めくるめく狂気

 

序,最期の言葉

 

「JOKERは、死なねえぞおぉおおおおおおおっ!」

燃え落ちる飛行船の中で、須藤竜也は絶叫し、そして倒れた

瞳孔が拡がって行く。 狂気に生き、狂気に滅びた男の、「向こう側」と同じ最期であった

須藤を倒したのは、周防達哉。 よく似た名ではあったが、心は竜也とは地平の彼方にあった

剣を振るい、血を落とした達哉は、燃え落ちる飛行船から他の人間を脱出させ、その後振り向いた

「・・・・言い残したい事があるんじゃないのか?」

「ヒ・・・ヒヒャハハハハ・・・げ、げごほっ! 俺が、息を吹き返すって、どうして分かった」

「お前のペルソナの気配が、僅かに残っていたからだ。 さあ、もう時間がない

俺にも、お前にも・・・」

息を吹き返したとはいえ、致命傷は残っており、もう長くは持たないだろう

それに、達哉も早く脱出せねば、飛行船は海面に激突してしまう

竜也は、血の固まりを吐き出すと、静かに言った

「森本病院に、高田留美子ってガキがいた・・・今は南条圭って男の下にいるはずだ

奴に・・・奴が大きくなったら、俺が詫びていたって・・・・伝えてくれよ

ヒ・・・ヒヒャハハハ! 笑えるだろ、俺が、この俺が、ごぼっ、ごほごほっ、人に・・詫・・び・・」

「いや・・・・」

今度こそ動かなくなった竜也に歩み寄ると、達哉は目を閉じてやった

「最期に、お前は正直になれたんだ。 俺は・・・羨ましく思う」

達哉は目を閉じると、海面に身を躍らせた。 一分三十秒後、噂によって飛ぶ力を得た飛行船は

その短い寿命を終え、空を飛べたことに満足したかのように海面に接触し、爆発四散した

 

1,想い

 

「・・・竜也お兄ちゃん?」

南条資本の病院の一つで、高田留美子は目覚め、カーテンを開けて外を見た

何か、不吉な感じがしたのだ、彼女の友、須藤竜也に関する。

彼女は、殺されそうになってからも、須藤竜也の事を憎んではいなかった

幼いながらも、留美子は悟っていた。 竜也が果てしない孤独の中にいて、自分と同じだったことを

そして、竜也が決して自分を嫌ってはいなかったことを

この病院は、森本病院とは別次元のようにいい環境で、精神的なケアも確保され

同世代の子供もいて、何より時々ナナミと南条圭が見舞いに来てくれた

ベットから起き出し、外に出ようとすると、ここへ来ようとしていたナナミと正面から出くわした

手にはケーキが提げられている。 カロリー計算から、あまり高カロリーの食品は持ち込めないが

今日は森本病院の記録から、留美子の誕生日だと言うことが分かっており、特別に許されたのだ

ナナミは少なからず驚いたようだった。

今までショック状態で、外にも出られなかった留美子の状態の好転

それに、彼女には隠したい事実を知っていて、心の整理がつかないうちに会ってしまったと言う事にも

冷酷冷徹を地でいくナナミが、やっと貧弱な言葉を絞り出し、笑顔を作り出す

「誕生日おめでとう。 ケーキ持ってきたです

・・・・。 外に出て良いんですかぁ?」

「竜也お兄ちゃんが・・・死んだのね」

言葉を失ったナナミに、留美子は無表情なまま続けた

「たくさん人を殺して、たくさん悪いことをして・・・報いを受けたんだよね

分かってる。 分かってるよ。 でも・・・・もう一度、会いたかった」

それだけ言うと、留美子は、どんなに怖くても、悲しくても、決して見せなかった涙を初めて見せた

無言のまま、遅れて病院に着いた南条と、ナナミは静かに立ちすくんでいた

 

虚しい雰囲気のまま、誕生日は過ぎていった

元々、南条も、留美子も、あまりおしゃべりな方ではない

厳かにケーキの火が消され、留美子へ南条とナナミのプレゼントが渡され

ケーキが切り分けられ、皆が黙々と食事に勤しむ

白いクリームに覆われたケーキは水準を遙かに超える美味で、甘味がさほど好きでない南条も

家訓から舐めたように皿をきれいにしながら、切り分けられたケーキを平らげた

時間がどれほど過ぎた頃であろうか、留美子が突然に発言した

「南条お兄ちゃん、ナナミお姉ちゃん、ごめんね。

・・・せっかく、誕生日を祝ってくれたのに・・・ルミ、こんなパーティ初めてなのに・・・

こんな素敵なパーティ開いてくれたのに・・・喜ばなきゃいけないのに・・・」

「無理をするな」

南条が咳払いをして、ナナミが見守る中、蕩々と発言した

「俺は、無理がどれだけ辛いか知っている。 無理をして、己の心に嘘をついて

それ故に・・・破滅した男を知っている」

ナナミの脳裏に、三年前に「ダーリン」と、仲間達と一緒に戦い倒した、ある男の顔が浮かんできた

誰よりも頭が良く、冷酷鋭利な男であったが、自分の存在意義が見いだせず

ある一人の少女、その心の闇を利用し、人類の抹殺をたくらんだ男・・・

ヘルメットを脱ぐと、南条は僅かに口の端に笑みを浮かべ、続けた

「君はまだ子供だ。 無理はするな。

我々こそ、傷心の君の元に、無理矢理押し掛けてすまなかった」

「・・・・・。 ごめんなさい・・・

あの・・・」

立ち上がり掛けた南条を、留美子が引き留めた。 その目に、決意の輝きがあった

 

それから、留美子は病院であったこと、須藤竜也のことを、思い出せる限り詳細に語り始めた

今までどんなに優しく看護婦が接しても、医師が接しても、決して口を開こうとはしなかったのに

南条の言葉が、かたくなになっていたその心を溶かした

青臭いと事だと南条は思ったが、それは紛れもない事実であった

南条が特に興味を引かれたのは、留美子の記憶にある竜也の言葉、そのうちの二つ

「親父が俺をこんなにした」と、「向こう側」であった

須藤竜也は、自分のことが嫌いではなかった事が、言葉の節々から伺える

故に、「こんなにした」という言葉を、自分の人格的な面で使うはずがない

つまり。「こんな」が、竜也個人の人格ではなく、ペルソナ使いとしての能力である事は明らかであった

それが本当だとすると、彼の父親である須藤竜蔵は

息子を何らかの手段で、意図的にペルソナ使いにする事が出来、なおかつそれを実行したことになる

これだけで、竜蔵がこの事件に、意図的に一枚かんでいることは明らかであろう

また、向こう側という言葉も、分析してみるまでもなく、明らかにパラレルワールドの事だと分かる

南条は、三年前、別の世界とこの世界を物理的に融合させる装置のせいで

ある一人の少女が、孤独な病室で心の中に作りだした世界を、仲間達と共に旅したことがあった

だからパラレルワールドとなどといっても、単純に笑い飛ばせない

ましてや、異常なまでにペルソナ使いが跋扈する、この地においては。

南条はイギリスのケンブリッジ大学に通っているが、向こうでペルソナ使いを見たのは偶然のただ一度

同学年に九人もペルソナ使いがいた彼の学校の状況が、如何に異常か思い知らされることになった

まして、森本病院では彼のパートナーのナナミが、五人ものペルソナ使いを確認しているのだ

この地には何か起こる。 状況を知る者なら、誰しもそう思ったことだろう

状況をナナミと共に整理し、異常なまでの混沌に溜息をつく南条

入ってくる情報は豊富だが、それを整理するのは一仕事であり、分析するのは更に大変である

気分転換に、彼がふとテレビを見ると、最近噂の占い師、「ワンロン千鶴」が出演していた

千鶴は長い黒髪の美女だが、優しさよりも鋭さ、温かさよりも冷たさを感じさせるタイプで

自然な笑顔が作れないと嘆く南条の同級生のモデル、桐島英理子とは違う意味で作り笑いが際だつ

彼女の作りだした「ワンロン占い」は、簡単且つ当たるという噂が流れて以来

爆発的な人気を博し、今では社会現象にさえなっている程である

「この女、実際に凄い魔力の持ち主ですぅ。 油断しない方がいいです」

そう、ナナミが言ったことがある。 南条もそれを感じていた

ナナミは政戦両面でのパートナーであると同時に、彼に匹敵するほどの知謀の持ち主であり

巫山戯ている時以外は、その知性は剃刀の如き閃きを見せ、南条を失望させた事が一度もない

それ故、テレビ画面に一瞬集中した南条ではあったが、他愛ない会話に呆れ、視線をずらそうとした

次の瞬間、ナナミがビデオの録画ボタンを押し、南条が振り向く

テレビの中で、笑い事ではない会話が発生したからである

「で、千鶴さん。 最近噂のJOKER占いについて、どう思われますか?」

「JOKER占い」とは、自分の携帯に電話すると出る怪人「JOKER」に依頼すると

気に入らない人間を殺してくれると言う物で、最近高校生を中心に話題となったものである

最初は気にしていなかった南条だが、ナナミの持ってきた情報からそのJOKERが須藤竜也だったと知り

今ではJOKER占い関係の情報は全てチェックし、分析している

司会者は場を盛り上げるため、そんな事を話題に上げたかのように見えた

だがナナミは目を光らせ、呟く

「へっ、演技が見え見えですぅ。 この男、目が笑ってない・・・」

司会者の言葉に応えるかのように、千鶴が口を開く、その口の端に、薄笑いが一瞬だけ浮かぶ

南条が完全に視線を固定し、ナナミが南条の部下を呼んで番組のテープの取り寄せを頼む中

観客の驚きの声をバックに、千鶴はつらつらと言葉を紡ぎだしていった

その内容は驚くべきものであった。 オカルト的解説を極力省き、わかりやすく

彼女は殺人鬼「JOKER」が固有の存在ではなく、「JOKER占い」をした人間が

邪悪な心の闇「穢れ」に取りつかれ、殺人鬼になったものだと解説したのである

瞬間、南条の脳裏に危険信号が点灯した。 言いようもない、嫌な予感がしたのだ

南条の頭の中で、留美子から聞いた須藤竜也の言葉が、稲妻の如く横切る

「言霊だよ、言霊。 言葉にすれば、何でも現実になるんだよ」

「・・・あの司会者とメギツネ、明らかに台本に沿って演技してたです

ダーリン、何かあります!」

「・・・桐島、城戸、園村、黛、上杉。 奴らと連絡を取るぞ

稲葉と綾瀬、それに惜しいが弓月は・・・仕方がない」

南条が、かっての仲間のうち、稲葉と綾瀬と弓月を外したのには無論理由がある

稲葉はポップアートの腕を磨くため渡米し、綾瀬は結婚して遠くに住んでいる

また、南条が最も信頼する弓月は、「夢」を追い、今は中国地方を旅していると聞く

彼らとは、連絡が取れないわけではない。 しかし、すぐに力を頼れないだろう

それに、別の危険もある。 仲間全員を集めていると、もしも有事で全滅してしまったなら

その後、事態に対応できる者がいなくなってしまう。 戦略的に非情に不利である

敵の力が南条達より明らかに劣るなら話は別だが、相手は政界を牛耳る大物である可能性が非情に高い

勿論、連絡は取る。 ただし、それは彼自身からである

いつになく、拙速に思える南条の行動。 意外そうに、ナナミがその顔を見上げた

「いいんですかぁ? ナイトメアは、もう少し事態を静観した方が、良いと思うです」

「そうだな。 しかし、一応所在の確認と、何時でも連絡が取れるようにはしておく方が良かろう

杞憂で在ればいいが。 森本病院の事件を知らせておけ、ナイトメア」

ナナミは頷くと、携帯電話を取り出し、電話をし始めた

そして、南条の不安が杞憂でなかった事は、三日もしないうちに裏付けられたのである

 

2,渦巻く闇

 

芹沢うららの様子がおかしくなったのは、ワンロン千鶴の放送のすぐ後の事であった

同時に、町の様子も騒がしくなった。 至る所で発狂したように暴れ出す人間が現れ

更に、猟奇殺人が、堰を切ったかのように大量発生した。 

そして、黒塗りの車が、待ち受けていたかのように、暴れ出した者達を拉致していった

無論警察には通報が殺到したが、マニュアル化された警察は、この異常事態に手も足も出なかった

警察のふがいなさを嘆く周防克哉。 彼は優秀な警官であり、正義感の強い男であり

だからこそ、警察の対応力のなさには、人一倍失望に近い感情を感じたようであった

近寄るなと吐き捨て、飛び出すように出ていった芹沢うららが、「JOKER占い」をし

その影響でJOKER化しかけていることは、彼らには明らかであった

理由は簡単で、彼らは知っていたからだ。 噂が現実になると言う、この町の特異な現状を

芹沢うららが「JOKER占い」をするとなると、相手は誰か。

一刻も早くその相手を見つけ、保護せねば、うららは猟奇殺人鬼と化してしまうだろう

相手の候補に真っ先にあがった男がいる。 牧村洋一という結婚詐欺師である

うららを騙して結婚資金を持ち逃げした男で、結婚詐欺の常習犯であった

 

牧村を捜して、舞耶達が周囲を探し始めた丁度その頃

南条の友人達、五人のペルソナ使いは、それぞれに行動を開始していた

直接芸能界に関与している、マルチタレントの上杉秀彦、それにモデルの桐島英里子は

石神千鶴(ワンロン千鶴の本名である)の周囲を、密かにだが共同して洗い始めた

また、カメラマンをしている黛ゆきのは、自主的な行動で南条を助けることを約束

セラピストの助手をしている園村麻希、セールスマンの城戸玲司は、何時でも協力できる意志を示した

同時に、腹心の松岡に編成させた情報収集チーム(二人だけであったが)は、この混沌とした状況に

少ない資金から捻出した機材を使って敢然と挑み、幾つかの有用な情報を拾い出した

その中の一つに、どうやら誘拐犯達は天道連の構成員らしいというものがあった

天道連と須藤竜蔵の間に関係があることは、南条とナナミにはとうの昔から周知の情報である

結果、須藤竜蔵がこの事件に関係がある事が、この時点に於いてほぼ確実となった

後は竜蔵とその組織の目的に肉薄せねばならないが、それをするには情報が不足しすぎている

ただでさえ、今まで拙速に動きすぎた。 これ以上の軽率な動きは、致命傷につながり

あまつさえ、もしも敵に此方の正体が察知されたら、今の状態では確実に面白くない事態となる

思案を巡らす南条。 その肩を、ナナミが後ろから叩いた

「ダーリン、外に遊びに行くです。 ここにいても、多分良い知恵は出ないですぅ」

「確かに、いい知恵は出そうもないな。 ・・・しかし、遠くに行くわけにもいかん

ナイトメア、わざわざ言い出すということは、何かいい場所でもあるのか?」

「夢崎区で、美味しいソフトクリーム屋さんが・・・って、コホン。

さっきから、強烈な負の力が渦巻いてるところがあるです

多分、そこにあの須藤竜也の同類がいるですぅ。 しかも、おそらくは二人」

「・・・成る程、それは有意義そうだ。 是非行くとするか」

南条は苦笑した。 ナナミは彼が物理的に情報を探っている間に、霊的に情報を探っていたのだろう

パートナーは、欠点を補いあうべきだと、南条は松岡に日頃からいわれていた

そして、ナナミは見事にそれを果たしていた。 いずれ、借りを返さねばならないだろう

愛用の日本刀にカバーを付けて背負うと、南条はハーレーの後部座席にナナミを乗せ

彼女が指定した夢崎区へと、爆音と共に向かった。

イギリスにいた頃は、これが基本の移動スタイルだったが、日本では初めてであった

 

須藤竜蔵が長たる組織の名は、「新世塾」という

属しているのは政界、財界、軍事の大物ばかりで、協力者の中には南条の父の名もあった

千鶴は、その中で組織の霊的な面を任され、一時期、無理矢理竜蔵の愛人をさせられていた事もある

そして、彼女の下には、鳩美という変わった姓の姉弟が任され、補佐をしていた

姉が由美、弟が有作。 姉の由美はペルソナ使い、弟の有作はサマナーである

彼らは千鶴から、天道連の「JOKER狩り」を助けること、それに戦力を集め

強力な霊的能力の持ち主同士の戦いは全て記録し、情報を役立てる事を命じられていた

運命が引き寄せるかのように、潮が渦巻くように、南条と鳩美姉弟は近づいていた

 

3,ペルソナ使いVSデビルサマナー

 

天道連の組織員達は、森本病院での損害以外は、今まで一度も血を流さず任務を遂行してきた

それは、今回に於いてもそうであった。 たとえペルソナ「JOKER」を扱う人間と言っても

不意をついて麻酔薬をかがせ、眠らせてしまえばどうと言うことはない

作業の指揮をしているユンパオが有能であると言うこともあったが、ともあれ死人はでなかった

だが、それはこの日の午後、過去形になる事となった

「わざわざでかけてきたのにざんねんだたね。 オマエのでばん、たぶんないよ」

ユンパオが、車の助手席に座る少年に語りかける。 緊張感もなく、たこ焼きを頬張る少年は

台湾で一二を争う凄腕の殺し屋でもある、天道連の大幹部の言葉にも、動じる様子を見せない

肩をすくめると、ユンパオは警察(竜蔵は警察にも深く根を張っている)から入手した

自分の携帯電話への通話記録に再び目を通し、本日最後の目標を確認した

その名は片山典子。 七姉妹学園の運動部に所属する二年生で、なかなかの美少女だが

吉栄杏奈という先輩の熱烈なシンパであり、まるきり男に興味を見せない事を親が心配しているらしい

他の仕事があるユンパオは、自分は車から降りると、目的通り典子を拉致するよう部下達に命じた

彼はその部下達が、六人もいた殺しのプロが、二人しか生き残らない事など、知る由もなかった

 

片山典子に異常が生じたのは、ユンパオが車を降りる一時間ほど前であった

しばらく精神の異常に耐えていた典子であったが、限界が来た

彼女は敬愛する先輩と一緒にいたのだが、突如苦しみだし、心配する杏奈の手を振り払った

「いやっ! 先輩! 来ないで下さい! ノリコが、ノリコが・・・ノリコじゃなくなる!

先輩を・・・みんなを・・・傷つけてしまいます! お願い・・・来ないで!」

頭を振ると、典子は走り出した。 足を怪我し再起不能の杏奈が追いつける速度ではなかった

そのすぐ後に、黒塗りの車が二台現れ、走り去る典子を確認するとその後を追っていった

騒ぎ立てる周囲を無視し、杏奈は思案の末、以前世話になった天野舞耶に電話を掛けた

 

典子は走った。 狭い路地を抜け、空き地を走り抜け、やがて誰もいない廃ビルに入っていた

直線的に道路を獲物が走らなかったため、マフィア達を乗せた車は、なかなか典子に追いつけず

ようやく廃ビルに追いつめ、たこ焼きの最後の一個を頬張る少年を後目に、荒々しく車を降りる

「大人しくしろ! 何、すぐに楽になるから、じっとしてな」

マフィアの一人が、顔を下げて肩で息をしている典子にそんな言葉を掛け、大股で近づいた

次の瞬間、典子の肩が止まり、顔が上がった。

車の中でたこ焼きを飲み込んだ少年が、同じように顔を上げて外を見る

「うふふふ・・・だーめぇですう、典子ってば・・・・」

典子の顔は白かった。 目も鼻もなく、耳まで裂けた口が、血を吸ったような紅い唇に覆われ

除く歯は、異常なまでに白い。 周囲を、途轍もなく邪悪な気配が蹂躙する

「いまは、JOKERですからああああああ! ヒヒャハハハハハハハ!」

マフィアの顔に、拳がめり込んだ。 それは人間の力ではなく、顔がひしゃげて潰れるに充分だった

顔が全壊し、首の骨が折れたマフィアが吹き飛び、残った仲間達が恐怖の声を上げる

「なんてこった! もうJOKER化してやがるぞ!」

典子の笑い声はどういう訳か、あの須藤竜也の物とそっくりであった

再び身を震わせて笑うと、典子は魔法を唱えた。 強烈な水圧が、饅頭のように二人の男を押し潰す

更に一人が、典子の蹴りを喰らった、JOKER使いの戦闘力は、人間個人の能力に大きく影響される

陸上部で、鍛えた典子の蹴りであり、しかもいまは十数倍に強化されている。

生身の人間では、ひとたまりもなかった。 上半身と下半身が泣き別れになり、男は千切れ飛んだ

「ヒャハハハハハハハハ! 楽しーい! 皆殺しー!!」

「おーっと待った。 姉さん、そこまでや」

車から降りてきた少年が、大阪弁で典子を制した。 生き残った二人が、あたふたとその背後に隠れる

「そろそろ仕事せえへんと、身体なまってしかたないさかい、堪忍してや

来い、サイクロプス、ドヴェルガー、ルサールカ、ブロッブ!」

少年が腕のパソコンを操作すると、血で塗装された床に魔法陣が発生した

同時に異形の者、悪魔が出現し、典子が後ずさる。 後の展開は単純だった

サイクロプスが巨体から拳を振り下ろし、避けきれずに典子が倒れ伏し、意識を失ったのである

 

「近いですぅ! こっち・・・!」

南条がハーレーを駆り、ナナミが指定した方へ突き進む

だが、もう指示される必要はなかったかも知れない。 今では、凶悪なペルソナの気配が

服の上から、冬の冷気のように、南条の肌へじりじりと伝わってくる

有作は有作で、南条の接近を感じ取っていた。 急いで典子を縛り上げるが、その時南条が到着した

廃ビルの入り口に停車している不審な車。 眉をしかめると、南条は二階へと駆け上がり

大ホールで展開されている光景に怒りを覚え、ついで口を開く

「何者だ! ・・・婦女子を拐かそうとは、不埒なしれものがぁ! 恥を知れ!」

銃を抜こうとするマフィアを、有作が手で制し、典子を連れていくよう促し

自分は仲魔と共に南条とナナミの前に立ちはだかると、言い返す

「あんさん、ペルソナ使いのようやな。 わいの名は鳩美有作、おぼいといてや

この姉さんは、ちいと用があって、渡すわけにはいかんのや。

・・・っていうても、きいてはくれへんか」

「いうまでもない、力尽くでいかせてもらうだけのことだ」

「でもわいも仕事やさかい、引き渡すわけにはいきまへん。」

二人の間に渦巻いていた殺気が、この瞬間爆発的に膨れ上がった

マフィア二人は顔を見合わせると、典子を担ぎ上げ、車を出した

エンジン音が、戦闘開始の合図となった。 南条は刀を抜き、ペルソナ愛染明王を発動させ、叫んだ

「ナイトメア! 行くぞ!」

「はいです!」

ナナミがワルサーを懐から取り出し、安全装置を外してそれに答えた

 

サマナーの最大の弱点は、本人にはペルソナ使いほどの、圧倒的な戦闘力がないことである

最もこれは本人の力量が大きく関係し、一流のサマナーは二流のペルソナ使いより遙かに強い事もある

だが、一流のペルソナ使いと一対一で戦えば、勝機はないだろう。 あくまでサマナーは指揮官なのだ

その為、サマナーは仲魔を刃にすると同時に、鎧にし、盾にもせねばならない

南条も、ナナミもそれは知っている。 同級生に一人、超一流のサマナーがいたからだ

故に、戦略も、それに基づき取るべき戦術も、相手がサマナーである時点で決まっていた

つまりは悪魔とサマナーを引き剥がし、サマナー本人を集中的に叩いて、悪魔を無理矢理消去する

或いは、同様に悪魔とサマナーを引き剥がし、各個撃破する。 南条とナナミは、後者を選んだ

「まかせる、愛染明王! マハガルーラ!」

南条が先制し、攻撃魔法を発動させた。 狙いは、悪魔でもなく、サマナーでもなく、地面

コンクリートの床が、強烈な風圧に削り取られ、元々あった埃も手伝い、即興の煙幕を作り上げる

「あかん! お前達、こっちに・・・・!」

「グガ! グガアアアア!」

声を出したのが失敗だった、ナナミと南条は同時に煙を突き破り、それぞれ悪魔と有作の前に出現した

南条が刀を振り下ろし、風を切って迫るそれを、有作がアーミーナイフで受け止める

一方、ナナミは懐から何かの瓶を取り出し、それを空中に放り上げ

放物線を描いてとぶそれが、悪魔達の上にさしかかった時点で発砲し、撃ち抜く

瓶の中身が悪魔達の顔に、飛沫となって飛び散った、悲鳴が盛大に上がった

無理もないことであったろう、それは圧縮された、高濃度の硫酸だったからだ

走って間を詰めながら、ナナミは魔法を唱え、発動と同時に翼を広げ飛んだ

「ドルミナー!」

悪魔達の一体、最も巨体を誇るサイクロプスが、眠りの魔法に精神を拘束され、虚脱状態に陥る

次の瞬間、ナナミがその顔にへばりつき、一つしかない巨大な瞼の間に、ワルサーを突っ込んだ

銃声は意外に小さかったが、確かに五つ、はっきりと響いた。

幾ら強靱な肉体を持つサイクロプスとて、これにはひとたまりもなかった

高位の悪魔には、精神と肉体を同時に滅ぼさねば倒せないような強者も多いが

サイクロプス等の下位の巨人では、肉体を破壊すれば充分に葬ることが出来る

ナナミの使っている弾は改造弾で、敵の内部で破裂し、四方八方に飛び散って肉や内臓を切り裂く

脳味噌をずたずたに切り裂かれ、それでも数秒立っていたのは驚きに値するだろう

だがサイクロプスは死んだ。 数秒の虚脱の後、ドヴェルガーの上に倒れ込み、もろともに死んだ

ドヴェルガーは圧死だった。 二百キロ以上の巨体が押しかかったのだから、仕方なかっただろう

それを待たずに、ナナミは次の魔法を唱え、ようやく顔を上げたルサールカに叩き付ける

「へっ、地獄にいくですぅ! ムド!」

一撃必殺の魔法は、絶大な効果を示し、ルサールカは泡を吹くと、地面に落ちていった

残るは一匹、そう思ったナナミの耳に、「ダーリン」の警告が飛び込んできた

「ナイトメア! 横に飛べ!」

南条は、「危ない」とか「下を見ろ」等といった、相手に二段階の思考を要する警告を飛ばさなかった

ナナミもその機転に答え、即座に横へ飛んだが、相手の行動は更に早かった

赤黒い、鞭のような触手が伸び、ナナミの右足を捕らえたのである

それは、生き残ったブロッブの触手であった。 元々酸を体中に帯びているブロッブには

硫酸は大した効果を示さず、ナナミは敵を見下ろして舌打ちした

「にょにょっ! 許さないにょ! みんなのカタキにょ! とかしてやるにょ!」

ブロッブが甲高い声でわめく。 触手はそれ自体が酸を帯びていて、ナナミの肌を焼いた

苦痛に顔を歪ませながらも、ナナミは触手にワルサーを撃ち放つ、しかし弾は虚しく触手を通り抜けた

どうやら、これは神経を使わず、魔力で動かしているらしい、ブロッブが哄笑する

「にょにょにょ! むだだにょ! これでもくらうにょ!」

どどめ色の液体が、ブロッブから噴き出された。 力の加減を調整し、それをかわすナナミの後ろで

液体の直撃を浴びた壁が、瞬時に腐食し崩れ去る

南条がちらちらと視線を送ってくる、彼は押し気味に戦っていたが、ナナミが破れれば彼も危ない

それを見て微笑み、親指を立てると、ナナミが呪文を唱え始めた。 その意図を察し、南条が動く

強烈な攻撃を有作に叩き付け、距離を取ると、ペルソナを発動させ、叫ぶ

「ゆけ、愛染明王! ホーリィライト!」

「にょ・・・にょおおおおおおおおおおおっ!」

邪悪を滅する聖なる光を浴びて、ブロッブが崩れ、溶け去っていった

「げ・・・自分のパートナーごと殺る・・・とんでもないやっちゃな、あんさんは!」

有作が身震いし、後ずさった。 南条は無表情のままだった

ホーリィライトは、広範囲に効果を及ぼす魔法で、あの状態で撃てば当然ナナミも巻き込まれる

ナナミは闇に属する悪魔である。 当然、ブロッブと運命を共にした・・・そのはずであった

だが。 光が収まると、ナナミは平気な顔をして現れたのだった

南条が微笑み、有作が驚愕する。 二人の視線を浴びながら、ナナミは悠然と弾丸を装填した

「さっすが、ダーリンですぅ! ナイトメアが、マカラカーンを唱えるのを予測してくれたんですね!」

「当然だ。 残るはこの少年だけだな」

頷くと、足に残ったブロッブの残骸を放り捨て、ナナミが地面に降り立つ。

そう、ナナミが唱えていた魔法は、魔法を防ぐマカラカーンの魔法であったのだ

触手がからみついていた右足は、真っ赤に腫れ上がっていたが、ナナミに動じる様子はない

そのまま足を引きずりながら、彼女はサイクロプスの死骸に歩み寄り、力を根こそぎ吸収した

怪我が、見る見る回復して行く。 あまり大きな力を一片に吸収すると生死に関わるが

ナナミのキャパシティは、三年前に、一度サイクロプスなど比較にもならないレベルまで上昇している

故に、何の問題もない。 体力を回復し、ワルサーの安全装置を外すと、ナナミは有作を睨み付けた

「ほんとはぶっ殺してやるところですけどぉ、色々聞かなきゃいけないから半殺しで勘弁してやります

痛い思いしたくなければ、とっとと投降するです!」

「そう言うことだ。 武器と、コンピューターを捨てろ!」

「・・・へん。 なめないでもらいたいもんやな。 わいの悪魔がこれだけやとおもうたか!

来い、ショゴス! オマエの出番や! 勇姿を見せる時やぁ!」

再び、悪魔が出現した。 それは、さっき倒されたブロッブを数倍に大きくしたような悪魔であった

一つ目を光らせ、ショゴスは召喚士にすり寄り、敬意を示した

 

4,姉弟

 

「ほう、その悪魔が切り札か」

南条が刀を構え、息をゆっくりと吐き出す。 ナナミがその横で、ワルサーを少年の額に定める

「このショゴスは、わいがサマナーなってからの、昔っからの、大親友や!

ショゴス! 見せてやれ、オマエの力を!」

有作が身をそらせて笑うと、ショゴスはその壁になるかのように、前に出た

身体に無数の穴が開き、海底のブラックスモーカーのような尖塔が伸びる。 それが攻撃の合図だった

穴はそれぞれが強酸の体液の発射口であった、一呼吸於いて、無数の散弾のように、強酸が発射された

南条がペルソナを発動させ、ナナミが後ろに隠れる。 強力なオーラが、酸を中途で蒸発させる

それに対し、ショゴスは攻撃を続け、更に有作がマシンガンを後ろの荷物から引っぱり出し、撃つ

さっき南条とナナミが見せたような、完璧且つ巧妙なコンビネーションである

転機は意外に早く訪れた。 南条は攻撃を防ぎきれないと判断すると、横に飛んだのである

同時に、完全に示し合わせ、ナナミが逆方向に飛ぶ

虚空を抉って、酸とマシンガンの弾が飛び、後方の壁に着弾した

夢崎区は繁華街であるが、この廃ビルは大きく且つ防音形式で、外に音は漏れない

それは幸運でも不幸でもある。 他人が巻き込まれない代わりに、不利になっても助けは来ない

両方向に飛んだ相手に、ショゴスと有作の攻撃が一瞬遅滞し、その隙を南条とナナミがつく

ナナミがワルサーを撃つ、狙いは無論有作の眉間である

南条が魔法を撃ち放つ、狙いは勿論有作である

二つの攻撃が炸裂し、場は煙と静寂に包まれた。 ナナミが素早く南条に駆け寄り、体勢を立て直す

改めて周囲を見回すと、このビルはうち捨てられてからまだ間が無く、内部構造はしっかりしている

真相を言えば、ここを経営していたオーナーが破産し、別の者がすぐさま買い取り

だがその人物も経済状態が悪化したため、再建の暇もなくうち捨てられているのである

入るとき、ナナミはどこかで見たビルだとは思った、そして今、事情を思い出した

ビルの細かい構造までは知らないが、もしもの時には切り札が使える

「・・・・ダーリン、このビルは何階だったか覚えてますかぁ?」

唐突な言葉に驚いた南条だったが、すぐに意図を察し、思案を巡らす

ナナミがこういう状況で無意味な発言をしない事をよく知っている彼には、状況の緊迫と

同時に、階数を知ることが切り札につながることが悟れたからだ

やがて、短い時間の後、南条はナナミの意図に気付き、そして敵の無事にも気付いた

刀を構えなおし、彼は早口に答える

「外から見るに、十階から十二階といった所だろうな。 ・・・走るぞ!」

南条の視線の先には、膜状に身体を伸ばし、主人を守りきったショゴスの姿があった

ワルサーの弾も、魔法も、膜を突破は出来なかった。 有作が高笑いする

「はーっはっはっはあ! 無駄やぁ! このショゴスはわいのマブダチやでぇ!

そんじょそこらのショゴスとは、格が違うのや! 観念せいや!」

南条が走り、ナナミが飛ぶ。 さっきビルにはいるとき、構造は把握し、頭にたたき込んでいる

目指すは階段である。 後ろから、凄まじい勢いで、ショゴスが通路いっぱいに追ってくる

階段を上り、九階まで一気に駆け抜ける。 南条が上を見て、笑みを浮かべた

そこには、ビルがデパートとして機能していた頃の説明板があり、こう書かれていたからだ

「高置水槽室。 一般のお客様は立入禁止です」

このすぐ上にあるとは限らないが、このビルに高置水槽が在ることは、これで確実となった

敵は階段を上るのが苦手らしく、まだ追ってこない、或いは獲物をいたぶるつもりなのかも知れない

確かに、あのショゴスは強い。 その上、サマナーとの連携が取れているし

さっきの手際よい対応からして、冷静さや知能に関してはサマナーより上であろう。

である以上、油断どころか、手は一切抜けない

すぐ下の階から、ショゴスがはいずる音が聞こえてきた

南条とナナミは頷きあうと、上の階へと走った

 

高置水槽はまだあった。 容量いっぱいに水は入ってはいなかったが

それでも一トン以上の水を内部に有し、朽ちながらもFRP(合成樹脂)の外皮は無事である

南条がペルソナを切り替え、ナナミが呪文詠唱を開始する。

数秒遅れて、部屋の扉を打ち破り、ショゴスが現れた。 その上には、ふんぞり返った有作がいた

「追いつめたでぇ! さあ、かくごしいや!」

「痴れ者が・・・それは貴様の方だと、まだ分からぬか。 行け!ペルソナ・ケルベロス!」

南条の上に、今までとは違う、獅子のようなペルソナが具現化した

それはたくましい前足を振るい、水槽を木っ端微塵に粉砕した

塩素を多量に含んだまずい水が怒濤となり、ショゴスに襲いかかり、ナナミが魔法を発動させた

「必殺! ジオダイン!」

「ご主人! くあああああああああああああああっ!」

ショゴスが有作をとっさに機械の上に放り上げ、凄まじい電撃を全身に浴びて絶叫した

更にそれに追い打ちを掛け、南条も雷撃魔法を叩き付けた。 とどめというべきだったろう

「しょ・・・ショゴス! ショゴスーっ!」

有作が機械から飛び降り、仲魔に駆け寄る。 まだ痙攣して微かに生きてはいるが、動けそうにない

「勝負、あったですぅ。 さ、色々聞かせてもらうです」

恐怖にひきつった顔を有作が上げると、そこには情け容赦ない冷酷な表情を浮かべてナナミが居た

ワルサーの銃口は、有作の頭に向けられている。

何かサマナーが不振なそぶりを見せれば、ナナミは容赦なく、即座に頭を撃ち抜くだろう

有作は自分が濡れるのもいとわずにショゴスを抱きしめ、涙さえ浮かべ、ナナミを見上げた

「堪忍や! 堪忍や! わいはどうなってもかまわへん! でも、ショゴスは、ショゴスは助けてくれ!

お願いやー! 後生やから、頼むわあ!」

「ナイトメア! 飛べ!」

南条の緊迫した声が、ナナミを突き動かした。 有作からナナミが飛び離れ

今まで彼女がいた空間を、強烈な風圧が抉り去った。 意図的に外したようだった

 

服を水に濡らしたナナミが、憎々しげに風圧の発生源に視線を移すと

そこにはスポーティな服装の少女が居て、巨大な、竜のようなペルソナを発動させていた

そのペルソナは、JOKERよりも更に禍々しい気配を放ち、全身に無数の蛇をからみつかせている

ペルソナ・ケルベロスが、怯えて唸り声を上げる。 ケルベロスとは、関係深いペルソナだった

南条が水槽の残骸から飛び降り、ナナミの側に駆け寄り、助け起こした

それを見届けたかのように、少女が有作に歩み寄り、声をかける

「有作、情けないわね」

「姉貴ー! 助かったわ、助かったわー! ショゴスが、こんなになってもうて・・・

わいのせいや! わいがアホやから・・・」

すがりついて大泣きする有作にげんこつをくれると、ショゴスをコンピューターに戻させ

その後で、ようやく少女は南条とナナミを見据え、恭しく礼をした

「弟が世話になりました。 私の名は鳩美由美。 ペルソナ使いです

どうやらそちら様は、森本病院で須藤竜也さんのヘルハウンドを倒したナイトメア

それに、その主人のペルソナ使いのようですね。 有能だと、有作の悪魔達から聞き及んでいます」

「貴様ら・・・町中で、発狂した人間をさらってどうするつもりだ

それに、森本病院での事件もお前達の仕業だな! 何をたくらむ!」

「大きな目的のためです。 その為の、貴い犠牲です。 でもそれは、決して無駄にはしません

邪魔するというなら、貴方達を排除させていただきます」

あくまで笑顔を崩さず、由美が答える。 圧倒的な強さが、自信となってその身を覆っている

南条が、相手の少女に、心底から軽蔑した視線を送った

狂信者は、大義のためとか、国家のためとか称して、良心を麻痺させ、愚行を犯す。

それが、大義どころか、一個人の欲望のためだとも知らずに。

一個人のために、自身を破滅させ、正義と錯覚している故に、反対者を弾圧する

そういった愚行は、大概は一個人の欲望に還元されるのである、歴史がそれを証明している

なのに、だというのに、愚か者は減らない。 警告する歴史学者の声も、愚か者には届かない

嘆かわしい、それ以上に情けない事だった

一方でナナミは、南条とは違う見解を示していた、相手の言葉に、妙に演技を感じたのだ

巧妙に隠されてはいたが、本当の意志とは違うことを喋っているように聞こえたのである

様々な意味で、弟とは役者が違う相手であった。 それは、南条もナナミも一致した見解を示した

由美は、そんな二人の様子を楽しそうに見回すと、最後に一つ付け加えた

「あ、そうそう。 私のペルソナはテュポーン。 ギリシャ神話最大最強の怪物です

そのケルベロスは、テュポーンの息子。 父の力を誰よりも知っているでしょうから

私と戦うときには出さない方がよろしいでしょう。 では、失礼します」

由美は、弟を引きずるようにして、その場を去っていった

南条とナナミは、追いたくても追う事が出来なかった。 力が違いすぎたからだ

三年前に戦った、「あの男」にすら迫る圧倒的な力を感じた。 ナナミが膝から倒れ、溜息をつく

正直言って、身体がなまっている今の南条達に勝てる相手ではない。

弓月を始めとする仲間達と連携しても、勝てるか際どいところであろう

南条は、刀を鞘に収めると、ナナミを乗せて拠点に戻っていった

完全な負けと言って良かった。 体を鍛え直すことを決め、彼は決意していた

 

5,錯綜する事態

 

ナナミの元に、舞耶から連絡が来た。 あの時、丁度舞耶はJOKER化したうららと戦っていたという

うららは何とか探し出した牧村に見向きもせず、狂気の如き笑い声を上げながら言った

「ヒャハハハ! バーカ! あたしが殺したいのはお前なんだよ、マーヤぁ!」

そう、舞耶を殺すことをJOKERに依頼したのは、他ならぬうららだったのだ

結婚詐欺にあい、自分にない物をたくさん持つ舞耶に嫉妬していた彼女は

酔った勢いで、やっては行けないことを、冗談のつもりでやってしまったのである

死闘の末、何とかうららを昏倒させ、舞耶達はベルベットルームに彼女を運び込み

JOKERをうち払ってもらうことに成功し、今の状況は沈静化しているという

ナナミが見たのは、どうやら片山典子という少女の誘拐であったと言うことも分かった

他にも色々と情報を交換しあい、ナナミは礼を言って電話を切った。

どうも、良くない方向に事態は動いているようだった

ナナミは、舞耶達が情報を入手したクラブ・ゾディアックに乗り込むことを決め

南条に声を掛けると、急いで出かけていった

 

その夜。 病院にいる留美子の元を、由美が訪れた

留美子は怯えながらも、相手に妙な親近感を覚えた。 由美は無言のまま、留美子の頭に手をかざした

次の瞬間、留美子のペルソナが覚醒した。 それは、ギリシャ神話の女神の一人であった

微笑むと、由美は半ば独語するかのようにいった

「ペルセポネー・・・ふふ、良いペルソナね

私と一緒に来ない? 悪いようにはしないわ」

留美子は答えず、首を横に振った。 彼女は本能的に感じていたのだ

この、目の前にいる少女が、自分の愛した須藤竜也を死に追いやった者達の一員だと言うことに

直接的にではないが、その予感は当たっていた。 由美は肩をすくめ、去っていった

ただし、諦めては居なかった。 去って行く由美の黒髪を、風が愛おしむかのようになでた

運命は、停滞を止め激流にさしかかっている。 この町の住民全てがそうであった

                               (続)