ザ・星占い

 

須藤竜蔵の引き起こした事件が終わって間もないその日、ナナミは芹沢うららの買い物につきあって

それを終えて後、ただ無心のままうららと一緒に港南区をぶらついていた。

かっては、無節操なまでの男あさりに命をかけていたうららであったが

最近は大分落ち着き、もう結婚詐欺に合うようなこともないだろう。

相変わらず口より先に手が出るタイプだったが、それでもがつがつした様子はもう無く

落ち着いた大人の女性に、じっくりと成りつつある。

事実そうであり、ナナミもそう分析していた。 しかし、やはり急にはそういかないようだ

そういった傾向はまだ発展途上であり、やはり<いい男>には敏感に反応するようである

「お、いい男発見!」

うららが嬉々として声を挙げ、ナナミが吹き出して、その後肩をすくめた

「年齢16〜18、春日山高校生、美形、線が細くて芸術家肌!」

一瞬にして相手の分析を完了したうららの目が、獲物を見る肉食獣のように輝いた

「うららちゃんの好みのタイプです! 年下だけど、逃すのもったいない! よーし、ゲットだあ!」

「へいへい、勝手にやって・・・」

其処まで言ってナナミが硬直し、視線を固定した

その男の子に見覚えがあったのだ。 うららはすっかり忘れているようだが・・・

直接の面識はないが、この間ある重要な事件で目撃した、確か橿原淳という少年である

確かうららは何度か顔を合わせているはずだが、元来の脳天気さを発揮して

すっかり会ったことを忘れているようだった

淳は疲れ切った様子で、ベンチにもたれかかっていた。

服の胸ポケットに花をさし、片目が隠れるほど髪は長い。

そこいらの女の子では勝ち目がないほどの美しい顔立ちをしていて、儚げな印象を受けた

もう、多分接触しても大丈夫であろうが、それにしてもうららの行動には時々驚かされる

「チャーオ! 顔色悪いけど大丈夫? 具合悪いの?」

「お、おねえさん、いきなりなんですか!?」

いきなり馴れ馴れしく話しかけてきたうららに仰天する少年、無理もない話であろう

淳の方も、余りにも馴れ馴れしい話しかけられ方をしたせいか、うららを忘れているようだ

ナナミがゆっくり歩み寄り、少し距離を置いて様子を見ていた

少年は、額に手をやり、困惑しながら言った。 額には薄く汗が浮かび、苦しそうである

「僕は、貧血で・・・少し休んでいただけです」

声も甘く、うららが目を輝かせる

柳腰の美少年とは、今まで賞味した事のないタイプだったからだ

少年に質問の嵐が浴びせられた。 年は、家族は、好みのタイプは?

「とりあえず、こっちのベンチで横になったらどうですかぁ?」

見かねたナナミが助け船を出し、ようやくうららは質問を止めた。

感謝の眼差しで、淳がナナミを見る

うららはジュースを買いに、その辺の自動販売機に走っていった

だが近くに自動販売機はなく、当分帰ってくる気配はない。 微笑みを浮かべると、淳は言った

「ありがとう、助かったよ。 あのお姉さんの妹さん?」

「いーえ、友達ですぅ。 それにしても、もう少し身体鍛えた方がいいんじゃないんですか?」

「はは・・・手厳しいね。 僕は橿原淳。 君は?」

お嬢ちゃんは? と言わなかったところを、ナナミは気に入った。 そして、人間としての名を応えた

淳はその名を褒めると、目を細めた。

「お礼に、星占いをしてあげるよ。 これでも僕、星占いには自信があるんだ」

この瞬間、ナナミは一抹の不安を感じた。 そして、それはすぐ現実になった

 

「そう。 ・・・じゃあ君は乙女座だね」

「まあ、オトメって柄じゃあないですけど、一応そうですぅ」

ナナミの誕生日が乙女座に位置するのは本当である。 ただし、誕生年は嘘をついている

1990年とナナミは誕生年を応えたが、実際彼女が生まれたのは1688年である

淳が笑みを浮かべた。 それからが大変であった

今日の運勢、しかも恋愛運や健康運、それに金運や結婚運までもが詳細に少年の口から滑り出た

しかも、それはほんの序の口に過ぎなかった

その星座における特色、愛情の的確な表現方法、相性(恋人から何故か車までにも及んだ)

挙げ句今月から来年までも、各月の運勢が詳細に空を滑り、怒濤となって流される

しかも早口でまくし立てるならともかく、淳の口調はおっとりしていて、ゆっくり話をする為

蛇の生殺しと言うべきか、ナナミは星占いの海に、延々と沈められることとなった

更に困ったことに、淳の占いは的確で、口から出任せでは決してない

星座の他にも様々な事象から、淳はズバリと言い当てたのである

「君はとても賢くて、行動力もある人です・・・知識もあって、好きな人には尽くすタイプですね

でも、冷酷で、容赦を知らない一面もあります・・・」

その言葉を淳が発した頃には、ナナミの思考回路は完全に麻痺し、頭の中で除夜の鐘が突かれていた

延々と興味のない話を続けられるほど、辛いことは無いと言っていい

何百年生きようが、それに変わりはない。 辛いひとときであったろう

しかも、淳には悪気が全くない。 好きなことを延々と話す少年の顔は輝いていた

その後も、淳は話し続けた。 リボンの色に対するアドバイスや、今月注意すべき事

アクセサリーの選び方のコツや、異性関係で気を付けることまでをも蕩々と発し

自分との、恋愛、友人、金銭的パートナー、夫婦等の相性ものべ

挙げ句、またしても勝手に貧血を起こし、倒れてしまったのであった

呆然とするナナミが正気に戻ったのは、たっぷり五分ほど経ってのことであった

おどろくべし、恐怖のマシンガントーク・星占い! いや、むしろ恐るべしと言うべきであったろうか

その時、ようやくうららが戻ってきた。 またしても倒れている淳を見つけ、舌なめずりする

「お、淳君、まだ気分悪いみたいね! よーし、ここはお姉さんの熱い口づけで!」

「やめといた方が賢明だと、ナイトメアは思うですけど?」

そういって、ナナミはその場を足早に離れた。 淳が目を覚ます気配を感じ取ったからである

案の定であった。 木陰に隠れたナナミが、始まった洪水に肩をすくめる

うららは淳の唇を奪うどころか、正座させられ、延々五時間にもわたって占星術を披露されたのである

淳の<講義>が終わった頃には、既に日は傾き

情報の洪水で真っ白に洗濯されたうららが、呆然と正座しているばかりであった

男子校で星占いのことを話せる相手がいなかったため、すっかりストレスがたまっていた淳は

殆ど通りすがりの人にそれを吐き出しつくし、満足して帰宅していった

その後、芹沢うららは柳腰の美少年を嫌がるようになり

結果男あさりも少し収まったとか収まらなかったとか、でも結局根本的には懲りていなかったとか。