猫と刑事と前衛絵画

 

周防克哉は極めて真面目な男で、ルックスも端正であり、女性達の人気は高い

だが本人は喜ぶどころか、却って迷惑に感じているようであり、鉄仮面と周囲に呼ばれていた

バレンタイン等では、当然職場の婦警からチョコが殺到する

だが彼女らに返ってくるのは、喜びの言葉ではなく、チョコに対する作り方の指摘である

特に手作りチョコに対する指摘は精密且つ厳く、何人かはその後に再起不能になったという

もともとパティシエを志していた彼、しかも実際にプロ顔負けのお菓子づくりの達人であり

そのこだわりは半端ではなく、妥協は出来ないのは仕方なかったのであろう

お菓子の他にも、彼には好きな物があった。 そして、それが騒動を引き起こす事になる

 

美味しいアイス屋があるという情報を聞き、その日ナナミは港南区を訪れていた

ネット上のマニアからの情報であり、実際かなりわかりにくい位置にそのアイス屋は位置し

そして話通り、かなりの美味であった。 久しぶりに四つもアイスを平らげ、ご満悦のナナミ

その彼女が、ふと気配に気付いて振り向く、そこにはあり得ない光景があった

克哉が笑っているのだ。 しかも舞耶と談笑しているわけでもない

滅多に笑うことのない彼である。 何か余程楽しい事でもあったのだろうか

ナナミはいぶかしみ、小首を傾げ、目を凝らすと、その手元にある生物を認めて苦笑した

小さな笑い声に、克哉が気付いたのはその時だった。 同時に、咳払いをしてナナミを見る

「ナイトメア君か。 久しぶりだな」

「そういえばお兄ちゃん、猫が好きだったですか。 うーむ、しかし・・・」

笑いを堪えながら、ナナミが言う。 確かに、このギャップは面白い

普段鉄仮面を保ち、何事にでも真面目に取り組む男が、容易に破顔しているのだ

彼の腕の中には、小さな三毛猫がいて、鳴き声をあげている

克哉は自他共に認める猫好きであり、特に子猫には目がない。

しかし同時にアレルギーのため、飼う事は出来ない。 恐らくこの猫も、捨て猫を拾ったのであろう

現在独身であるため、克哉は寮暮らしである。 独身の男性警官は寮に入らねばならないのだ

「で、どうするんですかぁ? その猫。」

「飼ってくれる人を捜す。 このまま野ざらしにするなんて・・・・僕にはとても出来ないっ!

その様な、人倫に劣るような行為は、僕が絶対に許さないぞ!」

熱く語ると、克哉は子猫を撫でた。 後で嚔と鼻水が止まらない事は疑いない

「ダーリンとナイトメアの力で、捜してあげるです」

「いや、僕が信頼できる人間を捜す! それが、この子のためだ!」

こんな調子でいつも弟に接しているのであろうか、この警官は

若干達哉に同情を覚えながら、ナナミはもう一度苦笑し、口を開いた

「ま、どうせ暫くナイトメアは暇ですし、つきあってあげるです」

「そうか。 ではまず、天野君から当たってみよう」

「止めた方がいいですよぉ。 だって最近、おっきな水槽で<太郎>飼ってるです」

太郎というのは、この間うららが寿司屋から買い取った海水魚である

舞耶もうららも、この魚をいたく気に入って育てているのだ

と言うわけで、猫を飼うのは不可能である。 それに気づき、克哉が落ち込んだ

「そうか・・・そうだよな・・・」

「パォフウおじさんは論外として・・・エリーお姉ちゃんはどうですか」

「誰が論外だ!」

頬に指を当て、一人呟いていたナナミが振り向くと、そこには偶然通りかかったパォフウがいた

 

三人はまもなく、近くの公園に場所を移していた

パォフウの機嫌は悪い。 拳をならしながら、ナナミに迫る

一方で、ナナミは余裕である。 パォフウをあしらうことなど、彼女には何でもないのだ

「で、聞かせて貰おうか。 何で俺が論外なんだよ」

「えー? 言って良いんですかぁ? だってパォフウおじさんって、中国料理好きでしょ」

「好きだが、それがどうしたってんだよ!」

「中国料理の珍味に、猫肉を使った物があるです。 ずばり、持って帰ってその猫食べる気ですぅ!」

ナナミの言葉に殺気を喪失し、吹き出すパォフウ。 対し、目の色が変わったのが克哉である

「貴様、そんな恐ろしいことを企んでいたのか! ああ、大丈夫だ、心配するな!

君をこの男の魔の手には、渡したりしないぞ!」

「ば、ばか! そんな事するわけねーだろーが! 落ち着け!」

もみ合う男二人を背にして舌を出すと、ナナミは少し離れて、面白そうに事態の推移を見守った

やがて二人は早めに猫の飼い主を見つけないといけないと言う結論に気付き、喧嘩を収めた

それを見計らい、ナナミは二人の側に戻り、笑顔で言う

「面白かったですぅ。 さ、エリーお姉ちゃんの所に行くですよぉ」

「君、まさか、わざとやっているんじゃないだろうな・・・」

「まさかまさか、大まじめですよぉ。

大体、パォフウおじさん、その猫飼う気なんて、元から無いんでしょう?」

ぐうの音もないパォフウ。 風が吹いて、枯れ葉が一枚飛んでいった

 

しばらくは空振りが続いた。 桐島はアパートの事情から駄目

上杉も同様で、黛や城戸も駄目であった

次に訪問したのは園村である。 意外なことに、あっさりと彼女は首を縦に振った

「え、いいのか? すまない、恩に着るよ園村君・・・」

涙さえ浮かべて、大袈裟に感謝する克哉。 実は既に、アレルギーで鼻水が止まらない状況であり

同様に涙も止まらなかったのだが、他の者達には感動で大泣きしているように見えた事だろう

「うん。 ナイトメアちゃんの頼みでもあるしね。」

そういって、子猫を受け取った園村の後ろには、無数の前衛的な絵が飾られ

(勿論園村が描いた物である)異様な雰囲気を湛えていたが、克哉は気付かなかった

若干の不安も感じないわけではなかったが、皆はその場を後にした

克哉は後ろ髪を引かれるように、何度も振り返って園村邸を見ていた

 

数日後、ナナミが町を歩いていると、マスクをした克哉を見かけた

恐らく、未だに猫アレルギーが後を引いているのだろう。 難儀な性質である

その視線が、路地裏の一点に注がれている。 ナナミは溜息をつき、肩をすくめた

また捨て猫を見つけたようである。 克哉が破顔している

「・・・面白そうだから、また遊ぶか」

そういうと、ナナミは克哉の方に駆けていった

一方、その頃、園村邸に引き取られた猫は、異様な雰囲気に怯えきり

園村に絶対服従の性質になっていたが、克哉がそれを知るはずもなかったのは事実である