海の深淵

 

序、魔の島

 

私がベッドから起きだしてから、本格的に行ったのは、エバ博士への尋問だった。

カリョストロが前線に出てきてまで取り戻していったエバ博士である。

色々知っているのは明白で。

そして、その中には。

明らかに周辺に流出していないものもあった。

まずデビルアイランドだが。

海の北西部。

以前ビイハブ船長が、難所として知られていると言っていた場所にあると言う。

ただし島そのものが要塞になっていて。

現在のネメシス号と、搭載している戦力では、とても近寄れないだろうとも。

「恐らくは、近づいた途端に撃沈されるだろうねえ」

「それほどの戦力か」

「それは当然。 グラップラー四天王第二位のブルフロッグが抑えているほどの拠点だもの」

「どのような奴だ」

得体が知れない相手だと、エバ博士は言う。

研究者達には寛容で。

頭のねじが外れている奴ほど、寛大に扱っていたという。

此処で言う頭のねじが外れている、というのは。

倫理観念が欠如している、という意味らしい。

「あそこでは、動物と人間の融合実験や、動物と機械の融合実験をしていてね。 ノアからの鹵獲技術や、私達みたいな作られた科学者達が日夜人間狩りで「余った」素材で、狂気の研究を繰り返していたのさ」

「ガルシアやスカンクス、カリョストロは」

「勿論あそこから送り出された傑作だよ。 それどころか、ブルフロッグや、テッドブロイラーさえもね」

「!」

それは。

なるほど。

ネメシス号ほどの軍備を備えていても、瞬時に撃沈するほどの戦力を整えている筈である。

カリョストロが守っていたダムとは。

戦略的拠点という意味でも、格が違う、ということだろう。

フロレンスが視線で釘を刺してくる。

咳払いしたのは。

あまり長時間の尋問は、双方に良くない、という事からだろう。

一度休憩を入れる。

軽くリハビリに体を動かすが。

それ以上に。

言われていた事を何度か反芻する。

まず、現状では。

あのリミッター外しとドーピングの重ね掛けだが。

絶対にやるな、ということだった。

今回は一年くらい寿命が縮む、「程度」で済んだが。

次にやった場合。

多分死ぬ。そうである。

それはそうだろう。

私だって、三十までは生きられないと言う事を覚悟していた。

その上で、無茶を続けて来たのだ。

あんな体に露骨に強烈な負担が掛かる技。

何度も使えるわけがないくらいわかる。

脅しでは無いだろう。

つまり、使うべきでは無い。

だが、アレを使わないと。

カリョストロ以上の実力者には、恐らく勝てない。

ブルフロッグは、グラップラー四天王でも不動の二位だと聞いている。

つまり、あのテッドブロイラーの下にも。

確実にカリョストロを凌ぐ化け物がいる、というわけだ。

あの技を使わないとすると。

まず勝てない。

カリョストロは、多分開けた場所に引きずり出して、総力戦を挑んでも勝てるか分からない次元の相手だった。

無理に無理を重ねたあの技で。

どうにか倒す事が出来たのだ。

だが、次は無理。

そうはっきり言われた今。

やるべき事は、決まっている。

人間で無理なら。

人間を止めるしかない。

いよいよだ。

レベルメタフィンを手に入れる時が来た。

少し時間をおいて、再び尋問。

エバ博士には、幾つか聞いておく事がある。

「敵の本拠に行ったことは」

「数度だけ」

「どういう場所だ」

「貴方たちも噂には聞いているかも知れないけれど、海の南に超巨大要塞地帯があるのよ」

それがまるまる全て。

敵の本拠だという。

通称バイアスシティ。

海から接近するのは不可能。基本的に船では上陸できないように、非常に高いコンクリの壁で阻まれている。

西側からの接近は無理。

山脈は、生身で越えるのは無謀。

クルマでも不可能と言われている。

後は東と南だが。それについても厳しいという。

「あの辺りは、ノアも目をつけていてね。 100000Gクラスの賞金首モンスターが複数いるの。 バイアスグラップラーをそれだけ危険視している、という事よ。 しかもそいつらはただの監視役。 この間大会戦があった事は聞いているかも知れないけれど、潰すために相当な数のモンスターが集結しつつあるらしいよ」

「ほう……」

「ただ、行く事だけは可能かも知れないねえ。 道だけを考えるのなら」

その道も、地獄だ。

通称アシッドバレー。

硫酸の雨が降り注ぐ谷を、どうしても越えないと。バイアスシティには近寄れないという。

なるほど。

今、この世は地獄そのものだが。

更にその深部が。

バイアスグラップラーの本拠、というわけだ。

それと、バイアスグラップラーの首領について。

これについては、知っている事が一つだけあるという。

「奴らの首領は、ヴラド博士らしいのだけれど」

「それは噂に聞いている」

「そうかい、ならば話は早いかねえ。 ヴラド博士は、どうも不死身らしいんだよ」

そう来たか。

あの化け物揃いの幹部達。

明らかに大破壊前から生きている。

その様子から考えても。

もう尋常な生物では無いだろうとは思っていたが。

不死身と来たか。

「その不死身に関する何かを、ブルフロッグが持っている、という噂を聞いている」

「……そうか。 いずれにしても、これ以上は進めないというわけだな」

頷くと。

エバ博士を休ませる。

後でアズサに送るとして。

船長も交えて、全員で話をする。

「グロウィンを探す」

私が最初にそれを言うと。

来る時が来たなと、カレンは顔に書き。

フロレンスの顔からは表情が消えた。

「証言を得る事が出来た。 ブルフロッグの戦闘力はカリョストロを凌ぐ。 そしてカリョストロを倒した私のあの技は、次に使えば死ぬ。 これ以上の戦闘を行うためには、レベルメタフィンを手に入れるしかない」

「待ってくれ、レナ」

アクセルが、困惑しながら挙手する。

顎をしゃくると。

アクセルは、しばしだんまりした後。

吐き捨てるように言った。

「海の北半分からバイアスグラップラーの勢力を駆逐。 更に四天王を二人も倒し、敵に大打撃を与えている。 これでもう、充分なんじゃないのか。 あんたはもう俺から見てもボロボロだ。 これ以上やったら死ぬのは、最初から分かってた。 もう余生をゆっくり過ごしても……」

「残念だが、ゆっくり過ごしてもその余生とやらは数年とない」

「!」

全員が絶句する中。

フロレンスだけが。じっと黙り込んでいた。

「それに何より、私自身が奴らを絶対に許さないと決めている。 私が死ぬときは、奴らを皆殺しにするときだけだ」

「……まるで悪魔だ」

「そうだな。 そして悪魔だからこそ、奴らを殺せる」

アクセルはそれ以上は、何も言わない。

そして、私は。

更に続ける。

「もう一つ勘違いしていることがある。 此方が勝っているのでは無い。 敵が勝手に後退しているだけだ」

「どういう、事だ」

「恐らくだが、敵は何らかの戦略的意図があって兵力を一点に集中している。 そもそもこれだけ暴れているのに、テッドブロイラーが前線に出てこないのがおかしい」

「それは私も思っていました」

早苗が発言する。

彼女は、話によると。

タイシャーを出るときには、もう戻らぬ覚悟だったという。

そして、バイアスグラップラーとまともにやり合っていると聞いたとき。山藤と話し合ったそうである。

テッドブロイラーと戦う事になるかも知れないので。

覚悟はもう一つ決めておこうと。

焼き殺されるくらいなら。

自害すると。

だが、テッドブロイラーは現れる気配もない。

巫女装束という、古い時代の服を着こなしている彼女は。

何か、相応の神秘的な力でも持っているのか。

或いは、考え方が少し現在の平均的な人間と違うのか。

それをすんなり受け入れている節がある。

「他にも思っている人は多いのでは?」

「……僕も疑問でした」

ケンも同意する。

ミシカは退屈そうだけれど。

こういう話の時くらいは、きちんと加わってくれてもいいのに、と思ってしまう。お小言を言うつもりは無いが。

「複数の証言から見ても、バイアスグラップラーは恐らくノアとの決戦を想定していると見て良いだろう。 だからカリョストロを捨て石にした。 そして、私の消耗が悲惨な事も見越しているはずだ」

「つまり、放置していれば自滅すると判断しているから、何もしてこないと」

「それだけじゃあない。 ノアを倒した後、バイアスグラップラーは恐らく世界に君臨する組織になる」

「!」

ぞっとしない未来だが。

私が奪還した地域なんて。

一瞬で蹂躙されるだろう。

奴らにして見れば、いつでも取り返せるから放棄したに過ぎない。カリョストロの所にいた戦力にしても。

もしもその気になれば、増援を送ってきたり。

更にもう一人四天王が来れば。

此方としては、手の出しようも無かったのだ。

それなのに、敵は撤退を選んだ。

大多数の戦力を生き残らせることを決断したのだ。

それは、ノアとの戦いにつかうため、と考えるのが妥当。

複数の証言とも一致している。

戦略的撤退を敵はしているだけで。

末端の兵士達はともかく。

バイアスグラップラーを支配している連中にとっては。

それこそ痛痒も覚えていないのだろう。

それについては、まず間違いない。

「そうなれば、この世を覆うのは文字通りの地獄だ」

「し、しかし、そんな」

「バイアスグラップラーを潰した後は、ノアも潰す。 それには、私にはもう時間が残っていないんだよ」

苦笑い。

そして、黙り込んでいた船長に言う。

「グロウィンがいると思われる海域を絞り込みましょうか」

「……そうだな。 今回エバ博士の証言により、海の北西部にはまずいないと言うことがはっきりした。 後は数カ所にまで絞り込める」

海図を開き。

航路から外れている場所。

既に何カ所かに丸印がつけられているが。

それを船長はなぞった。

「これら海域をしらみつぶしにする。 だが航路から外れているという事は、相応の意味があるという事だ」

「強力なモンスターに、暗礁などの類?」

「そうだ。 だが、このネメシス号、簡単に沈むほどヤワでは無い。 どうにかしてみせようぞ」

「お願いします」

ビイハブ船長は帽子を下げる。

きっと、私が強烈な覚悟を決めてしまっていて。

体のこともどうにも思っていない事を、痛々しい様子に感じてしまっているのだろう。

だが、私は。

コレで構わない。

構わないのだ。

「いつグロウィンとの戦闘になるかも分からない。 相手は元人間とは言え、今は島と化している化け物だ。 レベルメタフィンにしても、どういう形で手に入れるかも分からない。 覚悟は、決めて欲しい」

「島そのものとやりあうのか……」

「そうだ」

諦めたように、アクセルが言う。

皆が少しずつ尻込みしているのが、なんと無しに分かり始めていた。

会議を解散。

寝こけていたミシカを起こす。

本当に、こういう席を苦手としている女だ。

「起きろ」

「んあ? 終わった?」

「終わった。 これからグロウィンを探しに行く」

「そっか。 ついに人間やめちまうんだな」

私は苦笑いする。

とっくに人間は止めている。

精神的な意味で、だが。

そもそも私は、バイアスグラップラーを滅ぼすためだけに生きてきている。そして、その行動も。

全てバイアスグラップラーの殲滅が優先する。

私はそのためだけに生きているし。

死ぬときも、バイアスグラップラーを滅ぼすときだけだ。

化け物になろうが構わないし。

ある意味もう化け物だとも思っている。

ミシカは、どうしてか。

寂しそうに言う。

「アタシはそこまでの覚悟は決められないよ」

「同じ復讐者なのにか」

「今まで殺してきたグラップラーどもは、どうしようもないクズばかりだったが、それでも人間だったしな」

「……」

そうか。

そういう認識でいるのか。

理不尽に、兄を焼き殺されたのに。

ミシカは根本的な所で優しすぎるのかも知れない。

「戦列を離れるか」

「いや。 最後まで戦う」

「そうか」

「兄貴のカタキをとりたいのは事実だ。 テッドブロイラーが死ぬ所は、しっかり見届けたい」

しばし無言が続いた後。

休むように、私は言っておく。

そして自身も。

船室に行って、休む事にした。

 

1、捨てられた場所

 

航路から外れた小さな島に到着。

上陸するが、これはただの島だ。ポチやベロも徘徊させてみるが、モンスターさえいない。

木々も繁茂しておらず。

何処にでもある、ただの島だった。

岩礁と呼ぶには大きく。

人が住むには少し手狭かも知れない。

ただし、少しばかり妙な場所がある。

皆に上陸して貰って、金属探知機で調べていくと。

どうやら、ある意味当たりであったらしい。グロウィンでは無いが、それでも価値ある発見が出来そうだ。

船長に、ミシカに連絡して貰う。

そのまま待機、と。

小さな建物があるのだが。

明らかに外側と、内部がつりあっていない。

内部に巨大空間がある。

それは一目で分かった。

此処が恐らく。

船長が言っていた、何かしらの秘密施設だろう。

航路から外れていると言うこともあって、誰も来ていなかったのだ。ましてや最近まで、海にはUーシャークとトビウオンという脅威があった。

それを考えると。

この島が放置され続けていたのも、納得できる。

巨大空間に潜入。

内部の電気はまだ生きていたが。

非常電源らしく、施設そのものを稼働するほどの力はないらしい。

だが、最深部に発電機がある様子だ。

それについては。

一緒についてきたフロレンスが。

建物一階にあった地図を見つけてきて、それを皆で囲んで、確認した。

地下七層まであるこの建物は。

どうやら米軍の軍事施設だったらしい。

だが。あっさり放棄されている。

それは、もう博物館行きレベルの旧式兵器ばかりが残っていたり。

或いは近代化回収はどうにか済ませたが。

それでも、もはや前線で活躍できる代物では無い、と判断した武器ばかりだから、というのが理由か。

鉄屑捨て場。

そう地図には殴り書きされていた。

何しろ大破壊の前後は混乱が酷かったと聞いている。

米軍は他の大国の軍もろとも、特にノアに狙い撃ちにされたらしく。

その大半が、大破壊の際に徹底的に粉砕され。

各地で残党も追い詰められ、各個撃破されていったそうである。

その時に、混乱の中。

この施設は捨てられたか。

守備隊が全滅したのだろう。

内部にモンスターがいないのは。

多分、人間を殺し尽くしたからか。

もしくは入り込む意味がないと判断したから、と見て良さそうだ。

いずれにしても、この島は。

見つかるのも時間の問題だっただろう。

それにだ。

Uーシャークとトビウオンを倒したのは我々だ。海の安全を確保したのも、である。

それならば、この島の物資は。

有り難く活用させて貰うとする。

あまった物資はアズサとマドに送れば良い。

武器類はアズサに。

金に出来そうなものはマドに送っておけば、それでいい。

後腐れもないし。

何よりも、私の気が済む。

アズサの方でも、これ以上戦力の派遣は期待していない。

私が敗れた際に。

再侵攻してくるバイアスグラップラーを迎え撃ってくれれば、それで良いと考えている。

ちなみにこの件は、他のメンバーにも話してある。

もしも破れることになったら。

アズサを頼れと。

バイアスグラップラーは、此方を許しはしないだろう。

絶対に皆殺しにするまで追ってくるはずだ。

それならば、逃げるのは無駄。

戦うしかない。

そして戦える場所は。

アズサくらいしかない。

そういう事だ。

ともあれだ。

現状は、戦車は中にはいることが出来ない。

建物の入り口に大きなシャッターがあって。それが動きそうにもないから、である。

つまり、主電源まで到達しなければならない、ということだ。

はしごも多数あるので。

ポチたちを連れていくのは難しい。

というわけで、私とミシカ。カレンと山藤で行く事にする。

それを告げると。

早苗も行きたいと挙手したので。

少し考えてから、連れて行く事にした。

雑事くらいには使えるだろう。

早苗は少し前に確認したが、ある程度白兵戦も出来る。

セキュリティが生きているとは思えないが。この深い縦穴を行くとなると、ある程度の身体能力は欲しい所で。

それを持っている早苗は。

最低限の条件はクリアしている事になる。

建物の小さな裏口から中に入り。

はしごをひたすらに下りていく。

全員ヘルメットを念のために被り、懐中電灯はそれにつけて歩いて行く。一応非常電灯はついているのだが。

何というか灯りが弱く。

何よりも目にあまり優しくないのである。

それに、薄暗い中についている電灯は。

生理的な嫌悪感を覚えさせる。

ミシカは特にそれが顕著なようで。

明らかに青ざめて、周囲をひっきりなしに見渡していた。

まあお兄ちゃんっ子だし。

根は恐がりなのだ。

途中、巨大なエレベーターを発見。

荷物用のものだが。

規模が相当に巨大だ。

多分だが、これは戦車か何かを乗せて動かすためのものだと見て良いだろう。ただ、位置からして、エレベーターが出るのは建物の外だ。

一旦、外で待機しているメンバーに、ミシカに警告に戻って貰う。

皆はネメシス号で待機していた方が無難だなと、私は思った。

それにしても、ひんやりした空気だ。

床には分厚く埃がつもり。一層ごとに、コンクリの強固な通路が東西南北にと延びている。

そして奥にはやはりシャッターが降りた部屋。

コレの全てに戦車があったら、それはそれで凄いけれど。

流石に其処まで都合が良い展開は私も期待していない。

ミシカが戻ってきたので、合流して探索を続ける。

「そういえば早苗」

「何ですか?」

「ミコってのはなんというか、宗教系の職業なんだろ? その、ユーレイとかそういうのは分かるのか?」

「不思議な事を仰いますね」

くつくつと笑う早苗。

ミシカは苦笑いするが。

早苗は真顔で言う。

「分かりますよ。 巫女とは関係無く」

「えっ」

「ゾンビが徘徊しているこの世界です。 幽霊がいても不思議では無い、とは思いませんか?」

「それは、そうだけれどよ」

早苗によると。

幽霊というのは、あくまで人間の思念が残ったもので。

本当に物体に干渉したりすることは出来ないそうだ。

つまり世界に残った、人間の残骸。

意識の香り。

そういったものに過ぎず。

会話も出来なければ。

何かに干渉も出来ない。

訴えを聞くことは出来ても。

早苗には、その苦しみを和らげることしかできないという。

「本当かよ……」

「俺にも分からん」

山藤が断言。

となると、山藤には分からないのだろう。

私も分からないので、正直否定する気にはなれないし。しようとも思わない。

マリアはどうなのだろう。

ちょっと思ったけれど。

いや、マリアは戦いの中で死んだ。

多くを殺したし、殺された。

その結果を恨んではいないはずだ。

心当たりがあるとすれば私だろうけれども。

マリアはきっと、私の側にいるだろう。

テッドブロイラーを恨んで取り憑いていたりとか、そういう事は無いはずだ。

そういう事もあって。

私は、バイアスグラップラーに対しては悪魔になるが。

それ以外の人間に対しては。

マリアに顔向けできない事はしない。

それだけだ。

深く、深く。

はしごを使って潜っていく。

金属製のはしごだ。

一段下りるごとに、かつん、かつんと暗い空洞に音が響く。闇夜の中を、ひたすら歩いて行くかのようだ。

最深部はまだか。

ひんやりした空気は。

此処に誰も住んでいないことを告げているが。

それでも、いつ何が起きてもおかしくない。

全員少しずつ距離をとり。

油断もしないようにと、事前に言ってある。

何かトラップが発動する可能性はあるし。

何よりも、皆でまとまっていると。

トラップが発動したとき。

一網打尽に全滅する可能性があるからだ。

最深部に到着。

無骨な鉄の床。

歩く度に、高い音がする。

蹴りつけてみたが。

さび付いていることもない。

何かしらのコーティングがされている、という事だろう。

そうでなければ。とっくに錆びだらけの筈である。

或いは鉄ではないのかも知れないが。

それについては、私は専門家では無いし、よく分からない。

アクセル辺りに聞くしか無いだろう。

アクセルでも、分からないかも知れないが。

とにかく、最深部だ。

此処は他とは違って、すり鉢の底のような感じで、床が拡がっている。

これは小さな島は。

丸ごと全てがこの要塞に作り替えられようとしていたのだろう。

しかし、その殆どが途中で放棄された。

そして、恐らくは。

誰も、戻ってくる事は無かったのだろう。

そうなると、恐らく此処にあるのは旧式兵器ばかりだろうが。

それでも戦車があれば。

回収して、前線で使いたい。

特に、大破壊前の戦車だったり。或いはその前の大戦争でも使われていた重戦車だったりすれば。

改造すれば、充分な戦力になる。

昔は重すぎてろくに動けなかったような戦車でも。

今では改良が進められ。

動かす事は難しくなくなっているのだから。

「何処にも壁しか無いね」

「そうだな……」

見て回るが。

それらしい部屋のようなものは見当たらない。

だが、早苗だけが違う。

じっと一点を見つめている。

そして、迷わず歩き始めた。

山藤が言う。

「多分あっちだ」

「何だよ。 ミコとやらの力か」

「そうだ」

断言する山藤に。

冗談のつもりで言ったらしいミシカが硬直する。

本当なのか。

しかし、迷いのない早苗の歩き方は、いい加減な判断によるものだとはとても思えないのだが。

ついていくと。

早苗は壁の一点。

これも鉄らしきもので覆われている辺りを触り始める。

そして、その一点で。

手を止めた。

「此処ですね。 何かあります」

「どれ」

私が交代。

しばし壁の辺りを触っていると。

やがて違和感を覚える場所があった。

ハンドキャノンの一部は殴れるようになっているのだが。

それでガンガンと壁を叩いていく。

そうすると、其処だけ音が違う。

どうやら当たりらしい。

笑みを静かに浮かべている早苗と。

咳払いする山藤。

「悪い。 気味悪がらないでくれるか」

「何をだ」

「その、不思議な力だろ」

「かまわん」

便利なら何でも使う。

それがこの荒野でのルールだ。

早苗が今使ったのは、明らかにオカルトに属する力だろうが。それでも有用なのは事実なのである。

だったら使う。

簡単な話である。

「アクセルを呼んでこようか?」

「いや、何とかなりそうだ」

ミシカに答えながら、壁の一部をスライドさせる。

上手に偽装されていて。

しかも少しコツが必要だったが。

動いた。

軽くスライドさせると。

壁の中から、数字が書かれたスイッチが現れる。

複数あるスイッチだが、これはいわゆるパスワード入力だろう。

早苗がやってみようかというので、任せると。

一発で当てて見せた。

なるほど、これは確かに超常的な能力だ。ミシカは顎が外れたような顔をしているが、私が肘で小突く。

「得意分野を生かしていけば良い。 お前は何も考えずに戦えばそれで良いんだよ」

「わ、分かってる! 何というか、吃驚しただけだ!」

「そう大声を出すな。 反響して五月蠅くてかなわん」

ずずんと、大きな音。

そして、壁の一部が引っ込み。

スライドして、巨大な空間が出てきた。

制御室だ。

中に入ると、後は簡単な仕組み。

電源を動かすと。

施設内部が、一気に明るくなった。

これで一段落か。

額の汗を拭うと、中に入る。ひんやりしているはずなのに、汗を掻くのは、どうしてなのだろう。

きっと此処が。

もう人間が住むべき空間では無いから。

それが理由なのだろうなと、私は思った。

 

明るくなった電源の中で。

操作をしているうちに、見つけた。エレベーターの起動システムだ。

そのままエレベーターを一旦地上へ。

そして最深部まで降ろす。

電源室から出ると、エレベーターは、壁の一部に口を開けていた。

今まで其処には何も無いように見えたのだが。

この分だと、他にもギミックがあるかも知れない。

いずれにしても、まずは実験だ。

操作方法をカレンに教えて。

私を外までエレベーターで出して貰う。

外に出ると。

エレベーターは、島の土の一部を突き破って、其処でドアを開けた。

かなり大きなエレベーターだ。

大型の戦車も運ぶことが出来るだろう。

エレベーターの中にスイッチもあり。

それで操作もできる。

一度外に出て、ビイハブ船長に状況を説明。そのままネメシス号で待機をしてもらう。ネメシス号のほうでも、多少モンスターの襲撃はあったらしいが。それ以外には、特に問題も起きていないという。

結構。

今まで厳しい戦闘が続いたのだ。

たまにはこれくらい楽な状況が来ても良いだろう。

アクセルが自分も行きたいと言ったので。

状況を見て、連れて行く事にする。

最深部に到達。

カレンがその時には、色々調べてくれていた。

電源操作装置の画面に、何か色々映っている。

旧式ばかりだが、かなりの数の兵器。

旧式と言っても、それぞれの街に据え付ける防御用の火砲やミサイルとしては充分に機能するし。

トレーダーに譲渡すれば。戦力が足りない前線の街に売りに行ってくれるだろう。

そして、何より。

戦車が一機。

画面に映り込んでいた。

重厚な車体だが、多分形状から見て大破壊前にあった大戦争の時のものだろうなと思ったら。

アクセルがずばり当てて見せた。

「エレファントだな」

「何だそれは」

「昔生きていた象という生物の名を借りた戦車だ。 ティーガーとかレオパルドとかと同じだな」

「ほう」

それは面白い。

いずれにしても、戦車と言うには砲塔は動かせそうにないが。

しかしその一方で、砲塔は非常に巨大。

見たところ近代改装は既に済んでいる。

前線に投入されなかったのは。

きっとこの島から、運び出す余裕が無かったのだろう。

カレンは既に全セキュリティを解除してくれていて。それぞれの改装から、武装や戦車は全て運び出せる状態になっていた。

有り難い。

早速、アクセルを急かして、全てを運び出す。

ピストン輸送でネメシス号に、どんどん兵器を積み込んでいく。

かなりの重量になるが。

それでも、殆ど一線級で使えるものはない。

ただ。レーザー迎撃装置があった。

これは一線級で使えそうだ。

それに、220ミリのスパルク砲。

これは使えそうである。

220ミリクラスの砲は、大破壊前の主流だったもので。しかも速射などのカスタマイズが効くスパルクは人気がある。

勿論これは売らずに、整備した後に装備するつもりだ。

現時点では、新しく入手したエレファントにはまだかなりの数主砲を装備できそうな余裕がある。

現時点では200ミリ砲が一門だけつけられているが。

これに入手した220ミリスパルクと。

更に200ミリを二門、トレーダーから入手。

ついでにレーザー迎撃装置を取り付ければ。

すぐにも前線で活躍できる戦車の誕生だ。

ミサイル特化としてはもうレオパルドがいるので、コッチは主砲特化で。汎用性を高めておけば、色々な状況に対応出来る。

いずれにしても、一階までごっそり探って、過去の遺産を回収。

後は撤収に移った。

此処の島は外れだった。

しかし、以前ビイハブ船長が言っていた、米軍の遺産の戦車とはこれだろう。アクセルの話だと、米軍の戦車ではないらしいのだけれど。

それは恐らく。

戦車として博物館か何かにあったのを回収したのか。

それとも、新しく簡単に作ったのか。

どちらかだろう、ということだった。

どちらにしても、今後は活躍して貰う予定だ。

「早苗」

「はい」

「エレファントを入手できたのは、お前のおかげだ。 今後は此奴を任せてもいいか」

「分かりました」

ぺこりと一礼する早苗。

頷くと、私は。

まずハトバに帰港して、余った武器を処分してから次の海域に行くよう、ビイハブ船長に頼む。

戦闘もなく、戦車を手に入れられたのだ。

こんなラッキーはそうそうは起こらないだろう。

次こそ、グロウィンを見つけたい。

ただ、フロレンスの話によると、私は少し休んだ方が良いらしい。

それも考えて。

久々に、マドとアズサに寄ろうと、私は考えていた。

 

2、死の島

 

アズサに寄って、放棄されていた島で得た武器を幾らか譲渡。

バスに積み込んで持ち込んだ武器を見て、アズサの戦士達は皆喜んでくれた。ただ、長老は、私の消耗を見抜いているようで。

あまりいい顔はしなかったが。

「カリョストロを倒したそうだな」

「おかげさまで」

「無理だけは、するでないぞ」

「……分かっています」

やりとりはそれだけ。

アズサを離れる。

もっと話したがろうとする戦士もいたけれど。

私は、もう此処にはあまりいたくなかった。

そもそも、もう長くない身である。

人としての命は、そう遠くない未来に尽きる。

それである以上。

人としての集団に。

必要以上に関わるのは、あまり好ましい事だとは思えなかった。

マドに関しても同じ。

実はバギーは譲渡してしまおうかと思っていた。

だがアクセルが一生懸命メンテナンスをして。

改修をして。

強化してくれているのだ。

150ミリ砲を搭載し。

パトリオットも積み。

積載量を考慮して、二本の機銃と。

更に攻撃用のミサイルも搭載する事に成功している。

小さな車体にはごてごてと色々武器がつき過ぎているし。エンジンの許容量まで酷使しているけれど。

それでも、この間のカリョストロ戦では、支援火力としてしぶい働きを見せてくれていたし。

雑魚を散らすのに味方の戦力を温存する際には、充分に役立ってくれている。

ガルシアに嫌がらせをするためにも。

まだまだバギーは使い倒すつもりだ。

だから、マドには様子だけを見に来た。

イリットは心配をしていたようで。

私を見て、それが適中したことを悟った様子だった。

絶句して、後は何も言わなかった。

分かったのだろう。

私が無茶苦茶な負担を体に掛けながら戦い続け。

その結果、凄まじい戦果を上げてきたことを。

凄まじい戦果の裏には。

自身の犠牲があった事を。

立ち尽くして、呆然としているイリットの肩を叩くと。街の皆を頼むとだけ言って。街を見て回る。

私がかなり復興資金を回していることもある。

マドの街は、ほぼ復旧。

人員も、バイアスグラップラーの人間狩りにあう前よりも増えているくらいだった。

私が送っておいた予備の武器も、野砲として彼方此方に据え付けられている。

本当に使えない武器は売ってしまうのだけれど。

此処には、二線級ではあるが、野砲として使用可能なものを送っている。

「アクセル、メンテナンスを頼めるか」

「おうよ」

アクセルも。

イリットの様子を見て、何となく状況は察しているのだろう。

備え付けられている野砲をチェック。

使えるかどうかの確認をしてくれた。

一晩だけ、イリットの家に泊まる。

粗末な食事しか出なかったが。

その分の代金も出し。

そして、一晩だけ休むと。

マドを後にした。

あまりもう長くは生きられない身でもあるし。

長居しても仕方が無い。

すぐにハトバに移動。

途中、ハンターズオフィスにて話を聞くが。

バイアスグラップラーの脅威が消えたことで、賞金首級のモンスターは、現れても現地のハンターがすぐに狩ってしまうらしい。

少なくとも賞金額五桁の賞金首は現れておらず。

四桁の内に、アズサの戦士や。地元のハンターによって、狩られてしまうそうだ。

「貴方が今出ると、彼らの仕事を奪ってしまうことになります。 後進のためにも、危険な相手に成長するまでは、手を出さないようにしてください」

「そういうのであれば、任せるほか無いな。 ただ無理な相手が現れた場合は、すぐに声を掛けて欲しい」

「分かっています」

ネメシス号で、海に出る。

恐らくコレが。

人間としての。

最後のハンターズオフィスへの顔出しだ。

 

エバ博士に聞いた話によると、バイアスグラップラーでも海の何カ所かの調査をしていると言う。

それらの調査結果について、海上で尋問。

話を聞く限り。

更にグロウィンの居場所は絞り込むことができそうだ。

海図を拡げ。

船長が腕組みする中。

三カ所を指さした。

「これら海域のいずれかを、回遊していると思われます。 船長としては、何処が可能性が一番高いと思いますか」

「恐らくは此処だろう」

迷い無くビイハブ船長が指さしたのは。

この間、戦車を見つけた島の近くの海域である。

しかし、あの時ネメシス号で寄ったとき。

それらしい化け物は姿を見せなかった。

だが。回遊している相手なのだ。

何処にいつ現れても不思議では無い。

「グロウィンは殆ど目撃例がないが、それは同時に目撃したらまず生きては帰れないことも意味していると見て良い。 そうなると、遭難者が多く出ている海域を探るのがいいだろう。 航路から外れて。 更に遭難者も出ていて。 暗礁等もない海域となると、やはり此処の可能性が一番高い」

「分かりました。 探索については任せます」

「うむ……」

甲板に出る。

アクセルが、エレファントの整備をせっせとやっていた。

何しろ、大破壊前の大戦争で使われた戦車である。

根本的に弄ってはあるようだけれども。

それでも色々と、無理があるという。

四門もの主砲を生やしたエレファントは。

砲塔も動かす事が出来ない。

いわゆる駆逐戦車と呼ばれるタイプの車両で。

砲塔を動かす事が出来ない代わりに。

装甲を分厚くしている側面もあるそうだ。

そうなると、ウルフと並んで最前列を任せられるか。

そもそもミサイル特化のレオパルドは、どうしても最前列に置くと誤爆の危険も大きかった。

主砲特化のエレファントであれば。

先陣を切るにはもってこいではある。

それについては、私も嬉しい所だ。

「何か問題はあるか」

「特にはないな。 根本的な近代改修はしてあるが、あまりそれをやったメカニックの腕が良くない。 今、ハトバのトレーダーから購入した武装を据え付けながら、癖を確認している所だ」

「グロウィンは襲ってくる可能性も高い。 それまでには仕上げられそうか」

「何とかしてみせるさ」

警報。

モンスターだ。

ミシカが甲板に出てきて。固定されているバギーに山藤が乗り込む。装甲車にも早苗が。

一応エレファントを任せることにした早苗だが。

雑魚戦には、機銃を備えているクルマの方が取り回しがいい。

甲板に上がってくる雑魚モンスターを、機銃弾の雨が迎撃。

海に叩き落とす。

いずれもゾンビばかりだったので。

素材としても使えそうになかった。

戦いはすぐに終わり。

装甲車から出てきた早苗が、なにやら儀式を始める。

鎮魂の儀式だと、山藤が言うが。

私にはあまり縁の無い光景だった。

荒野では死ぬときは死ぬ。

それは、どうしようもない現実。

魂なんてものがあるかは分からないし。死んだらそれまでだ。

だから、鎮魂なんてのは、心に余裕があるものがやる事だと思っていたし。これからもその考えには代わりは無いだろう。

散々多くの敵も殺してきた。

だから、なにやら紙がついた棒を振るって、早苗が何か呪文のようなものを唱えているのを見ると。

私は複雑な気分になる。

だが、それを止めろと言うつもりは無い。

実害があるわけではないのだから。

整備はアクセルに任せ。

船室に戻る。

問題の海域に到着するのには、後しばらくは掛かる。

それまでに、大物が出るようなら、私も対処しなければならないだろうが。この間のカリョストロ戦のダメージが、まだ残っている。

フロレンスに、出来るだけ戦わないようにと言われていて。

それを自分でも守るつもりでいた。

レベルメタフィンについては、エバ博士も知らなかった。

それがどれほど強烈な副作用を伴うかも、自分でも分からない。

だが、それがあれば。

人間を超える事が出来る。

人間を越えてしまえば。

後は戦い続けられる。

簡単な理屈だ。

船内放送が響いた。

目的の海域に入る、という事だった。

一度、艦橋に皆で集まる。

ビイハブ船長は、皆が集まったのを見ると。少しばかり深刻な話をした。

「この近辺は、海流が激しい訳でも無く、島も存在しない。 またグロウィンが存在しているとすれば、移動し続けていると見て良いだろう。 互いに移動し合っていれば、見つかるものも見つからないのが道理だ。 例えば、相手が海流に沿って動いているとか、逆に勝手に動き回っているとか、最低限の情報があれば話は別だが。 それさえもない状況では、むしろ動かず、この位置で停船して様子見した方が良い」

「なるほど。 判断は任せます」

「数日ほど此処に停船して、グロウィンが現れそうにもなかったら、次の海域に移動しよう。 レナ、それで構わないか」

「ええ」

頷くと。

ビイハブ船長はリンに指示して、碇を降ろさせた。

後はしばらく此処で待つという。

海流が船をゆっくり押しているのが分かるけれど。

此方ではあまり干渉しない。

黙って様子を見守る。

すぐにグロウィンが現れるわけでもないだろう。

ただし、甲板には常時数人が出て。

全方位を警戒する。

グロウィンはもう意識も失った怪物となり果てている可能性が高い。元がハンターだと言っても。

今では島そのもの。

それも、人間を襲うこともある化け物なのだ。

ミシカと一緒に甲板に出る。

バイクに跨がったミシカは、一応双眼鏡で周囲を確認していたが。

ウルフに乗っている私に。

余程暇なのか、時々話しかけてくる。

「何もいないなあ」

「簡単に見つかったら苦労はないさ」

「それはそうだけれどよ」

「今の時点で見えている島はしっかり把握しておいてくれ。 いずれも調査済みの島で、少なくともグロウィンではない」

むくれている様子のミシカ。

戦闘ではかなり動ける彼女だけれども。

待つ。

話を聞く。

そういったことがとことん苦手な様子なのだ。

頭が悪いとは思わない。

単純に、頭を殆ど戦闘に使っている、というだけで。

戦闘以外には、頭を使っていないだけだろう。

別にそれで構わないと私はいつもいっている。フロレンスは時々、ちくりと針を刺すように、怪我をして平然としているミシカに苦言を呈するけれど。

ミシカも自分の欠点は分かっているようだし。

私がああだこうだ言っても仕方が無いだろう。

「なあ、レナ」

「どうした」

「そのレベルメタフィンって薬。 害が無い範囲だったら、アタシも貰っていいか?」

「グロウィンと要相談だな。 会話が出来る相手なら、だが」

アズサで、グロウィンと化している黒院から、連絡が来たと言う話も聞いている。まだわずかに意識がある可能性も残ってはいる。可能性は極めて低いだろうけれども、である。

ならば、その可能性に掛ける手もあるが。

最悪の場合、化け物になるのを覚悟の上で。

手に入れたレベルメタフィンを、私がありったけ取り込むつもりだ。

巨大な化け物になろうがなんだろうが。

かまいやしない。

バイアスグラップラーさえ滅ぼせれば。

後はどうでもいい。

恐らく、グロウィンになった黒院も。

ノアを倒せれば、それでいいと思って、同じ事をしたのだろう。

ノアに家族を皆殺しにされたか。

仲間を皆殺しにされたか。

それは分からない。

いずれにしても。

その怒りはもはや誰にも止める事が出来ない。そして、ノアが死ぬまでは、グロウィンも何があっても死ぬわけには行かないだろう。

「もしも、話ができるようであれば、レベルメタフィンについて確認はしておく。 だが、どういう風の吹き回しだ」

「ケンやアクセルから、カリョストロ戦については聞いてな」

「そうか」

「多分アタシじゃテッドブロイラーには鎧袖一触でやられちまう。 もしも出来る範囲で良いのなら、人間を可能な限り越えたい。 でも、アタシは欲張りだからな。 格好いい男にはもてたいと思うし、バイアスグラップラーを倒したら、子供だって欲しいって思ってる」

別に欲張りだとは思わない。

ごく当たり前の欲求だ。

私のように。

バイアスグラップラーを滅ぼす事だけ考えているような者の方がおかしいのであって。ミシカはむしろ私よりもまともだ。

「何ら恥じる事はないと思うぞ」

「……なあ、もう復讐を止めるって選択肢は無いのか」

「ない。 いずれにしても、バイアスグラップラーは此方を徹底的に狙って来るだろうし、選択肢はもう他にない。 私が死ぬか、奴らが滅ぶかだ」

「そうか」

ミシカが帽子を下げる。

その日は、結局グロウィンは現れなかった。

 

翌日。

夕方過ぎ。

見張りについていたケンが、艦橋に飛び込んできた。

丁度私は、ビイハブ船長と、接舷した後について話をしていた所だったのだが。ケンの様子からして何か起きたというのは一目瞭然だった。

「レナさん! 船長! 見つけました!」

「どれ」

ビイハブ船長が双眼鏡をとりだし、艦橋から見る。

ケンが言ったとおりの方角に。

うっすらと島が現れている。

どうやら、本当だったらしい。

すぐにビイハブ船長は。

船全体に、警報を鳴らした。

「これよりグロウィンと思われる謎の島に接舷する! 戦闘発生の可能性が高い! 各員、配置につけ!」

「お手柄だな」

「実は、僕じゃないんです。 早苗さんが、何だかあっちが気になるってずっと言っていて、それで見ていて」

「根気強く見続けて、最初に発見したのはお前だ。 その粘り強さは、今後立派なハンターになるのに大事な要素だ」

引き続き、ウルフを任せる。

私はゲパルトに乗り込むと、状況をじっと見続けるが。

碇を上げたネメシス号が動き始めると。

島もそれに伴って、ゆっくりと動き始めたようだった。

世の中には、浮島というものも存在するらしいが。

この海に、そんなものがあるという話は聞いたことが無い。

近づいていくが。

攻撃を受ける気配はない。

ただし、島の周囲には、無数の触手が蠢いていて。

それが、この島が。

生きている事を示していた。

「敵意は……無さそうだね」

カレンが手をかざして見ながら言うが。

ミシカは真っ青になっていた。

生理的に受け付けないのかも知れない。

確かに大量の触手が蠢いているのだ。

精神的に耐えられないケースもあるだろう。

ネメシス号が近づいてくると。

その生きた島は、動きを止め。

触手も引っ込めて、むしろ大人しくなった。

これはひょっとすると。

黒院が、何か私に感じ取っているのかも知れない。

いずれにしても、である。

相手はもう人間では無い。

生きた島だ。

怪物という以外に形容も出来ない存在で。

その圧倒的な巨体は、恐らく今まで交戦した賞金首の、どの個体よりも上だろう。噂に聞いている軍艦ザウルス系列や、要塞型の賞金首よりも、更に上回るに違いない。

「接舷する!」

ネメシス号は、一旦すぐに離れる事にしようという話をしたのだが。

ビイハブ船長は、首を横に振った。

今回は危険が大きすぎる。

危険度が高い以上。

すぐに脱出できるように、接舷していた方が良いと言うのである。

リンが残ろうかと提案したが。

それも拒否。

出来るだけの人員が出た方が良い、というのだ。

ネメシス号には、現時点では自衛用の武装がしっかり備わっているが。

それでもグロウィンに襲われたら。

ひとたまりもなく転覆させられてしまうだろう。

それでも、ビイハブ船長は、待ってくれると言っている。

無理をしてでも。

すぐにでも、黒院に何とかアクセスをはからなければならないだろう。

先陣を切るのは、ケンが操作するウルフ。

続いてエレファント。

順番に降りていって。

最後に私のゲパルトが降りる。

海岸は砂浜になっていて。

戦車が乗っても平気だ。

現時点では、モンスターの姿もない。むしろ密林になっていて、無害そうな生物がかなりの数、此方を見ているのが分かった。

さて、此処からだ。

そもそも、グロウィンと。

いや、もしも運が良ければ、黒院の意識が残っているとして。

どう接触する。

いずれにしても、貴重な木々には出来るだけ傷をつけないようにと、周囲には念押し。

グロウィンが死んだとしても、これだけしっかり根付いている木々。それに島としての存在。

死んでも、島が沈むことはないだろう。

多分死んだ場合。

本当の意味での島になり。

いずれは何処かの岸に漂着するなり。

別の島とくっつくなりして。

新しい土地になるのだろう。

狭いが。

道もある。

誰かが暮らしている様子だなと、私はゲパルトの砲塔から顔を出し。周囲を双眼鏡で見回しながら。

これからどうするべきか、色々と考えていた。

 

3、人をやめしもの

 

島はかなり広く。

一通り回るまで、結局一日かかった。

途中で集落を発見。

どうやら、この島に流れ着いてしまった人々が作ったものらしい。

かなり寂しい集落だが。

この島から出ることは考えていないようだった。

そもそも出る手段もないし。

何より、此処には食糧もあるし。モンスターもいない、というのである。

長老らしい老人は。

戦車部隊を引き連れてきた私を見て、久々の来客だと、苦笑いした。

「此処は正直な話、バイアスグラップラーやノアのモンスターが跋扈する外より安全なくらいでしてな。 森に入れば豊かな恵みがあり、海に釣り糸を垂れれば汚染されていない魚がとれる。 此処で暮らしていく事に、不満はありませぬよ」

「脱出したいのなら、便宜を図るが」

「何人か、此処を出て帰りたいという者がいるでな。 後で声を掛けておくとしましょうか」

「話は其方でまとめておいてくれ」

グロウィンの話をする。

そうすると、長老は頷く。

どうやら、どこから聞きつけたのか。

レベルメタフィンについて、話を聞きつけ。

ここに来た者もいるらしい。

だが、それらの者達は。

いずれも、グロウィンに、レベルメタフィンの譲渡を断られたというのである。

「グロウィン様は、どうも自分のような犠牲者をこれ以上出したくない、と考えているようでしてな」

「様?」

「まだ意識があるのですよ、あの方には。 あの方はノアを倒すために究極の肉体を得ようとして、そして失敗した。 それについては、時々自分の端末を延ばしてきて、退屈しのぎなのでしょう。 話してはくれます」

「それは……有り難いな」

予想以上に良い状況だ。

グロウィンを。

いや、多分意識があるということは、黒院だろう。

説得すれば。

どうにか平和的にレベルメタフィンを譲渡して貰えるかも知れない。

兎に角、接触の方法を聞く。

そうすると、意外な話をされる。

「島の中央に洞窟がありますでな。 流石に戦車が入るのは無理でしょうが、其処に入れば生物としてのグロウィン様と接触する事が可能です」

「場所を教えて欲しい」

「島中至る所にあります。 基本的に呼吸用の穴らしいので」

「なるほど、な」

とりあえずそれである程度はわかった。

一度ネメシス号に、戦車を戻す。

この集落の人間が嘘をついている可能性もあるが。

私はそれは無いと判断した。

というのも、こんな小さな集落。

その気になれば私一人で蹂躙できる。

カレンやリン、ミシカもいる。

山藤も早苗も、肉弾戦はそこそここなせる。

それを考えれば。

此処で臆することは一切ない。

島の人間達の中で、何人か。此処から出たいと言う者が、準備をしているうちに来たので。

フロレンスに、バスに乗せて連れていって貰う。

中にはハンターもいた。

海でモンスターを狩っている際、Uーシャークに襲われて難破。

かろうじて助かったはいいものの。

この島から出る手段もなく、困り果てていた、という事だった。

このハンターはマドの近くで暮らしているらしく、家庭も持っていると言うことで。流石にこの島にずっといるわけにはいかないと、苦しそうに言っていた。

だが今の時代だ。

家に戻っても。

別の人間がいるかも知れない。

それについては、覚悟は決めておいて貰わなければならないだろう。

こういう厳しい時代には。

よくあることなのだ。

いずれにしても、島を出たいと言う人間を、全員ネメシス号に移す。

結局七人が島を出たいといい。

そして八十人以上が残った。

話によると、この島で生まれた人間もいるらしい。

バイアスグラップラーも来ず。

ノアのモンスターも排除される。

そんな島だ。

此処は荒らしては行けない場所なのかも知れない。

ただ。それで何となく分かったこともある。

恐らくこの島の主であるグロウィン。元黒院だった者は。

もはやノアを倒す事を諦めている。

そうでなければ、人を近づけなかっただろう。

恐らく、賞金首になったのも。

昔はノアを殺す事にだけ全神経を集中していて。

人間を近づけるわけには行かなかった、という理由もあるのではと、私は推理したが。いずれにしても、その辺りは本人に会ってみないと何とも言えないか。

用事は、出来るだけ早く済ませたい。

この島から出たいと言う人間の中には、かなり切実な事情を抱えている者もいるのだ。あまり長い事、この島に拘束は出来ないだろう。

それに、だ。

正直な話、此処は私がいて良い場所では無い。

それだけは。誰がなんといおうと、確実だった。

同じ意味では、イリットの側も、だろう。

あそこにいては。

私は、復讐から手を洗ってしまうかも知れない。

そうなってしまっては。

バイアスグラップラーに殺された人々や。現在進行形で奴らが侵している悪逆の限りを、見逃すことになってしまう。

出来る以上。

やらなければならない。

そのためには、私は楽園では無く。

硝煙の臭いがする場所に。

常に身を置かなければならないのだ。

 

ミシカとカレン、リンとポチに一緒に来て貰う。

他のメンバーは、ネメシス号で待機。

何かあったときのために、である。

何かあった場合には、どうにもならない。その場合には、さっさと島を離れるようにとも告げてある。

これは当然の話で。

何しろ、この島の深部に潜るのである。

助けに来たら確実に二次遭難。

どうしようもない。

其処で、肉弾戦で最強のメンバーを連れて行く。

早苗も連れて行った方が良かったかも知れないが。

それについては仕方が無い。

彼女はオカルトな力がある様子だし。

危険を察知した場合は、島から早々に離れる判断が必要になる。

その場合は、彼女が船にいた方が都合が良いのである。

ついてくるメンバーにも、良いのかという確認はとってある。

問題ないと返事はあったので。

それで良しとする。

どのみち血塗られた道だ。

どうにもならない以上。

死の覚悟は、常にしておくしかない。

島の彼方此方にある、穴。

戦車が入れるほどでは無いが。

確かに人間なら入れる。

そしてそこに入ると。

最初は普通の洞窟だったが。

一時間も歩いた頃には、発光する何か良く分からない突起物が無数に揺れる、得体が知れない生物の体内へと変わっていた。

発光する突起物がなければ。

周囲など見えなかっただろう。

一応ランタンも持ってきていたのだが。

必要はなさそうだ。

「確かにコレは生き物の体内だね」

「気味が悪い」

「ミシカさん、刺激するようなことを言っては駄目ですよ」

「皆、静かに」

私が釘を刺すが。

ミシカは気持ち悪いようで、ずっと青ざめていた。

戦闘は出来るのに、相変わらずあっちこっちで線が細い。

なお、光は。

此方を明確に誘導していた。

相手は此方の存在に気付いていて。

そして導いている、という事だ。

エサを単に胃に誘導している可能性もあるが。その場合は、全火力で暴れに暴れてやるだけである。

それに、どうも入った箇所から考えて、此処が消化器官だとは考えにくい。

「黒院、聞こえているか。 聞こえているなら返事をして欲しい」

呼びかけてみるが。

当然返事はない。

ただ、生体誘導灯が、ずっと続いているだけだ。

「どうやって生物が光ってるんだ?」

「昔は蛍って光る虫がいたらしい。 同じような仕組みだろう」

ミシカに、カレンが応じているが。

そうか、蛍か。

話だけはマリアに聞いた事があるが。

私も見たことは無い。

こういう灯りだったのだろうか。

儚くて。

それでいて、何処か懐かしい灯りだ。

ランタンをつけても良いかなと思ったが、しばらくは止める。足下は見える程度の灯りはあるし。

それに何より。

敵意は感じないからだ。

殺気の類を発していれば。

流石に私も分かる。

今、この空間に。

それはない。

少し広い部屋に出た。

罠の類は無かろうなと思ったけれど。やはり誘導灯が、ずっと此方を案内している。少し湿度が上がってきたか。

皆、気は抜いていない。

リンが、時々風向きを確認している。恐らく脱出する際に、どちらに走れば良いのかを、考えているのだろう。

胃液の類が溜まっている場所もない。

ただ、露骨に壁や天井から生えている触手が増えてきた。

かなりの数が、蠢いていて。

歩いていると、向こうが勝手に避けて行く。

壁には、時々大きな眼球もあって、こっちを露骨に見ていた。

本当にコレが元人間か。

信じられない話である。

私は何度か咳払いしたが。

どうもこの辺りの空気は、少しだけ全身の痛みを和らげてくれる気がする。だが、そういった感覚に陥らせて。相手を溶かしてしまうような罠かも知れない。意識は、しっかりもたなければならないだろう。

ほどなく。

非常に広い空間に出た。

周囲には、巨大な太い触手が無数。

そして、其処には。

大きな脳みそのようなものがあった。

恐らくは、間違いない。

これがグロウィンの中枢。

昔、黒院だった者だ。

しばし、無言で対峙する。

相手に敵意はない。

である以上、武器を向ける必要はない。

反射的に武器に手を掛けようとしたミシカを、視線で牽制。カレンもリンも、ポチもそのままじっとしている。

さて、どう出る。

言葉はまだ、喋る事が出来るか。

だんまりが続く。

周囲の美しい灯りは、ゆらゆらと揺れ続けていて。

それはおぞましいほどに内臓としか言えない造形なのに。何処か神秘的ですらあった。

咳払い。

話しかけてみる。

「貴方が黒院か。 私はレナという。 マリアという戦士に育てられた戦士だ。 ハンターもやっている」

「その名を聞くのは久しぶりだ」

「!」

「戦士というとアズサの者か。 私の名前を知っている戦士に会うのは一体いつぶりになるのだろう。 何処か懐かしい雰囲気があったから、途中の隔壁を閉じず、此処まで案内したが」

どうやら思ったよりも、ずっと良い状態のようだ。

だが、それならそれで。

黒院の精神が良く保っているなと、感心してしまう。

元人間なのである。こんな姿になってしまって、正気でいられるだけで凄い。

「用件を述べよう。 レベルメタフィンを譲り受けたい」

「理由は」

「テッドブロイラーという、人間では勝てない相手がいる」

「噂程度には聞いたことがある。 私がまだ人間だった頃にも、既に各地で大暴れしていたバイアスグラップラーの最高幹部だな。 当時も凄まじい強さで勇名を馳せていたが、今や人が及ばぬものになり果てたか」

黒院は。

相当な昔の人物だと聞いている。

バイアスグラップラーはかなり古くから存在する組織だという話だが。

テッドブロイラーも、それほど長く生きているというのか。

だとしたら。

どれだけの暴虐を振るい。

どれだけの不幸をまき散らしてきたのだろう。

許すことは、到底出来ない。

「強い憎悪を感じる」

「奴はそれほど長い間生きているのか」

「大破壊の後、バイアスグラップラーが結成された。 聞いているかも知れないが、ヴラドコングロマリットの軍事部門が中心となって立ち上げられたものだ。 私も大破壊前から生きているわけではないからそれに立ち会ってはいないが。 少なくとも私がハンターをしていた時には、既にテッドブロイラーは各地で猛威を振るっていた」

そうか。

ならばなおさら。

奴には引導を渡さなければならないだろう。

「この荒れ果てた世界で、奴らは何をしようとしている」

「それは人間狩りについてか」

「そうだ。 このような世界で、人間が勝手に振る舞うことなど許されるものでは無いはずだ。 それが好き勝手に振る舞うどころか、ノアを利するような真似ばかりをするとは、到底許せる事では無い」

「奴らが何故人間狩りをするのかは私も知らない。 だが、奴らはどうやら最終的に、捕まえた人間をバイアスシティに送り込んでいるらしい。 そして、其処から生還した者は一人としていない」

生還者無し、か。

ガルシアのケースはどうなのだろう。

あれは生還したとはとてもいえないか。

「バイアスグラップラー自体は、独自にノアとの戦闘を行ってはいるようだ。 だが、それが自衛のためなのか。 それともノアを滅ぼすためなのかは分からない」

「その情報は、此方でも掴んでいる」

「そうか。 いずれにしても、レベルメタフィンは魔の薬だ。 私のようになりたくなければ、手を出すべきでは無い」

「私は今までバイアスグラップラー四天王の二人を倒した。 だがそれによって、私の体には限界が来てしまっている。 私はまだ倒れるわけには行かない。 テッドブロイラーを野放しにしておく訳にはいかないのだ」

しばし無言が流れる。

やがて、グロウィンは。

結論を出したようだった。

「体を調べさせて貰うが、構わないか」

「どういう意味だ」

「レベルメタフィンが適用できるか調べる。 そして、どのように適用すれば、不幸な結果を避けられるかも」

「私は人である事などに執着しない」

その言葉に、黒院はあまり時間を掛けず。

そして、重みのある言葉を返してきた。

「私も昔はそうだった。 そして今はそれを後悔している」

「……納得するのなら、調べると良いだろう。 いずれにしても、私は無理をしすぎて、もはや人としては時間が残っていない。 奴らを滅ぼすためには、レベルメタフィンを用いて、人という限界を超えるしか無いのだ」

 

一人で奥へ行くようにと言われたので、皆と一旦別れる。

グロウィンは信用して良いだろう。

アズサの名を向こうから出してきたし。

何より、その気になればいつでも私達を殺す事が出来た状態で。攻撃を仕掛けてくる様子は無かった。

ミシカは、ずっと黙ったまま、視線をそらしていた。想像以上に重い話だったからか。自分も欲しいとは言い出せなかったのだろう。気持ちは分かる。だが、生きている以上、チャンスはある。

もしも必要な時があれば。

また此処に連れてくれば良いだろう。

奥には機械が集められた部屋があって。

リネンも用意されていた。

此処だけは生物の体内とはとても思えない。最先端の医療センターのような有様だ。

ロボットアームが、なにやら色々と操作している。

「このようなものをどうやって用意した」

「そもそも私はハンターだった。 レベルメタフィンを見つけた施設の危険性を察知した私は、仲間達と一度封印。 人間を止めてからもう一度訪れ、島ごと丸ごと取り込んだのだ」

「!」

「つまりこの島は、レベルメタフィンの製造施設だった場所だ。 この近辺には、此処で製造されたレベルメタフィンが多少出回っているが、その供給も停止している。 これは、外の世界に出すには危険すぎる薬だからだ」

リネンに着替えるように言われ。

台に寝そべるように指示された。

台を囲む丸いわっかのような機械が、頭の方から、足の方へと移動していく。

「CTスキャンという。 体の中を外から調べる装置だ。 痛みもなく一瞬で調べる事が出来る。 昔は薬を注射する必要があったが、大破壊の前後には、そのまま調べられるようになっていた」

「大した技術力だな」

「此処もヴラドコングロマリットの製薬施設だった場所だ。 もっとも、元々の住民どもは非道な人体実験ばかりしていたから、私が食らってしまったが」

「そうか……」

結果が出たという。

しばし黙り込んだ後。

黒院は言う。

「生きているのが不思議なほどだな。 しかも戦闘を今後も続けるとなると、これでは後五年と生きられないだろう。 子供ももう産める状態ではない」

「別に構わん」

「ただ、バイアスグラップラーを滅ぼすためだけに、レベルメタフィンを欲するのか」

「ああ。 彼奴らは私の両親のカタキであり、育ての親マリアのカタキでもある。 未だに世界中で狼藉の限りを尽くす悪しき集団。 滅ぼさなければならない」

台の上で身を起こす。

黒院はしばし何も言わなかったが。

また別の部屋に移動するように、と言われた。

服などを入れた籠を持ったまま、素足で歩く。

この辺りは、コンクリの床が残っている。壁や天井はグロウィンの生体組織だが。コンクリの感触が、足の裏に冷たく伝わってくる。

かなり奥まで誘導され。

また、床も生体組織の場所に出た。

直に触ってみると分かるが。

かなり温かい。

「この奥だ」

「レベルメタフィンを譲ってくれるのか」

「ああ。 バイアスグラップラーを倒せるというのなら、倒した方が良い。 ただ、条件もある」

「何だ」

ノアも葬ることだ。

そう黒院は言う。

もちろんだと、私は応じる。

バイアスグラップラーは第一の候補だが。

ノアも勿論許してはおかない。

この世界の不幸の半分はノアによるものだ。

ノアが滅ぼさなくても、世界は勝手に滅びていた、という話も聞く。だがノアは世界を滅ぼした後も、執拗に世界に対して攻撃を続けている。

奴が何を考えているかは分からないが。

バイアスグラップラーの次にこの世から消し去らなければならない相手だ。

「これほどの巨体、知識、そして強さも兼ね備えているだろう。 何故黒院、貴方がノアを倒しに行かない」

「私は大きくなりすぎてしまった。 ノアを倒しに行くためには、幾つもの難しい条件をクリアしなければならない。 そもそも、海を出て、陸上を移動するというのだけでも、相当に時間が掛かってしまう」

「時間だけならどうにかなるのではあるまいか」

「海に適応したこの体では、また陸上に適応し直すには百年以上の時間が掛かってしまうのだ。 ノアが何処にいるか確定情報を得られない限り、動くわけには行かない」

そうか。

この場に適応しすぎた結果。

もはや身動きも出来なくなってしまったのか。

説明を受ける。

レベルメタフィンとは、人を超越する薬である。

その代わり、多くのものも同時に失う事になる。

寿命。

子を慈しみ、育てる肉体。

そして人間性も。

いきなり怪物になるわけではない。

だが、過剰摂取を続けると。

やがて人とは呼べぬ姿になっていく。

「私は施設ごと取り込んで、レベルメタフィンを吸収し続けた。 その結果がこの無様だ」

「無様だとは思わない。 事実難破した人々を保護し、襲ってもいない」

「この姿を見てそう言ってくれるのは嬉しい事だが。 しかしながら、もはやどうにもならぬのも事実だ」

「……私は、人である事にこだわりなど無い。 やってくれ」

最深部らしき場所。

水たまりのようになっていた。

高濃度のレベルメタフィンだという。

「口から摂取すると瞬時に体がおかしくなる。 しばらく浸かっているといい」

「風呂のように入れ、という事か」

「そうだ。 目は閉じておこう」

「妙なところで律儀だな」

苦笑すると。

リネンを脱ぎ捨て、レベルメタフィンの風呂に入る。

水温は丁度良い。

そして、分かる。

体中に、力が満ちていく。

「体の内部のダメージが完全回復したら、そのタイミングで合図する。 レベルメタフィンからはその時点で上がるように」

「それでは、人間を止めるまでには至らぬのではあるまいか」

「そもそも、今の体の状態で、生きているのが不思議な位なのだ。 体が完全回復する時点で、もう人間ではなくなっている。 ただし、いきなり爆発的な力を発揮できるわけではないし、不老にはなるが不死になるわけでもない。 死ぬときは死ぬ。 それに不老になるという事は、最終的に人間の世界に居場所はなくなる。 それは理解しておくように、な」

顔をレベルメタフィンで洗うと。

一気に潜った。

しばらく、息を止めて、レベルメタフィンの風呂に頭の先まで浸かっている。

ぼんやりとしている内に。

体が溶けていくような感触を覚えた。

同時に。

幾つもの感覚が剥落していく。

燃えたぎるような憎悪は消えない。

だけれども。

欲と呼ばれるものが。

私の中から。

一つずつ。

確実に。

こぼれ落ちていくのを、私はレベルメタフィンの風呂の中で、感じ取っていた。

人でなくなるとは。

こういうことか。

そしてこれを摂取しすぎると。

今のグロウィンのようになる。

「そろそろ上がれ」

「ああ」

言われたままにする。

此処までしてくれた相手だ。

不義理はしたくない。

風呂を上がると、いつの間にか用意されていたタオル。かなり古いが、汚いとは思わなかった。

体を拭いて、リネンに着替え、さっき体を調べた部屋に。

もう一度調べる。

黒院は、少しだけ躊躇したあと、言った。

「体の超回復が開始している。 数日で、体の中のダメージは全て回復だろう」

「そうか。 感謝する」

「だが、どうやら副作用も発生しているようだ。 元々の体のダメージが大きすぎたこともあって、それを補うようにしてレベルメタフィンが作用している。 恐らく、内臓などの構造は、これらの状態が収まった頃には、人間とは別物になっている筈だ」

それに、人間を超越したとは言っても。

いきなりテッドブロイラーに勝てる訳でも無い、と黒院は言う。

あくまで伸びしろが伸びて。

もっと力を磨けるようになっただけ。

今後も研鑽していかなければ。

倒せる相手も倒せないだろう、と。

「身体能力も突然人間を超越したわけではない。 無茶な力を振るえるのは、そう長い時間ではないぞ。 むしろ瞬間的に力を全解放した場合、クールダウンの時間が必要になってくる」

「色々と、上手くはいかないものだな」

「多くの仲間がいるのだろう。 皆を頼れ。 人を越えてしまった分の力は、ここぞという時にだけつかっていくべきだ」

服に着替える。

黒院は、着替えが終わり。

装備を手にした私に、最後に言った。

「ノアを倒したら、その時にはまた此処に戻ってきてくれるか」

「何かあるのか」

「レベルメタフィンは魔の薬だ。 悪党に渡すわけには行かない。 それに、禁忌の中の禁忌でもある。 ノアを倒し、世界の復興の道が見えたら。 その時には、私はレベルメタフィンを封印し、ただの島になるつもりだ」

「そうか……」

感謝する。

それだけ言うと。

黒院は、何もそれ以上は答えなかった。

 

4、人を越えて

 

黒院、いやもう眠りについたからグロウィンか。

体内から出て、ネメシス号に戻る。

そしてネメシス号に戻ってからは、まずフロレンスの検査を受けた。

フロレンスは、しばし難しい顔で触診やら聴診やらをしていたが。

ふうと嘆息する。

「生命活動の危険はなくなりました。 ただし、明らかに心音などが異常です。 もう人間ではない、というしかありませんね」

「そうか。 黒院は、きちんと約束を聞いてくれたのだな」

「取引をしたのですか?」

「何、ノアも倒すという約束をしただけだ」

島を離れる。

この島には、もう一度だけしか、恐らく来る事は無いだろう。

それも、次に来る時は。

ノアを倒した時。

今周囲にいる仲間の何人がまだ生きているか、分からない。

それくらい激しい戦いを、これから続けていく事になるだろうからだ。

それに、である。

船底の開いた区間で、軽く体を動かしてみたが。

黒院の言っていた通りだ。

いきなり急激には強くなっていない。

体の中にあったダメージは消えつつあるのを感じるし。

この様子なら、ドーピング薬はもういらないだろう。

更に言えば。

あの脳のリミッターを外す奴も、もっと簡単にできる。

しかしながら、である。

剣を抜き打ち。

案山子を斬ってみる。

手応えは悪くない。

前以上に、体は動く。

だが、それだけだ。

大技を使えばクールダウンが必要になってくる。周囲の皆にも、今後もっと協力してもらわないとならないだろう。

伸びしろは、出来た。

ならばそれを使って。

テッドブロイラーを倒すだけだ。

「レナ、いいか」

振り向くと、ミシカだ。

結構真剣な顔をしている。

「どうした」

「レベルメタフィンとやらの副作用について、色々聞いたぜ。 もうその……」

「そうだな。 元々あまり興味は無かったが、私はもう生物とは言い難いようだ」

「いいのかよ、それで」

構わない。

そう言い切ると。

ミシカは視線をそらした。

何か言いたいことがあるのだろうか。

ふと、気付く。

感情が、何だか。

少しばかり、鈍くなってやしないか。

少なくとも、ミシカは自分も欲しいとは言い出さなかった。恐らく、あの現実。そして私の状況を見て。尻込みしてしまったのだ。

だが、それでいい。

狂っているのは、私だけで良いのだ。

「これから、どうするんだ」

「まずダムを越えて、海の南東部に向かう。 バイアスグラップラーの本拠に近いが、ノアの強力なモンスターも徘徊している。 人間が多数生活している街もあるらしく、バイアスグラップラーもノータッチだそうだ」

「そういうことじゃ、なくてだ」

「わからない。 何が言いたい」

帽子を下げると。

ミシカは何でもないと言って、船底を出て行った。

無心のまま、何度か剣を振るう。

コツが掴めてきた。

今までどうしても生身では限界があったが。

これはもう、厳密な意味では生身では無い。

一通り体を動かすと、甲板に出た。

残るグラップラー四天王は二人。

その内デビルアイランドにいるブルフロッグが次のターゲットだが。少しばかり現状では戦力が足りない。

其処で、海の何処か。

恐らくはダムの先にある何処かで戦車を見繕いたい。

以前ビイハブ船長が言っていた場所だが。

ある程度当たりもつけてある。

まずは其処で戦車を手に入れ。

そして出来ればもう一機くらい、戦車をどうにかして手に入れたいが。

これについては、実は隠し札がある。

まあ、何とかなるだろう。

今まで、トレーダーに散々貸しを作っていないのだ。

夕食に呼ばれた。

リンが得体が知れない魚を美味しく調理してくれたのだが。

食べてみると。

違和感が強烈に来た。

まず汚染物質がどれだけ入っている、というのが、口に入れた瞬間に分かってしまうのである。

味も記号と化している。

どういう味が、どれだけ混じっている、としか感じない。

感覚などが、まずは人間から乖離していく訳だ。

それについては、皆にも話はしてあるが。

これほど早く来るとは思っていなかった。

「あれ? おいしくないですか?」

「いや、立派なものだ」

「ちょ……」

リンが青ざめたのは。

かなり大きな骨まで、私がばりばりとかみ砕いているから、である。

そうか、考えてみれば。

昔はこんな事は無理だったか。

おかしな話だ。

ちょっと前に人間を止めたばかりだというのに。

皿を綺麗にすると、リンにごちそうさまと言って、そのまま部屋に戻る。

横になってみると、眠れない。

というよりも。

圧倒的な情報が。

体の中に流れ込んできているのが分かる。

脳がそれを処理しているが。

脳そのものも、変化し始めているようだ。

体に浴びただけでこれだ。

もし直接飲んでいたら。

一体どうなっていたのだろう。

ぼんやりしていると。

自分の体がどう再構成されていくかが、分かってくるほどだ。体の構造が、客観的に理解出来てしまう。

人間の形をした。

人間とは別の存在。

生き物でさえなく。

それはもっとなにか、おぞましいもの。

そう、本質的には。

バイアスグラップラーの幹部をしている怪人達と、同列の存在。

元々私は、バイアスグラップラーを皆殺しにするつもりで生きてきたが。これ以降は、更にそれに拍車が掛かるだろう。

バイアスグラップラーを皆殺しにするためだけの殺戮生体兵器。

それが今後の私だ。

別に悲しいとも思わない。

ふと、気付いて、諸肌を脱いで鏡に体を映してみた。

体中の傷が。

あの日の火傷の跡が。

消え始めている。

こんな所でも、効果があるのか。

服を着直すと、舌打ち。

流石にコレは余計だ。

この傷跡は。

全身に、一生残しておきたかった。

だが、こればかりはどうしようもない。

私は決断をした。

そして、これから。

その決断の結果を、出していかなければならないのだ。

 

(続)