芸人大乱舞
上杉秀彦。 南条圭の親友であり、戦友でもある男である、マルチタレントである
芸名はブラウン。 いじめられていた頃の彼のあだ名であり、だが今や苦にもならない
彼は「時代の波」というものを読む能力に長け、極めて曖昧な基準である「センス」を味方に付け
元々の端正なルックスも手伝って、極めて「いけている」服装に、身を包んでいる
それだけではなく、彼はいわゆる「親父ギャグ」をこよなく好み、そのアンバランスが
人気を呼んで、現在一躍人気の渦中にある。
元々女性好きの彼は、今や女子高生を中心とするファンにモテモテであり
彼風に言えば、「ウハウハ」な生活を謳歌し、悦に入っていた
今日も、時間厳守主義のマネージャー、その冷たい視線を背に浴びながら、彼は周囲に女の子を侍らせ
小さなバーで遊んでいたが、そんな彼の携帯電話が、突如にして鳴り響いた
「あ、ちょっと待ってて。 電話電話ー」
きゃいきゃいと騒ぎ立てる女の子達を置いて、上杉はトイレにはいると、電話に出る
「でひゃひゃひゃひゃ、ブラウンッす! 俺様に電話するハニーはどこのどなたっすか?」
「へっ、相変わらずお馬鹿な言動ですぅ。 久しぶりです、上杉お兄ちゃん」
次の瞬間、上杉の口と背筋が凍り付いた。 彼がここまで苦手な女性は、この世に一人しかいない
頭が上がらない頼れる女性としては黛ゆきのがいるが、本能的なまでの恐怖を覚えるのはただ一人
もっとも、その女性は人間ではない。 ナイトメアと呼ばれる種族の悪魔で、名はナナミ
南条のパートナーをしているナナミが、彼に電話をしてきたのであった
答える上杉の声が震えている、彼は心底ナナミが苦手だったのだ
「ナ、ナイトメアちゃん! ひ、ひ、ひさしぶりっす!
え、えーと・・・今日も綺麗な声でそつがナイトメア! なんっつて!」
「・・・携帯で長時間電話すると、ダーリンに怒られるから、後でそっちから連絡するです」
その後、電話番号を一度だけ言うと、ナナミは一方的に電話を切った
必死にそれをメモしながら、上杉は背中に冷たい滝が出来るのを実感していた
上杉は早めに切り上げ、アパートに戻ると、早速ナナミに電話をした
ナナミがわざわざ電話してくると言うことは、何か大事件だろうと頭があまり良くない彼も気付いたが
それは見事に的中した。 森本病院の惨事を聞かされ、上杉が青ざめる
事態の予想外の深刻さを悟り、上杉はすぐに南条家の別邸を訪れた。 だが・・・
出迎えのはナナミ一人。 松岡も、南条も外出中で、他の者達にはそもそも集合を促していない
一応席を勧め、手慣れた動作でコーヒーを入れると、ナナミは冷酷な口調で言った
「・・・・別に、情報さえ集めてくれれば、来るのは何時でも良かったんですよぉ
まあ、あんまり頻繁に来られると、情報が漏洩しやすいから大問題なんですけど」
「そ、そうっすか? それは・・・その・・・」
黙り込む上杉、もはやナナミは彼に一顧だにしない
上杉は部屋で最も苦手な存在と二人っきりになるという、史上最大のピンチを迎えることになったのだ
ナナミは冷酷非情な性格で、しかも上杉より強い。 あらゆる意味で。
しかも、わざわざマネージャーに断って、休みまで取ってきたのだから、そうすぐには帰れない
背中に冷たい滝が出来ている。 ナナミはそれっきり口を開こうとせず、書類の整理を行っている
まずい、上杉はそう思った。 こういう場合、彼の芸人としての本能が、恐怖を上回る
こういう、気まずい「間」は、芸人にとって最も忌むべき物であった。 上杉が口を開く
「ナイトメアちゃん、そういえば、そのリボンどうしたんスか? とっても可愛いっすよ!」
「ダーリンが、この間買ってくれたんですぅ。」
上杉が指さしたのは、ナナミの頭にある青い大きなリボン。
女性の好感を得るには、新しいアクセサリーを褒める、これに限る
そう彼は考えていたが、ナナミはリボンを褒められても、たいして嬉しそうではない
南条が褒めたら大喜びする(事実大喜びした)だろうが、別に上杉が褒めても特に嬉しくないのだろう
ナナミは一言だけ事実を答えると、もう口を開こうとしなかった。 上杉の背に再び冷たい汗が流れた
アクセサリー褒め作戦は失敗に終わった。 上杉は頭を捻ると、つぎの作戦に写った
「ナイトメアちゃん、こんな話知ってるっスか?
あるお爺さんの隣の家に、高い塀が出来たそうっス。 お爺さんはそれを見て
はいやー、かっこいーのうって・・・」
「だからどうした」
自慢のギャグを一蹴されて、バカ笑いを上げかけた上杉の舌が凍り付くが
この程度で諦める男なら、芸能界で成功するはずもない。 彼はめげなかった
「じゃ、じゃあこんな話はどうっスか? 昔、ある武士がおみそ汁を飲んで言ったそうっス
む、このみそ汁のだしは・・・・」
「鰹ブシとか言ったらぶっ殺すですよう」
またしても機先を制され、しかもおちを読まれて上杉が停止するが、彼はまだ諦めない
「よしっ、ならば、次はとっておきっス! まーくんが大好きな神話上の生き物は・・・」
「イナバノシロウサギとか、言うんじゃないんでしょうね」
燃え尽きた上杉が立ちつくす脇で、ナナミは黙々と書類の整理に励んでいた
アメリカでは稲葉が突然のくしゃみに襲われていたが、すぐに忘れ去った
しばらくして、黛が別邸を訪れ、硬直する上杉をみつけて肩をすくめた
「やれやれ、またかい。 ナイトメア、少しは手加減してやりな」
「あ・・・・アネゴー!」
我に返った上杉が、黛に駆け寄り、大泣きしながら訴えた
「ナイトメアちゃんが、酷いっス! 俺様泣きそうっス! アネゴからも、なんか言ってほしいっすよ!」
「くだらんギャグばかり言うから悪いんですぅ。 ナイトメアを笑わせたければ、もっと高級な
ギャグをもってこいってんです。 例えば・・・」
その後ナイトメアが口にしたギャグは、あまりにもブラック過ぎた為、あっさり好きの上杉は凍り付き
黛も額に手をやって呆れ返り、コメントを避けたという
数日の後、道ばたで漫才をする上杉とナナミを見て
その絶妙なボケとツッコミに感銘を受けた上杉のマネージャーが、ナナミをスカウトしようとしたが
言下に拒絶されて泣く泣く帰ったというのは、また別の話である