微笑む男

 

この町を騒がせた、須藤竜蔵が絡んだ事件が解決して、少し後のことである。

町を歩く三つの人影があった。 一人は城戸玲司、一人は園村麻希、そして残るはナナミ

まだイギリスに帰国する日まで少し時間があるナナミは、園村達と少しでも楽しもうと思い

連日積極的に電話を掛け、ショッピングやその他のことを楽しんでいたのだ

城戸は無数の荷物を背負い、ふてくれさている。 園村とナナミの買い物中に出くわしてしまい

結果、こういう事となった。 経緯は簡単である

「城戸君、荷物持ってくれるの!? 私嬉しいな」

城戸が口を開く前に、心底嬉しそうに園村が言った

確信犯だったかも知れないが、天然なのかも知れない。 ともかく女性に甘い城戸には断れなかった

見つけた公園で一休みする三人、園村は楽しそうに、買った物を城戸に解説し

ナナミは買ってきたアイスクリームを頬張っているが、あまり嬉しそうではない

有名店の品だったのだが、はっきり言って味はCランク以下である

今時量産品でももっと美味しい物がある程で、特にコーンの味は最低であった

「なあ、ナイトメア、園村。 相談事があるんだがよ・・・」

ナナミの手が止まる。 園村が微笑む中、城戸は驚くべき事を言った

「どうやったら、愛想良く笑えるんだ?」

 

城戸の仕事はセールスマンであり、扱っている品は羽毛布団や包丁

セールス品の質はお世辞にもいいとは言えず、売り上げはセールスマンの腕にかかっている

城戸が何故こんな、最も不向きであろう職に就いたかは分からないが

不向きである仕事が上手く行くはずもなく、彼の売り上げは社内でも最低

トップである横内健太(エミルン時代の同級生で、トロというあだ名を持つペルソナ使いである)とは

実に15倍もの差を付けられ、肩身の狭い思いをしていた

敬語はかろうじて使いこなせるのだが、問題は凶悪殺人犯並の人相の悪さと、愛想笑いができない事

それを思い知らされたのは、この間。 ナナミの紹介で知り合った高田留美子に

「愛想笑い」を見せた所、彼女は泡を吹いて失神してしまい

城戸は少なからずショックを受け、自分の愛想笑いの与えるプレッシャーに気付いたのだった

しかしながら、この手の物は一種の技術に過ぎない。

それに、今時笑顔などで相手の人格を判断する者もいない、ただ最低条件であることは確かであり

城戸の悩みは最もだったろう。 ナイトメアは残ったコーンを口に放り込み、飲み込むと言った

「じゃあ、ひとまずお客さんへの愛想笑いを見せてもらえますかぁ?」

城戸が微笑む。 それを見て、園村が忌憚のない感想を言った

「城戸君・・・・すっごく怖いよ」

「やっぱそうか? ・・・ちっ、どうしたらいいんだ! おりゃああああああ!」

絶叫した城戸が地面を殴りつけると、ペルソナ能力も手伝い、そこは大きく抉れた

公園にいた児童達が怖がって泣き出し、皆が血相を変えて逃げて行く

肩を落とす城戸、ナナミがその肩を叩き、言った

「こんな物は技術ですぅ。 さ、練習するですよ」

 

園村の買い物の中に、可愛らしい手鏡があった。 それに愛想笑いを映してみて、城戸が驚愕する

「うぉおおおおおおお! こ・・・・これは! 怖いかもしれねえ!」

「お客さんは、それをみてたんですぅ。 トロお兄ちゃんの15分の一も売れたのが奇跡だって

わかったですかあ? 玲司お兄ちゃん」

「とりあえず、私たちと話してるときに、時々微笑むでしょ? それをやってみればいいと思うよ」

「そ、そうか? よし、ではこれはどうだ! うおおおおおおおおお!」

城戸が叫び、また愛想笑いを作る。 だが進歩は零で、鏡が割れなかったのが不思議だったろう

既に周囲に人影はない、当然の事だった

何人かが物陰から見ているが、城戸の視線がそちらに移ると、転がるように逃げていく

ナイトメアが顎を指で摘み、考え込む。 暫く城戸に練習をさせて於いて、唐突に発現した

「そうだ、だったら実戦練習してみるですぅ! マキお姉ちゃん、ほら、お客さんになって」

「え、私? うん。 ・・・わあ、ごっこ遊びみたいでなつかしいね!

場所は何処でやる? どっかいい場所無いかな・・・」

「ベルベットルームが丁度良いです。 さ、いくですよ」

 

イゴールに断った後、数回の演技が繰り返された。 園村はすっかり主婦のつもりで演技していて

城戸がセールスですといった途端に、笑顔で間に合っていますと応え、扉を閉め

メガホンを持ったナイトメアが、すかさずカット!と叫んだりと、愉快な一幕もあった

だが、何回やっても城戸の愛想笑いは上達しなかった。 時間はもう夕方近い

考え込むナナミと園村、城戸も元気をなくして、すっかり肩を落としている

そんな中、助け船が現れた

考え込むナナミの肩が叩かれ、振り向いた彼女が見たのは、情報収集の帰りに通りがかった南条だった

事情を聞くと、南条は少し考え込み、やがて結論を出した

「俳優は、泣く演技をするとき、とても悲しかった時の事を思い出すそうだ

城戸、自分が一番大事な人間に話しているつもりで微笑んで見ろ」

「そうか、園村がおふくろだと思って・・・・微笑むんだな。 よし、いくぜ! おりゃあああああ!」

叫んだ城戸の頭に、ナナミがメガホンをうち下ろした。

こんな事を城戸に出来るのは、彼女とその仲間と、城戸の母ぐらいだろう

「それと、玲司お兄ちゃん、一番大事な事があるです。 肩の力を抜く事!」

「そうだった。 ありがとうよ、ナイトメア」

城戸が自然に微笑み、そして次の演技は実に上手く行った。 園村が自分のことのように大喜びした

「城戸君、それそれ! その笑顔だよ!」

 

それから城戸の売り上げが前より良くなった。 相変わらず営業成績は低かったが、トロに十五倍もの

差を付けられることもなくなり、大分仕事に自信が持てるようになった

ただ、彼は一番重要なことを、園村とナイトメアに話していない。

それは二人を信用していないからではなく、驚かせたかったのと照れくささが半々だった

彼が、愛想笑いを身につけたかった、本当の理由・・・

それを彼が話すことは、未来永劫無いことだろう