傲慢なる女王

 

序、ホロビの森へ

 

イスラポルトにゲパルトを連れて戻った私は、予定通り帰港していたネメシス号に乗り込み、一旦沖合に。

外の見張りは犬たちに任せ。

更にCユニットの警戒システムを起動し。

今後の話し合いに入る。

新しく加わった早苗と山藤を紹介。

道中で二人に話を聞いたが。

恋人同士どころか、双子だそうである。

二卵性双生児という奴だ。

此処まで似ていない双子もあまりいないような気がするのだが。

それはそれとして、兎も角仕事ぶりを見ている限りは、現時点では問題ない。

早苗の方は、Cユニットの操作を一通り習っていたが。

これはあのババアの側近の一族に産まれたからで。

タイシャーの街にあるクルマの操作をする機会があり。それからも、たびたび自主練していたから、だとか。

もっとも、既に両親ともに生存していないらしい。

これは、あの幼ラグナ=ロックに喰われたことが原因だそうである。

それでか。

あの街に見切りをつけ。

そして、奴を倒した私達についていこうと決めたのは。

山藤の方は、やっぱりレスラーの方に適正がありそうだが。

しかしながら、実力はカレンに遠く及ばない。

戦闘力と言うよりも、経験が足りないのだ。

しばらくは様子見をしながら。

戦いに加わって貰う事になるだろう。

ただ実戦経験は兎も角、体はしっかり作っているようなので。

すぐに前線に出られるだろう。

ビイハブ船長に、まず確認する。

「この海で、人が入れそうにない場所はありますか」

「あるにはある。 この船でも、出来れば行きたくない海域だ」

「詳しく」

頷くと、ビイハブ船長は海図を拡げる。

まず、海の北西。

この辺りは、海流が非常に激しく、暗礁も多い。

そのため、出来るだけ用が無い場合は近寄らないようにする、というのが船乗り達の暗黙のルールだそうである。

もう一つは、海の東側。その端。

此処はバイアスグラップラーの巨大軍事拠点があり。

非常に入り組んだ地形と言うこともあって、出来れば近寄らない方が良いそうだ。

なるほど。

信用はあまりしていなかったが、エバ博士という人物からの言づてからも一致する。此処にカリョストロがいる可能性は否定出来ない。

頷くと、他にも無いか確認。

確認すると、色々と情報が出てくる。

まず、海の南側。

朽ち果てたホテルがあると言う。

ホテルというのは、昔宿泊施設として使われていた建物のことだが。

大破壊の後には、そんなものを使う余裕がある人間などいるわけもなく。

放置され、そして今はモンスターの巣、ということだ。

「近寄る意味もないし、クルマで入る事も出来ない。 しかも、此処にはかなり面倒な賞金首が出ると言う話だ」

「面倒とは?」

「姿が見えないらしい。 幽霊と噂するものもいる」

聞いた事がある。

確か金輪際ゴースト。

そういう賞金首がいる筈だ。

賞金額は、それほどの危険性もないと言うこともあって、4000Gと低めだが。ホテルに入った人間が、何度となく襲撃されているという事である。

得体が知れないのでゴーストと言われてはいるが。

正体はよく分かっていないそうである。

まあ、ゾンビがたくさん徘徊する世界だ。

ゴーストが出てきてもおかしくは無いだろうが。

それにしても、よく分からない話ではある。

「グロウィンという怪物について、聞き覚えは」

「あるにはあるが、遭遇例が殆ど無いという話でな。 情報が殆どない以上、此処だと断言はできないが……」

少し考え込んだ後。

船長は、海図の何カ所かに丸をつける。

「遭遇例がないと言う事は、航路上には出ないと言うこと。 他の賞金首と出現位置が被らないという事。 この二つを満たしている、ということだろう。 更に言えば、常時移動していると見て良いだろうな」

「なるほど。 この丸の辺りを重点的に調べれば、見つかるかも知れないともいえるわけですね」

「そうなる」

頷く。

それでは、海の方については、一旦後回しだ。

次に必要なのは、重要な情報が入った事に対するアクションの決定である。

ホロビの森に、バイアスグラップラーが戦力を集中している。

どうやらハンターがそろって帰らなかったのは。

此処に入り込んだ所を、スクラヴードゥーやバイアスグラップラーの重戦車部隊に襲われたから、らしい。

ホロビの森近辺にはカミカゼキングという賞金首が出るのだけれども。

此奴については、逃げ足が速いだけで、それほど危険と言う事もないらしい。

つまり、本格的な戦車部隊を相手にやり合う実力を備えた部隊が必要になる。そういう事だ。

アクセルに話を振る。

「ゲパルトの強化だが」

「ミサイルを搭載して、強化はするけれども、やはり売りはこの対空砲だな。 水平射撃で、小型の戦車砲並みの火力を速射できるぜ。 生半可な装甲タイルだったら、あっという間に剥がせるはずだ」

「しかも対空にも強いと」

「空のモンスターはゲパルトに任せても良いし、空に敵がいない場合は水平射撃も出来るしな。 かなり優秀と見て良い」

改造を任せて良いかと言うと。

アクセルは嬉しそうに頷いた。

これはこれでいい。次。

イスラポルト東の地図を拡げる。

この港町の南は、すぐに川になっているのだけれど、それに沿ってバイアスグラップラーの強力な軍事拠点が幾つか。

そして、東の方にあるホロビの森の中には。

最近バイアスグラップラーと連携をしていると言う噂があると言うマダムマッスルが潜んでいるという話が出てきている。

ホロビの森で手練れが何人も失踪した、という事。

更にイスラポルトに居座っていたバイアスグラップラーどもが、姿を消したこと。

それらが重なって。

更に、私が発電所やタイシャーでの問題を解決したことにより。

ハンターズオフィスが注力し。

どうやらその情報を引っ張り出したらしい。

私としては、もっと早くにそう動くべきだったのでは無いか、と思うのだが。しかしながら、イスラポルト近辺の状況のまずさ。

更に、手練れでも油断できない賞金首がボロボロ現れる事。

それらを考慮すると。

どうしても、仕方が無い部分はあるのだろう。

「ホロビの森に威力偵察に向かう」

「現在の陣容で大丈夫か?」

「それについては考えがある」

カレンに対して、顎をしゃくる。

ビイハブ船長が、頷いた。

「ネメシス号を武装する事に決めた。 バギーも持っていって大丈夫だ」

「船長一人で、ネメシス号を守る、という事ですか」

「そうなる」

カレンも、私に合わせて、ビイハブ船長には敬語を使うようになってくれている。

既に、この間発電所で鹵獲した主砲などで、この船を武装する装備は調えている。賞金首級のモンスターにかちあわなければ大丈夫な筈だ。

トータルタートルを沈め、カジキエフが乱獲されている今。

恐らくは、だが。

150ミリ砲二門。シーハンター二つ。更に対空迎撃のパトリオットを搭載した上に、甲板に上がって来たモンスターを掃射する機銃を十門ほど備えたネメシス号に、手出しできるモンスターはいないだろう。

仮にそれで倒し切れなくても、ビイハブ船長の腕前なら、簡単に遅れを取る事は無い筈である。

「お任せします」

「うむ……」

早苗にバギーを任せる。

機銃と150ミリしか積んでいないが、そもそもその程度の積載性能しかない車両である。

しばらくはこれに乗って貰って、様子見だ。

また、今後はウルフをケンに。レオパルドをアクセルに。そしてゲパルトをフロレンスに、装甲車をリンに。それぞれ任せる。

というのも、ゲパルトは基本的に隊列中央に置くために、生存率が高く。

最後まで絶対に生きていなければならないフロレンスが乗るには最適だ。

バスをカレンに任せ。

私とミシカは外に。

戦闘要員として、山藤にはバスで待機して貰う。

犬たちもである。

当面は、この陣容で行く。

そう説明すると。

皆、文句は無さそうで、頷いてくれた。

その内早苗の実力が充分と判断したら。

乗るクルマを換えてもらうかも知れないが。

それはまだ先の話。

信用し切れていない現状では。

まずは一番弱いクルマから、というのが安牌である。

裏切られた場合に備えるためだ。

勿論早苗と山藤も、まずは実績を上げるところからやって貰う、という事については。先に告げている。

元々無理を言ってついてきているのだ。

二人とも、不満はないだろう。

リンが挙手。

「イスラポルト東というか、ホロビの森の威力偵察が終わった後、どうします?」

「出来ればそのままマダムマッスルを仕留める」

「賞金額50000G。 スカンクスと同額です。 かなり手強いと思われますが」

「そうだろうな」

だが、どうにもそうとは思えない。

というのも、ホロビの森周辺では、ハンターズオフィスの話によると、同じ姿の女達が姿を見せるという。

これが、かなり凶悪な集団らしく。

トレーダーだろうが何だろうが関係無く襲撃し。

誘拐していくそうだ。

それだけではない。

イスラポルトなどで存在している奴隷商などともつながりがあり。

若い人間を奴隷として購入しても行くと言う。

つまり。

バイアスグラップラーと同レベルの事をしている、と言うわけである。

放置はしておけないだろう。

「敵の強みは、恐らく組織力だ。 現時点で重戦車二機、更にゲパルト。 今回は防衛力特化のバスに加えて、更に装甲車とバギーも出す。 これに私とミシカ、犬たちが周囲を固める。 今までのハンター達とは訳が違う。 敵も総力を挙げて出てくるだろうから、その実力を見る事が出来るだろう」

「……」

フロレンスが腕組みした。

それでもかなわない相手だったらどうするか、と考えているのか。

私は咳払い。

だからこその威力偵察である。

それでも無理なようなら。

戦力をハンターズオフィスに報告。

手練れのハンター達の支援を願うだけである。

「いずれにしても賞金額50000Gという評価は、その組織力込みと判断して良いだろう。 勿論油断をするつもりは微塵もないが、威力偵察をする意味は大いにあると見て良いだろうな」

不満の声は出来ない。

ミシカは完全に熟睡していた。

それを見てちょっと呆れたが。

最後に、ケンが挙手する。

「あの、良いですか」

「何だ」

「カミカゼキングとスクラヴードゥーが多数出現するとも聞いています。 もしも敵が飼い慣らしている場合は……」

「その場合は、一点突破して脱出する。 いずれにしても、引き際をわきまえて行動するのが肝要だ。 退却の場合、タイミングは私が指示する」

「分かりました」

ケンも納得する。

これで、会議は終わりだ。

解散。

海の上だから、安全面はそれほど気にしなくても良い。

ネメシス号の内部には部屋も多いし、それぞれに個室も充分用意できる状況である。

自室に皆が引き揚げて行く中。

ビイハブ船長は言う。

「ありがとうな。 タイシャーの腐れた空気を、どうにかしてくれると信じていたよ」

「いえ。 ただ、事前に知らせてくれれば良かったのですが」

「儂も直接足を運んだわけではないから確信はなかったのだが、ラグナ=ロックの討伐には友人が参加していてな。 その友人は、奴の討伐で左腕を失った」

なるほど、そういうことか。

その後きな臭い噂が流れてくれば。

確かに良い気分はしないだろう。

私に真相を確かめて貰い。

状況を改善して貰いたかった。

そういう事、と言うわけだ。

「ゲパルトも無事に手に入りましたし、良しとします。 他にも、戦車がある話については、聞いていませんか?」

「海の何処かに、大型戦車が眠っているという話はある」

「大型戦車?」

「重戦車よりも更に巨大な、あまり実用には適さないタイプの戦車だ。 古い時代の戦争で作られたものらしいが、近代化改修はされたものの、大きすぎて小回りがきかず、結局何処かの洞窟に放置されたらしい」

「……なるほど」

大きすぎる、か。

それでも、大破壊前の技術で改修されたとなると、恐らく動き回る事はできるだろうが、それでも鈍重だろう。

他には、と聞くと。

少し考え込んだ後に、ビイハブ船長は答えてくれた。

眉唾だが、と前置きした上で、である。

「旧米軍の偽装研究所が残っているという話がある。 そこにも、改修された戦車が眠っているらしい」

「それは、海に、ですか」

「そうだ。 とはいっても、そもそも荒らされていない保障は無い。 あるとしても、恐らく大破壊直前の戦車ではないだろう。 かなり古いタイプになると考えた方が良いだろうな」

「分かりました。 情報を集めてみます」

それにしても、だ。

海で生きてきたビイハブ船長でも分からないとなると。

ハンターズオフィスという巨大情報網を使わないと、どうにもならないだろう。

一晩はぐっすり休む。

この間話したが。

私は相当に無理をしている。

30までは生きられない。

その事実には、恐らく代わりは無い。

更に言えば。

無理をしている以上。

体がいつ壊れてもおかしくは無いはずだ。

レベルメタフィンは、出来るだけ早めに入手したい。

ホロビの森を攻略したら。

今度は、海に出て。

いよいよ、禁断の秘薬を探すべき時だった。

 

1、駆除計画

 

森と言っても、それは枯れ木ばかりの土地。

モンスターもかなりいるが。

殆ど生物系はおらず。

機械系統ばかりだった。

残骸も目立つ。

此処は難所として知られる分、ハンターもかなり入り込んでくるのだ。その結果、血みどろの戦闘がしょっちゅう行われる。

まずは、北の方から調べていくが。

枯れ果てた森が何処までも拡がっているだけで。

特にこれと言ったものはない。

ミシカが、バイクの上で退屈そうにしている。

私も、気を張り続けるのが、面倒くさくなりはじめた。

だが、それが命取りだと思い直し、ミシカに声を掛ける。

「カミカゼキングは、凄まじい速度で走ってくると聞いている。 油断はするな」

「分かってる。 だけれど、本当に何も出てこないな。 どうして此処に入ったハンターが、生きて帰れないんだ?」

「……何ともいえん」

視線や殺気も感じない。

勿論小物のモンスターは時々仕掛けてくるが。

そもそも近づく前に、機銃で打ち据えて叩き潰してしまう。

死体の処理もすぐに済ませて、バスに乗せる。

この際に、早苗と山藤には、やり方をリンやカレンから指示して貰った。二人とも、モチベが高いからか。

飲み込みはかなり早い。

すぐに覚えていく。

ケンは。もうこういった作業は一人で出来るようになっているので。

今は必要な時だけ手伝わせる。

むしろケンは、これから操車技術や判断について。

経験を積むタイミングだと考えている。

「止まれ」

全クルマ停止。

私は双眼鏡を取り出すと。

前方にあるゴミの山を見る。

枯れ木の森の中。

ゴミの山が出来ているのは、あまり自然な光景ではない。

嫌な予感がする。

周囲を双眼鏡で確認。

そうすると。

今まで無かったゴミの山が、後方にも出来ていた。

どうやら、予感が的中した様子だ。

「恐らくスクラヴードゥーだな」

全員が緊張するのが分かった。

賞金首級の実力を持つ強力なモンスター。ゴミの山という主体性の無い巨体が故に弱点も突きにくく。

更に攻撃が苛烈なため、兎に角嫌われている。

正体は、ゴミの山の中に住み着いているノアのモンスターらしいのだが。

それ故に、ゴミの山全体を爆破する位の火力が必要になるし。

何より元がゴミの山なので。

倒したところで旨みが小さい。

勿論貴重な資源や素材が手に入る可能性はあるにはあるが。

それも毎回、と言うわけにはいかないだろう。

西側にいるミシカが警告してくる。

「こっちにも来たぞ!」

「合計三体か」

面倒だな。

素早く計算すると、私は指示を飛ばす。

「フォーメーションをBに変更! 全速力で西に抜ける!」

どうせこの様子では、東西南北は既に囲まれているだろう。それなら一気に一点を突破して、抜けるだけだ。

追撃を掛けてくるようなら、様子を見ながら各個撃破。

もしくは逃げる。

レオパルドが最後尾から最前列に来て、ウルフと並び。

バスが最後尾に。

左右を私とミシカが。

中央に、バギー。左を装甲車、右をゲパルトが固める。

隊列を組み替えるまで十五秒。

同時に、敵も動き始めた。

ゴミ山が盛り上がる。

それは、腐った体の巨人にも思える、異形の姿。

それが合計四体、四方から迫ってくる。

思った以上に早い。

だが、此方は決断している。

「突貫!」

西側のスクラヴードゥーに、全クルマ突撃。

主砲からの攻撃。更にミサイルを叩き込む。

ゴミの山とは言え、所詮はゴミ。

圧倒的な面制圧火力に晒されれば、一気にその大半が消し飛ぶ。更に、吹っ飛んだ表皮の奥に、何か蠢いているものがあるのを確認。

私が対物ライフルでぶち抜く。

更に、同時にミシカが大型ライフルで、同じように狙撃していた。

スクラヴードゥーが、怨嗟の声を上げながら、崩れていく。

これだけの数のクルマから、飽和攻撃を叩き込んだのだ。

流石にひとたまりもない。

だが、後方の三体が、かなりのスピードで追ってくる。逃がさない、というのだろう。

ゴミの山を迂回して、そのままホロビの森を抜ける。

イスラポルトが見えてきたが、それでもスクラヴードゥーは追撃を諦めない。恐ろしいほどの執念だが。

それが命取りだ。

イスラポルトには、周辺にかなりの数の野砲が設置されている。

それの射程圏内に入ったのだ。

一斉に火を噴く銃座。

スクラヴードゥー三体は、猛射に晒されて、一気に全身を削られていく。

それでも進もうとするが。

今度は反転。

一体ずつ、飽和攻撃をあわせて、溶かしていった。

イスラポルトの迎撃火力とあわせて、四体のスクラヴードゥーが完全なゴミの山になるまで、そう時間は掛からなかった。

「危ないところでしたね」

ゲパルトから顔を出したフロレンスが言う。

私も頷いた。

なるほど。

ホロビの森に入った時点で、スクラヴードゥーは此方を捕捉していて。包囲するタイミングを狙っていた、という事なのだろう。

一度イスラポルトに入る。

スクラヴードゥーは賞金首では無いが、一体潰すごとに相応に金が入る。危険度が高いからだ。

ちなみに、死体はイスラポルトのハンターズオフィスに引き渡してしまう。

今の迎撃砲火の弾だってただでは無いのだ。

其処まで此方で独占するのは、強欲というものだろう。

ハンターズオフィスで、状況を説明。

職員は、腕組みすると、少しばかり考え込んでいた。

「ホロビの森にスクラヴードゥーが集結している、のかも知れませんね」

「ノアのモンスターだろうに、どうして人間の悪党が集結している地域に集まり始めている」

「それが故かも知れません」

「ふむ」

ノアの側としても。

強力な戦力を見過ごせないと判断。

相応の戦力を集めて、攻撃の機会を待っている、という事か。

そうなると、スクラヴードゥーは、積極的にマダムマッスルの麾下に攻撃を仕掛けている可能性もある。

しかし、逆に考えると。

スクラヴードゥーの群れと。

マダムマッスルの麾下。もしくはバイアスグラップラー麾下の軍団に、挟み撃ちを食らう可能性さえある。

コレは厄介だな。

私は思わず呟いていた。

 

補給はアクセルに任せる。

スクラヴードゥーの恐ろしさは、あれが多数群れている、という事になる。

今回は、多数の戦車で飽和攻撃を仕掛け、一瞬で潰すという方法で楽に勝てたが。多数に接近されていたら、一瞬で此方のクルマがスクラップにされていただろう。

つまり、威力偵察が命取りになりかねない。

かといって、スクラヴードゥーを全て潰そうにも。

総数が分からない。

掃討作戦をするにしても。

人手が足りない。

そもそもだ。

スクラヴードゥーを倒せるハンターは、腕利き揃いのイスラポルトでも、それほどたくさんはいないのである。

それに、だ。

奴は気配を消して忍び寄ってきた。

警戒中のCユニットでも見つけられなかった。

地中などに潜んでいたり。

或いは、ゴミの塊という利点を生かして、隠行している可能性がかなり高いと見て良いだろう。

ある意味、生半可な賞金首より厄介である。

一度、宿に全員で集まる。

皆には、情報収集を頼んでいたのだ。

いきなり、リンが爆弾を投下する。

「バイアスグラップラーの拠点、見つけましたよ」

「! 本当か」

「路地裏のチンピラを締め上げて聞き出したので間違いないと思います。 ああ、締め上げたのは私ですけれど、チンピラをのしたのはミシカさんです」

「此奴、拷問だけやりやがって。 ステゴロならアタシより強いだろうに」

むくれているミシカ。

何というか、何が起きたのかは、見なくても分かるほどだ。

リンは本当に何のメイドの修行をして来たのか。そしてメイドとは何なのか。哲学めいている。

兎に角だ、その後の話も聞く。

それによると、噂通りバイアスグラップラーの拠点はすっからかん。

機械類からなにまで、全て引き上げた後で。

その跡地(とはいっても倉庫街の一角にあるバラックだが)には、今ではホームレスが住み着いていたという。

ホームレス達も、もとバイアスグラップラーの拠点だと言う事は把握していたが。

しかしながら、地下で暮らすよりはマシと、移り住んだのだとか。

それを聞くととても複雑な気分になるが。

兎も角、本当に奴らがもうこの街にいないと言うことについては良く分かった。

カレンが疑問を呈する。

「こんな重要拠点をどうして放棄した」

「本人達を締め上げるのが早いでしょうけれど、でもホロビの森の拠点、最低でも十機以上のゴリラと、大量の野砲で武装しているという話も聞きましたよ」

「厄介だな」

ゴリラは重戦車としてはかなり弱い方だが、それでも数が揃うと脅威になる。此方だって、重戦車と呼べるのは二機しかいないし、ゲパルトはミサイルを搭載して火力を増したとは言え、敵と真正面から殴り合いをするタイプのクルマでは無い。

出来ればもう一機くらい重戦車がいれば。

ウルフやレオパルドの戦闘力から考えて、十機くらいのゴリラを相手になら、余裕で立ち回れるのだが。

相手は野砲も多数備えていると言う話だし。

スクラヴードゥーによる襲撃も考えると。

簡単には立ち回れない。

早苗が挙手する。

彼女は巫女装束というのをいつも来ているが。

これは仕事着だから、らしい。

クルマの中でも着ている。

「伝手を使って、情報を集めてみたのですが。 此処から南にある川沿いに、大きな洞窟があるそうです」

「洞窟?」

「はい。 この辺りは洞窟が複雑に入り組んでいるそうで、その入り口だとか」

待て。

ひょっとすると。

そうなると、その洞窟をバイアスグラップラーが抑えているとなると。

地下の超巨大要塞が存在して。

しかも迷路状に入り組んでいて。

敵は好き勝手な場所に、好き勝手なタイミングで姿を見せられる、という事か。

コレは厄介だ。

カレンもフロレンスも、その危険性にすぐ気づいたようだが、ミシカはどうもぴんときていない様子である。

「マダムマッスルを討伐するどころでは無いな……」

「どうします」

「まずはスクラヴードゥーからだ」

危険性は承知の上。

地図を拡げる。

ハンターズオフィスの話によると、バイアスグラップラーは現在、イスラポルト東に分かっているだけでも三カ所に強力な軍事拠点を築いている。

これらは、全て先に聞いた。ゴリラ十機前後と、大量の野砲で武装していると見て良いだろう。

これらを避け。

まずは、挟み撃ちにされるのを避ける為に。

近辺を徘徊している大量のスクラヴードゥーの駆逐作戦を実施する。

そうすれば、それだけでかなりの危険を回避できるはずだ。

その後は。

敵の拠点をつついてみて、様子を見る。

無理そうだったら、一度引き上げる。

ただ、敵も流石にスクラヴードゥーの群れを相手にしたいとは考えないはずで。軍事拠点に引きこもっている可能性がかなり高い。

そうなると、此方にも。

相応の勝機が出てくる。

敵が拠点に対して、支援を出すかは分からない。

それはつまり。

マダムマッスルの拠点を探して此方が叩き潰しに行っても、敵が援軍を出すとは限らない事を意味してもいる。

「フロレンス」

「はい」

「ケンと早苗を連れて、ハンターズオフィスに行ってくれるか。 手練れを集めて、スクラヴードゥーと、カミカゼキングの掃討作戦を実施するべきだと判断した。 このままだと、イスラポルト近辺の安全は永久に確保できないと伝えろ」

「分かりました」

フロレンスが、二人を促して、宿を出て行く。

カレンは腕組みして考え込んでいたが。

アクセルが、ぼそりという。

「ゴリラたくさん手に入ったら、それだけでかなり役立ちそうなんだけれどなあ」

「どうせ粗悪品だ。 バイアスグラップラーとの戦いの前に、それを全部一線級に仕上げる自信はあるか?」

「それはそうだけれどよ、バギーよりはマシだろ」

「そうでもないさ」

今の時代。

まともな戦車を作れる人間は、殆どいない。

バトー博士のような例外だけだ。

バイアスグラップラーはゴリラを量産しているようだが。

重戦車としては明確に弱い。

これは恐らく、デッドコピーだからだろう。

古い時代はモンキーモデルとか言ったらしいが。

性能を落とした品らしい。

元のゴリラは、ドイツのレオパルドシリーズに対抗して作られた戦車らしいので。元々のスペックがそのまま発揮されていたら。

ウルフでも簡単には撃破出来なかっただろう。

「ただ、鹵獲できたら、それをマド辺りに送って、守りに役立てて貰う手もあるな」

「何というか、戦車が可哀想なんだよ。 俺がメカニックだから、というのもあるからこんな考えが出てくるのかも知れないけどな。 性能を落としている上、あんな奴らに使われるのを見てると、なあ」

「元々戦車は殺し合いの道具だろう」

「それは百も承知だ。 だが今の時代は、ノアって脅威があるだろ」

アクセルは悲しそうだ。

この辺は、どうしてもメカニックらしい考えによる苦悩なのだろう。

私には理解出来ないが。

それを否定するつもりはなかった。

フロレンスが戻ってくる。

どうやら、ホロビの森関連はハンターズオフィスでも問題視していたらしい。スクラヴードゥーの掃討作戦については、許可してくれるという事だった。

ハンターも手練れが、二十人ほど集まってくれるらしい。

皆、大なり小なり戦車を持っているそうである。

それならば、充分だ。

腰を上げる。

この辺りを我が物顔に徘徊するゴミ山の王達を。

駆逐するときが来た。

 

現在、私が所有している戦車は、バイクも含めると、合計八機。バイク二機。ウルフ、レオパルド、ゲパルト、バス、装甲車、バギー。

これに、重戦車六機を含む合計二十機の戦車が加わり。

戦車師団を構成。

ホロビの森に進軍を開始した。

勿論、というか。

すぐに反応があった。

これほどの数の大規模戦力である。

人間を殺すためだけに存在しているノアのモンスターが、見逃す筈がない。即座に、スクラヴードゥーの群れが現れる。

それも、二匹や三匹ではない。

フォーメーションとしては、装甲の分厚い重戦車を外側に。戦術としては、火力投射して一匹ずつ叩き潰す。

ちなみに総指揮は、私では無くて。

ビイハブ船長にとって貰う。

これは幾ら立て続けに大物賞金首を倒しているとは言っても。

私は若造、ということだ。

海でずっと活躍し続け。

多くのハンターに顔なじみ。つまりコネも人望もあるビイハブ船長なら、誰もが納得するから、という采配が故だ。

なお、ネメシス号だが。

ハンターズオフィスが責任を持って、港で守ってくれている。

「敵、五、六、八、更に増えます!」

「こんな数が集まってくるのか!」

動揺の声が漏れるが。

バスで指揮を執っているビイハブ船長が、スピーカーで落ち着いた声を周囲に張り上げる。

なお、スピーカーで直接喋っているのでは無い。

指揮車両に据え付けられているマイクで喋ると。

上部に据え付けたスピーカーから、外に声が出るようになっている。

「此処にいるのは一騎当千の古強者ばかり! それに対して相手は、賞金首でさえなくなったただのがらくたの群れだ! 統率もなく、考えも無くイスラポルトの迎撃砲火に誘い混まれるような連中だ! 火力は高いが、怖れるにあたわず!」

「おおっ!」

「攻撃開始!」

「やったるぜえっ!」

誰かが叫び、主砲をぶっ放す。

ちなみに前線指揮は私がやる。

先頭で迫ってくる一匹に、火力投射。八機もの重戦車から集中砲火を浴びれば、ひとたまりもない。

一瞬で蒸発するスクラヴードゥー。

だが、味方の残骸を踏みにじるように、次々新手が現れる。

慌てず、ゆっくり後退しながら、敵を一体ずつ塵に変えていく。

敵も黙ってはいない。

反撃に、凄まじい量のゴミを。

まるで大砲の弾のように飛ばしてくる。

質量兵器というやつだ。

それぞれが、巨大な塊で。金属である事も多い。

見る間に、前衛の重戦車の装甲タイルが剥がされていく。

このゴミを投射するという攻撃が、スクラヴードゥーの最強にしてもっとも単純、更に凶悪な攻撃だ。

そして投射されたゴミは。

生きているように本体へと戻っていき。

また投射されてくるのだ。

重戦車だけではなく、軽戦車も被弾する。

単純な攻撃故に。

効果も大きいのである。

「ダメージが大きい戦車は後方に! メカニック、装甲タイルの補強を急げ!」

「敵、更に増えます!」

「アクセル!」

「応ッ!」

レオパルドに乗っているアクセルが、ミサイルを一斉射撃。

前に出ようとしていたスクラヴードゥーを、瞬時に塵に変えた。

一機の重戦車が、瞬時に強豪モンスターを塵芥に帰したのを見て、俄然周囲の士気が上がる。

火力投射が、更に熱狂的になる。

私は対物ライフルで、敵の動きを良く見ながらコアをぶち抜き。

まだ外皮が健在なスクラヴードゥーを、何回かそのままスクラップの塊に変えてみせる。その妙技に、歓心の声も上がる。

だが。

敵の物量はあまりに圧倒的。

まだまだ。

まだまだ迫ってくる。

「敵健在、10以上! 更に増援……!」

「ヤークトティーガー、下がる! 弾薬、装甲ともに限界だ!」

「IS-3、同じく限界!」

「よし、そろそろ予定通り後退! イスラポルトの火砲の範囲内に引きずり込め!」

下がりはじめた此方を見て、調子に乗ったスクラヴードゥーが、ゴミを投げようとしてくるが。

その瞬間。

ケンの乗っていたウルフの主砲が、コアを貫き。

一匹を沈黙させた。

おお。

思わず声が漏れる。

ケンもやるようになった。

私の真似をしたのだろうが。Cユニットの支援があったこと、サイゴンやUーシャークから鹵獲した強力な主砲があったこと。それらがあるとはいえ、今の一撃は見事だった。

ぞわぞわと集まってくる無数のスクラヴードゥーも、今のには流石に閉口したようだが。

その隙に側面に回り込んでいたミシカが、同じように大型ライフルでコアを打ち抜いて見せる。

敵がミシカに攻撃を集中するが。

その時には、私が敵のど真ん中に踊り込み、最後尾にいた奴のコアをぶち抜き、離脱する。

これで、完全に統制を乱した敵は。

追撃の足も鈍らせ。

更に、此方を上手に集中攻撃もできず。

各個撃破されながら、イスラポルト近辺にまでずるずる引きずり寄せられ。

そして、ついに。

備えられている火砲の射程内に入った。

ただ、乱戦が続いたこともある。

既に味方も満身創痍。

弾丸を使い果たしてなお、盾として戦場に残っているクルマも多く。決して圧倒的優勢ではなかった。

事実最前線に居続けたウルフも、既に装甲タイルは限界だ。

ビイハブ船長が、声を張り上げる。

「よし、全火砲、集中投射! 一匹も逃すな!」

一時後退していたハンターやクルマも、補給を済ませて戻ってくると、攻撃に加わる。

大量に集まって来ていたスクラヴードゥー達は、もはやアウトレンジからの一方的な火力投射に晒され、進む事も引くこともかなわず、その場で見る間に単なるスクラップに変えられていく。

私は、額を拭う。

あれだけの乱戦だ。

飛んできたゴミが、何度も体を掠めた。

携帯バリアを展開はしていたが、それも既に破られている。何カ所か、酷く傷が痛む。

まだ生きているスクラヴードゥーが、雄叫びを上げる。無理矢理突撃してこようとするが。

ハンター達が容赦なく集中攻撃を浴びせ、その場で踊るようにしてスクラヴードゥーは生きたまま解体されていった。

全滅を確認したのは、四時間程後。

ハンターには軽傷者重傷者が相応に出たが。

スクラップにされたクルマはないし。

無事だった部隊が確認に行った所、もはやスクラヴードゥーは周囲には存在しないと判断して良さそうだった。

舌なめずりする。これで、ホロビの森から、バイアスグラップラーと、マダムマッスルを葬る準備が整った。

勿論、お代わりのスクラヴードゥーをノアが送り込んでくるかも知れないが。

それはそれだ。

出る度に、退治していけば良い。

今回の件で、相当数の凶悪モンスターを撃破する事に成功したのだから。

「レナ!」

声を掛けてきたのはアクセルだ。

スクラヴードゥーの大半はゴミだったが、ハンター達が漁っていると、それなりに貴重な資源も出てくる。

壊されて取り込まれたクルマのパーツや。

或いは、大破壊前の機械など。

武器もあった。

「これ、使えるんじゃないか」

「どれ」

渡されたのは、大型の迫撃砲。

人間が携行できるサイズとしては、最大級のものだろう。

上空に弾頭を撃ちだし。

それが分裂して、周囲に降り注ぎ。

面制圧を行うものだ。

名前は分からないが、かなりの最新鋭兵器だったのは間違いない。大破壊の寸前くらいに作られたものだろうが。

ただし、面制圧兵器という事もあって、相当にコストがかさむはずだ。

あまりたくさんは作られなかっただろう。

「メンテナンスは」

「悪い。 俺は携行火器は専門外なんだ」

「では私がやるか」

まあ、私も機械いじりはそれなりに出来る方だ。

フロレンスの手当を受けてから、修理を始める。

ハンターズオフィスからは、今回の掃討作戦で、そもそもイスラポルト東の安全が劇的に改善したという事で、20000Gが支給された。

それで一応黒字にはなる。

問題は、バイアスグラップラーと似たような悪事を働いているマダムマッスルと、カミカゼキングが無事なことだ。

直営がいなくなったとは言え、カミカゼキングは高速で走り回る大型爆弾と言っても良い賞金首。

放置するのは危険だろう。

それと、マダムマッスルに関しても、もう少ししっかり調べておきたい。

数日かけて、体を休めながら、迫撃砲を直す。

まあ名前はヴードゥーバレルで良いだろう。

ミシカに渡すと。

ずっしりした重みに。

彼女は目を細めた。

「これはすごいな。 バイクで機動戦をしかけながらぶっ放したら、気分が良さそうだ」

「どういう経緯でスクラヴードゥーが取り込んでいたのかは分からないが、活用できるのなら良い事だ」

「ああ。 大事に使わせて貰うぜ」

「弾薬だが、ちょっと特殊でな。 多分トレーダーも扱っているとは思うが、少し重いから、あまりたくさんは持ち運べないぞ。 それだけは気を付けてくれ」

ミシカに、他にも使い方を説明。

このサイズの迫撃砲なら、例えば地下などでは。

圧倒的な制圧力を誇るだろう。

ただし自爆する可能性もあるから要注意だ。

そうこうしているうちに、整備完了。

他のハンター達も、めいめい好き勝手に仕事を受けに行ったようだ。

今回の大規模作戦で、鬼籍に入ったハンターがいなかったのは、イスラポルトどころか人類にとっての大きな戦果だろう。

それだけは、誇れることだった。

 

2、アマゾネス

 

ホロビの森に入る。

前とはまるで気配が違う。本当にスクラヴードゥーを掃討し終えたのだと分かって、ほっとする。

ただし、それとは別の悪意も感じる。

ネメシス号には、ビイハブ船長だけ残って貰い。

フォーメーションは前回と同じで。全機体が出てきている。

早苗と山藤は、前回の戦いであまり活躍は出来なかったが。

その代わり誤射するような事も無く。

充分に、初陣としては満足できる内容だった。

私はしばらく双眼鏡を覗いていたが。

見つけた。

所在なげに走り回っている丸い影。

カミカゼキングだ。

ハンターズオフィスで、交戦経験のあるハンターから話を聞いている。

兎に角おぞましいまでに足が速く。

スクラヴードゥーを盾にしながら、馬鹿にするように周囲を走り周り。

クルマに体当たりして、盛大に装甲タイルを吹き飛ばして、逃げていくのだという。

ある意味凶悪な賞金首だが。

此奴に関しては、スクラヴードゥーと一緒に現れる、という事が脅威の一端となっていた事が大きい。

賞金額も、30000Gとそれなりに大きいのだが。

それは爆発された場合の被害を考慮しての事だ。

いずれにしても。

変な横やりを入れられないように。

今叩き潰してしまう。

予定通り、速乾セメント弾を各車に搭載。

これらは私が作ったものだ。

文字通りセメントをぶちまけることで。

相手の素早い動きを阻害する。

作戦も既に決めている。

普通に撃ったら、当たらない。

だったら、手は他にある。

「レナさん」

フロレンスが、ゲパルトから顔を出す。

頷くと、私は。

そのまま、ゆっくり進むように指示。

右手を挙げているのは、攻撃をするタイミングだ。

敵が気付く瞬間に仕掛ける。

敵は相変わらず、くるくる走り回っているが。

これは護衛がいなくて不安なのだろう。

何だか滑稽だ。

ノアが作り出した殺戮マシーンなのに。

護衛がいない不安で、フラフラしているというのだから。

だが容赦しない。

相手の巨大な単眼が、此方を見据えた瞬間。

私が手を降り下ろした。

「撃て!」

ウルフの主砲が火を噴く。

驚くべき事に、カミカゼキングはそれをかわした。残像を抉る戦車砲の弾丸。流石というかなんというか。

凄まじい速度である。

だが、それが命取りだ。

すっころぶカミカゼキング。

ウルフの主砲は敢えて直撃コースで。

他の主砲は、奴を囲むようにセメント弾を放ったのである。

その結果。

何処へ逃げようが、奴は大量の速乾セメントを、足にこびりつかせることになった、というわけだ。

馬鹿にしたような笑顔のまま、必死にもがいているカミカゼキング。

距離を保ったまま、今度は徹甲弾をしこたま叩き込む。

流石に賞金首だけあって堅いが、此方は200ミリクラスの主砲もあるし、それ以上が二門もある。

耐えきれるわけがない。

ふと、無数の気配。

どうやら、カミカゼキングが危機を悟ったらしい。

大量のカミカゼボムが、周囲から特攻してくるのが見えた。

なるほど。

スクラヴードゥーがいなくなったから、こんな隠し球を使って来たか。だが、それは、相手が追い詰められていることを意味してもいる。

「円陣に組み直せ! 総員カミカゼボムを迎撃! レオパルド、全ミサイルをカミカゼキングに投射!」

「OK!」

カレンも山藤を連れてクルマを出てくると、戦闘に加わる。

山藤には大型のグレネードを渡しているが。

ぶっ放す事に、問題は無い様子だ。

砲弾が、機銃が、命中するためにカミカゼボムが爆裂するが。敵はけたけた笑いながら、無数の群れとなって、ジグザグに走り迫ってくる。

一発、二発。

クルマに着弾。

爆裂。

その度に、装甲タイルを持って行かれる。

だが、負けるわけにはいかない。

私も手当たり次第に対物ライフルで敵を打ち抜く。

ミシカは、さっそくヴードゥーバレルをぶっ放し。

多数のカミカゼボムを。

一瞬で消し飛ばした。

凄まじい面制圧能力だ。

ミシカはバギーの側に行くと、火力支援に徹する。

一番火力が脆いバギーの側を守るのが、合理的と判断したのだろう。間違っていない。

ウルフが、大量のカミカゼボムに集られて、派手に爆発するが。

どうにかタイルがもつ。

ゲパルトは、対空砲を並行速射。凄まじい連射力で、小型の主砲並みの火力が出るのだ。見る間にゲパルトの前からは、カミカゼボムが駆逐されていく。

だがまだまだカミカゼボムが来る。

王を守ろうとするように、である。

しかし、だ。

ついに、カミカゼキングが。

レオパルドの主砲と、ミサイルの雨に屈した。

爆発。

キノコ雲が上がる。

猛烈な爆風が、叩き付けられてくる。

思わず、バイクの上で身を伏せたほどだ。

王の死を知ったからだろう。

カミカゼボム達は、きびすを返し、逃げ出す。

その背中を撃とうかと思ったが。

逃げ足も凄まじく。

とても追える物では無かった。

とにかく、だ。

カミカゼボムを葬ったのは事実。ただ、奴のいた場所は、クレーターになっていて。残骸も、上の四分の一ほどしか残っていなかった。

これが街などに突入して爆発していたらと思うと、背筋が凍る。

どういう考えか、荒野を走り回っていたようだが。

それで助かった。

いずれにしても。

これで、ホロビの森から、ノアのモンスターの脅威は去った。

後は、狂った人間。

その排除だけだ。

 

補給を済ませ。賞金を受け取る。

ここのところ、出費がかさんだが、これで帳消しである。

とりあえずハンターズオフィスに確認するが。

近辺で確認されている大物賞金首は、マダムマッスルだけになった。

「イスラポルト近辺でも相変わらずの活躍ぶりですね。 今後もお願いいたします」

「此方としては、バイアスグラップラーの情報を知りたい」

「総力を挙げて調べていますが、イスラポルトからも姿を消したこともあって、分かっている事はあまり多くありません。 ただホロビの森を調査に出かけたハンターが、謎の集団に攻撃される事件が起きています」

「謎の集団?」

恐らくは、マダムマッスルの手下だろう、ということだった。

或いは、ホロビの森に踏み込んで帰らなかったハンターは。

マダムマッスルの部下と。

スクラヴードゥーの。

両方に襲われていたのかも知れない。

スクラヴードゥーに殺されたハンターはどうしようもない。

だが、マダムマッスルの方なら。

或いは手の打ちようがあるかも知れない。

「武装や人数は」

「クルマの類は持っていませんが、かなりの手練れで、相当な連携をこなす様子ですが、流石にクルマを持ったハンターにはかなわないようです。 軽装備のハンターを主に狙って来るとか」

「ふむ……」

バイアスグラップラーの基地からの支援は受けていないのか。

それとも、そもそもカモしか狙っていないのか。

いずれにしても、現地に出向く。

そして、周囲を調べているうちに。

妙な煙を見つけた。

集落か。

双眼鏡で覗くと。

何かの施設だ。

しかも、ゴリラ数機が護衛に当たっている。

三日がかりで見つけ出した場所だが。バイアスグラップラーの支援を受けていると見て良い。

では何故。

軽装備のハンターを襲う際には、ゴリラを出してこなかった。

まあいい。

叩き潰す。

「施設そのものには当てるなよ。 ゴリラだけを狙う」

「待ってください。 いいんですか」

フロレンスが聞いてくるので、無言で双眼鏡を渡す。

彼女も、呆れたように双眼鏡を返してきた。

それはそうだ。

ゴリラの周囲で談笑しているのは、バイアスグラップラーのクズ共である。

容赦なんかする必要は一切ない。

距離をとったまま、敵の戦力を確認。

野砲もあるにはあるが。

どういうわけか、施設の内部には、とにかく火器を置かないようにしている様だった。

嫌な予感がする。

「施設内部には攻撃するな」

「どうしたんですか、念押しまでして」

リンが聞いてくるが。

普通、バイアスグラップラーだったら、働かせている人間を盾にするようなことをする筈である。

それが、施設から離れて布陣しているのだ。

彼処には何かあるとしか思えない。

「最初の一撃で、あのゴリラを。 後は順番に一機ずつ確実に仕留める。 相手の数は多くないが、増援が来る可能性もある。 警戒は怠るな」

「分かった!」

「行くぞ」

攻撃開始。

叫ぶと同時に、私は突貫。

一瞬で、無数のミサイルと主砲を浴びたゴリラが吹っ飛ぶ。

奇襲に慌てふためく敵だが、ゴリラは応戦するどころか、何かに巻き込まれるのを怖れるようにして、その場を逃げ出す。

追うな。

叫ぶと、私はバイクでそのまま突貫。

施設に飛び込む。

中では、軽武装のたくましい女達が、慌てて飛び出してくる所だった。

銃器を向けてくるので、その場で斬り伏せる。

バイクで施設内を走り周りながら、次々斬る。

鍛えているようだが。

それほどの腕でもない。

遅れて飛び込んできたカレンとミシカが、制圧を開始。

「バカッ! 此処で火器を使うな!」

叫んだのは、敵の方だ。

ミシカが慌てて、ライフルを控える。

やはり何かあるか。

敵も火器をつかえないとなると。

バイクで乗り入れたコッチが圧倒的に有利だ。

更にクルマ達も、続々乗り入れてくる。

慌てた様子で右往左往していた女達も。

間もなく、手を上げて降伏した。

だが、一部の者達は。

自分で喉をかっ切って自害したが。

カレンが黙らせたり、或いは無力化した奴らと。手を上げた者達を縛り上げる。

バイアスグラップラーの兵はいない。

そうなると、彼奴らは。

まあいい。

順番に話を聞いていく。

周囲には、奴隷同然にこき使われている無数の人々。

フロレンスが手を叩き、怪我をしている者、体調を崩している者、それぞれに探し始める。

悲惨な格好をしていた人々は。

呆然としていたが。

やがて助けが来たのだと悟ったらしい。

なるほど。

恐らく此処が。

マダムマッスルの拠点の一つだろう。

そしてこの女達が。

マダムマッスルの部下。

そういえば、どいつもこいつも同じ顔をしているが。そういう理由か。

一人、縛り上げたのに、話を聞く。

「此処で火器を使うなとか言っていたな。 そもそも此処は何だ」

「……」

「お前が喋らないのなら、他の奴に聞くだけだ」

「無駄だ。 我等はマダムマッスル様と一心同体。 身も魂も、偉大なるあのお方のものだ」

途端。

おぞましい事が起きた。

尋問していた女が、いきなり溶けてしまったのだ。

それこそ、骨も残さず。

一瞬にして。

何が起きた。

私も、愕然としてしまう。

そして、他の女達も。

皆、苦しみ始めたかと思うと。

全員が溶けて、消えてしまった。

何だこれは。

私でさえ生唾を飲み込む中。

カレンが言う。

「これ、見た事がある」

「酸とか、毒の一種か?」

「違う。 何だか噂によると、最近クローン技術が出回り始めたらしいんだが、大きな欠点があるらしい。 私が前にフロレンスと組んで別のハンターと一緒にモンスター狩りに出たときに、こんな現象を見た。 その時は、別の武装組織の構成員だったが……」

クローン技術には欠陥がある。

なんでも、「核」になるような存在がいて。

それが死ぬと、それから派生したクローン体が全員死ぬというのだ。

しかも、このようにして溶けてしまうと言う。

無理矢理いきなり大人のコピーを作る弊害らしいのだけれど。

詳しいことはよく分からない。

「この女達、全員同じ顔だっただろ。 ひょっとすると、口封じで消されたのかも知れないな」

「……そうか」

それではどうしようもない。

働かされていた者達に、話を聞く。

そうすると、長く働かされていたらしい老人が、少し詳しい情報を教えてくれた。

「さらわれて此処に連れてこられたのだが、奴らは此処で石油を掘っている、という話をしていた。 わしらは言われるままに穴を掘って機械を動かしていただけだから、本当かは知らない」

「石油……」

言うまでもなく、クルマの燃料だ。

勿論色々加工する。

現在では、石油をベースにして、膨大で安価な燃料を作り出す事が出来るため。機銃などの弾薬同様、ハンターは気にしなくても良くなっている要素だが。

石油そのものの危険性については、熟知している筈だ。

なるほど、バイアスグラップラーの連中が逃げ出すわけである。

もしも誘爆したら、100%助からない。

「石油なんて掘ってどうしていたのだ」

「それが、プロテインとかいうのにするとか」

「プロテイン?」

「蛋白質のことです」

フロレンスが言う。

カレンが、補足説明をしてくれる。

「簡単に言うと体を作る基本的な栄養だね。 主に筋肉を鍛える時なんかに、愛飲する者が大破壊前には多かったと聞いているけれど」

「石油からわざわざ?」

「ノアのモンスターはまずいから、この石油から作ったプロテインを加工して、美味しく味わっていたとか……聞いている」

「そうか。 いずれにしても、イスラポルトに移送してやる。 其処で詳しい話は聞かせて欲しい」

話を聞く限り。

此処で強制労働させられていたのは、皆イスラポルト近辺の住人だ。マダムマッスルが誘拐を積極的にしていた、という話は聞いているが。

まさかこんな労働をさせるためだったとは。

石油の精製設備や、掘り出しの設備については。

アクセルが稼働を停止させた。

いずれこの辺りが完全に平和になったら。

また採掘を再開すれば良い。

どちらにしても、だ。

肉がまずいから、奴隷労働させ、自分だけ美味しいものを食べるだと。

マダムマッスルとやらは、相当なゲスだと見て良い。

バイアスグラップラーと手を組んでいるか、もしくは傘下に入ったのは明白だが。以降、何一つ容赦をする必要はない。

奴とその郎党は。

皆殺しだ。

私が相当に頭に来ているのを察したか、ケンはおろおろしていたが。早苗が連れて行く。この辺は年長者の気配りである。

後は、マダムマッスルが何処にいるかだが。

それについては、ある程度見当もついている。

これから、殴り込みに行き。

皆殺しにするだけだ。

 

3、誤った筋肉

 

石油精製施設から救出した奴隷をイスラポルトに連れていき。其処でハンターズオフィスに処置を任せる。

彼らが帰れるようにするように手配するのと。

それに当面の生活費。

石油精製施設には、相当な金が蓄えられていた。誘拐したときに、奪い取ったものだろう。

合計10000Gほどを寄付。

手数料にした。

こうやって広範囲で恩を売っておくことは、決して後で損にならない。私は復讐鬼だが、こういった所ではきちんと人間としての筋は通すつもりだ。

一方で、これからマダムマッスルとその郎党は滅ぼし尽くすつもりでもいる。

石油精製施設で聞いた話は許しがたい。

絶対に生かしておく訳にはいかない。

このような世界で。

協力し合うどころか。

自分だけで富を独占するような外道に。

生きる資格は無い。

メンドーザを殺したように。

マダムマッスルも消すだけだ。

その行為に対して。

何ら私は、後ろめたいものを感じる事は無いが。

まあ当たり前である。

死んで当然の輩を、殺しに行くだけだ。

更に、である。

マダムマッスルほどの組織力を持つ相手の場合、バイアスグラップラーについて、何かしら知っている可能性が高い。

口を割らせれば。

一気にカリョストロに近づける可能性が高かった。

最悪の場合、ビイハブ船長やハンターズオフィスが言っていた地点をしらみつぶしにして行くしかないが。

どのみち、楽な方に話を進める方が良い。

楽をしようとすることは悪では無い。

自分が楽をするために、他人に過酷な労働を強要し、あらゆる全てを搾り取る事は救いがたい悪だ。

バイアスグラップラーやマダムマッスルがやっているのはそれである。

話によると、大破壊前も、そういったことをやらせている「大企業」というものが世界を牛耳っていたらしいが。

そんな事をしていて。

しかもノアを侮るような真似をしたから。

世界は滅んだのではあるまいか。

いずれにしても、愚行を繰り返している連中を、生かしておく訳にはいかない。

この手で全てを。

打ち砕く。

 

マダムマッスルの居城らしきものを見つけた。

やはりというか何というか。

バイアスグラップラーの拠点が確認されている三カ所の、中心地点にあった。

なるほどとしか言えない。

一度バイクで引き返す。

それぞれのバイアスグラップラー拠点には、ゴリラ十機が常駐しているのが確認されている。

下手に攻撃を仕掛けると。

ゴリラ三十機に包囲され、袋だたきにされる事になるだろう。

流石にバイアスグラップラー。

兵力に関しては、圧倒的なものがある。

だから、此処からは。

瞬殺で決める。

潜入するのは私とカレン、リン。それにポチだけだ。

後のメンバーは、全員でバイアスグラップラーの軍事拠点の一つを攻撃する。陥落させられなくても良い

混乱させる事が出来れば。

それで良いのだ。

今回は、リンの代わりに早苗に装甲車を任せる。バギーは代わりに山藤に任せる。Cユニットの支援があるから、多分大丈夫だろうが。

山藤は元々が陸戦要員だ。

戦闘が一段落したら、バギーを降りて戦って良いと言ってある。

ただし、ミシカに山藤の支援をするようにとも言ってある。ベロにも、である。

確かに筋力はあるが。

それでも、決して経験が豊富なわけではない。

早苗にしてもそれは同じ。

前の戦いでバギーを問題なく使いこなして見せたが。

それでも、乱戦などでは判断が遅れることが多かった。

まだ経験不足なのだから当然である。

こればかりは、仕方が無い。

人間誰でも。

最初から何でも出来る訳ではないのだから。

無線を使って通信。

向こうの指揮の方は、フロレンスに任せてある。

ビイハブ船長に任せられれば更に良いのだけれど、流石に船をずっと留守にするわけにもいかない。

あれだけの巨船だ。

セキュリティがいくら頑強でも。

長期間、放置するのは危険すぎるのである。

「其方の様子は」

「相手は警戒しています。 攻撃開始すれば、当然他二つの基地から援軍が出てくるでしょう」

「その場合は予定通りに」

「分かりました」

敵が増援を繰り出してきたら、そのまま後退。

しかしながら、敵が基地に引っ込もうとしたら、反転迎撃。

それを繰り返して、敵の戦力を削り取る。

それがフロレンスの仕事である。

攻撃が派手になればなるほど。

敵は此方の本当の狙いに気づけなくなる。

ただ、相手は粗悪品とはいえ、重戦車10機。野砲も備えているだろう。更に重戦車20機の増援が予想される。

無理はするなと伝えてあるが。

それを貴方が言うかと返されたので。

まあ大丈夫だろう。

フロレンスはそんなに無理をするタイプでは無いのだし。

攻撃が始まった。

遠くで激しい砲撃音が響いている。

比較的背が低い建物に、私は手を振って、カレンとリン、ポチとともに乗り込む。

入り口に歩哨がいたが。

問答無用で首を刎ね。

そのまま突入。

かなりの数のトラップがあったが、どれもこれも正面突破。

まず目指すは、セキュリティルームだ。

ふと、視線を感じたような気がする。

何だか分からないが、此方の動きを見ている奴がいる。

誰でも良い。

速攻で叩き潰すだけだ。

セキュリティルームを発見。

同じ顔の女達が、一斉にアサルトライフルで迎撃してくるが、携帯バリア発動。結構高いのだが、こういう所が使いどころだ。

リンと、カレンも同じようにする。

そのまま突貫。

セキュリティルームの敵が沈黙するまで十二秒。

カレンの双掌打を浴びた敵は二度と動けなかったし。

リンの華麗な投げ技は、自分より二回りも大きい逞しい女戦士を、見事に床から叩き付け、白目を剥かせていた。

ポチが吠える。

セキュリティルームのモニタの一つに映っている。

屈強な女戦士。

どうやらあれが。

マダムマッスルらしい。

軽く機械を操作。

居場所については分かった。

分かり易く、一番奥だ。

警報を切り。

更にセキュリティを全沈黙させる。

そして、電気系統を全部ストップした。

これでバイアスグラップラーに、救難信号は送れない。

後は、出来るだけ急いでマダムマッスルを叩き潰して、戻るだけだ。

走る。

完全に沈黙しているセキュリティの代わりに、女戦士達が迎え撃ってくるが、動きが画一的だ。

筋肉は鍛えているようだし。

相応に実戦は経験しているようだが。

どうにもなんというか。

動きが読みやすい。

どいつもこいつも同じような動きをするから、対処がしやすいのだ。

対物ライフルで一人の頭を吹っ飛ばすと。

不意に、もがき苦しみ始め、溶けていく女達。

あの石油採掘場と同じ現象だ。

「この様子だと、マダムマッスルを殺したら、この女達は全滅するかも知れないねえ」

「罪悪感ですか?」

「いいや。 ただ、不完全な技術だなと思っただけさ」

カレンとリンが、話しながら、敵を制圧している。

それだけ余裕があるという事だ。

敵との力量差が大きいのである。

リンは相手を殺さない方向で敵を制圧しているが。

それも無駄になるかも知れない。

そういう意味で、ちょっとカレンも複雑なのかも知れない。

此処にも、バイアスグラップラーの増援が来るかも知れない。ゴリラが来た場合、一目散に逃げるしか無いが。

混乱が此処まで酷いと。

恐らくそんな余裕は無いだろう。

トラップも基本的に簡単。

迎え撃ってくる敵が、分かり易く避けて通ってくるので、此方も回避するだけでいい。

体を鍛えていても、戦闘経験は少なく。

何より頭を鍛えていない。

そういう中途半端な状態が。

屈強な女戦士達を、雑兵に変えてしまっていた。

勿論容赦せず、片っ端から薙ぎ払う。

地下に深い建物だが。

短時間で最深部らしき場所まで来た。

多少手傷は受けているが、それも大した傷では無い。

このまま突破する。

ドアを蹴破る。

大広間に出た。

しんとした空間だが。

最奥には、後から無理矢理据え付けたらしい玉座が。

其処に、化け物のような巨体の女が座っていた。

間違いない。

マダムマッスルだ。

最近は表に出てこなかったが、最初期のマダムマッスルは、名前を売るためか、かなり露出した悪事をしていたという。

そのためか、姿が知られている。

何よりこの明らかに人間の限界をも上回る体格だ。

見ればどうしてもインパクトが残る。

一応女性の体つきをしているが、それ以上に筋肉が凄まじく、独自の美意識で体を構築しているのが分かった。

筋肉を鍛えることを美とし。

美しい筋肉で身を覆う。

別に良いだろう。

ただし此奴は、弱者をその美のために犠牲にしてきた。それだけは絶対に許せる事では無い。

それにしても、この部屋のすっからかんぶり。

元は倉庫か何かだったのを、改装した可能性が高そうだなと、私は思ったが。相手の口上を先に許す。

どうせ最後の言語活動だ。

「控えよ下郎。 わが居城を土足で汚すか」

「黙れ暗君」

一刀両断。

実際問題、此奴は暗君以外の何者でも無い。

「何……!」

「このような世界にも関わらず、自分だけで安楽を貪り、ただでさえ少ない人間を酷使するものを暗君と呼ばずに何というか。 貴様には支配者の資格など無い」

「おのれ……!」

マダムマッスルが立ち上がる。

スカンクスと同等の体格。

そして吹き上がるプレッシャー。

どうやらこれは、あの手下の女戦士達とは、まるでものが違うと見て良さそうだ。

ごっと風がなり。

気付くと、両手を組み合わせて槌を作ったマダムマッスルが、至近でそれを振り上げていた。

豪腕一閃。

床を直撃。

床が。大破壊前の技術で作られたと思われる床が。

砕け、クレーターが出来ていた。

全員回避。

ポチが野砲を叩き込むが、マダムマッスルの体に弾かれる。恐らくは携帯バリアと見て良いだろう。

カレンが仕掛ける。

七メートルもあるカジキエフを投げ飛ばしたカレンの一撃を。

マダムマッスルは、左手だけで受け止め。

リンの飛び膝を、右手だけで柔らかく受け止めて見せる。

見かけよりかなり強い。

私は離れろと叫び、マリアの拳銃を速射。

残像を残して動いたマダムマッスルが、いつの間にか後ろに回り込んでいた。

間一髪。

豪腕が振り抜いた空間を離れていた。

天井近くまで跳んだ私は、其処で更に一射。

マダムマッスルは、腕を振るって、弾丸を弾くが。

それは恐らく、携帯バリアを使っての演出的な行為。

虚仮威しだ。

音もなく死角に回り込んでいたポチが、野戦砲を叩き込む。

マダムマッスルが、弾丸を掴むと、放り捨て。

だが。

次の瞬間、カレンがうち込んだ突き技のようなものを受けて、始めて顔色を変えた。

効いた。

「む……!」

「どうやら携帯バリアでは無さそうだね」

「まさか表皮で弾いているのか」

「そうなる」

着地と同時に、私は剣を抜く。

そうか、携帯バリアでは無く、表皮が人外の領域にまで硬いのか。

その可能性は考慮していなかった。

確かに同じ人間をたくさん作っているような奴だ。

見かけだけではなく。

完全に人間を止めていても不思議ではないか。

動きが一瞬止まったマダムマッスルに畳みかける。

私は通り抜け様に剣を一閃。目を狙ったので、流石にマダムマッスルも庇わざるを得ない。

その手は切れなかったが。

その隙に、リンが。

後ろから、完全に膝に蹴りを叩き込んでいた。

巨体が揺らぐ。

堅かろうが、関節部はどうにもならない。

更に反転、跳躍した私が、頭上に躍り出ると。

ハンドキャノンを、マダムマッスルの頭に向けてぶち込む。

凄まじい勢いで、床にたたきつけられるマダムマッスル。

ぐぎゃっとか、凄まじい悲鳴を上げるが。

それでも、跳ね起きて見せると。

全身に赤い何か可視の光を纏う。

「かあああああっ!」

まずい。

全身がびりびりする。

これは何か、かなりまずい事をやろうとしている。

そう判断したのは、私だけではない。

全員が跳び離れる。

だが、遅い。

最初に、リンが吹っ飛ばされる。

今までとは桁外れに速い。

続けてカレンが。

最後に私の上に現れたマダムマッスルが、拳を振り上げ。

私は地面に叩き付けられ、バウンドして、更に壁に叩き付けられていた。

この戦いの前に貼り直した携帯バリアは当然全損。

受け身はとったが。

全身が痺れるようなダメージだ。

リンは意識を手放している。

カレンは何とか立ち上がるが。

受け身をとってなお、大ダメージは免れない。

マダムマッスルの全身が、真っ赤になっている。

薬か。

いや、違う。

恐らく改造した肉体の能力を、限界を超えて引き出しているのだ。

面白い。

酷い痛みの中で、これを覚えれば、或いはと思ってしまう自分がいる。ポチが必死に食い下がるが。

マダムマッスルは、腕を振るってはじき飛ばす。

だが、力が明確に落ちている。

なるほど、まだ完全な技では無い、という事か。

「その技……」

「……」

「殆ど実戦で使ったことが無いな?」

無言で私を見るマダムマッスル。

忌々しいと、顔中に書いていた。

つまり大当たり、という事だ。

事実、一瞬で三人を瀕死にまで追い込んだは良いが、その後は極端に動きが鈍くなっている。

吹っ飛ばされたポチにしても、すぐに立ち上がって、野戦砲をぶっ放す。

先までの、残像を作るような動きを出来ず。

マダムマッスルは、それをもろに食らった。

爆炎に包まれる奴の視界。

その間に私は。

フロレンスから貰っている薬を入れていた。

擬似的にほぼ似たような状態を作り出す薬だが。

彼奴はそれを自分の力でやって見せた。

恐らく奴は、ハンターとしてはレスラーに位置する存在だが。

その奥義か何かだろう。

ポチの猛攻を凌ぎきり、強烈な蹴りを叩き込むマダムマッスル。

だが、故に。

吹っ飛んだポチが壁に叩き付けられるのを見て満足し。

私が一刀両断、背中から腰に掛けて切り裂いたのを悟ると、愕然としていた。

弾丸さえ弾く鋼鉄の体を切り裂いたのだ。自分の肉体に自信もあっただろうし、驚くのは当然だろう。

振り向く暇も与えず。

今度は前に回り、両足の臑を両断。

更に天井に。

天井を蹴って逆落としに。

肩から腹に掛け。

一撃で切りおとす。

それら全て致命傷に至らないのは流石だが。

私もこの薬が切れるタイミングと、その後のダメージについては熟知しているつもりだ。

全身から血を噴き出しながらも。

マダムマッスルは、凄まじい形相を浮かべ。

そして踏みとどまってみせる。

反撃の豪腕。

私も、剣をとっさにしまい、両手でそれを受け止める。

ドカンと、凄まじい音。

床にクレーターが出来る。

その瞬間。

動く。

カレンと、意識を取り戻していたリンが連携して。

マダムマッスルの頭を、両側から。

完璧なタイミングで、飛び膝をぶち込んでいた。

如何に表皮が鋼でも。

大技の直後。

全身の動きが鈍く。

更に思わぬダメージを受けた後だ。これは避けようがない。

そして今の一撃は。

文字通り人体急所への無慈悲な打撃。

如何に巨体。

人間を止めている肉体と言っても。

こればかりはどうしようもない。

ぐらりと傾く巨体。

更に止め。

私は痺れる手を無理矢理動かすと、跳躍。

相手の頭を掴むと。

眉間に渾身の飛び膝を叩き込んでいた。

回転して、着地。

ずしんと、凄まじい音を立てて。

床に、スカンクスと同等の巨体が倒れる。

私は無言で、剣を抜くと。

相手の関節を、全て突き刺し、抉り抜いていた。

身動きが取れなくなったマダムマッスルが、うめき声を上げるが、一切容赦はしない。こいつがしてきたこともあるが。

此奴が動けるようになったら。

満身創痍の此方は手に負えないからだ。

「周囲警戒」

「手短にね」

カレンが、リンを促して、ポチを起こし。外の警戒に当たる。

私は相手が完全に動けなくなったのを確認すると。

傷口にマリアの拳銃を当て。

そしてぶっ放した。

流石にこれなら通るか。

ぎゃっと悲鳴を上げて、マダムマッスルの巨体が跳ねる。

もはや抵抗も出来ない相手だが。

聞かなければならないことがある。

「カリョストロの居場所は」

「おのれ、この私にこのような屈辱を」

「カリョストロの居場所を聞いている」

もう一撃。

悲鳴が更に大きくなった。

私の使っている薬と同じか。やはり凄まじい火力を発揮できる反面、フィードバックが凄まじい。

これをどうにか緩和できれば。

或いは、奴の。テッドブロイラーの喉にも、手が届くかも知れない。

だが、それは人間の領域では無理だろう。

多分人間としては上限が見えてきている私でも、カレンの実力は認めているが。彼女もこんな技は使えない。

人間を止める。

それを視野に入れないと。

多分こんな技には手が届かない。

ましてや改良するとなると、なおさらだ。

「カリョストロの居場所は」

「わ、私は、誇り高き女王……!」

「あそう」

今度は、指を一本吹き飛ばした。

技の反動もあるし。

恐らく、あの強力な肉体強度には。

何かしらのからくりがあったのだろう。というか、さっきの身体能力大幅強化のような、一種の技だったのかも知れない。

「もう一度聞く。 カリョストロの居場所は」

「ま、待て! これ以上は、死……」

「死にたくなければ言え。 そうすれば、考えてやる」

「か、カリョストロ、さま、は……」

銃撃。

殺気を一瞬早く感じ取り、私は飛び退く。

私の側頭部を横薙ぎに弾丸が抜けるところだったが。

どうにか殺気を感じ取った事で、回避できた。

だが、二射目が。

容赦なく、マダムマッスルの頭を吹き飛ばしていた。

凄まじい強力な弾丸だ。

そして、狙撃手は。

この無駄に広い空間の、排気口の中に潜んでいたらしい。

即座に気配が消える。

やってくれるじゃないか。

舌打ち。

既に命を落とした巨体は、びくびくと痙攣しているが。

此奴の経歴については知っている。

ハンター崩れだ。此奴も。

元々、そこそこに優秀なハンターだった。だが、ある賞金首との戦いで。恐怖に駆られて味方を見捨てて逃げてしまった。

それから、全てが狂った。

生還した味方からの情報が瞬く間に拡がり。

ハンターズオフィスからの仕事も来なくなった。

どうして恐怖に駆られたのかは分からない。

いずれにしても、異常な強さへの執着は。恐らく其処がオリジンになっているのだろう。後は、簡単。

崖を転がり落ちるように邪悪へと突き進み。

そして取り返しがつかない事になった。

最悪の設備が、此奴の手に渡ったことで。

それは決定的になった。

いずれにしても、バイアスグラップラーと此奴が通じていたのは、今の暗殺でも明らかだ。

そして、あまり時間的な猶予はない。

此処を本格的に調査するのは後。

皆と合流するのが先である。

外に出来るだけ急いで出る。

死体は、ポチに引きずって貰った。ポチはこれくらいは牽引できる力がある。伊達に地獄そのもののこの世界を生き抜いてきた軍用犬の子孫では無い。

帰り道。

服だけ残して、溶けてしまった人間の残骸が大量に見つかる。

どうやら、あの同じ顔をした女達の末路らしかった。

主の死と同時に。

全てが溶けて消えてしまった。

この幻の城と同じだな。

私は、何だか少し哀れに感じてしまう。相手はバイアスグラップラーに荷担した凶悪犯罪者だと言う事は分かりきっている。

容赦も遠慮もしない。

だが。この有様は。

力を得た代償そのものだ。

捕まっていた奴隷達を見捨てるわけには行かない。

外に出ると、信号弾を打ち上げる。

バイアスグラップラーの軍勢と交戦していたフロレンス達が、こっちに来るはずだ。そして敵も悟るだろう。

マダムマッスルが死に。

その居城が陥落したと。

 

4、手を血に染める

 

ステピチは今までに何度も人間を殺した。

襲いかかってきた悪党を返り討ちにした事もたくさんある。

だが、関係無い人間を。

命令通りに殺したのは初めてだ。

ステピチは、事前に確保していたルートから脱出すると。外で待っていたオトピチと合流。

丁度プロテインパレスから脱出したレナ達が。味方の戦車部隊と合流しているのが見えた。

戦車部隊も無事ではないが。

それでも、欠けている車両はいない。

ステピチは、バイアスグラップラーの軍事拠点に、波状攻撃が仕掛けられていると聞いて、すぐに来た、と感じた。

もしステピチがレナだったら。

陽動で敵の気をそらし。

その間に、目的のマダムマッスルを討ち取るはずだからだ。

マダムマッスルの実力は予想以上だったが。

それでもテッドブロイラー様の見立て通り。

レナには及ばなかった。

そして、レナは。

最初の狙撃を回避してさえ見せた。

殺気を感知されたのだろう。

体を改造しているステピチより明らかに強くなっている。短時間で、凄まじい戦闘経験を積み上げて。

実力を跳ね上げている、ということだ。

その場を離れる。

そもそも軍事拠点は三つとも陥落していない筈だし。

攻撃を受けていない拠点に向かえば安全だ。

奴らも、其処まで圧倒的な戦力を有しているわけではない。

バイクの操縦は、オトピチに任せる。

レナ達は、此方には気付いていなかった様子だ。

まあ、距離もあったし、それは当然だろうか。

「兄貴ー」

「何ザンスか」

「マダムマッスル、殺しちゃったのか?」

「仕方が無いザンス。 レナに拷問されて、うっかりカリョストロ……様の居場所を喋るところだったザンスよ」

だが、手を見る。

まだ震えている。

マダムマッスルは確かに悪党だった。レナとのやりとりを聞いていたが、まったくその通りだと思った。

エレガントにはほど遠い。

自分の美意識のために、多くの弱者を踏みにじり、高笑いしている鬼畜外道。それがマダムマッスルの何ら飾らない評価だ。

だが、それでも。

自分に直接害を為した訳でも無い相手だ。

殺さなければならなかった。

ダーティーワークは今までだってやってきている。

それでも、此処まで露骨なものは無かった。

拠点に到着。

被害を聞くと、愕然とした。

基地の司令官は、完全に青ざめていて。

ステピチも、その被害を聞いて、思わず聞き返すほどだった。

「ゴリラ六機が破壊された!? 野砲も多数撃破されたザンスか!?」

「ああ。 火力がとんでもなくて、粗悪品のゴリラじゃもうどうにもならん。 それで此方も、増援を出してやられた基地を固めようという話になっていてな」

「……」

そうか、其処まであの戦車部隊は、力をつけていたのか。

レナは自分だけではなく、その仲間も相当に強くしていた、という事だ。

まずい。

ゴリラ十機と、多数の野砲で守られた基地を攻撃して、正面から殴り合ったあげく。その過半を屠っていたとは。

すぐに通信装置を借りる。

そして、テッドブロイラー様に、事の顛末を告げた。

「そうか。 レナは相当な戦力を保有し始めているようだな」

「ちょとばかりまずいザンス。 このままだと、後何回かの攻撃で、イスラポルト東の拠点は、全て陥落させられるザンスよ」

「その恐れはない」

「どういうことザンスか」

用済みだからだと、恐ろしく冷たい声。

背筋が凍るかと思った。

「マダムマッスルはそもそも用済みだった。 奴が保有していた技術は回収したし、それによってもはや此方の目的も達成できる。 近々イスラポルト近辺の戦力は、全てバイアスシティに引き上げる予定だ」

「そ、それは……」

「それ以上を知りたければ、更に武勲を重ね地位を上げろ。 今回の件は俺も高く評価している。 またデビルアイランドに行って、強化改造を受けてこい」

通話が切れた。

用済み。

そうか。確かにそうかも知れない。

勿論、マダムマッスルも、互いを利用するつもりだったはずだ。だが、それだからといって、少しばかり冷酷すぎる。

それがこの世界の原理だと言う事は分かっている。

レナだって、容赦なくマダムマッスルを拷問して情報を聞き出そうとしていたし。

弱い者は。

この世界では生きていけないのだ。

だが、弱い者である自分たちに手をさしのべてくれたのが、テッドブロイラー様であることも事実だ。

使えるから、だからだろう。

それは分かっている。

だが使えない弱い者は。

生きる資格が無いというのだろうか。

頭をかきむしる。

心配そうにオトピチが此方を見ていた。

どうすればいい。

もっと強くなって、レナを倒せば良いのか。

だがレナを倒す理由がどうしても思い浮かばない。敵というのは別に構わないにしても、である。

レナは弱者を見捨てていない。

昔の自分たちのような弱者を。

プロテインパレスが陥落した時も、石油採掘場の時も。

レナは奴隷にされていた人々を全員救出して、イスラポルトに送り届けていた。それを、自分は真似できるか。

情けなくて、涙が出てくる。

彼奴は復讐鬼だが、人間としてやるべきことはきちんとやっている。

それに対して、自分はどうだ。

エレガントな悪党どころか。

どんどん手は血に染まるばかりだ。

一度、テッドブロイラー様に聞きたい。どうして其処まで強くなったのか。そして強さで、何をしたいのか。

それにはもう少し武勲を上げなければならないだろう。

レナとカリョストロの決戦は近いと見て良い。

マダムマッスルが口を割らなくても、近々レナはカリョストロと激突するだろう。その時、カリョストロは、レナに勝てるだろうか。

悶々とするステピチの前に。

オトピチが、何か正体が分からない肉を、焼いたものを持ってきた。

「ありがとう、ザンス」

無言で突っ立っている弟の前で。

黙々と、肉を頬張る。

食べているときだけは。無心でいられた。

 

(続)