悪魔の住まう島

 

序、デビルアイランド

 

エバ博士から得られたデビルアイランドの情報を、私はもう一度整理する。

其処はバイアスグラップラーの拠点としては、第二の規模を持つ要塞島。入るには、基本的に合図が必要になる。

島そのものが要塞化していて。

下手に近づく船はそのまま沈められてしまう。

内部では人体実験が行われており。

バイアスグラップラーに所属している怪人達は、基本的に此処で人体強化手術を受けて、人外の者へと変わっているようだ。

そう、あのテッドブロイラーさえも。

ガルシアもそうだったのだろう。

だからこそ。

此処を潰すことには、大きな意味がある。

ネメシス号の甲板に出る。

甲板には、今十一機のクルマが勢揃い。その内二機はバイクだが、まあそれはいい。バイクにも機銃はつけているし。一応の戦力としては計上しておきたい。多分あまり役には立たないだろうが。

敵が乗り込んできたときの迎撃くらいには使えるだろうか。

甲板の中央から見て若干左に、ウルフ、レオパルド、ゲパルト、エレファント、マウス、それにティーガー。新調したばかりのティーガーは、正確にはケーニヒスティーガー。ティーガーUというらしい。

攻撃と防御に関しては、大破壊前の世界を巻き込んだ大戦争における最強の戦車であったらしく。

コレに対抗できる戦車は存在しなかったそうだ。

その代わり機動力には問題があり。

足回りの問題で、撤退戦では力を発揮できず。

また、敵を追撃することも難しかったらしい。

大破壊前の頃に近代化改修を受け。

そして、今甲板に載っているものは。

主砲二本、ミサイル二つ、迎撃レーザーを搭載した、バランスが取れた重戦車に仕上がっている。

大破壊の前後には、古い時代の戦車を復刻したり近代化改修することが流行り。

その結果、MBTという戦車だけだった世界に、重戦車や軽戦車という概念が復活したらしいが。

その経緯はよく分からない。

博識なフロレンスも知らなかったし。

マリアもその辺りについては、あまりくわしくなかった。

アクセルも知らないとなると。

失われた歴史のミステリーというところだろうか。

重戦車の壁の後ろには、迎撃特化のバス。装甲車とバギーを並べ。

これらの重戦車の火力によって、敵に打撃を与えつつ。

そのまま突入する。

重量のバランスは、バラスト水の淹れ方によって調整するので、転覆の恐れはない。

突入の際は、敵の船を追跡し、それに併走するか。

或いは乗っ取って。

それで乗り込むことになるだろう。

いずれにしても、砲撃を受けることは覚悟しなければならない。

それと、もう一つビイハブ船長に言われている。

クルマは後一機乗せるのが限界。

なんでも、メンテナンスなどのスペースの関係で、バイクでもない限りは、後一機しか乗せられないという。

まあ、現状では、この布陣に文句はないし。

火力としても充分だ。

一つの戦力集団としては、充分すぎる火力を展開できる。

それに、何より。

元々バイアスグラップラーと真正面からやりあうのは無理だ。

何かしらの方法で敵を分散させ潰していくしかない。

そう考えると。

どうしても、知恵は絞らなければならない。

オートで操作できるCユニットを搭載していたとしても、である。

「そろそろ各員戦闘に備えろ」

ビイハブ船長の連絡が入る。

そして、ネメシス号の主砲とミサイルも稼働開始。

まずは敵の船を見つけたいところだが。

数時間待ってそれらしいものが見つからなかったら、真っ正面から一度突入を開始してみる。

今のネメシス号の搭載火力なら。

簡単に撃沈はされないはずだ。

もしもヤバイと判断したら、即座に回れ右をして良いと、ビイハブ船長には告げてある。まあ赤字になるだろうが。

死ぬよりはマシだ。

しばし、周囲の海流を見ながら漂う。

ミシカも甲板に出てきた。

そういえば、ミシカとも随分長いつきあいだ。

一緒に戦いはじめてから、どれくらい経つだろう。

カレンやフロレンスより後に一緒に行動するようになったとはいえ。

色々な戦いを一緒に乗り越えてきた。

本人はそう言われると嫌がるだろうが、ミシカはムードメーカーだ。

私のせいで殺伐としているこの面子の中では貴重である。

「予定通りに行くのか」

「ああ。 砲撃食らって死んだら面白くもないからな。 ティーガーは任せるぞ」

「Cユニットに好きにさせるだけだぞ」

「分かっている」

そも白兵戦要員に、戦車の操縦は期待していないし。

逆に言うと、白兵戦要員でも最低限の戦力を保持してくれるのがCユニットの嬉しい所だ。

昔は戦車と言えば、三人も四人も乗らないと動かせなかったらしいけれど。

今は一人で動かせる。

ただし、その技術の進歩は止まってしまった。

また技術を進めるには。

ノアを仕留めるしかないだろう。

そして、ノア同様の凶行を働いているバイアスグラップラーもしかり。

共倒れになってくれれば最高なのだが。

テッドブロイラーだけは。

奴だけは、私がしとめたい。

こればかりは、誰にも譲るわけにはいかない。

船は来ない。

バイアスグラップラーも、今は厳戒態勢という事だろうか。

ゲパルトに乗ってしばらく待っていたが、やがて船長が通信を入れてくる。

「どうする。 判断は任せる」

「後三十分だけ待ちましょう」

「分かった」

ビイハブ船長も判断を任せると言ってきたのだ。

状況の推移が読めない、という事である。

私も三十分でいいか少し後から考えたが、今更だ。

三十分待ってみて何も無ければ、もう何も無い。そう考えて、ただ時間を潰すことにする。

他の面子も、今回は基本的に重戦車に。

艦橋にはビイハブ船長だけ。

犬たちさえも、今回はバスでは無く、ウルフとマウスに乗せていた。

マウスは前から決めていたとおり、最後まで絶対に生きていなければならない医療要員のフロレンスの専用車両だ。

今回もそれは同じ。

マウスの武装は主砲だけだが。

それで構わない。

敵の攻撃に耐え抜く。

それしか要求はないのだから。

三十分経過。

夜の海は真っ暗。

落ちたらまず助からない。

私は、ビイハブ船長に、ゴーサインを出した。

「行きましょう」

「よし」

碇が上がる。

そして、ネメシス号が動き始めた。

デビルアイランドについては、海図から大体の位置も分かっている。元々難所として知られていたので誰も近づかなかったような所だ。

下手をすると座礁の危険もあるが。

その辺りは、船長の熟練の技に任せるしかない。

戦車は全て甲板で固定しているが。

接舷したらパージできるようにもしてある。

一気に乗り込むためだ。

乗り込んでからは、地獄のような乱戦になる事が想定される。

大破するクルマも出てくるかも知れない。

だが、それでも。

ここから先に進まなければならない。

全てを終わらせる、第一歩のためにも。

まだ、デビルアイランドは見えてこない。

空はどんよりと雲が覆い、星一つ見えない。これは正直な所、好都合かも知れない。敵も察知しづらいだろう。

雨も降り始めた。

海が荒れるのが分かるが。

しかしながら、こればかりはどうしようもない。

海は基本的に、人間には無関心だ。

溺れようがどうしようが関係無い。

サルベージ業者をしている者達だって、それは同じ。

海で死んだら、運が悪いと思って諦めるしかない。

そういう話もあるそうだ。

やがて、見えてきた。

岩礁にしか見えないが。

思ったより、かなり大きい。

あれがデビルアイランドか。

Cユニットを操作して、ゲパルトから確認するが。かなりの数の固定砲台とミサイルが設置されている。

ゴリラは見えない。

孤島に戦車を置く気にはなれなかったのか。

或いは、固定砲台で充分だという自信があるのか。

しばし島の周囲を観察。

敵の砲台は300ミリクラスもある様子だ。

「船長、間違いありませんね。 あれがデビルアイランドでしょう」

「此処からは無理だな」

「理由を」

「暗礁だらけだ。 恐らく敵は此方に気付いているが放置している。 波が荒れているから、余計に分かり易いが、此方は鉄壁だ。 後ろに回り込むしかない」

判断は任せる。

ネメシス号がそのまま、流されるようにして荒れる海に揉まれ、ゆっくり移動していく。

敵の砲台は動いていないが。

ひょっとすると、あれは張りぼてか。

可能性はある。

此方が罠だとすると。

本命の兵器は、暗礁がない場所に設置している可能性が高いだろう。

ほどなく。

砲撃が来た。

レーザーが撃ちおとすが。

次々に来る。

これも、罠では無いと錯覚させて、暗礁に誘いこむつもりかも知れない。いずれにしても、応射はするが。

「反撃開始!」

私が指示を出すと。

重戦車六機を主力とする火砲とミサイルの群れが、一斉に攻撃開始。敵の固定砲台とミサイルに反撃を開始した。

凄まじい爆発が巻き起こるが。

向こうからの反撃も強烈だ。

ネメシス号にも着弾。

ぐらりと揺れた。

相当に大きな砲を置いていると見て良いだろう。艦橋の守りは大丈夫だろうか。リンと相談して強化はしてあるが。

少しばかり心配だ。

バスに積み込んでいるレーザーがフル稼働し。

飛んでくるミサイルを叩き落とす。

砲弾も。

しかし、それさえ敵の弾幕は抜けてくる。

ゲパルトに直撃。

かなりタイルを持って行かれた。

だが、此方も砲撃を続行。

敵としばらく、殴り合いが続いた。

ほどなく。

ビイハブ船長が言う。

「よし、突破口を見つけた。 敵は此処から本腰を入れてくるはずだ」

「了解。 突撃をお願いします」

「うむ……」

ネメシス号が舵を切り。

一気に速度を増した。

敵もそれを見て、本腰を入れたのだろう。露骨に砲撃が激しくなりはじめる。

更に、である。

後方に船影。

恐らく、此方に気付いた時点で、敵の艦を呼んでいたのだろう。当たり前のように支援砲撃をしてくる。

挟まれたが。

此方も黙っていない。

「後方の敵艦に攻撃を集中。 ケン、敵の艦橋を狙えるか」

「やってみます!」

ウルフの砲塔が回頭。

サイゴンの主砲と。Uーシャークの主砲を、それぞれぶっ放す。

一撃目は、敵の200ミリ三連砲塔に直撃。

狙っていた艦橋は外した。

しかし、二撃目。

敵の艦橋に直撃弾。

タイルをごっそり抉る。

更に、アクセルがレオパルドから、ありったけのミサイルを叩き込む。敵艦が怯んだか、速力を落としたが。

それもケンは見越していた様子だ。

主砲が、敵の艦橋を貫く。

爆裂。

あれだけのミサイルを集中的に浴びた上に。こんな大口径砲を連続で浴びたのだ。流石に装甲タイルでももたないか。

敵の艦が動きを止める。

艦橋が全滅したかは分からないが。

少なくとも航行不能に陥った様子だ。

だが、此方の損害も小さくは無い。

次々にネメシス号に直撃弾。

しかも、今回は敵が体勢を立て直す前に叩かなければならない。此処はカリョストロが守っていたダムとは、戦略的な価値が違う。

バイアスグラップラーでも、最重要の施設なのだ。

仕掛ければ、当然援軍も送ってくるだろう。それが戦艦なのか、それとももっと危険な存在なのかは分からないが。

いずれにしても、好機はもう無い。

リンが状況を報告してくる。

「ネメシス号に被弾! 損害大きい!」

「持ちこたえられそうか?」

「何とか!」

ビイハブ船長は、更に速力を上げる。

味方も火力を集中し、大きめの砲台を徹底的に潰す。だが、敵は次々に新しい砲台を繰り出してくる。

闇夜の中、無数の火線が飛び交う中。

バスが大破した。敵の集中攻撃を浴びた故だ。

敵も考えている。

迎撃特化のバスから潰しに来るとは、やってくれるじゃないか。

だが、ネメシス号は複雑な暗礁を回避しながら、全速力で突貫。

大きなダメージを受けつつも、ついに突入。

Uターンをするように強烈に舵を取りながら。

強引にデビルアイランドに接舷。

タラップを降ろした。

「全クルマ、固定をパージ! 突入!」

「突入開始!」

「砲台は徹底的に黙らせろ! 内部突入はその後だ!」

突入前に作戦は決めてあるが、それでも確認のためにもう一度私は言う。ウルフを先頭に、全車両が突入していく。

バスは置き去りだが。

大破してしまっているので仕方が無い。

更に、続けてバギーが擱座。

敵の大口径要塞砲の直撃を受けたのだ。

どちらにも、誰も乗っていなかったから良かったが。

いずれにしても厳しい状況だ。バギーに続いていたエレファントが。降りられない。だが、機転を利かして、マウスを動かしていたフロレンスが、バックしてバギーを甲板に押し戻す。

その間射撃を浴びたが。

流石はマウスだ。

要塞砲にさえ耐え抜く。

だが、猛射は他のクルマには甚大な被害を与えていた。

装甲車も大破。

幾つかのクルマで、装甲タイルが全損し掛ける程のダメージが入る。

今までに無いほどの被害だが。

これは覚悟していたのだ。

歯を食いしばって耐えるしかない。

その頃には、敵地に上陸したウルフとレオパルドが、ゼロ距離から徹底的に射撃をたたき込み、敵の固定砲台を黙らせていた。

しばしして。

周囲が静かになる。

「アクセル、応急処置を」

「大破した車両は」

「残しておけ。 今は主力だけを温存したい」

「分かった!」

アクセルが飛び降りて、破損したパーツの修復を開始。弾数はかなり消耗したが、その代わりガチンコの殴り合いで敵地の火力を殆ど抉り取った。

だが、此処からは時間との勝負だ。

アクセルを守るように円陣を組み。

周囲からの奇襲に備える。

見ると、ネメシス号もかなりやられている。これは急がないと、ブルフロッグを潰した後、帰るための船がなくなるかも知れない。

誰か残そうか。

そう思った時、ビイハブ船長が通信を入れてくる。

「敵の増援があった場合、自主判断で此処を離れる。 その場合は、脱出時に合図を入れてくれ。 どれだけの敵がいても、強行突破して駆けつける」

「分かりました。 お願いします」

「武運を」

「了解!」

応急処置、終了。バギーと装甲車、バスはネメシス号に残す。

迎撃特化のバスを残すのは少しばかり痛いが、その代わり私とミシカはそれぞれクルマを降り、バイクに乗り換える。

敵の根拠地の一つには、こうして強引に乗り込むことが出来たが。

しかしながら、ここからが本番だ。

本番前に、既に相当な戦力を消耗している。

状況は、決して良いとは言えなかった。

 

1、突入作戦

 

デビルアイランドは、荒涼とした岩山に見えたが、実際に上陸してみると、随分と雰囲気が変わった。

彼方此方に、巧妙に偽装された砲台が隠されていて。

更に、多くのバイアスグラップラーの兵士、ではなく。セキュリティロボットが徘徊していた。

当然戦闘になる。

砲台に関しては、動かない相手なんか敵ではない。勿論奇襲を受けてしまうと損害はバカにならないが。

問題は、敵の拠点への入り口らしきものが見つからない事。

とにかく、海に向けて設置されている砲台とミサイルを徹底的に無力化していく。場合によっては、私が直接爆薬を放り込んで、そのまま黙らせる。

セキュリティロボットには、かなり大型のものもある。

大破壊の時。

多くのセキュリティは、ロボットが自動で行っていたらしいのだが。

それらは全てノアに一瞬で乗っ取られてしまい。

セキュリティとして信頼していたロボットに、人類は大量殺戮されることになってしまった。

一部、ノアの支配を免れたロボットも。

こうして、人類に仇なす組織に使われている。

それは悲しい事だとしか思えないが。

とにかく、今は叩き潰していくしかない。

入り口が見つからない。

その事の方が、今は面倒だ。

夜が明けてきた。

敵の増援は姿を見せないが。

文字通り亀のように相手は手足も首も引っ込め。

姿を見せようとしない。

此処からどう攻めるか。

それが正念場だと思っていたが。

此処は敵地。

休憩するわけにもいかないだろう。

そも持ち込んだ物資も、無限ではないのだし。

何より、コンテナとしても機能するバスがやられたのが非常に痛い。

エレファントに乗っている早苗に声を掛ける。

「入り口は分からないか」

「此処は悪意があまりにも濃すぎて、どうにも」

「そうか……」

或いは、船でなら直接乗り入れる場所があったのかも知れないが。

当然襲撃を察知したタイミングで、封鎖してしまっているだろう。

ただでさえ、敵はエバ博士を取り返されたことを悟っているはずで。

警戒を厳重にしているのは、当たり前だとも言えた。

不意に、周囲の地面が盛り上がると、銃座が現れる。

私とミシカはそれぞれに即応。

対物ライフルと、ヴードゥーバレルで制圧する。

だが、こんな状況だ。

岩山をどれだけ巡っても岩山。

まだまだ元気な敵の戦力が、どこからともなく現れては奇襲してくる。

島としては大きな方では無いけれど。

それでも、クルマで入れる部分には限りもある。

各クルマの弾薬も、無限では無い。

特に大型の主砲の弾やミサイルは。尽きるのも早いのだ。

レオパルドはこのまま行くと、近い将来完全に役立たずになる。

勿論ネメシス号には替えの弾薬もあるが。

一旦引き返して、悠長に整備している暇は無い。さっきだって、応急処置は命がけだったのだ。

ウルフが対戦車地雷を踏んだ。

ドカンと、爆風が辺りを蹂躙する。

ケンはすぐに無事だと声を掛けてきたが、フロレンスが具体的に状況を聞く。流石に大破壊前最新鋭最強だった戦車は格が違い、対戦車地雷でも床を抜かれることはなかったけれども。

それでも無限軌道の一部をやられている。

すぐにウルフを守るように皆を配置。

ウルフに積んでいる替えのパーツを、アクセルが飛び出して修理を開始。

だが、それを待っていたかのように。

岩がせり上がり。

ゴリラが。

それも、恐らく普段見かける量産型では無い。

強力に改造された奴が姿を見せた。

それも六機である。

勿論即応する。

ウルフを守りながら、他の車両で一斉射撃を開始。

だが、このゴリラは、レオパルド3に対抗して作られた本来のスペックを持っているのだろう。

主砲にも耐え抜き、反撃してくる。

マウスが前に出ると、その主砲を受け止め。

そして、大口径の主砲でお返し。

凄まじい殴り合いが始まる。

エレファントも前に出ると。

多数の主砲を、一斉にぶち込む。

ゴリラの一機が、これだけの主砲に耐え抜くのははじめて見た。

敵としても、どの戦車も弱いわけではないのだ。

ましてや此処は重要拠点中の重要拠点。

切り札くらい、用意していない筈も無い。

見る間にマウスが、ダメージを蓄積させていく。

だが、アクセルは冷静に修復を続けている様子だ。

マウスの主砲が、ピンホールショットで、一カ所に連続で着弾。

好機。

私はマリア譲りの拳銃を、六連射。

速射で、その凹んだカ所を貫き。

更に其処へ、ミシカがRPG7を叩き込んでいた。

一瞬の空白の後。

内側からゴリラが吹っ飛ぶ。

他の五機が、マウスだけではなく、私とミシカも狙って来るが。

舐めるなとばかりに、ティーガーとゲパルトが、猛射を浴びせ。更に一機を追い詰めていく。

敵は左右に展開し。挟み撃ちを狙って来るが。

その時。ウルフの修理が完了。

レオパルドもありったけのミサイルをぶっ放し。

敵の出鼻に叩き込む。

流石に閉口した敵が動きを止めた瞬間。

煙幕をぶち抜いて、エレファントが突貫。

一機の至近に出ると。

ゼロ距離から主砲をまとめて叩き込んでいた。

爆裂。

更にウルフとマウスも、似たように敵を蹂躙。

マウスに至っては、更に敵を踏みつぶし、地面にめり込ませていた。

完全に動きを封じられたゴリラに、容赦なく至近距離から、ティーガーが主砲をぶち込む。

一撃はそれでも耐えるゴリラだが。

二撃目はどうにもならなかった。

六機のゴリラが沈黙。

此方も被害は甚大。

多分、前にダムに展開していたゴリラ全部よりも手強かったはずだ。主砲の精度も装甲も、一流のハンターが使っている重戦車並み。

これが、本来のゴリラの実力か。

レオパルド3に対抗して作られていた、と言うだけのことはある。

ウルフほどでは無いにしても。

手強い相手だった。

冷や汗が出る。

そして、ゴリラが出てきた穴が、ぽっかりと口を開けていた。

「まずい。 残弾が殆ど無い」

アクセルが通信を入れてくる。

しかしネメシス号に戻っている余裕は無い。

まだ、敵が態勢を整えていない今しか好機は無いのだ。

敵はネメシス号を捕捉してから、迎撃戦に移ったはず。此方が攻めてくる事を先に知っていて、手ぐすね引いていた訳では無いだろう。もしもそうだったら、もっと多くの戦艦が、迎撃に現れていたはずだ。

「可能な限り温存しろ。 主砲はまだ大丈夫か」

「主砲だけなら」

「ならば、戦力は大幅に低下するが、それで頼む。 これより敵基地に突入する」

先頭を征くのはウルフ。

今の戦いで無限軌道を破壊されたほどのダメージを受けたが、それでも勇敢に突貫していく様子は。

流石に大破壊前に、最強を誇ったという米軍が正式採用を決定していたと言われているほどの戦車だ。

無機物なのに。

その赤い機体は、まるで命を持っているかのように。

剽悍に見えた。

ウルフが突撃し、続いてゲパルト。マウスと続き。

その後に私とミシカ。カレンと犬たちもこのタイミングでクルマを降りる。

ティーガーとレオパルドがその後ろを固め。

最後尾はエレファントがバックしながら進んだ。

これで、ようやく敵の基地だ。

格納庫には、まだゴリラがあったが、起動していない。だが不意打ちを食らうのも面倒だ。

マウスが接射。

撃破しておく。

マウスの装甲タイルはかなりやられているが、周囲を警戒している内に、アクセルが予備のタイルを出してきて、張り直す。

更に地下へ行けるスロープを発見。

どうやらこの施設。

岩山を地下へ地下へとくりぬいているようだった。

スロープの前を、ウルフとマウスで固め。

入るのに使った入り口をエレファントで見張る。

その間、私は。

見つけた監視カメラを、片っ端から対物ライフルで射貫いていた。

その時だった。

此方を馬鹿にした声が聞こえてきたのは。

「ボクの島に土足で踏み込んできたお馬鹿ちゃんはどこのだれかな? ケロケロ」

「誰だ」

「ブルフロッグとはボクのことだよ」

「!」

スピーカーからは、完全に嘲っている声が。

すぐに殺しに行ってやりたいが、カレンに肩を掴まれる。

「此処は地下へ伸びている施設だ。 敵は逃げ道なんかない。 ゆっくり攻めていけば問題ない」

「うふふ、ちょっとは頭が良い子もいるみたいだね。 でも、どっちにしてもあんまり変わりは無いよ。 だって、キミ達、ボクには勝てないもん」

ケロケロ、カエルみたいな笑い声。

いや、名前からして。

本当にカエルなのだろう。

何よりエバ博士から聞いている。

ブルフロッグは牛と蛙を合成した怪物だと。

単独で重戦車を遙か凌ぐ戦闘力を持つとも聞いている。

消耗が激しい上。

これから敵の熾烈な反撃が予想される状況。

あまり悠長に構えてもいられない。

「さ、ボクの所まで来てご覧よ。 ズタズタにしてあげるからさ」

「良いだろう……」

私は、スピーカーを撃ち抜く。

それで不愉快な声は聞こえなくなった。

そして、悟らされる。

壁側に、この施設の構造が書かれていたが。

予想以上に厄介だ。

そもそも、岩山の下部。かなり深い位置に、船専用のドッグがある。

其処を最下層として、此処はほぼ屋上に近い場所。

そしてスロープでかなり深い位置、ドッグの辺りまで降りていってから、今度は逆に昇っていくことになる。

船でならば、此処まで面倒では無かったのだろうが。

しかしながら、これは大変だ。

一度降りきってから。

また昇らなければならない。

だが、ある意味好機でもある。

まずドッグを制圧。

ネメシス号に合図を送り、入ってきて貰う。

その後、弾薬を補給してから、攻める。

敵は手ぐすね引いている。

敵の増援が来るのはほぼ確実だろうが、此処は焦るべきでは無いと、私は思い直した。此処で突撃しては、敵の思うつぼだ。

確実に敵を削いでいく。

そうしなければ、味方に待っているのは、全滅の未来だけしかない。

それだけは避けなければならない。

弾薬だけでも補給する。

それと、退路も確保する。

その二つは、どうにかしておきたい。

「降りるぞ。 ウルフを先頭に。 いくら何でも建物内に対戦車地雷は仕掛けていないだろうが、気を付けろ」

「分かりました!」

「フロレンス、マウスの調子は」

「上々です。 装甲を撃ち抜かれる気がしません」

嘆息。

フロレンスが其処まで言うなら、まず大丈夫なのだろうが。

どうにも嫌な予感がする。

ブルフロッグは不動の四天王第二位だったと聞いている。

要塞級戦車並の実力を持っていることを覚悟していたが。

テッドブロイラーの戦闘力を考えると。

そんな程度では済まないかも知れない。

カリョストロとは更に格が違う相手だったら。

此処にいる精鋭重戦車六機と、私とミシカ、カレンと犬たちが同時に掛かっても、勝てるかどうか。

スロープを降りはじめるウルフ。

私はバイクでそれに随伴し。

監視カメラを、即応で全て打ち抜いていった。

途中自動迎撃システムが何度か顔を見せたが。

それも全て叩き潰す。

対物ライフルはずっと愛用して来ているが。

今日はひときわ使用が激しい。

前の、人間を止める前ほど体の負担は大きくないが。

精神の方への消耗は避けられない。

私が辛そうにしているのを悟ったのだろうか。

ミシカがバイクを寄せてきた。

「アタシが前衛に出る。 後ろを守ってくれるか」

「頼む。 力を温存しておきたい」

「ああ。 任せろ」

私は一瞬で力を爆発させるタイプだ。

非常にまずい栄養ドリンクを口に放り込むと。文字通り苦虫同然に飲み下す。

少しでも頭を動くようにしておかないと。

ブルフロッグ戦で役立てない。

しばし、スロープを下り続ける。

程なく。

巨大なドッグに出た。

大量のセキュリティロボットがいる。

両手にガトリングを装備した、巨大な機体もいる。ウルフは既に交戦を開始。マウスが壁を造り、他のクルマも次々にドッグへ入り込む。

ドッグには、戦闘用では無い艦艇が何隻か停泊していたが。

それにも人間が乗っているようだった。

射撃してくるところから見て。

バイアスグラップラーの兵員だろう。

ドッグは閉じているが。

開けさせる。

射撃。

ヘッドショット。

一撃確殺。

かなり精神の疲弊が酷いが。

まだまだ。

もう一射。

ヘッドショット。

セキュリティロボットは次から次へと湧いてくるが、対応はバイクの機銃に任せ、此方は大きめのを狙う。

ミシカがヴードゥーバレルをぶっ放し。

面制圧。一気に大量のセキュリティロボットを消し飛ばし、鉄屑へと変えた。

戦車で陣列を組んで、主砲の乱射を浴びせ、大きなセキュリティロボットも貫く。ガトリングを回転させながら、バックして海に落ちる奴。そのまま腹に大穴を開けて、ずり下がりつつ爆発する奴。

特攻してきたところを、冷静に私がマリアの拳銃で中枢をぶち抜き。

爆発四散させた奴。

いずれもが、鉄屑に変わっていった。

船から下りてきた敵が、サブマシンガンを放ってくる。

RPG7をぶっ放してくる奴もいる。

だがレーザー迎撃装置がRPG7を叩き落とす。

サブマシンガンなんて、今の戦車には痛痒さえもない。

私は鼻で笑うと、一人ずつ対物ライフルで始末し。

だが、ミシカが叫ぶ。

「数が多すぎる!」

彼女の携帯バリアは既に抜かれて、何カ所か出血もしている。

カレンは敵の中に突貫すると、阿修羅のように暴れ狂っていたが。

そっちもそろそろ厳しい様子だ。

犬たちは猛獣らしい剽悍さを見せて敵の中を走り周り、野戦砲と火炎放射器で次々敵を屠っていたが。

それでも数の暴力に押され気味だ。

私が出るしか無い。

ちょっと早いが、仕方が無い。

大きく息を吐くと。

対物ライフルを背中に背負い直し。

代わりに剣を抜いた。

残像を作って、敵の中に踊り込むと。

瞬時に数人を斬り伏せ、更に数人の首を叩き落とし。

まだ抵抗を続けていた大型セキュリティロボットを。

唐竹に一刀両断。

剣を鞘に収めると。

背後で爆発。

ようやく、周囲は静かになった。

マウスが重厚な無限軌道の音を響かせながら、上層階への入り口らしい場所を塞ぐ。

これでようやくドッグの安全は確保できたか。

私はそのまま、監視カメラを片っ端から打ち抜いていくが。

マウスから降りてきたフロレンスが、コッチに駆け寄ってくる。

「どうした」

「ミシカさん、カレンも。 傷を見せてください」

「まだ問題は」

「良いから」

フロレンスの声は低く据わっている。

無茶をしている事を、怒っている、という事だ。

アクセルも、すぐに今の戦いのダメージを見始める。幾つかの戦車は、メンテナンスが必要な様子だ。

今は簡易処置しか出来ない。

ミシカの手当を終え。

カレンも何カ所かに受けていた傷を治し。

だが、私は。

大量の栄養ドリンクを渡された。

それだけではなく、四角に固めた非常にまずい栄養ブロックも。

「気付いていますか?」

「何をだ」

「貴方が戦闘であの超人的な動きをした後、露骨に体積が減っています。 それだけ凄まじいエネルギーを消耗しているという事です。 人間を止めてしまったとしても、物理法則までは超越できません」

「……」

そういえば。

そうなのかも知れない。

前のように、無理をした後、血を吐いたり瀕死の状態になったりはしなくなった。代わりに精神を抉られるような感触を覚えていたが。

それはむしろ、脳を酷使しすぎて。

体の方のダメージが、届いていなかったから、なのだろうか。

とにかく、もの凄くまずい栄養ドリンクを言われるまま飲み干す。

傷は、今の時点では受けていない。

だが、古傷さえどんどん消えている今だ。

傷の回復は異常に早い。

早苗が手を振っている。どうやら、ドッグのコントロールセンターを見つけたらしい。

奥の方に、小部屋があり。

既にミシカの弾を受けて倒れたバイアスグラップラーの連中が、頭を吹っ飛ばされたり、内臓をぶちまけたりして、周囲に倒れていた。

アクセルを呼ぶ。

私も見てみるが。

操作はできそうだ。

「よし、ドッグを開けるぞ。 敵船が入ってくる可能性がある! 気を付けろ!」

 

ドッグが開くと。

ネメシス号が滑り込むようにして入ってくる。

そして、ドッグを閉じる。

これで、海側から、ネメシス号が袋だたきにされる、という事態は避けられる。

改めて見ると、ひどいダメージだ。これは帰る際に敵戦艦と遭遇しないことを、祈るしかないだろう。

また、ドッグを出たら、敵の艦隊に囲まれているという事態も想定しなければならないだろう。

いずれにしても、あまり良い状況では無い。

すぐにアクセルが各クルマをネメシス号に乗せ。補給と応急処置を開始。

終了したクルマから、順番に降ろしていく。

ケンもそれを手伝っているが。

時間は少しロスするだろう。

だから、私はミシカとカレン、リンと山藤を伴って、ドッグを徹底的に調査する。そして、人間用らしい階段と。

エレベーターを発見した。

エレベーターは車両用。

恐らくは、巨大なバケモノや。

或いはゴリラなどを、他の階に運ぶために使うための搬入用だろう。

ちなみに、入ってこいといわんばかりに、電源は入っている。

階段の方も同じ。

トラップの一つもない。

ただ監視カメラはあったので、対物ライフルでぶち抜いておいた。

セキュリティシステムは、目となるもの。監視カメラや集音マイク、赤外線探知装置などが潰されると、案山子同然になる。

今の時点では、それほどまでセキュリティの攻撃は激しくないが。

潰しておいて損は無い。

どのみち、この腐った島は、今日で店じまいだ。

ブルフロッグは叩き潰し。

奴の下で好き放題に人体実験をしていたクズ共は全て連行する。

エバ博士は此処を抜け出した。

バイアスグラップラーを事実上抜けた。

だからまだ情状酌量の余地はあるが。

嬉々として人体実験をしていたような連中に関しては、その場で射殺してしまうつもりである。

ウルフが降りてきた。

弾薬の補給が済んだのだ。

ただ、ネメシス号に積んできてある弾薬も無限ではない。

また、エレベーターも、重戦車六機を同時に乗せられるほど巨大では無い。

精々その半分か。

リンが淡々とセキュリティを潰しながら、聞いてくる。

「それで、どうします?」

「下から順番に潰す」

「了解。 多分ブルフロッグは、今更逃げも隠れもしないでしょう」

「そうだと良いがな」

見苦しく逃げ回ったスカンクスや。

結局最後まで堂々と戦ったカリョストロ。

そいつらと、ブルフロッグが同じだとは限らない。

どのような行動に出るか。

情報が少なすぎて、まったく分からないのである。

補給完了。

重戦車部隊が降りてくる。

順番に、エレベーターで一階に移動。

最初に防衛線を構築する時が一番危ない。

だから私とミシカ、カレンも一緒に出向くが。

意外な事に。

エレベーターが空いた外は、気味が悪いほど静かだった。

いや、人の声は聞こえるが。

恐怖や苦痛のうめき声である。

すぐに周囲に展開。

レオパルドから顔を出したアクセルに、声を掛ける。

「バスを自走できるようには出来なかったか」

「無理を言うなよ。 あれ、直すには数日はいる」

「そうか……」

帰路が厳しくなる。

それでも、どうにかやりくりするしかないか。

第二陣が上がって来たので、エレベーターはマウスで固め。他の車両を連れて、一階を見て回る。

其処は、地獄だった。

 

2、悪魔の寝床

 

無数の檻。

其処には、たくさんの人々が収監されていた。

若者は殆どいない。

老人や子供。

人生の盛りを過ぎた中年。

そういった姿が目立った。

心が壊れてしまっている者も珍しくない様子である。

なるほど。

これが実験材料か。

「すぐに救出を。 ケン、ウルフに乗せられるだけ乗せて、ネメシス号に運び出せ」

「分かりました」

「良いのかよ」

「奴らにとっても、大事な実験材料を奪われることは痛手になる」

アクセルは少し渋い顔をした。

これは後回しにするべきでは無いかと思ったのだろう。

だが、むしろそれは私が普段考えるようなことで。

毒されてきていることに気付いてしまったから、かも知れない。

いずれにしても推測だ。

私は檻を剣で切り裂くと。

収監されていた人々を、リンやミシカに任せて、次々に連れ出す。

その時。

ひたひたと、足音がした。

だが、大した気配では無い。

檻をぶち破って。

そして見た相手は。

豚だった。

豚という生物は、かなり大きくなる。

品種によっては、人間よりかなり大きく、である。

パワーも凄まじく。

人間に対する攻撃も行う。

だが、そいつは。

動きからして鈍重。

とてもではないが、野生の豚のような、凶暴性もパワーも感じられなかった。

「何だお前達は! 貴重なワシの実験材料を!」

「実験材料、だと」

「ワシはここの責任者だぞ! あの忌々しいエバに、こんな姿にされなければな!」

ほう。なるほど。

つまり此奴が、エバ博士が殺して逃げたという所長か。

脳を豚の体に入れて。

そして逃げてきたという話だったが。

これは確かに、殺されたも同然だ。

ミシカが見かねて、ライフルに手を掛けたが、その手を押さえる。

「放っておけ」

「で、でも。 これは……」

「此奴には相応しい罰だ」

檻を次々に破り。

中の人間をピストン輸送していく。

豚が、きいきいと声を上げる。

抗議のつもりなのだろう。

「やめろ! それは大事な実験材料なんだぞ! ノアに対抗するには、技術の進歩が、人類が忘れてしまった偉大なる探求心が不可欠だ! ワシがいなければ、テッドブロイラーでさえ、あんな強さを得る事は出来なかったんだぞ!」

「そうか、お前も人間を止めていたクチか」

「それがどうした!」

「クズが。 そのままずっと豚のままでいろ」

蹴りを叩き込む。

豚としてはそこそこの体格だったが、今の私が瞬間的に身体能力を底上げした状態で蹴ったのだ。

吹っ飛んで、壁に叩き付けられ。

そして、ずり落ちて。

動かなくなった。

これでしばらくは静かだろう。

放置しておいて良いはずだ。

檻を全て見て回りながら進むが。

エレファントに乗った早苗が寄せて来た。

「彼方から良くない気配が」

「檻を全て破る。 その後行く」

「分かりました。 ……覚悟を決めておいてください」

「案ずるな。 もう覚悟など、人間を止めたときに決めている」

どうせ悪夢のような光景だろう。

そんなことは分かりきっている。

それでも、まずは。

助けられる人間から助ける。

全てはそれからだ。

 

檻は一通り廻り。

全てをぶち抜いて、人間は全員救助した。

ウルフにはそう多くは乗せられない。ピストン輸送で、何度も何度も往復しながら、ネメシス号に救助した者を運び入れた。殆どの者は疲弊しきっていて、意識も朦朧として。口もきけないような状態だった。

バスが大破していなければ、と本当に口惜しいが。

しかしあの砲火をかいくぐったのだ。

盾役だった重戦車が、全て無事だっただけでも。

良しとするべきなのである。

早苗が言っていた方向に行く。

島の地下に作られているからか。

この空間はかなり広い。

ドッグの構造も特殊だったし。色々と、工夫を凝らしているのかも知れない。何にしても、無駄な工夫か。

それとも、或いは。

ヴラドコングロマリットが健在だった頃。

既に作っていた施設だったのかも知れない。

可能性は決して低くないだろう。

ベルトコンベアがあり。

其処には、死体が乗せられていた。

運ばれて行く先は、焼却炉らしきもの。

思わずミシカが、目を背けた。

死体が、あまりにも。

尊厳を冒涜する状態になっていたから、である。

もはや人間の形をしていなかった。恐らくあの豚やその手下が、人体実験をした結果なのだろう。

動物と人間の融合。

機械と人間の融合。

力を得るための方法の一つ。

だが、死体が子供だったこと。

苦悶の末に死んで行ったこと。

それらが、明らかすぎる程だったので。

ミシカには耐えられなかったらしい。

私がベルトコンベアを停止させる。

そして、死体を降ろした。

こんな焼却炉では無くて、きちんとした形で葬ってやりたい。

どうやら、死体がため込まれている区画があるらしく。其処から運ばれて来ていた様子だ。

死体を焼いた後、固めたらしい灰もあった。

それも運び出しておく。

後で早苗に任せて、荼毘に付して貰う。

このような所で放置されていたら、いずれ捨てられてしまうだろう。

きちんと葬ってやるのが筋というものだ。

黙祷した後、早苗に促される。

そして、足を運んだ先は。

地獄だった。

無数のガラスシリンダがあり。

其処にはまだ生きている、おぞましい実験体が浮かんでいた。

人間と、動物、機械との融合実験。

データをとるために。

或いはただ遊ぶためだけに。

殺され。

姿までももてあそばれた人々。

それらが浮かんでいる。

「ころしてくれ」

顔に四十を超える目がある男が、ガラスの中から懇願してきた。

喋ったのでは無い。

口をそう動かしたのだ。

他の者達も、皆同じ気持ちのようだった。

死んでいる者もいた。

データをとれば、用済みという所だろう。

エバ博士を一とする科学者達さえもが、作られて。

そして此処で働いていた。

それが当たり前だっただろうに。

それでも、エバ博士は良心の呵責に耐えきれなくなった。

バイアスグラップラーは。

一体どれだけの人間を、こうやって殺してきたのだろう。

いや、此処に送られてきたのは、そもそも奴らにとって、重要性が低い人間だったはずである。

つまり、人間狩りにあった者達の。

ほんの一部に過ぎなかったはずだ。

カレンが捕まえてきた。

此処で働いていた科学者達だ。

まだ若い男だが。

目には傲慢と狂気が宿っていた。

「何だお前ら! 此処は神聖な実験場だぞ!」

「神聖な、実験場だと?」

「そうだ! カスどもを使って、人間がこの過酷な世界で生きていけるように、より頑強な肉体を作り出すための、神聖な実験だ!」

そうだそうだと、他のも叫ぶ。

なるほど、これは生かしておく価値も無いか。

こんな連中に囲まれていて。

エバ博士は、良く良心の呵責を覚えたものだ。

私は無言で剣を抜くと。

そのまま、有無を言わさず、科学者どもの首を刎ね飛ばした。

大量の鮮血が飛び散るが。

ミシカさえも、何も言わなかった。

データまで破壊するつもりはない。

此処で出た犠牲は、或いはノアが滅びた後。人類が生きていくために、必要になるかも知れないからだ。

医療技術の発展などで、大きな貢献をするかも知れない。

だが、此奴らを許すわけにはいかない。

そして、殺してと懇願する者達も。

ガラスシリンダごと、両断していった。

これでもう。

此処での悲劇は起きないはずだ。

次。

二階に行く。

私が本気でキレている事に気付いているからか。

ミシカは何も軽口を叩かなかった。

或いは、ミシカも。

本気でキレているのかも知れなかった。

 

二階もまた、狂気の施設で満たされていた。

今まで何度か目撃した、人間型のロボット。

ポチが吠える。

人間のフリをして近づいて来たそいつが、いきなり手を銃に変えて、撃とうとしてきたのである。

だが、反応はこっちが早い。

というか、ミシカが即応して、頭を。次いで体を大型ライフルで吹っ飛ばした。

床に倒れ、動かなくなるロボット。

「さえているな」

「アタシもちょっと機嫌が悪い」

「そうか。 それでいい」

「ああ、それでいい。 あんな光景を見て、平然としていられる奴は、悪魔以下だ」

クルマを展開。

徹底的に調べていく。

人間型のロボットの生産工場があった。

ラインを一旦停止する。

破壊しても良いかと思ったのだが。この生産工場は、相応の規模だ。此処を完全掌握した後、別のものを作れば、人類に有意義な施設に変えることが出来るはず。

クルマは二階中に散り。

徹底的に稼働中の人型ロボットと、セキュリティシステムを潰して行った。

抵抗が脆すぎるのが気になる。

此処はバイアスグラップラー第二の拠点だ。

実際、入るためだけでネメシス号もかなり危ない状態になり、クルマの何機かも大破するほどの被害を受けた。

カレンが、また科学者を連れてくる。

恐怖している様子は無い。

今まで、好き勝手をして生きてきたのだろう。

ブルフロッグにやりたいようにやらされているという話は、エバ博士からも聞いていたが。

どうやらそれは、掛け値無しに本当だったらしい。

「何だお前達は!」

「此処を潰しに来た」

「巫山戯るな! 此処で作られているのはな、カスどもより遙かにコストでも優れた、ロボットの諜報員なんだぞ! 毛穴や肌の質感まで再現しているから、まず人間にも気付かれない! 芸術品だ!」

「コレを使って、それぞれの街を監視したり、人間狩りに適した街を探していた、というわけか」

嘲笑う顔。

その通り、と言うわけだろう。

なるほど、此奴らも生かしておく理由はないか。

カレンが全員連れてきたが、

どいつもこいつも、解放しろ、ラインを動かせ、実験を続けさせろと吠えるばかりだった。

そうかそうか。

エバ博士は、本当に例外中の例外だった、と言うわけだ。

そのまま、無造作に。

全員の首を刎ねる。

此奴らは人間ではない。

バイアスグラップラーだ。

ならば、殺す事に躊躇はいらない。

世界にとっての害悪を消しただけ。

それに何のためらいが必要だろうか。

皆、誰も。

普段、私を止めるフロレンスさえもが。

何も言わなかった。

此処は地獄だ。

此処に連れてこられた人々が、何をした。

バイアスグラップラーの勝手な理屈で、此処に回された人々が、どんな目に遭わされて来た。

勝たなくてはならない。

そして滅ぼさなければならない。

この上に、ブルフロッグがいる筈だ。

 

三階も調べる。

敵の戦力は、徹底的に削り取る必要があるからだ。

三階は、無数の機械類が並べられていたが、未完製品が目立った。或いは、倉庫として使われているのかも知れない。

セキュリティシステムも殆ど動いていなかったが。

見つけ次第潰す。

カレンが呼んでいる。

呼ばれて出向くと。

無数の義足やら義手やら。

人間の形をした機械の部品が散らばっていた。

「交換用パーツってところかね」

「……此処には用は無さそうだな」

「そうだな」

カレンも不愉快そうだ。

というか、全員がキレそうになっているのは、私も感じている。温厚な早苗や、飄々としているリンでさえも、である。

私だって多くの敵を殺してきた。

そんな事は分かりきっている。

手は血に染まっているし。

敵を殺したときは、その可能性を奪った。

だが。

此処にあるのは、悪意で作り上げられた地獄だ。

科学者どもは遊び半分で命をもてあそび。

邪悪の限りを尽くしていた。

自浄作用が働かなくなると、人間は容易に極限まで堕落する。その実例を、私は此処ではっきり目にした。

人間が最低限まで堕落するとこうなる。

何でもかんでも、自分が好きな事が、好きなようになることを望み。

あらゆる全てが、自分に都合が良い環境を求め。

そして周囲を踏みにじる事を、大喜びさえする。

それが人間。

だからこそに、この無法の荒野の時代は一刻も早く終わらせなければならない。

それまでの世界が良かったかと言えば、ノアを産みだし、考え無しに起動したという点で、そうとも言えないだろう。

しかしながら、此処を見ている限り。

倫理に欠ける武装勢力が力を持てば。

何度でも同じ事が起きる。

バイアスグラップラーを滅ぼし。

ノアを滅ぼし。

そして世界に新しい秩序を作らなければ。

この世界は、どうにもならない所まで行ってしまうだろう。

本当に人類は滅ぶ。

ノアが何もしなくても。

此処は、それが未来として起きてしまう事を示す、実験場だとも言えた。

「レナさん」

「どうした」

「此方に」

フロレンスが何か見つけたらしい。

PCの端末だ。

リンが無言で護衛についていたが、此処の階の掃討は、私が淡々と済ませた。そこそこ強力なガードロボットもいたにはいたが。

今の我々の敵ではなかったし。

手強いのは戦車砲をぶち込んで吹き飛ばしてやった。

端末を見に行くと。

どうやら、此処で作られたらしい科学者達の講習会の様子らしかった。

講義をしている人間には見覚えがある。立体映像のようだが、この姿、忘れる筈も無い。いや、立体映像だから、より分かり易かった、というべきか。

あの、モロポコ近辺の、元別荘。

今は集落とかしている場所で。

幽霊というか、残留思念として姿を見せていた老人だ。

ただ、かなり若々しく。

そして、表情は。

おぞましいまでに邪悪だったが。

講義の内容は難しく、よく分からなかったけれど。

いずれにしても、人体実験や。

それに類する事であることは間違いないらしい。

文字通り唾棄すべき輩だ。

ヴラド博士。

この老人が、その人である事はほぼ間違いないだろう。

だが、ヴラド博物館で見た人柄と、あまりに違っている。

あの博物館には、ヴラド博士自身を自慢するようなものは一切おかれておらず。自己顕示欲も薄い、謙虚な人柄が表れていた。

天才と呼ばれる人間は、例外なく変人で。

精神的にもねじ曲がっていることが多いのだけれど。

ヴラド博士の人格に関しては、違うと思っていた。

だが、この講義はどうだ。

実際に人体実験を始める。

気が弱い人間が見たら、卒倒しそうな光景だ。

麻酔も無しにメスを入れ。

悲鳴を上げる人間を、嬉々として切り刻む講習生達を。

ヴラド博士は、にこやかに見守っていた。

「まるで……いや、完全にバケモノだな」

「行きましょう。 この上にいるブルフロッグを倒す事で、此処での悲劇は収束させる事が出来るはずです」

フロレンスに促される。

普段は私のブレーキ役になる彼女が、こんな事を言い出すのだ。

余程腹に据えかねているのだろう。

いや、彼女だからこそ、か。

医療関係者が。

こんな光景を見せられれば、確かに頭にも来る。

これは最悪の形での、医療の悪用だ。

こういう残虐行為は、過去にも例があるだろうが。

此処で行われていた非道は、それらの中でも最悪の一つに違いない。

鬼畜外道が。

吐き捨てると、私は皆を促す。

これから、この上に巣くっている大カエルを叩き潰す。

それに反対する者は。

ただの一人もいなかった。

 

3、バイアスグラップラー四天王第二位、ブルフロッグ

 

其処は、巨大な空間だった。

恐らくは、玉座とは別の場所。戦闘用の部屋なのだろう。

ブルフロッグ。

ガスマスクをつけた、カエルのような巨大な姿。

そいつは左右にゴリラを二機侍らせている。

どちらも、最初に迎撃してきた、あの本来の性能を持つゴリラだろう。相当に手強いだろう事は確実だ。

「ケロケロ。 随分とボクの城で好き勝手をしてくれたものだね」

「私の名はレナ。 貴様はブルフロッグで間違いないか」

「ああ、そうだよ。 それがどうかしたの?」

「此処での非道の数々、看過できん。 これより貴様を、今まで此処で起きた悲劇以上の苦痛を与えて殺す」

ケロケロと、ブルフロッグは笑う。

余裕の表情だ。

ガスマスクをつけているといっても、何しろカエル。

口の動きで、笑みを浮かべていることは分かる。

背中には機械のパーツがついていて。

それが、この化けガエルがサイボーグである事を、如実に示していた。

「ライト1、レフト1、まずはお前達からだ」

「承知」

機械的な声と同時に。

ゴリラ二機が動き出す。

どちらも主砲とミサイルを搭載していて、相当に強化もしている様子だ。手強い相手であることは、間違いないだろう。

主砲をウルフがぶっ放すと同時に。

左側のゴリラが、レーザー迎撃装置で主砲を撃墜。

双方、火力を全開に戦闘開始。

意外にも、ブルフロッグは後方に、驚くほど身軽に跳び下がり、平然と様子を見ている。

なるほど、此方の実力を確認しておくためか。

ミシカが、ヴードゥーバレルをぶっ放す。

敵のゴリラに直撃するが、グレネードで破れるほど装甲は甘くない。

だが。

その煙幕を利用して、六機の戦車の主砲が、全て一斉に敵ゴリラを直撃した。レーザー迎撃装置も、パトリオットも、発動の暇も無かった。

流石に中破したゴリラに突貫したウルフが、ゼロ距離から主砲を叩き込む。

一方、手負いのゴリラも、主砲を放っていた。

ウルフが激しく反動でバックする。

タイルを抉られていたが。

同時に敵一機を撃破。

しかし突出したウルフを、敵のもう一機が狙う。

だが、その時には。

私がそいつの至近に躍り出ていた。

まず対物ライフルを、主砲に叩き込んでやる。主砲の中に吸い込まれた対物ライフル弾は、内部で爆裂。

砲台が、内側から爆裂する。

更に、それでもCユニットの制御か、ミサイルを撃とうとするゴリラだが。私は砲塔に飛び乗ると。

剣を一閃。

ハッチを切り裂き、踏み砕いて落としていた。

戦車の弱点は上。

今も昔もそれは同じだ。

そして戦車の中に、ハンドキャノンを叩き込み、離れる。

ブルフロッグが笑うのが聞こえた。

カエルのバケモノは、いつの間にか、その巨体を更に上回る、巨大な戦車に乗っていた。

アクセルが警告の声を発する。

「ケロケロ、やるねえ。 じゃあ次はボクが行くよ」

「気を付けろ! あれは多分大破壊前後に作られた最新鋭戦車の完成品だ! 恐らくウルフより強い!」

「察しが良いね。 これは神話コーポレーションが開発していた、25式戦車。 アジア圏で配備される予定だった、ウルフのライバルになったかも知れない戦車だよ。 結局大破壊に間に合わなくて、設計図とプロトタイプだけを回収して作り上げたんだけれどね」

それは、あまりにも四角く。

重厚な戦車だった。

主砲も六本が並んでおり。

上部にはミサイルが多数。

膨大な火力で、前にいる敵を面制圧する。

コンセプトが一目で分かる。

そして何よりこのバケモノ同然の巨体。

マウスでさえ小さく見えてくるほどの大型戦車だ。

流石に要塞級ほどではないにしても。

凄まじい威圧感である。

散開。

私が叫ぶと、全員が散る。

一方敵は、ウルフに前面を向ける。

相当に装甲に自信があるのだろう。

と思った瞬間。

視界が、閃光で漂白された。

ミサイルが、全方位に。

一斉にぶっ放されたのである。

一瞬で四十を超えるミサイルが放たれたことになる。私はエレファントの影に。ミシカやカレン、犬たちも隠れたはずだが。

それでも、一瞬で各車の装甲が削られる。

更に、ウルフには主砲から凄まじい連射を浴びせかける25式。

ウルフは神がかった回避を見せるが。

それでも全弾回避は無理だ。

見る間に削られていく。

「アハハハハ、ケロケロ! どうしたどうした! カリョストロを倒した程度で、ボクにかなうと思ったか!」

「想定以上の戦闘力だな」

しかも、わざわざ戦車を出してきたと言うことは。

引きずり出してから、更に強力な実力を発揮する可能性が高い。

此処は、短期決戦だ。

猛烈な応射をしている味方戦車だが、何しろ敵の装甲が固すぎる。

悠々とウルフに向けて進みながら、主砲を乱発する25式。

またミサイルを発射する準備に入る。

ミシカが、ヴードゥーバレルをぶっ放すが、それもなんとレーザー迎撃装置が、全弾叩き落として見せた。

「ハハッ! 煙幕なんて効かないよ、ケロケロ!」

「それはどうかな」

同時に、私も迫撃砲を叩き込む。

レーザー迎撃装置が叩き落としてみせるが。

その隙に、私は至近にまで接近。

集中。

火力解放。

通り抜け様に、跳躍し。

レーザー迎撃装置を斬った。

ガコンと乾いた音がして。

レーザー迎撃装置が斜めにずり落ち、そして爆発した。

私が着地した瞬間、全クルマが同時に射撃。

25式の上にあるミサイルを、まとめて叩き潰していた。

誘爆。

私はその爆風を利用して、距離をとる。

かなり今ので消耗したが、まだ行ける。

力そのものはセーブしたし。

戦う度に、使いこなせるようになって来ているからだ。

流石に動きを止める25式。

だが、主砲はまだまだ動き、ウルフを執拗に狙う。

ついに、ウルフの無限軌道が擱座。

動きを止め、装甲もあらかた削られたウルフに、とどめを叩き込もうとした瞬間。エレファントが突進。

真横から、体当たりで動きを止め。

更にゼロ距離での主砲を叩き込んだ。

砲塔を旋回させようとする25式だが、死に体だったウルフが、主砲をここぞと連射。ケンも相当なプレッシャーだったろうに、良く耐えている。敵砲塔に直撃弾。装甲タイルが、まとめて消し飛んでいく。

他車両も熱狂的な攻撃を続ける中。

私は壁を蹴って天井近くまで跳躍。

ミサイルが設置されていた位置を狙って、対物ライフルを連射。ピンホールショットを、四回連続で決める。

更に、エレファントの逆側から突撃したカレンが。

踏み込むと同時に、双掌打を叩き込む。エレファントが同時に主砲をぶち込む。

内部に、相当なダメージが行ったはずだ。

「むう!?」

「ミシカ!」

「任せろっ!」

ミシカが対物ライフルを構え、ぶっ放す。

それが主砲の中に飛び込み。

皆が離れると同時に、25式の砲塔が、吹っ飛んだ。

濛々たる煙。

大破した25式。

改造を無茶苦茶に加えていたとは言え、流石はウルフのライバルとなっていたかも知れない車両だ。

大した強さだった。

だが、分かっている。本番はこれからだ。

内側から吹っ飛ぶ25式。

全車両が、一旦距離をとる。

大破した時に、爆発したのに。まるでブルフロッグには効いていない。これはつまるところ、此奴がカリョストロ同様、戦車より生身で遙かに強いことを意味している。

カリョストロより上位の四天王だ。

当たり前だろう。

そしてブルフロッグは、目を細めて、ケロケロと笑った。

その笑いには。

おぞましいほどの殺気が含まれていた。

「やるねえ。 ボクをこのクルマから引っ張り出したのは、キミ達が初めてだよ」

「ほう。 此処にずっと立てこもっていたのではないのか」

「ボクも昔は前線で戦い続けていた時期があったからね。 前線を退いてからも、体の強化は欠かしていない。 なんで逃げもせずに待っていたと思う?」

嫌な音がした。

金属音だ。

カエルの表皮が、メリメリと音を立てながら、内側から裂けていく。そして体そのものが膨張していく。

足が増える。

八本足になったブルフロッグは、口から巨大な主砲をせり出す。

生物的だった全身に、金属光沢が。

背中には、無数のミサイル。

それもサイロ式の奴が出現する。

顔面も、強烈なプロテクターがせり出してきて、覆った。

此奴。

体の殆どを、サイボーグ化しているというのか。

「ボクが、このバイアスグラップラー最強の戦車だからだよ! テッドブロイラー様は生身で言えば最強だけれどね! バイアスグラップラーにおける最強の兵器は、ボクという戦車なのさ!」

「来るぞ!」

「アメフトって知ってるかい?」

ぐんと、ブルフロッグが加速。

そして、とんでも無いパワーで、マウスを押し返した。

マウスが、じりじりとおされている。

動くときには、私でさえ目で追うのがやっとだった。

ヤバイ。

此奴、冗談抜きに強い。

「ルールのある喧嘩さ! ホラホラ、肉弾戦をしてる連中、気を抜いた瞬間死ぬよ? セットハット、ハーッ!」

ミサイルを打ち上げながら、再び残像を造り、ブルフロッグが動く。

マウスは今ので擱座した。

主砲もこのスピードでは捕らえられない。

ミシカが吹っ飛ばされる。

天井に叩き付けられ、床に落ち、バウンドして壁に。

盛大に吐血。

受け身どころでは無かっただろう。

他のクルマも、連射されるミサイルを迎撃しきれず、削られる一方。今度は煙幕を浴びるのは、此方の番だった。

ポチが飛びつくが。

余裕で振り払うブルフロッグ。

レオパルドがミサイルを一斉に放つが。

それさえも、ブルフロッグを捕らえられない。

そればかりか、ブルフロッグのタックルで、なんとレオパルドが横転した。

冗談じゃない。

「ケロケロ! 全部ひっくり返してから、底を抜いてやるよ!」

「これはどうだい!」

カレンがいつの間にか。

ブルフロッグの至近に。

踏み込みつつの、猛烈な蹴りを連打で叩き込む。

装甲をへし曲げるほどのカレンの蹴りだが。

それでさえ、ブルフロッグの装甲タイルを吹っ飛ばすに過ぎなかった。

反撃にブルフロッグは体を旋回。

カレンは避けきれず、ミシカのように吹っ飛ばされる。

エレファントが隙を見て主砲を叩き込むが。

なんと顔面で受けきってみせる。

そして次の瞬間には。

エレファントに、ブルフロッグの主砲が叩き込まれていた。

壁際まで吹っ飛んだエレファントが、その場で沈黙。

衝撃が凄まじかった。

乗っていた早苗は気絶だろう。

ベロが吠え、飛びかかっていくが。

ブルフロッグは残像を作って飛び退き。

マウスの主砲による射撃で装甲タイルを削られつつも、またミサイルを放つ。ベロにも一発飛んでいく。

かろうじてかわすが。

爆風で吹っ飛ばされた。

なるほど。

少しずつ、見えてきた。

「ウルフ、ティーガー、ゲパルト! 集中攻撃を続けろ! 狙いはCユニットに任せろ!」

「さて、キミとも遊んであげようねえレナ。 随分やりたい放題してくれたじゃないか」

至近。

ブルフロッグが迫っていた。

だが、次の瞬間。

ウルフの狙い澄ました一撃が、ブルフロッグの横っ腹に放たれていた。

だが、その一撃を。

ブルフロッグは、あろう事か手で止めていた。

爆発。

だが、多少手は焦げただけ。

「バイアスグラップラーは、大破壊前からの技術を保全しているんだよ。 こんな残りカスみたいな文明の火力、最強戦車のボクに通じる訳ないだろ。 ボクはロンメル型やマルドゥーク型をもしのぐ、最強の戦車だ!」

「良く喋るのは自信過剰の証だぞ」

「ハッ! 自信があるのは、実力があるから……」

腕が。

吹っ飛んだ。

ブルフロッグの、である。

大量のオイルだか血だか分からないものが噴き出す。

ブルフロッグが、始めて激高した。

「な、何を!」

「斬っただけだ」

既に此奴の癖は見えた。

ゲパルトとティーガーが、連携して総攻撃。

それらを受けきると、体当たりをまずゲパルトに。ゲパルトは壁まで吹っ飛ばされて、其処で擱座。

ティーガーはどうにか体当たりに耐えるが。

それでも、内部に尋常では無い衝撃が行ったはずだ。

今ティーガーはリンに任せているが。

無事だろうか。

しかし、その時。

私は、奴の背中に張り付き。ミサイルサイロに、マリアの拳銃を連射して叩き込んでいた。

爆裂。

背中が、派手に吹っ飛び。

装甲ごと、消し飛んだ。

大量の鮮血をばらまきながら、ブルフロッグが絶叫。

私は飛び退きながら、後一度、と冷静に計算していた。

この動き。

何度も連続では出来ない。

慣れてきているとは言え。

次やったら、多分意識を失う。

敢えて言わないが、ブルフロッグには癖がある。

攻撃をして来た相手に対して反撃した後。

硬直するのである。

攻撃の効果確認。

更に思考を進めて、次にどうするかを考えているのだろう。

移動しているときは何も考えていない。

だから火力は凄まじくても。

攻撃後に巨大な隙が出来る。

カレンが身を以てそれを教えてくれた。

死に体だが、まだ耐えているウルフと、マウスが、同時に射撃。

激高するブルフロッグ。

此奴は強かった。

だから、隙さえ晒しても、何ら問題は無かった。

恐らく隙については、指摘されていたはずだ。

テッドブロイラー辺りだったら、戦っていて気付くはずだからだ。

だが、自分の強さに対する圧倒的な自信。

いや、信仰が。

その致命的な弱点を、ついに克服させなかった。

ブルフロッグの、傷だらけになっている体に、ウルフとマウスの主砲は着弾しなかった。

長年培った癖は消えない。

攻撃をかわし、ウルフに突貫。

だが、マウスが緩慢ながらも立ちふさがり。

ブルフロッグの攻撃の直撃を受け止めた。

マウスの、頑強極まりない無限軌道が、派手に爆ぜる。

それぐらいの強烈なタックルだったのだ。

だが、其処で動きが止まる。

マウスの動きを読んでいたらしいウルフが。

擱座していたにも関わらず、故障覚悟で無理矢理車輪を動かしたのだろう。横に飛び出す。

主砲とミサイルの全てを、ブルフロッグに叩き込んだ。

直撃。

隙にもろに入ったのだ。

これはどうにもならない。

更に意識を取り戻したミシカが大型ライフルで射撃。

ブルフロッグの左目を打ち抜いた。

目玉をぶち抜かれても、意に介さず加速するブルフロッグ。

跳躍すると、主砲をぶっ放し、ウルフに直撃させる。

ウルフ中破。

だが、それは。

空中で、身動きできないという、最大の隙を晒すことになる。

この瞬間を、待っていた。

血だらけのカレンが跳躍すると、真下から渾身の一撃を叩き込む。

衝撃波が突き抜けるのが、私の所からも見えた。

既に私がぶち抜いていたブルフロッグの背中から、肉片と内臓が噴き出す。

ポチとベロが、其処に野戦砲を叩き込み。

そして、私が。

全神経を集中。

突貫。

ブルフロッグは、それでも意地を見せた。

無理矢理空中で旋回して、周囲全てにミサイルを放ったのだ。

ミサイルサイロ以外にも、体中にミサイルを搭載していたらしい。

流石というか何というか。

大したバケモノだ。

一発は私に飛んでくる。

だが、私は。

極限までの集中状態の中、それを斬った。

見る間にブルフロッグが迫ってくる。

ブルフロッグは、回避も出来ない中。

始めて、プロテクターに覆っていた顔の中に。

恐怖を浮かべていた。

「死ね」

それだけ言うと。

私は、計28回。

ブルフロッグを切り裂いていた。

そして、バラバラになったブルフロッグは。

全身の火器をばらまきながら。

大量の鮮血と肉片と内臓と一緒に。

分解しながら、床に落ちていった。

 

頭だけになっても、ブルフロッグは生きていた。

ケロケロと、相変わらず目障りに笑いながら。

「ケロケロ、やるじゃないか。 ボクを破った奴は初めてだよ。 この世界最強の戦車であるボクを破るなんて、大したものだ」

「貴様ら外道に褒められても嬉しくも何ともない」

かなり意識が怪しくなっているが。

だが。此奴の死は見届けなければならない。

ブルフロッグは、ケロケロと、笑い続けていた。

「褒美にキミに教えてやるよ。 ヴラド博士は不死身だ。 なぜなら、その体はとっくに滅んで、生体コンピュータに意識を移しているからな」

「……なんでそんな事を口にする」

「ボクは悪趣味な実験には興味が無い。 単純に戦いだけが好きだった。 ルールがあるアメフトみたいな喧嘩も好きだけれど。 何より好きだったのは、前線で暴れる事だったのさ。 ケロケロ。 でもね、他に人材がいないからって、こんな戦う相手もいない場所に追い込まれて、良い気分だと思うか? 今日はとても楽しい喧嘩だった。 だから、くれてやるよ。 ボクの部屋を探していきな。 生体コンピュータへのアクセスキー、シンクロナイザーは其処にある」

楽しい喧嘩、か。

煙を上げながらも、かろうじて動けるらしいウルフが、ひっくり返ったレオパルドを戻している。

這い出してきたアクセルが、クルマの状態を確認して廻り。

フロレンスが、酷い怪我をしている皆や犬たちの状態を診て回っていた。

私は、立ち尽くしたまま。

ブルフロッグが、うわごとのように呟いている言葉を聞いていた。

「アメフトの試合、もう一度見たかったなあ。 ボクも大破壊前は、ただの軍人だったんだぜ。 それが回り回ってこうさ。 確かに戦いは好きだったが、何処で道を間違えたんだろうね」

「……」

「キミも道をとっくに間違えているね。 バイアスグラップラーを滅ぼした後、どうするつもりだい? ノアを倒す? その後は? 人間をとっくに止めてしまっているキミは、最終的には何処にも行く場所なんてないよ、ケロケロ。 やがてキミも、バケモノとして怖れられるか。 それとも人間によって排斥されて殺されるか、そのどちらかしかなくなるよ」

「だとしても本望だ」

実のところ。

私にはもう、剣を振るう力も残っていない。

ブルフロッグはそれを見越した上で、おちょくっているのだ。

此奴の動きを見きり。

最大の隙をついて。

最大火力を叩き込む。

それだけで、全力を使い果たしてしまった。

まだだ。

もっと力を使いこなせなければ。

テッドブロイラーには勝てない。

いつの間にか、ブルフロッグは静かになっていた。

最後まで、嘲笑うように。

奴は笑みに口を歪めていた。

或いは、この化けガエルは。

本当に、最後は。

楽しいと思いながら、死んで行ったのかも知れなかった。

 

4、悪魔の島の最後

 

人がいなくなったデビルアイランドから撤収する。

此方も被害甚大。

まともに戦えるのは、ウルフとマウスしか残っていない。

アクセルも、必死にまずはウルフから直している状況だ。

ケンは、戦いが終わった後。

ウルフの中で気絶しているのが見つかった。

レオパルドを戻すので、限界だったのだろう。其処までやって、気を失ったのだとすると、大したものだ。

幸い命に別状はなかったはずだが。

ブルフロッグは大口を叩くだけあって、凄まじい実力の持ち主だった。ケンはあの殺気を浴び続け、耐えただけでも立派だった。

フロレンスは、彼女自身も結構危ない状態だったのに。

不眠不休で全員の応急手当を済ませ。

それが一段落してから、やっと休んだ。

今は、身動きできずにぼんやりしている私が。

艦橋で毛布にくるまって、ビイハブ船長が一番近いハトバに向かって舵を切っているのを、ぼんやり見ていた。

「激戦だったようだな。 それでもついに残るバイアスグラップラー四天王は一人か」

「その一人が、他の三人をあわせたよりも強いのが問題なんですけれどね」

「それもそうだ」

テッドブロイラー。

奴はもうノアとの決戦を終えたのだろうか。

まだそれは分からない。

一旦ハトバに入港したら、時間を掛けて手当とクルマの修理をしなければならない。モロポコへ向けて出港するにしても、物資を補給してからだ。

時間は掛かってしまうが。

まずそうしないと。

次の戦いには勝てない。

手を見る。

一瞬、その手が怪物のものになる幻覚を見た。

だが、それは幻覚だと、自分でも分かっていた。

黒院が言ったとおりの量だけ、レベルメタフィンは摂取したのだ。

怪物化することはない。

体の回復は大丈夫だ。

問題は精神のダメージ。

私は、力を使えば使うほど。

使いこなせるようになればなるほど。

やがて、人間から逸脱した存在へと変わり果てていくだろう。

いつの間にか眠っていた。

起きたときにはハトバだ。

リンが弾薬やタイルの補給をしてくれていた。

現地のメカニックも動員して、応急処置も始めてくれていたのは嬉しい。

私も起きだすと、手伝う。

派手にやられたバスや装甲車、バギーも。

一応の応急手当は二日ほどでどうにか終わらせる。

他のクルマも、動くところまでは修理した。

それだけで、もうモロポコへ向けて出航する。

後は移動中に直していけば良い。

モロポコに到着する頃には、全部のクルマがまともに動くくらいまでは修復も済んでいるだろう。

問題は人の方だ。

ミシカは何カ所も骨折していて、今もベッドに張り付き。ただ、今の時代の人間は強靱だ。ちょっと骨折したくらいなら、モロポコについた頃には治るだろう。

カレンもあまり怪我は軽くない。

犬たちも、どちらも怪我をしている状態だ。

あまり味方のコンディションは良いとは言えない。

私も何度か寝オチすることがあった。

コレは恐らくだけれども。

力を使った反動が、脳に過剰な負担を掛けているのだろう。

だが、その負担も、徐々に小さくなっている。

私が人間ではなくなっている証拠だ。

黒院は島になってしまった。

私はヒトの形を失わない程度にレベルメタフィンを摂取したが。

テッドブロイラーを倒す頃に。

まだ精神が人間のままである自信は、あまりなかった。

フロレンスが来て、診察していく。

最近は食事もあまりしなくなっている私を見て。

フロレンスは、いい顔をしなかった。

「栄養はとりましょう」

「どうも腹が減らない」

「それなら余計に、食べるだけ食べておきましょう。 カリョストロ戦に比べて、段違いに強くなっているようには思えません。 それに先に言ったとおり、消耗した分体積が減っています。 食べないとその内消えてしまいますよ」

「……そうかも知れないな」

テッドブロイラーの実力を考えると。

バイアスグラップラー最強の戦車を自称していたブルフロッグなど、足下にも及ばない次元なのだ。

ノアとの戦いで消耗していることを期待するのは楽観。

それは戦闘での優位を自分で投げ出すことになる。

それに、もっと情報が欲しい。

カードキーのようなものが手元にはある。

ブルフロッグの部屋にあったという、シンクロナイザーなる装置。

これで不死の秘密を持つという、ヴラド博士に直接接触できる。

何があったのか。

どうして狂ったのか。

知る事が出来る。

そして、不死だというのなら。

それも止める事が出来る。

バイアスグラップラーを率いていたのがヴラド博士だとしたら。

絶対に許すわけには行かない。

この世から屠り去らなければならないだろう。

アクセルが来た。

モロポコにもうすぐ到着するというタイミングである。

クルマの修理があらかた終わった、という報告と。

それから、これからどうするのか、聞きに来たのだ。

カレンもいる。

実質上のナンバーツーであるカレンを伴ってきた理由はよく分からないが。

会議はこれから行うのだし。

事前に教えておいても良いだろう。

「デスクルスを潰す」

「モロポコで聞いた、元刑務所とか言う奴か」

「そうだ。 バイアスグラップラーの本拠の前にある、最後の拠点の筈だ。 其処を叩いてみて、敵の対応能力を確認する」

「……あまり気は進まないな」

アクセルがぼやく。

理由を聞くと。

以前立ち寄ったとき、モロポコで聞いたのだという。

デスクルスから脱出してきた人間がいて。

そいつが言っていたそうなのだ。

彼処は地獄だ。

入ったら出られない。

廃人同様になったその男は。

今も恐怖の記憶に苦しめられているという。

だが、別の情報もある。

デスクルスは、入る分には問題ないし。

バイアスグラップラーが支配しているにも関わらず、周辺の住民をさらったりしていないというのだ。

この辺りは分からない。

とにかく、中を確認してみるしかないか。

いずれにしても、決戦の時は近づいている。

これからは、6桁賞金首とやりあわなければならない。

今回は消耗も激しかった。

ブルフロッグの賞金は受け取ることが出来たが、それでも何とか少しだけ黒字、という程度に被害は大きかった。

撤退が遅れていたら、敵の救援部隊が来ていたかも知れない。

それを思うと、今でも冷や汗が出る。

ともあれ。

ここからが本番だ。

バイアスグラップラーとの決戦は。

間近に迫っていた。

 

(続)