狂気の紳士

 

序、難攻不落

 

海の東。

イスラポルトの南の川沿い。其処にあるバイアスグラップラーの一大拠点。どうやら此処がカリョストロの抑えている場所で間違いない。

私はそう判断していた。

前々からカリョストロについては、どうもイスラポルトやデルタリオで活動しているらしい、という情報があった事。

私の行動にあわせて、非常に手早くバイアスグラップラーが行動していること。

これらの条件が重なった結果、何かしらの大物が陣頭指揮を執っている確信はあったのだが。

それがブルフロッグなのか、カリョストロなのかは分からなかった。

エバ博士の情報もあったにはあった。

だがそれは信用はしていなかった。

残念ながら、あまりにも信頼性が低いと感じたからだ。

テッドブロイラーの場合は、恐らく性格的に、直接私を狙ってくるだろうし、そもノアの大軍勢との戦いで、相当に消耗した兵力を立て直している最中だという情報も得ているから、恐らくはない。

ただ、今回確信を得たのは。

エバ博士の手の者、という存在が、接触してきたからである。

エバ博士は、以前にハンターズオフィスから言づてを預かっていたが。

私がマダムマッスルをも葬った事で。

ついに潜伏していた手の者が、情報を提供するつもりになったらしい。それだけ私の名が知られた、という事も意味している。

いずれにしても、その者は。

二重三重に用心した上で。

私に会いに来た。

ひょろっとした青年だ。

ハンターズオフィスの紹介だが。

何しろ元バイアスグラップラーの施設にいた人間だろう。

勝手な理屈をほざくようなら殺す。

そう思っていたのだが。

実際にイスラポルトの路地裏で会ってみると。

どうやら、そもエバ博士が悪魔の施設から逃がした者らしい。

その施設では、人間の改造手術を行っており。

人間と動物の融合実験までしているそうだ。

実際問題。

その男も、左腕が異常に肥大化していて。

それはまるで。

蛇か何かのようだった。

「エバ博士は、バイアスグラップラーにとっても重要な人物なのです」

男は言う。

喉を改造されているのか。

異常なほど声が高かった。

「本当だったら、脱出者と言うだけで殺されているはずです。 しかしわざわざ四天王クラスが探しに行き、連れ戻している。 そして、再び研究手腕を振るうように説得までしている。 これが、エバ博士が如何に重要な人物かを、端的に示しているとも言えます」

「ふむ、それで」

「エバ博士は、言っていました。 恐らく自分は、カリョストロの要塞に幽閉されるだろうとも。 カリョストロの要塞は、イスラポルト近辺にあるだろうとも」

それだけしか知らないと言う。

だが、それで充分だ。

バイアスグラップラーの大型拠点。

しかもイスラポルト近辺となると。

前に、ビイハブ船長から聞いたものしかない。更に言えば、エバ博士本人からの言づてとも情報が一致する。

問題は二つ。

一つは話ができすぎているという事。

罠の可能性が否定出来ない。

もう一つは、敵の戦力だ。

少し前に、バイアスグラップラーが、残っていた軍事拠点からも兵力を引き上げたという情報が入った。

ゴリラ20機以上も、何処かに忽然と消えたという。

集結させた兵力を、カリョストロの所に集めたりしていたら、文字通り手も足も出せなくなる。

流石にゴリラ十機ならどうにかなるとしても。

元からいる戦力も多いだろうし、どうにもならない。

ともあれ、男を見送ると。

ネメシス号に乗って、威力偵察に来たのだが。

案の定、双眼鏡で覗いてみると。

敵は凄まじい数の野砲を備えている。

川はかなり広く。

左右は崖になっていて。

途中の洞窟は、ネメシス号で入れるくらいに広いが。

それにしても、である。

この堅固さ。

文字通りの要塞だ。

「これ以上は進めないな」

ビイハブ船長が船を止める。

向こうも此方に気付いているようで、多数の野砲とミサイル砲台が此方を狙っているのが見えた。

戦闘になれば、双方大打撃は避けられない。

しかしながら、此処をどうにか突破しなければならないのも事実である。

しばし考え込む。

どうにか突破は出来ないのか。

「ビイハブ船長、無理矢理洞窟の中に入り込むという手は」

「勧められない」

「そうですね……」

腕組みする。

そもそも、あの洞窟の中が、いわゆる死地の可能性も高い。

城の中には、いきなり広場が出来ている場所があって。

入り込むと、四方八方から攻撃を受ける、というような構造になっているケースがあるのだ。

外は大砲とミサイルで守られ。

内部では敵の戦車大部隊。勿論大量の野砲も待ち構えている。

そのようなものをどう攻略すれば良いのか。

少しばかり、悩む。

いずれにしても、此処でいきなり進むのは悪手だ。

一度後退して、イスラポルトにまで戻る。いずれにしても、あの洞窟に正面から乗り込むのは無謀すぎる。

どうにかして、迂回路を見つけるか。

それとも、何かしらの方法で、野砲が配置されている崖をアウトレンジから攻撃するか。

どちらかを選ばないと。

そもそも、生きて相手の元に辿り着く事さえ出来ないだろう。

崖の上も確認するが、其処も極めて堅固な要塞状になっていて、とても近づける状態ではない。

更に見せびらかすように、恐らく前に展開していた軍事拠点から引き上げさせただろう、二十機を超えるゴリラが砲列を並べていた。

コンクリ状の巨大構造物。

そういえば洞窟の先も、こういうもので塞がっているとか。

ダムとか言うそうだが。

今の私は、その用途もよく分からない。

「スカンクスの所とは守りの堅さが違うな」

「彼奴も周囲にたくさんの兵力を配置していたろ」

「いや、そうじゃない」

ミシカの言葉に、詳しく応える。

スカンクスはそもそも、防御拠点を複数に分けて点在させ、兵力を分散させていた。強力な兵力を持っているという驕りからだろう。

本拠の守りも疎かだった上に。

そもそも安い挑発に乗ってあっさり飛び出してくると言う醜態を演じた。

此処にいるのがカリョストロだとすると。

少しばかり厄介なことになる。

まず、敵は戦力を集中し。

ガチガチに守りを固めて出てこない。

敵が何を目論んでいるかは分からないけれども、少なくとも少数精鋭で忍び込んで、等という手は通じないと見て良い。

カリョストロは私を警戒している。

そして警戒している以上。

そもそも、勝負の土俵にさえ出てこない、というわけだ。

後方を見る。

この間、十機のゴリラと野砲を相手に優勢な勝負を演じた仲間。

しかしながら、それでも倍以上の相手。

増援も来る事を想定すると。

正面突破は厳しいとみるべきだろう。

一度、此処からも下がる。

更に、である。

放棄された敵の軍事拠点を確認するが。

なんと、いずれも掃除までして引き払っていた。

それこそ紙一枚落ちていない。

構造物は全てそのまま残っているが。

それだけ。

地下に通じるトンネルもあったが。

途中で念入りに崩落させられていて、とてもではないが掘り進められる状況ではない。

腕組みする。

完全に穴熊を決め込まれた。

カリョストロがいる事については、あまり疑っていない。

というか、そうでもないと、この凶悪すぎる守りの説明がつかない。

此方を恐れているのではない。

警戒し、土俵に乗ってこないという時点で。相手がスカンクスより格上であり。ガルシアなどとは比較にもならないことは確定事項だ。

全ての軍事拠点を確認。

イスラポルトのハンターズオフィスで確認するが。

何かしらの作業はしていないと言う。

しかし、何処も徹底的に清潔なまでに掃除されていて。

追跡路も塞がれていた。

これでは相手を追い詰めるどころではない。

一度、イスラポルトの港で、ネメシス号に乗り込み。

艦橋で会議をする。

ミシカが安易な発言を最初にした。

「またハンターズオフィスに声を掛けて、大戦車部隊を作ったらどうだ」

「エサは」

「え?」

「前はスクラヴードゥーを根こそぎ退治して、周辺の仕事をやりやすくすると言う大きなエサがあったから、手練れがみんな集まった。 今回はいるかも分からないカリョストロを相手に、バイアスグラップラーに喧嘩を売る仕事だ。 命知らずのハンター達も、尻込みする」

確実にカリョストロを仕留められるなら、乗ってくるハンターはいるかもしれない。

だがその保障はないし。

何よりも、敵の戦力が未知数なのが痛すぎる。

カリョストロの賞金額は75000Gに現在設定されているが。

それでも、その実力がよく分からないから設定されているだけである。スカンクスはほぼ妥当な金額だったのだが。

それより高位の四天王だから、というだけの値段設定。

各地で暴れに暴れているテッドブロイラーなどと違い、実力から設定されている賞金額ではない。

分からない相手とは無意味に戦わない。

それがハンターの考え方の一つ。

私は意味があるから戦うし。

勝てるから戦う訳でもないが。

かといって、まったく正体が知れない相手との戦いに、命を賭けてくれるハンターがいると考えるほど甘くない。

ミシカは流石に分かったようで、黙り込む。

代わりにフロレンスが挙手した。

「情報が足りなさすぎますね。 もう少し集めた方が良いかと思います」

「それは私も同感だが、しかしながらカリョストロの動きが気になる。 あれだけの戦力があり、明確にバイアスグラップラーに攻撃を仕掛けている私がいるのに、どうして出てこない」

「万が一を怖れているから、でしょうね」

「そうだ。 だが、それ以上に、バイアスグラップラーが兵力を平然と下がらせ続けている事も気になる」

スカンクスが死んだときもそうだったが。

いっそあっさりと言えるほど簡単に、奴らは兵力を下げた。

徹底的に抵抗すれば、あの時点での此方の戦力であれば、相打ちに持ち込めるくらいの戦力は。

相手にはまだ残っていたのに、だ。

恐れたのではない。

撤退命令が出たのだろう。

どうして撤退した。

それが気になる。

「バイアスグラップラーは、そもそも何を目論んでいる」

私の疑念に答えられる者は。

残念ながら、この場にいなかった。

「昔と比べて、人間狩りにも積極的ではない。 マダムマッスルの所から救出した人間からも、奴隷化されていた者を連れていったという証言があったが、それ以外には話がない」

「そういえば、妙ですね。 勢力圏が縮小しているのに、まるで気にする様子もありませんし」

フロレンスが言う事ももっともだ。

相手の戦力を考えれば。

ノアとの戦いで大打撃を受けたとか言う話が本当だとしても。

スカンクス程度の実力者を作り出して、送り込んでくる位のことはしてみせるだろうに。どうしてやらない。

「もう一つ気になる事がある。 奴らは我々を敵として認識しているようだが、どうしてテッドブロイラーが来ない」

「そういえば……」

「現れたら逃げるしかないのは覚悟していた。 今の時点では、奴に対抗する手段がないからだ。 だが、奴は出てこない。 居城の守りを固めているにしても、兵力の再編成をしているにしても、おかしい」

マリアと旅をしているとき。

テッドブロイラーの悪名は何度も聞いた。

何処の街が襲われた。

どんなハンターが殺された。

マドで直接戦った時。

それらの悪名は、むしろ矮小化されていたことを悟ったほどだ。

あれは完全に化け物。

人間と呼ぶのは無理がありすぎる。

だからレベルメタフィンを探している訳で。

テッドブロイラーが前線に出てくれば、此方はもうなすすべがない、というのが現実なのに。

フロレンスが言う。

「考えられるのは、更に優先順位が大きい事がある、というくらいですね」

「ふむ……例えば?」

「ノアとの更なる大会戦が控えているとか」

「!」

そういえば。

バイアスグラップラーにノアが直接大軍勢をけしかけたという話は聞いている。

勿論バイアスグラップラーとしても、ノアを倒す事にはメリットがある。

もしもノアを倒したら。

バイアスグラップラーには、事実上敵が存在しなくなるのだ。

戦車を粗悪品とはいえ作り出す能力。

圧倒的な組織力。

そして四天王第三位の居城ですらあの防御能力。

本拠はどれほど堅固か知れない。

そして、恐らくだ。

今、この世界で。

少なくともこの近郊で。

ノアの次に力を持っているのは、間違いなくバイアスグラップラーである。

世界中がどうなっているのかは、正直な所私にはよく分からないのだけれども。それでもあのノアの大軍勢を蹴散らしたとなると。

バイアスグラップラーの実力は、決して低くないはずだ。

とにかく。

まずは、どうにかしてカリョストロに肉薄しなければならない。

既にイスラポルト周辺の安全確保は完了した。

後はカリョストロさえ倒せば、海の何処かにいるらしいブルフロッグ以外の危険はなくなる。

勿論ノアの放ったモンスターはいるし。

ノアが滅びなければ、賞金首クラスのモンスターも、どんどん現れてくるだろう。

それでも、バイアスグラップラーが存在しなくなれば。

どれだけ世界が安全になるか知れないのだ。

「一度情報を徹底的に洗い直す。 あの戦力を相手に、真正面から挑むのは無謀だ」

一人船を漕いでいるミシカを除くと。

皆が頷いた。

決戦が、近づいている。

 

1、紳士の影

 

バイアスグラップラー本部から、クラッドという奴が来た。ステピチも知っている。腕っ節はさっぱりなのに。

どうしてかテッドブロイラー様に気に入られ。

彼方此方で参謀まがいの事をしている、らしい。

ステピチとしては別に嫌う理由もないし。

何より、命令で関係無い相手を殺したダメージがまだ精神に残っていることもあって。あまり絡む気にはなれなかった。

此処は、カリョストロの要塞。その一室。

最深部にある、カリョストロの部屋。

その一角に、ステピチは席を貰って座っていた。何人かいる護衛の一人として、デビルアイランドでの強化改造を済ませてからここに来たのだ。勿論テッドブロイラー様の指示である。

この場所は、位置的にはイスラポルト南。海の東端に存在し。

昔ダムと言われていた施設だ。

それを徹底的に強化改造し、今のような圧倒的防御力を備えた要塞に仕上げたのは。バイアスグラップラーである。

此処から南はノアの強力なモンスターが多すぎて、バイアスグラップラーも重点警備しかしていないらしく。

この要塞は、バイアスグラップラーが彼方此方に人間狩りをして行くとき。

中継地点にしていたらしい。

だがこの辺りでは、イスラポルトがバイアスグラップラーの手に落ちた頃には、人間狩りを出来る集落はなくなり。

マダムマッスルの所から、安定して人間を入手できるようになった後は。

衛星拠点としての役割も終わった。

だが、それでも四天王が守っていると言うことは。

此処は抜かせるわけには行かない要衝だ、ということだ。

無学なステピチにもそれくらいは分かる。

クラッドは、カリョストロと何か難しい話をしていて。

要塞で無心に肉を食べている、ステピチと。

黙り込んで側に立っているオトピチには。

無関心だった。

しばしして、空気に耐えられなくなったのか。オトピチが話を振ってくる。

「兄貴ー。 強化改造の具合はどうだ?」

「悪くないザンスよ」

「そうかー。 おれも何だか強くなったみたいだ」

「そう、ザンスね」

強くはなった。今なら二人がかりでなら、スカンクスに勝てるかも知れない。そのくらいには実力は増した。

だがカリョストロには勝てないだろうし。

何よりレナを倒せば四天王、というテッドブロイラー様の話は消えていないはずだ。

いずれにしても、此処にレナは絶対に来る。

武勲を立てるなら。

その時だ。

話が聞こえてくる。

奥の方では、玉座に座ったカリョストロと立ったままのクラッドが、ずっと話を続けていた。

「ふむ、専守防衛に徹するべきだと?」

「はい。 レナは今までの動きを見る限り、かなり侮れない知略を持っています。 或いは参謀がいるかも知れません。 しかし、どれだけ知略を駆使しようと、隙が無い守りには手を出せません」

「そうだな。 そも此方としても、戦いに行く理由がない」

「堅守でなんら問題ないかと思います」

話はそれで一致したようだが。

聞き捨てならない事を言い出すクラッド。

「しかし、レナは成長速度を考えると危険です。 何かしらの対策は打つべきでしょう」

「それは分かっている」

「マダムマッスルを正面から倒した時、あそこにいるステピチの射撃をかわしたと聞いています。 弾丸を肉体能力で回避したのでは無く、殺気か何かを読んだのでしょうが、それでも看過できません」

「どうしろというのかね」

レナを攻撃するべきだ。

クラッドはそう言う。

そして、それには、精鋭を募るべきだと。

確かに、この間、レナの別働隊と思われる戦車隊が、バイアスグラップラーの基地を攻撃したときには。

ゴリラ6機が破壊され。

多くの野砲が吹き飛ばされるという、記録的な損害を受けた。

一回の戦いで、である。

この要塞の全戦力を挙げるのであれば、勿論正面から敵戦車部隊を押しつぶせるだろうけれども。

その間にレナが此処に侵入してくる可能性がある。

カリョストロは今、牢に入れられているエバ博士に尋問を続けている事や、この戦略的拠点を守っている事もあって動けない。

つまり、肉薄された場合。

レナと戦う事になる。

戦力としては、ステピチから見ても、まだカリョストロの方が上だろうが。

レナはマダムマッスルとの戦いを見る限り、相当に強い。しかも、まだまだ伸びると見て良い。

何があるか分からない。

今、二回も強化改造したステピチとオトピチでも。

及ぶか少し怪しいと思っているのだ。

「街中で襲撃するのが一番でしょう。 相手には、肉弾戦には不向きなメンバーもいる筈です」

「街中で、か。 しかしイスラポルトでは、バイアスグラップラーに対する不満や敵意も大きい。 下手をすると、そのまま手練れのハンターもレナの方につくぞ」

「勿論そのままではそうでしょう。 其処で、精鋭を使って奇襲を仕掛けます」

「待つザンス」

たまらず、ステピチが割って入る。

クラッドとカリョストロが此方を見た。

ステピチは、ここのところレナの周辺でずっと動いてきた。だからこそ、今の作戦が多分上手く行かないと分かる。

レナは用心深い。

基本的に情報収集をする時でさえ、数人ずつで動くようにしているし。

イヌも周囲に置いている。

人型のロボットの潜入工作員が見破られたのも一度や二度では無い。

しかも、用事が無い場合は、ネメシス号をわざわざ沖合に出し。

襲撃を防ぐ工夫までしているのだ。

レナはバイアスグラップラーを侮っていないし。

手も抜かない。

気も抜かない。

そういう相手には、基本的に奇襲なんて通用しない。

「ヘタを打てば、精鋭が一人も生きて帰れないザンスよ。 何か良い作戦でもあるんザンスか?」

「勿論あるから提案しています」

「精鋭と言っても、最低でもミー達くらいの実力はないと話にならないザンスよ」

「それなら問題ありません」

クラッドが指を鳴らす。

そうすると、姿を見せたのは。

あの忌々しいSSグラップラーどもだった。

全員が異常な肌の色をしていて。

皆同じ顔をしている。

ひょっとすると。

あのマダムマッスルの城にいた者達と同じ、クローンなのかも知れない。そして此奴ら。

重武装だ。

プロテクターに身を包み。

強力な重火器を手にしている。

だが確か此奴らは。

バイアスシティの南を探索する任務に就いていた筈だ。二十名ほどだが、どうして此処にいる。

「どうして彼らが此処にいる、と思っていますか?」

「当たり前ザンス!」

「探索が終わったからですよ。 ついにノアの居場所がはっきりしました。 そして奴は移動が出来ないことも分かっています」

「!」

本当か。

つまり、それは。

恐らくだが。

兵をどんどん引き上げている理由にもつながる。

テッドブロイラー様は、ノアを叩き潰し、葬るつもりと見て良いだろう。

人類を滅亡にまで追い込んだ悪魔のAIを搭載したスパコンが。

ついに引導を渡されるときが来たのだ。

だが、解せない。

それならば、どうしてSSグラップラーのような貴重な戦力を、此方に回す余裕が出てきているのか。

「テッドブロイラー様の肝いりは、貴方だけではないのですよステピチ。 私も、テッドブロイラー様の命令でここに来ています。 精鋭を率いてレナを奇襲し、殺せ。 失敗するようなら、専守防衛に務めろ、と」

「……」

「貴方たちも加わってくれれば、成功率は上がりますが」

「それはテッドブロイラー様の命令ザンスか?」

暗い笑みが返ってくる。

このクラッドという男。

相当に陰湿というか。

何かねじ曲がったものを感じる。

余程悲惨なものを見てきたのだろう。だが、それは今の時代、誰もが同じだ。ステピチとオトピチだってそう。

生きるためには何だって。

どんな望まないことだって、して来たのだから。

「テッドブロイラー様に確認してくるザンス」

「どうぞご随意に」

「オトピチ、行くザンスよ」

「分かったよ、兄貴ー」

あんな奴の命令で、死地に放り込まれてはたまらない。

それに気味が悪いSSグラップラーとの同時行動も正直嫌だ。

何より連携して戦闘が出来るとはとても思えない。彼奴ら、まるで機械みたいではないか。

ノアの本体を見つけたのなら。

自分たちも、それの攻撃に加わりたい。

この世界は、ノアのせいでこうなった。

勿論ノアを暴走させた連中のせいでもあるけれど。その暴走させた奴らは、もはや悉くこの世に生きていない。

大股で、通信室に急ぎ。

そしてテッドブロイラー様につなぐ。

テッドブロイラー様はしばらく待たせてから、ようやく姿を見せた。

なお今回は。

SNSではなく。

テレビ電話である。

四天王の拠点だけあって、通信方法も豪華なのだ。

「どうしたお前達」

「クラッドという得体が知れない男が来たザンス。 レナを暗殺すると息巻いているけれど、上手く行くとは思えないザンスよ」

「理由を聞かせてみろ」

「奴は街中でレナを襲撃するつもりのようザンスけれど、レナは基本的に隙を見せないザンス。 もしも倒すのなら、疲弊したタイミングしかないザンス。 もしくは……」

テッドブロイラー様がにやりと笑う。

ぞっとした。

「俺が直接出るか、か」

「はいザンス。 正直な話、カリョストロ……様や、ブルフロッグ……様でも、今のレナだと遅れを取る可能性があるザンス。 勿論勝てる確率の方が高いとは思うザンスけれど」

「残念だが、俺は出る訳にはいかない」

「どうして……」

しばし黙った後。

テッドブロイラー様は、まあ今のお前達なら良いだろうと前置きしてから、言うのだった。

「クラッドから聞いていると思うが、ノアが見つかった。 座標が失われていた地球環境再生センターが発見されたのだ。 それも、遠征で充分に手が届く位置にな」

「!」

「各地から今戦力をかき集め、SSグラップラーの増産も進めている。 本当だったらカリョストロとブルフロッグも招集したいくらいだが、もしも幹部が全員死にでもしたら、バイアスグラップラーは立ち直れなくなる。 全戦力を結集し終えたら、俺自身がSSグラップラーの軍勢と、あるだけのゴリラと野砲をかき集め、ノアを叩きに向かう予定だ」

その準備で、しばらくは身動きができないという。

そうか、それならば納得だ。

だが、レナは恐らくもっと強くなって行く。

そしてステピチが見たところ。

奴は人間を捨てることに、何ら忌避を感じていないように思えた。

「もし、何かしらの手段で、レナが人間を捨てたら、かなり危ないかも知れないザンス」

「だから無理をしてでも今俺に出て、葬れと?」

「はいザンス」

「そうしたいのは山々だが、バイアスシティから動けないのは先に言ったとおりだ。 お前については、独自に行動を許す。 クラッドの作戦が気に入らないのなら参加しなくても良い。 クラッドについても、作戦が失敗したら戻ってくるように伝えてある」

其処まで言われると。

もう何も言い返せない。

分かったザンスと答えると、テッドブロイラー様は通信を切った。

それだけ忙しいという事だ。

溜息が二度漏れた。

さて、どうするか。

レナを殺すにしても、SSグラップラーとの共同戦線はごめん被る。しかしながら、あのSSグラップラー。かなり高い戦力を持っているのは事実だと、ステピチも認めるところだ。

全員がかりなら。

マダムマッスルを多分凌ぐ。

それに自分たちが加われば。

一度、カリョストロの所に戻る。

クラッドは、ずっと無表情のまま、ステピチが戻るのを待っていた。

整列しているSSグラップラーが不気味極まりない。

「結論は出ましたか?」

「せめてもう少しSSグラップラーは用意できなかったザンスか」

「彼らを毛嫌いしているのに、妙なことを言いますね」

「レナの実力を側で見てきているからこその言葉ザンス。 彼奴を侮ったら、どんな惨めな殺され方をするか、知れたものではないザンスよ。 アレは何というか、もう色々と精神の箍が外れてるザンス」

無言で、クラッドがプレゼンを始める。

作戦について、だった。

内容を聞く限り、上手く行きそうに思える。

「現在レナは、手詰まりを感じて情報収集をしている様子です。 そしてレナは、用心深くはありますが、それでも情報は確認するために出向いてくる傾向があります」

「……」

「そして少し前に、敢えて私の部下をレナに接触させて、正真正銘「本当の情報」を流させました。 今、流石のレナも、情報の真偽を見分けにくくなっているはずです」

そして、引っ張り出し。

戦車が使えない場所で、SSグラップラーを使って討ち取る。

そういう事か。

参加するかと言われて、首を横に振る。

レナはこの間の最精鋭だけではなくて、戦えるメンバー全員を連れてくるはず。そして、あの動き。

マダムマッスルを事実上屠ったあの動きをやられたら。

多分改造を受けてパワーアップしたステピチとオトピチでも負ける。

最低でも、SSグラップラー四十人。

もっと多い方が良いかも知れない。

だが、今は其処までの人数はいない。ならば、決まっている。

この作戦には、参加しない。

「テッドブロイラー様から告げられているザンス。 作戦参加は自由、と」

「ほう。 私と同等の信頼を得ているのですね」

「勝手に解釈すると良いザンスよ。 兎に角、ミー達は参加しないザンス」

オトピチを促し、その場を離れる。

この作戦は失敗する。

そう、ステピチは見ていた。

 

案の定。

クラッドの作戦は上手く行かなかった。

それでも、現場に赴いたステピチは見た。

確かに剽悍な動きでレナに襲いかかったSSグラップラー。それら一人一人が、恐ろしく強い。

情報をエサに引きずり出したのは、イスラポルトの一角。小さな倉庫の中。

そこで、来たのはレナ一人。

この時点でまずいと思い。

加勢はしなかった。

案の定である。

レナはいきなり天井にフックを引っかけると、それを巻き上げて。軽業のような動きで倉庫の天井から出て。

そして、SSグラップラー達は、全員が爆炎の中に消えたのである。

完全に読まれていた。

それでも生きていたSSグラップラー達も流石だったが。

レナはその上を行っていた。

倉庫に突入してくるウルフ。

立ち上がり、重火器で応戦するSSグラップラー達だが。今の爆発で、プロテクターもやられ、携帯バリアも剥がされていたのだろう。

ウルフの前にはもはやなすすべがない。

容赦なく戦車砲とミサイルを叩き込まれ。

全員がミンチになるまで、そう時間は掛からなかった。

嘆息する。

作戦に加わったら。

あのミンチの中に混ざっていただろうから。

「オトピチ、帰るザンスよ」

「いいのか、兄貴ー」

「レナを見るザンス」

そもそもレナは、交戦さえしていない。

今回の作戦について、どうやって裏を掻いたのかはよく分からない。或いは、クラッドが差し向けた奴の言葉を、嘘と見抜いていたのかも知れない。

いずれにしても、無傷。

更に、戦車の支援を受けているレナだ。

戦って勝てる訳がない。

そそくさと、その場を離れる。

そして、テッドブロイラー様に通信を入れた。

「クラッドが失敗したか」

「どうか、ノアの前にレナを葬るべく動いてください、ザンス。 このままだと、兵を損じるばかりザンスよ」

「無理だと言っている。 ノアの戦力は当初の想定以上だ。 ノアそのものは俺が潰すにしても、奴も恐らく攻撃を察知したのだろう。 前の会戦以上の戦力を、本拠地の周辺に集め始めている」

「前も、軍艦キングをフラッグシップに、相当数の兵が襲ってきたという話ザンスが、それ以上……」

絶句する。

それでは、これ以上は何も言えない。

とにかく、隙を突くようにと言われ。通信も切られた。

クラッドも作戦失敗の話を聞いて、情報を分析すると言い残し、カリョストロの所を去る。

ひょっとしてクラッドの奴。

カリョストロが死ぬと判断したのではあるまいか。

だとしたら許しがたい。

しかし、カリョストロのために死ぬのも、気が進まない。

カリョストロは退屈そうに玉座にいる。

SSグラップラーの敗北は見透かしていたのかも知れない。少なくとも、動揺しているようには見えなかった。

「カリョストロ様」

「何かね」

「ミー達も、近いうちに一旦この場を離れるザンス。 クラッドの作戦は間違った内容ではなかったとは思うけれど、やはりアレを破ったレナを倒すには、相応の作戦が必要だと感じたザンスよ」

「好きにしたまえ」

余程、要塞の守りに自信があるのだろう。

カリョストロは、平然としていた。

まずい。

びりびりと嫌な予感がする。

此処を出来るだけ速く離れた方が良い。

そう、ステピチは感じていた。

 

2、攻城戦

 

結論からして。

海から攻めるのが一番だ、という事になった。

情報を徹底的に集めたのだ。

バイアスグラップラーの拠点。ダムと呼ばれていた施設について。その結果、あの洞窟や。

攻略方法が、少しばかり見えてきた。

ネメシス号に、全人員を乗せて、イスラポルトを出航。

そのまま、東に。

川を遡上して。

そして、洞窟の近く。

おぞましいほどの野砲とミサイルが狙っている、射程距離の限界にまで近づいた。

そしてそのまま砲撃を開始。

敵も当然応戦してくる。

バスに乗せてるレーザー迎撃装置と。

パトリオットが敵弾を迎撃していくが。それでも防ぎきれない。

何発か着弾があり。

ネメシス号が揺れる。

最初は敵の野砲やミサイルを狙って攻撃を行っていくが。やがて、ある一点から、攻撃する地点を変える。

地形を徹底的に精査した結果。

ある一点に、欠陥を発見したのだ。

狙った野砲は、崖に設置されているものではない。

ダムの上に並べられているものだ。

そして、それらを沈黙させた後。

敵がお代わりを運んでくる前に。

崖の「下」に戦車砲を連続して叩き込む。

この戦車砲には、炸裂弾を積んでいる。

ビルをも粉砕する強力な炸裂弾で、一発が相応のお値段になるのだが。

それでもまったく構わない。

連射連射連射。

敵は何をしているのだろうと不可思議そうにしながらも。

此方に対する攻撃を続けてくる。

どのクルマも。

ネメシス号も。

見る間に装甲タイルが剥がされていく。

だが、気にしない。

そして、ウルフの主砲が、一発を叩き込んだ瞬間。

それが起きた。

崖に亀裂が走る。

そして、水が派手に噴き出し始めたのである。

亀裂は見る間に大きくなっていく。

この辺りは、水脈が通っていて。

地盤が不安定。

ましてや、敵はその地盤の中をいじくり回して、要塞化しているのだ。勿論補強はしているだろうが。

崖そのものの補強などはしていないだろう。

いや、勿論表面は装甲で覆っているが。

其処に徹底的な攻撃を加え続けた場合、地盤そのものにダメージを与える事になるのである。

それならば、どうなるか。

今の攻撃の結果が、全てを表していた。

ごっと、凄まじい勢いで、岩が崩れ落ちる。

装甲が剥落していく。

流石に分厚く装甲を貼っていても、岩の自重崩壊には耐えられなかったのである。

崩れ落ちていく中には、敵の野砲も、大量に含まれていた。

野砲の砲手も巻き込まれただろう。

更に砲撃でとどめ。

ミサイルも、崩落に巻き込まれる。

慌てて野砲を下げようとする敵だが。

崖の崩落は更に拡大。

ネメシス号を下げながら、射撃を続けていく。敵はぼとぼとと、川へと落ちていった。

川が土砂と鉄塊で埋まってしまいそうなほどである。

しかしながら、この川は元々かなり深く、ちょっとやそっとで埋まるほどヤワでもない。

今の時点で、暗礁が出来たり。

川の水が堰き止められるような事は無さそうだ。

それにしても。

やはり情報だ。

どうやって野砲とミサイルを攻略するか。

そればかりを考えていたから。

こういう策にいたらなかった。

そして、である。

不安定になった崖からは、慌てて敵が退避している。これでは、野砲による迎撃どころではないだろう。

さて、此処までで第一段階は完了。

一度引き上げる。

敵は再補強どころでは無い。

貴重な野砲をかなり失い。

そして要塞の一部を完全に崩壊させられて。

防衛線の見直しを強要されたのだから。

そして敵からどう見えていたか分からないが。

此方の被害も決して小さくない。

あれだけの数の野砲とミサイルと、本気でやりあったのである。

船に固定されているクルマも、それぞれ少なからず傷ついていた。

 

次の作戦開始は三日後。

ネメシス号が再び川を遡上すると。

敵は崩落した地盤は放置したまま、戦線を下げていた。洞窟までは、既に射線が通っていない状況である。

此方は弾薬、装甲タイルとも補給済み。

そして、洞窟は完全無視。

残っている野砲と。

川の更に上流にある、ダムと呼ばれる設備の制圧に取りかかる。

敵は兵力を増強したのか。

隠していた兵力を出してきたのか。

猛反撃を開始。

三方向から、展開したゴリラと野砲、据え付けのミサイルを乱射してくる。大体これは予定通りだ。

一通り砲火を応酬した後。

ネメシス号は閉口したように下がる。

敵が喚声を挙げているのが此処まで聞こえた。

「ムカつくな」

「放っておけ」

ミシカが苛立っているので、軽く釘を刺しておく。

どうせ作戦は全て予定通り。

何も困る事は無いのだから。

此方としても、昨日以上のダメージを受けたけれども。補給をする金くらいは有り余っている。

カミカゼキングとマダムマッスルの賞金が丸儲けになっている事や。

イスラポルト近辺の治安と安全を飛躍的に上昇させたことが評価されていることから。幾つかの仕事が回されていて。

準備の間に手分けして、こなし。

かなりの金を稼ぐことに成功したからである。

それに、だ。

私はある仮説を立てている。

その仮説が正しければ。

いや、まあともかくとして。

とにかく、敵の戦力を今は削って行くことが肝要だ。

また三日後。

ネメシス号で川を遡上。

敵はまた十字砲火で迎え撃ってくるが。やはり予想通りだ。双眼鏡で見ていると、敵は弾薬こそ補強しているが。

火砲が減っている。

据え付けのミサイルもだ。

それらを中心に三日前は攻撃をしていたのだが。

今回は、恐らくゴリラを出し惜しみせずに出てきているのだろう。火砲やミサイルの数を補うように。

大量のゴリラが、ダムの上に展開。迎え撃ってきていた。

フロレンスに数えさせる。

「前と同じく、据え付けの火砲とミサイルから叩け。 ゴリラの主砲は可能な限りレーザー兵器で迎撃しつつ、受けきれなくなったクルマが出たらすぐに連絡」

事前にそう伝えてある。

バスに据え付けた二つのレーザー迎撃兵器が、その光学兵器特有の凄まじい速度を持って、ゴリラの主砲を叩き落としていく。

しかも敵とはかなり距離もある。

この状況下である。

敵も味方も、装甲が薄い相手に攻撃を集中しようにも。

此方は動き回っているのに対し。

敵は停止したまま迎え撃たなければならない。

その結果、どんどん敵の戦力は目減りしていく。

適当な所で、切り上げる。

今度は敵も。

恐らく閉口しているのか。

喚声を挙げてはいなかった。

そして、三日後。

またしても現れたネメシス号は。更に目減りした敵火砲とミサイルを確認。

しかしながら。

まだまだゴリラの数は相当に多い。

決死の覚悟で車列を組み。

主砲を此方に向けてきていた。

「引く気は無さそうですね」

「あれでかまわん」

リンが手をかざして、いつもの何だかよく分からない笑顔を浮かべているが。私は腕組みしたまま答える。

さて、そろそろ敵も狙いに気付くはずだが。

此方の目的は。

狙いに気付いても、どうにもならない状況を作る事にある。

またしても、砲火の応酬が始まる。

そして、今度の戦いは。

朝一から始まり。夕方近くまで続いた。

それだけ敵の火力が落ちている、という事である。

敵が疲弊したのを見計らい。

そのまま後退。

最初の崖崩しがなければ、敵も此処までは苦戦しなかっただろう。ネメシス号が無理に突っ込んでも、撃沈されたのがオチだったはずだ。

だが、敵は兵を増強している様子も無いし。

そればかりか、破損したゴリラを復旧するので精一杯の様子である。

引き上げながら、洞窟の中に主砲を叩き込んでおく。

更に、補強されたばかりの崖にも。

何度も徹底的に、執拗に。

そして、火砲を設置するどころではない崖は、更に崩落し。

岩の塊が大量に川に落下していった。

この様子だと、網の目のように巡らされている敵の地下通路も、致命的な打撃を受けているだろう。

元々穴だらけにしているような地盤だ。

こんな攻撃を受けては、ひとたまりもない。

問題は、カリョストロが焦っている様子が無いこと。

余程迎撃戦に自信があるのか。

それとも、まだ隠し札があるのか。

今の時点では、此方の予定通りに作戦が推移している。

だが、此処からはどうなるか。

カリョストロの正体が分からない以上。

私も油断するつもりは、一切なかった。

三日後。

ネメシス号は、川を遡上しなかった。

崖の上にある、敵の基地を確認しに行ったのだが。

まったくそんなものは見当たらず。

ゴリラは全て引き払い。

迎撃設備もなくなり。

やはり、掃除までして全て引き払っていた。

通路も見つけたが。

これも全て埋められていた。

一部には、砲撃で崩落したものもあったのだろう。

突貫工事だが。

神経質なやり方だ。

少しずつ、これでカリョストロの性格が分かってきた気がする。

此方の狙いがはっきりした後も。

生真面目な迎撃戦を展開。

各地での撤退作業時は。

塵も残さず掃除までさせる徹底ぶり。

バイアスグラップラーは、チンピラの集団である。ここいらの基地に詰めている連中だって、それは同じだろう。

そいつらが掃除なんて真面目にやったという事は。

部下に対しては。紳士的には接していないと言う事がうかがえる。

命令をしっかり聞かなければ殺す、くらいのことはしているだろうし。

何よりも、言う事を聞かせるために。

前線に出てきて、自分で指揮を執る、くらいのことはしていてもおかしくない。

それならば、大きな勝機が出てくる。

この辺りの地図をもう一度展開。

川の図。

それにダムの位置を調べる。

この基地は完全に制圧したから、その司令室を使って、だ。

地図を拡げた後、私は。

ある一点を指した。

此処と。

洞窟。

それにダム。

その中枢部分である。

「此処に発破を仕掛ける」

「おいおい、敵はこんな位置には……」

「ひょっとして、敵の地下通路を完全に崩壊させるおつもりですか」

ミシカは分かっていなかったが。

ずっと黙っていた早苗が、挙手して言うと。

皆が注目した。

山藤が頭を掻きながら言う。

「姉貴、レナさん、詳しく頼めるか」

「早苗の言うとおり、敵は地下通路を中心に、この辺りを一大要塞にしていた。 それを崩すには、初手に崖を叩いて、敵の地下通路にダメージを与える必要があった」

敵の地上拠点も火砲もそれで打撃を受けた。

その後の迎撃砲火の弱体化ぶりが、その後の展開につながったのは、みなが戦闘を通じて知っている筈だ。

其処で私は。

集中的に、敵の補給線となるダムに攻撃を続行。

敵の据え付けの火砲とミサイルを叩き続けた。

敵も補給線を潰されるわけには行かない。

ダムを制圧されれば。

当然のことながら、イスラポルト南の部隊は孤立する。

そして敵も知っているはずだ。

私が皆殺しのレナだと。

バイアスグラップラーには一切容赦しない。

私に負けた場合。

バイアスグラップラーの兵士達は、皆殺しの憂き目に遭う。

そうなってくると。

元々士気が低いチンピラの集団は、まず逃げる事を考える。勿論カリョストロの目を盗んで、だ。

今までの攻撃は。

敵の根幹を支えている、兵士の士気を挫くためのもの。

カリョストロの実力が如何に高かろうと。

兵士達が全部逃げてしまえば、後は裸同然だ。

敵の士気に致命打を与えるためにも。

この地点に発破を大量に仕掛け。

そして爆破する。

フロレンスが頷くと、バスに大量に積み込んだ爆薬を皆に見せる。

仕掛けるのは私がやる。

普通爆発は横と上に拡がるのだが。

今回は上と横を塞ぐことによって。

その爆発の威力を、全て下に向ける。

そうすることによって。

一気に敵の地下通路を、壊滅的なまでに崩落させるのだ。

そうすれば、敵が如何に隠し通路を持っていようとも。

機動戦どころではなくなる。

この辺りに人が住んでいたら、こんな手は取れなかっただろうが。

生憎と。

この辺りには、「人」は住んでいないし。

バイアスグラップラーの要塞内部にも、「人」はいない。

だからこそ。

徹底的に容赦のない攻撃を行えるのだ。

周囲を警戒して貰い。

一日がかりで、バスに積んでいる機材も使って、深い穴を掘る。

やはり地盤がかなり怪しくなっている。

この基地も、いつまで崩れずにいるか、よく分からない。

爆薬をセット。

全員で基地から離れる。可能な限り。

そして、爆破。

ずん、と凄い揺れが来た。

地震という奴に似ているが。

それよりも更に激しいような気さえする。

連日の砲撃で壊されていた地盤である。

元々穴だらけになっていた所に。

このとどめの一撃が来たのだ。

そうなれば、どうなるかは、見ての通り。

敵の基地跡が、派手に崩落していく。

周辺の地面もだ。

「下がれ。 巻き込まれるぞ」

私はバイクに跨がったまま、皆に指示。

此処まで派手に崩落するとは、私も思っていなかった。これは予想以上に、敵は籠城戦を想定して、地下を改造していたのだろう。

だが、私は最初から、同じ土俵にのらなかった。

だからこそ、この手を思いついたし。

作戦としても、実施することが出来たのだ。

土埃が上がる。

辺りがどんどん崩落していく。

全速力で逃げるが。後ろは凄まじい勢いで崩れて行き。どんどん岩や何も知らずにふらついているモンスターが巻き込まれている様子だ。

それはまさに、巨大地震による災禍のごとく。

勿論人為的に起こされたことなのだが。

あれだけの爆薬で。

此処までの大規模崩壊が起こるとは。

流石に私も予想していなかった。

「すげえ」

アクセルが一言だけぼやいた。

今まで荒野が拡がっていたその周辺は。

完全に盆地と化していた。

今だって、二次崩落が起きてもおかしくない状況だ。

実のところ、イスラポルトには通達してある。

この辺りで戦闘、それも極めて大規模なものが起きる可能性が高いから。

絶対に近寄らないように、と。

ハンター、トレーダー、ともにだ。

「どんだけ生き埋めになったんだろ」

「知るか」

ミシカに冷酷に返すと。

私はネメシス号に戻るように、皆に指示。

案の定と言うべきか。

後ろの方で、二次崩落が始まっていた。

 

ネメシス号で、川を遡上する。

更に崖が酷い事になっていたが、元々大きな川だ。それでもネメシス号が通るのには、まったく問題は無かった。

だが、流石にというか。

敵はもう、崖を補強しようとは思っていない様子だ。

更に、見せびらかすように開いている洞窟に、砲撃を叩き込んでおく。

地盤が弱っている所に、止めという所だ。

大規模崩落を、更に加速させてやる。

これでカリョストロも。

洞窟に引きこもっているどころでは無くなるはずだ。

ダムの上には、多数のゴリラが砲列を並べているが。

敵の士気は目立って低下しているのが露骨に分かった。

退路は確保されているし。

完全に頭がおかしいレベルでの破壊を平然と行う私の戦術を、目にしたのである。腰が引けるのも当然だろう。

ダムそのものには攻撃するな。

指示は徹底してある。

ただし、ダムの北側に配置されている火砲には、容赦なく攻撃しろ。

それもまた徹底している。

敵の逃げ出そうという心理をつついてやるのだ。

敵は気付いている筈だ。

私が何をやらかすか分からない、野獣同然の存在だと。

その恐怖を煽る。

攻撃を開始すると。

逃げ腰になっているゴリラの群れが、少しずつ戦場を離脱し始めた。

勿論火力投射してくる奴もいるけれど。

そういう抵抗している奴から、集中攻撃で撃破していく。

一日の攻防では勝負を付けない。

また一旦撤退し。

三日後に、ネメシス号が姿を見せると。

敵は既に半減。

ゴリラの数は、十数機にまで目減りしていた。

そろそろだろう。

「スピーカーを」

「……」

フロレンスが手渡してくる。

勿論拡声器をそのまま使うのでは無く。

ネメシス号に据え付けてある拡声器から、敵に対して声を掛けるのである。

ちなみにアウトレンジからだ。

「バイアスグラップラーのクズ共に通達する。 私は貴様らの人間狩りで両親と育ての親を失ったレナだ。 貴様らのことは絶対に許さない。 地獄の果てにまででも追い詰め、皆殺しにしてやる」

降伏の拒否。

皆殺しの宣言。

こうなると、敵が苛烈に反抗するかも知れないように思えるが。

軍紀の整った兵なら兎も角。

敵はチンピラの集団だ。

完全に頭がおかしい相手が敵になった場合。

こういう連中は。

逃げる。

踏みとどまって戦う、等と言うことは出来ない。

本能的に染みついているのだ。

勿論、私も本音で言えば、退路も断って敵は皆殺しにしてやりたいが。

今は各個撃破がより重要。

だから、此処で敵を揺さぶるのである。

「私は何度でもここに来て、貴様らを削って行く。 イスラポルト南で生き埋めになった連中のようになりたくなければ、カリョストロの首を差し出せ。 そうすれば、生かしてやるかもしれん」

生かしてやるとはいわない。

そして、そのまま。

アウトレンジを維持したまま、しばし待つ。

相手の心理に揺さぶりを掛ける。

そのためだけに。

 

3、グラップラー四天王第三位、カリョストロ

 

カリョストロは憮然としていた。

まだ此処に残っていたステピチはまずいとだけ感じている。

あの大崩落に巻き込まれて、多数のグラップラーの兵士達が死んだ。レナの恐ろしさは良く知っているつもりだったが。

まさか地盤そのものを壊しに来るとは思ってもいなかった。

カリョストロさえ、慌てて地下から脱出した程である。

エバ博士も、檻から出して連れ出していたが。

それほど重要な人物なのだろうか。

そしてダムに防衛線を再構築したが。

味方がどんどん脱走していく。

ヤバイ。

相手が恐ろしすぎる。

それを悟ったのだろう。

テッドブロイラー様が人間狩りに出るとき。

ハンターなどが用心棒にいたとしても。テッドブロイラー様の名を聞いただけで一目散に逃げ出してしまうと言う話を聞いたことがある。

この時代だ。

絶対に勝てない相手には、近寄ってはいけない。

それがルールとして、誰もに浸透している。

ましてやチンピラ同然の集団である。

それは暗黙の了解なのだ。

ダムの一室で、酒を飲んでいるカリョストロを見て。

ステピチは、確信した。

負ける。

レナは恐らく、徹底的にこの辺りを調べたのだ。

そして、戦って勝てる作戦を思いついたから攻めてきた。

今までの戦いは、全て綿密な計算によるもの。

このまま行くと、レナは万全の準備を整えて、此処にまで攻めこんでくると見て良いだろう。

その時は、当然。

ステピチと、オトピチも。

自分は兎も角。

オトピチを死なせる訳にはいかない。

通信室を借りて、連絡を入れる。

テッドブロイラー様にだ。

今までも逐一連絡は入れていたが。

今回は少しばかり状況がまずすぎる。

テレビ会議の画面には。

クラッドを後ろで忙しそうに働かせている、テッドブロイラー様の姿が映った。

ステピチは、まずいという事を伝えるためにも。

ちょっと慌て気味の表情まで作る。

「テッドブロイラー様! 状況が悪化する一方ザンス!」

「あれだけの鉄壁の守りを崩されるとは。 そつなくやってきたカリョストロも、苦戦しているようだな」

「のんきなことを言っている場合じゃないザンス! このままでは、この拠点は完全に陥落するザンスよ!」

「少し落ち着け」

詳しい話をするようにと言われたので。

丁寧に戦況を説明していく。

そうすると、テッドブロイラー様は、戻ってくるようにと指示してきた。

「戻れ、ザンスか」

「そうだ。 逃げた兵士も、すごすごバイアスシティに戻ってきている。 そうではない奴も、ゴリラのCユニットは此方で遠隔操作できるからな。 無理矢理此方に戻している。 他の兵士達を連れて、バイアスシティに戻れ。 その間の護衛をお前に指示する」

「し、しかしカリョストロ……様は」

「恐らく俺が見たところ、今のレナとその周辺にいる戦力とカリョストロは互角という所だろう」

これ以上戦力を失う訳にはいかない。

防御線で、完璧すぎる布陣を造り。

故に足下を崩された責任はカリョストロにある。

ならば責任をとらせろ。

そうテッドブロイラー様は言うのだった。

背筋に寒気が走る。

確かに同じ四天王といえども、テッドブロイラー様の方が遙かにカリョストロよりも格上である。

そも四天王というカテゴリがおかしい。

現状の権力を見る限り、バイアスグラップラーはテッドブロイラー様が事実上仕切っているも同じ。その上に更なる支配者がいるようだけれども、指揮を執っているのはテッドブロイラー様だ。

だが、だからといって。

テッドブロイラー様が此処まで形式上の同僚に冷酷だとは、思わなかった。

「良いな。 すぐに戻るように」

「分かりました、ザンス」

「お前達には、ノアとの決戦に参加して貰うかも知れん」

思わず息を呑む。

そうか、その時が迫っているのか。

何も返す言葉は無く。

通信を切った。

カリョストロは死ぬな。

ステピチは、カリョストロに別れの挨拶をする。カリョストロは、酒瓶をどんとテーブルに叩き付けた。

「どうしてこうなった」

「それは……」

「私の守りは完璧だったはずだ。 それが何故」

「相手が一枚上だった、それだけザンス」

ぎりぎりと、凄まじい形相にカリョストロが変わっていく。

元々この存在が人間どころか。

化け物に等しい事を、ステピチは知っている。

だが、それでも。

何とかならないかと思うのだ。

「ミー達は、テッドブロイラー様に言われて、敗残兵を率いてバイアスシティに戻らなくてはならないザンス。 これ以上の戦力を失うと、ノアとの決戦に支障をきたすから、だそうザンスよ」

「聞いていたから分かっている」

「何か、出来る事はしたいザンス。 でも……」

「いい。 だからいけ」

立ち上がるカリョストロ。

そして、ダムからは、我も我もと兵士が逃げ出し始める。

兵力では勝っている。

殴り合っても、やりようによっては勝てる。

それなのに、完全に飲まれてしまっている。

この辺り、雑兵であるが故だ。

情けない話だが。

レナはこの辺りの心理を完璧に知り尽くしている。

だからこそ、こういうことが出来る。

出口で右往左往している兵士達の前で。

ステピチは手を叩いた。

「さあ、皆。 テッドブロイラー様が戻るように指示しているザンス。 見苦しくないように、車列を組んで、バイアスシティに戻るザンスよ」

安心したように顔を見合わせるチンピラども。

だが、此奴らの何人かは。

テッドブロイラー様に丸焼きにされるだろう。

あの人は、無能を許さない。

ましてや、ゴリラで逃げていった兵士は。Cユニットの遠隔操作で無理矢理バイアスシティに連れ戻され。

其処で丸焼きにされる運命を不可避だ。

「兄貴ー。 何とかならないかなー。 テッドブロイラー様、きっとすっごく怒ってると思う」

「どうにも……ならないザンス」

カリョストロはあんな状態。

此処は陥落する。

ステピチには、もはやその未来が見えていた。

 

ダムの上から、敵が撤退していく。

恐らく、カリョストロだけが残っていると見て良いだろう。或いは、その親衛隊も残るかも知れないが。

しかしながら。これで勝負が出来る。

ダムに接舷。

ダムの上を完全に制圧。

そして、中に入り込む。

そこそこに広い通路があるが。

背はそれほど高くない。

何より、この閉鎖空間だ。

精鋭を連れて行くべきだろう。

「私がゲパルトに乗る。 ケン、ウルフを。 アクセル、レオパルドを頼む。 それと、ポチ、ついてこい」

他のメンバーは、指揮をビイハブ船長に任せ。

ダムの上の制圧を続けるように指示。

もしもの時には、伝令として、ミシカに来て貰う。

伝令を任せるというと、ミシカは小首をかしげたが。

咳払いして説明。

「お前だったら、単純な戦闘力も高いし、バイクを使っての機動戦も出来るだろう」

「カレンやリンは連れていかないのか?」

「外の様子が気になる。 あっさり敵が引いたのが何ともな」

「自分の作戦が上手く行ったのに、慢心しないんだな」

ミシカが呆れたように帽子を下げる。

私は、慢心したら死ぬ世界に生きてきたのだ。

そんな事はしない。

咳払いして、後は任せるとビイハブ船長に次げ。

そのまま、三機の戦車で奥に。ポチはゲパルトの上に乗った。

奥は静まりかえっていて。

人の気配もない。

中に進んでいくと。

やがて、広い空間に出た。

其処には。一機の戦車。

それも、超大型のものが鎮座していて。

その上には、腕組みした。

古い時代のコミックに出てきそうな、ヒーローのような男が立ち尽くしていた。

一目で理解する。

此奴がカリョストロだ。

砲塔から顔を出し。

気配を確認。

戦闘力もスカンクスとは段違いとみた。

これは、賞金額75000Gというのは、過小評価かも知れない。

「お前がカリョストロだな」

「いかにも。 私がバイアスグラップラー随一の紳士、カリョストロだ」

「ほう。 紳士があんな外道集団に所属しているのか。 笑わせてくれる話だな」

「どのような組織にいても、紳士は紳士。 私は紳士としての道を究めようとしているだけだ」

そんな道があるのか。

だが、どうでもいい。

「お前は紳士では無い」

「そうか。 何故だ」

「イスラポルト近辺でのバイアスグラップラーの狼藉の数々、私は全て見てきた。 いずれも弱者を虐げ、自分だけで富を独占し、邪悪のままに振る舞う者を好き勝手にさせるばかりだった。 そのような事を見過ごす者を、紳士などとは言わない。 それに貴様のその姿、フェイクだな」

「ふふふ、面白いお嬢さんだ」

カリョストロは余裕を崩さない。

流石にスカンクスとは格が違うか。

これだけ挑発しても乗ってこないとは。

だが、それはそれで別に構わない。

此奴自身も。

紳士を自称しているだけで。

実際に自分がそうだとは、思っているとは思えなかった。

「さあ来るが良い。 バイアスグラップラー四天王第三位、カリョストロ! そしてこの愛車カリョバトラーがお相手いたそう!」

「良いだろう。 バイアスグラップラーを皆殺しにする者、この私レナが貴様の首を叩き落とす!」

砲塔に引っ込むと。

私は攻撃開始を告げた。

 

凄まじいミサイルと主砲の乱射。

部屋全体が硝煙に包まれ。

音の凄まじい反響で。

部屋が崩れるかと思える程。

だが、乱射が収まった後。

カリョバトラーとやらは、まだまだ健在。

あのレオパルドのミサイルをこれだけ食らっても平然としているとは、流石と言うべきか何なのか。

大した物だ。

恐らく、防御に特化した戦車なのだろう。

それよりも、である。

カリョストロはそのカリョバトラーの上に乗っているし。

少なからず直撃弾を浴びているにも関わらず、平然としている。

やはり、ただ者では無いか。

集中攻撃を続けるが。

その時、カリョバトラーが反撃に転じる。

いきなり閃光が、その場を支配した。

「!」

センサー類が、アラートを鳴らす。

なるほど。こういう類の、いわゆる電子線やジャミングに特化した機体か。

しかも、である。

エネルギーを貯めている様子のカリョストロ。

ばさりとマントを翻すと。

凄まじい量のエネルギービームが、周囲を埋め尽くした。

何ら戦車砲と変わらない火力。ポチが吹っ飛ぶのがモニタに映った。

「名付けてカリョフラッシュ」

「戦車に引き続き攻撃を集中!」

主砲が次々着弾するが、カリョバトラーとやらはまるで平然としている。凄まじい防御性能だ。

流石に四天王が乗る戦車。

大破壊直前のもので。しかも、相当なカスタマイズがされていると見て良いだろう。

防御特化となると、これほど頑強になるのか。

しかも、カリョストロは妙だ。

これだけ直撃弾を浴びていながら、傷一つ受けていない。戦車の砲塔に乗るという自殺志願者としか思えない状態なのに。

頑強なのか。

それとも。

違うと私は判断している。だからまずは戦車を壊しに行っているのだ。

だが、それもおかしい。

どうやら前提からして間違っていると判断するべきだろう。

あの戦車は堅いのではないのかも知れない。

「セメント弾」

Cユニットに告げる。

攻撃を続けている他には何も指示せず。主砲に込めているセメント弾を、ぶち込む。前にカミカゼキング戦で作ったセメント弾はまだ余っているし、弾倉に入れていたのである。

その結果。

やはり、想像通りというか。

いや、想像を超えたというか。

あまりにも奇怪な現象が起こった。

ぶち込んだセメント弾は、カリョバトラーとやらの表面で拡がること無く。溶けるように消えたのである。

やはり、そうか。

妙だとは思っていたのだ。

徹甲弾や榴弾も散々ぶち込んでいたのに。

まるで装甲が壊れる様子が無い。

如何に頑強に特化した戦車だとしても、おかしすぎる。

ノアが繰り出してくる陸上要塞級の戦車でも、此処まで頑強ではないはずだ。それならば、なぜ此奴は四天王第三位などしている。

「ナパーム弾」

Cユニットに告げる。

要するに、敵を炎上させるガソリン入りの弾頭だ。

これも前に作ったが。

弾倉にそのまま詰め込んで、使用機会がなかった。

激しい攻撃を浴びせる中、混ぜ込んだナパーム弾が。

余裕綽々で、二度目のカリョフラッシュを放とうとしていたカリョストロの真下。カリョバトラーを直撃した。

そして、爆発炎上などせず。

カリョバトラーが、いきなり炎上し始める。

それと同時に。

カリョストロが、悲鳴を上げる。

「なっ! ぎゃああああああっ!」

「皆もナパーム弾を叩き込め!」

砲塔から顔を出すと、私は叫ぶ。

カリョストロ自身も炎上していることで、確認は得られた。

これは間違いない。

カリョストロのあの下の戦車は、戦車などではない。

生き物。

それも、カリョストロの一部だ。

攻撃が効いていなかったのは、相手が堅かったからではない。

柔らかかったから。

攻撃の弾幕がそれを見えにくくしていただけで。

恐らく全てを柔らかく受け流していたのだろう。

だからこそ、榴弾も徹甲弾も通じなかった。

しかし、セメント弾を取り込んだことでカラクリが溶けた。それならナパーム弾が、やはり効果が大きかった。

カリョストロが、全身炎上しながら、それでもカリョフラッシュを放ってくる。

全クルマ、強烈な圧に押されて、ずり下がり。

相当にタイルを持って行かれる。

だが、今までとは違う。

皆、それぞれ、手を変えはじめた。

アクセルはナパーム弾を。

ケンは砲塔から顔を出すと、主砲による攻撃に織り交ぜて、手榴弾を投擲し始める。それの中には、火炎瓶も混ざっている。

私はCユニットに指示を出し、行動を任せると。

砲塔を飛び出し。

マリアの剣を抜いた。

カリョストロが、凄まじい形相を浮かべる。

ヒーロー然とした姿も、少しずつ歪み始める。

この様子だと此奴。

今まで見つからなかったのも道理だ。

多分私の予想では。

此奴に決まった姿なんて無いのだろうから。

それは何処にでも侵入し放題だろう。

「おのれ、このまま好き勝手させるか!」

不意に、カリョバトラーが消える。

私は、見た。

一瞬で、カリョストロが。

それを取り込んで、地面に降りるのを。

やはり戦車なんて、其処には無く。

柔らかく攻撃を受け流していただけ、という事だ。

そしてカリョストロは、いきなりその姿を、タキシード姿に変えていた。

すうと息を吸い込むカリョストロ。

私がヘッドギアをつけるのを見て、皆が倣ってくれたと信じたいが。

だが、相手の攻撃は、それを凌いでいた。

スカンクスや幼ラグナ=ロックの爆発的な音波とは違って。

此奴のは、高音すぎて脳をダイレクトに揺らしに来る。

思わず、膝を突きそうになる。

そして、私の前に。

なんと今度は全身タイツ姿になったカリョストロが、音もなく立ち、攻撃の態勢に入っていた。

ぬるりと。

おぞましい動きを放つカリョストロ。

それはカレンの拳法にも似ていたが。

むしろ、舞踊か何かに思えた。

数発のクリーンヒット。

受け身をとるのが精一杯。

壁に叩き付けられ、意識が飛びかける。

皆、距離をとりながら、必死に射撃を浴びせかけるが。

カリョストロは、その全てを平然と受け止めている。有効打になっているのは、さっきのナパームや、火炎瓶だけ。

私は必死に意識を戻しながら。

カリョストロを見ようと、顔を上げる。

そして、確信する。

此奴はもはや生物でさえないと。

不意に、カリョストロが、炎の松明となる。

ずっと黙っていたポチが、至近から火炎放射器で。獄炎を浴びせたのだ。

火炎放射器というのは、ガソリンを噴射して、着火する装置。

その火力は。

それこそ、家など瞬時に焼き尽くす程である。

野砲だけではなく、最近では冷凍砲や火炎放射器に切り替えられる装備も渡してあるのだが。

まさかこれが初お目見えになるとは。

「おのれ、この畜生めが!」

満身創痍のポチを蹴ろうとするカリョストロに。

ウルフが突貫。

砲塔を逆向きにしたまま、突撃して、カリョストロを壁に押しつける。凄まじい勢いで、壁に激突。

普通だったら真っ二つだろうが。

炎上しながらも、カリョストロはずるりと抜けてみせる。

レオパルドがウルフを巻き込みながら、大量のミサイルを浴びせるが。

それでも、カリョストロは原形を保ったまま。

だが。

煙が晴れたその時、私が至近に。

ハンドキャノンをぶち込む。

ぬるりと動いたカリョストロが、ハンドキャノンを受け流すが。

その時には既に。

私はハンドキャノンを放り捨て。

流れるように、斬撃に移行していた。

切り裂いた一撃が。

カリョストロの両足を、切断する。

「だが効かない!」

「だろうな」

カリョストロが、跳躍。

足を捨てて。

そして、すぐに新しい足が生えてくる。

その時に、触手のようなものが、瞬時に足を構成するのを私は見た。

なるほど、そういう仕組みか。

此奴は恐らく、あのスクラヴードゥーと似たような仕組みの存在。

生物でありながらもはや生物ではなく。

決まった形さえもない。

此奴全てがカリョストロであり。

人間型をとりながら、戦車の形もとることが出来る。

そして、ガソリンの超高熱でさえ。

その細胞を焼き切れない。

ウルフがバック。

その突撃を回避してみせるカリョストロ。

舐めているのか、今度は闘牛士の格好になっていた。

それだけではない。

ゲパルトの対空砲速射を、残像を作ってかわしながら、けらけらと笑ってみせる。

余裕がなくなったのか。

本性を現したからか。

徐々に言動に素が出始めてきている。

だがそれこそ。

待ちに待ったつけいる隙だ。

ポチが吠える。

私は、頷くこともなく。

横滑りに跳躍しながら、剣を抜き打ち。

地面から飛び出してきた針。

つまり、さっきカリョストロが分離した体の一部が、地面と擬態して此処まで迫ってきていたものを。

両断していた。

流石にそれで、その一部分は、炭化して消えていく。

「面白い。 流石はあのマリアに育てられただけのことはある」

「貴様らが……その名をを騙るなあああああっ!」

私は加速。

ゲパルトの速射をかわし続けているカリョストロに突貫。

カリョストロは全身タイツに変わると。

またさっきの。

舞踊のような、異常な動きを見せ始めるが。

一度見た技だ。

至近距離で、不意に真上に跳躍。

カリョストロが愕然としたところに。

ウルフが主砲をぶち込んでいた。

今度は、効く。

それはそうだ。

斬撃と射撃では攻撃の性質がまるで違う。

私をさっきの変な舞踏で吹っ飛ばしつつ、仮に斬撃を受けても平気な体勢をとろうとしたのだろうが。

そうはいかない。

ケンがタイミングを合わせてくれた。

天井を蹴ると、逆落としに、体に大穴を開けて愕然としているカリョストロに、急降下斬撃を叩き込む。

有効だ。

全身がまだ炎上しているカリョストロが、聞き苦しいもはや何だか分からない絶叫を挙げていた。

「おのれええええっ!」

「アクセル!」

「おおっ!」

レオパルドが、全武器発射。

爆裂した無数のミサイル。

カリョストロが、それを受けきれる筈がない。

全身が爆裂し、煙の中に消えていくのが見える。

そして、煙が消えた後。

カリョストロは、わざとらしく倒れていたが。容赦なく私がマリアの拳銃を抜き、数発を叩き込むと。

けたけた笑い始めた。

その全身が、膨張していく。

巨大な肉塊。

無数の目。

この部屋を、まるごと押しつぶさんばかりの勢いで。

「この姿は出来るだけ見せたくなかったのですがねえ。 それも止む得ないと判断しましたよ。 認めよう! 貴様があの最強のハンター、マリアの後継者だと!」

「薄汚い化け物に認められても嬉しくも何ともない」

「ハッ! 貴方も復讐という怪物に捕らわれた化け物でありましょう!?」

言ってくれる。

一斉に、全身から触手を放つカリョストロ。

ビームも、節操なく四方八方に繰り出してくる。

だが、こうなった以上。

もはや敵も、背水の陣。

防御など考えていないはずだ。

攻撃。

私が叫ぶと、

全クルマ、総火力での攻撃を開始。

私もクルマを盾にしながら、対物ライフルで、一つずつ目を狙撃する。

笑いながら、カリョストロは更に膨張。

目を一つや二つ潰されても、何ともないとばかりに、触手を振るい。

なんと一撃でウルフを押し戻し。

ゲパルトに至っては横転させた。

強い。

流石に四天王第三位か。

だが。

触手の一本を、斬り伏せる。

再生してこない。

つまり、今の形態は。

どのような手を使ってでも、此方を葬り去るつもりのもの。

攻撃に全振りしている。

最大の好機だ。

ポチが突貫。

今度は冷気弾を浴びせるが。

触手は凍っても平然と動いている。

だが、其処に私がハンドキャノンを拾って、一撃をぶち込むと。触手は粉々に打ち砕かれた。

体中に口を作るカリョストロ。

音波が、来る。

きんと、凄まじい音がして。

思わず膝を突く。

ポチもキャンと一声悲鳴を上げると、蹲って動けなくなる。

私も、そろそろ限界。

戦車の中のケンとアクセルも、恐らく同様の状態の筈だ。

外は外で、今は最大級の警戒をしていなければならない状態。

此処で、決着を付けるしかない。

ドーピング薬をぶち込む。

カリョストロは、笑う。

「ハハッ! その程度で、私に及ぶか!」

「そうだろうな。 だが、これならどうだ」

一撃で決める。

そうしないと、私の体が自壊する。

この間、マダムマッスルが見せた技。

カレンに聞いたところ。

思い当たる節があるという。

古い時代に、拳法が存在したが。

その奥義に、全身の肉体能力を爆発的に引き出し、その代わり自爆覚悟で短期決戦を挑むものがあったという。

使う方法についても。

断片的に知っていた。

私も、マダムマッスルの様子を見て、大体の想像はついていた。

練習もしていた。

そして、ほんの一瞬なら、出来る事も確認した。

要は。脳のリミッターを完全に外すのだ。

大破壊前の人間では、所詮は一部の達人にしか出来ない事だった。それも、現実的な技ではなかった。

だが、今の人類なら。

そして、多くの戦闘を経験してきた今なら。

出来る。

大きく息を吸い込むと。

私はドーピングで無理矢理全力を引きだした状態に加え。

脳のリミッターを解除。

限定的にしか出来ない。

だが、それでも。

一瞬で充分。

カリョストロは、何が起きたか分からなかっただろう。

一瞬にして、全身に切れ目が入り。

そして、触手の全てが吹っ飛んだ。

見えている眼球も。

全て両断、或いは十字に切断。

同時に私は、剣を鞘に収めると同時に、盛大に吐血していた。

動けない。

これほどか、フィードバックダメージは、

だが、カリョストロも。

文字通り、全身をバラバラに切り刻まれた直後だ。

愕然としたまま、身動きできずにいる。

其処へ、全クルマ。それにポチが。

残りの全弾を叩き込む。

もはや避ける方法も無い。

更に、最後のナパームが、とどめとなった。

恐らくコアも、何かしらの攻撃が貫いたのだろう。

完全に吹っ飛んだカリョストロは。

これ以上再生も。

巨大化も出来なかった。

其処には、ただ。

元人間かさえも疑わしい肉塊の山が。燃えながら、朽ちていく姿だけがあった。

 

4、苦い勝利の宴

 

目を覚ます。

どうやらバスの中らしい。

ネメシス号で、一度イスラポルトに向かっている途中だと、聞かされる。そして、ようやく。

側にいるのが、フロレンスだと分かってきた。

「脳のリミッターを、無理矢理外しましたね」

「他に奴を倒す手が見つからなかった」

「分かっています。 しかし貴方の寿命、これで一年は縮みましたよ」

「本望だ」

バイアスグラップラーを倒すまでもてばいい。

多分、レベルメタフィンを入れれば、更に体は無茶苦茶になるだろう。

それでもいっこうに構わない。

丸一日ほど、気を失っていたという。

ダムは完全制圧。

イスラポルト近辺から。

バイアスグラップラーの勢力は、一掃された。

フロレンスが脈をとる。

あまり良い状態ではないのだろう。

無理矢理薬で全能力を引き出した上に。

脳のリミッターを外したのだ。

一瞬とは言え。

体に掛かった負担は、それこそ尋常では無かったのだろう。

カリョストロの死骸に関しては。

燃え尽きた後、骨に戻ったという。

ただ、これをカリョストロと証明する手段がない。

ダムを陥落させ。

そしてそこにいたバイアスグラップラーを統率していた。

それと、今までの実績。

更に、である。

カリョストロの部屋に飾られていたマント。

極めて強靱で、まるで生きているかのような滑らかさと。触ったときの柔らかな感触が。極上品だと分かるという。

更に、マイクも渡された。

指向性を持つ強力な音波を放つもので。

カリョストロの残骸の側に落ちていたそうである。

これも使うように、と渡された。

「あのカリョストロの動き、取り込んでみたいな。 人間でもあれは再現できる筈だ」

「……このままだと貴方は死にます」

「分かっている。 だからレベルメタフィンを探す」

「そんなものを体に入れたら……!」

フロレンスは珍しく声に怒気を含ませたが。

私は自分の命に執着なんてしていない。

それを知っているからか。

もう何も言わなかった。

イスラポルトにつく。

ハンターズオフィスでも、一連の戦闘での状況と。何よりも、ダムが完全制圧されたことは確認していたらしい。

カリョストロの残骸を引き取り。

賞金、75000Gを支給してくれた。

正直安いかなと思ったが。

スカンクスが50000Gで。

得体が知れない実力者だったカリョストロだ。スカンクスより上位の四天王という事で、それ以上の評価はしようがない。

これくらいが妥当かも知れない。

数日は休むように言われ。

私はネメシス号の中で休養をとる。

全身が痛い。

脳のリミッターを一瞬外すだけでこれか。

まだ四天王は二人。

しかも残りは更に強い。

一体はブルフロッグ。

此奴についても、よく分からない点が多いと聞いている。

かといって、幾つもの街を滅ぼしている訳では無い。

だから賞金額は90000G。

実際の顔は見ていないのだ。

どういう奴かは、戦って見るまで分からない。

しばしぼんやりしていると。

見慣れない老婆が、姿を見せる。

「誰だ……」

「ありがとうよ。 助けてくれて」

「! さてはエバ博士か」

「ああ。 生きて彼処を出られるとは思わなかったがね」

身を起こそうとして。

フロレンスに止められる。

そして、エバ博士は、私の体を見て、目尻を拭った。

「酷い有様だ。 私も若者がこんなになるまで勝てないような化け物を作るのに荷担し続けてしまった」

「一つ聞きたい。 どうしてバイアスグラップラーに荷担していた」

「生まれたときから、奴らの施設にいたからだよ。 それだけ長い歴史のある組織なのさ、あそこは。 私達は、奴らが保有している遺伝子の中から、優秀なものを掛け合わせて作り出された一種の強化人間でね。 バイアスグラップラーに生まれながらに仕え、死ぬまで技術を開発していくことを強要されていたんだよ」

それでは、責めようが無いか。

むしろ、それでもバイアスグラップラーに反旗を翻したことを評価するべきだろう。

「本当にすまないね」

「謝罪はいい。 それよりも、聞きたいことが幾つもある」

頷くエバ博士。

このアドバンテージは大きい。

内部情報を知るエバ博士を手に入れた今。

私はある意味。

本当の意味で。

バイアスグラップラーと、正面からやり合えるようになったとも言えた。

 

(続)