混沌に飲まれて

 

序,混沌が呼ぶ混沌

 

日本政府は混乱に落ちていた。 珠阯レ市が、新世塾の言葉通り宙に浮いたのである

この様な自然現象は、神話時代以来空前絶後の出来事であり

世界中の科学者が日本行きを希望し、政府は混乱を避けようとして却って混乱を助長していた

米軍も、行動を開始していた。 自慢の精鋭である、第七艦隊を動かしたのである

勿論太平洋全域を縄張りとする第七艦隊の全てではないが、日本周辺にいた艦は全て動員され

戦力は軽く数万、戦闘目的の艦は32隻に達し

その中には破壊力に置いて小国なら国一つの軍隊を凌駕するといわれる、空母ニミッツも含まれていた

兵士達は士気、訓練に置いて比類無く、世界有数の精鋭である

その気になれば、小さな国を短時間で蹂躙しつくせる程の、強大極まる戦力であった

米軍がこれ程大袈裟な作戦行動に出たのには、無論理由がある。

敵が一瞬で駆逐艦とミサイル艦を撃沈するほどの能力を持っているのは分かっているし

何より、あの巨大な「トリフネ」を浮上させたのである。 敵の能力は決して侮れない

彼ら米軍は、CIA経由で、既に新世塾の目的を掴んでいる。

である以上、戦力を出し惜しみするわけには行かなかっただろう

核兵器も、勿論装備している第七艦隊は、無数の攻撃機を満載し、波を蹴立てて日本に向かっていた

彼らは力で、あの巨大なトリフネを叩き落とすつもりだった

ニミッツの甲板上には、対艦ミサイルを搭載した攻撃機が満載され、牙を研いで攻撃命令を待っている

そして、船内では、核ミサイルを搭載した攻撃機も、甲板への登場を待っていた

だが、彼らが敵の元に辿り着くことは、未来永劫無かった

残念な話なのかは、良い話だったのかは、当事者によって違うだろう

だが、一つはっきりしている事がある。 彼らは身の程を知らなかった、ということであった

 

一方で、新世塾も混乱に落ちていた。

竜蔵の命令により、中里が菅原陸将の後任として師団司令官となったのだが

部下達は竜蔵の命令だから彼に従っているのであって、決して好きこのんで従っている訳ではなかった

ただ、中里は無能であっても忠実な男だった。 竜蔵の命令通り、小川を呼んで意見を聞いたのだ

小人共の不満の視線が集中する中、小川は現れ、そして意見を述べた

「まずやるべき事としては、穢れ払い用の装置を本部に撤収します。

そして、交戦状態に入った特殊能力者以外に撤退を命じ、本部に戦力を集中します」

たちまち非難の声が挙がった。 受動的で、臆病な作戦行動だというのである

受動的だろうが、臆病だろうが、敵がゲリラ戦をしていて、しかもそれが組織的である以上

このまま事態を流しては、敵の思うつぼである。 敵を集めて叩くような工夫が必要であろう

しかし、無能な中里の部下達は理解できなかったようだった

それに加えて、呆れたことに彼らは、陸自出身者と海自出身者で派閥を作り、対立さえ始めていた

無論、盟主である竜蔵に対する忠誠心は確かな物で、それは揺るぎ無い

だが、中里に対する忠誠心はそうではなかったし、まして元傭兵である軍事顧問の小川に対しては

明らかにマイナスの感情を抱いていて、偏見に満ちた目で彼を見ていた

中里は苦悶の末、決断した。 竜蔵の指示に従ったのである

「分かった、小川君の言葉が正しいと思う。 具体的にはどうしたらいい?」

この瞬間、部下との亀裂が決定的な物になったことにも気付かず、中里は自分の決断力に陶酔していた

小川は、この時既に、事態の推移を予測していたかも知れない

この時、竜蔵がこの場にいたら、こんな混乱は避けられたはずだった

だが、その最重要人物は眼前の理想に目がくらみ、足下が見えていない

それを小川は悟っていたが、仕事と割り切って、給料分の働きをすることを既に心中で決めていた

軽い失望と同時に、小川は軽い高揚を覚えている。

このまま行くと、彼は地上最強の人間達と相まみえる事になるのかも知れないのだ。

今時数少ない<生粋の武人>である小川は、それに喜びを感じていたのである

 

1,混戦

 

死闘を続ける南条とナナミ。 彼らの前には、異形のJOKERを宿した強力なJOKER使いがいて

復頭をそれぞれ攻撃、防御、補助と役割分担し、綺麗に連携して攻撃してきた

攻撃魔法は強烈で、それに巻き込まれるのをおそれ、既に自衛官達は逃げ出している

流石の南条とナナミも最初は防戦一方で、そのまま押し切られるかと思われた

だが、所詮は一人の身体に宿っている以上、多数が連携したよりも能力的に劣るのは避けられない

ましてや、相手はコンビネーション攻撃に置いて右に出る者が居ないこの二人である

数度攻撃を応酬すると、南条は振り向き、ナナミが頷く。 二人は同時に跳躍し、南条は右に

そしてナナミは天井まで浮き上がり、更にそれを蹴って加速、後方に回り込んだ

この時、どちらかに張り付けば勝機はあっただろう

だが、JOKER使いは、其処まで考えられなかったようで、困惑して立ちつくす

その隙をつき、ナナミがワルサーを連射し、後頭部当たりの防御結界に間断なく光の華が咲いた

男が振り向き、間髪入れずに横から、南条の放った攻撃魔法が叩き付けられる

奇怪な悲鳴と爆発音が混じり合い、すぐに場は静寂に包まれる

「へっ、ナイトメアとやるには十年早いですぅ」

親指を立てて下に向け、ナナミが嘲笑した。

煙が張れると、JOKER使いは完全に戦闘力を喪失し、地面に倒れ伏していた

死んではいないが、もうJOKERを発動させることなど出来ない。 勝敗は決した

ナナミが歩み寄り、その頭にワルサーを向ける。 南条は頭を振ると、パートナーにブレーキを掛けた

それは彼の義務であった。 彼を認め、背中を守ってくれる相手に、彼は言う

「よせ、ナイトメア。 無駄に殺すな」

「此奴は殺した方がいいとおもうですけど・・・まあいいです。

じゃあ、せめて動けないようにはしとくです」

腰を落とすと、ナナミは男の頭に手をつき、そして生体エネルギーを死なない程度に

だが可能な限り根こそぎ啜り取った。 これでこの男は、一月はまともに歩けまい

このJOKER使いは、事件当時、実に六人もの殺害依頼を行い、こんな異形のJOKERに憑依されたのだ

JOKERの様子から、ナナミは相手が行ったことを悟り、殺そうとしたのだが

南条が止めろと言うのなら、止めるだけの事。

自分に存在しないブレーキを南条がかけてくれる事を嬉しく思っているのだから、従わない理由はない

肩をすくめ、ナナミはワルサーをしまった

トランシーバーが鳴った。 南条は刀を鞘に収めると、ナナミが周囲に目を光らせるのを確認し

汚れ払い用の機器がある部屋に入りながら、それを受ける

「南条だ。 何用だ?」

「でひゃひゃひゃひゃ、真リーダーのブラウン様っス!

こっちはアニキがペルソナ使いのおねーちゃんに勝って、機械も壊したっスよ!

そして、一番活躍したのは、この俺様! ま、とーぜんの結果ってやつっスか?」

案の定、無線に出たのは上杉だった。 相変わらずの軽口だが、そのままでは終わらなかった

「へっ、無能な割には良くやった・・・と言いたいですけど」

南条がトランシーバーをナナミに手渡したことも気付かず、軽口を叩いていた上杉の舌が凍り付いた

そのままナナミは、南条が機械を破壊するのを横目で確認しながら、冷徹に続けた

「主に働いたのは城戸お兄ちゃんと園村お姉ちゃん・・・違いますかあ?」

「ひ、ひ、酷いっスよ、ナイトメアちゃん! 俺様だって、俺様だって・・・!」

「どーせ、雑魚を掃除してたんじゃないですかぁ?

過剰に戦績を報告するのは、万死に値するです!」

図星を指された上杉は石化し、そのままナイトメアが無線を切る

城戸は敵の魔法攻撃の猛攻に耐えつつ、園村が作った隙を見計らい、腹部に加減した一撃を浴びせ

敵ペルソナ使いは意識を喪失して倒れ伏し、勝利を収めることが出来た

力技であったが、それが強大である場合、そうそう防ぎきれる者は居ない。

城戸は自分の拳で、それを証明して見せたのだ

その間、上杉はナナミの指摘通り周囲の自衛官達を片づけており、誰も城戸の側には寄せ付けなかった

それを評価してやるべきなのだろうが、さも自分のみが活躍したように上杉が言ったので

ナナミは釘を差したのだ。 だが残念な事に、相手には、そうはとられなかったようだった

既に機械は用を為せないまでに南条が破壊し尽くしており、この場に用はない

南条は汚れた刀身を布で拭くと、たたんでポケットに納めていた。 それはこの間血をふき取った布で

今回もまた、持ち帰って洗濯し、再度使うのである

程なく、敵サマナーに勝利を収めた、桐島と黛も連絡してきた。

「南条、あたし達も勝ったよ。 機械もぶっこわしといた」

「ご苦労。」

言葉少なく南条は応えた。 桐島と黛の相手のサマナーはかなりの使い手であり

呼び出す悪魔達はかなりの強者揃いだったが、黛の冷静な判断の元、一体一体着実に葬り

最後にサマナーもうち倒し、勝利を収めることが出来たのである

それを確認して後、全員に一旦アジトに戻るように通告すると、南条は早足に建物を出る

そして、進入経路と同じ箇所から帰ろうとした彼の耳に、またしても無線の呼び出し音が響いた

今度の通話の主は、空間移動装置を使い、トリフネ内部から帰還した同盟者だった

「南条君、無事?」

「Ms天野? そちらこそ御無事ですか?」

そう、それは舞耶からの呼び出しであった。 ナナミが一瞬振り向き、だがすぐに周囲の警戒に戻る

「うん、達哉君が少し怪我をしたけど、後はみんな大丈夫。

それで、トリフネから今帰ってきたわ。 今蓮華台のアラヤ神社にいるんだけど、時間がないの

竜蔵が居る場所の、心当たりはない?」

「おそらく、蓮華台に出現したという、巨大な城の天守閣でしょう

今、そちらに部下を行かせます。 必要な物資は彼に申しつけて下さい

それと、一つお願いがあるのですが・・・」

南条の言葉に、舞耶は快く承諾した。

それはナナミが考案した策で、成功すれば事態の収束を早められるはずだった

策を考案した本人は、聞こえてくる言葉の断片から既に状況を把握

無線を取りだし、用意が良いことに部下に連絡を取っている

それを横目で確認すると、南条は幾つかの情報を交換し、そして無線を切った

「ナイトメア、一旦帰還するぞ。 次の作戦に移る」

南条は、その後はもう無駄口を叩かず、下水道を黙々と進んでいった

新世塾に属する第十五師団は、今までの作戦で、かなりの精神的打撃を受けている

舞耶達を攻撃する余力はないし、ジャミングに情報網が覆い尽くされている今、打てる手もない

ただ、突発的な攻撃がある可能性は決して低くない為、注意する必要はあった

その為には、無駄口を叩かず迅速に行動する事が重要であり、南条はそれを実行していたのだ

派遣した部下から、程なく連絡が届く。 舞耶達は蓮華台に出現した城への侵入に成功

物資は滞り無く提供し、現在は内部で悪魔と交戦中との事だった

しばらくの無言の後、彼らは本拠地に戻っていた

他の者達も、すぐに現れ、そして次の作戦が説明された

 

「南条、それで次はどうするんだい?」

腕を組みながら、黛が言う。 彼女はまだ不機嫌そうで、しかし周りの人間は動じていない

黛がこの大事な時に周囲の人間に当たり散らすような、品のない人物とは違うと知っているからである

南条が地図を広げる。 攻撃を完了した地点に×をつけると、それは二十七カ所に及び

しかしながら、示された敵拠点の数にはほど遠い。 それを見て、何人かが溜息をついた

だが、ナナミも南条も、松岡も動じては居ない。

敵の内、既に三個連隊を無力化し、そして三つの地区に配備された汚れ払い用の機器も排除し

同地区の守備隊にも、かなりの打撃を与えたのである

何より、一番大きいのは敵の心理に楔を打ち込んだことだ

合計して、既に二割近い敵が戦略的に無力化している

これを大戦果と言わずして何というか、他に適切な呼び方はあるまい

ただ、それが根本的な解決にならないのも事実である。 それで、わざわざ黛は発言したのだ

南条は、それを受け、鋭く目を光らせるといつものように眼鏡をなおした

そして、一言で全員の疑問を解凍した

「次は、敵の中枢を直撃する」

黛が目を見張り、上杉が立ち上がった。 城戸すら驚いた様子で、南条を見た

一方で松岡とナナミは、冷静にそれを見ている

知っていた事であるし、その方が心理的効果が大きいからである

「今までの作戦は、敵中枢部に楔を打ち込み、守りを薄くするための陽動攻撃だ

これまでに松岡に入手させた情報によると、敵は四分五裂している様子だ。 この隙を逃す手はない

敵中枢部を制圧し、敵軍司令官を捕獲、敵兵達を降伏させる。」

「・・・敵はまだまだたくさん居るんだろ? 上手く行くのか?」

城戸が常識的な問いを口にすると、黛が隣で頷いた

これは、要するに周囲の人間の精神的体勢を整えさせるためのパフォーマンスと言っていい行動であり

南条もそれを理解していて、わざと少し間をおき、再び口を開いた

「案ずるな、策はある。

街の中枢には今だ5000以上の兵士が居て、その中央部に敵司令部が存在する

これでは、攻撃は出来ない。 だが、敵を混乱させ、敵本部を叩ければ話は別だ」

テロリストであれば、此処で爆弾を仕掛けて、敵を混乱に落とす策を考えたであろう

だがそうではない南条は、別の策を考えた

一瞬楽に戦えるその策も考えたのだが、心中にてすぐに放棄している

ちなみにナナミもその策は考えついたが、南条の答えを洞察して、口には出さずに放棄した

「敵の中枢は前から動いていない。 問題は、俺達が三回交戦した、二足歩行戦車だ

敵の操縦者達は皆優秀で、士気が高かった。 である以上、隊長はかなりの切れ者の可能性が高い

最悪の場合、そいつは司令部の位置に張り付いて、それを守るだろう。 全ての戦力を集中してな」

「手強そうだね。 避けては通れない?」

園村が慎重な疑問を発すると、南条はすぐに応える

その言葉には知識がない者を嘲る傲慢はなく、疑問に応える事務性と仲間に対する暖かい感情があった

「敵の戦力の内、俺達に対抗できるのはこれで打ち止めだ

おそらく、残ったサマナーやペルソナ使いも終結しているだろう

だからそれを承知で飛び込ませて貰う。 此処を破れば俺達の勝ちだ

そして、敵兵士を混乱に落とす方法だが、敵の内情を利用させて貰う」

一呼吸置くと、南条は立ち上がり、敵の組織図を松岡に取り出させた

松岡の調査は精密で、尉官級以上の敵のメンツは全て割れている

その中の二人、中里に次いで一番高位の二人を次いで指さすと、南条はずれた眼鏡をなおした

「この二人に、情報を流す。 中里を出し抜き、自分たちが取って代われる程の情報だと

奴らが錯覚する、大きな情報をな

人格も既に調査済みだ。 元々この二人は、これ程の階級に付けたのがおかしい様な男で

まず間違いなく、情報に引っかかる。 その上で、この二人を憎んでいるこの人物と、この人物

そして、この人物にも情報を流す。 それぞれ、別の情報をな」

「仲間割れ・・・をさせるってのかい?」

黛の言葉に、ナナミが不敵に微笑んだ。 このえげつない策を考案したのは彼女であり

策を緻密に、かつ効率的に再構築したのは南条である

岩戸山で、過去の一幕を再度見てから、彼の中には新たな力が育っていたようだった

勿論、今までの良さも失われていない。 山岡や、ナナミや、仲間達のことは何より大事に考えている

そして、何より大事なことである、優しさも忘れては居ない

本来のナナミの策は、愚者共に血みどろの殺し合いをさせる物だったが

南条はそれを被害者が最小限にする方策に構築し直し、自他共に満足する物に仕上げたのである

それらを好ましく思うナナミは、ダイヤの原石が、光り輝く宝石の王となりつつあるのを感じていた

作戦の第二段階が開始された。 それは、この事件の終幕につながる一幕であった

 

2,それぞれにあるもの

 

中里配下の一佐藤堂は、ここ暫く機嫌が悪い。 彼は自分の実力をわきまえておらず

経歴が上と言うだけで、中里の下についている現状に不満を持っていた

彼は二個連隊を任されており、その兵団は機動力を主とした自動車化部隊である

練度は問題なく、装備も最新鋭の物である。 運用次第では絶大な破壊力を周囲にまき散らす

それを守備につけるなど、兵の運用を間違えている物としか彼には思えず

実際それは、平野や草原等に展開し、敵と戦っているときなどは正しい考えだったろう

だがここは支配権すら確保していない、しかも街の中である

どんな種類の兵であろうと、威圧感を持って周囲に接し、有事の際は快足を生かして動くべきだ

状況を理解していない藤堂はただ不満ばかりを持ち、釈然とせずに本部をうろついていた

そんな彼の下に、部下が一人駆け寄ってきて、何かを耳打ちした

藤堂の顔が利己的な笑みにほころぶ、それは「信頼できる情報筋」から入手した情報で

中里を出し抜き、敵を一気に殲滅できるほどの重要な物だったからである

如何に相手が異常な能力を持つペルソナ使いであっても、重火器を装備し

高機動力を誇る自動車化連隊で奇襲すれば、文字通りひとたまりもない

それは確かに正しい判断だったろう。 ただし、その情報が正確ならばである

この情報は、十人ほどの人間を介して藤堂の耳に入った。 彼の部下は信頼できる人物であり

また、部下に情報を流した人物も信頼できる人物だった

だがそれを更にさかのぼって行くと、最終的に松岡に辿り着くのだ

同様にして、何人かの連隊長に、同様の情報が流された。 こうして事態は動き出した

ただ、松岡の誘いに乗らなかった者もいる。 対空ミサイル連隊を指揮する赤沢である

赤沢は実直な男で、数少ない小川の友人でもあり、事態を冷静に見ていた

単なる戦術家である他の連隊長とは違い、戦略家としても優秀であるこの男は

周囲の様子から、敵の次の手を分析、それを洞察していたのである

だが、しかしだからといってどうにかなる話ではない。 同僚を説得するのは不可能に近く

また機動力に欠け対地上火力も劣弱な彼の部隊では、敵に対抗することもできない

困惑する彼を嘲笑うように、敵の巧妙な策は十五師団を解体し、分裂させ、結束をうち砕いていった

そして、その分裂は、動き出した南条たちによって致命的なものとなったのである

 

愛機の操縦席で、小川はうたた寝していた。 彼は敵の策をほぼ完璧に洞察していたが

それ故に動くことが出来ず、二人のペルソナ使いと、ひとりのサマナー

サマナーが召喚した悪魔や木村のX−2改を周囲に配置しながら、ただ時を待っていた

彼の居る広場の奥には司令部があり、様々な情報設備が持ち込まれ

部下たちだけを現場に行かせ、自分達は冷房の効いた部屋で椅子にふんぞり返っている連隊長共と

急に彼らが言うことを聞かなくなったので動揺している中里が、兵士達の指揮を執っている

何人かの連隊長は<情報の>現場に行ったが、しかし結果は変わらないだろう

「あの・・・小川隊長」

小川が目を覚まし、愛機の通信モニターに目をやると、其処には思い詰めた顔の木村が写っていた

外の様子は変わりない。 悪魔達は主人の命令通り、周囲の偵察任務に終始し

ペルソナ使い二人は、退屈そうにポーカーをしている。 しかしそれは表面上のことで

常に周囲に神経を配り、敵ペルソナ使いの接近に備えようとしていた。 武器も手放しては居ない

「何だ、用件は短めに言え」

「・・・あの、隊長は、何のために戦って居るんですか?」

若さ故の質問だと、小川は眠たい目をこすりながら思った

彼が戦ってきた国では、生きるために他人を殺さなければならない者達が大勢いた

今日のパンのために、一切れの食事のために、彼らは人を殺した。

それを躊躇うような輩は、また理由を考えるような輩は、真っ先に殺されてもう生きていなかった

嘆かわしいことに、そういう生き方は子供でさえ強制されていたのである

小川は人をたくさん殺した。 自分の手でも、組織的にも、たくさん殺した

その中には無抵抗の市民も含まれていたし、少年兵も含まれていた。 彼の手は血塗れだった

つまり、小川は仕事でこれを行っていた。 給料のために、竜蔵に手を貸していた

金のため。 だが、多くの日本人はそれを笑えまい。

木村は思い詰めた表情で答えを待っている。 下手なことは言えないだろう

彼女は貴重な戦力であり、それを心理的に追いつめることは勝利への可能性を著しくそぐ

勝利? 小川の脳裏に疑問が浮かんだ

それは一体何をさすのだろうか。 竜蔵がこの町を完全制圧し、<理想的社会>が築かれ

この巨大な船の下にいる人間すべてが、天変地異で死ぬこと・・・

しかも、現在の様子から言って、築かれる理想社会とやらがろくでもないことはほぼ疑いない

小川自身は、その迷いを精神力でねじ伏せられる。 彼自身は問題がない

今までも、給料のために理不尽な戦争に散々手を貸してきた彼なのだ

それくらい出来なければ、今頃彼は、異国の地に屍を曝していたことは間違いない

だが、木村は違う。 容姿以上に幼い心の持ち主で、人形をこよなく愛し、少女趣味な服が大好きで

勿論動物の子供も、人間の子供も可愛くて仕方がない

つまり異常なまでの才能がなければ、絶対にこんな所には居ないはずの人間である

そして、小川のように血塗られた手の持ち主ではない。 いつ死んでもいいと考えている彼とは違い

あらゆる意味で未来を持ち、希望に溢れた存在といっていいだろう

小川は竜蔵に手を貸し、数百人に達する米兵を海の底に葬り

今また数十億の人間の死を、むしろ積極的に手助けしようとしている

である以上、いざというときには、竜蔵に殉ずるのは仕方がないだろう

だが、木村は自分とは違う。 そう、小川は考え、再び目を瞑っていった

「私は、給料分働いているだけだ

木村、給料分は働け。 それ以上は望まない」

頭が決して良くない木村も、数秒して上司の言葉の意味を悟ったようだった

外で悪魔が騒ぎ出した。 小川の神経を緊張が満たし、X−1改が立ち上がった

その右手部には強力な対戦車ライフルが装備され、左手のムラマサコピーは槍状に形態を変えてある

それを見て、X−2改も立ち上がった。 此方は無反動砲二門、ロケットランチャー二門、迫撃砲

対戦車ライフルとM249MINIMIを装備した、文字通り歩く要塞である

ペルソナ使い達が急いでトランプをしまい、立ち上がった。 それは彼女らにとって大事なものだった

サマナーも弱い悪魔を戻し、代わりに強力な悪魔を召喚した。 周囲が殺気に満ちる

「全員、総力戦用意! 此処を凌げば勝利は我らのものだ!」

小川の声が響きわたる。 それを信じようとした者はいたが、信じた者は一人も居なかった

既に周りに味方は居ない、敵がどの地点の兵力配置を粗にするか周囲状況から分析

それを把握し、伏兵したのだから当然のことである。 それは、同時に援軍が当分来ない事を意味する

援軍が来たところで、もうこれだけ隙があると、敵には策が幾らでもある

危なくなったとしても、逃げればすむだけのことだ。 一方此方には、もう後がない

要するに、短期決戦で全力を集中し、敵を撃破。 これ以外に小川に勝利の道はなかった

それにしても、竜蔵が戻ってきて兵士を直接指揮すれば、こんな事態は絶対に起こらなかっただろう

兵力の九割以上は未だに健在、補給も決して不足していないのだ。 本来なら絶対勝てる戦いである

第十五師団が、敵に後れをとったのは三つ。 人材、情報、戦略であった

そして、この三つで後れをとった事が、致命傷となったのであったが

それは歴史上多く見られる例であり、決して南条とナナミが、奇抜な策を考案したわけではない。

この時点で勝利は決まったと言っても良いが、それを確定させたのは他でもない

第十五師団の、歴史に対する不勉強と、何より自分自身の力に対する過信であったろう

 

「・・・成る程。 やはりかなり切れるようだな」

作戦通過地点の一つに、小川達が居るのを遠くより見て、南条は苦笑していた

もしも敵が彼らの動きを洞察していなければ、司令部を制圧した後降伏させれば良かったのだが

どうもそうは行かせてくれない様子である。 戦って倒すほかに道はないだろう

既に此方は発見されている。 彼を含む全員が心身共に緊張し、そして一斉に地を蹴った

「どうするんだい、南条! 各個撃破か、それとも一気に全部を叩く?」

走りながら、南条の傍らで黛が聞いた。 既にナナミは銃を抜き、南条の後ろを低空飛行している

敵はどう考えているか分からないが、彼らにも時間はない

一刻も早く街の混乱を収束させ、舞耶達の援護に回らないとまずいのだ

ならば、各個撃破している時間はない。 総攻撃を掛けて一気に葬りたいところだが

どうも敵の能力はそれをさせてくれそうもない、各個撃破を行わざるを得ないだろう

X−2改が攻撃を開始した。 常識を越える精度で、対戦車ライフルが城戸の足下に炸裂した

慌てて全員が物陰に隠れるが、攻撃は一秒毎に精度を増し、正確無比な射撃を連発してくる

「敵の戦力は、支援型の二足歩行戦車が一機、ペルソナ使い二人、サマナー一人!

後は雑魚がたくさん! 残る一機は多分一点集中攻撃型の二足歩行戦車ですぅ!」

南条の傍らで、積極的に敵の攻撃に反撃し、分析を行いそれを完了させたナナミが叫んだ

二足歩行戦車相手にワルサーでは荷が重すぎるが、それでも牽制くらいにはなる

現に彼女の攻撃は、Xー2改やペルソナ使いの結界に70%以上の精度で命中し

小川はその命中精度の高さを見て、心底苦々しげに舌打ちした

敵の反撃は今のところ小型拳銃によるものだけだが、それだけしか攻撃手段を持っていないはずがない

あの精度で戦車砲並の攻撃が連続して飛来したら、此方は決して面白い事態にはならない

「木村はそのまま敵を威嚇攻撃! 業山は木村をガード!」

業山と呼ばれたサマナーが頷き、四重を誇る防御結界を展開するX−2改の周りに

防御結界を得意とする悪魔達を、実に六体も召喚した

「猪田姉妹は悪魔を連れ、敵の背後に回り込め! 時間は少しくらいかかってもかまわん!」

ペルソナ使い二人が頷き、悪魔達が彼女らの後について走り出した

そして、X−1改が浮き上がった。 戦車砲をも防ぎきる防御力を持つ、中空からの攻撃者である

この機体の火力は、X−1に対して飛躍的に勝っているわけではない

だが飛行能力による高い機動力を持ち、防御力は二重の防御結界を展開することで飛躍的に強化

結果、総合的な能力はX−1を遙かに凌いでいる。 ましてや、それを猛者小川が操縦するのだ

X−1改は、飛び立つとすぐにビルの影に潜り込んだ。 場を、一瞬沈黙が支配した

 

ひとときの沈黙が嘘であったかのように、X−2改が攻撃を再開した

同時にサマナーが更に増援を召喚、悪魔達が一斉に攻撃魔法を唱え始める

「南条、これはやばいよ! どうするんだい!」

黛が叫ぶ、その傍らにはチャンスを狙って飛び出した物の、正面からの猛攻と死角からの十字砲火で

結界を破られそうになり、慌ててビルの中に逃げ戻った上杉が居た

今、南条達は二手に分かれて敵の攻撃を凌いでいる

木村からみて右手のビルに南条、ナナミ、城戸、園村が

逆側のビルには上杉、黛、桐島が隠れている

隠れてはいるが、敵の火力は強烈で、遮蔽物がいつまで持つか全く分からない

トランシーバーを通じて黛の声を聞いた南条は、冷静に現状を分析していた

敵指揮官は巧妙であった。 絶大な、おそらく戦車十両分以上の火力を誇るX−2改を最大限に生かし

敵の動きを封じて置いて、自身は死角を巧妙に移動しながら封印体勢を更に強化

また、ペルソナ使いと悪魔達を後方に迂回させることで、心理的プレッシャーを敵に与えつつ

迂回が成功した暁には、敵を挟み撃ちにして完全勝利を手に出来る

それを破る策は幾つか考えられる。 正面のX−2改を撃破するか、ペルソナ使いに数人をぶつけるか

もしくは・・・この状況を作りだしている、敵の司令を屠るか

最後の策を有用だと南条が思ったのとほぼ同時だった

ワルサーを懐にしまったナナミが、彼の服の袖を引いていた

「ダーリン、敵のボスを撃破するですぅ。 おびき出しさえしてくれれば、後はナイトメアが!」

「・・・そうだな、それしかない。 よし、皆、聞いてくれ! 作戦を授ける!」

自分と同じ結論に達していたパートナーの声を聞いて、南条の声に生気が戻った

同時に南条は、パートナーが考えていたことを悟った。 確かに、その策なら勝機はある

南条が微笑んだのを見て、ナナミもまた笑みを浮かべた。 勝機を感じたのである

トランシーバーから、それを言うことを促す黛の声が聞こえる。 咳払いをし、南条は始めた

「園村、それに黛、マカカジャを使えるペルソナを持っていたな。 黛は桐島に

園村はナイトメアに、極限まで掛けろ。 準備はそれだけで良い

作戦は簡単だ。 まず、俺が外に撃って出る

そして、あの飛行中の敵二足歩行戦車をナイトメアが墜とし、俺と二人で撃破する

その間、全員がかりで正面の敵を攻撃、ペルソナ使い達はその後俺達が対処する」

「そんなに簡単に行くかい? 援護しようか?」

当然の慎重論を黛が言う、だが南条は鼻を鳴らすと、静かにそれを粉砕した

「案ずるな。 俺だけが構築した策ではない、ナイトメアも考えた策だ」

「へっ、そういうことですぅ。 じゃ、ちょっくら行ってくるですよぉ!」

いつものように肩をすくめると、ナナミが走り出す。 眼鏡を直すと、南条が外に出た

防御結界を全開にしているとはいえ、敵火力の前には、そう長くは持たないだろう

至近距離に弾丸が炸裂し、結界が負荷に輝きを放つ。 悪魔達も南条に、容赦なく攻撃魔法を放った

周囲を炸裂音が圧し、そして小川がビルの影から飛び出した。

完全なる十字砲火の下、南条の頭に攻撃の素点を定め、引き金に指をかける

罠のことを失念していたわけではない。 敵が何かしらの意図を持って行動しているのは明かであり

だが小川には、それを実力で排除する自信があったのだ。 現に実力も充分だった

惜しむらくは、相手に人間以外の存在も混じっていることを、完全に失念していたことであろう

彼の愛機の正面モニターを、何か一つが侵略した。 それは赤だった

引き金から指を話し、回避行動をとる小川

結界に、上から振ってきた悪魔の死骸がぶつかり、鮮血がまき散らされたのだ

悪魔の死骸は顔面を複数回拳銃で撃ち抜かれ、更に頸動脈をかっきられていた

そして一瞬回避行動にすべての気を取られた小川に、上からの攻撃が叩き付けられたのである

それはナナミが放ったジオダインであった。 彼女は既に小川の上に回り込んでいたのである

結界が鈍く輝き、威力を消しきれなかったX−1改が激しく揺れた

「さ、踊るですぅ!」

反撃しようとする小川をあざ笑うと、ナナミは想像を絶する速度で一気にX−1改の下に回り込み

再び特大のジオダインを叩き付けた。 マカカジャで増幅されたジオダインの破壊力は凄まじく

下から強烈に突き上げられたX−1改のコックピットは大きく揺れ、そして流石の小川も呻いた

「くっ、おのれ!」

「へっ、ナイトメアと空中戦をやろうなんて、百年早いですぅ!

もう一発くれてやるから、有り難く受け取れです! 必殺、ジオダイン!」

今度は側面から、特大の雷撃が叩き付けられた。 頬を張り倒されるようにX−1改は宙で蹌踉めき

小川のはなった砲弾が、一瞬遅く今までナナミのいた空間を抉った

今の攻撃にX−1改の結界は耐えられたが、機体の飛翔装置が悲鳴を上げ始めていた

モニターを小川が見ると、ナナミは挑戦的にも機体の真正面にいて

その手には蒼い光が集中し、今正に強大な雷撃を解き放とうとしていた

砲撃しても相手の速さから言って、ほぼ確実によけられるだろう

小川が視線を逸らすと、ビルの上に人影が見えた、それは、さっきしとめ損なった南条であった

敵の意図を小川は察し、壮絶な笑みを浮かべた。 彼は今までにない物を感じ始めていた

「地面での戦いが望みか!? 面白い、だったら挑戦に乗ってやろう!

来い、受けて立ってやる!」

機首を傾け、X−1改がビルの屋上へ降りていった。 肩をすくめると、その後をナナミが追った

下では、X−2改及びサマナー業山VS城戸、園村、桐島、上杉、黛の死闘が始まっていた

 

南条が路上に跳びだしたとき、ナナミは地下を走っていた。

退却時のことを考慮し、この辺りの地下道のことも既に松岡は調査済みであり

用意の良いナナミは、最終作線が開始された頃には既にその内容を頭に叩き込んでいたのである

つまり、南条はマンホールを空けてナナミが地下に消えるのを待ってから、外に出たのだ

全員がその手を使えばよいと考える者もいるかも知れないが、それは違う

この地下道は逃げ道及び、全く見当違いの方向につながっていて、全員で入っても意味のない物だ

ナナミはその全く見当違いの地点に出ると、運悪く彼女に出くわした、業山の放った斥候悪魔を倒し

その亡骸を掴むと、小川の位置を確認、ゆっくり浮き上り頸動脈をかききって叩き付けたのである

重い死体を掴んで浮き上がれるほどに、物理面でもナナミは強くなっていたのだ

だが、速さは極端に落ちるし、長時間は飛べない。

今でも他の悪魔達と比べると、ナナミの物理的な力は到底比べるべくもなく弱い

結局、彼女は物理面では脆弱なままであった。 上位種の悪魔になった今でも、である

しかし、自身の特性を生かすには、それで良い。 だからナナミはその事を不満には思っていなかった

X−1改に光の束が叩き付けられるのを見ると、南条はすぐに近くのビルに駆け込み

代わりに飛び出す仲間達に視線で激励を送り、階段を掛けのぼった

そして、今の状況がある。 小川を前に、風に髪をなびかせるナナミと、刀を構える南条が居る

小川のX−1改は白い機体に新世塾のシンボルマークを付け、機能美と機械美を併せ持っていた

下では間断なく爆発音が響いている、それには時々人ならぬ者の悲鳴も混じっていた

だが、小川も、南条も、ナナミも、そちらに視線を移そうとはしなかった

下の部隊の指揮を執っているのは黛で、着実な攻撃で確実に敵を倒していって居るようであり

その戦いぶりは堅実で、現在、下での戦闘で必要なのは堅実性のため、問題は全くない

「ダーリン、此奴は強いです。 最初から、本気で行くですよぉ!」

「無論だ。 俺の名は南条圭、此方はナイトメアだ。 名を聞いておこうか」

「・・・古風な青年だな。 私の名は小川、小川浩一郎だ。 行くぞ!」

先に仕掛けたのは小川だった。 飛行装置すら利用して一気に加速、ナナミとの間を詰める

対しナナミはワルサーを片手で乱射しながら走り、敵との間が一定まで詰まった地点で自身も加速し

残像を残すほどの速さで二度跳躍、最後は飛び込み前転するような形で再度大きな間を取った

その間、ワルサーの弾は間断なく結界に炸裂していたが、無論そんな物が効くはずもない

ならば何故そんなことをしていたかというと、一つは殆ど事務的な牽制

そしてもう一つは、勝利に関する事、つまり敵の結界強度に対する探りである。

ナナミは攻撃を浴びせ、先ほどの魔法攻撃も合わせ、敵の結界をこれでほぼ解析した

X−1改の結界は二つの結界を複合させた物で、それを交互に展開することにより

物理、魔法それぞれの防御能力を飛躍的に高め、同時に互いの強度を補いあうシステムとなっている

ちなみにX−2改は、それを四枚の結界で行うシステムをとっており、それは相乗効果をもたらし

単純な防御能力は、X−1改のほぼ4倍となっている。 その代わり機動性能は比較にならない程低い

槍状のムラマサコピーが帯電している。 南条が地を蹴り、攻撃に転じようとした瞬間だった

ナナミが叫び、南条が危険を感じて結界を展開、そして一方向に収束した雷撃が放射された

それはナナミのジオダインにも迫る威力を見せ、南条のすぐ脇をかすめ、近くのビルに炸裂する

硝子が割れ、外壁が吹き飛び、轟音が周囲を圧す。 小川は口笛を吹くと、ムラマサコピーを構え直す

「大した破壊力だ。 こう言うのは慣れぬから使わなかったが、充分に実用的だな」

彼にこれを使わせる決意をしたのは、先ほどのナナミのジオダインである

まだナナミが、それに南条も力をセーブしている事は小川にはすぐ分かった。

つまり、敵は充分に結界を撃ち抜く力があるのだ。 ならば、それを使わせる余裕を与えてはならない

一旦距離を取り直すと、南条は再び刀を構えた。 彼の頭上に、バールが具現化する

ナナミも距離を取りつつ、戦術を頭の中で組み上げていた。 マカカジャはまだ当分切れないが

切れたときには、この相手を確実に倒せる自信はない。 防御結界の能力はX−1とは比較にならず

さっきも、特大のジオダインを受けながら破れなかった。 油断など到底出来ない

再び小川が攻勢に出た。 ムラマサコピーを頭上に掲げ、周囲に電撃をまき散らす

そして、南条の動きが一瞬止まったのを見計らい、再び走る。 目標はまたもナナミである

しかも先ほどの攻防で、敵の回避能力や運動能力は掴んでいる。

対戦車ライフルが発射の瞬間を待ち、その禍々しい銃口を輝かせていた

間を詰める小川、だが敵は彼の予想を裏切って、横には逃げず一気に魔力を開放したのである

「へっ、その手は喰わないですぅ! 必殺、ジオダイン!」

放たれた雷が結界を舐め尽くし、モニターを光で漂白、小川の動きを止めた

その間にナナミはX−1改の頭上を飛び越し、代わりに南条が攻撃魔法を撃ちはなっていた

「行け、バール! メギドラ!」

ビルの屋上が光と轟音に満たされた。 流石に二重の結界も悲鳴を上げ、だが致命傷には至らない

小川はダメージを受けながらもそれに耐え抜き、死闘はまだまだ終わる様子を見せなかった

 

3,神を望み、そして踊り死ぬ

 

南条、ナナミと小川による死闘が激しさを増す中、蓮華台でも戦いは加速していた

唐突に出現した巨大な城の中では、無数の悪魔と舞耶達の戦闘が行われており

現在も決着が付かず、激しさを増すばかりである。 流石に主神クラスペルソナを使いこなす者達でも

此処に放たれた無数の悪魔は、今までの者達とは全く比較にならないほど強敵で

中には高位悪魔の分身も混ざっており、おいそれとは進む事が出来なかった

しかし、それでも、今の舞耶達は地力が違う。 強大な悪魔達も、厄介なトラップも

彼女らの足を止めるにはいたらず、ついに舞耶は天守閣最上部に足を踏み入れたのである

そこで、最初に彼女らを歓迎したのは、悪魔ではなく人間の死体だった

日本人の物ではなく、拳銃を持っている。 そして、奥には新世塾幹部の死体も転がっていた

「何だ・・・何が起こったんだ?」

「此奴らは、多分アメリカの諜報員だな

CIAが動いてるって聞いたが、竜蔵を暗殺しに忍び込んで返り討ちにあったんだろう

他の幹部連中はここで殺られたみたいだがな・・・」

死体を転がし、パォフウが達哉の声に応えた。 死体には、竜蔵の物は混じっていない

周囲の血臭は凄まじく、無惨な殺され方をしたCIAの隊員は、虚ろな目を宙に向けていた

もう舞耶と克哉は落ち着いた物で、手分けして通路を捜していたが、相変わらずうららは目を背け

額を撃ち抜かれた新世塾幹部の死体を見ないようにしながら、奥へ行こうとし

CIA諜報員の死体に躓いて悲鳴を上げ、パォフウが舌打ちした

「おい、芹沢! 静かにしろ!」

「う、うっさいわねえ! アンタの方が五月蠅いわよ!」

「芹沢君、パォフウ、達哉。 奥に通路がある。 行くぞ」

冷静な克哉の声が、二人の子供じみた喧嘩を止めた。 奥からは、想像を絶する巨大な負の気配がする

途中の通路にも、何体かの死体が転がっていたが、それもやがて見られなくなった

最深部には、日輪丸で見たような護摩壇があり、中央には得体の知れない模様が書き込まれている

そして、祭壇に向かって視線を向けている老人は、間違いない。 須藤竜蔵だった

 

竜蔵は五人の気配に振り向き、鼻を鳴らした。 パォフウが前に出、唾を吐き捨てた

「ようやく追いつめたぜ、竜蔵!」

全員が武器を構える。 鈍感なうららでも、CIA諜報員を殺したのが竜蔵である事は分かっていた

五人の主神クラスペルソナ使いに殺気を叩き付けられる竜蔵。 しかし、その表情は余裕に満ちており

それだけでも、もうこの老人がただの老人でないことは明白であったろう

「来たか・・・だが、もう繰龍の神事の準備はすべて整った

私の勝ちだ。 世界は浄化され、王道楽土がやってくる」

「一つ聞いて良い? どうして、そんなに現在の文明を憎悪するの?」

舞耶の質問に、竜蔵は静かに笑った。 死に行く前の人間が持っているような、妙な潔さがあった

「私は50年以上前、満州にいた。 当然何も知らない洟垂れでな

何で日本人と中国人が対立しているのかも分からなかった。

日本軍が其処で何をしているのかも分からなかった。 無邪気で阿呆な子供だった

近所の家に、優しい姉さんが居た。 彼女は日本人である私にも優しくてな・・・誰よりも好きだった

だが、突然彼女は家族もろとも姿を消した。 何が何やら分からない内に破局が来て

知らない土地を逃げ回り、私は必死に日本に辿り着いた。 そして、戦争に負けて、暫く経った時だ

私は知ったよ。 彼女が731部隊に拉致されて、<マルタ>として生体実験に使われたとな

彼女の父親がスパイの嫌疑を掛けられたのが理由らしい。 スパイだったわけではなかったのにな」

蕩々と竜蔵は語った。 誰もが沈黙を守る中、悠然と背中を向け、更に続ける

「戦後、731部隊の首脳部連中は<司法取引>で無罪になった。

奴らの生体実験の情報をアメリカが知りたかったからだ・・・

私はそれから、学問に集中しつつ、歴史の研究に没頭した

自分の力でこの国を変えたいとか、青臭い事も考えていた。 彼女の悲劇を繰り返したくなかった

それに生かすために、世界の歴史を知り尽くしたかった。 だが! 現実は!」

竜蔵の手が震えていた。 その声が熱を帯び、眼には狂気じみた光が宿った

「人間の歴史は、腐敗、混乱、統一! その繰り返しでしかない!

くだらない議員連中と接し、各国の歴史を調べながら、私は確信したよ

此奴らには、一度破滅を見せてやらねば分からないとな。 主体性? 自由? 大いに結構!

だが、人間はそれを自分の良い様にとって、個人レベルでは<社会のため>と称して自主性を排除し

国家レベルでは<国のため>と称して、それぞれ勝手に我が儘放題な事を喚いている!

今の人間達を見ろ! 溢れるばかりの自由を得られる環境にいながら、ありもしない<常識>に縛られ!

ふん・・・・常識か。 常識などこの世には存在しない! 常識などと言う物は、国家、地域、果ては

家々のレベルでも異なってくる。 つまり人間すべてが違う<常識>の下に暮らしているのであって

本当は常識などと言う物は、<個人が常識と思っている物>に過ぎないのだ!

ありもしない物に縛られ、それに反する者を排除したがる・・・全く愚かな者共だ

人間のなんと愚かなことか! 何と進歩のないことか!

絶望した私の前に、御前が現れてくださった。 そして、力をくださったのだよ

・・・悲劇は私で終わりにする・ その為には、私は幾らでも手を汚そう」

護摩壇の火が、竜蔵の哀しみを反映するように燃え上がった

その時、初めて舞耶達は<御前>を見た。 それは、兜を被った、しなびた首のミイラだった

舞耶は溜息をついた。 確かに竜蔵の理論は正論である

しかし、彼女は絶対にそれを看過できなかった

「あなたの言いたいことは分かったわ。 でも、それは一部の現状を全体に転化しているに過ぎない

・・・そんな簡単なことを、あなたが分からないとは・・・思えないけど?

知っているはずよ。 多くの独裁者が、多くの暴君が、あなたと同じ事を言ったって!」

「天野君と言ったな。 君の言うとおりだ。 だが、私の言うことも正しい

言わんとする事は分かるな。 両者は互いに相容れぬのだよ。」

御前の目が光った。 同時に、竜蔵の身体から凄まじいオーラが立ち上る

舞耶達は見た。 御前の隣に、小さな女の子が現れるのを

それは、岩戸で見た、ルヴィアというニャルラトホテプの一部だった

竜蔵は気付かないようで、吹き上がるオーラに咆吼していた。

御前から触手が伸び、その身体に突き刺さる。 竜蔵の身体に変化が生じ始めた

「御前、私に、愚かな人間を王道楽土に導く力を! くぉおおおおおおぉぉぉおおおおお!」

「無様だな、無様だな竜蔵!」

奇怪に変化する竜蔵を見て、パォフウが吐き捨てる。 煙草を捨て、サングラスの奥の眼を光らせた

「てめえは逃げただけだ! 妥協しただけだ! すがっただけだ!

在りもしねえ救世主にすがり、自分の妄想にすがった! その結果が、その姿か!」

御前本体が宙に浮き、吼え続ける竜蔵と一体化した。 ルヴィアが指を鳴らすと、場が光に包まれる

それが収まると、そこには怪物が居た。 若い男の姿をしているが、背中には無数の翼を持ち

そして、翼と言わず腕と言わず、全身に無数の眼がついている。 若返った声で、竜蔵が言う

「私は須藤竜蔵にして澄丸清忠・・・そして、世界を導く救世主でもある

これが、これこそが力か! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!」

全員が戦闘態勢を整えた。 古代のセラフによく似た竜蔵との、死闘が始まった

 

「やっちゃいな、アステリア! マハガルダイン!」

最高位の風系攻撃魔法が、竜蔵を押さえつける。 破壊力は絶大で、周囲の物が轟音と共に千切れ飛ぶ

だが、竜蔵の身は鈍く輝くオーラに覆われ、物ともしない

竜蔵が翼を広げる、其処についた無数の眼が光り、そして次の瞬間狂風は消え去っていた

<魔力中和>、それは高位悪魔のみ使える、恐るべき能力である

既に、舞耶、うらら、パォフウは十分以上にわたり、最高位の攻撃魔法を連続して叩き付けていた

だが効果は見えず、そればかりか敵が衰える様子もない

竜蔵は余裕を満面に浮かべ、息子そっくりの皮肉な笑みを浮かべ、言った

「どうしたね、此処まで来たのにその程度か? もっと打ち込んでこないか?」

「達哉、行くぞ!」

後方で冷静に戦況を見ていた克哉が、歩き出しながらヒューペリオンを具現化させる

頷くと、達哉もアポロを具現化させた。 竜蔵が鼻を鳴らす前で、兄弟は同じ魔法を発動させた

灼熱の塊が、宙で混じり合った。 そして地面に叩き付けられ、煉獄の柱となって竜蔵を飲み込む

「達哉、援護を頼む! 必殺、ヒート・ブラスト!」

強大な魔力に覆われた珠阯レ城の頂上部から、炎が吹き出した。 天井の一部が吹き飛んだのだ

外にいた無気力な連中がぼんやりとそれを眺める中、煙を切り払って竜蔵が現れる

「なかなかやるな・・・たいしたものだ・・・だが我を倒すにはまだ無理だな・・・!」

竜蔵が魔力の塊を放ち、それは容易く達哉と克哉を吹き飛ばした

今度は舞耶が攻撃に出る。 月の光が竜蔵に叩き付けられるが、これも目立った効果はない

全員の攻撃を結集せねば、勝機はない。 舞耶は確信し、振り返って言った

「・・・一点突破を狙うわよ! うらら、マハガルダインで竜蔵を押さえつけて

克哉さん、達哉君、もう一度今のをお願い! パォフウは最後、行くわよ!」

「はん、させるか! 御前よ、我に力を!」

竜蔵の身体が輝きだした。 全身の眼が大きく見開き、そして無数の呪文が宙に流れる

そして呆れるほどの速さで、魔法は完成した。 竜蔵の掌中の巨大な光球がスパークした

「燃え尽きろ! メギドラオン!」

天守閣頂上部が、次の瞬間吹き飛んだ。 それは別の地区からも見えるほどの凄まじい物だった

当然轟音も凄まじく、城内の悪魔達が危険を感じて魔界に逃げ出す

護摩壇は竜蔵のオーラに守られ、<繰龍の神事>に使われるらしい祭壇も無事であった

竜蔵が宙に浮いたまま哄笑していた、だが、その笑いがかき消えた

「ひはははははは! 素晴らしい、素晴らしい! もう一発・・・・ぐ・・・ぐが・・・!?」

「悪いけど、そのくらいで限界だよ。 お爺ちゃん、人間を従える力を望んではいても

人外を従える力は望んでいなかったもんね・・・

だから、人外の力はそのくらいのキャパシティで終わり」

祭壇や護壇と同様にして、全く無傷だったルヴィアが、御前が安置されていた祭壇に座っていた

その表情は純粋に笑みだけで満たされ、皮肉も嘲笑も全くない

煙が晴れ始めた、全員で結界を集結させ、今の攻撃を耐え抜いた舞耶達が無事なままいた

彼らはルヴィアの事を認め、そして異変に侵される竜蔵を見た

竜蔵の身体が加速度的に黒くなり、羽が抜け落ちて行く。 そして、人間の特徴が消失していった

「人類の理想的社会の建築・・・それ以外のことをのぞんじゃったみたいだねー

理想を忘れて、力に取りつかれて、それを使うことに快感を覚えちゃったら、人間はそうなるんだよ

お爺ちゃんの場合は、心だけじゃなくて、身体もそうなっただけ・・・」

「シャアアアアアアアアアアアアアア!」

竜蔵が吼えた。 かって切り捨てた菅原のように、無様な怪物とかした竜蔵が咆吼した

もう理性は欠片も見えない。 其処にあるのは、ただの力への渇望が具現化しただけの物体だった

「あの子・・・可愛い顔して!」

うららがルヴィアを睨み付けるが、ニャルラトホテプの一部は微笑むだけだった

対し、冷徹なまでに冷静だったのはパォフウである。 うららを手で制すると、前に進み出る

「竜蔵、感謝しろ。 今楽にしてやる。 その無様な姿からも、てめえの妄想からも

そして・・・そのガキとの腐れ縁ともな・・・・動くな。 すぐ楽にしてやるから」

「もう無理だよ。 お爺ちゃんに、人間の言葉なんか聞こえないよ」

ルヴィアの言葉には事実を嘲る雰囲気もなく、ただ事務的に事実を指摘していた

それに対し、激昂したうららが拳を振り上げ、叫んだ

「アンタ、黙ってなさい! 後でお尻思いっきりひっぱたいてあげるわ!」

「芹沢、てめえも黙れ。 ・・・行くぞ!」

パォフウは、相手に何かを感じていた。 そしてその洞察は正しかった

反逆者・プロメテウスが具現化する。 パォフウは構えを取り、その力を一気に開放した

 

その後の戦いは、肉塊を処理すると言った方が良かったかも知れない

菅原の時と同様、蠢く肉体を魔法で押さえつけ、そして灼熱の炎で焼き尽くす

細胞が活動を止め、やがて悲鳴が聞こえなくなる。 だが、結果は違った

ある一定のダメージを与えた瞬間だった、まくろき肉体が動きを止め、人間に戻り始めたのだ

それは向こう側や過去、ニャルラトホテプに身体を乗っ取られた物が見せた事だった

神取はその時死に、黒須淳は生き残った。 竜蔵は、神取と同じ末路を辿った

「私は・・・そうか・・・・殺せ。 それで気が済むだろう?」

哀れな姿になった竜蔵が、宙を睨みながら言った。 身体の全てが人間に戻ったわけではない

下半身は怪物のままで、無様に蠢いている。 舞耶は哀れみを持ってそれを見、首を横に振った

竜蔵の眼が急速に光を失っていった。 だが、その表情は妙に安らいでいた

「そうか。 ならば自分で死ぬとしよう・・・・

私の愚かな妄想に従ってしまった兵士達に伝えて欲しい・・・無駄に死ぬなとな

自分の間違いは、死ぬ時ようやく認められるものだな・・・心地よい事よ

青臭い・・・だが・・・悪くない・・・」

竜蔵は死んだ。 誰の心にも、妙に憎しみは残っていなかった

しかし、気の休まる時間はなかった。 祭壇が光を発し、宙に紅い渦が浮き上がったのである

<汚れ>が、ついに自由な世界に開放されたのだ

地龍が地面を裂き、姿を現した。 半透明の、巨大な龍が鎌首をもたげ、咆吼する

世界中で天変地異が始まった・・・だが。

紅いオーラに覆われた珠阯レ市に吸い込まれるように、地龍は消えた

瞬く間の事であった。 その後は再び、何事もなかったかのような沈黙が世界を支配した

 

4,失夢の目覚め

 

南条とナナミ、それに小川との戦いは膠着状態に陥っていた

両者の総合能力が互角の上、その場にいる三人が常識を絶する手練れ揃いであり

隙を見せても致命傷には至らず、秘技を出すタイミングもつかめず

牽制(それでも一瞬のミスが命取りになったが)を繰り返しながら、死闘が続いていた

時間がないのは両者とも同じだった。 下では黛の冷静な指揮の元、業山が召喚した悪魔達は既に全滅

業山自身と、諦めずに戦う木村を相手に、城戸と上杉と桐島が接近戦を、園村と黛が援護を行い

戦いを押し気味に進めている。 だが、絶対的な優勢を確保しているわけでもない

小川にしてみれば援護に行きたいし、南条とナナミにしてみれば増援をなんとしても喰い止めたい

両者が焦りを感じ、決戦を急ぐのは当然の帰結であったろう

だが、武人である小川は楽しさも感じていた。 今までの彼の任務は、強敵との戦いを避け

そして弱者を如何に効率よく、如何に冷徹に殺すかという事であったから

こういう人知を絶する強敵と、技の頂点を争うような事はなかったのだ

南条にしても、楽しいことに代わりはない。 しかし、戦いが終われば残っているのはどちらかの死だ

戦いを終わらせる事を南条は決意した。 これ以上、この救えない戦いを長引かせるわけにはいかない

静かに眼鏡を直すと、南条は彼の後方で、流れ弾に頬を切られたナナミに声を掛けた

「勝負を決めるぞ、ナイトメア。 お前達の力で、一気に勝負を付ける!」

その言葉を聞き、ナナミは悟った。 南条が、切り札を使う気になったことを

ナナミは頬の傷から流れ出る血を手の甲で拭うと、静かに頷く。 そして、壮絶な笑みを浮かべた

「・・・じゃ、二段攻撃で行くです! まずはナイトメアから行くですよぉ!」

お前達と南条が言った、それがナナミには嬉しかった

彼女は、南条の心の中の最大の人間と、等価になっていたのだ

 

ナナミが走る、既に魔力は四割以上消耗しているが、後五分ほどマカカジャは保つ

無論ナナミは直線的に走るようなことはせず、変幻自在に間を詰めていったが

小川は冷静に素点を定め、対戦車ライフルを撃ちはなった

その間、ムラマサコピーは使わず雷をためている。 一撃を避け、次を避け、そしてナナミが反撃する

爆発によって、コンクリートの破片が飛び、また彼女の頬を切った。 しかし意に介さない

「必殺、ジオダイン!」

X−1改の結界が輝き、電撃を中和する。 そして、ためていた雷を、間髪入れずに放った

しかし、驚くべき事態が生じた。 ナナミが今までとは別の魔法を発動し、雷が弾かれたのである

それはマカラカーンの魔法であった。 短時間の内に、小川の心には魔法に対する依存が芽生えており

今の攻撃失敗は大きな心理的打撃になった、そして南条が、己の心にすむ最高の存在を具現化させる

「山岡!」

老人の姿が具現化した。 南条が心を許していた、肉親以上の存在だった老人

今や熾天使のように高貴な魂となった山岡老人が、鎌を振り、強大な電撃を空間に発生させる

慌てた小川が、愛機の持てる最大の攻撃魔法を発動させた

「させるか! フレイダイン!」

「ガーディアン・ハンマー!」

魔力で制御された電撃と、灼熱が、互角の火力でぶつかり合う

そして、平行して呪文詠唱していたナナミが笑みを浮かべた。 その手には、蒼い光が集中している

「これで終わりですぅ! 威力最大収束型、ジオダイン!」

ガーディアン・ハンマーにも劣らぬ電撃が、一気に放出された

それは側面からX−1改に襲いかかり、ついに結界を打ち破り、一部が機体を直撃した

「くぅおおおおおおおおあああああああああああああああ!」

絶叫が止み、ナナミが地面に降り立ち、そして膝をついた

額には汗が浮かんでいる。 再び、魔力を殆ど消耗してしまったからである

次いで南条も額に手をやり、片膝をついた。 彼の消耗もほぼ限界に来ていた

小川はまだ生きていた。 あの状況で必死に操作し、致命傷を避けたのだ

煙を上げる機体から這い出て、拳銃を構える

既にナナミもワルサーを抜いていた。 両者ともに、充分確実に敵を屠れる距離だった

二人の指が引き金に掛かり、そして止まった。 小川は疲れたように手を下ろすと、肩を落とした

「・・・これで良かったのかもしれんな

青年、お前は、竜蔵様より良い世界を作れると断言できるか?」

「それは、俺が言うべき事ではない。

人間全てが責任を放棄したから、奴のような人間が出ざるを得なかった。 それだけのことだ

俺はそうならん。 断言できるのは、誓えるのはその事しかない」

「ナイトメアと言ったか、お前はどう思うのだ?」

ナナミはしばし無言だった。 だが沈黙の後立ち上がると、いつものように肩をすくめて見せた

「人間文明なんぞどうなろうと、ナイトメアの知った事じゃないですぅ

でも、ナイトメアの目の前には、輝くダイヤの原石がある。 それが真の輝きを発するのを見たい

・・・・望みは、ただそれだけです」

「そうか。 出来るなどと思い上がったことを言ったら、撃ち殺してやろうと思ったのだが」

下の死闘も収束しようとしていた。 かなりの傷を負った城戸が後方に退き

業山は気絶して戦線離脱、木村は無反動砲を撃ちつくし、ロケットランチャーも使い切り

結界も執拗な連続攻撃で強度を落とし、涙を流しながら必死の抵抗を行っていた

小川は無線を取ると、まずペルソナ使いの姉妹に連絡を取った

戦いは終わったと告げると、彼女らはむしろ嬉しそうに、降伏することを宣言した

そして小川はX−2改の操縦席に連絡を取り、言った

「お前はもう、充分、給料分戦った。 止めて良いぞ」

膝を折るようにX−2改が前のめりになり、動きを止めた。

肩で息をつきながら、木村は安堵と興奮の中涙していた

結界が消滅し、コックピットが開く

もう、上杉も園村も、黛も桐島も城戸も、戦いが終わったことを理解していた

小川はビルの縁へ歩いていくと、千切れ掛けた手すり越しにそれを見て、静かに笑った

「あの子は、私の行ったことを素直に実行できるほど器用ではないのでな

私がああ言わなければ死んでいただろう。 君達と同じ未来在る者を、死なすには忍びない」

「へっ、冷徹な傭兵が、どういう風の吹き回しですかぁ?」

「さあな。 魔が差したんだろう」

そういって、小川は拳銃を放り捨てた。 此処に新世塾は、事実上敗北したのだった

 

それから三十分ほど後のことである

第十五師団軍司令部は南条らの手によって制圧され、中里の手から正式に降伏命令が出された。

自衛官達の中には従わない者も多かったが、後に竜蔵の死を納めた映像が流れ、彼らの降伏を決定した

そう、ナナミが考案した策とは、パォフウに高性能ビデオを渡すことにより竜蔵の死を納め

それを流すことによって、兵士達の戦意をそぐことだったのである

映像が流れたのは事態の終結後であったが、それは絶大な効果をもたらし

抵抗で出たであろう無意味でかつ無駄な犠牲を、確実に減らしたのだった

 

5,収束する事態

 

舞耶達の前には、青黒い道がどこまでも広がっていた

それはニャルラトホテプが作りだしたもので、その奥に彼らが居ることは明白であった

勿論其処にはいることを拒む理由などどこにもない。 意を決し、舞耶達はその中に赴く

 

第十五師団の降伏を受け入れた南条達の前に、黄金色に輝く蝶が現れた

ペルソナ使い達全員、それにナナミには、その存在に見覚えがあった

現在、ニャルラトホテプに押され、力を弱めてはいるが、奴と対になる存在で

人間の<創造>を司る普遍的無意識の原型、フィレモン

フィレモンが人の形を取る。 蝶の仮面を付けた、壮年男性の姿である

刀を納め、南条が眼鏡をなおした。

「何事だ、フィレモン。 ・・・愚問だな。 決戦か?」

「その通りだ。 天野舞耶達が、決戦に赴いた

筋違いなのは分かっている。 しかし、今のままでは戦力が足りない

何人か、彼女らの手伝いに赴いて欲しい。 移動と体力回復は私が行おう」

いつものようにフィレモンの声は淡々としていた。 それを聞き、南条は静かに笑った

「筋違いだと? ナイトメア、今の言葉をどう思う?」

「へっ、何を抜かすかこの蝶オヤジが・・・舞耶お姉ちゃんとナイトメアはとっくの昔に盟友ですぅ

盟友の危機を助けないような輩は、盟友と呼ぶに値しない・・・・違いますかぁ、ダーリン?

それがダーリンの良いところ。 だからナイトメアはダーリンの背中を守るです」

「違わない。 全てお前の言うとおりだ」

フィレモンが微笑した。 これだから、彼はこの者達を選んだのだ

「南条、いってきなよ。 松岡さんもいるし、ここはあたしらだけで充分だ」

黛が言うと、園村、城戸、上杉も頷いた。 既に自分の最高位ペルソナを再び覚醒させていた彼らだが

街の混乱は峠を越えたものの、まだ消えたわけではない

ナナミが松岡に細かい指示を幾つか出し、忠実な男はそれをメモして頷いた

それに幾つか補足して指示を出すと、南条は振り向いた

「桐島、お前はどうする?」

「勿論、Kei達と一緒に行きますわ。 Ms,AmanoやTatuyaとは、もう他人ではありませんもの」

「よし、赴くのは三人だな。 ・・・・転送するぞ」

場を黄金色の光が包み、次の瞬間三人はニャルラトホテプの作りだした迷宮に転送されていた

 

街を、シベリアンハスキーに乗り、少女が疾駆していた

彼女の名は高田留美子、右手には小さな腕時計があり、そして大事そうに小さな手帳を持っている

犬は、実はヘルハウンドと言われる悪魔で、名をペスという

留美子と、彼女の大事な存在の、共通の友であり、かけがえのない存在だった

「留美子、どうやらおめえも感じたようだな・・・」

彼女の中で声がした。 笑みを浮かべると、留美子は呟く

「うん、お兄ちゃん。 こっちで間違いないと思う」

「タシカニ、フノケハイガツヨクナッテイル。

キヲツケロ、イママデトハヒカクニナラナイレンチュガウロツイテイルハズダ」

ペスが言い、速度を一段と上げた。 彼女らが目指しているのは、トリフネ内部への入り口であった

 

太平洋上に、第七艦隊が停泊している。 今彼らは、紅い光に包まれた珠阯レ市に対し

大統領命令で、核攻撃を行う準備をしているところであった

周囲には偵察機が何機か飛び、攻撃機は既に核武装を終えている

そして、カタストロフが始まった。 偵察機の何機かが、通信途絶したのである

空に巨大な闇が現れた。 それは天使のようにも見え、悪魔のようにも見えた

「私こう言うこと、あんまり好きじゃないんだけどね・・・」

そういって、同時に現れた巨大な鳥の背中に乗ったのは李香花である

「仕方在るまい。 此奴らには消えてもらわねば、後で色々厄介だからな」

続けて、海から現れた巨大な蛇の頭の上に乗ったのはサーディンである

同時にニャルラトホテプも触手を此処に伸ばしていたのだが、戦いに干渉する気はない

その触手が、空に現れた闇だった

鳥の名はフレスベルグ、蛇の名はヨムルンガルド。 どちらも高位の悪魔で、戦闘力は計り知れない

しかも分身体ではなく、100%の本体である。 人間が束になっても敵う相手ではない

第七艦隊に動揺が走る。 サーディンも李香花も、現在本体の6割ほどの力しか召喚していないが

それでも、この程度の敵なら充分だった。 一人だけでも、余裕を持って叩きつぶせる

勝負は最初から見えきっていたが、それでもそれを止めないのが彼らが彼らである所以であろう

フレスベルグが狂風を起こし、ニミッツの艦上にあった攻撃機が吹き飛ぶ

身体をうねらせ、ヨムルンガルドが闇の障気を叩き付ける。 戦艦が一撃で木っ端微塵に消し飛んだ

恐慌状態に陥った第七艦隊は、戦闘機を次々に発進させ、お家芸の精密艦砲射撃で敵を攻撃するが

想像を絶するほど強力な防御結界が、人知を超えた攻撃魔法が、戦闘機を蠅のように叩き落とし

強力な艦砲を全く寄せ付けず、ニミッツはヨムルンガルドの胴体に締め潰されて沈没

間断なく飛来するミサイルはあろうことか逆方向に飛び、味方の艦艇を直撃し

戦闘機が味方のミサイルで叩き落とされ、一瞬毎に死者が大量生産されていった

「核兵器だ! 核をぶち込め!」

パニックに墜ちた司令官が喚き、それは実行に移された。 だが、攻撃は届かなかった

どういう訳か核兵器は艦上で誤爆したのである。 その瞬間、生き残っていた艦隊は消滅した

全滅まで三十分。 此処まで一方的な戦いは、戦史上も例がないだろう

「じゃ、メインディッシュを楽しむとしますか。 フレスベルグ、ご苦労様」

魔界に召喚した身体の殆どを戻し、香花が肩をすくめて消えた。 フレスベルグも魔界に帰還して行く

サーディンは無言のまま身体の殆どを魔界に戻して消え、ヨムルンガルドも魔界に消えた

 

最後の戦いは、此処に始まった。 それを邪魔できる者は、この世に存在しなくなった

這い寄る混沌、ニャルラトホテプが笑っている。

その哄笑は、自身の体内でもっとも大きく響いていた

達哉の前に、最強のペルソナ使いが立ちはだかっている。 復讐に全てを捧げ、修羅とかした女性

名は鳩美由美。 悪夢に等しい、地獄の戦いの開幕であった

                                     (続)