聞きたい言葉

 

序、孤独終わるとき

 

かって<一つ>であった時のように、かって寂しかった時のように

アキは暗闇の中にいて、じっと待っていた

人間は何もない長時間の暗闇には普通耐えられない。 まして、子供が耐えることなど不可能である

しかし、アキは膝を抱え、それに耐え抜いていた。

何故なら彼女は、もう生きてはいなかったからである。 それ故に、耐えることが出来るのだった

希望もあった。 行ってしまったパパが、必ず帰って来るという、確信から来る希望が

しかし、どうしても寂しさは消せなかった。 悲しみは、次から次へと押し上がってきた

「パパ・・・早く帰ってきて・・・・帰ってきてよ」

アキのつぶやきは、闇に飲まれて消える。 まだまだ周囲には、ただの闇しかなかった

だがそれが終わるときは近い。 もう、そう遠い未来の話ではなかったのである

 

その犬は、もう犬ではなかった。 犬でなくとも、犬であった頃の主人を捜し、闇の中を彷徨っていた

しかし、主人は探せなかった。 どうも主人の方が、自分の捜索をブロックしているらしい

そう気付き、犬は探索の対象を変えた。 主人が唯一、心を許している存在を思い出したのだ

どういう訳か、普通の子供だったはずのその存在は、極めて強力な特殊能力に目覚めていた様だった

しかも、犬の探索に気付き、自分から接触を図ってきたのである

闇が晴れ、再び犬は現世に具現化する。 その子供・・・高田留美子の姿を認め、一声吼える

「お帰り、ペス。 気配、すぐに分かったわ・・・死んだんじゃなかったのね」

「アア。 アナタナラ、シュジンモココロヲヒライテクレルトオモウ

イッショニサガシテクレナイカ? アンシンシロ、シュジンノユウジンノアナタニキガイハクワエナイ」

「そんな事、心配していないわ。 お兄ちゃん・・・死んだはずなのに・・・何処かで生きてるの?」

「イヤ、モウイキテハイナイ。 シネンダケニナッテ、サマヨッテイルヨウダ。

クルシムシュジンヲミテイラレルホド、ワタシハオンシラズデハナイ・・・デキレバタスケタイ」

留美子は腰を屈め、ペスを抱きしめた。 そのまま優しく首を撫で、頬を寄せる

「私もよ。 さあ、行きましょう。 お兄ちゃんを捜しに・・・」

 

1,迫る真実

 

南条はふと、潜水艦の中で奇妙な感覚に襲われていた。

デジャヴと言うべきであろうか、昨日の記憶が、頭の中で二つあるように感じたのだ。

傍らを見ると、桐島も妙な感覚を味わったようで、不思議そうに周囲を見回していた

しかも、その記憶は穏やかならぬ物だった。

「Mr周防、港南署は・・・放火されて全焼などしていませんよね?」

「そういえば、ナイトメアも・・・そんな気がするですぅ。 何でですか?」

潜水艦の運転をしているパォフウが、奇妙な問いに、僅かに身じろぎした。

克哉は不思議そうに、南条の問いに応える

「あの警察署は、建てられて以来火事にさえ遭っていないぞ

・・・? いや、待てよ。 何か・・・全焼したような気が・・・いや、そんなはずはない

これはデジャヴと言う奴か? 天野君だけではなく、僕も感じるとは」

「そういえば、あたしもそんな気がするよ。 しかも爆弾テロだったような?」

うららもその言葉に賛同した。 舞耶も頷き、桐島もそれに習う

「・・デジャヴなんてのは」

唐突にパォフウが発言した。 克哉のメモは正確で、地図は実にわかりやすい

その為、迷子になる恐れはなさそうであった。

潜水艦には、ソナーが装備されていて、周囲の地形は立体的に把握でき

それは地図とは全く矛盾しておらず、精神的に負担無く、運転することが出来た

結果、パォフウは会話を難なく聞き取ることが出来ていたのだ

「デジャヴなんてのは、記憶のまやかしだ。 過去の記憶を自分の都合のいいように組み替えて

あったように感じている・・・それだけの事にすぎねえ。 そう、科学的に証明されてる

でも、だからこそ同時に複数の人間が、それを感じることなどありえない。 何かあるな・・・

俺も、おまえらと同じに感じる。 一体どういうことだ?

あのボウズに関係してるのか? どう思うよ、ナイトメア」

「なんでナイトメアに振るですかぁ?

・・・まあ、意見を言うならば、それはこれから分かると思うです。 今は判断材料が少なすぎるし

無理な理論構築は失敗の元・・・・今は心身共に休むべきだと思うですけどぉ?」

「その通りだな。 妙な話を提起して済まなかった

無駄な思考はエネルギーと時間の浪費だ。 それらの節約のためにも止めておこう」

南条が言葉を閉め、再び場に沈黙が訪れた。 確かに、ナナミの言葉通りであった

だが、拭いきれる疑問ではなかった事も事実である。 皆の心に、等しくひっかかりが残った

暫くしてナナミが後部倉庫に格納されている物に気づき、歓声を上げた

皆の視線が集中する中、硝子の擦過音を響かせながら、木箱を部屋に運び入れる

箱の中には、無数のガラス瓶と、緑色の液体があった。 一本を取りだし、ナナミは嬉しそうに言った

「ダーリン、マグネタイトですぅ! 多分そうとう濃いです!」

「悪魔が地上に具現化するのに必要だというあれか。 そんな物が、どうしてここにある?」

「・・・マグネタイトは、霊的磁場が強力な場所に自然発生するか、生物の体内で

生体エネルギーとして、少量があるだけですぅ。 これを主に扱うのは、悪魔召喚師、デビルサマナー

敵にそれがいるか、或いは・・・

ともかく、ナイトメアはこれで回復できるです! ダーリンも飲むですかぁ?」

南条は眼鏡をなおし、瓶の中の緑色をした液体をしばし凝視し、手を振って応えた

「いや、遠慮しておく。 それを飲んで人間が回復する補償はないのでな」

「じゃあ、こっちがいいです! こんなのもあったですよぉ!」

「ほう、チューインソウルか」

興味を示し、南条は立ち上がった。 それに釣られて、全員の視線が集中する

チューインソウルは、精神エネルギーを凝縮した快復食料で、悪魔を扱う業界で広く普及し

値段は非常に高価ながらも、一つで大魔法を行使できるほどの快復力がある

ナナミも事件の初期段階で、手を回して手に入れようとしたのだが、先に何者かが買い占めており

入手することは出来ず、結果今回の事件は補給面に於いて非常に辛い展開となった

こんな物があると言うことは、ナナミの言葉通り、敵に悪魔使いがいる良い証拠であろう

それはおそらく石神千鶴であろうが、これ程の分量を用意するとは、何を召喚しようと言うのだろうか

「ナイトメアちゃん、幾つある?」

いつの間にか横にいた舞耶が、チューインソウルを一つ手にとって聞くと

ナナミは素早く量を整理し、集計した

結果、一人あたり7本のチューインソウルが見つかり、一個が余った

それはすぐに分配され、余った一個は、舞耶がナナミに手渡した

「はい、これナイトメアちゃんの分だぞ」

「いいですよぉ。 どうせマグネタイトで回復できるです」

「これを見つけたのはお前だ、ナイトメア。 遠慮せずにとっておけ」

目を瞑り、腕を組んだまま南条が言う。 それに反対する者は、周囲にはいなかった

舞耶が包み紙を開け、チューインソウルを口に入れると、皆が続いた

全員、自分の疲労は自覚していたのである。 ナナミもそれを横目で見ながら、マグネタイトを煽った

 

暫く時間が経っても、変化はない。 皆の魔力が回復し、余裕は出来たが、周囲環境は変化せず

潜水艦は、ただ淡々と、暗い海中を進んでいた。

椅子に腰掛けて暇そうだったうららが、操縦席を見やる

「ねえねえパォ、後どれくらいでつく?」

「あ? んー、三十分って所だな。」

大きな岩が横を通り過ぎ、ライトの前を何か魚が横切った。

パォフウが灰皿に煙草を押しつけ、溜息をつく。 封じられた彼のペルソナ能力も、もう復活していた

ソナーの隅には、既に目的地が写っている。 移動時間から逆算し、安全を見ての判断結果だった

しかし、まだかなり離れているのに、強力な磁場と霊気を肌で感じられる。

確実に、敵の強さは半端ではない。 今までにない、つらく激しい戦闘になりそうであった

「神取・・・」

その言葉は、ふと南条の口を出ていた。 誰もがその意志を察し、横やりを入れようとはしなかった

因縁の対決は、すぐ其処まで迫ってきていた

 

2,巡り会って

 

町の中を、大きな犬が、背中に子供を乗せて走っていた

犬の名はペス。 子供の名は高田留美子。 ペスはヘルハウンドと呼ばれる悪魔であり

今はシベリアンハスキーに化身し、留美子を乗せて疾走していた

町の中に人はまばらで、時々ペスに驚き振り向く者がいたが、それ以上のことはしようとせず

留美子は誰にも邪魔されることなく、港南区を抜け、鳴海区を抜け、蝸牛山の側に来ていた

蝸牛山は、あの事件が起こる前も、そして今も、同じ姿をしていた

既に夜であり、山は暗いシルエットを威圧感に変えている。

中腹に見える明かりは、おそらく格闘技で有名な豪傑寺だろう

もしかすると、それとは違い、頂上と麓を結ぶ、名物的なロープウェイの駅かも知れない

だが、それらに用はない。 留美子達が用がある場所、須藤竜也を感じる場所は、山の麓

そこには、まだ市会議員だった頃の、須藤竜蔵の家があった

元々それなりに裕福だったらしく、家は風格を感じさせ、近くの竹林は手つかずだった

「ルミコ、ゴシュジンヲカンジルカ?」

「ルミで良いわ、ペス。

・・・かなり近いと思う。 でも、此処じゃないわ。 感じるのは・・・竹林の向こうね」

ペスが喉を鳴らした。 ここではないが、竹林は彼にとって因縁の場所だった

それに、招かざる客人の気配もする。 生体エネルギーを求める、捕殺者の気配だった

「ドウゾクノ・・・アクマノケハイガスル。

イチオウチクリンハウカイスルガ、ルミコ・・イヤ、ルミ。 キヲツケロ」

「大丈夫。 ペルセポネーがどんどん強くなってるのを、最近感じるの。

普通の悪魔だったら、多分追い払えると思うわ。 心強いボディガードもいるしね」

その言葉を聞くと、ペスは黙り込んだ。 留美子が強い事を感じたのだ、最初見た時とは別人のように

笑顔にも力強さがあった。 まだ弱さは厳然とあったが、それとは別に強さも育っているようだった

俗に言う、いい表情を留美子は浮かべていた。 まだ子供なのに、こんな表情が出来るのは

良いことであったのかは分からない。 それだけ辛い経験をしてきているのだから

竹林を迂回すると、T字路に出た。 留美子の指さした方向を確認し、再びペスは口を開く

「ルミ・・・ゴシュジンガスキカ? ナゼスキカ?」

「勿論好きよ。 理由は私を認めてくれたからかな

私を一人の人として扱ってくれたし、心を許してくれたから。 おかげで私、救われたもの」

留美子は問に即答した。 ペスは彼女が指した方向に向け、走りながら応えた

「ワタシハ・・・・ルミトオナジリユウダ。

・・・シュジンニヒロワレタコロ、シュジンハマダマトモトヨバレルブルイノニンゲンダッタ

モウ、ニジュウネンモマエノハナシダ。 アンナコトガナケレバ・・・」

そして、ペスは呪われし記憶を話した。 子犬だった頃の彼を拾った竜也少年は

狂気に彩られた現在とは、別人のように優しく、暖かく、だが弱い人間だった

父による帝王教育が、心優しき彼には耐えられなかった。 強くなるためには、弱さは邪魔だ

それが竜蔵の理論であり、それには一理あったのだが、竜也にとっては悲劇にしかならなかった

ペスの事件が、起爆剤になった。 それを機に、竜也は果てしない狂気の深みへ落ちていったのである

「シュジンハツミヲカサネ、ソレニクルシンデイル。

タノシンデイルナドトイッテイタガ、アレハコンポンテキニハウソダ・・・ワタシニハワカル

キョウキニオチテモ・・・シュジンノメニハチセイガアッタ。」

「・・・幾ら苦しんでいても、お兄ちゃんがやったことは、許されないことだわ

でも・・・償う方法は、きっとあるはずよ」

ペスは頷き、更に速度を上げた。 やがて二人の前に、暗い野原が開けた

其処には、彷徨い続ける狂気の魂が、実体化していた

もはや、周りは見えていないようで、膝を抱え、何やらぶつぶつと呟いている

周囲には、負の思念に惹かれて集まった低級悪魔が、群を為して闊歩しており

彼らは留美子とペスに対し、敵意をむき出しに襲いかかった

「ケチラスゾ!」

一声吼えると、ペスは呪文詠唱を開始した。 留美子もペルセポネーを具現化させ、それに加勢する

ペスの炎が、数体の悪魔を薙ぎ払い、怯えた悪魔をペルセポネーの聖なる光が叩きのめす

戦闘は圧倒的な力の差により、一瞬で勝負が着き、だがそれだけでは終わらない

形勢不利と悟った雑魚達が逃げ出すが、しかし奥にいる一体が、余裕を持ってゆっくり立ち上がった

それは最初に須藤竜也の狂気の力に惹かれ、この場所に到達した悪魔であり

馬に乗り、背に蝙蝠の翼を生やした、想像を絶するほど美しい青年だった。

「ふむ、無粋な客人のようですね。 この方からでる負の力の素晴らしさを分からぬ者よ」

「ソノオカタハ、ワガシュジンダ。 ドケ・・・!」

唸り声をあげたペスが、口から炎を吹き出す。 悪魔、堕天使セエレは余裕の表情であった

「ペス、このひと・・・凄く強そうよ。 大丈夫?」

「小さなお嬢さん、お褒めに与って光栄です。 でも、こんな美味しい素材はそうそうないのでね

しばらくはこのままでいて貰いたいのですよ。 邪魔をするなら・・・力尽くで排除させて貰います」

セエレは槍を構え、左手に魔力の光を集中させた。 かなり強力な魔力に、周囲の大気が振動する

二名を相手にしても、充分以上に戦える実力と自信が、この堕天使にはあるのだ

緊迫する空気には構わぬように、竜也は頭を抱え、ずっと何かを呟いていた

 

それまで、竜也は普遍的無意識の中を彷徨っていた。 時々、自分を憑依させる事が可能な人間

つまりJOKER呪いをした人間を見つけ、憑依してみたが、いずれも駄目であった

ある者とは同調できたが、すぐにオーバーヒートして倒れてしまった。

それと別のある者は、そもそも完全同調できず、相手ばかりか竜也もダメージを受け弾かれてしまった

確かに竜也は普遍的無意識の中で、JOKERと同一の存在となった。 しかし一口にJOKERと言っても

個人差個体差があり、全てと同調することは出来ないし、宿主にすることは出来ない

一時的に宿主とする事ならどんなJOKER使いでも、本当に少しだけなら普通の人間でも可能であったが

それには膨大な消耗が必要で、尚かつ何の意味もない

宿主がいなければ、竜也も力を発揮できない。 焦りが絶望をうみ、竜也はやがて現実世界に出ていた

もはや、強烈な力を持つだけの自縛霊と、竜也は大差ない存在となっていた

目的も忘れ、悲しみと狂気に縛られ、ただ周囲に負の力をまき散らして

自分でも意味が分からぬ事を、聞く者もいない虚無へ呟くばかりだった

その力を啜ろうと、周囲に悪魔がよってきていた。 セエレは、その一人であったのだ

留美子を背から降ろし、ペスが地面を蹴る。 鋭い牙を剥きだして、ヘルハウンドの姿に戻り

炎を吐いて堕天使を牽制しつつ、一気に跳躍した。

セエレの視線がそれ、その瞬間ペルセポネーが具現化する。 女神は、もう完璧に留美子と同調し

回復魔法だけではなく、先ほど見せた聖なる光のような、攻撃魔法も身につけていた

その聖なる光がセエレに叩き付けられ、続いてペスが灼熱の火炎を浴びせかける

爆発の中に、セエレは消えた。 だが、気配は消えなかった

「やりますね・・・人間と下級悪魔としてはたいしたものだ。 でも、私には勝てませんよ」

「マズイナ・・・ホトンドダメージガナイゾ!」

ペスの焦った声に応えるように、殆ど無傷のセエレが煙の中から現れる

その掌中には既に魔力の光が収束し、一瞬於いて魔法の風が解放された

風圧は地面を抉り、ペスを捕らえた。 吹き飛ばされるヘルハウンドが敵を睨み付けようとしたとき

馬上の堕天使は、音が如き速さで留美子の後ろに回り込み、首筋に槍を突きつけていた

妙なことに、堕天使は殺気を放っていなかった。 むしろ優しげな光を目に湛え、静かに言う

「終わりですね・・・と言いたいところですが、婦女子に手を掛けたくありません

このまま帰って下されば、何もしません。 お引き取り願いたいのですが?」

セエレの言葉は本当だった。 この堕天使は、無駄な殺戮が嫌いだったのだ

ヘルハウンドが留美子に対し、頭を下げた。 引いて次のチャンスを待とうと、目で言ったのだ

堕天使もそれを察し、槍を引こうとした。 だが、帰ってきた返事は想像を絶する物だった

「いや。 絶対にいや!」

セエレがふきだし、着地したペスが呆然と口を開けた。 留美子は目を瞑ると、静かに息を吐き出した

「もう・・・絶対に、竜也お兄ちゃんから離れたくない!

こんなチャンス、もうきっと来ない! だから・・・此処から離れない!」

その瞬間、留美子の頭上に、ペルセポネーとは別の神が出現した

怯えきった声を挙げ、セエレが後ずさる。 しかし、馬ごと巨大な手に鷲捕まれ、宙に持ち上げられた

振り返った留美子が見たのは、蛇の下半身に美しい女性の上半身をもつ、巨大な女神だった

奇跡のようにも思えたが、それは実のところ単純な魔法的現象だった

極限まで成長したペルセポネーが、この瞬間、留美子の別の自我の形を取り、姿を変えたのだ

無論、留美子の感情が起爆剤になった。 それは要因の一つではあったのだが

「妾は汝、汝は妾・・・妾はエキドナ・・・

嵐の神テュポーンを夫に、大地母神ガイアを親に持つ、数多の怪物産みし偉大な母ぞ

力を貸そうぞ、可愛らしき、妾が現身よ」

「ば、ば、ばかな! こ、こんな強力な邪神を、どうして子供が!」

セエレが絶叫し、身をよじるが、鱗が生えた巨大な手の握力は強烈で、びくともしない

楽しげにエキドナはその様を見つめ、二つに割れた舌先で唇をなめ回すと、目に殺意を湛えた

「なんとも美味そうな悪魔よの・・・我よ、夕食にいただいてもよろしいかえ?」

「駄目。 離してあげて」

それを聞くと、エキドナは渋々ながら従い、留美子の中に戻った。

ペスが腰を抜かしているセエレを無視し、走り寄ると、主君の友は額の汗を拭っていた

「ダイジョウブカ? シカシ、アレホドノペルソナヲツカイコナストハ、タイシタモノダ」

「・・・でも、消耗も凄く激しいわ。 竜也お兄ちゃん・・・・良かった、まだいるわ」

「ソコノダテンシハドウスル? イマナラカンタンコロセルゾ」

殺気を口調に含ませ、ペスが振り返った。 哀れにも、セエレは完全に惚けている

余りにもレベルが違う存在に殺気を叩き付けられ、精神が軽い虚脱を起こしているのだ

「・・・もう、放っておきましょう。 大丈夫なはずよ」

それだけ言うと、留美子はもう後ろを一顧だにしなかった。 静かに前に出、竜也に歩み寄る

竜也の目が焦点を結び、顔が上がった。 悲しみが、その表情に宿った

「てめえら・・・・」

「竜也お兄ちゃん、やっと・・・やっと会えたね」

 

無限の空白があるかと思えた。 その収束の後、独立暴走型ペルソナ須藤竜也は

涙を流す留美子と、その側に佇むペスを前に、もう枯れ果てていたはずの熱い感情を迸らせていた

「お、俺は・・・てめえらには・・・会わせる顔がねえ・・・」

留美子もペスも、無言だった。

竜也はペスがどういう存在か知りながら、躊躇無く時間稼ぎの捨て駒にし

本当に心通う相手だと知りながら、留美子の事を考慮せずに病院内を悪魔の巣窟とした

その事を、竜也がどれほど悔やんでいたか、今の言葉だけで明らかだった

「許してくれなんていえねえ・・・悪いのは全部俺だ

言う資格もねえ・・・でも・・・何で・・・何で涙が出るんだよ・・・もう死んでるのによ・・・

す・・・すまねえ! 本当にすまねえな・・・・

恨んでるだろ? ・・・いいぜ。 お前らの手に掛かるなら本望だ

楽に・・・・してくれよ。 幾ら俺がペルソナでも、霊的な力を持つお前らなら・・・殺せるはずだ

ヒャハ・・・ハハハハハ! 苦しくって、たまんねえんだ。 楽にしてくれよ・・・」

「絶対に、そんなことしてあげない」

泣き笑いを浮かべて、由美は言った。 口を開けた竜也が、盛大に笑い出した

ペスも笑い、その場には暫く、涙と笑いが同居して空間を占拠したのだった

「私の中になら、多分入れるはずよ。 一緒になろうよ、竜也お兄ちゃん・・・・

私達にしかできないことが、きっとあるはずよ。 それをしよう

私とペスも、手伝うから・・・・だから・・・」

手を広げた留美子は、この時女神のように見えた。 弱さと強さを併せ持つ、神々しい存在だった

竜也は涙を流しながら、留美子の精神と一体化した。 この時、ついに再会は果たされたのだった

「・・・ルミよ、俺はてめえの手伝いなら率先してやるぜ。 でも、魔女共の手伝いはごめんだからな」

「うん。 向こうもそれは望まないと思う。 でも私達にしかできない事が、他にきっとあるはずよ」

無言のまま、竜也は頷いた。 この時、二人は完全に心を通わせていたのだった

 

3,結合する因果

 

海底遺跡に達哉が到達したのは、留美子が竜也と再会を果たした時間とほぼ同じであった

遺跡内には空気があり、入り口はドーム状になっていた。

そこは意図的に広く作られたらしく、壁は薄く発光している。 何かの苔であろうか

神取と石神が乗ってきた潜水艦は其処に停泊しており、更に手荒い歓迎が達哉を待っていた

「テメーが特異点だな!」

X−2の操縦席で、達哉はそれを聞いた。 正面から、規則的な機械音が迫ってくる

程なく、それは姿を現した。 専属パイロットの一人、長山の操るX−2であった

二機のX−2は正面から対峙し、緊迫した空気が流れる

だがそのにらみ合いも長くは続かず、長山が再び沈黙を切り払った

「元川を殺ってくれたんだってな。 特異点のボウズ。

・・・彼奴は俺が田舎で馬鹿やってた頃からのダチ公でよ

喧嘩はからきしだったが・・・優しくて頭が良くってなあ・・・俺を真剣にいさめてくれたし

何かと俺を助けてくれた・・・本当の親友・・・・パイロットとしての腕も凄かったんだぜ・・・

そう、正面から戦えば・・・テメーなんかに、ケツの青いガキ如きに、負けるような奴じゃなかったぁ!」

語尾は殆ど絶叫になった。 神取に許しを請い、わざわざ一機で達哉を殺しに来た長山の心には

親友を殺された怒りが沸騰し、今それを仇にぶつけようとしていた

「魔法だのチャカだの結界だのでうだうだ殺り合うのは趣味じゃねえ。 一気に決めようぜ・・・」

「・・・分かった。」

戦いが不可避だと悟った達哉がX−2を操作し、巨大な剣を構える。

長山も、正対象の位置でそれを行った。 無音のゴングが、宙に炸裂した

X−2二機が同時に地を蹴る。 強力な魔力を帯びた刀を槍のように振りかざし、突進し

そして、長山の刀が一瞬早く達哉のX−2を貫き、そして自らも振り下ろされた刀に貫かれた

長山は躊躇せず、刀の魔力を全開にする。 その意味を悟った達哉が、絶叫した

「止めろ! お前も死ぬぞ!」

「上等ッ! テメーの炭になった死体担いで、三途の川わたって、へへ、元川の所に行くまでだ!

くたばれ、ボウズッ! ムラマサコピー、魔力全開! 自爆しろ!」

長山の殺気に満ちた言葉が具現化したように、場を魔力の光が包み、そして爆発が起こった

 

しばしの静寂の後、黒こげになった二機のX−2、その片方から這い出してきた人影があった。

ペルソナの防御能力を全開にして、長山の捨て身の攻撃を耐え抜いた達哉だった

無論、無傷では済まない。 かなりのダメージを受け、精神力も消耗し、疲れ切った様子で項垂れた

長山は即死であったが、その怨念に満ちた声が今でも聞こえるような気がする。

逃げ出したい。 もう沢山だ。 そんな考えが達哉の脳裏に浮かぶが、それをねじ伏せ、呟く

「俺は・・もう二度と、背中を見せるわけにはいかないんだ」

それは、半分以上自分に向け、残りを怨敵に向けた独り言であった

達哉は顔を上げ、暗がりの奥を睨んだ。 向こうから、途轍もない巨大なペルソナの気配がする

依然戦った神取の物に間違いない。 時は一秒を争う、躊躇している暇はなかった

最後のチューインソウルを口に放り込み、達哉は闇の中を走った

南条らが遺跡に到達したのは、その丁度五分後のことであった

 

海底遺跡は、悪魔で満ち満ちていた。 ただし、生きた悪魔ではなく、死んだ悪魔で満ち満ちていた

周囲にはX−2によって倒された悪魔が転がっており、いずれもが無惨な死に方をしていた

入り口には、X−2の残骸二機があり、一機には炭化した人間の死体が入っていた

それを率先して確認したのは舞耶である。 ペルソナでX−2の上部ハッチをこじ開け

死体を確認した彼女は、しばしの無言の後言った

「・・・達哉君じゃないわ。」

人間の焦げる臭いにうららが顔をしかめ、死体の顔を覗き込んだ克哉が眼鏡を直す

其処にあった表情は、苦悶と言うより怨念と執念。 それを達哉が背負う事になるのを実感し

克哉は、弟の悲劇と苦痛を感じて、襟を正さざるを得なかった

遺跡自体は単純な構造をしていて、もはや生きた悪魔がいない事もあり、苦労はなかった

一歩ごとに、神取の巨大な気配と、度が外れた千鶴の魔力が近づいてくる。

彼らはもう動いていないようで、何かの作業をしているのであろう。 それだけに補足しやすいが

その作業とやらが、新世塾の目的につながることは明らかで、故にもう一秒たりと余裕はない

しかし焦れば、決戦前に体力を無駄にするだけである。 もどかしい行軍だった

「Kei、ちょっと・・・・」

桐島の声に南条は振り向き、壁を見た。 其処には、何かの呪術的な模様が書かれていた

この遺跡がワンロン占いの流行による噂で誕生した物なのか、元々あった遺跡なのかは分からないが

壁には、それとは関係なく存在が、龍を象った文様があった

「龍・・・か?」

南条の言葉は半分あたり、半分は微妙なところであった。

側で見上げるナナミにも、桐島は知識の一端を惜しむことなく披露した

「Doragonと言うよりも、これは周りの模様から見ても・・・風水で言う地脈龍ですわ

新世塾の目的は、Pole・shiftを起こすこと・・・まさか・・・」

「地脈龍というのは、地中を流れるエネルギーだと聞いた事がある

それに何らかの操作を加えて・・・世界規模の天変地異を引き起こすつもりか?」

「間違いありませんわ。 そして、もう地脈龍の力は、噂で現実以上に強力になっているはず・・・」

ワンロン占いは、様々な地脈龍を本人の誕生月に合わせて、それで結論を出す物である

新世塾がこれを流行らせた背景には、そんな事もあったのであろうか。

だとすると、これはもう常人が思いつく考えではない。 余りにもスケールが大きすぎる

南条は度が過ぎたスケールに、舌を巻く思いで、壁画を再度見上げた

向こうから、舞耶の呼ぶ声がする。 南条はすぐに頭を切り換え、その後を追った

やがて上り坂になった遺跡は、殆ど直線になり、分岐点も無くなり

そして場は開けた。 そこには・・・神取がいた

 

そこは場違いなほど広い空間であった。 奥行きは百メートルほどもあり、天井は見えない

周囲の壁には明らかな加工の後があり、そして中央部には巨大な石と、神取の姿があった

「神取・・・・!」

南条が刀に手を掛け、そして離し、其処にいる男を睨み付けた。

その表情には怒はなく、代わりに相手の行動に対する疑問が大きかった。

神取の周りには、石神とX−2四機がいて上司を守り

側には重機関銃による集中砲火を浴びた達哉がいて、痛みを堪えながら、間合いを計っていた

神取も、相変わらず笑みを浮かべながら、南条に応えた。 問う者と同様にして、表情に怒りはない

「遅かったな、南条君。 たった今、青龍の封印を解き終えた所だよ

これは要石といってね、世界に十二個存在する、地脈龍の動きを制御するための物だ・・・」

「普段地脈龍は、一定のライン上を走ることしか出来ないの。 でも、要石の封印を解くことにより

龍の束縛はなくなるわ。 後は集めた<穢れ>を、<操龍の神事>で解放するだけ

地脈龍は、人の<穢れ>を極端に嫌う・・・龍は<穢れ>を排除しようと一点に集まり

結果、地上に未曾有の大災害と、ポールシフトが起こるわ。 まず人類は生き残れないわね」

神取の言葉に、石神が面白くもなさそうに、事務的に付け加えをし

<要石>とやらは、それを肯定するように、鈍い光を放っていた

舞耶が達哉に駆け寄り、回復魔法で傷を治す。 楽しそうにその様を見ながら、神取は続けた

「もうここにいても意味はない。 帰り賜えと言いたいところだが・・・

残念ながら、立場上今の私は、君たちを生かして帰す訳にはいかないのでね。 お相手願おうか」

場の空気が変わった。 圧倒的な殺気が、周囲を圧する

神取が大振りの刀を取りだし、鞘を放り捨てた。 Xに装着されている<ムラマサ>のオリジナルで

凄まじい力を持つ、文字通りの妖刀であった。 その場にいる全員が、心身共に戦闘態勢を取る

「南条君! エリーちゃん! ナイトメアちゃん!」

舞耶が呼び、南条達セベクスキャンダル関係者が振り向く。

達哉は既に、ある程度回復し、ナナミの後ろまで歩いてきていた

どうも、前に助けられた恩義を返すつもりであるらしい。 律儀な少年であった

その様をも確認し、舞耶が親指を立てて笑みを浮かべた

「ロボット四機は、私達が引き受けるわ。 パォフウ、うらら、克哉さん。 異存はないわね」

「あたしも南条君達の戦いに割り込む気は無いわよ。 異存はないわ」

「僕もだ。 思う存分戦ってくるんだ、南条君、桐島君、ナイトメア君」

「そういうことだ。 因縁に決着つけな・・・」

「・・・感謝します」

刀の鍔を弾いて、南条が笑った。 それに応えるかのように、X−2四機は固まったまま右側へ移動し

神取が前に進み出た。 足取りは緩やかで、それでいて隙が存在しない

石神は立ち止まったまま、その背を見ていた。 場の空気が臨界点を超えようとしていた

 

4,避けられぬ死闘

 

南条と神取の間には、ただの空気があった。 だがそれは戦気で帯電し、凄まじい圧迫感を持っていた

既に桐島は険を抜き、ナナミもワルサーを抜いている。 達哉も、一歩離れてその様を見ていた

年齢的には殆ど変わらないのに、南条に大きな差を達哉は感じていた。 割り込める空気ではなかった

やがて、南条が沈黙を破った。

「何故だ・・・神取! 三年前・・・たったの三年前! 貴様は認めたはずだ! 自分の弱さを!

この上、何でこんな事をする! まさか・・・遊び足りないとでも言うつもりかっ!

貴様は誇り高い男だったはずだ・・・犬と使われ、何故境遇に甘んじる!」

「君に同情されるのは二度目だな。 フフ・・・またしても、か。

もう一度、三年前の問いを繰り返しても良いか? 南条君」

神取の答えは意外であった。 疑問に疑問で応える形であったが、不快はなく

南条は眼鏡を直し、そして頷いた。

その時、神取は何時も握っているボールをしまうため、先ほどポケットに入れた左手を

自然な動作で外に出していた。 手の甲には、異様な模様が走っていて、遠くからも目立った

「では聞く。 何のために、君は戦っている?」

「自分で信じる物を貫くためだ。 俺は・・・山岡が教えてくれた事を、絶対に裏切らん!

俺にしか、俺達にしか出来ないことから、逃げる気はない。 それだけのことだ・・・

そして俺は・・・いずれ必ず、日本一の、日本男児となる!

三年経とうが、十年経とうが・・・・俺はこの考えを変えん。」

言葉に迷いはなかった。 ナナミは目を瞑って静かに頷き、そして開眼しパートナーの背中を見つめた

リアリストである南条が、ここだけは絶対に妥協しない男、いや漢となる

それは、南条という漢の価値、その集大成とも言える瞬間であったろう

神取は静かに笑っていた。 その笑みには、喜びが僅かに含まれていた

「では、私も行動の理由を応えよう。 光には光の、闇には闇の役割がある・・・そんなところだ

そろそろ始めるとしようか・・・南条君。 もう、語るは飽いた。 ・・・フフフ、来たまえ」

「分かった。 ならば・・・二度地に這わせるだけの事だ

少年! 女は任せる!」

刀を抜いた南条から、圧倒的な気迫が上がり、神取の殺気とぶつかり合った

<烏天狗丸>を中段に構えながら、達哉が石神へ殺気を集中するのを確認し、南条は更に言葉を続けた

「桐島、お前もあの占い師とは因縁があったな。 少年の手伝いを頼む」

「了解ですわ。 でも、Nightmareと二人だけで大丈夫ですの?」

「いや、俺は暫く一人で戦う」

桐島が絶句し、ナナミが目を細めた。 もはや振り返らず、南条は言った

「ナイトメア、遊撃を頼む。 理由は言うまでもないな」

「勿論。 ただ。約束して欲しいですぅ」

その言葉を聞いても、南条の視線はずれなかった。

もう、精神的には完全に神取との交戦状態に入っており、一瞬の油断が死につながるからだった

だが、南条は最大限の注意力を神取に払いながら、パートナーに応えていた

「聞こう。 なんだ」

「ナイトメアが手助けに行くまで・・・絶対に持ちこたえるですよぉ!」

「・・・・承知した。 任せておけ!」

言葉と同時に、南条が地を蹴った。 一瞬於いて、神取とナナミも地を蹴った

ほぼ同時にX−2も発砲し、交戦状態に入る。 血みどろの死闘は、此処に開始された

 

音を立てるようにして、南条が間を詰めた。 振り下ろされた刀と、横に薙がれた刀がぶつかり合い

物理、魔力両面から火花を散らし、弾き合った。 第二撃が繰り出され、第三撃が振り下ろされる

金属の擦過音が短く、激しく響き合い、神取と南条は至近距離で視線を合わせ、そして飛び退いた

型にはまった、基本を重視する南条の剣術に対し、神取のそれは野性的で、激しい剣術であった

これは実戦で技を磨いたと言うよりも、神取が学んだ流派の特徴であろう

南条のペルソナ行使能力は、三年前の水準をほぼ回復しており

剣技に至っては、更なる向上を果たしている。 剣技だけなら、ほぼ互角の戦いであった

距離を取り、出方をうかがう両者。 神取がサングラスをなおし、笑みを浮かべながら言った

「斜線陣戦法の応用か。 君らしい戦い方だな」

「気付いていたか。 貴様なら・・・当然のことだ」

南条の表情は鋭い。 斜線陣戦法とは、兵力にわざと偏りを持たせる策で

少ない兵力の部分には精鋭を配置し、敵の攻撃を持ちこたえ増援を待ち

一方多い兵力の部分は敵を数で圧倒し、敵を蹴散らし

最小限の時間で他の部分に救援を行い、順番に敵を各個撃破する策である

無論陣形をわざと斜線にする事で、別の効果を狙う場合もある、しかし今回の使用目的はそれとは違う

敵との戦力が同等か、或いは劣っている場合、そして精鋭がいるときに有効な手段であるが

当然危険は大きく、南条の責任は重い。 ナナミを遊撃に配置したのは、敵に与えるプレッシャーと

いつでも敵の最弱点を奇襲し、戦況を決めさせるためである

石神の相手に過剰なまでの戦力、周防達哉と信頼する桐島を向けたのは、そういう理由であった

今の舞耶達なら、相手がX−2四機とはいえ、そうむざむざやられはしないだろう

そして石神が隙を見せれば、南条が一番に信頼するナナミが、一気に突破口を開いてくれるはずである

神取のオーラが、一段と膨れ上がった。 <我が名の神>と呼ばれる、異形のペルソナが具現化する

「では、私も本気を出そうか。 何時まで耐えられるかな

この私を失望させるな・・・・! ジオダイン!」

極太の雷撃が、南条の頭上から降りかかった。 身をよじってなんとかそれをかわす南条だが

次の攻撃が容赦なく襲い来る。 もとより、予定済みの攻撃ではあった

巨大な風圧が、衝撃波が、連続して迫る。 それをかわしても、雷撃が襲いかかってくる

神取の力は底なしで、最高位魔法を連発しても疲労の色さえない

それでも、南条は一瞬の隙をついた。 驚くべき冷静さで、ペルソナを発動させる

「任せる、バール! メギドラ!」

僅かな驚きを顔に湛えた神取が、爆煙の中に消えた。 無論それだけで倒せないのは分かり切っている

稼げた時間を生かし、南条はメディラマを発動させた。 傷が回復し、そして休息時間は終わった

嫌みったらしく靴音を響かせ、神取が煙の中から現れる。 服が僅かに煤けていたが、それだけだった

「そんな事では私は倒せん・・・」

「だが、無傷と言うわけでもあるまい。 続けるぞ、神取!」

神取と南条が同時にペルソナを発動させた。 死闘は果てしなく続いた

 

達哉が視線を一瞬後ろにずらし、そして戻した。

舞耶達は良く戦っている。 敵の連携を上手く崩し、上手に距離を取りながら

効果的に打撃を与え、隙を見つけては強烈な一撃を浴びせている。 問題はない

石神千鶴は、ただ嫉妬の視線を、達哉に向けていた。 その時桐島は、石神の悲しみに気付いていた

それは、かって自分が味わったものと、同質の悲しみであった

「さ、そろそろ始めましょうか。 特異点の少年、それに桐島さん」

「貴方・・・悲しい瞳・・・・

分かりましたわ、Ms,Ishigami。 全力でお相手いたしますわ」

「舞耶姉が心配だ。 一気に決めるぞ、桐島さん」

その達哉の言葉を聞き、石神が壮絶な笑みを浮かべた。 少年が、自分を舐めている事を悟ったからだ

笑みを浮かべたまま、石神は何枚かの符を放り、そして呪文を唱える

驚くべし、それらは全て、石神そのものの姿となった

全部で四体、しかもそれぞれが同時に別の方向へ歩き出す。 表情も微妙に違った

更に石神が符を放ると、それは式神となった。 此方の数は軽く10体を越すであろう

そして最後に、地面に呪術で使う鉄剣を刺し、石神は顔を上げた。 達哉を無視し、桐島に問いかける

「八大竜王ってご存じかしら?」

「・・・もっとも強力な力を持つ、Dragon lord達の事ですわ。」

「はい、正解。 次の質問よ

同じ悪魔が、同時に何体もこの世に具現化する事があるけど、何故か知ってる?」

今度は、桐島は沈黙を保った。 相手の意図が読めなかったからである。 時間稼ぎとは思えなかった

達哉も隙をつこうとしていたが、式神や分身石神が隙無く周囲を固めており、動けなかった

石神は表情を崩さず、懐から何本かの細い硝子瓶を取りだした

それにはマグネタイトが入っており、惜しげもなく栓を開け、鉄剣にまぶしながら、言葉を再度紡ぐ

「答えはね、<その悪魔の全て>が此方に来ているわけではないからよ

高位の悪魔になると、召喚に応じて、自身のほんの一部だけを現世に派遣することが出来るの

勿論、それでも下位の悪魔なんて比較にもならないほど強いんだけど・・・」

「まさか・・・・」

桐島の表情に驚愕が浮かび、その殆どを占拠した。

その言葉から、石神のやろうとしていること、そして力の凄まじさを、今更ながらに悟ったからである

相手が自分の力を正しく評価していることに気付き、石神は初めて無邪気な微笑みを浮かべた

「そういう事。 察しがいいわね。 完全なオリジナルとは行かないけど・・・

まあ、1/3ってところね。 それでも貴方達を捻り殺すには充分よ

・・・・いでよ、八大竜王が一、タクシャカ!」

場が振動した。 地面に巨大な魔法陣が出現し、石神の額に汗が浮かぶ

そして、とどろき渡る咆吼と共に、深海魚の特徴を身体の随所に持つ巨大な竜が、その空間に降臨した

「契約に基づき、我此処に参上・・・クックック、面白そうな子供と女ですね

召喚師殿よ、いたぶり殺してもいいですかな?」

タクシャカが巨大な声を轟かせた。 達哉が、相手の力を初めて認識し、奥歯を噛みしめる

「Dejavu boy! 全力で行きますわよ」

桐島が剣を構え、ペルソナを発動させた。 達哉も、全力でそれに習った

 

「Come here Byakko! ブリザードブレス!」

桐島がビャッコを繰り、冷気のブレスを叩き付ける。 しかし、それは敵には届かなかった

式神達は見事な連携を見せ、結界を複合させ

重層複合結界を作りだし、強烈な攻撃を防ぎきったのである

逆に波状攻撃を式神達は開始した。 一撃一撃は弱くても、間断なく来る攻撃は質が悪く

桐島も防御に徹し、攻撃に出る隙が無くなった

それを横目で身ながら達哉が飛び、タクシャカが咆吼する。 灼熱の塊が、タクシャカに打ち出され

そして、あえなく結界に防がれ、消滅した。 驚愕した達哉を、竜の巨大な尾が吹き飛ばした

「流石に私を召喚するだけの事はありますね・・・生きがいい獲物だ」

竜王の名は伊達ではない。 耐物理、耐魔法能力共に圧倒的なタクシャカの防御結界は

一種類の攻撃をただ叩き付けても傷一つ付けられず、軽々と防ぎきるほどの力を持っている

地面に叩き付けられた達哉は、血が混じった唾を吐き出すと、横に飛んだ

光の柱が如き、強烈な指向性を保つ熱の塊が、一瞬前まで彼のいた地点を薙ぎ払っていた。

それは、高位竜族が得意とする、光子砲と呼ばれる強烈な技であった

<向こう側>でタクシャカの分身と戦った達哉は、光子砲の破壊力を知っているつもりだったが

流石にオリジナル1/3のそれは、完全に桁が違う威力であった。

直撃を浴びれば、アポロの防御結界ですら保つか分からない。

戦況は刻一刻と悪化していった。 そして、転機が訪れたのである

 

ナナミは一定距離を置き、戦況を見ていた

X−2はX−1に比べ、陸上戦闘能力は3割方劣る様であったが、厄介なペルソナ封じは有しており

危険度にはそう大差がない。 だが舞耶は皆を良く指揮して、戦闘を五分に持っていっている

此方が手助けしたところで戦況は激変しない。 つまり、援助を行っても意味がない

南条はこのままで良い。 戦況は完全に不利だが、しばらくは確実に持ちこたえるはずである

一方、問題は桐島である。 遠くから見ても、石神の凄まじい魔力が、予想以上だった事が知覚できる

南条は達哉と桐島をぶつける事で、一気に石神を倒そうと考えたらしいが

あの凄まじい魔力から言って、どうもそう簡単には行きそうもない

ナナミはこの時点で既に、石神の弱点を見つけている。 問題はそれを突く方法であるが・・・

数秒の思考の後、少女の姿をした悪魔は結論を出し、現在の所持品を確認して地面に降り立った

勝負は短時間である。 長期戦になったら確実に負ける

石神が召喚した式神十体以上が、ナナミの視界の隅で、一斉に桐島に向けマハラギオンを唱えていた

タクシャカの放つ光の塊に対抗策が無く、防御一方に回っていた達哉に、桐島を庇う余裕はない

既にその時、ナナミは素早く敵の死角に回り込むことに成功しており

彼女は大きく周回しながら、呪文詠唱を行い、そしてタイミングを合わせて攻撃を放った

「へっ、脇がお留守ですぅ! 必殺、ジオダイン!」

マハラギオンを放とうとした式神が、呪文発動の瞬間、横から叩き付けられてきた雷撃の餌食となり

強力な攻撃魔法の前に為す術なく、数体まとめて消滅した。

更に生き残った式神も、呪文の誘爆を起こし、洞窟を連鎖的な爆発が揺るがした

戦況を有利に保っていた石神が、ナナミを憎々しげに見据え、新たなる式神を召喚する

その間、ナナミは桐島の全面に出、タクシャカをムドで牽制し、敵と一旦距離を取る事に成功していた

「加勢するですぅ。 さ、一気に片付けるです!」

「本番の開始ですわね。 しかしNightmare、彼女は手強いですわ!」

「もう少し信用して欲しいです。 ナイトメアが何の勝算も無しに、加勢に出ると思ったんですかぁ?」

不敵な笑みを浮かべ、ナナミは振り向いた。 石神の顔が、更に憎悪に歪んだ

相手の感情を完全に無視し、ナナミは桐島と達哉を近くに呼び、そして策を授けた

「まずデジャヴの少年。 あの巨大魚もどきを引きつけるです。

奴は強いですけど、あるタイミングで消滅するはず。

其処をタイミング合わせて、あのおばさんを叩く! タイミングをミスるんじゃないですよぉ!」

「分かった。」

言葉短く達哉は答え、再び構えを取った。 一人で倒すのは難しいが、時間稼ぎなら簡単である

ある語句をナナミはわざと強く発音し、達哉もその意味を理解していた

タクシャカは楽しそうに、身体をゆらして此方を見ている

それを見届けると、今度はわざと耳打ちで、ナナミは桐島に策を授けた

「エリーお姉ちゃん、何であのおばさんが、あんなにわらわら手下召喚してると思うですかぁ?」

「数で押す・・・わけではないんですの?」

「違う違う。 自分の防御に欠陥があるから、接近戦に持ち込まれたくないんですよぉ」

桐島の表情を見て、石神が焦りを感じた。 相手の精神力の希薄さも、ナナミにとって都合が良かった

そのまま、わざと相手の焦りを誘うために、耳打ちで続ける

「これからナイトメアが側面に回り込むですから、エリーお姉ちゃんはそれを見計らって

敵の頭上にこれを放り込むです。 後は一気に息を合わせて、最高の物理攻撃手段で集中攻撃。

・・・ただし、ダーリンを助けるための余力は残しておく事。 以上ですぅ」

桐島に何か小さな物を手渡し、ナナミはようやく耳打ちを止めた。 石神が口の端をつり上げ、言った

「悪巧みはもうお終いかしら? ・・・さあ、一気に倒せる物ならやってみなさい!」

「言われなくてもやるですよ! おばさん!」

「私はまだ二十代半ばだッ! このガキ、二度も・・・殺してやる!」

都合がよい事に、完全にこの瞬間石神がキレた。 四体の分身と一緒に、複合呪文詠唱を開始する

もし傍観者の立場で神取がこれを見ていたら、完全に手玉だと呟いたろう

以前の会話から、ナナミは石神を怒らせるつぼを、完璧に心得ていたのである

ナナミが走る。 その前に、数体の式神が立ちふさがり、そして石神の呪文詠唱が完成した

「粉々になるがいい! 大地の怒り!」

それは、地震等と言う生やさしい代物ではなかった。

魔力を受けた地面が龍の様にうねり、錐状に牙を剥き、ナナミに襲いかかる。

そして、地面が咆吼する様に、轟音が轟き渡った。 地面に命が宿ったような有様であった

だがそれは局所的な物で、冷静にそれを見切ったナナミは、横へと走る

それを追う、地と言う名の龍は、生き残っていた式神達を次々と飲み込み、粉々にかみ砕いた。

その惨状を見て、ようやく石神が冷静を取り戻すが、時既に遅し

ナナミから受け取った、自衛官の死体から強奪した手榴弾を、その時桐島が投げ放っていたからである

しかも、石神の頭上にさしかかったところで、ワルサーが火を噴き、弾丸が直撃し

結果手榴弾が炸裂した。 結界に巨大な物理的負荷が襲いかかり、石神が悲鳴を上げる

当然のことであろう。 彼女の防御結界は、魔法に対してはほぼ完璧な防備を誇るものの

物理攻撃に対してはナナミの読み通り脆弱で、今の攻撃を続けられたら耐えられないからだった

更に、横に走りながら、ナナミがありったけの弾丸を結界に叩き込む。 弾丸の発射音が空間を蹂躙し

続けて飛び来たアーミーナイフが結界を直撃、恐慌状態に陥った石神の集中力がとぎれる

その瞬間、召喚されていたタクシャカが皮肉に満ちた笑みを残し、自分が本来いた世界に強制送還され

そして、目を開けた石神は、達哉と桐島が、眼前にまで迫っているのを見た

分身達は、今の一斉攻撃で、タクシャカもろとも消滅している。 式神は自分で消滅させてしまった

魔力が幾ら強大でも、戦い慣れしていなければ、ナナミの敵ではない

無論今回の策は、頭が決して悪くない石神が練りに練った物であったが

こういう予想外の事態が生じると、慣れていない者は混乱に落ちるだけである

石神が絶叫し、勝負は付いた

「お、おのれえええええええっ!」

「来い、アポロ! ギガンフィスト!」

「おいでなさい、Rinok! 一文字切り!」

桐島がこの間手に入れた戦神リノクを、達哉がアポロを、それぞれに発動させ、攻撃を叩き付ける

結界が崩壊し、石神は大きく吹き飛ばされ、後頭部を強打して動かなくなった

もし起きあがったとしても、頭部の激痛から集中することは出来ず、大した魔法や術は使いこなせまい

ナナミが振り返り、桐島と頷き会った。 達哉が頭を下げると、舞耶達の方へ駆け出していった

チューインソウルを一本取りだし、半分にちぎり、口に放り込み

補給を惜しむことなく、ナナミは素早く魔力を吸収し、そして吐き捨てた

向こうでは、南条が死闘を繰り広げ、刻一刻と不利になっていた

 

南条は、神取の猛攻に対し、防戦一方に追い込まれていた

接近戦闘はどうにか五分。 しかし、魔法を使った戦闘に関して、神取は南条の数段上を行っており

しかも、神取の結界は全てに於いて完璧に近い防備を誇る、最強に近い代物であった

あらゆる攻撃が効果を示すものの、同時にあらゆる攻撃威力を半減させるのである

効くだけましなのであろうが、一方であらゆる攻撃が決め手にならないのだ

早い話が弱点を保たないわけであり、その恐ろしさは想像を絶する

「さて、南条君 そろそろ茶番も終わりにし・・・」

神取の言葉が、横殴りに叩き付けられた岩塊によって遮られた。

南条の視線がずれ、攻撃を放った桐島と、勝利を収めたナナミを確認する

「よくやったぞ、ナイトメア。 ・・・少年はMs天野の援護に回ったか」

「ええ。 さ、後は神取をぶちのめせば終わりですぅ!」

南条はその言葉に対し、額を抑えた。

流石に派手に戦いすぎた様で、精神力の消耗も大きい様子だった

「そう上手くはいかん。 神取め、前より更に強くなっている・・・

今の戦力でも、倒せるかは微妙だ。 俺も、精神力を回復しないと戦闘の継続は辛いな」

神取が、自分に降りかかった岩をはじき飛ばし、立ち上がって来た

南条はチューインソウルを口に入れ、桐島がナナミと共に、南条をガードする

「千鶴君は敗れたか。 百戦錬磨の君達が相手では、少々分が悪かったな・・・

では私が、彼女の分も戦うとしようか。 刹那五月雨撃!」

神取のペルソナが具現化し、周囲にエネルギー弾が降り注ぐ

至近距離で、攻撃が地面を抉る。 雷が降り注ぎ、爆発的な風圧が襲い来

そして神取が刀を振るって迫ってくる、三人を相手にしても、まだ余裕がある様子であった

ナナミは攻撃を受け流しながら、舞耶達の方を伺った。 達哉の参入は強烈な戦力となって

形勢は一気に有利になり、今、X−2の大野機が、火を噴きながら片膝を付くように蹌踉めいていた

どうやら、もう向こうの心配はない。 ならば、此方は全力を尽くせるというものだ

ナナミが南条に耳打ちする。 目を瞑って南条はそれに聞き入り、やがて頷いた

「良し・・・分かった。 やってみよう

さっきはお前に無理を言ってしまったからな。 ・・・今度は俺が、お前の無理を聞く番だ」

「Kei・・・」

「桐島、行くぞ。 一気に勝負を付ける!」

刀を振るい、南条が闘志を燃え上がらせた。 傍らで桐島がそれにならい、ナナミが目を瞑った

その全身から、視認可能なほどの強烈な魔力が吹き上がる。 神取が頬をゆるめた

「ほほう・・・起死回生の大魔法かね。

しかも、今のナイトメア君が勝負をかけて使うほどの代物か・・・是非見てみたいな。 面白いぞ

当然の話だが、邪魔はさせて貰う。 せいぜい私の妨害を防ぐのだな」

「無論だ。 行くぞ、神取!」

南条が吼え、桐島と同時に地を蹴った。 最後の攻防の始まりだった

 

5,聞きたい言葉。 誰一人救われず、だが救われて

 

「使わせて貰う! ヒートカイザー!」

達哉が叫び、X−2に灼熱の塊が叩き付けられる。 防御結界の負荷が、とうとう臨界点を超え

大野機が、まず最初に倒れた。 他の三機も大ダメージを受け、もう勝負は見えた

だが、降伏する気配はない。 重機関銃を唸らせ、刀から雷撃を放ち、迫撃砲を撃ち放ち

絶望的な反撃を、だが冷静に行ってくる。 説得は不可能だった

しかし、それでも諦めきれない舞耶は、手を広げ、呼びかける

「もう勝負は付いたわ! 降伏して・・・命を無駄にしないで・・・!」

「お姉さん、それだけで充分ですよ。

僕たちも、軍人としてあなた方のような強者と戦えるのは光栄ですからね

それに、生き恥は曝したくありません。 全力で最後まで戦って下さい」

パイロットのリーダー格である横口が、静かに、微笑みさえ浮かべつつ言う

もう彼の愛機はずたずたに傷つき、既にロケットランチャーは全弾撃ち尽くしている

それでも、横口は勝負を捨てようとしなかった。 他の者達も同様だった

美談とは言えなかっただろう。 むしろ狂信に近かったかも知れない

だが、自分の価値を認めてくれた人間に対し、義理を果たしている者達を、誰が笑えるのか

更に説得を続けようとする舞耶の言葉を遮るように、その足下にライフル弾が炸裂した

溜息をつきながら、パォフウが舞耶の肩を叩いた

「天野、無駄だ。 それにまだ勝負は付いてねえ・・・油断すればやられるのは俺達だ」

無言のまま、舞耶がペルソナを発動させる。 誰も見たことがないペルソナだった

「・・・・私がけりを付けてあげるわ。 来なさい、アルテミス!」

「舞耶姉!」

達哉が、驚愕を漏らした。 そのペルソナは、<向こう側>で、何度も助けられた存在であったからだ

場を、純粋魔力の光が満たした。 横口の愛機が、その時、死に屈した

 

南条と桐島が、コンビネーションを生かし、神取に連続して攻撃を叩き付けていた

流石に接近戦で、余力を惜しまず、連携して攻撃してくるこの二人を同時に相手取るのは

神取でさえきついようであり、だが容易に屈しない。

冷静に攻撃を捌き、そして隙を見ては反撃し、ナナミの様子をうかがう余裕さえ見せた

その間ナナミは、南条と桐島を完璧に信頼していた。 全ての感覚を遮断し、呪文詠唱を行い

魔法を組み上げ、魔力を集中し、そして・・・目を開け最後の呪文詠唱に取りかかった

彼女が南条に依頼した事は三つ。 神取の位置を固定し、そして時間を稼ぐこと

最後に、ナナミがあるキーワードを発したら、神取から飛び離れること

南条はそれを完璧に果たしていた。 パートナーの力をナナミは完全に信頼し、呪文詠唱を完成させる

印を何度も組み替え、全身の魔力を集中し、そして地面に手をつき、叫ぶように言う

「偉大なる者・・・汝の名は水。 生ける全ての元、全ての力、全ての支配者・・・

さあ、汝、華となれ。 生ける全てをうち崩し、全てを凌ぐ、災厄の華に!

その華の名は・・・・・薊!」

「桐島、神取から離れろ!」

南条が絶叫し、桐島と共に飛び離れる。 その瞬間、南条は神取が笑うのを見た

神取を中心に、半径10m程の円が出現した。 ナナミが汗を額から飛ばし、最後の詠唱をした

「奥義・・・・ディザスター・シスル!」

言葉と同時に、円上から無数の氷の円柱が、螺旋状に、神取の頭上の宙、その一点を目指して伸びた

一瞬で神取は、氷の円錐の中に封じられた。 ペルソナの能力を全解放する絶叫が響く

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

絶叫が響く内に、次なる異変が起こる。 神取はそれを読み、防御結界を全力で展開したのだ

円の内部の地面から、周囲を覆った物と同様の円錐が、無数に、放射状につきだした

錐は、殻を打ち破り、空間に氷の華が咲いた。 それは呪文の名の通り、薊のように見えた

下から無数の槍を、上から氷の壁を叩き付けられ、更に空中に放り出され

言語を絶するダメージを受けながら、恐るべし。 神取はそれでも生きていた

だが、その呪文はまだ終わっていなかった。 神取の周囲にカレイドスコープを形成していた氷が

魔力の束縛を逃れ、水になったのだ。 その意味を悟り、神取の表情が歪む

地面も同様に水で浸され、流石の彼も着地で体勢を崩し、そして見た

ナナミの手に雷が集中し、そして桐島も南条も、ペルソナを全開にしている

「必殺、ジオダイン!」

「行け、バール! メギドラ!」

「Persona、Rinok! 雷の洗礼!」

二つの雷撃が、宙で混じり合い、そして南条のバールが唱えたメギドラに吸収された

雷撃は純粋エネルギーの中で増幅しあい、極限まで強大化した。 南条が、眼鏡をなおした

「・・・万能系魔法は、属性魔法を増幅する・・・合成魔法の法則だ

最後だ、神取! サンダー・・・・・クラッシュ!」

全身を水に濡らした神取が、飛び来る電気の塊の前で、静かにサングラスをなおした

着弾した。 局所的な放電の中神取は絶叫し、そしてついに力つき、片膝を付いた

「見事な連携だ・・・君達の、勝ちだ」

 

ナナミの最終奥義である魔法、ディザスター・シスルは、上位種に変化した時に身につけた物である

最大の利点はまず第一に、相手に大ダメージを与えることが出来ること。

氷は強烈な魔力を帯びており、、物理ダメージの巨大さも他に類がなく、魔法的ダメージもそれに劣らず

人間大の敵であれば、高位悪魔だろうとほぼ確実にしとめる事が出来る。

今神取が生き延びたのは、常識外の力もあるが、ナナミが閉鎖空間を考慮し威力を抑えたからである

そして、更なる利点は、魔法行使の反動が遅い事であり

呪文行使と間をおかずに、次の呪文を唱えることが出来、万が一敵が生き残っても止めを刺せるのだ

欠点とリスクも大きい。 呪文詠唱には時間がかかるし、最初に決めた発動場所をずらす事もできない

集団相手には意味のない魔法であるし、何より魔力をフルパワーの9割ほども消費してしまう

これは不便なことに、威力を抑えようと全解放しようと同じである

つまり、これを使った後に使える魔法は、ナナミの場合せいぜい通常ジオダイン一発であり

そして、反動が遅い代わりに、反動自体は非常に大きい。

ナナミが地面に膝をつき、激しく咳き込んだ。 目を瞑り、汗を滝の様に流し、口に手を当て咳き込む

パートナーを気遣い、背を叩く南条は、ナナミの指の間から血が見えた為に顔色を変えた

「ナイトメア! 大丈夫か! 魔力を消耗しすぎたのだな・・・桐島、チューインソウルを!」

「やめておきたまえ。 吐き戻してしまうだけだ」

既に戦う力を喪失した神取が、ムラマサを杖代わりに、近くまで歩いてきていた

その時、ナナミが地面に倒れ込んだ。 南条は優しくそれを抱き留め、神取を睨み付ける

「魔力を急激に消耗しすぎた・・・それだけのことだ。 寿命が縮むだろうが・・・せいぜい二〜三年

上位種の悪魔には何でもない時間だよ。 今魔力回復を無理矢理しても、身体が受け付けない

まあ、数時間おくのだな。 そうすれば自然に回復し始める」

「何故、そんな事を教えてくれる。 何故それに、そんな事を知っている!」

神取は、南条の問いに対し、サングラスを外して見せた。 桐島が口を手で覆い、南条が絶句した

その時、最後に残ったX−2、相田機と秋田機が静かに倒れ、舞耶達が此方に駆けてきた

神取は微笑むと、再びサングラスをなおした。 南条も眼鏡を直し、桐島が目を瞑った

いつの間にか、その後ろには頭から血を流した石神がいて、微妙な表情で南条と達哉を交互に見ていた

場に無音が降臨した。 救い無き戦いは此処に終わったのである

 

地面が、壁が揺れ始めた。 巨大すぎるエネルギーがぶつかり合った為、遺跡が崩壊を始めたのだ

「少年・・・一つ聞いて良いか?」

神取が言い、達哉が頷く。 神取は、南条に対する物と同じ問いを達哉へ発した

達哉は目を瞑り、それに応えた。 その目には、悲しみと決意があった

「・・・二度と、背を向けないためだ」

「フフ・・・そうか。 此処はもう崩れる。 いきたまえ」

達哉が僅かに頭を下げ、場を去った。 舞耶が南条をみて、同様に頷き、そして駆け去って行く

克哉も、うららも、パォフウも、それに習った。

南条は、意識朦朧としているナナミを抱き上げ、刀を桐島に預けていた

岩の塊が近くに落ちる。 埃が上がり、神取が再び口を開く

「君達もいきたまえ。 もう時間がないぞ」

「・・・一緒に来い、神取!」

沈黙は、二秒ほどしか続かなかった。 だが、其処には漢の歓喜と涙が籠もっていた

神取が拳銃を懐から取りだし、南条の足下を撃つ。 そして、言った

「くどいぞ。 さっき見ただろう・・・・これ以上、生き恥をさらさせてくれるな

それに察して欲しいな。 私は帰りたいのだよ・・娘の元に」

「Ms、Isigami! 貴方も・・・?」

「私は・・・貴方も女なら察して。 さあ、もう行って」

桐島は、石神の目を見て、説得の不可能を悟った。 頭を振り、南条に先駆け、部屋を出ていった

南条もそれに続き、部屋を出ていこうとした。 その背に、神取が声を掛けた

「南条君、その子を大事にしてやれ・・・・私のようになりたくなければな。

言い忘れていたが、私の乗ってきた潜水艦の操縦手はまだ待機しているはずだ

非戦闘員である彼に、撤退を私が命じていたと告げてやってくれ。 以上だ」

「ああ。 さらばだ・・・神取」

心中にて呟くと、南条は駆け去っていった。 そして、二度と振り向く事はなかった

 

揺れは次第に激しくなり、大きな岩が連続して神取と石神の周囲に降り注いだ

南条達が潜水艦で脱出した頃には、その揺れは激しく、大きくなり、遺跡にとって致命傷となった

「ようやく分かりました。 あの台詞が・・・聞きたかったんですね」

「すまなかったな。 私の愚行につきあわせてしまって・・・」

「いいえ。 生まれて初めて・・・自分が女であったって・・知ることが出来たから・・・満足です」

石神は、神取に寄りかかり、その背に顔を埋めていた

暖かさを背に感じながら、拳銃を放り捨て、神取は崩れ来る天井を見上げて嘆息した

「あの子は・・・気むずかしい子だ。 君と仲良くしてくれると良いのだが」

「アキちゃん・・・でしたね。 努力します」

程なく、天井の岩盤が完全に崩壊した。 要石もろとも、部屋は石によって埋め潰された

 

「パパ・・・」

暗い虚無の中で、アキは呟いた。 その耳に、小さな呼び声が届く

最初は気付かない。 だが、それは繰り返し、とうとうアキは気付く

歓喜を顔に満たし、アキが立ち上がった。 辺りを見回し、視線を固定する

遠くから歩み寄ってくる者は・・・間違いない

「パパ! 帰って来てくれたのね!」

アキが走る。 両者の距離は見る見る縮まり、飛びつくようにして、神取に抱きつく

「アキ、寂しい思いをさせてすまなかった。 もう私は、お前から離れないぞ」

愛娘を抱き上げ、神取は泣くに任せていた。 やがてアキは、いま一人に気付いた

「パパ、その人は?」

「・・・お前のほしがっていた、お前を放ってどこにもいかない、お前を一人にしない母さんだ」

自然な笑みを浮かべ、千鶴が微笑んだ。 生きていた時よりも、遙かに優しく暖かい微笑みだった

アキも微笑み、新しい母を受け入れた。 やがて神取は、静かに頭を巡らせた

「さて・・・何時までも、此処にいるのも芸がない話だ

かといって、天国も地獄もごめん被る。 何処か良い場所はないものかな、千鶴君」

「・・・魔界などはどうでしょう。 力ある者が、それだけが崇拝される土地だと聞いています」

「成る程。 それは私好みだな。 アキ、どうする? 異存はないか?」

「うん。 パパが行くところだったら、アキは何処でも行くよ・・・」

愛娘の頭を撫でると、神取はその右手を取った。 千鶴がその左手を取り、一家は歩き出す

自分たちだけの場所を目指し、誰にも邪魔されない場所を目指して

その表情は、かって彼らに存在しなかったもの・・・優しい微笑みに満ちていた

                                  (続)