最悪の再会

 

序、魅入られ、呼び戻され

 

神取鷹久は、ふと、その二つの気配に気付いた。 二つとも彼と同じペルソナ使いの物であり

尚かつそれは、肉親と、事実上の肉親であった。 一つは実の弟で、一つは血の繋がらない娘・・・

今は、神条という偽名を使っている彼が、サングラスの奥の鋭い相貌を輝かせる

鋭い傷の残る口元が、皮肉な笑みに歪んだ。 いま一人の娘がこの光景を見たら、何というだろうか

警備員の一人が、部屋に駆け込んできた。 余程の事らしく、血相を変えて取り乱している

「神条様! 侵入者です! 裏手のコンクリート壁を、信じがたい事に破って侵入してきました!

ただいま応戦中ですが、たった二名にもかかわらず、圧倒的な強さで手が着けられません!

実弾で攻撃中ですが、それさえ通用しません! 指示をお願いいたします!」

「うろたえるな。 それは陽動だ。 鳩美有作が召喚した悪魔を、適当に差し向けろ

<戦闘型実験体S>の準備をしておけ。 良い性能実験だ」

「はっ! 分かりました!」

警備員は、「戦闘型実験体S」を、二名の侵入者に向けて使うと思いこんだようだが

神取にそのつもりはない。 使う相手は、陽動を行っている二人ではなく、作戦を指揮している者だ

しかも、倒せるとは思っていない。 だが、後に重要な布石となるはずであった

部下の教育はきちんとしているため、愚かな行動を自分勝手に行う事もないだろう

「さて、南条君。 平凡な陽動だが、それで私をだませると本当に思っているのかな?」

僅かにずれたサングラスを直すと、神取は一人哄笑した。 午後九時の事である

 

ほぼ同時刻、港南区のアパートでの事

「・・・姉貴! 姉貴っ!」

鳩美由美が目を覚ますと、自分を揺り動かす弟有作の姿があった

周囲を見回すと、そこは自分の仮住まいであるアパートで、何体かの悪魔も自分を見下ろしている

数秒の記憶混乱、そして思い出す、今度は自分が達哉に敗北したという事を

失策は、相手の覚悟を甘く見た事だった。 達哉は、いきなり自分から接近戦に持ち込み

相打ち覚悟で、最強の攻撃魔法を叩き付けてきたのだ

一瞬の油断が敗北に繋がった。 後は一方的な戦いになり、テュポーンを発動させる暇もなかった

「殺しなさい」

瓦礫の中に埋もれ、遠くなる意識の中で、最後に自分がそう言った事を由美は覚えていた

勿論、達哉も無傷では済まなかった。 精神力をかなり消耗し、肉体的ダメージも小さくはないはずだ

特に、最後に由美が放った一撃は肋骨を数本へし折ったはずで、ダメージは小さいはずがない

しかし、何故自分は生きている? そう思った次の瞬間、由美の中で達哉への憎悪が更に増幅された

見逃された。 絶対に勝てる優位から、達哉は彼女を見逃した・・・

由美が跳ね起き、包帯を右腕からはぎ取った。 全身から凄まじいオーラが立ち上り、悪魔達が怯える

「ああ、駄目や! 起きたらあかん! まだ回復しきってないんや!」

有作が取り乱すが、彼は生活環境から、姉に対して絶対に逆らえない。 おろおろするばかりである

それを見て、由美はようやく落ち着きを取り戻した。 オーラの暴走も静まり、目にも正気が戻る

弟の頼りなさが、彼女を年齢以上に、必要以上にしっかりさせていた原因だったからだ

「・・・春日山高校に行くわよ。 今度は本気で達哉を殺すわ」

そういうと、由美は電話に目を向け、ダイヤルに指を走らせた。

電話の向こうにいたのは石神千鶴であり、達哉の抹殺失敗に憤ったが、すぐにそれも静まった

由美の言葉を聞き、それが有益だと思ったからである

 

1,潜入

 

理学研究所への潜入作戦を行う前。 隣接する下水処理場

及び周囲の地図を最終チェックしていた南条の元に、電話がかかって来た

この番号は、殆ど少数の者にしか教えていない。 故に、かかってくる電話はいずれも重要な物だ

電話に出てみると、病院にいる高田留美子の声がした

彼女は、強烈な不安が沸き立って来た事をいい、涙を流しながら必死に訴える

「その別荘で、何かおこるような気がするの! とっても、とっても怖い事だと思う!

・・・離れた方がいいよ! ナイトメアお姉ちゃんも、南条お兄ちゃんも!」

留美子を慰めて電話を切ると、南条はナイトメアと松岡と桐島を呼び、相談した

ペルソナ使いの勘は常人の物とは違い、強力な霊的能力からもたらされる、一種の嗅覚である

特に留美子のそれは鋭敏で、この能力だけは熟練のペルソナ使いすら凌駕し、南条を幾度も驚かせた。

である以上、今回もそれは無視できないだろう。 確実な情報を無視する行為に等しい

理論的な裏付けもある。 これから数時間、南条、松岡、桐島、ナナミ、舞耶達全員がここを離れる

もし、あり得ないことではあるが

新世塾が南条の居場所を知り、既に監視しているなら、攻撃するのはその時だ

ここにいる情報収集チームは、南条にとって重要な戦力である。 それを失うのは非常に痛い

しかし居場所を簡単に変える事もできない。 頻繁な位置替えは、却って襤褸を出す事になりかねず

結果、居場所を敵に知らせるだけだ、愚行の上塗りになるだけである

少しの思案の末、松岡が常識的な提案をした

「私が、収集したデータを預かりましょう。 部下達にも、機材を纏めておくように指示しておきます

作戦終了と同時に、ここを離れるのがよろしいでしょう」

「ナイトメアも賛成ですぅ。 新世塾の人間がダーリンとエリーお姉ちゃんの写真を持ってたって事は

敵対勢力であるこっちの事は、もう連中に知られてるですう

もし今の居場所まで知られてると、ここは人気が少ないから、少々まずいです」

いつもは対立する事が多い松岡とナナミであるが、こういう時の二人は、息が完全に合う

理由は簡単で、同じ人物を大事に思っているから。 利害が一致するのだ

両者の顔を見回し、南条が頷く。 彼の意見も同じであったが、念のためもう一人にも確認する

「うむ、妥当な考えだろうな。 桐島はどう思う?」

「私も賛成ですわ。 ただ、移動先はどうしますの?」

「それに関しては私が用意します。」

松岡がいい、外に出ていずこかへと連絡を取った。 数時間後、南条はこの決断を後悔する事となる

 

作戦は開始された。 南条達は、目立たないワゴン車に乗り、夜道を二十分ほど走ると

下水処理施設の約百m手前におりた。 周囲は真っ暗闇で、人っ子一人いない

「うっわ、臭そうだね。 ほんとにここはいんの?」

服の裾を摘んで、うららがぼやく。 パォフウも、自慢の一張羅が臭くなるのではと心配顔であった

呑気なのは舞耶で、近くで見る下水処理場に大喜びしている。 唯一、克哉が緊張をみなぎらせていた

五人は手際よく、先に調べて於いた裏口へと回る。

拳銃を持った克哉を先頭に、最後尾を南条が固め、絵に描いたように綺麗なフォーメーションが出来る

裏口の扉は、大きな鉄戸であり、外からは開きそうもなかった。 南条が宙を見上げ、高さを確認し

それを待っていたかのように、警備員を倒す音が響いた

既に侵入していた城戸と園村の仕業に間違いない。 程なく裏口の鍵が開き、大きく扉が開け放たれる

「やっほ! 南条君、待った?」

「園村か。 城戸もいるな。  何故、警備員を倒したのだ? 眠らせれば良かっただろう」

そこにいたのは園村と城戸であり、眼鏡のずれを直すと、南条は当然の疑問を発した。

目を奥にやると、そこには警備員が倒れている。 そこでようやく、南条は理由に気付いた

見るからに普通の警備員ではない。 筋骨粒々で、何らかの特殊訓練を受けているのは明らかだ

園村も、最初は軽く捻って眠らせるつもりだったのだが、相手がそうさせてくれなかったのである

二人は相手に、上司に連絡を取る暇を与えなかった。 訓練された相手であり、手加減は出来なかった

克哉が昏倒している警備員の身体を探ると、特殊警棒とスタンガンが出ていた。 彼は眉をひそめる

「これは・・・警察で開発中の特殊警棒だ。 何故、こんな所にある?」

「新世塾が、警察に手を回している良い証拠でしょう。 さあ、時間はあまりありません

園村、城戸、予定通り頼むぞ」

「ああ、まかせておきな・・・」

城戸が頷く。 警備員の装備からして、予想より遙かに敵は手際よく手を回しているが

この二人なら、その程度の障害など苦もなくはね除けるであろう。 問題はない

南条は皆と奥へ走りながら、作戦の説明を始めた。 それの概要は、大体以下の通りである

 

この処理場は、鳴海区ばかりかこの町の下水を一手に引き受ける大規模な物で

地下は無数の下水道が走り、その一本が理学研究所へ直接通じ、しかも距離は三百mと離れていない

だがそれは直線距離での話である。 途中には、研究所の廃液を処理する部屋がいくつもあり

そこには監視カメラがセットされ、通常は侵入出来ない仕組みになっている

だが、今は違う。 管制室は既に園村と城戸によって占拠されており、しかも交代要員が来る

一時間後までは、敵には異常事態を察する術がない

また、先ほどの様子から、警備は予想以上に厳重だと分かるが

それはあくまで、警備員の能力面での話である

ここまでの様子から察するに、倒れている人員は少なく

時間及び人員面、そしてシステム面での警備は、何時もと大差ない事が分かる。

当然のことだが、予想と違った時に備え、一刻も無駄に出来ないのは、いうまでも無い事であろう

つまり、最悪でも一時間以内に、ここを切り抜けねばならない

下水道を抜けると、そこは理学研究所地下駐車場に達する通路である

ここには多数のトレーラーが常時格納されている事が分かっており

目撃情報の分析から、その車種、大まかな数なども判明している

捕獲されたJOKER使いはこれで搬出する予定である。 今まで拉致された人数から考え、問題はない

下水道を抜けた後は、園村と城戸による、地上部施設への陽動攻撃を行う

これによって敵警備員の目を引きつけ、その隙に中枢へ潜入。 端末から情報を入手し、引き上げる

以上が潜入作戦である。 もしもの時、園村と城戸なら、機転を効かせて逃げ延びるだろう

作戦に問題はなく、誰も文句は言わなかった。 常識的な作戦だが、奇抜な策など練る必要がない

潜入作戦は開始された。 特殊なトランシーバーで、南条達と園村、城戸は常時連絡を取り合い

監視カメラを沈黙させ、下水道を手際よく抜け去り、通路を進んだ。

途中で悪魔が確認されたが、特に手こずるような相手ではなかった故、怪我人も出なかった

戦闘を数回こなしながら、南条は二つの事に気付く。

一つは、今回行動を共にする者達の事である。 彼らの灰汁の強さは並大抵ではなく

高校時代の友人達が、彼らから見ると常識人のように見えてしまう

だがしかし、この灰汁が強い面々が、舞耶を中心に実によくまとまっているのだ。

個々は特に仲がよい訳でもないのに、集団になるとよく連携が取れ

尚かつ、その中心点にいる彼女が全員を良く制御している。 無理にではなく、ごくごく自然に

特にパォフウと克哉は水と油も同然であるのに、舞耶が間に挟まり、二人の仲を取り持っている

いつの間にか、南条もリーダーシップを握られていた

普段はそれぞれが得意分野を担当しているのだが、重要な決定は自然に舞耶に任されてしまうのだ

この情報は、既にナナミから南条にもたらされていたが、実能力は彼女の賞賛以上だった

こういう能力を持つ人間を、南条はもう一人知っている。 三年前に、共に戦った弓月である

もう一つの事は、南条自身に関する事だった

彼は、いつの間にかあてにしていたのだ。 今は此処にいない、パートナーの助力を

戦闘時、彼は何度かパートナーの名を呼びかけた。

幾つかのポイントで、彼は無意識的にパートナーに相談しようとした

口を開くような事はなかったが、死角からの攻撃を期待し攻撃を一瞬遅らせ、彼の右手をむきかける

何時もナナミはそこにいたからだ。 死角をつき、手段を選ばず敵をうち倒し

ちょっとした助言が欲しい時には、いつも彼の右にいたのだ

そればかりか、彼自身の自覚している甘さを補い、だからといってその甘さを理解してくれてもいた

克哉やうららに怪訝な顔をされ、南条は気付く。 そして、適当に誤魔化す

いかん。 南条はそう思った。 仮にも日本一の男を目指す彼が、こんな軟弱な事でどうするのだ

これから彼は、何度も一人で行動せねばならないだろう。 ナナミとてそうだ

確かに、三年前から、ナナミとの仲は長い。

南条はナナミを信頼し、ナナミも南条を信頼している

ナナミは頭が切れる上に、イエスマンではない。 間違いがあれば容赦なく指摘してくるし

南条に何か問題があれば、それを冷静に言い、絶対に譲らなかった

パートナーとして、これ以上の存在はない。 そう言い切って良かっただろう

だからといって、頼られるのは自分であるはずであった。 如何にナナミの力を認めているとはいえ

その助力を受ける事が身に染みついてしまっているとは、何と軟弱な事であろうか

これは甘えだ。 そればかりか、ナナミへの侮辱でさえある。 南条は思い、頭を切り換えた。

下水処理場の七つ目のポイントを抜けた頃、彼は完全にいつもの落ち着きを取り戻していた。

新たなコンビネーションにも慣れ始めていた、彼以外には為し得ない事であったろうが

それは同時に、大事な局面での歪みも招きかねない事だった

 

九つ目のポイントは、理学研究所のすぐ手前であった。 そこで、南条は園村の連絡を受けた

彼女の声は緊迫していて、南条は眉をひそめた。 側ではうららが壁にもたれて休憩し

舞耶が克哉に何か話しかけ、彼がしきりに頷いている。 パォフウだけが南条に話しかけた

「南条、どうした。 あの姉ちゃんが何か知らせてきたのか?」

「・・・見張りが早く来たようです。 当然眠らせたそうですが、少々厄介ですな

此処を封鎖されると面倒です。 一気に抜けるとしましょう」

皆が顔を上げ、頷くと走った。 距離は50mに満たないが、ずいぶんと長く感じられた

手すりのついた通路の下には、得体の知れない黒い物体を含んだ液体が、轟々と音を立てて流れている

彼らは知らない、今まで何体もの死体が、人間の残骸が、流れ去っていった事を

勿論特殊な処理を施され、粉々に分解された末である。

だから誰も知らなかったが、研究所の人間は知っていた、罪悪感を感じている者も多かった

奥にあった扉を開けると、そこは薄暗い駐車場だった。

情報通りの、巨大なトレーラーが広い地下空間に並んでいる

南条が、園村と城戸に三十分後の攻撃開始を頼む。 パォフウが新しい一本に火を付け、言った

「これからが本番だな。 気合い入れていくぜ・・・」

 

2,業

 

園村と城戸が研究所地上部に攻撃を掛ける一時間前、舞耶達が下水道内を駆け回っている頃

研究所のコンクリート壁を無理矢理上り、中に侵入した者がいた

その少年は、奇抜なファッションに身を固めた、春日山高校の番長三科栄吉であった

栄吉は独自の情報筋で、彼に「JOKER呪い」をした杉本弘樹が、鳴海区に搬送されたと聞き

鳴海区で一番怪しい施設である此処に潜り込み、杉本を助けようとしたのだ

無論ペルソナ能力もない彼はあっさり捕らわれ、現在は警備員室で尋問されていた・・・

 

克哉は歩いてきた警備員をみて、思わず声を上げかけた

無理もなかったろう、その肩には、紛れもない銃がかかっていたのである。

それは、テロリスト御用達と言われる、高性能低値段を誇るロシアの名銃AKー47であった

しかも動きには隙が無く、油断無く周囲に目を配り、立ち去っていった

警備員が去った後、克哉が南条に詰め寄った、当然の事であったろう

「どういう事だ、帯銃しているぞ! しかもあれは、AKー47だ!

南条第三警備の制服を着ていたが、君の所では社員にテロリストを採用しているのか!?」

「馬鹿な! それに、南条第三警備はまだうちの会社の中では新鋭で、まだ殆ど机上の存在ですよ

あれは、おそらくうちの制服を着てるだけでしょう。 おそらく、竜蔵の雇ったプロ・・・」

「だろうな。 日本の警備会社に、あんな腕のいい警備員なんていねえよ

おい、天野、トレーラーはどうだ?」

パォフウが振り向くと、舞耶がトレーラーの一台の運転席から出てきて、笑顔で親指を立てた

彼の渡した道具は優秀で、素人の舞耶でもすぐに鍵を外す事が出来たのである

これで、このトレーラーは何時でも動かせる。 次は、捕獲されたJOKER使い達の収容である

警備員が入っていった扉を開けると、無数のドアがある長い通路が開け

ドアの中の一つに「守衛室」と書かれた物があった。 中からは、騒ぎ声が聞こえてくる

「やいやいやい! やっぱりてめえらここで何か悪いことしてやがるな!

杉本を返せ! さらった人たちも返せ!」

「だったらどうした。 力尽くで取り返してみたらどうだ?」

威勢の良さそうな、下町風の啖呵を切る少年の声に対し、冷淡な男の声が対する

男は絶対優位を確信し、少年の挑発に乗ってJOKER使いの搬入と、人体実験を仄めかしてしまったのだ

銃を構える音が響く、そして、第三者の声がそれをかき消した

「承知した。 では、暴力的手段に訴えさせて貰う」

三人の警備員の内、一人には振り向く暇さえなかった。 残りも、少年を人質に取る暇さえなかった

南条の振るった「烏天狗丸」が瞬時に彼らを打ち据え、気絶させていたからである

 

警備員達を縛り上げると、克哉とパォフウが書類をあさり、南条は園村と城戸に連絡を入れた

その傍らで、既に栄吉と顔見知りだった舞耶が、うららに彼を紹介する

栄吉は、舞耶が前々から取材を申し込もうとしていた者の一人で、この間実際に顔も合わせた

不思議な事に、デジャヴの少年ほどではないが、二人は妙に親近感を覚え

結果、取材自体は他愛もないことだったが、それとは別に記憶の底に顔が残っていたのだ

「だって、ほっておけねえっすよ。」

自分にJOKER呪いをした杉本を、何故助けに来たのか。 そう聞かれて、栄吉が返した答がそうだった

うららは未だに、自分がJOKER呪いをしてしまった事を悔やんでいる

舞耶は許してくれた。 そればかりか、JOKER化した彼女を全力で助けてくれた

そこまで考え、ふとうららは気付いた。 舞耶と栄吉が似ていることに

姉弟のように似ているのだ。 確かに舞耶の弟がいたら、こんな感じかも知れない

「研究施設中枢の、大体の位置が分かったぞ。 芹沢君、天野君、三科君。 いくぞ」

うららは克哉の声で我に返った。 皆は頷き、本格的な潜入を始めた

 

研究所の奥への潜入。 場数を踏んだ南条がいたため、それ自体は簡単であった

時々警備員に気付かれもしたが、すぐに眠らせて縛り上げ、決めておいた所定の位置に放置する

潜入開始から二十分後のことだった、その部屋が見つかったのは

そこは厳重に警備され、白衣の研究員が中で何人か働いていた。

南条が舞耶の方に振り向くと、彼女は頷いた。 眼鏡を直して南条が跳びだし、敵を叩き伏せる 

パォフウがそれに続き、驚く警備員数名を叩き伏せる、警報を鳴らす暇さえなかっただろう

研究員達は怯えるばかりで抵抗する素振りを見せなかったが、念のために縛り、改めて部屋を確認する

栄吉が息をのみ、ついでその顔が怒りに歪んだ。 壁に拳が叩き付けられ、憤怒の嗚咽が漏れる

そこは刑務所のように独房が並ぶ、静かな空間だった。 中には、人間の残骸が無数に入れられていた

数は二十人前後だろう。 いずれも人間とは思えない皮膚の色をして、ある者は意味のない声を上げ

ある者は壁にそって延々と歩き続け、そしてある者は・・・

「ぎゃあああああっ! 何、なによこれえええ!」

うららが思わず大声を上げたが、完全防音だった壁に遮られ、音は漏れなかった

そこにいたのは、悪魔だった。 元人間だったらしいが、角が生え、目が三つあり、翼が生えている

だがそれほど凶暴ではないようで、うつろな目を空に向け、何やらぶつぶつと呟いているだけだった

「おいおっさん、どういうことだ、説明して貰おうか」

パォフウが捕まえた研究員を締め上げる、その目は、妥協のない怒りに満ちていた

周囲で縛られて転がっている警備員は半殺しの目にあっており、仲間も助けてくれそうにない

誰も代弁者がいない事を悟った、白衣を着た初老の男は、堰を切ったように話し始めた

「こ、ここで、私は研究をして・・・いや、させられていたんだ! 本当だ、信じてくれ!

非人道的な事をしていたのは分かっている! でも、でも・・・」

「Mrパォフウ、俺が代わります」

そういって前に出たのは、南条だった。 警備員共の血反吐を浴びた烏天狗丸を布で拭い、口を開く

布はきれいにたたんで、ポケットにしまう。 洗濯して後でまた使うのだ

「単刀直入に言おう。 ここで行われていたのは、ペルソナJOKERに関係した何かだな?

前に、ペルソナが暴走した人間を数例見たが、あの哀れな患者はその症例にそっくりだ

違うか? ・・・正直に応えろ、この痴れ者がぁ!」

最後の声は、場数を踏んできた南条らしい、凄みの籠もった物になった

研究員は半狂乱になりながら、南条の言葉を肯定し、言った

「仕方ない、しかたなかったんだ! 妻も娘も居所を捕まれていて、人質に取られていたんだ!」

「何故、警察に通報しようとしなかった!」

「前にした! 若い科学者が、何とか脱走して、警察に駆け込んだ!」

克哉が息をのむその前で、科学者は絶望を吐き出す、涙が堰を切ったようにあふれ出していた

「でも、数日後に、全身傷だらけになって、ボロボロに殴られて帰ってきた・・・

それで、見せしめだって・・・あれに・・・・もう言わせないでくれ! 思い出すのも嫌だ!」

科学者が一瞬視線で指した先にあったのは、丸い円筒形の物体だった、隣には丸みを帯びた箱がある

南条が中を覗くと、そこには刃物が数枚ついていて、稼働する仕組みとなっているようだった

数瞬の沈黙の後、南条の相貌が烈火を帯びた。 下を向いたまま、彼は言う

「・・・これは、大型のミキサーだな。 此方は・・・生ゴミ処理機か」

「何、それ。 どういう意味?」

「これは最近普及しだした生ゴミ処理機で、微生物を利用し

二十四時間もあれば、中身を肥料に変えてしまう代物です。 DNAも残らない・・・

何て事だ・・・逃げ出した研究員をこれで生きたままミンチにして、肥料にして・・・捨てたのか!」

「うげっ! 嘘でしょ!」

口を手で押さえた舞耶、うららが叫び、栄吉が目を見張った

だが、南条の表情が、研究員の表情が、それを嘘でないと告げていた。 研究員は、更に続けた

「彼だけじゃない! <KEGARE>を抽出する実験の過程で、二十人以上が死んだ!

死体は全部あれに入れられて・・・・もう嫌だ! 放って於いてくれ!」

「ここにいる人間が、さらわれた人数に比べて少ないと思っていたら・・・そういうことだったのか。

では、残ったJOKER使いはここにいる彼らだけか?」

「この間実験が成功して・・・・効率よく<KEGARE>を集める方法があるから

もうモルモットはいらないって、神条様が言ってた」

「三科君だったな」

研究員の言葉を聞くと、南条は立ち上がり、栄吉の方に振り返った

「俺達は、これから研究所のデータを奪いに行って来る。 君は、ここにいる患者達を何回かに分けて

トレーラーに連れていって貰いたい。 研究員! 鎮静剤はあるな! 患者に投与しろ!

データ保管庫は、多分この近くにあるはずです。 急ぎましょう」

「ちょっとまてよ! このげす野郎をぶん殴りもしないで行くのか?」

「この男は道具にすぎん。 異常者を罰するのは当然だが、異常者の愛用していた凶器を罰するか?

いずれ適当に罰するにしても、こんな男に怒りを割く必要もない

それよりも急ごう。 時間がないぞ」

栄吉が俯き、南条の言葉は素直に遂行された。

舞耶達自身も、一回目の被害者搬出作業を手伝って後、行動を再開する

上からは、爆発音が響き始めている。 園村と城戸の攻撃開始合図だった

 

3,再会

 

研究所の裏手には、小さな山がある。

雑草が生い茂り、道から外れ、誰も近寄らないそこは、絶好の奇襲ポイントだった

分厚いコンクリート壁を見据え、園村が深呼吸した。 ペルソナ、ジャックフロストが具現化する

「じゃあ始めるよ、城戸君。 行けーっ! ジャックフロストっ! ブリザードブレス!」

極寒の息吹が、帯となって生ける雪だるまの口から吹き出され、コンクリート壁と高圧線を凍結した

続いて炎の妖精ジャックランタンが具現化し、灼熱の息吹を壁に吹き付ける

炎が収まるのを待って、城戸がペルソナ・アンクウを出現させる。 鎌から強烈な打撃が繰り出された

それは劣化したコンクリート壁を粉々に粉砕した。 けたたましいサイレンが響く

警備員が、ここへ集まってきた。 皆銃を持ち、何か喚いている、日本語でない言葉も混じっていた

「おー、きたきた! 二十人くらいかな。 殺しちゃ駄目だよ、城戸君。 ほどほどにね」

「ああ、わかってるぜ。 半殺しにすればいいんだろ」

拳をならす城戸の前に、銃を構えた警備員が並ぶ。 数は園村の言葉通り二十人ほどで

後方には、更にその数倍が控えていることは疑いない。 園村のはなった矢が、一人の肩を貫いた

それが合図だった。 警備員がAK-47を構え、発砲を開始し、城戸がそれを物ともせずに走る

アッパーが一人の顎を捕らえ、下顎骨を砕かれた男が吹き飛ぶ。 百Kgはありそうな巨体がである

驚愕の声が警備員達からあがり、半狂乱になった何人かがAK-47を乱射するが、全く当たらず

そればかりか、たまに当たっても一発や二発では通用せず、城戸にダメージは与えられなかった

更に数人が鉄拳に粉砕され、怯えきった警備員達が更に増員を呼ぶが、全く相手にならない

園村の援護は的確で、城戸の背後に回ろうとする者は次々に矢でうち倒された。

城戸に銃身を振り下ろす者もいたが、そんな程度の物理攻撃など、ペルソナ使いには通用しない

実のところ、冷静に戦えば勝機はあったのだ。 等距離を保ち、集中砲火を浴びせれば

だがそんな冷静な判断をこの状況で出来るはずもなく、草でも刈るように警備員達は倒されていった

「か、神条様! 援軍を、援軍をー!」

隊長らしい男が叫ぶ、もう彼の周囲には誰もおらず、全員血反吐を吐いて地面でのたうっていた

三十人以上の、銃で武装し、訓練された警備員が一蹴されたのである。 恐怖は当然の事であったろう

まさにその時だった、城戸と園村の脅威になりうる強敵が出現したのは

「・・・城戸君、気を付けて! その男の人、悪魔だよ!」

「ああ、わかってる。 ・・・久しぶりに手応えがありそうだ」

ニヒルな笑みを浮かべた、城戸の視線の先には、白いコートを着た男が立っていた

腰には剣をつけ、蝙蝠の模様が入った手袋を付けている。 男は警備員達の分隊長に、静かに言った

「ペルソナ使いの相手は、貴公らでは無理だ。 後はこの私が引き受ける」

男が剣を抜き、構える。 白刃が月光を反射し、圧倒的な迫力が周囲を圧した

「女性を手に掛けるのは本意ではないが、貴公らは共にペルソナ使いとみた

ならば手加減するのは失礼に当たろう。 我が名はクルースニク・・・いざ、参る!」

 

南条の予想通り、データ保管庫は研究室の近くにあった。

警備員達は混乱の極みにあり、容易に侵入できた事は幸いだったが、途中で彼らは妙な物を見た

それは黒い物体だった。 南条も克哉もパォフウも、うららも舞耶もそんな物を見るのは初めてだった

巨大な硝子ケースに収められたそれは、流動性を保ち、そして無数の目のような物があった

そして、ケースの下部にはラベルが貼られ、こう書かれていた。 <KEGARE>と

と言う事は、研究者の言葉から、JOKER使いの誘拐は、これを集めることが目的だと言うことになる

だが、今はそれに構っている暇がない。 それに、資料室にはそのデータがある事だろう

資料室のメインコンピューターを見つけた頃には、侵入開始から一時間以上が経過していた

パォフウが机の上の雑多な資料を押しのけ、持ち込んだノートパソコンを開き、接続する

「待ってな。 五分で宝を引きずり出してやるぜ」

そういうと、パォフウは凄まじい速度で指を動かし始めた。

画面がめまぐるしく切り替わり、さほど厳重ではなかったらしい防護壁が、次々と突破されて行く

この脆さは、コンピューターが外部と接続されておらず、研究所の奥にあるという油断からであろう

言葉通りきっちり五分。 パォフウがデータを引きずり出し、それは白日の下に曝された

大まかに分類すると、データは二つあった。

一つは、二足歩行駆動ロボットに人間の脳神経を利用する方法について、といった内容の論文である

実験は既に成功、二種類十三機が作られ、菅原陸将指揮下にある自衛隊第十五師団

及び、新世塾内での自衛官NO2である中里が指揮する、海上自衛隊の連隊に納品されたとある

共同開発者の名を見て、パォフウが口笛を吹いた。 それは防衛庁だった

自衛隊に納品されたのだから当然かも知れないが、今更ながらに敵の力の大きさが思い知らされる

今一つのデータは、同様に論文で、此方はJOKER使いに関係し、具体的には

人間を無理矢理ペルソナ使いに覚醒させる方法、更に人間からの「KEGARE」の抽出法であった

KEGAREとは、人間から抽出したペルソナJOKERの呼び名である事がそこには書かれ

他にも様々な事が記されており、南条は熱心にメモを取っていた

その中にはデータ集があり、それは自分の携帯電話に掛けた通話記録であった

つまり、新世塾は、最初から誰がJOKER化するか知っていたのである。

効率よくJOKER使いを捕獲できる理由は、此処にあったのだ

しかも最後には、警察の提供情報である事が書かれていた

これらの論文の最後には、同様の著者の名が並んでいた。 南条が眼鏡をなおし、呟く

「神取・・・鷹久・・・・・・・貴様か。 やはり、貴様だったのか・・・」

「とりあえずずらかろうぜ。 目的は達したからな。 研究所側のデータはクラッシュさせとくぞ。」

無言で皆が頷き、最短ルートを通って帰途についた。

 

帰路の途中に、小さなホールがある。 おそらく二足歩行型兵器の実験に使われたのであろう

そこは奇襲に絶好のポイントではあるのだが、ここを外せば大回りして帰らねばならないため

結果、舞耶達はそこを通る事を選んだ。 半ばほどにさしかかった所で、何者かの声が響きわたる

「ふっふっふ、南条君。 またスパイの真似事かね?」

南条の足が止まる。 克哉と舞耶が銃を抜き、うららが構え、パォフウが周囲を見回す

スポットライトがつき、地面を二重三重に照らした。 銃を構えた警備員が、前後から入ってくる

意外に南条は落ち着いていた。 彼は、神取がここでしかけてくる事を予想していたのかも知れない

ライトを背に、現れたのはやはり神取だった。 サングラスを付け、頬と手に傷があるが

この威圧感、染み出すような殺気、間違いない。 微笑みはかってと同様、嘲りと皮肉に満ちていた

しばし、言葉はなかった。

最悪の形で、再会は果たされたのである。 園村や城戸を連れてきていたら何と言った事だろうか

沈黙の後、南条は眼鏡を直し、静かに、肺腑から声を絞り出した

「神取か。 貴様なら、ここで待ち伏せていると思っていた

貴様には聞きたい事が山ほどあるが・・・」

南条の言葉が止まったのには理由がある。 警備員達に、栄吉が引っ立てられてきたからだ

警備員の一人が、勝ち誇った様子で叫ぶ。 銃をおろせ! 武器を捨てろ!

舞耶が最初に従い、拳銃を地面に於いた、皆も次々にそれに習う

パォフウのコンピューターは、取り上げられなかった。 勝利に奢った人間らしいミスだった

神取は部下の無能を心中にて嘲笑し、鼻を鳴らした。 そして、部下の一人からAKー47を受け取る

おそらく皮肉のつもりなのだろう。 南条そっくりの動作で、眼鏡をなおしながら、神取は言う

「君は個人資産を生かして幾つかの会社の采配を取っているそうだね。 資料を見せて貰ったよ

確かに君は有能だ。 かっての私を思わせる・・・くっくっく

だが、君に一つだけ足りない物がある。 マキャベリストとしての決断力だ

あの有能なナイトメア君と松岡君がついていながら、あまりにも情けないな・・・

もしこの状況に置かれた場合、私だったら、この少年の命を物ともせずに戦った事だろう。

それとも、あの無慈悲な悪魔の少女がいないと、冷酷な決断には踏み切れないのかな?

汚れた仕事は部下に押しつけて、自分は白い手を気取るつもりなのかね?」

「・・・・・・。」

最後の言葉に、南条は眉を勢い良く跳ね上げた。

今の神取の言葉は、自分だけではなく、ナナミに対しても強烈な侮辱だったからだ

それにしても、どういうつもりなのだろうか。 「あれ」に、神取が気付かないはずがない

皆もとっくに気付いて、武器に手を掛ける機会を狙っている。 うららだけはまごついていたが・・・

神取は微笑むと、AKー47を栄吉の頭に向けた。 警備員達が、飛び散る脳味噌を期待して笑う

「経営者の先輩として、私が教えてあげよう。 無駄の、邪魔者の、切り捨て方をね・・・」

誰も、彼のために動こうとはしない。 誰も、彼のために死ぬ。 そう思った、栄吉が絶叫した

「みんな、逃げてくれ! 俺なんかの為に・・・駄目だー!」

次の瞬間、「あれ」が、巨大なペルソナの気配が、部屋に乱入した

 

閃光が走った。 AKー47が途中から断ち割られて、銃の前半部が吹っ飛んだ

何人かの警備員が倒れる。 居合い抜きを喰らったのだ、一人などは胴体と首が泣き別れになっていた

栄吉と神取の間に、立ちはだかるように立ったのは、舞耶が探し求める周防達哉

紅い服の何カ所かは裂け、傷を負っているようだったが、目には充分な活力があった

降って沸いたように現れた、<デジャヴの少年>。

彼を知る南条が笑みを浮かべ、舞耶が呆然と呟く。 克哉に至っては、弟の姿に呆然としていた

「達哉・・・・クン?」

「どうしてここに居るんだ、達哉! どうやって此処の事を知った!」

「・・・ここは俺が引き受ける! 早く行け!」

数旬の後、達哉は走り寄ってきた警備員を斬り伏せ、追加する

「捕らわれた人たちは無事だ! 早く行くんだ!」

それが合図となった、舞耶と克哉が拳銃を拾い、パォフウが指弾を撃つ

警備員達が次々にうち倒され、そうでなかった者が発砲する。 銃撃戦が開始された

しばらくは無秩序に火線が交錯していたが、舞耶が率先して対応策を示し、皆がそれに従う

即ち、うららと南条が後衛となり、逃げてきた栄吉をガードしながら後退し、克哉がそれを援護する

克哉が拳銃を撃つ度、的確な攻撃で警備員が次々と倒れ、敵から怒声が上がった

ついでパォフウが指弾を放つ、ペルソナで強化された彼の放つ指弾は銃弾並の破壊力を示し

警備員が次々とうち倒され、床を朱に染めていった

達哉はこう言っていた。 捕らわれた人たちは無事だ、と

と言うことは、捕まったのは栄吉だけだったのだろう。 ならばもう、躊躇する理由はない

もう逃走経路は頭に叩き込んである。 舞耶を先頭に、全員走る

その途中で何とも嫌な気配が敵追跡部隊に加わった、凄まじい憎悪が、暴風のように吹き付けてくる

 

全員の逃走を見届けると、達哉は改めて「七星剣」を構え直した。 周囲には数人の警備員が

物言わぬ躯と化して転がり、鮮血が飛び散っている。

服が紅くなければ、達哉の服も目立つ赤に染まっていただろう

床、人、共に紅い中、一人だけ黒いのは神取だった。 暗い沈黙の中、余裕の笑みさえ浮かべている

達哉は、彼が<はい寄る混沌>に魅入られた者だと気付き、言った

「奴に伝えろ! 貴様の思うようにはさせない! 舞耶姉は・・・・俺が守る!」

「ふっ・・・特異点の少年。 覚えておくがいい。 世の中は、単純には出来ては居ないと言う事をな

はい寄る混沌に、協力したくてしている者、操られているだけの者

そればかりではないと言う事を、その紅い服の奥にある、魂に刻んでおくがいい」

「奴を利用して居るつもりなのか? 馬鹿な! 奴はそれほど甘い相手じゃあない!」

「くっくっく、私の事ではないさ。 さて、と・・・

丁度退屈していた所だ。 見せて貰おうか、あの鳩美由美さえ退けた、君の実力を・・・」

神取が笑うと、強烈なオーラと共に、異形のペルソナが具現化した

かって彼はこのペルソナに乗っ取られ、悪魔化したのだが、どうやら今は使いこなせるらしい

千の仮面を持つ<はい寄る混沌>、その化身が一つ。 神々しくもおぞましい、異形の神・・・

「少年、この私を失望させるな! 刹那五月雨撃!」

高速で魔力弾が吹き上がり、雨のように周囲に降り注いだ。

 

4,漢のあり方

 

走りながら、南条は違和感を感じていた

追撃がお粗末すぎるのだ。 平行追撃を行うでもなく、待ち伏せしているわけでもない

神取がここの総責任者なら、こうも無様な醜態を曝すとは思えない、何か裏がある

そう考えた瞬間、彼の前に駐車場の広大な空間が開けた。 克哉がトレーラーの後ろを確認し、叫ぶ

「みんな大丈夫だ! 早く逃げよう!」

その声が、銃声にかき消される。 克哉が慌ててトレーラーを閉め、振り返る

警備員二名が、AK-47を乱射しながら追いついてきたのだ

そして、その後ろからはさっき感じた殺意の正体が、足音を響かせながら現れた。

パォフウが運転席から飛び降り、口を開き、そのまま呻く

彼は車が動くことを告げようとしたのだが、それを見て声を失ってしまったのである

怪物だった。 悪魔化した哀れな犠牲者が居たが、それを更に数倍も醜くし、巨大にした

そんな感じの怪物であり、だが輪郭から、<人間であった>事が分かるのだった

首には、悪趣味なアクセサリーが掛かっていた。 怪物は舞耶達を見回し、一人に目を留め、吼えた

「グォアアアアアアア! えええええぃぎぢぃぃぃぃいいいいいいいい!」

「す・・・杉本!? 杉本なのか!」

南条が振り向く、どうやらこれが、栄吉が助けようとした<杉本>のなれの果てのようだ

丸太の様な首に掛かった、半ば千切れた悪趣味なアクセサリー。 杉本が愛用していた物に間違いない

「ごロシデヤルゥウウウウウウウウウウ! エイギヂイイイイイイイイ!」

「・・・じっとしてな、すぐに楽にしてやる」

見かねたパォフウが前に出るが、栄吉が必死になって手を広げ、その前に立ちはだかった

「止めてくれ、止めてくれ! 彼奴はどうしようもねえ馬鹿だが、人間なんだ!」

「人間だった、だろ。 はーはっははははは!」

警備員が笑い、栄吉を狙ってAKー47を撃つ。 だが、一発も命中することはなかった

舞耶がペルソナでガードして銃弾をくい止め、うららが一気に間を詰めて拳を見舞ったからである

打ちのめされて倒れる警備員、南条が刀を抜き放ち、構える

「サポートを頼みます」

「止めろーっ!」

栄吉の悲痛な叫びが、南条の背を打つ

それには構わないように、南条が、二歩、三歩、足を進めて行く

<杉本>が咆吼し、冷気の息吹をまき散らした、南条が一気に間を詰め、ペルソナを発動させた

 

城戸の拳が空をなぐ、クルースニクは俊敏で、しかも戦い慣れしているようで攻撃は容易に当たらない

拳撃の後、身体を捻った城戸が後ろ回し蹴りを見舞ったが、それは悪魔の頭髪を数本断っただけだった

枯葉を踏む音が大きくなり、死闘は激しさを増す。 どちらも肉体を生かした戦いを好むタイプであり

この戦いは真に楽しみたいと思っているようで、魔法は一切使わなかった

今度はクルースニクが反撃に出た、間合いを一気に詰め、剣を振るう

数回の斬撃、敵に幾つかのかすり傷を負わせ、そして慌てて飛びずさる

頬には大きな切り傷が出来ていた、城戸が口笛を吹き、言った

彼の上には、アンクウが鎌を振りかざして具現化している。 鎌は僅かに血塗られていた

「もう少し踏み込んできたら、真っ二つにしてやろうと思ってたが・・・やるな」

「貴公こそ。 次は本気で行かせてもらうぞ!」

クルースニクが、久しぶりに見た強敵に喜ぶ。 だが、意外な事が戦いに水を差した

間を詰めかけた二人の間の地面に、数本の矢が突き刺さる

城戸が振り向き、クルースニクが視線を移すと、園村が苦笑いを浮かべていた

「城戸君、そろそろ時間だよ。」

「・・・ちっ、仕方ねえな。 俺の名は城戸玲司だ、覚えておきな」

城戸が叫び、地面に風の魔法を叩き付ける。 吹き上がる土が、そのまま煙幕となり

それが収まったとき、既に二人の姿はなかった。 クルースニクは剣を納め、呟いた

「覚えておこう、誇り高き戦士よ。 いずれまた相まみえたい物だ」

 

<杉本>は暴れた。 冷気の息吹を吐き散らし、巨大な拳を振り下ろし、咆吼する

南条はそれを正面からくい止めた。 冷気の息吹をガードし、拳はギリギリまで見切り

慎重に敵の間合いを測り、やがて構えを取った。 完全に攻撃範囲を見切ったのだ

南条の頭に浮かんだは勝機。 確かに敵は強いが、戦闘訓練も受けておらず、本能で戦って居るのみで

正直言って、彼の敵ではない。 南条の眼鏡の奥、相貌が鋭い輝きを発した

<杉本>が冷気を吹き出す時を待ち、その瞬間跳躍する

上を向いた<杉本>、南条の顔が一瞬歪む、彼は味方の援護がある事を前提として跳んだからだ

敵の攻撃は広範囲拡散型が多く、最前衛の南条以外のメンバーもかなりのダメージを受けていた

それ故、自分の体勢を立て直すので精一杯なのでは。 そんな考えが南条の脳裏をかすめ去る

だが、その予測は良い方向に外れた。 克哉の拳銃から放たれた数発の弾丸が杉本の腹を直撃し

苦痛に俯いた怪物の首筋に、閃光のように奔った南条の剣撃が炸裂した

ゆっくりと、巨体が地面に沈み、忘れていたかのように地響きが轟く

前のめりに地面に倒れた<杉本>は、微動だにしない。 口から涎を垂れ流し、白目をむいている

その時、ようやくパォフウのくびきから開放された栄吉が、地面に手をつき、叫んだ

「殺すこたあ無かったじゃねえか! 何も、殺さなくてもいいじゃねえかっ!

あんた達も彼奴らと同じだ! いかれた人殺し野郎だ! ちきしょうっ!」

無言のまま、南条は「烏天狗丸」を鞘に収めた。 その様が栄吉の怒りを更に刺激した

弾かれたように立ち上がり、拳を固め、絶叫しながら栄吉が走る

その前に立ちはだかったのはうららだった。 舞耶も走り寄ってきて、南条をかばう

「落ち着いて、栄吉君!」

「落ち着いて居られるかっ! あの野郎、ぜってえ許せねえ!」

乾いた音が響いた、舞耶が栄吉の頬をひっぱたいたのだ。

驚いた様子の少年に、彼女は諭すように言う

「よく見て。 ほら、杉本君は生きてるわ」

南条を除く五人の視線が、哀れな<杉本>へと集まった。 その指先は、僅かに痙攣していた

「大のためには小は切り捨てねばならない。 それは真理だ

だが、それは最後の最後まで努力し、それでも駄目だった時の、最終的な結論でなくてはならない

・・・昔学んだ、青臭い事実だ。」

南条の言葉が栄吉を刺した。 激情の涙が、感動の涙に代わり、栄吉は思わず叫んでいた

「あんた・・・・漢の中の漢だ! この俺で良ければ、舎弟にして下さい!」

「舎弟か。 考えておこう。 ナイトメアが何をいうか興味深いな

・・・第二波が追いついてきたようだ、急ぎましょう」

言葉を遮るように、銃弾が南条の側に飛来し、床を抉った。

南条がペルソナ能力を全開にし、克哉が後ろに立ち、通路の奥に向けて拳銃を撃つ

数人の男が倒れたようだった、悲鳴と怒号が鳴り響き、その隙に舞耶達が杉本をトレーラーに運び込む

敵を倒しながら、克哉が思いだしたように口を開いた

「君がナイトメア君の支援をあてにしているのは分かっていた。 そういう癖は抜けにくい物だからな

僕はナイトメア君ではないが、ここでの戦闘支援は任せてくれ」

「ありがとうございます、周防巡査長。 ・・・それは、Ms天野の提案ですか?」

「ああ。 流石だな」

Uターンして、トレーラーが戻ってきた。 克哉が最後まで残り、南条と共に乗り込む

轟音を響かせ、大型車は疾走した。 そのまま一気にバリケードを蹴散らし、外に出る。

後ろから警備員達が銃を乱射するが、トレーラーを止める事など出来なかった。 作戦は成功した。

 

「で、本当のところはどうなんだ?」

既に鳴海区を出て、トレーラーは停止し、松岡の部下達が協力して患者達を運び出しているとき

パォフウが、笑みを浮かべながら言った。 彼には、御曹司の言葉が本当かどうか気になったのだ

患者達は南条グループの病院に分譲して搬送されている。 いずれもこの町の外の物で、警備は厳重

危険を冒してまで、一人一人の患者を奪回しようとは、流石に敵も考えないだろう

だが、患者達が直らないと、意味はない。

「・・・昔、三年前、セベクスキャンダルの時。 俺達は何回かペルソナの暴走を目撃しました

杉本少年がそれと同じ症状だったのなら、必ず直るはずです。

何故なら、何人もが元に戻りましたから・・・」

「なんだ、そういう事かよ。 もう一つ、聞いて良いか?」

パォフウが煙草を灰皿に押しつけた。 その表情が、皮肉を帯びていた

「もし、その予備知識がなかったら、どうしてた?」

「やはり、助けていたでしょうね。 ただ、三年前の戦いがなければ・・・斬っていたかもしれません

いや、確実に斬っていたでしょうね

あの戦いがなければ、少年の恨みを買うことを承知で、杉本を斬っていたでしょう」

「正直な事だな。 それに、あの海千山千の冷酷小娘がお前さんにくっついている訳が分かったよ」

「・・・恐縮です、Mr、パォフウ」

「圭様! 松岡様から電話が入っております! すぐに別荘にお戻り下さいとの事です!」

南条が首を傾げ、部下の方に歩き出した。 それは、凶報の到来だった

誰もが、掌の上で踊っている。 ある者は血塗れに、ある者は酔い、ある者は皮肉に頬をゆがめながら

それに気付いている人間は、現時点ではただ三人。 嘲笑う者の名は、はい寄る混沌・・・

                                     (続)