ぶつかり合う心
序、恐るべき物
高度な技術力を惜しむこともなく作られたその部屋には、自衛隊の人間が多数詰めており
周囲から得られる様々な情報に目を光らせ、そして整理していた
この船、<日輪丸>は、表向きは豪華客船である。
だがその実は、須藤竜蔵の私財によって建造されたイージス艦であり
いまもその特性である情報収集網を周囲に広げ、周りを監視していた
今この船は、日本の珠阯レ市の洋上にいる。 技術者を満載し、世界十一カ国を回り
その全てで任務を成功させ、日本で最後の任務にとりかかっている所であった
「大型艦補足。 米軍所属のミサイル艦です。 護衛らしい駆逐艦の姿も確認しました」
室内に緊張が満ちた。 このあたりで米軍の海上演習がないことは調査済みであり
それ故すぐに上層部に連絡が行き、竜蔵も部屋に現れる
傍らには親衛隊長の役割を果たしている小川と、退屈そうな菅原がいた
自衛官達の表情に、落ち着きが戻る。 竜蔵は平常そのもので、全く動揺が見られなかったからである
こういう事態で、上の人間が果たすべき義務を、きちんと竜蔵は心得ていた
無論、事態の逼迫は感じていたが、それをねじ伏せられるだけの精神力を、老人は有していたのだ
竜蔵は小川の方に振り向き、目を光らせた、そして静かに口を開く
「とうとう馬鹿共も事態に気付いたようだな・・・しかし、よりによって米軍に頼むとは
高くつくぞ、この失敗は・・・愚か者どもが・・・」
政治家達の馬鹿さ加減を罵る竜蔵の表情は、無能に対する凄まじい怒りに満ちていた
もう同僚ではないし、日本などどうでもいいはずなのに
この老人は、根本面では<愛国者>なのであろうか。 矛盾した話であった
竜蔵が心配したとおり、この代償は高くつくはずである
事態は誰の目にも明白であった。 国のお偉方が、竜蔵の狂気に気がついたのである
ようやく事態を悟った永田町の老人達は、右往左往の挙げ句、総理に全てを押しつけた
事態に混乱した総理は、無い脳味噌を絞り、様々な手を使って密かに米軍へ協力を要請
日輪丸に乗っている新世塾幹部を、事故に見せかけて抹殺しようとするという愚策に出たのだ
後で凄まじい額の金を払わされる事になるだろう。 笑止な程に近視眼的で無能な連中であった
そもそも彼らがきちんと状況を最初から分析していれば、事実に気付くのはもっと早くなり
手は幾らでも打てたはずであるし、冷静な判断もできたはずである
それに今でも、冷静に考えれば、もっとましな手は幾らでもあっただろう
「小川、撃沈は可能か? 敵は戦闘目的の艦、しかも二隻だが」
あえて菅原を無視し、竜蔵は小川の顔を見た。 歴戦の猛者は数秒の沈黙の後、静かに顔を上げた
「私のX−1改、それにX−2五機もあれば充分でしょう。
元々X−2には海底遺跡の悪魔掃討任務があります。 肩慣らしに丁度良いかと思われます
状況から鑑みるに、敵ミサイル艦及び駆逐艦は、此方がイージス艦だと気付いておりません
二十分後にジャミングをお願いいたします。 敵を確実に屠ってご覧に入れます」
微塵の狂気もなく、事務的に小川は言った。 この男は自分の能力を完全にわきまえており
無理は一度も言ったことがない。 竜蔵は信頼を込め、静かに頷く
「よし、任せる。 遠慮はいらん、叩きつぶせ。 蟻共を一匹も生かして帰すな」
敬礼した小川の顔にも、竜蔵の顔にも、憐憫は一切無かった。
その様を嘲笑を込めて菅原が見つめていたが、二人とも気にとめなかった
既に対艦装備をしていたX−2が五機、海に飛び込む
そして小川の愛機X−1改は、ブースターを噴射して宙に浮き、高速で夜の空を飛んだ
X−1に比べ、小川のX−1改は比較にならない性能を持つ。 装備も強大で、防御力も桁違いである
海中にいるX−2は、水中戦闘に適した形状で、X−1に比べて丸みを帯びたフォルムをしており
現在はそれぞれが強力な対艦魚雷二発を積み、並の船よりも遙かに早く海中を疾走していた
程なく、全く事態に気付いていない米軍のミサイル艦が
超遠視夜間戦闘用スコープに捕らえられ、モニターを通して小川の目に飛び込んでくる
向こうには、駆逐艦がおり、哨戒ヘリが飛んでいた。 指先を顎に当て、やがて小川は作戦を決めた
「大野、長山、秋田、駆逐艦の後方に回り込め。 相田、横口、私の下に潜行しろ
ジャミング開始と同時に魚雷発射し、敵を殲滅。 命令は以上だ
私はこれからヘリを撃墜し、敵の注意を引きつつ中枢を撃破する」
「了解。 ではこれから潜行いたします」
五人が同時に応え、小川が満足げに頷いた。 部下達の潜行を見届けると、自らも敵との間を詰める
ジャミングが開始され、同時に米軍の情報が全て麻痺した。
永続的には続かないだろうが、攻撃は数分もあれば充分である。 そして、数分なら確実に妨害は続く
ヘリが旋回しX−1改に気付く、しかし回避は間に合わない。
小川が距離を詰め、零距離から重機関銃が火を噴き、ヘリは吹っ飛んで火達磨になった
火を噴きながら海に墜ちるヘリにミサイル艦が気付き、対空放火をX−1改に向ける、だが反応が遅い
その時既に小川は対艦ミサイル、シースパローを敵艦動力部分に向け撃ち放っていたのだ
バルカン・ファランクスが大量の弾丸を打ち出すが、忌まわしい殺意を撃ち落とす事は出来ず
非情なまでに、事務的なまでに精密正確に、ミサイルは炸裂し、艦に致命傷を与えた
艦に巨大な火柱が上がり、大きく揺らぐ。 同時に二発の対艦魚雷が炸裂し、ミサイル艦は沈黙する
二発の魚雷は敵艦中央部に集中し、結果不運なミサイル艦は真っ二つに千切れ折れた
渦を巻き沈み行く艦の向こうで、同様にして三発の魚雷を喰らった駆逐艦が沈黙し、機能停止している
だが沈没する気配はない。 小川は舌打ちし、もう一発のシースパローを容赦なく駆逐艦に叩き込んだ
戦闘は一瞬にして終結した。 沈み行く駆逐艦を背に、海上にライトを当て、小川は言った
「敵の生存者は一人も生かすな。 見つけ次第殺せ」
「わ、分かりました。」
「私は十分ほど此処に止まり、その後珠阯レ市制圧作戦の援護を行う
お前達は予定通り、三十分後に此処を離れ、海底遺跡に向かえ。 以上だ」
言い終わると、小川は海に向けて発砲した、生存者を見つけたからだ
大柄な海兵が、悲鳴を上げるまもなく絶命し、海に沈んで行った
慄然とする部下達も、隊長に従って生き残りの敵兵を掃討し、やがて時間は過ぎた
小川は珠阯レ氏へ向けて飛び去り、部下達は更に十名ほどの海兵を殺すと、海底遺跡へ向かった
その様は全てビデオに収められていた。 彼らを監視していたのは、特殊任務を帯びた人間であり
上司の名は、松岡と言った。 南条の部下の松岡であった
「恐るべき兵器だな・・・」
部下達が驚愕を帯びた視線をモニターに固定する中、慄然とする感情を隠しながら、松岡は呟く
すでに、南条が海に出た後のことである
1,船上にて
鳴海区のヨットハーバーには、南条のクルーザーが停泊している
周囲のヨットよりは大きいが、それほど巨大なクルーザーではない。
海外の資産家の持つ物には、自己顕示欲と保有資産が相乗効果をもたらし、結果豪華さが限度を超し
客船並の巨体を持つに至った物があるが、それに比べると小人の様な規模である。
しかし、機能に関しては話が別だ。 このクルーザーは最新の科学技術が山のように詰め込まれ
結局の所、作るのに費やされた資金は、並のクルーザーを遙かに凌ぐ物となっている
それが、南条には気にくわなかった。 船遊び等という物は、所詮金持ちの道楽に過ぎない
質実剛健とは完全にかけ離れた、無意味な所にあったからである
結局の所、甲板に大きく「1」と書き込み、それで廃棄だけはやめ、今は放置同様に置いてあるのだ
そういう事情があるため、南条は複雑な表情をしていたが、そうではない者もいる
それはうららと舞耶である。 彼女らは初めてみるクルーザーに大喜びし
尚かつそれに乗れる事に興奮し、目を輝かせてはしゃいでいた
不謹慎かも知れないが、最近ずっと神経を張りつめ通しだったから、少しくらいは良いかも知れない
ふと南条が視線を逸らす、既に数秒前からナナミはそちらに視線を向けていた
人が近づいてくることに気がついたからである、殺気はなかったが、油断は出来なかった
「松岡か。 遅かったな」
人物の正体に気付き、南条が言うと、皆が一斉に振り向いた
果たして其処には、久しぶりに直接会うことになった、松岡の不愛想な顔があった
後ろには、護衛らしい無表情な男達がいる。 彼らも一様に不愛想だった
「圭様、お怪我がないようで何よりです。 では、早速本題に入りましょう」
「まずは敵の正確な位置だ。 日輪丸の正確な座標は分かったか?」
松岡は頷き、ナナミに書類を手渡した。 それは此処しばらくの日輪丸の航海データであった
ナナミは海図を取りだし、船の位置を正確に把握すると、顔を上げて応えた
「ダーリン、日輪丸は数日前からこのあたりを停泊してるです。 多分確実に捕まえられるです」
「そうか、しかし急いだ方がいいだろう。 停泊中と言っても、何時動き出すかわからんからな」
南条は海を睨んだ。 当然日輪丸は見えないが、その視線の方向に今、敵はいるはずである
須藤竜蔵は勿論、おそらくは神取も。 石神千鶴がそちらに向かった事ももう既に判明している
何故、奴は新世塾に荷担しているのか、どうしても突き止めねばならない
それは三年前のセベクスキャンダルで、誰よりも神取の悲しみと直接触れた、南条の義務であった
眼鏡をなおし、南条は振り向く。 それを待っていたように、松岡が口を開いた
「状況は最悪です。 敵の戦力は、海自の一部と、陸自第十五師団まるまる全部のようです
兵力は最低でも九千。 しかも、悪い事に、十五師団は明日あたり
珠阯レ市に侵攻を開始する可能性が、非常に高い事が判明しています」
「九千か・・・分かった。
幾つか手を打っておこう。 この指示書に策は書いて置いた、頼むぞ」
南条がこの間、ナナミと二人で最悪の事態に備えて構築した指示書は、速やかに松岡の手に渡された
それと同時に、話を聞いていた全員の顔に、等しく緊張が走る
幾ら非現実的であっても、それはもはや逃避できる問題ではなかったからだ
「永田町のお偉方はようやく事態に気付いて、みるも哀れなほどに狼狽しています
追いつめられた愚者は何をしでかすかわからぬもの・・・圭様、お気をつけて。」
頷き、南条はクルーザーに乗り込んだ。 その表情には、微塵も恐れは無かった
暗い船内に明かりが灯り、張り切るかのようにクルーザーのエンジン音が響く
船の免許を持つ者はいないが、克哉が警察で船の運転を訓練したことがあり
また、この程度の簡単な運転はオートで大丈夫である。 敵の位置も知れている故、問題はない
波を蹴立てて、初めてクルーザーが海に出た。 機嫌がよいようで、快調に波の上を滑る
「山岡さん、圭様は立派になりましたぞ。 貴方のおかげですな」
表情に僅かな微笑みを浮かべ、松岡は言う。 だが一瞬後、そこにはもう微笑みはなかった
「・・・お前達、海上に待機している特殊工作員に指令を出せ。
恐らく廃工場で確認された、二足歩行型兵器の戦闘があるはずだ。 格好の資料となるだろう
加えて、この事件に南条家が関わった痕跡を全て消せ。 南条家は・・・クリーンだ」
男達は頷き、指示に従った。 すぐに幾つかの具体的な作業が行われ、事務的に処理されていく
南条は怒るかも知れないが、こういう汚い仕事は必ず必要だと松岡は考えており、それは事実だった
比類無き可能性を持つダイヤの原石を、下らぬスキャンダルで溝に放り込む訳にはいかないからである
松岡は南条の泥除けになるつもりであった。 無論ナナミも、積極的にそれをかって出ている
何故なら彼らは、南条の可能性を愛する以上に、南条本人が好きだったからである
「さて、次の仕事だ」
もう見えない南条のクルーザーに向け敬礼すると、松岡はきびすを返し、夜の闇へと消えていった
程なく港には、再び沈黙が戻り、それは朝まで続いた
クルーザーが日輪丸に辿り着くまで、二時間ほど時があった
克哉は船の機能に感心すると、すぐにソファを借り、眠りに入り
流石のうららも、、暫くクルーザーを見て回った後はベットに身を預け、休息に入った
舞耶はかなり余裕があり、キッチンで食料を引っぱり出し、呆れ顔の桐島を後目に
半ば堂々とつまみ食いをしていたが、結局桐島もそれを止めず、自身も栄養ドリンクを胃に収めた
その一方で、南条は操縦室で椅子に腰掛け、テーブルに海図を広げ、何かを考え込んでいた。
側にナナミの姿はない。 ジオダイン二発を使った消耗を回復するために、真っ先に眠りに入ったのだ
とりあえず討議するべき事は全て移動中に結論し、そして南条を信頼しきっている故、出来る事だった
海図を眺めながら、南条は細かなミスがないかチェックを行っていた。 疲労がたまっている今では
何か細かいミスが出る可能性があったからであり、決してナナミを信用していないわけではない
結局、ミスはなかった。 海図を丸め、ふと南条は後ろにいたパォフウに気付いた
海図のチェックは思考のついでの行為であったが、自身も疲労している事に、南条はようやく気付いた
「何用ですか、Mrパォフウ」
「・・・ちょっとな。 そっちの席開いてるか?」
南条が頷いたため、パォフウはゆったりと向かいの席に腰掛けた。
短くなった煙草を灰皿に押しつけ、溜息をつく
サングラスの奥の瞳が、何ともいえない光に満ちている、南条は言葉を待ち、パォフウがそれに応えた
「なあ、南条。 あのガキの事だけどよ・・・」
「ナイトメアの事ですか? 彼奴が何か」
数秒の沈黙を挟み、パォフウが口を開く。 煙草を取り出そうとして、だが途中で止めた
「危ういんだよ、彼奴は。 悪魔だからとか、人間だからとか、関係ねえ・・・
お前さんにも似たところがあるが、とにかく・・・・なんていうのかな」
「・・・・・。」
「出来るだけ、一緒にいてやれ。 彼奴の力は俺も認めるが、頭脳はもっと認めるがな
なんていうか・・・そうだな。 ブレーキがついていない車って感じがするぜ
廃工場で、彼奴は情報を引き出すために、天道連の脳天に容赦なく弾ぶちこみやがった・・・
そうすることが一番早くて、確実で、どうせ奴らは生き残れなかった。 それは俺も認める
だがよ、倫理が人間と違うっていっても・・・悪魔だって、普通あそこまではしねえぜ」
パォフウは感じていた。 南条もそうだが、何かしらに優れている者は偏りが大きいのだ
人間の総合的な能力には、実のところたいした個人差がない。
天才という連中は能力が偏っている者の事であり、特にその偏りは、心の歪みに出ることが多い
南条を支えているのは、心の中の山岡と、傍らで自身に背中を預けてくれるナナミである
そんな事情はパォフウには分からないが、ナナミについて彼はある確信を持っていた
ナナミは南条がいて初めてバランスが取れる。 そうパォフウは結論していたのだ
あの少女の姿をした悪魔は、既に300年以上の時を生きている、それはパォフウも知っている
その間、彼女は強靱な精神力を身につけ、冷酷な現実主義を身につけ
合理的判断で身を守りながら、魔界と人間界を渡り歩いてきたのだが、結局彼女は心を捨てていない
それがどこか軋みを生じさせる。 あの工場内での、天道連への冷酷な尋問方法を見せつけられ
南条から離れた時の冷厳なやり口を幾度も目の当たりにし、彼ですら幾度か戦慄を覚えた
だがきちんとした「人間的な」思考もできる事も見て、何か軋みをパォフウは感じていたのである
「彼奴は・・・俺と同じく、心の中に爆弾を抱えています」
南条が微笑みを浮かべた。 既に少しの時間が通り過ぎていた
「・・・変化の際に、僅かに触れる事が出来た心の傷。 予想以上に深い物でした
彼奴があんな表情をしたのは、三年も一緒にいて、始めてみましたから
何時か・・・全てを話してくれれば、彼奴の傷も、癒えるかも知れません
それまでは・・・・俺と出来るだけ、一緒に行動するしかないでしょう
もっとも、神取級の相手とのギリギリの戦いでは、そんな事も言っていられないでしょうが・・・
お話は分かりました。 これからは、できるだけ気を付けることにしましょう」
「すまねえな。 戦力配分を考えると、お前さんの分身として戦略的に活躍して欲しい所だろうけどよ」
「貴方が謝ることではないでしょう・・・しかし、ご厚意には感謝します」
南条は微笑み、地図を丸めて棚にしまった。
残る時間は三十分ほどで、そろそろ皆を起こさねばならないだろう。
部屋を出ようとする南条を、パォフウが引き留め、右手を手を挙げていった
「俺が起こしてくる。 ・・・・くだらねえ話を聞かせてすまねえな。 その詫びだ」
「いえ、彼奴のため、ひいては俺のためでもあります
俺も、彼奴がこれ以上傷つくのは・・・見たくありませんよ」
南条の返事を聞き、パォフウは笑いながら部屋を出ていった
程なくクルーザーは敵の探索範囲内に入り、全員に等しく緊張が走った
2,鬼神縦横
日輪丸のドックには、現在四機のX−1、一機のX−2、それにX−2改に加え
世界中の海底で成果を上げた、二隻の最新鋭探査潜水艦が格納され
物々しい雰囲気の中、此処だけ無人の空間が却って威圧感を醸しだしており
結果、積極的に此処に来ようという者は誰もいない、一部の例外を除いて。
その例外の一人が、神取だった。 サングラスの奥から、夜の闇を眺め、ただ一人佇んでいる
表情は微妙で、楽しそうでもあり、悲しそうでもあった
彼はこの場所が好きだった。 良く此処を訪れ、そして沈黙を纏って佇んでいた
そして、唐突に、彼を覆う沈黙は、女性の声によってうち払われた
「神条・・いや、神取様。 こんな所におられたのですか」
「・・・私は此処が好きでね。 やかましい下界から、一時的にでも精神を隔離できる。
老人達の様子はどうだ?」
「浮き足立っています。 竜蔵様は落ち着いていますが・・・」
女性の声は、年頃の女の子が聞いたら、喜びと興味に胸を含ませる要素に満ちていた
石神千鶴、それが女性の名である。 彼女は神取の特異な魅力に惹かれ、心を奪われていたのだ
無論神取もそれを気付いていたが、結局この男は常に彼女に冷たかった
「神条様・・・あの・・・お話があります!」
「老人共に代わって、新世塾の実権を握れといいたいのかな?」
嘲笑と共に、神取は振り返った。 何度も繰り返された言葉であり、今まで彼は嘲笑だけを返したが
今日は違った。 初めて、千鶴の前でサングラスを外した
千鶴は息をのんだ。 其処にあった物は、<目>では無かったからである。 紅い<闇>だった
物理的には、眼球が存在していた。 しかし、精神的には、そこに目はなかった
「と言うわけで、私はもう地上の権力に興味は無い・・・
それに、君をしがない一派遣社員から、認められる場所に出してくれたのは・・・・竜蔵様だろう?
くくく、愚問だったな。 私が悪かった」
千鶴の表情を見て、神取が撤回する。 自分を引き立てる代わりに、無理矢理愛人にした相手を
感謝する以上に憎んでいた千鶴の心境が、微妙に、顔に現れていたからである
冷たすぎる刃のような男、それが神取だった。 少なくともかってはそうだった
かっての神取の判断基準は、有能か無能か、必要かか不必要か。 これに全てが置かれていた
だが、今ではどういう訳か、他人の心情に配慮できることも出来るようになっていたようだった
「あえて申し上げます! 無能な老人達に代わり、我らをお導き下さい!
貴方にはその能力があります! 神取様!」
「ふふ・・・成る程、君が<女>である故か。 もう一度言おう、私にその気は無い」
「では・・・何故お戻りになったのですか!」
言った瞬間後悔し、千鶴は顔を下げた。 サングラスを戻した神取の顔には
嘲笑ではなく、凄まじいまでの、溶鉱炉が如き烈火が浮かんだからである
だがそれはすぐに消え、またいつもの嘲笑が戻ってきた。
「くくく・・・はははははははははははは! そんな顔をするな、千鶴君。
・・・・理由は二つある。 一つは遊び足らなかった・・・かもしれんな
もう一つは・・・いや、これは止めておこう
言うには少し・・・気恥ずかしい事だ」
其処まで言うと、神取は潜水艦を見上げた。 そろそろ時間だった
「神条様、石神様!」
全く似合わない自衛官の服を着た女性が、手を振って駆け寄ってきた
X−2改のパイロットである木村孝荷である。 非常に可愛らしい女性で、声も容姿も幼く
高校生に間違われることは日常茶飯事、酷い時には小学生と間違われる事さえあるが
実年齢は20をもう2つ越している、見かけと中身のギャップが大きい人物である
一応体力だけはあるが、筋力もなく、かといって頭がいいわけでもない。
結果、肉弾戦闘能力は零に等しい人物だが、しかし特異な才能を持っており
パイロットとしての腕は文句為しに超級であり、誰も敵う者はいなかった
それについて彼女を認めない者は、誰も師団内にいない
だからこそ、性能に置いてX−1改に継ぐ、X−2改の専属パイロットを任されているのだ
二人の姿を見ると、木村は事態を自分なりに拡大解釈して顔を赤らめ、視線を逸らして言った
「あ、あの、お二人の所すみません。 遺跡の悪魔掃討任務が終了した様です。
お二人には、いつものように遺跡に向かい、<龍>の封印を解いて欲しいと、竜蔵様がおおせです」
「そうか、分かった。 む? ・・・・ほほう、とうとう来たか」
神取が視線を船尾に送り、それに千鶴も習った。 二人は巨大なペルソナの気配を感じたのだ
楽しげな神取の視線に対し、千鶴の視線は嫉妬の炎に満ちている。
二人の視線の違いに木村も気づき、どぎまぎしながら顔を上げると、衝撃が船に走った
船尾から派手な炎が上がり、自衛官の悲鳴が響く。 神取はそれを無視する様に、潜水艦へ歩き出した
「放って置いて構わないのですか、神条様。 あれは<特異点>でしょう?」
「構わん。 どうせあの少年は、確実に我らの元に来る」
神取が潜水艦に乗り込み、千鶴が続く。 護衛など、彼らには必要がない
故に、彼らには無粋な護衛がいない。 中には、操縦師ただ一人が待機している
その時、達哉の気配に続いて、神取はもう一個のペルソナの気配に気付き、静かに微笑んだ
「来たか、南条君。 君なら、来ると思っていたよ
千鶴君、楽しい海中散歩になりそうだな」
無言のまま、千鶴は潜水艦に乗り込み、見計らうようにして扉が閉まる
船の後方では、夜の闇に死闘の惨劇が、音となって響きわたっていた
「見えたですぅ! 大きさ、形状、外観、それに停泊位置! あれが日輪丸に間違いないです!」
疾走するクルーザーの上で、冷たい波しぶきの欠片を浴びながらナナミが叫び
それを待っていた、克哉を除く全員が一斉に甲板に出た
夜の闇の中、巨大な船影が、遠くに仁王立ちしている。 南条は手をかざし、目を光らせた
「間違いないな・・・ナイトメア、乗り込めそうな位置は・・・」
南条の言葉が止まった。 船は既に克哉の手による手動操縦に移っている
ゆっくり旋回しながら、クルーザーはやがて日輪丸の周囲を一周し、大体周囲状況を把握する
その時、巨船の船尾から炎が吹き出した。 とどろき渡る轟音は、南条の元にまで届いた
「ダーリン、ナイトメア達より先客がいたみたいですぅ。 デジャヴの少年、やるじゃないですか」
含み笑いを交え、ナナミが言う。 その炎と同時に、巨大なペルソナの気配が炸裂した
雄々しき太陽神、アポロの物である。 彼女の知り合いで、このペルソナを使う者は一人しかいない
「達哉君・・・」
「おーおー、派手にやってるじゃねか」
複雑な思いを込めて舞耶が言う横で、パォフウは純粋に楽しげであった
また火柱が上がり、船のサーチライトが一斉に灯る。 それにしても、恐るべき火力であると言えよう
「この隙に、一気に乗り込むべきですわ!」
「うむ、その通りだな。 克哉さん、頼みます」
桐島の言葉に、短く南条は答え、そのまま操縦席の克哉に無線で声を掛け、船が加速した
既に戦いの音が認識できるほどになっていた。 唸りをあげる弾丸が飛ぶ様が
夜空に浮かぶ火線から、確認可能である。 サイレンが鳴り響き、全員の緊張が嫌が応にも高まる
その時、南条が凍り付いたように止まった。 日輪丸から、潜水艇が降ろされるのが目に入ったのだ
その中からは、忘れようとしても絶対に忘れられない、あの気配がする
神取貴久・・・間違いない。 潜水艦を凝視する南条、それに桐島とナナミ
奇しくもその時、神取も外を見ていた。 四名の視線が、ほんの一瞬、だが確実に交錯し
凄まじいまでの火花が散るかのように、両者の間に存在する空間が帯電した
それは終わった。 他の者から見ればあっけなく、南条ら3人からすれば無限とも思える時を経て
潜水艦は着水し、夜の海に沈んでいったのである
また、火柱が上がった。 自衛官が吹き飛ばされ、海に墜ちるのがクルーザーから見えた
観察力と緻密な知識に於いて、桐島は南条を凌ぐ。 彼女はその時既に、日輪丸へ乗り込むに
最良の場所を探し当て、無線で克哉に指示を出していた
クルーザーは闇の上を滑り、海上を走った。 やがて日輪丸は、南条の視界一杯に広がったのである
そこには鬼神がいた。 誰も歯が立たなかった。
日輪丸には一個連隊の自衛官が乗り込み、皆武装しているが
船内と言うこともあり、重火器は使えない。
ましてその鬼神、周防達哉は彼らに比べて余りに強かった。 余りに早かった。 余りにも冷徹だった
「刃向かう奴は容赦しない・・・悪いが、全員斬らせて貰う!」
刀を振るい、達哉が言う。 既に刀は複数人数の鮮血にまみれ、周囲には死体が転がっている
その中には、偶然達哉と出くわしてしまったX−2パイロットの一人、元川の姿もあった
彼らに下された命令は、侵入者を殺せと言う物である。 どだい無理であるのに、悲惨な命令であった
絶望的な攻撃が繰り返され、そのたびに鮮血が飛び散る。
それは船の壁や床に、そして達哉の心にもこびり付いた。 洗い流す事は無理であろう
この時、既に竜蔵自身から、鳩美由美への救援命令が出ている。 しかし、それは弟の有作に伝達され
しかも有作は意図的にその命令を隠蔽し、しばらくしてから姉に流したのである
ともあれ、この時点で達哉の敵になる者はいなかった。
新世塾のペルソナ使いが由美しかいないわけではないが、残りは全員珠阯レ市制圧作戦に参加し
第十五師団の中で、切り札として行動すべく待機中である
そんな時であった、状況を知った小川が彼らの司令に意見を求められ、応えたのは
新世塾内の軍人NO、2である中里は、実戦経験が無く、それ故に無様なまでに動揺しきっていた
その慌てた言葉を受け流すと、小川は溜息をつき、静かに応えた
「とりあえず、撤退すべきでしょう」
「正気か? 何を考えている!」
「この戦いによって、得る物は何もありません。
海底遺跡の封印は、神条氏に任せれば問題ありませんし、このまま戦うと、竜蔵様に危険が及びます」
正論を面白くもない口調で言い、黙り込んだ中里を確認すると、小川は続ける
「敵の戦力は特異点とその他をあわせ、おそらく今日輪丸に格納されているX−1四機を凌ぐでしょう
元川を失った事もありますし、大体にX−2は船内での戦闘には使用できますまい
ならば、こんな所で貴重な戦力を失うのは愚の骨頂・・・早めにX−1を回収
竜蔵様はヘリか何かで救出し、生き残りの自衛官も撤退させるのが正しいと思いますが?」
一応、X−1も水中で活動できるが、戦闘力ははるかにX−2に劣るし、機動力も劣る
だが、帰ってくる事くらいは出来るだろう。 後は他の兵士達の脱出を考えなくてはいけないが
これは中里にも出来ることである。 とっくに菅原は珠阯レ市に移ったあとだった
「分かった・・・君の言うとおりだ。 撤退しよう」
「それが賢明だと思われます」
用件だけを済ますと、小川は不愛想に電話を切った。
中里はデスクに拳を叩き付けると、脱出作戦の指揮を執り始めた
信じがたい事に、十人足らずのために、特に子供のために、一個連隊が撤退を余儀なくされたのである
3,譲れぬ物
南条は不信感を感じていた。 敵の抵抗が思ったより弱く、戦意も薄いのである
既に二個小隊ほどの敵と遭遇、その全てを退けたが、思ったほどのダメージはなく
その殆どが少し脅かしただけで逃げ出してしまい、結果無意味な殺戮を避ける事が出来た
だから、良いと言うべきなのだろう。 隣で戦うナナミは不満そうであったが・・・
それでも当然、敵に死者は出る。 船に乗り込む際も、フックを掛けて乗り込んだのではあるが
六人まで乗り込んだ時点で戦闘となり、その際は敵の全てを殺さなければならなかった
今、ナナミの左手には血染めのコンバットナイフがある。 殺した自衛官から奪った物であり
どうしても筋力で劣る彼女にとって、小型拳銃同様に使いやすい武器であった
南条の顔の側を弾丸がかすめ、一斉に全員が振り返る。
数人の自衛官が此方にサブマシンガンを乱射していた。 鼻を鳴らし、南条が風を切って間を詰めた
「烏天狗丸」が右に左に唸り、鍛え上げられた男達を、紙人形のようにうち倒す
倒れた自衛官達を半ば無視し、奥に進もうとする南条達であったが、突如ナナミが振り向いて発砲した
「どうした、ナイトメア・・・・そうか」
南条が皆に遅れて振り向き、事態を把握した。 自衛官達は峰打ちされていたのだが
一人はダメージが軽く、此方に銃口を向けていたのである
眉間に弾丸を喰らい、自衛官は絶命していた。 新しい弾倉をワルサーに装填し、ナナミは言った
「さ、ダーリン、行くです。 手加減は無用ですよぉ」
「・・・・・。」
南条は頭を振り、頷いた。 今、ナナミは常識的なことをしたに過ぎない
つまり、もう少し南条が相手の耐久力を正確に判断し、攻撃の手を強めていれば
この自衛官は死なずにすんだことだろう。 ナナミも無用な弾丸を浪費することもなかった
更に数人の敵が現れる。 南条は歯を噛みしめると、ナナミと共に突進した
「ナイトメア、どう思う? 敵の抵抗が弱いと感じないか?」
「多分、敵にもお利口さんがいるって事です!」
南条の言葉に応えつつ、ナナミは敵の振り下ろした日本刀を避けると
壁を蹴って宙に飛び、ナイフを振るってその男の頸動脈を切断した
悲鳴と共に派手に鮮血が吹き出し、周囲の壁を塗装する。 うららが目を背け、男は絶命した
床に降り立ち、ナナミはナイフを振るって血を落とす。 その目にはひとかけらの憐憫も無かった
「この戦いに意味もなく、戦力を消耗する価値もない・・・気付いている者もいると言うことか!?」
傍らで、克哉が銃を撃ち、一人の敵をうち倒した。 分隊長らしき男が手を振り、敵が撤退する
「そういう事になりますな・・・」
刀を納め、南条が呟く。 既に周囲には、戦意のある敵は残っていなかった
戦闘の中でも、南条は周囲に注意を払っていた。 そして、ある結論を下していた
敵の脅威をうち払ってのち、南条は意見を求める意味もあり、それを口にする
「それにしても、形状からすると、この船は偽装船舶ですな。 おそらくはイージス艦でしょう」
「何それ? 南条君、どういうフネ?」
小首を傾げる舞耶の横で、克哉が新しい弾丸を拳銃に装填している
傍らではパォフウが新しいコインを補充し、壁にもたれてうららが溜息をついていた
桐島はナナミと共に、周囲を見回し、状況をチェックしている。 それを確認し、南条は続けた
「早い話が、海上のレーダー基地です。 竜蔵は、この艦を使って世界十一カ国を回り
その各所で何かしらの探査を行い、政府に情報操作を仕掛けていることが判明しています
金の使い方を知らない愚か者だと言ってしまえば簡単ですが・・・」
強力なペルソナの気配が轟き、船が揺れた。 まだ達哉は元気で、派手に暴れているようだった
「わざわざこんな船まで造ったんだ、何かしらの裏がある。 そういいてえのか?」
短くなった煙草を吐き捨て、パォフウが応える。
その視界の隅には、船から撤収し始める敵の姿が映っていた
「それは、既に果たされたと言うことだな。 そういいたいのだろう、南条君
こんなにも簡単に船を放棄し、敵が撤収する・・・それがよい証拠だと」
「そういうことです。 そしてそれが何かは、神取と竜蔵が知っている。
急ぎましょう。 遠くから見えましたが、もう一隻潜水艦がありました
竜蔵も、逃がすわけには行かない・・・」
南条が言い、顔を上げた。 同時にナナミが戻ってきて、妙な部屋を見つけたことを皆へ告げる
その部屋は、<御前>が安置されていた部屋だった。
床には護摩団を囲むようにして海底の地図があり、一点に印が付けられていた
印には説明書きがあり、こう書かれていた。 <海底遺跡・No、12>
その地図の特徴を素早くメモし、記録する克哉の横で、ナナミはただひたすらに祭壇を見つめている
そこには、彼女が事件の黒幕だと確信する者の一部がかっていた・・・残留気配がそう告げていた
久しぶりに、悪魔の身体を身震いが襲った。 その様を見て、南条は敵の力を改めて思い知らされた
「竜蔵様、早く! 敵が来てしまいます!」
「落ち着け。 小川が選んだ闘士なのだぞ、君は
もう少し、堂々としていろ。 ただでさえ、子供っぽいと言われるのだろう?」
慌てきっている木村が、落ち着き払う竜蔵の手を引き、何人かの自衛官がそれを護衛している
彼らは船の中央部にあるヘリポートを目指していた。
既に<御前>は退避させた後であり、船内の自衛官もあらかた撤収した
竜蔵は、部下達が脱出するギリギリまで残ったのだ。 それは総司令官として当然の義務であり
現在の日本の指導者達と違って、それくらい竜蔵は分かっているのだった
自身の目的のために人命が浪費されることを厭わない男と言っても、それは能力とは関係がない
新世塾に属する自衛官達の、揺るぎ無き忠誠心の源は、実に此処にあるといっていい。
竜蔵は有能であり、責任をとる男だった。 決して、こう言う時に自分が最初に逃げたりしなかった
もっとも政治面では<蜥蜴の尻尾ぎり>を幾度か行っていたが、それは自衛官達には関係ない事だった
政治面では、竜蔵は崇拝の対象として理想的とは言えなかった。
だが軍人の指導者としては、紛れもなく上に立つ者として、崇拝の対象として理想的だった
日本の現在の指導者に完璧に欠落する物を持っているから、自衛官達は竜蔵に従うのだ
ヘリポートでは、X−1四機に乗り、飯島、高山、六間、赤坂らの専属パイロットが待っていた
戦闘の轟音は、もうすぐ後ろまで迫っている。 X−1達が、竜蔵を守るように囲んだ
その時海自のヘリが、ロータリー音を響かせ着地した。 竜蔵を除く全員が、胸をなで下ろす
「良かった良かった! 木村ちゃん、竜蔵様を頼むぞ!」
「はい! さあ、行きますよ、竜蔵様!」
「・・・・・ふん、来たか」
振り向いて言葉短かに竜蔵が言う、その瞬間だった。
閉じられたヘリポートの扉が、吹っ飛んだのである。 凄まじい炎によって為された事であった
悲鳴を上げる木村を、飯島のX−1が庇う。 無数の鉄の欠片が、高速で飛び来
だが防御結界が、炎と扉の破片を防ぎ、はじき飛ばした。 護衛の自衛官達が、一斉に銃を構えた
勿論木村もそれに習うが、彼女は操縦を除くと普通の女の子以下の運動能力しか持ち合わせていない
機械を使っての射撃こそ上手いが、自分の手を使っての射撃は落第点であり
マトモに的に当たった試しがない。 その射撃のまずさは内外で有名なほどだ
煙の中から、達哉が現れた。 四十人以上の自衛官を殺害し、ほぼ同数に重傷を負わせ
紅い服を更に血で赤く染め、自らも心に傷を負い、とうとう此処まで辿り着いたのだ
「須藤・・・竜蔵だな!」
「お早く!」
護衛の自衛官達が立ちはだかり、軍用ライフルを乱射する。 だが、達哉の敵ではなかった
風を切る様にして間を詰め、刀を振るう。 一人がふき飛び、一人が崩れ落ち、一人が首をはねられる
血を浴びた達哉に僅かな隙が生まれ、その瞬間を見計らい、飯島がJM61バルカン砲を達哉に見舞う
強力なバルカン砲弾の前に、普通のペルソナ使いであれば、そこで勝負がついていただろう。
だがしかし、最強クラスのペルソナ使いである達哉は何とか耐え抜いた。 無傷とは行かなかったが
鼻を鳴らし、竜蔵はヘリに乗り込もうとした。 その後ろ姿を睨み付け、達哉は叫んだ
彼の脳裏には、親友の姿と、その父の姿と、それによって死んでいった者達の姿があった
その親友は、いやその少年は、彼にとって親友以上だった。 彼の悲しみは、自身の悲しみでもあった
「貴様が信じている物は、まやかしだ! 俺は、それに踊らされた者を知っている!
その悲しみを知っている! 今なら未だ間に合う! 手を引くんだ!」
「まやかし・・・だと?」
竜蔵が振り向いた。 その目には、今の達哉と同じ烈火が宿っていた
少年に、強烈な信念があるのは理解できる。 しかし、竜蔵にも、絶対に譲れない物がある
それは、数十年前に息吹き、息子が狂気に落ちても変えることが出来ない信念であった
「少年。 今の世の中に間違いは感じないか? 今の世の中こそまやかしだと思わないか?
倫理はとうの昔に崩壊し、大人も子供も自分の利権ばかり主張し、誇りを持つ者など何処にもいない!
腐敗と汚泥に満ちた、くだらぬ世界・・・それが現在よ
罰を与え、今の世界をやり直す。 それの・・・それの・・・それの何処がまやかしだというのだ!」
「違う! 罰は・・・罰なんて物は・・・俺一人が受ければいい! それでたくさんだ!」
「ふん・・・話しにならんな。 む?」
竜蔵が頭を巡らせると、そこには今此処に辿り着いた、南条達七名の姿があった
「達哉! 無事かっ!」
真っ先に場に躍り込んだのは克哉であった。 舞耶がそれに続き、最後は南条が務めた
X−1四機の姿を認め、全員の瞳に緊張が走る。
弱点が分かっていると言っても、この機械の圧倒的な力は廃工場で見せつけられたからである
だが、逃げようとする者は一人もいない
全員の心に燃える炎を竜蔵は見た。 溜息をつき、手を広げ、言う
「惜しい、実に惜しいな・・・今の世の中で、君たちのような目的意識のある者がどれほどいようか
私と共にこい。 無原罪の王道楽土を、共に築こうではないか!
君たちほどの者達なら、大歓迎だ」
竜蔵は結果を分かっていたかも知れない。 そして、その結果は予測通りとなった
全員が、竜蔵の提案を言下に拒絶したのだ。 呆然としている木村の背を叩き、竜蔵は場に背を向けた
「残念だな。 構わぬ、皆殺しにしろ」
「承知! 木村ちゃん、竜蔵様を頼むぞ!
行くぞ、高山、六間、赤坂っ!」
リーダー格の飯島が叫び、全機が一斉に刀を構え、巨大な銃器を構える
「一機は・・・その隊長機は俺が倒す」
達哉が飯島機の前に立ちふさがった。 その脇から飛び出すようにして、パォフウが突進した
「どけえええええええ! 逃がさねえ、逃がさねえぞ、竜蔵おおおおおおおおおっ!」
高山機が、その前に立ちはだかる。 死闘の幕開けだった
4,ぶつかり合う思惑
鳩美由美が、達哉の日輪丸襲撃情報を受け取ったのは
実に達哉が船に侵入してから二時間後であった、その時既に自衛官達は撤収を始めている
情報を姉に知らせた有作は、もう間に合わないと考え、それ故に情報を流したのであるが
姉の現在の力は、彼の想像を遙かに絶していた。 彼のもくろみも無駄になった
「今からだと、十五分って所かな。 竜蔵様、もうにげてるでしょ
だったら船ごと消し飛ばしても、問題はないよね」
「あ・・・姉貴? なにいっとんのや。 もう空でもとばん限り、まにあいやせん、そう思うで」
「だったら、空でも飛べば良いだけの事よ。 来なさい、テュポーン」
由美の頭上に、巨大なペルソナが姿を現す。 翼を広げ、それは咆吼し、由美が浮き上がった
有作が口を開け、呆然とその様を見る。 由美は振り返ると、凄絶な笑みを浮かべた
「三十分か一時間くらいで帰ってくるわ。 夕飯用意しといて」
凄まじい速度で、由美は空のかなたに消えていった。 地面にへたりこんで、有作はその様を見送った
結局由美は間に合わなかったのだが、しかし今後、もう歯止めが利かないのは明白であった
7対3ではあったが、到底気が抜ける戦闘ではなかった
何しろ相手は、あのX−1、しかも三機である。 戦闘力はそこらの悪魔など比較にもならない上に
しかもパイロットの腕は良く、的確に隙をついて、正確に打撃を与えてくる
最初は混戦であったが、今は克哉と舞耶が赤坂機を、パォフウとうららが高山機を
そして南条と桐島、ナナミが六間機を相手取り、戦闘を行っていた
これは正しい判断である。 X−1のあの特殊能力、ペルソナ封じを効果的に使われた挙げ句
連携して集中攻撃されたら、確実に負ける。 敵は分散させ、確実に叩いて行くしかない
飯島達も、連携して敵を叩けと小川に言われていたが、どうも彼らは職人気質の持ち主のようで
わざと少人数同士の戦闘を望んだようだった。 今時珍しい者達であったやもしれない
戦闘で、唯一余裕があったのがナナミである。 彼女は周囲に常に目を配り
不利になりすぎている地点がないか、逆に加勢すれば一気に倒せる相手がいないか
(無論、目の前の敵にも注意は怠らなかった)監視し、自身は牽制に終始していた
「来い、アポロ! ヒート・カイザー!」
達哉が叫び、灼熱の塊を飯島機に叩き付けた。 防御結界が虹色に輝き、飯島が舌なめずりする
今の一撃で、結界への負荷は一気に70%を超えた。
90式戦車の主砲でさえ、40%止まりであったのに。 敵の強さに、飯島の中の闘争本能が騒ぐ
「やるじゃねえか、ボウズ! 今度は俺の番だぜ!」
切り返すように、JM61が咆吼した。 巨大な弾丸が床を乱打し、達哉がくぐもった声を漏らす
更に追い打ちを掛けるように、刀が雷撃を放ち、連日の戦闘で疲れ果てている達哉を襲撃した
「おらおらおらあ! これでとどめだ、ボウズっ! ブフダイン・・・」
「使わせて貰う! フレイダイン!」
伏せていた達哉が立ち上がり、魔法を両者がほぼ同時に放った。 中間点で炸裂し、盛大に煙が上がる
その間飯島は結界の回復に重点を置き、達哉は体勢を立て直した。 再び状況は五分になった
「ちっ・・・今ので決まると思ったのに。 仕方ない、こっちで勝負を決めるとするですぅ!」
神取戦を想定し、出来るだけ体力と魔力を温存しようとしていたナナミだが
達哉と飯島の攻防を見て、魔力を消耗する覚悟を決めたようである。 周囲は皆似たような状況だった
ならば、彼女が積極的に魔力を消耗するしかない。 消耗戦になったら結局負けるだけである
「魔力を消耗する気になったようだな、ナイトメア」
南条が振り向き、微笑んだ。 彼はとうに、ナナミの考えに気付いていたのだ。 彼も同じ考えだった
今までは達哉の能力を見る様子見でもあった。 結果、達哉の能力はほぼ分かった
絶対的に強いわけではないが、サポートの必要が分かっただけで充分である
ナナミは頷き、その掌中に魔力の光が宿った。 敵が本気になった事に気付き、六間が僅かに動揺する
それが致命傷となった。 それがなければもう少しましな対応が出来たであろうが
本来、戦いとは一瞬の事態が引き金で決まる物だ
南条とナナミの様子を見ていた桐島も、戦い慣れしているだけあり、その隙を逃さなかった
ナナミと桐島が、同時に地を蹴る
時計回りにナナミが、逆時計回りに桐島が、一気に六間機の左右に回り込み
極寒の白い虎と、高電圧の電撃が、現実世界に具現化する
「こ、このっ!」
慌てて六間がX−1を回転させ、M249MINIMIを向けるが、それこそ罠であった
ナナミはあくまで囮で、既にその時南条がバールを具現化させており、魔法を完成させていたのである
「まかせる、バール! メギドラ!」
「Come、here! Byakko!」
ビャッコが巨大な腕を結界に振り下ろし、同時にバールの放ったエネルギー塊が炸裂した
敵に、結界の弱点を補強している暇はない。
ナナミも南条もそう結論していた通り、結界は脆くも崩壊する
そして、次の瞬間、ナナミがジオダインを六間機に叩き付けていた
「ぐああああああああああああっ!」
断末魔が響きわたり、X−1が機能停止した。 巨大な刀が地面に落ち、勝負はついた
「まずは一機・・・」
「どうしますの、Kei? Nightmare?」
桐島が、今だ残っている敵機を見ながら言う。 どうするかとは、一人が一グループに援護に行くか
それとも3人が一グループに援護するかという意味だが、これにはもう、結論は出ている
「戦力の逐次投入は場を混乱させるだけですぅ。
一番手こずってる、舞耶お姉ちゃんと克哉お兄ちゃんを全員で援護するです!」
「俺も同意見だ。 いくぞ、桐島、ナイトメア!」
3人は頷きあうと、赤坂機との間を詰めた。 敵機に動揺が生まれ、その隙を無論南条は逃さない
ペルソナをケルベロスに切り替え、強力な腕での一撃を見舞い、同時にナナミが雷撃を叩き付ける
「ちっ、ちきしょおおおおおおおおっ!」
赤坂の絶叫が、X−1の中で轟いた。 結界が崩壊し、魔法に無力な装甲がむき出しになる
その瞬間、予期せぬ事が起こった
僚機の不利を悟った高山機が、此方にミサイルを撃ちはなったのだ
高山機は迫撃砲を一門にする代わりに、対人ミサイルポットを装備していた
全員がペルソナを全開にし、爆風を防ぐが、ほぼ直撃に近かった舞耶は海に放り出される
「天野君!」
克哉がとっさに手を伸ばし、舞耶の手を掴む。
何とか海への落下は免れたが、無防備な背中を敵にさらけ出すことになった
その時既に、南条と桐島が赤坂機をしとめていた。 しかし、今度は此方に隙が出来た
高山は、それを見逃すほど間抜けではない。 迫撃砲をここぞとばかりに撃ち放ち
視線を逸らしたパォフウを、ペルソナ封印の光が包む
更にM249MINIMIが咆吼し、うららをはじき飛ばした。 南条が舌打ちした
その時克哉は舞耶を引っ張り上げることに成功していたが、二人ともダメージが大きく
回復魔法の発動にも時間がかかるため、すぐには戦闘に参加できない
うららは無数のライフル弾を浴び、向こうで回復に務めている。 パォフウは暫く無力である
また、桐島も先の迫撃砲から克哉と舞耶を庇ったため、ダメージは無視できない
結果、動けるのは南条とナナミだけである。 形勢は前同様に不利であった
向こうでは、未だに飯島機と達哉が死闘を繰り広げている。 支援は期待できない
克哉とうらら、それに桐島が復帰するのに、二分程かと思われる。 舞耶はもう少し時間が必要だろう
つまり、その間は守勢に回らざるを得ない。 結界は崩壊させても回復できる為(タイムラグはあるが)
二人ではX−1を倒す術がない。 頷き合うと、南条とナナミは同時に地を蹴った
「時間稼ぎなんてさせない! 一気に決めてやる!」
「へっ、時間稼ぎ? 寝言をいうなボケが! 貴様なんぞ、ナイトメア一人で充分ですぅ!
食らえ、必殺・ジオダイン!」
高山の言葉に応えるように、ナナミが雷撃を解放した
結界と魔力を帯びた電撃が衝突し、高山の視界を閃光が覆い尽くす
既にナナミは四分の一ほど魔力を消耗していたが、気にする様子はなく
更に次のジオダインを唱え、掌中に具現化させている。
南条もしかりで、今の攻撃でできた隙に側面に回り込み、メギドラを炸裂させていた
高山の視界は閃光に塞がれ通しであったが、黙って見ていないのは流石であったろう
刀を頭上に振りかざすと、周囲全体に弱電撃を放つ。 舌打ちし、密着状態だった南条が飛び離れ
M249MINIMIがナナミのいた地点を薙ぎ払う。 流石に直撃はせず、ナナミは無事であった
「なかなか手強いな・・・先の二人とは雲泥の差だ」
咆吼するM249MINIMIの弾をペルソナで防きながら、南条が呟く
確かに高山の攻撃は的確で、隙がない。 しかし、そんな物は作ればよい
克哉達が回復するには間だ時間があるが、だが南条には別の考えがあった
そして一瞬視線を逸らした彼が、口の端に僅かに微笑みを浮かべ、言い放った
「ナイトメア、アレを使え! 一気に決めるぞ!」
「分かったですぅ! 必殺・・・」
「何・・・!? まだ使える魔法があるのか!? 聞いてないぞ!」
高山の顔に、動揺が走った。 それが致命傷となった
ナナミの掌中には確かに魔力の光が集中していて、高山は防御結界を全開にし
しかし、攻撃は思いも寄らぬ所から来た。 ナナミとは逆方向から、灼熱の帯が襲いかかってきた
視線をそちらへ向ける高山、そちらには克哉がいて、マルドゥークを具現化させていた
驚愕が、高山から冷静な思考を奪い去った。 この瞬間、敗北が決定した
間髪入れず、南条のケルベロスが前足を振るい、結界が崩壊したのである
「ジオダインっ!」
その時ようやくナナミの魔法が発動した。 高山は悲鳴すら上げずに、X−1の中で絶命した
「動けなくても、攻撃魔法くらいは使えるんですよぉ・・・アホウが」
南条の言葉の意味を即座に理解し、完璧に息を合わせ、それに最大限の協力を行ったナナミは
地面に降り立つと、額の汗を拭ってパートナーの姿を見た
既に刀を納め、南条は側に来ていた。 無事を確認すると、眼鏡をなおして言う
「よくやった。 流石だ、ナイトメア」
「当然ですぅ。 これでもダーリンのパートナーですよぉ」
二人が戦闘態勢を解いたのには理由がある。 達哉が、向こうで勝利を収めたからである
「ボウズ・・・すげえな・・・。 俺も・・・そんな力が欲しかったよ」
煙を上げる愛機の中で、飯島が呟いた。 達哉の奥義ノヴァサイザーが、結界ごと機をうち砕いたのだ
達哉は全力で、この強敵に対処した、せざるを得なかった
「なんで・・・」
少年の切ない声を聞き、飯島が薄れ行く意識を奈落の底から引っ張り、達哉を見た
その目には、限りない悲しみが、吹き出すようにして溢れていた
「なんで・・・あんな奴に従うんだ・・・死なずに済んだのに・・・」
「ボウズ、それはな・・・俺を認めてくれたからだよ
お前も、自分の価値を認めてくれる人間のために・・・命張ってるんじゃねえのか?」
「・・・・・。」
顔を上げた達哉は無言で、全ての業を背負ったような表情をしていた
飯島は大きく息を吐き出した。 最後の呼吸だった
「世の中、そんな単純じゃねえ・・・ぶっ倒してりゃ、全て良くなると思ったら・・・大間違いだ
じゃあなボウズ・・・楽しかったぜ・・・墜ちるなよ・・・」
飯島は、自分の分身とも言える愛機の中で、息を引き取った
主人の死を見届けるかのように、X−1は火を噴き、夜闇の篝火となった
「達哉! 無事か達哉! なんて事だ・・・怪我をしたのか!」
飯島の最後の一撃で、腕を負傷した達哉が振り向く。 彼の兄が、心配を顔中に浮かべて駆けてくる
その後ろには、舞耶もいた。 南条とナナミは、あえて距離を置いてその様を見守っている
ナナミが口笛を吹く。 彼女には、達哉の反応が大体予測できたからだ
「俺に・・関わらないでくれと最初にいったはずだ! どうしてきた!」
案の定、達哉は拳を固め、下を向いて言い放った。 舞耶が無言で歩み寄り、腕の傷を治す
「達哉・・・僕はお前の兄だ。 お前のことを心配して何が悪い!
天野君だって、お前を心から心配してくれている。 何故拒む!」
「身体の傷なら・・・身体の痛みなんて、幾らでも我慢する! 指の一本や二本くれてやっても良い!でも・・・でも・・・・・!」
「達哉君、それはあんまりだわ。」
達哉の言葉が止まった。 誰の物よりも、舞耶の言葉は彼にとって応えるようだった
帯電した沈黙が、暫く流れ、やがて達哉は言った
「すまない、舞耶姉・・・貴方だけは、絶対に巻き込みたくないんだ・・・」
吐き捨て、達哉は駆け去っていった。 肩をすくめ、ナナミは言う
「へっ、不器用な子供ですぅ。」
「だが、不愉快ではないな。 我々も神取を追わねばならん・・・急ぐぞ」
「・・・・竜蔵も逃がしちまったしな・・・くそっ!」
南条が走り出し、皆が追う。 まもなく全員の前には、潜水艦のドックが開けた
X−2が歩行している。 身構える全員の耳を、達哉の声が打った
「早くそれに乗って脱出しろ! 嫌な気配が迫ってくる」
「ほーう、器用な奴ですぅ」
感心するナナミの向こうで、南条が潜水艦を調べている。 幸い、素人でも操縦できる様であった
「達哉、達哉ー! 中免しか持ってないのに、そんな物に乗っちゃあ危ないだろう!」
「どあほう! さっさと行くですよぉ!」
騒ぐ克哉の服の袖を、ナナミが掴んで、潜水艦に引きずっていった。 X−2はもう海中に消えている
内部からでもクレーンが操作できるのが幸いだった。 潜水艦はすぐに着水し、達哉の後を追った
「はいはーい、由美ですよー」
「私だ。 用件を伝える」
空中で、由美は携帯電話を受けた。 竜蔵からの直接命令だった
それは、日輪丸を消滅させろと言う物だった。 由美が首を傾げ、言う
「良いんですか? 私は全然構わないですけどね」
「もう部下達で生きている者は全員脱出したし、あの船にはもう用がない
残っていると却って邪魔だ。 遠慮なく消し飛ばしてほしい」
飯島らの死を知って、悲嘆にくれる木村の横で、竜蔵は冷静であった
由美も冷静で、二つ返事で承知すると、日輪丸へ飛ぶ
程なく、その巨体が由美の前に姿を表した。 各所から煙が上がり、ヘリポートの炎は由美にも見えた
テュポーンが頭を巡らせ、蛇達がその周りを囲むように首を伸ばす
空中に魔法陣が出現し、周囲のマナが集中する。 巨大な竜の、巨大な顎に、巨大な光が集中した
「じゃ、跡形もなく消し飛ばしてあげましょうね・・・あはははははは!
暴風の神テュポーンよ、今こそその怒りを解き放て。 我が求めるは、破壊、破壊、破壊!」
由美の詠唱が、徐々に凶暴さを得、高まっていく。 テュポーンが咆吼し、光が最大限に高まった
ペルソナ使いは魔法を行使するのに普通詠唱を使用しない
それはペルソナに魔法の行使を一任しているからであるが、当然詠唱を行えば威力は高まる
まして、今の由美が呪文詠唱を行い、魔法の破壊力を増幅したりすれば・・・
「怒れ暴風・・・・! スパイラル・テンペスト!」
竜が光弾を吐き出す。 それは日輪丸に着弾し、次の瞬間全てを光が漂白した
その凄まじい光は、鳴海区からさえ見えた。 局所型の攻撃魔法だったため、爆風が町を襲うことも
津波が発生することもなかったが、日輪丸は瓦礫も残さずにこの世から消滅した
それは元々、風の属性を持つ奥義であり、超圧縮した風圧で敵を引きちぎる魔法であったのだが
行使する魔力が巨大すぎたため、そんな事に関係なく巨大な爆発が発生したのである
「さ、次はアンタの番よ・・・ずたずたに引きちぎってあげるわ・・・」
その場にいない人物・・・周防達哉の姿へ向けて言いながら、由美は舌なめずりしていた
「ねーねー、あのお姉ちゃん、ほっとくと<お気に入り君>殺しちゃうんじゃないのー?」
闇の中で、小さな子供の声がした。 他にも複数の声がする
「御意・・・私も主人と同様に考えますが、如何に?」
「ふふふ・・・手駒は多いほうが楽しい。 そういうことでしょう?」
「そういうことだ。 流石に分かっているな」
闇の中で、だが余りにも広い場所で、笑い声が響いた
それは誰もが聞いていて、誰もが聞いていない場所であった。
時計の針が進む。 かって止まった位置まで、後ほんの少しであった
(続く)