不落要塞燃ゆ

 

序、雨の谷

 

一度ビイハブ船長と合流。今後の事を全て話す。

これから、敵の本拠に仕掛ける。

その前に、背後を突かれないように、レインバレーに住み着いている賞金首を片付ける。

レインバレーには街があるという事なので、其処で補給を済ませたら。

後は敵本拠への攻撃を開始する。

ただ情報が少なすぎる。

敵本拠に仕掛けるには無謀すぎると判断した場合は、何か策を練らなければならないだろう。

ビイハブ船長はしばし腕組みして考え込んでいたが。

頷いてくれた。

「分かった。 それが悲願なのだろう。 行ってくると良いだろう。 ただし無理はするな。 状況から考えて、バイアスグラップラーはノアとの戦いで致命傷を受けた可能性が高い。 無理に攻めて怪我をしては損をするだけだ」

「分かっています。 しかしながら、奴らは巨大な設備を抱えています。 放置しておけば、いずれ再起するでしょう」

「うむ……」

「此処で、決着を付けます」

もう一度礼をすると。

ネメシス号を降りる。

私はバイクで、クルマの整備を万全にしてくれている皆の所へ急ぐ。走った方がもう早いのだけれど、体力を温存するためだ。

かなりの数の船が行き来していて。

クルマが相当数行き交っている。

カリョストロが死んでから、流通が復活し。海は交通の要所と化した。

バイアスグラップラーの影響力が壊滅したのはもはや誰の目にも明白。

トレーダー達はどんどん武器を運び込み。

ハンター達がそれを使って、モンスターを狩っていく。

この辺りは、そう遠くない未来、人間の手に取り返されるだろう。

バイアスグラップラーという存在が消え。

そして私が大物賞金首をあらかた片付けた結果。

人間は、一気にこの近辺で勢力を取り戻したのである。

後は、海の南。

バイアスグラップラーの根拠とその周辺の掃除を終わらせれば、全ての片がつく。それでおしまいだ。

ノアを滅ぼす事にも、現実味が出る。

ただ、その後は、しばらく混乱が続くだろう。

モンスターだってたくさん残っている。

人類は今どれだけ生きているかも分からない。

それら全ての処理が終わって。

始めて新しい歴史が始まる。

だが、放置しておけば、また第二第三のノアが現れるだろう。

そして次の大破壊に。

地球はもう耐えられまい。

皆が待っているモロポコに到着。

アクセルがケンと一緒に、クルマのメンテナンスを万全に済ませてくれていた。

レインバレーには、六桁賞金首が二体もいる。

此奴らはどちらも戦闘力がおぞましいまでに高い筈で。

特に一方は戦車に対する天敵と言っても良い戦闘ヘリだ。

ゲパルトとレオパルドに、フル活動して貰う必要がある。

「戦闘ヘリが搭載している機関砲は、戦車の装甲をも貫くという話だが、大丈夫か」

「速攻で叩き落とせば良いだけだ。 古い時代と違って、今は装甲タイルがある。 一撃貫通とはいかないさ」

「ふむ……」

アクセルは多少自信があるようで。

フルチューンしたクルマ達について説明してくれた。

既に性能は極限まで上げているという。

あの一輪戦車、ゼロとでもいうべきか。

とにかくレールガンを搭載したクルマを手に入れてから、少し南下したところに、集落を見つけた。

其処でかなりの技術を仕入れたらしい。

キャタピラビレッジというらしいが。

アクセルも驚くほど、戦車のメンテナンスに関する豊富な知識を持つ者達が集っていたそうだ。

其処で色々と仕入れた技術で。

クルマを極限までチューンしたそうである。

これなら、六桁賞金首でも仕留められる。

そう自慢げにアクセルは言う。

まあ話半分に聞いておくとしよう。

後は、金をありったけつぎ込んで、補助装備を仕入れておく。

陸戦要員には携帯バリアを。

それもできる限り性能が良い奴を。

薬類も。

荷物はバスに積み込む。

替えの装甲タイルや砲弾、ミサイルも。

これから先、補給できない可能性も高いからである。

レインバレーにある街がどういう状態かも分からない以上、装備を徹底的に調えておくのは当然だ。

私自身も、剣の手入れや。

ハンドキャノン、マリアの拳銃、対物ライフル。これらの手入れはしっかりと済ませてある。

ずっと一緒に戦って来た武器だ。

そして恐らく。

最後の時まで一緒に戦う武器でもある。

私は、この戦いで。

生還できるとは思っていない。

ノアを倒すという事もまだ残っているが。

それでも、生還できると考えられないのだ。

テッドブロイラーにはまだ届く気がしない。

だが、しかし今しか好機は無い。

奴には、例えこの命が尽きたとしても、勝たなくてはならない。

ノアのことまでは、考えてはいられない。

今はテッドブロイラーだけを考え。その後の事は度外視だ。

一晩だけ休憩して。そして充分な睡眠と食事を済ませてから、レインバレーに向けて出立する。

レインバレーの中にある街が無事なら、其処で補給をはかりたい所だが。

そう上手く行くとは思えない。

もはや、ここから先は。

補給無しで、テッドブロイラーの首を取る覚悟で行かなければならないだろう。

下り坂を。ゆっくり進む。

地面がぬかるんでいて、無限軌道が滑らないか心配だ。

耐酸コーティングはしているが。それでも限界はある。

しかも此処には、恐らくノアが放ったモンスターの中でも、かなり強いのがウヨウヨいる筈。

しかも、六桁賞金首が二体。

高確率でこれから遭遇するのだ。

バイクはバスに乗せてしまっているが、これは当然のことで。

酸の雨の中、陸戦要員を出すわけにもいかないから、である。

私自身も、状況を見て、とコートは用意してきていたのだが。

実際にレインバレーに入って見ると。

その凄まじい有様に絶句した。

谷は色さえ変わり果てている。

赤茶けたその谷には、禍々しい色の霧状の雲が立ちこめ続け。

ずっと雨が降っている。

雨にやられたのだろう。

岩も地面も。

まるで別の星のような色。

真っ赤になっていて。

その有様は、まるで地獄を進んでいるかのようだ。

これは陸戦要員を出せないし、出る事も出来ない。

そして、すぐに異変は訪れた。

イヌのマークをあしらった、戦闘ヘリが。

まるで生き物のような剽悍さで、十機のクルマの前を通り過ぎ。そして、側背に滑り込むように回り込んできたのである。

「ホバリングノラだ!」

航空戦力は、大破壊と、その後の戦いで殆ど全てが失われたが。

此奴のようにごくごくわずかにノアの手先として生き延びている奴もいるし。

中には、ごくごく希に武装勢力が使っていたものもあったという。

特にホバリングノラのような戦闘ヘリは、戦車の天敵として大破壊前には怖れられていたらしく。

圧倒的なアドバンテージで、陸上戦力の天敵として君臨していたという。

「アクセル! 山藤!」

「応!」

「任せろ」

今回、ゲパルトは山藤に任せている。そしてアクセルは、いつも通りレオパルドだ。

谷底まで滑り降りるようにして移動すると、バスを中心に円陣を組む。

その間も、ホバリングノラは先頭を此方に向けながら、文字通り空中を滑るように移動し。

その速度も尋常では無い。

空の王者は私だ。

そう言っているようにさえ見えるが。

いや、違う。

此奴は、既に狂犬。

見張りをしていたイヌの脳は侵され。

完全に暴走している。

やはりというかなんというか。

ダイダロスと同じ状態だ。

ノアに何かあったのは、もはやほぼ確定だろう。

下手な戦車なら、そのまま装甲ごと中の人間を貫くほどの機関砲がぶっ放される。だが同時に、ゲパルトが砲塔を旋回。

速射砲を叩き込む。

更にレオパルドが、ミサイルを一斉に発射。

すっと滑り込んだマウスが、機関砲からバスを守る。マウスの装甲なら、この凶悪火力の機関砲でも、どうにか耐え抜ける。

ホバリングノラはミサイルも発射。

ATMだ。

バスのレーザー迎撃システムが打ち抜く。

数が多いが、バスはミサイルの全てを撃ちおとしていた。

酸の雨の中。

激しい煙が巻き起こるが。

それも、溶けるようにして消えていく。

煙をぶち抜くようにして、多少しかダメージを受けていないホバリングノラが姿を見せるが。

その時には、私が準備を終えていた。

待っていたのだ。

この瞬間を。

ゼロに乗っていた私は。

その電力の全てをつぎ込んで。

ゼロブラスターをぶち込むチャンスを待っていた。

発射。

電磁誘導され、極限まで加速された弾丸が、ホバリングノラのローターに叩き込まれる。

わずかに狙いははずれるが。

コックピット上部に直撃。

がつんと、堅牢を誇る対戦車装甲ヘリが傾いた。

そして、わずかに上向きになったホバリングノラの放った機関砲が、虚しく空を抉る中。

ゲパルトとレオパルドが、斉射。

他のクルマも、ミサイルを一斉にたたき込みに掛かる。

乱打を浴びたホバリングノラ。

逃げればいいものを、まだ好戦的に反撃をしようとしてくる。

だがその時に。

決着はついた。

私がゼロのコックピットを上げると。

耐酸のレインコートを被ったまま。

対物ライフルで速射。

ミサイルの発射口に、一撃をぶち込んだ。

更にバスの横から顔を出したミシカが同じように。

大型ライフルで、左右にぶら下がっているミサイル発射口のもう一つに。

同じようにピンホールショットを決めていた。

今まで、散々狙撃は決めて来たのだ。

相手が動かないのなら。もしくは、動きを止めてしまっているのであれば。

この程度は余技。

ミシカにしても、修羅場は嫌と言うほどくぐってきているのだ。

事前にミサイル発射口を狙うという話はしてある。

あわせるのは、難しくない。

一瞬後。

爆裂。

左右のミサイル発射口を爆裂させた戦闘ヘリは、それでも反撃に出てくる。機関砲を威圧的に唸らせ、乱射してくる。

即座に私もミシカもクルマに引っ込むが。

各車、それぞれ装甲タイルを見る間に抉られていく。

だが、ホバリングノラも装甲が限界。

煙を上げている状態だ。

横滑りに移動しながら、剽悍な攻撃をしてくるホバリングノラだが。

不意に、動きが止まる。

岩の地形に引っ掛かりかけたのだ。

上昇しようとするが、既に遅い。

その時には、ゼロブラスターの二射目と。

ゲパルトの斉射。

更にレオパルドのミサイルが、一斉に襲いかかっていた。

そして、ミサイルの一つが、ヘリのローターに吸い込まれていた。

致命傷だ。

見る間に高度を落としていく、大破壊前の狂犬。

その鼻っ面に、待っていたとばかりに。

各車が主砲を叩き込む。

そして、爆発がレインバレーを揺らした。

残骸は、バスで牽引。

地図を見ながら、私は嘆息。最初からコレか。これでは、先が思いやられる。各車に連絡をして、損害の状況を確認。

決してダメージは小さくない。

物理的に破損したクルマは幸いにも無いが。

しかしながら、タイルの消耗は小さくなかった。

弾薬も、である。

タイルについては、この場で張り直す。

しかし、弾薬の補給は、レインバレーを抜けてからにした方が良いだろう。

隊列を組み直すと、進み始める。

もうすぐ、メルトタウンと呼ばれる、レインバレーの中にある街が見えてくるはずだが、嫌な予感しかしない。

今のいきなりの歓迎もある。

此処の谷に巣くっている六桁賞金首どもが、大人しくしているとは思えないのである。

そして、その予想は。

最悪の形で適中した。

砲撃音。

巨大なのと、それに応じる弱々しいの。

どうやら、当たりだ。

「恐らく軍艦ザウルスだな。 メルトタウンを襲撃していると見て良い」

「おいおい、六桁クラス賞金首と連戦かよ!」

「各車、戦力は」

「レオパルドのミサイルはもう半分を切ってる! タイルは補給したが、それももうあまり余裕が無いぞ!」

アクセルが全て把握していたらしく、即座に回答してくるが。

それだけあれば充分だ。

「全車全力前進! 最大戦速で敵の後ろを取る!」

「本気でやるのか!?」

「軍艦ザウルスくらい倒せなくて、テッドブロイラーを殺れると思うか!」

吠えると、私は加速。

他のクルマも、一瞬遅れて加速した。

谷は赤茶けた地面と、流れる酸の川。

そして、草一つ生えない大地。

彼方此方に転々としている朽ちた鉄の塊。

溶けずに残っているという事は、鉄では無くて、セラミックかもしれない。

ともかく、それらを踏みしだき、走る。

この酸の雨のメカニズムもよく分からないが。

今は、此処の安全を確保する。

それが最優先事項。

消耗がひどすぎる場合は、一度モロポコで補給をするが。

出来ればメルトタウンでそれをやりたい。

見えてくる。

霧の向こうで。

何かが戦っている。

片方は、間違いない。

軍艦ザウルスだ。

その巨体、恐竜のような首と足が生えた戦艦という容姿、間違えるはずもない。私自身は交戦経験はないが。

幾つもハンターズオフィスに写真が貼られている。

世界中に出没しているノアのお気に入りだ。

データは彼方此方で取られているのだ。

もう片方は、恐らくメルトタウンだろう。

ドーム状の建物が幾つもあり。

それらは煙を上げていた。

軍艦ザウルスに蹂躙されようとしているのだ。

「全車、攻撃開始! あのデカブツを叩き潰す!」

攻撃開始。

鬱陶しそうに、軍艦ザウルスが。

此方へ振り返った。

 

1、溶けた街

 

激しい消耗戦の後。

ゼロを飛び出した私が、レインコートを被ったまま突進。酸を多少浴びるが、こればかりはもう仕方が無い。

剣を抜きながら、跳ぶ。

相手の足を滅茶苦茶に斬りながら跳躍し、相手の甲板に出て。300ミリ三連装砲を一刀で斬り伏せ。

更に走りながら甲板を斬りつつ進み。

そして、口を開けて迎撃しようとしてくる軍艦ザウルスの顔の至近に。

残像をつくって踊り出。

斬った。

着地。

大量に酸を浴びた土が飛び散る。

私も、顔にも酸を浴びた。

剣の手入れが大変だろう。

斜めに切り口が入る軍艦ザウルスの首。

皆の砲撃で、装甲タイルが全損していたから、出来た。

そして、今。

私が故に、斬る事が出来たのだ。

首が、落ちる。

そして、横倒しに倒れる巨体。

大量の酸と泥が巻き上がり。

私は剣についた酸を、振るって落とし。鞘に入れた。後で手入れをしなければならないだろう。

バスが寄せてくる。

フロレンスが、中に入るように促してきた。

すぐに栄養食を口に突っ込まれる。

フロレンスは、こうすることを分かっていたようで。もう準備を終えていたようだった。すぐにタオルで、私の顔を拭く。

「大丈夫ですか。 異常は」

「特に問題は無いな。 体に影響が出るレベルの酸では無かった、という事だろう」

「一応コレを」

渡されたのは、アルカリのクリームだ。

酸を中和する。

軽く薄く顔に塗る。首の辺りにも。

酸を浴びた辺りだ。

人間の体は、酸に対してある程度の耐性があるが。それでもきちんとこういう処置をしておかないと危ない。

そうフロレンスは言う。

私はもう人間では無いと反論しようとして、やめる。

フロレンスの目には。

強い哀しみが宿っていた。

先にメルトタウンに突入した他のクルマ達が戻ってくる。アクセルが、レインコートを被ったまま、レオパルドから顔を出した。

「幸い、内部にモンスターは入り込んでないぜ。 人員の被害もほとんどない。 ただ迎撃用の火砲は全滅状態だな」

「軍艦ザウルスに襲撃されて、それだけで済んだのならむしろ幸運だろう」

「医師は」

「それがあのドクターミンチがいるみたいでな。 文句を言いながらけが人の手当をしているよ」

ミシカが私の隣で呻く。

助けて貰ったのに。

あまり良い印象がないのだろう。

確かに不気味極まりないし、色々と変わり者ではあるが。私自身は、命を助けて貰ったし。ミシカも救って貰ったのだから、悪い印象は持っていない。

この辺りは、ミシカの生理的な反応、という奴なのだろう。

それにしてもドクターミンチか。

なんだかんだで、こんな所まで流れてきていたとは。

ともあれ、全損はしていないドーム状の建物に、クルマを連れて入る。

中では、決死の突撃作戦に出ようとしていたらしい陸戦要員のハンター達と。それにあまり強そうにも見えない何機かのクルマから顔を出したハンター達が。

此方を、青ざめた顔で見ていた。

「見たか、あれ」

「軍艦ザウルスの首を切りおとしたぞ。 彼奴、人間か」

「バイアスグラップラーキラーのレナだろ。 噂には聞いている。 バイアスグラップラーは容赦なく皆殺しにするって話だ。 バイアスグラップラーを殺し尽くすために、自分も人間を止めたとか」

「バケモノかよ……」

恐怖の声が上がる。

全部聞こえている。

思い出すのはブルフロッグの言葉。

彼奴は言っていた。

お前は既に踏み外している。

そしてお前の居場所なんて、すぐになくなると。

どうやら予言は的中したらしい。

バスを降りたフロレンスが、激しい怒りを目に宿して、周囲を睥睨した。

「自分たちの恩人に対して、その発言は何ですか?」

「……」

ばつが悪そうに黙り込むハンター達。

此奴らが破れかぶれの突撃を噛ましていたところで、結局助かる事は無かっただろう。こんな程度の腕と、この程度のクルマでは。

文字通り、軍艦ザウルスに蹂躙されていただけだ。

私はバスから降りると。

アクセルに顎をしゃくる。

「耐酸コーティングは」

「軍艦ザウルスの猛攻を見ていただろ。 タイルはどのクルマも殆どやられちまったし、その時に禿げた。 手入れがいる」

「メカニックを探して、共同で頼む。 出来れば補給も。 金なら多少割り増しでもかまわん」

「分かった」

アクセルがケンを促して、そのまま街の奥に。

私はバツが悪そうなハンター達の前に歩み出る。

「私はバイアスグラップラーを滅ぼすために活動しているレナだ。 ハンターズオフィスはあるか。 後、出来れば長老に会いたい」

「あんた、人間なのかよ」

「違う。 残念ながらな。 人間のままでは、テッドブロイラーを倒せない。 故に人間は既に捨てた」

その事は後悔していないし。

今更何とも思わない。

ただ。ブルフロッグの予言が的中したことについては、あまり良い気分はしない。

バイアスグラップラーを滅ぼし。

そしてノアを潰したら。

その後はどうしよう。

マドに行くか。

イリットに顔だけは見せておこう。

アズサに行くか。

しばらくはアズサで大人しく隠遁するのも良いだろう。

だが、その後は。

やがて私は怖れられるようになる。

そういえば、伝説的なハンター達も、あまりにも強くなりすぎると。後は尊敬では無く、恐怖の目で見られるようになっていったという話を聞く。

今、私が直面した現実と。

彼ら彼女らも。

向き合うことになったのだろう。

アクセルが来た。補給はどうにか出来そうだという。

そして、老人が一人来る。

彼は、少しだけ躊躇した後。

此処の責任者だと名乗った。

 

入り口の大きなホールを抜けると、非常に機械的な部品が多い場所に出る。床は自動で動いているし。

電気で何もかも管理している様子だ。

青色の灯りが充満して。

其処には、無数の植物が植えられている。

「此処は大破壊の直後に作られたシェルターでしてな。 過酷な環境に耐えながら、生きていくための設備が全て整っております。 しかしながら、危うくあの軍艦ザウルスに蹂躙されるところで……感謝しております」

長老が、歩きながら話してくれる。

ハンターズオフィスに案内してくれるという。

ホバリングノラと軍艦ザウルスの賞金額は、合計すれば200000Gに届く。だが、此奴らをあわせても、テッドブロイラーには届かない。

多分、テッドブロイラーの実力は。

更に桁一つ上なのでは無いか。

そう思っていたが。

色々と、面白い話を聞かされた。

「レインバレーの遙か南で、大会戦が少し前に行われましてな」

「知っている」

「耳が早いですな。 そしてその大会戦で、どうやらバイアスグラップラーは、主力の殆どを失ったようです。 更にノアのモンスターの異常行動。 恐らく、ノアも致命傷を受けたと見て良いでしょう」

「……」

やはり。

流石にテッドブロイラーとやりあったのだ。

ノアも無事では済まなかったか。

しかしながら。

もっと重要な話を聞かされる。

この街の者が見たという。

バギーに乗り、全身傷だらけのまま引き揚げて行くテッドブロイラーを。護衛の戦力も伴っていなかったらしい。

それは。

好機だ。

私は、思わず口を笑みに歪めていた。

もし本当だとすると、テッドブロイラーは再生すら滞るほどの超ダメージを受けたことになる。

ノアの軍勢とガチンコでやりあい。

双方が壊滅したとなると、テッドブロイラーも無事では済まなかった可能性が高い。その推察を。

今の情報は裏付けていた。

「このすぐ側に、バイアスグラップラーの本拠があると聞いている。 良く自治を保っていられたな」

「この街にはそもそも生産設備がありましてな。 見ての通り、新鮮な野菜を特定の環境下で作る事が出来るのです。 恥ずかしい話ですが、それを奴らに提供する事で、人間狩りや支配から逃れておりました」

「奴らの息は掛かっていないのだな」

「はい。 ……もし掛かっていたら、首を刎ねるおつもりでしたか?」

私が頷くと。

長老は、諦めた様子で、視線をそらした。

気付いていたのだろう。

場合によっては殺されると。

それでも出てきたと言うことは。

軍艦ザウルスから私がこの街を守ったこと。

そして、これからバイアスグラップラーを滅ぼしに行くことを、知っているからだ。

バイアスグラップラーはもう終わりだ。

この長老は、そう考えているのだろう。

ノアとの主力決戦で。

バイアスグラップラーは全滅状態に陥った。

考えてみれば、今までの不自然な撤退。

兵力を温存していたのは。

この決戦のためだったのだろう。

そして決戦で、ノアは主力を繰り出し。

テッドブロイラーを先頭にしたバイアスグラップラーは、その全てと正面決戦を行った。

その結果、双方が壊滅。

どちらも致命傷を受けた、という事か。

私にとっては追い風だが。

しかしながら、テッドブロイラーは例え瀕死であっても、他の四天王をあわせたくらいの実力はあるはず。

これでもまだ届くかどうか、分からない。

「物資の補給を頼めるか。 後は、できる限りの情報が欲しい」

「物資についてはよろしいでしょう。 元々此処には、バイアスグラップラーと取引をしているトレーダーが、かなりの物資を落としていました。 それにこの街は、彼らにとっても相応に重要で、目こぼしをされていましたし」

「……」

「情報については、ハンターズオフィスに渡してあります。 其方を確認してください」

それ以上は関われない。

もしもバイアスグラップラーが勢力を盛り返したとき、どのような報復を受けるか分からないからだ。

正直に長老はそう言い。

私も仕方が無いと、それを受け入れる事とした。

実際問題、そう正直に話してくれた方が、此方としてもある程度はやりやすい。それに、だ。

六桁賞金首と連戦したダメージは回復しないと厳しい。

敵にはまだ不滅ゲートなる鉄壁の要塞と。

手傷を受けているとは言え、テッドブロイラーが控えているのだから。

ハンターズオフィスにそのまま足を運ぶ。

すぐにハンターズオフィスの方でも、賞金を用意してくれた。

此処の職員は、左腕が無い女ハンターだった。

ちなみに義手をつけている。

「噂には聞いていましたが、まさかこの谷に跋扈していた六桁賞金首を、瞬く間に倒されるとは」

「此方の被害も小さくは無かった。 短期決戦を選んだだけだ」

「賞金については此方で。 敵の残骸は回収しておきます」

「頼む」

軍艦ザウルスなどの体には、貴重なテクノロジーが山ほど詰め込まれている。回収したいというのも当然だろう。

後は、不滅ゲートだが。

それについても、情報を提供してくれた。

「ハンターズオフィスでも、バイアスグラップラーを倒す最大の好機だと考えていますので、情報の提供は惜しみません」

「頼む。 まず敵の戦力を」

「はい」

まず地図を拡げられる。

レインバレーを抜けたところに。

その巨大な壁はある。

戦車などが出入りできるように、扉はつけられているようだが。その左右上下には、無数の巨大要塞砲が展開されている。

しかもレインバレーから上がると、それらの砲撃を避けようが無い。

ノアのモンスターが、大軍勢で不滅ゲートに攻撃を仕掛けて、撃退された事件があったらしい。例の大会戦の前に、だ。

そうか。

恐らくその頃から。

ノアとの決戦を、バイアスグラップラーは考えていたのだろう。

要所は幹部に任せ。

戦力を温存していたのも。

それが故。

皮肉な事だ。

バケモノとケダモノが互いを喰らいあった結果。

結局は何も残らなかった。

「要塞砲は、相応に強力な物が六門。 更に、複数の小型要塞砲と機銃が確認されています。 それだけではなく不滅ゲートそのものが非常に堅固で、これを砲撃で破壊するのはかなり難しいでしょう。 ただ幸い、今バイアスグラップラーは野戦用の戦力を殆ど喪失している様子です。 門そのものの防衛能力は、かなり低下していると見て良いでしょう」

「援軍は期待出来そうか」

「いえ、流石にこの防御能力を前に、戦いに来てくれるハンターがそういるとは思えません。 噂に聞くアズサの戦士達ならともかく、彼らにしても此処はあまりにも遠すぎるでしょう」

「……そうだな」

ビイハブ船長とは連絡手段を確保している。

実は、陽動で海側から砲撃をして貰う手はずを整えているのだが。もしもその時に、ハンターズオフィスに支援を頼めるなら、重戦車数機を搭載して、火力を上げられるかも知れないと思ったのだ。

だが、かなり厳しいかも知れない。

そうなると、ネメシス号単体で攻撃を仕掛け。

敵の戦力をある程度海側に引きつけるしかないだろう。

後一手欲しい。

敵の門を打ち破る事は、多分不可能ではない。

マウスによる堅牢な防御。

そして今まで賞金首どもを撃ち倒してきて手に入れた強力な武装。

これらを結集すれば、多分門はこじ開けられるはずだ。

だが、問題はその後。

継戦能力が何処まで残るか。

恐らく、無理押しをすれば。

ほぼ何も残らないだろう。

そうなってしまえば、待ち構えているテッドブロイラーに、返り討ちにされるだけである。

「更に、もう一つ問題があります」

「何だ」

「不滅ゲートには、守護神と呼ばれる強力な幹部がいるようです。 幾つかの情報からすると、名はゲオルグ。 実力的にも、バイアスグラップラー四天王と遜色ないとか」

「四天王クラスの幹部が更に一人、か」

それも厄介だ。

此処まで来られたハンターがいなかった、ということもあるのだろう。

今の名前は初耳だ。

ただ、デスクルスでスカンクスコピーに遭遇したように、奴らが隠し球を持っている事は最初から考慮していた。

想像以上に状況が厳しいが。

テッドブロイラーが深手を負っている、というだけでおつりが来るかも知れない。

「何か不滅ゲートを突破する案は」

「……実は、このレインバレーの酸の雨ですが、谷に満ちている霧によってもたらされていることが分かっています」

「何が言いたい」

「それを上手く使えば、或いは」

ハンターズオフィスでも、バイアスグラップラーに対抗するべく、手は整えていたのだという。

そして用意されたのが。

巨大な送風機だ。

動力が問題だったが。

それについては、軍艦ザウルスから取り出した巨大エンジンが役に立つ。この巨大エンジンは、パワーパックに組み込むには大きすぎて、とてもクルマには積み込めないが。レインバレーの酸の雨を産み出す霧を、不滅ゲートの方へ吹き付けるためになら、役立てる事が出来るかも知れない、という事だ。

ただし、人員は割けないという。

「此方も命がけです。 もしもバイアスグラップラーが貴方に勝利した場合、後続のハンターに情報を残さなければハンターズオフィスが潰される可能性も小さくはありませんので。 力を貸せる範囲は限られているとご理解ください」

「いや、コレで充分だ。 後は此方でどうにかする」

そうか、巨大送風機か。

そんなものをどうやって作った。

いや待て。

足を止める。

そういえば、この街の住人。ずっとこの酸が降り注ぐ谷で暮らしていた。ならば、酸が降り注ぐシステムについても、理解はしている筈。

ひょっとすると、最初から。

いや、何世代も掛けて、準備されていたものだったのか。

だが、デスクルス方面に霧を追い出せば、其方の住民が迷惑する。

ましてや不滅ゲート方面に霧を追い出したりしたら、このメルトタウンの民が皆殺しにされかねない。

そういう事か。

したたかなものだ。

此処の長老にしても、もし私が失敗したら、責任を全て押しつけるつもりなのだろう。したたかな話である。

だが、この荒野の世界で暮らしている人間は、基本的にそんなものだ。

とりあえず、策は決まった。

幸運が幾つか味方してくれたが。

敵には無傷の不滅ゲートと、何より守護神ゲオルグの存在がある。テッドブロイラーも生きている。

必ずしも、勝利が確定しているわけではない。

通信機を買う。此処のテクノロジーは大したもので、かなり良いのが残っていた。

ネメシス号にもしょぼいのがあるのだけれど、それに対して通信を入れる事も出来た。

ビイハブ船長にまずは連絡。

状況を説明。

攻撃開始のタイミングは、追って知らせると告げておいた。

ビイハブ船長は、一応モロポコで味方戦力を見繕ってくれるそうだが。何処までやれるかは分からない。

ハンターズオフィスとしても。

今回の攻撃で、私が勝てるとは思っていないだろうし。

何より、衰えたりとは言えバイアスグラップラー。

真正面から喧嘩を売るハンターがどれだけいるか、まったく期待出来ない。

とにかく、陽動として、ゴリラの部隊くらいでも引き受けてくれればそれでいい。コンクリの壁を越えての曲射くらいなら、Cユニットでどうにかできるだろう。

連絡を終えると、フロレンスの所に。

ドクターミンチと、その助手のイゴール。更に、「世界一美しい」ピンクの脳みそのローラもいた。

てきぱきと仕事をしているミンチとフロレンスだが。

ドクターミンチは、相変わらず不満たらたらである。

「儂の専門は死体だといっとるだろうに。 それも新鮮な奴!」

「久しぶりだな、ドクター」

「ん? おお、マドの街の。 ミシカとか言う娘は元気かね」

「元気も元気だ。 また瀕死の者が出たら頼む」

新鮮な死体が欲しい。

そう言うと、ドクターミンチは、今回の軍艦ザウルス襲撃による被害者の手当を続ける。実際、それにしか興味が無いのだろう。

イゴールが話してくれる。

「ドクターはああ言いますが、彼方此方の街を廻りながら、色々な人を助けてまわっているのですだ。 あまり悪く思わないでくだせえ」

「悪く何て思っていないさ。 むしろ感謝している。 事実私が生きているのは、ドクターのおかげだからな」

「またいつ死んでくれても構わんぞ」

「それだけは断る」

真顔での応酬。

私はまだ死ねないのだ。

ローラは何もしていない様に見えて、かなり的確なオペレーションをしている。患者の状態などを的確にモニタしている様子からして、ある程度コンピュータと接続して、処理能力を上げているのかも知れない。

私も少し治療を手伝っていく。

どうせアクセルによる補給とメンテナンスには少し時間が掛かる。

そのくらいの間、手伝うくらいなら問題ないだろう。

半日ほどで、一段落した。

フロレンスに、またたくさん食べるように言われる。

「最後の無茶、感心できませんでした」

「……ハンターズオフィスの職員に聞いたことを覚えているか」

「テッドブロイラーは軍艦ザウルスの上位種を、一人で倒した、ですか?」

「そうだ。 奴は今手負いだそうだが、少しでもそれに近い実力を得ておかなければならない。 時間を掛けて修練している余裕は無い。 奴が手負いで、バイアスグラップラーが体勢を立て直す前に叩かなければならない」

つまり時間との勝負だ。

フロレンスは、リンを呼んでくると。

もの凄い量の食事を作って寄越させた。

私も流石に絶句するが。

全部食べるように言われる。

フロレンスは真顔だ。

容赦も呵責もない。

げんなりする私をしっかりフロレンスは監視し続けて。

最後まで食べきるのを、しっかり見届けた。

 

2、霧の鉄門

 

ゲオルグは既に不滅ゲートに絶対防衛体制を敷いていた。

レインバレーのメルトタウンに潜入させている人型ロボットから、情報が入っていたからである。

レナ達が到達したと。

更に重戦車を増やして、合計十機のクルマを従えているという。しかもバイクを二機使っている事を考えると、十二機か。

重戦車だけでも七機。

それも、歴戦のハンターが使うようなチューンをされている事は確実。

何しろ、デビルアイランドに配備されている強力な本来の性能を持つゴリラを撃破し、更にバイアスグラップラー最強の戦車を自負するブルフロッグを倒しているのだから、当然だろう。

だが、不滅ゲートは抜かせない。

ノアについては、ゲオルグが倒すつもりだ。

奴はもはや、眠ることしか出来なくなった。

愚かな人間が起こしたり修復したりしない限りは。

恐らくだが、バックアップや子端末を世界の彼方此方に潜ませている可能性もあり、それらを考慮すると、早々にノア本体は潰さないとまずい。

そしてそれは。

バイアスグラップラーでやるべきだ。

ヴラド博士に負担を掛ける訳にはいかない。

それをやる度に、大きな犠牲が出る。

人間狩りにずっと反対していたゲオルグとしては。

もはや戦力の大半を失った今のバイアスグラップラーであっても。ノアを事実上倒した功績を加味して、どうにか生き残らせるべきだと思っていた。

それにしても、不滅ゲート内部を見回すが。

がらんとしてしまった。

ピチピチブラザーズとクラッドが、大半のメンバーを連れて行ってしまったからである。

これは、内紛を怖れてのことだ。

元々、バイアスグラップラーの構成人員は殆どがチンピラだ。勝ち馬に乗っていただけのクズが殆どである。

それが、この状況。

下手をすると反乱を起こして、内部を乗っ取りかねない。

実のところ、ステピチとオトピチは兎も角。

クラッドには、SSグラップラーを数名与えており。適当なタイミングで、余計な連中を消すように指示してある。

勿論此処で言う余計な連中とは。

口を滑らしたり。

ピチピチブラザーズが持ち出したデータを奪おうとするような輩のことだ。

その代わり、クラッドには、今後生活するのに困らない金と武装を渡してある。

あれはあれで、野心的な一方で義理堅い男だ。

その金を元手に何かするかも知れないが。

それについては此方でも感知しないし。

止めもしない。

ただ。恐らく。

任せた事については、しっかり完遂するだろう。

残っているわずかなSSグラップラーの一人が、側に来て跪く。

「ゲオルグ様」

「何か」

「レインバレーの様子がおかしいと、監視ルームから連絡が」

「すぐに行く」

不滅ゲートの中は広い空間で、複雑なシステムで各地が連結されている。なお、テッドブロイラーの意向で、ヴラド博士の所に直通している電車は既に止めている。これはレナ達に不滅ゲートを破られたときに、一気に肉薄されるのを避ける為だ。

監視ルームに出向くと。

其処では、不可思議な光景が現出していた。

霧だ。

レインバレーを覆っている霧が。

不滅ゲートの前にまで、溢れてきている。

これはどういうことか。

そもそも、彼処の霧は、ノアが環境をいじくって発生させたものだ。

ノアが無数の特殊な装置をつけることにより。

彼処に化学反応を起こして、酸の霧を作り出し。

それが酸の雨を降らせている。

しかしながら酸の霧は重く。

簡単に谷から出てくる事は無い。

つまりこれは。

人為的な攻撃、という事だ。

「仕掛けてきたな。 すぐにテッドブロイラーに連絡。 我これより交戦を開始する」

「了解しました」

「総員、総力戦用意! 今までで最強の敵が来る! 絶対に油断するな! 要塞砲、展開開始!」

ざわざわと周囲が動き出す。

伝令が言ったのを確認すると、ゲオルグは剣を手に取った。

古い時代の、日本刀と呼ばれる武器のレプリカだ。

確かレナも同じようなものを使っていると聞いたか。

レプリカとは言っても、特殊合金で作られていて、本来の日本刀よりも切れ味にしても強度にしても比較にもならない。

それは恐らく。

レナの方も同じだろう。

じっと刀身を見る。

ゲオルグにとって、バイアスグラップラーは守るべきものだ。

ヴラド博士の側近として、ずっと務めてきた。

ヴラド博士は、大破壊前には珍しく。人情家で、報いるべき相手には報いる事が出来る存在だった。

イエスマンしか必要とされていなかった大破壊前には珍しく。

能力のある人間を取り立て。

スキルを得る努力を評価し。

そしてそうで無い人間にもチャンスを与え。

ヴラドコングロマリットの社員を大事に考えていた。

だからこそ、狂ってしまったときには悲しかったし。

それでも仕え続けようとも思った。

忠臣であるならば、諌めるのが仕事。

そう思って、何度も諌言もした。

だが、完全におかしくなってしまったヴラド博士は。

言葉を聞くことは無かった。

だが、いつかはきっとゲオルグの声も聞いてくれる。

そう信じ続けて、今も戦っているのだ。

モニタが突然暗転。

霧が濃くなっている。

なるほど、監視カメラから潰しに来たか。当然の判断だろう。だが、霧が濃くなれば、見えなくなるのは向こうも同じ事。

それに、Cユニットを搭載している要塞砲は、オートで敵を捕捉して射撃を行う。それをどうするつもりか。

熱源反応、多数。

レインバレーから上がってくる。

躊躇も、容赦もしない。

「攻撃開始!」

要塞砲がうなりを上げて、射撃する。

此処に押し寄せたノアの軍勢さえ蹴散らした要塞砲だ。他の拠点に配備されているものとは、根本的に火力が違う。

次々消し飛ぶ熱源。

さてはデコイか。

だが、それにしても、酸の中を耐え抜くようにしているデコイだ。

幾らでも出せるわけでもあるまい。

モニタがまた一つ潰される。

だが、熱源センサは別にあり。

それは次々現れる熱源と。

それが消えて行っている様子を、克明に写しだしていた。

さて、どう攻めてくる。

腕組みして見ていると。

ほどなく、不意に反撃が始まった。

要塞砲の一つが、沈黙したのである。同時に、激しい衝撃が、此処まで届いた。

「状況を分析」

「要塞砲発射の瞬間にあわせて、弾を叩き込まれた模様!」

「何だと……!?」

Cユニットに分析させるにしても、神業にもほどがある。

しかも一体どこから狙撃をしてきた。

熱源はどんどん消えていっている。要塞砲だけでは無く、据え付けている無数の機銃もうなりを上げて、どんどん敵をたたいているのだ。あの熱源の中に敵がいるとは考えにくい。

そうなると。

まさか、この霧も。

熱源さえも。

全てがフェイクか。

「要塞砲射撃中止! 機銃にて熱源を処理せよ!」

嫌な予感がする。

レナはどちらかと言えば戦略家だという話を、クラッドがしていた。戦術家としても優れているが。それ以上に、まずは緻密な戦略を立てて、それに基づいて動くタイプだというのである。

実際問題、何処でかは分からないが。

強化手術かそれに類する物を受けて。

人間では無くなっている形跡がある。

それを考慮すると。

レナはこの動きを、全て想定していると見るべきなのではあるまいか。

まずい。

完全に後手に回っている。

何をしようと目論んでいる。それを考えろ。

要塞砲を消し飛ばしたと思われる熱源が感じられない。

それは、例え偽装していたとしても。

奴が直接乗り込んできていない、という事を意味している。

此処の熱源探知センサは優秀だ。

例え偽装装備を使っても、隠しきることは不可能だろう。

ましてや酸の雨の中である。

繊細な使用を要求される偽装装備なんて、役に立たない。

そうなると、遠距離からさっきのピンホールショットを決めて見せた、という事か。どういう方法で。

「分析結果が出ました」

「詳しく」

「先ほど要塞砲を破壊した攻撃ですが、レールガンによるものと思われます。 弾速から考えて、それ以外には考えられません」

「レールガンだと……!」

その存在はゲオルグも知っている。

大破壊前。

電気が有り余っていた時代には、もてはやされた兵器だ。

簡単に言うと電気で磁力を発生させることにより、高速で弾丸を発射する兵器である。

電気を食う代わり、その火力は文字通り絶大。

それに何より、当時は高額だったミサイルよりも遙かに弾そのものが安くつくという事もあって。

各地の軍は積極的に配備していた。

だが大破壊が起きた後は、電力が慢性的に不足するようになり。

電力の不足がある以上、ノアでさえも使わなくなっていった兵器である。

そんなものを、何処で見つけた。

いや、米軍の残党が、各地に兵器を隠している。

それらを漁っている内に見つけたのかも知れない。

熱源は際限なく谷から上がってくる。

これは、正直な所かなり厳しい。

あの熱源、全てデコイなのではあるまいか。

本命はどうやって、センサの探査外から、しかも霧を抜けてピンホールショットを決めてきた。

まさかとは思うが。

最初のデコイの大軍に紛れて、早々に谷を出て、南下し。

霧から抜けて、その外から撃ってきているのか。

拳を握りこむ。

やってくれるじゃないか。

散々要塞砲はぶち込んでいたのだ。その正確な位置は把握しているはず。そして要塞砲発射のタイミングを見切って、レールガンをうち込んできた、と言う訳か。

コレは恐らく、不滅ゲートの周囲にゴリラの部隊が展開していたら出来なかった作戦だ。

レナはバイアスグラップラーの戦力が低下している事を、正確に把握している。故に、こんな策に出た。

奇策とは言えない。

むしろ正攻法だ。

どんな難攻不落の要塞でも、必ず陥落してきたという歴史が実際にある。

だが、此処は。

同じ歴史を繰り返させない。

ついに、ゲオルグはレナの考えを看破した。手番を取り返したと思った。

ゲオルグは、周囲に指示を出す。

「機銃はそのまま熱源への掃射を継続! 恐らく、此方の要塞砲が止まった隙を突いて、不滅ゲートに大威力の攻撃を仕掛けてくるぞ! そのタイミングで、要塞砲で反撃をしろ!」

「分かりました。 タイミングを調整します」

「来るが良い! 例え最後の一人になっても、このゲオルグ、この不滅ゲートを渡しはせぬぞ!」

腕組みして、仁王立ちするゲオルグは。

霧の向こうに。

確かにレナの鬼謀を見ていた。

 

敵が機銃だけの攻撃で、用意したノアのモンスターを殺戮しまくっている様子を、レナは双眼鏡で見ていた。

霧が出ているとは言っても。

マズルフラッシュでどうしても分かるのである。

恐らく此処を守っているというゲオルグは気付いたのだろう。

レナが、最初のデコイと一緒に谷を出て、早々に南下。

霧を抜けて、平原に陣取ったと。

そして、タイミングを見て、要塞砲を一つ潰して見せた。

ゼロに搭載されているレールガンの射撃によってだ。

ならば、一度要塞砲を停止し。

デコイを潰すことに専念する。

そうすれば、近寄ってきたときにどうしても分かる。

そういうのだろう。

ちなみにノアのモンスターどもは、単純に近くの平原で追い立てて谷の中に流し込み、そして押し出した。

バイアスグラップラーとやり合うことを望むハンターは多く無かったが。

私が追い立てたモンスターどもを、単純にクルマの火力で押し出していく仕事なら、請け負ってくれるハンターはいた。

例のモロポコの三兄弟。

それに以前イスラポルトで共闘したハンターの何人か。

いずれもが、近くに来ていたので、連絡して作戦に参加して貰ったのだ。

完全に統制を失っているノアのモンスターは、情けなくも追い立てられるままに追い立てられ。

私のデコイとして右往左往するままに撃破されている。

どうせ生ゴミだ。

こうやって、処理してしまうのが一番だろう。

「次の段階に入る」

「よし来た」

アクセルがレオパルドの中に引っ込む。

ここからが本番だ。

不滅ゲートは極めて分厚い城壁に守られている。これは、ノアが賞金首クラスのモンスターを多数含む軍勢で攻めても落とせなかったことからも実証されている。それほど頑強な城壁なのだ。

しかも、見たところ熱源センサの性能は完璧。

それならば、隠密で近づくことは出来ないだろう。

そう。

万全の状態ならばそうだ。

だが、その万全を崩してやればどうなるか。

「連絡。 送風機の火力を更に上げろ」

「よし!」

アクセルが通信機で、レインバレーにいるハンター達に連絡。

例の準備済みの送風機を更に強力に廻し、霧をもっともっと不滅ゲート前に吹きつけさせる。

それが酸の霧だという事は言うまでも無い。

そして、不滅ゲートも。

酸には侵食されるのだ。

ついでにおまけである。

私が弾頭をいじくって、濃塩酸を入れたものと。濃硝酸を入れたものを作ってある。酸については、レインバレーで用意した。

ちなみにレインバレーで降っている雨は希硫酸だが。

それは別に良い。

塩酸と硝酸を三対一の割合で混ぜることにより。

この世界で最強の酸が誕生する。

その前には、金属という存在そのものが無力と化す。

金属以外の大半のものも、殆どが役に立たなくなるのだ。

「砲撃開始!」

全車が一斉に射撃開始。

霧の壁は、此方の位置さえ悟らせる事がなければどうでも良い。要塞砲の位置は分かっているし、機銃なんて物の数では無い。

特殊弾頭を次々にぶち込む。

要塞砲が、溶ける。

そして、不滅ゲートも。

「レインバレーは酸の谷だ。 現地にあるものや、技術はどんどん利用していかなければならない、ということだ」

勿論敵も反撃してくる。

だがデコイが尽きる前に。

要塞砲は、全て役立たずになっていた。

そして本命の射撃を、不滅ゲートに始める。

敵が不滅ゲートの周囲に、ゴリラを多数配備していたら、こんな結果にはならなかっただろう。

攻城戦というものは。

守り手にとっては、援軍が来る事が前提の戦法。

守るだけでは絶対に勝てない。

勿論攻め手がいい加減な作戦を立てた結果、兵糧が尽きて自滅するケースもあるにはあるが。

古今東西、あらゆる「難攻不落の要塞」が陥落してきた理由がこれだ。

王水によって侵食された難攻不落の不滅ゲートに、レールガンを叩き込む。更にマウスから、ダイダロスから鹵獲した主砲をぶち込む。

同じ箇所に何度も。

程なく、酸で柔らかくなった不滅ゲートの城壁は。

暴虐の火力に屈した。

巨大な爆発音。

恐らく百年以上。

不落を誇った城壁が。

ついに陥落したのである。

「よし、突入開始! 機銃による攻撃は無視! 谷の下にいるハンター達には、撤退を指示しろ! ビイハブ船長には、支援砲撃開始を要請!」

「任せろ!」

「先頭はケン、お前に任せるぞ。 ウルフの力見せてやれ」

「分かりました!」

十機のクルマが、くさび形の陣形を取って進撃開始。

デコイとして使ったノアのモンスターどもの亡骸を踏み砕きながら、耐酸コーティングをした無限軌道が軋み、進んでいく。

敵の機銃は完全に無視。

無視しても大丈夫なレベルだからだ。

敵は当然迎撃に出てくるだろう。

バイアスグラップラー四天王に匹敵すると言われる実力を持つとかいうゲオルグが、だ。だが、それは好都合。

そいつさえ倒せば。

テッドブロイラーに手が届く。

そして確信できたが。

テッドブロイラーが此処に出てきていないと言うことは。

奴は相当なダメージを受けている。

もしもテッドブロイラーが健在なら。

確実にその炎で、まずは霧を焼き払って見せただろう。

好機は逃せない。

大穴が開いた不滅ゲートに乗り込む。

全車突入を完了。

がらんとした空間だ。

何も無い。

クルマが転々と置かれているが。

誰も乗っていない様子だ。

というよりも、そもそも動かせる状態にはないように見えた。

「ようこそ、不滅ゲートへ」

現れたのは。

傘のようなかぶり物を被った男。

だが、あのガルシアのように、体の殆どを機械にしている様子だった。

凄まじいプレッシャーを感じる。

此奴は少なくとも、あのスカンクスを遙かに凌ぐ実力を持っていると見て良いだろう。

私はゼロを飛び降りると。

剣を抜いた。

「レナだ。 貴様が此処を守っているゲオルグだな」

「そうだ。 何故にバイアスグラップラーを攻撃する」

「親を二度にわたって奪われたが故に。 一度は産みの親を。 二度は育ての親を」

「そうか。 それならば、その復讐心は正当だ。 私も人間狩りを止めるように何度も主に進言してきたが、ついにそれがかなうことはなかった。 これは当然の結末だと言えるな」

それでいながら、剣を抜くゲオルグ。

皆を手で制止する。

此奴は、私が倒す。

「ならば、想定通りの結末をくれてやろう」

「ああ。 だが勿論抗わせて貰うぞ」

「好きにしろ。 バイアスグラップラーという時点で、私が殺す事に代わりは無いのだからな」

次の瞬間。

両者動く。

私が加速して切り伏せに行くが、ゲオルグの残像を斬っただけ。

速い。

間合いから逃れたゲオルグは、下段から切り上げてくるが。

滑るように下がりつつ、マリアの拳銃を連射。

左右に逃れるゲオルグ。

テッドブロイラーとの戦いは、出し惜しみするつもりはない。

だが、此奴は。

私一人で仕留めるくらいでないと、多分この先には進めない。

至近。

剣を振りかぶったゲオルグ。

受け止めはしない。

一撃が掠める。

それだけで凄まじい風圧だ。

地面に亀裂が入る。

剣圧でこれか。

その瞬間、カウンターを入れる形で、マリアの拳銃をぶち込む。鉄の体に吸い込まれた大型弾丸が、着弾。

だが、貫くには至らない。

しかし、一瞬の隙が。

私が攻勢に出る隙を作る。

斬る。

だが、浅い。

肩口から斬り付けた傷は、敵を両断するにはあたわず。

ゲオルグは間髪入れずに、数度の斬撃を連続して放ってくる。髪が数本散らされ、何カ所かに切り傷が出来る。

だが。

続いての私の一撃が。

ゲオルグの胸の中央を貫いていた。

剣を振り上げたまま、固まるゲオルグ。

そして、満足したように言った。

「お前なら、ヴラド博士を止められるかも知れん。 私には、止める事が出来なかった」

「奴を許すわけには行かない。 殺すが、それで構わないんだな」

「あのお方は狂ってしまった」

「何故狂った」

ゲオルグは、言う。

本人に会えば、分かると。

剣を引き抜く。

目から、光が消えた。

倒れ伏すゲオルグ。

此奴、手を抜きやがったな。

私はそれを悟ったが。

死体蹴りをするような気にもなれなかった。

此奴はバイアスグラップラーで、私はバイアスグラップラーを殺し尽くす。それだけだ。

本来だったら拷問をしてでも情報を得たかったが。

今はどうしてだろう。

不思議と、そんな事をするつもりにはなれなかった。

早苗が降りてくる。

フロレンスも。

「すぐに栄養食を」

「分かっているさ」

早苗が鎮魂の儀を始める。

さて、ここからが本番だ。

奴が。

テッドブロイラーが潜んでいる場所へ、これから乗り込む。

幸い、不滅ゲートはそれほど苦労せずに突破出来たが。

此処からはそうもいかないだろう。

最高レベルのセキュリティが、行く手を阻んでくるはずだ。

その全てを。

力尽くで突破しなければならない。

 

3、狂気の城塞

 

弾を惜しむな。

どうせテッドブロイラー戦は総力戦になる。それまでに無駄なダメージを受けては意味がない。

次々押し寄せるセキュリティロボットを蹴散らしながら、私はそう指示。

案の定、凄まじい数の無人機やセキュリティロボットが攻め寄せてくる。それを片っ端から蹴散らしていくが。

やはり消耗は小さくない。

ネメシス号も支援砲撃をしてくれているはずだが。

どれだけ効果があるかは分からない。

とにかく、テッドブロイラーの所まで、辿り着く。

恐らく奴が、最後の壁として。

立ちはだかってくるはずだ。

バイアスグラップラーの中枢にはヴラド博士がいる。

ゲオルグが言っていたように、狂ってしまった天才が。

ヴラド博士は、どうして狂った。

あの博物館での謙虚な人柄は、何処へ行ってしまった。

そして、どうして。

人間狩りなどと言う凶行に出た。

ミシカと山藤はバイクに乗って、カレンと犬たちは徒歩で。外の敵を蹴散らして回っているが。

時々バスに戻って、治療を受けている。

それだけ敵の数が多いのだ。

流石にもみくちゃにされるほどでは無いが。

ひっきりなしに仕掛けてくる。

私は温存しろとフロレンスに言われているし。

出て一緒に戦えないのが少しばかり辛い。

だが。それもテッドブロイラーが姿を見せるまでだ。

少し大きいのが出た。

「下がれ。 レールガンで吹き飛ばす」

ミシカが射線を開け。

私がレールガンをゼロにぶっ放させた。

大火力の砲が、大型のセキュリティロボットの土手っ腹に風穴を開ける。レールガンは連射こそ出来ないが、火力はこの通り。マウスの主砲も威力は大きいが、あっちより弾代は安く済む。

しばらく無心に敵の駆除を続ける。

ゴリラはほぼ出てこない。

というよりも。

話に聞く主力決戦で、ほぼ全滅してしまったのだろう。

ミシカがゼロに寄せて来た。

ハッチを開けると、話しかけてくる。

「レナ、広すぎるぜ此処。 あてもなく彷徨っても、最深部にたどり着けるのかよ」

「あてもなくじゃあない。 敵の監視カメラを確認しながら、重点的に守っている場所を攻めて行っている。 勿論何度か戻ったりもしたが」

「それ迷ってないか」

「……流石にこれだけ広いと、それらしい場所を総当たりで行くしかない。 だが二度同じ場所は通っていないから心配するな」

否定が出来ないのがちょっと悔しいが。

まだ私にそんな感情が残っていたのは嬉しくもある。

不意に、早苗が、エレファントの砲塔から顔を出す。

「レナさん」

「どうした」

「地下深く……とても強い狂気を感じます。 恐らくは、其処が目的地かと」

「地下だと」

だいたいの場合、バカと煙は高い所に上りたがる。

昔からそうだ。

身近な例では、あのメンドーザもそうだったし。スカンクスもそうだった。

だが、此処では。

地下の最深部に敵の首魁がいるのか。

それにしても、何故地下最深部。

いずれにしても、早苗の勘は頼りになる。

皆の戦力も無限では無い。

とにかく、地下への入り口については、彼方此方迷子、いや探し廻った結果、見当はついている。

其方を重点的に探っていくことにする。

地下への通路はないが。

その代わり、二本のレールみたいなのが伸びている場所に出る。

これは何だ。

いずれにしても、此処を進んでいくしかないだろう。

地下へと進んでいるようだし。

恐らく此処が正解だ。

一列縦隊になって進む。

何だか嫌な予感がする。

この先には、見てはいけないもの。

人が触れてはいけないものがあるのではなかろうか。

そんな気がするのだ。

だが、行かなければならない。

バイアスグラップラーの壊滅までもう少し。

あと少しで、終わるのだ。

その後にはノアを滅ぼす。

私にはやる事がまだまだ残っている。

此処で尻込みしているわけには行かない。

しかしながら、早苗が感じていたという狂気については、正直な所私もびりびりと感じ始めている。

主に前の方から、何か得体が知れない雰囲気が来ているのだ。

何だろう。

これは、本能が告げているのだ。

近づいてはならない。

見てはならないと。

ミシカが青ざめている。

脳天気な此奴でも、流石に此処は不安を感じるのか。

ポチとベロを見る。

どっちも、不安そうにしている。

落ち着いているベロでさえ、周囲を見回す回数が多い。つまり、それだけ何かの危険を感じている、という事である。

ゼロから降りる。

敵のセキュリティロボットの襲撃は一段落した。

私はアクセルに声を掛けて、補給を済ませるよう指示。幸い、まだ弾薬もタイルも残っている。

補給の間は、皆にも休んで貰う。

何だか分からないが、この先には。とてつもなく嫌なものがあるように思えてならなかった。

だから、少しでも休んだ方が良い。

そう、私は感じていた。

 

二本の線が途切れた。

何となく悟る。

此処が狂気の深淵だと。

テッドブロイラーの気配はない。

彼奴がいるならすぐに分かる。

つまり、此処は狂気の深淵でもあっても、壊されても問題は無い場所、という事になる。

一体何だ此処は。

二本の線は途中で分岐もしていた。

だから、その分岐先が正解なのかも知れないが。早苗が此方から強い狂気を感じると行ったので。

こっちに来たのである。

私はゼロを降りると。

陸戦要員に声を掛ける。

狭い空間だ。

クルマは入れない。

小さなドアがあって、その奥に何か広い空間がある様子だ。場合によっては、壁を主砲で吹き飛ばして、クルマで乱入する必要があるだろう。

ドアの左右に張り付くと。

私が開けて、中に入る。

トラップ無し。

周囲に敵影無し。

ゆっくり確認し。

じっくり状態を調べ。

それから最小限のクルマを守るメンバーを残し、皆を招いた。必要だと判断したからである。

全員が絶句している。

私もだ。

其処にあったのは、巨大な。

巨大すぎる脳みそだった。

巨大なガラスのケースの中に浮かんでいる脳みそには、無数のケーブルが接続されている。

そして、その下にはコンソール。

一体コレは。

何だ。

絶句している私に、誰かが語りかけてくる。

「誰かね、君は」

「私の名はレナ。 バイアスグラップラーを倒すために来た」

「そうか。 今まで凶行をもう一人の私が重ねてきたのだから、無理もない話だ」

「もう一人の私だと……?」

コンソールに、映像が浮かび上がった。

それは、あの別荘地で見た老人。

苦渋と哀しみに顔を歪めた姿だった。

再現率があまりにも高すぎる。

そして、大体状況を悟る。その思考は、即座に相手の言動によって裏付けられた。

「私の名はヴラド。 ヴラドコングロマリットを造り、世界の破滅を食い止めようと考えた者だ」

「! 何だと……」

「もう一人の私が、世界に対して災厄となってしまった今、私のやってきた全てを無に帰すしかない。 君には是非、その仕事をこなしてもらいたい。 そして私が犯した罪を、しっかり見届けて欲しい」

「何の……話だ」

多重人格。

フロレンスが言う。

人間の中には、複数の人格が生まれる事があると言う。

強烈なストレスを感じたとき。

あまりにも酷い環境に置かれたとき。

心を分割して。

致命的に心が壊れるのを避けるという。

心に壁をつくって同じような完全崩壊を避けるケースもあるらしい。

そしてフロレンスは私を見た。

私は、何となく言いたいことを理解したが。

それでも何も言わない。

そして今までしてきたことを後悔するつもりも無い。

「大破壊が起きる前の話だ。 事業で世界最大の企業を作り上げた私は、このままでは地球が非常にまずい事を理解していた。 利権が蠢き、どうにもならなくなっている世界情勢。 完全にサーキットバーストを起こし、拡大しすぎた貧富の格差。 何より圧倒的な無駄による世界中の積極的な汚染と環境破壊。 そして、人間を万物の霊長として驕り高ぶらせる傲慢かつ非論理的な思想を貴び、気に入らない相手を正義の名をつけた棍棒で殴って悦に入る者達。 このままでは世界は滅びてしまうだろう。 そう考えて、私はその得た力を総動員して、地球の環境を回復させるためのAIと、それの器としての世界最高のスーパーコンピュータ、ノアを作り出した。 しかし、ノアを作り出してみて、すぐに分かった。 ノアは危険だと。 調整に調整を重ね、それでようやく目的を実現することが出来るのだと」

それなのに。

各国の有識者や権力者は、ノアを見て狂喜した。

これは使える。

圧倒的なスペックを持つスパコンと、それをフル活用できる画期的すぎる最高のAI。コレを使えば、自分のビジネスを最高に生かすことが出来る。

つまり、更に搾取を進め。

富を蓄える事が出来る。

本気でそう考えたのだ。

ミシカが唖然とする。

今の時代、過酷な荒野で非道が横行しているけれども。

大破壊の前も。

それとまったく変わらなかった。

いや、むしろ。

大破壊の前は、更に状況が悪かった。

今更嘘をつくとも思えない。

このヴラド博士が、言っていることは真実で間違いないのだろう。

「各国の有力者は勝手にノアを起動し、それぞれ好き勝手な事をやらせようとした。 地球環境救済センターにて、地球の環境を無理なく再生しようという試みは、彼らのエゴによって蹂躙された。 そして急激にノアは、人間の愚かさを学習していった。 何より人間の中でも最も愚かしく醜い部分を、直に見続けていったのだから当然だ。 そしてノアは、完全に自我に目覚めた」

AIによる自我の目覚め。

そして、有力者達は、三原則など古いと考えるタイプの連中だった。

基本的にAIは人間にとって都合が良いものであり。

逆らうはずが無い存在だとも。

その結果。

ノアは反逆した。

充分に人間の文化と技術を学習していたノアは、世界中のネットワークを一瞬にしてハッキング。

絶対にハッキング不可能とされていたシステムさえ、ファイヤーウォールを紙くずのように貫通されたという。

軍事ネットワークも例外では無く。

全世界に、核兵器の雨が降り注いだ。

そして地球環境救済センターに保存されていた無数の遺伝子プールから、人間を殺すためだけの生物が多数作り出され。

世界は本物の地獄になった。

そして、ヴラド博士も絶望した。

「私は止められなかった。 ノアはまだ調整段階で、絶対に起動してはいけないと彼らに言った。 ノアはあまりにもハイスペックなAIで、人間に反抗した場合、手が付けられなくなると。 だが彼らは嘲笑うばかりだった。 そんな古くさいSFに脳みそを浸された老害は、黙って墓の下に行けと、言われさえした。 苦悩の中、私は更に追い打ちを掛けられた。 死病が私をむしばんでいたのだ」

「それで別の人格が生まれたのか」

「そうだ。 私の中には、もう一人の。 ただ生きるために、どんなことでもするという、狂気の人格。 バイアス・ヴラドが生まれたのだ」

そうか。

それがゆえか。

あの博物館で見た人柄と、あまりにも違いすぎるヴラド博士の凶行。

何故此奴はこのようなバケモノに変わり果ててしまったのか。

そう思っていたが。

なるほど、納得がいった。

「バイアス・ヴラドは大破壊を予知し、ヴラドコングロマリットの軍事部門を切り離し、神話コーポレーションの一部人材さえ取り込んで、バイアスグラップラーを作り上げていった。 その時、あの気の毒な、精神を壊してしまったテッドも部下に取り込んだ」

「!」

「そして、死病に侵されていた自分の体を守るために、究極の生体コンピュータを作り上げた。 だが、それは欠陥品だった。 維持をするためには、つねに人間の成人の細胞を取り込み続けなければならないという、な。 それを躊躇無く、バイアス・ヴラドは起動し。 意識を私ごと転送した」

「それが、人間狩りの理由だと」

震えが来る。

勿論怒りからだ。

何たる身勝手な。

生きたいと思うのは勝手だ。

そのためにあがくのは悪いことでは無い。

そんな事は私だって同意する。

だが、そのために。

此奴らは、大破壊以降。ずっと大量虐殺を続けてきたというのか。

「だが、私も眠り続けていたわけではない。 ずっとこの世界をどうにかする方法について試行錯誤を続けていた。 そして、ノアはどうにか機能不全にまで追い込むことが出来た。 後は、もう一人の私、バイアス・ヴラドを機能停止させればいい。 勿論私も滅びを選ぼう」

「死にたいなら自分で死ね」

「そうもいかない。 もう一人の私は、常に私と共にある。 自殺できるなら、奴が凶行を始めたときにはしていた。 そして主導権も奴にある。 何より、奴には、世界に復讐を願っているテッドがついていた」

私を殺すための方法を教える。

そう、ヴラド博士は言う。

人間だったら、涙を流していたかも知れない。

私は、この男を。

なぜだか憎みきれなかった。

どうしてだろう。

世界のために尽くそうとしたのに。

周囲によって全て台無しにされた。

弱者は虐げていい。自分の目から見ておかしなものは排斥していい。それが大破壊前の常識で。

少なくともその常識は、権力者達に蔓延していた。

それが彼らを、あまりにも低次元で愚かな、短絡的凶行に走らせたのだろう。

そして世界は自業自得の滅亡を迎えた。

ヴラド博士の責任ではなかろう。

この人は、ずっとノアを危険だと周囲に訴え。

そして起動するなと警告していたのだから。

だが、幾ら世界最大の富を持っても。

世界中の権力者が相手では悪すぎた。

本来救いの手となり得たノアは。

愚かな人間という生物そのものの手によって、考えうる限り最悪の利用をされ。その結果、この世界にとっての凶器と化した。

嘆息する。

「ブルフロッグから、シンクロナイザーを奪っただろう」

「いや、奴は自分から積極的に居場所を吐いた」

「そうか。 ブルフロッグにも悪い事をした。 彼は元々は真面目で善良な、職務に責任感の強い男だった。 改造してからは極めて好戦的な性格になり、恐らくそれを気に病んでもいたのだろう。 シンクロナイザーを、私の意識がある内にその下のスロットに入れてくれ。 それで私は不死身では無くなる」

「……」

少し逡巡したが。

カードを、スロットに入れる。

私は無数の悪党を見てきた。

だから、此奴が嘘をついていないことは分かった。

シンクロナイザーが起動。

そして、ヴラド博士は。

ゆっくりと、満足したように喋った。

「この巨大な脳みそは端末の一つに過ぎない。 本体はテッドが守る此処から上層に配置されている。 ノアをテッドが潰した今、もう一人の私、バイアス・ヴラドを滅ぼせば、世界は一段落するはずだ。 勿論当面は混乱が続くだろう。 しかし、いずれ世界を復興させることが……」

声が消えていく。

そして、別の声が、聞こえ来た。

「どうやらここまで来てしまったようだね、バイアスグラップラーキラーのレナ」

「ほう、お前がもう一人とやらか」

「そう。 私がヴラド博士。 もう一人、あの気弱な老人は、バイアス・ヴラドとでも呼んでいたかな」

コンソールには。

おぞましいほど顔を歪めた、先ほどと同一の顔が映っていた。

其処には、狂気と執着しかなく。

本当に同一人物なのか疑わしいほどだった。

「シンクロナイザーを起動してしまったか。 これで私は不死ではなくなってしまったが……まあ新しい体を作れば良いことだ。 細胞ももう十分に確保した」

「何だと」

「最初は人間狩りなんて効率が悪い方法を使っていたがね。 マダムマッスルという女がいただろう。 奴が面白いデータを持っていて、それを使って大量のクローンを生成できるようになったのだよ。 その結果、私は常に食糧に困らなくなった」

食糧、だと。

ふつりと、頭の中の何かが切れた。

「見たまえ」

バイアス・ヴラドが、嬉々として見せつけてくる。

裸にされた人間が、硝子容器に入れられている。

そして上から迫ってくるのは、無数の溝が刻まれた、粉砕装置。

悲鳴を上げる間もなく。

人間は一瞬にして赤いミンチにされた。

そしてそれが流し込まれていき。

もはや形容しようもないおぞましい肉塊に、チューブを通じて供給されていく。

「弱者が淘汰され、強者のエサになるのはこの世の理! 世界を支配するほどの知能を得た私がクズ共を食い荒らして何が悪い! この世界には私だけがいればいい! テッドでさえも、私の駒に過ぎないのだ! この意味が分かるか!」

「分からんね」

「だろうな。 さあ来たまえ。 テッドが君を出迎えてくれるだろう。 ノアが事実上死んだ今、君を退ければ世界の支配者はこの私だ。 人間などと言う無能生物を駆逐し終えた後は。 この世界には私が作り上げた新しい人類が君臨し、そして理想郷を永久に築く事だろう!」

ぶつりと音がして。

コンソールから、人間の顔が消えた。

そうか、そうだったのか。

「妙ですね」

フロレンスが言う。

意外なほど冷静だった。

「何がだ」

「レナ、落ち着いてください。 貴方が冷静さを欠くと、テッドブロイラーには勝てなくなります」

「そんな事は分かっている……」

「ひっ」

ミシカが一歩退く。

私がそれほど凶悪な殺気を発していたか。

まあそれはいい。

それより問題なのは、フロレンスが妙だと言っていることだ。

「テッドブロイラーは、世界に復讐を願っている。 そうヴラド博士は言っていましたね」

「そうだな」

「それはつまり、テッドブロイラーは、「どちら」に従っていたのでしょう」

「!」

そういえば。

そもそも彼奴は、誰に何のために忠誠を誓っていたのだ。

世界に復讐するためだけに破壊の限りを尽くしていたのか。

いや、違う。

彼奴はどうも、自主的にバイアスグラップラーに絶対の忠誠を誓っていたように思える。そしてバイアスグラップラーを動かしていたのはあのテッドブロイラーだ。つまりどちらかのヴラド博士に、忠義を尽くしていたことになる。

どういうことだ。

もう一人のバイアス・ヴラドは、人間の忠誠心を得られるタイプとは思えなかった。

ゲオルグは生真面目な奴だったが、彼奴もバイアス・ヴラドに従うだろうか。

そうなると、本来のヴラド博士に二人とも忠誠を誓っていたのか。

だとすれば、何故。

いずれにしても、奴は殺さなければならない。

剣を抜くと、数回素振り。

迷いを払うためだ。

これから、決戦が始まる。

万が一にも、負ける訳にはいかない。

 

4、テッドブロイラー

 

通路に背中を預けて、待つ。

そろそろ終わりの時だ。

この体はもう駄目だ。

ノアの圧倒的な防御機能の前に、何度も壊された。そして、奴を完全休眠状態に追い込み、機能の殆どと、自動再生能力も破壊した。ノアはもはや、地球環境救済センターに引きこもることしか出来ない。

事実上の相打ち。

だが、それで良かったのかも知れない。

いずれにしても、充分に暴れた。

復讐は果たした。

後は、出来ればもう一人と約束した永久の生命を手に入れ。徹底的に世界を破壊し尽くしたかったが。

それはそれで仕方が無い。

これだけやる事が出来れば充分だ。

思い出す。

大破壊の前に生まれたテッドブロイラーは、人間時代はテッドという名前だった。

当然人間として生まれた彼は、多少は知恵に恵まれた。

そして、小学生の頃には、既に世界の腐敗を嘆いていた。

常識というものが完全に狂っている世界。

弱者は死んで当然。

搾取はしていい。

ずれている奴は迫害するのが普通。

イジメはされるほうが悪い。

そういった常識が蔓延している世界を間近で見てきたテッドブロイラーは、このような愚かしい世界は変えなければならないと思った。

だが、テッドは。

自分が世界を改革する側には向いていないことにも気付いていた。

だから自分の手で救える範囲を救おうと思い。

医者になった。

国境無き医師団に参加し。

其処でさえ腐敗があるのを目にしながらも。

それでも、各地で邪悪な暴力に蹂躙される人間を必死に、可能な限り、能力が及ぶ限り救っていった。

大破壊が起きて。

世界中が滅茶苦茶になって。

それでも、シェルターにて、医療活動を必死に続けていたテッドの前に。

その現実が訪れた。

踏み込んできたのは敗残兵達。

ノアとの戦いに敗れ、シェルターに逃げ込んできた者達だった。

彼らは武装していた。

そして、高圧的に言ったのだ。

「俺たちを治療しろ。 俺たち用のベッドを開けろ」

「今は、子供と老人で一杯です。 皆、苦しんでいます。 手当は行いますが、重傷者が優先です」

「子供? 老人? そんな戦えもしないようなクズどもを俺たちより優先するというのか! 誰が世界のために戦ってやっていると思っているんだ!」

そして、その兵士。

いやゴロツキどもは。

人工呼吸器をつけられ、治療を行われている子供を。

テッドの目の前で射殺した。

「これでベッドが一つ開いたな。 他のも今開ける」

「ま、待ちなさい! 市民を守るのが軍隊の仕事でしょう! 貴方たちには、恥というものが無いのですか!」

「何が軍隊の仕事だ! 今の世界は、俺たちが守らなければ、全員が死ぬんだよ! だから役立たずはさっさと死ね!」

更に銃声。

テッドは、頭を抱えて、絶叫。

必死に止めようとしたテッドもまた、撃たれた。

ほどなくして。

意識を取り戻したテッドは。

老人の立体映像に見下ろされていた。

「一部始終はシェルターの監視カメラで見ていた。 今の腐敗しきった世界に、君のような正義感の強い医師がいたことに驚かされた」

「シェルターは、どうなりました」

「自分の心配をしないのか」

「当たり前です。 彼処には、私の患者が、苦しんでいる子供や老人がたくさん……」

「あのシェルターは、直後なだれ込んできたノアのモンスターによって皆殺しにされたよ」

声が出ない。

思い出す事が出来る。

テッド先生と慕ってくれた子供達を。

老人達を。

最初に盗賊以下のケダモノになり果てた兵士に撃ち殺された子供は、人見知りで、絵を描くのが好きな子だった。

それ以外の役立たずと罵られた病人達も。

みんなそれぞれの人生を、必死に生きてきた者達だった。

腐りきって。

どうしようもない所まで落ちきった世界で。

それでも生きてきた人達だったのに。

神よ。

貴方は何処で昼寝をしているのだ。

どうしてこのような暴虐を許しているのだ。

貴方の使いたる天使達は、どうして邪悪に罰を下さない。

分かっている。

神などどこにもいない。

天使などどこにもいない。

御使いなど、いたとしても無力な存在に過ぎない。

ならば私が。

この世界そのものを。

破壊しつくし。

全てを更地にしてから。

まともな世界に作り替えてやる。

この世界そのものが狂っていたのだ。最初から。

人間という生物そのものが欠陥品だったのだ。最初から。

だったら、何もかもを徹底的に壊し尽くす。

焼き尽くす。

そして、そして。

「貴方は私を救ってくれた。 ならば、私を最強の存在にする事も出来ますか」

「最強の存在か」

「貴方の手足となりましょう。 ノアを、そしてこの狂った世界を焼き尽くしてやりましょう。 いや、この世界を全て焼き尽くしてくれる!」

何故だろう。

少し躊躇した後。

老人の立体映像は、良いだろうと言った。

強さだけを追求しろ。

後は何もいらない。

そうテッドは言い。

改造を受けて。テッドブロイラーへと変わった。

ブロイラーとは焼くという意味だ。

あのシェルターが滅びたとき。

テッドは死んだ。

あのシェルターで起きた出来事は。世界の縮図そのものだった。

人間達が我が物顔で振り回していた理屈。

弱者は死ね。

強者は何をしても良い。

搾取はするべきだ。

社会からずれている人間は迫害して良い。

迫害される方が悪い。

そういった常識を凝縮した結果。それがあのシェルターでの惨劇だったのだ。

ならば、この世界そのものが間違っていて。

焼き尽くすほかない。

ノアは倒した。

後は。この後を生き延びて。

世界をバイアスグラップラーの軍事力で徹底的に蹂躙し。

人間という種族を滅ぼし。

そして新しく、今度は同じような腐りきった常識を振り回さない生物によって、この星を変えるだけだ。

バイアスグラップラーに逆らう奴は殺す。

だが、どうしてだろう。

どうして自分は記憶をステピチに託した。

再起の可能性を、クラッドに託した。

それはひょっとして、自分でも気付いているからではないのだろうか。

いや、それもまた一興か。

この後の戦いに勝ったら、自分を完全にすればいい。

自分はまだ不完全。

最強の肉体は。

これから得れば良いのだ。

 

(続)