番長のある一日

 

平坂区に存在する春日山高校の番長は、三科栄吉という名の二年生である

自称ビジュアル系で重度のナルシストの彼は、髪を青く染め、化粧をして肌を<美白>にし

奇抜で個性的なファッションに身を固めており、自分では格好がよいと思いこんでいる

また、彼は絵の才能があるにもかかわらず、音楽が格好よいからという理由でバンド活動をしており

実際歌はなかなか上手いのだが、子分達は音楽をやったこともないので、苦労をしているようである

だが一方で、彼は古風な倫理観の持ち主でもある。

栄吉は番長と名乗っているだけあり、学校内の風紀や倫理を裏から取り締まり

春日山高校で煙草を吸う者や、他校の生徒を恐喝する者は一人もいない

だが、反発する者も多いのも事実で

その反発者の一人が起こした問題のせいで、栄吉は大事件に巻き込まれ

結果、師と慕う南条圭とナナミと知り合う事となった。 人生万事塞翁が馬とは、この事かも知れない

 

須藤竜蔵が絡む、この町全体を文字通り揺るがした大事件解決の数日後

平坂区を歩いていたナナミは、後ろから響いてくる駆け足に驚き、振り向いた

駆け足の主は、ナナミが自分を見つけたことに気付き、手を振りながら大声をはり上げた

「あーねーさーーーーーーん!」

「ぐわ、栄吉お兄ちゃん!」

ナナミが一歩退く。 三科栄吉は、彼女が苦手な人間の一人であった

南条に紹介された時、この少年はナナミに臆面もなく頭を下げ、こんな事を言ったのだ

「貴方が師匠のパートナーさんですね! 俺の名は三科栄吉、春日山高校のしがない番長っす!

これから貴方の事を、姐さんと呼ばせていただきやす!」

いきなりな言葉にナナミは真っ白になったが、南条は眼鏡をなおし、こういった

「だ、そうだ。 ナイトメア、お前がこの少年に漢のあり方を教えてやってくれ」

それを思いだし、一瞬思考停止したナナミの肩を栄吉が掴み、揺さぶる

自分がブラックアウトしていたことに気付き、ナナミはようやく口を開いた

怖いわけではないのだが、こうやって接近されるとどうしても思考停止してしまうのだ

「な、なんですかあ、いきなり! びっくりしたですぅ!」

「姐さん、今日は俺に漢のあり方を教えてくれるはずっすよ! さあ、早く教えて下さい!」

そういえば、栄吉はそんな事を言っていた。 思い出して、ナナミの背に冷や汗が流れる

彼女がふと気付くと、周囲の人々がひそひそ話をしながら此方をちらちらと伺っていた

中には、あの番長ロリコンに走ったか、とか。 あの子、とうとう壊れたか、とか。

さんざんな風評も混じっていた。 少年がどういう風にいわれようと知った事ではないが

同時に世間の人間如きが自分をどう見ようが知った事ではないが、ダーリンの風評が落ちるのは困る

そう思ったナナミは慌てて、栄吉の手を引っ張った

「とにかく! 場所を移すですぅ!」

 

ナナミが見るところ、栄吉の能力は決して低くない。

確固とした自分を持ち、突出した能力もある。 下に対する思いやりは、下心のない間違いない物で

上に媚びるような態度もない。 きちんと部下を叱り、自分を戒め、上にも抵抗できる人物である

欠点をあげるとすれば、ナルシストで子供っぽくて、見かけを実利に優先する所があるが

それは現在の日本人に共通した特徴であって

特にこの少年が目立っているわけではないだろう。 ・・・ナルシズムだけは常軌を逸しているが。

栄吉には栄吉の良さがある。 しかし、とかくこの年代の少年は、隣の畑を青く感じる様である

ブランコに座ったナナミの前にいる栄吉は、期待に目を輝かせている。 それを裏切るのも酷であろう

今まで栄吉の事は忘れていたのだが、ナナミの目的はこの地区にあるアイスクリーム屋だ

彼女が常連客である店の一つで、外装は貧弱だが、知る人ぞ知る最高ランクの名店である

先代の店主が死んだ後、まだ十代の娘が跡を継いだのだが、この娘の腕は親以上ともいわれていて

常連客は、ほぼ全員が先代からの引継である。 ナナミもAランクの評価を付けていた。

この店を紹介し、見かけよりも中身を大事にしろと言おうかと思ったナナミではあったが

頭を降って考えを追い払う。 そういった根本例よりも、具体例を見せるべきだと思ったのだ

「ふむ。 では、漢の心得を言うですぅ。 ずばりそれは・・・」

「それは?」

「物を、大事にする事!」

栄吉がぽかんと口を開けた上で、烏が一声鳴いた。

 

そのあと、ナナミの行動は実例を見せることに終始された

実例とは、即ち食事と買い物。 首都圏と言っても、未開発地区は多く、農家はたくさんある

だが、そこまでは遠い。 たっぷり徒歩で数時間かけて、二人は郊外まで歩いていった

「あ、姐さん! バイクか自転車使いましょうよ!」

「へっ、いい若いモンがなにいうですかぁ! 農家まわりくらい、ナイトメアは毎週やってるですよぉ!」

平然と微笑むナナミではあるが、確かにこれはイギリスにいた頃よりも確実に重労働ではある。

無論、その前の日本にいたときには、今と同じ事をしていた

栄吉が汗まみれで、ようやく後ろからついてくる。 汗をかくことが嫌いな彼には気の毒なことだった

そんな調子で、農家についた頃には、既に昼過ぎになっていた。

農家の主人はナナミと既に顔見知りで、快く野菜をただで分けてくれた。

此処の農家はナナミがきちんと調べた優良農家で、作る野菜は少ないが、その質は非常に高い

縁側に腰掛け、取れたてのトマトを食べながら、ナナミはいう

「こうやって、常連さんのお店を作っておくと、色々と得をするですぅ。

安さよりも品質、大きな総合店よりも小さな専門店、従業員と仲良くなるよりも経営者と仲良くなる

それが、最終的に得をするコツですぅ」

「な、成る程、そうっすか! メモしよっと。 運動の後のトマトは美味しいすね!」

無言のままナナミはトマトを平らげ、へたを堆肥の方に放った。 これで、へたは肥料となり

野菜を育てる糧となることだろう。 他にも幾つかの野菜をもらい受けると、二人は帰途についた

 

帰りは下り坂が多く、行きより遙かに楽であった。 本当は複数の農家を回る時には電車も使うのだが

今回はローカル線を使うにはコストがかかりすぎるという理由で、歩きで行ったのである

これに関しては、ナナミは南条に全権を一任されている。 勿論南条自身も農家を訪れた事はあるが

それは部下を信頼した上で、自身でも良さを確かめる行為だった。

けじめとして、経営者としては当然の行動である

栄吉が何時も屯している場所は、寂れたクラブであり、廃屋に近い場所で

今日は栄吉の子分達は居なかったが、ナナミとも顔見知りであるガールフレンドの華小路雅はいたし

店の奥には一応の調理器具も揃っていた。 ナナミは腕まくりをすると、器具を確認して、言った

「じゃあ、さっそく漢が食べる料理を作るですぅ!」

「待ってましたぁ! それは何すか?」

「驚くですぅ! 大胆にして繊細、剛胆にして慎重! ご飯の友! その名は・・・・大根の煮付け!

及び、大根の葉の味付け炒め!」

「まあ、とっても単純な料理ですね」

呆然と口を開けた栄吉の横で、無邪気に雅が喜んでいた

 

大根の葉は、一般的には捨てる物だとされているが、実は食べることが出来る

そのままでは食べにくいのだが、ゆでてから炒めると、充分に食に耐える代物になる

元々料理が得意な雅を助手に、ナナミは材料を捌いた。 材料の扱いで、ナナミの右に出る者はいない

一方味付けの勘はあまりないので、レシピを使い、それに基づいて精密に料理して行く

無論栄吉も手伝わされた。 寿司屋の息子なので、料理自体は苦手ではないのだ

しばらくの後、良く味が染み込んだ大根の煮付けと、大根の葉の炒め物が完成した

既に時刻は夕刻に達していた。 ナナミは食を取る前に、こう言った

「全てを大事に、残らず食べる。 これこそが漢の料理です。

あの時のダーリンの行動も、この料理の理念に通じるです! では、いただきますですぅ!」

「はい。 いただきます」

「は、はあ。 いただきます」

皆が一斉に言い、大根の煮付けを食べ始めた。 上品な味付けで、尚かつご飯の友に最適な味であった

この後、ナナミは南条にもこの料理を勧めた。 南条は食べて後、言った

「ふむ、確かに漢の料理だな

残さず全て食べられるところが、実に漢らしい」

                                (続)