明かされる真相、奇妙なる喜劇
序,血みどろで
春日山高校地下の防空壕は、昔から霊的磁場が不安定な土地であったが
現在は魔界の一部と直結しており、強力な魔族の巣窟である
そして今、そこは血みどろの墓場と化していた。
無数の悪魔が死体となって転がり、地面にも壁にも鮮血が飛び散っている
「ま、ざっとこんなものね・・・」
頬に飛び散った血を指ですくい、口に運んで笑みを浮かべたのは鳩美由美である
周防達哉すらも上回るペルソナ使いである彼女の前では、そこいらの悪魔など蟻も同然であった
後ろに控えているのは、その弟のデビルサマナー鳩美有作。 彼の表情は決して明るくはない
姉の所行に異議を唱えたい気持ちは大いにあるようだが、彼には逆らう事が出来なかった
有作の左右には、ショゴスとクルースニクが主君をガードしていたが、彼らも由美には逆らえなかった
力の絶対量が、あまりにも違いすぎる上、精神的にも逆らえる相手ではなかったからだ
「有作、生きてるのの内、使えそうなのは捕まえときなさい
直接使えなくっても、混ぜれば使いものになるでしょ。 それはそうとして・・・
さて、次はいよいよ貴方の情報の道具がある所ね、ふふふふ・・・」
由美がクルースニクの横顔を視線で刺すと、悪魔は無念そうな顔をした
彼はこんなつもりで、<カルマリング>の情報を教えたのではなかったからである
防空壕第八区画の入り口天井を見上げ、由美は哄笑した。
今までと比較にならない、強烈な霊気を感じたからである。 魔王クラスの悪魔が放つ物に間違いない
中にはクルースニクの情報通り、魔人アリスがいる事は疑いないであろう。
部下の悪魔達は必死に主君をガードしようとするだろうが、そこがつけ込みどころである
「ど・・・どうしてこんな酷い事を!」
少女の姿をした悪魔、魔人アリスは、不意をついてきた由美に打ちのめされ
部下達を虐殺する由美の前に為す術が無く、あげく動ける部下がいなくなった後
ようやく体の自由を取り戻し、訴えることが出来た
本来は由美に劣らぬ力を持つ、強力な魔だったのだが、不意をつかれた上に
強力なマジックアイテムで身体の自由を奪われてしまっては、為す術がなかった
既に徹底的なまでの攻撃を受け、力の大半は喪失している。
自分を守ろうとした者達は・・・大事な従者で大事なお友達は・・・・ある者は真っ二つに切り裂かれ
ある者は消し炭にされ、またある者は首をはねとばされ、命を失っていた
アリスの目から、涙がとめどめも無く流れ落ちる。 由美は、最後に抵抗していた者達を捻り殺すと
怯えきった悪魔の方へ振り向き、笑顔を浮かべた。 羅刹の微笑みだったかも知れない
「アリスさん、こんにちわ。 私の力は分かっていただけたかしら
つきましては、貴方の大事な<カルマリング>を譲り受けたいんだけど・・・」
「だ、駄目っ! これは、アリスが、<おじさん>達から貰った大事な宝物よ!」
必死に首を振り、カルマリングを握りしめるアリスに、容赦なく由美は歩み寄り、視線をずらした
そこには、アリスを助けたいのだが、その力もなく
せめて隙を見つけようと、必死に此方を伺う悪魔達がいた。 慌てて身を隠すが、時既に遅し
「まだ、血が足りないわね・・・・」
由美が冷徹な微笑みを浮かべ、指についた血をなめ取った。
この時の彼女は、悪魔より遙かに恐ろしく見えただろう、事実人間より邪悪なものなど存在しないのだ
怯えきったアリスが、首を横に振り、後ろに下がった。
無情にも背中に壁が当たり、逃げ場はなくなった。 由美が鼻を鳴らし、ゆっくりと進み出る
その時だった、アリスにも、由美にも予想のつかない事態が生じたのは
カルマリングが、罪業を求め、持ち主の力を最大限に増幅する魔性の指輪が
アリスの手を放れ、自ら由美の指に収まったのだ
「姉貴、アリスはんを助けてくれて嬉しいわ。 これ以上の血は、ホンマ勘弁して欲しかったから
それに、あんな小さな子手えかけるん、ごっつう寝覚め悪い事やから・・・」
防空壕を出ながら、ほっとした面もちで、有作が姉を見る
姉の様子に代わりはない。 事実、由美は全く変わって等いなかった
「・・・まあ、ね。 目的は達したし、もう血は必要ないわ」
有作が笑みを浮かべ、クルースニクとショゴスを見ると、彼らも微笑んでいた
「・・・悪魔の血はね」
由美は一人ごちるように呟き、宙を睨んだ。 外へ出ると、既に夜は明けていた
1,操られる者
町は騒然としていた。 あちこちで住民達が所在なげに辺りを見回し、小声で会話している
誰かが奇声を上げ、突然走り出す。 警察よりも早く、誰かが現れ、その者を取り押さえ
そして、どこかへ運んでいく。 通報により警察が駆けつけると、その者は既に戻ってきている
表情は恍惚としていて、何処か遠くを見ており
何事かと聞かれると、半分現世から足を踏み外した様子で、笑いながら応える
「僕の人生は、なんて罪業に満ちていたんだろう・・・・でも、もうそれも終わりさ
僕はこれから、前向きに生きて行く! レッツ・ポジティブシンキング!」
その者は、呆然とする周囲を無視するかのように、同じフレーズを繰り返す
町中で、そんな事が起こっていた。 件数が多すぎて、警察には対応できず
そればかりか、救援を求められた区外の警察は状況を傍観するような動きさえ見せた
その混乱の一助となっているのが、石神千鶴のあの放送であることは疑いなく
状況を確認すると、偵察に出ていたうららと克哉は、パォフウのアジトに引き上げていった
アジトでは、既に他の者達が会議を行い、状況を整理していた
帰ってきた克哉が状況を言うと、うららと共に席に着き、会議に加わる
しばらくの情報交換、及び情報整理の末、南条が立ち上がり、眼鏡を直して言葉を紡ぐ
「つまり、です。 今までの状況は、新世塾が作りだしてきた・・・それに疑いない
今度は此方が先手を取り、出鼻をくじきたいところですが・・・
現在我らが握っている、奴らの情報の内、作戦遂行妨害、組織崩壊につながる様な物はなく
尚かつ敵は、民衆の関心を操作する術に於いて我らの遙か上を行く・・・」
「そして、下手をするとナイトメア達の行動さえ、逆手に取られ兼ねない・・・と言うことですぅ
行動には、今まで以上の慎重さと、速戦即決が求められるです」
上級種へ変化しても、今までと変わらないナナミが、南条の言葉の語尾をしめると
場は沈黙に包まれた。 煙草を灰皿に押しつけたパォフウが、再び場に音をもたらす
「敵の行動は、マニュアルに基づいてるようにかんじられねえか?
何かしらのマニュアルに基づいて、パズルを組み立てている。 そんな感じがするぜ・・・」
「だとすると、敵の出鼻をくじく意味は大きい。
今回で、マニュアルの欠点は嫌と言うほど思い知らされたからな」
応えた克哉の表情は沈鬱だった。 マニュアル化された警察は、今回の連続猟奇殺人に対応できず
右往左往するばかりで、真犯人の竜也に行き着くどころか
石神千鶴の放送でJOKERが増殖してからは、民間人の犠牲者が増えるのを指を銜えて眺めるだけだった
対応する手段が示されていないと、何もできない。 それがマニュアルの最大の欠点である
次に発言したのは、桐島であった。 飲んでいたオレンジジュースを机に起き、口を開く
「今までの新世塾の行動を考慮してみると、町にJOKER使いを溢れさせる事が目的だったと思われます
そして、Kei達の持ち帰ってきた情報によると、今度はそれを回収する事が目的となるのでしょう
問題はその具体的な方法ですわ。 一体新世塾は、何を企んでいるのでしょう」
再び場は沈黙に包まれた。 議論についていけないうららは、心配げに舞耶の方を見た
舞耶は暫く黙って皆の意見を聞いていたが、やがて静かに口を開く
「とにかく、なにかしら敵がアクションを起こしてくると思うわ。 それを待ちましょう」
「天野君、しかしそれでは、また後手に回ってしまうぞ」
「先手を取ろうにも、今は情報が不足しすぎているわ。 こう言うときは、焦った方が負けるものよ
取る手段がない時は、じっとしているのが一番。 ・・・死んだお父さんの受け売りだけどね」
克哉が押し黙り、舞耶が静かに微笑んだ。 確かに現在は、それしか方策がない
ナナミの手がリモコンに伸び、テレビを付けた。 この時間は、朝のニュースが放送される時間であり
マスコミに勢力を浸透させている新世塾は、それを使って情報操作をする可能性が非常に高いからだ
案の定であったろう。 きまじめそうなアナウンサーが、演技がかった口調で、静かに情報を流した
「次のニュースです。 猟奇連続殺人鬼JOKERの恐怖に震える珠阯レ市では
人気アイドルグループMUSEのプロデューサー佐々木銀次氏を始めとする、各界著名人の有志により
<穢れ払い>の講演会と呼ばれる物が開催され始めています。
講演会の趣旨は、穢れた心を払い、各人の心に棲むJOKERを追い払おうという物で
早くも巷では、この講演会に出ることでJOKERにならずにすむという噂が流れ、大好評です・・・」
ナナミが肩をすくめ、首を横に振った。 胡散臭い講演会ではあるが、大衆の特色として
著名人の言う事は何でも、思考停止して受け入れてしまうと言う物がある
しかもこれは、多数の著名人が参加している。 大衆の思考停止ぶりは絶大だろう
また、これ程大規模で、多数の講演会。
有志とやらでこんな簡単に、しかもタイミング良く開催されるわけがない
相次ぐ異常現象で怯えきっている住民は、まともな判断能力を無くしている
おそらく彼らは、先を争って、会場に集まることは疑いない。 良くつぼを心得ていると言うべきか
誰の差し金であるかは、明らかすぎる程であった。 これもずっと前から用意してきた策なのだろう
更に、噂になっていると言うことは、この町ではもう実効を持つはずである。
全く持って、陳腐ながら狡猾な策であった
「へっ、案の定ですぅ。 陳腐な奴ら・・・」
「そして、陳腐というのは、単純且つ効果があるからこそ陳腐であり、憎まれる。
馬鹿馬鹿しい話ですが、住民達は、この怪しげな講演会とやらに殺到するでしょうな・・・」
南条とナナミが憎々しげに舌打ちすると、口調を全く変えずに、テレビの中のアナウンサーは続けた
「今日の会場の一つは、下町として親しまれる平坂区のビル、スマイル平坂です
大変混雑が予想されるため・・・・」
その後流れた、講演会の開催時間をメモすると、皆は協議の末ドアを開けて外に出た
これが恐らく新世塾による、JOKER回収の策なのだろう。 ならば、それの実態を確かめねばなるまい
平坂区は少々遠いが、電車で一時間もかからない。 急がない理由はなかった
代表的な下町である平坂区は、三科栄吉が通う春日山高校が建ち
住民も下町情緒に溢れ、<古き良き時代>を彷彿とさせる、一種独特の雰囲気が空間を満たしている
スマイル平坂は少し古いビルで、内部には様々なテナントが密集し、地下は全体が食料品売場
四階は巨大なホールがあり、住民の集う場所としての機能を備えている
今日は、佐々木銀次がビルを全て借り切っているようだった。 店は例外なく暖簾を下ろし
地下食品売場も、立入禁止と書かれ、シャッターが降りて入れないようになっている
ビルに入った途端、舞耶はまた奇妙な感覚に襲われた。 克哉が振り向き、事情を問うと
頭を振りながら、暗い表情で応える
「ねえ・・・・ここ、テロで爆破されたりしてないよね」
「天野君、平坂区で爆弾テロが起こった事など、歴史上一度もないぞ」
暫く舞耶は考え込んでいたが、すぐに迷いを振り払った様子で歩き出した
混雑が予想されるなどと言われていた割には、周囲に人影はない
この日、此処だけではなく複数地区複数箇所で同様の講演会が行われ
たまたま、この会場には平坂区の住民しか来なかったのである
四階の大ホールは、既に鍵が掛けられ、入ることは不可能だった
どうも、講演時間前に、予約の人間が全員来たらしい。 部外者はお断りのシステムのようだ
ロイヤリティを出すことも、住民の収集に一役買っているのだろう。
ともかく、中を見なくては話にならない。
こういう古ビルには、人が入れるほど大きなダクトがある事が多く
このビルも、例外ではなかった。 女子トイレの天井近くの排気口は、不必要なほど大きく
人が入る事が出来、そしてその奥は講演会場へと通じていたのである
それを確認してきたナナミが、小柄な舞耶とうららを引張り上げ、ビデオカメラを用意し、奥に進んだ
講演会は、丁度三名が奥に到達したとき始まった。 司会者は、広報通り佐々木銀次
彼の後ろには、コードが伸びた得体の知れない機械と像、それに巨大な円柱状の硝子が二つあった
硝子ケースは空であった。 どうやらこれに<穢れ>とやらを貯蔵するのであろう
佐々木銀次が現れ、挨拶をする。 その目は何処か遠くを見ており、表情も空虚であった
客は若い者も混じっているが、どういう訳か静かである。 <穢れ>を祓うために必死なのだろう
高性能のハンディビデオが回り、その一部始終を映像に納める
やがて、傍観するわけには行かない事態が生じた。 佐々木銀次が、偉そうに棒読みを始めたのだ
「皆さん・・・貴方達は、自分の生きてきた意味を、考えたことがありますか?」
「うわ、完全に目イッてるよ・・・」
銀次の顔を見たうららが言い、身震いした。 確かにもはや銀次の目は焦点があっていない
同時に舞耶の表情が、喜びではない感情に強張るのを、隣にいたナナミは感じた
佐々木銀次は蕩々と、この世が汚れていること、石神千鶴の占いはそれを祓うための物
そして、原罪を取り去った後にこそ、輝ける未来があること、等々を喋り
最後に、棒読みの中に陶酔の興奮を混ぜながら言った
「レッツ・ポジティブシンキング! 輝ける新世界は、無原罪の貴方の前にだけ開けている!」
数人の観客達が一斉に立ち上がり、それに唱和した。 やがて周囲の者達も、それに習った
会場から漏れる音は、一つの言葉だけになった。 それは遠くにいる南条にも聞こえてきた
「・・・・何だ? レッツ・ポジティブシンキング? ・・・・Ms天野の専売特許ですな
だが世間の風潮から言って、大衆に受けいられるような言葉では・・・」
南条が怪訝そうに首を傾げ、克哉もパォフウも桐島も等しく首を傾げた。
会場では程なく狂乱が収まり、銀次がまた口を開いた。 それは完全にマニュアル化された行動だった
後ろにある、金箔が張られた得体の知れない像。 それを銀次は聖竜「伏儀」を象った物だと説明し
サクラらしい青年が、言われるまま前に歩み出て、像に触れた
それをみていたナナミの身体に、言い様もない悪寒が走った。 だが、それは充分制御できる程度で
鼻を鳴らすと、何事もないように、彼女はビデオを回す
青年の身体が淡く発光し、機械が鈍い音を立てた
彼は正真正銘金で雇われたサクラだったのだが、もうそれは関係なかった
顔から表情が奪われて行き、張り付いたような笑顔に変わる。 そしてそのまま振り向き、涙を流した
「素晴らしい! 生まれ変わったような気分だ! これが無原罪の自分なのか!」
観客は最初半信半疑だったが、何人かが同様の結果に陥ると、やがて先を争うように列に並んだ
胡散臭いと思う者も多かったが、基本的に大衆は周りが何かをするとそれに習わずにはいられない
先を争って周りの者達が列に並んでいる状態で、自分だけ傍観出来る勇気ある者は一人もいなかった
その過程で、シリンダーの中には黒い液体がたまっていった
黒く蠢くそれには目のような物があり、意志があるように流れている
そう、理学研究所にあった<KEGARE>と、同様の物だった
ダクトを引き返した舞耶の表情は、押し殺した沈鬱な怒りで、何時もと違う物となっていた
先ほどの講演会は、大衆の性格を良く掴み、思い通りにコントロール下に置いているという意味で
見事ではあったが、当然の事ながら舞耶にとっては不快だった
それは、自分の座右の銘を横取りされたという事に対する怒りではない。
大衆をコントロール下に置く為に、しばしば<きれい事>を美しく脚色し、使用する者がいるが
それに自分の座右の銘が、しかも誤った用法で使用されるとは思いもしなかったのだ
大体汚れ払いを受けた者は、強度のマインドコントロールを受けただろう、銀次と全く変わらなかった
これは前向き思考などではない。
そればかりか言葉に対する侮辱ですらある。 怒りがこみ上げるのも当然だったろう
ふと舞耶が顔を上げると、周囲では講演会を止める為に、行動を起こすべきだとの結論が出ていた
とりあえず怒りは脇に置き、舞耶は手を挙げて、笑顔で発言する
「はーい。 それならいい手があるわ。 火災報知器を鳴らせばいいのよ」
「ほう、さえてるじゃねえか。 ついでにダクトに発煙筒でも放り込んでやるか」
「確かに、連中の頭を冷やさせるには、丁度良いでしょうな」
口々にパォフウと南条が同意した。 若干不満そうであったが、程なく克哉も同意する
「問題は、警察とか消防とかが駆けつけてくると面倒だって事ですぅ。
克哉お兄ちゃん、なんか手を打ってくれないですかぁ?」
「分かった。 警報が鳴り始めてから、少しして署に連絡しておこう」
ナナミの言葉に克哉が頷くと、それが合図となり、一同は二手に分かれた。
男性陣は講演会場に乗り込み、直接佐々木銀次を締め上げる役を担当し
女性陣は、トイレで火災報知器を鳴らし、その後男性陣と合流する役を担当。
作業は迅速に行われ、程なく会場には警報音と煙が充満した
2,狂気の帰還
会場は、佐々木銀次一人だった。 客は全て逃げ出したのだ。 これ幸いと逃げた者も少数ながらいた
強度のマインドコントロールを掛けられた銀次は、既に自らの意志を喪失しており
プログラムにない今の状況には対応できず、右往左往するばかりであった
客達の逃走を見計らい、部屋に南条が入ってきた。 パォフウと克哉がそれに続く
それを見て、ようやくプログラム内の事態が起きたことを知り
銀次がむしろ嬉しそうに、南条の方へ歩み寄った。 言葉は棒読みで、視線は彷徨っていたが・・・
「何だ君達は! こんな事をして、恐ろしいことになっても知らないぞ!」
棒読みで相手を恐喝する銀次に、南条は軽蔑を覚え鼻を鳴らし、トランシーバーを使ってナナミを呼ぶ。
行動は迅速正確に行われ、五分もせずに女性陣も合流した
ナナミの視線が、シリンダーに固定された。 中で蠢く黒い物体は、意志があるように流動している
それに習うように、ダクトに持ってきた発煙筒を放り込んだパォフウが
新しい一本を吹かしながら、シリンダーに鋭い視線を鋳込んだ
須藤竜蔵、ひいては新世塾の作戦は、この様子では大成功であろう。
迅速に敵の作戦内容を知ることが出来ただけで、良しとするべきか
ともあれ、そのままあれを敵に渡してやる理由など無い。 パォフウが舞耶と桐島の顔に視線を移すと
二人は微笑み、前に出た。 二人の前に立ちはだかろうとする銀次を、克哉が取り押さえる
「何をする、恐ろしいことになるぞ! 止めろー!」
銀次の咆吼が轟く中、舞耶が二丁の拳銃を操り、シリンダーに弾丸を叩き込んだ。
同時に桐島が、細剣を振るい硝子を斬る。 シリンダーは強化ガラスのようではあったが
ペルソナ能力で強化された桐島の剣技と、強力な弾丸を込めてある舞耶の拳銃の前には無力であった。
悲鳴を上げるように、硝子が割れ砕ける、床に<KEGARE>が飛び散り、流れ広がった
狂気の如き吼え声を上げる銀次を、その時ようやく克哉は離してやった
哀れな男は転がるように、黒い液体にかけより、床に広がったそれを愛おしそうにすくい取ろうとした
ガラスの破片は<伏儀>の像とやらにもかかっており、金箔が一部で剥がれていたが
そんな物に目もくれなかったのは、マインドコントロールの成果であろうか
その時、突序にして部屋を邪悪な気配が蹂躙した。 ナナミが叫ぶ
「舞耶お姉ちゃん、エリーお姉ちゃん! 離れるですぅ!」
危険を察知し、飛び離れた女性二人のほぼ中央の位置で、異変が起こった
<KEGARE>が、自らの意志を持つかのように一カ所に集まり、銀次に絡みついたのである
悲鳴が上がったようだが、外には聞こえなかった。 黒い液体は、呆然とする皆の前で、銀次を包み
そして、口から捻り込むようにして、無理矢理その体に入り込んでいった。
壊れた水道管に水を流す様な音が、拡大して部屋に響く
三十秒ほどで奇怪な事態は収まり、もはや人の肌の色をしていない銀次が
意外にも力強い動作で立ち上がった、その顔は白塗りとなっており、耳まで裂けた唇は紅い
そしてこの、凶悪な、全てを破壊するような、破滅的な気配は・・・
銀次の上に、巨大な、今までとは比較にもならない、強大な殺意の道化師JOKERが具現化し
複数の声を重ね合わせるような、奇怪な声色で、銀次は吼えた
「ヒャハハハハハハハハハハ! だから言っただろう! 恐ろしい事になるって!」
ナナミが自分の肩に手を回し、唇を噛んだ。 数秒して結論を出す、もはや怖くはないと
ワルサーを構え、微笑む彼女の隣で、同じく拳銃を構えた克哉が眼鏡を直す
「成る程・・・KEGAREとはJOKERそのもの・・・そして、JOKERとは、罪が形を為したるペルソナ
毎回強くなって行くわけだ。 恐るべき相手だな」
「しかも今回のは、今までとは桁が違うようだな。 おもしれえ・・・」
「ちょっと、余裕かましてる場合じゃないよ! 来るってば!」
「いや、待て! 様子がおかしい!」
ナナミの前に出て、攻撃に備えた南条が叫ぶ。 第二の異変が起こりつつあった
JOKERが吼えていた。 腹の中央から輝く突起物が生え、黒い液体が噴き出している
その突起物は、よく見ると日本刀であった。 刀は上へ移動し、やがてJOKERは真っ二つになった
「ヒャハ・・・ヒャハハハハハハハハハハ! トーラス! 良くやってくれた・・・助かったぜ
これだけあれば、充分だ・・・・ヒャッハア!」
聞き覚えのある、狂気に満ちた、何とも嫌な声だった。 JOKERは二つに裂け、その中から現れた者は
森本病院にいたときとは違い、奇怪な服装を付け、右手に仮面を持ち、左手に日本刀を持った男
猟奇連続殺人鬼、須藤竜也であった。 身体が半分透けており、ペルソナだと言うことが理解できる
死したはずの狂気の男は、前現れたときは首だけであったが、今は全身を取り戻していた
そして、竜也が現れると同時に、凄まじい邪気が周囲を圧した。
JOKERよりも更に強烈で、禍々しい殺意だった。 竜也は舞耶に視線を向け、日本刀を向ける
「いったろ・・・魔女。 俺は死なねえってよ・・・」
「馬鹿な・・・どうやって!」
克哉の疑問はもっともだった。 余裕のある竜也は楽しそうに応える
「俺の意識は普遍的無意識とやらを、死んだ後も彷徨っていたのさ。 ヒャハ・・・
覚えてるか? JOKERを使いこなせたのが俺だけだったって事をよ・・・他の連中は此奴みたいに
乗っ取られて、自分の意志じゃ動けなかったよなあ・・・ヒャハハハハハハハ!
でも俺は違った。 死んだ後も、俺は意識をしっかり持ち
JOKERの一部として、何時も貴様らと戦ってた
そして今、JOKERと完全に同調したんだよ・・・ヒャハハハハハハハ・・・いい気分だぜ
たくさん<穢れ>を、一片に人間に憑依させてくれてありがとよ。 しかも俺のダチのトーラスになあ!
礼に、てめえら皆殺しにしてやる! 丸焼きにしてやるぜ、ヒャッハア!」
「独立暴走型ペルソナ・・・」
南条と桐島が同時に呟き、刀を構え直す。
かって戦った強力無比な敵が、丁度今の竜也と同じ
主人から独立した、自立的な意志で行動する暴走型のペルソナだった
恐るべき事に、その敵の戦闘能力は、神取さえ凌いだ。 到底手を抜ける相手ではない
南条がナナミに視線をやると、彼女は頷き、魔力を全解放して総力戦に備えていた
もしペルソナ須藤竜也の戦闘能力が<あの敵>並だとすると、退却も考えなければならないだろう
「いくぜ、魔女ぉ! ヒャハハハハハハハハハハハハ!」
狂気の召喚師が咆吼し、同時に周囲に無数の悪魔が出現した。 部屋に戦いの渦が吹き荒れた
現れた悪魔はショゴスだった。 不定形型の悪魔であり、前に南条は対戦したことがあった
今度のショゴスは鳩美有作が召喚した者と比べるとかなり小ぶりであるが、しかし代わりに数が多い
恐らく二十体近いだろう。 それが一斉に身体の一部を突起状に伸ばし、周囲に向け
一呼吸置いて、強酸が周囲中にバラ開かれた。 椅子やカーテンが、盛大に煙を上げる
ペルソナで防御しなければ、全員骨まで溶けていただろう。 だが何とか全員が耐え抜いた
一斉攻撃を耐え抜くと、今度は皆が反撃に転じる。 新しいペルソナ達が、皆の上に勇姿を現す
火炎が、雷が、そして冷気の息吹がショゴス達に叩き付けられる。 その間南条とナナミは移動し
悲鳴を上げ、ショゴス達が次々と倒れた。 だが、竜也の表情は余裕に満ちていた
ショゴスの数は一瞬で半減したが、彼らの主人が刀を振ると、空間に穴が開き、更に増援が現れる
数は十体以上。 消耗した様子もなく、竜也は平然としていた
「おらおら、どうしたよ! そんな事じゃあ、俺に攻撃を当てる暇もなく疲れきっちま・・・」
「行け、バール! アクエス!」
強烈な圧力の水が竜也に叩き付けられ、言葉が中断した。 死角に潜り込んでいた南条の攻撃だった
更に天井近くに浮き上がっていたナナミが、呪文詠唱を完成させ、攻撃呪文を解き放つ
「必殺、ジオダイン!」
叫ぶと同時に、今までの数倍の威力を持つ雷が放たれ、水に濡れたショゴスと竜也を纏めて薙ぎ払う
閃光が部屋を漂白し、轟音がショゴス達の悲鳴をかき消した。 うららが口笛を吹く
「ひゅう、すっごいじゃん! あんなの撃って、未だ余裕があるみたいだよ!」
「いや、喜ぶのは早え! 南条! さがれ!」
南条はパォフウの言葉を聞くまでもなく、強烈な殺気を感じ取り、後ろに飛んでいたが、遅かった
もっとも、分かっていても対応は不可能だったろう。 煙の中から、闇の衝撃波が部屋中に吹き荒れた
「ヒャッハア! 燃えろ燃えろお! 暗黒狂焔乱舞・激!」
竜也の振るった刀による一撃であった。 かなり接近していた南条は壁に叩き付けられ吐血し
殆ど同時に、ナナミも側の壁に叩き付けられた。
物理攻撃に前ほど脆弱ではないが、大ダメージは避けられなかった、煙の中から竜也が現れる
向こうにいた舞耶達も、かなりのダメージを受けていた。 周囲を見回し、須藤が笑う
「どうしたよ、てめえらの力はそんなものかぁ?
ほら、早く立てぇ! ヒャッハア!」
剣を振るって竜也が笑う、またしても十体以上のショゴスが現れ、召喚者の周囲に集まった
当然ダメージは受けたようだが、致命傷にはほど遠い。 文字通り桁違いの力であった
舞耶と南条が回復魔法を唱える。 メディラマの回復能力は強力だが、少しばかり時間がかかる
ペルソナが火炎に耐性を持つ故、今の攻撃でダメージの少なかった克哉とパォフウが前に出
息を合わせて、一気に攻撃を叩き付けた、更に時間差を付け、桐島のビャッコが冷気をまき散らす
その間も竜也はショゴスを召喚していた。 その力は無尽蔵にも思えた
次々と呼ばれる悪魔は、前に南条が戦った者より遙かに弱いが、こう数が多いと質が悪い
しかも召喚師自身がああ強いと、戦力消耗が致死につながる。
舞耶達は良く戦っているが、このままではまずい。
召喚されるショゴスは必死の攻撃にも関わらず全く減らない。
竜也が消耗しきる前に、此方が消耗しきるのは目に見えている
残る手段は一つだけしかない、発生源を叩く事だけだ。
ようやく回復した南条が立ち上がり、傍らのナナミに語りかける
「ナイトメア、ジオダインは後何発打てる?」
「さっき撃ったような、威力最大収束型なら二発、威力を弱めた奴なら八発って所ですぅ」
「うむ、それなら充分だ。」
ナナミの返事に満足げに頷き、南条は近寄ってきたショゴスを切り伏せた
それでほぼ現在いる悪魔は倒された。 残るは竜也の側にいる数匹である
一気に攻撃しようと皆が身構えたが、竜也もそれは同じだった、雑魚の数が減ったのには理由があった
そう、既に狂気の男は呪文詠唱を終えていたのだ。 刀に強烈な魔力の炎がまとわりつき、叫ぶ
「ヒャッハア! 燃えろ、燃え尽きろォ! マハラギダイン!」
会場を、炎の渦が舐め尽くした。 生き残っていたショゴスも巻き込まれ、苦悶の声を挙げ蒸発した
最高位の火炎魔法の破壊力は絶大であった。 威力収束型でなければ、周囲数百mが火の海だったろう
「ヒャハハハハ・・・何匹生き残った? 出てこいよ・・・・」
自分の宿主である佐々木銀次を歩かせ、竜也は周囲を見回した。
程なく彼は壁に叩き付けられて動けない舞耶を見つけ、含み笑いをした。
刀を振って、猟奇的な笑みを浮かべる。
「電波の生け贄を、どういう風に殺してたか教えてやるよ・・・
まず手足の腱を切って、喉も切って、動けないようにしてから腹かっさばくんだ
ヒャハ・・・てめえも同じようにしてやる・・・生きたまま解剖してやるぜぇ!」
「・・・今の言葉、あの子の前でもいえる?」
舞耶が目を開けた。 意識があったのだ、竜也は返答を聞いて目に見えて動揺した
勿論、その機を逃がさなかった。 宿主である銀次に向け、至近距離から弾丸と無数の針を叩き込む
九十九針と呼ばれる技で、威力は小さいが、至近距離からなら充分な破壊力を持つ
銀次が吹っ飛んだ、その両側から、南条と桐島が冷気の息吹を叩き付けた
もともと灼熱の属性を持つ竜也である、今のダメージは大きかった。 南条とパォフウが叫ぶ
「ナイトメア、今だ!」
「芹沢、ぶっ放せ!」
言葉に応え、ナナミとうららが魔力を全開にし、魔法を解放した
「これで終わりですぅ! 威力最大収束型、ジオダイン!」
「やっちゃいな、シフ! 破戒の稲妻!」
二つの雷撃は中途で混じり合い、増幅しあい、意志があるように敵へと襲いかかる
弱体化した防御結界を、強烈な電撃が舐め尽くした。 竜也が絶叫した
「て・・・てめえら・・・どうやって防いだ」
もはや失神し掛けている銀次の頭上で、竜也が無念そうな声を挙げた。 南条が眼鏡を直し微笑む
あの一瞬、克哉が桐島を、パォフウがうららを、そしてナナミが南条を
防御結界を全開にしてガードしたのだ。 克哉とパォフウのペルソナは炎に強く
ナナミの防御結界は、殆どの属性攻撃を中和する。 無論結界の強度以上の攻撃には耐えられないが
それでも、今の攻撃は防ぎきることが出来た。 かろうじてではあったが・・・
最初克哉は、無意識的に舞耶をガードしようとしたのだが
舞耶は微笑んで克哉をうららの方へ突き飛ばした、耐え抜く自信もあったし、結果は勝利につながった
「へっ、まあいい。 未だ負けたわけじゃねえ。 俺は負けちゃいねえ!
何時俺に襲われるか、びくびくしながらすごすんだなあ! ヒャハハハハハハハハハハハ!」
狂気の笑いを残しながら、ペルソナ須藤竜也は消えていった。 後には、意識を失った銀次が残った
3,渇望
克哉は署に悪戯であるという報告をしなかった。 会場が丸焼けになったのは事実であり
また、会場で何かしらのトラブルが起こったとの噂が流れれば、新世塾にとって確実にマイナスとなる
救急車と消防車が駆けつけてくるのを横目で見ながら、一行はスマイル平坂を後にした
担いできた佐々木銀次をベルベットルームに放り込み、何とか通常の状態に戻しはしたものの
強度のマインドコントロールを掛けられていた銀次が、有益なことを喋れるはずもなく
意味不明の供述を繰り返すばかりで、結局諦めて解放せざるを得なかった
佐々木銀次を送り出した後、克哉は頭を振り、提案した。
新世塾の情報を、新世塾の息がかからぬマスコミに流し、警告するべきだと
それは正論であったが、南条も、ナナミもいい顔をしなかった
「・・・危険すぎるです。 この状況下で、誰もがそう考えるのは明白
だったら、これは敵の策である可能性が高い。 違いますかぁ?」
「しかし、だったら手をこまねいて見ているというのか? 何か他に代案は?
こうしている今も、奴らは<KEGARE>を回収している! そして回収された人間の様を見ただろう!
これ以上、犠牲者を出さないためにも、情報を公開するしかない!」
「へっ、短絡思考の甘ちゃん刑事が。
もうある程度の犠牲は避けられない以上、最小限の犠牲で策を練るしかないのは分かり切ってるです!
ある程度の犠牲を覚悟しなければ、結局犠牲は増えるだけ・・・戦争の鉄則ですぅ!
此処はもっと情報を入手するか、敵の動向を見て・・・」
克哉の言葉も、ナナミの言葉も正論であった。 ただそれは相容れない理論であり、共に正しくもある
具体的には政治的思考で物を見るか、一人の視点で物を見るかの差であるが
どうしても自身の倫理観念から譲歩できない克哉は激し、叫んでいた
「それでは、遅いというのだ! 少数だからと言って、犠牲者の増加を傍観するなど僕には出来ない!
やはり君は、血も涙もないんだな!」
「こういう状況での拙速は死を招くだけです! んな事もわからんか、このブラコンがぁ!」
「ちょっと二人とも、止めなってば! こんな所で喧嘩したら、竜蔵の爺さんが喜ぶだけだって!」
険悪な二人の間に、うららが割って入った。 其処で初めて、今まで黙っていた舞耶が発言した
「・・・南条君、情報を公開しましょう。 悔しいけど、それしか方法がないわ
ナイトメアちゃんの言うとおり、多分これは罠だと思う。 でも・・・方法は他にないもの」
「・・・戦略的敗北ですな。 分かりました、新世塾の情報を流しましょう
悔しい話ですが、此処に来る前に何かしらの行動を起こしていたら、更に状況は悪化していたでしょう
ナイトメア、桐島、異存はないか? 情報を流すぞ」
「分かりました。 私に異存はありませんわ」
「分かったです。 ・・・ちっ、新世塾・・・この借りは一億倍にして返すですぅ!」
壁に拳を叩き付け、ナナミが叫んだ。 南条は携帯電話を取りだし、松岡に連絡を取った
暫く、周囲には無言があった。 ナナミは怒りを押し殺すと魔力の回復に務め始め
南条は携帯電話から普通の電話に切り替え、松岡と密接に連絡を取りながら、細かい指示を出している。
これには盗聴を防ぐと同時に、電話代を削減する意味があった
克哉はそわそわし、パォフウは煙草を吹かしていた。 皆が落ち着かない、そんな折りであった
今までずっと沈黙していた克哉の携帯電話が、突然に振動した
皆の視線が集まる中、克哉が電話に出ると、其処に出た男はスニークであった
彼は、舞耶達が南条との合流を果たすきっかけとなった存在である
だがパォフウは彼を疑い、南条の別荘が襲撃された原因だと断定していた
克哉もそれと意見を同じくし、だが若干は信じていた為、開口一番に聞いた
「別荘が襲撃された。 お前の仕業か?」
「違う! ・・・信じて欲しいと言っても無理だろうな。 分かった、次は姿を見せよう
場所は前と同じ公園の、野外音楽場。 私は其処で、一時間後に待っている」
スニークは何処か悲しそうにそう答え、電話を切った。 克哉が歩き出す
前にあったとき、スニークは言った。 下手に動いてもお父さんの二の舞だと
その言葉を聞いた以上、克哉は黙ってはいられなかった
スニークが、十年前に父が冤罪で懲戒免職になった事件の真相を知っているはずだと考え
何としても事件の真相を知りたいが故、動かざるを得なかったのだ
その事件は、彼の家庭を半崩壊させた原因で、弟が心を開かなくなった一因でもあった
故に、この件に関して克哉は譲ることが出来なかったのである
事情を知っていたというのに、パォフウはそれを止めようとしなかった
警察が絡むと、彼は冷酷に克哉に対応する事が多い
止めないのかとうららに聞かれても、知ったことかと宣う、そればかりか冷酷にこう言い放った
「奴が仲間? そんな風に思ったことは一度もねえよ。 ・・・時々じれったくはなるがな・・・」
パォフウの言葉に反応せず歩いていたが、思い出したように振り向くと、克哉は口を開いた
その表情には決意があった、それは命を懸けても事実を知りたいという決意であった
「天野君、行って来る」
克哉の表情は沈鬱で、舞耶は頷くことしかできなかった。 だが少しして、意を決して後を追いかける
桐島がそれに続き、南条も歩き出し、ナナミが肩をすくめて後を追った
それでもパォフウは行こうとしなかった。 とうとう堪忍袋の緒が切れたうららが、彼を締め上げる
「パォ! みそこなうなよっ! 追え! それともここでおねんねしたい?」
その時既に克哉は遠くへ歩き去っていた。 舌打ちすると、パォフウはその後を追った
「甘ちゃんが・・・!」
呟いたのはパォフウだけではなく、ナナミもであった。 南条も克哉に軽い失望を覚えたようだった
現在、港南署でJOKER事件対策の実質指揮を執っているのは、署長の富樫ではなく
島津という、三十台半ばのキャリアである。 本庁から派遣されてきた彼は、管理官と呼ばれている
髪は少なく、額は広く、背は低く、到底美男子とは呼べなかったが
無論能力はそんな事には関係がない。 周囲の無能なキャリアと違い、彼は実際に有能で
剣道や柔道でも段位を持ち、射撃の腕も一流であった
しかも堅実な手腕で幾度も事件を解決し、幾度も表彰を受け、栄達は他のキャリアよりも早い。
表面的には、見かけに関係なく有能な警官といった所であろう。 だが、彼には裏の顔があったのだ
本領と言うべきであろうか、彼には真面目な公務よりも得意な物があった
それは陰謀である。 元々この男にとって、陰謀家は天職だったのかも知れない
故に、彼は須藤竜蔵に早くから見いだされ、高い評価を得ていた
新世塾は警察内にも触手を伸ばしている。 島津はその中でも、警察内での実働部隊を任されており
今までにも、JOKERに対する捜査を朝令暮改な命令で攪乱し、成果を上げていた
自分の携帯電話への通話記録を盗聴して集めさせたのも彼である。 その手腕は卓越しており
新世塾に属していない警官達は、水面下でそんな事が行われていることに全く気付かなかった
島津はマニュアル捜査の弱点を知り尽くしており、それを振り回すことによって警察を攪乱
天道連の行動をやりやすくし、尚かつ小うるさいマスコミなどには尻尾の毛一つ見せなかった
島津は知っていた。 克哉が知ることを望んでやまない、十年前の冤罪事件の真相を
彼同様に、署長の富樫もその情報を知っていた
そして、島津は富樫が裏切り行為を働いていることも知っていた
それは作戦の一翼であった。 今まで富樫は自分でも気付かぬ内に裏切りを監視され、利用されていた
今、富樫は更なる裏切りを働いていたが、もう彼は用済みだった。 島津の下に連絡が入った
警察の対テロ特殊部隊SATのうち、港南区にいた六名に出動命令が下ったのは、そのすぐ後の事である
島津は自分が有能だと信じており、それは事実であった。 だが気付いてはいなかった
自分すらもがもう用済みであり、ペルソナ使いの能力測定のための、生け贄に過ぎないことを
上層部から供給された特殊装備を部下達に渡すと、島津は富樫の後を追った。
克哉が一人で歩き出したのと、ほぼ同時刻であった。
島津は新たな力を持っていた。 神条(神取)とライバル関係にあり、あれほど憎悪していたのに
神条が開発、実用化したその力を、島津はこよなく愛していた
それは想像を絶する程強力で、今の彼の身体には自信が満ち満ちていたが
それがうち砕かれるのに、さほど時間はかからなかった
4,償いの形
克哉は闇の中にいた。 野外音楽場は現在誰もおらず、照明は消えている
可動式ドーム故、天井は開いていて、光は射し込んではいるが、それは中央部に限定される
神経をとぎすまし、克哉は拳銃を構える。 格好良い構えではなかったが、実戦的で隙が無く
今まで蓄えた実戦経験も生かし、油断無く死角を伺い、そして進む
狙撃されにくい場所を割り出し、移動は最低限の距離、最大限の速度で行い
尚かつ攻撃されたときのため、戦闘に有利な場所を移動する
時間を掛けながらも、、彼は中央部へと辿り着いた。
人影を確認した克哉は素早く拳銃を向け、そして降ろした
其処にいたのは、無能で温厚なだけが取り柄と蔑まれる彼の上司、富樫であったのだ
丁度克哉の父と同期の警官で、仲も良く、コンビを組んでいた時代も長かったそうであり
現在も、何かと克哉には良くしてくれ、決して不快ではない人物だった
「富樫・・・署長!? 貴方がスニークか!」
「周防巡査長、此処には今私達しかいない。 ・・・全て話そう、彼らの目的を、そして企みを」
数秒のためらいの後、克哉は拳銃をしまった。 ナナミが見たら甘ちゃんだと言っただろう
スニーク、つまり富樫署長の口から語られた事実は、恐るべき以上に驚くべき物だった
新世塾の最終目的は、噂によって「トリフネ」と呼ばれる古代の宇宙船を町の地下に出現させ
尚かつ望龍術(ワンロン占いの元となった古代の呪術)を利し、ポールシフト(極点移動)を起こさせ
地球規模の天変地異で人類を抹殺し、自分達だけトリフネで退避。
後は人類の滅亡を、トリフネから高みの見物をするつもりだという
トリフネは珠阯レ市を丸ごと浮き上がらせるほどの巨大な物で、後はトリフネに残った人類を
<理想的に>管理統制するつもりだというのだ。
あまりにも荒唐無稽であった。 それ故に、克哉は一瞬冗談かと思ったが
考えてみれば噂は現実となり、此処で富樫が嘘をつく理由は存在しない
だが、何故人類を抹殺せねばならないのか。 克哉が問いただすと、富樫は項垂れた
「彼らは、この世が原罪に満ちた汚れた物だと考えている。 そこで、無原罪の新しい世界を作り
全てを精算するつもりだと・・・・いう話だ」
「馬鹿な! 神にでもなったつもりですか! 確かに人間は罪を犯す! しかし償えるはずでしょう!
それは我ら公僕が、一番分かっているはずだ!
それに・・・原罪を浄化した人間とは、あの汚れ払いを受けた者達のことですか?
馬鹿げている! ナンセンスだ! 歴史の逆行どころか、一元思想の強制的洗脳ではないですか!
中世ヨーロッパより酷い! ファシズムにも劣る! あれのどこが原罪無き人間ですか!」
「君のいうとおりだ。 だが彼らは自分の考えを正義と信じている。 これは歴とした事実なのだよ
しかも、もう計画は最終段階に近いと聞く。 彼らの狂気じみた計画は、実現しようとしているのだ!
・・・新世塾幹部は<御前>と呼ばれる即身仏を崇拝している。
新世塾幹部は、十数年前まではただの地方名士に過ぎなかった。 だが十数年前の本丸公園の発掘で
城跡から<御前>を発見してからは、出世の街道を駆け上がり、国家に巨大な根を下ろした・・・
彼らはそれらを全て、<御前>の御言葉に従った結果だと言っている。
そして、今回の計画は、須藤竜蔵が世界の浄化を願い、<御前>に願い、指示を仰いだ結果だと・・・」
「こまりますなあ、署長」
第三者の声が、ステージの上からした。 顔を強張らせて富樫が振り向き、克哉が声の主を睨み付ける
嫌みったらしく眼鏡をなおし、その男は含み笑いをした。 克哉が吼える
「貴様・・・島津!」
克哉に合流せんと、南条達も公園内部を急いでいた。 どういう訳か公園には悪魔がみちみちており
しかも、敵を蹴散らしながら進む彼らの前に、さらなる相手が姿を現したのである。 SATだった
悪魔の集団を蹴散らし、指呼の間に野外音楽場を捕らえた舞耶の足下に、ライフル弾が炸裂した
「狙撃だ! 伏せろ!」
パォフウが叫び、皆はめいめい近くの茂みに姿を隠した。 銃撃は止み、敵の動く気配がする
大木の影から向こうを伺い、パォフウが舌打ちした。 同じ位置に、舞耶とうららも逃げ込んでいた
「ちっ、やっぱり罠か!」
「いや、周到な罠だったら、ナイトメア達と克哉お兄ちゃんが合流したところで攻撃するはずです!
こんな戦いにくいトコロで攻撃してきたって言うことは・・・多分これは遭遇戦!
ならば、向こうにも、克哉お兄ちゃんにも援護が必要ですぅ!」
近くの木の陰に逃げ込んでいたナナミがそれに応えた。 同じ位置には南条が身を隠している
それと同時に、向こう側の茂みから、無数の火線が襲いかかってきた。
的確な攻撃で、木の幹に穴が開いた。 攻撃精度が、冗談ではすまされないほど高い
敵は高性能のライフルを使用している様だった。 攻撃のタイミングから、最低でも六人いると見える
南条が茂みから顔を出すと、すぐに攻撃が飛んできた。 しかも攻撃してきた位置がさっきと違う
敵は巧妙で、かなりの手練れだった。 ナナミが舌打ちし、懐から何かを取りだした
傍らの舞耶が目を見張る、それはどう見ても手榴弾だったからだ。 ピンを銜えて口で引き抜き
そして敵がいたと思われる最終地点から、敵が身を隠していると彼女が予測した地点に投げ込む
一瞬置いて、乾いた音と共に小さな煙が上がり、敵の一人の物らしい声が挙がった
手榴弾は玩具であったのだが、効果は充分だった。 南条がすかさず同じ位置に、攻撃魔法を叩き込む
悲鳴が上がったが、気配から察するに敵は耐え抜いた様である。 驚愕を押し殺し、南条が口を開く
「Ms舞耶! Mrパォフウを連れてMr周防を助けに行って貰えますか?
援護します! さあ、早く!」
一瞬迷ったが、南条の表情を見て舞耶は決断し、頷いた
それを確認して、間をおかずにナナミが飛び出し、ワルサーを乱射する。
反撃がすぐに襲い来るが、ナナミは素早く移動して火線を巧妙に避けた。 同時に南条が飛び出し
一瞬遅れて桐島が意外な位置から飛び出し、ペルソナ・ビャッコが氷の息吹をまき散らした。
舞耶とパォフウが、頷いて走る。 火線と攻撃魔法が乱交錯し、後方では爆発が起こった
今度はSATの放った手榴弾で、しかも正真正銘本物である。 しかし背後を見る余裕はない
野外音楽堂に舞耶が駆け込むと、克哉をステージの上から見下ろす島津の姿があった
外での戦闘音は、克哉の耳には入らなかった。
島津は頭を巡らせると、鼻を鳴らし、ステージの中央に進み出る。 そして肩をすくめ、言い放つ
二度目の裏切りは、困った物だと。
「二度目・・だと?」
「そうそう。 全てを話すとか言ってらっしゃったな、署長。 ならば教えてやったらどうです?
其処にいる周防巡査部長の父親を売ったのは、自分だと言うことをね」
絶句した克哉と、全身に冷や汗をかく署長を楽しげに見比べ、島津は更に続ける
「周防巡査部長、君の父は優秀な刑事だったそうだよ。
十年前、猟奇殺人鬼須藤竜也を確保寸前まで追いつめたそうだ。 だがそれが不幸につながった・・・
息子の確保が自身の破滅につながると考えた竜蔵様が、収賄罪をでっちあげ
しかも其処にいる富樫がそれを真実だと証言した。 友に裏切られたんだよ」
「馬鹿な! その証拠は何処にある!」
叫んだ克哉に対し、あくまで島津は冷静だった。 凄まじい侮蔑を視線に込めながら、言葉を続ける
「そこにいる低能が、なんで署長まで出世できたと思う? キャリアでもないのにね
そいつは、地位ほしさに友を売った裏切り者だよ。 くっくっく・・・」
「待て! ・・・管理官の言うことは真実だ! だが私の言ったことも・・・本当だ。」
思考停止している克哉に言うと、富樫は振り向いた。 手を広げ、島津に応える
「もう茶番劇はおしまいだ! 情報はしかるべき筋に、竜蔵の息がかからぬ所に流した!
しかも、落ちぶれたりとはいえ天下の南条コンツェルンの力で世間に流した! もう終わったんだ!」
「めでたい低能だな。 それこそが我らの目的だと、未だ気付かないのか?」
克哉の頭の中に雷光が走った。 分かったのだ
敵の目的は、狂気の目標を噂に、つまり現実にすること。 それには巨大な説得力が必要である
あまりにも突拍子のない話は噂にも成らない。 だが、この異常事態が連続して起こっている状況下で
しかも巨大なネットワークを持つ組織により、流された情報ならどうか
富樫もおそらく、松岡の所に情報を持ち込んだのだろう。 となると、狂気の目的も同時に流される
警察が動いたときには全ては終わっている。 克哉の目に、拳銃を引き抜く島津の姿が映った
「ゴミは早めに処分するに限る。 無原罪の世界をつくる礎になるのだから、幸運なゴミだ
貴様も今まで良く動いて、我々を宣伝してくれた。 掌の上で踊っているとも気付かずにね・・・」
克哉の脇で、富樫がゆっくりと崩れ落ちた。 島津の持つ拳銃からは、煙が既に上がっていた
正確無比な射撃であったが、賞賛する者は誰もいないだろう。 歯を噛んだ克哉が、思わず叫ぶ
「貴様、貴様・・・・! 貴様はそれでも公僕かっ!」
「公僕だよ。 しかも理想的なね。 お前も死・・・」
傲岸不遜な島津の言葉が止まった。 彼の頭には、銃口が突きつけられていたのだ
拳銃の先には、舞耶の姿があった。 出るタイミングが遅れて、富樫を死なせてしまった怒りで満ち
表情には妥協がない。 形勢逆転と思われたが、嘲笑った島津の姿が次の瞬間かき消えた
「上だ、天野、周防っ!」
パォフウの声が飛ぶと同時に、舞耶は横に飛んだ、無数の弾丸が今まで彼女がいた地点を抉る
驚くべき事に、島津は宙に浮いていた。
そしてその身から発せられる気配は、間違いない、ペルソナ使いの物だった
「ほほう、よけたのかね。 じゃあ、此方も本気を出すとしよう。 来い、ウェイトリー!」
島津の上に、虚ろな表情の男が出現した。 同時にその姿が再びかき消え、克哉は後ろに殺気を感じた
「世直しだよ! 食らえ、地獄の業火!」
灼熱の炎が、会場を覆った。 火柱が吹き上がり、無数の椅子がひしゃげて焼け落ちる
島津は笑い、何人生き残ったかと頭を巡らせた。 だが一瞬後、その襟首が捕まれ頬に拳が飛んできた
吹っ飛んだ島津は、焼け落ちた椅子に叩き付けられ、うめき声を漏らす
驚くべき事に全員今の攻撃に耐え抜き、立ち上がっており
島津を殴り飛ばした克哉は、拳銃を向け、容赦なく撃つ。 正確無比な攻撃であった
慌ててよけながら、島津は動揺を隠せなかった。 頬に激痛が走る
的確な射撃で反撃するが、明らかな焦りが顔に浮かんでいる。
あれほどの火力を耐え抜く者がいるとは、信じられない話だった。 彼の予想を遙かに超えていた
エリートの弱点は、自分の予想がつかない事が起こると動揺し、尚かつそれが致命的になることだ
島津も例外ではなかった。 冷静に戦えば勝機はあったかも知れないのに、それを怠った
そもそも、自分の理解を超えたこのペルソナ能力を得た時点で、彼は舞い上がっていた
その上、このあり得ない状況を見せつけられたのだから、思考停止は致仕方なかったのかも知れない
コインが飛んできた、パォフウの放った指弾であった。 それは宙を抉った、又島津が消えたのである
島津は一旦距離を取り、体勢を立て直そうとしていたが、舞耶がその隙を与えなかった
実体化した瞬間、島津は舞耶のはなった銃弾を喰らった。
無論ペルソナで防ぐが、ウェイトリーは物理攻撃に脆弱で、防御結界がたちまちに悲鳴を上げ出す
「馬鹿な! こんな馬鹿な!」
無言のまま、克哉が接近していた。 その上には既にペルソナが浮かび、白刃を閃かせていた
「行きたまえ、マルドゥーク! 一文字切り!」
剛剣が振り下ろされ、一撃の下に島津を切り裂いていた
既に富樫は息絶えていた。 胸の上で手を組み合わせてやり、克哉は敬礼した
一方で、島津は未だ生きていた。 虫の息であったが、うつろな目を向け、克哉に呪詛の言葉を吐いた
「巡査部長・・・君はこの世が汚れているとは・・・思わないかね?」
「汚れているかも知れない。 しかしそれは立て直す事が出来るはずだ」
即座に克哉が答え、舞耶が頷く。 既に外での戦闘を制した南条達が、音楽場に入ってきている
SAT隊員達は、神取の開発した耐魔法特殊防弾服に身を包み
Pー90という強力なライフルを持っていたが、結局は総合力が物を言い
今は全員外で気絶して縛り上げられている。 ナナミの冷酷なまでに正確無比な援護の下
南条とうららが接近戦を行う事を成功させ、全員を叩き伏せたのだ
味方が敗れたことにも気づき、島津は観念したのか、静かに言う
「私は・・・知っての通りキャリアだ。 腐敗は・・・嫌と言うほど知っている
若い頃は、巡査部長、君と同じように熱気に満ちていた時期もあったよ。 だがね・・・
人類は・・・このままではダメだと気付くのに、そう時間はかからなかった・・・ごほごほっ!
腐っているのは世界何処でも、いつの時代でも同じだ。 これ以上の愚行を繰り返させてなるものか
覚えておけ・・・人類は強制でもしなければ、進歩しないのだ。 私は悪くない・・・
無原罪の世界は・・・・理想の王道楽土は・・・そのままでは作れない・・・」
「それが貴様の正義か・・・だがな、貴様は罪もない人々の死に手を貸し
今又それを拡大再生産しようとしている。 このまま、公僕として死なせはしない」
克哉は島津の両手に手錠を掛けた。 血の泡を吐き出し、島津が笑った
「馬鹿馬鹿しい・・・罪もない人などいるものか。 君は子供だな・・・
軽蔑に値するが、同時に羨ましくもある。 妙な気分だよ・・・・・・・・・くっくっく」
島津の言葉は其処でとぎれた。 瞳孔が開いて行く
暫く皆は無言であった。 克哉は項垂れていたが、程なくパォフウの方へ振り向く
「笑わないのか? 罠にはまったのは事実だ」
「死んだ漢の前で笑うと思うか? 俺はそこまで腐っちゃいねえ・・・」
応えると、パォフウは富樫の方に向き、頭を下げた。 暗い沈黙をうち払うように、続ける
「おっさんは、罪を償った。 漢には、敬意を払うべきだ」
無言のまま、皆が富樫に頭を下げた。 最後にもう一度、克哉は富樫に敬礼していた
「ダーリン、困ったです。 松岡のおじさんに連絡を取ったですけど、やっぱり・・・」
「既に流してしまったか。 まんまと敵の罠にはまったな・・・」
帰りながら、状況を確認したナナミと南条が、そんな会話を交わしていた
もう時間がない。 一刻も早く、敵のアジトを見つけだし、新世塾を壊滅させねばならない
松岡は全力で情報収集に当たっているが、それだけでは追いつくまい。 全てはダメかと皆が思った
そんなとき、舞耶が笑顔で発言した
「レッツ、ポジティブシンキング! 大丈夫、未だチャンスはあるわ
一旦、アジトに戻りましょう。 何か情報が入っているかも知れないもの。」
舞耶がパォフウに視線を移す。 意味に気付き、男の目に生気が戻る
彼女は知っていた、パォフウが竜蔵の周囲に盗聴網を張り巡らせ
それを統制し、監視するシステムが、アジトの情報機器だと言うことに。
事情を説明すると、皆の顔に生気が戻る。 半ば駆け足で、アジトへと走る
果たしてアジトでは、新たな情報が入っていた。 追尾がない事を確認したナナミが最後に部屋に入る
全員の精神が集中する中、記録された情報が流れ出す。 ほんの数分前の情報であった
死んでいた。 富樫は島津の掌の上で、島津は須藤竜蔵の掌の上で。
<這い寄る混沌>が笑っている。 それを感じ、笑っていた者が二人いる
一人は神取鷹久。 そしていま一人は、今や地上最強の力を身につけた鳩美由美であった
それは血の喜劇と言うべきだったろうか。 だが殆どの者は真剣だった
喜劇なのは何故であろうか。 それは何故、喜劇なのであろうか
(続く)