押し潰す者、押し潰される者

 

序,忌まわしき存在の一端

 

三人の人間が、神社で佇んでいた。 年は皆高校生であり、男が二人に女性が一人

そして、全員が等しく、沈鬱な表情を浮かべて沈黙していた

階段に腰掛け、指を組んで俯いているのは三科栄吉。 春日山高校の二年生で、この間南条に助けられ

その粋に惚れ込み、ナナミを無理矢理姐さんと呼び、閉口させた少年である

本来は五月蠅すぎるほどの明るさを持つ少年。 であるはずなのに、どうしたことか

今は壁画のように黙り込み、沈鬱な表情を湛えていた

木によりかかっているのは、リサ=シルバーマン。 帰化アメリカ人の両親を持つ

七姉妹学園に通う高校二年生で、MUSEというアイドルグループの一員であり

この間テレビ局でJOKER化した黒須純子から、憧れていた達哉によって助けられ

それ以来ずっと、何か形容しがたい思いに悩み続けている

いま一人は、美しい少年だった。 名前は橿原淳。 春日山高校の三年生である

彼は女優黒須純子の息子であり、この間の<空の科学館炎上事件>の際

須藤竜也に言われたことが頭を巡り、奇怪な罪悪感によって蝕まれ、今も苦しんでいた

三人は此処最近、誰が言い出すともなくこの場所に集まり始め、話すでもなく黙り込んでいた

何かを忘れた。 しかし、それは絶対に思い出してはいけない。

だがそれは、血涙を伴うほどに・・・大事な事だった気がする

「レッツ、ポジティブシンキング!」

遠くから声がした。 新世塾による<穢れ払い>を受けた者により、発作的に発せられた音だった

普通の者ならすぐに無視し、忘れただろう。 しかし、三人は違った。

顔に驚愕が浮かび、沈鬱な表情がすぐに取って代わる

特に淳は頭を抑え、片膝を突いた。 栄吉が助け起こすが、顔色の悪さは変わらなかった

その言葉は、誰かの専売特許だったような気がしたのだ

誰よりも彼らを理解してくれた、親以上の存在だった、誰かの・・・

「んふふふふふふふ・・・えいきちおにーちゃん、リサおねーちゃん。 それにじゅんおにーちゃん

ひっさしぶりぃ! ダイブくるしんでるみたいだねー」

突然に、小さな、とても可愛らしい女の子の声がした。

全員が一斉に振り向くと、はたして其処には陶器人形のように可愛らしい女の子がいた

髪の毛は濃い茶色で、目は水色である。 顔立ちも、東洋人と言うよりも西欧人のものである

にも拘わらず、リサと同様に、日本語を完璧に操っている。 帰化外国人であろうか

見たこともない子供のはずだったが、何処かで見た気がした。 忌まわしい記憶と共に・・・

いや、だが不思議と憎悪は沸かない。 女の子はドレスの裾をつまむと、にっこり微笑んだ

それは限りない優しさを秘めた、暖かい微笑みに見えた

だが、何かが足りない表情だった。 精神分析の出来る者なら、その何かに気付いたであろうか

「お嬢ちゃん誰? 学校はどうしたの?・・・どうして私達の事知ってるの?」

精一杯の笑みを浮かべ、リサが言った。 女の子は、そのままの表情で、指を鳴らす

「二度も自己紹介する気無いモン。 ・・・そろそろ、ニャルちゃんが捕まえてこいって。

遊びを続けるには、三人が会い続けると面白くないんだってー。

それに、頭がいい奴がいると、ちょっとまずい事になるからって。 だから、すこしごめんね」

空間から、黒い触手が唐突に現れ、三人を捕獲した

悲鳴すら上げる暇なく、異次元へと引きずり込まれ、三人はこの世界から消えた

神社を沈黙が支配する。 女の子も、いつの間にかその場から、かき消す様にいなくなっていた・・・

 

1,最後の決断

 

潜水艦の中で、達哉は一言も発しなかった

克哉が心配そうに見る中、少年は膝を抱え、ただ静かに黙り込んでいた

遠くで、神取の気配が消滅し、南条が俯いて何かを呟く

隣では、ナナミが辛そうにしている。 大分落ち着いたようだが、まだ戦闘は無理だろう

あの術は、これからも最強の切り札として使えるだろうが、出来るだけ使いたくないと言うのが

ナナミを気遣う南条の本音であり、だから行使は最小限に抑える努力をしなければなるまい

隣を進んでいたもう一隻の潜水艦は、いつの間にか見えなくなっていた。

隣を進む理由もないし、搬送作業を終えた以上本部に戻らねばならないのだろう

止める理由はないし、必要もない。 大体に、方法とてない

虚しい沈黙の中、潜水艦は進んだ

遺跡を離れて二時間程後、潜水艦はかって、今は無き南条のクルーザーが停泊していた位置に着岸した

無言のまま、その場を離れようとする達哉。 だが、パォフウがその背に声を掛けた

「兄ちゃん、それはないんじゃねえか? ・・・そろそろ、話してくれてもいいだろう?」

達哉の足が止まった。 追い打ちをかけるように、克哉も言う

「達哉・・・何の罪をお前が犯し、苦しんでいるかは、僕には分からない。

だが、僕はお前の兄で保護者だ。 お前を守る義務がある・・・」

他の者達の視線も集中する中、達哉は何かの決意をしたようだった

その時であろうか、少年が意を決したのは。 静かに振り向くと、口を開いた

「あんたは・・・俺の兄さんじゃない」

場の空気が、凍結したかと思われた

 

真っ先に氷を突き破り、沸騰したのは克哉だった。 拳を固め、絶叫する

ナナミはその様を、冷徹にマグネタイトを呷りながら見つめていた

「僕は、そんなに頼りない兄か!?」

「・・・。」

「お前が、どんな罪を犯そうと、僕はお前の兄だ! 何があろうと、何が起ころうと、絶対に僕は!」

鈍い音がした。 音もなく翼を使って浮き上がったナナミが、克哉の頭に銃身を振り落ろしたのだ

予期せぬ攻撃に蹌踉めき、頭を抑えて膝を突く克哉を一瞥し、ナナミは言った

「少し落ち着くです。 もー少し弟を信頼したらどうですかぁ?

達哉お兄ちゃんの言いたいことは、そういうことではない・・・と思うですけど?」

同意を求めて視線を逸らすと、案の定達哉は沈鬱な表情を称えている

鈍痛もあり、ようやく黙り込んだ克哉を見ながら、更にパォフウが発言した

「兄ちゃん、お前さんの兄貴が、安月給からこつこつと・・・好きなケーキも喰わないで

お前の将来の為に貯金してるって、知ってるか?」

「すみません、調べさせて貰いました」

顔を上げた克哉の口を塞ぐように、眼鏡をなおして南条が言う

煙草に火を着け、沈黙を楽しむように一服すると、パォフウは続けた

「天野だって、危険を冒して此処まで来てるんだ。 しかも、理由が泣かせるぜ?

惚れたからじゃない。 でも、何か、大事な人だったような気がする・・・

だったら側にいなければならないってんだからな。 一昨日聞いたときは正直驚いたぜ

ま、最初はそういう動機だったって事だ。 今はもう、そんな事言ってられねえがな・・・

俺には、それが具体的に何かはわからねえ。 理由だけみればこれ以上くだらねえ事もねえ

だがそんな理由で、此処までの行動をするって事は、分かるな。 それだけ絆が強いって事だ

へへ・・まあ、成り行きで付いてきてる芹沢はほっとくとしてよ・・・そろそろ俺らを信用しろ

単なる思いこみや、一目惚れなんかで、此処まで出来るわけはねえ・・・

いい加減に教えろ。 天野のデジャヴの正体と、全ての真実をよ」

いつもは抗議するであろう芹沢も、静かに黙り込んでいた

もう、引き返すことは出来なかっただろう。 達哉は顔を上げた

「全て話したら、手を引いてくれるか?」

誰もイエスとは言わなかったが、少年はそれを肯定と受け取ったようだった

溜息をつき、口中にて何かを呟く。 ナナミが目を細め、その様を冷酷に見ていた

頭が決して良くない芹沢すらもが、狡猾な行動を覚えた事を、歓迎していたのであろうか

「蓮華台にあるアラヤ神社の側に、岩戸って呼ばれる洞窟があるのは知ってるな・・・

其処で全てを話す。 付いてきてくれ」

その時南条の元に、ついに第十五師団が侵攻を開始する様子だという、松岡からの情報が入ったが

しばらくは待機するように、そして南条の友人であるペルソナ使い達を集めるようにと命令すると

南条は通信を切った。 そろそろ、夜が明けようとする時間帯であった

まだ街は目覚めていない。 道には誰もおらず、ましてや一連の事件のあった今ではなおの事だ

松岡はもう準備を終えてくれているはずである。 ならば、今は動くべき時ではない

時を待つ間、事件の真相を知るための行動をする・・・これは決して無駄ではないだろう

「ダーリン、ちょっと」

ナナミが、南条の服の袖を引いていた。 今までに分析した事を、話すときが来たと思ったからだ

南条もそれを悟り、部下に足を手配するよう連絡すると、舞耶に後ろから声を掛けた

「すみません、Ms天野。 すぐ追いつきますから、先に行って下さい」

「・・・・分かったわ。 達哉君、地図を渡して」

黙々と達哉は従い、桐島も含めて、皆は神社がある蓮華台の方向へと消えていった

 

「ナイトメア、何故今まで、お前が留美子嬢と少年の会話を隠蔽していたのか・・・

話してくれる気になったか。 一体何が原因なのだ?」

ゆっくり歩きながら、南条が問いを発した。 部下が到着するまで、後三十分ほど時間がある

ナナミの魔力は、神取との死闘でほぼ全てを使い果たしたが、上位種の悪魔になった今は底力が違う

先ほど残り全てのマグネタイトを吸収した故、夕暮れまでには何とか魔力が回復するだろう

大分顔色も良くなったナナミは、涼やかな風を楽しむかのように、静かに微笑んだ

「<向こう側>についてですけど、今までの資料と情報を総合すると・・・」

声は、他者には聞こえなかった。 だが南条には聞こえ、眼鏡をなおして頷く

これらの事情が分析しきれなかったのは、南条の保有する情報がナナミのそれに比べ劣弱だったからで

決して彼の知力がパートナーに劣るわけではない。 だが、何故それらの情報を隠蔽したかの謎が残る

そして、ナナミの出した結論は、論理的に筋が通ると、南条も頷きうる物だった

「・・・成る程、そういう事か。 確かに、全てのつじつまが合うな。」

「それに、黒幕の正体はもうハッキリしてるですぅ。 普遍的無意識の、ネガティブ意識を統括する

最強の悪魔の一人・・・人類が増えるに従って、力を加速度的に増してきた存在・・・

ペルソナを与えるフィレモンと、対の存在・・・」

「! それは、神取のペルソナではないのか?」

聞き覚えのある、だが単なるペルソナにしか過ぎぬと南条が思っていた存在の名が、ぶちまけられた

ナナミがJOKER使いに恐怖を感じたのは、その存在の一端だったからである

動物は、強者には保護本能が絡む場合を除き絶対逆らえない。 下級悪魔もそれは同じ事である

今のナナミは、その本能をねじ伏せる事が出来るが、事件の当初あれほどの恐怖を覚えた理由は

最強クラスの悪魔の存在を、身に染みて感じ取ったためであり

今でも戦いは出来るが、怖い事に変わりはない

そして、南条は悟った。 ナナミがその存在の名を、自分に隠蔽していた理由を

そう、ナナミは嫌だったのだ。

今回の事件で、黒幕が集中的に狙っているのは舞耶と達哉である

南条も自身の信ずる物の所以から参戦しているが、である以上

最終的には、舞耶達と行動を別にする可能性が高い

その時、もし敵の正体を知らなければ、南条は舞耶達に敵の首塊を任せ

自身は自分にできる事の処理を行うだろう・・・つまり、黒幕との直接対決はなくなる

だが、それは怯懦というわけでは決してない。 今までの戦闘で、ナナミは死力を尽くして戦ったし

手を抜いた事など一度もない。 それらが南条の可能性に水を差すと知っていたからである

それに、自分が戦ってすむなら、迷わず黒幕との戦いを選んだことは疑いない

相手の微妙な真理を悟り、南条は俯いていた。 神取が最期に残した言葉が、脳裏にて蘇る

「その子を、大事にしてやれ。 私のようになりたくなければな・・・」

「行くぞ、ナイトメア。 ・・・時は限られている」

僅かな微笑みを称えて南条が言うと、ナナミは同じく微笑みを称えて頷いた

 

2,過去

 

洞窟は、一種独特の雰囲気を湛えていた。 神秘的であり、同時に美しくもある

壁は淡く魔力光を帯び(常人には見えなかったが)、各所には人の手が入った様子があるが

にもかかわらず、暫く人が侵入した形跡はない。 結界が随所に張り巡らされ、空気も重かった

道を知るかのように、達哉が歩いていく。 六人のペルソナ使いと一人の悪魔がその後を追った

「・・・結界が、二重三重に張られていますわ。 大丈夫でしょうか」

広いホールのような空間に出た時、桐島が呟いた。 次の瞬間、場を光が漂白した

 

そこは、どこかのビルのように見えた。 何処かでみたような少女が、肩から血を流し

何処かでみたような少年に向け、魔法を解放しようとしている

一方で、少年もライフルを構え、引き金に指をかけている。 早いほうが生き残る状況であろうか

「待て、南条君! ナイトメアちゃん!」

二人の動きが止まり、声の方をみた。 其処には、桐島の想い人弓月貴文がいた

弓月は、頭から血を流していたが、それでも朦朧とする意識を維持し、叫んでいた

「その子は、俺とエリーを助けてくれたんだ! 悪魔だが、敵じゃない! 戦うのを止めるんだ」

周囲に倒れているのは、稲葉に園村、それに桐島と黒づくめの男達が数人

そして、何体かの悪魔達。 これらを倒したのは、魔法を唱えようとしている少女・・・ナナミだった

事態は誤解から生まれたのだ。

ひょんな事から、桐島との行動になった弓月と

プラズマ隔離された御影町から脱出しようとし、原因を調査していて

セベクビル内で、偶然鉢合わせたナナミは

相手を普通の人間と思いこみ、襲いかかろうとしていた悪魔を叩き潰して、去るように言ったのだ

だが、結局一緒に行動することになり、敵と戦闘中に、弓月らを捜していた南条らと遭遇

誤解が即座に戦闘につながり、善戦して稲葉と園村を気絶させたものの

冷静に相手の能力を分析した南条に苦戦を強いられ、肩を負傷し、今の状況になったのである

場の光が消え、再び世界は現在に戻った。 南条が眼鏡をなおし、肩をすくめてナナミが呟く

「よくよく、ナイトメアっておっちょこちょいですぅ。」

「そういえば、Ms天野と最初にあった時も殺し合いになりかけたそうだな

・・・だが、そんな事はもういい。 あの時を経て、俺達は此処にいるのだからな」

「私も、あの時助けて貰わなければ危ないところでしたわ・・・」

桐島の声が消えると同時に、場を再び光が漂白した

セベク・スキャンダルの場面が、早送りで流されて行く。 映画を見るような光景だった

街の一部が崩壊し、神取が命を落とす。 一つの悲しみが解き放たれ、そして本人がそれを許容し

そして・・・事件は終わった

場面が飛んだ。 卒業式の場面が出、首席の南条が答辞を読む

黒づくめの車で迎えに来たのは、松岡とナナミ。 弓月と桐島、それに園村が、旅立つ南条を見送った

稲葉はもう、一足先に去っていた。 上杉や城戸、綾瀬や黛にはもう別れを言ってあった。

だが、それが永遠にはならない事も告げてあった

そして、南条が去った後、弓月が桐島と園村に振り向き、自分が旅に出る事を告げた

「俺は、夢を掴みたい。 だから・・・旅に出る

夢を掴むなどと言うことは、絵空事だと<大人>は言う。 だがそれは違うと、俺は証明したい」

弓月の言葉には、修羅場を切り抜けた、漢の心がこもっていた

桐島は、今度会う時は見違えさせてみせる気で、互いに夢を掴もうと応えた

再び、場を光が漂白した。 そして、今度はもう光らなかった

「・・・思い出しましたわ。 私の誓いを・・・私、変わらなくては」

自然な笑顔が出来ずに苦しんでいた桐島であったが、この光景を見て何かが吹っ切れたようだった

何故モデルを目指したのか。 その根本的な理由を思い出したのだ

自分を生かせる職業だと思ったからである。 弓月に、見違えさせるつもりで、この職業を選んだのだ

南条も、隣で襟をなおしていた。 彼も、思うところがあったようである

「これが・・・この洞窟の力だ。 見られたくない物があるなら、ついてこない方がいい」

ホールの出口で達哉が言った。 だが、誰もそうしようという者はいなかった

パォフウは冗談じゃないと悪態をついていたが、それでも足を止めようとはしなかった

 

洞窟は下り坂になり、周囲の魔力の光は更に強くなっていった

溜め息をついて、芹沢が懐中電灯を消す。 もうそれが必要ないほど、周囲の光は強かった

そして、次のホールが姿を見せた。 そこで今度は、ナナミの過去が曝されることになった

 

そこは、小さな街だった。 見慣れた風景とは違うが、雰囲気的には平和である

根本的に違うのは空。 真っ赤な空に、血のような色の月がかかっている

歩いているのは、ナナミであろう。 今と同じ姿をしているが、違うのは表情であり

それは根本的に異なる。 現在の冷酷な現実主義者の表情ではなく、ただ受け入れられない事の

苛立ちに溢れた、大人を装いたい子供の表情。 不良と呼ばれる子供達と同じ顔・・・

「アスティちゃん!」

誰かの声がして、ナナミが振り向く。 その表情が、僅かに綻んだようだった

光が消え、鈍い音がした。 光景は消えており、地面に拳を叩き付けてナナミが荒く息をついている

肩を叩き、ハンカチで傷を拭き、回復魔法を南条が発動させた。

拳の傷が消え、少し落ち着いたパートナーに

ハンカチの洗濯にかかる金は、洗剤、水、労力合わせて幾らくらいだろうかなどと

とんでもないことを、一瞬考えた南条が聞いた。 考えるだけなら罪にはならないだろう

「アスティ、とは。 昔の名か?」

「ナイトメア達は、三つの名前を持ってるですぅ。 人間に呼ばれる種族名

種族内で使う名前、そして・・・ダーリンに教えた本当の名前・・・」

再び場が光に満たされた。 其処にいたのは、人間だといっても十分に通用する美しい容姿を持つ少女

春の風のような爽やかさを感じさせる女性で、殆どの男を虜にするような暖かい微笑みが印象的だった

「此奴の名はモニカ。 ・・・現在、魔王の一人である夢魔王・・・

冷酷冷徹、卑劣で残虐・・・利己主義と欲望の塊・・・最低最悪の外道ですぅ」

「ええ、この子が!?」

芹沢が驚きの声をあげた。 黙れと目でいいながら、パォフウが肘でこづく

ナナミはその言葉が聞こえなかったかのように、淡々と続けた

目の前では、当時のナナミの唯一の理解者であったモニカが、微笑みを浮かべながら話している

どう見ても、好感以外の感情は浮かばない。

純粋で、暖かくて、見ているだけで其処に陽が当たるような娘であった

「実際、この当時は・・・良い奴だったんですぅ

ナイトメア達は、たくさんいる夢魔の中では、低リスクの生活で堅実に生きる事を選んだ種族・・・

夢のエネルギーを食べる悪魔の中で、サッキュバスとかの性的エネルギーを摂取する悪魔は

敵対者から憎まれ、命を落とすことが多い。 バクみたいに悪夢を摂取するだけの悪魔は

天敵はいないけれど・・・代わりに食事は少ない

ナイトメア達は、ただ普通の悪夢を見せてそれを食べるだけ

だから敵も少ない・・・だから得られるエネルギーも少量で弱い・・・

ナイトメアはそれに我慢できなかった・・・力が欲しい・・・今でも昔でも・・・

夢のエネルギーでなく、生体エネルギーを取り込むことはどんな悪魔にでもできる

遙かにその方が危険で、得る物も多い・・・だけど誰も理解しない・・・

異能力者や異端者は、魔界全体では尊敬される・・・でもやっぱり仲間内では煙たがられる

そんなナイトメアを理解したのが・・・彼奴・・・モニカだったです」

映像は早送りで切り替わり、やがて転機が訪れた

それなりに長生きし、力を蓄えたモニカが、上位種への変化をする気になったのである

当然、ナナミ以外にも周囲中に愛されていたモニカの周りには、人のような姿をした悪魔の他にも

前にナナミが見せた化け物じみた正体のままの者、根本的に人と異なる姿をした者

様々な異形の者達が寄り集まり、祝福していた

その頃から、現在と同じ姿をしていた(ただ、当時はその姿に拘りがあったわけではなかった)

ナナミがいるのに気付くと、モニカは彼女に近寄り、微笑みを浮かべた

「大丈夫、絶対大丈夫だよ。 私は戻ってくるから」

ナナミも含め、誰もがその言葉を信じた。 そして、裏切られたのである

上位種への変化を遂げたモニカは、別人のように変わっていた

純粋無垢な温かい心が、無知によって成り立ち、そして知識を得ることで崩壊する

少なくとも、モニカにはそれが当てはまった。 弱い心故の悲劇だったかも知れない

だが、結果論でそんな事を言っても無意味だろう

顔の造作は同じなのに、表情だけで此処まで印象が代わるのであろうか

同じ存在だと、認識するのが困難だった。 殺気と侮蔑と威圧感が、全身に満ち満ちていた

全員が等しく息をのむ中、殺人鬼と化したかって優かった娘は、殺戮を捲き散らし

多量の血が流れた。 何よりも、ナナミが絶望を味わったのは、モニカの言葉だろう

「消えて・・・鬱陶しいわ。 邪魔よ」

「・・・一つだけ応えて欲しい。 私に言った言葉は・・・嘘だったのか?」

当時は堅い口調だったらしいナナミが、頭から血を流しながら、心許していた相手を睨み付ける

周囲は炎上し、悪魔の死骸が無数に転がっている

生体エネルギーを吸い取られ、殆どがミイラ化していた

侮蔑を目に浮かべながら、殺戮者は口を開く。 もはや、かっての面影は微塵もなかった

「あの時は本当だったわ。 ・・・うふふ、でも今は違うわよ

今考えてみれば、何て無様で弱い台詞・・・くだらないわ。」

場が閃光に包まれた。 そして、映像は終わった

 

こんな時は、そっとしておくのが一番良い。 そう思うのは至極自然なことだったろう

だが南条は、そんな常識を打ち破った。 トラウマを刺激され、無言のナナミの肩に手を置き、言った

「俺は、お前を裏ぎらん。 何があろうと、絶対にだ」

「・・・・・。」

無言のまま振り向いたナナミの表情は、静かで、それでいて決意に溢れていた

此処で黙っているのは簡単だったろう。 だが、南条はそれ以上の事をしてのけたのだ

一人で立ち上がると、ナナミはホールの出口へ向け歩き出した

達哉は其処で待っており、全員が歩いてくるのを確認すると、先へと歩き出す

その背中は寂しかった。 世界の全ての罪を、一人で背負い込んだような後ろ姿だった

 

3,姿見せし影

 

洞窟は下り坂が続き、奥へ行けば行くほど光が強くなっていった

最深部に辿り着くと、そこは無数の光が乱舞し、言語を絶するほど強力な結界が張られていた

舞耶の頭の中で、また何かが光った。 デジャヴを感じるときは、何時もこういう感触が頭を襲う

片膝をついた彼女を、芹沢が助け起こす。

ここが最深部であり、真実が明かされる場所だと皆が気付いていた

全員が部屋に入ると同時に、部屋を光が漂白した。

 

そこは暗い部屋だった。 どうも、どこかの店らしい

一応バーのようだが、店員らしい者はおらず、数人の高校生が、奇抜なファッションに身を固めた

青い髪の青年と共に、金髪の少女と何処かで見たような青年に食い下がっていた

「あれ、栄吉君じゃない! それに、あっちは・・・雰囲気違うけど、達哉君!?」

驚愕の声を芹沢が挙げた。 桐島がついで、金髪の少女がテレビ局で見かけたリサという子と指摘した

程なく、子供達は何かの儀式を始めた。 そして、場に奇怪な格好の道化師が出現した

道化師は、驚く青年達に慇懃な礼をし、名乗った

「我はジョーカー・・・夢与える者・・・」

「・・・? ジョーカー?」

克哉が不審の声を挙げる。 それは、あの穢れそのものであるペルソナJOKERと同じ名を名乗ったが

凶暴で巨大だったJOKERに比べ、知性的な部分が伺えたからである

ジョーカーと名乗った者は、青年達の何人かを影のような状態にすると

驚くべき事にペルソナを発動させた達哉、リサ、栄吉を殆ど一瞬でうち倒し

そして捨てぜりふを残し去っていった。 悲しみと、想像を絶する恨みを残した声で

「忘れたというのか!? そんな・・・罪を忘れたというのかっ!

夢を奪っておいて、その屍の上で勝手な夢を貪っていた分際で・・・・ゆるせんっ!

・・・じわじわと思い出させてやろう、貴様がどれほど卑劣で恥知らずな罪に身を染めたか!」

場が一変した。 燃え上がる神社、倒れ伏す少年と青年。 そして、映像は一端消えた

 

「おい、達哉! どういう事だ? あの神社はアラヤ神社じゃないのか?

あの神社が燃えた事など一度もない・・・それに、あの子達とは初対面のはずじゃあないのか?」

達哉にくってかかる克哉の顔は必死だった。 決して愚鈍ではない彼は、薄々と気付き始めていたのだ

認めたくなかった、信じたくなかった。

だが、この洞窟の力が嘘でない事は、先ほどのナナミや南条達の態度で明らかである

ならば、こんな光景が、記憶として蘇ると言うことは! 達哉の、あの台詞の意味は!

「そういう事だ。 俺は、この世界の並行世界・・・時間軸を異とする世界から来たんだ

だから・・・あんたは俺の兄さんじゃない・・・」

さっき、ナナミが言った言葉が証明された。 表情を見て、達哉はこの少女の姿をした悪魔と

それに南条が、事態に気付いていた事を悟ったようだが、すぐに次の言葉を続けようとした

だが手を挙げて達哉の言葉を遮ると、ナナミが言う

「じゃ、二つ質問ですぅ。 此方側の達哉お兄ちゃんは今、何処にいるんですかぁ?」

「此処にいる。 ・・・俺の中で、眠っている。 俺は肉体で来たわけではなく、精神体で来た

そして、此方側の俺とシンクロし、身体を借りたんだ」

「も一つ。 須藤竜也は? 彼奴も、向こう側を確実に知っていたですけど?」

「彼奴は駒だ。 俺は、此方側の俺と自分の意志でシンクロしたが、彼奴は奴にそそのかされ

向こう側の自分の記憶と知識とシンクロした・・・そういう意味では、純粋に此方側の人間だ」

達哉が視線を逸らした。 映像が、また奔り始めていた

「奴とは、一体誰だ・・・」

克哉の言葉に応えるように、周囲を光が覆い尽くした

 

そこは、どうやら校長室らしかった。 リサと栄吉が言い争いをし、子供じみた喧嘩をしていた

そんな状況下で、異常なまでの明るさを振りまきながら、部屋に入ってきた女性がいる。

カメラマン見習いである黛を連れた・・・舞耶だった

「これが、俺と舞耶姉の再会だった。

どうやら校長とジョーカーが関係あるらしい事、噂が現実になるらしい事をかぎつけた俺達と

<願いをかなえてくれる>ジョーカーを取材に来た舞耶姉が、偶然鉢合わせしたんだ」

フィルムが早送りされるように、その後の展開が流されていった

ジョーカーが率いる組織、<仮面党>。 その幹部である、キング=レオ、須藤竜也との死闘

須藤は、燃え落ちる飛行船の中で、達哉に斬られて息絶えた

他の幹部達、レイディ=スコルピオンこと吉栄杏奈、プリンス=トーラスこと佐々木銀次らとも

死闘を繰り広げる達哉達。 街には奇怪な事件が溢れ、住民は恐怖し

そして戦いの半ばで、<イン・ラケチ>という奇書が、街に出回った

それは、狂気の男、連続放火魔(向こう側では殺人鬼になる前に病院に押し込められた)須藤竜也と

竜也を、宇宙人からのメッセージを電波で受信するいわゆる<チャネラー>だと思いこんだ

歴史研究を趣味とする、橿原明成という歴史教師の妄想によって書かれた怪文書であった

内容を要約すると、それは大体以下のようになる。

・・・この珠阯レ市は、善なる宇宙人ボロンティックの作った宇宙船の上にあり

まもなく世界はグランドクロスによって引き起こされる、強制自転停止で滅亡

だが珠阯レ市の上にいる者達だけは、その災厄から逃れられ

そればかりか、ボロンティックの手により導かれ

理想人類<イデアリアン>へと、大いなる進化を遂げる事が出来る・・・

<仮面党>の手による様々な怪事件の結果、まともな思考能力を喪失していた珠阯レ市の住民達は

それを真に受け、噂が現実になると言う状況から、加速度的に事態は悪化していった

特に事態を悪化させたのは、世界が滅亡しても自分は助かるという身勝手な考えと

自分達が進化するなら他の者などどうなっても良いという、利己的な考えだった

人類の馬鹿さ加減が、必死に抗う者達の努力を嘲笑うように、事態を滝へと押し流す

終盤には、とうとう<イン・ラケチ>の記述通り

ナチスの残党(妄想の産物が、噂によって現実化した)が輸送機を使い

珠阯レ市に、驚くべし、一個師団以上もの機械化戦力で侵攻

各所で仮面党との死闘を演じ、街は無法地帯と化した

そして、X−1に似て、だがより非現実的なロボット

<対ペルソナパワードスーツ>ロンギヌス13が先頭になって、あり得ない重要な遺跡になだれ込み

黛の思い人、藤井俊介がそのあおりを食って命を落とした。

結果、猛り狂う鬼神と化した黛は、ロンギヌス数機を粉々に消し飛ばし、吉栄を闇の縁から救った

そんな中、達哉達は三つ巴の戦いを演じながら、ついにジョーカーを追いつめたのである

死闘の末、うち倒したジョーカーの正体は、かっての達哉達の仲間、淳だった

 

映像は、此処で一端切れた。 考え込んでいた桐島が、達哉を見据えて口を開いた

「・・・・似ていますわね。 私たちの戦いに・・・

個々の事件は違いますが、全体的な展開は酷似していますわ

Dejavu boy、話していただけません? どういうことですの?」

「奴は、この世界でも、向こう側でも、全ての事件の糸を引いていた・・・

奴はそういうことが、大好きなんだ。

最小限の力で人間の愚かさを後押しして、自ら滅びに向かわせる・・・」

映像が再び動き出した。 神社で、中学生くらいの女の子が、小さな子供四人を引き連れて遊んでいる

女の子は間違いなく舞耶だろう。 屈託ない微笑みが、今とそっくりである

子供達は、達哉、栄吉(別人のように太っていた)、リサ、それに男の子がもう一人いた。 淳だった

「・・・俺達は、十年前の祭りで知り合った。 その時から、歯車は回り始めていたんだ

怖い父親と太った容姿にコンプレックスを持つ栄吉、周囲と違う姿の自分にコンプレックスを持つリサ

若いヒモをとっかえひっかえして同棲を続け、自分を省みもしない最低の母と

それにありもしない妄想の歴史に没頭する父に疲れ、<親>を求めていた淳

親の起こした事件にショックを受け、全てが信じられない俺・・・

そして、従軍記者の父親が側にいてくれず、孤独だった舞耶姉

俺達は、一緒にいる時だけ笑えた・・・一緒にいる時だけ楽しかった・・・

だが、舞耶姉が転校する時がやってきた。 みんな悲しかった

リサと栄吉が、反対する淳を押し切って、舞耶姉を神社に閉じこめた

そこへ・・・須藤が現れたんだ・・・」

神社が燃え上がった。 狂気を全身に湛えた須藤竜也が、ナイフを持ち

血みどろで倒れている達哉を見下ろし、笑っていた。 神社の戸を内側から叩き、舞耶が叫んでいる

「達哉君、逃げて! 逃げてー!」

竜也の笑いが止まった。 達哉が舞耶の声を聞いて起きあがり、ペルソナを発動させたのである

火の神ヴォルカヌスの放った炎が竜也を飲み込み、顔を半分焼き尽くした

竜也が倒れる。 そして、力を使い果たした達哉も倒れた

舞耶はその直後、ペルソナの転移魔法で死を逃れたが、事件はそれだけで終わらなかった

死体が事件後、神社の焼け跡から見つからなかった為、リサ、栄吉、達哉はこれを夢だと思いこみ

恐怖心から記憶の倉庫に鍵を掛け、大切な思い出と共に忘れる事にしたのだ

自分たちが<お姉ちゃん>を殺してしまった。 でも、黙っていれば分からないはずだ・・・

彼らは怖かった。 自分たちの犯してしまった罪業が怖かった

心の底から舞耶が好きだったこともあり、忘れなければ心を保つことが出来なかったのだ

だが淳は忘れていなかった。 他の者達と違い、淳だけは、忘れていなかった

淳は、全員の中でも一番舞耶を慕っていた。 そう、母同様だと思っていたのだ

だからこそ、忘れることが出来なかった。 そして、憎しみと悲しみが記憶に化学変化を産んだ

彼の記憶は時間と共に歪み、そして高校生になった頃には

あろう事か達哉達によって直接舞耶が殺されたと、本来の記憶から異形に変貌していたのだ

そこを、淳はつけ込まれた。 つけ込まれ、背中を僅かだけ押され、そして暴走した

心優しいこの少年を操る餌として、人類の理想的進化という小道具も使われた・・・

 

映像が再び切り替わった。 何か奇妙な模様が刻まれた遺跡の最奥で

本来の記憶を取り戻した淳を囲んで、皆が涙を流していた

既に全員が、完全な記憶を取り戻していた。 淳が詫び、栄吉やリサも詫びた

そこに、余りにも忌まわしい存在が降臨した。 ペルソナ達が、凄まじい邪気に怯える

少し距離を置いた高台に、渦と共に中年の男が現れた。 それは、淳の父親、橿原明成だった

高台には、淳をロンギヌスからかばったクイーン=アクエリアスこと黒須純子が倒れていたが

実の妻だったはずの女性に見向きもせず、黄金の瞳を持つ男は嘲笑を浮かべた

映像であっても、悪寒が奔るほどの威圧感だった。 ナナミが自身の肩を抱いて呟く

「這い寄る混沌・・・・!」

映像が消えた。 しばしの無言が、周囲を覆った

 

舞耶のデジャヴはますます激しくなるようで、今は立っていられない様子であり

芹沢が背中をさすってやり、時々慰めの言葉を掛けていた

「前々から口にしてたな。 奴とは、一体何者だ?」

既に数本の煙草を吸い殻にしていたパォフウが、次の一本に火を着けつつ言った

ナナミの様子から言っても、先ほどの圧迫感から言っても、相手が尋常ならざる存在だと実感できる

確実に人間ではない。 あれは見せかけの姿であろう。 そうパォフウは考え、それは正解だった

「ナイトメアさんは・・知っているみたいだな・・・悪魔の間では有名な存在なのか

・・・あの男は、見かけ上は淳の父親だが、中身は全然違う

噂を現実にし、淳を操ったのは奴だ。 奴の名は・・・這い寄る混沌、ニャルラトホテプ!」

「! それは、神取のPersonaではないんですの?」

「・・・神取も、奴に操られた訳か。 背を押されただけとはいえ・・・少年、続けてくれ」

驚愕を帯びた桐島の表情と、先に事実を知っていたため冷静に帯電している南条の視線を受け

静かに頷くと、達哉は続けた。 もう、事実を隠蔽する気はないようで、蕩々と知っている事を語る

少年は、ニャルラトホテプという名を口にするだけで、憎悪が沸き上がるようだった

「彼奴は、フィレモンと対を為す存在だ。 人のネガティブ思考を統括し

全てを嘲笑い、人を滅びへ導く・・・俺達の物とは、正反対の特性を持つペルソナを与える事もある」

「だとすると、ヒトという種自体の影といってもいい

途轍もなく巨大なシャドウだな・・・想像を絶する怪物だ」

克哉の言葉が引き金となるように、次の映像が始まった。

それは、人類の末路と、最後まで諦めなかった者達の、血涙の記録だった

 

4,血涙で作られた道

 

「無駄だと思うけどー、まだやるのー?

私達全員相手に勝てるって、本気で思ってるの?」

本性を現したニャルラトホテプの1、ルヴィア=クレッセントが頬に手を当て、にこにこと笑っていた

彼女の後ろには覆面をした青年、サーディン、分厚い本を持った学者風の若い女性、李香花がいて

更にその後ろには、金色の瞳をした橿原明成が、相変わらずの嘲笑を浮かべている

ニャルラトホテプとは、四つの根本構成自我から成り立っている、複合精神形成型悪魔である

コアとなるは、ニャルラトホテプ本体。 これは特定の容姿を持たず、同時に千の仮面を持つ存在で

定型を持たず、どんな姿にも変化しうる。 達哉の言葉通り、その時は橿原明成の姿をとっていた

そして、残り三つは、普遍的無意識の制御を円滑にするため

人間の歴史の中から、随時取り込んできた者達だった

国家活動における、<必要最小限の>犠牲を象徴するルヴィア

国家レベルでのエゴを満たすための、道具としての人間を象徴するサーディン

そして、人間の政治が根本的に抱える矛盾を象徴する李香花

いずれもが、今では魔王クラスの悪魔並の実力を持つ。

達哉達は、実体を失った仮面党の代わりに表に出てきた彼らを相手に、悲痛な死闘を繰り広げた

彼らは、悪と呼べるような存在ではなかった。

特にルヴィアとの戦いは、身を割くような苦痛を伴うほど、悲惨な物だった

死闘の末、達哉達は、珠阯レ市を背に乗せ浮き上がった巨大宇宙船シバルバーの内部に入り込み

ラスト・バタリオンと呼ばれるナチスの戦闘部隊や、残っていたロンギヌス13の最精鋭を蹴散らし

そして、ペルソナ<月に吼える者>を使いこなした、ナチスの頭領ヒトラーをうち倒した

結果、全ての黒幕であるニャルラトホテプと対峙することになったのである

ニャルラトホテプは自らを人間の父と名乗った。 そしてルヴィア達を手で制止すると

無数の人間を複合させたような異形の姿に変化し、達哉に戦いを挑んだ

その時既に、<主神クラス>ペルソナを使いこなしていた達哉達の戦闘力と連携は見事であり

降り注ぐ強烈な攻撃に耐え、的確に打撃を重ね、そしてついにその怪物をうち倒した・・・

だが、それは一瞬の勝利に過ぎなかった

ニャルラトホテプは、力のほんの一端を曝したに過ぎなかったのだ

現に、体力の殆どを消耗し、疲れ切った達哉の前には、平然と嘲笑う偽橿原の姿があった

そしてフィレモンが現れ、嘲笑うニャルラトホテプの隣に立ち、言った

「どうだ。 この者達のような優れた心を持つ人間がふえれば、人類の進化は成り立つ

私は・・・そう思うが?」

「フ、さあて、そいつはどうかな? 私には無理に思えるが?」

「激氣!(ケッヘイ!) どーゆーコトよフィレモン! 何あんた、そいつと仲良くしてんのよ!」

リサが拳を振り上げ、栄吉が怒りを湛えてギターケースに擬した銃を構えた

フィレモンは言う。 これが我らの目的だと

「私は強き心を持つ者をより高みへ導き。 此奴は弱き心を持つ者を奈落の底へ引きずり落とす・・・

そうしながら、人間が進化しうる可能性を捜す・・・」

「んふふふ・・・フィレちゃんと私達を一緒にしないでよね

人間に力与えて放り出すだけの貴方と違って、私達は積極的に努力してるんだから・・・」

「・・・よーするに、てめーらグルだったってわけかよ!」

ルヴィアに視線を真っ直ぐ向け、栄吉が言う。 その時既に、悲劇は始まっていたのだ

ニャルラトホテプが、<向こう側>でも終始リーダーをしていた舞耶に視線を向け、嘲笑を浮かべる

「何故、ここまで戦う。 逃げてしまえば良いではないか?」

舞耶は迷い無く応える。 その表情に、嘘や逡巡は欠片もなかった

「人には皆、夢を叶える権利があるわ。 貴方にも、誰にも、それを踏みにじる権利はない!」

言葉の終わりと同時に、鈍い音がした。 時が止まった

舞耶の胸部中央から、先ほどまでヒトラーが手にしていた、ロンギヌスの槍のオリジナルが生えていた

膝をつく舞耶、口と傷から鮮血が噴き出す。 彼女を槍で貫いたのは・・・(本物の)橿原明成を愛し

その妄想と執念に自らも捧げた哀れな女性だった。 イン・ラケチにはこうあった

<最後に、マイアの乙女が贄として捧げられる>

この瞬間、噂の完成が起こり、完全に滅亡の準備は整ったのである

リサが、栄吉が、淳が、そして舞耶の名を呼びながら達哉が駆け寄った

回復魔法が効かない、血が止まらない。 リサが涙を流しながら、無駄だと分かっている回復を続ける

ロンギヌスの槍によって刺されたイエスの傷口からは、止まることなく血が流れ続けた・・・

その伝説即ち噂も、真実となっていたのだ。 達哉が絶望の絶叫をあげ、栄吉が拳を床に叩き付けた

舞耶の口が動き、最後の言葉を発した。 皆が涙を流しながら、それを心に刻み込んだ

空虚な微笑みを浮かべるルヴィアを抱き上げ、ニャルラトホテプは哄笑した

サーディンや李香花が、複雑な面もちでそれを見つめる

「ふはははははははははははは! 墓穴を掘ったな・・・

貴様の言葉通りにしてやったぞ! 世界の滅亡はその女の夢!

哀れな貴様の命に免じて、その女と、人間共が夢見た事・・・滅亡の夢を現実としてやろう!

良いことを学んだな、貴様ら! そう、それは世の理

どうあがいても、どうにもならない事もあるという、世の理を、身をもって学ぶ事が出来たのだ!

私に感謝し、見届けよ! 世界の、愚かな人間共の滅びをなあ!」

哄笑が周囲を圧し、映像が光に溶けていった

この瞬間、舞耶のデジャヴはそれを超越し、完全な<向こう側>の記憶となり、心の一部となった

 

映像が完全にかき消えた時、呆然とする皆は、ただ視線を達哉に向けるばかりであった

最初に立ち直ったのは、もっとも強靱な精神力を有していた南条だった

「少年、この後、この後一体どうなった!」

「空に珠阯レ市一つ残し、世界は滅亡した」

「・・・・・・・・・・・!」

「俺達は、十年前の出会いを消去する事を願った。 強い思いが現実となるそこではそれが可能だった

そして、俺達は思い出を犠牲にして・・・別の可能性世界である、此方側を作ったんだ

その行動、<リセット>の成立条件は、此方側の俺達が思い出を無くしている事。

だが、俺の例もあるように、此方側と向こう側は極めて近い位置にある

記憶のシンクロも簡単に起こる。 多分、須藤竜蔵も、それを知っている

リセットが帳消しになると、この世界そのものが消滅してしまう

だから、みんなを巻き込むわけには行かなかった

向こう側は今も存在し、淳や栄吉やリサもいる。 でも、もう舞耶姉はいない・・・」

絶句する皆の中で、唯一冷静だったのがナナミである

彼女は、この状況下で達哉の言葉に隠れる物に気付いていたのだ

「さあ、全てを見せたんだ。 ・・・・約束通り、手を引いてくれ」

達哉の言葉が、無音だったホールに木霊した。 それがとぎれると、パォフウが煙草の煙を吐き出した

「・・・何の話だったけなあ、南条」

「お人が悪いですな、Mrパォフウ。 子供を騙すのは大人の特権という話では?」

「違うな、南条君。 子供の失敗の責任をとるのが、大人の役目だという話だ」

肩をすくめ南条が言うと、克哉もいけしゃあしゃあと言った

あまりのことに、達哉が硬直した。

<汚い大人>に対する怒りを両目に湛え、地面を見つめ、拳を振るわせ吐き捨てた

「騙したな! 騙したなっ! 卑怯だぞ!」

「騙してなんかいないわよ、ねえ、ナイトメアちゃん」

「へっ、お馬鹿なコドモですぅ。 最初っから誰一人、手を引くなんていってないです」

「そういうことですわ、Dejavu boy。」

ナナミも芹沢も、そして桐島も口々に言った

更に何か言おうとした達哉であったが、その時ようやく、舞耶が立ち上がり

此方に歩いてきている事に気付く。 困惑する達哉は、予想もしない事態に直面することになった

「馬鹿っ! こんなに、こんなに傷だらけになって!」

舞耶の平手が、達哉の左頬を張った。 唖然とする皆の前で、更にもう一発逆方向から平手が飛ぶ

留美子に詰め寄られた時よりも狼狽しながら、達哉は一歩引いた

「どうして、どうして・・・・私だけにでも、相談してくれなかったの・・・・!」

もう一発平手が飛び、舞耶が肩を振るわせて泣き出した

「そんなに、怒らないでくれ・・・・怒らないでくれ・・・・お願いだ舞耶姉・・・」

竜蔵を守る自衛官達を容赦なく殺してきた、冷酷な戦士に似つかわぬ狼狽しきった姿であったろう

舞耶を慰める事も出来ず、かといって逃げることもできず

達哉は怒りをどこかに置き忘れた表情で、ただ其処に立ちつくしたのだった

 

5,隠された物

 

時計を見ると、後三十分ほどで限界時間だった

南条は桐島に耳打ちし、事態を知らせた。 そして舞耶に歩み寄ると、南条は言った

「此処からは別行動を取りましょう

情報では、第十五師団が街にそろそろ侵攻を開始します。 既にそれに対する準備は整えてありますが

俺と桐島、それにナイトメアは確実に街に残らねば・・・戦力が足りません

かといって、ニャルラトホテプを放っておくわけにも行きません。 Ms天野、そちらはお願いします

第十五師団は、街の住民を強制的に、片っ端から穢れ払いにかけるでしょう

見過ごすわけにはいきません。 排除する必要があります」

「分かったわ。 ・・・今まで有り難う。 頑張って、南条君」

「あ、ちょっと、その前に」

ナナミが南条の服の袖を引いた。 彼女の後ろには、桐島がいて、達哉もいた

既に話は付けたらしい。 眼鏡を直すと、南条はパートナーに従い、少し離れたところへ歩いた

そして、声が届かないことを確認すると、ナナミは三人の前で肩をすくめた

彼女には疑問があった。 リセットは確かに此方側を作ったかも知れないが

それは様々な事象が示すように、不完全な物である。 それに事態の解決にも、まだ方法が考えられる

達哉が、それらを知りながら隠している事は疑いない。 ならば、情報を引っぱり出す必要があろう

ナナミの目を見て、達哉は尋常ならぬ物を感じた。

それを楽しむかのように、少女の姿をした悪魔は口を開く

「さ、洗いざらい話して貰うですぅ。 まだ、幾つか隠してるですね?」

「少年、それは俺も感じていた。 お前のその罪悪感は一体なんだ?

・・・世界を滅ぼしてしまった事ではなく、仲間達に対する物のように見受けられるが?」

達哉は拳を固め、ひたすら押し黙っていた。 ナナミは目を光らせ、次の質問に移った

この質問は、重要度としては低い。 どうせ、あの罪悪感の感じ方から、大体の見当くらいつく

むしろ、次の質問の方が、彼女にとっては有用だったからだ

「ま、それは別に良いです。 なんでリセットが不完全なのかはおいとくです

で、なんで根本的な解決を行わなかったんですかぁ?

リセットの条件は、皆が忘れている事。 だったら、最も簡単で根本的な解決法があるですぅ」

引きつった眼差しで、達哉が顔を上げた。 ナナミの本当の恐ろしさが、ようやく分かったのだ

瞬間的に、言いたい事は悟った。 それは合理的ながらあまりにもおぞましく、残酷な事だった

それに、その解決法は一瞬とはいえ、彼も考えた事であり

考えた以上同罪だと、根が純粋なこの少年は思っていた

「Nightmare、それは、余りに酷な話ですわ」

桐島の反応は当然だったろう。 彼女にも、ナナミが言いたい事は分かったからである

即ち、かっての仲間達を殺せばいい

一人でも、二人でも。 それによって、リセットの消去は成り立たなくなる

それは、もっとも根本的な解決法だったはずである

結果、ニャルラトホテプの手による世界の滅亡は、くい止められる

ただ、これを竜蔵は知らなかっただろう。 X−1に相手の抹殺命令を出していたし

大体、竜蔵はニャルラトホテプにとって遊びの駒だ。 それ以上でもそれ以下でもない

達哉の声は狼狽しきっていた。 事態の厳しさに、動転しきっていた

この子がそれを、今からでも平然と実行しかねない事を悟ったからである

かなり消耗していても、それくらいは簡単にできるはずだ。 冷や汗が、達哉の背を流れた

この時、達哉に栄吉達を守るため、ナナミを殺すという発想がなかったのは幸いだったろう

それを分かり切っていながら、分かり切っていたからこそ、ナナミはそういう思考を組み立てたのだ

達哉の声は上擦っていた。 今までになく動揺しきった声で、本能のまま叫ぶ

「そ、それをやって、リセットが帳消しになる保証がなかった!」

「自分でも信じてない事を、ナイトメアに信じさせられるとでも思ってるんですかぁ?

克哉お兄ちゃんやうららお姉ちゃんならともかく・・・へっ、馬鹿にされたもんですぅ

ナイトメアがニャルラトホテプの立場で、それによってリセットの帳消しが成り立たないんだったら

達哉お兄ちゃんの目の前で、仲間を散々いたぶった末になぶり殺しにして

自分に対する敵意と殺意を駆り立てる・・・そうするですけど?」

冷徹な台詞を眉一つ動かさず、ナナミは言った。 達哉は、絶対零度の視線を受ける事が出来なかった

ナナミの言葉は正論であり、事実を冷酷なほど精確に指摘していた。

反論は、少なくとも今の達哉には不可能だった。 それをみて、ナナミは更に追い打ちを掛ける

目は完全に正気を保ち、口調も普通である。 淡々として、そして完璧なまでに冷酷だった

大のために小を切り捨てる事は、忌むべき事だとナナミは考えていた

だが、この場合は大の基準が違う。 それである以上、こういう思考構築は仕方がないと考えていた

「一番手っ取り早い方法としては、達哉お兄ちゃんが自分で死ねば・・・」

「その位にしておけ。 正論だが、桐島の言葉通り余りにも酷な正論だ

それに最大限の努力をし、選択肢を選び尽くした後こそ、大のために小を切り捨てる事を考えるべきだ

他に方法もある以上、そんな事は言うな。 大体に、諸悪の根元は奴、ニャルラトホテプだ」

南条がナナミの肩に手を置き、首を横に振る。 鼻を鳴らして、ナナミが口を閉ざす

数秒の沈黙の後、達哉は顔を上げた。 不思議と、冷徹な言葉に対する恨みはなかった

自分のペースを取り戻した事で、冷静な思考も戻ったようだった

「俺は弱い人間だ。 でも、今までそれを忘れていたようだ。 有り難う、ナイトメアさん

死ぬのは怖い。 誰も死なせたくない。 そう思いながら、結局沢山の命を奪った

一人じゃ結局舞耶姉やみんなを守りながら戦う事なんて出来ないのに、自分に嘘をついていた

感謝する、俺の弱さを指摘してくれて・・・これで慢心する事なく、舞耶姉を守れる

それに、もう遅い。 奴は、ナイトメアさんが事実を知ったらとる行動くらいは、読んでいると思う」

「へっ、分かったならいいですよぉ。 頑張るですよ、達哉お兄ちゃん

ダーリン、ナイトメアは先に行って、松岡おじさんから情報を入手しておくです」

南条はナナミの言葉に頷き、眼鏡をなおした

他の者達に簡単に礼をし、出口へ走っていくパートナーの後ろ姿を見届けると、達哉の方に向き直り

肩を叩き、そして言う。 達哉を漢と認めた、南条の言葉は熱かった

「彼奴は照れ屋でな。 彼奴なりの激励だったんだと思う。 気を悪くしないでくれ

・・・少年、いや達哉。 大望を果たせよ。 お前なら出来る」

「Keiの言う通りですわ、Tatsuya。 Ms、Amanoを守って差し上げて」

初めて自分の名を呼んでもらい、認めて貰った事を悟った、達哉の表情が綻んだ

「・・・有り難う。 俺は、二度と背中を見せない」

「お話は終わった? ずるいぞ、私もまぜてー!」

いつの間にか、側で聞いていたらしい舞耶が大きな声を挙げ、皆が驚く

舞耶の表情は明るく、悲嘆はもう残っていない。 皆の心が、一気に和んだ

相変わらず切り替えが速い。 もう感情を落ち着かせ、自分が取るべき行動を正確に洞察したのだろう

そう南条は洞察し、その的確な判断を心中で賞賛した。

リーダーとしては、舞耶に学ぶところが多々あるだろう。 今後の戦いにも生かしたいところである

そしてその時、達哉が初めて笑った。 初めてみる達哉の純粋な笑顔に目を細めると、南条は言った

「Ms天野、街の事を片づけ次第、我々も加勢に赴きます

その時は遠慮なく呼んで下さい。 貴方達の力となりましょう」

「うん、有り難う。 頼りにしてるわ」

南条と舞耶の共同戦線が、一旦解除された瞬間だった

だが、同盟は残っている。 それはこれからも重要となろう

これから南条は街の事を、舞耶はニャルラトホテプの事に対処せねばならない

最終的には、南条もニャルラトホテプと戦うつもりである

誰彼の戦い関係無しに、そうせねば戦力が足らないだろう。 だが今は、街を守るべきだった

心おきなく去ろうとしていた南条だったが、大事なことを思い出し、振り向く

「そうだ。 新世塾の次の行動に、心当たりがあります

鳴海区に、開発途中の地下鉄工事現場があるのはご存じですか?

あそこは胡散臭いうわさが絶えない工事現場で、街の住民達の間では

何かの遺跡が奥にあるのではないかという、意図的に流されたとしか思えない風聞があるそうです

・・・奴らの目的は明確ですね。 もう噂は現実化していることでしょう

敵の内、一個中隊ほどの戦力が、既にそちらに向かった模様です。 気を付けて下さい」

もう一度別れの言葉を言うと、南条はナナミの後を追った

そして、桐島が全員に丁寧な礼をし、南条の後を、同じように追いかけた

「いっちまったな・・・」

パォフウが呟いた。 克哉が眼鏡を直し、うららが伸びをする

「今時珍しい、気骨のある青年だった。 年下ながら、見習うところが多いな」

「あーあ、いい男だったのにな。 割り込む隙がみつかんなかったよ・・・残念」

それぞれの死闘が、これから開始される。 全ては少年の肩から、複数の肩へと等しく分配された

本来は、人間全てが等しく背負うはずの物だった

そして、言うまでもなく、人間がその責任を放棄したから今回の悲劇が起こった

だが、不平を言っている暇はなかった。 誰にも頼れない以上、自分達で戦うしかなかったからである

 

南条が洞窟の外に出ると、ナナミが神社の方を睨み付け、舌打ちしていた

手にはトランシーバーがあり、既に松岡との連絡はすませたようである

「ダーリン、達哉お兄ちゃんの言うとおりですぅ。 さっきまで神社のあたりにあった

栄吉お兄ちゃん達の気配が、この世から消えてます。 奴の仕業に間違いないです

多分、もっとも安全な場所・・・自分の体内にでも拉致したです」

振り向きもせず、ナナミは心底悔しそうに言った。

多分、まだ手が回っていなかったら、彼らを殺すつもりだったのだろう

南条は情報を受け取ると、眼鏡をなおした。 その時、自分がどうしただろうか思案したのだ

無論、止めたことだろう。 だが、無意識的に此処へ来るのを、遅らせていたかも知れない

まだまだ未熟である自分を感じ、南条は襟をなおした。

こんな事では、一番の日本男児になる日は遠い。 更なる精神鍛錬が、これからも必要だろう

街では、旧エミルンのペルソナ使い達が、既に終結しているはずだった

園村、黛、城戸、上杉。 彼らとなら、この事態の打開が可能なはずであった

「一個師団との戦いか・・・相手に不足はないな」

淡々と言うと、南条は街へと走り出し、ナナミと桐島が後に続いた

街の北では、重武装の自衛官約9000人が

火器や弾薬を満載したトラックや装甲車に乗り込み、今正に行動を開始しようとしている所だった

                                (続)