最果ての廃墟
序、鼠
雄叫びを上げてテッドブロイラーが躍りかかった最初の相手は、ロンメル級超大型要塞戦車。陸上戦艦とも呼ばれるバケモノ。
賞金首としても賞金額六桁が確実。
単独でそこそこ大きめの街を滅ぼす力を持つ、鋼鉄の暴力だ。
だが、その暴力の主砲。対空砲火。ミサイル。いずれもテッドブロイラーを撃墜する事かなわず。
そればかりか、一瞬後にその拳が、ロンメルの装甲をぶち抜き。
更に、内部に一万度を遙かに超える熱量が、叩き込まれていた。
爆裂。
そして四散。
多少の傷などものともせず、満面の笑みを浮かべたまま、テッドブロイラーは次の相手に襲いかかり。
焼き尽くし。
殴り潰し。
引き裂き。
そして粉々にした。
数万に達するノアの軍勢が、テッドブロイラーの暴れ回る地点から、切り裂かれていく。その後に続く無数のSSグラップラーと、重戦車ゴリラの群れ。
数では勝っているはず。
質でも勝っているのに。
それなのに、ノアの軍勢は、
見る間に崩れ始めていた。
数体の軍艦ザウルスが前に出て、テッドブロイラーに集中砲火を浴びせに掛かるが。だが、空中で凄まじい機動するテッドブロイラーが。
目からビームを放ち、砲弾を撃墜してみせると。
恐れを知らぬはずの巨大な化け物が。
明らかに怯む。
其処へ、数十機のゴリラから主砲が一斉に放たれ。
首を吹き飛ばされた軍艦ザウルスが、横倒しに。
味方の群れを巻き込みながら、地面に倒れ伏した。
濛々たる土煙が上がり。
テッドブロイラーは更に進み、敵の中枢を滅茶苦茶に破壊していく。
指揮車両にて、モニタでクラッドはその一部始終を見ていた。
凄まじい。
正に暴力の権化だ。
背負ったボンベから炎を噴き出し、空中を自在に飛び回り。
目についた大物を片っ端から殺し。
雑魚は文字通り炎の嵐にて焼き払い。
そして補給で戻ったと思えば。
脇目もふらずに再出撃していく。
数万からなるノアのモンスターの群れには、二十を超える賞金首クラスがまざっていたのに。
わずか三時間で半減。
ゴリラによる集中射撃もあったけれども。
それ以上の数を、テッドブロイラー一人が倒しているのだ。
凄まじいにもほどがある。
前衛では、SSグラップラーの群れが、敵と血みどろの戦いを繰り広げているが、キルレシオは1対10というところか。
流石に強化に強化を重ねたクローン兵士。
強い。
生半可なモンスターでは、手も足も出ないほどに。
だが、それでも相手の数が数だ。
ゴリラも次々撃破される。
中破や小破した機体は下がって来て、拠点での修復を行うが。
大破した機体は、もはやその場に放っておく。
3度目の出撃をテッドブロイラーがしたころには、敵は完全に算を乱していて。大物は殆どが潰され。
軍勢も内側から喰い破られるようにして、四散していった。
それを容赦なく追撃し。
徹底的に焼き尽くし。
荒野を黒焦げの死体で埋め尽くしていく。
戦いの決着が完全についたのは、開戦から八時間ほど後。
テッドブロイラーは、上機嫌で戻ってきた。
「多少物足りなかったな。 恐らく次があるぞ」
「次ですか」
「ノアのモンスターがこの程度の数なものか。 牽引車両を出して、擱座したり大破しているゴリラを回収しろ。 破損している機体も修復を急げ」
「分かりました」
働いているのは、SSグラップラー。
此処にいるのは、各地の前線を守っていたならず者や、ハンター崩れのバイアスグラップラー兵士ではない。
テッドブロイラーと。
その限られた精鋭の家臣。
それに、SSグラップラーだけだ。
前々から、各地で暗躍しているピチピチブラザーズが戻ってくる。二人だけで、かなりの戦果を上げた様子だが。
お気に入りだというバイクは中破していた。
ステピチはクラッドを見ると、皮肉を言う。
「クーラーの効いた部屋で良いご身分ザンスね」
「味方が負けたら此処など一瞬で蹂躙されてしまいますよ」
「……まあ、それもそうザンスね」
「活躍の方は見ていました。 バイクに乗ってあれだけの暴れぶり。 四天王にエントリーしてはどうですか」
応えはない。
テッドブロイラーが、それに対して口を挟んでくる。
「レナを倒したら四天王に、という約束でな。 此奴自身がそれを守りたいと言っている」
「厳しいでしょう。 彼奴はモロポコでもさっそく大暴れしているそうです。 この戦いにけりがついたら、テッドブロイラー様が出るべきかと思います」
「この戦いにけり? すぐにはつかないだろうよ」
テッドブロイラーは、自分用の回復槽に入ると言い残して、部屋を出て行く。
まあ、その予想は正しいだろう。
すぐに斥候が戻ってきた。
SSグラップラーは肌の色も人間とはかなり違っている。受け答えも機械的だ。
だが、相応の判断力を持ち。
それも的確だ。
実際問題、斥候の役目を与えられたSSグラップラーは、きちんと命令をこなして戻ってきている。
要するにSSグラップラーは。
兵士として、極限まで無駄を省いた存在。
ロボットの兵士を肉で作った。
そういうものだ。
「敵の大部隊を発見。 数は推定二万五千」
「二万五千……」
少し考え込む。
地図を拡げ、状況を確認。
当然横腹を突いてきたり、補給路にちょっかいを掛けて来る事を考え、進軍路には強力な防御陣地を構築している。
これらを作るため。
今まで領土として確保していた地域さえ兵力を引き上げさせ。
其処にあった物資も根こそぎに戻してきたのだ。
海の北側にあった基地類もそうだが。
海の南側も、かなりの地域がバイアスグラップラーの手にあった。
だが、それらからも全て兵を引き上げ。
野砲やミサイルなどの据え付け装備も持ち出した。
この時のためである。
どれだけバイアスグラップラーが、今回のノア撃滅作戦に力を入れているか。これだけでもよく分かる。
そして、である。
これだけの力を入れた作戦だ。
失敗したらもはや取り返しがつかない。
最前線にテッドブロイラーが来ているのは、絶対に作戦を成功させるためだが。
それでも、どうにも不安がぬぐえない。
不滅ゲートに連絡。
ゲオルグがすぐに出た。
「其方で襲撃は受けていませんか」
「至って平和だ。 アシッドバレー近辺の6桁賞金首どもも、ごくごく大人しくしている程だ」
「それならば良いのですが」
「何か気になることが」
少し躊躇った後。
クラッドは答える。
「順調すぎる気がします。 確かに緒戦で敵は相応の戦力を出してきましたが、もしも本気で此方を阻害するつもりなら、もっと的確な策があるはずです。 しかも今、最初に撃滅した敵の半分ほどの規模の部隊が、既に出てきています。 最初の部隊とこれが合流していたり。 或いは後方に回って補給路を突いていたりすれば、展開はかなり変わっていたでしょうに」
「縦深陣に引きずり込んで、消耗を誘ってから一気に、という可能性は」
「テッドブロイラー様の破壊力を考える限り、それは難しいでしょう。 縦深陣に引きずり込むどころか、ノアの居場所までもうあまり距離がありません。 ノア自身にそれほど高い戦闘力があるのなら兎も角……」
ノア自身に高い戦闘力があるなら。
ずっと引きこもっていることはなく。
自ら人類抹殺に乗り出してきているはずなのだ。
それをしていないと言う事は。
早い話が。
ノアそのものには。
それほど凄まじい力はない、という事になる。
それにだ。
情報として掴んでいる。
ノアを作ったメンバーの一人が、バイアスグラップラーの始祖、ヴラド博士だという事は。
ノアを起動させたのは、愚かな当時の支配者層だが。
設計者が言うには。
あくまでノアは頭脳としての存在。
ノアそのものには、圧倒的な戦闘力はない、ということだ。
勿論、大破壊が起きてから、既に幾世代が重なり。
大破壊発生時生身の人間は、もはや誰も生きていない。
それほどの時を重ねたのだ。
強力な防御システムを、ノアが構築していてもおかしくは無い。
だがそれにしても、である。
こんな兵力の逐次投入をしてくるのは妙だ。
どうにもおかしいとしか思えない。
「偵察を更に増やせ。 徹底的に周囲を探り、伏兵や別働隊の存在を洗い出せ」
「分かりました」
頷くと、SSグラップラー達が指揮所を出て行く。
代わりに、休みに入っていたピチピチブラザーズが戻ってきた。
「何か問題ザンスか」
「およそ25000の敵が姿を見せました。 前回の半分ほどの規模ですが、それでも看過できません」
「此方の消耗から考えて、前の半分なら潰すのは容易ザンスよ」
「相手がそれだけなら、そうでしょうね」
ステピチは頭の悪そうな言動をしているが。
本当に頭を使うのが苦手そうな弟と違い、それなりに頭を使っている。
判断力も悪くないし。
此方がいう事も、かなり的確に推理し、分析して、正解を導き出してくる。
「つまり、罠か何かだと言うザンスか」
「勿論テッドブロイラー様は先の戦いでもめざましい戦果を上げていますが、それでも危険は可能な限り排除する必要があります」
「そんな事は当たり前ザンスよ。 それで敵の策があるとしたら」
「一番簡単なのは、縦深陣に引きずり込んで袋だたき、という事でしょうが。 テッドブロイラー様の場合、罠ごと喰い破る可能性が高いでしょう。 他には後方の補給地点を丸ごと叩き潰す、という事ですが。 後方には強固な防御陣地を構築しながら進んでいます」
だが、敵の動きは。
あまりにも迅速。
そして25000の兵は。
逐次投入されるために準備されているとはとても思えない。
それに、不滅ゲートは、その程度の兵力ならば、余裕で耐えて見せるだろう。
「そうやって、考えすぎさせるのがノアの目的ではないザンスかね」
「ノアは恐ろしいまでに無駄を省いた行動をしてきます。 何しろAIですからね。 人間を殺す方法だけを考えている輩です。 どのようにして効率よく此方を殺すかだけを考えているはずです」
「それで、身動きが取れなくなったら、本末転倒ザンスよ」
「兄貴ー。 眠い」
オトピチが露骨な大あくびをしたので。
ステピチが舌打ち。
頭が悪くても。
オトピチは戦力で言うと、ステピチを凌ぐ超腕利きだ。
圧倒的な実力で、前回の戦いでも、群がるモンスターをSSグラップラーの誰よりも多くなぎ倒している。
眠いと言い出したという事は。
話が退屈だと言うことでは無くて。
もう少し体力を回復しておきたい、という意思表示だろう。
それならば、留め置くことも出来まい。
「分析は進めておきます。 テッドブロイラー様が起きだすまで時間はありますし、少しお休みください」
「ふん……行くザンスよ、オトピチ」
「分かったよー、兄貴ー」
ピチピチブラザーズが指揮所を出て行く。
地図をもう一度確認。
敵がいる位置を中心に、更に後続部隊がいるとしても。
このまま行けば、後二三回で敵の抵抗は尽きる。
此方の戦力には余裕がある。
消耗した分の戦力を下げても、バイアスシティから増援を更に繰り出すことも可能な状態だ。
問題は無い。
だが、何だろう。
何かぴりぴりする。
罠があるとすれば。
それは一体何だ。
翌朝まで、休憩を入れながら考え込んだが、結局判断は出来ず。
テッドブロイラーが起きて来た。
全てを包み隠さず話すが。
テッドブロイラーは、腕組みする。
「補給の遮断や、横からの攻撃を考えているのなら、恐らくはとっくにやってきている筈だ。 それをして来ていないということは、ノア自身の防衛力に余程自信があるのか、それとも切り札があるか、どちらかだろう」
「切り札、ですか」
「規格外の賞金首とかな」
「!」
そうか。
その可能性も、排除できなかった。
確かにそんなバケモノがいても不思議では無いだろう。
ノアは今まで、あまりにもたくさんの賞金首モンスターを作り出してきたのだ。人間を殺すためだけのモンスターを。
それらのデータは全て蓄積しているはずで。
それを全て集約すれば。
テッドブロイラーにも届くかも知れない。
つまり、今まではテッドブロイラーの戦力を的確に見極め。
その賞金首を繰り出して、叩き潰すための前準備だとすれば。
話は筋が通る。
「かまわん。 俺が焼き尽くしてやる」
「くれぐれもお気をつけください」
「誰に向かってものを言っている」
鼻を鳴らすテッドブロイラー。
人間を止めてから、今までの百年以上、無敗を誇ってきたというテッドブロイラーである。
その戦闘力は、機械が作り出したゴミクズどもなど、相手にもならないとも、自称している。
普段であれば、そんな驕りは敗北を招くだけだが。
テッドブロイラーの場合。
それは驕りでもなんでもなく。
単なる客観的事実に過ぎないのである。
本物のバケモノが。
自分はバケモノであると称しているだけだ。
偵察のSSグラップラーが戻ってくる。
その中には、眼前の敵を探ってきた者達も混じっていた。
「敵の中に、ひときわ巨大な、人型のロボットがいるようです」
「アラモジャックのようなものか?」
「アラモジャック?」
「人間がノア対策に作り出していた最終兵器の一つだ。 他にもクロモグラやジャガンナートというものがあったが、今までに全てが失われている。 ノアがデータをどこからか入手し、コピーしていてもおかしくは無いだろう」
流石にこの辺りの知識は、ずっと生きているが故か。
そして、テッドブロイラーは。
怪物そのものの顔を笑みに歪めた。
「少しは面白くなりそうだな」
1、鼠の洞窟
大きな洞窟だが。内部に入ってみて、これは大変だという感想が最初に出てきた。まず入り口に大量にいる巨大な虫のモンスター。蝙蝠の巨大化したモンスターも山ほどいる。これらを駆逐しても、現実として残っているのは、モンスターの大量の糞である。
勿論糞には膨大なゴキブリと蛆虫が湧いており、
しかも分厚く堆積している。
ミシカは完全に無言。
臭気も凄まじかった。
アクセルが、真っ青になったまま言う。
「此処に、クルマを乗り入れるのか」
「やむを得ないだろう。 それとも徒歩が良いか」
「どっちもいやだ!」
泣きそうな顔でミシカが言う。
こういう洞窟にはよくあるらしいのだが。
此処の場合、モンスターとして人間を襲うサイズにまで巨大化した蝙蝠と。更に同じように、人間を襲うまでに巨大化した虫のモンスターが、おぞましいほどの数生息しているという状況で。
洞窟の入り口がより酷い事になっている、ということだ。
しばし考えた後。
私はナパームで入り口近辺を完全に焼き払うことにした。
これらの糞は肥料としても使えないだろう。
何しろノアのモンスターの糞である。
そういった利用が出来るようになっているとは思えない。
有毒物質が大量に含まれているか。
それとも何かしらの異常を作物に発生させるか。
そのどちらかだろう。
ナパームで敵を燻り出す意味もある。
しばしナパームを叩き込んでいると。
やがてモンスターが、どっとあふれ出してきた。
勿論つるべ打ちにして、片っ端からねじ伏せる。
数は多いが、それほど質は高くない。
此処の洞窟には、賞金首クラスのモンスターについても、存在は確認されていない。それならば、油断さえしなければ大丈夫だろう。
ほどなく、掃討戦が終わる。
入り口も、その頃には。
焼き固められていた。
ミシカがいやがるので、更に処置。
バスのパーツを組み替えて、いわゆるブルドーザースタイルにすると。
入り口に大量の土砂を放り込み。
慣らして糞を上から土で覆ってしまったのである。
ミシカも、それを見て。
これ以上面倒を掛けたくないと思ったのだろう。
バイクを出して、前に出ると言った。
まあそれで充分だ。
「早苗、エレファントでネメシス号に残ってくれるか」
「私が残るんですか?」
「何か嫌な予感でもするのか」
「はい。 私が行った方が良いと思います」
此奴の霊感は実際に見て確認している。
言うからには、何かあるのかも知れない。
それに重戦車を何機も連れていって、内部で崩落でも起きたら目も当てられない。地盤はしっかりしているようだが。
それでもものには限度があるのだ。
そうなると。
残すべきはゲパルトか。
「山藤」
「おう」
「ゲパルトを任せる。 ネメシス号の護りを頼めるか」
「分かった。 任せておけ」
頷くと、私もバイクで。
残りのクルマの内、バスとウルフ。エレファントとバギーを動員する。
このうちバスは、内部でクルマを見つけた場合に、牽引するために使用する。相手が100トン級の戦車であっても、牽引だけなら出来るだろう。
山藤はネメシス号に残って貰うが。
他のメンバーは、全員クルマに分乗して貰う。
これは何があっても不思議では無いから、である。
特に崩落が起きた場合。
エレファントとウルフで内側から。
外側からゲパルトとレオパルドで、強引に穴をブチ開ければ。
脱出する事はそれほど難しくないだろう。
ただ、それでも限度がある。
洞窟が全部破壊されたら、その時は諦めるしかない。
それも考えて、クルマは最小限だけ持っていくのである。
さて、此処からだ。
しばらく換気する。
換気については、クルマのパーツである換気装置を使って、入り口で空気を入れ換えるのだが。
凄まじい臭気である。
当たり前の話で。
モンスターの大量の亡骸と。
その糞を焼いたのだ。
辺りには、凄まじい臭気が漂い。ミシカは完全に船の中に引っ込んだ。私も無言でマスクをした。
カレンでさえ、眉をひそめているほどである。
私は作戦遂行の指揮を執っている手前、クルマの中に逃げ込むつもりはないが。
それでも、流石にうんざりした。
しばし換気をして。
洞窟に入れる状況を作り上げてから。
地面をならし。
そして、皆を招いた。
洞窟には、車高があるバスでも入れる大きさがあるが。
内部までそうとは限らない。
しかしながら、今回は幸運と言うべきか。
内部には明らかに手が入っていて。
バスを乗り入れることが、十分に可能だった。
ひょっとするとこの洞窟。
何かしらの施設だったのかも知れない。
それをノアが制圧し。
モンスターの巣として作り替えたのだろうか。可能性は、あると見て良いだろう。少なくとも、内部は明らかにもとは人間が出入りしていたのだ。
内部に入ってみると。
どうやらその予想が当たっていたことを悟らされる。
明らかに通路が舗装されており。
壁も床も。
コンクリで固められていたからだ。
だが、それらも。
分厚いナマリタケに覆われていたが。
ナマリタケか。
人間に対してダメージを与えるため、ノアが作り出した存在の一つ。主に装甲タイルに繁殖し、非常に重いそれは、クルマのエンジンに大きな負荷を掛ける。
多分だが、これだけナマリタケがあると。
此処を出たとき、どの戦車もメンテナンスが必要になるはずだ。
装甲タイルは幸い高いものではない。
だから総入れ替えしても、今まで蓄えた金が消し飛ぶようなことはないけれど。
それでも、良い気分はしない。
何カ所かで分岐しているが。
いずれもが、部屋などに別れていたり。
或いは崩落していた。
部屋などを調べると、どうやら此処は軍事施設だったらしく。
とてももう食べられそうにもないレーションだったものや。
壊れてしまっている銃火器。
それに、ボロボロの衣服などが。
グチャグチャに壊された室内に、散らばっていた。
それらには、例外なくモンスターが巣くっていたり。
或いは大量の虫が住み着いていたり。
いずれにしても、清潔とはとても言えない環境だ。
しばし探索して。
奥を探す。
埃が積もっている誘導灯を、フロレンスが見つけた。
だが、誘導灯そのものがもう駄目だ。
完全にナマリタケだらけで。
もはや見られたものではない。
「此方です」
不意に、早苗が言う。
やむを得ないか。
霊感に頼るのは正直な話良い気分はしないのだけれども。エレファントをあっさり見つけた実績がある。
バイクでエレファントに並びながら。
早苗に聞いてみる。
「何か幽霊とかそういうのに聞いているのか?」
「いいえ、そういうわけではないのです。 呼ばれているので、ついていっている、というところでしょうか」
「呼ばれている? 誰に」
「ものには魂が宿るという考えが、この地域には古くからありました。 今は失われてしまっている考えですが、それそのものがなくなった訳ではありません。 古い時代は、物に宿った魂を付喪神と呼んでいたのです」
よく分からないが。
その付喪神とやらの力を借りている、というわけか。
途中で何度か戦闘があるが。
鬱憤を晴らすように、ミシカが一人で全部蹴散らしてしまう。
戦車はこの狭い中では取り回しが悪いし。
私とカレン、ミシカでやるしかない。
ケンも砲塔から顔を出して、アサルトライフルで支援をしてくれるが。
最近は集弾率が露骨に上がっていて。
ケンだけでモンスターを仕留める事も多い。
ただ、今日はミシカが全部蹴散らしてくれているので。
任せる事にする。
「もう少し奥です」
「ふむ」
水が溜まっていて。
それを抜かないと駄目だ、と言う話をしていたか。
やがて、到着したそこは。
何というか、おぞましい場所だった。
水が確かにたまっている。
だがそれは完全に翠色。
コケがびっしり繁殖していて。
しかも、青黒い光が、その空間を満たしている。
なにやら、そういう色のライトで照らしているようなのだが。よく見ると、光を出しているのは生物だ。
何だこの空間は。
一部に、水を抜けそうな場所がある。
排水溝になっていたようなのだけれど。
それがコケで塞がっているのだ。
そして、確かに水の中に。
何かある。
此処までの道中で、相当数のモンスターと交戦したが。
それらが此処を作り替えたのは間違いない。
まずは、水を抜いて。
更に、あの光を出している生物を駆除するところから始めるか。
「処理するぞ」
「いや、向こうから来る!」
ミシカが叫ぶと同時に。
光を出していた得体が知れない生物が、一斉に飛びかかってきた。
どうやら虫のようだが。
昔存在した蛍とか言う生物と同じような仕組みで光を出していたのだろうか。此処はそいつらの繁殖場だった、と言う訳か。
更に水の中からも。
たくさんの巨大なムシが出てくる。
それも、いわゆる蛆虫型の奴だ。
此奴らの幼虫かも知れない。
無言で対物ライフルをぶっ放して、片っ端から片付ける。近づいて来た奴は、剣で一刀両断。
ミシカと私、カレンでクルマに近づく奴は吹き飛ばし。
それ以外は、クルマの装甲で耐える。
バギーや装甲車を持ってきていれば良かったなあと少しばかり後悔するが。
今の接近戦メンバーなら、この程度の相手はどうにでもなる。
だが、それでも互いを補い合う必要があるのには代わりは無い。
ミシカの頭に。
六メートルもある、大蛇のような虫が噛みつこうとした。
ミシカは飛びかかってきていた蛍っぽいデカイ虫を、大型ライフルで蜂の巣にしているところで。
しかも虫は死なずに、何度も飛びかかろうとしている。
つまり対応出来ない。
大蛇のような虫の首を、一刀両断。
更に、エレファントを蹴って跳躍して。
空中で一匹を切り伏せ着地。
剣を鞘に収めると、今度は私の後ろに回り込んでいた一匹を、カレンが後ろ回し蹴りで吹き飛ばし。
それは壁にぶつかって。
茶色い汚い染みになった。
ミシカも眼前の敵を倒すと、水が溜まっている場所に、グレネードを連続して放り出す。
おぞましい悲鳴を上げて。
巨大な虫たちが、爆発に吹き飛ばされ、もがき苦しむ。
一匹、不意に飛び出してきたそれが。
私に体当たり。
だが、そのタイミングを見切った私は。
受け流して。
ずりさがりながらも、相手を投げ飛ばし。
そして地面に叩き付けつつ、対物ライフルで頭を打ち抜いていた。
びたんびたんと尻尾で辺りを叩き付けている虫の生命力に呆れながら。
周囲を確認。
あらかた片付いたか。
体当たりで骨が折れるようなことはなかったが。
少しびりびりとする。
ミシカは肩で息をついている。
というよりも。
やっぱり虫がいやだったのだろう。
「冗談じゃねえ」
「後ろ」
「ひっ!」
ミシカが露骨に怯むが。
私がハンドキャノンをぶっ放す方が早い。
ミシカのすぐ側を抜けたハンドキャノンの弾丸が、まだ生きていて、ミシカに何か変な液体をぶっかけようとした虫を消し飛ばした。
カレンも、死んだフリをして飛びかかる隙を狙っていた虫を踏みつぶす。
単に踏みつぶしたのでは無く。
何か技だったのだろう。
ドンと凄い音がして。
虫が円状に潰れた。
大量の体液が飛び散るのを見て。
流石にカレンも眉をひそめた。
フロレンスがバスから顔を出す。
「掃討は終わりましたか?」
「ああ。 だが、念のためだ。 バスの中にあるグレネードを出してくれ」
「分かりました」
ミシカも、ヴードゥーバレルを出すと。水の中に叩き込む。
更に何度か爆発を引き起こして。
これで衝撃波で。水の中に何か潜んでいたとしても、もはや生きてはいないはずだ。
その後は、ケンに指示し。
ウルフの主砲で。
排水溝らしき場所を砲撃する。
分厚いナマリタケとコケの壁も。
砲撃の前にはひとたまりもない。
それでも一撃は耐えたが。
二度目で穴が抜けた。
凄まじい臭気が辺りに漂う。
水が抜けるときに、何か起きたのかも知れない。兎に角、おぞましいまでの臭気が、周囲を一気に蹂躙した。
流石にミシカだけではなくカレンも閉口して、換気機能のついているバスに避難。
私はマスクだけして、その場で警戒を続ける。
クルマに臭いがつきそうだなと思ったが。
まあそれは仕方が無いだろう。
水が引いてくると。
惨状が見えてきた。
コケが分厚く積もっていて、元々此処が何だったのか分からない有様である。
大量にある巨大な虫の死体。
いや、本当に虫なのかさえ分からない。
更に、膨大な骨。
近隣の住民のものか。
いや、そも人間のものかさえもよく分からない。
そして、水が溜まっていた場所の中央。
こんもりと。
小山のような巨大な、ナマリタケの塊があった。
どうやらこれが。
目的のものらしい。
ナマリタケに加えて、びっしりとコケで覆われてしまっている。
これは役に立つのだろうかと、私は眉をひそめたが。
いずれにしても、コンテナはこういうときのためにある。
そして、バスは。
コンテナの機能を有している。
まず、まだ湿っている水底を、火炎放射器で焼く。
一度全員部屋から出た後、ガソリンを撒いて、着火。
全て燃やし尽くす。
その後、換気を充分にして。
それから、もう一度部屋に。
全てが炭になったその部屋では。
もはや水気は存在しなかった。
酷い臭いは、ガソリンのそれに取って代わられているが。
いずれにしても、長居したくない場所に代わりは無い。
バスの後部を開けて、クレーンを出し。
ミシカには見張りを頼む。
そして私はカレンと一緒に、クレーンでナマリタケの塊を固定。幸いにもと言うべきだろうか。
今直火焼きしたからか。
ナマリタケは柔らかくなっていて。
クレーンで引くだけで、引っ張り出すことが出来そうだった。
問題は、である。
おぞましく重い、ということだ。
バスがパワー不足で悲鳴を上げているので。
エレファントとウルフを連結。
重戦車二機のパワーを上乗せして、一気に引っ張り上げる。
「信じられない重さだね」
「巻き込まれるぞ。 少し離れろ」
カレンを促して、自分も水が溜まっていた場所から出る。深さもそれなりにあったのだが。
この施設は何だったのだろう。
いずれにしても、だ。
しばしの抵抗の後。
ナマリタケに覆われた塊は。
引きずり出された。
ただ、簡単にはいかず。
引きずり出すとき、がくんとバスが揺れ。
一気に動き出したため。
壁に激突しそうになったが。
クレーンで上手につり上げながら。
ゆっくり降ろす。
しばしして。
どうにか床に降ろしたときには。
正直ほっとした。
どうやら、ナマリタケがない下部分を、つり上げているときに見上げた感じでは、クルマで間違いなさそうだ。
それも、ナマリダケで嵩が増しているとは言え。
相当に巨大なクルマである事は確実だろう。
これはフラッグ車として使える。
絶対に最後まで生き残らなければならない医療要員であるフロレンスを守るには、最適なクルマだ。
まずは、これをネメシス号まで牽引しなければならない。
帰り道は、徹底的にモンスターを掃討してあることだけが救いだが。
早苗が降りてきて。
丸焼きにした虫と、それ以外の亡骸を全て集め始める。
今までに掃討した分。
入り口で土に埋めた分もだ。
外に出ると、それらを改めて荼毘に付し。
鎮魂の儀を始めた。
誰も止めない。
こういう荒野だからこそ。
こうやって、命に対して敬意を払う行動をとる者は必要だと私は思う。私とはやり方が違うけれど。
それを否定するつもりはない。
その間に、アクセルは。
持ち帰った、ナマリダケの塊を見て絶句。
メンテナンスをするとは言ったけれど。
顔が引きつっていた。
「此処まで酷いクルマははじめて見る」
「汚染された水に沈んでいたんだ。 仕方が無い事だろう」
「それはそうだが……」
「他のクルマも頼む。 ナマリタケが付着している可能性が高い」
頷くと、アクセルはケンを呼ぶ。
そして、メンテナンスの仕方を教え込んでいた。
ケンは熱心にやり方を覚え込んでいく。
将来ハンターとしてやっていく時には。
それらの知識が重要になると、本能的に分かっているのだろう。
出来た子だから、ではない。
この子は元々浮浪児だ。
浮浪児時代に、地獄を見ている。
今、私に出会うという偶然を経て、やっとまともな暮らしが出来るようになった。その事を考えれば。
昔に戻りたくない。
その一心だけでも。
どれだけでもがんばれるだろう。
まして私は、ケンに過酷な戦場で生き抜く術は教えているが、厳しく接しているつもりはない。
潰してしまっては意味がないからだ。
私は自分自身には幾らでも厳しくなれるが。
他の人間にそれを強要するつもりはない。
人間がどれだけ生きているかさえ分からない今の時代。
人材は、一人でも必要だからである。
しばしして。
アクセルが、疲れ切った顔で。船室で休んでいた私の所に来た。なお、フロレンスが診察した直後である。
「いいか」
「あのクルマが何か分かったか」
「ああ。 マウスだ。 ただ内部まで徹底的にぶっ壊れてるから、つかいものにはならないな。 多分全体を徹底的にオーバーホールして、作り直すくらいの覚悟が必要だ」
「どれくらいかかる」
最低でも50000Gと返ってくる。
それくらいなら許容範囲内だ。
そもそも、私はモロポコ方面に来てからも、モンスターを狩り倒しているし。何度かトレーダーの護衛任務もやっている。
最近だけでも、きゃたつらーやヒトデロンを倒した資金があるし。何よりあのカリョストロを倒した賞金はほぼ手つかずで残っている状態だ。
それくらいの金は出せる。
ただ、問題は。
武装を新たに用意しなければならないこと。
ティーガーを新調するための資金も必要だと言うこと。
この二つだ。
ティーガーに関しては、ハンターズオフィスが斡旋して、トレーダー達が此方に回してくれると言っても。
それでも金は取るとトレーダー達は言っている。
運んでくる危険性などを考えると。
最低でも100000Gは固いだろう。
流石にティーガーの武装まで考えると、かなり懐が寒くなる。
もう少し賞金首を狩っておく方が良いか。
それにしても、マウスか。マンムートとも言う。
名前としては鼠の筈だが。
それとは裏腹の、巨大極まりない機体である。
実戦ではまるで役に立たなかったそうだが。
重い戦車を自由に走らせるようになった技術で近代化改修して、使えるようにはなっている。
ただし鈍足なのは変わりないし。
何より元の装甲が厚すぎることもあって、その分重い。
故に武装もあまり詰めないだろう。
強力な主砲を一つ。
後は出来れば対空迎撃装置くらいだろうか。
いずれにしても、アクセルには話してあるが。
とにかく安全性を最重視したカスタマイズをしてくれ、と話をしてある。
アクセルも此奴にフロレンスを乗せる、つまり絶対に壊されてはいけないことは理解しているようで。
如何に防御力を上げ。
安全性を高めるかは。
よく考えてくれているようだった。
一度モロポコに戻る。
その途中で、メンテナンスを各クルマで行うが。
案の定ナマリタケが生え始めたので。
殆どのクルマで、装甲タイルを剥がして、張り直さなければならなかった。マウスに至っては、皆総動員で、ナマリタケの削り作業を行わなければならなかった。
剥がしたナマリタケは焼くのだが。
この焼くときの臭いが非常に生理的な嫌悪感を及ぼすものである。
なおかつ有毒のガスを発生させるので。
甲板でやらなければならない。
ビイハブ船長はいい顔をしなかったが。
わざわざ船を陸地に接舷させ、陸上でそんなことをやっていれば、モンスターに狙い撃ちにされるだろう。
それは好ましくない。
いずれにしても、嫌な臭いがこないように、風上に立ち。
それでごっそり溜まったナマリタケを焼く。
ひたすらに焼く。
その間も、アクセルは必死に鉄屑寸前まで行ってしまったマウスを直していたが。
何度か様子を見に行くと。
早苗とケンが手伝っていて。
それでかなりはかどっている様子だった。
「ナマリタケ持っていくぞ」
「頼む。 しつこく食い込んでいやがって、とってもとってもなくなりやしねえ」
手押し車でナマリタケを運んでいき。
フロレンスが焼いている甲板へ。
甲板では、カレンが厳しい目で、遠くを見ていた。
何かいるのだろう。
火の中にナマリタケを放り込むと、話を聞いてみる。
「強敵の気配か?」
「それもあるが、違う。 凄まじい規模の死だ」
「!」
「おそらく会戦が行われていると見て良いだろうな。 それも、人類文明がノアに滅ぼされてから、最大規模のものだろう」
だとすれば、相手は。
バイアスグラップラー以外には存在し得ない。
いずれにしても、それは好機。
バイアスグラップラーとノアが消耗し合えば。
つけいる隙も生じてくる。
勿論、ブルフロッグの守るデビルアイランドの防御まで削っているとは思えないが。それでも、相応の戦力が出向いているだろう。
思えばカリョストロの所から逃げていった戦力も。
その戦いに加わっているのだろうか。
「どちらにしても、双方滅茶苦茶な被害が出ているようだね。 これは勝ったとしても、バイアスグラップラーも即座に立ち直るのは無理だろうよ」
「それほどか」
「ああ、追い風だね」
「……」
そうだ。
だが、ノアが勝った場合はどうなるのだろう。
テッドブロイラーも、流石にノアが繰り出してくる最精鋭クラスの賞金首を相手にして、圧勝できるのだろうか。
ノアも防衛装置くらいは組んでいるはずで。
それも、人間対策に様々な機能を植え込んでいるはず。
そうなってくると。
ノアとテッドブロイラーがぶつかれば。
双方自滅、という可能性もありうる。
それは最高の結末だが。
あくまでただの楽観論だとも言える。
楽観論に身を任せるのは危険だ。
絶対に勝つために。
今、戦力を更に強化しているのだから。
2、失った形
モロポコに到着。
その頃には、マウスは。
ナマリタケの塊から。
まだ動かない鉄の塊くらいにはパワーアップしていた。
しかしそれでも、まだまだクルマと呼ぶには無理があるし。
何より動かないのである。
無限軌道は存在しない。
多分沈められている内に、剥落してしまったのだろう。
装甲も、彼方此方メタメタになっている。
ずっと沈んでいた上に、ナマリタケにやられたのだから仕方が無い。
しかしながら、それでも近代改修を一度受けているのだ。
鉄屑にするのにはもったいなさ過ぎる。
アクセルは、幾つかの部品を要求してきたので、私がフロレンスと出向く。バスを使って行くが。護衛にはポチとウルフに乗ったケンだけを連れていった。まあ私一人でも良いのだけれど。
念には念だ。
モロポコは、前にトレーダーを最初に連れてきた時とは別の街のように繁盛していた。
後続のハンターが、どんどんトレーダーを連れてきた結果、物流がイスラポルトとつながったのである。
その結果、ようやくまともに物が手に入るようになった。
それなりの腕利きのハンターも。
何人か、この近辺で仕事をするつもりらしい。
見覚えがある重戦車乗りと、何人かハンターズオフィスで顔を合わせる。
向こうから話しかけてきたので応じた。
なお、以前スクラヴードゥー掃討作戦で、共闘したハンターだ。IS-3に乗っていたハンターである。
「海の北側には、もう賞金額五桁の賞金首はいないな。 ああ、グロウィンがいるが、あれは居場所からして良く分からないし、実在するのかもわからん」
「そうだな」
グロウィンについては。
私はその気になれば会えるが、それは言わない。
グロウィンは、守っているからだ。
外に出してはいけない、禁断の薬を。
積極的に人間も襲わない。
それならば、討伐する理由もない。
ただ、理性を失ってしまって、ただの魔物となってしまったら。
その時は殺してやらなければならないだろう。
勿論、その時は。
私がやる。
「この街近辺のモンスターもあんた達でかなり掃除してくれたようだが、後は俺たちに任せろ。 少なくとも街にはもう近寄らせん」
「有り難い。 恩に着る」
握手をした後、ハンターズオフィスの職員にも話が聞く。
前のひげ面から面子が変わっていた。
どうやら、前の奴は色々問題行動が発覚したらしく、投獄されたそうである。まあ、理由は大体見当がつく。
新しくハンターズオフィスの職員になった人物は、まだ若いが。
相応に仕事に熱心で。
ごくごく真面目に受け答えをするので、安心して話を聞けた。
「各地の大物賞金首が一斉に移動を開始。 此処から南西の地点に集まっています」
「恐らくバイアスグラップラーと戦闘中だろう」
「そうなのですか。 何処でその情報を」
「色々な」
話を聞く限り、賞金額6桁の賞金首も、何体か移動して、それっきりらしい。
まあ好都合ではある。
テッドブロイラーとつぶし合ってくれれば。
それ以上の事は無いからだ。
それと、相談をされる。
やはり金輪際ホテルをどうにかしたい、ということだった。
金輪際ホテルは海の南側にあるが、コンクリで高い壁が作られている地域、つまりバイアスグラップラーの本拠からかなり離れている。
廃墟になって久しい反面。
中に巣くっているモンスターは、賞金首の金輪際ゴーストを除くと、大した奴はいない。
そして金輪際ゴーストだが。
移住を望む住民達の要望で。
賞金額が10000Gまでアップした。
前は4000Gだったし。
そのくらいなら、他のハンターに任せても良いかと思っていたのだが。
じきじきのご指名である。
しかも、以前ハンターが確認しているが。
電気系統が生きている上。
浄水設備などもあり。
人間が暮らしていくには充分な設備が整っているという。
十階建てという規模。
更に、頑強で壊れる様子も無い事からも。
多くの人間が住み着くことは可能だろう。
ただし、ハンターズオフィスの注文も色々と五月蠅い。
「出来るだけ、内部の品には手をつけないでください。 内部の破壊も可能な限り避けてください」
「注文が多いな」
「お願いします。 この街は正直、周辺のモンスターが強力すぎる。 西にあるあの巨大な施設、恐らくバイアスグラップラーの本拠なのでしょうが、あれに引き寄せられたのでしょう。 住民は、いつ6桁賞金額の賞金首が攻めてくるかも分からない恐怖に怯えています。 比較的安全が確保できている場所で、暮らしたいのです」
「それならば、敵の駆逐費用と、それと住民の移動の護衛についても料金が欲しい」
勿論どうにかすると話をされる。
それならば。
良いだろう。
どうせマウスの実用化や、ティーガーの到着には時間が掛かる。それにバイアスグラップラーはノアとまともにやりあっているとなると、相当な打撃を受けるだろう。
上手く行くと、つぶし合ってくれる。
そこまで上手く行かなくても、敵の戦力が大幅低下するのはほぼ確実。
少なくとも、当面はデビルアイランドを救援する余裕は無くなるはずだ。
その間に戦力を整え。
デビルアイランドを叩き潰す。
それでバイアスグラップラーの心臓部を握りつぶせることになる。
大変に有意義だ。
そのためには金がいる。
こればかりは仕方が無い。
後は、モロポコ南の砂漠に出現するサンディマンディや。西に出現するというダイダロス辺りも狩っておきたいが。
サンディマンディはまず見つけ出さなければならないし。
ダイダロスは要塞級戦車。
戦闘を行うなら、覚悟を決めておかなければならないだろう。
ハンターズオフィスの職員と話した後。
他のハンター達と話す。
金輪際ゴーストとやりあったものはいるかと聞いてみると。
応えがあった。
まだ若々しいハンターだ。
イスラポルトから来たのだろう。
顔にはもの凄い向かい傷があるが。
恐らく、威圧感を作り出すために、わざと残しているとみた。
私の場合。
復讐のために残そうと思った火傷が勝手にどんどん治っているので、非常に不愉快なのだが。
傷を敢えて残すという行為には。
色々とメリットがある。
残そうと思って残せるのなら。
そうしたいものだ。
「バイアスグラップラーキラーのレナだな。 俺は売り出し中のレンドってもんだ」
「よろしく。 金輪際ゴーストとの戦闘について、詳しく聞かせてくれるか」
「ああ。 姿が見えない危険な相手だという事を想定して、色々持っていったんだが……」
どうも手応えがなかった、というのだ。
それに対して、どうやらそいつがいるらしい部屋では。ものが浮いて飛んでくる。勿論刃物なども、である。
何人か連れていった仲間も、幽霊に違いないと騒いでいたが。
どうもレンドにはおかしいと思えたらしいのだ。
「戦っている最中だが、一度だけ何かに触れた気がするんだよ。 それはどうも、裸の人間だった気がする」
「ほう」
「仲間が怖じけづいてしまったから、俺はもう彼処にはいかないが。 多分あれは人間だと想うぜ。 ただ、普通の人間だとも想えないけどな」
「なるほど。 情報感謝する」
礼をすると、ネメシス号に向かう。
まずは金輪際ホテルに向かうことを告げると、ビイハブ船長は渋い顔をした。
「彼処か……」
「何か嫌な思い出でも?」
「昔、ハンター達を七人ほど運んだことがあった。 金輪際ゴーストが出る前だったけれどもな」
「……」
そのまま話を聞く。
ビイハブ船長は、胸くそが悪い事件だった、という。
実は、その七人のうち。
生き残ったのは一人だけ。
モンスターに襲われたのでは無い。
その七人の中の二人が。
テッドブロイラーに襲われ、人間狩りにあった街の住人で。
残り五人が街に雇われながらも。
テッドブロイラーが来ると聞いて、逃げてしまったハンター達だったというのだ。
七人は、一度金輪際ホテルのモンスターを駆逐した後。
ビイハブ船長が冷めた目で見ている中、宴会をしていたが。
その内に一人、二人と殺されていき。
二人だけが残った。
しかし、これはトリックだった。
一人は死んだふりをして、隠れていたのである。
最後に残った三人。その内二人はつまりテッドブロイラーに襲われた街の生き残り。二人は姉弟で、この時のために復讐の計画を練っていたのだ。
ビイハブ船長はその場に居合わせたが、パニックになったハンター達は、有効な手も打てずに殺されていったという。まあ不意を打たれた上、酒まで飲んでいたのなら仕方が無いだろう。ましてや犯人二人は、この時のために周到な準備を重ねていたのだから。
最終的には、殺人犯二人と。ハンターの生き残り一人が残り。
殺人犯の一人、弟の方が、最後に残ったハンターの生き残りと相打ちになりともに死亡。
殺されたハンターは、恐怖に顔を歪めていたという。
だってあのテッドブロイラーだぞ。
戦って勝てる訳がないだろうが。
だが、刺し殺した一人は、叫んだ。
それでもあんた達が逃げなければ。
もっと多くの人間が助かったかも知れないんだ。
不幸しか産まない事件だった。
一人しか、生き残らなかった。
そうビイハブ船長は帽子を下げる。
なお生き延びた一人は、心が半分壊れてしまい。今では、何処かの街でぼんやりとくらしているらしい。
他人事では無いな。
レナはそう思ったが。
それ以上のコメントは避けた。
私も、テッドブロイラーをカタキと狙う身だ。
それに、イリット達マドの住民は、最後まで戦い抜いた私達に感謝してくれたけれども。
役立たずと罵られる恐れだってあったのだ。
その場合、生き延びられただろうか。
あの時私は瀕死の怪我を負った。
もしも、街の住民が私を役立たずと見なしたら。
放り出され。
そしてのたれ死んでいただろう。
船で移動すること一日と少し。
やがて、金輪際ホテルが見えてきた。
かなり立派な建物だ。
だが、流石にクルマで乗り入れるわけにはいかない。
車から降りると。
雨が降り出した。
金輪際ホテルの周辺は、雨が降る事が多い。
その話は聞いていたから、別に何とも想わない。
「クルマにはケン、アクセル、二人で残ってくれ。 残りのメンバーは、全員でホテルのモンスターの掃討を行う。 その際、金輪際ゴーストと遭遇する可能性が高い。 その場合は、一旦撤退して、此方に情報を知らせてくれ」
「分かった」
「カレン、別働隊の指揮を頼む。 私は地下から探す。 カレンは最上階から頼む」
ミシカとフロレンス、ポチは私と。
早苗と山藤、リンとベロはカレンと。
それぞれ行く事にする。
イヌを分けるのは、どうも金輪際ゴーストの正体が、人間らしいと言う情報が得られたからである。
だが、どうもそれだけがカラクリだとは思えない。
歴戦のハンターが相手なのだ。
何かしらのトリックで姿をくらませているとしても。
気配ぐらい読まれるはずだ。
イヌを連れていたハンターもいたはずで。
それに察知されなかったのはおかしい。
そうなってくると。
やはり何かしらの偽装をしていて。
それを破らない限り。
金輪際ゴーストの喉には手が届かないだろう。
エレベーターはまだ生きている。
そればかりか、外壁には、直接移動出来るリフトまでついていた。
十階建ての建物は、今の時代あまり多く残っていない。この金輪際ホテルは、貴重な遺産とも言える。
出来るだけ壊さず。
中のモンスターを駆逐しなければならない。
フロレンスにはアサルトライフルを渡しているが、これはあくまで自衛用だ。
基本戦闘は私とミシカ、ポチで行う。
カレンの方にいる早苗にも、戦闘には期待していない。
ただ早苗はそれなりに戦えるようだから、心配するのはむしろ失礼かも知れないが。
駐車場とでもいうべきか。
クルマを停められる地下空間があった。
だが、入って見ても、クルマなどない。
まあ当然か。
今の此処は、人が住める状態にない。
モンスターもあまり多くは無いが、相応に入り込んでいる。早速、出迎えてきたのは、無数の強制労働神話だ。
パワードスーツを着込んだまま骸骨になってしまった人々が。
ガシャン、ガシャンと音を立てながら。
不格好に此方に向かってくる。
片端から排除。
対物ライフルで腰をへし折っても良いし。
ハンドキャノンで吹っ飛ばしても良い。
いずれにしても、そのパワードスーツの鉄の腕で殴られれば致命傷にもなるけれど。
近づかれなければなんでもない。
デスペロイドのような戦闘タイプパワードスーツでは無く、労働用なのだ。武装していなければ、壊してしまえばそれまでである。
後でまとめて骨は荼毘に付すとして。
地下を探る。
セキュリティセンターが見つかった。
電源も、である。
軽く調べて見るが、電源は問題ない。
此処は水素を使った炉を使っているようで。殆ど炉の燃料が尽きることは心配しなくても良い様子だ。
大破壊の少し前には、地熱発電がかなりのブームだったらしいのだけれど。
此処の設備は、軽く調べて見る限り、地熱発電で水から水素を造り。
その水素を使って、本格的な発電をしているらしい。
なるほど。
壊れなければ、半永久的に動く、というわけだ。
セキュリティの方はというと。
今までに来たハンターが、あらかた壊してしまったのだろう。
殆ど真っ赤だ。
少なくとも、セキュリティロボットは全滅してしまっている。
ただ、それはそれで構わない。
どうせノアに乗っ取られていただろうし。
そうでなくても、誤動作で人間を襲った可能性も高い。
地下一階は掃討。
一階に移る。
フラッグを渡しているカレンが、屋上で、フラッグを横に張り出していた。
制圧した階の窓からフラッグを出すようにと指示はしてある。
つまり、向こうも順調、という事だ。
だが、賞金首もいる場所だ。
素直に行くとは思わない方が良いだろう。
一階は非常に広く作られていて。
人が住むというよりも。
食事場だったり。
くつろいだりする場所に見えた。
そうそう。あのメンドーザがふんぞり返っていた場所が、こんなところだったか。だが、あれよりも十倍は広い。
真ん中には、何だかきんきらしているおおきなものがある。
フロレンスが、噴水だといったが。
水をこんな所で無駄に噴出させていたのか。
調べて見ると、一部の水の供給がストップしているらしい。後で地下でセキュリティから調整する必要があるだろう。
噴水などどうでもいいが。
これは貴重な水源になる。
人間が暮らすためには水が必要で。
海の汚染された水ではだめだ。
湧かさなくて飲む事が出来る水は、それだけで貴重なのである。
今後噴水は、遊興用のオブジェクトでは無くて。
此処に暮らす人々のためのものとなる。
一階でも掃討作戦を続ける。
モンスターは色々いたが、数はあまり多く無い。
音もなく後ろから忍び寄ってきた大きな鼠のモンスターを、振り向き様に抜き打ち。一刀両断にする。
フロレンスも、アサルトライフルの扱いが慣れていて。
敵を微塵に消し飛ばすのに、迷いは無い様子だった。
ある程度処理が終わったら、死体を外に放り出しに行く。
二階以降は。窓から放り出していくことになるだろう。
さほど大きなモンスターはおらず。
作業もそれほど大変では無かった。
上を見る。
十階も制圧完了かと想ったのだが。
だが。
その時、十階にて、危険を知らせる赤いフラッグが出ていた。
すぐにエレベーターで十階に上がる。
一階は後回しだ。
十階に出ると、カレンが負傷したベロの手当をしていた。此奴は歴戦のイヌだが、完全に不意打ちを食らったらしい。
申し訳なさそうに。
いや、完全にふてくされていた。
「何があった」
「見えない相手にいきなり後ろから攻撃された」
カレンがベロを顎でしゃくる。
なんと、突然何も無い空間から、刃物が飛んできたのだというのだ。
目を細める。
早苗を見ると。
彼女は首を横に振った。
「霊的なものではありません。 霊的なものは、基本的に此処まで強烈な物理干渉はできないものです」
「そうなると、何かしらのトリックか」
「その可能性が高そうだね」
カレンが床を示す。
足跡らしきものがある。
素足らしい。
だが、周囲にはガラス片が散らばっている。それでも平然としている所を見る限り、肉体は相当に強靱と見て良いだろう。
「一階までは掃討した。 上から追い詰めていくべきだろうな」
「それなら、私がベロと入り口で見張る。 地下駐車場への入り口に関しては、重戦車で塞いでしまおう」
「それでいくか」
カレンに一階は任せる。
ケンとアクセル、それにCユニットの補助を受けたクルマの群れを見て、其処に飛び込んで行こうと思うほど相手もバカでは無いだろう。
まず、臭いを嗅がせてみるが。
ポチは小首をかしげるばかり。
そうなってくると。
まずは、「見えない」というアドバンテージを、崩すしかない。
相手に敵意がないならともかく。
ナイフを投げてきている相手だ。
遠慮は必要ないだろう。
「ミシカ、シーツを探してきてくれ」
「ああ、任せろ」
「どうするんですか?」
リンが不思議そうにいうので、ロープを出す。
そして、九階の要所に、ロープを先に仕掛け。
所々。
特に階段の入り口などに、シーツを張った。
破らないと通れないようにしたのだ。
ロープは追跡時に、足を引っかけるため、である。
もう相手は十階にはいない可能性が高い。
少しずつ。
確実に追い詰めてやる。
3、隠匿の果て
振り向き様に、抜き打ち一閃。
全員が戦闘態勢に入るよりも。
私一人が戦闘態勢に入る方が早かった。
剣先が。
確実に相手を斬った。
だが、それでも致命傷にはならずに、逃走を開始する相手。
驚くべき事に。
その血らしきものが飛び散った辺りも、瞬時に透明化する。そして、時間を掛けて、ゆっくり透明化が解けていった。
「な、何だ一体!」
「あれが金輪際ゴーストだろう」
シーツを破ろうとした瞬間、拳銃を叩き込んでやる。大口径の拳銃だ。
ミシカもそれにならって、ライフルをぶっ放す。
この辺りの切り替えの早さは流石だ。
だが、弾丸をもろに浴びたにも関わらず。
相手は逃走。
人間の身体能力を完全に超えていると見て良い。
舌打ちして、弾丸を補給。
相手は八階に逃げた。
一階ずつ、トラップだらけにして追い込んで行っているのだけれど。
どうも妙だ。
不意打ちを仕掛けてきては、逃げる。
その繰り返しである。
何というか、理性が感じられない。
まるで追い詰められた野獣だ。
リンが、相手の痕跡を調べているが。どうも妙だと言い出す。
「今までの状況から考えて、相手の背丈は身長170センチ前後。 男性。 やせ形、と見て良いでしょう」
「それは私にも分かる」
「だけれどおかしいですね。 これだけの体格をどうして維持しているのか。 そもそも、血まで透明というのはおかしいです」
「それについては考えがある」
どうおかしいかは別に構わない。
奴の姿を捕らえる手はある。
手傷を負わせても追撃が難しい事は良く分かった。
だが、それならば。
そもそも、透明化の能力を封じてしまえばいいのである。
ミシカだけ、一人一階のキッチンに行って貰い。
あるものを取って来て貰った。
ミシカは本当に嫌そうな顔をしていたが。
それは、鍋にたっぷり入った、腐り果てたスープである。
「持ってるだけで嫌なんだけど」
「次に奴が現れたら、ぶっかけてやれ」
「なるほど、そういうことか」
自分自身を如何にステルス出来ても。
外側からコーティングしてしまえば意味がない。
八階に下りる。
そしてトラップだらけにしながら、相手を追い詰めていく。或いは既に七階に移っているかも知れないが。
ちなみに九階より上は、鳴り子も使ったトラップもたくさん仕込んだので、奴がそっちに出ればすぐに分かる。
どちらにしても、はっきりしているのは。
相手は幽霊などでは無い、ということだ。
早苗が、不意に壁をじっと見始める。
しばらく頷いていたが。
やがて、妙なことを言い出す。
「十階に隠し部屋があるそうですよ」
「隠し部屋?」
「正確には屋上から降りる事で入る事が出来る部屋のようです。 一種の管理区画なのでしょうね」
「ふむ」
なんでそれが分かったかは、ミシカが怖がるから聞かない。
いずれにしても、次に姿を見せたときがチャンスだ。
じっくり追い詰めていく。
ふと、リンの背後に気配。
私が即応。
対物ライフルをぶっ放す。
がつんと大きな音がして、手応えあり。
リン自身も伏せると、足払いを掛けた。
直撃が入った上、足払いまでされたのだ。普通はその時点でアウトの筈だが、それなのに相手は屈しない。
凄まじい奇声を上げると、周囲のものが浮き上がる。
ポルターガイストだかのつもりか。
ミシカがその隙に脇に回り込み。
さっきのスープをぶっかける。
というか、一秒でももう持っていたくなかったのだろう。
鍋ごと放り投げていた。
頭からスープを浴びた透明な奴は。
暴れ狂い、そして逃げだそうとするが。
山藤がナタを振るって立ちふさがる。
「何処へ行こうって言うんだ? ああん?」
「う、うが、あ……!」
「理性もなくなっているようですね。 言葉も喋れなさそうです」
早苗が、懐剣を取り出して構える。
少しずつ、全員で包囲を縮めていく。
ふと、その時。
私の背後に気配。
私を突き飛ばそうとしたのだろう。
だが、超反応で回避。
もう一人現れた透明な奴を、踏みつけて抑える。此奴の方は、先にいた方に比べると、それほどパワーもないし、銃で撃たれても平気なほどタフではないようだ。
「二人いたのか」
「先生、逃げて! 早く!」
「そうはいくか」
私が踏んでいる方に、早苗が飛びかかる。同時に、残り全員が、一斉にスープをぶっかけられた元透明人間に襲いかかった。
銃撃を浴びても平気と言っても怪我はしていたし。
身体能力がバイアスグラップラー四天王レベルのバケモノなわけでもない。
見る間にズタズタにされていく様子を見て、悲鳴を上げるもう一人。
「や、止めてください! その人は、人間なんです!」
「元人間だろう」
「お願いします! 頼みますから、お願いですから!」
壁に叩き付けられた元透明人間。
山藤のタックルをもろに浴びたのだ。
そして、ついにダメージが蓄積したからか。
身動き取れなくなり。
壁からずり落ちる。
冷静にリンが縛り上げ始めた。
殺してしまってもいいのだが。
少しばかり、話を聞いておいた方が良いだろう。
いずれにしても。
事情があろうが、ハンターズオフィスにはつきだす。
それは確定事項だ。
強靱なワイヤー入りのロープで縛り上げた。それも本縄で。更に足の方も、である。
完全に全裸である事は分かっているので、武器なども隠しようがない。身体能力は戦闘してみて分かったから、これで抜ける事は不可能だ。
見張りはカレンと山藤に任せ。
私は他のメンバーを連れて、ホテルの雑魚モンスターを掃除。
ほどなく、数時間ほどで。
モンスターは全て綺麗に片付いた。
ただ、放置しておくと、そのままモンスターが入り込み、居着いてしまうだろう。
其処で、後続のハンターが来る事になってくる。
その後、コンボイを組んで。
モロポコからの移住希望者を連れてくるのだ。
水と食糧が得られるというのは大きい。
何より安全と来ている。
近辺には賞金首クラスのモンスターはおらず。
何よりも近くに海がある。
バイアスグラップラーが人間狩りに来た場合。
すぐに海に逃げる事が可能だ。
これは大きい。
入り口まで戻り、留守居のアクセル達に見張りを任せると。
事情とやらを聞きに行く。
カレンも山藤も見張りは油断をせず行っていて。
もう一人の透明人間は、ブルブル震えているようだった。
リンが耳打ちしてくる。
「埒があかないようなら拷問しましょうか? 時短出来ますよ」
「お前、メイドって一体何の仕事なんだよ」
「たしなみの一つです」
「たしなみってなんだ。 哲学か」
苦笑いも出ない。
げんなりして私が前に出て。
震えあがっているもう一人に話を聞く。
話を聞いていくと。
此処で行われていた、狂気の実験が分かってきた。
早苗が聞いたという例の十階の隠し部屋。
其処で、実験が行われていたのだという。
「透明になるだけではモンスターに襲われてしまう。 この荒野では、ならず者もたくさんいます。 そこで安全に暮らすためには、臭いもなく、そして血液さえも透明になる必要があると、先生は考えたんです」
「一理あるな。 ただしそれは自分一人だけが安全に暮らせる方法だろうが」
「そうです。 でも、弱い人間が生き延びる方法でもあります」
「それは確かにその通りだ。 それで?」
実際問題。
この金輪際ゴーストが、弱くは無かったのは事実だ。
銃弾を浴びても死なないどころかぴんぴんしていたし。
多分下手なハンターより強かったのではあるまいか。
「先生は此処で私と研究を続けていました。 しかし、薬を自分で試して成功したのは良かったのですが、どんどん精神がおかしくなっていったのです。 その内、獣同然にまでなり果ててしまって」
「……」
「私は薬に改良を加えて、精神に異常が出ないようにしました。 先生は責任感が強い人でしたから、どうしても他人で実験をするのはいやだったようで。 獣のようになる副作用の代わりに、身体能力も上がった先生は、やがて自分が誰かも分からなくなり、ここに来る人に見境無く襲いかかるように……」
「そうか。 悲劇ではあるが、いずれにしてもハンターズオフィスに引き渡すことは決定事項だ」
それは当然のことだ。
実際に襲撃事件を起こし。
たまたま人を殺しはしなかったが。
それでもそれは運が良かっただけ。
あの身体能力だ。
人間を殺していても、何ら不思議では無かっただろう。
拘束衣をかぶせた後、連れていく。
もう一人の方は、説明をすると言って、付き添うそうだ。
なお、もう一人の方には妻子もいるらしく。
出来れば会いたいとか抜かしていた。
まあ此奴の方も、後でハンターズオフィスの方で絞って貰うとする。どちらにしても、である。
罪は償って貰う。
後続のハンターが来た。
イスラポルトでそこそこに名が知られている腕利きだ。前のスクラヴードゥー掃討作戦でも一緒に戦った、ヤークトパンター使いである。なお、私より年下の女の子だが、背はすらっと高い。
格闘戦は私ほどはこなせないが。
戦車の操縦に特化しているので、別にそれでいいのだろう。
事情を話すと。
彼女は呆れた。
「幽霊の正体は透明人間!? しかも透明化に失敗して凶暴化したぁ?」
「そうらしい。 見ての通りだ」
「うわ、本当に触れる!」
「銃弾を浴びても死ななかった。 噛みつかれると指がなくなるぞ」
そう脅すと、ひっと手を離すハンター。
まあいい。
兎に角、後は彼女とその仲間に此処を任せる。
状況については、これで終了だ。
金輪際ホテルは安全圏となり。
彼方此方で最底辺の暮らしをしている人や。
モロポコから移住したいと願っている人々が、移り住んでくることになる。
水も食糧もあるこの場所は。
彼らにとっては新天地になるだろう。
もっとも、ノアを潰さない限り、新天地なんていつでも一瞬で崩壊してしまうのは自明の理。
その場しのぎの対応にしかならないのだが。
ただ、ノアが簡単に倒せる相手では無いことも事実。
早くバイアスグラップラーを滅ぼし。
そしてノアも滅ぼす。
私は死ねない。
まだまだやる事はたくさんある。
人間を捨ててまで生き延びたのだ。
これから先も。
戦いは続けていかなければならない。
イスラポルトに移動すると、金輪際ゴーストと、その助手を引き渡す。賞金は貰ったが、後は他のハンター達の仕事だ。
話を聞くと、モロポコへのトレーダーの移動ラッシュも一段落したらしく。
各地で最底辺の暮らしをしている人達や、移動を希望しているモロポコの住民を護衛する事で仕事がまた出来たと、イスラポルトの腕利き達は喜んでいるらしい。
その仕事に、私は荷担する必要もないだろう。
賞金を受け取った後、
ハンターズオフィスの職員は。
気になることを言い出した。
「そういえば、モロポコから戻ったハンターから聞きました。 南西の空が真っ赤になっていると」
「空が真っ赤? 夕焼けとは関係無く、か」
「はい。 凄まじい音も、遠くから聞こえてきているそうです」
「……そうか」
カレンが言っていた通りの事態が、更に規模を増して進行している。
つまり、ノアの軍勢と、バイアスグラップラーが、全力でやり合っている、と見て良いだろう。
しかし、おかしな事もある。どうしてこのタイミングで会戦になったのか。
ノアの軍勢が攻めてきたのか。
いや、それにしては妙だ。
兵力を集めるタイミングが恣意的すぎるし。
何より、かなりの長期的なスパンで兵を動かしていたように思える。
そうなると。
攻めこんだのはバイアスグラップラーか。
ノアがこれで滅びれば。
それはそれで良いのだが。
ノアの位置にバイアスグラップラーが居座るようでは。
それは却って世界が悪い方向へと動く。
ただ、好都合ではある。
テッドブロイラーでも、流石にノアの全軍勢を真っ正面から相手にして、無事で済むとは思えないし。
逆にノアの方も。
あのテッドブロイラーを相手にして、余裕で勝てるとも考えにくい。
つまり、だ。
漁夫の利を得られるかも知れない。
すぐにトレーダー達の所に行く。
今、イスラポルトには、ティーガーを譲渡してもらう契約をしたトレーダー達の元締めが来ている。
可能な限り、戦力を急いで高めておきたい。
ブルフロッグを潰す好機だ。
恐らく今、バイアスグラップラーには。
ブルフロッグを支援する余裕は無いはず。
デビルアイランドは、海を隔ててバイアスグラップラーの本拠からかなり離れた地点にある。
攻めこめば、ブルフロッグは籠城戦を決め込むしかない。
そして今の実力なら。
恐らく、ブルフロッグを討ち取ることが可能だろう。
トレーダー達の元締めの所に行くと。
ティーガーについては。もうそろそろ入荷する、という事だった。具体的には一週間ほど後だという。
武装については、素組みのまま。
つまり、主砲と、対空迎撃用のパトリオットがついているだけだそうである。
重戦車としては近代化改修済みのティーガーは心強いが。
主砲やミサイルを搭載する事も考えなければならないし。
それを考慮すると。
今まで蓄えてきた金は、殆ど消し飛ぶと見て良い。
ただでさえ、マウスの強化費用もあるのだ。
いずれにしても、納品を早める事は出来ないだろう。
それならば、その間は、マウスの修理に注力。
手が空いているメンバーは、海のモンスターの退治や。
モロポコ近辺に足を運んで、周辺のモンスターを処理でもして、稼ぐしかないか。
一度ネメシス号に戻る。
マウスは。
ようやく形になってきたところだ。
改めて見ると、凄まじいまでに巨大な戦車である。普通の戦車数機分は軽々とある巨体は、威圧感抜群だ。
人間との戦争では使い物にならなかったらしいが。
しかし、ノアとの戦争では役に立てる。
バイアスグラップラーも蹴散らせるだろう。
ただ、流石に今の時代でも鈍重なことには変わらず。
運良くモロポコで入手できた220ミリガイアという強力な主砲だけを搭載するだけで限界。
後は武装を積めそうにもないという。
だが、元々コレは。最後まで絶対に生存しなければならない、皆の命綱である医師のフロレンスが搭乗するための戦車だ。
頑丈で。
相応に戦闘力があれば。
それで良いのである。
ケンと早苗と一緒に修理を進めているアクセルに、状態を聞く。
「動かせそうか」
「ああ。 後一週間もあれば」
「偶然にも、そのくらいでティーガーが来るそうだ」
「それは良いな。 正直俺は戦闘には向いていない。 こうやって機械いじりをするのが一番だ」
アクセルが本音をぼそりと漏らす。
私もそれで不満はない。
「それで、此奴の性能は」
「要塞だな。 近代化改修の結果、足回りの弱点は、走行はきちんと出来る、くらいまでは改善している。 昔の状態だと、地面に殆どめり込んで、動く事もままならなかったらしいからな。 動き回れるだけマシさ」
「装甲の方は」
「かなり凄いぜ。 多分バイアスグラップラーが配備してる量産品のゴリラの主砲だったら、十発や二十発食らっても余裕で耐えるはずだ。 ただ賞金首の、それも6桁クラスの要塞級戦車の主砲を浴びると、そうもいかないだろうがな」
まあそれはそうだが。
あれはそもそも、300ミリとかそれ以上のクラスの主砲を装備している、バケモノのような機械の魔物だ。
そんなものは比べる対象として間違っている。
とにかく、フロレンスの専用機として。
絶対生存をするための戦車としては申し分ない。
それはアクセルも太鼓判を押してくれた。
一度休憩がてらに会議にする。
一週間後にティーガーが来るというのが分かったので。
それを前提に、今後のスケジュールを立てるのだ。
艦橋に皆集まる。
随分人数も増えたが。
まだもう少しは増やしたいところだと想う。
だが、この時点で人数が多すぎるくらいなのだ。
稼ぎは充分出来ているが。
それでも、軍事力としては強力すぎるくらいである。
少なくとも、小さな街くらいだったら、この集団だけで蹂躙することが可能だろう。
つまり、今私は。
その気になれば、バイアスグラップラーほどでは無いが。
悪意ある武装集団になる事さえ可能、ということである。
勿論私にその気は無い。
私はそういった悪意ある集団に対する死神にはなろうと想うが。
皆を見回しながら、私は告げる。
「一週間後、ティーガーが来る。 それと同時に出航。 ティーガーの武装を取り付けながら、ブルフロッグが潜むデビルアイランドに向かう」
「バイアスグラップラーが重点的に固めているという話だが」
カレンが疑問を呈する。
もっともな疑問だ。
だが、それに関しては問題は無い。
複数の状況証拠。
それに証言から。
今、バイアスグラップラーは、ノアとの最終決戦の真っ最中と見て良い。しかもバイアスグラップラーから仕掛けているだろうし。
恐らくテッドブロイラーは、最前線に出払っている。
バイアスグラップラーの第二の拠点。
デビルアイランドを撃滅するのは、この機をおいて他に無い。
「カリョストロを沈めたときに比べて、此方はティーガーも含めれば、重戦車三機を更に追加している。 これらを甲板に並べれば、デビルアイランドの強力な迎撃システムも、必ずや打ち破ることが出来るだろう」
「いよいよブルフロッグとの決戦か」
ミシカが武者震いした。
ブルフロッグも、実力が良く分からないと言うことで、賞金額は90000Gに設定されている。
だが、これはあくまで、バイアスグラップラー四天王で。
第二位の地位にあり。
カリョストロより更に上だろうから、という判断での設定に過ぎない。
つまるところ、実際には更に実力が上の可能性は非常に高い。
その場合、デビルアイランドに強襲を掛けて、守備部隊を蹴散らした後。
要塞級戦車並の実力を持つ相手と。
真正面からガチンコの勝負になるだろう。
かなり厳しいが。
それでも、やらなければならない。
こんな好機は、恐らくもうそうそうは来ないだろうから。
今、此処で。
奴を滅ぼしておかないと。
必ずや将来に禍根を残す事だろう。
ましてや、デビルアイランドには、人間狩りの餌食になった人々が多く収監されていて。しかも現在進行形で、邪悪な実験の素材にされているのだ。
それらの人々も。
可能な限り助けたい。
幸い、金輪際ホテルという受け皿も確保してあるし。
バイアスグラップラーの支配から解放した街などでも、受け入れは可能だろう。
故郷が滅ぼされてしまっているケースもあるだろうが。
そういう場合も、できる限りの事はするつもりだ。
「船長、どう思います」
「前に比べて、此方の実力は比べものにならないほどに上がっている。 だが、軍艦ザウルスクラスの相手を、二体同時に相手取るのと同じくらい厳しい戦いになる事は覚悟できているな」
「勿論です」
「ならば儂も全力を尽くして支援しよう。 この戦いで、バイアスグラップラーに致命打を与えられるのであれば、大きな危険をかいくぐる価値がある」
おおと、声が上がる。
皆の士気が上がっているのが分かった。
ただ、一週間時間がある。
その間に、出来る事はやっておかなければならないだろう。
皆に仕事を割り振る。
モロポコ周辺、金輪際ホテル周辺のモンスター退治。
更に、人員の護衛。
それらで、多少なりと周辺の安全を確保し。
小銭も稼いでおく。
今回の戦いは、負ければ破産しかねないほどの総力戦だ。下手をすると、ネメシス号が撃沈されるかも知れない。
船に対しては、魚雷という武器が昔から使われたらしい。
対抗手段も準備しておくべきだろう。
「解散」
会議を終える。
次で、敵に決定打を与える。
そして、最低でもノアとの戦いで大ダメージを受けているバイアスグラップラーに。
とどめを刺しに行く。
ノアと共倒れになってくれていれば、これ以上の事は無いが。
流石に其処までは期待出来ないだろう。
だが、最低でも200以上はいるというゴリラが、かなり削られていない限り。
そもそもテッドブロイラーとの戦いにさえ持ち込めない。
それだけは、どうにかしなければならない。
いずれにしても、デビルアイランドに強襲を仕掛けるのは間もなくだ。
敵の隙を突き。
致命打を与える時は、間近にまで迫っていた。
4、焦土
三度目の敵軍勢との決戦を終えると。
流石のテッドブロイラー様も、露骨に疲弊し始めていた。
例の巨大な人影は、どういうわけか戦場には姿を見せなかったらしいが。それは敵本拠の守りについているから、かも知れない。
ステピチが見ている前で、無言で回復槽へ向かう。
味方の戦力も、相当に目減りしていた。
既に稼働状態のゴリラは145機。
残りは完全破壊されたり、修理中だったり。
拠点には物資が運ばれて来ているが。
それでもとても間に合わない状態だ。
SSグラップラーの追加人員も来ているが、それよりも消耗している速度の方が明らかに早い。
だが、味方も前進を続けている。
もう少しで、ノアがいる地球救済センターに手が届く。
だが、クラッドが来る。
「先ほどの戦いでも、見事な活躍でしたね」
「悪い知らせザンスか」
「そうです。 敵の本拠が見えましたが、その周辺にまた敵の部隊が布陣しています」
「また……」
数は二万を超えているという。
先ほど蹴散らした敵の残党が合流しているというのもあるだろうが。
やはりまた、相当数の賞金首クラスが見受けられる、というのだ。
そして、偵察が見たという、巨大な人影もいるという。
「ノアは近隣のモンスターをかき集めているようですね。 テッドブロイラー様には少し休んで貰う事としても。 更に増えている敵の数を考えると、少しばかり分が悪いかもしれません」
「テッドブロイラー様にそれを進言してみたらどうザンスか」
「勿論そのつもりですよ」
あっさりいうクラッド。
普通だったら、怖くて言えないだろうが。
此奴は、意外と肝が据わっている。
腕っ節はからっきしだが。
こういう点では侮れない奴だ。
「テッドブロイラー様の回復の頃には、敵の想定数は」
「ざっと二万五千」
「冗談じゃないザンスね」
「まったく。 しかし、敵も本腰を入れているという事でしょう。 これを蹴散らしてしまえば、ノアを守るものはもう誰もいません」
確かにそうかも知れないが。
此方も戦力は半減しているのだ。
ノアにしても、まだ隠し球を持っている可能性が高い。
それを考えると。
其処まで脳天気ではいられなかった。
テッドブロイラー様が、数時間後に出てくる。
やはり不機嫌そうだった。
戦いは楽しそうにしているが。
それでも、この敵の分厚すぎる防御陣地は、不愉快なのだろう。
戦っていて楽しい相手とだけ戦いたい。
その気持ちは、少しだけ分かる。
「二万五千か。 また随分と集めたものだ」
「如何なさいますか」
「叩き潰す」
テッドブロイラー様が出て行く。
同時に、味方も動き出す。
半減しているから、今度の戦いは更に厳しくなるだろう。この場にいるものは、殆ど生き残れないかも知れない。
だが、ノアさえ倒せば。
この世界の地獄は、どれだけ緩和されるか分からない。
それだけでも、大きな価値がある。
バイアスグラップラーは、良い組織とは言えない。
だが、せめてこれくらいは。
これくらいはしないと。
ステピチは、オトピチを見やる。
そして、ようやく直った愛車に跨がった。
「行くザンスよ」
「兄貴ー。 もうみんなへとへとだよ」
「後ひとがんばりザンス!」
既に、前では地獄そのものの光景が現出している。
だが、それでもいかなければならない。
戦いは、佳境を迎えていた。
(続)
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