奇矯なる事実との邂逅と限界

 

1,高校にて

 

典型的な下町である平坂区に、カス校と通称される、春日山高校という学校がある

地下室が防空壕とつながり、其処から子供の人骨が出た事もあるここは、周囲で屈指の怪談スポットで

最近は「花子さん」や「動く骨格模型」に変わって、「悪魔が出る」という噂が流れていた

この噂の出所は、防空壕に肝試しに行った学生が、常軌を逸するほどの怪奇現象に襲われ

這々の体で帰り、悪魔が出たと周囲に訴えたことである

当初は悪魔の出現位置が地下壕に限定されていたのに、噂の習性から何時しか尾ひれが付き

今では「学校の何処にでも悪魔が現れる」という、広範囲な噂に変化していた

しかも、それは既に笑い事ではなくなっている。 学校の各所では、連日のように怪奇現象が発生

呼ばれた悪魔払い士も、恐怖して逃げ出してしまう有様であった

元々この学校の部活はやる気がない事で有名で、今や学生は、教師でさえも、放課後には誰も残らない

そんな、人っ子一人いない学校の中で、一人の男がうろついていた

彼は豪傑寺という山寺の、住職の息子で、修行してこいとここに放り込まれたのである

霊感を持ち、弱い悪霊程度なら払った経験もある彼は、最初は楽な仕事だとたかをくくっていた

だが、学校に一歩足を踏み入れた途端、彼は後悔することになった

周囲に満ちている霊気の桁が違う。 そこいらの悪霊などとはレベルが違う凶悪な霊が平然と闊歩し

特に地下からは、魔王でもいるかのような、想像を絶する邪気が際限なく溢れ出てくる

二階に移ると、霊気は若干薄れたが、代わりに本物の悪魔が現れた

それはアズミと呼ばれる低級悪魔で、数は四体。 腰を抜かす男をアズミ達は取り囲み

久しぶりの御馳走に舌なめずりをして喜んだ、その次の瞬間、一匹の腹に弾丸がめり込んだ

「グギャッ! て、てめえ、なにをしやがる!」

アズミが苦痛の悲鳴を上げ、男がそれに釣られて振り向くと

そこには銃を構え、背中に翼を持った少女がいた。 ナイトメア・ナナミである

蹌踉めいたアズミの額に、二発の弾丸がめり込み、もう一発が口に、更に一発が眼球を直撃した

絶命したアズミが倒れ、残った三匹が咆吼し、ナナミに突進する

その勢いは凄まじく、アズミ達はナナミを押しつぶした・・・かに見えた

だがその一瞬前に、彼らはナナミを見失っていた

ナナミは翼を利用して、天井近くまで跳躍していたのだ、残像を残すほどの速さであった

そのまま、翼で落下速度をゆるめ、標的を見失ったアズミ達の背後に音も無く降り

一匹の後頭部にワルサーを向け、至近距離から弾丸を二発撃ち込む

人間の頭蓋骨より遙かに強靱といっても、至近距離から銃弾を撃ち込まれてはひとたまりもない

生き残った二匹が怒りの声を上げ、同時に魔法を唱え始める、冷気の魔法だった

「ガキィ! 氷像にしてくれる! 食らえ、ブフ!」

氷塊が二つ、ナナミに向け飛んだ。 だがナナミは、魔力で防御結界を展開し、それを弾いた

彼女の防御結界は、夜魔という種族の特製を反映するように、物理攻撃に対する耐性こそ貧弱だが

魔法攻撃に対してはかなり強力で、この程度の魔法なら魔力の差もあり、簡単に弾く事が出来る

第二波はなかった。 アズミ達は、強烈な峰打ちを喰らって、地面に倒れ伏していたのだ

痙攣しながら、刀を振るった相手を見る彼らの瞳に、ペルソナ使い南条圭の姿が映った

「・・・命まではとらん。 助けてやるからさっさと地下壕に戻り、二度と地上に現れるな」

僅かにずれた眼鏡をなおし、南条が言うと、アズミ達は悲鳴を上げ、這って地下へ戻っていった

「ダーリン、ご苦労様ですぅ。」

ナナミが微笑む。 その背後には、既にミイラ化したアズミの死体が転がっていた

悪魔払いに来た男は、目の前で展開された凄まじい戦いに、声もない様子だった

思い出したかの様に、或いは今ようやく気付いたかの様にナナミが振り向き、彼にワルサーを向けた

「あ、そうそう。 助けてやるから、今見たことは全部忘れるですぅ

もしサツにタレ込んだりしたら、地獄の底まで追っていって、其処の悪魔と同じ目に遭わせるです」

「ひっ! 分かった! 忘れる忘れる全部忘れるっ! だ、だ、だから」

拳銃がモデルガンではなく、実物である事は先ほどの戦いで明らかである

中にはまだ実弾が残っている。 悪魔を葬り去った、強力な改造弾が

そうでなくても、ナナミが見かけ通りの子供ではなく

事態次第では何のためらいもなく人間を殺すという事実は、幼児にも判断可能であろう

ナナミが視線をずらして、行けと動作で示すと、男もまた脱兎のように駆け去っていった

南条が肩をすくめ、刀を鞘に収めると、静かに言った

「相変わらず、少々やりすぎだな。 ・・・それにしても、これで三つ目だ。 もはや疑いないな

我らの仮説は、これによって証明された訳だ」

「ええ。 元々この地下には強力な霊的磁場があって、魔界屈指の力を持つある悪魔が住んでるですぅ

でも、その方は部下達に、外に出ることも、人間に危害を加えることも許してないです

少なくとも、今まではそうだったはずですぅ。 そして、それを許す理由も現在はない。

である以上、悪魔が出てくる理由は・・・仮説の実証、それ以外考えられない」

「噂が現実になる、か。 帰るぞ。 これで今までの異常現象に、全て説明が付く」

そういって、南条は干からびた悪魔を担ぎ上げ、地下壕に放り込み、春日山高校を後にした

 

2,真実への道とアイスクリーム

 

噂は現実となる。 この様な異常な結論が出たのは、昨晩のことであり

南条とナナミが、ほぼ同時に、それぞれ独自に結論した

その過程は、両者ともに違っていた。  ナナミは好物が絡んだ事件から

そして南条は、偶然による捕獲と分析からであった

 

ナナミは味覚に造詣が深く、特にアイスクリームに対する知識は豊富である

三百年以上も生きている彼女は、食に対する知識が豊かだが、料理に対する知識はさほど深くない

対して、素材の良さを見分ける知識は他の追随を許さず、一流のシェフも顔負けであろう

この様な偏りが出来たのには、当然理由がある。 ナナミらしい、論理的な理由が

料理の好みという物ほど、曖昧な概念はそうない。 国家、地域、時代、更には個人個人でも違う

「確実に美味しい」、「誰が食べても絶賛する」等という料理は、残念ながらこの世に存在しない

よって、ナナミは此方の世界に来てから十年ほどで料理に対する味覚判断の経験を積むことを断念し

以降は味に関係ない素材の良さを見分け、分類する、何時の時代にも通用する技術の習得に専念した

だが、例外はある。 初めて此方の世界に来た彼女は、アイスクリームの美味しさに魅了され

他の料理は捨て置く中、アイスクリームに関しては徹底的な調査と分析を行って味覚判断の経験を積み

「美味しいアイスクリーム」の条件書を、完璧に頭の中で作り上げた

今も趣味は健在である。 更に上を目指しているのが、ナナミらしいかも知れない

自由に出来る少ない小遣いの殆どは、この趣味につぎ込まれているといってもいい

暇を見つけると、ナナミは町へ出かけ、前もって調査した専門店へ入り、アイスを注文する

一度に食べるのは必ずバニラアイス一種類。 そして食べた後は、詳細に評価し、それを記録する

もう既に、ナナミはこの町のアイスクリーム屋を全て網羅し、その味は詳細に記憶していた

もしもバニラアイスの味が、「ランクA」以上の場合は、他も味わうが、其処までした店は滅多にない

どれほど彼女の判断が厳しいかというと、この町に30軒ほど存在するアイスクリーム屋の内

90%以上が、「ランクC」以下で、その中には「老舗」と呼ばれる店も幾つか入っている

そんな「見かけ倒しの店」の一つに、ナナミが真実に近づくきっかけとなった店があった

 

その店の経営者は、「美味しいアイスクリーム」を作る技術には長けていなかったが

「客に売れるアイスクリーム」を作る技術には長けていた、ナナミが最も嫌いなタイプの店である

素材はお世辞にも良くなく、保存も、味を引き立てる要素の数々も欠落し、製造過程もいい加減

どうと言う事のない中身を、派手な味付けと、豪華なトッピング

詳細なマニュアルに基づく教育で「愛想」を身につけた店員、更には豪勢な店の外見で誤魔化していた

試す気も起こらなかったナナミであるが、データ主義者の彼女には、こんな店のデータも重要だった

結果は、彼女の想像以上に最悪だった。 バニラアイスを一舐めしただけで、ナナミは結論した

「ランクE」、評価対象外。 批評する価値もない駄作。

それでも、高い金を払って買ったアイスクリームである。 不味くとも、カップアイスより遙かに高い

彼女は我慢して、コーンも残さず全て平らげた。 自分で買った物は、自分で責任を持って処理する

南条圭が教えてくれた、節約の鉄則であった

それは、十日程前のことである。 事態が変わったのは昨日のこと

この店は、味にも関わらず繁盛していた。 理由は簡単で、その店を訪れた

どこかの味音痴なマルチタレントが、「このアイスは美味しい」等と評したからである

甘いマスクで女性に人気の高かった彼の発言で、店にはミーハーな客が怒濤の如く押し掛け

やがて、周囲にこの店のアイスは美味しいという噂が広まっていった

ナナミは情報収集にネットも利用していて(それ以外には使用しないので接続料は殆どかかっていない)

アイス通のネット友達が何人かいる。 その中の一人、ナナミも認めるかなりのアイス通が

驚くべき情報をもたらしてきたのである、例の店のアイスが、本当に美味しくなったと

その人物は実直な性格で、アイスに関しては一切妥協しない筋金入りのマニアだった

ナナミは早速下調べをし、今は一時間ほど並ばないと買えない事を調べ上げると

時間を無駄にしないためにも、調査書を持ち、並びながら情報の分析を行った

並ぶ客は、分厚いレポートを右手に、時々難しい顔でメモをする妙な子供をいぶかしんだが

それは結局一時間ほどのことで、すぐに忘却の彼方に沈んだ

やがてナナミはバニラアイスを買う事ができ、書類をしまって公園に行き、半信半疑で味わってみた

驚くべき事に、味は飛躍的な向上を見せていた。 素材を変えた様子もなく

製造工程のいい加減さ、保存の悪さは伝わってくるのに、どういう訳か実に美味い。

欠点だらけの味の上に、無理矢理美味しさを塗りたくったような感触があり

付け焼き刃の悲しさか、「Aランク」と迄は流石に行かないが

久しぶりに、この店の他のアイスも味わいたくなる程の、上質な美味であった

そしてそれはバニラだけでなく、チョコも、抹茶も。 いずれも想像以上の味であったし

特に人気が高い、ごてごてしたトッピングのシナモンバニラは、「Aランク」の店顔負けの味を誇った

店員の手つきは相変わらずで、調査によっても素材を変えた様子はない

次の瞬間、ナナミの頭の中で、今までの怪現象が、パズルとなって組み上がった

JOKER事件の前、こんな噂が流れた。 十年前の猟奇殺人鬼が、悪魔を連れて地獄から帰ってきた

町中にJOKERがあふれる前、ワンロン千鶴の手によって、こんな噂が流れた

JOKER占いをした者は、穢れに支配され、JOKER使いになってしまう

そして先ほど、どうと言うことのないアイスが、美味しいという噂が流れた

それらは全て現実になった。 須藤竜也はサマナーとして、猟奇殺人鬼として帰ってきた

町にはJOKER使いがあふれた。 ろくでもないアイスが、本当に美味しくなった

つまり・・・・噂が、現実になった?

 

3,真実への道とツチノコ

 

南条圭が帰国してから、この様な事件の渦中に身を置いたのは

イギリスにいても調査を欠かさなかった実家の経営状態と、町に多発する異常事態が原因である

松岡の調査もあり、どうもそれらの糸を引いているのが須藤竜蔵らしいこと

自分の親が、竜蔵に多額の政治献金をしている事(どうやら、巻き返しをはかっているつもりらしい)

町での異常事態に、「悪魔」が関与しているらしいこと等を掴んだ南条は

授業が終わると長期の休みを利用して帰国し、現在は事件の解決に尽力している

休みは、まだ半分ほど、一月弱残っている。 しかし、事件の真相は未だ闇の中であった

幾つかの事件は起こった。 森本病院への襲撃、サマナー鳩美有作との交戦

町にあふれたJOKER。 しかし、事態に整合性が無さ過ぎる。 事態の裏は、これでは全く分からない

ナナミが助けた「デジャヴの少年」が高田留美子に、何か此方に有益なことを喋ってくれればよいが

それに全てを掛けるには危険すぎるし、あまりに怠惰に過ぎる。 今、努力を惜しむ事は犯罪以下だ

そんなとき、いままで南条とナナミとは別の路線で、ずっと事態を追っていた松岡が情報を持ってきた

それは、政界、財界、軍事の大物ばかりで構成された、一種の秘密社交クラブの存在である

「新世塾?」

ナナミと南条は口をそろえ、その名を聞き返した。 口調には驚きと侮蔑が混じっている

あまりに自己陶酔した名称であった。 よりにもよって新しき世とは・・・・

JOKERによる猟奇殺人の犠牲者は、既に二桁半ばに達している。 森本病院での死者も、ほぼ同数

何が新しき世だ。 何を企んでいるか知った事ではないが、例え何かの目的に必要だったとしても

あまりに腐りきったマキャベリズムであった。 そんなに犠牲が必要なら自分で贄になればよいのだ

南条はリアリストで、根本的にはマキャベリストではあったが、自分のエゴのために

弱者を犠牲にし、それを正当化するような似非マキャベリズムを徹底的に憎悪している

またナナミも、南条に輪を掛けたリアリストで、それ以上に冷酷で容赦しない性格であり

目的遂行には手段を選ばず、その行動は時に非情なまでに苛烈であるが

自身の行動にモラルや美学くらい持っているし、必要なき殺戮はしない

激昂に奥歯を噛みしめた南条と、冷酷な侮蔑を目に浮かべ舌打ちしたナナミの前で、松岡が静かに頷く

彼も、少なからずこの名には怒りと軽蔑を覚えたようだった

「どうやら、須藤竜蔵の<組織>はこれに間違い無いと思われます

名目上は新しい世界のあり方について模索する会との事ですが、実際の活動は不明瞭すぎ

更に、物理、情報共に、警備が言語を絶するほど厳重で、内部の事は殆ど分かりません

ただ、オカルト的な儀式を行っているという噂があります。 噂以上の情報ではありませんが・・・

他の情報も、同様に極めて少ないのですが、主要な構成員だけは何とか判明しました

幹部は六名。 筆頭を須藤竜蔵、自衛隊の幹部菅原陸将がNO.2、更に政財界の大物が計四名

形式的に彼らは「同志」ですが、須藤竜蔵の権力は絶大で、逆らえる人物はいないようです

末席には、神条久鷹の名もあります。 末席とはいえ、この男は主要人物で

会には、毎回必ず出席している模様です」

神条は南条が目を付けている、「神取ではないか」と噂される人物である

情報の正しさを裏付けるように、神条の経歴は謎に包まれ、秘書になったのが二ヶ月ほど前なのに

異常なまでの竜蔵の信頼を受け、かなり大がかりな仕事を任されている事が分かっている

それにしても、これだけの情報を短期に見つけだすとは、松岡の有能さが伺える事実であったろう

南条の右腕がナナミだとすれば、左腕は松岡だった。 それを改めて確認し、南条は静かに微笑んだ

 

翌日、ナナミが情報整理をかねて、アイスクリームを買いに、店から伸びる行列に加わっている頃

南条は鳴海区の一角、理学研究所の周囲をうろついていた

昨日来、彼の元には重要な情報がいくつも飛び込んできている

その中には、どうやらJOKER化した人間が、鳴海区へと運ばれたらしい事

更に、ここ最近で、南条コンツェルンが資金提供している理学研究所の警備が、倍以上に増えた事

そして、神条らしき人物が、理学研究所に出入りしている可能性が非常に高い事等々の

重要な物があり、意図的な情報漏洩があったのではないかという疑いさえ南条に抱かせた

それらに混じり、こんな情報もあった。 鳴海区で、「ツチノコ」が目撃されたというのである

他愛ない噂であったが、南条は一応覚えていた

ツチノコと言えば、日本で最も有名なUMA(未確認動物)の一種であり、古来より各地で目撃され

様々な名を持っている、興味深い存在である

兎を丸飲みにした蝮であるという説や、海外から紛れ込んだ青舌蜥蜴ではないかといった説があり

それらが一応有力であるが、他にも様々な説があり、一概にどうとは言えないのが現状であろう

UMAであると言うことを馬鹿にしてはいけない。 かってはオカピも、ゴリラも

イリオモテヤマネコも、UMAであったのだ。 それを知る南条は、心の奥底に情報をとどめて於いた

鳴海区来訪の目的は勿論理学研究所の偵察だが、他にも自分の持つ別荘(事件後に処分する予定である)

に配置した機材のチェック、周囲の状況の分析などもある

一通りの偵察をすませ、南条は確信した。 理学研究所は不審すぎる

内部からは異様な気配が溢れ、悪魔の気配さえ伝わってくる。 周囲に対する監視の目も厳しい

片山典子が拉致されたとき、肌の上から伝わってきた気配と同質の物が、奥から無数に感じられる

不可思議なことに、それはかって、神取と戦ったとき感じた気配

ペルソナ・ニャルラトホテプに心身を乗っ取られた神取が、放っていた邪悪な気配・・・

気配は弱かったが、どうもそれに酷似しているような気がしてならなかった

ペルソナ使いの「勘」は、通常の人間のそれとは違う。

発現した強力無比の霊的能力からもたらされる、一種の嗅覚である

南条にもそれはある。 彼が保護している高田留美子程に強力ではないが、笑い飛ばせる物ではない

おそらく町中で拉致された人間は、ここに搬送されている

情報だけでは確信出来なかったが、今は違う。 情報は、嘘ではなかったのだ

南条はそう結論づけると、鳴海区を出ようとし、そしてそれを見た

夕方のことである。 そう、その時にはもう、日は傾いていた

 

鳴海区は開発中の区画で、荒れ地が無数に残っている。 その一つを南条が通りかかった時のこと

彼は、今までの怪現象について思いを馳せていた。 どうも、何か引っかかる物があったからだ

今までの事象には、何かしら共通する現象があるとしか、彼には考えられなかった。

そして、竜蔵はおそらくそれを知っている。 知った上で、利用している

ただ、確信はないし、固定観念がどれほど柔軟な思考を妨げるか、その害を南条は知っている

だから、明確な事象が出、それによる結果が出るまでは、事実を分析することを彼は諦めていた

ふと、南条の目の前を、凄い速さで蛇が通りすぎた。 不審な事に、蛇行せず、滑るように。

眼鏡の奥の双眸を光らせ、南条が蛇を追う

そういう移動をする蛇もいるが、それは蛇行するには体が重すぎる、大型の一部の種に限られる

加えて、その手の蛇は、獲物を捕るとき以外は鈍重で、先の蛇のような動きは不可能である

第一さっきの蛇から感じられた気配は・・・紛れもなく悪魔の物。

数秒の追いかけっこの後、南条が跳び、蛇の首筋を押さえつけた

「蛇」が奇声を上げてもがく、その胴体部は大きく膨らみ、身体は異様に短い

南条はそれを地面に押しつけ、捕獲すると、開いた左手で携帯電話を使い、松岡を呼んだ

これが「ツチノコ」ではないことは、明らかであった。 だが、調べる必要があった

今、南条の頭の中で、パズルが組み上がろうとしていた、これはその重要な一片になるはずであった

 

捕獲した悪魔「ツチノコA」は、すぐに調査され、様々なことが判明した

まず第一に、これは蛇ではなく、やはり悪魔である事。

身体特徴が蛇の物ではないし、X線による写真撮影の結果、内部も蛇の物とは違う事が分かった。 

それでいながら、毒は蝮の物に酷似し、尚かつ毒の強さは蝮の数倍

身体能力もずば抜けていて、何度も水槽に体当たりし、跳躍するかのようにはねて脱出をはかった

その体当たりで、防弾ガラスさえ破られそうになり、研究員はその能力に何度も驚嘆した

最終的に、「ツチノコA」は南条系列の研究所に送られたが、それ以上の事は結局分からなかった

もっとも、最初の数時間の調査で、「ツチノコA」が、一般的に言われている「ツチノコ」の特徴を

様々に備えていることが確認され、その結果、南条は結論した

それはナナミの結論と同じであった。 今までの事象・・・

須藤竜也による猟奇殺人、JOKER使いの大量発生、そして、ツチノコに酷似した悪魔の出現

全て、その前に流れた噂のことを考慮すると、話がつながる

この町に於いて、噂は現実になる。 あまりにも突飛な結論ではある

だが、今までもそうであったが、異常なまでにペルソナ使いが跳梁跋扈するこの地では

噂が本当になるなどと言うことが起こっても、不思議であってももはや驚けない

そして、この結論を事件の根底に据えると、全ての話が繋がるのだ

問題は、何故そうなったかであるが、それは須藤竜蔵を締め上げながら、調べて行くしかないだろう

立ち上がった南条は、ナナミとこの結論について会議すべく、彼女を捜した

 

ナナミはもう戻ってきており、奥の部屋で難しい顔をしながらテレビを見ていた

映っていたのはニュース番組であったが、真面目に見ていない様で、何か考え事に集中していた

勿論、重要なポイントは押さえていて、最低限の情報は着実にメモしている

南条に気付くと、ナナミはすぐにそのニュース番組を消し、口を開く

もう重要なニュースは(といってもろくなものがなかったが)全て抑えたし

南条がこんな顔をしているときは、重要な相談事がある時だからだ

それに、今回はナナミにも重要な話がある。 それは三文マスコミのニュースなどより遙かに重要事だ

「ダーリン、お帰りなさいです。 ちょっと、話したいことが・・・」

「俺も、少し話したい事がある。 あまりに突飛な結論なのだが、笑うなよ

どうやら、この町では、噂が・・・」

「現実になる、ですかあ?」

「そうか、お前も気付いたのか。 どうしてこの結論が出た?」

南条が僅かにずれた眼鏡を直す。 ナナミがこう言うことで隠し立てをしない事を知る彼は

自分とほぼ同時に、ナナミが事実に気付いた事を察した

ナナミは咳払いをすると、最小限に事実を要約し、アイスクリーム屋の一件を話した

それを聞き終えると、今度は南条がツチノコの話をした。 少々の沈黙の後、彼が口を再度開く

「今までの情報調査書の噂に関する物の内、実現しそうもない物を調べるぞ。 どんな物があった?」

「たしか、どこかの店で武器が売られてるとか、防具が売られてるとか、そんなのがあったですぅ

一方はただのガンマニアの店で、趣味以上の物ではなかったはず

もう一方は、ただの変わった趣味の洋服屋さんで、変人の店主のせいで妙な噂が立つだけ

裏ルートに通じるような店でも、実戦用の防具を売るような店でもないはず

である以上、もし本当にそうなってたら・・・

具体的な店名は、ロサ・カンディータと、パラベラムです。 どっちも青葉区にあったはずですぅ」

この分野の担当はナナミであり、立て板に水を流すように情報が提出された

頷くと、南条はコートを取りだし、外に出た。 ナナミがそれに続く

青葉区は電車ですぐの位置にあり、燃費の悪いハーレーを使うまでもない。 歩きで充分到達できる

一刻を争うのなら話は別だが、今はその必要がない。 二人は、徒歩で青葉区に向かい

南条はパラベラムを、ナナミはロサ・カンディータを訪れ、噂が本当であることを確認した

外で落ち合った二人は、もう一つの噂、春日山高校に悪魔が出るという噂を調べるため

春日山高校に向かい、そして悪魔の出現を確認したのだった

 

4,それぞれの限界

 

天野舞耶は、葛葉探偵事務所で、二つの写真を眺めていた

この事件の真相を知る者の写真、そう「スニーク」と名乗る男は、その写真の事を言った

そこに写っていたのは、ショートボブの日本人離れした美貌を持つ、二十歳前後の女性と

ヘルメットをかぶり、「1」と大書きしたコートを着て眼鏡をかけた、これまた二十歳前後の男性

そう、それは桐島英理子の写真と、南条圭の写真であった

南条はすでに知られていたのだ。 直接、南条のことを新世塾に報告したのは鳩美由美で

その時は、まだ正体は割れていなかったが、容姿、言動の分析の結果、南条圭だと判明したのである

一方で、南条が連絡してから、桐島も上杉らと協力して石神千鶴の内偵を進めており

此方は石神の鋭い霊的嗅覚によって察知され、情報が新世塾にわたった

ただ、他の協力者、上杉、城戸、黛、園村らに関しては、情報がわたっていない

写真から視線を逸らし、舞耶は溜息をついた。 状況は極めて厳しい

既に接触を取り、情報交換をするため、舞耶は二人に関する噂を流した

その噂とは、即ち「事件の真相を知る者が、パラベラムを訪れる。 それは男である」

だが、その噂操作は最初失敗に終わった。 パラベラムのマスターは、舞耶に聞かれると、こう答えた

「そのお客様なら、もう一度お見えになられました。 当店自慢のコレクションの内、<烏天狗丸>を

お買い求めになり、シャンパン一杯で立ち去られましたが」

ここまで主人が言うのは、舞耶がこの店の常連で、武器をよく買ってくれるお得意様だからである

正に失策であったろう、確かに噂は真実になったが、時間の指定をしなかったため会えなかったのだ

葛葉で同様の噂を、時間指定付きで舞耶は再度流すことにしたが、所長の顔は、今度は難しかった

「時間指定となると、噂操作に丸一日以上はかかる

今度はおそらく、ほぼ確実にマスコミがかぎつけてくるだろう。

日本のマスコミはジャーナリストとしては三流以下だが、嗅覚だけは確かだからな

彼らをどう抑える。 妙案はあるか?」

たるんだ二重顎に指を当てながら、所長が鋭い顔つきで言う。 助手のたまきも心配そうに見ていた

「だいじょーぶよ。 私に考えがあるわ」

一歩前に進み出たのはうららであった。 そして彼女は、実に過激な策を提案したのである

話し合いの末、じゃんけんが行われ、負けたパォフウとうららが、その作戦の実行者となった

 

その後、異変が襲った。 翌日まで少しでも情報を集めようと、夢崎区に向かっていた舞耶達が

背後からつけてくる気配に気付いたのは、日が沈んだ頃、南条が「ツチノコ」を捕獲した時間であった

気配の主は、すぐに分かった。 顔色の悪い青年で、泳ぐようにふらふらと追いかけてくる

「明らかにこちらを尾行しているな。 確保するか?」

「へっ、それは締め上げて、俺達をつける理由を吐かせるって事だな。 どうする、天野?」

「・・・とりあえず、一般人に被害が及ばないようにしましょう。 あそこの廃ビルに誘い込むわよ」

舞耶が親指で指し示した先は、奇しくも南条とナナミが鳩美有作と死闘を繰り広げたビルだった

男は躊躇なく誘いに乗ってきた、ビルにはいると、立ちふさがる舞耶達を見て、口の端をつり上げる

「何よアンタ! 私達をつけてどーするつもり!」

「ヘ・・・ヘヘ・・・ヘヒャヒャハハハハハハ・・・見つけた・・・見つけたぞ・・・」

男の声が、壊れた歯車のようにきしんだ声が、舞耶に覆い被さった

同時に、男の身体から負の力が膨れ上がる、紛れもない、JOKER使いの気配

男の顔が、あの時のうららと、片山典子と、同じになる。

顔の全面が白くなり、目鼻が消え、、代わりに耳まで裂けた紅い口が顔を独占した

そして、殺意の道化師、ペルソナJOKERが発現した。 驚くべき事に、またしても大きく成長している

息をのんだうららが一歩下がり、全員が武器を構える。 パォフウが吐き捨てた

「やれやれ、またか。 さっさと片づけるぞ!」

「ヒ・・・ヒャハハハハハハハハ! わかんねえのか、魔女オオオオオオ!

俺だよ、俺! ヒャーハハハハハハ!」

「ぎゃああああああっ! なにあれええええ!」

うららが絶叫したのも無理はなかっただろう、それは怪奇映画を思わせるグロテスクな光景だった

ペルソナJOKERの腹が割け、中から無数の血管の様な、異様な物が飛び出した

それは宙から引っ張られるように浮き上がり、丸まるように固まり、そして形を為した

その型とは、即ち須藤竜也。 しかも、顔には火傷があり、尚かつ首から上だけである

形を為さなかった血管状の物は竜也の首を形成し、複雑に絡み合って蠢いた

首の脇からは無数の突起が伸び、足のように見える。

・・・血塗れの、首から上だけが人間の巨大なムカデ、そう、その異形の存在は見えた

もう、これは人間のなれの果てとさえ思えない。 竜也は、皆の驚きを確認し、楽しそうに言った

「ヒャハ・・・言ったろ、JOKERは死なねえってよ・・・

今の俺は、JOKERと同調している・・・これがどういうことか分かるか?

おぼえとけぇ! 俺は、今や何処にでもいるんだ! その辺のガキの中にも!

通りがかりの親父の中にも! その、てめえを殺そうとしたクソ女の中にもなあああああ!」

「い・・・いや・・・!」

頭を振って下がるうららの前に、かばうかのように舞耶が出、二丁の拳銃を構えた

楽しそうにその様を見、舌なめずりをすると、竜也は哄笑した

取り乱す皆の中で、唯一冷静だったのは舞耶である。 銃をおろすと、哀れみを込め言った

「あの子が、今の貴方の姿を見たら、悲しむわよ」

「・・・・・! うるせええええええっ! かんけえねえっ! てめえには、関係ねえええええ!

いいか、今回はこの体が弱すぎて、てめえらを殺すのは無理だ! だがな、何時か殺してやる!

潜在的に、町の住民全てが俺だ! その恐怖を思い知るんだなあああああああ!

こいつは置きみやげだ! ヒャーッハハハハハハハハハハハハハハア! マハラギダイン!」

狂乱した竜也が、火炎系の最高位攻撃魔法を発動させた

全員がペルソナ能力を全開にし、何とか耐え抜くが、大ダメージは避けられない

克哉とうららは大きく吹き飛び、舞耶は膝から崩れ、パォフウは壁に叩き付けられて苦痛の声を上げた

もう戦う力など残っていない、同じ攻撃がもう一度来たら全滅してしまうだろう

だが幸運なことに、それは竜也に乗っ取られた男も同様であった。

精神力を消耗しすぎ、JOKERを発動させることさえ出来なくなり、へなへなと倒れ伏す

這うようにして、克哉が舞耶の方に近づき、声を掛ける。 全身からはまだ煙が立ち上っているが

それでも自分より舞耶の心配をするあたりが、彼らしい行動だったろう

「大丈夫か、天野君!」

「私は大丈夫。 それより、うららを見てあげて」

火炎に耐性のあるペルソナを付けていた舞耶の傷は浅く、笑う余裕さえあったが

精神的に大きな打撃を受けたうえ、物理的にも大ダメージを受けたうららは深刻で

克哉はその状況を悟ると、直ちにペルソナをゲンジョウに切り替え、回復魔法を発動させた

向こうで何とか立ち上がったパォフウが、煙草を取りだし、それが消し炭になっているのを見て言った

「やれやれだぜ。 一刻も早く、写真の奴らなり、誰かなりと共同戦線はらねえと・・・

悔しいが、もう俺達だけじゃあ手におえねえ。 冗談じゃねえぜ」

「珍しく弱気ね。 パォフウらしくないぞ! レッツ・ポジティブシンキング!」

「何で、こんな状況でも明るいんだお前は!」

「・・・そうね。 でも、これが私だから。

さあ、早くここを離れよう。 またあんなのがきたら、今度は冗談抜きで手に負えないわ」

何とか立ち上がった、うららと克哉が頷く。

舞耶の言葉は真実であり、男を急いでベルベットルームに運ぶと、彼らはその場を後にした

 

異常な事実に気付いた南条の元に、桐島と上杉が訪れたのは、夜も更けてきた頃だった

現在、南条は留美子の入院している病院のすぐ側にある、小さな邸宅に住み込んでいる

一緒に住んでいるのはナナミと松岡だけである。 情報収集チームは、鳴海区の別荘にいるのだ

「でひゃひゃひゃひゃ、こんば・・・」

バカ笑いを上げた上杉の声が止まった、彼の視線の先には、終日の情報整理で殺気だったナナミがいた

彼女も視線を上杉に向けていたが、その視線は冷酷で、恐ろしい事に薄ら笑いを浮かべてさえいた

それが集中力を乱され、仕事を邪魔されたことに起因する怒りだと悟り、上杉は縮み上がった

ナナミは、彼が最も苦手とする女性である。 この世で最も苦手な相手でもあった

上杉は黛にも頭が上がらないが、ナナミに対する感情はそれと違い、純粋に恐怖だけで占められている

理由は、本来彼が人一倍相手に気を使うタイプで、ナナミの冷酷さとそりが合わなかったことである

無論、共同戦線を張ったこともあるし、「人間的な」感情があることくらいは知っているが

一度見せつけられた、徹底的な冷酷さに対する恐怖は結局克服できず、今でも苦手なことに代わりない

対して、桐島はナナミに苦手意識を持ってはいない。 元々悪魔が大好きな桐島にとっては

ナナミはぬいぐるみよりも可愛い相手であり、観察したい相手でもあった

怯えきった上杉の前に出ると、桐島は三年前に比べてどことなく堅い笑顔を作る

「GoodEvening、久しぶりですわね、Night mare。 Keiは何処ですの?」

「ダーリンなら、今奥の部屋で精神集中してるです。

そろそろ出てくるはず・・・あ、今出てきたですぅ!」

「む、桐島、上杉。 久しぶりだな」

そういって、奥の部屋から現れた南条は微笑みを浮かべた

同窓会なら、今までにも何回か行っているが、こういう殺伐とした理由で集まるのは初めてである

椅子を勧めて、二人を座らせると、南条はレポートを二人の前に出し、情報の提示を求めた

桐島は上杉にそれを促し、自身はレポートに目を通し出す。 ナナミの視線を受けて青ざめながらも

上杉は石神千鶴に対する情報のうち、仕入れてきた物を公開した

石神千鶴にたいし、南条は新世塾の駒の一つだという印象を抱いている

だが、ナナミも彼も、千鶴の圧倒的な魔力は感じており、ただの駒であるとは思っていない

そして上杉と桐島が収集した情報は、南条の予想を超えた物であった

「・・・と言うことは、奴らはマスコミのコネを利用し、でっち上げを行ってまで

石神千鶴の名声を作り上げた・・・というのか?」

「そうっス。 最初に千鶴さんが有名になったのは、ナントカって若者向きの雑誌で

よく当たる占い師って紹介されて、口コミでマジに当たるって噂が流れて・・・

あと、テレビ番組とかで、ずばずば占いを的中させたみたいなんスけど

それは当時のディレクターが仕組んだやらせらしいっスよ。 間違いないっス

まあ、このギョーカイじゃあ良くある事スから、誰も気にしてなかったみたいスけど・・・」

「しかし、いつのまにか千鶴の占いは本当に当たるようになり、実力と名声は揺るぎ無い物になった」

そこまで言うと南条は言葉を一旦切った。 それにはかなりの金が必要だったはずであり

単純なスポークスマンとしての駒を作るには、少々度が過ぎた出費であろう

民衆に噂を拡散させる為だけのスポークスマンなら、誰か有名人でも抱き込むか洗脳すればよいのだ

南条が横を見ると、ナナミも同様の疑問を抱いたらしく、顎を摘んで考え込んでいた

ふと、二人の思考が中断した。 側にいる桐島が、レポートの概要を読み、顔に驚愕を浮かべたからだ

「Oh・・・・Unbelivable! 噂が・・・本当になる? Kei、本当ですの?」

「俺も信じられなかったが、その仮説が正しいと、今までの異常現象に全て説明が付く

それに、ナイトメアと俺がそれぞれ独自に出した結論だ。 ほぼ間違いないと思う」

「確かに、ナイトメアちゃんも同じ結論を出したなら・・・間違いないっすね」

上杉がナナミの顔色をうかがいながら言った。 彼もナナミの知謀は認めている・・・というよりも

彼女の度が過ぎた知謀が、全てを見透かすような頭のキレが、恐怖の一因となっているのだ

肩をすくめると、南条は先ほど入った情報を公開した

それは、どうやらJOKER使い達が搬入されたらしい鳴海区の理学研究所

そこへの侵入経路と、方法であり、内部の地図も一部混じっていた

「この作戦には、城戸と園村も参加してもらう。 先ほど連絡を取って、協力は既にOKしてもらった」

「分かりましたわ。 Wanglong千鶴の方は、私とBrown、それにYukinoでなんとかしますわ」

「あの女、凄い魔力の持ち主です。 油断すると火傷じゃすまないですぅ

それに、もし理学研究所に神取がいたら・・・・戦力不足は否めない」

今まで黙っていたナナミの、突然で深刻な言葉は、皆を黙らせるのに充分だった

神取はペルソナ使いとして、間違いなく世界最強を争える一人である。 周防達哉にも勝るだろう

三年前、奴は南条とナナミと、その仲間達全員を一人で相手にし、五分の戦いを行ったのだ

今の南条は三年のブランクもあり、当時より実力が落ちる。 園村も城戸も同様である

そんな状態で神取を相手にしたら、確実に勝てない、生きて帰れるかどうかさえ怪しい

更に、石神千鶴も、簡単に情報を引きずり出せる相手とは思えない。 戦力が不足しすぎているのだ

ナナミがずっと悩んでいたのはそこだった。 戦略的に、戦力不足が過ぎるのである

せめて稲葉と綾瀬、それに弓月がいれば、話は違うのだが・・・

場の空気が重く沈み込む、それを打開するように、桐島が口を開いた

「Wanglong千鶴のTV出演は、明後日の夜ですわ。 それまで情報を集めましょう

今日から私は暇ですので、手伝いますわ。 何かの役には立てると思います」

「感謝する。 上杉、貴様はどうなのだ?」

「お、俺様はちょっと、これから仕事があるっス! じゃ、失礼しますっ!」

言い残すと、上杉は逃げるように出ていった。 ナナミが肩をすくめる

「へっ、相変わらず考えが見え見えですぅ。 まあ、テレビ局に戻るなら、向こうの情報を

集めて於いてくれるでしょうから、問題はないですけど」

「ふふ、そうですわね。 でもNight mare、あまりBrownを虐めてはいけませんわ」

曖昧に返事をすると、ナナミはすぐに書類の際チェックに戻った

南条もそれにならい、桐島が手伝いに入る。 時間を、一秒でも無駄にするわけにはいかなかった

 

その頃、病院では、周防達哉が怪我を癒し終わり、留美子に自分が竜也を殺した事を言い

悲しみがこもった視線を背中に刺されながら、その場を後にしていた

盗聴器には、様々な情報が入っていた。 それを聞いたナナミは、翌日整理を行い、記録した

南条圭と天野舞耶が共同戦線を張るまで、後一日。

一時沈静化していた異常事態が、激流にさしかかるまでの時間と、ほぼ同じであった

誰もが真実を求めている。 だが、それは必ずしも幸福への道ではなかっただろう

                                   (続)