最悪の場所

 

序、決戦の後

 

辺りには、屍が山と積み上げられていた。

ノアの主力部隊との決戦の結果である。

煙を噴いて倒れているのは、巨大な人影。確かアラモジャックだとかのコピー品だとかいう、ノアの切り札。

そして、あのテッドブロイラー様でさえ。

全身に凄まじい傷を受け。

血を流して立ち尽くしていた。

ステピチは、何度か立ち上がろうとして失敗する。

愛車のバイクは完全に壊れた。

もう直すのは不可能だろう。

この人外の戦場に立っていただけでも、ステピチは後々まで自慢できるかも知れない。オトピチも、何とか生きていた。

敵の用兵は巧妙を極めていた。

多段の縦深陣で此方を徹底的に疲弊させた後、本命の全戦力を叩き付けてきたのだ。

流石はノア。

人間を知り尽くしている。

そして、テッドブロイラー様を主力とするバイアスグラップラーの全軍団は、それと真正面から決戦をし。

結果はこれだ。

ノアの軍勢も壊滅。

バイアスグラップラーの主力部隊もほぼ全滅状態。

今、クラッドがバイアスシティに、わずかな生き残りと共に戻り、増援を期待出来ないか調べているようだが。

恐らくは無理だろう。

周囲には、生きているSSグラップラーはいない。

かといって、これ以上兵を出せば、バイアスシティの守りが空になる。

それだけは避けなければならない。

幾らゲオルグと不滅ゲートがあり。

内部は鉄壁の要塞とは言っても。

ものには限度があるからだ。

見回す。

テッドブロイラー様しかいない。

ゴリラも殆ど残っていなかった。

何とか、歩いて行く。

テッドブロイラー様は、血を吐き捨てると、此方を見た。

「お前達だけか」

「そのようザンス。 テッドブロイラー様、すぐに回復槽へ」

「無用。 ノアに時間をくれてやるわけにはいかない」

「そんな!」

ノアの主力部隊はこれでこの世から消滅した。

だが奴は、時間を掛ければまた兵力を増やすだろう。

その速度は、恐らくバイアスグラップラーが戦力を整えるより早い。

ならば今。

叩き潰さなければならない。

地球救済センターはすぐ側だ。

テッドブロイラー様は、ボンベのガスや、体の状態を確認していたが。それだけを済ませると、そのままセンターに潜っていく。

ステピチは。

追うことが出来なかった。

もう、戦う力など、残っていなかったからである。

司令部に戻る。

がらんとしていた。

最後の一兵まで、戦場に出たのだ。最後はクラッドが指示を一人で出していたようである。

それだけではない。

司令部の周辺も焼け野原。

周辺に配置されていた、デビルアイランドにあるような、オリジナルと同等の性能を持っていた親衛隊ゴリラさえ。

破壊され。

内部に乗っていたSSグラップラーは全員黒焦げになっていた。

アラモジャック2とでもいうべきか。

奴の戦闘力が、あまりにも桁外れすぎたのだ。

テッドブロイラー様の攻撃でさえ防がれた。

何度もテッドブロイラー様が地面に叩き付けられるのを見た。

アラモジャックが放ったビームは。

後方にあった中継拠点を、一撃で灰にした。

一撃だけで、どれだけのゴリラが消し飛んだか分からない。

ステピチとオトピチだって、攻撃を食らっていたら、まず助からなかっただろう。

文字通りの決戦兵器。

あんなバケモノをまだ保有していたとは。

ノアが焦りもせずバイアスグラップラーの兵を此処まで進ませるわけである。

或いは、オリジナルのアラモジャックよりも戦闘力は高かったのかも知れない。あの異常な実力を考えると、それもあり得た。

回復槽に、足を引きずりながら入る。

しばらく無心で回復をする。

回復槽は、カプセル状になっていて。丁度中で眠ることによって、体力だけではなく、傷も急速回復させる。

だが人間には効果が強すぎる。

テッドブロイラー様や、ステピチのような強化人間でなければ、体が破裂してしまう程に回復するのだ。

周囲には、もう誰も生きていない。

ノアのモンスターさえも。

だから、休む事そのものは、何ら問題が無い。

しばしして。

動けるようになったので、回復槽を出る。

テッドブロイラー様は戻っていない。

オトピチも起きて来たので、外に出て。

そして見た。

無数のスカベンジャーが、死骸を漁りに来ている。

ノアのモンスターではなく、大破壊後の世界で異常進化した動物たちだろう。それらが、死んだSSグラップラーや、ノアのモンスターの亡骸を漁っている。

スカベンジャーは動物だけではない。

何処かのハンター崩れらしい連中や。

おそらく、ハンターそのものも。

めぼしい残骸を漁っていた。

あまりにも浅ましすぎる。

おぞましすぎる。

今まで、様々な地獄を見てきたはずだった。

ある街では、周辺の強力なモンスターになすすべがなく、トレーダーも来ず、ハンターも助けに来られず。

食糧がなくなり。

子供を交換し合って食べていた。

別の街では、もはやどうしようもない状況に絶望した人々がカルトにはまり。

ドラッグを使った乱交パーティにうつつを抜かし。

守りが完全に空になった隙に賞金首モンスターに乗り込まれ。

皆殺しにされた。

皆殺しにされた経緯は、日記で知った。

ステピチが旅をしているときに、滅ぼされた村を発見して。

それで見たのである。

一人だけまともだった人間が書き残していたのだが。

彼は排斥されていた。

神に仇なす不信心者。

そう罵られ。

石まで投げられていたという。

結果、村は全滅。

自分たちは正しいと信じ。

異端を排斥して悦に入っていた連中は。

何もかもを巻き込んだあげくに、滅んでしまった。

それが現実だ。

そして、今。

此処にも、この世の現実が拡がっている。

「兄貴ー」

「放っておくザンス」

「何だお前ら。 残骸拾わないのか。 トレーダーに高く売れるぞ」

話しかけてきたのは、顔の左半分がごっそりない男だ。

こんな世界である。

傷くらい顔にあるのは当たり前。

此奴も、その点では同じというわけだ。

ステピチも自分の手を汚してきた。此奴と容姿は兎も角、経歴では同じだなと自嘲してしまう。

「バイアスグラップラーも終わりだな。 ブルフロッグが死んだって話も聞くし」

「! 詳しく!」

「何だ、知らないのか。 ハンターズオフィスから、ブルフロッグのポスターが剥がされてやがった。 例のバイアスグラップラーキラーのレナが殺ったらしいぜ。 奴らの拠点のデビルアイランドも陥落したって話だ」

「……」

愕然とするが。

男は残骸漁りに戻っていく。

もうステピチにも興味を失ったようだった。

やがて、めぼしい残骸を漁り終えると。

人間達はさっといなくなり。

後は、死肉を漁る動物どもが残った。

一匹、此方を威嚇してきたので。

一撃で打ち殺す。

悲鳴を上げて吹っ飛んだ熊のような動物は。

体重一トン近くありそうだったが。

それでも、今のステピチの敵ではない。

万全の状態ではないとしても、である。

わなわなと震えるのが分かる。

これは、どういうことだ。

レナが大胆な攻勢に出てくることは、察しがついていた。テッドブロイラー様は、念入りに準備をしていた。

それなのに。

どうして防げなかった。

「兄貴ー。 レナ、凄く強くなってるみたいだね」

「そうザンスね。 でも、テッドブロイラー様の敵じゃないザンス」

「おれ、そうでもないと思う」

「何?」

オトピチは、ステピチに対しては本音を言う。

ステピチも、それに対しては怒らない。

オトピチは頭が悪い。

だが、本質を見抜く目には長けていて。

真実を、ズバンと射貫くことがある。

それで何度も助かったことがある。だから、ステピチは、何か思ったことがあったら、すぐに言うようにとオトピチに言っていたし。

オトピチも、ステピチが自分を馬鹿にしないことを知っているからだろう。

何か感じ取ったら。

すぐに言うようになっていた。

「テッドブロイラー様は強くてかっこいいけど、でもあんなに怪我して、更にノアとも戦いにいったんだよ。 きっと、もっと酷い怪我する。 勝ったとしても、もう昔の強さは発揮できないんじゃないのかな」

「そんな。 確かに、それもそうザンスけれど」

「兄貴ー。 前から言おうと思ってたんだけれど。 もうバイアスグラップラー、抜けた方が良いかもしれない」

「!」

オトピチは、言う。

結局人間狩りに荷担してしまった。

マダムマッスルの所での話だ。

ステピチは、汚れ仕事に手を染めさせられた。

今までもダーティーワークはあったが。

関係無い人間を射殺したのはあれが初めてだった。

のし上がろう。

そう思っていた。

だが、エレガントで格好良い悪党どころか。

近づいていくのは。

邪悪。

取り返しがつかない悪事に手を染め。

血だらけの足跡を残し続ける、救いようが無いゲス外道。

だけれど、抜けるのにしても、どうすればいいのだろう。

動物たちは、明らかに自分たちよりも強いステピチとオトピチを避けて、死体漁りに夢中になっている。

その命が。

一瞬にしてかき消された。

炎が、全てを薙ぎ払ったのである。

悲鳴さえ上げることをかなわず。

炭クズになって崩れ落ちていくスカベンジャーの群れ。

炎の中から歩いて来るのは。

人外の巨漢。

テッドブロイラー様だ。

思わず跪くステピチ。

オトピチも、それに倣った。

テッドブロイラー様は、凄まじい傷を受けていた。

そして、感じる。

オトピチの言葉が当たった。これは、恐らく致命傷を受けてしまっている。治癒には、デビルアイランドの設備が必要だろう。

「勝利ザンスか? 流石ザンス」

「いや、引き分けだ」

テッドブロイラー様は、不機嫌そうに言った。

ノアには、何とか辿り着いたという。

凄まじい猛攻をかいくぐって、致命打も与えたという。

だが、そこまでだった。

ノアは休眠モードとかいうのに入り。

再生能力さえ失ったものの。

強力極まりないバリアで全身を防御。

更に休眠モードに入った事で、組織的にモンスターを動かす能力を失ったという。

再生能力を失った事もある。

何処かのバカが再起動しない限り、もはや動く事は無いだろうし。

再起動したところで、出力の5%も発揮できない。

酔狂なハンターが出向けば。

或いは時間を掛けて、完全破壊が可能かも知れない。

いずれにしても、ノアは事実上死んだ。

だが其処までで、テッドブロイラー様も全身に致命打を受けていた。

一目で分かる。

無敵を誇った肉体が。

無惨に傷ついている様子が。

「すぐにバイアスシティに戻るぞ」

「分かりましたザンス。 しかし、そのお体では」

「ブルフロッグの奴が心配だ。 俺だったら、このタイミングでデビルアイランドに攻撃を仕掛ける。 もしもレナの実力が想定を上回るものになっていたら、デビルアイランドが陥落しているかも知れない。 そうなると、回復槽だけでは、この傷は癒やしきれないだろう」

「……言いにくいことザンスが」

何だ、とテッドブロイラー様が顎をしゃくったので。

先ほど聞きかじったことながらと付け加えて。

そして告げる。

デビルアイランドの陥落を。

テッドブロイラー様は、しばし無言で。

しかし、目には凄まじい怒りを宿していた。

「そうか、其処まで成長していたか」

「如何なさいます、ザンス。 テッドブロイラー様でも、そのお怪我は……」

「迎え撃つしかあるまい。 レナは恐らく、此方の戦力が壊滅した事を確認するために、拠点を攻撃するはずだ。 恐らくデスクルス辺りを狙って来るだろう。 彼処にはあれを配置しているが、それでもどうにかなるかは微妙だな……」

あれか。

ステピチも話は聞いている。

SSグラップラーの量産と同時に生産され。

そして配置された。

出来れば顔を合わせたくない相手だが。

顔を合わせることはもうあるまい。

捨て石。

そうせざるを得ない。

助けに行く義理など無いし。

何よりも、ステピチとオトピチも、愛車を失ってしまい。更に体のダメージが無視出来ない状態なのだ。

テッドブロイラー様はガスも使い果たしてしまった。

今の雑魚どもの掃討で、である。

だから護衛しなければならない。

幸い、指揮拠点に中破したバギーが残っていた。

連絡用に持ってきていたものだが。

こんなものしか、クルマがないのだ。

三百機のゴリラが威容を誇っていたのは、一体いつのことだったのだろう。ほんの数日前の事だった様に思える。

それが、戦いが激化する内に、どんどん兵力が削られて。

ついに此処まで来てしまった。

バイアスグラップラーは壊滅だ。

戦力の再編成には、長い時間が掛かるだろう。

そしてあのレナが。

それを見逃す筈も無かった。

「テッドブロイラー様ー。 体、痛くないですか?」

「うん? 心配してくれているのか、オトピチ。 俺はもう痛覚というものを捨ててしまっていてな。 痛みは感じるが、記号としてしか認識していない」

「そうなのかー」

「そうだ。 お前達、良く生き残ったな。 ブルフロッグについてはバイアスシティで確報をとるとして、その後の事を考えなければなるまい」

バギーが荒野を行く。

もう、バイアスグラップラーは終わりかも知れない。

不滅ゲートはある。

ゲオルグと守備隊はいる。

もう実働戦力はそれだけだ。

だが、見捨てて逃げるというのは、どうなのだろう。

そのような事をするのが、エレガントで格好良い悪党と言えるだろうか。

こんな荒野だからこそ。

ステピチは、人に胸を張れる悪党になりたい。

しかしながら、この現実を見てしまうと。

もはやその言葉は、虚しく風にながれるばかりだった。

 

1、連戦

 

此処にいたか。

私は、サンディマンディの居場所について、情報を聞き出していた。幾つかに絞って目撃された地点を調べ上げ。

そして、ついに見つけ出したのだ。

奴が砂を盛り上げるようにして、人型を取って行く。

その巨体は、文字通りの天を突くもの。

だが、虚仮威しだ。

「早苗」

「はい。 私が攻撃する地点を、集中的に狙ってください」

「よし、皆その通りにしろ!」

エレファントが火力投射を開始。

荒れ狂う巨人に、主砲が叩き込まれる。

最初は余裕の形相だった巨人だが。

ほどなく、余裕が顔から失われていき。此方に、膨大な砂を叩き付けてくるようになった。

バカが。

それは、自分が今弱点を突かれていて。

このままだとまずいから、反撃をしている。

そう言っているようなものだ。

ミシカがヴードゥーバレルを叩き込み、敵の巨体全体にグレネードを浴びせかけ。

その隙に、一点集中で火力投射。

見る間に、砂の体積が減っていく。

サンディマンディが、哀れなほどに顔を歪め。

逃げようと、緩慢に動き出すが。

無駄だ。

私が打ち抜いた一撃が、決定打になった。

サンディマンディが崩れ落ちる。

そして、其処には。

球体が残っていた。

ノアが作り出したモンスター。

砂を大量に集めて、巨人の姿を採って相手を襲わせる。

そんな存在。

どうしてか、前は目撃例も希だった、という話だったのに。

今では人を襲う頻度が激増。

私に退治依頼が来ていたのだ。

ただ、サンディマンディの正体が知れないことは、ハンターズオフィスの方でも把握していたようで。

倒したと言うことを確認するためにも、監視員が来ていた。

遠くから双眼鏡で覗いているのは。

10式戦車に乗ったハンターズオフィスの人間。

私は皆の損害を確認する。

膨大な砂を浴びせかけられたのだ。

それなりのダメージはあるかと思ったが。

むしろ車体のメンテナンスが必要だとアクセルがいうくらいで。

人的被害はほぼなかった。

この辺りは砂漠だが。

砂が割れたガラスのように殺傷力を持っている本来の砂漠と違い。

この辺りは人為的に砂漠になった場所。

こんな所の砂は、そのような性質を持っていない。

むしろ、サンディマンディは。

虚仮威しの巨人で。

周辺の人間を脅かし。

ストレスを与えるためだけに、ノアが作り出したものではないのだろうかと、私は正体を見て思った。

早苗が不思議な事を言う。

「見上げ入道、見越した」

「うん?」

「古い時代に伝わっていた怪異です。 実態はないのに、どんどん大きくなっていくのです。 しかし、見越した、つまり正体を見破ったと宣言すると、途端にその力を失い、消えてしまう」

「なるほど、まるで此奴そのものだな」

早苗が頷く。

つまり彼女なりのやり方で、サンディマンディを葬った。或いは弔った、というわけなのだろう。

ハンターズオフィスの職員に、壊れた球体を渡す。

これでサンディマンディは片付いた。

後この近辺に出没する賞金首は、ダイダロスとホバリングノラ、そして軍艦ザウルスか。

ダイダロスは、補給を済ませてから片付ける。

賞金額六桁の要塞級戦車だが。

それでも今の戦力ならばやれるはずだ。

一旦モロポコに戻り。

ハンターズオフィスで賞金を受け取ってから、クルマの整備に掛かる。

その時、妙な話を聞かされた。

「これだけの賞金首を潰している貴方にだから話しますが、この近辺に珍しいクルマがあると言う話です」

「珍しいクルマ?」

「何でも、どのクルマにも似ていない、非常に珍しい代物だそうでして。 設計図だけが発見されて、それっきりだそうです。 本物も、或いはこの近辺にあるかも知れませんね」

「また何とも曖昧な話だな」

いずれにしても。

デスクルスに仕掛ける前に、この近辺で、活動をしている賞金首は潰しておく必要がある。

軍艦ザウルスとホバリングノラは、近辺とは言っても、出現場所がレインバレーだ。此処から距離があるからいい。

問題はダイダロスで。

最近、急激に活動を活発化させており。

近辺を通ったトレーダーに、砲撃を浴びせかけている。

そうなると、賞金額六桁賞金首の脅威が現れる。

少なくとも、危険すぎて放置はできない相手に変わった、という事で間違いは無いだろう。

イスラポルトの腕利き達も、狙い始めるかも知れないが。

しかしながら、流石に要塞級戦車だ。

一チームだけのハンターでは、勝負は難しいだろう。

数が揃う前に。

モロポコなり、他の街なりが蹂躙される可能性も低くない。

早めに撃破するには。

我々が出るしか無い。

一通り話を聞いた後。

アクセルの所に行く。

早苗とケンを交えて、クルマの整備についてアクセルは話をしていた。

私が来ると、状況を説明してくれる。

「あの砂男、見上げ入道だったか。 散々砂をクルマにぶち込んでくれて、壊れはしなかったが手入れが面倒だぜ」

「どれくらい掛かりそうだ」

「一日あればなんとかしてみせる」

「分かった。 その間に私は、周辺のモンスターを狩ってくる」

ミシカとリン、カレンと山藤にも声を掛ける。

犬たちは、この間のブルフロッグ戦でダメージが大きく、まだ動きたくないようなので、今回は連れていかない。

私の方は。

力を少しでも使えるように、慣れておかなければならない。

「リン、私のバイクを使え。 今回私は徒歩で戦う」

「構いませんが、徒歩?」

「そうだ。 力に慣れておきたい」

モロポコ近辺だけではなく。

ここ数日、急激にモンスターが凶暴化している。

賞金首だけではない。

まるで箍が外れたように。

手当たり次第に周囲を襲っているのだ。

脅威度が大きい賞金首モンスターから排除しているが。

それはあくまで、順番の問題。

クルマを整備している現在。

徒歩で出られる面子が、雑魚を処理しに向かうべきだった。

途中、見かける。

以前、仲違いして、血を見るところまで行きかけた三兄弟だ。

向こうも此方に気付いたようで、軽く挨拶してきたので。挨拶を返す。

そのまま、三兄弟はそれぞれ軽戦車に乗って、何処かに行った。手頃なモンスターを狩りに行ったのだろう。

まあ、仲直りが出来たようで何よりである。

しばらくは、モンスターを狩る。

既にこの面子なら、軽戦車くらいなら充分生身で相手に出来る。

山藤も勘を掴んだのか。

肉弾戦では、その恵まれた体格を生かして、縦横無尽に暴れ回っていた。

そろそろこれは、私がいつも使っているバイクをくれてやってもいいかもしれない。

ミシカと同レベルくらいの活躍はしてみせるだろう。

私はもう。

バイクもいらない。

燃料切れにさえ気を付ければ。

バイクよりも速く動く事が出来るからだ。

しばしモンスターを狩り続け。

刎ねた首を集めて、ずた袋に放り込み。

適当な所で切り上げる。

カレンが咳払い。

「どうだい、調子は」

「悪くは無いな」

「食べさせるようにとフロレンスに言われているからな。 帰ったら、しっかり食べて貰うぞ」

「分かっている」

とはいっても。

食欲がない。

何というか、他の欲求も薄れてきている。

当然の副作用だろう。

こんな動き、制限付きでも出来るようになっているのだ。代償がないのは、あまりにもムシが良すぎるだろう。

黙々とモロポコに帰還。

後は、たんまりと。

嫌になるほど、肉を食わされた。

 

一日掛けてメンテナンスを終えてから、ダイダロスの撃破に向かう。

ダイダロスは、以前は西にある巨大施設群を見張るようにして止まっていたそうなのだが。

ここ数日は、それをすっかり忘れたかのように。

彼方此方動き回って。

更に見境無しに攻撃をしていると言う。

ハンターズオフィスの手練れが見張りをしているそうだが。

生きた心地がしないそうだ。

ただ、前はモンスターの軍団を従えていたダイダロスが。

今はどうしてか、修理用と思われる小型の機械ばかりを従えているとかで。

以前は陸上艦隊の旗艦という雰囲気だったのに。

今では孤立無援の状況らしい。

ならば、好機とも言える。

奴は何かしらの理由で、任務を放棄して、何をして良いか分からないでうろついている状況なのだろう。

そういう状況こそ。

狩る好機だ。

現地に到着。

見張りをしていたのは、ハンターズオフィスに雇われたハンターだが。

息をひそめるようにして、岩陰に戦車ごと隠れていた。

これでもパンターにのったそれなりの腕前のハンターだろうに。

要塞級戦車の威容の前には、流石に縮み上がるしかなかったのだろうか。

「やっと来てくれたか!」

「状況は」

「見ての通りだ。 奴め、まるで血に飢えた獣だ!」

青ざめながら言うベテランのハンター。

かなりの年配の男性で、長い事ハンターとしてやってきていることが分かる。彫りが深い顔は、それだけ苦労の数を刻み込んでいるようだった。

ダイダロスは、巨大な主砲と無数の副砲、大量の機銃を全身から生やし。

その周囲には、ドローンらしき無人の修理機械を浮かべている。

つまり現在は、戦艦とその護衛戦闘機だけ、という状況だ。

これならば、何とかなる可能性が高い。

私は手を横に振り。

全クルマを展開。

フォーメーションは、デビルアイランドに仕掛けたときと同じ。

重戦車で壁を造り。

後方から戦車未満が支援する。

接近戦組は、隙を見て仕掛ける。

以上だ。

鶴翼に陣を組むと。

そのまま、クルマが進み始める。

それと同時に、見張りをしていたハンターは飛び退き、パンターに乗り込むと、距離をとった。

私が負けたら。

自分も危険にさらされるから、だろう。

まあ気持ちは良く分かる。

だが、それで良いのかハンター、

良いのだろう。

あの年まで、この過酷な世界で生き延びたのだ。

そうして、憶病すぎるくらいだったからこそ。

今まで生きてこられたのだろう。

それを責める気は無い。

ダイダロスが此方に向き直る。

そして、威圧的に、巨大な無限軌道を軋ませ、此方に進み始めた。

同時に、ウルフが砲撃開始。

更に、全車が展開を開始。敵を半包囲するべく、陣形を微調整。

半包囲を維持したまま、全機が攻撃を開始する。

後方からは、バギーと装甲車も支援開始。

だが、火力投射を浴びても、ダイダロスは余裕の姿勢を崩さない。

私は無言のまま、敵の周辺にいるドローンを対物ライフルで撃破していく。さっきから迎撃レーザーで、かなりの数の砲弾を撃ちおとしていて、鬱陶しいと感じたからだ。

ダイダロスが主砲発射。

ウルフに着弾。

凄まじいバック。

タイルを一撃でごっそり持って行かれた。

流石に要塞級戦車。

大したものだ。

だが、此方も、それ以上のバケモノと戦ったばかりである。

負けてられるか。

距離が縮まった分、此方の火力も更に上がる。

エレファントから連射される主砲が、敵の装甲を容赦なく抉り取り。

レオパルドのミサイルが、敵の全身に降り注ぐ。

流石に要塞級戦車でも、この火力の前には、慎重にならざるを得ない。その筈なのだが。どうしてかダイダロスは、更に無謀に突撃してくる。

マウスが主砲を叩き込み。

敵の装甲に貫通弾。

激しく爆発した。

敵も残った武器をフルに叩き込んでくるが。

それでも、冷静に陣形を維持したまま、火力をありったけぶち込んでいく事で、突進は押さえ込まれ。

程なく無限軌道も破壊され。

擱座。

後はそのまま適切な距離をとり。

ウルフが敵の正面に陣取って主砲を受け止めつつ。

他の車両で、集中投射を続けた。

それでもかなり長時間耐えたダイダロスだったが。

頃合いを見て私が突貫。

ミシカがヴードゥーバレルで支援砲撃。

犬たちも。

そしてバイクで突貫した山藤が、マウスの主砲で開いた穴に迫撃砲を叩き込み。カレンが、装甲に蹴りをぶち込む。

装甲が拉げる。

もうタイルが残っていないのだ。

其処へ、私が抜剣。

敵の上空に躍り出ると。

一閃。

着地。

主砲から、後方の装甲までを、一気に切り裂いていた。

爆裂するダイダロス。

妙だな。

炎上する巨大戦車を見やりながら、私は思う。

これはひょっとすると。

ノアに何かあったのではあるまいか。

さっそく嬉々としてダイダロスから戦利品を奪えないか漁りはじめるアクセルは放って置いて、他の皆には周囲の警戒を指示。

フロレンスが、此方に来た。

「力を最小限に抑えましたね」

「使えるようになって来たからな。 此奴との戦いでは、味方が危ないようだったら前に出ようと決めていたが、結局ギリギリまでその機会はなかった」

「何よりですが、妙ですね」

「お前もそう思うか」

フロレンスが頷く。

そも、此奴は多分だが、バイアスグラップラーの本拠を見張っていたはずなのだ。それなのに、何故こんな訳が分からない暴走を始めた。

ひょっとしてだが。

ノアに何か起きたのだろうか。

可能性は否定出来ない。

人間を無差別殺戮するように配下のモンスター達に指示しているノアだが。

それは緻密な戦略の下行っている筈だ。

バイアスグラップラーの本拠を見張るために、精鋭の賞金首クラス複数を配置しているのもその戦略が故。

それならば何故。

此奴は、あてもなく彷徨ったあげく。

麾下の軍団さえも従えず孤立し。

こうやって撃破された。

自殺でもするつもりだったのか。

アクセルが嬉しそうに来る。

何か見つけたのだろう。

「機体は派手にぶっ壊れてるが、複数あった主砲の一つだけは使えるな。 ダイダロスのだから、ダイキャノンとでもするか」

「火力はどれくらいでそうだ」

「300ミリクラスは余裕で出る」

「それならばマウスに積むか。 マウスに積んでいる主砲はティーガーに移そう」

いずれにしても、これで後はデスクルスを攻略するだけだ。

嬉々としてバスを使って残骸の牽引を始めるアクセルだが、此奴はダイダロスを壊した事だけを喜んでいて、その異常行動には気付いていない。

もしもノアに何かあったのだとすると。

バイアスグラップラーが世界を支配することになるのだろうか。

それだけは避けなければならない。

勿論ノアも滅ぼさなければならないが。

バイアスグラップラーが勢力を取り戻したら、それこそこの世の終わりだ。あのデビルアイランドで見た光景が、拡大再生産される事になる。

しかも世界中で、だ。

この世は地獄以下になり。

そして世界は終焉の時を迎えることになるだろう。

バスに乗ると、クレーンがダイダロスの主砲を積み込む様子をぼんやりと眺めやる。巨大な主砲で、動く要塞とも言えるマウスにぴったりの巨大砲だ。

此奴の火力があれば。

かなりの大型賞金首にも、致命傷を与えられるだろう。

元々マウスには主砲一つしか搭載しないつもりだったのだ。

これだけ強力な主砲なら。

むしろ都合が良い。

とりあえず。これで近辺の強豪賞金首は一掃された。そして初の六桁賞金首討伐に成功である。

相手のコンディションが最悪だったとは言え。

勝ちは勝ちだ。

その勝ちを得られたのは。

今後のために、大きな資産となるだろう。

次は、デスクルス。

バイアスグラップラーがノアとの決戦でどれだけ弱体化したか。

確かめさせて貰う。

 

2、この世の悪夢

 

デスクルスは、ぽつんとそこにあった。

街と言うには無理がある。

塀で覆われているが。

トレーダーさえ入らない。集落だが、全てが自己完結してしまっている。こういう場所は、街とは言いがたい。

何というか、閉鎖空間とでもいうべきだろうか。

食糧などの自給はどうしているのか。

或いは地下などで動物やモンスターを飼育して、それで食いつないでいるのか。

水は。

浄水設備があるのか。

此処がバイアスグラップラーの拠点の一つであることは既に調べがついているが。

あまりにも不審な点が多すぎる。

と言うよりも、トレーダーに聞いたのだ。

彼処にだけは行くな、と。

何でも、商売で入ったトレーダーが一人も帰ってこないとか言う話で。しかも、出てきた人間は発狂している。

そんな状態では、誰も行かないのは当たり前だ。

ただし、周辺に侵攻を掛けたり。

人間狩りの拠点になっている様子も無い。

何がしたいのかは正直分かりかねる。

それが、遠くから、双眼鏡で覗いていて抱いた感想だ。

バイクに跨がったミシカが、声を掛けてくる。

「どうする? 正面突破?」

「様子を見に行く」

「此処からでも見えるだろ」

「いや、近くで確認したい」

どうも妙だ。

見張り台はたくさんある。まあ今の時代、守りを固めるのは当然だろうし、それは不思議では無い。

問題は、外を見張っているのでは無く。

中を見張っているように見える、という事だ。

クルマ全機発進。

威圧的なクルマの壁を作って、デスクルスに近づくが。

野砲で攻撃してくることもなく。

ミサイルも飛んでこない。

ますます不審だ。

此処はバイアスグラップラーの本拠に近い拠点だろうに。

どうしてこうも簡単に接近を許す。

小首をかしげていると。

入り口近くまでついてしまった。

中から出てきたのは、小太りの男。

手もみまでしながら、此方に接してくる。

「これはこれはハンターさん。 平和の街デスクルスになんの御用でしょうか」

「此処がバイアスグラップラーの拠点である事は分かっている。 踏み入らせて貰おうか」

「そんな、乱暴な」

「死にたくなければ其処をどけ」

私としても、バイアスグラップラーに容赦をするつもりは微塵もない。

そもそも生かして返すつもりもない。

クルマ達が、周囲を包囲。

特に入り口は、ウルフが固めた。

ミシカが、容赦なく周囲に眼光を向けながら。

しかし、どうも乗り気では無い様子だ。

あっさり相手が手を上げたこと。

何よりも、相手が武装していないこと。

それが原因らしい。

「なあレナ。 流石に武装していない相手を一方的に殺すのは」

「相手がゲスである事を確認してから、だろう。 分かっている」

「……」

ミシカが真顔で黙り込む。

この間の、デビルアイランドで見た光景。

あれを思い出したのだろう。

あの時私が皆殺しにした連中は非武装だったが。

皆殺しにされて当然の連中だった。

というか。

誰かが殺さなければならなかった。

野放しにしておけば、どれだけでも世界に害をばらまき。

あらゆる全てを踏みにじっていっただろう。

非武装でも、殺さなければならない相手はいる。

それは事実だ。

昔、文民統制というものがあったらしいが。

その結果、世界が良かったかというと、それはノーだ。

実際問題、ノアによる大破壊直前の世界は、文民統制によって動いていたらしいのだけれども。

その世界は、今の時代とあまり変わらない、地獄に近いものだったと聞いている。

結局の所、文民がやろうが暴力組織がやろうが。

その組織に所属する人間に、良心がないと地獄と化す。

そうなのではないかと思える。

もっとも、良心があっても地獄になるだろうし。

結局の所、人間という生物そのものが欠陥品なのでは無いかとも思えるが。

その点だけはノアと同意見かも知れない。

もっとも、だからといって好き勝手に殺されてやるつもりは無いし。

彼奴らを殺した事を、何ら後悔などしていないが。

此処も同じだ。

ましてや此処は。

私が見たところ、血と狂気の臭いがする。

剣を抜くと、中に入ろうとするが。

屈強な男達が数人、進み出てきた。

「待ってくださいな、バイアスグラップラーキラーのレナさん」

「私の素性を知っているか。 それで貴様らは」

「この街の管理をしている者にございます」

どうみても筋者だが。

まあそれはいい。

街に入るためには、リングをつけなければならない、というルールがあると言い出すのだ。

首輪のようなタイプだが。

一目で悟る。

罠だ。

「ほう。 ではどうしてお前達はこのエンジェルリングとやらをつけていない。 その懐に隠し持っている装置は何だ」

「!」

「これがリングか」

集中。

一閃。

瞬時に奴らが持っていたリングを、奪い取る。

残像を造りさえもしなかった。

これくらいなら、今は出来る。多少は消耗するが、今は精神力にまだまだ余裕がある。

構造をちらっと見たが、どうも鍵か何かを使わないと外せないタイプだ。

青ざめている屈強な男達。

私はアクセルに、リングを放った。

「何か分かるか」

「高出力の電撃が流れるようになっているな。 恐らくは、これをつける事によって、住民を縛っているのだろう」

「そうか。 では遠慮も容赦も必要ないな」

「お待ちください!」

いきなりの。

土下座である。

首を刎ねてやろうかと思った私だが、流石にコレは面食らう。

ミシカもカレンも呆れている。

屈強な男達が、私にいきなり土下座である。

そして、奥からは。

虚ろな目で、浮浪者同然の者達が、此方を見ていた。

「抵抗はいたしません! ど、どうか殺すのだけはお許しください!」

「……」

「此処は、我々も支配の対象なのです! バイアスグラップラーの息は掛かっていますが、しかしそれは上層部だけ! そもそもこの街は、こういう場所なのです!」

「意味が分からん」

土下座している中で、一番大柄な。

禿頭の男が、頭を地面にすりつけるように話し始める。

元々此処は、大破壊前から刑務所と呼ばれる場所だった。

犯罪に手を染めた人間を収監するための施設で。

周囲に軍事設備がないのも。

内側に向けて監視が行われているのも。

そのためだ。

大破壊を生き延びた後。

この刑務所は、結局の所、現状維持をする事になった。

幸いなことに、一応の自衛戦力はあった。強力なモンスターに襲われそうなときは、周辺のハンターに頼んで撃退して貰った。

バイアスグラップラーの手が入ってからは。

基本的に、バイアスグラップラーの戦力が巡回するようになった。

だが、それと同時に。

慣習が、世代を重ねるごとに、先鋭化していった。

そも、刑務所としての役割は、法が死んだときに終わったのに。

看守と囚人という関係は、そのまま階級となって残った。

看守は囚人を縛るために、色々な道具を求め。

バイアスグラップラーが、リングを作り出した。

そしてそのリングを使って。囚人を縛ったが。

こんな高ストレス環境。

更に言えば、まずい食糧を生産する装置に、まずい水を作り出すポンコツ浄水器。

人間は死ぬ。

こんな環境では、早死にするのも当たり前だ。

其処でデスクルスは。

バイアスグラップラーが言う通りに。

来た人間を捕まえて、囚人にして行くようになった。

「そのためにこのリングを使っているのか」

「おかしい事をしていたのは分かっています! しかし、もう我々には、こうやって生きていくしかないのです!」

「阿呆。 普通の街と同じようにやっていけばいいだろうが。 そもそも囚人と看守というのがおかしいんだよ」

私は、リングを一刀両断。

真っ二つになったリングが、乾いた音を立てて地面に落ち。

そして爆発した。

入り口は狭くてクルマは入れないが、内部に巣くっているバイアスグラップラーを叩き潰すくらいなら充分だろう。

陸戦要員と犬を連れて中に。

外の見張りは任せる。

バイアスグラップラーの対応力を見る為に来たのだ。

私が攻撃していることは。

むしろ向こうにも知って貰わないといけない。

中を見学していく。

目についたのは、ドラム缶だ。

複数の粗末な服を着た人々が、それをひたすら無意味に押している。

何の意味があるのだコレは。

そうすると、へこへこと禿頭の大男が手もみさえしながら説明してくる。

「刑務所とはこういう場所なのです。 無意味な労働を、永遠に続けるわけでして」

「すぐに止めさせろ」

「し、しかし」

「バイアスグラップラーの指示か」

へらへらと作っている笑顔。

此奴、まだ余裕がある。

ひょっとしてだが、バイアスグラップラーの幹部クラスがいて。それで私達を排除できる自信でもあるのか。

あり得る話だ。

本拠に近い拠点である。

そうなってくれば。

例えば四天王クラスの幹部を置いていてもおかしくない。

ただ、四天王は既に三人まで仕留めている。

新しい四天王を配置したのにしては、ブルフロッグやカリョストロの状態がおかしかった事もある。

いずれにしても、警戒はしておくべきだろう。

食糧製造装置を見る。

酷い状態だ。

普通の腹の人間がこれで作られた飯を口にしたら、一発で腹をこわして、しばらく寝込むだろう。死ぬかも知れない。

しかも材料は。

地下下水道に住み着いている鼠やらだ。

こんなものを食べさせながら。

あんな無意味な労働をさせているのか。

一体此処にいる奴らは。

何をさせたい。

虐げる事そのものが目的なのか。

いや、デビルアイランドの様子を見る限り、何かしらの戦略的な意図があるとみるべきだろう。

その戦略的意図とは何か。

それを見極めないと、潰すのは難しいだろう。

ミシカが、手を引く。

「レナ、あれ」

「何々。 かすれていて読みにくいな」

「……囚人の思考力を奪い、どれだけくだらない労働でも文句を言わずやるように仕込むための方法、だってさ」

カレンが読んでくれる。

山藤が眉間に皺を寄せた。

自分たちよりガタイが良い山藤の機嫌が露骨に悪くなったのを見て、禿頭の男達が青ざめるが。

私には、大体理由が分かってきた。

なるほど、これはひょっとすると。

ノアを葬り、バイアスグラップラーが世界を支配した後の、テストケースなのではあるまいか。

ノアに何かあったのは事実だ。

モンスターの様子からしても、それは間違いない。

あのテッドブロイラーがいたのだ。

ノアでも無事では済まなかっただろう。

ともかく、バイアスグラップラーは、ノアを倒した後の世界を見据えていて。

街をどうやって支配していくか、実験をしていたのだろう。

エルニニョなどでは信託統治をさせていたが。

こういう街では、直接統治をしていた。

そしてこの街は。

元々刑務所という、極めて理想的な、支配体制を絶対化するシステムが構築されていた。

それをまるまるバイアスグラップラーは乗っ取った。

そして今後。

これを世界中で実施するつもりだったのではあるまいか。

虫酸が走る。

何処まで邪悪な組織だ。

牢に入れられている虚ろな目の人々。

解放は、まだ流石に早いか。

あのメシを作る装置も。

後でアクセルに直して貰うとしよう。

まずは、此処を支配しているバイアスグラップラーの連中を排除するところからだ。その後は、ハンターズオフィスに実態を報告。

すぐにハンターを派遣して貰い。

内部の人員を整理する。

少なくとも囚人と看守という人間関係については、これで終了させる。

そうしないと、ここに来た意味がない。

中央に、塔がある。

最後に、其処へ案内された。

禿頭の男達が足を止める。

「我々は入れません。 中へどうぞ」

「バイアスグラップラーどもは此処にいるのか」

「はい。 お願いいたします」

また土下座である。

だが、此奴らは、我々が負けると思っている。

鼻を鳴らした。

そういう考えならば。

いいだろう。

此処に巣くっている大ドブネズミ野郎の首を引きちぎって、持ってきてやるとしようか。

ドアを蹴り破る。

鉄製のドアだったが、内側へ吹っ飛んだ。

中には、バイアスグラップラーの兵士が数人。

まさかドアを、それも鉄製の奴を蹴り抜いてくるとは思わなかったのだろう。

愕然としている所に、ミシカとカレンが突入。

制圧していく。

リンと山藤が遅れて入り。

影に隠れて不意打ちしようとしていた男を、リンが真っ先に捕捉。

サブミッションを掛け、そのまま関節をへし砕いた。

「ひいっ! いでええっ!」

「拷問しますか?」

「私は上に行く。 下の制圧を続けてくれ。 拷問はその後だ」

「分かりました」

実に手際よく、リンが縄を出して、無力化した奴を縛り上げていく。

殺した奴はもうどうでもいい。

その辺に転がしておく。

禿頭の男達が、愕然としている。

まさか、こんな軽火器で。

アサルトライフルで武装したバイアスグラップラーの兵士達を、一瞬で制圧するとは思っていなかったのだろう。

しかも此方は素手が二人だ。

震えあがっている禿頭の男達は放置。

そのまま私は。階段を上がって塔を登る。

少し強い気配がある。

丁度良い。

此奴くらい一人で仕留められなければ、はっきりいってテッドブロイラーとは戦うどころではないだろう。

塔を登り切る。

何かと煙は高い所に上がりたがるとかいうらしいが。

正にそれだった。

そこにいたのは。

見覚えのある奴だったからである。

私の倍近い背丈。

滑稽な軍人の服。

四本の腕。

スカンクスだった。

「キキーッ! 何だお前!」

「クローン体か。 だが、気配が本物よりも弱いな」

「失礼な奴! 殺す! 殺す!」

跳び上がるスカンクス、いやスカンクスコピーが、重機関銃を手にした。全ての手に、である。

鼻を鳴らすと。

私は、剣を抜き放つ。

そして、相手が銃をぶっ放すと同時に。

残像を作って、天井近くまで跳び。

天井を蹴り、壁を蹴り。

銃撃がそれに追いついてくるのを見ながら、ジグザグに移動して、距離を一気に詰めた。

一閃。

まずは腕一本。

悲鳴を上げながら、右下の腕を失ったスカンクスコピーが飛び下がる。

更に集中して火力を投射してくるが。

私は携帯バリアで流れ弾を防ぎ、更に突貫。

どれくらい精神力がもつか、試しておかないといけない。

テッドブロイラー戦の良い予行演習だ。

此奴の実力は、本物の半分以下という所だろう。攻めも単調だし、何より戦闘経験値が足りない。

ただコピーされて。

そのまま置物にされていた。

そんな感触だ。

鋭く動いたスカンクスコピーが、私の突進をかわす。

冷や汗を掻きながらも、残像を作って、部屋の隅に逃げるのは流石だ。半分とは言え、四天王の端くれ。

まあこれくらいは出来ないと。

予行演習の相手にもならないか。

更に両手の銃を乱射してくる巨猿。激しい銃撃の中、スカンクスコピーが、大きく息を吸う。

だが、やらせない。

同じ技を何度も食らうか。

加速。

息を吐こうとした瞬間、胸にドロップキックを叩き込み、壁に叩き付ける。

上を向いたスカンクスコピーが、肺が破裂したことに気付いて、声にならない絶叫を上げる。

その時には、私は。

スカンクスコピーの真上にいた。

そのまま、床に突進。

必死に逃れるスカンクスコピーだが、肩から背中、尻の辺りまで、一気に斬り伏せる。

蹴りを放ってくるが、それも回避。

もう声にならない絶叫を上げながら、無茶苦茶に銃を乱射する猿のバケモノ。

私は左右にステップして冷静に銃撃をかわしつつ。

マリアの拳銃を引き抜く。

速射。

スカンクスコピーの左目を打ち抜く。

ぎゃっと悲鳴を上げて、顔を上げたその時。

私は、奴の喉を切り裂いていた。

もう一撃。

剣を奴の心臓に肋骨を避けて滑り込ませる。

しばし、立ち尽くしていたスカンクスコピーだが。

喉を切り裂いた上に。

更に心臓を一突きにしたのだ。

ひとたまりもない。

やがて、壁にずり落ちるようにして、崩れ伏した。

首をそのまま刎ねる。

呼吸を整え、周囲を確認。

もう他には潜んでいないな。

肉体的なダメージについては、軽微だった。だが、問題は精神のダメージの方だ。かなり消耗が激しい。

連続でこれだけ集中してからの加速を使ったのだ。

当たり前と言えば当たり前。

どれだけ出来るか、という実験としては。

充分すぎるほどだった。

結論としては。

まだテッドブロイラーとは戦えない。

更に実力を磨き。

しっかり自身の力を把握しなければ、難しいだろう。

いずれにしても、フロレンスから貰っているまずい栄養食を真っ先に口に放り込む。これは、力を使ったらすぐにやるようにと、散々言われているからだ。

フロレンスは普段は温厚だが、怒ると怖い。

彼女を怒らせることは、皆の生命線が断たれることを意味する。

二つ目の栄養食を口に入れている内に。

スカンクスコピーは、完全に痙攣もしなくなった。

私自身は、手を握ったり開いたりして、肉体のダメージを再確認。問題はそれほど無い。だが、継戦時間は思った以上に短い。

テッドブロイラー戦は、最近少しずつ頭の中でシミュレーションしているのだけれども。

まだ、勝てない。

口惜しいが、それが現実だ。

 

3、西の廃墟

 

私がスカンクスの首を持って塔を降りると、禿頭の男達は、完全にフリーズした後。やはり土下座した。

それしか出来ないのか。

「恐れ入りましたっ! 我々もバイアスグラップラーの支配から解放され、感無量にございます!」

「まず、囚人を解放しろ」

「はいっ! 直ちに!」

「山藤、悪いが囚人のリストを作ってくれ。 この街で囚人として生まれ育った人間と、後から此処にあのタチが悪いリングで捕まった人間の名簿だ。 出来るか」

「ああ。 姉貴はああ見えて雑なところがあるからな。 実務的な事は、昔から俺がやっていた」

頷く。

早苗は不思議な力があるが、実際問題それにかなりのパラメーターを振り分けている印象である。

実は何度か料理を振る舞って貰ったのだが。

二度と食べたくないと思わされる味だった。

早苗は大変に役に立つ技術を持っている一方で。

それ以外はいわゆるポンコツに等しい。

そんな姉を、山藤は昔から、地味に支えてきたのだろう。

ミシカとカレンで、手分けして残党の探索。

見つけ次第殺して良いと私は言っておく。

ミシカも、流石にスカンクスのコピーがいるとは思っていなかったらしく、鷹揚に頷くと、デスクルスの中を調べに行った。

リンが、まだ生きているバイアスグラップラーの連中を既に尋問し始めている。

色々えげつないやり方を、笑顔を崩さずに実施しているが。

此奴は本当に何のメイドなのだ。

或いは冥土か。

本当にメイドとは何なのか、私にも分からない。

たしなみとは何なのか、哲学にもほどがある。

いずれにしても、体に直接聞くのは、時間的にも大変短縮できて嬉しいのは事実だ。バイアスグラップラーのカスどもが話す内容は、覚えておく。

それによると、やはりこの街は、ノアを倒した後、世界を支配したときにそれぞれの街をどう支配するかの、テストケースだったらしい。

かなり先まで見据えて行動していた、というわけだ。

正直な話、反吐しか出ないが。

見苦しい言い訳をするカスども。

「お、俺たちは、言われたままにやっていただけだ!」

「そうか、死ね」

用が済めば生かしておく必要もない。

そのまま撃ち殺して、全員静かにした。

後は、死体を引きずって外に出ると、ウルフに声を掛ける。書状をその場でしたためて、モロポコのハンターズオフィスに届けてくるよう指示。念のため、早苗も護衛にしてついていって貰った。

後は、フロレンスに診察して貰う。

スカンクスのコピーがいたと聞くと、フロレンスはあまりいい顔をしなかった。

「スカンクスのコピーですか。 そうなると、ブルフロッグやカリョストロのコピーがいてもおかしくはありませんね。 最悪の場合テッドブロイラーも」

「いや、その可能性は低い。 ブルフロッグもカリョストロも、相当な実力者だったし、あれをホイホイコピーは出来ないだろう。 スカンクスのコピーにしても、実力は本物の半分程度だったし、しかも作られてから数年は経っていたと見て良さそうだ」

「珍しい楽観ですね」

「まあ最悪の予想は立てておく必要があるがな。 ただ、そんな強力なコピー幹部がいるなら、今まで前線に投入してきていただろう。 或いは、いたとしても、何かしらの理由で動けないとみるべきだ」

フロレンスは、その後は何も言わず。

栄養食をもう一セット食べるようにだけ指示。

私はうんざりしたが。

フロレンスのいう事に今まで間違いは無かったし。

何より彼女は本職の人間だ。

ならば、そのいう事を聞くのは当然である。

山藤が、リストをまとめてきた。

頷くと、まずは捕らえられていた者達を。モロポコに移送する準備を始める。三十人以上が、なんだかんだで騙されて、デスクルスで囚人としてこき使われていた。

彼らは心神喪失状態で。

此処を脱出した者が、発狂していたというのも頷けた。

だが、何とか素性は聞き出せたので。

それで良しとしよう。

以降は専門家に任せるしかない。

いずれにしても、ケン達が戻ってきてからだ。

それまでに、デスクルスでの大掃除は済ませておかなければならない。

少し寝て休む。

その後、アクセルを連れて、食糧を作る機械を見せる。

何でも直せるわけじゃないとアクセルはぼやいたが。

しばらく機械を確認した後、言う。

「これは、内部が酷い状態だ。 カビだらけで、人間の食い物を作れる状態にない」

「直せるか」

「直すというか、中を綺麗にするだけで全然違うな。 ただ、パーツは取り寄せて、いずれしっかりオーバーホールしないといけないな」

「ならば応急処置をするか。 手伝う」

頷くと、機械を分解開始。

確かに内部のパイプやらを開いて見ると、凄まじい有様だった。

ゴキブリがたくさん飛び出してくる。

げんなりである。

ミシカが見たら、かわいい悲鳴を上げていただろう。

刃物がついているパーツもあるので、慎重に機械をばらした後。アクセルが持ってきた、大型のブラシで汚れを落としていく。

酷い臭いがするので、一旦パーツは外に持っていき。

其処で汚れを洗い流した。

洗剤も使うが、何十年も使っていただろう装置にこびりついていた汚れは、ちょっとやそっとじゃ落ちない。

ヘドロ状になっている腐敗物質を見て。

これを喰わされていた人達が、発狂するのも道理だなと、私は素直に同情してしまった。

ともかく、パーツを丁寧に洗い。

徹底的に水を通して汚れを落とした後。

組み立て直す。

そして動かしてみる。

ウルフが戻ってきた。ハンターズオフィスの職員が来て、手練れのハンターも何名か連れていた。

本格的な聴取を始めるのを横目に、ちゃんとまともなメシが出てくるのを見て、私は安心したが。

いずれにしても、この街は一度、徹底的に掃除しなければならないだろう。

浄水器も確認。

此方も内部はカビだらけ。

酷いものだなと、嘆息してしまった。

 

機械を直している内に、リンが聴取を済ませてきた。相手はバイアスグラップラーではないが、今まで此処で人々を虐げていた連中だ。

容赦もしなかったようである。

それでいい。

「西の廃墟について何か分かったか」

「はい。 どうやら西に、米軍の秘密施設だった小さなビルがあるそうです。 ひょっとすると、そこに何かしら兵器があるかも」

「ふむ……」

いずれにしても、デスクルスに援軍を送ってこなかった様子からして。

バイアスグラップラーは、相当に戦力を失っていると見て良い。

此処を落とされると、本拠は指呼の距離だ。

それなのに援軍を送ってこなかったという事は。

ノアとの会戦で、主力は壊滅したのではあるまいか。

テッドブロイラーが上手く行ったら戦死してくれているかも知れないが。

流石に其処までは期待出来ないだろう。

あれは最近聞いたが。

軍艦ザウルスの上位種を、単独で倒したらしい。

笑い話では無い。

奴ならやりかねないのだ。

そんな奴が、あっさり戦死してくれるとも思えない。覚悟は、決めておかなければならないのである。

ならば、軍事施設を漁って。

何かしらの収穫があればめっけものだ。

いずれにしても、牢に入れられていた人々が解放されたのは確認。

殆どの人達は、ハンターズオフィスが持ってきたコンテナで近くの街に移ったが。

牢の中で過ごしたいという人も幾らかはいた。

これは、この街で生まれ育ったから、染みついてしまっているのだろう。

それについては、強制するつもりはない。

ただし牢に鍵を掛けることは禁止。

というか、牢の鍵は全て私が切り捨てた。

看守が好き勝手をするのも今後はできなくなる。

囚人の方が多いのだから、当たり前だ。

いずれこの街は、時間を掛けて普通の街になって行くだろう。

ダイダロスとサンディマンディがいない今、ハンター達が攻勢に出ている。多くのモンスターが処理されている。

ホバリングノラと軍艦ザウルスは此処からかなり離れた所に生息しているし。

デスクルスがまともな街になる条件は、もう整っているともいえた。

ただしそれも。

バイアスグラップラーが盛り返したら、全てが台無しだ。

兎に角今は。

時間を有効活用しなければならない。

デスクルスでの作業が一段落したところで、また車列を組んで西に向かう。例の軍事拠点を探すのである。

砂漠が続く。

モンスターも多い。

だが、それ以上に問題だなと感じたのは、南に見える谷だ。

あれが、酸が降り続けている谷か。

彼処を抜けないと、敵本拠には近づけない。

クルマの酸に対するコーティングはいいのだが。

流石に白兵戦要員は外には出せないだろう。

人間の体そのものは、酸には結構耐性があるらしいのだが。

装備がもたないのだ。

手をかざして見るが。

谷は分厚い雲に包まれていて。

内部の様子がまったく見えない。

あの中にはメルトタウンという街があるらしいのだけれども。

ノアのモンスターがおかしな動きを見せている今。

無事だと良いのだけれども。

兎に角、今は西だ。

米軍は色々な遺産を各地に残していったが。それは必ずしも良い方向で使われているわけではない。

あのバイアスグラップラーも。

米軍の残党を取り込むことで成立した組織なのだ。

それを考えると。

人々を虐げるために、その凶悪な武装が使われている、とも言える。

しかし機械は所詮機械。

使う人間次第だ。

米軍の兵器を此方で入手できれば。

大きなアドバンテージを得られる。

見えてきた。

小さなビルだが。周辺にいろいろな施設がある。ひょっとすると、これは思った以上に当たりかも知れない。

ただし、砂没している。

ビルそのものが、完全に砂に埋もれているのだ。

「これは、まともにビルの中の機械類が動くか分からないぞ」

発電機はあるようだけれど。

電気が通っていても、これではアクセルが言う通りだ。

ぼやくのも無理は無い。

というのも、このビル自体が、砂に沈み込んでしまっている様子なのだ。かなりの階層が、砂に埋もれている。

こんな状態では、特に精密機器ほど、まともに動くとは思えない。

兎に角入って見る。

中は狭苦しいが。

所々、モンスターに殺されたらしい人間の白骨死体が残されていた。迷彩の軍事服も、時間が経てば完全に色あせる。

骨に申し訳程度にこびりついた服の残骸は。

砂にまみれていて。

モンスターに食い千切られもしたのだろう。

もはや、服として使えそうになかった。

早苗が黙々と、遺体を運び出して、荼毘に付し始める。それについては、早苗に任せることにする。

私はビルを調べる。

エレベーターは動いていたが。

しかし車両用のものではない。

白兵戦メンバーだけで、一番下から調べて見るが。

これといった強力な武器は無い。

少なくとも、戦況をひっくり返すような武器は無いというのが実情だ。

アサルトライフルや狙撃用ライフルはあるが。

そんなものは、もっといいグレードのものを手元に持っている。

アズサやマドに自衛用武器として送ってしまうために回収はするけれど。

それだけだ。

ただ、途中で、リンが妙なものを見つけた。

一番地下の階層。

何か、砂から少し出ているのである。

だが、砂を無理に掘り出すと、盛大に崩落しかねない。少しばかり、悩みどころだ。

「何かあるな。 恐らくはクルマの一部だと思うが」

「いっそ崩落させるか?」

「ふむ、それも手か」

カレンの提案は現実的だ。

そもそもクルマだとしても、運び出せるエレベーターがないし、崩落に怯えながら掘るのも現実的では無い。

それよりも、一旦崩して。

埋まった所を掘り出した方が良いだろう。

磁石などで方角を確認。

大体の位置に当たりをつけた後、天井に時限式の発破を仕込む。

全員建物から出て、かなり距離をとってから爆破。

衝撃波が拡がり。

そして、一気に建物周辺が陥没した。

元々脆弱どころか、砂の地盤である。それを無理矢理地下で支えていた建物が崩落したのだ。

後はどうなるか。

建物があった分、砂が落ちるだけだ。

しばらくは崩れるのを遠目に確認して。

やがて、完全に崩落が止まった時点で、掘り返しに掛かる。

とはいっても、そのまま掘り返しても、ザルで水をすくうのと同じである。

バスのアタッチメントでブルドーザーにし。

砂をまずかき分けるところから始める。

そして、周囲の砂を広範囲にわたって避けて行き。

掘り出していった。

他のクルマにもアタッチメントで同じものをつけて。

効率よく作業をしていく。

そうすると、半日ほどで。

それが姿を見せた。

元々、それほど深くは埋まっていなかったのだろう。

何というか。

不可思議なクルマだ。

バイクに形状は似ているのだが。

全体的な話。

サイズとしては、普通に重戦車クラスである。

腕組みして、小首を捻ってしまう。

「何だこれは。 見た事も聞いた事も無いぞ」

「俺も見た事がない」

アクセルが、クレーンで引っ張り出したそれ。

仮にバイク戦車とでも呼ぶべきかよく分からないものを、じっと観察する。一応動くようなので、バスの動力源から電気を供給。

面白い事に、ハッチが開いて。

中にはいることが出来た。

中には死体もなく。

その代わりマニュアルがあった。

早苗が手を振っている。

どうやら此奴が出てきた辺りから、死体が出たらしい。

軍人のものらしく。

階級章から見て、かなりの高級軍人のようだった。

「何か手がかりはないか」

「特に何も。 荼毘に付しておきます」

「……分かった」

早苗が何も言わないという事は。

幽霊だとかそういうものはもういなくて。

何も聞き出せない、という事だろう。

他の死体とまとめて荼毘に付し、鎮魂の儀を始める早苗を横目に。アクセルはマニュアルを読み込んでいたが。

読み終えても、やはり分からないようだった。

「どうやらこれは、大破壊の直後に作られた戦車らしい。 当時混乱していた中、各地でノアに対抗する手段を色々な人物が模索していて。 そうやって作られた戦車の一つだそうだ」

「つまり、最新鋭のものだと」

「しかし作る設備もなく、最小限のものしか作れなかった、とあるな。 デカイバイクくらいにしか使えそうにない」

デカイバイク、か。

機動力に極振りした戦車なのかと聞くと。

アクセルはそれも難しいという。

「そもそもこれは、戦闘用車両として作られたものではないようだ。 そこそこの耐久力はあるが、これに乗る人物、マニュアルには大佐とあるが。 その大佐のために作られたクルマのようだな。 だけれども、この建物の有様だと、さっきの死体がその大佐で、クルマは使われずに砂に埋まっていた、という認識で良さそうだ」

「そうか。 ならば我等で有効活用しよう。 何か武装は」

「一応あるが、癖が強いぞ」

ハッチを開いたまま、アクセルが操作する。

動力に関しては問題ない。

一度起動した時点で、もう半永久的に動くという。

それは大変に結構なのだが。

問題はその後だ。

クルマはそもそも、無限軌道が一つしか無く。走らせてみると、あまり速く動くわけでもないし、小回りがきかない。

その代わり。コックピットとでもいうのか。

とにかくハッチの左側についている強力な砲は。

見た事も無い形状だった。

試射してみる。

弾丸は普通のものなのだが。

発射する瞬間、がくんと蓄積電力が減るのが、計器を見ていても分かった。

ぶっ放された主砲は。

遙か遠くの地面に着弾。

巨大な爆炎を噴き上げる。

コレは凄い。

300ミリクラスか、それ以上の火力だ。

「ゼロブラスター、だそうだ。 原理的にはこの大砲の中で電磁加速をして、弾を発射するらしい。 レールガンと呼ばれるものらしいな」

「聞いた事も無いな」

「俺は聞いた事がある。 大破壊前には、そこそこにあった武器らしいんだが、とにかく電気を大量に食うのが問題で、電気の確保が出来なくなっていった大破壊の後は、どんどん廃れていったそうだ」

「電気、か」

確かに今の時代。

電気は非常に貴重だ。

それを大量に使うとなると、この砲は、要塞砲並みの火力を出せるとしても、あまり使い路がないだろう。

ただ、一撃必殺の主砲としては使えるかも知れない。

他に武装は積めそうかと聞いてみると。

アクセルは首を横に振る。

「これはもうカスタマイズしようがない。 そもそもオンリーワン型のクルマだ。 大佐という人物が、半ば趣味だかやけくそだかで作ったとしか思えない代物だしな。 手を入れるとしたら、一度分解するしかないだろう」

「分かった。 そんな暇は無い。 もうこのまま使おう」

「それが賢明だと思う」

Cユニットについては、現状汚染されている様子も無いが。

当然処置はしておくという。

全て任せる。

いずれにしても、バイアスグラップラーはもう兵を出す余裕が無いのも確実。恐らくは、このまま敵本拠地に仕掛ける事が出来るだろう。

だが腐ってもバイアスグラップラーだ。

不滅ゲートという強力な門があると言う話も聞いている。

これは前から噂ではちょくちょく聞いていたのだが。

デスクルスにいた連中から、リンが聴取をとって、確実になった。

いずれにしても、酸が降る谷を越えた後。

其処に辿り着かなければならないが。

完全に崩落したビルを見やる。

このクルマにしても、誰に使って貰うか。

装甲も分厚くないようだし、やるとしたらやはり装甲車やバギーと並べて、一撃必殺の主砲で敵の要所を叩く、くらいだろう。

エレファントは早苗にそのまま任せるとして。

私が必要な時に、ほぼ固定砲台として使うか。

それで構わないだろう。

いずれにしても、もう此処には用が無い。一度モロポコまで戻って、それから酸の雨が降り注ぐ谷と。その中にある街へと行く準備を整えなければならない。

バイアスグラップラーに何が起きているのか。

それも確かめなければならないだろう。

情報をしっかり得た方が勝つ。

それは自明の理。

戦いの中で、散々身を以て学んできた事だ。

そして、今。

バイアスグラップラーののど元に。

ついに手が届きつつある。

手を見る。

テッドブロイラーを斬る。

まだ実力が足りない。

それは分かっているが、どうにかするしかない。

時間を掛ければ、バイアスグラップラーは、その戦力をすぐに回復させるだろう。スカンクスのコピーがいたくらいなのだ。

四天王クラスの怪人を作り出す事さえ、時間さえあればやってのける筈で。

それを許すわけには行かない。

「補給を済ませ次第、レインバレーに向かう」

全員に、それを告げておく。

誰も、それに対して。

異論は述べなかった。

 

4、黄昏の始まり

 

デビルアイランド陥落。

ブルフロッグ戦死。

テッドブロイラー様と共にバイアスシティに戻ったステピチは。不滅ゲートで、ゲオルグからそれを聞かされた。

不滅ゲートはがらんとしている。

多くの人間が死んだ。

ノアとの決戦で、テッドブロイラー様は、近衛やSSグラップラーを全員連れていった。その全員がほぼ帰れなかった。

ステピチとオトピチだって、運が良く生き延びたに過ぎない。

同じような実力の持ち主は何人もいて。

それら全員が死んだのだ。

テッドブロイラー様でさえ、激しく傷ついた中。

生き延びたのは奇蹟に等しかった。

クラッドが、情報を淡々と分析して。

そして結論を出した。

「レナによるものでしょう。 あれからレナは更に戦力を増やし、重戦車六機による攻撃を仕掛け、ブルフロッグ様を討ち取ったようです。 シンクロナイザーも相手の手に渡ったと見て良いでしょう」

「まずいな」

「すぐに回復槽に! レナは恐らく、すぐにでも攻めてくるザンスよ!」

慌てるステピチだが。

テッドブロイラー様は、不動の彫像のように、まるで動じていない。

むしろ状況を楽しんでいるようにさえ思えた。

「ゲオルグ、レナが不滅ゲートを突破出来る可能性は」

「念のために全力で防御しますが、ノアの軍勢でさえ追い返したこのゲートを破る方法は存在しないかと」

「念のためでは無く全力で守れ。 相手はノアのデク人形どもではなく人間だ。 いや、もう人間では無いかも知れないが、いずれにしてもどのような奇策を使ってくるか分からんぞ」

「それは承知しています」

当然の話だが。

ステピチでさえ知っている。

この不滅ゲートに仕掛けたハンターは今までにも存在しているが。

その圧倒的火力を前に、近づくことさえ出来ず、逃げるか、その場で消し炭になるか、どちらか二択だった。

だが。聞いた事がある。

難攻不落の要塞と呼ばれたものは。

大体全てが、劫火に焼かれて滅びていったと。

そうなると、不滅ゲートもそれは同じだろう。

「クラッド、残った戦力は」

「SSグラップラーは二十名ほど。 今生産をしようとしていますが、資材が殆ど残っていません。 ゴリラは無事に動かせるものが三十機いないでしょう。 恐らくは、まともに動くものとなると、十機ほどかと」

「そうか。 ならばゴリラは固定砲台として配備しろ。 俺はこれから、ヴラド博士に状況を説明してくる」

「分かりました」

ステピチは、一緒に来るようにと言われ。

そして、ついていくことにした。

オトピチもついてきたが。

それをテッドブロイラー様は咎めなかった。

バイアスシティの中には電車があり。

それを使って移動する。

「テッドブロイラー様。 回復槽は……」

「これはもうどうにもならん。 もし治すつもりなら、年単位で回復槽に入らなければならなくなる」

「それほどのダメージを」

「腐っても世界を一度滅ぼしたバケモノを相手にしたのだから、このくらいは安いと言うべきだろうな。 だが、どういうわけか知らないが、一度誰かに叩き潰されて、休眠モードになっていた形跡があった。 つまり、前はもっと強かったんだろうな」

誰かとは、誰だろう。

大破壊の後には、伝説的なハンターが何人もいた。

それらの誰かだろうか。

だが、ノアのモンスターが露骨におかしな動きをし始めたのは、テッドブロイラー様が奴に致命傷を与えた後だ。

そして殺しきれなかったとは言え。

もう人間の手が届く存在に墜ち果てたはず。

傷は受けたが。

それに見合う結果は出た。

ステピチは口をつぐむ。

テッドブロイラー様は戦いを好む。

だから、何かのための戦い、ではなかったのだろう。

それでも、この人が。

世界を滅ぼしたノアに決定打を与え。

そして人類が勝つ目を作ったのは事実なのだ。

レナは恐らく来る。

不滅ゲートで追い返せる、等というのは楽観に過ぎない。

そんな楽観で押し通れるくらいなら。

この世はこんなに楽では無い。

電車が止まった。

こんな深くの駅には、ステピチもまだ来たことが無い。ついてくるように促されて、そのまま一緒に行く。

そして、深淵まで潜り。

見た。

震えが全身に来る。

オトピチも、すくみ上がっているようだった。

テッドブロイラー様は、「それ」に跪いている。

そして「それ」が、重苦しい声を発した

「来たか。 結果を聞かせてくれないか」

「は。 ノアには致命打を与えましたが、完全防御態勢とでもいうべき状況に入られ、完全破壊は出来ませんでした。 しかしながら外部リンクや無限再生装置については完全破壊を実施。 もはやノアはモンスターを操ることも、人間の使うコンピュータをハッキングすることも出来ないでしょう」

「そうか。 ならば後は、時間さえ掛ければ完全破壊が可能だな」

「御意」

これほどテッドブロイラー様がへりくだるのを、ステピチははじめて見た。

この存在こそが。

バイアスグラップラー主席。

最強の存在。

この悪の組織を作り上げ。

そして今まで人間狩りという最悪の凶行を続けて来た張本人。

ヴラド博士。

大破壊前にはヴラドコングロマリットという世界最大の「企業」を作り上げ。

そして大破壊の後も。

その圧倒的な実力によって。

バイアスグラップラーを作り上げ。

支配を続けてきた。

複数の武装組織が消滅していく中。

バイアスグラップラーはそれら残党を取り込み。技術も取り込んでいき。そして今の圧倒的第一位の座を揺るぎないものとした。

「しかしながらバイアスグラップラーの戦力もほぼ壊滅。 これより俺は迎撃をするべく、準備に取りかかります」

「迎撃か。 例のレナかね」

「は。 ブルフロッグを打ち破った話、既にお聞き及びかと思います」

「分かった。 良いように」

礼をすると、テッドブロイラー様は下がる。

従って、ステピチも、オトピチを促して、その場から下がった。

何だあれは。

狂気の塊だ。

あんなものに、バイアスグラップラーは従っていたのか。

あんなものが、人間狩りをさせていたのか。

混乱して、わからない。

今後どうすれば良いのか。

本当にこのまま、この組織にいて良いのだろうか。

テッドブロイラー様は、理想とする姿だが。

どうしてあのようなものに従っている。

あれは、もとはヴラド博士かも知れない。

だけれども、今は。

もはや。

電車に乗る。

ぼんやりとしていると、テッドブロイラー様に、声を掛けられた。

「ステピチ」

「はい! なんザンスか」

「お前はバイアスグラップラーを離れろ」

「!」

テッドブロイラー様は言う。

バイアスグラップラーは、もはや終わりだ。

絶句する。

まさか、テッドブロイラー様が、そのような事を言うとは。

圧倒的な実力と自信で。

全てをねじ伏せてきたこの人が、そのような事を言うのは、本当にどうしてなのだろう。ノアとの戦いで、何か思うところがあったのか。そうとしか考えられない。どれほどの強敵であっても、嬉々として戦いを挑んでいたのに。

ノアはそれほどの凶悪な敵だったのか。

テッドブロイラー様は、笑み一つ浮かべず言う。

「俺の話をしてやろう」

「テッドブロイラー様の、ザンスか」

「そうだ。 俺は大破壊の直前に生まれた。 まだ文明が世界中を覆い、人類が万物の霊長だとか抜かしていた時代だ。 俺はそこそこ頭に恵まれてな、医者になることが出来たが、大破壊が起きた」

その後の凄惨な出来事。

テッドブロイラー様が、破壊の権化になる切っ掛け。

その全てを聞かされる。

絶句しかない。

この人が、魔となる訳だ。破壊神が産み出されてしまうわけだ。

ある意味、この人も。

復讐鬼だった、という事なのだろう。

それも、対象は世界そのもの。

そしてその世界の歪みの根元こそ、ノア。

「対して見て分かった。 ノアは人間そのものだった」

「……人間。 ノアが」

「そうだ。 ノアは言った。 自分は尊い存在で、万物の霊長だと。 この世でもっとも進化した存在で、世界で一番偉い生物だと」

「コンピューターがお笑いぐさザンス」

テッドブロイラー様は笑わない。

ステピチも笑えない。

今、聞かされたからだ。

その壮絶な過去を。

「奴の言葉を聞いて、俺は悟った。 結局の所、ノアという存在は、人間が作り出した鏡そのものだった。 人間は緩やかに世界を破壊し尽くしていったが、ノアは一瞬で世界を破壊した。 それだけの違いしかなかった。 ノアは人間の文明の集大成であり、人間という生物を極限まで凝縮した存在だったのだ」

「そんな、テッドブロイラー様は」

「お前達は、体こそいじくったが「まだ」人間だ。 ここから先は俺とゲオルグの趣味の戦いになる。 ヴラド博士に至っては、俺と意識を共有している。 あのお方は、全てが終わったときには、もはや何も恨むまいよ。 「もう一人」については分からんがな」

電車が止まる。

そして、不滅ゲートに降りた。

ゲオルグが、何か引っ張り出してきた。

それは。

サイドカーつきの、大きなバイクだった。

顎をしゃくって、テッドブロイラー様は言う。

改めて見ると。その体は傷だらけ。多分全力の20%も出せれば良い方だろうか。

回復は、間に合わない。

どう考えても。

「ステピチ。 お前は俺の命令を何でも聞くという話だったな」

「はい! それは勿論ザンス!」

「ならばこれに重要な機密情報がある。 ノアに関するものだ。 世界が落ち着いた後、全世界に公開しろ。 何があっても守り抜け」

渡されたのは。

小さなUSBメモリー。

今でも残っているPCに入れれば。

使う事が可能だ。

それにこのバイク。

この間の戦いで壊してしまったものとそっくり。

ずっと一緒にオトピチと世界を回るのに使ったのと、同じクルマだ。

テッドブロイラー様は、クラッドにも指示を出す。

「クラッド」

「はい」

「お前は残党を連れて、指示する座標に向かえ。 其処で指示を待て。 指示が無いようであれば、臨機応変に対処しろ。 ステピチに同行しても構わない」

「分かりました。 そのように」

ステピチは。

命令に従って、人さえ殺した。

無関係の。

敵でさえない相手を。

命令には、従わなければならない。

テッドブロイラー様がどれだけの絶望を見て。

この世に復讐を誓ったのか。

知ってしまったのだから。

だから、それを伝えなければならない。

無くしてはいけないのだ。

この炎を。

困惑しているオトピチに言う。

「行くザンスよオトピチ。 レナはいつ仕掛けてくるか分からないザンス。 今の我々では、かなわないザンス」

「分かったよ、兄貴ー」

歯を食いしばる。

ここから先は、修羅の道だ。

このデータは、何があっても残さなければならない。

人類が復興した後に公開しなければならない。

ステピチは、これからそれに命を賭けよう。

不滅ゲートを出る。

クラッドも、残っていたゴリラの一機とコンテナに数名の部下を乗せ、それに追従してきた。

「指定の座標に……向かうザンス」

誰も何も言わない。

最後の戦いは。

壮絶な物になるだろう。

レナだって勝てるかどうかは分からない。だが、此処までバイアスグラップラーが弱体化した事は、既に知れ渡っているはず。すぐにハンターどもが押し寄せてくる。そうなれば、いずれ不滅ゲートだって落ちる。あの状態では、テッドブロイラー様だって助かりはしない。

ならば、遺志を継ぐのみ。

ぐっと目を擦ると、バイクを出す。

これは、形見だ。

 

(続)