劫火激突

 

序、バイアスグラップラー四天王主席、テッドブロイラー

 

忘れる筈も無い。

私が物心ついた頃、両親は殺された。

此奴らによって。

それから私を育ててくれた最強のハンターは。

此奴に殺された。

やはり、致命傷を受けている。

全身傷だらけ。

回復する様子も無く。そして、その凶暴な笑みと巨体は。剣を引き抜いた私に向けられている。

此処は、広い部屋。

何かを行うための、式典用の場所だろうか。ただ今は飾り気も無く、ただ地下の、密閉空間以上でも以下でもなかったが。

私はゼロを降りると、陸戦要員に顎をしゃくる。

バイクに乗ったミシカと山藤。

ポチとベロ。

カレン。

そして戦車に乗った皆。

Cユニットに制御を任せた戦車。

全員で、そいつを囲む。

だが、それでもまだどうにか勝てるかどうか、という次元の実力差を感じる。私自身、人間を止めてしまった身だが。

此奴が万全の状態だったら、100%勝てなかっただろう。

だが、今は。

これだけの準備を整え。

そして全員懸かりであれば。

或いは。

テッドブロイラー。

奴は、私を覚えていた。

「あの橋で、一瞬だけ視線があったな。 それに、恐らくマドの街でも交戦したな。 その気配、覚えている」

「レナだ。 お前は私の親を、二度にわたって殺した」

「一度はマリアか。 ……そうなると、もう一度はお前の両親を人間狩りの際に殺したかな。 ふん、報告は受けてはいたが、直接会って確信できた。 確かにお前には、俺と戦う権利があるようだ」

「その通りだ」

空気が発火しそうだ。

テッドブロイラーは、既にボンベを構えている。

此奴の凄まじさは、その火力だけではない。

奴のモヒカンは、重戦車を一撃で貫通する火力を持ち。

空を飛ぶことも。

音速近くで動く事も出来る。

だが、それでも奴はかなり弱体化している。

実際問題、間近でのプレッシャーは、マリアと一緒に戦った時よりも、比べものにならないほど衰えていた。

ハンドサイン。

皆に、伝達。

私に続いて、仕掛けろ。

「俺は不老不死になる。 絶対に死なない体を得る」

「それが望みか」

「そうだ。 お前はその様子だと、レベルメタフィンでも使ったか?」

「その通りだ。 貴様を殺すためにな」

鼻を鳴らすテッドブロイラー。

戦いは音もなく。

唐突に。

そして急激に始まった。

奴が、ボンベから炎を展開。

一気に広間が、朱に染まる。

どのクルマも耐熱コーティングをしている。そして、陸戦要員全員が、携帯バリアを重ね掛けしている。

だが、この火力。

まともに浴びると、それでも危ない。

私が即応。

剣を一閃。

炎を吹き飛ばす。

だが、次の瞬間には。

モヒカンスラッガーを手にしたテッドブロイラーが、私の至近に迫っていた。

降り下ろされる。

誰よりも。

今まで見てきたどんなモンスターよりも、凄まじい圧迫感。

かろうじて、弾く。

だが、同時にテッドブロイラーは空中に浮かび上がり。

多数の砲撃、ミサイル、更に犬たちの野砲。狙撃を浴びながらも、テッドブロイラーは吠えていた。

「テッドファイヤーッ! がががががっ!」

先の比では無い火力が、広間に展開。

一瞬で酸素が尽きるのでは無いかと思わされるほどだ。

マウスが壁になるが。

その耐熱コーティングが、瞬時に禿げる。

陸戦要員もクルマの影に隠れるが。

この火力、頭が完全におかしい。

どういう熱量だ。

私が壁を蹴って跳躍。

頭上から仕掛ける。

テッドブロイラーは、冷静に斬撃をスラッガーで受け止め、空中でとてつもない重い蹴りを叩き込んできた。

ガードするが、防ぎきれない。

壁に叩き付けられる。

頭上。

回り込んだカレンが、猛禽が強襲するような蹴り技を叩き込むが。

テッドブロイラーは腕一本で凌ぐと、カレンも同様にして吹き飛ばして見せた。

レールガンが吠える。

直撃。

だが、レールガンの弾丸を。

テッドブロイラーは手で受け止め、そして握りつぶしていた。

「どうした、こんなものか。 ゲオルグめ、情にほだされて手を抜いたな。 普段の彼奴なら、この程度の連中に、あっさりやられなどしないものを」

「黙れ……」

立ち上がる。まだ、これだけの差。

相手は瀕死。此方は万全。七機の重戦車。それぞれが育ちきった陸戦要員。

それでも、これだけの差があるのか。

「俺はこの世界そのものを焼き尽くす! 俺自身は永遠の命を得て、この世界そのものを変える! 俺は破壊の魔人テッドブロイラー! 人間如きが、この俺に挑むは百年早かったな!」

ミシカが死角から狙撃。

山藤も。

しかし、どちらの射撃も、テッドブロイラーの表皮にはじき返される。

鼻で笑うと、テッドブロイラーは。

手元に、注射器を取り出した。

「雑魚どもが、これで寝ていろ!」

「避けろ!」

数発の注射器が投擲される。

慌てて回避するミシカ。

山藤は何とか狙撃銃でガード。

犬たちは。

ポチがもろに食らったが、私の反応が間に合う。注射器を蹴り折る。針が体の中に刺さって残るが、あの注射器。

恐らく内容は劇物だ。

食らったら即死していただろう。

ベロは。

大丈夫。どうにか擦っただけだが。毛皮が赤黒くなっている。

それだけヤバイ毒だと言う事だ。

「まだまだあるぞ! 俺が炎を使うまでもない!」

スラッガーを、再び投擲してくるテッドブロイラー。

私がかろうじて、ミシカを両断しようとしたそれをはじき返すが、吹っ飛ばされて壁に叩き付けられる。

テッドブロイラーの手元に戻ったスラッガーが、もう一度投擲され。

そしてバギーに突き刺さった。

貫通。

爆破。

また、マドの街での戦いと同じようにして、テッドブロイラーに破壊されたバギーが。炎の中、軋みを上げながら崩れていく。

笑いながら、テッドブロイラーは装甲車にもスラッガーを投擲。

だが、その時。

バスが間に合う。

レーザー迎撃装置が、テッドブロイラーの手元に直撃。

かろうじて一撃をそらした。

地面で弾かれながらも。

生きているかのように、テッドブロイラーの手元に戻るスラッガー。はて、妙だ。どうしてテッドブロイラーは、あの強烈な火炎を使わない。

さては。

無理矢理体を立て直すと、叫ぶ。

「総攻撃を続けろ!」

「!」

隙は、私が作る。

壁を蹴って跳躍。

更に天井を蹴って、真上からテッドブロイラーに躍りかかる。

スラッガーで、飛んでくる弾丸を悉く弾き。

それでも足りない分は目からレーザーを放って撃墜するテッドブロイラー。

だが、奴は私に備えて、若干の注意をそらし。

それが幾らかの被弾につながる。

直撃する戦車砲。

それでも平然としているテッドブロイラーだが。

煙幕を利用して、ミシカがバイクで真下に滑り込む。

そして、対物ライフルで、私の一撃にあわせ、奴の目を狙う。

その瞬間、私もテッドブロイラーに向けて、渾身の斬撃を見舞う。

両手を同時に振るうテッドブロイラー。

右手で私の一撃を、スラッガーで止め。

もう片方の手で、ミシカの狙撃を防ぐ。

レオパルドから放たれたありったけのミサイルが、テッドブロイラーに襲いかかるが、それらさえも豆鉄砲としてあしらってみせる。

だが、分かる。

だんだん空気が薄くなっている。

そしてテッドブロイラーは。

この状況では、もう炎は使えない。

「レーザー迎撃と実弾攻撃を連続で使用! 此奴はもう炎を放てない!」

「面白い事を言ってくれる!」

テッドブロイラーが凄絶な笑みを浮かべ、蹴りを叩き込んだカレンを軽く払うだけで吹っ飛ばし、床にたたきつける。

そして、奴の放ったスラッガーが、バスのレーザー迎撃装置を直撃。

爆散させた。

しかし、まだまだ。

ウルフが滑り込むようにバスの前に躍り出ると、その主砲でスラッガーを撃つ。テッドブロイラーの手元に戻ろうとしていたスラッガーが、その一撃で弾かれ、天井に突き刺さる。

テッドブロイラーがボンベを構える。

炎を放つそぶり。

だが、皆怖れない。

私の言葉を信用しているからだ。

舌打ちしたテッドブロイラーが、地面に着地。天井に手を向けると、突き刺さっていたスラッガーが、自動で落ちてきて、奴の手に収まった。

私も着地。

ポチが、果敢に飛びかかる。

スラッガーで真っ二つにしようとする手を、私が大型拳銃で狙撃。同時に、ミシカもライフルで同じ行動に出る。

二方向からの同時狙撃。

テッドブロイラーは、私の一撃をレーザーで撃ちおとし、拳を振るってポチに直撃させ。更に、ミシカのライフル弾をスラッガーではじき返したが。

本命は次だ。

マウスの主砲が、至近距離から、テッドブロイラーの背中に叩き込まれる。

流石にこれは吹っ飛ばされるテッドブロイラー。

壁に叩き付けられ、しかし受け身を取って、立ち上がった。

「数の利を生かしてくるじゃあないか」

「……」

奴の傷は、体そのものダメージはもはや回復しない。だが体力はそれでも少しずつ回復しているのが見て取れる。

私ももう、人間を止めて、その力を使いこなしているからだ。

だが、それでも奴は回復しきれない。

内臓だけではない。

体中のダメージが、既に修復不可能なレベルにまで来ているからだ。恐らく表皮くらいしか回復できない。

弾丸さえ弾く表皮だから、それでも脅威ではあるが。

しかし。

恐らく、皆の心を折るためだろう。

テッドブロイラーは恐るべき事を言う。

「体力だけでも回復しておくとするか」

「!」

「まんたーん、ドリーンクッ!」

見せつけるように。

取り出した小瓶を飲み干すテッドブロイラー。

そして捨てた。

プレッシャーが、倍増しになっている。

傷は回復していない。

しかし、消耗していた体力は回復したのだろう。本当に、みなぎるような力を感じ取れる。

まずい。

いきなり、至近。

ゲパルトの側に出たテッドブロイラーが、スラッガーを降り下ろしていた。

シャーシに食い込み。

一撃大破。

今は誰も乗せていないが。

乗せていたら、どうなっていたことか。

続けて、今度はティーガーに躍りかかるテッドブロイラー。

まずい。

今ティーガーにはリンを乗せている。

だが、奴は恐らく。

人間が乗っているクルマと、そうでないものを見分けている。

スラッガーを降り下ろさせまいとした私の一撃を、流れるようにして弾く。

その間、ミシカが完璧な狙撃を後頭部に叩き込んでいたのだが。

気にもしていない。

大型ライフル弾の直撃なのに、だ。

まあ戦車砲を食らってもびくともしない肉体である。

これくらいは当たり前か。

ティーガーが下がりながら、全武器を連射。まとめてテッドブロイラーに叩き付けるが。それも、奴には決定打を与えられない。

いや、違う。

これはチキンレースだ。

私は声を張り上げる。

「続けろ! そのままだ!」

揺らがない魔人。

私と数度切り結ぶと。飛んでくる砲弾を、目からレーザーを放って撃墜する。

だが、特攻したベロが、その背中に体当たりをして、一瞬だけ動きを止める。

その瞬間。

顔面に、ウルフの主砲が、二連続で直撃していた。

一歩後ずさるテッドブロイラー。

私が雄叫びを上げながら、躍りかかり。

一撃を入れる。

奴のスーツの一部が吹っ飛ぶ。

鮮血が噴き出す。

初めての有効打撃。

しかし、テッドブロイラーは振り向きざまに。

拳を降り下ろすようにして。

衝撃波を繰り出していた。

私は、触れてもいないのに。

地面に叩き付けられ。

更に、拳を直撃ぶち込まれて、意識を一瞬飛ばす。

ただでさえ、全力状態をずっと維持しているのだ。

そろそろ限界なのは此方も同じ。

だが、テッドブロイラーは目立って被弾が増えてきている。

もう少し、もう少しだ。

「楽しいじゃねえか……!」

スラッガーを無造作に投げ。

装甲車を今度こそ爆砕するテッドブロイラー。

此方の損耗、3機目。

だが、まだ主力はゲパルト以外やられていない。私だって、まだだ。

飛び退くと、私は連射連射連射。マリアの拳銃で、テッドブロイラーを続けざまに撃つ。奴は明らかに手を振るって防ぐが。

それはつまるところ、そろそろ弾丸のダメージが洒落にならなくなってきていることを意味する。

体力を回復したとしても。

傷は回復できないのだ。

後一撃。

決定打を入れた方が勝つ。

スラッガーを投げようとした瞬間。

私がミシカと呼吸を揃えて、同時に狙撃。

だが、狙いを読んでいたテッドブロイラーは、スラッガーを持つ手に飛びつこうとしていたポチを、回し蹴りで吹っ飛ばした。

更に足首に食いつこうとしたベロを、踏みつぶす。

ぎゃんと、凄まじい悲鳴が上がるが。

本命は。

バイクに乗ったまま、全力で突貫した山藤だった。

激突音。

テッドブロイラーの巨体が、揺らぐ。

バイクも大破。

だが、出来た決定的な隙。

山藤とおそらく、双子のシンパシィか何かで策を読んでいただろう早苗が。エレファントの主砲を同時全発射。

全てを、テッドブロイラーは迎撃しきれない。

三発が直撃。

レオパルドが、ミサイルを使い果たした車体を突貫させる。

凄絶な表情を顔に浮かべたテッドブロイラーは、ふんばると。

レオパルドの突撃を、真正面から受け止めて見せる。

「がががががーっ! 楽しい! 楽しいぞ!」

もはや、此処には元人間だったテッドはいない。

破壊の魔人だけが、暴れ狂っていた。

 

1、決着

 

レオパルドを放り投げたとき。

テッドブロイラーの両手から、血がしぶくのを私は確かに見た。

そして、奴の被弾が、加速度的に増えているのも。

何故奴は炎を使わないか。

空を飛ぶのさえ止めたか。

理由は簡単。

この部屋の空気がなくなりつつあるからだ。

つまり、奴も、空気を吸わなければ死ぬ。

それだけまだ「生物」をしている、ということである。

明らかに生物を超越しているように見えても。

あの大威力火炎放射をもう一発食らっていたら、多分此方はなすすべ無く全滅してしまっていただろう。

テッドブロイラーは痛みを感じている様子も無いが。

だが、それも此処までだ。

私は、先からバスの影で、無心に栄養食をほおばっている。

少しでも、回復するため。

無茶な回復だから、限界があるけれど。

それでもあの魔人に、決定的な一撃を与えるためには、少しでも、付け焼き刃でも、やっておかなければならない。

リンがティーガーから飛び降りる。

肉弾戦に加わるつもりだ。

カレンが、もはや限界だろう体を押して、突貫していく。

「テッドブロイラーッ!」

「この俺に、正面から突っ込んでくるとは、良い度胸だ!」

「分かっているんだろう! 永遠の命なんて得たって、あんたの望みは叶わないって事くらい!」

「何……!?」

珍しい。

戦闘では寡黙なカレンが。

こういう心理戦を仕掛けるとは。

私は呼吸を整えながら、剣を見る。歪んではいないが、刀身にメンテナンスが必要だ。この剣は、マリアのもの。

マリアはずっと私と一緒に戦い続けてくれた。

だから、今。

此処で決着を付ける。

カレンが凄まじいラッシュを浴びせながら、叫ぶ。

「もうバイアスグラップラーはおしまいだよ! 不滅ゲートは破られ、バイアスグラップラーが壊滅した話は、周囲のハンター全員が知っている! そうなれば、仮に私達を倒しても、他のハンターが押し寄せてくる! もう死に体のあんたに、防ぎきれるものか!」

「カトンボがどれだけ来ようが、この俺の敵ではないっ!」

なんと、カレンと同様の拳法で、完全に迎え撃つテッドブロイラー。

しかも、達人の域に達しているカレンの一撃を、少しずつ上回り始める。技だけでも、まだこれだけ動けるというのか。

拳が、カレンを直撃。

だが、ミシカが、バイクで頭上に躍り出ていた。

そして、カレンが吹っ飛ぶのと同時に、ヴードゥーバレルをテッドブロイラーに叩き込む。

歩兵が携行できる面制圧兵器だ。

流石にかわしきれるものではない。

テッドブロイラーは、弾幕の全てを拳のラッシュで粉砕し、ミシカをバイクごと天井近くまで吹っ飛ばす。

そして、とどめを刺そうとスラッガーを振るうが。

その時。

ついに、ポチが。

そのスラッガーを持つ手に噛みついた。

既に血まみれだが。

その闘志が、実を結んだのだ。

「イヌ畜生がぁああああっ!」

叫びが途切れる。

私が、背中から。

テッドブロイラーを剣で貫いたからである。

完全に心臓を抜いたはずだ。

跳び離れる。

ポチも吹っ飛ばされる。

盛大に吐血したテッドブロイラーの至近。

ゼロが踊り込む。

そして、至近距離から。

レールガンをぶち込んでいた。

壁に叩き付けられるテッドブロイラーだが。

同時にゼロが爆散する。

スラッガーをまともに食らったのだ。

だが、今のがスラッガーにとっても、最後の頑張りだったのだろう。テッドブロイラーの手には戻らず、地面に突き刺さる。

ウルフが突撃。

砲塔を逆向きにして。

壁に叩き付けられたテッドブロイラーを、更に押し潰す。

巨大な壁に、巨大な亀裂が走るが。

テッドブロイラーに投げ飛ばされるのを防ぐために、ケンは即座にウルフをバックさせた。

テッドブロイラーが、片膝をついている。

此方も限界だ。

各車共に、既に弾薬はほぼつき。

陸戦要員も、殆ど無事では無い。

突貫するリン。

無事だった彼女の存在は大きい。

テッドブロイラーは、まだ凄絶な笑みを浮かべながら立ち上がると、カレン同様達人の域に達しているリンの打撃を悉くいなしてみせるが。

私がゆっくり歩き寄ってくるのに気付いているからか。

積極攻勢に出られずにいる。

「貰ったッ!」

「抜かせええええっ!」

リンの一撃が、テッドブロイラーの人体急所を、六カ所連続で貫くが。

しかし、続けてのカウンターで、吹っ飛ばされる。

恐らくはテッドブロイラーにとっても、渾身の一撃だったのだろう。リンは逆側の壁まで吹っ飛び、叩き付けられ。そのままずり落ちた。

だが、その時には、私が。

残った力の全てを賭けて、剣に手を掛けていた。

「行くぞ、これで終わりだ、獄炎の魔人!」

「良いだろう、来い! 獄炎の復讐鬼!」

テッドブロイラーが、手をかざすと。

あのスラッガーが。

半分に砕けながらも、手元に戻る。

やはり相当無茶な使い方をしていたのだろう。

だが、半分に砕けてしまっても。

そのスラッガーは、テッドブロイラーにとっての、長年の相棒。主君を守るために、全てを擲っているように見えた。

最後の一撃は。

一瞬。

私が、全ての力を振り絞って突貫。

テッドブロイラーは思っただろう。

太刀筋見切ったりと。

実際に見切られていた。

だからこそ、私は、そのまま前に出た。

降り下ろしてくるスラッガー。

故に、私は。

スラッガーを、迎撃した。

テッドブロイラーが、驚愕を顔に浮かべる。

既に、半分に砕けたスラッガーだ。

無茶な使用で、その強度は完全に限界に来ていたのである。

砕ける。

テッドブロイラーは下がりながら、先ほどのまんたんドリンクとやらを取り出そうとするが、させない。

私の剣も限界だ。

鞘に収めると、前に出る。

跳躍して、顔面に膝蹴りを叩き込む。

唸った豪腕が、私を吹き飛ばす。

だが、地面に降り立った私は、ゾンビ同様の力ない動きで立ち上がると、再び飛びかかっていく。

殴る。

殴り返される。

蹴る。

蹴り返される。

何度、繰り返しただろう。

だが、もう分かっている。

彼奴も、私もだ。

「ヴラド、博士。 俺が、死んでしまったら、意味がない、だろう……! この世界に、復讐、を……!」

「……」

もう一つ、まんたんドリンクを取り出そうとするテッドブロイラー。

もう、動ける者は誰もいない。

空気も薄くなっているし。

何より、今までの死闘でのダメージで、戦車に乗っている者も含めて、全員が限界なのだ。

震える手で、拳銃を上げる。

残った弾は一つ。

そも、テッドブロイラーは、心臓を貫かれているのに、それでも動いているのがおかしいのである。

どれだけの執念と復讐心が、このバケモノを動かし続けたのだろう。

分かっている。

ある程度の事情は、バイアス・ヴラドではない、もう一人のヴラド博士から聞いた。

そして此奴が忠誠を誓っていたのは。

フロレンスの疑問には、もう結論も出ていた。

此奴が忠誠を誓っていたのは、恐らくはヴラド博士の方。

世界に対する復讐と、敬愛する存在の延命のため。

テッドブロイラーは、人間狩りを続けていたのだ。

きっと全てが終わったときには、バイアスグラップラーの仲間さえ、皆殺しにするつもりだったのだろう。

「殺す、殺す、殺す、殺す、遺伝子の、欠片まで、焼き尽くして、やる」

額を打ち抜く。

テッドブロイラーは、大きく首を傾けたが。

それでも死なない。

ハンドキャノンを取りだし、撃つ。

直撃。

それでもまだ死なない。

対物ライフル。

既に、全身が血みどろのテッドブロイラーは、私同様限界。最後の一射が、全てを決める事になるだろう。

テッドブロイラーの手が、私を掴む。

首を掴んで、へし折ろうと、持ち上げる。

「どちらの復讐心が強いか、勝負だ……」

「そう、だな。 決着を、つけさせて、貰う!」

つり上げられたまま、私は。

対物ライフルをぶっ放す。

テッドブロイラーの顔面を直撃。

先ほど、銃弾が直撃した頭に、ピンホールショットが決まる。

私は、対物ライフルを取り落とす。

意識が、消えていく。

地面に落ちるのが分かった。

テッドブロイラーは。何処にいる。

もう、何も見えなかった。

 

目が覚める。

別の部屋に移動させられていた。

フロレンスが、皆の手当をしている。限界なのは、誰の目にも一目で分かる。彼女が恐らく、あの部屋の何処かしらをマウスの主砲でぶち抜いて空気を入れ。皆を運び出してくれたのだろう。

「テッドブロイラーは……」

「死にました」

「……そうか」

あれは、殺してみて分かった。

私の同類だったのだ。

私がもっと見境無くレベルメタフィンを取り込んでいたら。

ああなっていただろう。

いや、正直な話。

私も、妄執と狂気に捕らわれている。それは分かっている。だからこそに、彼奴は、私の映し鏡だった。

何が正しいのか。

この世界を滅ぼしたのは人間だ。

ノアが直接的に滅ぼしたが。

そのノアを、おぞましい我欲のために起動し。

そして世界を滅ぼさせたのは、人間そのものだ。

ノアが学習したのは。

人間の最も愚かで、救いがたい部分だった。

そしてそんな連中が、世界の上層を独占していた。だからこその世界は滅びてしまった。

世界から、人間を一掃する。

テッドブロイラーは、そんな事を考えていただろう。

だが、何となく分かった。

彼奴も復讐者だった。

「この世界は、元に戻るのか」

「ノアをまずは滅ぼさないと無理でしょうね。 滅ぼした後も、一体何百年掛かるのか、見当もつきません。 いずれにしても、古くのような文明規模は、もう維持できない可能性が高そうです」

「……そうかも知れないな」

戦死者は。

聞くが、一応全員無事だという。

ただし、動ける人間は多くないとか。

ケンとアクセルは大丈夫。

カレンはちょっと厳しい。

山藤も難しい。

リンは最後に参戦したこともあり、どうにかなりそうだ、という事だ。

早苗はずっとエレファントの中にいたこともあり、大丈夫そうだと言う事だが。

クルマの損耗も酷い。

犬たちに関しては、戦わせない方が良いだろうと、フロレンスは言い切った。

無理も無い。

あのバケモノ相手に、あれだけ果敢に攻めていたのだ。

これ以上は戦わせられない。

「貴方も戦わせる訳にはいきません」

「大丈夫だ。 最後は肉弾戦はやらない」

「……本当ですね」

「というよりも、そもそも戦いになるかどうかも分からないな」

クルマを見る。

ゲパルト、ゼロ、装甲車、バギーが大破。バイクもどっちも駄目だ。

しかし今回はバスが武装をやられてはいるが、ある程度無事。これが色々な意味で大きい。

アクセルが既に、大破していない機体を補修し始めている。

この奥には、バイアス・ヴラドがいる。

奴が防衛能力を持っている可能性は決して低くは無い。

もっとも、恐らくは、テッドブロイラーには及ばないだろうが。それも遠く。

気配は感じる。

だが、その気配、テッドブロイラーより遙かに小さいのである。

「皆もクルマに分乗しろ。 此処に残ると、セキュリティロボットに襲われたときが面倒だ」

「どのような配置にします」

「ケン、ウルフを引き続き任せる。 アクセル、レオパルドを頼む」

「分かりました」

「おう、任せておけ」

ティーガーはリンに。

エレファントは早苗に任せる。

後のメンバーは、バスに乗って貰う。

そして私は。

マウスに乗る。

カレンはフロレンスと一緒に、マウスに。

犬たちはウルフに。

山藤とミシカはエレファントに。

準備が整ってから、私は周囲に呼びかけた。

「少し休憩をしてから行くぞ。 これで、バイアスグラップラーを終わらせる」

「やれやれ、ようやくか」

アクセルがぼやく。

私はその前に、ビイハブ船長に通信を入れた。

ビイハブ船長は無事だ。

ずっと支援砲撃をしてくれていたらしい。敵からの反撃もかなり強烈で、ネメシス号も無事とは言い難いそうだ。

「そうか、大望を果たしたか」

「テッドブロイラーは倒しましたが、まだ首魁が残っています。 奴の首を叩き落とすまでは、私は死ねない」

「ノアが残っているだろう。 まだ死ぬな。 首魁を倒してもな」

「……そうですね」

ビイハブ船長の声は重苦しい。

何名かのハンターをモロポコで募って、海上からの砲撃をしたが。そのハンター達もかなり逃げ腰になっていると言う。

そろそろ支援砲撃は限界だそうである。

だが、敵からの砲撃ももうかなり弱々しくなっているそうで。

そろそろ終幕が近い事は、ビイハブ船長も察していたとか。

「生きて戻れよ」

「私が生きているかはもう微妙な所ですが。 必ず戻ります。 皆の命に関しても、私が責任を持っていますから」

「ああ、その通りだ。 それが、お前さんとテッドブロイラーを分けたものだったのだろう」

通信を切る。

私は、栄養剤を入れようとしたが、フロレンスに止められる。

そして、また大量に。

色々喰わされた。

うんざりするほどの量を、まだフロレンスは用意していたのだ。

黙々と食べるが。

フロレンスは、厳しい顔をずっとしていた。

 

休憩を済ませてから、奥に進む。

テッドブロイラーとやりあった場所は、凄まじい有様だった。

後で大破したクルマは牽引して持ち帰るとしても。壁も床も、凄まじい破壊の跡だらけである。

そしてテッドブロイラーは。

立ったまま死んでいた。

永遠の命、か。

ノアが滅びた後、黒院は恐らく死を選びたがるだろう。

私はノアを倒した後。

人間の里を離れて、何処かに隠遁するつもりだ。

しばらくは皆と一緒に行動することになるだろう。

だが、メルトタウンの時点で。

既に私は人として、周囲に見られていないことを理解している。

人間を止めた。

それは事実なのだ。

「死体蹴りはしないのか」

「もういい」

ミシカに聞かれたので、答える。

勿論テッドブロイラーは今だって許せない。

だが、此奴をこれ以上貶めるのは、私自身を否定する事につながるような気もするのだ。

それに此奴は、最後の最後まで勝ちを諦めなかった。

迷いもなかった。

戦士としては。

間違いなく世界最強の男だったのだ。

だからこそに、私としては。倒して、復讐を完遂した後は、これ以上恨もうという気が起きなかった。

早苗が例の奴を始める。鎮魂の儀。

止めるつもりは無い。

ミシカに言ったとおり。死体蹴りをするつもりはない。此奴は殺した。もうそれで充分だ。

バイアスグラップラーは潰す。

これからバイアス・ヴラドを滅ぼす事で。

再起は絶対に不可能だろう。

残党がいたとしても、それは所詮出がらし。四天王クラスの人材はもういないだろうし、いたとしても本拠を失った時点でただの武装勢力。各地のハンターの手に負える程度の相手だ。

バイアス・ヴラドを滅ぼす事で私の復讐はおしまいだ。

私は、ノアを勝手に起動して、愚かさのままに世界を滅ぼした連中よりはまだ人間であるつもりだ。そしてそれは。テッドブロイラーや。バイアス・ヴラドでさえそうだろう。

この世界を滅ぼしたのはバイアスグラップラーじゃない。直接手を下したのはノアだが、ノアをそうさせたのはバイアスグラップラーじゃない。

テッドブロイラーを作り出したのはバイアスグラップラーじゃない。

バイアス・ヴラドを作り出したのはバイアスグラップラーじゃない。

バイアスグラップラー以下の。

万物の霊長などと驕り高ぶっていた、愚かな人間そのものだ。

武器の確認。

剣はもうギリギリだ。

次の戦いで無理をさせれば折れる。

それだけは避けたい。

銃器類は何とかなる。

弾は込めておくとしよう。手入れも、今のうちにしておく。

肉弾戦は、最後の手段。

確かに、フロレンスが言う通り。

テッドブロイラーとの戦いでの消耗が凄まじすぎた。今でも、何だか体の中がフワフワする。

この状態では、もはや先ほどと同じような戦いは出来ないだろう。

私も人間を止めた身だ。

先ほどの戦いで相当なダメージを受けたが、数年もあれば完全回復できる。

しかし、今無理をすれば。

テッドブロイラーと同じように致命傷を受ける事になる。

そうなるとまずい。

ノアを倒さなければならないのだ。

ノアはまだ健在。

テッドブロイラーと相打ちになって、殆どの機能を失ったようだが。それでも、まだまだ余力を残している可能性がある。

ならば、一刻も早く。

完全破壊しなければならない。

「セキュリティロボットが出てきませんね」

フロレンスが、私の後ろで言う。カレンは外で戦いたいようだったが、妹が許しはしないだろう。

後は事実上、戦車だけを使っての戦いとなる。

その戦車も戦力は半減しているが、どうにかするしかない。

この奥に、最後のバイアスグラップラーがいる。

滅ぼして、そして。

終わりにする。

 

2、バイアスグラップラー首領、バイアス・ヴラド

 

みるもおぞましい肉塊。

ガラス片に入ったそれには、大量のチューブが接続され。

そのチューブの先には。

前に映像で見せられた。

人間をすりつぶすための装置があった。

人間狩りで連れて行かれた者達は。

デビルアイランドでオモチャにされるか。

あれに入れられて此奴のエサにされるか。

そのどちらかの運命をたどったのだ。

「テッドを打ち破ったのか。 たいしたものだ」

「もはや交わす言葉などない。 貴様を屠る」

「人間を越えた超存在である私をか」

「ふっ。 その言いよう、息子と同じだな」

びしりと、空気が帯電する。

図星か。

ちなみに今のは、伝聞からの当てずっぽうだ。

ノアが人間を悪魔の猿と呼んでいたらしいことは、私もマリアに聞かされている。だから、恐らくはそんな風に自負していただろう事は分かっている。

此奴はヴラド博士ではない。

人間のもっとも愚かな部分を凝縮し。

ノアを狂わせ、世界を滅ぼした人間共の代表と言っても良い存在だ。

そして、このバイアス・ヴラドの狂気を作り出したのが。

そのノアを狂わせた人間共。

狂気の連環を。

今、此処で断たなければならない。

「人間が万物の霊長などであるものか。 私も人間を止めた身だが、それでも自分が万物の霊長などとは思わない。 実際に人間を止めたことで、どうなるか。 テッドブロイラーやお前の部下達、それにお前や、黒院を見て知っているからな」

「ほう。 それで」

「貴様はただの醜いエゴの塊、超越者などではない。 そしてそれは私も同じだ」

「ふふふ、そうかね」

一応頭には来ているようだが。

バイアス・ヴラドは余裕を崩さない。

余程戦闘力に自信があるのか。

いや、違う。

この肉塊は、ただ生きる事だけを追求しただけのもの。戦闘力は恐らく、周囲の機械にだけ依存している。

そうなってくると、恐らくはテッドブロイラーより遙かに劣る程度の戦闘力しか持ち得ていない。

ならば、此奴の価値は。

「儂は世界最高の頭脳だ。 ノアすら儂が直接設計した。 その後、新しく現れた技術は全て儂が吸収している。 様々な組織や軍の残党が、多種多様な技術を作り出した。 それらは全て、儂が自分のものとしたのだ」

「そうか、それで」

「それら全てを身につけている儂は、神の代理人以外の何者でも無い!」

「違うな」

即答。

それは別に此奴が偉いわけでは無い。

「世界最高の頭脳の持ち主はお前では無くてヴラド博士だろう。 新しく開発された技術は、お前が作り出したものではないだろう。 技術を記録するだけなら、ただのコンピュータにだって出来る。 お前は死病への恐怖と、周囲の愚かしさによって狂っただけの、ただの詐欺師だ」

「儂を、詐欺師だと!」

「いや、違うな。 神の代理人を気取った愚か者だ」

「おのれ、いわせておけば!」

フロレンスが、早苗と一緒に指でまるをつくっているのを横目で確認。

此奴の記憶そのものは、全てバックアップされている。

そのバックアップPCは、場所を特定。

更に今、電源をシャットダウンした。

此奴の逆鱗を敢えて踏むことで。

その技術については、別に此奴なんかが持っていなくても、保存できることを忘れさせ。

そして、此奴の技術そのものは、隔離した。

人類のためには、此奴が集めて来た技術は、残念ながら必要だ。

どれだけ残虐な実験の果てに作り出されようと。

データはデータ。

それが後世の役に立つかも知れない。

どうして、ノアが暴走したのか。

その経緯についても、後世に教訓として役立てられるかも知れない。

いずれにしても、知識に対する敬意は私だって持っているつもりだ。

そして、知識はただの知識。

少なくとも、此奴のように。

知識を持っているから神、等と言うことは無い。

「おのれ! 神の代理人に対して、不敬であるぞ!」

「もはや部下の一人もいないお前が、何を言うか」

「かくなる上は、儂自身が戦う! 其方もテッドブロイラーとの戦いで、相当にダメージを受けているだろう! そのような状態で拙速を掛けて、儂に勝てると思うなよ!」

ああそうかい。

どうでも良いことだ。

砲塔に引っ込むと。

私は皆に指示を出した。

攻撃開始。

狙うのは、あの肉塊と。

それを守っているガラスだけ。

主砲が一斉にぶっ放され。

不死だった肉体に対して、容赦のない攻撃を加える。

如何に頑強でも。

所詮はガラス。

一瞬にて戦車砲がブチ砕き。

その内側の肉塊に届く。

たちまち爆ぜ割れる巨大な肉塊。

大量の鮮血が噴き出し、ぶちまけられる。

あれらが全て、人間狩りの餌食になった人々のものだと思うと。

憎悪が沸騰しそうだが。

抑えろ。

此奴は、人間の愚かさの結晶体。

此奴を作り出したのは、大破壊前の人間共。

ならば、ヴラド博士が望んだように。

今、此奴を屠ることこそ。

人類にとっての、新しい一歩。

そしてノアをその後葬れば。

やっと新しい世界への、光明が見えてくるのだ。

「シャアアアアアッ!」

叫ぶ肉塊。

大砲の弾をしこたま浴びても、それでも生きているか。

なにやら触手を伸ばすと。

其処から、氷、炎、稲妻、音波、レーザー。あらゆるものを放ってくる。

それぞれの戦車に突き刺さる。

だが、装甲タイルは残っている。

ウルフが先陣を切り、主砲を連続で叩き込む。肉塊が次々爆ぜわれ、触手も吹き飛ぶ。他の戦車も、残りの弾を、次々に叩き込んでいく。

巨大な肉塊は、再生しない。

あれは、シンクロナイザーとやらで操作しなければ、再生し続けたのだろう。

不死の力。

そう言っていた。

シンクロナイザーとは何か。

恐らく、それは。

ヴラド博士と、バイアス・ヴラドとの意識接続を強くする装置。

故に、今。

奴の再生と動きを、ヴラド博士が止めているのだろう。

「おのれ、死に損ないめ! 死を望むのであれば、ずっと眠り込めていればいいものを!」

「黙れ鬼畜」

「何ッ! この儂を鬼畜だと! 神の代理人たるこの儂をっ!」

「テッドブロイラーが忠義を誓っていたのは、お前では無い。 ヴラド博士だ。 ゲオルグもそれは同じだっただろう」

愕然とするバイアス・ヴラド。

至近に突撃したマウスから、主砲を叩き込んでやる。

流石に至近のマウス主砲は、文字通りの一撃必殺。

肉塊の中枢にまで届き、大きく吹き飛ばした。

絶叫しながら、無様な肉塊が崩れる。

触手があがくようにびたんびたんと辺りを叩き。

そのおぞましい姿は。

更に変わっていく。

巨大な、肉だけで編み込まれた人型。

それが、足を踏み降ろしてきた。

マウスさえ、踏みにじる巨体。

吠えるバケモノ。

「儂は、地球史上最も多くの知識を得て、最も神に近づいた存在だ! 儂がいなければ、ノアが滅びに近づくことも! その軍勢が壊滅する事も無かったのだぞ!」

「ノアの軍勢を滅ぼしたのはテッドブロイラーだろう。 そして奴が望んでいたのは、そのような偉大なことでは無い。 ただの破壊だ」

「黙れ黙れ黙れええええっ!」

まだ足りないか。

ぐっとバックして、マウスを下がらせると。

主砲を連続して叩き込む。

足が吹っ飛ばされ、前のめりに倒れてくる巨人だが。

腕が更に二本生え。

その体を無理矢理支えた。

だが、それは。

頭部を周囲のクルマに晒すことを意味していた。

ティーガーとエレファントが連続して胴体や腕に主砲を叩き込み。

レオパルドがミサイルの雨を降らせる。

もはや、これが最後。

分かりきっているから、皆誰もが。

全ての弾を撃ち尽くすつもりで射撃しているのだ。

喚きながら、その体を崩壊させていくバイアス・ヴラド。

そして、その頭を。

ウルフの主砲が、連続で。

正確無比にぶち抜いていた。

肉塊が。

吹き飛ぶ。

何も最初から無かったかのように。

崩れ、床に散らばる。

だが、早苗が警告してくる。

「悪意、更に強くなっています!」

「……」

これはひょっとすると。

私が出ないとだめか。

フロレンスが、止めようとするが。

此処で此奴を生かしておく訳にはいかない。

肉塊が、崩れたが。

その中心から、ガスのようなものが噴き上がる。それは巨大な、憎悪に満ちた顔のような形状に。

そう、バイアス・ヴラドの顔へと変わっていった。

「テッドブロイラーめ! 手を抜きおって! 奴が本気であったのなら、このような輩、此処までの余力を残して此処にまでこさせはしなかっただろうに!」

「おいおい、冗談じゃないぞ! ありゃあ、悪霊か!?」

アクセルが恐怖に声を上擦らせる。

悪霊か。

此奴の末路には、丁度良いかもしれない。

だが、実弾兵器は通りそうにもないな。

いや、そんな事も無いか。

「早苗、奴の中枢は」

「悪意が強すぎて、分かりません!」

「ならば分かるように散らしてやれば良いだけのことだ」

もはや、声にならない絶叫を上げる悪霊。

それはもはや。

人では無く。

勿論神の代理人でさえない。

自分を万物の霊長と錯覚した愚かな存在の成れの果て。

そう、この姿こそ。

大破壊前の人間を、そのまま表したものだろう。

バイアス・ヴラドは言った。

強い者は何をしても良い。

強い者は弱い者を食らっても良い。

ああ、動物の世界ではそうだろう。

実際、その場で産んだ自分の子供を食べてしまうような生物は存在しているとフロレンスに聞かされた。

だが、人間がそれを口にすることは。

人間という生物が、そもそも弱き者を保護することで、その力を活用して、生き延び、発展してきた生物だという根底を否定している。

要するに、自分が好き勝手をしたいための。

勝手極まりない理屈だ。

自分が動物以下だと認めている事に過ぎない。

そんな奴に。

この世界はこれだけ好き勝手にされた。

それでもなお。

此奴は、そのような思想に迎合し。

神の使徒を気取るか。

悪霊そのものの姿になった挙げ句の果てに。

電撃を放ってくる悪霊。

私は、単純な指示を出す。

「ケン、早苗の指示に従って、コアを打ち抜け。  他のクルマは、残る全弾を発射しろ」

「分かりました」

ケンの声は冷静だ。

私は、マウスの砲塔を出る。

フロレンスが止めようとするが、カレンが彼女を止めた。

だが、フロレンスは言う。

「分かりました。 ただし、命を捨てることだけは、絶対に許しませんよ」

「大丈夫だ。 だが、多分数年は寝たきりになるかもな。 力が衰える事はないだろうが、その間の世話は頼むぞ」

「……無理ばかりして」

「この世界だ。 誰かが無理をしなければ、全ての弱者は一瞬で踏みにじられてしまうんだよ。 私がそれに荷担したら、マリアにも、両親にも、顔向けできないからな。 ただでさえ、もはや子を産むこともかなわぬ身だ」

生物として完全体になると。

子は必要なくなる。

なぜなら、子孫を残すというのは。

多様性を確保するための手段だからだ。

多様性を確保しなければ、同じ病気、同じ災害などで、一瞬で全てが滅びてしまう。

完全体となった時。

生物は、己だけで完結出来る。

私は、レベルメタフィンによって、それをなした。

黒院もそれは同じだろう。

だが、繰り返すが、私は神ではないし。

それに近づいたとも思っていない。

ただ一人の復讐者として。

そして、この荒野に生きてきた者として。

此奴を斬る。

全弾発射。

レオパルドも、バスから補給したミサイルを、全て残らず撃ち尽くす。

ウルフ以外のクルマも、主砲を全て叩き込む。

ガス状の悪霊になったバイアス・ヴラドは、それらの全てを、恐るべき事に雷撃で迎撃して見せた。

高笑い。

「見たか! 私の力は、いにしえの雷神……」

「それで神だと。 笑わせるな」

「な……」

飛び出したのは。私だけではなかった。

ポチとベロも。

負傷を押して、飛び出していた。

彼奴ら。

まあいい。

ポチが突貫。奴の顔面に飛びつく。

すり抜けた。

だが、注意を確実に引く。

ベロが野戦砲を乱射。

全てが通り抜ける。だが、鬱陶しそうにバイアス・ヴラドが顔を歪める。

更に、ミシカが砲塔から顔を出すと、ヴードゥーバレルをぶっ放す。

爆裂する中、バイアス・ヴラドは、怒りの声を上げていた。

雷撃をチャージしていくバイアス・ヴラド。

しかし、私は、その集積地点を確かに見た。

残る全ての力を掛けて。

遙か高い天井まで跳躍。

天井を蹴ると。

逆落としに、旧時代の亡霊に向けて、一気に躍りかかっていった。

ぐるりと、バイアス・ヴラドが此方を見る。

「ワンパターンの、頭上からの攻撃か! テッドブロイラーや、他の者との戦いを、見ていなかったとでも思うのかあああっ!」

「バカが。 わざと読める攻撃をしてやっている」

「……何」

私に向けて、ぶっ放された雷撃。

それを、私は。

斬った。

勿論、人間に出来ることでは無い。今の私だから出来る事だ。

雷そのものを切ったわけでは無い。

極限の剣圧で。

空気そのものを、左右に両断することによって。

稲妻を分断したのである。

ゲオルグの使った剣技を見て、思いついた技だ。彼奴も、或いは体を相当に弄っていただろうが故、これを出来たかも知れない。テッドブロイラーの発言を聞く限り、奴の実力はブルフロッグと同等以上か、最低でもそれに近いレベルだったはずだからだ。

だが、これだけで意識が飛びかける。

消耗がそれだけ激しすぎるのだ。

もう一手。

そのまま速度を落とさず、奴に突貫。

そして、ブルフロッグにしたように。

いや、あの時以上の速度で。

合計七十六回。

奴を斬った。

着地。

意識が、もうもたない。

体を酷使しすぎたのだ。生きて戻れと言われたのに、結局この有様か。情けないが、それでも。

見届けなければならない。

「バイアス・ヴラド! お前の最後だ!」

「そうとも」

「お前は、ヴラド! 死に損ないめ、このようなときに邪魔を!」

シンクロナイザーは、本来のヴラド博士の意識を、このバケモノと同調させるもの。そして此奴に対して、決定打を与えれば。

主導権は逆転する。

早苗が叫ぶ。

彼処が中心点だと。

ウルフが、砲を向ける。

止めろ。

叫ぶ悪霊。

邪悪の権化。

人間という存在の、邪悪の集積体。

それに対して、ついに。

裁きの鉄槌が撃ちこまれる時が来た。

絶叫しながら、雷撃を放って迎撃しようとする悪霊だが、それは出来ない。ヴラド博士が押さえ込んでいるからだ。

それだけではない。

私が、無意味に斬ったとでも思うか。

ガス状の生命だろうが、その構造体を風圧で切り裂けば、どうしても隙間が出来る。隙間を造り、つまり奴を細切れにするために、私は斬ったのだ。

ウルフの主砲が。

放たれる。

それは、見苦しく喚き続ける古き世界の悪霊を。

完全に貫いていた。

 

前のめりに倒れる。

剣は握ったままだ。

遠くから、声が聞こえる。

フロレンスが呼びかけているのだ。

「レナさん!」

これは、少しまずいかも知れない。

いくら何でも、力を使いすぎたか。

だが、私は死ねない。

ノアを完全に滅ぼすという使命が残っている。

私は、それを完遂しなければならない。

なんとしてでも、だ。

「すまん。 少し、眠るぞ……」

「医療キットを! 急いで!」

「無為だ。 心配なら……安全な環境で、肉体を保護だけ……してく……」

もう、声は出せなかった。

ふと気付くと。

私は真っ暗な空間に浮かんでいた。

死後の世界ではないだろう。

だが、どうしてか。

そこには、マリアがいた。

そうか。

来てくれたのか。

「立派だったね。 不死身のソルジャーとか言われていた私を完全に越えたよ。 子供が親を越えてくれることは、親の誉れだ」

「本当だ。 マリアさん。 良くこの子を育ててくれた」

「感謝しています」

二人。

そうか、私の両親だ。

顔だって覚えている。

あの日、理不尽に殺された二人は。戦闘員でも何でもなかった。ただ、その日を必死に生きているだけの人間だった。

弱者を踏みにじり続けた結果。

バイアスグラップラーは滅びたのだ。

「私は、死んだのだろうか」

「いや、何とかなったようだ。 だからしばらくはこっちに来るんじゃあないよ」

「……それは、当分先になりそうだ」

「そうだな」

マリアが苦笑する。

私はもう寿命も考えなくて良いだろう。

眠るのは何年間になるのだろうか。

いずれにしても、私は。

まだ、大望を果たし切れていない。

少し、今は休もう。

それくらいは、許されるはずだ。

マリアと両親が離れていく。

私は、聞く。

子守歌を。

両親が歌っている。

そういえば、思い出した。私が両親を殺された頃は、まだほんの子供だったのだ。マリアはこの歌を知らなかった。両親だけが知っていた。

夢に見るときは、必ずこの歌を聞いていたっけ。

何年ぶりだろう。

涙が流れる気がした。

笑みがこぼれる気がした。

復讐を成し遂げたからではない。

きっとそれは。

三人に、また会うことが出来たから。

意識が薄れていく。

ああ。

だが、この眠りは。

とても、心地が良さそうだった。

 

3、全ての後

 

カレンがバイアスグラップラーの本拠から回収したデータを渡したのは、あのバトー博士だった。

けらけら笑いながら、バトー博士は言う。

「ヴラド博士は天才だったけれど、残念ながらその別人格まではそうもいかなかったみたいだねえ。 昔からエリートは優秀とは限らないけれど、その見本みたいな事例だよ」

「どうでもいい。 データの取り出しはできるかい」

「ああ、任せておいてくれ。 脳みそのちっさいキミ達には無理だろうけれど、ボクには簡単だからね!」

少しイラッと来るが。

あのレナだって、此奴には手を出さなかった。

それに、このデータは。

確かに人類にとって福音になる。

あまりにも膨大な犠牲の末に得られたデータだが。

だからこそ残さなければならない。

だからこそ受け継がなければならない。

医療にも、科学にも。

技術にも。

あらゆる分野で、これらのデータは、世界のために役立ってくれることは、疑いがない。

問題はノアだ。

レナはあれから眠ってしまった。

バイアスグラップラーの本拠から、大破した車を牽引して帰還。途中のレインバレーで少々難儀したが、それも単純に耐酸コートがたりなくなったから。メルトタウンに到着してから、アクセルは無言で壊れた車両の修理を始め。

レナは残っていたドクターミンチに診せた。

応急処置はフロレンスがしてくれていたのだけれども。

しかし、ドクターミンチは興味津々に調べた後、言い放ったのだ。

「これはもう人間の体じゃないねえ。 死んでいないから、多分その内何とか戻ると思うよ」

「てめ……」

「やめろ」

ミシカが殴りかかろうとするのを、カレンは止めた。

そして礼だけを言うと。

ビイハブ船長と合流。

ぼろぼろになったネメシス号にクルマを積み込み。

ドッグで完全に修復するまで一月。

動き出せるのは、それからだった。

データの中には、恐らくノアの具体的な座標もある。それならば、ノアを潰すためには誰かにデータを解析して貰わなければならない。

だから、ここに来た。

一方、フロレンスはケンと一緒にマドへ。

眠っているレナを届けに行った。

マドには、レナを待っているイリットがいる。

家族が欲しいと言っていた彼女には、通信機も渡しておく。

レナが目覚めたら知らせて欲しい。

それだけ伝えると、フロレンスは言っていた。

この世界で貴重な医師。

フロレンスは、ずっと苦悩していた。

人間を止めなければ勝てない相手との戦い。

そもそも、人間を止めなければ、生きていけないこの世界。

そんな世界で。

人間の医者を続ける事に、何の意味があるのだろうと。

あの子は優しかった。

だから、カレンとは違って、人間性を捨てていくレナを見て、いつも悲しそうだった。

バトー博士に解析を頼むと、そうそうにこの場を後にする。

そして、ネメシス号に向かい。

ハトバで皆に合流。

其処で、今後の話をする。

話を始めたのは。

ビイハブ船長だった。

「まずレナが目覚めるのを待つ。 ノアがまだ完全破壊されていないという話が本当ならば、奴を壊さなければならない」

「その通りだね。 それで」

「しばらくは、この周辺の安全確保に努めよう。 ノアのモンスターは暴走状態になっている。 全てを駆除しなければ、まだまだ各地のトレーダーやハンターには危険が及ぶし、集落への襲撃も相次ぐだろう。 レナがいなくても、いまのこの戦力ならば、生半可な賞金首など怖れるにも値しない」

皆、顔を見合わせる。

最初に挙手したのは、ミシカだった。

「アタシはちょっとばかりマドに行きたい」

「抜けるのか?」

「いや、レナが起きたとき、仲間が一人でも側にいた方が良いだろうと思ってさ。 レナが起きたらすぐに合流するよ。 それにマドは一応の自衛力は備えているけれど、腕利きはいないだろう?」

確かにそれもそうか。

レナが眠っている間にモンスターに殺されては、元も子もない。ましてや、バイアスグラップラーを潰したレナだ。

残党がいた場合、狙われる可能性もある。

今のミシカは、多分世界でも指折りのソルジャーだ。

彼女がいれば、多少のバイアスグラップラー残党やら暗殺者やらなど、真正面からひねり潰して見せるだろう。

「体が鈍らぬようにだけ気を付けろ」

「分かっている。 それに、アタシと同じようにしたい奴もいるんじゃないのか」

「……まあ当面は、アズサとマドを中心に活動をするつもりだけれどね」

カレンも正直な所を言う。

数年。

それがノアにどれだけの回復の猶予を与えるかは分からない。

リンも挙手。

「私も、おじいちゃんと一緒にマドに行きます」

「ネメシス号はどうする」

「ケン、任せても構わないか」

「僕ですか?」

ケンが驚くが。

ビイハブ船長は、皺だらけの目を細める。

「これはウルフ以上の巨大戦車だと考えて見るといい。 そう考えれば、動かしがいがあるだろう?」

「それは、そうですけれど」

「頼めないか」

「いえ。 僕の目標はレナさんです。 少なくとも、クルマについては、レナさんが瞠目する使い手になりたいです」

それは、既になっている気がする。

レナはいつもここぞと言うときに、ケンのウルフを投入していた。

それはハンターとしてのケンを、信頼しきっていたからだ。

そしてケンもそれに答えていた。

ここぞという時の一撃を、ケンは殆ど外したことがない。

勿論Cユニットの補佐があった。だがそれを加味しても、今のケンは、ウルフを駆るに相応しい、一流のハンターだ。

いや超一流の域に入るだろう。

だが、ケンはそれに気付いていない。

だから、自信を持たせたい。

それがビイハブ船長の願いなのだろう。

カレンは手を叩く。

皆の注意が集まった。

「では、当面はマドとアズサを中心に、周辺の安全確保と言う事で決まりだね。 ミシカ、あんたも状況を見ながら手伝うように」

「ああ、カレン。 一つ言うておくぞ」

「なんだい」

「この集団は、既に周囲では並ぶ者無き剛の者が揃う最強の武装戦力だ。 これからお前さんの両肩には、色々な重みが掛かる。 儂が生きている間は補佐をする。 だが、儂もいい年だからな。 レナが目を覚ますまでは、油断するな」

頷く。

それについては、嫌と言うほど分かっているつもりだ。

人間は変わらない。

おぞましいあのバイアス・ヴラドを見てはっきり確認できた。

彼方此方の街に、彼奴を作り出したような人間は、今の時代にも。あの大破壊を経た後も、ごろごろといる。

そういう連中が、最初に何を考えるか。

バイアスグラップラーを潰したレナとその仲間を取り込み。

自分たちが世界の覇権を握ることだ。

勿論バイアスグラップラー本拠については、既にハンターズオフィスに管理を任せてきたし。

渡すとまずいと考えた技術に関しては回収してきた。

修理が終わったら、恐らく周辺でも最大のコロニーとして再活用できるはずで。多くの人間が安心して暮らせるようになるだろう。

だが、それがかなうまで。

監視しなければならない。

人間は。

信用してはいけない生物だ。

個々人は違う。

だが、人間という生物そのものは信用してはならない。

それは、カレンも。

戦いを通じて、嫌と言うほど思い知らされた。

早苗が咳払いする。

「早速ですが、恐らく仕事が入ると思います」

「!」

「北から強い気配が接近しています。 恐らく絶賛暴走中の賞金額六桁クラスの賞金首です。 レナさんがいない今、かなり厳しい戦いになります」

「上等だ。 早々にぶっ潰してやる」

ミシカが立ち上がり、拳をばちんとあわせた。

カレンも頷くと、皆に声を掛ける。

「よし、ハンターズオフィスに行って情報確認。 確認が出来次第、全戦力で叩き潰す!」

「おおっ!」

生半可な六桁賞金首程度。

あのテッドブロイラーとの戦いを経た後の今、恐ろしいとも思わない。

皆、出撃していく。

カレンは一度だけ、レナが眠っているマドの街の方を見た。

大丈夫。

目を覚ますまで。

必ずや、この辺りの安全は守りきってみせる。

 

ステピチは、オトピチ、クラッドと一緒に、予定の地点に移動を完了した。その途中でクラッドが、SSグラップラーに命じて、多数の部下を消したが。そいつらは、どいつもこいつも筋金入りのチンピラで。

生かしておいたら、何をするか分からない連中だった。

後始末を任されていた、という事だ。

到着したのは。

何だか小さな建物だ。

地下はそれなりに広いようだが。

何だろう。

電気は生きている。

ドーム状の空間で。

地下に入り込んで見ると、其処は何というか、不可思議な場所だった。

大量の硝子ケースがあり、液体が満たされているが。

中身はからだ。

貰ったメモリをみるが。

しかし、クラッドが進み出て。

パソコンを操作すると。やはりと頷いた。

「これはバックアップの遺伝子データ設備ですね」

「どういうことザンスか」

「ノアの事です。 滅ぼされた後も悪あがきをする可能性が高い。 場合によっては、更なる攻勢を仕掛けてくるかも知れない。 各地に残された子端末や、バックアップデータを使って」

「兄貴ー?」

黙っているザンスと返すと。

続きを促す。

ステピチも難しい事は、正直な所よく分からないのだけれど。クラッドは、把握しているようだった。

「其処で、この遺伝子データです。 簡単に説明すると、SSグラップラーは最強の人間のデータをつくって作り上げた兵士ですが、その一方で繁殖することが出来ません。 此処にあるのは、SSグラップラーの元になった、大量の人間のデータです。 此処にある装置を使えば、人間の子供をそのまま作り出すことが出来ますよ。 遺伝子データを基にしてね。 ただし、いきなり成人にすることはできませんが」

「! それは、つまり」

「最悪の事態に備えて、此処を絶対に死守する体勢を作れ、ということです。 ステピチさん、オトピチさん。 荒事は貴方たちに任せます。 私は此処に、絶対防衛システムを構築すること、それに信頼するハンターに状況を告げて、極秘の施設として構築することを告げます。 スタンドアロンのシステムとして構築すれば、此処は最悪の有事の際に、最後の砦とする事が出来るでしょう」

そうか。

コレは恐らく。

あの悪しきバケモノでは無くて。

苦悩していた方の、ヴラド博士が進めていた事なのだろう。

悪しきバケモノの悪行の隙を突き。

世界のために自分が出来る事を、必死に追求していた、という事だ。

勿論、ノアは既に死に体。

そしてこの世界のハンターは強力だ。

最強のモンスターであっても、もはや簡単に屈する事は無いだろう。

だが、それでも。

念には念を。

万が一には億が一を。

「子供だけ作っても、育てる人間がいないと駄目ザンスね。 それにこの狭い空間では、どうにもならないザンス」

「その通りです。 其処で、できる限り近くに、此処での出身者を使って、街を作っていくしかないでしょう。 そしてその街の規模を徐々に拡大して、世界中に出立させるしかありません。 いずれにしても、防衛拠点としての規模を拡大する必要があります」

「何だか皮肉ザンス。 人間狩りという最悪の凶行を進めていた組織の残党が、こんな事をしているなんて」

「私はそうは思いませんよ。 この荒野の世界では、人間は凶暴極まりないバケモノそのものです。 その一方で、力の使い方を間違えなければ、こういうことも出来るのではないでしょうか」

パソコンを更に操作するクラッド。

出てくるデータの中には。

古い時代の著名人や。超高い知能を持つ人間。

優れた運動能力を持つ者。

多数が揃っているそうだ。

勿論、普通の人も。

天才だけいても仕方が無い。

更に言えば、天才を掛け合わせても天才が生まれるわけではない。

多様性が必要なのだ。

そして此処では、その多様性を確保できる。

クラッドの説明は分かり易い。

なるほど、此処は確かに万が一の変事があった場合、砦になり得る場所だ。

「今後、最悪の事態を避けるために、バイアスグラップラーの名は捨てましょう。 それに抵抗はありますか?」

「いいや。 ミーが忠誠を誓っていたのはテッドブロイラー様ザンス。 バイアスグラップラーという組織じゃないザンスよ」

「俺もだよ、兄貴ー!」

「だそうザンス。 我等兄弟、データを持ってクラッドと此処に行けと言われているザンスからね」

ならば、ひょっとすると。

破壊の魔人と化したテッドブロイラー様は。

この遺伝子データを使って、新しい人類を作り出し。新しい世界に君臨するつもりだったのだろうか。

その場合、遺伝子データには改変を加えて。

人類そのものを変革するつもりだったのかも知れない。

可能性は高い。

あの人の過去は聞いた。

だから、あの人が世界そのものを憎み抜いていることはよく分かっていた。

破壊の劫火に包もうとしている事も。

しかし、テッドブロイラー様は、似たような境遇の相手には、決して非道では無かったし。

使える部下には相応に待遇も良かった。

クラッドがその例だろう。

ステピチとオトピチも、随分世話になった。

それにだ。

そもそも、最後の時に。

バイアスシティを離れろと言ってくれたのは。

あの人に心が残っていた証拠だ。

自分は死ぬことを、テッドブロイラー様は知っていた。

だから、部下を巻き込まないつもりだったのだ。

「忙しくなります。 SSグラップラーは少数しか生き残っていませんし、早速子供を数人作ります。 資材については、当面は此処にあるもので大丈夫でしょう。 ハンターズオフィスへは私の方から連絡をしますが、道中の護衛やら此処のガードやら、頼むことは多くなると思います」

「ミーは頭脳労働が苦手ザンスから、その辺は任せるザンスよ。 ただ、これでもミー達は安いとは言え賞金首。 ミー達の顔は見られない方が良いザンスね」

「分かっています。 その辺りは工夫を出来ますよ」

まあ、任せておいて大丈夫か。

最初は此奴が嫌いだった。

だが、なんだかんだ言って、頼りになる奴だと言う事は分かった。

一度、外に出る。

一面の砂漠。

ノアは、人類を滅ぼして、世界を救済すると宣ったそうだが。

この大破壊によって、その世界そのものがどれだけ迷惑を受けたか分からない。

この後世界を再生するつもりだったのだろうか。

いや、此処まで酷い状態だと、もはや無理だろう。

この世界は、気が遠くなるほどの時間を掛けて、じっくり再生していかなければならない。

それには、現有の人間達が。

相争っている場合などではないはずだ。

情けない話だが。

伝説となったハンター達の最大の敵は、ノアが繰り出す殺戮モンスターでは無く、人間の武装組織。

そう、ステピチが所属していた、バイアスグラップラーのような集団だったと聞いている。

外に一緒に出てきたオトピチに、顎をしゃくる。

「ちょっと一仕事するザンス。 バイクに乗れザンスよ」

「分かったよー、兄貴ー」

「仕事の内容は聞かないザンスか」

「この辺りのモンスターを根こそぎやっつけるんだろ? 大丈夫、この辺のモンスター、来る途中に見たけど、兄貴と俺の敵じゃないよー」

そうか。

此奴、妙なところでいつも勘が鋭い。

結局、レナとは殺し合うことはなかった。

そして、もはや自分はバイアスグラップラーでは無い。

だが、結局の所。

取り返しがつかない罪に手を染めたことは間違いない。

ならば。これから。

此処から、多数の子供達を。

この世界で生き抜けるように育て上げ。

そして送り出していかなければならない。

最悪の事態が起きたときにも。

此処から人類を再生出来るくらいの態勢を整えておかなければならないだろう。

一つ気付いて苦笑する。

これで、事実上此処のトップはクラッドだ。

彼奴は野心的な人間だ。

これから、此処は大きな影響力を持つ街になって行くだろう。そして、バイアスグラップラーのデータは、回収してある。

レナ達も回収していっただろうが、バックアップデータもある。

見張りが必要だ。

クラッドは、間違っても善人などではないのだから。

二人乗りのバイクで。

そう、用意して貰った、愛機そっくりの重バイクで、辺りの雑魚モンスターどもを片っ端から叩き潰していく。

この程度の相手なら。

レナを間近に見て。

その凄まじい戦いぶりを見てきたステピチからすれば、児戯に等しい。

ひょっとすると。

此処での行動に、ある程度理解を示して、協力してくれる人間も出てくるかも知れない。子育てなんてやった事も無いし、そういう人間が出てきてくれれば嬉しいが。

それは望みすぎか。

とにかく、これからは。

やってきた罪を帳消しにするくらいの、エレガントで格好良い最高の悪党にならなければならない。

でも、それは悪党というのだろうか。

ちょっと自分の頭では分からない。

ただ一つ分かるのは。

もはや、バイアスグラップラーは完全に消滅して。

その遺産は、悪用されない。

それだけだった。

 

終、復讐の終焉

 

砂漠をクルマの部隊が行く。

十機を超える重戦車と、それに同数の軽戦車や普通のクルマ。非常に強力な戦車部隊だ。これらの部隊は、道すがらノアが放ち、暴走した強力なモンスターを悉く葬り、奴の作り出したモンスター生産工場も片っ端から叩き潰してきた。

東に強力なモンスターがいると聞けばすっ飛んでいき殴り。

西に強大なモンスターが暴れていると聞けば襲いかかって叩き潰す。

そうして今、行軍を続けている。

先頭にいるウルフには、すっかり背も伸び。この間婚約者も作ったケンが乗っている。

この戦いが終わるまでは結婚するつもりはない。

そう言っていた。

いずれにしても、私は3年間眠っていたから。

その間のことは分からない。

3年でイリットは美しく育ち。

マドの街はとても大きく発展していた。

目を覚ましたときには。

ビイハブ船長は既に亡くなっていたが。

ポチたちを含めて、仲間は皆無事だった。

そればかりか、百戦錬磨に磨きを掛け。

更にクルマも増やし。

同志も増やして。

更に頼もしくなっていた。

そして、今は帰り道である。

私が起きてする事は、決まり切っている。

後始末だ。

ノアの完全駆除。

そして、今。

それは終わった。

テッドブロイラーが致命打を与えたノアは、強烈極まりないシールドを展開して、その中に引きこもっていたが。

完全にスタンドアロン化して外部との連絡を絶った上で。

完全に破壊してきた。

ちなみに、破壊したのは私では無い。

ノアの危機を悟ったのか、奴の本拠の周囲には、多数のモンスターが集まって来ていて。その中には賞金首クラスや、下手をするとノアを修復しかねない存在も混じっていた。

だから、私が。

皆と一緒に叩き潰し。

その間に、この地域で活躍していた、新しい時代の星と呼ばれる若いハンターに、ノアとの戦いを任せた。

長い戦いだったという。

それが終わった頃には。

私も、集まっていたノアのモンスターどもを、皆と一緒に根こそぎ蹴散らすことに成功していた。

多少は疲れたが。

何、あのテッドブロイラーとの戦いを考えれば。

楽勝も楽勝だ。

そのハンターとも別れた。

彼には待っている家族がいる。

それならば当然だろう。

彼は、協力を申し出た私に、感謝してくれていた。

話には聞いていたらしい。

バイアスグラップラーを滅ぼした戦士がいるということは。

私の事は、噂になっていた、という事だ。

そして、苦労の結果。

彼のような若者が、その全てを賭けてまで倒さなければならない相手では、ノアはなくなっていた。

それで充分だ。

私がやったことには、それだけで充分すぎるほどの意味があったのだ。

これから、一緒に来てくれたアズサの戦士達とも、ハトバで一旦別れる。

そこで、解散しようと思っていた。

ミシカがバイクを寄せてくる。

3年経って大人っぽくはなったけれど。

それは見かけだけ。

男は何回か作ったが。

いずれも長続きしなかったという。

まあ、相性が良い相手を気長に探せとだけアドバイスはした。

子供が作れるだけ。

私よりずっとマシな状態だ。

私はもう人間の世界を離れる。

一人で暮らしていくのは難しくないし、それに今生き延びているノアのモンスター程度なら、仮に倒せない奴が出たとしても。逃げ延びることは可能だ。

「なあ、レナ」

「何だ」

「何処かに行くのか」

「人里を離れて一人で暮らすだけだ。 ハンターズオフィスからの依頼は受けるつもりだし、お前達が呼べば馳せ参じる。 ただな、もう私は人間ではない。 だから、一線を引いて対応するだけだ」

口をつぐんだ後。少し彼女らしくもなく考え込んで。

それからミシカは言う。

「いいんだぜ、アタシは。 あんたが何者であろうと。 イリットだって、あんたがいれば、きっと喜ぶと思うけれどな」

「駄目だ。 マドの街でさえ、3年間まったく体が成長しないだの一人でバイアスグラップラーを滅ぼしただのという噂が先行していただろう。 私は別に自衛できるがな、イリットはそうではない。 私は人間と一度距離を置いて、いざという時に助けに行く、くらいの存在でいいんだよ」

「何だそれ。 ヒーローか何かか」

「……此処を出る前に、フロレンスから聞いたんだがな。 竜退治や悪魔退治の英雄と言う奴は、役割を終えると「後は幸せに暮らしました」とか、「何処かに旅だって行きました」とかで、その姿を物語から消すそうだ。 理由は今の私と同じだろう」

「それは……」

ミシカも、流石に理解出来たのだろう。

竜や悪魔を退治する破格の英雄となれば。

その後の末路は決まっている。

ブルフロッグが言ったとおりだ。

普通の人間からは、完全に外れてしまっている。

そして、人間は。

外れた存在を、完全に拒否し。

迫害することを、何とも思わない。

幸いにと言うべきか、私は最小限しか人間を止めていない。

年は取らなくなったが死にはする。

子供は作れなくなったし、性欲はなくなったが、一応代謝はある。

食事をすれば美味しいとは感じるし。

こうやって信頼してくれる仲間と一緒にいる時間は、貴重だと思う。

だが、だからこそ。

一線を引かなければならないのだ。

「何、いつでも会いに来てくれて構わない。 隠遁するのはマドの近くの山中にするつもりだ」

「……バイアスグラップラーの残党を探したりはしないのか」

「いや、不要だ。 出がけにフロレンスから話を聞いたが、ゲオルグが色々な処置をしていたようだしな。 ただもしもその噂を聞いたら教えてくれ。 悪さを働いているようなら、私が音速で斬りに行く」

「本当に音速出そうだな」

苦笑いするミシカだが。

私も優しく微笑み返す。

ゼロのコックピットを閉じると。

もう其処はハトバだ。

アズサの戦士達は、此処で別れる。合流してくれたハンター達も。

それで、重戦車七機。

戦車未満三機。

バイク二機。

そう、私が眠りについたとき。

持っていた戦力と。

既に天国に行ったビイハブ船長以外の仲間が残った。

3年で少しだけ背が伸びた皆と犬たちが、クルマから降りてくる。

私は、皆に。

礼をした。

「ありがとう。 皆の助けがなかったら、とてもではないが、大望を果たすことなど出来なかっただろう」

深々と頭を下げる。

多分、頭を下げるのは。

今後の一生で、これが最後だ。

そして、皆と一つずつ、言葉を交わしていく。

カレンは、これからエルニニョに行くそうだ。フロレンスと一緒に、彼処でグダグダやっている腑抜け団の性根をたたき直しに行くらしい。

まあ、あの腑抜け団はそろそろ誰かが灸を据えなければならなかっただろう。

良い機会だ。

存分にやって貰おう。

なお、マウスはフロレンスに譲るつもりだ。

アクセルは、マドに残って、残ったクルマを徹底的にチューンするそうだ。

皆に分配するクルマ以外は好きにして良いと言ってある。

具体的には、ゼロ、ティーガー、レオパルド、戦車未満三機、それにバイク一機。

新しい技術が入ったら、どんどん回収をすると、アクセルは張り切っていた。

ケンは婚約者(海を守っているときに知り合ったサルベージ業者、いわゆるハイテク海女らしい)とすぐに式を挙げて、受け継いだネメシス号を使って、海を守るという。今の時代、十代半ばで結婚することは珍しくもないので、別に不思議な事では無い。ウルフもケンに譲るつもりだ。ネメシス号とウルフの戦力なら、生半可な賞金首など一射撃滅。また、リンに教わって、船の操縦についてもしっかり身につけている様子だ。ビイハブ船長ほど上手に暗礁の場所は読めないらしいので、それはまだ要修行、というところだろうか。

いずれにしても、ケンは背も伸びた。今ではミシカよりも背が高い。

あの子供だったケンが。

私は、永遠にこの背丈のままだから、羨ましくはあった。

ミシカはマドに残って、私と仲間達の中継役を務めてくれるという。

ノアのモンスターは、いずれも絶賛暴走中。

未だに世界には、かなりの数が残っているだろう。

この辺りにいる奴は大体駆除が終わっているが。

そもそも、人間が長距離移動手段を失ってしまった今、別の場所に行くと、ノアの残党が勢力を保持している可能性もある。

人間が環境を再生しながら、モンスターを駆除していくならば。

力が必要になる。

ミシカはマドで適当に夫候補でも探しながら。

そういう情報を集めていくそうだ。

リンは謎のメイド組織の長に就任することが決まっているらしい。まあ、今回ほどの活躍があれば当然と言えば当然とも言える。

たしなみとか言う哲学を、きっちり後世に伝えていくのだろう。

メイドと言うよりも冥土のような気がするが、まあそれは気にしてしまったら終わりだ。マルチに活躍できるリンには随分助けられたから、それでいい。それに、リンの作る飯はうまかった。

早苗と山藤は、タイシャーに戻るそうである。

これだけの名声を得た二人だ。

ちなみに、ゲパルトとエレファントは二人に譲る。

山藤はとにかく活躍がしぶかったが。

淡々黙々とやることをやっていく男だったから。

きっと、職人として、タイシャーを支える事が出来るだろう。

早苗はあの凄まじい不思議な力で、何度も助けてくれた。

きっとタイシャーの軸になって、あの周辺を守ってくれるに違いなかった。

「ミシカに私の居場所は伝えておく。 生活に必要な道具類とバイクは貰っていくが、それだけで充分だ。 たまに物資の補給に山を下りるから、その時には話でも聞かせてくれ」

「言われなくても会いに行きます。 貴方は僕の目標です。 僕が迷ったときは、話を聞かせてください」

「ああ。 相談くらいなら、いつでもしてくれ。 私で良ければ話くらい幾らでも聞くさ」

ケンが握手を求めて来たので。

応じる。

ケンの手は、すっかり大人の男の物となっていた。

なんだかんだで、一番仲が良かったミシカは、結局腐れ縁が続きそうだ。これからもしょっちゅう顔を合わせることになるだろう。

それもまた構わない。

私は表舞台から去る。

それだけだ。

後、適当なタイミングで、黒院に会いに行く。

だが、ノアを倒した後、まだ世界が安定するか分からない。

だから、しばらく様子を見てから、になるだろう。

いずれにしても、私の復讐はもう終わった。

これで、私は。

ようやく、静かに一人で暮らすことになる。

解散。

そして、私はミシカとアクセルと一緒にマドに向かう。

二人とも、マドで別れる。

これからちょくちょく会うとは言え。

これが一区切りだった。

手を振ると、マドを離れる。

イリットがずっとこっちを見ていた。やはり、どうしても納得できないのかも知れない。

だが、これでいい。

復讐は終わった。

化け物退治も一区切りした。

そして、そのために全てを賭けた私は。

一度、人の世界を離れるべきだ。

ふと、周囲を見る。

まだまだ安定しない世界。

砂漠だらけ。

赤茶けている。

私にも、ちょくちょく凶悪なモンスター退治で手を貸して欲しいと声が掛かるだろう。メンバーが一堂に会することも何度もあるだろう。

それでも、私は。

大望を、果たしたのだ。

それでいい。

自分に言い聞かせると。

私は確保してある、山の小さな小屋に向かう。

其処で、穏やかな時を過ごし続けるために。

 

(メタルマックス2二次創作、獄炎の復讐鬼・完)