不幸と幸せと

 

それは他愛ない会話から始まった、ある者にとっては悲劇、ある者にとっては喜劇となる事件であった

その日、アヴィディア界から帰還した南条圭と、ナイトメア・ナナミ

稲葉正男、園村麻希、城戸玲司、それに弓月貴文(パーティリーダー)は

物資の補給と、疲れきった精神の回復をはかるため、デヴァシステムが作りだした架空の御影町

その中心街である、サンモールを訪れていた

この世界は崩壊しかかっており、町の半分は既に消滅、もう殆ど人はいない。

それなのに平然と買い物が出来るのは謎というほかないが、ともあれこの辺りは無事で

物資の補給を行う事が出来る。 彼らにとっては有り難い事である

弓月はモールにはいると、真っ先に薬局に向かい、薬を補給してきた

防具も武器も、買える物で最高の物をそろえ済みであり、他にする事といえば

休息と、趣味のショッピング、それにペルソナの調整くらいであろう

そんなゆとりある状況の中、園村とナナミは、稲葉の方をちらちらと見ながら、何かを話し込んでいた

稲葉は稲葉で、自分の斧を手入れするのに夢中となっており、全くそれに気付いていない

ただ、南条と城戸はそれに、園村とナナミがなにか話しているのに気付いていた

 

暫くして、稲葉は顔を上げた、彼の方に、園村とナナミが近づいてくるのに気付いたからである

彼は今時珍しい純朴な青年で、頭は少々足りなかったが、園村に、誰より真剣に恋していた

一方で、園村は弓月に対して恋しており、稲葉のことは「いい人」だとしか思っていない

それでも、それを知っていても、園村が好きな気持ちに変わり無く

しかも弓月に嫉妬しないところが、稲葉の長所であったろう

「マークおにーちゃん!」

園村より先に、ナナミが稲葉を愛称で呼んだ。 稲葉は不快そうに、その顔を見上げた

稲葉の天敵は、頭がいい者である。 南条は勿論、ナナミは彼にとって最大の天敵といって良かった

とにかく役者が違うのである。 口でも頭でも、稲葉はナナミに勝てなかった

頭の回転は数倍も速いし、冷静だし、冷酷である

マークをからかう事を明らかに楽しんでいながら、それを表面上には決して出さない

ただ、ナナミは、稲葉のパワフルさと、若さに彩られた向こう見ずさを肯定的に認めており

戦闘時には頼りにしているのだが、それを稲葉は気付いていなかった

いかに頭の回転が悪くても、稲葉は気付いている。

マークお兄ちゃんと、ナナミが自分を呼ぶときは、ろくな事を考えていないと言うことに

「んだよ、ナイトメア」

「稲葉君、そんな怖い顔しないで。 ほら、これ、私たち二人からのプレゼントだよ!」

園村がそういって、ラッピングされた包みを差し出すと

今までの渋面が嘘のように、稲葉の顔が爽やかに晴れ渡った

「そ、園村! 本当に、俺にくれるのか!?」

「そう! ナイトメアと、マキお姉ちゃんからの、プレゼントですう!」

「うあ・・・なんていっていいか・・・あの・・・その・・・・

くううう、感激で前が見えない・・・」

「開けてみて、稲葉君」

稲葉は言われるままに、素早く、かつ丁寧に、ラッピングをはがした

そして、中から出てきたのは、白い箱であった。 何かの食品メーカーの名が書いてある

セロテープさえも貴重なのか、心底丁寧にはがし、そして・・・箱から出てきたのは

「ラッキョ!? ・・・・・・? う、嬉しいぜ、園村のくれた物ならなんでも・・・・」

それは瓶詰めの辣韮であった。 冷やせば、さぞカレーに合うことであろう

「・・・・・・? 何? 園村?ナイトメア?」

その時稲葉は、初めて自分に、二人の興味深げな視線が集中していることに気付いた

明らかに、何かを期待した視線。 稲葉がたじろぐ

(な・・・何を期待しているんだ?)

心中で叫び、稲葉は思考を回転させ、必死に考え始めた

 

「なあ南条、あいつら一体何をしようとしているんだ?」

「ちっ、食べ物をくだらん実験に使いおって・・・後で説教して於かねばならんな

ん、城戸か。 あれはおそらくな・・・・・俺の口から言うのは残酷に過ぎる

ヤマオカ! ・・・・まかせる」

そう言って、南条はペルソナ「ヤマオカ」を発動させた

今は亡き、南条の事実上の親ともいえる執事の霊が、ペルソナとなった物であり

南条の思考とつながっているため、すぐに状況を解説しだした

「はい、坊ちゃま。 この不肖ヤマオカめが、事態を代わりに解説いたしましょう

城戸様、弓月様、猿と辣韮のお話はご存じですかな?」

弓月は首を横に振り、城戸もそれに習った、稲葉は遠くでペルソナ能力を駆使し、必死に聞いている

「はい、では解説いたしましょう

昔、ある人が、餌を求めてきた猿に、戯れから持っていた辣韮を与えてみました

すると猿は、その中身を食べようと、大喜びして辣韮の皮をむき始め

そして・・・最後には全ての皮をむいてしまい、今度は怒りだしたそうです」

向こうで稲葉がよろめき、城戸は感心して指先から花を出し、弓月は小首を傾げた

「そう言うわけで、園村様と、ナナミ様はその故事に習おうというのでしょう」

「そう言うことだ、分かったか、城戸、弓月。

園村は、それが本当か確かめようとしているのだろう」

わざと、南条はナナミのことを口にしなかった

ナナミが全て分かった上で、園村に荷担していることを知っていたからだ

 

稲葉は青ざめていた。 全て聞いていた上で、どうしようか悩んでいたからだ

園村に対して憎悪は抱いていない。 園村が、何の邪気もなくこの事を行い

そして、この後も、何があろうが態度を変えない事を悟っていたからだ

幸いにも、その考えは正しかった

どうする? 稲葉は自問した

もしOKすれば、園村を喜ばせ、ナナミを喜ばせて陰謀を完成させることになろう

もし、断れば、園村は・・・明らかに悲しむだろう。 少なくとも、残念に思うはずだった

この瞬間、結論は出た。 稲葉に、園村を悲しませることなど出来ようはずもなかった

園村が喜ぶなら、稲葉は猛火の中にパンツ一丁で飛び込むことだろう

ただ、勘違いしてはいけない。 稲葉は園村のために何でもする男ではない

園村のためなら、自分がどれだけ犠牲になっても構わない男なのだ

「う、うおおおおおおおおおおおおお! 俺は、俺はああああ!」

稲葉が絶叫しながら立ち上がり、瓶の蓋を(丁寧に)外し、辣韮を一つ取り出した

「やはりそうくるか。 ナイトメアめ、見事な読みだ

まあ、あの様子なら無駄になる辣韮は一つですみそうだな。 結構なことだ」

南条君が呟く、稲葉は丁寧に瓶を箱の中に於くと、辣韮を天高く掲げる

「俺は、まえからこれの中身が見てみたかったんだあああああああああ!

剥いてやる! 剥いてやる! うおおおおおおおおおお、剥いてやるー!」

辣韮の皮が、ひらひらと舞った。 園村が掌を胸の前で組み、目を輝かせてそれを見ている

程なく、辣韮は消滅した。 稲葉は地団駄を踏み、絶叫する

「何で、何で中身がないんだああああああ! くっそおおおおおおおおおおおおおお!」

「うわー、お話って本当だったんだ! 弓月君にも教えてあげよっと!

稲葉君、ありがとう!」

目を輝かせながら、園村が「乙女走り」で駆け去っていった

肩で息をつき、はらはらと落涙する稲葉の肩を、ナナミが叩いた

「どーせ、断っても、マキお姉ちゃんは嫌とは思わなかったのに

それに、こんなことしても、振り向いてなんてくれないのに

それでも彼女は振り向かない、です。

へっ・・・・ご苦労様ですう」

恨めしげにナナミを睨む稲葉であったが、彼には、女の子に手をあげる事など出来ようはずもなかった

その翌日、マキが彼に回復魔法をかけてくれたため、稲葉の機嫌はすっかり元通りになっていたとか

                                  (続く)