夕闇の街

 

序、そこは境

 

カリョストロが守っていたダムは、既にハンター達だけではなく、トレーダー達も行き来するようになっていた。

前は例外的にトレーダーだけは行き来が許されていたらしいのだが。

しかしながら、バイアスグラップラーはハンターの通行を許すことはなく。

当然のことながら護衛もせず。

ここから先に行くのは自殺行為だった。

バイアスグラップラーと取引をしているトレーダーも存在はしているが。

その者達でさえ、物資をダムで置いて、引き返していた。そういう場所なのである。戦略上の要所で。四天王の一人が守っているのも、当然だと言えた。

ダムの前後には検問が作られ。

ある程度の武装が構築されているが。

もしも、テッドブロイラーがここに来たら、一瞬で蹂躙されてしまうだろう。

此処にハンターズオフィスから派遣されてきている者達も、それは理解している様子で。あくまでモンスターを近づけないために、ここに来ている、と明言までしていた。バイアスグラップラーとやりあうつもりはないのだろう。

海の北半分から一掃されたとは言え。

彼らの実力は、まだまだ生半可なハンターで及ぶものではないのだから。

私がゲパルトの砲塔から顔を出すと。

検問を敷いていたハンターが、通してくれる。

正確には、ダムの一部にある水門を開けて、通れるようにしてくれた。

カリョストロを倒したハンター。

そういう名前で、知られ始めているらしい。

良い事ではあるが。

それならば、もう少し協力してくれてもいいものだが。

今回は、バギーも含めた全車両で、トレーダーを護衛する仕事である。行き先はモロポコ。

ダムを抜けた先を船で南下。

強力なモンスターがいる中を通り。

川岸から上陸して、今度は北上。

其処にモロポコは存在している。

エバ博士にも聞いたが。

周囲は6桁賞金額の賞金首が複数存在している魔境。

しかもバイアスグラップラーの本拠も近い。

そういうわけで、殆ど人の行き来はない。モロポコという街が存在している事は分かっているのだけれど。

行く方法は、マドなどからずっと南下して、迂回して行くしかないのだ。

当然ながら、移動距離は長大で。

存在している、という事しか分かっていない状況だった。

ハンターズオフィスでも、モロポコの様子はあまりよく分かっていないらしく。

下手をすると、街が存在していないことも、覚悟しておかなければならない。

賞金額6桁の賞金首は。

街を滅ぼすくらいのことはしてのける。

そういう連中だからこそ。

倒す事が出来れば、一生遊んで暮らせるだけの金が支給されるのだ。

海での戦闘は、それほど苦労しなかったが。

問題は陸に上がってからだ。

先頭をウルフ。

その後ろにゲパルトとレオパルド。

左をバス。右を装甲車とバギー。

左側は少し守りが薄くなるので、私とミシカがバイクで固める。

そして最後尾を、後ろ向きに走りながら、エレファントが守る。

こういう編成で。

真ん中にトレーダーのコンテナを配置。

モロポコを目指す。

なお、提示された金額は、ちょっとした賞金首を狩るのと同じくらいの8000Gだけれども。

今回は、威力偵察の意味もある。

今後拠点になり得るモロポコの様子を確認し。

バイアスグラップラーが巣くっているようなら掃除。

情報が得られるなら得ておく。

それくらいは、しておく予定だ。

辺りは完全な荒野。

少し行くと、酸の雨が降るというアシッドバレーだ。

荒野になっていても不思議では無い。

遠くに見える巨大な構造物は何だろう。

遙か西。

何だかよく分からないけれど、とてつもなく巨大な何かが見える。しかしながら、その正体はよく分からなかった。

海側からも、砲撃を警戒して、バイアスシティには近づいていないのだが。

まさか、あの巨大な構造物全てが。

バイアスシティなのか。

だとすれば、あの圧倒的な軍事力も頷ける。

海側からは高い壁によって近づけないが。無理に近づいても、恐らくとんでも無い戦力が迎撃に出てくるだろう。

これは、本当に徹底的に調査をしなければまずい。

まともにやりあっては勝てない。

今、かなりの数のクルマを保有している私だけれども。

それでも、真正面からやりあってどうにか出来る相手では無い。

テッドブロイラーだけでも、単独で戦車師団を凌ぐ実力を持っているというのに、冗談では無い。

これは考えどころだ。

どうにかして敵の戦力を削ぐ。

もしくは、敵の主力を何処かしらに引きつける。

その双方を、実施しなければならないが。

とてもではないが、簡単とは言えない作業になるだろう。カリョストロ戦の時も大変だったが。

それとは比較にもならないほどの地獄になるのは目に見えている。

とにかく、モロポコに行くのは、必須だ。

敵の本拠の情報は、エバ博士ですらろくに知らないのである。

敵の中枢にいる人物か。

若しくは敵の近場で調べなければならない。

そうでもしなければ。

とてもではないが、近づくことさえままならないだろう。

いずれにしても、モロポコに行く事は必須だ。

道中色々考えながら、バイクを進ませる。辺りを観察するが、兎に角荒涼としている。

辺りには森どころか、草も生えていない。

モンスターも、大型のものばかり。

ノアに乗っ取られた戦車や。

戦車より遙かに大きい蛇なども散見された。

いずれにしても、近づかれる前に倒してしまう。戦車の残骸は開いて見ると、やはり中に白骨死体が入っているケースが多かった。

いずれも死体は丁重に葬る。

葬るやり方については、早苗にもう全て任せてしまう事にする。

不思議な力を発揮するのを何度も見ているし。

専門家がやるのが一番だろう。

トレーダーは四組ほどだが。

基本的に、トレーダーは家族単位で行動するのが普通だ。

これは大きな組織を作っているハンターズオフィスと違い、小回りがきくようにするためというのが一つ。

大規模集団になって、ノアに目をつけられないようにするのが一つだという。

小さなトレーダーの集団だと、やはりノアの大物モンスターには狙われる確率が下がるらしく。

ある程度までは、比較的安全を確保できるという。

ただ、危険地域を行く場合は、やはりノアのモンスターは、トレーダーを優先的に狙って来るので、護衛を雇わなければならない。

誰でも護衛は良いと、トレーダー達は言う。

場合によっては、バイアスグラップラーでも良いのだろう。

其処は敢えて聞かない。

そしてリアリストで知るトレーダー達は。

死体を葬っているのを見て、ひそひそと話しているのだった。

「バイアスグラップラーを皆殺しにしているとか言う話なのに、随分とまあ甘いことやなあ」

「所詮はコムスメいうことやろ」

「ふっかけてやる?」

「やめておいた方が良いぞ」

ぴたりと、馬鹿にしている声を遮った誰か。

あれ、聞き覚えがある声だ。

そういえば。

アダムアントから救出した奴に、こんな聞き覚えのある声をした奴がいたか。とにかく特徴的な声なので、印象が残っていたのだ。

私はちなみに聞こえているけれど。

無視。

客の分を越えなければ、何もしない。

まあ料金を値切るような舐めた真似をしたら、ただでは済まさないが。

「ハンターの知り合いにも聞いているが、あの娘、敵対する相手には本当に情けも容赦も掛けない。 その上あのダムに陣取っていたバイアスグラップラーを叩き伏せたほどの実力者だぞ。 お前達が舐めて掛かったりしたら、それこそ翌日の太陽なんて拝めなくなるだろうな」

「そ、そんな。 流石に冗談やろ」

「冗談なものか。 スワンの街では、彼奴に喧嘩をふっかけた奴が、八つ裂きにされたという話だ」

「……」

多分、仲間内でも力を持っているトレーダーなのだろう。

その言葉を聞いて青ざめたトレーダー達は。

結局、以降私の悪口を言う事は無かった。

実際問題、護衛中の何度かの戦闘で、火が出るような戦いぶりを見せている。数の暴力で此処を押し切っている訳では無い。

モロポコが近づくに連れて。

私を侮るような言動は。

トレーダーの口からは出なくなった。

程なく、モロポコが見えてくる。

半壊した大型のビルが、そのまま街になっている、と言う場所だ。

幸いに、というべきか。

まだ滅びてもいなかったし。

バイアスグラップラーに制圧もされていなかった。

料金はきちんと全額払って貰い。トレーダー達の護衛は終了。

勿論値切られることもなかった。

トレーダー達はその場で商売を始めた。物資が相当に滞っていたらしく、割高で商品が飛ぶように売れている様子だ。

だが、そうなると、貧しい人々には行き渡らないだろう。

もう何回か、こういうトレーダーの護衛をした方が良いかも知れないなと、私は思った。

ミシカが嘆息する。

「なんだかんだで、今までの戦いであんたを認めている奴も多いんだな」

「私も意外だったよ」

「ただ、あんたのことを怖がってる奴もかなり多いことは認めた方がいいと思う」

「そうかも知れないな。 だが、それは利用するべき事だ」

呆れたようにミシカが引きつった笑みを浮かべるが。

私にして見れば、利害関係なんてそんなものだろうとも思う。

やるべきことはやる。

だが、助けたからといって感謝されるわけでもないし。

善行をしたからといって報われるわけでもない。

実際エルニニョの街の事をあれから何度か聞いているが。

相変わらずのグダグダで。

リッチーは住民からもほぼ信頼されていない様子だ。

人間狩りだけは行われなくなったし。

バイアスグラップラーがやりたい放題する事だけはなくなったが。

それ以外は何も変わらず。

あまり状況は改善していないという。

そういうものだ。

そもそも、ノアが滅ぼす前に、人間は勝手に滅びる寸前だったという話もあるし、私はそれを真実だと思っている。

人間が反省なんて簡単にする訳も無い。

何しろ、こんな世界でも。

協力し合って改善しようとはせず。

自分たちだけ、好き勝手をしようという連中が、やりたい放題を重ねているのだから。

ハンターズオフィスに足を運ぶ。

どういう経路でか、私の事は既に伝わっていたらしく。

ハンターズオフィスの職員。

髭だらけの大男は、大喜びした。

「有り難い! あんたほどの凄腕が来てくれたのなら、これも解決できそうだ! 早急に片付けて欲しい事がある!」

「危険な賞金首か」

「そうだ! 街に入り込んでいる!」

それは急務だ。

街に入り込むタイプの賞金首はいる。

人間のならず者の場合は、むしろ簡単で。犯罪組織などに紛れ込んでいるケースが多いので、それを叩き潰せばまとめて処理が可能だ。

だが、ハンターズオフィスの職員の慌てようからして。

恐らくはノアのモンスターだろう。

すぐに、肉弾戦闘できるメンバーを集める。

そして、話を聞くと。

その賞金首は、既に十人以上を食らっている、というのだ。

「名前はきゃたつらー。 階段に偽装して、人間を襲う危険な奴だ。 賞金額は30000G」

「それほど強いのか」

「いや、戦闘力については大した事がないのだが、今街では此奴を警戒して、皆が階段を使えず、ロープを使って上の階から行き来している有様だ。 犠牲者も出ているし、出来るだけ急いで討伐を頼む」

「分かった。 すぐに対処する」

アクセルに声を掛けて、さっき一緒に来たトレーダー達に注意喚起させる。私は、カレン、ミシカ、リン、山藤。それと犬たちを見回すと。

賞金首の存在と。

これから狩る事を告げた。

「情報によると、相手は街の階段に化けているそうだ」

「どの階段かはわからないのかい?」

「恐らくは、移動するタイプだろう。 外道販売鬼と同じような輩と見て良い」

「階段に偽装するって、また面倒な……」

ミシカが見上げる。

そもそもボロボロの建物だ。

元は相当に巨大な建物だったらしく、街の人口も1000人近い様子だが。

それが故に階段はたくさんあるし。

探すのは骨である。

イヌに頼るべきでは無いかとリンが提案するが。

私は首を横に振る。

「それが、ハンターズオフィスでも試したそうだが、イヌでも察知できないらしい」

「つまりそれは、自分たちがエサになって、相手をおびき出すしかないと」

「そうなるな」

「厄介ですね」

だからこその賞金額30000Gだ。

なお、建物は地盤から怪しくなっていることもあって、戦車を乗り入れることも出来ない。

念のため、戦闘が出来ない、もしくは戦闘力が高くないメンバーは、クルマに戻って貰う。

建物の状態からして。

大威力火器の使用も厳禁だ。

対物ライフルを見て、これも駄目だなと判断。

私はマリアの剣一本で行く。

ミシカは大型ライフル。カレンは当然徒手。

リンは拳銃を使いたそうにしていたが。

まあ、やめておいた方が無難だろうと判断してか、カレンと同じように徒手で挑む事にしたようだ。

山藤はと言うと。

巨大なナタを持ち出す。

巨躯に相応しい武器である。

まあこれでいいだろう。

「カレン、最後尾を固めてくれ」

「ああ、構わないが」

「私が罠を踏む」

反射速度は、この間の一件以来、著しく向上している。

私が罠を踏む方が、生還率は高いだろう。

もっとも、瞬間的に人間を越えた動きは出来ても。

それを継続させることはできない。

其処まで都合良くいきなりは強くなれないのだ。

実際に試してみて、検証は済んでいる。

黒院が言っていたことは本当だった。

体の調子そのものはすこぶる良い。

今まで体をむしばんでいた痛みは綺麗に消えたが。

それはそれとして、いきなり圧倒的な実力を得られたわけでもないのが実情なのである。

まずは、最初の階段。

街に入って、最初に目についた階段から行くか。

そして、階段に足を掛けようとした瞬間。

いきなり、それが巨大な口を開けて、丸ごと囓ろうとしてきた。

 

1、大掃除

 

転がっている屍は、何というか。平面的で、まるでカーペットか何かのようだった。ただし桁外れに大きい。

階段に化けるというのも納得である。

というか、階段に張り付いていて。

近づいて来た相手を食い散らかしていたのだろう。

全長は七メートル以上もあり。

体中が殆ど口という有様で。

これでは、襲われたら一瞬でぱくり。そのままかみ砕かれて、即死していた事だろう。

おぞましいモンスターだった。

しかも、である。

全ての階段を調べたところ。

結局四ヶ所で此奴を見つけた。

外に死体を引きずり出して、並べる。

調べて見ると、どうやら大型の魚を改造したモンスターらしく。

体の中からは、人間の骨や、未消化の髪の毛などが見つかった。

この生態からして。

恐らくは、階段以外で襲われ、喰われてしまった犠牲者もいたことだろう。

遺体は、身元が分かるものだけは、その場で引き渡す。

もう分からないものは荼毘に付し。

そして、そのまま早苗に鎮魂の儀をしてもらった。

街に何頭かいる戦闘犬に、きゃたつらーの匂いは覚えさせておく。

舌を出してだらしなく死んでいるきゃたつらーだが。

戦闘力そのものはそれほど高くなく。

街に積極的に入り込んでくる事。

そして非戦闘員を積極的に襲うこと。

この二つが、危険要素になっていたと言える。

ハンターズオフィスは大喜びして。

すぐに30000Gを払ってくれた。

戦いぶりも見ていたのだろう。

言葉遣いも、何故か敬語に変わっていた。

「流石ですね! カリョストロを殺したというのも半信半疑だったのですが、この実力ならばそれも頷けます!」

「そうか。 では、この辺りの賞金首の情報を、もう少し教えて欲しい」

「喜んで」

まず、ダイダロス。

この街から遙か西に行った砂漠の。アシッドバレーの手前辺りに希に出現する要塞級戦車だという。

つまり、大破壊前に作られた、超大型戦車ということだ。

要塞級だと、マルドゥク型やロンメル型が有名だが。

ダイダロス型というのも聞いた事はある。

いずれにしても要塞級。

生半可な戦力では太刀打ちできないだろう。

そしてアシッドバレーの内部では。

軍艦ザウルスが闊歩しているという。

来た、と私は思った。

量産型の賞金首としては、恐らく最強の相手。

文字通り、戦艦が恐竜と融合しているような姿をしていて。

それが低速とは言え、移動しながら辺りを無差別に襲っているのだ。

此奴が来てしまうと、小さな街などは、文字通り蹴散らされてしまうのがオチ。生半可なハンターなど、蹂躙されるだけである。

しかもノアのお気に入りらしく。

上位種が何種もいる。

上位種の中には、通常の軍艦ザウルスを従えているものまでいるらしく。

それは文字通り桁外れの脅威だ。

もしも姿を見せた場合は、近場の凄腕のハンターが総動員で声を掛けられる。

それでも倒せるかは微妙だという。

マリアも戦ったとかいう話だが。その時も、周辺の凄腕達と共同で作戦に当たった、という事だ。

更に、ホバリングノラ。

これは戦闘ヘリがノアに乗っ取られたもので。

アシッドバレー近辺を徘徊し。

地上を移動する人間を見ると、無差別に襲いかかって、装備している対戦車機関砲でミンチにして行くという。

しかも逃げ足も速いらしく。

装甲も相当なものだとか。

此奴ら三体は、賞金額6桁。

ついに私も、賞金額6桁の賞金首と接敵する時が来たか。

いずれにしても、ノアの放ったモンスターで。

ノアがバイアスグラップラーを監視するために徘徊させているだろう事は、ほぼ確実である。

それだけではない。

何種類か、まだ小物が近辺に入る。

まずサンディマンディ。

これは巨大な人型をした賞金首で、全身が砂で出来ている。

砂漠に姿を見せるのだが。

攻撃が一切通用しないとかいう証言が出ているという。あらゆる火器が通過してしまうそうだ。

砂の圧倒的な質量で押し潰しに掛かってくるらしいのだが。

攻撃が通じないと言うこともあり。

更にどこから現れるのか分からないと言うこともあって。

現時点ではハンター達も、遭遇したら撤退を選ぶ事が多いのだとか。

ただ、この賞金首は遭遇例が少なく、数少ないトレーダーもほぼ襲われないらしいので、それが故に放置されている面もあると言う。

更にヒトデロン。

その名前は聞いたことがある。

海に出現する賞金首としては、まだ私が潰していない五桁賞金首最後の一匹である。

何でもこの街の北辺りの入り江に姿を見せるらしいのだが。

巨大なヒトデの姿をした怪物だと言う事しか分かっていない。

いずれにしても、回遊するような性質もなく。

近寄りさえしなければ、危険はそれほど大きくないそうだ。

後は、ビイハブ船長や、他の人間からも名前を聞かされたことがある、金輪際ゴースト。

此奴がなんで此処で話題に上がるのかと不思議になったが。

何でも、このモロポコでは移住計画が持ち上がっているらしく。

金輪際ホテルが良いのでは無いかという話になっているそうだ。

まあこんな魔境で。

しかも、カリョストロの抑えていたダムから、バイアスグラップラーがいなくなった今が好機だ。

脱出して、別の場所に住みたい、と考える者が出てもおかしくは無いだろう。

そして金輪際ホテルは、賞金首が出る事を除けば、モンスターもあまり強くないらしく。

今まで、何人かハンターが向かったそうである。

しかしながら、金輪際ゴーストはハンターが手強いと見るや姿を隠してしまう狡猾さを持ち。

今まで討伐に成功したハンターはいないのだとか。

とはいっても、殺されたハンターもいないらしく、危険性はそれほど高くないという事なので。

賞金額は4桁どまりなのだが。

もし討伐できれば、この街の住民に感謝されるだろうと、ハンターズオフィスの職員は含みを込めて言うのだった。

「賞金首はそのくらいか」

「だいたいこんな所ですね。 いずれの賞金首も、近場のハンターでは手出しが出来ない相手ばかりです。 この街はきゃたつらーに入り込まれたように、自衛さえ怪しい状況でして。 名高い貴方ならと期待しています」

「……」

露骨に腰が低くなったハンターズオフィスの職員。

あまり良い気分はしない。

というのも、さっきのきゃたつらーにしても。

四体も入り込んでいるのは流石におかしいからだ。

ひょっとすると、流れ者のハンターをエサにして、住民を守っていたのでは無いかという疑問さえ浮かんでくる。

大した実力者では無かったが。

それでも、いきなりの奇襲は私でなければ避けられなかっただろうし。

初見殺しは文字通り、相手を殺す事が可能だ。それも高確率で。

初見殺しに特化した賞金首は。

かなり厄介なのである。

まあいい。

賞金首は此処までだ。

次はバイアスグラップラーについて、である。

だが、それについて話を振ると。

露骨にハンターズオフィスの職員は、顔色を変えた。

「あまり詳しくは分かりません」

「分かる範囲で良い」

「……アシッドバレーの先にある、巨大構造物。 あれが奴らの本拠だという噂はあるのですが……」

「何だ」

周囲を見回してから。

ハンターズオフィスの職員は、声をひそめて言う。

出来れば、誰も関わり合いたくないと。

それはそうかも知れないが。

此方はそれをぶっ潰してやろうというのだ。

出来れば早々に話をして欲しい。

そう答えると。

嘆息したハンターズオフィス職員は。

幾つか、断片的な情報だけを口にした。

「少し前に、貴方に追い払われたらしいバイアスグラップラーの戦車部隊が、アシッドバレーに向かいました。 それだけではありません。 各地の軍事拠点から、夥しい数の戦車が、バイアスグラップラーの本拠を目指して進んでいるようです。 戦車の数は、二百機を軽く超えると見積もられています」

「二百!」

「最低でもです。 あの巨大な都市では、戦車を生産しているという話です。 しかもバイアスグラップラーが古くから存在している組織だと言う事を考慮すると」

「なるほど、確かにその通りだな」

アシッドバレーについて話を聞くが。

なんと、硫酸の雨が降り注いでいる谷にも関わらず。

街があると言う。

雨を避けるためにドームで覆われているらしいのだが。

比較的外来の人間には寛容らしく。

中には入ることも出来るそうだ。

もう一つ、情報があった。

アシッドバレーの手前辺りに、デスクルスという街があるそうだ。

この街は、バイアスグラップラーの完全な支配下にあり。

それによって、おぞましい支配が行われているという。

元々が刑務所という、悪党を閉じ込めるための場所だったらしいのだが。

それを悪党が占拠し。

拠点に変えたというのだから笑えない話である。

いずれにしても、此処に近寄るときは注意が必要だと、警告はしてくれた。

だが、いずれの話も。

声をひそめて、である。

恐らく、この街にもバイアスグラップラーの手の者がいて。

それを警戒している、という事なのだろう。

まあ、こんな所か。

いきなり私も敵の本拠に突っ込むほど大胆では無いし。

何よりも、ブルフロッグが守っているという、デビルアイランドを潰さなければならない。

だが、話を振ってみるが。

フリーで腕の立つハンターはいないそうだ。

そうなると戦車だが。

この辺りの戦車は、あらかたバイアスグラップラーが持って行ってしまったらしく。

そうでないものは、ハンターが抑えてしまっているという。

もしもあるとすれば。

この辺りに点在している軍事施設の内、セキュリティが生きている危険な場所や。

あまりにも入りづらいため、放置されている洞窟の奥などでは無いか、という話もされた。

だいたい予想通り。

このくらいで良いだろう。

話を切り上げると、皆の所に戻る。

既に鎮魂の儀は終わっていて。

四回の戦闘では、あまり大きな被害は出なかったが。

それでも、リンが危うく喰われるところだった。

それなりに機敏な動きを見せていたきゃたつらーだ。

最後にもう一度、街全体を探る。それでいない事を確認してから、一度ネメシス号に戻る事にする。

それを告げると。

カレンは渋い顔をした。

「案外義理堅いね」

「そういうな。 こういう世界だ。 どうしようもない奴は幾らでもいる」

分かっているのだろう。カレンも。

此処のハンターズオフィス職員が、きゃたつらーのエサとして、此方を最初考えていた事は。

だから、腹も立てていたのだろうし。

私が寛容な対応をした事に対して、渋い顔もした。

だが、私もそれ以上のアフターサービスをしてやるつもりもない。

ミシカが、動かなくなっているきゃたつらーの死骸を蹴りながら言う。

「で、船に戻った後はどうするんだ」

「まずはヒトデロンを処理する」

海の安全を確保することは重要だ。

それほど強力な賞金首ではないようだが、それでも賞金額35000G。現時点での評価額がそれだというだけで、放置しておくと移動したり、その移動先で迷惑を掛けたりする可能性も高い。

何より此奴の出現地域はダムに近い。

今後モロポコとの交通が活発化すると。

脅威度が増す可能性がある。

他の賞金首はモロポコより西、つまりバイアスグラップラーの監視用に配備されていると見て良いが。

此奴だけは話が別だ。

ふと、リンが肘を小突く。

私も気付いていたが。

何だか、生気の抜けたような女が、ふらふらと近づいて来ていた。かなりの美人だが、顔色の悪さからいって、まるで幽霊である。

ミシカが銃に手を掛ける。

今までも、人間に偽装していたロボットと遭遇した事がある。

この荒野では。

相手の見かけと戦闘力は一致しないケースが多い。

ノアのモンスターの中には、人間の姿を偽装して、街に入り込んでくる者だっているし。

中には、本物を殺して、すり替わる奴までいるという。

例え子供でも。或いはひ弱そうな姿をしていても。

油断はしない。

それが鉄則だ。

「何だ。 何か用か」

「その化け物たちを倒したところを見たわ。 その腕を見込んで、お仕事を頼みたいの」

「ほう」

「私の恋人が、遭難してしまって、困っているの。 一緒に探してくれないかしら」

嘘だな。

瞬時に私は見抜いたが。

その後に、女が面白い事を言い出す。

ヒトデロンの生息域にて。

男が難破したのだという。

それだったら、まず間違いなく生きていないだろう。

賞金額五桁の賞金首だ。

生半可なハンターが1人で、勝てる相手では無い。

私だって、単独でやりあったら、勝てるかどうか、保障は出来ない。

賞金額五桁の賞金首というのは。

そういう存在なのだ。

だからこそ、専門家が複数で対処する。

それだけ危険なのである。

「お願い出来ないかしら」

「どうする、レナ」

「いいだろう」

「いいのか?」

ミシカが驚くが、私は平然としている。

此奴は恐らく、何かしらの理由があって、私達をヒトデロンの所に誘導しようとしていると見て良い。

いずれにしても、奴は潰すつもりだ。

罠にくらい、踏み込んでやるのもいいだろう。

早苗が、厳しい目でエリーザと名乗った女性を見ている。だが、私が視線を送ると、悟ったらしい。

だが、エリーザがフラフラとバスに乗り込んだ後。

早苗は咳払いした。

「あの人、分かっているでしょうが、後ろ暗い考えを持っていますよ」

「ボディチェックを頼めるか」

「分かりました」

一番の懸念は、爆弾などを持ち込まれ、ネメシス号なりクルマなりに仕掛けられることだ。それさえ防げれば、普通の相手に遅れは取らない。不意を打たれても、である。

どのみち、一度ネメシス号には戻るし、ヒトデロンは倒さなければならないのだ。

「あの人、心は既に死んでしまっていますね」

「心が死ぬ、か」

「きっと過去に辛いことがあったのでしょう。 そして、恐ろしいまでの妄執に囚われています」

妄執。

それは私も同じか。

だが、それが悲劇を生む前に、対処すれば良い。

ちなみに、街の連中は。

エリーザを、あまりいい目で見ていなかった。

だいたい理由は分かるが。

今、それを敢えて口にしようとは思わなかった。

 

ネメシス号に戻る。

その最中に、早苗がエリーザのボディチェックと、持ち物については調べてくれていた。武器は護身用のナイフくらい。

それも、隙を見て取りあげてくれたという。

後は体の中に何か隠しているかも知れないが。

体に隠せる程度の武器なら、今いるメンバーを不意打ちしても、どうにもならないだろう。

なお、エリーザはバスに乗せて。

常時フロレンスに監視させる。

自分が信用されていないことをエリーザも悟っているのだろう。

ずっと幽鬼のような笑みを浮かべ続けていて。

殆ど喋らなかった。

問題の入り江に向かうというと。

ビイハブ船長は難しい顔をした。

「ヒトデロンを潰しに行くのか」

「はい。 今までは交通も少なかったから害にはなりませんでしたが、今後は違ってきます。 エサが得られると判断したら、移動してくる可能性も高いと思いますので」

「そうか。 確かにその考えは正しいな」

現状の戦力でなら、ヒトデロンを潰すのは難しくないだろうとも思うが。一応最大級の警戒はする。

賞金額が安いからと言って。

弱いとは限らないのだ。

船で北上している内に、バスからフロレンスに呼ばれた。

「エリーザさんという方、ずっと誰かの名前を呟いていますね」

「難破したという恋人か?」

「恐らく。 問題はそれがヒデトという名前で、もうすぐ会えると言っていることですが」

「やはりな」

まあそうだろうと思った。

狂気は簡単に心を侵食する。

ましてやこの過酷な世界。

そして過酷な状況だ。

心なんてあっという間に壊れる。

壊れた心は、周囲に災厄をもたらす。

当たり前の話だ。

船が動き出すと、しきりにエリーザは外に出たいと言い出したが。

海に飛び込みかねないし、それどころか下手をすると後ろから刺されかねない。

故にフロレンスの監視を常時つけたまま、外に出す。

私としても見ていて冷や冷やするが。

まあショック療法としては良いだろう。

目的の海域に着いたのは、夕方。

夕陽が、遙か遠くの地平に沈もうとしている。

この辺りは入り江という事もあって、水平線は見えない。周囲は全て地平線だ。

もっとも、西の方はうすらぼんやりとしているので、地平線と言って良いのかはよく分からないが。

エリーザが、フラフラと甲板の端の方に歩いて行く。

私は既に戦闘態勢をとるように全員に指示。

「ああ、ヒデトさん……」

何も見えていないように歩くエリーザ。

警告音。

私が乗っているゲパルトのCユニットが、感知しているのだ。賞金首クラスのモンスターが接近していると。

「エサを持ってきたわ。 たくさんたべて!」

どっと、海が割れるようにして。

巨体が姿を見せる。

同時に飛び出したフロレンスが、エリーザを抱えると、バスの中に逃げ込んだ。

攻撃開始。

ヒトデロンは、ネメシス号の半分ほどもある巨体に、ヒトデらしい巨大な触手を蠢かせ。体の中央に巨大な口を開いて、凄まじい咆哮を上げる。

エリーザは。

こんな調子で、ハンターを何度も此処に連れてきて。

此奴のエサにしたのだろう。

言動からして、恐らくは。

恋人を食らっただろうあのヒトデの化け物を、恋人の生まれ変わりと信じて。

いや、心が壊れて。

そういう妄執に、脳が汚染されてしまったのだ。

凄まじい音だが。

全員が、音に対する攻撃については、何度も晒されている。

今更怯んだりしない。

攻撃開始。

エレファントの主砲も含め、圧倒的な弾幕がヒトデロンに降り注ぐ。

今まで襲ってきたハンターとは格が違う。

一瞬でそれを悟ったのだろう。

体の彼方此方を瞬く間に爆破されたヒトデロンは、悲鳴を上げながら、逃げようとするが、そうはさせない。

大型の射出機を使って。

碇をヒトデロンに叩き込む。

この間、アクセルがつけた機能だ。

海上戦であると便利だろうという事で。

アクセルがビイハブ船長に許可を取ったのだが。

それが早速功を奏した。

だが、流石に賞金額5桁の賞金首である。

凄まじいパワーで、ネメシス号を引っ張りに掛かる。がくんと船が揺れて、船長が警告の声を上げた。

「あまり長引かせるな! 下手をすると転覆する!」

「攻撃を集中!」

各車からの総力での攻撃が、ヒトデロンの全身を抉り取っていく。

見ると、凄まじい再生力を持っているようだが、それでも追いつかない攻撃だ。見る間に海が血に染まっていく。

ヒトデロンが反撃に出た。

急に体当たりを仕掛けてきたのだ。

ネメシス号の半分ほどもある巨体である。

その体当たりは凄まじい強烈さで。

船が揺らぐ。

ゲパルトを自動操縦に切り替えると、私は砲塔から飛びだし、体に縄をくくりつけると、剣を抜く。

そして、目を閉じ。

一気に全力を解放。

前は寿命を削りながらやった、脳のリミッター解除と。

今度は薬を使わずにも出来るようになった。

全身のブーストアップだ。

使ったらしばらく動けなくなるが。

船に頑強に組み付いてきているヒトデロンは、体中にある吸着性の触手を使って、ミシミシとネメシス号を締め付けてきていて。

もう時間がない。

ヒトデロンの五本の腕はズタズタだが、その体はヒトデと同じように、無数の小さな触手がついている。

その破壊力は、ネメシス号を粉砕しかねないほどだ。

此奴は被害が小さかったから、過小評価されていた賞金首だったのだと悟るが。今はそれよりも、勝負を付けるのが大事。

叫びとともに突貫。

浮き上がるような感触。

前は、全身が抉られるような感じだったが。

今は、体中の力が吸い取られるような感じだ。

触手が一本、私を遮ろうとするが。

恐らくミシカの狙撃だ。

ライフル弾が、触手を吹っ飛ばした。

感謝。

更にもう一本触手。

真上から。カレンが踏みつぶす。

道は出来た。

巨大な口を上げて体を蠕動させるヒトデの怪物に。

私は突貫。

跳躍して飛び越し。

振り返りつつ。

剣を振るった。

巨大なヒトデロンの中心から、真っ二つに斬り降ろす。全身を真っ二つにされ。更に海から出ている部分を、微塵に切り刻みつつ、海中に。

着衣泳は非常に難しいから、わざわざロープを使ったのだが、正解だ。

剣を持ったまま海中に入った瞬間、一気に体が重くなった。

意識が飛びかける。

寿命を削っていた今までと違い。

精神を削っているようだから、無理も無いか。

それでも、どうにかロープをたぐり寄せて、海上に出る。

ずたずたに砲撃で砕かれ。

更に私に中枢を一刀両断されたヒトデロンは。

既に動かなくなっていた。

触手は少しだけ動いているが。それも引っ張り上げつつ、全て焼き払ってしまう。体の一部だけは焼き払わずに水揚げして、それで残しておいた。ハンターズオフィスに提出するためである。

縄を引っ張り上げてくれるリン。

「無茶苦茶をしますね」

「此奴の様子からして、徹底的に潰さないと死なないと思ったからな」

「そう、ですね」

ネメシス号にヒトデロンがくっついていた事が幸いして、パーツの全てを水揚げできたと思う。一応リンが少し海中を探ってくれたが、大丈夫そうだ、という事だ。

もしも粉々にしても再生するようだったら手に負えなかったのだが。

まあこれなら大丈夫だろう。

バスから、金切り声が聞こえた。

やはりエリーザだ。ヒトデロンの末路を見て、悲鳴を上げていた。

「人殺し! ヒデトさんを返して!」

「巫山戯るな! 人殺しはお前だろうが!」

ミシカが銃を向ける。

エリーザはフロレンスが後ろ手をとって押さえ込んでいたが。それでも目には強い狂気の炎が宿っていた。

甲板に上がった私は。

多分、ヒトデロンの事に気付いていた無かっただろうミシカの肩に手を置き、銃を下ろすように言う。

舌打ちすると、ミシカは銃を下ろした。

「フロレンス、エリーザさんを連れて帰るぞ。 ハンターズオフィスには全てを話す」

「人殺し! 人殺し! ひとごろし!」

耳がきんきんする金切り声だ。

見かねたか、カレンがもがくエリーザを押さえ込むと、締め落とした。ほんの二秒で静かになった。

完全に狂ってしまっているエリーザは、此処で死んでしまった方が幸せだったのだろうか。

いや、それよりも。

真実をきちんと此方で知らせて。

そして、相応の報いを受ける方が良いだろう。

ヒトデロンの残骸を見やる。

此奴が全てを不幸にした元凶なのは事実だが。

この化け物を放ったのはノアだ。

黒院に言われただけではない。こういった不幸を少しでも減らすためにも。出来るだけ早く、ノアは倒さなければならないのかもしれなかった。

 

2、孤独

 

目の前では、3人兄弟が、呆然と立ち尽くしていた。

私が顎でしゃくった先には、爆発した金庫。

モロポコ周辺のモンスターを掃討しようという話になり、手分けして賞金首以外のめぼしいモンスター処理関連の仕事を受けていたのだけれど。

その時に、リンが変な仕事を受けて来たのだ。

3人兄弟が、いわゆる水商売系の女に入れ込んでいて。

それぞれが、互いを敵視している、というのである。

今の時代、皆生きるのに必死だ。

体を売ることで、生きる事も選択肢の一つである。

だが、それが行きすぎると当然問題になる。

最も今回の場合は、そういう次元では無く。別に相手が水商売系でなくても同じだと感じたが。

ともあれ呆れた私は、リンに任せようかと思ったが。

その3人が、そろってこの近辺ではマシな方にはいるハンターだという事が分かって、そうもいかなくなった。

3人ともクルマを持っている上に、モロポコの治安維持にもある程度は貢献している。周辺のモンスターを掃討した後は、此奴らがモロポコを守るのだと考えると、放置も出来ない。

ただでさえ、ハンターは人材の消耗が激しいのだ。

人間がどれだけ生きているかも分からない今の世界。

戦える人間は、少しでも多い方が良い。

そう判断した私は、とりあえずリンと一緒に話の処理に乗り出したが。

思わず絶句するほど、状態がこじれていた。

まず、問題の水商売系の女に会ってみた。

これがまたまったく悪意無く相手の好意を扇動するタイプで、ある意味一番タチが悪いタイプだとも言えた。

3人兄弟はそれぞれ稼ぎをつぎ込んでおり。

それぞれが結婚を考えているらしいが。

女は一番お金持ちと結婚したいと、悪意無く全員に言ったらしいのである。

この世界では普通のことだが。

それが状態をこじらせることは分かりきっていただろうに。

或いは、本当に分からずに言ったのかも知れないが。

それはそれでタチが悪すぎる。

それから、件の3人にあった。

話をそれぞれに聞いてみると、全員が愕然とした。金持ちと結婚したいと、全員に女が言っていた事を、知らなかったらしいのだ。

3人ともその辺りのモンスターを狩っては金に換えているハンター家業だが。持っているクルマはそれぞれ軽戦車程度。実力も相応で、賞金額五桁賞金首など倒せるはずもない。実際問題、きゃたつらー相手にどうにもならない程度の実力しかなかったのだ。

蓄えなどそれほどない。

それでも、死ぬ気で貯めた5000Gほどがあるのだが。

その金はそも3人が仲が良かった頃、少しでもマシなクルマでも買おうと考えて、一生懸命貯めていたものらしく。

よりにもよって、3人が3人、その金に手をつけようとしていた。

それで血を見る寸前にまで行っていたのだ。

3人とも、互いを出し抜くことだけを考えており。

仲が良かった頃、鍵を三分割して持っていたらしいのだけれども。

仲がこじれてからは、金庫をどうするかで毎日揉め。

あげくに誰かが金庫に爆弾を仕掛けた。

私は、3人に会って。

金庫を見て。

危険な状態である事を即座に察知。

そして、3人に、このまま争っていたらこうなると、金庫を撃って見せた。

そうしたら、予想以上の大爆発。

危うくアフロになるところだった。

いや、正直な話。

誰かが無理矢理金庫を開けていたら。

木っ端みじんに消し飛んでいただろう。

何度か咳き込んだ後。

私は、もう一度顎をしゃくって見せた。

「金庫を開けていたら、確実に死んでいたな」

「……」

「目が覚めたか。 だったら、もうあの女に入れ込むのは止めておけ。 全員掌の上で転がされているのに気付いていなかっただろう。 それにあの女、多分お前達が死んだところで、何とも思わないだろうよ」

膝から崩れ落ちる3人。こういう動作はそっくりである。

金は全部パーになってしまったが。3人が殺し合いになっていたら、それどころではなかっただろう。

モロポコそのものに危機が及んでいた可能性が高い。

呆れた私は、リンに後始末を任せて、皆の所に戻る。

二チームに分かれてモンスターの駆除に行っていた皆は。

それぞれ、予定通りのモンスター駆除を終え、戻ってきていた。

カレンが率いるチームと、フロレンスが率いるチームだが。

フロレンスが、ウルフから降りてきたケンの肩を叩く。

「お見事でした。 今日の撃破数ナンバーワンですよ」

「そうか。 背が伸びきる頃には、この辺りでも有数のハンターになれるな」

「そんな。 ありがとうございます」

この子が浮浪児だったと、誰が今信じるだろう。

ウルフを立派に駆って、戦場で充分に活躍しているケンは、既に経験から言っても生半可なハンターでは及ばない。

少なくとも、今死の運命から救った三馬鹿兄弟より遙かにマシだ。

他のメンバーにも、消耗や負傷について聞くが。まあ皆慣れたものだ。化け物ばかりと戦って来たこともあり。無難に周辺のモンスターを駆逐してくれた。

早苗の任せたエレファントも立派に活躍してくれていたし。

この間のきゃたつらー戦で良い働きをしてくれた山藤も。今回も白兵戦で、かなりの大暴れをしてくれたらしい。

いずれも満足できる結果。

私も、それで充分だと判断した。

ネメシス号に、商売を終えたトレーダーを護衛しつつ戻り、イスラポルトまで送る。情報収集は、充分に出来た。

あと、もう一機。

上手く行けば重戦車が手に入れられそうなのである。

だが、イスラポルトの腕利き達も、かき入れ時だと言わんばかりに、モロポコへ行くトレーダーの護衛任務を始めている。

彼らだって重戦車は欲しいだろうし。

何よりも、こういうものは早い者勝ちだ。

イスラポルトのドッグにネメシス号を入れ。

ヒトデロンとのダメージをアクセルが修理し始めるのを横目に。

ヒトデロンの残骸を水揚げする。

幸いなことに。

破片を一部水に入れていたのだけれど、再生するようなことも無かった。

体が単純な生物は、粉々にしても再生して増えるようなケースがあるのだけれども。ノアが改造したときに、何かしらの理由でオミットしたのか、元々それほど強大な生物ではなかったのか。

どちらにしても、もうヒトデロンが海に出る事は無いだろう。

賞金を受け取ると。

ビイハブ船長を交えて、宿で軽く話をする。

今後の方針について、である。

なお、アクセルは。

ネメシス号の整備が忙しいという事で。会議には参加しなかった。

「当面の目標は、二つだ。 一つは重戦車の確保。 これは、ブルフロッグのいるデビルアイランドの守りを崩すためには、相応に此方も戦力を整えなければ無理だからだ。 もう一つは、ブルフロッグを倒す事。 要するに、まずは重戦車を手に入れ、デビルアイランドの詳細な情報が必要になる」

「エバ博士に話は聞いていないのか」

「エバ博士にデビルアイランドから脱出した際の話を聞いたが、どうやらデビルアイランドから出るバイアスグラップラーの船に潜んで脱出した、というだけらしくてな」

「そうか、それでは参考にならないな」

カレンが肩を落とす。

実際問題、密航同然の方法で逃げ出したのだとすると。

詳しい合図などは、理解していないだろう。

そもそもが、エバ博士は科学者だ。

軍事に属する事は、例えば生物兵器の製造などには詳しいだろうが。

警備や実際の運用などについてはあまり詳しくない。

今、アズサに保護して貰っているエバ博士だが。

実際、合図が毎回変わる、という事しか分かっていなかった。

「何か方法は無いのか」

「重戦車をもう一機手に入れて、これを壁にする。 現在、かなりの数の対空迎撃装備を各クルマに積んでいるし、デビルアイランドにはドッグがある事も分かっている。 バイアスグラップラーは、恐らく敵本拠から出ている船を、まだデビルアイランドと行き来させている様子だ。 これがデビルアイランドに入ろうとするタイミングで、一気に仕掛ける」

敵が合図を出しているのを確認。

一気に高速で追いつき。

敵船を追い越す。

一瞬でも敵を混乱させる事が出来れば充分。

全速力でドッグに突入。

其処から内部を制圧する。

ただし、勿論敵は相応の警備を敷いているはず。

更に、バイアスグラップラー四天王二位のブルフロッグがいる。実力は不動の二位という事もあって、相当に高いとエバ博士にも聞いている。

準備は、念入りすぎてもすぎるほどではないだろう。

「精鋭が泳いで忍び込むのは」

「却下」

ミシカが馬鹿な事を言うので、その場で却下。

着衣泳だけでさえかなり無謀なのに。

武装を持って泳いで潜入するなんて、絶対に不可能である。

むくれるミシカに、実際にやって貰う。

案の定、ミシカは溺れそうになり。

真っ青になって、何度も咳き込んでいた。

ロープをつけていてこれである。

冷めた視線のフロレンス。

ミシカは何というか。

体を張って、無理なことを見せてくれた、という意味では。いて助かったとは言えるが。しかし何というか、もう少し頭を使ってくれると嬉しい。

「それで、重戦車だが」

地図を出す。

海図では無い。

ダムの南の地図だ。

この間、モロポコに行った時。入手した地図である。

それによると、ダムから南に川を下ると、途中で分岐して、洞窟に行けるのだという。この洞窟には、モンスターはあまり多く無いものの、かなりの数のナマリタケが生息していて。

それで、ハンター達はいやがって近寄らないと言う。

「ナマリタケかよ……」

ミシカが心底嫌そうにいう。

それはそうだ。

まだ知らないらしいケンに、軽く説明しておく。

「ナマリタケってのはノアがばらまいたらしいキノコでな。 クルマの装甲タイルを苗床にして、瞬く間に増える。 凄まじい早さで増える上に、非常に頑強で、取り除くのには専門の技術がいる。 ただし、特定の環境でしか戦車に付着しないから、洞窟の中などで戦車を放置しなければ大丈夫なのだが」

「そんなに厄介なんですか」

「重いんだよ、兎に角」

「あ……」

ケンも察する。

重いという事は、装備の積載にも影響するし。

何よりも、クルマそのものの動きにも。

それにだ。

もしも、その洞窟が例の、戦車が放置されているらしい洞窟だとしても。

そんなところにずっと放置されていたら、どうなるか。

多分キノコの塊みたいになっていて。

ナマリタケを取り除くまで、何が何だかさっぱり分からないのではあるまいか。

この川の沿岸には、幾つか面白い施設があるらしい。

小さな街もあるそうなので、補給と情報収集で足を運ぶのも良いかもしれない。

ビイハブ船長は、じっと腕組みしていたが。

やがて、重い口を開いた。

「それで、だ。 トレーダー達に散々貸しを作った結果、向こうから提案が来ている」

「提案?」

「戦車を譲りたい、というものだ」

「!」

そう。

これが今回。

私が進めていた事だ。

皆が注目する中、ビイハブ船長が、設計図を取り出して、机上に拡げる。

重厚な戦車である。

「これは、随分とごつい戦車だな」

「ティーガーだ」

「その通り」

ビイハブ船長が頷く。

ティーガー。

誰でも知っている、傑作戦車。

大破壊前の、世界全土を巻き込んだ大戦争で、伝説を幾つも残した最強の戦車の一角。

勿論大破壊の頃には通用しない程度の性能しかなかったため、近代化改修をされたものだが。

今までコンテナを散々レンタルし。

トレーダーもモンスターから何度となく助け。

護衛任務なども行って来た結果。

トレーダー達が、ティーガーを譲渡することを申し出てきたのである。

ただ、現物が届くまで、まだかなり時間が掛かるらしい。

トレーダー達は基本的に家族単位で動いているが。

クルマ用の武器はともかく。

クルマそのものを扱うとなると、山賊まがいの連中が襲ってくるケースもある。

何しろ、重戦車の相場は、100000Gとも言われているのである。

今回は、私もそれ相応の代金で譲り受けるつもりだが(勿論ただの筈は無い)。

それにしても、大規模な取引だ。

トレーダー側も慎重にならざるを得ないし。

そもそもティーガーを、トレーダー達が総本山にしている、何処かの工場から輸送してくるだけでも一苦労であるらしい。

いずれにしても、これに関しては、ビイハブ船長に話が持ち込まれ。

私がそれを受けた。

洞窟にあるらしい重戦車とあわせ。

これで、バイクとクルマ、あわせて十一機。

この武装に加え。

ネメシス号の強化を行えば。

デビルアイランドへの突入作戦も、そう難しくは無いだろう。

ただ、楽観だけはしてはいけない。

相手はずっとバイアスグラップラー四天王の二位を堅持してきた怪物である。

実力も賞金額六桁賞金首に近いとみるのが正しいだろう。

アクセルが戻ってきた。

「修理にはもう少し掛かる。 そうだな、あと三日という所だ」

「分かった。 それではその間は自由時間とする。 ただし、バイアスグラップラーの刺客がいる可能性も高い。 単独行動は避けるように」

「解散」

ビイハブ船長が音頭を取り、それで会議は終わる。

皆がめいめい部屋に引き揚げて行く中。

私は、フロレンスに呼び止められ。

診察を受けた。

フロレンスは難しい顔をして、触診や聴診をする。

そして、嘆息した。

「やはりよく分からないですね。 これは体が好調なのか、それともおかしくなっているのかさえももはや分からないですよ」

「そうなると、今後は病気になっても、助けられないという事か」

「レベルメタフィンによって、貴方は超人になりました。 しかしながら、グロウィンの有様を見る限り、超人だけがかかる病気もあるかも知れません。 そうなった場合は、どうにも出来ない事を覚悟してください」

「……そうだな」

不老が、そのまま地獄に直結する可能性もある。

フロレンスはそう言っているのだ。

だが、私としてはもとより地獄に足を踏み入れた身。

それを後悔はしていない。

自室で1人になる。

まだまだ、戦力が足りない。

天井に向けて手を伸ばす。

もしも私が、人を越えたことを知ったら。

テッドブロイラーが来るだろうか。

その場合は、まだ勝てない。

もう少し、力を伸ばさないと。

舌打ち。

まだ腰が引けてしまっている自分がいる。

相手が化け物なのは先刻承知。

そろそろ戦って勝つ覚悟を決めなければならない。

だが、人間を止めたから、だろうか。

余計に私は、頭がさえている。

マドの街で奴が見せた動きについては、しっかり覚えている。

まだ、到底あれには届かない。

怖い、とは思わない。

だが戦ったら勝てないとは、どうしても分かってしまうのだ。

皆と一緒に戦っても、それは同じだろう。

それではどうしようもない。

そろそろ時間も時間だ。

目を閉じて、眠ることにする。

だが、どうにも寝付きが悪い。

そして、私は。

夢を見なくなりつつあった。

眠りが深いのでは無い。

多分、脳の構造が。

人間とは違ってきているのだろうと、なんと無しに分かった。

 

3、本末転倒の山

 

ネメシス号の整備が終わってから、再びダムを越えて、モロポコに通じる川へ。

ハンターやトレーダーが、検問を通ってかなり行き交っている。

モロポコへの交通の安全がある程度確保されたことを確認し。一気に物資を売りさばくべく、トレーダーが殺到しているのである。

最初は軍需物資ばかりだったようだが。

今では食料品や。

医療品も扱っている様子だ。

モロポコの方では、近辺に住まうモンスターを死ぬ思いで狩って、必死に生きていたようなので。

どんどん安く物資が入ってくるのは、有り難い事だろう。

後は当事者達の問題だ。

モロポコへ向かう川から逸れ。

遡上する。

西側に、小さな建物が見える。

小さいと言っても、それなりの大きさなのだけれども。少なくとも、数百人が暮らせる規模はない。

此処が、中継地点の一つ。

モンキーセンターだ。

モロポコで此処の存在は知っている。

ネメシス号を適当な所で停泊させ、碇を降ろしてタラップを出す。

バイクで私とミシカが。

後はバギーとバスだけを降ろす。

というのも、この辺りは地盤が脆弱で。

重戦車だと、地面にめり込む恐れがあるからだ。

それに、此処は人が住んでいるし、賞金首クラスのモンスターがいると言う話も聞いていない。

もしもの時に備えて武装はしていくが。

それはそれだ。

ちなみに、モロポコとも取引はしていて。

此処で飼っている豚の肉が、流通しているそうである。ただし、とんでもない高級品として、だが。

丸いドーム状の建物に近づくと。

凄まじい獣臭が漂って来る。

ミシカが露骨に嫌な顔をするが。

こういうものだ。

そも、荒野では散々に嗅いできた臭いである。

腐敗臭。

糞臭。

そして、人間では無い生物の存在を示す臭い。

それらは不快かも知れないけれど。

無ければそれで困るのだ。

入り口には、一応番兵がいたが。ハンターである事を示すと、中に通してくれた。中は、更に臭いがきつかった。

クルマの番にカレンが残ってくれる。

私とミシカ、リンとアクセルで中に入る。

これは、もう少し川を遡上したところにある洞窟に戦車があった場合。その正体について、見極めておきたいからである。

故にアクセルを連れてきた。

モンキーセンターとやらは、すり鉢状の構造になっていて。

すり鉢状構造の真ん中には、山が出来ていた。

その山は。

ホームレス同然の姿をした人々と。

大量の豚で埋め尽くされていた。

豚は糞尿をエサにして育っているようで。

人糞と、更にその辺りで捕獲してきた弱めのモンスターを全てエサにしているようだった。

ミシカが口を押さえて目を背ける。

非常に不衛生な環境だ。

白衣の人間が、何かデータをとっている。

此奴らが、此処の支配人である。

「ハンターとは珍しい。 何用ですか」

「私はバイアスグラップラーを滅ぼすために戦っているレナだ。 此処には、少し先にある洞窟について調べに来た」

「ああ、聞いています。 つい最近も、モロポコを脅かしていたきゃたつらーと、ヒトデロンを仕留めたとか」

「話が早くて助かる」

ラチェットと名乗った白衣の男性は。

洞窟については詳しくは知らないが。

内部には大量のナマリタケが存在し。

最深部に、巨大な塊があると言う話だけはしてくれた。

「あれが戦車かどうかは分かりませんが、興味本位で見に行った此処の職員によると、生半可なクルマ数機分のサイズはあるとか」

「それは、凄まじいな」

「並のクルマ数機分か。 まさか100トン戦車か、それともマウスか?」

「見当がつきそうか」

アクセルが腕組みする。

アクセルの話によると、ナマリタケは本当に節操なく繁殖するらしく、一度くっつくと取り除くのが本当に大変だという。

だから、元が小さな戦車でも。

巨大にふくれあがるケースが散見されるとか。

「もしも超巨大戦車だったら儲けものなんだがな」

「超巨大戦車というと、大破壊前の要塞級か? だがそういった物は、人類の砦となる大規模工場などを守るためだけに今は使われていると聞いているが」

「そうだ。 だから、此処で言う超巨大戦車というのは、大破壊前に起きた戦争で作られた、大型の戦車だ。 いずれも実戦では実用に適さなかったらしいが、近代化改修をされて使えるように生まれ変わっている。 ただそれでも、あまりにも巨大すぎる事もあって、使うハンターは希だとも聞くがな」

確かに大きすぎれば被弾も増える。

エンジンの能力にも限界がある。

現在、パワーパックを二つ積むのが主流になっているが。

それも巨大すぎる戦車の場合は、三つ四つと積みたいところだ。だがCユニットが対応していないので、出来ないのである。

技術は大破壊の後から。

あまり伸びていない。

これは人類の状況から考えれば当然とも言えるが。

こればかりはどうしようもない。

ただ。頑強さに極振りした戦車が味方にいれば。

フラッグ車として、活躍してくれるだろう。

フロレンスに任せて。

どうあっても死なせてはならない彼女を、守るには最適かも知れない。

なお、戦闘力には期待しない。

それも当然で。

巨大すぎるということは、装甲だけで相当な重量になっているだろう。

大した武装は搭載できないはずだ。

他にも、この辺りの話を聞くと。

興味深い話を聞かされる。

「もう少し川を遡上した所に、綺麗な家がありますよ。 バイアスグラップラーが絶対来ないという噂で、逃げ込んで生活している人が二十人ほどいます。 どういうわけか、モンスターも近寄らないようです」

「どういうことだ?」

「幽霊がいるとか。 噂ですけれどね」

「……ほう」

それは早苗の担当分野だな。

真っ青になるミシカを一瞥すると。

下で暮らしている、悲惨な格好の人々についても聞いておく。

「豚の肉で儲けているのだろう。 あの人達にも、もう少しマシな格好をさせてやってはどうなのだ」

「そういうわけにはいきませんよ。 此処の宿舎は限られています。 それに、衣服や食糧もね。 彼らは死ぬくらいなら豚と過ごす方がマシと、ああやって暮らすことを選んだ人々です」

「なあ、猿山って書いてあるんだけれど、何だ? そもそもモンキーセンターって……」

不意に、ミシカが話に割り込んでくる。

フロレンスも、あまりいい顔をしていない。

白衣の男は、露骨にミシカを視線で馬鹿にしながら、説明してくれる。

「モンキーとは猿のことです。 昔此処は、人間に役立てるために、実験動物用の猿をたくさん繁殖させていたんですよ。 話によると、私の二代前くらいの頃に、バイアスグラップラーが来て、猿だけを全て連れていったそうですが」

「猿だけを?」

「はい。 それ以降、此処では豚をああやって、ゴミどもに飼育させています」

殴りたくなったが、我慢。

ミシカは怒りでブチ切れそうになっているが。

実際問題、此処で生活できるなら。

外で暮らすよりマシ、と考えて、逃げ込んできた人達だ。

衣と住は保障されていないが。

少なくとも食事はある。

ただあの不衛生な環境だけはどうにかならないかと聞いてみるが。

白衣の男は、やはり腹に据えかねることを言う。

「浄水設備も、限られていますからね。 彼らには、雑菌だらけの水でなくて、ちゃんとした水が与えられているだけマシですよ。 何処の街でも、体を洗う水なんて、みんなにたようなものでしょう。 私達は、そもそもこの施設の管理者なので、綺麗な水を使う権利がある。 それだけです」

「行こう、レナ」

「……ああ」

軽く礼だけを言うと、此処を後にする。

ふと、気付いた。

プレートに何か書いてある。

フロレンスも気付いて、そして目を細める。

私には、生憎読めなかった。

「何と書いてある」

「スカンクス」

「!」

「この猿山のボスのスカンクスは、芸達者な人気者です。 餌をあげれば芸をします」

スカンクス。

まさか、此処の出身だったのか。

それに、である。

さっきのバイアスグラップラーに猿が連れて行かれたという話にも、一致する。

近くに端末があったので、フロレンスと一緒に操作する。

そうすると、データが出てきた。

スカンクスは、大破壊の前くらいにこのモンキーセンターに来た猿で、体格が大きく、人間に媚を売るのがとても上手だったという。

体格の大きさを生かして猿山のボスになり。

そして、多くの人間達に媚を売って、たちまちエサを独占する人気者になった。

その一方で他の猿には極めて傲慢で。

メスは独占。

更に、エサもかなりの量を自分だけで奪い取り。

他の猿たちは皆飢えていた。

その結果。

反乱が起きた。

猿たちが団結して、スカンクスをボスザルの地位から引きずり下ろしたのである。流石にスカンクスも、他の猿が総掛かりで来たら、どうにもならなかった。

スカンクスは分かっていなかったのだろう。

自分が、如何に暴虐を振るっていたのか。

だから、全てを失った。

奴の最後を、今も私は覚えている。

滑稽な旗を抱えて。

これだけは渡さないと、必死になっていた。

両目が見えないのに。

旗の所まで辿り着いて。

すがるようにしがみついていた。

スカンクスは、理解出来なかったのだろう。

弱い者の気持ちが。

だから、反乱を起こされた。

そして凶暴性を利用され。

化け物にされ。

バイアスグラップラーの四天王になり。

暴虐の限りを尽くした、というわけか。

なお、モンキーセンターでは、猿としてのスカンクスの末路についても書かれている。

ボスの座を追われたスカンクスは、他の猿たちから完全に無視されるようになり。雌達も、他の猿に全て奪われてしまった。

元々それなりに力は強かったが。

しかしながら、他の猿は攻撃を受けると、一致団結して反撃。凄まじいまでの傷だらけの姿になったスカンクスは、展示できないと判断され。傷が治るまでは隔離され。

傷が治った後も、元々ねじくれていた心は更にねじ曲がり。

凶暴性が増したスカンクスは、客に対しても威嚇するようになってしまい。

瞬く間に人気も失った。

元々人間が好む動物は、自分にとって都合が良い存在だ。

変わっているか、興味を引かれるか、或いは媚態を尽くすか。その様子を動物園に見に来るのである。

猿はありふれている存在だから、媚態を尽くさないと人気など出ない。

スカンクスはあらゆる意味で凋落し。

徹底的に周囲を憎むようになって行った。

そしてスカンクスは、連れて行かれるその日まで。

他の猿たちに、袋だたきにされる毎日を送った。

哀れな話だな。

そう思ったが。今更である。

スカンクスは、単独では間違いなくその猿山で最強の存在だったのだろう。

だが、それが故に増長し。

蹴落とされた。

猿でさえ、こういう事が起きる。

ましてや、人間は。

他の連れて行かれた猿たちも、ろくな運命をたどることはなかっただろう。きっと命を落としてしまったに違いない。

スカンクスにしても、あの苛立ちよう。

きっとバイアスグラップラーから、捨て石としか考えられていないことは、悟っていた筈で。

その上、他の四天王からは馬鹿にされ続けていたのだろう。

奴がやった事は許されることではないが。

ミシカを見ると。

苦虫を噛み潰したような顔をしている。

きっと、ミシカは。

スカンクスが、同情の余地もないクズで。

ただ悪として、断罪だけ出来ればいいと思っていたのだろう。

しかし其処に現実として、こういう情報が突きつけられた。

自分がやった事に対して。

あまり良くない心の染みが出来た。

そういう事だ。

私は。

今更何とも思わない。

スカンクスを殺した事を後悔などしていない。

あの猿は、放置しておけば人間狩りを続けただろうし。支配地区の住民を際限なく苦しめ続けただろう。

何より奴は、バイアスグラップラーだった。

それだけで、死ぬのには充分だ。

こんな情報は関係無い。

同情には値するが。

それと奴を殺したこととは、関係がないのだ。

「行くぞ」

必要な情報は得られた。

これ以上此処に用は無い。

他にも、周辺を回る必要がある。

今後勝ち残るためには。多角的な情報が、幾らでも必要なのだ。

 

更に川を北上。

見えてきたのは、かなり広い敷地の、未だに朽ちていない家だ。

ただし、その家を囲むようにして、相当数のバラックと。

家の周囲には、火砲やミサイルが据え付けてある。

集落として機能しているのだ。

上陸して、中に、

見張りらしい男性が、こっちに来ると。

説明をしてくれた。

「此処は中立地帯です。 ノアのモンスターは入れませんが、中での対立はおやめください」

「中立地帯、ねえ」

「貴方は?」

「レナだ」

見張りは、ハンター崩れらしい。

聞いた事があると、私の事を見て、少しだけ嬉しそうにした。生憎此方は別に嬉しくは無いが。

「バイアスグラップラーの連中は、最近はまず来ませんよ」

「そうか。 それでは血を見なくて済むな」

「中でのもめ事はお避けください。 此処には、この世界にはもう珍しくなった清浄な水と、新鮮な食糧を提供するシステムが整っています。 問題が一つありますが」

「何だ。 解決できるなら対応するが」

見張りは、笑顔のまま。

幽霊が出る、と言った。

しかも白昼堂々、である。

ミシカが青ざめる。

クルマに残してきた早苗を、すぐにカレンに呼びに行かせる。

「な、なあ。 アタシ戻った方がいいか?」

「情けない事を言うな」

「だってよ」

「ゾンビは平気なのに、どうして幽霊は駄目なんだよ」

自分でも分からないと、情け無さそうにミシカが言うので、心底私さえ困り果ててしまう。

相変わらず手が掛かる。

戦闘では充分に活躍してくれるから良いけれど。

もう少し精神を何とか出来ないのかこの娘は。

早苗は降りてくると、周囲を見回す。

山藤が、代わりにクルマに戻る。

此処は中立地帯でも。

それはあくまで、潤沢な防衛システムによって守られているから、である。

ざっと周囲を見回したところ、元々あった家と、その関連設備。相当な金持ちのものなのだろうが。それにすがるように、数十人ほどが暮らしているようだが。

そも此処は、辿り着く方法が極めて限られている。

此処にどうにか逃げ込むことが出来たは良いが。

皆立ち往生してしまっている、というのが現状なのだろう。

衣服はボロボロだが。

暮らしている人達は、皆相応にいいものを食べているらしく。

見張りが言った言葉は嘘では無い様子だ。

水、食糧についても。

地下に供給用の大規模設備があるらしく。

地面が常時微動していた。

機械音らしいのが。地下から響いてきている。

井戸はなく。

水を供給する蛇口が代わりにあって。

其処を捻れば、新鮮でそのまま飲む事が出来る水が出てくる。

他の環境を考えれば。

完全に天国も同然だろう。

口元に指先を当てて考え込んでいる早苗に。

ミシカが泣きつく。

「早苗! 幽霊いるならなんとかしてくれ!」

「えっ?」

「落ち着け」

取り乱しているミシカに、困惑する早苗。

私はチョップを入れて黙らせると、ミシカを引きずっていく。

早苗は困り果てた顔でそれを見ていたが。

やがて、一点をじっと見つめ始めた。

「幽霊とは少し違いますが、なるほど。 幽霊と思われるのも当然でしょうね」

「! あれか」

「はい。 強烈な残留思念です」

住民はもう慣れてしまっているらしい。

気にもしていない。

優しそうな老人と。

若い女性が。

なにやらボールを、楕円形と棒を組み合わせた道具で、打ち合っている。

四角い場所の真ん中には網が張られたものがあって。

それを越えるように、ボールを打ち合っているようだった。

カレンが説明してくれる。

「テニスだね。 大破壊前は、上流階級の遊びとして人気があったそうだ」

「祖父と孫という雰囲気ではないな」

若い女性は。

清楚で、いかにも庇護欲を誘いそうな雰囲気だが。

実際問題、あまり悪意は強そうではなかった。

体は半透明に透けている。

老人は、とにかく優しそうで。

それでいながら、体格は屈強。

かなりの老齢だろうに、腰が曲がっていることもなく。

普通にテニスとやらを楽しんでいる。

かわしている視線、雰囲気からして。恐らくはこの二人、夫婦か、それとも恋人だろう。老人がこの家の持ち主だとすると。

相当な金持ちだったのだろうなと推察できる。

「残留思念というと、何か余程の無念があるのか」

「いえ、恐らくですが、まだ生きている何者かが、過去を強烈に懐かしんでいるのだと思われます。 その思念が、あの二人の姿を映し出していますね。 女性の方の幽霊は、別に存在しています」

そういって早苗は、別の方を見た。

其処には何も見えないが。

血まみれの女性が。

膝を抱えて、恨みがましくテニスをしている二人の様子を見ているそうである。

気の毒なので、鎮魂の儀を行うと言って、早苗はその地点に歩いて行き。

ミシカはほっと胸をなで下ろした。

とはいっても、なにやら呪文を唱えて棒を振るっていた早苗が戻ってきた後も。

テニスをしている老人と女性の姿は消えなかったが。

「お、おい、失敗したのか!?」

「あれはよそから送られてきている情報ですよ。 その元を断たない限りは、消えることはありません」

「実害はないのか」

「ありませんね。 ただの立体映像の一種です」

そうか。

専門家がそう言うのなら、そうなのだろう。

ミシカは真っ青になっているので、早苗と組ませて、情報収集に当たる。

この近くに、洞窟があるので。

それについて。

更に、周囲に危険なモンスターがいないか。

確認をする必要がある。

ホームレス同然の格好をしている者の中には。

クルマを失い。

逃げ込んできたハンターもいた。

クルマの修理設備は、ネメシス号の中にある。

クルマの改修と修理を請け負おうかと話すと、嬉しそうにそのハンターは懇願してきた。

「此処の連中は、絶対に此処から出ようとしない。 完全に手詰まりになっていた」

「それは、こんな安全な場所から出ようなどとは思わないだろうさ」

「安全かも知れないが、此処は狂ってる」

「詳しく」

ハンターによると。

家の中が特に危ないそうである。

さっきテニスをしていた老人達が、中で節操なく姿を現しているのだが。

時々、会話もしているそうだ。

その内容が、狂気じみているらしいのである。

「あの女、清楚そうな雰囲気だが、頭がいかれてやがる。 爺の方も若い愛人だからだろうが、咎めもしねえ」

「外で詳しく聞こう」

バスを出して、壊されてしまった軽戦車を回収に向かう。

ミシカのバイクにハンターを乗せ。私はその後ろからバイクで。

更にウルフを護衛につけて、問題の地点に。

モンスターは既にいない。

朽ちかけたクルマは、いわゆるテクニカルだろう。

こんな場所で、テクニカルでハンターをやっていくのは大変だっただろうなと、同情してしまう。

「俺も戦車があるって聞いたから、死ぬ思いでここまで来たんだが、化け物みたいにデカイ蛇に襲われて、壊されちまって。 必死に彼処に逃げ込んで、それっきりだ」

この辺には、凄まじいサイズの蛇のモンスターが多数生息している。

ノアが放った奴だろう。

その証拠に、尻尾が音波発生装置になっていて。

それで周辺を薙ぎ払ってくる。

今の時点では敵ではないが。

回収作業中に現れると面倒だ。

バスで軽戦車を回収し、ネメシス号に。

アクセルに見てもらうと。

修理と色々で、二日ほど掛かると言うことだった。

「ただ、とはいかないぜ。 俺たちも生活があるし、修理にも金が掛かるからな」

「持ち合わせは1000Gほどしかない」

「いいだろう。 500Gで請け負う。 その後、何処かの街に降ろそう。 それも含めてで構わない」

「助かる」

いつか、礼をする。

そういうハンターは。

とっておきの情報を教えてくれた。

ここまで来たのだ。

それがあったからこそ、なのだろう。

この少し先の洞窟の、最深部に戦車はあるらしいのだが。

なんと水没しているという。

しかもナマリタケがてんこもりについているために。

まったく外側からは分からない、というのだ。

「最深部に地底湖があるらしいんだが、其処の水は何だか堰き止められるようにして溜まっているらしい。 それなりの砲があれば、水を抜けるかも知れない。 俺は爆薬でやるつもりだったが」

「どうしてそんな事を知っている」

「洞窟内は強いモンスターがたくさんいてな。 俺の昔の仲間が、戦車まであと少し、の所まで行ったらしいんだ。 でも最後の最後で戦力が尽きて、後は命からがらの脱出行だったらしい」

傷だらけになって戻ってきたその仲間は。

このハンターに情報をたくすと。

後は引退したそうである。

それだけの手酷い傷を受け。

もう戦闘が出来る体ではなくなったから、というのが理由だそうである。

いずれにしても、これだけの情報をくれたのだ。

完全に鵜呑みにする訳では無いが。

調べて見る価値はあるだろう。

念のため、山藤を見張りにつけると。

家の方を見に行く。

早苗とミシカが、家の中から出てくるところだった。

ミシカは無言。

早苗は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「何かあったのか」

「何かも何も」

嫌な物を、散々目にしたという。

女性は金だの宝石だのを老人にねだり。

老人はするりとそれをかわす。

時に女性は体を使って欲しい物をねだっていたが。

それでも老人は、その一枚上だった。

結局の所、此処に連れてきたのも、単に老人の暇つぶし。善良だが、何でもかんでも都合良く言うことを聞いてくれる相手でなどはなく。

老人はくわせものだった、ということだろう。

カレンが、耳打ちしてくる。

「あの爺、見覚えがある」

「誰だ」

「実は、前に資料映像で見た事があるんだが、ヴラドコングロマリットの創始者、ヴラド博士ってのがいるんだ。 あれにそっくりなんだよ。 もう少し老けていたけれどな」

無言のまま、黙り込んだ。

この規模の邸宅。

金持ちだとは思っていたが。

まさか。

バイアスグラップラーの首領は、ヴラド博士である。

その証言は、何カ所かから出ている。

もしそうだとすると。

奴は一体。

何故このような夢を見ている。

此処で繰り広げられている茶番は、奴が見ている夢のようなものだ。早苗がそれは証言している。

だとすると。

ヴラドは、世界に不幸を振りまきながら。

一体何をしようとしているのか。

 

4、進撃開始

 

不滅ゲートから、続々と戦車部隊。更に武装したSSグラップラーが出撃していく。アシッドバレーの一部を抜けて、即座に南に。

荒野しか拡がっていない其処を、無言で行進していくのだ。

軍団の中には、建機もある。

途中に基地を作り。

補給拠点にするためである。

当然、ノアのモンスターは仕掛けてくるが。

軍団の前衛にはテッドブロイラーがいる。

仕掛けてくればくるだけ。

遺伝子まで丸焼きにされるだけである。

ゴリラに混じって、二人乗りのバイクに跨がったステピチは、相変わらずの凄まじすぎる強さを見た。

クラッドも来ているが。

助言などする必要もない。

ノアのモンスターを文字通り引き裂きながら、軍団は前進。途中で、何カ所かに補給拠点を造りながら。確実に南へ、南へと進んでいく。

後続の部隊も、散発的にノアのモンスターに襲われている様子だが。

何しろ味方の数が数だ。

今回のために、出撃するゴリラは350機。

各地の戦略拠点を放棄してまでかき集めた軍勢だ。

不滅ゲートの守りに絶対的な自信があるとは言え。本拠には30機ほどのゴリラしか残していない状態は。

少々危ないのでは無いかと、思ってしまうが。

テッドブロイラー様は、不安はまったく覚えていないようで。

連日現れる賞金首クラスのモンスターを、ゴミクズのように蹴散らし続けていた。

三日ほど進軍が続き。

小高い丘に出る。

ノアの方も、軍勢をかき集めたのだろう。

丘の下には、見るも壮絶な光景が広がっていた。

相手の数は、軽く数万を超えている。

要塞級の戦車型賞金首や。

軍艦ザウルス。それに匹敵する強力な賞金首。

前に不滅ゲートを攻撃したというノアの軍団。

それ以上の規模だ。

だが、これほどの戦力を集めたとなると、ノアも危険を感じている、という事だろう。この敵部隊を叩き潰せば。

ノアは無防備になる。

今回の戦いには、ステピチもオトピチと一緒に参加する。

この戦いは、人類にとって大いなる転機になる。

勝てばノアに王手を掛けることが出来る。

「拠点建設を急げ」

テッドブロイラー様が指示すると。

クラッドが命令を下して、SSグラップラー達が重機を使って拠点を構築し始める。敵は動かない。

迂回した主力が後方に回る、などといった事をするつもりはなく。

真っ向から攻撃を受け止め。

叩き潰すつもりなのだろう。

というのも、前回の戦いで、テッドブロイラー様は軍艦ザウルスの最上位種、軍艦キングを単独撃破している。

そんな存在が来ているのだ。

小手先の策なんか使ったら。

瞬時に噛み破られるのがオチだ。

拠点を急ピッチで建設し、牽引してきた火砲やミサイルを据え付けていく中。前衛ではどんどん空気が臨界点に近づいていく。

誰かが発砲したら。

その瞬間、戦いが始まるだろう。

それも、此処にいる殆どの者達が死ぬような。

文字通り、天下分け目の決戦が。

これは、勝っても無事では済まないな。

ステピチは覚悟を決める。

「オトピチ。 これは生きて帰れない可能性が高いザンス。 覚悟は決まったザンスか?」

「兄貴ー。 俺、兄貴と一緒にいられるなら、何処でもいいよ。 それに、人間狩りとかしないなら、何でもいいよ」

「そう、ザンスね」

少なくともこれはダーティーワークでは無い。

世界を滅ぼそうとする軍勢との正面決戦。

本来バイアスグラップラーは、力を持つ集団。

こういうことこそ。

やるべき事なのだ。

街や村を襲って、人々を誘拐して、怪しげな実験に使っていくのなんて、クソ食らえである。

力があるのだ。

それを使って、世界を乱している悪を滅ぼす。

それが本当に格好いい悪党のするべき事では無いのだろうか。

だとすれば。

これからの戦いに参加することは。

ステピチの理想に少しでも近づくことになる。

だけれども、死んでしまったら元も子もない。

特に、テッドブロイラー様の戦いに巻き込まれてしまったら、それこそどうにもならないだろう。

一瞬で炭だ。

それだけは気を付けないとと肝に銘じながら。

最前線で、どんどん破裂寸前に向かう空気に、武者震いする。

クラッドが来て。

指揮車両になっている強力に改造したゴリラの上で仁王立ちしているテッドブロイラー様に傅く。

「拠点構築完了! 物資の運び込み開始!」

「側面や後方に敵の姿は」

「ありません! あらゆる全てを、前面に集めているようです! 敵の軍勢はあれだけではなく、後方に予備隊も確認されています!」

「正面決戦を受けて立つか」

クラッドの言葉に。

くつくつと、テッドブロイラー様が笑う。

楽しくて仕方が無いのだろう。

これからその力を、手加減無しに叩き付けられるのだから。

ほどなく。

テッドブロイラー様がボンベを使って浮き上がり。

そして吠えた。

「全員俺に続け! 攻撃開始!」

無言のまま、SSグラップラーがそれに続く。

無数のゴリラが、一斉に主砲を放った。

この荒野の世界を変える戦いが。

今始まった。

 

(続)