大妖怪の受難

 

序、第二幕の開始

 

此処は幻想郷。

いにしえの神々や妖怪など、外の世界では生きていけなくなった者達が住まう最後の秘境の一つ。

日本の一角に存在している、結界に閉ざされた小さな理想郷では。

暮らしている人間や妖怪に緊張感を持たせる為。

時々茶番として大規模問題が引き起こされる。

勿論本当に発生する大問題もあるが。

それとは別に、管理者階級である大妖怪「賢者」達や、人間としての管理者である博麗神社の巫女の手によって。時々気が緩まないように、問題が起こされるのである。

この大規模問題を、「異変」と称する。

少し前に、妖怪の山の天狗達が引き起こした異変が解決したが。

実の所、これにはもう一つ問題が絡んでいる。

この異変そのものは、実際には殺傷能力が低く、スペルカードルールという幻想郷で嗜まれている決闘くらいでしか役に立たない「カード」を販売するというだけのもので。要するに玩具を売っていただけという他愛ないものだったのだが。

その背後では幾つもの利権が動いていたし。

何よりカードの素材が不明だった。

なお、今回は人間の管理者。幻想郷を外部から守る結界「博麗大結界」の守護者である博麗神社の巫女、博麗霊夢もそれにがっつり絡んでいるので、真相は知っているが。

まだ動く必要はない。

そう判断したので、神社の母屋にて。

その霊夢は横になってあくびをしていた。

そろそろ暑くなる時期だ。

春眠暁を覚えず。

基本的に最近管理者としての自覚が出て来て、その分更に怖くなったと評判の霊夢ではあるが。

自宅では手を抜く事もある。

幻想郷が、管理者がしっかりしなければあっと言う間に崩壊してしまうとても脆い場所だと知ってから。

霊夢は以前とは考え方が変わった。

やり口も厳しくなったし。

以前よりもシビアにものごとを考えるようにもなった。

それでも気を抜くときは気を抜く。

だが、それも。

何かがあれば、すぐに仕事モードに切り替わる。

あくびをもう一つだけすると、霊夢は起き上がる。

十代半ばの、大きな赤いリボンを頭につけた霊夢は。外にいつでもいけるように、仕事着の巫女服を着ていた。

勘が告げていたのだ。

そろそろだと。

そして、絶対の信頼を置いている勘は当たる。

彼女が戦友と認める数少ない人間。

霧雨魔理沙が、此方に飛んでくるのが見えた。

小柄な金髪。箒で飛ぶ。魔女っぽい服装。

西洋の魔女のイメージそのままの格好をした魔理沙は。

天才肌の霊夢と違って、鍛錬でどうにか此処までやってこれている努力家だ。

元々幼い頃に家を飛び出して、幻想郷屈指の危険地帯で一人暮らししている魔理沙は。

手癖は悪いし口調も乱暴だが。

素の性格は霊夢に比べるとずっとまともである。

基本的に暴力で解決する事しか考えない霊夢と違い。

思考は論理的で。

戦闘ではブレインになってくれる事もある。

ただ、今回のように霊夢が真相を全部知っている場合は若干やりづらい。

魔理沙ももう少し年を重ねたら気付く筈だからだ。

幻想郷を事実上回している賢者。最高位妖怪八雲紫が、実際には為政者としてはあまり有能では無い事や。

尋常では無い負担を体にかけ続けて、それでいつも寝込んでいること。

企みがいつも足下が留守になっていて。

必ずしも完璧に策を成功させられる訳では無いこと。

何よりも小手先の小細工を使って失敗したり。

場合によっては泣きながら自分一人で後始末に奔走したりしていること。

他の賢者が怠け者だったり無能だったりで、紫くらいしか幻想郷のために必死になっている奴がいないこと。

要するに。

幻想郷はとてももろい楽園だと言う事をだ。

霊夢はようやく勘の手助けで最近それに気付くことが出来たが。

賢い魔理沙は多分実力でそれに辿りつく。

そして魔理沙は、今は魔法を使える人間に過ぎない。

だが幻想郷には魔法使いが二種類いる。

魔法を使える人間と。

魔法によって寿命を超越し、元人間となった「妖怪」魔法使い。

魔理沙が後者を目指しているのは確定で。

もしそうなった場合。

魔理沙との接し方も、霊夢は変えていかなければならないと判断していた。

血なまぐさい事になるかも知れない。

だが、それもまた運命だ。

魔理沙が境内に降りてくると、霊夢はそのまま外に出る。

魔理沙は土産も持っていない。つまり急ぎの用事と言う事だ。

「霊夢、いたか」

「どうしたの」

「この間のカード、少し調べてきたんだ」

「へえ」

魔理沙の場合、結論が出て、裏も取れなければこんな話はしない。

そのまま、縁側に並んで座って話を聞く。

魔理沙曰く。

研究が得意な魔法使いと一緒に分析して、分かったのだという。

紅魔館の動かない図書館と呼ばれる魔法使いだなと霊夢は思った。

ちなみに其方は、既に人間を止めている魔法使いである。ややこしい事にこのタイプには更に先天性と後天性で別れるのだが、紅魔館のは先天性らしい。

「このカードは、ただの紙じゃねえ。 変なものが織り込まれてるんだが、それの正体が分からない」

「もう一度大天狗をしばき倒して来ましょうか?」

「いや、それには及ばない。 もう話は聞いて来た」

それはそれは。

また随分と、話が早い事である。

前回の異変の首魁は市場の神である天弓千亦(てんきゅうちまた)。ちまたをしばき倒して一旦異変は終了したのだが。

ちまた神のビジネスパートナーだったのが、大天狗飯綱丸龍(いいずなまるめぐむ)である。

技術提供を受けてカードを作ったと白状していたが。

実際の所、その辺りは霊夢も知っていた。

そして、その材料も実際には知っている。

この異変を片付けるには。

もう一人。

異変の現況として、殴られなければならない妖怪がいると言う事だ。

「空気が無くて入れないとか言う虹龍洞だっけ? そこから材料を運び出しているって話だ。 ただ材料の正体については、大天狗の奴もよく分かっていないらしい」

「よく分かってもいないものを運び出していると?」

「そうなるんだろうな」

「呆れた話ね」

まあ、それも知っている。

大天狗飯綱丸龍とは、異変を起こす前に何度か話し合いの場を持ったのだが。

賢者紫は飯綱丸龍にカードの材料として虹龍洞にあるものが使えるという話はしたが、それが具体的には何なのかは話していない。

そして霊夢も、それについては聞いているが。

まだ実際にはぴんと来ない。

「カードの流通、やってて良いのか。 大爆発とかしないよな」

「しないわよ。 それについては複数専門家のお墨付き」

「……でも、一応調べた方が良いよな」

「そうね。 前回の面子を集めて乗り込みましょうか」

頷く魔理沙。

勿論、そう来るだろうと思っていたのだろう。

手も打っている。

「これ、市場の神に貰ってきた。 勿論買ってきたよ。 四回に分けてな」

「なあにこれ」

「市場の神によると、虹龍洞に入る妖怪の一部に売っているカードらしい。 やっぱり妖怪にも息が出来ないと動けない奴がいるらしくて、そういう奴のために、常に新鮮な空気が提供されるカードだそうだ」

「……」

魔理沙はこの辺り、頭が回る。

先手先手を読んで動いている。

分かってきているからだろう。

今回起きた異変が、茶番として起こされているものだと。

だから操られてやるものかと。

自主的に、出来る事を全てやっている。

やがて魔理沙は、からくりが分かってしまった異変には乗ってこなくなるかも知れない。

霊夢はその時には。

魔理沙とは壁が出来ているだろうなと思ったが。

それは口にしない。

それに、だ。

霊夢は去る者は追わない。

来るものは拒まない。

そういう性格である。

魔理沙に去られたら、その時はその時だ。

戦友として認める唯一の存在だったけれども、それは仕方が無い事である。

幻想郷の人間側の管理者として。

魔理沙がもしも問題を起こした場合は。

戦わなければならなくなる可能性もある。

その時には。

不幸なことにならない事を、祈るばかりだ。

仮に離れていっても、魔理沙がずっと霊夢と肩を並べて戦って来た戦友であった事には偽りはないのだから。

「準備とかいるんだろ。 いつ行く?」

「そうね。 念のために四人で出向くとして、数日以内には」

「分かった。 こっちは紅魔館に此処での話を伝えてくる」

「よろしく」

ひゅんと箒で飛んで行く魔理沙。

元気なことである。

霊夢の側の空間が裂ける。

スキマと呼ばれる賢者紫の能力だ。空間を操作して、様々に活用する。一方で万能では無く、格上以上の存在が相手になってくると、引っ張り出される事もあるらしい。

紫は最上級妖怪だが。

妖怪の中で一番強い訳でも無いのだ。

スキマから顔を出す紫。

相変わらず胡散臭さに全振りした姿格好だが。少し疲れが目立っていた。

擬態とは言え美しい人間の女性の姿をしているから。

その疲れは余計見ていて痛々しい。

「随分想定より早く動いているようね」

「怪我も治ったしフルスロットル、という奴でしょう」

「まあ。 そんな言葉誰に教わったの」

「菫子」

幻想郷に自由に出入りしている、数少ない「外来人」の名前を挙げると。

紫は呆れたようにため息をついた。

外来人から知識を得るのは良いが。

人里でその話をするなと、何度も紫は霊夢に口酸っぱく言ってくる。

分かっている。

幻想郷では、意図的に人間の文明レベルは抑えている。

霊夢も外の世界に少しだけ行った事があるが。小山のような建物に、夜でも煌々と明かりが点っていて、まるで同じ人間の世界とは思えなかった。

どちらかというと、いわゆる畜生道。畜生界に似ているとさえ思ったが。

そんなところで暮らしている人間の話は。

確かに人里に混乱をもたらすだけだろう。

「それで、分かっているだろうけれど、やり過ぎもせず、油断もしないように」

「分かっているわよ。 多少人間の怖さを思い出させる、くらいにしておくわ」

「その多少が不安なのだけれど」

もう一つ紫はため息をつくと、スキマに引っ込んだ。

霊夢はその消えた跡をじっと見つめた。

この間の異変が解決した後。

紫に言われたのである。

明らかにやり過ぎだ、と。

天狗が霊夢達に壊滅させられた件はいい。

身の程知らずのバカ共が、実力の程を思い知ったのだから。別に死者が出たわけでは無いし。最初から全て知っている飯綱丸龍以外の大天狗達はこれで危機感を募らせるはず。だから、天狗に対しての対応に関してはいい。

問題はそれ以外だ。

ちまたの神に対しては、明らかにやり過ぎているし。

他の妖怪に対しても、あまりにも恐怖を植え付けてしまっている。

博麗の巫女を恐れるようになるのは別に全くかまわないのだが。

妖怪が人間を怖れてしまっては本末転倒なのである。

ましてや妖怪の山の妖怪達は、人里の人間にとっては未知の存在であり。

迂闊に足を踏み入れたら取って食われる、くらいの認識でいて貰わないと困る。

妖怪が舐められたら。

幻想郷はその時点で崩壊するのだ。

そうくどくどと怒られて。

うんざりした。

霊夢だって分かっているけれども。力の加減があまり上手に出来ないのである。

ついやり過ぎてしまう。

そこで異変の時にはスペルカードルールであえて殺傷力を抑えている程なのだが。

それでも戦鬼として妖怪達には怖れられる。

その状況は、変わっていなかった。

ともかく、守矢神社に出向く。

この間の異変を完全解決するために、虹龍洞に出向く。

それは事前に取り決められていたことだ。

それにしても、である。

魔理沙が前回異変の時にぼやいていた。

此奴ら玩具を売っていただけじゃないか。

その通り。

今回だって、人間に遭遇する事が致命的な妖怪が。単に静かに穴を掘っているだけの話なのだが。

それでも、異変の一部に組み込んで、痛い目を見せなければならない。

勿論相手はそれを知っているが。

紫が話をしたときには面白い様子ではなかったし。

勝てるなら勝っても良いんだよなと、好戦的な様子でもあった。

まあ霊夢ら四人が負けるなら、その時はその時だ。

恐ろしい妖怪がいて。

博麗の巫女さえ負かしたらしい。

そういう噂を流せば。

妖怪を畏怖する人間が増える。

妖怪の山に雑に入ろうとする奴なんて、更にいなくなるだろう。

それでいい。

まあその後、リベンジマッチで退治したとか噂を流せば、霊夢の格が落ちることもないのだから。

特に問題は無い。

守矢上空に到着。

早苗がとても丁寧に掃除をしていた。

式神でも使っているのか、隅々まで綺麗になっている。

参拝客は、人間もかなり多い。

山の中にある神社だが。

ロープウェイが存在しているため、人間も来る事が出来るのだ。

そして人里でも熱心に布教をしている事もあって。

守矢にご利益を求めて訪れる人間は多い。

そしてロープウェイが動かなくなる夕方以降には。

今度は妖怪が参拝に訪れる。

また、守矢は立場が悪い妖怪を積極的に麾下に迎え入れている様子で。

嫌われ者だったり。

或いは行く場所がない妖怪のうち、性格が悪いもの。

更にはいるだけで周囲に害を及ぼすような妖怪は。

守矢に庇護を求めているそうだ。

同じような弱い立場の妖怪の内、善良なものは麓の命蓮寺に助けを求めるそうなので。この辺りは勢力としても対照的である。

本気で弱者を平等に救済しようとしている命蓮寺と。

打算で弱者を救済している守矢。

ただ、守矢にしても。弱者を救済していることは事実で。

やらない善よりやる偽善である。

そうして信仰を集めている。

強かな勢力である。

境内に降り経つ。

霊夢は妖怪の山に自由に立ち入りが許可されている数少ない存在の一人。人間としては霊夢だけである。

だから途中でスクランブルを受けたり、書類を書く必要もなく。

すぐに辿り着く事が出来た。

早苗は掃除の手を休め、霊夢を見て目を細める。

最初に幻想郷に来た頃に比べて、露骨に隙が減っていた。

この場で戦いになっても、普通に戦闘が成立するだろう。

前は相手が戦闘態勢に入る前に首を刈り取る自信があったが。今はそうはさせてくれそうにない。

「こんにちわ。 何用ですか」

「例の件」

頷くと、早苗は指を鳴らして、遮音の術式を展開する。

はて。

命蓮寺の住職が似たようなのを使っていた気がするが。

仮想敵の命蓮寺に、教わりに行ったのだろうか。

それとも使っているのを見て目で覚えたのだろうか。

まあいい。

遮音された結界の中で、軽く話をする。

「異変の第二幕開始するわよ。 数日以内で丁度良い日程を指定してくれる?」

「そうですか、それでは……」

幾つかの日時が指定される。

頷くと、霊夢はそれでいいと言って。博麗神社に戻る。

後は魔理沙と話をして。

すりあわせた日時で決めてしまえば良いだけのことだ。

いずれにしても、異変解決の後始末をして。

今回の騒動は終わり。

誰も困らないように収める。

それが、賢者紫の方針であり。霊夢もそれで良いと思っていた。

 

1、虹龍洞

 

紅魔館でメイド長をしている咲夜が、集合地点に最初に出向いてきていた。

銀髪の美しいメイド姿の彼女は、相変わらず今回も完璧な出で立ちである。ただ美貌が硬質すぎるので、あらゆる意味で高嶺の花になりすぎているが。

霊夢は二番目。

少し遅れて早苗。

妖怪の山のほぼ全域を支配している守矢神社の巫女のような存在、風祝である早苗は。今回も静かに笑みを浮かべていた。昔の無邪気な様子は欠片も残っていない。

最後が魔理沙だった。

魔理沙が遅れるのは珍しい事だ。

此処は妖怪の山の麓。

集合地点には丁度良い場所だ。人間も妖怪も、あまりこの辺りには姿を見せないからである。

妖怪の山は、人間の立ち入りを(守矢の参拝でロープウェイを利用する以外)禁止しており。力ある人間が立ち入るときにも、相応の手続きが必要になってくる。

故に一度麓で集合し。

守矢の巫女であり妖怪の山の大顔役である早苗と一緒に入るのである。

妖怪の山は今だ人里にとって未知の領域であり。

迂闊に侵してはならない場所でもある。

故に、こういう面倒くさい手続きをしているのだが。

まあ、それはいい。

軽く虹龍洞攻略について話をするが。

その最中に、咲夜が面倒な事を言い出した。

「サンプルを少しいただきたいのですが」

「サンプルって、カードの材料の?」

「ええ。 うちのパチュリーさまのご要望で」

「……まあ良いでしょ。 少量だけよ」

パチュリーというのは、吸血鬼の館紅魔館に住まう魔法使い。魔理沙が一緒に研究をしたという存在である。

魔法使いではあるが、戦闘能力には問題があり、ぜんそく持ちのために長時間詠唱には向いていない。

体も弱いし、何よりマイペースでものごとを進めて行くので。百年を生きていても、荒事にはどうしても適性がない。

パチュリーの本領は、逆にそのマイペースさで。

基本的に研究をしたり、時間を掛けて魔法を掛けるようなやり方を得意としている、学者のような魔法使いである。

戦えてなんぼの幻想郷ではどうしても分が悪い性質なのだが。

その一方で、瞬間的に頭を使うのは苦手でも。

情報と材料が集まれば、一流の分析力と構築力を発揮する。

前に第二次月面戦争などと称して、月に乗り込んだことがある霊夢だが。

その時に使ったのが、パチュリーが外の情報を基にしたロケットである。

今になって外来人菫子に話を聞くと、とてもではないが外のロケットとは似ても似つかない代物だったらしいが。

実際に月に辿りついたのだから、魔法によって違う部分は補っていたのだろう。

そんなパチュリーに虹龍洞にある材料を渡しても良いのか。

実は既に結論が出ている。

会議で、そういう事を言い出すだろうという議題が出たので。

紫が許可した。

故に霊夢も、少量なら良いと発言したのである。

それだけだ。

手を叩く霊夢。

皆の注目を集める。

異変の解決は、博麗の巫女が主体に行う。

それは幻想郷のルールである。

今回も、異変の後始末の片付けだから。

それは同じだ。

……先代までの、戦闘力に優れていない博麗の巫女は。それに随分と苦労したらしいのだが。

まあ霊夢は歴代最強の博麗の巫女である。

空さえ飛べないものもいたらしい博麗の巫女の中では、完全に別格であり。

故に、霊夢が全盛期の内に。

紫としては、異変をたくさんおこしておいて。

解決のノウハウを蓄積したいのかも知れなかった。

「それでは、まっすぐ虹龍洞に向かうわよ。 カードを皆、購入しておいて」

「これが空気を提供するカードと。 仕組みはどうなっているんでしょう」

「さあ?」

早苗が興味深そうに、魔理沙から買って見つめていたので。

霊夢ははぐらかす。

このカードの仕組みは霊夢も実際よく分からない。

空気というのは、一箇所に留めておくとどんどん質が悪くなるらしく。

新鮮な空気を常に供給する、というのは難しいらしい。

菫子に話を聞いた所によると、外では空気すら汚くなるほどの状態になっているらしく。公害というそうだ。

幸い公害の最悪の時代は終わってはいるが。

それでも国によってはまだまだ現役で公害が発生しているらしく。

人間が次世代までに解決しなければならない課題だとか。

もしも、公害が完全に無くなったら、幻想郷に入ってくるかも知れない。

もしそうなったら、迷惑な事である。

早苗はそういう事情を知っている。

故にカードの仕組みについて、不思議に思ったのだろう。

「少し安全性について試してみませんか?」

「どうやって」

「こうするんですよ」

早苗が指を鳴らすと。

一瞬で周囲の土が盛り上がり、土まんじゅうの中に閉じ込められる。

魔理沙が魔法の光で周囲を照らすと、かなり狭い土まんじゅうだ。

あえて咲夜は逃れなかったらしく、面白そうに周囲を見回している。

それどころか、早苗に皮肉混じりに言う余裕である。

「紅魔館に就職してみては?」

「いえいえ。 そんな余裕はありませんよ」

「それで、何だよこれ」

「守矢の主神の一柱、諏訪子様の力を少しお借りしました」

守矢は二柱の神によって守られているが。そのうち片方、最強の祟り神洩矢諏訪子の能力は、自己申告によると「坤」。

これは大地のことを指す用語で、文字通り土地を慈しみ育てる凶悪極まりない能力である。

こんな土まんじゅうを作るくらいはほんの一部で。

大地に関する様々な事が出来る。

祟り神ではあるが、それは豊穣と表裏一体。

祀れば福を為し。

侮れば祟りを為す。

そういう意味での祟り神であって、文字通りの土着の荒神の一柱。しかも、天津の神々に征服された土着の神の中では最強の一柱。

早苗が時計を見る。

すぐに空気が濁り始めるはずだと。

意識などが薄れてきたら言うようにと、霊夢と魔理沙に言う。

咲夜に言わないのは、人間かどうか怪しいと早苗も思っているからだろう。

早苗も半分は人間だから、こういう所ではダメージを受けるはずだが。

恐らくは何とか出来ると判断しているとみた。

いずれにしても、しばらく過ごしても、息が苦しくなるようなことは無い。

カードはしっかり効いている。

そう判断して良さそうだ。

やがて、早苗がまた指を鳴らすと、土まんじゅうが消えて無くなる。

魔理沙が魔法の光を消すと、大きくため息をついた。

「凄い力なのは分かるが、急にやらないでくれよ。 ちょっとびっくりした」

「急にやるからこそ、緊急時に対応出来るか分かるんですよ」

「そうかも知れないけど……」

「その辺で」

だいぶ時間をロスした。

霊夢は不満そうにしている魔理沙を黙らせると、顎をしゃくる。

これより。

虹龍洞に殴り込みを掛ける。

 

四人が編隊を組んで、妖怪の山の中腹から少し高い位置にある虹龍洞に向かう。

天狗の縄張りの近くであり、現在では一旦妖怪の出入りが停止されている。

出回っているカードは充分と言う事もあり。

一度材料の搬出作業は中止させたのだ。

そして、材料は全てカードに変えさせた。

そうしないと、魔理沙辺りが大天狗の所に乗り込んで、加工していない原材料を寄越せ、とかやって。

今回の異変解決までの流れが、全て台無しになる可能性があったからである。

一部の哨戒を任務とする天狗はまだ気丈に此方を見ているようだが。

流石に一族総出の総力戦に負けた直後である。

出てくる程の気丈さはないのだろう。

それに縄張りには立ち入っていない。

仕掛けてくる大義名分もない、というわけだ。

洞窟の入り口に出向く。

こういう洞窟は蝙蝠の巨大な営巣地になっている事があり。

その場合は、入り口の天井に蝙蝠がびっしり。

床には糞がどっちゃり。

ゴキブリや蛆虫がわんさか蠢いているという、空気云々以前の状態になっていることがあるのだが。

この虹龍洞はそもそも妖怪が整備しているからか。

それとも蝙蝠が生活するには向かない高所にあるからか。

蝙蝠の姿は一切見かけなかった。

それどころか、呼吸するかのように。ごう、ごうと音がしている。

内部に光を照らして、魔理沙がぼやく。

「明らかに整備されてるな」

「そりゃあそうでしょうよ。 妖怪が此処から色々掘り出しているんだから」

「……ということは、迎撃の可能性もあるって事か」

「そうかもね」

実際には、紫が手配した妖精達。

自然の力が擬人化した存在である、幻想郷の最下層存在にて。妖怪以上の不死性を誇るのんきな者達が手ぐすね引いて待っているくらい。

最深部には、此処を気に入っていついている大妖怪が一匹だけいるが。

それだけの場所である。

そういえば、あの管狐も入り込んでいるかも知れないが。

処理してしまえば良いだけの事である。

いずれにしても、この巨大な山岳地帯。外にある日本一の山である富士よりも巨大な妖怪の山を崩すほどの規模の穴では無い。

実際には、どれくらいまでは掘って良いと言うのも昔取り決めを行っているらしく。

それに沿って掘っているだけなので、問題は一切無いらしいが。

まあ今回は定期的に起こし、緊張感を保つための茶番である異変につきあって貰う。

それだけだ。

咲夜が冷静に分析している。

「高さは十数メートル、幅も同じ程度ですね。 中にスペルカードルール使いがいると、一網打尽になるかも」

「そうね。 それで?」

「いいえ別に。 まあ力で押し切ってしまえばいいだけですわ」

「……」

陣形を決める。

狭い中を行くのである。

それぞれ勝手に飛んでいては、ぶつかって墜落なんて事態になりかねない。敵に対しても対応が遅れる。

霊夢が先頭の単縦陣で良いかと思ったが。

結局霊夢が先頭、少し遅れて左右に早苗と魔理沙、背後に咲夜で決める。

背後から奇襲を受けても高速移動可能な咲夜なら対応しやすいし。

単縦陣だとやはり前方への火力投射がしづらくなる。

また、霊夢は陰陽玉と呼ばれる神器を取りだす。

白黒の陰陽図そのままの模様がついた一抱えある球体で。

色々な用途に利用できるのだが。

今回は狭い坑道を行く事もある。

今まで通った道をそのまま戻る際に、道案内をするべく。道を覚えさせる。

戦闘に活用させる事は別に無いだろう。

この四人が狭い中で火力を展開したら、大概の妖怪は瞬時に消し炭だ。

上位神格レベルの相手が控えていたらかなり厳しい事になるだろうが。

多分そんな事にはなるまい。

それでは、突入開始。

霊夢が意を決して内部に飛び込むと、他の三人もそれに続く。

さきに実験したから、安心感はある。

実際、空気を吸うのに困る事は、まったくなかった。

入るやいなや、早速妖精がわんさか出迎えしてくる。

多分前回の異変時にも、天狗や守矢に雇われて遊びに来ていた連中が、たくさん混じっているのだろう。

妖精は悪戯が大好きだし。

死んでも平気なので、軽率に危ない事に首を突っ込む。

だからこうやって時々ストレスを発散させてやらないと、危なくて仕方が無い。

妖精がたくさんいると言う事は、幻想郷が自然の力に満ちあふれているという事を意味もしている。

そういう意味で。

妖精は雑に扱われもするが。

総合的には大事にもされている。

妖精もそれを理解した上で、おおざっぱに立ち回っている。

そういう不思議な存在である。

さっそく大量の弾幕がお出迎えだ。

案の定避けにくくて仕方が無い。回避に皆苦労しているようだが。その代わり此方からの前方火力投射も苛烈になる。

片っ端から妖精達を消し炭にしつつ、驀進。

爆破し粉砕し、粉々になって吹っ飛ぶ妖精だが。

どうせすぐに生き返って、楽しかった今度は大技みたいなとか話しながら、住処に戻っていくのである。

人間は其所まで頑丈じゃ無いし。

妖怪でさえ精神をやられれば死ぬ。

そういう意味では、妖精はある意味。

もっとも幻想郷での生活に向いているのかも知れない。

雑多に出迎えてくる妖精を片っ端から蹴散らして進んでいるが、息は苦しくない。ちらりと魔理沙や早苗を見るが、平気な様子だ。

カードを落とす事だけには注意しなければならない。

文字通り、一瞬での死を招きかねないからだ。

坑道は殆ど分岐していない。

最初はもっと狭くなって、途中でどんどん分岐する事も懸念していたのだが。

どうやらずっと同じ幅で、地下に向けて掘っている様子だ。

元が巨大な山なのである。

更に狭い上に、魔理沙の魔法の灯りで照らせる範囲もしれている。

故に速度を落としているから、坑道そのものは随分と長く感じるが。

それはまあ仕方が無い。

流石の霊夢も、最高速度で壁に激突すれば怪我じゃすまない。

どうしてもこんな狭い坑道では、高速を出すわけにはいかないのだ。

大きめの妖精が数匹出てくる。

大きめと言っても、幻想郷にいるのは大きくても人間の子供くらいだが。要するに人間の子供くらいの大きさのである。

このサイズの妖精は、力がかなり強い事が多く。

時間を掛けて、妖怪や下級の神などに転化していく。

逆に言うと、それくらいの力はあると言う事で、他の妖精より段違いに手強い。

ぶわっと、膨大な弾幕を展開して来る妖精達。

狭い坑道内での事だ。

壁に反射して、凄まじい有様である。

弾幕を撃った本人達は最初こそ慌てたが。

跳ね返りまくる弾幕を見て、きゃっきゃっと喜び始める始末。

ぶつりと音が聞こえた。

魔理沙がキレたらしい。

さっと避けたその空間を、魔理沙の十八番。膨大な熱と光を叩き付ける恋符マスタースパークが蹂躙する。

妖精達が瞬時に蒸発し。ぶっ放していた弾幕も大半が消えたが。

その一つがモロにおでこを直撃し、魔理沙があいたあっと声を上げていた。

要領よく全部避けていた早苗が魔理沙に心配の声を掛ける。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない! 痛いに決まってるだろ!」

「引き返します?」

「いやだ! それにしてもあの妖精ども、顔覚えたからな! 後で絶対お仕置きしてやる!」

粉々にしたんだからそれで良いだろうと思うのだが。

まあ、魔理沙は余程頭に来たのだろう。

気持ちは分かる。

こんな狭いし、崩れだしてもおかしくない坑道であんな派手な弾幕をぶっ放して。

だが、それをいうなら今の魔理沙も同じか。

人間は怒ると判断力が落ちるんだな。

霊夢は冷静に、そんな事を考えていた。

妖精の迎撃が一旦止む。

ふいに、人影が現れたので。

霊夢が足を止める。

服のあらゆる箇所に勾玉をつけた、妙な女が。不意にその場に現れていた。

この気配。

人間のものでも妖怪のものでもない。

かなり上位の神とみた。

こんなのが出てくるとはおかしい。

確か、此処の奥にいる大妖怪を伸して今回は締めという事だったが。

それに、何だろう。

妙な気配を感じる。

懐かしいというか、何というか。

初対面とは思えない相手だった。

「何よあんた」

「この神聖な場所で乱暴な光と熱を放ったのはどなたですか?」

「それは私だ」

「ああ、貴方でしたか霧雨魔理沙くん」

えっと魔理沙が声を上げる。

名前を知っている。

相手は何者だ。

咳払いすると、相手は名乗る。

「私は玉造魅須丸(たまつくりみすまる)。 この土地に埋もれる伊弉諾オブジェクトの所有者です」

「はあ、伊弉諾オブジェクト?」

「簡単に説明すると、貴方方が龍珠と呼ぶもの。 最近はカード遊びに使っているものの原材料ですよ」

分からない話だ。

そんな奴がいるのも。

そもそもどうして魔理沙の存在を知っているのかも分からない。

完全なイレギュラーだ。

だが、今まで異変では、イレギュラーがつきものだった。

特に紫が関わっている異変では、紫自身の足下が留守気味である事もあって。どうしてもイレギュラーが起きやすかった。

今回も同じ。それだけだ。

ただ問題は、どう考えても相手が上位神格だと言う事。

それもこの穴全体が、この上位神格のテリトリだと言う事である。

「其方から博麗霊夢くん、東風谷早苗くん、十六夜咲夜くんですね」

全員の名前を知っていると来たか。

露骨に警戒して黙り込む皆に。

少しだけ、笑ってみせる魅須丸。

老獪な笑みだった。

「さっきの熱と光は私の方でかき消しておきました。 此処は貴重な物質が多数眠る場所です。 乱暴は控えなさい」

「そうはいっても……」

「奥にいる狼藉者は退治できない?」

「……あんた何者よ」

流石に苛立って来た霊夢が声を低くすると。

魅須丸はそれでも動じない。

目を細めて、此方の観察を続けている。

こいつ、賢者と同格か、それ以上の存在ではないのか。

そう疑うよりも先に、魅須丸は続ける。

「この辺りはもう無酸素地帯なのですが、貴方方は平気なようですね。 恐らくはその玩具が原因でしょう」

「だったら何よ」

「本来なら、この場から力尽くで追い出してもかまわないのですが」

圧が来る。

霊夢が思わず顔を庇うほどの圧。

この圧。

この間戦った市場の神、ちまたよりも上だ。

ましてや相手のテリトリ。

こんな狭い場所。

戦うのは可能な限り避けたい。

さてどうする。

面倒だから、弱点を突くか。

だが、どうも此奴の正体がよく分からない。上位の神格だったとして、勾玉を全身につけている奴なんてどうにも覚えがない。

早苗は知っているかも知れないが。

スペルカードルールにも乗ってくれそうに無いし、弱点を突かないと倒すのはかなり厳しいだろう。

それに、此処で消耗し尽くしたら。

一度撤退して、もう一度ここに来るしかない。

そうなると手間暇が尋常では無い。

皆普段から暇なわけでは無いし。

この戦力を揃えるのに、裏で紫が結構手回しとか色々しているのだ。

急いで思考を巡らせている間に。

魔理沙が言う。

「やるんなら受けて立つぜ。 でもそうじゃないんだろ」

「察しが良くて助かりますよ。 そういうことです。 此処にあるのは極めて貴重な存在であって、無闇に傷つけて良いものではありません。 くれぐれも、奥にいる相手を倒す以外に、この坑道を傷つけないように」

「……分かった。 私はそれでいい。 気を付ける」

「私もそれでかまいません」

早苗も乗る。

この様子だと、早苗も相手の実力を感じ取っていた様子である。

戦っても利が少なすぎる。

突如乱入してきた未知の相手。しかもこんな相手のテリトリで戦うには強力すぎる相手だからだ。

咲夜はスカートを摘んで一礼すると、先の二人に続いて先に行く。

霊夢だけ置いていかれた感触だ。

だが、分かってはいた。

この魅須丸という神格。

むしろ霊夢と話したがっていると。

「その陰陽玉、継承者としてきちんとやれていますか?」

「これくらいしか神器がないからねうちの神社は。 大事に使っているわよ」

「それは私が作ったものです。 昔は非力に嘆いた博麗の巫女のために」

「!」

そう、だったのか。

陰陽玉というこの神器。切り札くらいにしか使わないのだが。確かに妙に強い力を持っているとは思っていた。

そうか。確かに歴代の博麗の巫女には、ほとんど戦う力を持たない者もいたという話は聞いている。

博麗大結界の維持のためだけに存在していて。

里の退治屋達と連携して目に余る行動を取った妖怪を退治はするものの。

その度に大きな被害を出し。

嘆いていたものもいたとか。

それならば、こういった神器が作られるのも納得は行く。

ひょっとして。博麗神社の祭神は。

霊夢もロクに知らない、本当の祭神は。

首を横に振る魅須丸。

「行きなさい」

「……分かったわ」

今は、悩んでも仕方が無いか。

いずれにしてもはっきりしたことがある。

此処で発掘されている龍珠。要するに玩具のカードの材料は。想像以上にまずい代物だと言う事だ。

伊弉諾オブジェクトとか言っていたが。

後で丁寧に調べて見ないと駄目かも知れない。

もう充分にカードは行き渡っているという話だから、これ以上生産する必要もないだろう。

それにあまりにもカードが増えすぎると、値崩れなどを起こす可能性も出てくる。

要するに作ったら売れなくなる状態で、赤字になるのである。

それでは本末転倒だ。

霊夢は先に行く事にする。

はっきりしたことがある。

やはり、此処での龍珠の採掘は。

一旦停止させた方が良いだろう。その事実だけは、確かだった。

 

2、無酸素地帯へ

 

何というか、周囲から締め付けられるような圧迫感がある。

似たような坑道がずっと続いていて。それを低速で飛んでいるのだけれども。やはり何か違ってきてしまっている。

周囲には時々淡い光が見えるが。それも魔理沙が灯している光の魔法で打ち消されてしまっていて、どうにもならない。

早苗がぶつぶつ呟いているのが聞こえた。

「龍珠というもの以外には採れないのかなここ……昔の日本では金が大量に採れたという話を聞いているだけれど」

「早苗?」

「ああ、独り言です」

「余計な色気を出さないでよ。 今回の目的を忘れて貰っては困る」

釘は刺しておく。

此処の重要性は、恐らくだが茶番を起こすには危険すぎる。

さっきの魅須丸という奴との会話でそれがよく分かった。此処は本来は、妖怪如きが足を踏み入れて良い場所では無い。文字通りの神域だ。

あの魅須丸というやつが、どういう考えで天狗やこの奥にいるやつに好き勝手をさせたのかはわからないが。

それだけは確定である。

また、わっと妖精が沸いてくる。

散開。迎撃開始。

こいつらは何も知らずにここに遊びに来ているだけだ。

酸素がなくても大丈夫なやつだけ、このあたりに来ているのだろう。

妖精はどいつもこいつも遊ぶことに一生懸命。

ほとんど不死の体を引っさげて、他にすることがないから。全力で文字通り全てを賭けて遊びに来る。

膨大な弾幕を、避けようもない狭い空間で飛ばしてくる妖精どもに、いい加減苛立ちが募るが。

此奴らがヒマを持て余しすぎると。

絶対に人間や妖怪にちょっかいを掛け始めるようになる。

それは駄目だ。

此奴らはほとんど不死と言う事もあって、死に対する観念が曖昧で。放置すると悪戯のレベルがどんどん悪化する。

その結果、下手な妖怪よりも危険になる事がある。

むしろ妖精のためにも。

こういう祭の時には、相手をしてやらなければならないのである。

しかも此処は坑道だ。

可能な限り出力を抑えて戦わなければならないので、それも難儀。

さっきは怒られるくらいで済んだが。

次はそうも行かないだろう。

わらわら群れてくる妖精が、露骨に強くなってきている。

無酸素状態と言う、生命が本来いられない場所に来ているような連中だ。

それは妖精の中でも、強いのが多くなるだろう。

膨大な弾幕をかわすのも一苦労。

下手な妖怪よりも弾幕を展開して来る。

迅速に撃退しなければ危ないし。

塩対応すれば相手に不満を抱かせる。

面倒で仕方が無いが。

ともかく大まじめに相手してやるしかない。

かなり弾が擦る。

霊夢も此処まで条件が限定されてくると、どうしようもない。服やらリボンやら、後で繕わなければならないだろう。

家事力が不足している霊夢には、かなり厳しい話で。

場合によっては金を払って、何処かに頼まなければならないかも知れない。

苛立ちがどんどん募り。

攻撃を加減しなければならないストレスも、更に大きくなっていく。

妖精共が一段落した辺りで、早苗が実験がてらに札を飛ばす。

ただ炎を燃やすだけの札のようだが。

それは途中で、いとも簡単に燃え尽きてしまった。

「どうやら本当に無酸素地帯のようですね。 それどころか、多分毒ガスも充満していますよ此処」

「そんなに危ないの?」

「毒ガスによってはひと吸いしただけで即死です。 火山地帯となると、そういう危険な毒ガスが充満していてもおかしくは無いでしょう」

妖怪の山は休火山だ。

その地下を掘り返せば、毒ガスやら、場合によってはマグマが出て来てもおかしくないと早苗は言う。

用語を全ては理解出来なかったが。

兎に角危険な事は良く分かった。

霊夢は頷くと、出来るだけ急ぐように皆を促す。

それにしても、そろそろいい加減にストレスが尋常では無くなってきているが。それでもやらざるを得ない。

とっくに霊夢から、他の三人は距離を取っている。

霊夢がイライラを限界までため込んでいることに、気付いているのだろう。

ただでさえ異変解決時の霊夢は危険なのだ。

巻き添えを食ってはたまらない。

そういう本音が透けて見えた。

まあそれはいい。

見覚えがある。貫頭衣を着た狐が姿を見せたからである。

大天狗が行使していた管狐だ。

「今までは泳がせていたが、此処に手を出そうっていうなら話は別だ。 せいぜい人間らしくむごたらしく死……」

言い切ることは出来ない。

スペルカードルールで戦おうとしていたようだが。

生憎霊夢は普段ストレスを溜めていて、発散のために遊びに来ている妖精達の気持ちは分かっても。

あからさまに愉快犯で場を引っかき回し。

愉悦に浸っている害獣まで接待してやるつもりはない。

一瞬で間合いを詰めると、顔面にフルパワーでの拳を叩き込む。

元々管狐なんてそんな大した力を持つ妖怪では無い。

何を調子に乗っているか。

一瞬で粉みじんに砕けた管狐は、文字通り消滅した。

どうせすぐに蘇ってくるだろうが。

それはそれだ。

「れ、霊夢。 せいぜいスペルカードルールで相手してやろうぜ……」

「こんな狭い所で散々さっきから仕掛けてこられて、頭に来てるんだけれど。 ましてやあいつ、露骨に場を引っかき回して遊んでるし」

手を軽く振る。

蘇ってくるにしても、今かなり本気でぶん殴ったので、もう戦う余力は当面残っていないだろう。

後はあの大天狗めぐむがどう処理するか、だ。

いずれにしても、紫が戦闘を全てモニタしている。

後でレポートはめぐむの所に行くだろうし。

その時には、あの腐れ狐が、少なくとも三人の大物の間で、やりたい放題に立ち回っていたことが分かる。

管狐程度には、紫が影からモニタしていることなど気付けるはずも無く。

まあその時どうなるかは、その時だ。

消してしまうのが一番良いと思うが。

今回の一件で、天狗は態勢の引き締めを徹底して行うはず。

戦力として、調教しなおす、くらいが妥当だろうか。

いずれにしてもゲロカス以下のあの害獣は、もうこれ以上好き勝手は出来ないだろう。だからそれでいい。

かなりまっすぐ降りていく坑道になる。

さて、恐らくこの下だが。

下には、かなりの妖精が待ち構えている気配がある。

それもだいたいどいつもこいつも気配に覚えがある。

色々な異変に毎回首を突っ込んでくる常連共で。

異変の終盤に乱入しては、必死に研鑽してきただろうスペルカードを披露してくる強豪どもである。

勿論それでも霊夢には束になっても及ばないが。

この空間だと、少しばかり厄介だ。

それでもいかなければならないのが鬱陶しい。

「魔理沙、光を増やせる? それと先行させられる?」

「もっと全体的に明るくするのか?」

「そういうこと」

「下の方に妖精が一杯いるんだろ。 そうなると仕方が無いか……」

魔理沙も分かっている筈だ。

以前、視界を封じてくる相手とスペルカードルールでやり合ったことがある。その時、思わぬ苦戦を強いられた。

相手は格下だったのだが。

それでも目を塞がれるというのは、それだけ厄介なのである。

幻想郷では、どういう能力を持っているのか自己申告するのが普通だが。

思うにあのミスティアという夜雀、視界封じの能力に関してだけは相当なものがあるのだろう。

その時苦労した経験を、今生かす。

魔理沙は少し気合いを入れて詠唱し、更に複数の光の球を産み出す。だけれども、早苗よりかなり力が劣る魔理沙には、魔法の複数同時展開は負担が大きいだろう。此処からは、魔理沙には最後尾に下がって貰い、代わりに咲夜に今まで魔理沙がいたポジションに入って貰う。

まるで地底に通じているかのような穴だが。

此処は地底への入り口じゃあない。

それに地底に本当に通じてしまうと、其所は鬼や幻想郷からルール違反で追放された凶悪妖怪の住処である。

此処を掘っている妖怪にも、そんなところに行くのは不本意だろう。

この先はそう長くない。

そう判断して良い筈だ。

そのまま下降を開始。

案の場だが、猛烈な妖精の攻撃が間髪入れずに始まる。

弾幕が、殆ど避けようが無い程に飛んでくる。

これで東洋の妖精は、西洋のに比べるとぐっと大人しいという話なのだから。

確かに紫が、西洋の妖精を導入するのに慎重になるのもよく分かる。

大技で一掃したくなるのを我慢し。

ちまちま弾幕の隙間を丁寧に抜けながら、一匹ずつ叩き落としていく。

針一本では落ちない奴もいて。

妖怪に転化する日も近そうだなと感じながら、とどめの第二発を叩き込んで、爆散させる。

そして妖怪にでもなった日には覚えておけよと内心で呟くが。

妖精はきゃっきゃっと喜びながら、爆破される事を楽しんでいた。

本当に娯楽なのだ。

ならば、仕方が無い。

幻想郷の管理者として。

総合的な幸福度のためにも。

この危険すぎる娯楽にも、つきあってやらねばならないだろう。

 

かなりの数の妖精を撃退。

流石に遊び尽くしたからか、もう一度もう一度と絡んでくる妖精もいない。

皆、かなり疲弊しきっているし。

何よりも、凄まじい数の波状攻撃を浴びたこともあって、殆ど進む事は出来ていなかった。

何なんだ此処は。

怒りがこみ上げてくるが。

まあ、此処まで入念に紫が手を回していたと言うことは。

ここしばらく、紫が手を回して妖精を異変に手配する余裕が無く。

それもあって不満を抱えている奴が多かったのだろう。

そう好意的に解釈する。

魔理沙を見るが、かなり限界近い様子だ。

少し休憩を入れることとする。

どうせ目指す相手はこの奥だ。

息をすることは出来るのだから、休む事も出来る。

一旦地面に降りて、食事にする。

用意良く早苗が料理を作ってくれていた。咲夜はこう言うときには、紅魔館で振る舞ってくれるような料理を持ってきてはくれない。仮に紅魔館の表向きの主である吸血鬼レミリアが来ていたら、それは豪勢なお弁当を用意していたのだろうが。

こいつは手を抜けるところでは、とことん手を抜く奴なのだ。

一方早苗はまめで。

前回、天狗の領土に踏み込む前にも。

早苗が作ってきてくれた弁当を、皆で味わってから進んだっけ。

がつがつと料理をかっ込む霊夢を見て。

魔理沙が呆れる。

魔理沙は食事の時とかに、どうしても隠しきれないお嬢としての習性が出るので、霊夢の野性的な食事風景には色々言いたくなるらしい。

かまうものか。

動いた分くらいは食べておかないと、もたない。

というか、そう勘が告げている。

むっしゃむっしゃと弁当箱を空にした後は、早苗に礼を言って返す。

早苗はむしろ機嫌が良い。

「霊夢さんは食べっぷりが豪快で、作りがいがあります」

「あんた、私の半分も食べて無くない?」

「いえ、これでもいつもの倍くらいは用意してきているんです」

「そう。 それで力が出るんだから羨ましいわ」

魔理沙もきちんと米一粒残さず食べて、早苗に返す。

これでいて、魔理沙は茸ばっかり食べているように見えて、料理についてはそれなりに五月蠅いのだが。

文句一つ言わなかったと言う事は、早苗の造った料理がそれなりに美味しかったと言う事なのだろう。

咲夜も文句一つ言わない。

普段は作る側だし、出て来た料理を食べるだけというずぼらをするのも、相応に楽しいのだろう。

少し休憩して、腹の中を軽くしながら霊夢は一応皆に確認しておく。

「この奥には相応の妖怪がいるけれども、戦える?」

「……」

魔理沙が苦笑い。

まあ、そうだろう。

此処はちょっとばかり戦闘をするのに条件が悪すぎる。

狭い。避けづらい。

更には、此処の奥にいるのは、はっきりいってこういう所に住むことに特化しているような妖怪だ。

そんなのをこれから相手にするのは。はっきり言って厳しい。この間のちまたの神を、総力戦で相手にしたときよりも厳しい戦いになる筈だ。

見ると、早苗も咲夜もあまり余裕が無さそうだ。

さっき霊夢が全力で管狐を塵にしていなければ。

多分余裕はもっと減っていただろう。

これは、やむを得ないな。

霊夢は判断した。

そもそも、皆からして、服が彼方此方破れたりしているのである。

モロに被弾している者はいないが。

逆に言えば、殆ど皆が相当に弾を擦っている。

直撃していたら、多分此処で一時撤退を言い出す者もいただろうが。

それは幸い、今の時点ではいないという事だ。

魔理沙もおでこに一発貰ったが、それは小さめの弾だったし、まあ大丈夫だ。

だが、この先にもまだ坑道が拡がっていて。

妖精がわんさかいたら。

それもいずれは過去の話になるだろう。

「分かった。 無理そうならば撤退をしてしまいましょうか」

「一時撤退して、態勢を立て直すと?」

「そういう事になるわね」

「ふむ……」

早苗が腕組みする。

咲夜はうすら笑顔を浮かべたまま。

かなり疲弊はしているが。

それ以上に、これから事がどう動くかを、面白がりながら静観している雰囲気である。

吸血鬼の主に人間(本当かはわからないが)でありながら仕えているような者である。

それはまあ、かなり性格が捻くれていても不思議では無いだろう。

早苗が目配せをしてくる。

早苗は、この先にいる妖怪の正体を既に知っている。

守矢の二柱に教えられているだろうし。

何よりも、茶番としてこの異変の話を何度も打ち合わせするときに。紫が声を掛けると明言していたからである。

なお、その妖怪は。

決定的な弱点があるので。

もしも普通に戦うとなれば、その辺の退治屋でも勝ててしまう。

残念ながら、致命的な弱点がある妖怪と言うのはそういうもので。

強ければ強いほど、突かれるとどうしようもない弱点があったりするのだ。

幻想郷では全く話を聞かない妖怪だが。

それは、既に退治方法が確立されている上に有名すぎるからで。

今回は、あまりそんな妖怪と、よりにもよってスペルカードルールで真面目にやりあってやる気が起きない。

これは、この坑道を調子に乗って掘り進めすぎたその妖怪と。

現地の状況を確認せず、徹夜明けの頭で考え無しに妖精を配置しすぎた紫の責任であって。

霊夢のせいではない。

ならば、対応は決まった。

手を叩くと、霊夢は立ち上がる。

これからどうするか。

既に腹は決めた。

「少し休憩したら、いっきに此処の支配者の所まで押し通るわよ」

「了解……」

魔理沙があんまり回復していない様子で言うが。

まあ仕方が無い。

光の魔法をこれだけ常時展開しているのだ。

簡単に回復する事は出来ないだろう。

また、編隊を組んで進み始める。

深い深い縦穴の奥には、まだまだ妖精の縦深防衛陣地が構築されているようだった。

 

3、脅威と受難

 

最後の妖精を叩きのめして撃墜した時には。

流石に霊夢も肩で息をついていた。

数が多すぎる。

どいつもこいつもノリノリすぎる。

ここのところ、霊夢に堂々と戦いを挑み。

すっきりする機会がなかったとは言え。

いくら何でもどいつもこいつもハッスルしすぎである。

そして楽しそうに、弾幕を撃ちきった後は、即座に再生して帰って行く様子を見るのも腹が立つ。

此奴らにとっては遊びでも。

此方にとってはそうではないのだ。

今回の異変もそうだが、基本的に異変というものは、外圧を除けば幻想郷のために行っている。

以前吸血鬼異変というもので、平和ボケしていた幻想郷が乗っ取られ掛けて以降。

危機感を抱いた紫の手で、何も問題が起きていないときでも、定期的に異変は起こされるようになっている。

そうしないと、戦力と緊張感を維持できないからだ。

実際問題、鬼がいなくなって偉そうにしていた天狗達は、吸血鬼異変の時に何の役にも立たず。

数だけ集めたでくの坊と化し。真っ先に吸血鬼の軍門に降る有様だったのだ。

外部にいられなくなり、幻想郷に来た勢力ですらそれだ。

外部で現役のままシノギを削っている勢力に至っては、更に危険である。

特に近年は外圧が激しくなってきており。

決定打となったのはいわゆる地獄六道の一つ、畜生界からの侵攻だろう。

幸い畜生界の連中は、幻想郷の戦力で充分に撃退出来る程度の相手だったからまだ良かったのだが。

敵迎撃の先頭に立った霊夢はいつまでも全盛期の力を持っている訳では無い。

畜生界侵攻の背景には、案の定高位の神の暴走が絡んでおり。

霊夢がいなかったら、その荒ぶった神を沈静化させることが出来たか極めて怪しかったのである。

霊夢がいなくても、外圧を跳ね返せる。

それくらいの戦力を、常に幻想郷にて保持したい。

紫がそう考えるのを。

霊夢は理解していた。

そして、その考えが間違いではないことも。

だが、だからといって。

今回の茶番は、あまりにも度が過ぎる。

後で一言言ってやらないと気が済まない。

魔理沙は完全にぐったりしているし。

早苗は服がぼろぼろになって、露骨に不機嫌になっている。

咲夜はソーイングセットを取りだして、ちくちくと自分の服を補修し始める有様である。そんなもの霊夢は持っていないし。持っていたとしても針を指に刺すだけだ。

ちなみに、この穴を掘っている主は、恐らく至近にいて、こいやこいやと待っている気配があるが。

全員もううんざりしているのは確定である。

そして早苗は。

霊夢がやろうとしていることを理解している。

咲夜に至っては、恐らくだが状況次第では速攻で逃げを選択するだろう。

それくらい、状況が良くない。

相手が強いのではない。

戦闘を行う前提条件が悪すぎるのだ。

大きくため息をつく。

そして、空気を補充してくれるカードを見た。

これだって、戦闘が激しくなってくれば落としたりするかも知れない。

もしそうなったら、さっき早苗が言ったように。一瞬であの世行きである。

常にカードを落とさないように意識しなければならない。

それも、かなりのハンデとなる。

霊夢もさっきまでに蹴散らした妖精の弾幕をかなり擦っていて、何カ所かかなり傷口が痛む。

仕方が無い。

気は進まないが、少しばかり本気でやるしかないだろう。

魔理沙に声を掛ける。

無言で魔理沙は立ち上がると、フラフラと箒に跨がる。

限界だ。

見ていて分かるが、かなり厳しいスペルカードルール戦になる場合、落とされるだろう。

此処で落とされた場合、カードを肌身離さずつけていればいいが。

そうでなければ死ぬ。

本来なら撤退すべきだが。

今回は、そうしなくてもいい手がある。

ならばそうするだけだ。

皆を促して、進む。

神域ではない。

だが、確実にテリトリーに侵入した。

気配が変わったのだ。

それが露骨に分かった。

ほどなくして。

極めて野性的なボロを着込んだ、裸足の女が姿を見せる。

幻想郷のルールに従って人間の女に姿を寄せているが。発している猛烈な妖気から、この女が妖怪。それも大妖怪クラスなのは確定だ。

手にはスコップとつるはしを左右でそれぞれに持ち。

髪もざんばらである。

そして、声も大きくて、遠くから張り上げてくるようだった。

「なんだお前ら。 さっきから五月蠅いと思ったら」

「私は博麗の巫女、博麗霊夢よ」

霊夢を筆頭に、皆名乗る。そうすると、鼻を鳴らす野性的な女。

此奴を用意することは紫は話していた。紫を介して話もした。

だが、面と向かってはまだ話していない。

恐らく此奴は、ここまで来るのにぼろぼろになっている様子を鼻で笑ったのだろう。まあいい。今は笑っておけ。

名乗ったからか、相手も名乗り返してくる。

まあ最低限の礼儀である。

「俺は姫虫百々世(ひめむしももよ)。 此処で現場監督みてーな仕事をしてる。 いわゆる大蜈蚣だ」

「オオムカデ!? それは手強そうだな……」

グロッキー気味の魔理沙が怖れおののく。

まあ、知らなくても当然か。

知識がある人間にとっては、この瞬間勝ったと確信できるような相手なのだが。確かに知識がなければそうもいかない。何より妖気も威圧感も尋常では無い。

それにこれだけ丁寧で正確な広さの坑道をずっと掘ってきているのである。

力無き妖怪には出来ない行動だ。

「それでお前ら、何しに来た。 盗掘か?」

「盗掘? それはあんたの方じゃないの? 此処には所有者がいるって聞いているけれど」

「え、そうなの? 俺の方が盗掘者!?」

いきなり可愛い驚き方をするももよ。

まあ、それもそうだろう。

そもそもオオムカデはある理由から、人間を避けて過ごしている妖怪である。

古い時代には鬼などと比肩するほど怖れられたのだが。

逆にそれがまずかったのだ。

退治のやり方が確立されるのも早く。

そして、妖怪としての支配者階級の座は。

やがて分かりやすい強さを持つ鬼などに移っていったのだ。

最終的に、毘沙門天などの軍神の麾下に収まっていく者も出ることになる。

そうしないと、存在を存続できなくなったからである。

「さっき、泣きながら俺の知り合いの大天狗の手下の管狐が来て、盗掘者が来るからやっつけてくれとか泣きついて来たんだけれど、お前らがその盗掘者じゃないの?」

「いや、だから此処は所有者がいるんだって」

「そんな話は聞いてないぞ! この辺を掘って良いって話が出て来たから、俺は喜び勇んで大枚はたいて、みろ、こんないい採掘道具まで作ってだな! それで好物の龍珠を食べられて、幸せで……」

自慢する様子で、スコップとつるはしを見せてくる。

確かに相当な業物のようだが。

だったら素足で採掘作業するなよと霊夢は内心で思ってしまった。

危なくって仕方が無い。

まあ妖怪だから、多少の傷なんてどうでも良いのだろうけれど。

それにしても素足に頭をまるごと晒して採掘作業はあらゆる意味で危険すぎる気がしてならない。

「だいたい所有者って誰だよ」

「私ですよももよ君」

「うわおっ! びっくりしたっ!」

背後に突如現れた魅須丸に、やたらと可愛い驚き方をするももよ。漫画みたいな飛び上がり方をしている。

これは、ちょっとこれから此奴にする事を考えると罪悪感が湧いてくるが。

まあやむを得ない。

此奴が、スペルカード戦を極めていることは殆ど確定。しかもこういう極端な閉所でのスペルカード戦に関しては、恐らく幻想郷随一だろう。

そんなのをまともに相手にする気は無いし。

体力も残っていない。

「久しぶりですね。 この山には龍珠が多く眠っているから、余計なところを掘ってはいけないと前に言いませんでしたか?」

「いや、それは俺も不安になったんだ! だからあいつに確認したんだぞ! それにそれだけじゃなくて……」

「いいわけは結構」

「いいわけじゃない! 報連相の不足だ! だいたい俺、自分で食べる分の龍珠以外は全部大天狗……めぐむにくれてやってたんだぞ! 殆どはあいつが持ってってるんだ!」

龍珠を食べると聞いて、目を丸くする魔理沙。

早苗はくつくつと笑っている。

ああ、なんというか。

早苗はこれからどんな惨劇が起きるか分かっていて笑っている。

昔はあんなに無邪気だったのに。

どんどん闇落ちしているなあ。そう感じてしまう。

恐らく早苗は、外では相当鬱屈したものを抱えていたのでは無いか。

だから最初幻想郷ライフを楽しんで、アホ面を抱えていたし。

それでストレスが飛んだ今は、その鬱屈を二度と味わいたくないから、手段を選ばないようになって来ている。

そんな事情がありそうだと霊夢は思う。

勘だ。

真相は、早苗に聞いてみないと分からないが。

「霊夢くん。 この者は自分でも名乗っていましたが、いわゆるオオムカデです。 此処を違法に掘ったのは、所有者である私が認定します。 退治しなさい」

「え、ちょっと待って……」

「では退治する様子を見守っていますよ」

呆然とするももよの前からかき消える魅須丸。

さて、始めるかと思ったが。

魔理沙が挙手する。

「なあ、ももよ、だよな。 ちょっといいか」

「何だよっ! 訳が分からないのは俺も同じなんだっ!」

「いや、それは分かったんだけど。 なんでそんな遠くで話そうとするんだ? 大声を張り上げなければならないのって、そんな遠くにいるからじゃないのか?」

硬直するももよ。

魔理沙は気付いていない。

ももよ、というか妖怪としての大蜈蚣の弱点をクリティカルで踏み抜いたことに。

「近くで話そうぜ。 こっちは凄く疲れてるんだよ。 なんでか知らないけれどやったらめったら妖精いるし、どいつもこいつも元気すぎるし、狭くて避けづらいし。 だから何か不満があるなら聞くから、近くで膝つき合わせて話そうぜ。 お前は妖怪かもしれないが、此処にいる四人も妖怪……じゃないけれど妖怪への対応は慣れてるからさ。 殺し合いはやりたくないけれど、スペルカードルール戦なら受けるし」

「……い、いやだ」

「何だよ、近くで腹割って話すのが一番仲良くなるには良いんだぜ。 て、早苗、なにやってんの? なにか変なものでも口に入った?」

「いえいえ、違いますよ」

魔理沙が驚く。早苗はハンカチで口元を拭い始めている。

そして、そのハンカチで。

取りだした破魔矢の鏃を拭き始めていた。

それをみて、余りに勢いよく下がりすぎて、壁にビタンと自らを叩き付けてしまうももよ。

まあ、分かってはいたが。

幻想郷にいる以上。

伝承からは逃れられないのだ。

「や、やめ、やめろ、それだけはやめろ……!」

「ちょ、ど、どうしたんだ? スペルカードルール戦なら受けて立つけれど、出来れば休憩した後こんな狭苦しい場所では無い外でやりたいんだが……そんなに動揺するなんて」

「ああ、こういうことですわね」

不意に姿を消す咲夜。

瞬時にももよの側に姿を見せた彼女に。

ももよはきゃあっとか可愛い悲鳴を上げて、つるはしもシャベルも放り出し、かさかさ逃げ出す。

だけれど逃げられる場所なんてない。

隅っこにいくしかないのだ。

洞窟の隅っこで震えているももよを見て。感じる強大な妖気とのギャップに、呆然としている魔理沙。

霊夢は咳払いすると説明する。

「妖怪オオムカデには致命的な弱点があってね。 人間の唾液を受けるとひとたまりも無いのよ」

「えっ!?」

「ば、バカッ! 人間にそれ以上その知識を広めるんじゃない!」

「バカなんて言っていられるのかしら貴方」

瞬間移動してきた咲夜を見て、完全に腰を抜かしているももよである。霊夢としては、苦笑いすることしか出来なかった。

そもそもだ。

オオムカデの伝承は、遙か古くから残っている。

あの日本三大怨霊の一角として知られる平将門公を討ち取ったいにしえの大豪傑。俵藤太こと藤原秀郷には、このオオムカデ退治の逸話が残っており。

その時退治されたオオムカデは、山を七巻半するほどの巨大な存在であったという。

しかしながら、藤原秀郷が普通に放った矢にはびくともしなかったオオムカデも。

藤原秀郷が「オオムカデが唾に弱い」事を「思い出した」ため形勢逆転。

鏃に唾を塗ったたったの一矢で即死に追い込まれてしまった。

即死である。

藤原秀郷は千年以上も前の人物。

つまり千年前の妖怪が全盛期を迎えていた時代の前に、最強の妖怪キラーだった人物であり。

早い話。

千年以上も前に、オオムカデの退治方法は確立されていたのである。

そしてこれらを裏付けるように、他にもオオムカデ退治の逸話は残っており。

何と普通の漁師にすら不覚を取った逸話すらもある。

オオムカデが各地で討ち取られ、衰退していったのも当然の話である。

退治方法が確立されてしまった妖怪ほど、脆い者は存在しないのだ。

幽霊の正体見たり枯れ尾花などと言うが。

まさにオオムカデの場合は、正体を知られた妖怪のはかなさをそのまま現しているとも言える。

妖怪最強の座から滑り落ち。

鬼などに座を譲ったのも納得であろう。

「ほら、此処は坑道の最奧よ。 私達は酸素をどうにかするカードがあるから平気だけれども。 四人も人間が呼吸をしている状態で、貴方は平気なのかしら?」

「ひっ……」

「藤原秀郷の矢は、一矢で山を七巻半するオオムカデを仕留めたそうですね。 実際の致死量には興味があります」

早苗が、矢を持ったまま満面の笑顔でももよににじり寄っていく。

逆側には咲夜がいて、逃げられない。

完全に詰みだ。

もしも、破れかぶれに妖怪としての本来の姿を現すとか、いきなり弾幕をぶっ放すとかしても。

今、咲夜が見せた瞬間移動能力が、ももよに取ってクリティカルな懸念事項になっている。しかもももよは知らないが、その気になれば霊夢だって早苗だって瞬間移動は出来る。

極論すれば、この場にいる誰かに噛みつかれたらももよは終わりなのである。そして、この場にいる魔理沙以外の全員がそれを出来る。咲夜が出来る事が分かっているだけでも、ももよにはそれこそ生きた心地がしないだろう。

肉体が滅ぶだけでは妖怪は死なないが。

しかしながら、これほどのトラウマになっている様子からして。恐らくももよは人間に退治されたことがあるのだろう。唾つきの矢か何かで。

そういう場合、また唾関連で肉体を滅ぼされた場合。

文字通り、精神に致命傷を負う可能性がある。

妖怪は肉体を壊しても死なないが。精神が壊れると死ぬのだ。

妖精ほどの不死性はないのである。

更に、だ。

人里に近付かない様子からも、更に言えば荒々しい格好をしていながらも浮き世離れしているふんわりした言動からも。

ももよが人間との直接接触を避けている様子がよく分かる。

鏃についた唾液だけで、山を七巻半する巨体が即死するのだ。

そんな最強級のオオムカデより劣るとしか思えないももよである。近くで人間が喋るだけでも危険だろう。

ついに泣き始めるももよ。これでは、スペルカードルール戦どころではない。

「お、俺悪い事何もしてないもん! 俺、掘って良いって言われたからここ掘ってただけだもん! だからやめて! 近寄らないで! 唾液やだ! もう唾液はやだ!」

「……言葉も無いわ」

「博麗の巫女助けろっ! お前が妖怪を見境無く退治する事は知ってるけど、幻想郷の管理者だろ! 何も悪い事してない俺が、こんな風に虐め殺されるのを黙って見てるのかお前はっ!」

「私はあくまで妖怪退治をする存在なんだけれど」

無慈悲に突き返すと。

とうとう返す言葉もなくなって、怖くて逃げる事も出来なくて、わんわん泣き始めるももよ。

右往左往しているのは。

ももよではなくて魔理沙だった。

「ちょっと、皆やめろって。 これはその……」

「盗掘者を詰めてるだけだけど」

「盗掘じゃないもん! 知らなかっただけだもん! だいたいあのめぐむの奴が持ち込んできた話を素直に聞いただけだ! 冤罪だ! 賢者に会わせてくれよう!」

「泣くなって、落ち着いてくれ! やりづらくってかなわねえよ」

魔理沙が一番困り果てた様子である。

魔理沙はジャイアントキリングを好む傾向があるが。

逆に露骨な弱者をぶちのめして喜ぶ事は……昔はあったが、最近は目立って少なくなってきている。

多分昔の自分の境遇に重ねているのだろう。

子供みたいにへたり込んでめそめそしているももよは、もう完全に戦意喪失どころではない。

一応大妖怪の筈だけれども。

その力を発揮できる状況にない。

大妖怪というのは、むしろ退治方法をどんどん開発されてしまう悲しい存在である。

見上げ入道などもそうで。

ただの呪文一つ、「見上げ入道、見越した」だけで退治されてしまう。

一番恐ろしいのはいつも人間だ。

そう紫が以前愚痴っているのを聞いた事があるが。

この様子だと。

紫も、実は既に退治方法が確立されていて。

種族を誤魔化す事で、それから逃れているだけなのかも知れない。

ともかく、これは収拾がつかない。

近寄るだけでびゃーびゃー泣くので、むしろ面白そうに定距離を保っている咲夜。満面の笑顔だが。

このメイド長、真性のサディストではあるまいか。

此奴が仕えている吸血鬼姉妹が少し心配だ。

たまりかねて、魔理沙が声を上げた。

「と、ともかくだ! やめだやめ! 外に出よう! 私もなんだ、この空気だと戦いづらいし、全力も出しづらいし! スペルカードルール戦で片をつけていったん終わりにしようぜ! それが一番禍根も残らないし、なあ!」

「どうしようかしら」

「此処で退治するのが一番楽に思えますけれど」

きりきりと、いつの間にか取りだした弓に先ほどの破魔矢を番え、引き絞り始めている早苗。

空中とは言え、立射の体勢は滅茶苦茶しっかりしている。二柱にきっちり仕込まれているのだろう。

その上弓矢が引き絞られる音を聞くだけで、もう怖くて恐ろしくて、身動きも取れない様子のももよである。弓矢の音そのものがトラウマになっている様子だ。

恐らく一族みんなこんな感じでブッ殺されて。

自身も退治されて。

命からがら幻想郷に逃げ込んできたのだろう。

そういう事情が透けて見えてしまうが。

妖怪に手心を加える訳にもいかないのが、霊夢の厳しい所だ。

だが、魔理沙を泳がせるのはこれはこれで面白いかも知れない。

どうせもう何もしなくても、勝手にストレスでももよは自滅する。

妖怪はどんな成りをしていても結局精神生命体なので。

このまま恐怖のどん底に蹴り落としておけば、そのうち勝手に死ぬ。

そうでなくても弱り切るから、後は連行すればおしまいなのである。

「れ、霊夢。 ちょっと待て、私にこの場は預けてくれ、なあ」

「何。 妖怪に手心加える訳?」

「そうじゃないけど、何というかこれは私の方が気分が悪いんだよ。 せめて全力の相手とスペルカード戦で戦って、禍根なく負けを認めさせたい。 それで、異変がすっきり終わるだろ」

「分かったわ、好きにしなさい」

霊夢もいい加減うんざりしていたところだ。

魔理沙が縄を放り投げる。

めそめそ泣いていたももよに呼びかける。

「腰が抜けて動けないなら掴めよ。 外に連れてってやる。 人間から距離置けば大丈夫だろ」

「ば、ば、馬鹿にするなっ!」

「だったら自分でついてこいよ。 外で決着つけようぜ」

「何だよ仕切るな……ゲホゲホっ!」

激しく咳き込むももよ。

泣きすぎたから、ではないな。

さっき指摘を受けたが、こんな狭い空間に、人間四人と一緒にいたからだ。

唾液が少量体内に入っただけで致命傷になるような妖怪である。

飛散した唾液を少しでも吸えばこうなる。

まあ、当たり前の結果である。

早苗を見ると、肩をすくめる。

咲夜は涼しい顔で、自分が面倒で無ければどうでもいいと顔に書いていた。

霊夢は魔理沙を見て、軽く頷く。

任せるから、勝手にしろという意味だ。

魔理沙は唇を噛んだまま、ももよが弱々しく縄を掴むのを見ていた。

そのまま、腰が抜けているももよを、若干乱暴に外に引っ張っていく魔理沙。

一番消耗が激しかっただろうから、こんな狭い空間から出たい。そういう意図もあったのだろう。

ましてや今此処は、あらゆる意味で空気が最悪なのである。

魔理沙は幼い頃、今はネグレクトだとかいうのか。最悪の親の下で、酷い目にあった経験がある。

なんだかんだで面倒見が良いのも、その時に弱者がどういう思いをしているか知っているから、だろう。

昔は手に入れた魔法という強さに振り回されて、弱い妖怪をぶちのめすことを面白がっていた時期もあったが。

最近は殆どそういう行動をしなくなった。

弱者をいたぶって楽しむのが大半の人間の習性だと言う事を考えると。

それを最悪の形で間近で見たから。

背伸びして、必死にその類例から逃れようとしているのだろうとも思える。

まあよく分からない。

魔理沙は妖怪に憧れている節があるし。

今後、慎重に様子を見なければならないだろう。

魔理沙がももよを引っ張って飛んで行くのを見送ると、早苗は弓矢をしまう。

「あんた、弓矢なんて嗜んでたのね」

「幻想郷に来る前にちょっとだけ趣味でやっていたんですが、此方に来てからは本格的に練習しています。 まだまだ実戦で使えるほどではないですけれど」

「いや、あの立ち姿決まってたわよ。 私もずっと昔は上手に飛べなかった時期があったから、その頃は弓矢で戦う事を考えたことがあったし」

「追わなくて良いのかしら?」

咲夜が釘を刺してくる。

魔理沙も結構消耗しているし。

ももよも冷静になれば、魔理沙に対して危害を加えようと考え出すかも知れない。

妖怪オオムカデは、妖力だけを考えれば古豪の名にふさわしく。

実力も龍を喰らうという自己申告はともかくとして、相応のものがある。

魔理沙があんな様子だと、不覚を取る可能性があるし。

一応見届ける必要はあるか。

魅須丸は姿を見せない。

多分あいつは、最後に決着がついてから、全てを賢者に話すだけのつもりだろう。

ため息をつくと。

空間転移して、一気に辛気くさい虹龍洞から出る。

魔理沙はもう外の上空にいて。

距離を取ったももよと向かい合っていた。

多少元気が出たようだが。

魔理沙の方の消耗が少し心配である。

「霊夢、早苗、咲夜、手を出すな! 私がやる!」

「舐めやがって! 俺は大妖怪だって言ってるだろ!」

「さっきまで洞窟の奥で」

「やめろおお! 外でそんな話をするんじゃない!」

顔を真っ赤にして恥ずかしがるももよ。

可愛い奴である。

まあいい。

とりあえず、上位神格でもない相手だ。

全員掛かりで戦う事もあるまい。

様子を見守る。

スペルカードルール戦を開始する魔理沙とももよだが。

ほぼ、予想通りの展開になった。

まずももよは動くには動くが。

地底での戦闘を想定していたらしく、スペルカードの立体展開が極端に少なく、代わりに密度がやたらときつい。

やはり地底での戦闘を行い、なおかつ天井や床の崩落が起きないように、見かけの派手さも重視する。

そんなスペルカードを追求していたらしい。

自分中心に周囲に光線を照射して回転させ。相手を回転に巻き込んで滅茶苦茶にするようなスペルカードも展開するが。

狭い場所でなら猛威を振るいそうなそれも、外の空中では正直な話ゆっくり風車でも回しているようなもので、距離を取られてはどうしようもない。

魔理沙はこの辺り容赦ないし。

そもそも自分の本来の実力を、スペルカードルール戦の技量で補っている自覚があるからか。

容赦なく相手の弱点を突いて、長距離からの射撃でみるみるもりもりももよの精神力を削って行く。

周囲から圧殺するように大量の弾幕を展開して、自分に向け収束させるももよだが。

それも残念ながら、何しろ展開範囲が足りない。

さっと魔理沙は収束範囲外に出てしまい。

相手の土俵には徹底的に乗らない。

魔理沙が放つ烈光の魔法が、ももよの得意とする近距離での密着戦を許さないし。

ももよが接近しようとしても、そもそも魔理沙は匠に距離を取りつつ、的確に自分の間合いを相手に強要していく。

ああいう戦いをやらせたら。

魔理沙はやはり幻想郷随一だなと思う。

勿論実戦ではこうはいかないんだが。

それでもこの決闘方法であれば、テクニックだけなら魔理沙は凄い。

霊夢はしばらく見守っていたが。

不安は無いなと判断。

十個目のスペルカードをももよが展開。

流石に数だけは揃えているものである。

膨大な弾を、兎に角ひたすら徹底的にばらまいていくタイプの弾幕で。分かりやすい全周囲制圧型のスペルカードだが。

やはり穴の中で展開する事を前提としているのか。

一定距離を取ると、もう密度がかなり粗くなっている。

あの洞窟の中で戦えば、恐ろしい難敵だったのだろうけれど。

この外の上空では、そうも行かない。

ましてやももよは、さっき散々精神的にいたぶられたばかりである。

魔力を消耗しきっている魔理沙も病み上がり同然の状態だが。

それでも余りにも不利だ。

やがて、最後のスペルカードが尽きたらしく、爆発して落ちてくるももよ。

魔理沙も肩で息をつきながら降りてきた。

「勝ったぞ。 ちゃんとしたスペルカードルール戦でな」

「ええ、お見事」

「だから、あんまり酷い事してやるな。 いつもみたいにみんなで飲んで」

「バカ言うなっ!」

落ち葉の中から起き上がったももよが、涙目で言う。

全身黒焦げでぷすぷす煙を上げているが。

流石に生命力で知られるオオムカデの妖怪だ。

現実にも、ムカデは半分に切っても一週間生きているくらいの生命力を発揮する生き物であり。

それが後に、不退転や生命力という観点から、正の信仰への足がかりへつながった経緯がある。

ももよも、精神面は兎も角。

肉体はすこぶる頑丈なようだ。

「人間と飲み会なんて恐ろしくて出来るかっ! 唾液が飛散するんだぞ!」

「だそうよ、魔理沙」

「あー、そうか。 じゃあ、スペルカードルール戦に負けたんだし、私達の言う事を聞いてくれ。 それでいい」

「……うん」

周囲をまた囲まれる状態になったももよは、またしおらしくなる。

さっきの恐怖を思い出したのだろう。

これだけ怖がらせれば。

当面悪さをしようなんて考えないはずである。

それでいい。

元々オオムカデのような妖怪は、得意とする土俵に乗せてやれば、極めて危険な災害級の存在になりうる。

人間には手出しがしづらくとも、妖怪が相手なら話が違ってくる。

弱い妖怪をエサにして、それで力を増すかも知れないし。

幻想郷のパワーバランスが崩れるかも知れない。

それは、避けなければならない。

いつの間にか、魅須丸がいた。

びくりと身を震わせるももよを見て、手を叩く魅須丸。霊夢の力の元にもなっている陰陽玉の話を聞く限り、色々と複雑な気分を抱かされる相手だ。

「お見事。 皆の力、見せてもらいましたよ」

「私以外は此奴を虐めてただけだけどな」

「いや、妖怪への精神攻撃は立派な退治の一つです。 まあ、すっきり勝ちたいという気持ちも分かりますが」

考えてみれば。

相手の土俵に立って、それでなお勝つのが一番すっきりした勝ち方ではあるのだろう。

だけれども、疲弊しきった魔理沙が、万全状態のももよとやり合っていたら。相当な苦戦は免れなかった筈だ。

結局の所、魔理沙も楽な方を選んだ。

そういう意味で、魅須丸は皮肉を言っているのかも知れない。

「ももよ君。 これ以上坑道を掘るのは禁止します。 その代わり坑道の内部に現状存在している龍珠を、拾って食べる分には許可します。 大天狗との取引は以降禁止としますが」

「……ありがとう」

「では、私は虹龍洞に戻ります」

言いたいことだけ言って、魅須丸は自分の神域に戻っていく。

座り直すと、何度か目を擦り直すももよ。

既に焦げ焦げだった体は治り始めている。

「なあ、霧雨魔理沙だったか」

「ああ。 姫虫百々世」

「外で、オオムカデの弱点を言いふらすのだけはやめてくれ。 俺はずっと静かに暮らしてきたし、妖怪の山からは出来るだけ出ないで生きてきたんだ。 人間なんて食った事もないし、これからも退治されるようなことはしないから」

「分かってる」

人里で、妖怪を侮るような噂が流れると。

それは妖怪にとっての致命傷になる。

ももよのような大妖怪クラスでもそれは同じ。

人里にいる人間は、妖怪より武力で劣るかも知れない。

だがこの小さな理想郷を担保する、大事な存在でもあるのだ。

人里無くして幻想郷はなり立たない。

良く状況が分かっていない馬鹿な妖怪が、人里の人間なんてすぐにでも滅ぼせるとか宣うことがあるが。

それをやれば、幻想郷の妖怪は瞬く間に消えてしまうだろう。

良くも悪くも、人間に怖れられているから妖怪達は存在していられるし。

それは妖力の大小関係無く同じなのだ。

「他の三人も頼む。 俺は退治方法も確立された妖怪なんだ。 あんまりその……」

「分かっているわよ。 ただし悪さをするようなら、容赦なく唾つけた矢を叩き込むわよ」

「やめてくれよ本当に」

もう一度涙を拭うと。ももよは力無い足取りで、虹龍洞に戻っていった。

これで解決だ。

皆を促して、霊夢は下山に取りかかる。

これにて、虹龍洞異変と後で記載されるだろう事件は終了。

後は、外圧が無ければ。

しばらくして、また賢者が茶番の異変を準備するだろう。それまでは、おのおのが。それぞれの生活を送るだけだ。

麓まで、早苗が空間転移で送ってくれる。

勿論善意からでは無い。

余計な事をされると困るから、妖怪の山を追い出した。

それだけの行為だろう。

ただ、それでも飛んで行く手間は省けたので、有り難く利用させてもらう。

手を叩いて解散と言って。後はその場で別れた。

咲夜はそのまま帰って行くが。

あの様子だと、レミリアには全て話してしまうだろう。

レミリアは多分唾液関係の話を聞いて、大笑いするか、それとも慄然とするか。

弱点が多い吸血鬼には、他人事じゃないだろうからである。

早苗はまた空間転移で戻っていったので。

疲れきっている様子の魔理沙の肩を叩く。

「なんなら奢るわよ。 少し飲んでいく?」

「いや、そんな気分じゃない。 帰るよ」

「……」

少し、寂しそうな背中を引きずって。

魔理沙は帰宅していった。

箒で飛ぶ姿が、少し頼りない。

いつもの元気が、魔理沙から失われているのが霊夢には分かった。

だが、どうしようもない。

そういうものだ。

 

4、仕置きの終わり

 

酷く狭い場所での戦いで。

随分と鬱屈も溜まった。

うんざりしている霊夢は、縁側で茶を啜ってストレスの発散に努めていたが。

すぐ側の空間が裂ける。

紫が姿を見せると。

そのまま、縁側の隣に座る。

茶を出す前に、茶菓子を出してくるので。

文句を言うタイミングを逸した。

「終わったわよ。 報告書とかは面倒だからそっちで処理させて」

「貴方がそんなもの書けないことは分かっているわよ。 だからもう藍にやらせているし、心配しないで」

「……」

茶をもそりもそりと啜る。

紫は、相当に疲れている様子である。

後始末に奔走しているのだろう。

あのオオムカデ、姫虫百々世は恐らく相当古くから幻想郷にいる妖怪の筈だ。だが、妖怪が多数記載されている「縁起」にはその姿は見られなかったように思える。

何しろオオムカデと言えば有名妖怪だ。

その退治方法も含めて。

元々妖怪が存続するために、様々な検閲を加えている縁起である。

人間と遭遇する事自体が致命的なオオムカデのような妖怪には。

そもそも、名前が載らない方が良いのかも知れない。

それに山の中で静かに暮らしている分には無害な妖怪である。

千年も前に退治方法が確立されてしまっているのだ。

それでは、今更手を加えてもどうしようもない。

「魔理沙がね、少し不安なのよ」

「妖怪に入れ込みすぎ?」

「別にあれは妖怪に入れ込んでいるわけじゃないとは思うけれどね。 ただあの子、元々人間やめたいって思ってるみたいだし」

魔理沙が種族としての魔法使いになり、寿命を超越したいと思っているのは本当だ。

酒を飲むと、たまにその本音を口にする。

人間が素晴らしいと思っているなら、そもそも魔理沙は魔法の森なんて人外の土地で暮らす事はしないだろうし。

もう少し、人間の友人を増やそうとするはずだ。

魔理沙は人間関係に色々問題があって。

戦友と言えるのは霊夢。

悪友と言えるのが同じ魔法の森に住んでいる魔法使い(既に寿命を超越している)アリス=マーガトロイドや、同じく紅魔館の動かない図書館こと魔法使いパチュリー=ノーレッジくらい。

いずれも人間とは言い難い面子ばかりだ。

今回も、あまりにも目に余ると感じたのか。

ももよへの仕置きに割って入った。

昔だったら、別に彼処までは行動しなかっただろう。

魔理沙は確実に。

人間からは離れつつある。

もしも種族としての魔法使いになったら。

霊夢は魔理沙との関係を見直さなければならなくなる。

その時には、戦友でいられるだろうか。

少しばかり、分からない。

「来る者は拒まず、去る者は追わない貴方が珍しいわね」

「……そうね」

「甘いものでも食べて気持ちを切り替えなさい。 それが一番よ」

紫こそ。少しは休むべきだろう。

そう言い返そうとして、もういない事に気付く。

持って来られた茶菓子を口に放り込んで。

美味いなと霊夢はぼやいていた。

文句なく美味しい菓子だ。外の世界の菓子かも知れない。

紫なりの、機嫌の取り方なのかも知れない。

憮然とする。

こんなもので満足している以上、霊夢もまだたかが知れているという事である。

もっと、冷厳たる管理者にならないと。

いずれは舐めて掛かられるかも知れない。

早苗がぐんぐん追い上げてきている今。

霊夢は、あまり余裕を持って、構えている訳にはいかなかった。

 

(終)