なるほど、ナイトメアめ。 最後の可能性に賭けるつもりだな」

南条が眼鏡を直し、静かに呟いた。 その声は隣で見ている黛にしか届かなかった

 

その後、クイズはナナミが二回早く押し、いずれも考え込んだ末にお手つきをして

時間のみが虚しく経過していた。 そして、最後の勝負の時が来た

「絶対に、勝つ! 園村の知識で、絶対に、俺が負けるわけにはいかねえんだ!」

尋常ならざる気迫で、稲葉が構える。

ナナミも、ちらちらと周囲を伺いながらも、気迫を早押しボタンにぶつけた

「第八問! Makiの・・・」

またしても、先にボタンを押したのはナナミであった。 限りない沈黙が流れる

そして、その顔に笑みが浮かんだ。 勝利の女神とやらは、彼女に微笑んだのである

「やっほー! みんな、何してるのー?」

限りなく純粋で、明るい優しさを持った声が、遠くから近づいてくる

同時に、稲葉の表情が喜びに満ち、そして一気に青ざめた

「そ、そそそそそそ園村!」

「へっ、勝った!」

ナナミが笑った。この瞬間、彼女のパネルは−30点を表示し、お手つき三回の負けが決定したが

そんなシステム上の勝利は、もう稲葉にはどうでもいいことだった。 見えてさえ居なかった

おそらくナナミは、園村を前に平然と言うだろう。

今、園村麻希カルトクイズをやっていて、稲葉が怒濤の如き勢いで正解していたことを

そして、それを聞いた園村は言うだろう。 稲葉君って、ストーカーみたいだね、と

この時、鈍感な稲葉も流石に悟った

ナナミはわざと時間を稼ぐことによって、園村が此処を通りかかるのを待っていたのだ

稲葉の名誉のために付け加えると、彼はストーカーでなどない。

単に園村を熱烈に愛するが故、彼女に関する情報を一切聞き逃さず、そして忘れもしないだけなのだ

「お、おおおおお俺の負けだ! 負け負け負け! クイズ終わり!」

大慌てで稲葉が立ち上がり、手をばたばた振って宣言すると、彼の苦労を察した桐島が苦笑し

黛や南条も頭を下げて、苦笑を堪えながらも同情していた

「ナイトメアの勝ちです。 稲葉お兄ちゃん、帰りに王丘堂のアイスクリームをおごるですぅ!」

はたはたと落涙しながら、稲葉は頷いた。 ナナミの口がアイスで止まるなら安い物だし

実際ナナミは、こういう取引には非情に律儀で、おごられたからには絶対に口を閉ざす

勿論となりでは、園村もアイスをねだっている。 おごらざるを得ないだろう

こうして彼はシステム上の勝負に勝ち、戦いに負けたのだった

宿敵との戦いは続く。 しかし、彼が勝てる日は、いつか来るのであろうか