空港にて

 

稲葉正男は空港で、母親と共にそわそわしていた

彼は今日、日本を旅立つ。 「あの事件」によって堅く結ばれた仲間達との友情は忘れないが

修行でアメリカに行く以上、当分帰ってくることは出来ないだろう

仲間達に、今日旅立つことは告げてある。 おそらく、全員来てくれるだろう

しかし、今はまだ、誰も来ていない。 稲葉は腕時計に目をやり、呟いた

「おせえな、あいつら。」

その瞬間だった。 目の前に煙が吹き上がり、鳩が唐突に、無数に飛び立つ!

周囲の人間達が驚愕する中、煙がはれ、そしてそこには一人の男が立っていた

「待たせたな・・・」

それは、彼の友人の一人城戸玲司であった。

稲葉は、一番来る可能性が少ないと思っていた仲間が城戸であったが、予想は外れた

城戸は手品が得意である。 これは、彼が友人を送り出すため、精一杯考えたもてなしだったのだろう

 

程なく、上杉秀彦と桐島英里子が現れた。 稲葉の母は、城戸の母と話し込んでおり

此方には注意を向けていない、稲葉には有り難かった

上杉はいつもながら奇抜なファッションをしていた。 相変わらずの調子で、のたまう

「うし、まーくんを送り出すために、俺様が必死に考えたギャグを披露するぜえ!

新ネタ! はははははははははは! はが十個で、鳩!」

周囲が凍り付いた。 稲葉が思考停止から立ち直り、答える

「ありがとうよ、上杉・・・」

「MARK、私からはこれを差し上げますわ」

桐島が前に出る。 とりいだしたるは、得体の知れない変な人形だった

「これは、ある地方に伝わる呪術人形ですわ。 これを使うには・・」

「ひいっ! 桐島、ありがとよ、それだけでいいから!」

オカルトマニアの桐島に、解説されたら、夜眠れなくなってしまうだろう

話を逸らそうと、振り向く稲葉は、南条とナナミが歩いてくるのを見た

 

二人は、稲葉が最も苦手な者達で、特にナナミは彼の天敵と言っても良い

南条は眼鏡を直すと、稲葉の肩を叩き、言った

「稲葉、お前の絵を見せてもらった。

園村の物ほどではないが、なかなかに芸術性のあるいい絵だ

しかし・・・」

「しかし、なんだよ」

「芸術家につきものなのは、スポンサーに恵まれず、経済的に困窮することだ

金に困ったら、何時でも俺の元に来い。 相談に乗るぞ

ただし、最低限の援助しかできんがな。」

「ああ、ありがとうよ。 ・・・嬉しいぜ」

素直に喜び、稲葉は握手を受けた。 貧乏性な南条が、資金援助を申し出るというのは

最大限の好意から出る行動だと、彼はしっていたからである

「稲葉お兄ちゃん、これをあげるですぅ!」

稲葉が最も苦手な少女の声に、背筋に冷たい物を感じながら振り向くと、ナナミが笑っていた

その小さな掌の上には、何かの薬瓶が載っていた。 ひきつる稲葉に、ナナミがいう

「これは、栄養剤ですう! アメリカで不健康な食生活をして、身体壊したら飲むです!」

「・・・・色々配慮、ありがとよ。」

思ったよりまともな相手の行動に、稲葉は溜息をつき、喜んで好意を受けた

彼はしらない。 その薬は栄養剤ではある物の、南条コンチェルンの所属企業である

製薬会社の作った新薬で、面白い副作用があることを

ただ、命に関わるような副作用ではないし、アメリカでは得になるような効果だから

それも、ナナミらしい配慮といえたやも知れない

不幸な稲葉の元に、今度現れたのは、黛ゆきのと綾瀬優香であった

黛は姉御肌の人物で、面倒見がよく、笑いながら稲葉の肩を叩いた

「がんばんな。 大丈夫、アンタなら出来る!」

「ああ、サンキュな、姉御。 姉御も、カメラマンがんばれよ!」

黛は頷くと、もう一度稲葉の肩を叩いた。 二人は芸術面での夢を目指している同志でもあった

 

「稲葉、がんばんなよ。 アヤセも、色々がんばるからー」

「あの事件」で、一番成長したであろう綾瀬は、相変わらずのコギャルルックであったが

内面は大いに成長し、今だけでなく未来も、自分だけでなく他人も考えられるようになっていた

かっては反目しあっていた二人であったが、今は自然に話すことが出来た

ふと稲葉が振り向くと、弓月と園村が此方に歩いてくるのが見えた

仲間達は、全員来てくれたのだ

 

園村は、かって存在していた今一つの人格に、日々近づいているようだった

もはや、病院から出られなかった頃の面影はない

そして、無邪気な天然ぶりも、昔とは違う個性となって現れつつあった

「稲葉君、アメリカいっても頑張ってね! 私、稲葉君がいつまでもお友達でいてくれると嬉しいな!

だって、稲葉君ぐらいいい人、滅多にいないモン!」

「あ、ありがとよ、園村・・・くうう・・・」

やれやれと南条が肩をすくめ、黛が苦笑する。

一瞬にして、稲葉の心を深く傷つけながら、だが悪気無く、理由も分からず、園村は微笑んでいる

弓月はただ静かに微笑むと、稲葉と握手した。 それだけで、充分だった

時間が来た。

稲葉は飛行機に乗り込み、遅れてきた冴子先生にも見送られ、アメリカに旅立っていった

 

稲葉が旅だった後、南条は、ふと周囲の通行人達が自分たちを遠巻きにして

ひそひそ何事か話しているのに気付いた。 首を傾げる南条

「ナイトメア、俺達が何故注目されるのだ?」

「決まってるです、キャラが死ぬほど濃いからですぅ。 しかも、全員」

「・・・そうか。 まあ、夕食の食費に比べれば些細なことだ」

周囲の者達が吹き出すのにも気がつかず、南条はナイトメアと共に帰宅していったのだった