来る物は紅き船

 

序、死闘の前に

 

新世塾に所属する自衛隊第十五師団の、X−2改専属パイロット木村孝荷は

朝焼けの中、複雑な面もちで愛機を見上げていた。

新世塾が偽装イージス艦<日輪丸>を失う事になった戦いで、木村は愛機に乗らずにヘリで脱出

ペルソナ使い達と、X−1四機が、ヘリポートで死闘を演じている間に

X−2改は小型輸送艇で陸まで輸送されたが、その時敵と戦っていたX−1の操縦者達は全員死亡した

ドックに残っていたX−2一機は運び出す余裕が無く、その後は船と一緒に消失したと考えられている

また、海底遺跡に向かった、X−2のパイロット達も同様である。

連絡は未だになく、ほぼ確実に死亡したのだろう

戦闘による死亡。 公式記録では事故死で処理されるだろうが、しかし彼らは戦って死んだ

絶対に、日本ではあり得ない話のはずだった。 しかし、それは眼前で実際に起こった

そして、決して悪人ではなかった彼らは、同様に決して悪人でない者達の手によって殺された

悪人と善人の戦闘だったなら、どれだけ気が楽であったろう。 だが、そんな事は実際にはあり得ない

既に十三機製造されたX型二足歩行戦車のうち、十一機が損失、残っているのは最強の二機だけだった

高機動力を生かした戦闘を得意とするX−1改に比べ、木村のX−2改は機動力では劣るものの

実に四重にもわたって展開できる防御結界と、強力な重火器による武装が特徴であり

木村の卓絶した操縦能力がそれに加わると、その戦闘力は優に90式戦車10両に匹敵する

だがしかし、それは早い話が、それだけ優れた殺人の道具だと言うことである

しかも、制御系には人間の脳神経が使われている。 巨大な血の海に、この機は浮かんでいるのだった

「木村、出撃命令だ。 珠阯レ市に向かうぞ」

隊長の小川の声がした。 振り向くと、小川はもう此方を見てさえおらず

X−1改が、機械音を響かせ歩き出している。 整備は完璧であった

木村は頭を振り、雑念を追い払うと、愛機に飛び乗って隊長の後を追った

今の彼女にとって、信じられるのは隊長の命令だけであった。

 

地下鉄の坑道内を、舞耶達は急いでいた

周囲には、百人以上の人間が通り過ぎた事を示す痕跡が残っており

しかも新世塾側のサマナーが悪魔を放ったらしく、雑魚悪魔が無数に蠢いていた

だが、<向こう側>の力を取り戻した事で、ペルソナ・月の女神アルテミスを覚醒させ

一気に、圧倒的なまでに戦闘力が増した舞耶と

ペルソナ・太陽神アポロを使いこなす達哉の力は強大で、悪魔達は最初に力を見せつけられると

後はもう命を惜しんで、彼らに近寄ろうとしなかった

安全を確認すると、洞窟のようになっている坑道の中を歩きながら、パォフウは達哉に質問した

「なあ、達哉。 ・・・向こう側で、俺達や南条達は何をしてた?」

「パォフウさんは、噂を集めるホームページを開いていたくらいの事しか知らない

噂を何度か提供して貰ったが、結局一度も顔は合わせなかった」

振り向きもせず達哉は答え、パォフウは舌打ちした

彼がそのホームページを開いたのは、竜蔵を叩きつぶす情報を集める為であり

向こう側でもそれをやっていたと言う事は、同じ様な人生を送ったに違いなかったからだ

「兄さんは、此方側と同じだ。

違う事と言えば・・・須藤竜也に、警察署に火を付けられて憤慨してた事くらいだ

芹沢さんは、結婚詐欺にあってて、桐島さんはゆきのさんと一緒に俺達を手伝ってくれた

南条さんに会ったのは一度だけだ。・・・そういえば、ナイトメアさんも一緒にいた

あの時は使い魔か何かと思ったが、そうか・・・向こう側でもずっと一緒にいたんだな」

無言で側を歩いていた舞耶が、ふと達哉の手首にある傷に気がついた

それは、真っ黒に皮膚を塗りつぶしたような火傷跡で、子供が手で掴んだような形をしていた

傷を舞耶が見ていることに気付き、達哉は切なそうな顔をしながら言う

「此方側の俺とシンクロしたとき、奴の中の一人・・・出来れば一番戦いたくない奴が現れて

忘れないようにと、残していった傷だ。

付けられた時は発狂する位痛かったが、今はもう何ともない」

言葉には沈黙が続いた。 舞耶も達哉の言葉の理由は分かっており

実際、その相手とは、出来れば戦いたくなかった

だが、そんな感情は敗北に通じる。 しかも、これだけ相手との力の差があると、敗北は死に直結する

「・・・達哉、其処まで言う理由はわからねえが、いざとなったらそいつも斬れるな?

それが出来なければ、死ぬだけだ。 分かってると思うがよ」

パォフウが表情を殺し、釘を差す。 重い沈黙の中、達哉は静かに頷いた

 

1,満ち潮

 

南条が新たに拠点に設定した、松岡が指定した家屋では、既に黛、上杉、城戸、園村が集まっていた

そこには松岡の部下何人かが最新の機器を駆使し、無数の情報を整理し

ナナミと南条、それに桐島が到着した頃には、既に作戦遂行の体制が整っていた

「南条、桐島、ナイトメア。 まず状況を説明してくれないか?」

南条達の顔を見ると、開口一番に黛が言った。 加速する異常事態は、町中の神経を締め上げており

既に幾つかの会社は休日状態で、それは舞耶の務める会社(黛も其処に務めている)も例外でなかった

説明はナナミの口から発せられ、淡々と続いた。 皆は複雑な表情でそれに聞き入り

やがて、自衛隊第十五師団の侵攻が近いと聞くと、表情を一様に引き締めた

「我々は無秩序に対処するのではなく、組織的にこれを排除、敵の戦意をくじきたい

これは事態の収束を早め、何より住民の精神的安全を図ることが出来る。 この意味は大きい」

「具体的にどうするんだ? ・・・・当然、策は考えてあるんだろ?」

南条の言葉に頷くと、城戸は目を瞑って発言した。 おそらく、他の者も同様の考えを抱いたはずだ

それに応えたのは松岡だった。 用意されていた大きなスクリーンに、幾つかのデータを投影する

「敵はまず、町の主要各部を制圧し、支配権の完全確立を行い

その後住民を検査し、片端から<汚れ払い>に掛けるものと考えられます

敵の攻撃目標となるのは、まず警察消防、マスコミ各機関、発電所、下水処理場

各交通機関、主要道路、また大型のビルなどでしょう」

「やばいっすよ、それ! 身動きできなくなる!」

上杉の声が、周囲の賛同を呼んだ。 松岡は、これが都市制圧戦の基本だと説明すると

南条の視線を受け、更に説明を先に進める

「敵の戦力は最新鋭の兵器で武装した、陸上自衛隊第十五師団と、海上自衛隊第四師団の四個連隊

合計でおそらく9000〜9500人。 圭様達ペルソナ使いの面々が、各人100人の兵士に

匹敵する戦闘力を持っていたとしても、正面から戦えば到底勝ち目はありません」

「そこでだ。 我々はゲリラ戦をしかける」

全員の疑問が絶望に転じる前に、南条が立ち上がり、言った

隣ではナナミが、自分も策を構築した一人だということを別に主張せず、腕を組んで目を瞑っている

「細かい作戦は後で説明するが、おおまかな策は次のとおりだ

まず第一段階、敵の侵攻を成功させる。

続いて、第二段階。 敵の戦線が市中に伸びきったところで反撃を開始

敵の制圧した拠点に、何グループかに別れて同時攻撃を掛ける

移動手段は用意できる、それについては心配がない

ただ、敵にはペルソナ使いがいる可能性が高い。 油断だけはするな

そして最後、敵の頭を抑える。 それによって、敵の戦意をくじき、降伏させる」

「町を・・・占領させるんすか?」

上杉の口から、疑問と不安が言語の形を取って出た

そして、その時初めてナナミが立ち上がり、事情の説明にかかった

「水際殲滅が不可能な以上、敵を分散させ、そして勝利に奢らせるですぅ

この時点で、敵を混乱させるために、ある小道具が用意済みです」

説明を終えると、黙り込んだ上杉の変わりに園村と黛が挙手し、幾つかの細かい質問が発せられた

既にそれらの質問は想定済みであり、ナナミは立て板に水を流す如く、それらを捌いた

疑問は氷解し、質問は止んだ。 それを確認すると、少女の姿をした悪魔は、静かに椅子に座った

そして、目に冷酷な光を湛えると、淡々と言う

「正直な話、ナイトメアはこんな町の住人、死のうが生きようが関係ないです

状況がこんなに悪化したのは、身勝手な此奴らが原因なんですから。

でも、ダーリンも、エリーお姉ちゃんも、みんなも、この世界を守りたいっていってる・・・

である以上、最低条件として、此奴らを守らなければいけない・・・だったら守るです」

「同感だな。 俺も、おふくろと・・・その、あいつと、おめえらを守りたい

だったら、この町の連中を守らなければならねえ。 だったらやるまでだ」

城戸が照れくさそうに言った。 あいつとは、多分2つ年上の恋人のことだろう

非常に性格が出来た女性らしく、城戸は結婚を真剣に考えているらしい

「俺様も・・・アニキと同感っス。 この町にも、俺様のファンの女の子はたくさんいるし・・・」

「私は、償いの・・・一環かな」

上杉と園村が口々に言った。 それぞれに照れくささを湛えていても、表情に迷いはない

やがて、全員の視線を受けながら、黛が立ち上がった

「決まりだね。 あたし達は、町を守る。 何時行動に出るんだい、南条」

「そろそろ敵の侵攻が開始される、 俺達は、幾つか手を打つだけで、まだ動く必要はない

・・・それと、黛。 お前の敬愛する、藤井というカメラマンがいたな」

首を傾げた黛の表情が、次の一言で凍り付いた。

当然のことだったろう、それはあまりにも驚くべき事実だったからだ

「<向こう側>ではラスト・バタリオンの手で殺されている

しかも、お前の話からすると、安全なところで隠れている様な性格ではないな

・・・自衛隊の侵攻する様子を撮影したりしたら、殺される可能性がある

説明は難しい。 いっそ、拉致して眠って貰うか? それとも、無理にでも此処で事情を説明するか?

・・・特別扱いを本人が好まないと言うなら、一番厄介だな」

「・・・本当かい? 向こう側で、俊介さんが」

精彩を欠いた表情で、黛が呟くように言う。 拳が震えていた

ニャルラトホテプが歴史をトレースしている説明はもう受けている。

ならば、藤井の命は非常に危ないと言うことも、明確なことだった

「タイムリミットはあと一時間と言ったところですぅ。 説得するなら、早くしたほうがよいのでは?

拉致するなら、松岡おじさんとナイトメアが手早く行って来るですけど?」

「いや、あたしが説得してくる。 今、俊介さんは・・・蓮華台にいるはずだ」

「ゆきの、私も行く。 ちょっとあっちに用があるし

南条君、いい? ちょっと外すけど」

「・・・準備自体は、俺とナイトメアで充分な代物だ

黛、油断だけはするな。 敵の力はあなどれん」

南条の言葉に頷くと、黛と園村は半ば駆け足でその場を離れた

 

情報を整理しつつ、南条は松岡に指示を出した。 それは的確に処理され、すぐに次の命令が出る

隣では、余人の及ばぬ鮮やかさで、ナナミがそのサポートに当たっている。

巨大な情報の山に立ち向かい、無用の情報を投げ捨て、有用な情報を拾い出し

南条の負担を少しでも減らし、汗をかいて一息つく

その間、桐島、城戸、それに上杉は、各地の詳細な地図を広げ

移動手段の確認、当地状況の予測、それに戦略戦術の組立に余念がなかった

日本政府は、文字通り右往左往していた。 ニュースは混乱を極め

自衛隊の各師団は十五師団に戦いを挑むでもなく、駐留地から動かず

一方で米国政府は水面下で活発な動きを見せ、特にCIAが暗躍を開始していた

混沌が更に混沌を増幅し、その流れを加速させて行く中で、貴重な時間は一瞬ごとに減って行き

そして、ついに時は来た

「・・・・圭様、動き出しました!」

松岡が叫び、全員の視線がその顔に集中した。 蟻が獲物を覆い尽くすように、一万近い兵が

北から、珠阯レ市に進み来る。 命知らずなカメラマン達が、何人かその様を納めようとしたが

近づきすぎて一人が撃ち殺されると、皆蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった

第十五師団は、南条の予測通りに動いた。 町の要所、情報と交通と物資が集まる場所を次々に抑え

それでいて占領に割く兵は最小限に抑え、主力部隊は固まったまま町の中央部へと進軍する

住民達から、畏怖の声が挙がる。 その中には、強大な破壊力を持つ二機の二足歩行型戦車が

威圧感と殺気を周囲にまき散らしつつ、巨大な銃器を光らせ、規則的に歩んでいたからだ

町の何カ所かには、既に松岡の部下が配置され、その様を隠れながらビデオに収めていた

 

机に広げられた地図に、続々と紅い小さな旗が立てられ、数を増して行く

それは第十五師団によって制圧された地点で、散り散りに分布しているようだったが

実のところ、ある規則性があった。 南条は鋭い観察力でそれに気付き、眼鏡をなおし呟いた

「・・・・円だな」

「円がどうしたんスか?」

上杉が地図を覗き込み、口を挟む。 南条同様、規則性に気付いていたナナミが

冷たい視線を彼に向けると、目を瞑って説明する

「敵は、ある一定の大きさの円から外に出ていない・・・そういうことですぅ。

特に鳴海区には、全くと言っていいほど進出していないです。」

「おそらく、例のトリフネが原因だな。

この円とほぼ同じ大きさの宇宙船が、地下から浮上するのだろう・・・馬鹿馬鹿しいほどの大きさだ

皆にも、円の外には出ないことを勧告した方がいい。

それと、この円周上の住民密集地にいる人間を避難させないとまずいな。 大量の死人がでるぞ」

南条は言葉を結ぶと立ち上がり、周囲を見回した。

まだ黛と園村は帰ってきていないが、あの二人なら、身を守ることに関して問題は全くない

一人ぐらい足手まといがいても、それに代わりはないだろう

手早く松岡に指示を出し、避難の準備を整えさせると、南条は再び地図に向かった

情報によると、敵の主力部隊約7000が、珠阯レ市のほぼ中央にある大型ビルの周囲に終結

現在軍の指揮を執っている中里がそこに居座り、拠点にしたようである

それは南条が予測していた地点の一つであった。 既に幾つか手はうってある

まず一つ、敵の先手は取ることが出来た。 満足して微笑むと、南条は再び席に着いた

「帰ったよ! 遅くなってすまないね」

黛の声がして、全員が一斉に振り向いた。 その背には、誰か男性が背負われていた

ソファに降ろされたのは、気絶した藤井俊介だった

意識が無くてもカメラは手放さず、職人魂を感じさせる。 園村が舌を出して、黛がそっぽを向く

「藤井さん、あんまりその場を動かないって言い張るから、ちょっと眠って貰っちゃった

大丈夫だよ、首に一発手刀浴びせただけだから。 そんなに怒らないで、ゆきの」

「フン、怒っちゃいないよ! ・・・ところで南条、外は凄いことになってるよ

あちこちを自衛隊がうろついてて、住民はみんな家に閉じこもってる」

「だろうな。 おそらく奴らは調子に乗って、そろそろ何かテレビに流すだろう

俺達が本格的に動くのは、奴らが行動を完全に終了して六時間後。 気がゆるみ始める時間帯だ」

テレビがついた。 南条の言葉に会わせるように動いたナナミが、リモコンを操作したのだ

そこには誰もの予想通り特番の文字が踊り、偶々珠阯レ市に居合わせた有名なニュースキャスターが

銃を構えた自衛官を背後に何人か連れ、引きつった表情で原稿を読み上げていた

彼の前には、テレビには映らなかったが、血に濡れた床がある

自衛官員に抗議しようとした哀れな職員が、抵抗の暇なく射殺されたのである

「・・・と言うわけで、これより珠阯レ市は、王道楽土を理想とする<新世塾>の統治下に入ります

日本国憲法は今の時点を持って、完全に停止、町には戒厳令がひかれます

後に新しい憲法は公布されますが、主な特徴は以下の通りです

1,世襲の完全禁止。 世襲政治家の排除

2,不健全で退廃的な娯楽の追放」

「1はいいけど、2の不健全な娯楽ってなに?」

「要するに、奴らのボスの趣味以外の遊びは全面禁止ってことですぅ

それに、世襲は禁止と言っても、幾らでも抜け道くらいある・・・へっ、子供だましな話です」

首を傾げた園村に、ナナミが正確に指摘した。 実際に、不健全で退廃的な娯楽という物は存在するが

社会的な風潮が清新を帯びると、自主的に少なくとも社会の表からは排除される傾向がある

確かに退廃的な娯楽がはびこりすぎるのは問題だが、あってはいけないと言う物ではないだろう

綺麗すぎる川に魚は住めないし、表層からの排除を試みるなら

まず国家の上層と、政治を行う人間の浄化を考えるべきだ

こう言った立場の人間が汚職や政治ゲームに興じると、社会的モラルは低下し、風潮が堕落する

そして逆に国の上層が浄化されれば、自然と社会は健全化する方向に向かう。

(成功するとは限らない上、反発も大きいのだが)これらは歴史の鉄則である

最大の問題は、新しい力ある文化と、退廃的で不健全な娯楽が同一視される傾向があることで

特に頭が古くて堅い、無能な<社会的な大人>は、それをやらかすことが多い

それに、力で押さえつければ押さえつけるほど反発が生まれるのも歴史の鉄則なのに

この手の独裁者肌の人間達は、最低限の学習能力さえないようである。 笑止な連中であった

ニュースキャスターはコップの水を飲み干すと

冷や汗を流しながら、それでも冷静を装って淡々と続ける

「3,理想的社会を目指しての、強力な指導体制の確立

4,刑法の強化。 犯罪に対する処罰は基本的に厳罰を持ってする」

「要するに、逆らう奴は皆殺し・・・ってわけだな。 くだらねえ奴らだ」

城戸が呟き、黛も頷いた。

更に幾つかの条項を述べると、ニュースキャスターは画面に向かって頭を下げた

同時にテレビには鍵十字に似た新世塾のシンボルマークが写り、無個性な声が淡々と続けた

「新しい世に、王道楽土を築きましょう」

「王道楽土・・・・笑わせる。 一方的な一元的思想と、絶対的な力の元に思考を押さえ込み

超集権体制で一部の人間が利を貪る。 もっとも効率的な専制支配の一例だが

同時に、この上なく腐敗と汚濁に満ちた、国家上層部の人間の為だけの統治体制でもある

・・・現在にすら実存する、最悪最低の統治方法だな

例は幾らでもあるが・・・愚者は何時の時代もいるものだ」

南条の言葉は、事実を指摘し、同時に怒りが満ち々ていた

愚鈍な大衆は、確かに支配される事で真の幸せを得られる。 しかし、それは愚民という物であって

だからこそ、民衆は愚かではいけないのである。 民衆は自分のためにも、賢くなければならない

(この賢いと言う言葉の定義は、最低限の政治的知識を持つという意味である)

三年前、良く南条が口にした言葉にはそういう裏もある事を、気付いていたのは少しの者だけだった

 

2、迎撃戦開始

 

第十五師団は町の占領を完遂すると、しばらくの間沈黙を保ちつつ

その実各地の大型ビルに、汚れ払い用の機器を搬入し始め、着々と目的の準備を始めた

既に政府は、史上初の反乱に対し、非常に混乱した状態に陥っており

責任を互いになすりつけあい、罵倒しあい、具体的な解決を取ろうとはしなかった

国際ニュースでも、この騒ぎは大きく取り上げられ、調子に乗った政治研究家が

自分がこの事態を予想していた様なことを言い、愚者の歓心を買いつつ、識者の嘲笑を買っていた

東南アジアでは、元々日本が軍事国家化して、侵略戦争を起こす事を日頃から危惧している事情もあり

軍事色の非常に強い新世塾反乱にパニック状態に陥り、情報を求める各国の大使が政府に殺到し

外務省は、彼らの質問を捌くのに、目を回さんばかりの労働を強いられることになった

そして、珠阯レ市占領から六時間後。 完全に準備を完了した南条が、ついに動き始めた

「よし、黛、城戸、園村、桐島、上杉、ナイトメア、松岡。 行動に出るぞ

・・・その前に、言っておきたいことがある」

「もったい付けないで、さっさといいな」

黛の言葉に南条は頷き、眼鏡をなおして表情を改めた

「現在、俺が便宜上リーダーを務めているが、これに不満がある物は言って貰いたい

・・・俺はリーダーとして、まだまだ未熟だ。 至らぬ事が多いのは承知している

以前弓月を見て、そして今回Ms天野を見て、はっきりそれを思い知らされた」

数秒の沈黙があった。 空間に満ちた重苦しい沈黙

それを破ったのは、やはり普段まとめ役を自然に行う事の出来る黛だった

「・・・自信がないのかい? あんたは良くやっているよ。

此処だけの話、あんたがリーダーを上手くこなせなかったら

あたしが代わってやっても良いって思ってた。 でも、今その気はないよ」

「俺も同感だ。 お前に指導力がなければ、黛に自然にそのポジションを譲ってたはずだぜ」

城戸の口調は静かで、それでいて力強かった。 更に、園村と上杉も口を開く

「南条君、もし弓月君がいたらどうだったか分からないけど・・・

今は南条君、立派にリーダーしてるよ。 私は信頼するよ」

「ま、真リーダーの俺様としては、表のリーダーが誰だろうと関係ないっス! でひゃひゃひゃひゃ!」

最後に、視線を南条が桐島に向けると、上品な帰国子女は微笑みを浮かべた

隣では、ナナミが肩をすくめ、松岡が苦笑していた

「わたくしも、Makiと同じ意見ですわ、Kei。」

「ナイトメアは、何時でもダーリンについてくです。 ダーリンは充分それに値するです」

「私も皆様と同感です。 何を引け目に感じますか、圭様」

南条は、数秒沈黙を保った。 そして、素直な気持ちで頭を下げた

「そうか・・・・皆、感謝するぞ。 では、具体的な作戦を説明する」

ナナミが幾つか用意した駒を地図に置き、サインペンで印をし、敵軍の配置が示されていった

皆の視線が交錯する中、地図には点の密集した巨大な円と、衛星上の小さな点が書きしるされた

「これが、現時点での敵軍配置だ。 要所を確実に抑えつつ、兵力を分散させていない

教科書通りとはいえ、攻めにくい布陣だ。 ・・・・無論、正攻法で戦うならな

兵力差から言っても、正面攻撃は自殺行為に等しい。

よって、先ほど説明したとおり、我らはゲリラ戦を行う」

周囲は沈黙を保った。 戦略知識があるのが南条とナナミ、それに松岡だけだという事情もあるが

ここでは横やりを入れることが無駄だと、はっきり分かっているからである

南条は、三つの駒を取りだし、一つを夢崎区に、一つを青葉区に、そして一つを港南区に置いた

港南区には警察署があるが、既に第十五師団に制圧されている。

抵抗しようとした何人かが、事もあろうに新世塾側の同僚に射殺されるという痛ましい事態があったが

ともあれ、まず南条は港南区に置かれた紅い駒を動かして、あるビルの上に置いた

続いて夢崎区の蒼い駒を、繁華街の中心にあるビルへと動かし、最後に青葉区の黄色い駒を動かした

「俺達は三手に別れて行動する。 一グループはこのビルを、もう一グループはここを

更にここを残りのグループが、時間を合わせて一斉攻撃する。

目的は、敵軍にある程度の打撃を与えること

別に、皆殺しにしなくても構わない。 それぞれの場所には、敵兵の二〜三個小隊が確認されている

奇襲と状態変化魔法を駆使すれば、訳のない相手だ。」

「状態変化魔法?」

「ドルミナーとか、パララマとか、ポイズマとかの事ですぅ」

質問を発した上杉はまだ解せない様子であったが、他の者達は今の答えで分かったようだった

困り顔の上杉に、見かねたナナミが助け船を出す

「昔の事を忘れたんですかぁ? ペルソナ使いでない人間が、魔法を喰らうとどうなるか

・・・攻撃魔法だったら一発で致命傷、状態変化系の魔法だったら、かわす術はないです」

「あ、そうだった! 有り難うっス、ナイトメアちゃん!」

「へっ、相変わらずですぅ。 これくらいだったら、稲葉お兄ちゃんでも覚えてるです」

上杉が、心の底から悲しそうな顔をした。 ナナミは素知らぬ顔で、黛が溜息をつく

事態が収まるのを見ると、南条は眼鏡をなおし、再び説明に入った

「・・・続けるぞ。 敵を沈黙させたら、弾薬は必ず処分しろ

これは松岡の部下を現場近くに待機させているから、手伝わせると良い

更にそれぞれのチームは、ここ、ここ、それにここ・・と。 順番に攻撃し

最終的に、この地点を攻撃する。 ここに・・・穢れ払い用の機器が搬入されているはずだ」

地図上の三カ所に、大きく丸が書かれた。 それと同時に、何人かが納得して頷いた

確かに、穢れ払い用の機器が破壊されれば、敵には致命傷である。

敵を殲滅しなくとも、この方法なら、浮上する町をどうにかさえすれば後は自然に事態は収まるだろう

「さっすが、南条君、それにナイトメアちゃん! で、この後は残りの地区を・・」

「いや、それについては後で説明する。」

園村の言葉を、そのまま南条が断ち割った。 黛はその意図を察したようで、静かに笑った

「三手に別れるとすると、三人のチームが一つ出る。 これには、暫く前線で戦闘をしていた

俺、ナイトメア、桐島を入れるのは無駄だ。 チームは戦闘力上でのバランスを取りたい

同時に、それぞれのチームに必要なのが、回復魔法の使えるペルソナ、補助魔法の使えるペルソナだ」

「今、回復魔法使える奴、手あげな」

黛が言うと、南条、桐島、園村、それに言葉を発した黛自身が手を挙げた

更に補助魔法に関して同じ問いが出されると、この間新しいペルソナを付けた南条

それに上杉とナナミ、黛が手を挙げた。 純粋に戦闘タイプの城戸は、終始沈黙を保っていた

「良し、ならば・・・俺とナイトメア、桐島と黛、それに上杉と城戸と園村でどうだ。

・・・異論のある者はいないな。 では、全員出撃する! 松岡、後方支援と例の策の発動を頼む」

「わかりました。 皆様方、くれぐれもお気をつけて」

 

南条、ナイトメアの第一グループは夢崎区に、桐島、黛の第二グループは青葉区に

そして、園村、城戸、上杉の第三グループは、港南区に向かった

第一、第二グループの移動手段は、下水道による徒歩であった。 下水道は既に下準備済みで

調査もされており、通ることに全く問題はない。 第三グループは、松岡の部下の車で移動した

実は、南条は自ら下水道を通るチームを選んだ。 燃料費がかからないからである

程なく、第十五師団は、敵襲来の報に右往左往することとなった

三カ所同時の攻撃、しかも敵は短時間で拠点を制圧、しかもすぐに放棄して去ったのだ

その場に残されたのは、焼き尽くされて用を為さなくなった火器の山と、使い物にならなくなった弾薬

更に、死者こそ少なかったが、徹底的に叩きのめされて意識朦朧とした自衛官達だった

トリフネ最深部到達、移動手段確保の報が届き、司令の中里が留守にしていると言うこともあり

(もっとも、居たところで何が出来たか疑問であったが)残された士官達は、額を寄せ合って相談した

そのそも、彼らには敵の正体すら分からなかった。

彼ら新世塾下級幹部には、敵の素性など知らされていなかったからである

意識のあった自衛官は、口をそろえて数人の青年達、子供も交じっていたなどと言ったが

ペルソナ使いのことを知ってはいても、現実感のない彼らには、数十人の武装した自衛官が

若造数人に、殆ど一瞬で叩きのめされるなどと言う事態は信じられなかったし、許せなかった

彼らは早速、幾つもの派閥に分裂した。

事態を冷静に見ている小川は、彼らにはライバル視され、意見すら求められなかった

南条は、この事を予期していたのだ。 竜蔵は確実に、自らトリフネに向かう

おそらく、他の新世塾幹部、菅原陸将もその例に漏れないだろう

であれば、残るのは身の程知らずの野望と、狂気の思想に踊らされた二流以下の人材ばかり

このゲリラ戦は、彼らの間に、確実に楔を打ち込むことが出来るのだ

それは絶対に、将来的に、しかもそう遠くない未来に効いてくる

無能者共が踊り狂う間に、南条は第三の目的を攻撃し終わり

彼の背後を守って敵兵を眠らせ、魔法に屈せず向かってきた何人かを射殺したナナミと共に

第一次攻撃の目標地点である、夢崎区の柏原建設本社ビルに向かっていた

そこには、既に穢れ払い用の機器が搬入されていることが確認されている

桐島と黛、園村と城戸と上杉も、着実に戦果を挙げながら、第一次攻撃の最終目的地に向かっていた

案の定、敵は混乱の極みにある。 右往左往を繰り返し、議論とは名ばかりの子供の喧嘩を繰り返し

しかし、武器と補給物資の破棄を敵が行っていることに危惧を覚えたようで

(物資が少量しかなく、長期戦は耐えられないことくらいの事は彼らにも分かった)

ようやく援軍を派遣することが決まった。 小川は心中で、遅いなと呟いた

一個連隊がそれぞれ夢崎区、青葉区、港南区に向かった。 決して戦意は低くなく、能力も高かったが

だがしかし、目的地にたどり着くことはなかった

正にそれを狙って、南条の仕掛けていたトラップが、松岡の手で発動されたのである

「こちら第十四歩兵連隊! 現在、ペルソナ使いと思われる敵と交戦中!

戦力の七割以上が沈黙させられる大損害を受けています! 早く、早く援軍を!」

総司令部である、珠阯レ市中央部にある市民ホールで、指揮を任されている者達が腰を浮かせ掛けた

同時に、出発させた第三、第六連隊からも同様の通信が入り、すぐにとぎれた

青ざめた彼らの元に、連隊の健在を伝える通信が届く。 彼らは混乱し、当惑した

怪情報は、出発した連隊にも届いていた。

「総司令部が攻撃されている、早く戻って援護せよ!」

「敵は撃退された、そのまま目的地に向かわれよ」

胸をなで下ろした連隊司令官は、心休ませる暇もなく次の情報が届く

「いや、それは偽情報だ! 早く戻って援護せよ! 司令部が危ない!」

松岡は、持てる人材と機器の全てを費やし、第十五師団の情報網を察知していたのである

この事件が始まってすぐから、松岡は菅原陸将の第十五師団の情報を入手させ続けていた

まして、今回は南条とナナミに明白な方針を定めて貰ったこともあり

いわばレールに電車を走らせるだけで良かったため、作業は非常に効率的に進んだ

十五師団の各連隊には、怪情報の他には、ジャミングによる雑音しか届かなかった。

兵士を情報収集のため走らせた連隊長もいたが、彼らの位置は松岡の部下によって南条達に伝えられ

誰一人として、目的地にたどり着くことも、まして帰ってくることもなかった

連隊長達は苦悶の末に、動かぬ事を決め込んだ。 賢明な判断だったが、それこそ南条の狙いだった

こうして、青葉区、港南区、夢崎区には、援軍が来ることが無くなったのである

それぞれの区は、一個連隊ずつが守っていたが、それらにも怪情報が怒濤の如く押し寄せ

自分の居る拠点を守るために動くことが出来ず、時々上がる爆発音に歯がみするほか無かった

連続多発同時攻撃と、情報網の制圧により、完全に敵の反撃を封じた南条であったが

この敵の動きと作戦を予測していた者が、ただ一人だけ居る。 小川である。

しかし彼は何もできなかった

攻撃を受けている地区の、穢れ払い用機器のある拠点には

ペルソナ使いとデビルサマナーが、既に送り込まれ、敵の攻撃に備えている

それは、今十五師団の指揮を執っている無能な連中の手による策で

敵を確実に捕捉できる地点での足止めを目論んだ物だが、戦力分散の愚策に過ぎない

小川は彼らを呼び戻そうとしたが、それも敵わなかった。 彼にとっては、痛恨の一事だった

死闘は戦闘開始後二時間で、同時三カ所にて始まった

もし此処で、小川が彼らの呼び戻しに成功していたら、事態の推移は代わっていたかも知れない

 

3,影達の姿

 

トリフネの深部では、歓声が上がっていた。

兵士達の顔にも、科学者達の顔にも、等しく安堵と喜びが浮かんでいる

ついに中央管制室が発見され、しかも操縦の確保に成功したのである

操縦室の前には、鳩美由美によって抹殺された、無数の天使の原形をとどめない死骸が転がっていたが

その凄惨な様に気を止める者もなく、途中殉職した16名の同胞の死も一時とりあえず忘れ

頭上に竜蔵を仰ぎ、兵士達は喜びの声を挙げていた

外では、由美が何かの肉を串に刺し、魔法の炎で炙って食べていた。

トリフネにいた悪魔達を蹴散らし、道を開いたのは事実上彼女であり、一番感謝されるはずであったが

度が過ぎた力には敬愛より畏怖が先行するのは何処でも同じらしく、だが本人は気にもしていなかった

肉は途中彼女が、驚くべき事に素手で殴り殺した邪龍ファフニールの物だった

黙々と肉を頬張る彼女の後ろで、歓声が止んだ。 竜蔵が、演説を始めたのである

「ほーら、あなたも聞いたら? 竜蔵様々が演説始めるわよ」

由美の視線の先には、一人生き残ったエンジェルが震えていた

まだ若い天使だったようで、顔立ちは幼く、心の底から怯えきり、青ざめて涙を流している

彼女の部隊、ケルビムやソロネと言った上位天使を含む混成部隊は、上司の命を受け

この地の調査に訪れ、トリフネを発見、指示に従って防衛に当たっていたのだが

残念ながら、もう二度と故郷の地を踏むことは出来なくなった。

恐怖は当然のことだったろう、ペルソナ使いとはいえ、たかが人間一人の手によって

三十名以上もの、しかも手練れの天使が抹殺されるなどとは誰が想像できようか

肉を全て平らげた由美が、舌なめずりをした。 腰掛けていた台座を離れ、エンジェルの方に歩き出す

「ファブニールの肉はいまいちだったわね。 肉食だからまずいのかも

さて・・・天使の肉はどうかしら。 何処の肉が美味しいの?

人肉は上腕二頭筋と脳味噌が美味しいらしいけど、貴方達はどうかしらね・・・」

由美は冗談で言っているのではない。

本気で、目の前の天使を解体して(しかも素手で)食べるつもりだった

由美が手を伸ばし、観念したエンジェルが神の名を唱えながら目を瞑り、そしてかき消えた

視線が動き、そして止まる。 そこには、竜蔵の護衛と哨戒に当たっていた、有作の姿があった

素早い動作で契約して、もといた世界に返したのだ。 レベルの低いエンジェルだから出来た事だった

「姉貴、すまへん。 どないしても天使がほしかったんや」

「・・・ふん、まあ良いわ。 それよりも、何か言いたそうね。」

姉の、強烈な威圧感を帯びた視線を浴び、有作がたじろぐ

彼は言いたかった、もう止めてくれと、元に戻ってくれと。

しかし、残念ながら由美にその気が無いのは明白だった、しかも弟が言いたいことを悟ってもいた

「・・・私は、達哉をこれ以上考えられないほど残酷に殺す。 徹底的にいたぶってね

あいつが、この世にいる事だけは許せない。 たとえ死んでも、私はあいつを追いつめ、殺す」

由美の手にあった串が、鈍い音と共にへし折れた。

有作は言葉を飲み込み、切ない背中を姉に向け、再び哨戒任務に戻っていった

彼には姉の言い分が分かる。 それが単なる復讐でなく、理の通る事だとも思っている

しかし、復讐に身を捧げる姉は修羅そのものだった。

もう、これ以上、狂気に落ちていく由美を正視出来なかった

竜蔵が演説している。 今までの雑多な世界と、それによってもたらされる身勝手を批判し

明日への理想に統一された新世界を賛美する物で、見かけ上は素晴らしい演説だった

口調は力強く、竜蔵の目には熱気があり、皆を熱狂させるに充分なカリスマに道満ちていた

しかし、竜蔵はその中で、雑多な世界の抹殺を明言し、多様な文化の抹殺も明言した

これでは、殆どナチスや、旧日本軍や、ヨーロッパの植民侵略者と変わりない理屈である

自分を優れた物として、相手に価値を認めず、共存を考えずに死を持って断ずる

熱狂し興奮する自衛官達はその矛盾に気付かない。

気付く者もいるが、竜蔵は軍司令官としては満足すべき人物で、反抗する者は居なかった

演説を終えると、司令室から新世塾幹部達が出てきた。 菅原陸将と中里だけが出てこない

兵士達は、殆どが途中発見された「空間転移装置」で、地上に引き上げて行き

有作と新世塾サマナーが下等な悪魔を放つのを横目で見ながら、竜蔵が由美に語りかけた

「御前が君をお呼びだ。 我々と共に、<台>に来て欲しい」

由美は一瞬不満そうに目を細めたが、すぐにそれに同意した

竜蔵の側にいれば、確実に達哉を補足できることが明白だったからである

更に竜蔵は中里を呼び、何かを耳打ちすると、移動装置でトリフネを出た

 

「ずるいよ・・・ずるいよ・・・ずるいよ・・・・情人・・・・」

生首が、同じ言葉を発し続けていた。 黄金色の、金属で出来た生首であったが

目は涙を流し、口は動き言葉を発している。 周囲には、更に二人分の金属像の残骸があった

トリフネの中層部に、達哉が足を踏み入れた瞬間、そこはアラヤ神社へと代わり

そして、この黄金色の人像が現れた。

色こそ黄金であったが、それは声、姿共にかっての達哉の仲間達

彼らは、悲しげな目で達哉を見ながら、口々に言った。 何故、君だけが舞耶の側にいる

何時も一緒だって言ったじゃないか。 舞耶姉を守るのは、みんなの誓いだったじゃないか

悲しみに思考停止した達哉は、二つ下の階層に、瞬時に転送された。 慌てた舞耶達が後を追い

ようやく達哉を見つけたときには、少年は黄金色をした黒須淳の振り下ろした剣を、素手で掴んでいた

血がたれおちる。 表情を変えずに、黄金の淳が言う

「もう、楽になろう。 さあ、手を離して」

「罰は受ける。 でも、今はまだ駄目だ! まだ駄目なんだ・・・!」

「達哉! 達哉ー!」

達哉と克哉の絶叫が重なった。 そして、死闘が始まった

黄金色の者達は強かった。 強大なペルソナを使いこなし、物理攻撃を完全無効化する結界を展開し

凄まじい破壊力の攻撃魔法を、見事に連携しながら放ってきた

だが、達哉と、新たなペルソナを覚醒させた克哉が、最後にはそれらをうち砕いた

黄金色のリサの生首が言葉を止めた。 全員の視線が集中する中、人影が闇から現れる

その人影が触れると、涙を流しながら呟いていた生首が、風に吹かれた塵のように消え去った

人影は、岩戸で見たサーディンという男、ニャルラトホテプの一部に間違いなかった

「真に望むものを拒み、偽りの望みを優先するか、少年」

「黙れ下司!」

克哉が吼え、拳銃を向けた。 その目には怒りが燃え、無言のサーディンに向けて殺気を叩き付ける

「人の心を弄び、命を弄び、自分の快楽と為す! 貴様、ゆるせん!

大体、本当の弟の友人が、この様なことをするか! 虚像を用いて人を欺く外道が!」

「これは私の望みではなく、少年の心が起こしたことだ

それに、力を少し貸したとはいえ、私は人間以上のことはしていないつもりだがな。

貴様の言ったことなど、人間が常に弱い立場の人間に、常に、繰り返し行ってきた事だろう

子供、大人関係無くな。 平和、戦乱関係無くな。 進歩無き輩だ

100年前と、200年前と、いや300年前とも、少しも変わっていない」

歯ぎしりした克哉から視線をずらし、サーディンは達哉を見据え、覆面の奥の目を光らせた

「これは、お前が望んだことだ。 それは、お前自身が一番よく分かっているはずだ

仲間達と一緒に居、死を持って罪を償う。 どうせなら、心許した仲間達の手によって」

「俺は、俺は! 俺は・・・二度と背中を見せないと決めたんだ! 俺の心が弱かろうと、ねじ伏せ!

そして、戦い抜いてみせる! 奴に、そう伝えろっ!」

「そうか。 ではそうするとしよう」

サーディンがかき消えた。 呆気ないほどに、事務的なまでに無愛想だった

克哉が弟を守ろうとして覚醒させたペルソナ、ヒューペリオンが怒りに燃えていた

 

先に進む達哉の手には、克哉のハンカチが巻かれていた

達哉は、この世界の兄にようやく心を開き始めていた。 まだ、笑顔を見せることはなかったが

それでも克哉はそれを嬉しく思い、舞耶はそれを優しく見守っていた

トリフネの深層に行けば行くほど、悪魔の死骸が多くなった

一度などは、体長10mは超す巨大な蛇の悪魔が、ばらばらに引き裂かれて死んでいた

「奴だ。 鳩美由美だ。 こんな事が出来るのは、あいつしかいない・・・」

頭を叩きつぶされて絶命したファフニールの死体を見つけ、達哉が呟いた

時々は生きている悪魔が現れ、それは例外なく向かってきた。

無駄に消耗しないように気を付けながら、最低限の労力で蹴散らし

そして、ついに彼らは最深部に辿り着いた

達哉の表情が引き締まる。 「向こう側」で、ここが決戦の場だったからである

だが、敵本体は居なかった。 そこには、守備の自衛官すら居なかった

そこにいたのは、小さな椅子に腰掛けて<資本論>を読む李香花と、異形の肉の塊だった

 

竜蔵は此処を離れるとき、部下に舞耶達の接近を知らせていなかった

故に、残った守備兵は僅かであり、そして中里にこう耳打ちした

「君に、第十五師団を任せる」

「ほ、本当でありますか!?」

上擦った中里に向かって頷くと、更に竜蔵は続けた

「私の言うことを良く聞け。 もうトリフネは、何をしようと勝手に浮上する

科学者連中が、一足早く引き上げたのはその為だ。 そして、これから菅原君の身に異変が起こる」

「異変・・・でございますか?」

杖で二回地面を叩くと、竜蔵は後ろに一瞬だけ視線をやった。

そこには、先ほど<御前>から長年の望みであった不老不死を与える事を明言され

喜びに、年甲斐もなく興奮する菅原陸将の姿があった

「そう、異変だ。 後十五分きっかりでな。

異変が起こったら、君は守備兵を連れて、さっさと場を離れろ。

後は勝手に<奴ら>が始末してくれるはずだ

王道楽土は近いぞ、中里君。 努力したまえ」

中里は言葉に忠実に従い、異形に変貌する菅原を無視して部下達に命令を出し、さっさと撤退した

達哉達が此処に現れる、ほんの数分前のことである。

竜蔵は確かに利己的で残忍で冷徹な男だったが、軍人や部下の心を掴む術はこころえていた

ここで自衛官達を異形化した菅原の餌食にすれば、将来必ずマイナスになることを知っていたのである

 

周囲は菅原によって破壊し尽くされていた。 制御室をコントロールしていたらしいコンピューターも

無惨に破壊され、本来の役目どころか、花瓶置きにも使えないような残骸と貸している

菅原は肥大化し、巨大な水泡まみれの怪物になっていた。 形ももはや人間とはかけ離れ

それどころか、どんな生物とも似ていない。 巨大な塊であるとしか、言い様がなく

それは二本の触手をのばし、目らしきものを左右に動かし、口らしい場所から苦痛の声を挙げていた

「イいぃいいいいいいいいだああああァああああいいいいいいいぃィいいいいぃイぃぃぃいいいい!」

「ようこそ、みなさん。 少し遅かったわね」

眼鏡をかけた、学者風の服装の女性が楽しげに言う。 パォフウが前に進み出、殺気を込めて口を開く

「何だその化け物は・・・!」

「元、第十五師団司令官。 菅原陸将」

皆の表情が凍り付いた。 この化け物が、元人間であることが信じられなかったのだ

菅原が絶望を帯びた声で吼え、触手を香花に向けて振り下ろしたが

相手が放った光弾に弾かれ、壁に叩き付けられて無惨に潰れた。 だが、すぐに肉片は再生して行く

怪物は立ち上がり、再び吼えた。 パォフウを見据え、更に吼える

「・・・用が無くなればこうするのか。 反吐が出るやり方だな」

「違うわよ。 私はただ、この人の願いをかなえて上げただけ。 一つだけ願い以外のことをしてね」

香花の表情が楽しげに揺れている。 どうも彼女は、パォフウとの会話を楽しんでいるようだった

黙り込むパォフウに対し、香花の言動が我慢できなくなったうららが割り込んだ

その表情は、純粋な怒りに満ちていた。 先から、限界を超えるほどの怒りを彼女は感じていたのだ

「ちょっとアンタ! 人をそんなにしておいて、なにいってんのよ!

女の子だからって許さないわよ! ボコボコにしてやるわ!」

「・・・政治って、どういうものだと思う?」

「は? アンタ何言って・・・」

意外な言葉が返ってきた。 気勢をそがれたうららに代わるように、パォフウが応える

それは即答で、しかも明確な意志に裏付けされていた

「権力を使って、何か相対的多数もしくは相対的弱者の為になる事をする。

決して、権力を仲間内で奪い合うことや、至上の権力を争うことじゃねえ」

「ご名答。 つまり権力者の役割は、相対的多数のために、与えられた権力を使って何かをする事

である以上、絶対に許されないのが権力の私物化。 そしてそれを産むのが、自分の特別視」

一旦言葉をきって、香花は椅子を降りた。 本を閉じると、音もなく椅子が消え去る

「この男は、他人はどうなっても良いから、自分は不老不死になりたいと思ってたの

自分の野望を叶えるため、権力を幾らでも使う気だったし、幾らでも部下を使い捨てる気だった

だから、不老不死をかなえて上げると同時に、一つだけ望みを叶えてあげなかったのよ

それはつまり・・・不老不死に成るとき、自分自身の精神と肉体は犠牲にならないこと

結果、誕生したのは苦痛に永久にもがく怪物。 いうならば・・・<菅原だったもの>って所ね

此奴をこのまま放っておくと、多分地上まで這い出てきて、町の人達を片っ端から喰い殺すわよ

じゃ、せいぜい頑張ってね。 それではごきげんよう・・・」

香花が消えると同時に、トリフネが揺れ始めた。 管制室のモニターに、巨大な船が地面から現れ

周辺の地面と建物を木っ端微塵に粉砕しながら、周囲にリングを回転させ

その半球型の身体を、世界中の愚鈍な人間共に見せつける様が映し出された

「まだ間に合うわ!」

絶望する皆に、舞耶の声が届く。 言葉に頷くと、歯を食いしばり、克哉が叫んだ

「まだ、繰龍の神事とやらが残っている! 僕たちは、まだ負けてはいない!」

触手を振り上げ、怪物が吼える。 うららが前に出て、ペルソナを発動させた

「何だか良くわかんないけど、アッタマ来た! おっさん、今楽にしてあげるわよ!」

発動したペルソナの名はアステリア。 今までにない、凄まじい力を発している

その威圧感は、先ほど克哉が発動させたヒューペリオンや

舞耶のアルテミス、そればかりか達哉のアポロにも劣らないほどだった

「芹沢にまけちゃあいられねえな・・・行くぜ!」

パォフウも、見慣れぬペルソナを発動させた。 ペルソナの名はプロメテウス

これも、他の者に負けないほどの威圧感を発している。 相手に恐怖し、化け物が後ずさる

二つの巨大な力が、哀れな怪物に叩き付けられ、菅原が絶叫した

 

4,諦めぬ者達

 

街が、文字通り動き出した。 南条とナナミが予測したとおりの大きさで

周囲を粉々に粉砕しながら、宙に浮き上がって行く。 そして、蓮華台には、異形の城が現れていた

そこには、かって澄丸清忠の城があった。 その姿そのままの城が、かっての何倍もの規模で

妖気を漂わせながら、地響きと共に地面から盛り上がったのである

穢れ払いを受けた者達が、それを仰ぎ見、一斉に口をそろえ、歓喜の表情で言った

「レッツ、ポジティブシンキング! レッツ、ポジティブシンキング!

王道楽土だ! 理想の世界はもうすぐだ! 前を見よう! 前を見よう!」

「アニキ、マキちゃん! やばいっスよ!

なんか、前こんな事があって、その後すんげえやばかったような気が!」

上杉が言う。 城戸も園村も、言われるまでもなく同じ事を感じていた

「まずいね・・・!」

黛も呟いた。 桐島も呆然と空を見上げている。

第十五師団の兵士達さえ、呆然とこの様を見守っていた。 誰一人、微動だにしなかった

そして、次の瞬間、彼らの元に南条からの通信が入った

「・・・皆、聞いているな。 奴のもくろみ通りだと、この後世界は滅亡する」

南条の声は淡々としていた、全員の表情が引きつるのを、電話の向こうからでも感じられた

「だが、俺達には、<向こう側>の俺達にない物がある。 それは、奴の目的と行動に対する知識だ

諦めるな! 俺達が諦めたら、誰が戦う! 諦めたりしたら、俺は決して一番の日本男児になどなれん!

必ず勝てる! だから、作戦を続けるぞ!」

「ダーリンの言うとおりですぅ!

ナイトメアは最後まで、このくだらない街を、ダーリンのために守るです!」

数旬の沈黙の後、時は再び動き出した。 園村が立ち上がり、城戸も立ち上がった

「うん、頑張る! 前も諦めなかったんだから、今回だって!」

「おふくろは、あいつは、街の外にいる・・・負けたら死ぬ

・・・負けて、負けてたまるかよ! 俺は負けねえ!」

上杉がそれにならい、桐島と黛も相次いで立ち上がる

「この俺様、真ヒーローの俺様が、負けるわけには行かないってか?」

「Kei、感謝しますわ。 戦う気力が戻りましたわ!」

「南条、良いことを言うじゃないか・・・よし、もう一丁やってやるよ!」

作戦は、ここに再開された。 揺れる街の上で、ゲリラ戦は続けられ

そして、三チームがそれぞれほぼ同時に、壁にぶつかった

 

最初に壁にぶつかったのは、南条のチームだった。 最終目的の地点で戦闘中

殆どの自衛官を眠らせ、残った連中を叩きのめしていた南条に、強烈な殺気が襲いかかった

それは無表情な男だった。 奇声さえ発せず、飛ぶような勢いで迫ってきた

鋭い爪から放たれた一撃が、壁を紙のように切り裂く。 風が鳴ったが、血は飛び散らなかった

必殺の一撃をかわされた男が、空虚な目を後ろに向ける。 その顔に、殺気が浮かんだ

構えを変え、間合いを取る南条の眼前で、男から黒い影が吹き上がる

「・・・・JOKER使いか」

男から浮き上がったのは、無数の頭を持ち、全身に鉄条網の様な物を巻き付けた、異形のJOKERだった

自衛官達にもそれは見えたらしく、恐怖に駆られて我先に逃げ出す

強力な力を持つ切り札だと言われて、そのまま連れてきたのは良いが

こんな化け物を宿していると知らなかったのだから、困惑と恐怖は当然だろう

逃げ行く彼らを放って置いて、南条は刀を構えなおした。

その時、周囲の残敵掃討が終わったナナミが、ワルサーを構えながら、彼の後ろに降り立った

「へっ、おバカな連中ですぅ。

貴重な戦力を、こんな所に放っておかないで、まとめて叩き付けてくれば良い物を」

ナナミが嘲笑を目に浮かべて呟く、だが敵の愚かさに救われたことも事実であり

また、この敵を倒さないと話が始まらないことも事実であった

「ナイトメア、行くぞ! 何にせよ、こ奴を倒さねば、全てが始まらん!」

「はいです、ダーリン!」

違う方向に、同時に二人は走った。 隙が男に生まれた瞬間を、南条は見逃さなかった

 

桐島と黛の前に立ちはだかったのは、デビルサマナーだった

ファントムソサエティと呼ばれる組織から竜蔵に貸し出されたサマナーで、筋骨隆々とした大男であり

召喚された悪魔も、肉弾戦闘を得意とするタイプが多かった

「女とはいえ、ペルソナ使いはあなどれん」

サマナーが呟く。 周囲には、自衛官達およそ30人が、武器を奪われ、目を回して伸びている

その中には、間抜けな姿で泡を吹いている、この区を任された連隊長の姿もあった

ドルミナーで半数以上が眠らされた上に、奇襲を掛けられたのだから仕方がなかったが

それにしても、後で写真を見せられたら噴飯するであろう無様な姿であった

慎重に間合いを計りながら、桐島も黛も、攻撃の機会をうかがっている

悪魔達は、慎重にサマナーの周囲を固めながら、主君の攻撃指示を待つ

均衡が破れるに、そう時間はかからなかった。 外での爆発音がきっかけになった

「行け、サスカッチ、ミズチ、ワイバーン、オーガ!」

「桐島、一匹ずつ潰すよ!」

「Yukino、分かりましたわ! 行きますわよ!」

咆吼が重なり、死闘が始まった。 ペルソナの放つ魔法が、悪魔に絶叫と苦痛を与えた

 

城戸、園村、上杉の前には、新世塾に属する女性ペルソナ使いが立ちはだかっていた

この女性は、街の制圧に一役買った人物で、街の状況を偵察部隊より早く確実に霊的嗅覚で察知

混乱や無駄な行動を極力減らすことに成功し、街の制圧を一時間三十分は早くした

彼女は個人的な恩義が竜蔵にあり、忠義心は揺るぎ無い。 ペルソナ使いとしてもかなりの使い手で

城戸が相手の力量を察し、口笛を吹いた

周囲には何人かの自衛官達が居て、援護に回ろうと隙をうかがっている。

先に動こうとした上杉の機先を制するように、女性の頭上にペルソナが具現化した

「来なさい、ニュクス! この者達を夜の闇に葬り去るのです!」

「女を殴るのは趣味じゃねえ。 だが、負けてやるわけにはいかねえんでな・・・園村、援護を頼む

上杉、周りの雑魚を片づけろ」

城戸の言葉に二人は頷き、左右に散った。 その間城戸はアンクウを出現させ、敵との間を詰める

銃弾が飛び交い、園村のはなった矢が、自衛官をなぎ倒す

その傍らでは、縦横無尽に上杉が走り、敵を藁人形のように蹴散らしていた

城戸とペルソナ使いとの死闘は一瞬ごとに激しさを加え、周囲が近づけるような状況ではなくなった

「おうりゃあああああああっ!」

城戸の正拳が、コンクリート壁に大穴を開けた。 引きつりながらも、女性が強烈な魔法で反撃する

三カ所でほぼ同時に始まった死闘は、街の運命を暗示するかのように、混沌たる状況に落ちていった

 

「御前、もう少し、もう少しで、王道楽土が築かれるのですな!」

竜蔵が、巨大な城の屋上で、物言わぬミイラに語りかけていた

他の新世塾幹部も、感涙を目に湛えている。 <繰龍の神事>の準備は、既に整っていた

「罪に汚れた世界に、鉄槌という名の罰を!」

竜蔵の声がうわずっている。 その様を、這い寄る混沌が、嘲笑に満ちた視線で見守っていた

破滅の時は、もう少しまで近づいていた。 だが、決して諦めぬ者達が、街で戦っている

そして、その苦しむ様も、這い寄る混沌には楽しみの種なのだった

「ニャルちゃん、いよいよだね」

ルヴィアが呟くと、ニャルラトホテプはその空虚な顔に微笑みを浮かべ、自らも街を見やったのだった

                                   (続)