殺意と追う者

 

序、足音

 

スポットライトを浴び、機械が立ち並んでいた。 それは箱に足を生やし、腕を付けたような姿で

既にテストを終え、いつでも戦闘が出来るほどに整備が行き届いている

二足歩行型戦車、それがこの機体群の名前であった。 正式名はXであり、一型と二型があり

更に二機は、それぞれに特殊な装甲と装備を施されている

パイロット達は専属で、三十二才の小川と呼ばれる隊長に率いられた、師団最強の精鋭部隊である

小川は海外の特殊部隊で訓練を受け、傭兵部隊を渡り歩いてきた強者であり

部下達も各部隊のエースを引き抜いて来た者達で、操縦者としての能力は比類無い

Xは、あまり見栄えは良くなかった。 アニメに出てくるロボットに比べると格好悪い事この上ない

だが常識を越える可変性を持ち、二足歩行型とは思えぬ機動力を持ち、性能もずば抜けていた。

事実この間の実弾演習では、90式戦車を一蹴してのけたのだ

スポットライトを浴びるXを見上げ、小川は沈黙していた

常識を絶する、この機械の破壊力を知っていると同時に

一機の製造ごとに、一つの人命が失われている事を知っているからだった

自分の名を呼ばれ、小川は振り向く。 自分の部下の、高山が此方に駆けてくる

出撃命令だった。 実際のパイロットは、彼ではなく、部下の一人の香田であったが

新たなる感慨を持って、小川は今一度機体を見上げたのだった

 

出撃命令が下ったのは、Xだけではなかった。 帰還報告を出した鳩美由美もである。

彼女は一刻も早く達哉をいたぶり殺したかったのだが、ここで逆らうのは得策とは言えないため

弟であるデビルサマナーの有作を連れ、指定された位置へ進んでいた

今日は上司である石神千鶴も一緒である。 相変わらず美しさよりも鋭さや冷たさが際だつ容姿で

眼光も鋭く、ワゴン車の中から監視対象を睨み付けていた

由美の仕事の一つは千鶴の護衛である。 だが護衛対象は人類屈指の魔力を持つ女性であり

事実上護衛など必要ない、もう一つの目的の方が実質的には重要であった

必要な作業を終え、千鶴が顔を上げる。 工場内の構造を完全に把握したのだ

凄まじい魔力に敬意を表し、度が過ぎた魔力に半ば呆れ、肩をすくめて由美が車を出た

その背中を、有作が心配げに見つめている。 彼は、姉が遠くへ行ってしまう気がしてならなかった

 

1,糸口

 

テープ自体は空虚な音を立てていた。 だがその脇では、記録された音が淡々と紡がれ

その場にいる全員の精神が集中していた。 二人の男の、会話記録だった

パォフウの顔が険しい。 二人は、彼がいずれも仇として追う相手だったからである

一人の名は須藤竜蔵。 日本の外務大臣であり、有能さと清廉潔白さを世間で認められる政治家である

だが彼は裏の顔を持っている。 新世塾の筆頭という裏の顔を

いま一人はユンパオ。 台湾マフィア<天道連>の大幹部にて、熟練した殺し屋であり

新世塾の裏側の実働戦力として、此処暫く活動していた

二人の会話が流れるごとに、パォフウの表情が険しくなる。

それに構う事もなく、やがて二人は本題に移った。 ユンパォの声には、皮肉が混じっていた

「富樫も島津も死んだよ。 こちらで殺す手間省けたね

言われたとおり、奴らの戦闘、記録に納めたよ。 すぐそちら届くね」

「うむ、いつもながらご苦労」

「何がご苦労だ・・・・」

パォフウが呻く。 人の命を屑ほどにも思っていない輩の言葉は、やさぐれているようにみえても

本当は人道主義者である彼にとって、腹立たしい以上に憎々しいことだった

あくまで二人の会話は記録に過ぎない。 それでありながら、パォフウには看過できなかった

ユンパォはあくまで淡々としていて、儀礼的であり、感情が感じられない

同様にて、竜蔵の言葉も儀式的で、全く感情らしい要素がなかった

数秒の沈黙の後、再び殺し屋が切り出す。 言葉は報告からビジネスに移っていた

「で・・・そろそろ例の報酬を頂きたいね。 弟の釈放もして欲しいよ」

「案ずるな。 報酬金などとうに用意してある。 50億くらい私にとっては端金だ

お前の弟も既に手を回して釈放させた。 既に此方に向かっている」

「わかた。 だが、引き渡し場所私決めるね。 そして・・・貴様も来るね」

「用心深い事だな・・・勝手にするがいい」

その後は、場所の打ち合わせが続いた。 ユンパォは場所を、台湾マフィアのたまり場となっている

港南区の廃工場に指定した。 ここは地理的にも天道連が知り尽くしている場所であり

いざ竜蔵が裏切ったとしても、逃げ延びることも奇襲に持ち込むこともできる場所だった

少なくともそうユンパォは判断し、此処を選択した。 それは明らかであった

これは臆病と言うよりも、慎重と言うべき行為だったろう。

根本に於いて、自分以外誰も信用しないことが、裏業界で生き延びるコツであり

その鉄則に沿って、退路を確保しながらユンパォは行動しているに過ぎないのであった

パォフウが静かに、威圧感と共に立ち上がった。 メモを取っていたナナミが、鼻を鳴らした

他の全員の視線も集まる、誰もが、次にパォフウのとる行動を悟ったからである

ナナミは嘲笑わなかった。 ただ冷徹な光を目に浮かべ、静かに言った

「克哉お兄ちゃんを馬鹿にしたくせに、その行動を模倣するつもりですかぁ?」

「うるせえよ。 男にはな、動かなきゃいけねえときってのがあるんだ

取引は九時からだとか言ってたな。 俺は先に行って見張ってるぜ」

その言葉に対し、まだナナミは口を開こうとしたが、南条が咳払いをしたため振り向き

そしてその目を見て、言わんとする事を理解し、肩をすくめて口をつぐんだ

パォフウは煙草を灰皿に押しつけ、南条の方へ振り向いた。 そして感謝を含んだ目礼をすると

ドアを開け、外へ出ていった。 乾いた音と共にドアが閉まり、ナナミが伸びをした

「さーて、未だ時間はあるですから、休みながら情報の整理をするですぅ」

「ちょっと、追わなくて良いの?」

うららが批判を込めて言葉を吐き出し、賛同を求めて周囲を見回すと、皆沈黙していた

その様を見て、勘違いをしそうになったうららであったが、咳払いをした桐島がその誤解を解いた

「大丈夫、Mr.Paohuはそんな無茶はしませんわ。 それに、彼は今追ったらきっと怒りますわよ」

「・・・・。」

誤解は解けた。 しかしうららは、口をつぐまざるを得なかった

自分の気付いていない事を、自分以外の全員が分かっている事実を悟ったからだ

決して疎外感を感じているわけではないが、面白いはずもない。

彼女が口を閉ざすと、南条が何かの紙束を取りだし、克哉に渡して頷く

克哉はそれを暫く無言で見つめていたが、やがて驚愕の表情を浮かべて、辺りを何度も見回した

これは彼が頼んでいた書類で、つい先ほどナナミが松岡の使いから受け取った物である

その内容は克哉の想像を絶していた。 彼の表情を見て、内容を知るナナミは面白そうに微笑むと

リラックスした体勢でキーボードに指を走らせ、パソコンを操作して情報を整理して行く

それが一段落すると、彼女は立ち上がり、南条に新たに得た情報の要点を説明した

いずれも面白い物はなかったが、重要な情報ばかりであった。

その中には、新世塾の思惑通りに情報が流れてしまった事実の確認の他に

自衛隊第十五師団が珠阯レの北部山岳地帯にキャンプを張り、実弾で演習をしているという物もあった。

歩兵師団である第十五師団は、新世塾幹部菅原陸将の指揮する部隊であり

菅原陸将に私物化されているという情報があり、目を離すことは絶対に出来なかった

その間、桐島と舞耶はそれぞれに無言のまま、体力の回復に務めていた。

それらの様を横目で見ながら、うららは一人落ち着かなかった

 

新世塾の今までの戦略は、見本のように優れた物だった

相手を追いつめるのではなく、選択肢を削り取り、最終目的へと追い込んで行く

反撃を受け流し、敵の先手先手を打ち、数手先まで読んだ策を構築し、実行する

戦術レベルでの失敗は多数犯したが、それも問題にならなかった。

それらは、戦略レベルでの劣勢を、戦術レベルでは跳ね返せないという事実の良い実例であったろう

おそらくは、即興で思いついたものではあるまい

膨大な時間を費やし、竜蔵の脳細胞が「御前」の助力も得て構築した物なのだろう

そして作戦と目的は既に達成された。 ここでいう目的とは、南条と舞耶達を利用する上の目的である

従って、彼らは次の段階に歩を進めるだろう。

その途中に、此方側の始末も作戦として含まれるだろうが、其処にこそ勝機がある

南条は今、松岡に全力で新世塾のアジトを探らせている。

今回は、刺客に勝つだけで敵の目的を狂わせることが出来る、いわば最高のチャンスであるからだ

敵の作戦が壮大を極める以上、僅かなくさびであれどその効果は大きく

大きな戦果をあげることが出来る可能性が高い。 綻びが勝機に直結する可能性もある

だが竜蔵のことだ、それは当然理解しているだろう、敵の刺客は尋常ならぬ強さであることが疑いない

今回の情報は、明らかに敵により漏洩された物である。 100%罠だ

しかし敵の刺客を返り討ちにするだけで破る事が出来る罠であり、これ以上のチャンスはないのである

全員が此処まで状況を理解していたわけではない。

完全に理解していたのは南条とナナミとパォフウだけである

だがうららを除く全員が、大まかな内容は理解していた。 そして彼女も、その事だけは分かっていた

パォフウはあの時、他の人間が動きやすいように

もっとも顔を知られている自分が、囮になる事を申し出たのだ。

<虎穴に入らずば虎児を得ず>。 有名な言葉に従った行動であった

無論死ぬつもりはなく、ユンパォと竜蔵を自分の手で追いつめる目的もあっただろう

ナナミはそれを理解した上で、彼を制しようとした。

それは「いざという時」が起こり、それによる戦力低下を防ぐ為であったが

南条が囮を使った方が効率的だと決断を下したため、それに従ったのである

無論南条はパォフウの能力を信頼している、だからこそ、この決断を下したのだ

「ちょっとさ、買い物行きたいんだけど・・・・いい?

此処でじっとしてても、リラックスできそうになくって・・・」

皆が武器の整備や頭の中での戦術組立、或いは回復のための休息に入っている中で、うららが発言した

克哉が何か言おうとしたが、ナナミがその口をいち早く手で塞いだ。 そして南条と舞耶の方を見ると

舞耶は静かに頷き、口を開いた。 傍らで南条が俯き、僅かに微笑みを浮かべる

「丁度医薬品とか足りなかったところね。 お願いするわ、ナイトメアちゃん」

「単独行動は危険すぎる。 護衛を連れていって下さい、Ms芹沢」

「うん・・・・分かった」

情報は整理し終えたし、休息の時間を入れてもあと一時間ほど余裕がある

新たな弾倉をポケットに二個放り込むと、ナナミはうららの手を引いて外に出た

南条の言葉には個人の無駄な買い物を防ぐ意味もあったが、それを理解しているのはナナミだけだった

沈黙が暫く場を覆っていた、それを破ったのは舞耶であった

「南条君、うららの事だけど・・・・」

「大体悩みは分かります。 まあ、あいつなら上手くやってくれるでしょう」

桐島が微笑み、克哉は頭をかくと、自分の短慮を詫びた。 場に静寂が戻った

 

2,普通と日常

 

相変わらず町は騒然としていて、空気が張りつめ、誰もの目が血走っていた

あの須藤竜也が完全にペルソナとして蘇ったのは恐怖である。

事実、いつ出てくるか知れた物ではなく、元来抜けたところのあるうららも周囲を警戒していた

一方で、ナナミは落ち着いていた。 彼女は竜也がそう出て来られない理由を知っていたからである

あのペルソナ、強化型須藤竜也とでも呼ぶべき者は、確かに恐るべき存在である

生前と同様狂気と殺気に満ち、その戦闘力は比類無く高い。 現れたら二人では対処出来ないだろう

一対一の勝負をすれば、周防達哉でさえ勝てるかどうか怪しい。 無論今のナナミでは勝てない

だが強力すぎる事が、逆に弱点である。

強力なペルソナである竜也は、強大な精神力が無ければ使いこなす事など出来ず

宿主を失った今、そう簡単に表には出て来ることなど出来ない。

無理に誰かに憑依しても、すぐに宿主がオーバーヒートして倒れてしまう事は疑いない上

もし仮に見つけたとしても、波長が合わなければ力を発揮しきれないだろう

独立暴走型ペルソナは、宿主の自我を拘束することによって初めてその真の恐怖を発揮する

今の須藤竜也は、強力すぎて誰にも使いこなせない凶刀と言ったところであり

本人にさえ使いこなせない以上、そう恐怖する必要はないのである

新世塾による攻撃も、おそらくは無い。 今までの敵の作戦からして

強力な刺客を使って、全員を一気に殺そうとする可能性が極めて高いからである

作戦としての効率もその方が良いし、何より楽でよい

だがそんな強力な刺客であれば、周囲のかなり広範囲に霊的な触手を伸ばしている彼女にはすぐ分かる

そればかりか、ペルソナ使いであれば同様にすぐ分かるであろう。 問題は少ない

幾つかの店で買い物を済ませると、うららは溜息をついた。

ナナミと一緒に、通りがかった公園のベンチに腰掛け、煙草を取りだし一服する

公園で遊ぶ子供は一人もいない。 ボールも飛んでこず、甲高い声も聞こえなかった

近くには大きなマンションが見えるが、殆どの窓には雨戸がかかっていた。

生活感そのものが、どの部屋からも感じられなかった。 皆、中で震え上がっているのだろうか

「別に人の嗜好をどうこういわないですけど、煙草吸うときは断った方がいいですよぉ」

「あ、ごめん。 ナイトメアちゃん、煙草嫌い?」

「んーん、別に。 ただ、それだけですぅ」

会話は唐突に始まり、終わった。 ナナミはそれだけ言うと、また今まで同様黙り込んだ

煙草が短くなり、パォフウ程にヘビースモーカーでないうららは

新しい一本を取り出す事もなく、溜息をついて灰皿に残りを押しつけた

側ではナナミがベンチに背を預け、何かを考えて向こうを見ている

子供の顔に、大人の表情と思考が棲んでいると形容すべきであったろうか

今までうららは、この冷酷な、少女の姿をした悪魔と二人っきりになった事がなかった

これまでの経験から、悪魔が精神的には人間と大差ない事は知っているが、当然倫理観にはずれがあり

ナナミも例外ではない。 何度もそれを、嫌と言うほどうららは見せつけられた

敵に対しては全く容赦というものがないし、死体をミイラ化させて力を啜り尽くすのも躊躇わない

たとえそれが人間であっても。 天道連のミイラ化した死体の山は、今でもうららの脳裏に残っている

「ね、ねえ、ナイトメアちゃん」

気まずくなったうららが言うと、ナナミはすぐに彼女を見上げた。 目で何の用だと言っている

「ナイトメアちゃんが使ってる拳銃って、何処で手に入れたの? 凄く扱いも手慣れてるしさ・・・」

「これは、ドイツ製の<ワルサー・コンパクトP5>ですぅ。 ま、それは原型の話で

ナイトメアが精神病院から拾ってきたガンスミスに、色々改造させて性能を無茶苦茶にあげてるです

他の戦闘用の道具も、殆どこの人に作らせてるですよ。 現物を買ったのはドイツでの事ですぅ」

ガンスミスというのが銃器職人だと言う事を説明すると、ナナミはまた口を閉ざす

彼女は、うららの劣等感に気付いていた。 だがそれを此方から言うと却って彼女を刺激する故

わざと気まずい状況を作りだし、うららを喋らせていたのである

案の定であった。 他にも幾つか途切れがちな会話をすると、うららは吐き出すように言った

「ねえ・・・・あたしって馬鹿だと思う?

あたしってさ、他人の事何もわかんないし・・・・マーヤもあたしと同じだと思ってたら

こんな状況なのに落ち着いてて、南条君とかナイトメアちゃんと会話が成立しちゃうし・・・」

「そんな事ないですよぉ。 ・・・これは気休めなんかじゃなくて、本音の話なんですけど」

ナナミは針に魚が食いついたことをほくそ笑むと、立ち上がってブランコの方に歩き出した

うららもそれに釣られるように立ち上がり、黄色い未だ新しいブランコ板に腰を下ろした

鎖が軋み声をあげた。 小さくブランコを揺らしながら、ナナミは言う

「うららお姉ちゃんの反応は、自然です。 ナイトメアとダーリン、それにエリーお姉ちゃんは

色々修羅場をくぐってきてるから当然として・・・

他にも克哉お兄ちゃんは、警察官だから、殺人事件とかの非日常には触れてるし

あの様子からして、パォフウおじさんも相当修羅場くぐってるです

修羅場をくぐってきてないうららお姉ちゃんは、ごく自然な対応をしてるだけだと

ナイトメアは思うですよぉ・・・・・むしろ不思議なのは、舞耶お姉ちゃんです

あの対応、神経の切り替え方、とっさにおける判断力の正確さ

それにあの熟練したリーダーシップ・・・修羅場を何でくぐってないのか不思議でしょうがないですぅ

こういう状況下では、こういう対応が出来る人材は勿論有用ですけど

お姉ちゃんみたいに自然な反応を出来る人もいないと、何処かでバランスが崩れておかしくなるです」

「・・・・。」

「本当の馬鹿って言うのは、うららお姉ちゃんみたいなタイプじゃないです

・・・戦闘でも、お姉ちゃんはきちんと役に立ってるし、今では連携もとっても上手ですぅ

頭脳労働が苦手なら、それはダーリンやナイトメアに任せればいいです

リーダーシップは、チーム内の一人がとれれば良いです

一人で、何でもかんでも出来なければいけない道理は・・・何処にもないです」

最後の一節を吐き出した時、微妙な影がナナミの顔に浮かんだ

初めて、冷酷な、少女の姿をした悪魔の弱みを見た気がして、うららは感じる物があったようだ

「・・・・有り難う。 元気が出たよ」

「いえいえ、とんでもないですぅ。 さ、そろそろアジトに戻るです

せめて魔力ぐらいは完全回復しておかないと・・・」

ブランコから降り、肩を回して、ナナミは言った

目的は果たしたことだし、そのまま帰ろうとした彼女の足を、言葉が引き留めた

「あ、そうだ、お礼にいい事教えてあげるよ。 この間偶然見つけたんだけど・・・」

足を止めたナナミは、その後に続いたうららの言葉に興味を持ち、書き留めた

それは魔法学的な見地から実に興味深い事であり、今後は大いに活用できること疑いない事だった

既に時間は一杯であった。 急いで二人は公園を後にし、アジトに戻ったのだった

 

3,老獅子動く

 

老人の、皺が寄り、だが力強い手には、電話が握られており

ほんの少し前までは、電波を言葉に翻訳して老人に伝えていた

電話のないもう一方の手は、杖につながっている。 老人はもう、大分前から足腰を弱らせており

だが精神に衰えはなく、眼光は鋭く、誰もを圧するカリスマに満ち満ちている

老人の名は須藤竜蔵。 狂気の連続猟奇殺人鬼須藤竜也の実の父であり

現在、外務大臣を務め、新世塾の筆頭幹部として、日本を揺るがしている男である

今彼がいるのは、新世塾幹部がアジトにしている場所の一室であった

場所柄揺れるのは仕方がないが、それを最小限に抑える構造に作られており

床には豪華なカーペットが敷かれ、中央には特殊加工した床板の上に護摩壇が作られ

部屋の最奥には、祭壇が置かれ、何か小さな影が安置されている様子であった

全部で八人の男女が、部屋の中にいた。 その中には神条という偽名を使う神取鷹久の姿もある

一方で、今日は珍しく石神千鶴の姿がない。

彼女は今任務中で、だがそれが終わり次第此処に来る予定である

ふと、部屋の中の一人が笑い声を発した。 全員の視線が、笑った男

新世塾のNo、2である、菅原陸将の方へと集中した

菅原は殆ど竜蔵と年も変わらないのだが、未だ足腰はしっかりしていて、髪も豊富である

そのかわり癌に健康を侵害されており、顔色は非常に悪い

元々世間を舐めきっている傾向のある男で、今でも皮肉を顔中に湛えて、竜蔵の方を見ていた

「何がおかしいのかな、菅原君」

「いえ、いえね。 無原罪の世界を目指すお方のやり口には見えませんなあ、と言うことですよ

もっとも、それは良い意味でね」

そういって、もう一度菅原は笑った。 神取と竜蔵を除く全員が、不審を視線に込めて彼を見た

この男の叛意を、竜蔵は無論知っている。 おそらく菅原もそれを知っているだろう

無能で、御前の力だけで出世できた他のメンバーが理想に陶酔する中

菅原陸将だけは、ある意味前時代的な絶対権力の掌握と、不老不死の実現ばかりを夢見ていた

癌に冒されたこの男にとって、魅力のあることはそれだけだったのかも知れない

昔から、上流階級の人間は非常に迷信深いことが多い

この男も、統計的証拠もないのに、僅かな事実から自分は支配者になる家系だと思いこみ

ただただ不老不死の実現と、竜蔵を筆頭幹部の座から引きずり降ろすことばかりを考えていた

竜蔵は鼻を鳴らした。 今の総理よりも、遙かに肝も据わり、政治的手腕にも長けたこの男に取り

菅原の視線など何でもない。 やがて老いた獅子王は、口を開く

「それよりも、だ。 御前の期待に背かないよう、準備は出来ているな?」

「勿論です。 完全武装の二個小隊に加え、X−1を派遣します。

X−1の性能はこの間の実弾演習で証明済みですが、今度は更にその対人殺傷力を実験できます

ペルソナ使いどころかどんな相手にも通用する、文字通り歴史を変える武器だと証明して見せましょう」

頷くと、竜蔵は振り向いた。 マフィアの敗残兵狩りを命じた神条のほうにである

「神条。 貴様の方は大丈夫か?」

「ご心配なく。 もう同士千鶴は敵の戦力配置を完璧に掌握していると報告がありました

それに加え、鳩美由美を退路に配置しました。 特殊部隊の精鋭でさえ、逃げられはしませんよ」

もう一度頷き、竜蔵は祭壇の方に向き直った。 上では、護摩壇の煙を排出するファンが回っている

「では、わたくしめはこれにて」

菅原陸将が部屋を出ていった。 何やら下劣な罵声を口中にて呟いた様だが、誰の耳にも届かなかった

それを確認すると、財界の帝王と言われる男が進み出た。 彼も新世塾幹部であり

だが実質的な能力はなく、南条もかって何故この男が加速度的に勢力を伸ばせたのか理解できなかった

「行ったか・・・ところで、最近の御前のお考えは、正直よく分からぬ。

特異点とやらが危険だというなら、殺せば良かろうに。 別に手など幾らでもある

私に任せていただければ、すぐに殺して見せ・・・」

男の声が止まった。 竜蔵が、正面から視線を鋳込んでいたからだ。 表情が黙れと告げている

その迫力は圧倒的で、殆どの人間が後ずさっただろう。 竜蔵は狂気の目的に邁進しているが

それでも、少なくとも人間を掌握する力と、能力に置いて卓絶している事は疑いなかった

老いても、獅子王としての迫力は圧倒的なものがあった

「口を慎め・・・

御前の考えは、我ら如きには及びもつかぬ高みにあるのだ

疑問は即ち愚問、愚かな考えを抱くな・・・」

神取が顔を逸らして、声を殺し失笑した。 この老人は、それを本当に信じているのだろうか

決して知的には劣悪で無いどころか、多くのキャリアと違って有能無比なこの老人が。

ドストエフスキーのことを考え、神取は思う。 あれほどの天才も、神の愛について語る時には

普段の冷静さも論理性も失い、何処か遠くの世界へと行ってしまうのだ

人間は基本的に、論理的な自分と非論理的な自分を内包しているのかも知れない

そしてそれが自分にも当てはまることに気付き、神取は苦労しながら笑いを殺した

御前の背後にいる存在は、彼と同じ動機で動いているに過ぎない。 彼には良くそれが分かる

その動機とは、即ち愉悦。 竜蔵は程なく部屋を出ていき、他の者達もそれに従った

「さて、一番罪深いのは誰かな? この世にあらざる業を背負う、特異点の少年か?

全てを分かっていながら、這いよる混沌に自主的に従っているこの私か?

自らの目的のために、人類の抹殺も辞さない竜蔵老人か? 新世塾全てか?

くっくっく・・・それとも・・・・」

神取はサングラスを外し、祭壇を見上げた。 其処にいる物体は、ただ押し黙っている

それこそが、<御前>であった。 澄丸清忠と言う名だった戦国大名の、首から上だけのミイラである

物言わず、動く事はない。 だがそれには明らかな力があり、竜蔵を、そして新世塾を操る元凶だった

地獄の底からそのミイラを見上げると、神取はもう一度笑った

「全ての元凶かな。 だが奴は、罪を楽しんでいるのだろうな

皮肉な物だ・・・罪に押しつぶされる者、罪を喜ぶ者、罪に気付かない者・・・・

誰が一番幸せなのだろうな。 くく・・・くくくははははははははははは!」

完全防音の部屋の中で、神取は一人笑った。 護摩壇が答えるように、薪が弾けた

誰か気付く者がいるのだろうか、神取の顔が、僅かな寂しさを湛えていた事を

それは、帰郷を望む父の顔だったのだが、其処まで気付く者は人間ではなかったであろう

「忘れていた。 一番の罪深きは・・・それを増長させている人間全てだな」

言うと、再び表情を殺し、神取は部屋を出ていった。 ミイラは動く事もなく、その背を見送った

 

4,死戦の始まり

 

ユンパォは廃工場の中で、部下五十名ほどと共に待っていた

他の部下達合計七名は、全てアジトに残してきた。 これ程厳重に部下達を配置しているのは

大きな取引であると言う事と同時に、何か妙な焦臭さを感じていたからである

同時に、自分の力を見せつける意味もある。 こう言った取引では、虚仮威しが重要になるのだ

煙草を部下に勧められ、ユンパォは断った。

もう硝子も残っていない天窓から、静かに月の光が射し込んでいる。 虫の鳴き声がどこかでしていた

部下達はならず者だが、訓練され組織されたならず者である

よくしつけられており、無駄口は叩かず、殺気にも敏感に反応する

彼らも一様に落ち着かなかった。 上司同様、何かを感じていたのであろうか

取引の時間になり、隣にいる腹心が警告する。 ふと月を仰ごうとしたユンパォに、何かが降り注いだ

それは血であった。 同時に、何か大きな物が落ちてきて、鈍い音と共に地面に叩き付けられた

落ちてきたのが何であるか、誰の目にも明らかであった。 人間の死体である

一気に緊張が高まる中、ユンパォが冷静に死体に歩み寄り、懐中電灯の光を顔に当てる。

そして自分の弟の顔を確認し、絶叫した

「竜蔵! うらぎたな! ぉおおおおおおおおおおおおお!」

咆吼と同時に、ヘリのロータリー音が周囲を蹂躙し、無数のスポットライトが工場の中に差し込んだ

そして、規則的な機械音が迫ってきた。

一斉に拳銃を引き抜いた天道連、その前にX−1が立ちはだかる

ライトを浴び、不格好ではあるが強烈な威圧感を持ち、それは文字通り仁王立ちしていた

「ひゃっほう! 隊長、本気で皆殺しにしていいんスか?」

一人乗りの操縦席で、パイロットの香田が舌なめずりをし、小川が無線で是と答えた

X−1の機体の横には、腕のように鋼鉄の板が二枚つきだし、一枚には紅く輝く奇怪な刀が

いま一枚には重機関銃、M249MINIMIが装着されている

それとは別に、背中に当たる部分には、二門の迫撃砲も装備されていた

この装備で90式戦車を撃破する事は不可能だが、X−1にはこの他にも未だ常識外の装備がある

だが天道連など、それを使うにはもったいない小粒の相手である。 通常兵器で充分だ

X−1が動く。 重機関銃が唸りをあげ、ついで無数の弾丸が発射された。

一人の天道連が吹き飛ぶ。 轟音が悲鳴をかき消し、鮮血がぶちまけられた

同時に周囲の硝子が割れ、自衛隊員が工場内に突入した。 一方的な戦闘が始まった

 

放置されたコンテナの上で、既にパォフウと他の者達は合流していた

此処は気付かれていない。 ただし、天道連には気付かれていなくても、新世塾にはどうか分からない

だが、囮になってくれたパォフウのおかげで、動きやすく情報整理しやすかったのは事実である

全員の視線が集中する中、虐殺が行われていた

X−1の右腕が、重機関銃M249MINIMIを振り、ライフル弾を嵐の如く吐きだして、敵を殺戮する

無論天道連も必死に反撃した。 ユンパォが咆吼すると一斉に武器を撃ち放ち、火花が咲く

だが、ピストルや軽機関銃程度では、戦車並の装甲を持つX−1には通用しない

たちまちにして十名以上が命を落とし、ユンパォが慌てて撤退を命じた

彼が退路を想定していた地点には、部下十名を配置してある。 其処を通れば逃げ切れるはずだった

自衛隊の攻撃は熾烈で、かつ巧妙だった。 敵を殺すのではなく、X−1の前に追い立てるのだ

攻撃を避けたと思った天道連が前を見ると、其処にはX−1が立っている。 そして頭が吹き飛ぶ

X−1は身体を自在に回転させ、軽快に歩き、重機関銃を振って効率的に敵を倒していった

ユンパォに従えた人数は、十人ほどであった。 他の者達は、皆屍と化して床に散らばったのである

工場の奥に逃げ込めた者も数人はいるようだが、彼らの運命も見えきっていた

「へっ、雑魚共がよ! こんなんじゃあ、アレを使うまでのこともねえ!」

「香田、本番はこれからだ。 ターゲットを逃がすな」

隊長の声が飛ぶと、ゆるんでいた香田の顔が瞬時に引き締まり、すぐにユンパォの後を追う

それは隊長への信頼と、精神的な地位が見て取れる行動であったろう

「信じられん。 二足歩行で、あの振動の無さ、軽快な機動、常識を越えているな」

南条が呟くと同時だった。 パォフウが飛び出し、逃げ出したユンパォの後を追ったのだ

「ちょっと、パォ! どこにいくのさ!」

「ナイトメアに任せるですぅ!」

うららの声を遮るように、ナナミがパォフウの後を追っていった

自らもその後を追おうとするうららの足下に、彼らを発見した自衛隊の攻撃が炸裂した

自衛官の一人に至っては、手榴弾のピンを引き抜いている。 そしてためらいもなく、それを放った

一斉に全員がコンテナを飛び降り、一瞬置いて爆発音が周囲を蹂躙し尽くした

「ねえ・・・みんなひょっとして、この事に気付いていたの?」

「・・・・ああ。 だがこれが最後のチャンスである以上、逃すわけには行かなかった!」

克哉が走りながら疑問に答え、拳銃を乱射した。

その弾は自衛官の一人にめり込み、男は悲鳴と共にもんどりうって倒れる

防弾チョッキに阻まれ、致命傷は与えられなかったが、それでも戦闘力を奪うには充分だった

「アイツは! パォは気付いてるの!?」

「ああ。 それより自分の心配をするんだ! それと彼奴を助けに行くぞ!」

以降は無言のまま、全員が工場の奥に消えていった。 それを見届けると、攻撃部隊の隊長が言った

「よし、全員攻撃終了。 後はX−1と、神条旗下の者に任せる」

損害は負傷者二名のみという、圧倒的な勝利であった。 風のように、手早く彼らは引き上げていった

 

ユンパォは走っていた。 従う部下は十人ほどで、腹心の姿は既にない

彼はX−1の掃射の犠牲となり、頭をスイカのように吹き飛ばされたのである

腹心の顔と同時に、弟の姿が頭をよぎり、ユンパオは歯ぎしりした

彼の弟は、かって闇社会の人間ではなかった。 極めて真面目な人間で、学校の教師をしていた

ユンパォは保安上の問題からも、殆ど家族の事を話さなかったが、彼の家族が表側の人間だと言う事は

組織内外で、結構知られている事実だった。 何処の誰かと言うことを知る者は誰もいなかったが

破局を迎えたのは、数年前の事である。 弟はつまらない罪で捕まり、すぐに釈放されるはずだったが

どういう訳かユンパォとの関係が警察に伝わってしまい、重要参考人として拘束されたのだ

台湾では、国を挙げてマフィアの壊滅策が取られている

それ自体は妥当な政策であるが、やはりそういう事情である以上世間の風当たりは冷たく

家庭は瞬く間に崩壊、弟は全てを失い、文字通り墜ちて今度は正真正銘の犯罪者となっていった

それを思い出し、歯ぎしりしつつ走るユンパォの前に、逃走通路が開けた

全員の足が止まり、声も止まる。 其処にあったのは強烈な血臭と、動く者無き床であった

「遅かったわね。 あら、思ったより少ないじゃない」

横倒しになったドラム缶に腰掛け、指先に飛んだ血を舐め取っていた人物が顔を上げた

其処に伏せていた十人の天道連は、一人残らず殺されていた。 その人物、鳩美由美一人の手によって

ユンパォが口の端から泡を飛ばし、目に危険な光を宿した。 対して由美は余裕である

「貴様・・・貴様・・・貴様もぐるか!」

「ふふ、しょうがないでしょ、仕事なんだから

貴方ももう、覚悟決めなさい。 せめて楽に殺してあげるから」

由美が立ち上がると、マフィア達には見えなかったが

前より更に膨れ上がった、ペルソナ・テュポーンが浮き上がる

首は更に増え、巨大になり、オーラは禍々しく強大になっている。

見えない威圧感が恐怖を臨界点に押し上げさせ、マフィア達が一斉に拳銃を撃った

無数の弾丸が、由美を打ち据える。 百発以上の弾丸が放たれ、そのうちの半数以上が命中した

だが、その結果は恐るべきものだった。 強大なオーラに守られた由美には傷一つつかなかったのだ

余裕の笑みを浮かべ、由美は肩をすくめて見せた。 マフィア達が恐怖のあえぎ声を漏らし、後ずさる

「私に傷を付けるつもりだったの? それで? あははははははは!

・・・・私に傷を付けたかったら、対艦ミサイルでも打ち込んでくる事ね

ところで、もう終わり? だったら今度は私から行くわよ。」

疾風の如く、由美が動いた。 先頭にに立っていた男に、瞬速で抜き手が突き刺さる

それは男の顔面を豆腐のように貫通し、自分でも分からないままその天道連は絶命した

更に由美の左右にいた天道連が、紅い霧となって飛び散る、由美が凄まじい速度で蹴りを見舞ったのだ

間をおかず二人が後を追い、肉塊となって飛び散る。 それらは原形をとどめていなかった

そして、凄まじいまでの由美の戦闘能力に、恐怖に後ずさった天道連の肩を、大きな手が掴んだ

金切り声が上がり、すぐ消える。 由美が見上げると、其処には背の高さが4mにも達する悪魔がいて

無造作に掴みあげた天道連の頭をかみつぶし、生気を啜り尽くすと不味そうに放り捨てた

それはカトブレパスと呼ばれる悪魔であった。 石化能力を持っているが、それを使うまでもなかった

一瞬悪魔は由美の方を見たが、すぐに力の差を理解し、工場の奥へと消えて行く

それに、受けていた命令もあった。 彼は天道連以外の人間には手を出すなと言われていたのだ

「千鶴さんの召喚した悪魔ね。 下品ねえ・・・・あれ? ユンパォさん逃げちゃったか」

一瞬の隙をつき、ユンパォは工場の奥に逃げ込んだようだった。 由美が肩をすくめ、微笑む

とりあえず敵の逃走は防いだのだから、任務は達した事になる

後は此処に来る天道連を可能な限り抹殺するだけで良い。 楽な任務だった

「これで達哉あたりがのこのこ現れれば最高なんだけど・・・まあ、いいか」

口中にて尋常ならぬ憎悪を抱く相手の名を呟くと、由美は手に跳んだ血をなめ取り

再びドラム缶に腰掛けた、周囲に死体は増えたが、同様の静けさが戻っていた

由美が顔を上げた、規則的な機械音が、高速で此方に近づいてきたのだ

X−1であった。 残敵の掃討のため、工場の奥に向かうところであった

パイロットの香田は、高性能カメラで由美の姿と、周囲に散らばる十人以上の死骸を認め

口笛を吹くと、おもむろに口を開いた

「姉ちゃん、やるじゃねえか。 敵が何処に行ったかしらねえか?」

由美は口を開くこともなく、左を指さす。

素っ気ない由美の態度にぶつぶつと不満を言いながら、香田は奥に消えていった

その後、由美は二時間ほど其処に待機し、やがて天道連の全滅を千鶴から告げられると

面白くもなさそうに、いつもと同じく闇へ消えていった

 

風を切ってパォフウが走っていた。 傍らには、ワルサーを手に持ち、ナナミが併走している

パォフウ同様、ナナミも自分が見つけた部下達をユンパォに殺されている。

南条以上にその事に対して憤っているナナミがついてくるのを、パォフウは拒もうとしなかった

工場の奥には、悪魔がうろついていた。 そして、何とか逃げてきたらしい天道連達も

その牙にかかり、殆どが無惨な躯を曝していた。

勝手な人間の想像と違い、悪魔は人間の肉を好まない。

人間の肉は不味いことで有名で、悪魔達の目的は、肉ではなく生体エネルギーである。

無論好む悪魔もいるにはいるが、それはあくまで特例であり、変わり種なのである

それを証明するかのように、死体は殆どがミイラ化し

虚ろな眼球を天井に向けており、肉を喰われるより積極的に生気を吸い尽くされたことが理解できた

パォフウが走る。 ユンパォの死体はなく、立ち止まる理由はなかったからである

悪魔達は天道連以外の人間に対する攻撃命令は受けていなかったが、それでも時々は襲ってきた

しかし雑魚悪魔などは、この二名の敵に成り得ず、蹴散らされて逃げ散る

パォフウとナナミが生きている天道連に出くわしたのは、工場の地下二階に入った頃であった

数は三人で、おどおどした目を周囲に向けている。 無言のまま、パォフウとナナミが同時に攻撃した

指弾が二人の肩を撃ち抜き、ワルサーの弾丸が一人の肩を貫いた。 もんどりうって倒れる天道連達

抵抗すら出来ずに戦闘力を失った彼らが上を見ると、全く容赦ない表情で、パォフウが見下ろしていた

「てめえらのボスはどこだ・・・・隠すとためにならんぜ」

パォフウが吐き捨てた。 声も表情同様、全く容赦がなかったが

天道連達はひきつった顔をそらし、嘲笑した。 何か言いかけたパォフウをナナミが制する

そして今度は自分が前に出て、一人の天道連の前に座ると、微笑みを浮かべ、言った

「貴方達のボスは、今どこにいますかぁ?」

「へっ・・・へへ・・・しらねえな・・・・バーカ」

流暢な台湾語で、嘲りが帰ってきた。 だがそれを吐いた男は、舌を永久に動かせなくなった

ナナミは表情を動かさず、手をゆっくりと挙げ、ワルサーの素点をその男の額に固定したのだ

間をおいて、ワルサーが火を噴き、男の額に穴が開いた。 容赦なくナナミは引き金を引き続け

弾倉の弾を撃ち込み尽くすと、無言のまま新しい弾倉をワルサーに装填する

更に死体の首を掴む、命無くした器は見る見る生気を吸われて干からびていった

これにひきつったのは残った二人である。 その間も眉一つ動かさなかったナナミが視線を向けると

哀れなほど情けない悲鳴を上げ、聞いてもいないのに情報を垂れ流し始める

「ひっ! 何でも喋る! 殺さないでくれっ!

ボスは、奥の倉庫に逃げ込んだ! 今頃、木箱の一つにでも隠れようとしてるか、どっかから脱出・・

そうだ、確かいってた! 地下に逃げ込める穴があるって!」

パォフウがポケットに右手を突っ込み、男達を無視して歩き出した

鼻を鳴らすと、ナナミはそれに従う。 安堵の表情を浮かべた天道連達が、ふと振り向くとそれはいた

先ほどのカトブレパスであった。 たがの外れた悲鳴が上がり、すぐにかき消える

別にカトブレパスが殺さなくても、悪魔がみちみちたこの状況下から、脱出は不可能だったろう

「どうせ死ぬ人間なら、せめて情報を引き出しておくべきですぅ」

「フン・・・胸くそ悪い・・・やはりてめえは悪魔だな」

悲鳴を聞き、流石に振り向いたパォフウとナナミを、カトブレパスが認めて咆吼した

勝てそうだと判断したため、命令を無視し、エネルギーを吸い取ろうと考えたのである

そのまま行かせてはくれない様子を悟り、ペルソナを発動させようとするパォフウ

だがナナミは首を横に振り、ワルサーの弾丸をカトブレパスの足下に叩き込んだ

「・・・貸しにしとくです。 必ず仇をとるですよぉ!」

「ちっ、知ってやがったのか・・・だが恩に着るぜ」

パォフウとナナミが、違う方向に、ほぼ同時に地を蹴って駆け出す

同時にカトブレパスが、巨体とは思えぬ身軽さで、一気にナナミとの間を詰めた

悪魔同士の戦闘音を背景に、パォフウは走った。 倉庫が見え、中にいる人影も見えてきた

それこそ、彼の探し求める男だった。 汗をかきながら、一人必死に木箱を動かしている

脱出できる穴は木箱の山の下にあり、悪戦苦闘しながらそれをどけようとしているところだった

「見つけたぞ、ユンパォオオオオオオオオっ!」

絶叫したパォフウ、彼を見て、ユンパォは脱出の不可能と自身の死を悟った

 

5,同じ穴の狢ではなく

 

「・・・・見逃せないか!?」

中身のない銃が、闇の中に一つ転がっていた。 その上を、ユンパォの声が通りすぎる

彼による激しい銃撃の後、二人は分厚いコンテナの山を挟んで、背中合わせに対峙していた

うち捨てられた銃は、ユンパォのもので、弾はもう一発も入っていない

遠くでは、ナナミが戦う音がしている。 カトブレパス程度なら、今の彼女には完全な雑魚であり

その気になればジオダインの一撃で倒せるはずだが、どうも魔力を温存するつもりのようである

悲痛なユンパォの言葉に対し、パォフウは冷静であった。 言葉も同じだった

「出来ねえな・・・・」

「そうか・・・竜蔵は私うらぎた! 弟殺した! 部下達皆殺しした!

私がこの手で殺したかたが・・・仕方ないね」

それが合図となった。 二人は申し合わせたかのように、ほぼ同時に飛び出す

ユンパォが袖を振ると、暗器である二丁の自動小銃が飛び出した。 対し、パォフウは指弾を構える

奇声と共に、ユンパォが銃を乱射した。 無数の弾丸が襲い来る中、だがパォフウは冷静で

そして三発の指弾を放つ。 それは唸りをあげて飛び、いずれもが命中した

一発は右肩に、もう一発は左肩に、さらにもう一発は右肘を砕いた

勝負はついた。 ユンパォは床に崩れ伏し、銃は乾いた音をたてて転がった

数十秒の無言があった。 その無言には、二人の男の膨大な感情が籠もっていた

もう後方にて戦闘音はしていなかったが、男達は気付かなかった

 

ナナミが走る。 そして、ワルサーを乱射し、カトブレパスの身体に光の華が咲く

硬い皮膚に阻まれ、打撃は与えられないが、挑発の役目は充分に果たし、カトブレパスが咆吼する

打撃は額の一点に集中しているが、それでもダメージは与えられない様子である。

だが、しかし、現在のナナミにとって、この悪魔は完全に格下の相手であった。

知能は低く、取り柄の力もそれほどではない。 同じ大きさの悪魔の中では低い方になるだろう

石化能力は、瞳から魔力を放ち、敵の体内に目を通して送り込み、初めて発動する

だが、ナナミが展開している防御結界は、それを無理なく防ぐ。 無論、それなりに消耗するが

カトブレパスは石化能力を有する悪魔の中では低レベルで、故に防ぐことが出来るという事情もあった

始めの十数秒で、敵の運動能力を見切ったナナミは、以降敵の運動能力ギリギリに合わせ

わざと接近戦を挑み、時々捕まりそうなふりをし、時々銃撃で挑発し、相手を最大限の速度で消耗させ

そして懐から瓶を取りだし、隙を見てカトブレパスの口中に放り込んだ

瓶の中身が高濃度の硫酸であるとも知らず、噛み潰すカトブレパス

当然、一瞬後に絶叫し、のけぞって泡を吹く。 この瞬間勝負はついていた

カトブレパスの後方には、先ほど自分で突進し、穴を開けたコンクリート壁がある

其処にはささくれ立った鉄筋が顔を覗かせ、ちぎられた鋳鉄のパイプが槍のように伸びていた

体勢を崩したカトブレパスが正面を見ると、片膝をついたナナミがワルサーを構えており

立て続けに四発の弾丸を撃ち放った、それらは全て瞼の一点に集中炸裂した。

防御の際、カトブレパスが大きな一つ目を閉じる習性があることを、ナナミは知っていたのだ

それは大事な一つ目を守るための本能であったが、だからこそ弱点にもなった

二発がピンホールショットとなった為、一発目の傷に弾丸がめり込み、ついに高硬度の皮膚を貫く

今までにナナミがその点を集中攻撃していたことにも、カトブレパスは気付いていなかった

ゆっくりと弾倉を際装填し、ナナミが再度構え、そして精密な射撃でその傷を撃ち抜いた

目玉を破壊された激痛に蹌踉めいたカトブレパスが、後ろに倒れる。 無数の槍が、その身体を貫いた

そのまま歩み寄り、身長にして四倍、体重にして数十倍の相手を、魔法も使わず葬ったナナミは

例の如く死体に手を当て、生命力を啜り尽くした

「ナイトメア、一人か?」

ミイラ化した死体をうち捨て、ナナミが振り向くと、其処には追いついてきた南条と、他の者達がいた

わざわざこんなに戦闘を長引かせた理由の一つは、南条達を呼び寄せるためでもあったのだ

「遅かったですぅ、ダーリン。 ナイトメアも、パォフウのおじさんも無事ですよ」

「奴は! ユンパォはどうなった!」

叫んだのは克哉である。 ナナミが倉庫を視線で指すと、慌てて奥に駆け込んで行く

ナナミにはその理由が分かる。 だが矛盾も分かる。

敵と同じになるなというのだろうが、だったら倫理的に劣った相手なら殺しても良いというのか

「ナイトメア、俺でも多分、Mr周防と同じ行動をしただろうな。 追うぞ」

「わたくしも・・・きっと同じですわ」

冷徹な表情で克哉の後ろ姿を見ていたナナミに、南条と桐島が声を掛ける。

既に舞耶もうららも後を追っていた。 言葉に頷くと、肩をすくめ、ナナミも皆の後を追った

 

「あれから・・・何年だ?」

沈黙を破ったのは、戦闘能力を喪失したユンパォだった。

パォフウは既にユンパォの落とした銃を拾い、銃口を不倶戴天の敵に向けている

指に僅かな力を入れれば、X−1に殺戮された天道連同様、ユンパォの頭は弾け吹き飛ぶだろう

だがパォフウはそれをせず、静かに問いに答えた

「五年・・・・たったの五年だ。 胸の傷が塞がるには・・・・短すぎる」

「・・・・今なら、貴様の気持ち、分かるつもりだ」

「てめえがいうな・・・・・死ね」

「待て! やめろ!」

二人の会話に、第三者の、克哉の声が割り込んだ。 パォフウは振り向きさえせず、答える

「うるせえよ・・・・俺は此奴を、此奴らを殺すために生きてきたんだ」

「馬鹿な事を言うな!  止めるんだ、嵯峨! 元珠阯レ市特捜検事、嵯峨薫!」

パォフウが、自分の本当の名を呼ばれた男が、静かに振り向いた

彼が日本人であることを知り驚くうららと、静かにその様を見守る桐島と舞耶。 事情は複雑だった

「仇討ちの動機は・・・・五年前の<天道連疑惑>・・・それで殺された浅井美樹さんだな

しかし、今そいつを殺せば、そいつらと同じだ! 法の裁きに任せるんだ!」

パォフウがゆっくり振り向き、危険な光を目に宿した。 躊躇いもなく銃を克哉に向ける

「てめえに・・・てめえみたいなアマちゃんに何が分かる!」

 

五年前、パォフウは嵯峨薫という日本人であった。 そして、大学在学中に司法試験に現役合格し

検事となると言う、俊英として周囲に知られていた

自分は正義だと思っていた。 正しいと思っていた。 何処までも真っ直ぐだった

そして彼は、<天道連疑惑>に関わることになった

事件の内容は、須藤竜蔵に台湾マフィア天道連から、巨額の資金が流れ込んでいるという物であり

その調査のため、嵯峨は相棒の浅井美樹と共に台湾に向かった

そこで、彼は竜蔵の命を受けた天道連、その殺し屋であるユンパオによって襲撃された。

結果、相棒は即死、覚醒したペルソナによって嵯峨だけ生き残ったのである

その後、天道連の事務所に襲撃をかけ、二十五人を殺戮したパォフウは

自身が相棒を女性として認識していた事に気付き、やがて廃人同様に墜ちていった

既に彼は戸籍上では、相棒共々死んだことにされ、家族もなく、帰る所もなかった

自分が如何におろかだったか、法が如何に無力か・・・嵯峨が知ったのはこの時だった

 

「てめえに・・・・てめえに何が分かる!」

もう一度、同じ言葉をパォフウが繰り返した。 怒りと、巧妙に隠された悲しみの固まりだった

「パォ・・・・止めてよ・・・!」

うららが叫んだ。 克哉はただ沈黙して、銃口を見つめている

無限の沈黙が、ほんの僅かの間に流れ去り、そしてパォフウは引き金を引いた

一瞬、場の時が凍り付いた。だが弾丸は全てが克哉の顔の側を通り過ぎ、後ろに飛んでいった

そして何かの金属にぶつかって、高い音を立てた

腰から崩れ伏したうらら、その時既にナナミは後方の異常に気付いていた

ナナミの様子を見て、他の者達も次々と気付く。 最後にうららも気付いて、立ち上がって振り向いた

そこには、とうとうここまで辿り着いたX−1がいた。 香田が舌なめずりをし、周りを見回す

「これで最後だな・・・全部で・・・八匹か」

「香田、まずは最弱点を突け。 ペルソナ使い達は後回しにして、慎重に戦え」

指令が飛ぶ、香田は頷き、操縦桿にこめる力を強めた

パォフウの銃撃は、X−1を狙った物だったのだ。 銃を放り捨て、パォフウが叫ぶ

「何奴も此奴も、俺の邪魔をしやがって・・・・・! 相手になってやるぜ! きな、ブリキ人形!」

叫びに答えるように、重機関銃が咆吼した。 同時に全員が散開し、戦闘が始まった

 

克哉が拳銃を発砲し、舞耶もそれに習い拳銃を撃ち放つ。 パォフウも違う位置から、指弾を放つ

X−1が飛来した弾丸の群に襲撃される。 だが、そんな物で強固な装甲に傷は付けられなかった

「Gunでは駄目ですわ!」

桐島が叫び、ビャッコを発動させる。 魔力を帯びた、極寒の息吹が空気を凍てつかせ

直線的に空間を蹂躙しつつ、X−1に突進した

その時であった、二足歩行機械の特殊装備が発動したのは

X−1が紅い刀を振り上げると、空間に歪みが生じたように見えた

それは息吹を弾き散らし、冷気から機体を守った、香田が勝ち誇った声を挙げた

「無駄だ無駄あ! 魔法だか何だかしらねえが、此奴は無敵なんだよ!」

「防御結界か・・・厄介だな」

南条が刀を構え直す。 かって彼が桐島や弓月らと一緒に戦った相手に、機械ながら攻撃魔法を使い

魔法耐性を持つ相手がいた、あれも神取が作ったものであった

である以上、この機械にも同じ技術が使われているのだろう。 と言う事は、攻撃魔法も使えるはずだ

「ナイトメア、気を付けろ! 攻撃魔法が来るぞ!」

「ご名答だぜ、雑魚共! 食らえ! メギド!」

南条の言葉に応えるように、X−1の正面に魔法陣のような物が出現し、魔力が集中する

ついで南条とナナミの間で爆発が起こり、二人は吹き飛ばされ壁にたたきつけられた

その間に、後ろに回り込んでいたうららが、ペルソナを発動させていた

破壊の稲妻が、機械に襲いかかる。 しかし結界に阻まれ、効果は無い

「拳銃では駄目だが、これならどうだ! ペルソナ・マルドゥーク! 一文字斬り!」

克哉が叫び、ペルソナが巨大な剛剣を振り下ろした。 だがそれも結界に阻まれ、はじき返される

香田は機械の威力に陶酔し、勝ち誇っていた。 口から泡を飛ばし、叫ぶ

「バーカ、無駄だってんだよ! この結界はなあ、九十式の120mm滑空砲だって防いだんだぜ!」

操縦桿から手を離し、香田が何かの操作をすると、刀が一際紅く輝き

一瞬置いて爆発するように光が広がって、克哉を包む

ペルソナを封じる、強力な魔力の光だった。 永続的には封じられないが、数十分なら完全封印できる

それを見たとき、舞耶の頭の中にまた何か違和感が生じた

更に調子づいた香田は、刀の魔力を解放した。 帯状の電撃が、部屋中に吹き荒れる

深刻な打撃を受け、皆が守勢に回った。 X−1が足音を響かせ、次の攻撃に移った

 

X−1の戦闘力は圧倒的であった。 攻撃力より防御力に凄まじい物があり、堅い守りに物を言わせ

重機関銃を撃ち、迫撃砲を唸らせ、メギドの破壊力をまき散らし、暴れ回った

戦闘は終始X−1に有利であり、そのまま終わるかと見えた。

だが負けるわけには行かぬ舞耶達は、回復を攻撃より重視し、チャンスを待っていた

その間、ナナミは敵の結界に精神的な触手を伸ばし、弱点を探り

やがて一つの仮説に辿り着き、指を鳴らした。 南条は今、克哉のサポートをしており

一番近いのはパォフウである。 信頼度は南条より墜ちるが、それでも大丈夫であろう

「パォフウおじさん! ちょっと、耳を貸すです!」

「何だ、このクソ忙しい時に! つおっ!」

近くで迫撃砲弾が炸裂し、ペルソナ能力を全開にして爆風を防ぐパォフウ

ナナミはその陰に隠れ、爆風をやり過ごすと、耳に手を当てて手早く用件を話した

暫くパォフウは無言で、やがて静かに笑った。

「そういうことかい・・・面白れえ・・・いいぜ、試してみるか」

頷き、二人は別方向へと跳んだ。 そのままX−1と等距離を取りながら、魔力を解放する

パォフウの頭上に、紅い炎の巨人が出現した。 同時に、ナナミの掌の中に蒼い光が生まれる

「さっさと来な、スルト! 一文字斬り!」

「へっ、人肉のホイル焼きにしてやるですぅ! 必殺、ジオダイン!」

巨大な曲刀からの衝撃波と、凄まじい破壊力の稲妻が、左右からX−1に襲いかかる

余裕の表情で結界を展開した香田であったが、その表情が一気に歪んだ

当然の話であろう、結界が一瞬にして限界不可を越え、崩壊したからである

ナナミは既に第二射を準備し終えており、余裕のあったうららと桐島も、それに同調していた

「馬鹿な! 俺が勝っていたはずだ! 何故だ、何故だ、なぜだああああああああああああ!」

香田の断末魔が、機械の中で轟いた。 冷気の息吹と、増幅された雷撃が、それをかき消した

「確かに強力な結界ですけど、一枚しか展開しなかったのが致命傷ですぅ

一枚の結界じゃあ、物理攻撃と魔法攻撃に同時に対応しきれない・・・へっ、マヌケが」

吐き捨てると、ナナミは黒こげになったX−1から視線をずらした

その視線の先には、最初の射撃でライフル弾に急所を貫かれた、ユンパォの崩れ伏す姿があった

 

殺し屋は未だ生きていた、だが致命傷であった。 腹からは鮮血が吹き出し、内蔵の一部も見えている

もう回復魔法も受け付けまい。 先ほどの戦闘で腕を撃ち抜かれた桐島を、舞耶が回復している横で

血の塊を吐き出し、ユンパォは笑った。 パォフウは笑っていなかった

「流石はX−1・・・あの皮肉屋の菅原陸将が自慢するだけある・・・狙い、正確ね・・・」

最後の力を振り絞って、ユンパォが顔を上げた。 頬の傷にも血が飛び、凄惨さを助長していた

何かを口中にて呟くパォフウ、その様子を楽しそうに見上げ、殺し屋は再び笑った

「竜蔵は今、海の上いるね。 日輪丸言う、豪華客船よ

もっとも、中身は違うらしいけどね・・・・くくくくく」

「・・・最後に良い事をしたな、下司野郎。」

静かなパォフウの言葉に、ユンパォは嘲笑を持って応える

その表情は複雑で、純粋に嘲笑だけでは満たされていなかった

「良い事? そんな事、一体誰が決めるね・・・

人を殺さなければ生きられない者もいる・・・盗まなければ飢える者もいる・・・

でも、弟は・・・弟・・・・・・・は・・・・・・・・・」

後ろにユンパォは倒れた。 既に瞳孔は開き、心臓は停止していた

ついに、この瞬間罠は噛み破られた。 反撃開始のチャンスが、ようやく訪れたのである

「長居は無用ですな。」

敵の増援が来ると厄介である。 南条の言葉に皆は頷き、素早くその場を後にした

走りながら、パォフウは呟いていた。 表情は、サングラスに隠れ誰にも見えなかった

「美樹・・・後一人・・・いや後一匹殺せば終わりだ。 見ていてくれ・・・」

 

同時刻、天道連の事務所は全て自衛隊に攻撃され、日本にいる天道連は皆殺しになった

台湾に於いても、竜蔵の流した情報から天道連の一斉摘発が行われ、此方もまた一夜にして壊滅した

殺戮吹き荒れる夜、そんな中を、一人の少年が動き回っていた

彼の名は周防達哉。 瀕死の天道連から、彼は一つの情報をつかんだのである

敵は、日輪丸にいる。 ついに、全員の一斉反撃が開始される時が来たのだ

竜蔵にとっては予想外の出来事だった。 だが、そうではなかった者もいる

事態は激流の段階を終え、滝へとさしかかっていた。 そして、その者はそれを喜んでいた・・・

                                   (続)